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郡山の話題

2020年11月 7日 (土)

ザ・郡山(ご当地ならではの物たち)

 本日は、私がこよなく愛する郡山市でしか出逢えないような、ご当地ならではの物や、ご当地ゆかりの人物を取り上げたいと思います。

 1 郡山駅発車メロディー(新幹線)キセキ by GReeeeN

 2 郡山駅発車メロディー(在来線)扉 by GReeeeN 

  郡山駅前の広場には「GReeeeN」の功績を称えた「グリーンの扉」が設置され、4人のメンバーの「手形」や「足跡」も埋め込まれている。郡山にある歯科大学で出会い、GReeeeNを結成。そして数多くの名曲を生み出した出発点が、この郡山市だった。

TobiraFoot-step
Tegata

 3 時報(防災無線こおりやま広報)7時  https://www.youtube.com/watch?v=hbOPDe-sHQ4

 4 時報(防災無線こおりやま広報)12時

 5 時報(防災無線こおりやま広報)18時 https://www.youtube.com/watch?v=ne2s4zCYXFU

 郡山市民にお馴染みの時報メロディー。郡山じゅうに設置された広報スピーカーから流れるメロディー。7時に「野ばら」、12時に「郡山市民の歌」(昔は「歓喜の歌」だった)、夕方6時には「夕焼け小焼け」が流れる。

 大学進学や就職で郷里を離れ、東京や他県に住んでいる人などが帰郷し、久し振りにこの時報メロディーを聞くと、故郷(郡山)に帰って来たと実感するらしい。

 6 郡山に来たら必ず食べて欲しいもの

 1位 クリームボックス(大友パン)クリームボックスは大友パンだけでなく、市内のパン屋の多くで購入できます。
 2位 酪王カフェオレ(市内のコンビニ、スーパーには必ず置いてある人気商品)
 3位 薄皮饅頭(柏屋)
 4位 ままどおる(三万石)
 5位 郡山ラーメン(大番)喜多方・白河に続くご当地ラーメン。
 6位 エキソンパイ(三万石)
 7位 柏屋檸檬(れも)
 8位   鯉料理(鯉に恋する郡山がキャッチコピー)
 9位 珍満または姑娘飯店の中華料理
 10位 幸楽苑のラーメン
  次点   グリーンカレー(あまり郡山市民にも認知されていない)

CreamboxRakuou

 これでも私は物足りず、郡山ならコレといった名物グルメを開発して欲しい。「浪江焼きそば」がB級グルメで優勝したように、県内の「地酒」が7年連続金賞受賞数日本一に輝いたように、そして強清水の「てんぷら饅頭」がテレビ番組で大絶賛されたように、郡山でしか味わえない新しい絶品グルメをぜひ生み出して欲しい。それを食べにわざわざ県を越えて訪れたくなるような食べ物を!

 7 パチンコ「ニラク

   私は中央資本の全国チェーンのパチンコ屋だと思っていたら、なんと本社は郡山市にあった。もちろん郡山市(9店舗)だけでなく、店舗は福島県内に点在し、福島市にも4店舗、いわき市にも2店舗ある。さらには二本松市、本宮市、須賀川市にもあるし、相馬市、南相馬市にもある。
 また、宮城県、群馬県(3店舗)、栃木県(2店舗)、茨城県(6店舗)、埼玉県(5店舗)、東京都(7店舗)、神奈川県(2店舗)、新潟県(2店舗)、山形県などにも店舗を拡大している。

 ほかにも郡山市にはパチンコ屋が多数ある。「パチンコツバメグループ」は郡山市大町に本社がある。「パチンコアラジン」もまた郡山市島2丁目が本社。「パチンコジャンボ」は会津若松市が本社の吉原産業が事業展開している。
 「DAIEIダイエー」は東京都中央区が本社だが、福島県内に9店舗を構え、宮城県の関連企業「タイガー」を除けば最も多い。「ダイナム」は東京都荒川区が本社。「N-1(エヌワン)」が新潟県新潟市が本社。ユニークなのは「マルハン」で、京都と東京に2つ本社がある。

 残念ながら私はギャンブルには才能が無く、パチンコはおろか麻雀もやらない。競馬は馬が走っているのを見るのは大好きだが、その馬にお金を賭けようとは思わない。
 ちなみに私が好きだったサラブレッドは

 1 シンボリルドルフ 無敵の7冠馬 昭和No.1の最強馬
 2 トウカイテイオー シンボリルドルフの子 骨折から甦った奇跡の馬
 3 オグリキャップ 有馬記念のラストランは語り草
 4 ハイセイコー 私は1985年6月に北海道の明和牧場を訪ね、彼と1対1の対面を果たした。
 5 テンポイント 貴公子と呼ばれ、ファンから愛された。骨折し、安楽させず、非業の死を遂げた。
 6 グリーングラス 覆面スタイルが印象的だった。
 7 ディープインパクト 語る必要もない7冠の最強馬 無類の強さを誇った
 8 カツラギエース 日本馬で初めてジャパンカップを制した。
 9 トウショウボーイ 1970年代半ばにTTG時代を築く。
10 ミスターシービー 三冠馬
ほかにもナリタブライアン、スーパークリークも好きだった

 郡山本社で他県にも支社や支店を持つ企業は、ヨークベニマル、幸楽苑、ゼビオスポーツなどがある。

 8 豊富な郡山出身のご当地アイドル&ヤングタレント(地元PRのPVやローカルCMなどに出演)

 ① 植木安里紗 地元での活動限定のアイドル。「サタふく」準レギュラー
 ② 箭内夢菜 ドラマやCMに数多く出演した。
 ③ まこみな 高校生の頃からYoutuberアイドルとして脚光を浴びた。
 ④ 福島美少女図鑑(県内各地出身者)活動本拠地が私の職場に近い。
 ⑤ 丸山夏鈴(故人)がんと闘ったアイドルで私は2度墓参りに出向いた。
 ⑥ せせらぎ小町…公式HPを見ると、メンバーは4人になっていた。
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 女優の芦名星さんも郡山市出身だが、今年急逝されてしまった。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 さて、いつもとは視点を変え、郡山の新たな横顔にスポットを当ててみた。故郷を離れ、少しでも郡山の情報を知りたい方や懐かしく思い返していただきたい一心で記事を「郡山の話題」を不定期ながら掲載している。旧ブログから数えると郡山に関する話題は200記事以上に上ると思う。それほど郷土愛ではないが、思い入れが強い我が街「こおりやま」について多くの方に知っていただきたいと思う。

2020年11月 5日 (木)

郡山の主観的なんでもランキング

 私は学生時代(東京)と社会人になってからの会津、いわき在住を除いて、足掛け46年間、郡山に住んでいる。よって、中心市街地のことについてはほぼほぼ熟知していると思っている。そんな私が、個人的に選んだ「何でも鑑定団」ならぬ、「何でも」を寄せ集めてランキング形式でお送りしたいと思います。あくまで私見であり、個人的な好みでの順位付けですのであしからず。

 「寺社」

 1 菅舩神社         6 安積国造神社
 2 開成山大神宮       7 高屋敷神社
 3 真言宗豊山派如寳寺    8 久留米水天宮
 4 王宮伊豆神社       9 西方寺 蛇骨地蔵堂
 5 日吉神社(富田・富久山)10 菅原神社

 「菅舩神社」は、逢瀬町河津にあるこの神社は知る人ぞ知る場所。私は喧騒を離れ、ここに10回以上足を運んでいる。不思議な魅力に溢れた場所。

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 「珍しい建造物」

 1 郡山市公会堂       6 安積歴史博物館
 2 郡山市合同庁舎      7 安積疎水一本の水路
 3 東北歯科専門学校片平校舎 8 開成館
 4 麓山の滝         9 金透記念館
 5 ビッグアイ       10 開成山野外音楽堂

 ほかにも「雪村庵」、「セントポール教会」などがある。

 6の安積高校の敷地内にある「歴史博物館」は、昭和の時代に、TBS「ザ・ベストテン」の生中継で、中森明菜がこれをバックに熱唱し、付近の住民が多数詰めかけてパニックになった。

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 「名所・名物」

 1 きのこ岩   6 舟津浜
 2 布引高原   7 大安場古墳
 3 銚子ヶ滝   8 ふれあい牧場
 4 うねめ祭り  9 駅前イルミネーション
 5 でこ屋敷  10 ペグマタイト岩脈

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 「桜の名所」

 1 開成山公園     6 酒蓋公園
 2 藤田川ふれあい桜  7 荒池公園
 3 逢瀬公園      8 香久池公園
 4 紅枝垂地蔵桜    9 小和滝公園
 5 笹原川千本桜   10 五百渕公園

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 「今は無き懐かしい建物」

 1 郡山中央スケートリンク(駅前)
 2 磐光パラダイス・グランドホテル(熱海町)
 3 郡山セントラルホール(安積町)
 4 郡山レジャーセンター(安積町)
 5 東洋健康センター(喜久田町)
 6 児童文化会館(麓山)
 7 麓山の取水塔(タンク)
 8 薬師堂火葬場(横塚)
 9 郡映(堂前)
10 巨大迷路(朝日町)

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11 野替ビル(虎丸町)
12 南ボウル(長者)
13 郡山スケートセンター(阿武隈川沿い)
14 郡山市民会館(麓山)
15 旧郡山郵便局(本町)
16 武徳殿(清水台)
17 安積文化学院(長者)
18 マリア園(神明町)
19 ザべリオ学園・マリア幼稚園(虎丸町)
20 常盤湯(虎丸町)
21 旧専売公社(堂前)
22 日東紡績第Ⅰ・第2工場(長者・細沼)
23 皿沼プール(清水台)
24 旧郡山商工会議所(清水台)

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 「今は無き店」

 1 やまのい(中町) 
 2 丸光百貨店(駅前)
 3 第1第2うすい(中町)
 4 東北書店(駅前)
 5 角海老(中町)
 6 津野百貨店(大町)
 7 トキワス-パー(虎丸町)
 8 アルペン(桜木)
 9 創夢館(並木)
10 見聞録(桑野)

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11 ビデオフォーラム
12 ダイエー(トポス)
13 丸井(駅前)
14 アメリカ村(五味田・ワンスアポンアタイムインアメリカ・CAPA・サーティーワンなど)
15 ロッテリア(朝日店)
16 ぽえむハウス(並木)
17 ユアファクトリー (谷原)
18 ビクトリア(朝日)
19 ゼビー(各地)
20 蟹の甲羅(朝日)

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21 ビデオボーイ(清水台)
22 かっぱ寿司長者店
23 ブックオフ(さくら通り・新さくら通り店)
24 ブルーハウス(中町)
25 染本ホテル(清水台)
26 カネボウ(長者)
27 ハローマック
28 インテリアダイイチ
29 京樽(大文字)
30 KUWAN(中町)

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31 半田屋(横塚)
32 河童Ⅱ世(中町)
33 カンセキ(堤)
34 ドライバーズスタンド(桑野)
35 丸藤(駅前)
36 電激倉庫(咲田)
37 室町寿司(咲田)
38 扇屋家具センター
39 大野屋(きんつば・熱海町)
40 味の民芸(長者・安積町)

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41 赤ちゃん本舗(喜久田町)
42 おもちゃのピノキオ(本町)
43 カフェレストラン「飛行船」
44 女鳥羽そば(清水台)
45 きもの会館(豊田町)
46 ライオン堂(堂前)
47 虎丸医院
48 おもちゃのまるさた(虎丸町)
49 小野内科胃腸科医院(虎丸町)
50 ほっかほか亭(虎丸町)

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詳しくは旧ブログ「今は無き郡山の建物・店舗」をどうぞ
懐かしい店が645店舗掲載されています。

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-9843.html

 「老舗で今も現存する店」

 1 樽川模型(清水台→柏山)
 2 ヤマト無線(本町→安積町)
 3 たけや(堂前)
 4 なるき(中華料理)(堂前)
 5 うなぎの大伴(虎丸町)
 6 大友パン(虎丸町)
 7 名木制帽店(大町)
 8 長者町会津屋酒店 (虎丸町)
 9 ガトーナカヤ(開成) 
10 酒の和泉屋(開成)
11 オーディオのだや(本町)  
12 高橋内科胃腸科(鶴見坦)
13 印南歯科医院(堂前)

 「郡山グルメ」

 1 クリームボックス(大友パン)
 2 酪王カフェオレ
 3 薄皮まんじゅう/檸檬(柏屋)
 4 穏/田村/金寳(仁井田本家)
 5 ままどおる/エキソンパイ(三万石)
 6 あさか舞い(ブランド米) 
 7 阿久津まがりネギ
 8 鯉料理
 9 雪小町(渡辺酒造本店)
10 郡山ラーメン
11 グリーンカレー(イマイチ盛り上がらず)
12 小田原屋の福神漬け
13 宝来屋の冷やし甘酒
14 あさか屋の磐梯そば

 「郡山本社の企業」

 1 ヨークベニマル
 2 ゼビオ
 3 大東銀行
 4 小田原屋
 5 幸楽苑
 6 青木商店(フルーツショップ青木)
 7 福島中央テレビ
 8 県南酒販株式会社
 9 アサカ理研
10 福島放送
11 柏屋
12 三万石
13 うすい百貨店
14 ホテルハマツ(ハマツ・平安閣グループ)
15 かんのや
16 酪王乳業

17 東部ガス→東京本社と判明。秋田・茨城・福島

18 東北メガネセンター
19 郡山信用金庫
20 笹の川酒造
21 日本全薬工業
22 ニラク
23 マルイチグループ
24 中原商事(つばめグループ)
25 アルファクラブ(ベルヴィ・さがみ典礼ほか)

 何かアットランダムに、そしてとりとめのないことを列挙したが、少しでも懐かしく感じていただければ幸いです。

 郡山市の面積は全国でも屈指の広さだ。全国791市ある中で、堂々61位で、福島県ではいわき市(12位)、福島市(57位)に次いで広い。

 そして1946年、戦災復興都市、1964年には新産業都市、1997年には福島県初の中核都市となり、つねに福島県内で経済や商業、工業をリードしてきた。それは県の中央に位置し、四方八方、どこにも行ける交通の要衝とその利便性があってこその飛躍と発展だった。

 この半世紀で郡山市はガラリと様変わりして来た。今後も衰退することなく発展を続ける、そんな郡山市であってほしい。

2020年10月18日 (日)

郡山にない店・企業

 これまで地元である郡山市に関する記事を書いてきた。旧ブログ「時遊人SUZUのひとり言」から数えれば、おそらく200記事以上は掲載して来たと思う。良くも悪くも我が故郷にして居住地でもある「郡山市」だが、人口は約33万人の中核都市で、なおかつ福島県の中心に位置して抜群の交通アクセスにもかかわらず、全国展開している店や企業で、郡山には進出していないものがある。
 特段、商業都市として競争が激化していることに恐れをなして尻込みしているとは思えないが、「セブンイレブン」や「ツルハドラッグ」は市内のどこの町に行っても目にするのに、あってもいいのに全くないものもあるのだ。今日はそこに着目し、郡山には無い店や企業を挙げてみたい。

「コストコ」

 全国に27店舗あるにもかかわらず、我が郡山市にはない。まるで巨大倉庫を思わせる豊富な品数と、あの広大な敷地面積を誇り、大きな駐車場と相まって、しかも大量仕入れ、大量販売で激安商品を扱っている。さすがアメリカ発祥の豪快さだ。
 ここ郡山では市中心部に「モール郡山」を抱え、郊外にも「イオンフェスタ郡山店」(日和田)を控えるため、その用地もままならない。もし広大な土地がある場所となると、西部工業団地(待池台)、片平町、あるいはカルチャーパーク周辺になるだろう。

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「ファーストキッチン」

 東京に住んでいた1980年代にはもうすでに原宿などで目にしていた「ファーストフード」の「ファーストキッチン」。もともと関東を中心としてそれより南や西の県には数多く展開しているが、我が福島県には1店舗もない。

 郡山市には「マクドナルド」「ケンタッキーフライドチキン」「ミスタードーナツ」「ロッテリア」などのファーストフード店はあちこちにあるが、「ファーストキッチン」は外食産業が手厳しい東北にはなかなか進出しにくいようだ。 

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「ジョナサン」

 かつて郡山には同じ傘下のファミレスの「すかいらーく」があった。しかし「ジョナサン」は300店舗もある中で、首都圏や静岡県を主体に展開しているため、東北には進出していない。

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 「サイゼリア」「デニーズ」「夢庵」「びっくりドンキー」「ビッグボーイ」「まるまつ」「幸楽苑」「温野菜」各種回転ずし店などの外食産業が数多くあるため、競争は激しい。

 飲食業はシビアで、平成初期に郡山に複数あった「味の民芸」(長者・安積)は福島県から姿を消した。他にも「ジョイフル」や仙台に本拠を置く「半田屋」もまた競争に負けて撤退してしまった。

「Homac」(ホームセンター)

  「Dcm Homac」は北海道札幌市に本社を置くホームセンターで、ケイヨーD2も傘下にある。純然たる「Homac」は須賀川といわきの2店舗しかない。
 郡山市には、かつて「カンセキ」が進出して来たが、数年で尻尾を巻いて撤退した。「ユニディ」(後の「ジャンボエンチョー」)や「ケイヨーD2亀田店」、駅の東側にあった「ユアファクトリー」も閉店。
 市内には古くからある「ビバホーム」(現在2店舗)や、カインズ(2店舗)、「コメリ」(3店舗・園芸に要素が濃い)、「ダイユーエイト」(5店舗)、「ジョイフル山新」などがあって鎬を削って来た。

Homac

「PARCO(パルコ)」

 国内外に18店舗数えるファッション系ショップ。これはどちらかと言えば、全国の主要都市にしかない印象。札幌、仙台、浦和、池袋、渋谷、静岡、名古屋、広島、福岡など。

 郡山はファッションをリードするブランド品を扱う店舗が少ない。「うすい」くらいだ。だから、大手のファッションメーカーが運営する直営店などがあれば面白い。

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「IKEA」

 「ニトリ」と共に家具や生活雑貨などを扱っている大手家具量販店の「IKEA」。スタイリッシュでセンスのいい家具を格安で提供していて人気が高い。しかし、ここはニトリほど全国展開はせず、意外だが9店舗しかない。千葉市、横浜市、神戸市、大阪市、三郷市、福岡県、東京都立川市、仙台市、愛知県長久手市、原宿しかない。今後の出店予定では、広島市、前橋市、静岡市、札幌市など。

Ikea

「スシロー」

 回転ずし業界も郡山は大激戦。「かっぱ寿司」は郡山に複数存在するが、長者にあった店は震災で倒壊し、その後、再建されていない。「平禄寿司」もあるにはあるが縮小傾向にある。かつては「元禄寿司」、「ニコニコ寿司」があったものの、現在はない。他には「とっぴー」や「うまい鮨勘」「まぐろ亭」「魚べい」「はま寿司」などが鎬を削り、大激戦で生き残りは楽ではない。
 そして、大阪が本社の「スシロー」は全国展開で味に定評があるにもかかわらず、福島県には5店舗しかない。しかもなぜか福島市、会津若松市、いわき市にはあるのに、郡山市には皆無だ。一番近いのは須賀川店だ。

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 かつてインター線沿いにあった、大阪が本社の「くら寿司」が撤退し、郡山市の外食産業のし烈さを物語っている。福島県には「くら寿司」はもはや「いわき市」だけになった。

 さて、商業都市で、激戦地区である郡山市で競争に勝ち抜き、生き残るのは並大抵ではない。バブル崩壊時には首都圏資本の「西武」「丸井」「丸光」「ダイエー(トポス)」など軒並み撤退してしまった。
 家電量販店にしても、「イセヤでんき」(備前舘・大槻)「庄司デンキ(電激倉庫・咲田と安積)」「第一家電」(日和田と長者)が撤退し、「よつば電機」と「デンコードー」は他のライバル店に統合された。「コジマ」も店舗数を減らし、郡山では1店になった。

 さて、今日は東北で第2の都市と形容される「郡山市」にあってもよさげなのに、実際は無い店や企業を取り上げてみた。仙台にあるのに、なぜか郡山には無い。やはり郡山は地方の田舎都市くらいの印象しかないようだ。
 一時は首都機能移転が話題になった際には、最有力候補にも挙がった福島県だったが、その一翼を担い補完する役割を負う筈だったのが、交通至便の郡山市だった。しかしその夢は脆くも崩れた。

 首都圏の資本が流入しては、撤退を繰り返し、そして「そごう」や「東海大学」誘致の際には、市民が反対し、自らその計画を潰して来た経緯がある。駅前周辺の活性化をみすみず棒に振って来たのだ。今、郡山駅前は活気がないし、アーケード周辺はスカスカで閑古鳥が鳴いている。目立つのはコイン駐車場とシティ型ビジネスホテルだけだ。この現状を打破するには、官民一体となって旧態依然の計画を見直し、首都圏の資本で大改革を実施しなければ先は見えない。中合が閉店し、市民を悲しみに叩き落した福島市の同じ轍を踏まないように市長のつよいリーダーシップで旗振りをお願いしたいものだ。

 参考:「今は無き郡山の建物・店舗

2020年10月11日 (日)

伝説の郡山ワンステップフェスティバル in 1974

 この記事は、今から5年以上前の2015年1月10日(土)に、旧ブログ「時遊人SUZUのひとり言」で掲載したものです。今回、郡山市民のみならず全国の方に、伝説となったロックフェスティバルが、ここ郡山市を舞台に開催された事実を記憶に留めてほしくて、リライトして再掲載したいと思います。

 時を遡ること46年前の1974年(昭和49年)、当時私は9歳の小学校4年生だった。その年に、当地郡山において伝説として今も語り継がれる、或る音楽のビッグイベントが開催されたのだった。
 それは郡山市が「新産業都市」に指定されてから10周年を記念しての一大スペクタクルショーだった。その名は「One Step Festival 1974」。おそらくは50代以上の郡山市民ならば、懐かしく当時を思い出すことだろう。では早速当時を回顧したい。

 <イベント概要>

 ワンステップフェスティバルは、1974年8月4日から5日、同8日から10日に福島県郡山市開成山公園内の総合陸上競技場で開かれたロック・フェスティバル。出演したロックバンドやシンガーの数は5日間で36組もあった。全国のロックファンが郡山に一堂に会し、それは華やかで興奮と熱狂的なイベントになった。

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 「広報こおりやま」掲載記事はコチラ

 <出演者一覧>

あんぜんバンド
イエロー
異邦人
ウエスト・ロード・ブルース・バンド
上田正樹&サウス・トゥ・サウス
内田裕也&1815ロックンロール・バンド
オリジナル・ディラン
かまやつひろし
クリス・クリストファーソン&リタ・クーリッジ
神無月
キャロル(矢沢永吉)
久保田麻琴と夕焼け楽団
クリエーション
グレープジャム
外道
サディスティック・ミカ・バンド
沢田研二&井上堯之バンド
サンハウス
シュガー・ベイブ
センチメンタル・シティ・ロマンス
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(宇崎竜童)
つのだひろ&スペース・バンド
トランザム
南無
はちみつぱい
ブルースハウス・ブルースバンド
ミッキー吉野グループ(後にゴダイゴ結成)
宮下フミオ
めんたんぴん
ヨーコ・オノ&プラスチック・オノ・スーパー・バンド (→プラスティック・オノ・バンド)
四人囃子
ラヴ
りりぃ
VSOP
ソウルパワー

 では「動画サイト」に投稿してあるその時の模様を垣間見てほしい。(予告なく削除される場合がありますのでご了承ください)

 1 サディスティック・ミカバンド 「塀までひとっとび」

 真夏の祭典だったたけに、上半身裸でパフォーマンスする出演者や観衆がいた。この当時、サディスティックミカバンドは過激な部類で、あまりテレビの歌番組などには登場しなかった。

 2 上田正樹 「戻りたいなんてあらへん」

 観衆も興奮状態で踊りまくった。昔流行った「ゴーゴー」や「モンキーダンス」のような踊りが主流だった。「ロックンロール」や50’s風の「ツイスト」もあった。

 3 キャロル

 今ではレアな「お宝映像」。ビートルズの影響を受けていることを実感できる。上下の皮ジャンスタイルはお馴染み。ポマードにリーゼントスタイルが当時のロックの象徴だった。同時期には「クールス」も活躍していたし、その後で宇崎竜童率いる「ダウンタウンブギウギバンド」も活躍した。昨年、メンバーだったジョニー大倉が亡くなったことで、伝説度が増し、貴重な映像となった。

 4 沢田研二&井上堯之 内田裕也

 昭和の大スターとして名を馳せた沢田研二は、グループサウンズ時代「ザ・タイガーズ」のリードヴォーカルだった。人気絶頂で、このような井上堯之との臨時のコラボバンドは珍しい。

5 オノ・ヨーコ

 オノヨーコと言えば、ザ・ビートルズのジョン・レノンの妻。彼女のようなビッグネームの大スターも郡山へ来て、この記念すべきイベントに出演したのだった。なんと上の映像の中に、私の実家が映っている。

 当時は、フォークイベントは嬬恋や中津川フォークジャンボリなどがあったが、大掛かりなロックの祭典は少なく、これほどの威容を誇ったロックフェスは、郡山が最初の試みだった。私は当時、小学生だっため、ロックのロの字も知らず、自宅から徒歩で15分ほどの会場だったにもかからず、こんな貴重なイベントを見逃してしまった。たぶん中学生くらいだったら、絶対に友達と見に行き、ロックの洗礼を受けていたに違いない。

 余談なるが、その時、開成山公園内とその周辺において一大子ども祭りが同時開催され、ヘリコプターの体験乗車や健康診断、期間限定のジェットコースター運行も行われた。また五十鈴湖では軍艦のラジコン操縦も出来たし、空気で膨らませる巨大トランポリンなどの遊具もあり、それは大盛況だった。何を隠そう、私は当時小4だったが、友達3人でのど自慢大会みたいなのに応募し、仮設舞台の上で「母に捧げるバラード」を歌った記憶がある。でもあまりに大勢の人の前で、緊張し、あまり声が出なかった。

 この一大イベントが行われてから41年が経過した。私も歳をとる筈だ。モノクロの映像が時代や歴史、歳月を感じてしまう。2011年には私の同級生の箭内道彦が主催し、熱海のスケート場で大規模な「LIVE福島」が開催されたり、昨年、郡山で「B-1グランプリ」が開催されて大いに盛り上がった。再び被災地が活気を取り戻す意味でも、こうしたイベントは切らさずに継続して実施してほしい。そして「福島は元気です」と全世界に向けて発信できたらこの上ない喜びに思う。

 最後に、この模様がDVD化され、市販された。出演者の多くがお亡くなりになられているのは残念で仕方ない。その一部を垣間見えるシーンが動画サイトにアップされていたのでそれを取り上げて結びとしたい。当時、どれほどの盛り上げを見せたか感じ取れると思う。

 昭和40年代の頃の旧郡山駅や駅前周辺の街の様子、コンサートの模様などがカラー映像で残されているのはとても貴重で、永久保存版としたい。

  さて、私はこのLIVEをきっかけにして郡山市が音楽都市としての地位を確立する礎になったと考えている。郡山市民の方は、今でいう伝説のロックミュージシャンたちが、ここ郡山に集い、一堂に会して5日間限りの夢のフェスティバルが行われた開催されたことを誇りに思ってほしい。

 

2020年10月10日 (土)

郡山市のコロナ感染者、ついに100名突破の現実

 このところの郡山市の感染者数は異常としか言いようがない。累計でついに100名を突破してしまった。東北地方の一都市にしか過ぎない郡山で、なにゆえそんなに感染者数が多いのか?市内のどこを歩いてもマスクをしてない人などいない。どの店に入っても入口に消毒液が置かれ、もともと清潔好きな日本人はこまめに手を洗っている。なのに感染拡大に歯止めがかからない。

 感染経路不明の「市中感染」というが、目に見えぬウイルスはどこに潜んで、どういう経路を辿って感染をもたらすのかまったく見えない。

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 幸いに、私の周囲に感染者はおろか濃厚接触者すらいない状況だが、それでもいつ感染するかわからない状況だ。当ブログで、市長の対策の遅れを痛切に批判するコメントを書いた途端に、それを見たとは思えないが、急遽、郡山駅前の飲食店の従業員を対象にPCRの検査を無料で実施するとの方策を打ち出した。私たちは陽性だった場合には検査料は無料だが、陰性だった場合には保険がきかないため、2万~3万円を取られることから、わざわざ検査に出向くのは、よほど症状が悪くならない限りまず行かないだろう。よって、感染予備軍や隠れ感染者は遙かに多くいそうだ。

 かくいう私も、6月下旬に「胆管結石による胆嚢炎」で入院、7月1日に開腹手術に踏み切り、免疫や体力が通常よりも低下しており、感染したら最後、重症化する危険性は否めない。よって、外出を控え、家内にはぶつぶつ文句を言われながらも、引きこもり生活を続けている。遠出は一切していないし、外食も控え、アルコール類と炭酸飲料は何と、4月からひと口も口にしていない。こんなことは初めてで、大好物のビールや日本酒を飲まずにここまで過ごした経験などない。

 さて、その郡山市は今、危機的状況にある。なのに市長は独自の「緊急事態宣言」を発令することもなく、連日、マスコミを前にして、感染状況を通り一辺倒の如く報告しているだけ。具体策もなければ、特別な警戒態勢を敷くことすらできない。市民を守れずして市長の座に留まり、それでも都合よく三選を目指すとはよくぞ言えたものだ。

 では、私がそう大上段に構えて、危機的状況を訴える根拠を示したい。不安を煽るのではなく、事実を明示したい。

 <郡山の感染者一覧>10月9日(金)12時時点

 予め断っておくが、これは、私が信頼を置くRFC(ラジオ福島)の「新型コロナウイルス感染者一覧」から引用するものであり、公に公表されているもので、感染者の誹謗中傷を訴えるものではないことを強調しておきます。

  福島県の感染者数 295名の内訳

 1 郡山市の感染者数     104名
 2 福島市 の感染者数    29名
 3 南相馬市の感染者数  28名
 4 いわき市の感染者数  26名
 5 会津若松市の感染者数 20名
 6 本宮市の感染者素   14名
 7 喜多方市の感染者数  12名
 8 須賀川市の感染者数  11名
 9 二本松市の感染者数    7名 
 9  相馬市の感染者数    7名 
11 田村市の感染者数     5名

 その他 14市町村で29名 県外3名いる。(5名未満の詳細は割愛させていただきます。)

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 これだけ見ても郡山市だけが突出して多いことが見て取れる。2位の福島市の3.3倍も多い。福島県全体の3分の1以上が郡山市に集中している。直近では、毎日5名以上の感染者を出している。しかも駅前の飲食店従業員とその家族、つまり家庭内感染が広がっている。
 どこでうつるかわかない状況で、決して感染者を責めることはできない。しかし、解せないのは、これほど感染経路が不明なので、市は感染者の名前は明かす必要はないが、追跡調査を徹底し、もう少し、個人を特定できない範囲で、詳細情報を開示すべきではないのか?

 私は4月頃から、それに近い症状(頭痛・発熱・咳など)で感染を疑われた時に、即座に行動歴を言えるように、非公開にしているが、ココログにその日の出来事を日記のようなスタイルで書いている。だから2週間前であろうが、半年先まで、自分の行動や生活がわかるようにしてある。そうすれば、どこで感染したか、その可能性を探ることができる。

 では、その郡山市の状況を詳しく見たい。

 1例目  3月14日 郡山市70代女性。私立大学職員(教授)。無届けでエジプトに旅行してクルージングに参加。
 2例目  4月 4日 郡山市70代男性。職業非公開。市内の医療機関で眼科手術。
 3例目  4月 7日 郡山市50代男性。会社員。千葉県の自宅。横浜市の実家に帰省。
 4例目  4月 8日 郡山市50代男性。二本松郵便局勤務。
 5例目  4月10日 郡山市20代女性。介護職員。
 6例目  5月 6日 郡山市60代男性。同居家族は陰性を確認。

 7例目  5月 8日 郡山市で栃木県宇都宮市居住の30代男性。栃木県内の医療機関に入院予定。月に1回、県南保健所管内の医療機関に勤務の医療従事者。PCR検査は郡山市内の医療機関で実施。

 8例目  7月10日 郡山市に単身赴任中の40代男性。郡山市内の医療機関に入院。6月末、郡山市内で同僚ら4名で会食後、東京で内1名の陽性が確認され、濃厚接触者しとしてPCR検査。この男性のみ陽性。症状なし。男性が勤務する支店の残り6名を濃厚接触者としてPCR検査をする予定。

 9例目  7月22日 郡山市居住の40代男性。埼玉県に単身赴任中。東京都内の職場に勤務。濃厚接触者は妻と子ども2名。いずれも症状はなし。23日にPCR検査を実施。

10例目  7月29日 郡山市の60代男性。郡山市環境保全センターの非常勤職員。現在、郡山市内の医療機関に入院中。濃厚接触者は家族(妻・子1名)と職場の同僚11名及び業務で関連する企業の1名。

11例目  8月8日 郡山市の30代男性。男性との濃厚接触者は家族や勤務先など計24人。発症14日前の海外渡航歴はありません。6日に倦怠感、7日に38度の発熱や関節痛、咳などの症状がありました。

12例目  8月10日 郡山市の70代男性。家族内カンセン。
13例目  8月12日 郡山市の50代男性。詳細は調査中。
14例目  8月13日 郡山市の20代男性。公務員。8月10日千葉県から東北新幹線で帰省。8月12日発症。軽症。入院予定。

15例目  8月15日 郡山市の60代女性。以前、陽性が確認された患者の家族で濃厚接触者として検査を実施したが、陰性。その後、健康観察を継続。13日~14日にかけて咽頭痛など症状が出たため再度検査を行い、今日陽性と判明。

16例目  8月15日 郡山市の50代男性。月に1回程度、郡山市内の自宅へ往来。10日午後、新幹線で郡山へ到着。徒歩で帰宅。その後、陽性が確認された会社同僚の濃厚接触者になった旨を保健所へ連絡。検査の結果陽性と判明。

17例目  8月18日 郡山市の30代男性。会社員。13日にせきなどの症状、17日市内医療機関受診、18日陽性判明。この男性は9日から15日まで福岡や大阪、和歌山を新幹線など鉄道で訪れた。濃厚接触者などは確認中。

18例目  8月18日 郡山市の20代男性。会社員。13日にせきなどの症状が出て、17日に郡山市内の医療機関を受診し、18日、検査の結果陽性。この男性は9日から12日まで福岡や大阪へ新幹線で訪れた。濃厚接触者は知人1名。

19例目  8月18日 郡山市の20代男子大学生で、福島大学の学生。16日に郡山市の青少年会館で合唱の練習に参加し、同日には東京に住む家族を含む3名と会い、翌日発熱。濃厚接触者は家族親戚4名、合唱仲間(人数確認中)、他は確認中。

20例目  8月19日 郡山市の50代男性。19例目の家族内感染。

21例目  8月19日 郡山市の50代女性。19例目の家族内感染。
22例目  8月20日 郡山市の10代女性。19例目の濃厚接触者。郡山市立第一中学校の生徒。
23例目  8月20日 郡山市の10代女性。19例目の濃厚接触者。郡山市立第一中学校の生徒。
24例目  8月20日 郡山市の20代男性。19例目の濃厚接触者。

25例目  8月22日 郡山市の10代男性(福島大学学生)がPCR検査の結果陽性と確認。症状はなく、現在入院中。男性は合唱練習に参加していた19例目(20代男性)の濃厚接触者。今回陽性となった福大生は、18~20日まで大学で集中講義を受講。濃厚接触者は7名。

26例目  8月23日 郡山市の60代男性。郡山市職員(富田行政センター)。県内患者(郡山市職員)の濃厚接触者。現在、微熱とのどに違和感があり、入院予定。過去14日間に海外渡航歴はなし。家族2名が濃厚接触者で、その他の濃厚接触者については現在調査中。

27例目  8月25日 郡山市の50代男性。濃厚接触者は家族3名と市外の親族2名。

28例目  8月28日 郡山市の50代男性。18日に先に陽性となっていた茨城県の知人と接触。23日発熱。26日帰国者接触者相談センターへ相談。27日濃厚接触者として検体採取。28日陽性判明。入院予定。

29例目  8月28日 郡山市の40代女性。8日に先に陽性となっていた茨城県の知人と接触。23日発熱。26日帰国者接触者相談センターへ相談。27日陽性者の濃厚接触者として検体採取。28日陽性判明。入院予定。

30例目  8月28日 郡山市の60代女性。団体職員。21日咽頭痛、発熱、咳あり。28日県内29例目の濃厚接触者(別居家族、高齢者向け住宅を訪ねた経緯がある。)として検体採取、PCR検査の結果陽性を確認。勤務状況などは現状不明。濃厚接触者は保健所で調査中。軽症。入院中。

31例目  8月28日 郡山市の60代男性。会社員。22日咽頭痛あり。23日症状継続。24日医療機関受診。25日発熱。27日まで咽頭痛が継続。28日発症の同居家族として検体採取。PCR検査で陽性判明。勤務状況などについては調査中。濃厚接触者は保健所で調査中。軽症。入院中。

32例目  8月29日 郡山市の10代女性。郡山第一中学校生徒。クラスターが発生した青少年会館で合唱練習に参加。19日の検査では陰性でしたが、健康観察終了前の今日の検査で陽性と確認。

33例目  8月29日 郡山市の10代女性。郡山第一中学校生徒。クラスターが発生した青少年会館で合唱練習に参加。19日の検査では陰性でしたが、健康観察終了前の今日の検査で陽性と確認。

34例目  8月29日 郡山市の10代女性。郡山第一中学校生徒。クラスターが発生した青少年会館で合唱練習に参加。19日の検査では陰性でしたが、健康観察終了前の今日の検査で陽性と確認。

35例目  8月29日 郡山市の10代女性。郡山第一中学校生徒。クラスターが発生した青少年会館で合唱練習に参加。19日の検査では陰性でしたが、健康観察終了前の今日の検査で陽性と確認。

36例目  8月29日 郡山市の30代男性。22~26日に、仙台、大阪、北海道へ移動。27日に発熱があり、市内の医療機関を受診。今日、検査の結果、陽性が判明。濃厚接触者は調査中。

37例目  8月30日 郡山市の50代男性。29日に147例目の濃厚接触者として検体採取。30日、 PCR検査の結果、陽性と判明。市内医療機関入院調整中。この間症状なし。濃厚接触者は現在調査中。

38例目  9月1日 郡山市の30代女性。8月29日に感染が確認された30代男性の濃厚接触者。

39例目  9月1日 郡山市の40代男性。飲食店従業員。8月29日に感染が確認された157例目・30代男性の濃厚接触者。家族3 名はPCR検査の結果、陰性。

40例目  9月1日 郡山市の30代男性。飲食店従業員。8月29日に感染が確認された157例目・30代男性の濃厚接触者。濃厚接触者は調査中。

41例目  9月1日 郡山市の20代男性。飲食店従業員。8月29日に感染が確認された157例目・30代男性の濃厚接触者。濃厚接触者は調査中。
42例目  9月1日 郡山市の20代男性。飲食店従業員。8月29日に感染が確認された157例目・30代男性の濃厚接触者。濃厚接触者は調査中。
43例目  9月3日 郡山市の20女性。濃厚接触者。軽症で入院予定。
44例目  9月4日 郡山市の30代男性。濃厚接触者。濃厚接触者は家族3名他調査中。

45例目  9月5日 郡山市の20代男性。濃厚接触者。飲食店従業員。無症状で、市内での入院が予定。先月29日に陽性となった36例目の郡山市の30代男性の濃厚接触者。

46例目  9月6日 郡山市の50代男性。8月28日に感染が確認された郡山市の50代男性(27例目)の濃厚接触者。先月26日に咳の症状があり、(一昨日4日)保健所に相談、今日PCR検査で陽性が判明。症状は軽症で入院予定。濃厚接触者は調査中。

47例目  9月7日 郡山市の湖南小中学校の10代女性。昨日陽性が分かった郡山市の50代男性(46例目)の家族。無症状で入院予定。

48例目  9月11日 郡山市の50代男性。郡山市職員(富田行政センター)。8月22日濃厚接触者としてPCR検査の結果、陰性。最終接触日の8月18日の翌日から換算して14日間の健康観察が9月1日に終了。9月3日頭痛、発熱。9月7日PCR検査の結果、陰性。9月10日熱が下がらないため医療機関を受診。9月11日PCR検査の結果、陽性。軽症で入院継続中。

49例目  9月11日 郡山市の40代女性。9月8日発熱、咽頭痛。9月11日PCR検査の結果、陽性。軽症で入院予定。

50例目  9月15日 郡山市の30代女性。9月10日咳、くしゃみ、発熱症状あり。 9月14日市内医療機関を受診し、検体採取。9月15日PCR検査の結果、陽性と判明。市内医療機関入院予定。軽症。濃厚接触者調査中。

51例目  9月16日 郡山市の60代男性。9月6日 市内42例目(9/4陽性)の接触者(別居家族)としてPCR検査の結果、陰性。9月9日 37.5°C、倦怠感。9月15日 市内医療機関を受診し、検体採取。9月16日 PCR検査の結果、陽性。入院予定。軽症。濃厚接触者調査中 。

52例目  9月16日 郡山市の20代男性。9月7日 味覚障害、嗅覚障害。9月15日 市内医療機関を受診し、検体採取。9月16日 PCR検査の結果、陽性。入院予定。軽症。発熱なし。濃厚接触者調査中。

53例目  9月16日 郡山市の60代男性。9月11日 体調不良で、市内医療機関受診。37.4℃、喉風邪。9月15日 市内医療機関を受診し、検体採取。9月16日 PCR検査の結果、陽性。市内医療機関入院予定。軽症。

54例目  9月19日 郡山市の60代男性。会社役員で、2週間以内の海外・県外の渡航歴はありません。現在入院中で、症状は軽症。
55例目  9月23日 郡山市30代女性。感染経路不明。軽症。
56例目  9月23日 郡山市80代女性。感染経路不明。軽症。
57例目  9月24日 郡山市60代男性。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。
58例目  9月24日 郡山市30代男性。濃厚接触者。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。
59例目 9月24日 郡山市20代男性。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。
60例目 9月24日 郡山市80代男性。濃厚接触者。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。

61例目 9月24日 郡山市50代男性。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。
62例目 9月24日 郡山市60代女性。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。

63例目 9月26日 郡山市60代男性。会社員。今月25日に県内の濃厚接触者として検体採取。本日のPCR検査で陽性。症状なしで入院中。濃厚接触者はなし。

64例目 9月26日 郡山市20代男性。大学生。16日に熱感、17日に咽頭痛。20日に嗅覚障害。25日に帰国者・接触者外来を受診し検体採取。PCR検査で陽性。軽症で入院予定。濃厚接触者はなし。陽性患者との接触もなし。

65例目 9月26日 郡山市40代男性。6日に咽頭痛あり。17日に発熱あり。25日に帰国者・接触者外来を受診し、検体採取。PCR検査で陽性。軽症で入院予定。濃厚接触者はなし。

66例目 9月26日 郡山市70代男性。25日に医療機関を受診し、検体採取。PCR検査で陽性。無症状で、入院中。濃厚接触者は、同居家族、その他調査中。陽性患者との接触は確認されていない。

67例目 9月27日 郡山市10代男性。軽症で入院予定。濃厚接触者は、同居家族とその他は確認中。陽性患者との接触は確認されていない。

68例目 9月29日 郡山市30代男性。会社員。9月26日発熱(37.5℃)、倦怠感。27日発熱(38.5℃)、関節痛、医療機関受診。28日嗅覚異常、PCR検体採取。29日陽性確認。農耕接触者調査中。軽症で入院中。

69例目 9月29日 郡山市30代女性。会社員。9月26日発熱(37.6℃)、頭痛、咽頭痛。28日発熱(38.4℃)、関節痛、医療機関受診。28日PCR検体採取。29日陽性確認。農耕接触者調査中。軽症で入院中。

70例目 10月1日 郡山市60代男性。会社役員。濃厚接触者で同居家族。

71例目 10月1日 郡山市20代女性。学生。濃厚接触者で同居家族。
72例目 10月1日 郡山市30代男性。会社員。濃厚接触者で同居家族。
73例目 10月1日 郡山市10代男性。小学生。通っている小学校児童に濃厚接触者、接触者はいない。濃厚接触者で同居家族。
74例目 10月1日 郡山市10歳未満女性。小学生。通っている小学校児童に濃厚接触者、接触者はいない。濃厚接触者で同居家族。
75例目 10月1日 郡山市10歳未満男性。未就学児。濃厚接触者で同居家族。
76例目 10月1日 郡山市40代男性。現段階でいずれも感染経路不明。
77例目 10月1日 郡山市30代男性。現段階でいずれも感染経路不明。
78例目 10月1日 郡山市30代女性。現段階でいずれも感染経路不明。

79例目 10月3日 郡山市40代女性。9月30日に咳症状あり。2日に医療機関を受診し、3日にPCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院中。濃厚接触者については調査中。

80例目 10月3日 郡山市30代男性。会社員で、9月29日に発熱(38.0℃)あり。2日に医療機関を受診し、3日にPCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院中。濃厚接触者。その他の濃厚接触者については調査中。

81例目 10月3日 郡山市50代男性。会社員で、9月29日に倦怠感、下痢、食欲不振、悪寒、発熱(37.5℃)。1日に医療機関を受診。3日にPCR検査の結果、陽性と判明。重症で入院中。濃厚接触者は職場関係者で、その他は調査中。

82例目 10月3日 郡山市40代男性。9月29日に寒気あり。1日に医療機関を受診し、3日にPCR検査の結果、陽性と判明、咳あり。軽症で入院中。濃厚接触者については調査中。

83例目 10月4日 郡山市30代女性。252例目(郡山市の30代男性)の濃厚接触者。軽症で入院中。
84例目 10月4日 郡山市20代女性。感染経路不明。軽症で入院中。
85例目 10月5日 郡山市70代男性。同居家族が濃厚接触者。陽性が既に確認されている30代男性の濃厚接触者。軽症で入院中。
86例目 10月5日 郡山市10歳未満女性。未就学児。軽症で入院中。
87例目 10月5日 郡山市30代男性。感染経路不明。軽症で入院中。

88例目 10月6日 郡山市50代男性。10月4日味覚・嗅覚の異状があり、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院中。濃厚接触者は職場関係者、知人、その他は調査中。陽性者との接触は確認されていない。

89例目 10月6日 郡山市30代男性。10月1日に発熱、倦怠感等があり、4日に味覚・嗅覚の異常、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院予定。濃厚接触者は同居家族、職場関係者。陽性者との接触は確認されていない。

90例目 10月6日 郡山市50代女性。10月2日に発熱があり、4日に味覚・嗅覚の異常、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院予定。濃厚接触者は同居家族、職場関係者。陽性者との接触は確認されていない。

91例目 10月6日 郡山市40代女性。10月4日に発熱や倦怠感があり、5日に医療機関を受診し、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院予定。濃厚接触者は同居家族、職場関係者。陽性者との接触は確認されていない。

92例目 10月6日 郡山市40代男性。10月4日に発熱やせきの症状があり、5日に医療機関を受診し、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院中。濃厚接触者は調査中。陽性者との接触は確認されていない。

93例目 10月7日 郡山市50代男性。会社員。9月25日喉に違和感、咳があった。26日発熱。28日咽頭痛があり医療機関受診。2日にも同じ医療機関を受診。6日医療機関を受診し検体採取。7日PCR検査において陽性判明。濃厚接触者は調査中。軽症、入院予定。陽性者との接触は確認されていない。

94例目 10月7日 郡山市30代男性。会社員。10月2日に腰の痛み。4日に発熱、倦怠感、味覚異常あり。6日医療機関を受診し検体採取。PCR検査で陽性判明。濃厚接触者は同居家族。その他は調査中。軽症、入院予定。

95例目 10月7日 郡山市40代女性。パート従業員。4日に咽頭の違和感、咳などがあり。6日に医療機関受診、検体採取。7日にPCR検査で陽性判明。濃厚接触者は職場関係、他調査中。軽症、入院予定。

96例目 10月7日 郡山市40代男性。会社員。2日に発熱、咳、痰、味覚異常あり。6日に医療機関受診し検体採取。7日に陽性判明。濃厚接触者は家族、職場関係者ほか確認中。軽症、入院予定。陽性者との明確な接触は確認されていない。

97例目 10月7日 郡山市30代女性。パート従業員。3日に発熱濃厚接触者は家族、職場関係者、知人、他確認中。軽症、入院予定。陽性者との明確な接触は確認されていない。

98例目 10月7日 郡山市50代男性。会社員。5日に発熱、倦怠感あり。6日発熱、咳、喉の違和感あり。医療機関を受診、検体採取。7日にPCR検査の結果陽性判明。軽症、入院予定。濃厚接触者は調査中。陽性者との明確な接触は確認されていない。

99例目 10月7日 郡山市10代男性。学生。7日、278例目の濃厚接触者として受診。PCR検査の結果、陽性判明。濃厚接触者は調査中。症状なし、入院予定。

 100例目 10月8日 郡山市40代女性。
 101例目 10月8日 郡山市20代女性 
 102例目 10月8日 郡山市10代女性。
 103例目 10月8日 郡山市60代男性。
 104例目 10月8日 郡山市30代女性。
 105例目 10月8日 郡山市20代女性。
 106例目   10月8日 郡山市20代女性。

   このうち2名は郡山絡みだが、県外としてカウントされているため、実際は10月8日(木)時点では、郡山市内だけで104名感染と郡山市は発表。

 <郡山市の年齢別・性別感染者> 10/8現在

10歳未満 男性 1名  女性2名
10代   男性 4名  女性8名
20代    男性 10名  女性7名
30代    男性 14名  女性8名
40代    男性  7名  女性6名
50代    男性 16名  女性2名
60代    男性 11名  女性3名
70代    男性  4名  女性1名
80代    男性  1名  女性1名

合計     男性 68名  女性38名

 10代の女性はほとんどが青少年会館で行われた合唱練習の合宿に参加した生徒で、11名が感染したクラスターが原因。

 ちなみに郡山市内でのクラスターは、ここ以外は、麓山の中央公民館が6名、あとは店名を郡山市は頑なに明かさないが、駅前のホストクラブだ。生命の危機よりもあくまで個人情報保護を優先する管理体制を貫いている。不特定多数の人が出入りしている店のほうが危険なのに、実名を明かさないのは人命軽視と言われても弁解のしようがない。

 また、県内で死者が4名も出たのに、これも一切非公開。市町村名や性別、年代だけなら公表しても問題ないのに、やはり特定されるのを恐れてなのか、個人情報や感染者保護の観点が人命尊重よりも優先されている。

 <郡山市の月別感染者>

 3月  1名 
 4月  4名
 5月  2名
 6月  0名
 7月  2名
 8月 27名 
 9月 33名
10月 37名

 8月から急激に増加に転じた。やはり観光業者への配慮から見切り発車した感の強い、無能な政府主催の「GOTOトラベルキャンペーン」などという一見景気のよさそうな県をまたいでの旅行を推奨する愚策のせいで、これほどまでの感染拡大を招いたことは火を見るより明らかだ。

 未だに東京は、毎日200名前後の感染者で推移している。実際に重症化して命の危機に晒されている人を見殺しにするような戦略で、火に油を注いでいるにすぎない。なぜ武漢市のようにロックダウンで短期間の都市封鎖が出来なかったのか。全責任は政府にある。

 一方で、郡山市はもともと県の中央に位置し、鉄道や高速道路網の中心的役割を果たす商業都市で、人の交流が盛んな土地柄である。県庁所在地の福島市の三倍近い感染者を出すなど、本来ならあり得ない状況だ。こうなると郡山は首都圏の感染者数と変わらない。

 要は、対策が後手後手だから、このような状況悪化を招いているのではないか?市はPCR検査を増やしただけで、根本的な対応策はおそらく何も講じていない。2日前にようやく駅前の飲食業者のPCR検査を無料で実施するなど、付け焼刃的な対策を行うと宣言したが、あまりにも遅すぎる。

 これほどまでの感染爆発を招いてからようやく重い腰を上げる行政。お粗末すぎる。なぜもっと早く警告を発せないのか?若い北海道知事や大阪府知事のほうが、俊敏にかつ機動力を発揮し、何度もマスコミに登場し、予防の徹底を呼びかけたり、打開策を講じている。

  やはり、郡山市は田舎の地方都市なので、旧態依然の保守的な考え方が多く目につく。これまで市長になった方は長老ばかりだ。私は斬新なアイディアで市政を遂行できる40代や50代の若手がなるべきだと思っている。守りに入る姿勢では何も変わらない。やはり、革新的で攻めの行政を実行して欲しいのだ。

  現市長は、たいした功もなく、そして自身が高齢にもかかわらず、3選出馬を考えているようだが、自分の75歳という年齢を熟慮してから決断してほしいと思う。来年、76歳で3期目当選したところで、満期時には80歳の後期高齢者だ。市長という激務に耐えられる体力と気力があるとは到底思えない。有権者や経済団体などの支持母体も、ご本人の健康状態やこれまで2期の実績などを判断して支持を表明して貰いたいものだ。「東京大学卒」という学歴だけを有り難がって推挙などしないようにしていただきたい。さらに言えば、国民や市民を守れないような政治家はさっさと政界を去ってもらいたいものだ。そうでなければ旧態依然のままで、新型コロナは増加の一途を辿るだけでいっこうに終息できない。

 追記(R.2.10.11)

 この記事掲載からわずか2日間で郡山市の感染者数が118名になり、11日(日)の発表では、県内で一日だけで一気に10名増えた。この増え方は異常で、福島県全体の感染者が314名なので、郡山だけでその3分の1を超えた。そして2位の福島市が29名のまま。ということは郡山市の感染者数は県庁所在の福島市の4倍を超えてしまった。やはり水際対策がまったくできおらず、行政の失態と言わざるを得ない。

 おそらく、駅前の飲食業者のPCR検査を無料にしたため、保健所や検査場所に殺到し、検査数が一気に増えたため、感染者数が急増したものと思える。だが、よく考えてみれば、今回、検査して陽性だった人は、それを知らずにずっと営業を続けて来たのだ。だから、濃厚接触者を含め、今後さらに感染数は大幅に増加することは間違いない。

 結局、郡山市のコロナ対策はズボラで何ひとつ用を足していない。根本から見直すべきだ。危機管理能力が低すぎるからこのような事態を招いている。トップの市長は責任を取るべきで、3選出馬などという流暢なことを語る資格はない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今後、郡山市の感染状況をこの下の欄に追記して報告して行きます。

 10/12(月)時点
 福島県の感染者数 317名   死者5名

 郡山市の感染者数 121名(10/9から3日で17名増加) 

 県全体から見た郡山市の占有率 38%(福島県内の約4割近くが郡山市内の感染者)

 10/14(水)時点
 福島県の感染者数 324名  死者5名

 郡山市の感染者数 125名(10/9から5日で21名増加) 

 県全体から見た郡山市の占有率 38%

   10/15(木)時点
 福島県の感染者数 332名  死者5名

 郡山市の感染者数 127名(10/9から6日で23名増加) 

 県全体から見た郡山市の占有率 38% 

 郡山市内の感染者の36%は駅前繁華街の飲食店で感染しているという衝撃的なデータが地元のテレビで公表された。
 郡山駅前のオフィスビルに勤務している私にとっては結構ヤバすぎる数値。7月中旬に退院して職場復帰以降、昼食はコンビニか「PIVOT」の持ち帰り弁当なので、外食は一切していない。

 10/16 (金) 時点

   福島県の感染者数 347名 死者6名

 郡山市の感染者数 133名(10/9から7日間で29名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 38%

 10/17 (土) 時点

   福島県の感染者数 359名 死者6名

 郡山市の感染者数 143名(10/9から8日間で39名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 39.8%

 10/19(月)時点

 郡山市の感染者数 151名(10/9から10日間で47名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 40.9%

 10/22(木)時点

 福島県の感染者数 374名 死者6名

 郡山市の感染者数 154名(10/9から13日間で50名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 41.1%

 10/23(金)時点

 福島県の感染者数 378名 死者6名

 郡山市の感染者数 157名(10/9から14日間で53名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 41.5%

 10/26(月)時点

 福島県の感染者数 386名 死者6名

 郡山市の感染者数 159名(10/9から17日間で55名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 41.2%

 11/3(火)時点

 福島県の感染者数 401名 死者6名

 郡山市の感染者数 170名(10/9から25日間で66名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 42.3%

 11/5(木)時点

 福島県の感染者数 409名 死者6名

 郡山市の感染者数 178名(10/9から27日間で74名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 43.5%  2位の福島市が37名のため郡山は5倍近く多い。
 郡山市は今、コロナ山市などと揶揄されている。

 11/8(日)時点

 福島県の感染者数 415名 死者6名

 郡山市の感染者数 181名(10/9から30日間で77名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 43.6%  

 11/17(火)時点

 福島県の感染者数 441名 死者6名

 郡山市の感染者数 186名(10/9から39日間で82名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 42.1%  

  11/21(土)時点

 福島県の感染者数 474名 死者6名

 郡山市の感染者数 191名(10/9から43日間で87名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 40.2%  

2020年10月 8日 (木)

郡山市民でもあまり知らない隠れスポット③

 本日は「郡山市民でもあまり知らない隠れスポット」を紹介する3回シリーズ記事の第3弾。つまりは最終回だ。今日は、郡山市民にとってはメジャーである筈の場所なのだが、正直、知らないことだらけの話だ。小学生の頃は、グループ学習や調べ学習などで、発表したり、壁新聞などにまとめて教室や廊下に掲示した人もいるかもしれない。ただ、それが実際どこにあるのか、自分の目で確かめた人は少ないに違いない、そういうスポットを取り上げたい。

3 「未来を拓いた一本の水路」(安積疎水)

 郡山市民なら、小学生の頃から嫌と言うほど叩き込まれる「安積疎水」の概要と「ファンドールン」の功績。当時、食糧難を克服するために、安積疎水が国策事業として工事が始まり、広大にして豊富な猪苗代湖を水瓶として、そこから水路にて、郡山市西部の田園地帯に水を引き、農業用水を始め、水力発電、郡山市の発展を支えた工業用水、さらには飲料水確保のために一役も二役も買ったのは周知の事実だ。

 郡山市民は、はるばる異国から招聘したオランダ人技師・ファンドールン指導による一大プロジェクトの偉業についてはそのあらましを知っていても、では実際にどこを流れて郡山市一円に水を送っているのかまでは知らない。事実、市街地にはその痕跡と言えば、麓山の滝の復元や開成山公園に作られたモニュメントぐらいしか当時を偲ぶ面影はない。

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Monument

 では、「安積疎水」は一体どこを流れているのか、現在その痕跡を窺い知れる場所を探ってみた。それは前回(9/8)、怪しい「マル珍な石造」を探しに行った時に通った「三穂田町」にあり、しかも「郡山南IC」入口の北西側にあったのだ。

 代休2日目の10/7(水)、10時ちょうどに自宅を出発し、4号バイパスから柴宮経由。郡山南ICを通過し、その先の信号を左折せずに直進。上池の手前を右折してしばらく起伏の激しい道路を越えて行き、信号の丁字路を左折して、さらに次の信号を右折すると、一面田んぼの長閑な田園風景に。すると「郡山GC」に向かう手前で、突然前方にこの道で左右に途切れた水路を発見!

 10:22、三穂田町大谷という地名にあった安積疎水の水路に現着。自宅から12.9kmの場所にあった!

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 鉄製の梯子を上ると、水路を上から眺められるが、水は流れていなかった。幅約20cmくらいの幅狭の細長い水路だった。

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 この画像にある一本の水路は、「日本遺産認定」をPRするポスターにも使用されている。田んぼを貫くように延々と続くその威容を目の当たりにすると、明治時代の難工事の様子を窺い知ることができる。しかも当時は電気などない時代(電気は明治15年、銀座に設置されたアーク灯の電灯が最初とされている)。すべて工夫を雇い、人力による土木工事を行っていた。

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 1879年(明治12年)に国直轄の農業水利事業第1号地区として着工され、日本海への流量を調整して水位を保持する十六橋水門、安積地方へ取水する山潟水門が建設され、隧道・架樋等、延べ85万人の労力と総工費40万7000円(現在に換算して約400億円)によって、130kmに及ぶ水路工事が僅か3年で完成した。灌漑区域面積は約 9,000haと広大で、当地を一大穀倉地帯に変えた。なお、郡山市は、平成の大合併により市域を広げた新潟市が誕生する前は、米穀生産量日本一の市であった。
 1898年(明治31年)には疏水に水力発電所が設置され、その電力を利用した製糸業が発達した。また、1908年(明治41年)からは飲用水としても利用して、当地の人口増加を支えた。
 2016年には「日本遺産」に認定された。

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 見物は僅か6分程度だったが、デジカメで16枚も一気に撮影した。そこは時間がゆったりと流れている田舎の風景だった。黄金色に実った稲穂の田んぼや、すでに刈り入れが済んだ田んぼもあった。とにかく見渡す限りの田んぼのど真ん中を東西に貫くように一本の水路が延びていた。農業の灌漑用水として猪苗代湖の水を供給していることを実感できたのは収穫だった。

 帰りは10:28に現地を発って、尚志高校の正門前に出て、左折右折を繰り返し、安高前の通りに出て、10:51、久し振りに実家に立ち寄り、ツルハで買い物を済ませて、その後11:52帰宅。往復で26.4kmくらいの距離だった。

 さて、3日間に渡ってお送りした「郡山市民でも意外にも知らない隠れスポット」を取り上げた記事、いかがだったでしょうか。たぶん、地元の方はご存知でも、中心市街地に住んでいる方は、訪れたことが無い未知の情報も過分に含まれていたのではないでしょうか?私も今回、いい勉強になったと思っている。

 最後に、今回の「隠れスポット」とはまったく無関係だが、私が1964年に郡山市に生を受けてから、特に印象に残っている出来事を10位まで取り上げたい。

 1位 東日本大震災発生(郡山市は震度6弱 死者は公式発表は1名だが、実際は2名 市役所展望室と神明町で発生)
 2位 ワンステップフェスティバル
 3位 こども祭り開催(開成山公園にジェットコースターが作られた)
 4位 磐光パラダイス火災
 5位 ビッグアイ・ビッグパレットふくしまが竣工
 6位 ヤクザの抗争事件(東北のシカゴ)
 7位 郡山上空を「ゼロ戦」が飛んだ日
 8位 都市型デパートが相次いで出店(うすい対ダイエーの安売り合戦)
 9位 郡山上空を飛行船が回遊した日
10位 ワールドインポートバザールふくしま輸入博(南東北総合卸センターで1986年~1990年代まで開催)

  その他

  東北新幹線開業・カルチャーパーク開園・メッツとレッズが郡山の開成山球場で巨人と対戦・郡山三大病院移転など

 もし2011年に東日本大震災が起きなかったら、私の中では文句なく1974年に開成山陸上競技場で開催された「ワンステップフェスティバル」が堂々の1位になっていた。それほどのビッグイベントで、全国からロックファンが一堂に会し、真夏の5日間、多くのミュージャンが当地で演奏を繰り広げた。矢沢永吉、沢田研二、内田裕也、サディスティックミカバンド、トランザムを始め、なんとジョンレノン夫人の「オノ・ヨーコ」までもが来郡し、人気をさらった。これをきっかけに、フォークやロックのフェスティバル(音楽の祭典)が開催されるようになったと思う。それにしても、なぜこれほどの大物アーティストを集めた一大イベントが郡山市で開催されたのか?それまでも「中津川フォークジャンボリー」や「嬬恋」などではこのようなイベントは行われていたが。

Onestep-fes

 今日は我が街・郡山市のごく一部の方にしか認知されないような一風変わったスポットに焦点を当ててみた。死ぬまでには自分が生まれ育った故郷については知らないことがないくらい、自分の足で踏みしめ、しかと確かめたいものだ。

 追記

 今回は3回シリーズの記事として編纂しましたが、また「隠れスポット」が見つかったら、同じタイトルで第4弾として掲載したいと思います。できれば、「こういう珍しいスポットがある」とご存知の方は、コメント等でお知らせ願えれば幸いです。
 それは、旧ブログ「時遊人SUZUのひとり言」でも取り上げなかった場所であればさらに有り難いです。

2020年10月 7日 (水)

郡山市民でもあまり知らない隠れスポット②

 本日は3日間のシリーズ記事とした「郡山市民でもあまり知らない隠れスポット」の第2弾。昨日は、結構マイナーな場所だったが、本日の記事は、郡山市民なら一度は訪れたことがあるであろう場所。それは郡山市西田町にある「高柴デコ屋敷」。でもそんな場所にさえ、あまり知られていないマル秘スポットがある。

 2 「デコ屋敷の超絶の館」(性信仰玩具道六館)

 「デコ屋敷」は「三春駒」や「干支をモチーフにした張り子人形」の製作、さらには「ひょっとこ」と「おかめ」のお面をかぶり、「徳島の阿波踊り」じみた軽快なステップと体をくねらせる独特な踊りで有名。そのスポットは郡山市の東部の西田町にあり、昔ながらの茅葺き屋根風の古民家が軒を連ね、そこで、伝統文化を伝承している。

 と、ここまでは郡山市民なら知っているところだが、ではその一角に知る人ぞ知る「極秘スポット」があるのをご存知だろうか?それは郡山市の伝統文化を伝える「デコ屋敷」の一角にある、その名も性の殿堂「性信仰玩具道六館」だ。

 約一か月ほど前、長沼の奥地にある、男女の性器を象った「マル珍スポット」を訪ね、自尊心を傷つけられたばかりなのに、またしてもただの「スケベ根性」丸出しの企画に、自分自身、飽きれ果てたのを通り越し、もはや破れかぶれの開き直り状態で、妙な快感すら覚えるようになった。人はこうして朱に交わって「変態」になっていくのかとつぶさに実感した次第だ。

Deco

 では、9月下旬から10月初旬にかけて2週連続で土日勤務だったため、その代休となった10月6日(火)に訪れた「デコ屋敷」の片隅にある、秘伝の「性信仰玩具 道六館」の模様をどうぞ!

 朝の通勤ラッシュの時間帯を外し、9時44分に自宅を出た。内環状線を東へ。富久山清掃工場の前を通り、小和滝、西田行政センター経由で10時00分に現地着。自宅から車で16分ほどで行ける近い場所にある。片道たったの11.5km。実はここは、足掛け9年間も通った通勤ルートから少し外れた道すがらにある。

 「デコ屋敷」内のいくつかある建物の中で、この「道六館」は、人目にはつかず、まず見逃すであろう一番奥にひっそりと佇んでいる。通常の訪問客は、ここまでは辿り着くことなく帰ってしまうに違いない。
   「デコ屋敷」自体、観光地の割に、ここに来る時はいつも人影少なく閑散としている。駐車場が見つからず、一番上の行き止まりまで行って引き返した。案内図を見て、車一台通れるかどうかの小道の急坂を15mほど行くと舗装もされていない空き地があり、そこが駐車場。木の枝とか葉っぱとかが道の左右と上部にせり出して、車にぶつかりそうだった。そこから徒歩で目的地へ。一番奥の朱塗りの鳥居のある子宝神社を目指して坂を上り、民家の細い裏通りを行くと2分ほどで到着。案の定、周辺は人っ子ひとりいない。

 まず、蔵構えの建屋の入口近くまで来ると、泥棒除けのソーラーライトが光り、4年前と同様に来客を知らせる「ピンポ~ン」という音が自動で鳴り響く。まずこれに委縮。その時、「道六館」の入口で唖然。入場料のメダル販売する自動販売機に貼り紙が。それには「現在故障中」の文字が・・・。「道六館に入場したい方は彦治民芸でメダルを購入してください」だと。こんな赤面スポット、できれば誰とも顔を合わせたくなかったのに。

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 「ここですごすごと帰っては男が廃る!(何のこっちゃ)」と一念発起し、勇気を振り絞って50mほど下って三春駒の巨大モニュメントが庭先に置いてある茅葺屋根の店(彦治民芸)へ。するとしょっちゅうマスコミの取材を受けている有名人の主人はあいにく接客中。恥ずかしくてなかなか言い出せず、話を切り出すタイミングを見計らって入館料の400円を払ってメダルを入手。その際、足先から頭のてっぺんまで全身を舐め回すように、まるで怪しい者を見る突き刺すような視線でジロジロ見られた。ほとんど変質者扱い。

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 そして、再び足早に「子宝神社」の方へ。そこでまず、身を清めようと(何のために?)先に神社に参拝した。ここにも男女の性器を象った木製の珍物を奉納してある祠があって、周辺とはどう見てもミスマッチで異彩を放っていた。男性のそれは木の切り株(枝分かれ部分?)が男性の下腹部を形作り、ちょうど股間部分がもっこり膨らんでいる。一方、女性は左隅の方に隠すように置かれてあった。なぜかと言うと、あまりにも形状がリアルすぎて、訪問客が寄り付かなくなるのを恐れて(勝手な想像だが)そうしたのだと推察した。

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 そして意を決して「道六館」へ。メダルを投入して回転式バーのゲートを抜けて、いざ入館。するとかつて全国の温泉場に付き物だった「秘宝館」もどきがそこにはあった。40年ほど前までは、磐梯熱海町に聳え立っていた「磐光パラダイス」の門前にもあった。バイパス開通で、今は旧49号国道となり果てたが、当時は目抜き通り沿いにあり、結構「秘宝館」の文字が派手なネオンと共に色めき立っていた。その頃、私はまだ未成年だったため、建屋内の展示物など見た試しもなく、「早く大人になって内部を見てみたい」と思ったことだけは覚えている。

 実はこの建物、今から4年前の2016年に一度、訪ねていたが、その時は早朝に行ってしまい、9時からの開館時刻まで待ち切れず、内部の探索を断念したことがあった。よって今回は4年越しのリベンジだった。詳しくは「2016年ぶらり旅②〜田村市珍スポット〜」をどうぞ。

 中に入ると、そこはまるで別世界。入館と同時に、やおら景気良さげな猥談交じりの替え歌の炭坑節が流れる。そこは12畳ほどの細長い空間だが、天井が高い。そして「性玩具」というだけあって、目のやり場に困るような性風俗関連のグッズが所狭しとショーケースに並べてある。「大人のおもちゃ」にありそうな男性のイチモツや女性器を再現した木製の置物、男女の絡み手の48手を描いた器や作り物、それに奥には等身大の女性の妖しい人形が2体。乳首丸出しのマリリンモンロー似のご神体に、思わず「版権は大丈夫か?」と心配するほどだった。天井にまで仕掛けが施されてあるほどの凝った演出。あまりにもカオスすぎる世界観で、目に映るものすべてに圧倒された。

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 それにしてもこの「性信仰玩具」と称されるコレクションの数々。誰がどうやって、大枚を叩いてまでして、このようなひと目を憚る、曰くつきの「大人のおもちゃ」バリの「玩具」を集めたのだろうか?これだけの収蔵数になるには相当のお金と時間、そして「丸出しのスケベ根性」、いやもとい、ある意味、果てない「情熱」や浮世離れした「根気」がないと無理だろう。

 これほどの展示物は、個人でかき集めるのは至難の業だろう。私なら恥ずかしくて人に「譲ってくれ」などとは到底頼めないし、第一いくらかかるかわからない。そんな訳の分からないものに大金は出せない。世の中には執拗なまでに何かに憑りつかれる人がいるというが、この「マル秘館」の所有者の「道六さん?」という方は、凝り性で異常なまでの「性癖」の持ち主なのだろうか・・・。

 それともこの館を「彦治民芸」で管理運営しているということは、もしかするとそこの店先にある作業場で、木工細工にて製作した珍品をこの「道六館」に運んで陳(チン)列したのだろうか。いずれにしても謎だらけのディープな世界が繰り広げられていた。

 なるほど「デコ屋敷」は度々、地元のテレビ局の取材を受けて中継映像などで流れるが、この「道六館」だけは一度も取り上げられたことがない理由がわかった。

 ここは「放送禁止グッズ」の宝庫だし、もし放送したとしても、すべてモザイク処理で、結局は何も映せなくなってしまう。それに、第一、女子アナが来たら赤面してしまい、まともにリポートなど出来ないだろう。まさか中継で「私、これ欲しかったんです〜」とか、「これ愛用している奴です〜」などと口走ったら最後、「変態女子アナ」とのレッテルを貼られ、二度と視聴者の前に登場できなくなるだろう。撮影した映像も封印され、お蔵入りは間違いない。

 しかしながら、ふと我に返って考えると、私も独りで行った手前、もし見物中に誰かが入ってきたら、なんて弁明したらいいのか・・・。たぶん、顔を合わせないようにマスクで隠して、そそくさと退散していたことだろう。おそらくはおかしな性癖の持ち主だと思われることは必至。館内に滞在中は「誰か来るのでは」と、夥しい数の性玩具を目の前にしながら、別のドキドキ感で気が気ではなかった。それは中学生の頃、性に目覚めた少年が自動販売機でエロ本を買う時のような懐かしいスリルを感じた。でも、ただでさえ降圧剤を飲むほど普段から高血圧なのに、この時は、相当血圧が上がっていて、頭に血が上っていたに違いない。(鼻血までは出ませんでしたが・・・)

 ところで、ここは盗難防止用の「防犯カメラ」が設置してある。それをモニターしている監視員は、「また変なスケベオヤジが来てるぞ」と色眼鏡で単独訪問の私を見ていたことだろう。

 加えて、もしコレクションの一部が無くなったりでもすれば、真っ先に疑いを掛けられ、あらぬ窃盗容疑で指名手配されたら、シャレにならない。

 またしても新聞一面の見出しは「哀れ!変態中年、欲情の果てに性玩具を盗み、世紀(性器)の逮捕!」となるところだった(笑い)。

 もっと先行きを考えた冷静な判断をすればよかったと見学中に思ったが、もはや後の祭りだった。しっかりモニターで録画されてしまった。

 下手すると、この記事が公開される頃は、私は無実の罪で鉄格子の中にいる可能性もある?ため、私が撮影した画像にて現場の状況をお察し願います。

 その後、10時20分に現地を出て、来た道を戻り、郵便局に立ち寄って切手を購入した後、10時41分に帰宅した。往復で僅か57分間の早業だった。往復23.7km。

 さて、多少大袈裟な記述もあったが、心配性の性格のためあしからず。いよいよ3日連続のシリーズ記事も明日が最終回。明日はどんな隠れスポットが登場するか、予想しながらご覧ください。最後は、今日とは180度異なる超真面目なスポットです。お楽しみに。 

2020年10月 6日 (火)

郡山市民でもあまり知らない隠れスポット①

   私の「郡山市民歴」は47年で、大学の4年間は東京都民、社会人になってからは、1年間は会津若松市民、4年間はいわき市民となった。ゆえに、郡山市の昔のことも多少は知っているし、その間、何が起きたのかも知っているつもりだ。「磐光パラダイス」で火災が発生し、大惨事になった時は5歳だったし、伝説となった「ワンステップフェスティバル」が開催された時は小学生の頃で、9歳だった。もう30年もすれば「郡山の生き字引」になるのではないかと自惚れにも自負してしまいそうだ。

 そんな私でも、実はあまり訪れたことがない地区があって、湖南町、中田町、田村町などは市の中心部から離れているため、よほどのことがない限り行く機会がないことから私にとっては縁遠い存在だ。由緒ある寺院があるのは理解しているし、有名な施設や場所は訪れたことがある。

 しかし、ガイドブックや郡山市のHPにも載らないような、地元民だけが知っているスポットには私も足を踏み入れたことがない。今回はそういう隠れスポットを当ててみたい。

 1 「坂上田村麻呂は郡山で生まれた?」

 よくある言い伝えだが、「本当にそうなのか?」という眉唾ものの話はどこにでも転がっている。例えば、大河ドラマ「義経」で、「源義経」の妾で、今話題の「石原さとみ」が演じた、絶世の美女と謳われた「静御前」の終焉の地が、ここ郡山の西部に或る「美女池」だというのだ。信憑性は低いが、まさか観光客誘致のための作り話ではないだろうが、なぜそんな話が湧き出たのか不思議だ。そんな類の話で、ある歴史上の偉人がここ郡山で生を受けたというのだ。「そんな筈はない」と思う人が大半だろうが、その人の名は「坂上田村麻呂」。

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 「坂上田村麻呂」と言えば、平安時代初期に日本人初の征夷大将軍となった大人物。しかし、彼の出生を探っても、どこにもそんな記述も伝記も見当たらない。つまりは不詳で謎なのだ。なのに、ここ郡山市田村町徳定の日大東北高校の南側には、どういうわけか彼の出生地を示す石碑(生誕の地碑)が建てられている。

 ものの本によれば、天平宝字2年(758年)、つまりは奈良時代の末期に坂上苅田麻呂の次男、または三男として誕生。生年は田村麻呂の薨伝に記録された没年からの逆算。母のことは一切不明で父の苅田麻呂は31歳、生まれた場所についてもあきらかにされていない。

 ということから、ただ単に、姓名に「田村」の文字の記載があるというだけで、同じ地名であるこの場所で生まれたなどとこじつけやでっち上げの偽話を作り上げただけとも考えられる。

 それで、10月4日(日)、真偽のほどを確かめたくて、いわき出張の帰りに国道を外れ、その問題の場所に立ち寄ってみた。 

 まず、迷い込んだ狭い道の住宅地を彷徨っていると、偶然現れたお寺の一角に設けてある「生誕の地碑」を見つけた。しかし、車が2台すれ違えないような人通りの少ない狭い道路にひっそりと佇んでおり、注意して見ないと、そのまま気づかずに通過してしまいそうな辺鄙な場所にあった。

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 左の画像は「征夷大将軍・坂上田村麻呂生誕の地碑」で、右は赤子の時に産湯を浸かったとされる「産清水池」。

 歴史に名を残す「坂上田村麻呂」が生まれた場所にしては、「征夷大将軍」にまで上り詰めた功績とはあまりにもかけ離れている。ひっそりと寂しすぎるスポットなので疑わしく思えたし、逆に可哀想に思えて来た。本当にこんな場所で生まれたのだろうか?甚だ疑問で、炉辺談の域を脱せず、どうも信用が置けない印象だった。それに「生誕の地」と謳っている割には、石碑にそれを裏付ける標示も無ければ言われなどを記した説明書きらしき物も無かった。つまり、郡山が「生誕の地」であることを示す確証は何ひとつなかったのだ。

 続いて下の画像はずべて「谷地神社(やちごんげん)」 

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 「生誕の地碑」から東に100mほど離れた場所にある、この「谷地神社」は、 田村麻呂の生母、「阿口陀媛」を祀った神社とされている。母親のことは一切不明とされているのに、どうしてここが坂上田村麻呂の母親を祀った神社と断言できるのか不思議。

 しかも、「小野小町」の祖父である「小野笙」 の出生地が「福島県小野町」であるという言い伝えと同様、そんな大人物を産んだ母親を祀ったにしては、あまりにも貧相な作りだ。言っちゃ悪いが、秋祭りの子ども神輿のような造り。あまりにも社(やしろ)自体が小さい。

 その神社は、周囲は広々とした草むらに覆われている湿地帯で、誰もお参りどころか近づける雰囲気も気配もない。人っ子一人いない寂しすぎる場所に、このような神社がお祀りしてあるのも強烈な違和感を感じた。

 仮にも将軍の母親なのに、それにしては扱いが雑で惨すぎるように思えた。もしこれがガセではなく確証ある本物の話であるなら、学会に発表するなり、もっと市を挙げて「坂上田村麻呂生誕の地」を大々的にアピールして然るべきなのに、一部の学識者や田村町の一部の人しか知らないのは何故だろう?どう考えてもつじつまが合わない話だ。

 やはり、実際に訪れて見たら、誹謗中傷する意図は全くないが、地元の方には悪いが、そこは単なる町おこしの「人寄せパンダ」のような部類で、何とか「坂上田村麻呂」をネタに地域を盛り上げようとする意図が見え隠れする「夢や浪漫の世界」を感じさせる珍スポットだった。

 さて、今回の記事は、「郡山市内に眠る隠れスポット」を3か所取り上げる予定で、いったんは完成したのだが、1回の記事で収めるには長すぎる記載となったため、本日より3回に分けてお送りします。ネタバレだが、明日は同じタイトルで、違う場所の話題をお送りします。皆さんもどこが隠れスポットとして登場するか、ぜひ予想してみてください。

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 追記(10月6日)

 やはり今、郡山が危ない。10月も6日しか経過していない時点で、福島県の新型コロナの新規感染者は10月だけで26名。そのうち23名が郡山市に一極集中し、感染経路不明の市中感染が広まっている。累計としては郡山市の感染総数が90名に達し、2番目に多い福島市でも29名なので、3倍以上でダントツ。しかも福島県全域の感染者数は、10月6日現在で279名いるが、そのうち郡山市は3分の1近くに上る。それだけ郡山市に感染者が集中している。
 PCR検査の実施数がダントツに多いのもその理由だが、実際、郡山市はビジネス拠点でもあり、首都圏から多くのサラリーマンが商用で出張してやって来る。交通の要衝なので、県内だけでも郡山に人が集まりやすい土地柄だ。

 県は個人情報ばかりに気を取られ、死者4名の市町村を発表していないが、この郡山市に感染者が集中している現況から判断し、ほぼ郡山市在住の方だったと推察できる。

 この危機的状況に追い込まれても、市は独自の「緊急事態宣言」のような対応を発令していない。市長は日々、感染者の発表をするだけで、コロナ対策へのリーダシップがまったく発揮できていない。東大出身者は学歴だけは立派だが、昨年の台風対策と言い、今年のコロナ急増と言い、一番肝心な市民を守る手立てや対策は何もできないのか?しかも、この日、3期目に向けて出馬表明をするとの見通しが発表された。私は市政などは2期8年で十分だとの持論を持っている。長くやるとマンネリでろくなことが無い。これまで14代いる市長で3期以上務めたのは、秀瀬日吉(18年)、藤森英二(12年)の2人しかいない。来年で76歳を迎える高齢の現市長は、自ら身を引いた方が賢明だと思うが。本当にやると決断するなら、3期の任期満了時点では満80歳だ。健康問題が必ず浮上するのだから、市長の勇退への英断も必要になる。今こそ真価が問われる。

 郡山市を訪れる方は、最善の感染防止策を徹底して頂きたいと思う。

 参考:ラジオ福島のHP→ http://www.rfc.jp/corona/#data2  この情報がコロナ感染状況を一番わかりやすく伝えている。

 

2020年9月29日 (火)

「郡山市内の事故物件」の記事について

 多数のアクセスをいただきました「期間限定掲載 〜郡山市内の事故物件〜」(9月29日公開)の記事は、当初の告知の通り、一週間の掲載期間を過ぎましたので、非公開とさせて頂きました。何卒、ご了承願います。

 なお、コメントにて、再掲載の要望が多い場合には、ふたたび期間限定での掲載を考えたいと思います。(SUZU)

 

2020年9月28日 (月)

郡山市民の危機 ~自殺者急増の背景~

 9月20日(日)の夕方、FCTの「郡山市週間トッピクス」というニュース番組を見て、私自身衝撃を受けた。それは郡山市で起きた直近の一週間の話題を振り返る内容の番組なのだが、この日のメインは郡山駅前で「自殺防止を呼び掛けるキャンペーン」の模様だった。ふと我に返り、「我が郡山市では年間でそんなに自殺する人が多いのか」と疑問に感じ、ニュース終了後、すぐにネットで調べた結果、その事実に驚愕してしまった。

 折しも14日には、その郡山市出身の女優「芦名星」さん、更に27日には大人気女優の竹内結子さんが自ら命を絶つという衝撃的なニュースもあり、自殺問題は身近なニュースのように感じられるようになった。かくいう私も、いつ同じような境遇に苛まれるか知れない。人間関係や経済的事情、借金、あるいは仕事の行き詰まり、健康や介護問題など、その理由の引き金はどこに転がっているのかわからない。

資料1 警察庁のHPより「令和2年8月までの都道府県別の自殺者数統計

  1位 東京都 1,398名
  2位 大阪府  843名
  3位 神奈川県 748名
  4位 愛知県  737名    
  5位 埼玉県      718名
  6位 千葉県    659名
  7位 北海道  594名
  8位   兵庫県  559名 
  9位 福岡県  544名
10位 静岡県  406名
11位 茨城県  288名
12位 宮城県  281名
13位 広島県  274名  
13位   新潟県  274名   
15位   群馬県  241名
16位 栃木県  233名
17位  福島県   232名 

47位 鳥取県    45名 

 やはり、コロナ禍によって、仕事や商売が立ちゆかなくなって、生活苦などから将来を悲観して自殺をした方が多いようだ。若年層はいじめなどを苦にしての学校問題に原因のある自殺が多い。もちろん高齢者ほど病気を苦にして自ら死を選ぶ人が多い。40~50代は仕事上や人間関係、経済問題が原因の1位だ。

 我が福島県は、東北で2番目に自殺者が多く、全国でも上位のほうに入ってしまう。以前は原発事故の影響が考えられたが、震災から9年以上が経過した今は、その原発さ災害関連死自体の実数は減ってきている。しかし、福島県の自殺者数は、人口の多い京都府や熊本県よりも多い。

 また、令和元年(昨年)1年間のデータでは福島県の自殺者数は360人に上り、やはり全国ワースト17位だ。男女別では男性が264名、女性は96名なので、男性の方が3倍近く圧倒的に自殺率は高い。

 2 全国の市町村別自殺者数の上位(住居地で発見)平成23年のデータ (自殺率は全死因に占める自殺の割合)

 1位   愛知県名古屋市 54名  自殺率32.3%
 2位 大阪府大阪市    51名  自殺率26.2% 
 3位 神奈川県横浜市 44名  自殺率15.8%
 4位 福岡県福岡市  36名  自殺率33.6%
 5位 北海道札幌市  33名  自殺率22.7%
 6位 兵庫県神戸市  29名  自殺率25.0% 
 7位 神奈川県川崎市 22名  自殺率20.8% 
 7位 新潟県新潟市  22名  自殺率35.7%  
 9位 福岡県北九州市 21名  自殺率27.9% 
 10位 埼玉県さいたま市19名  自殺率20.4% 

 33位  福島県郡山市   9名  自殺率35.1%
 47位  福島県いわき市  7名  自殺率26.1%

 2018年時点で全国の市の数は792、特別区が23、町が743、村が183で合計1,741ある。その中で郡山市の自殺者数は全国33位という人口33万人規模の中核市としてはかなり上位に入る。ちなみに同じ33位が宇都宮市、東京都世田谷区、練馬区、長崎市などだ。年率換算の自殺率は全国トップクラスですこぶる高い。

 3 福島県の令和元年度の自殺者の年代別統計

 自殺総数 360名の年代別内訳 
 20歳未満 12名 
 30代   30名
 40代   50名
 50代   70名
 60代   63名
 70代   38名
 80歳以上 56名

 その動機は、健康問題が148名と最も多く、次いで経済生活問題が68名、家庭の問題61名、仕事・勤務の問題42名と続く。

 さて、ここからが核心部分である。郡山市は「商都」と呼ばれるほど、福島県ではNo.1の経済発展を遂げた地区である。中にはコロナ禍の煽りで会社が倒産したり、事業に失敗して、生活が苦しくなったことで死を選択せざるを得ない状況も発生していると見られる。
 では郡山市のHPに掲載されているデータを引用し、我が郡山市の「自殺者数」はどうなっているのか検証したい。

 4 「郡山市の命を支える行動計画

 ① 郡山市の自殺死亡率の推移(平成24~平成29年の6年間)

 H24  21.3%       H27  19.1% 
 H25  21.5%       H28  14.6%
 H26  21.6%       H29  17.3%

 ② 郡山市の年代別死因順位(2012年~2016年の5年間) 

       1位        2位         3位
 10歳代 自殺7人  不慮の事故6人 がん4人 
 20歳代 自殺38人  がん 11人   心疾患10人 
 30歳代 自殺36人  がん 26人   心疾患19人 
 40歳代 がん100人  自殺 61人   心疾患27人 
 50歳代 がん309人  心疾患98人   自殺58人
 60歳代 がん849人  心疾患258人   脳血管疾患149人
 70歳代 がん1266人心疾患458人  脳血管疾患268人
 80歳代 がん1458人心疾患1003人  脳血管疾患651人 

 このうち疾病をのぞくと死因は10歳代から70歳代までが自殺が最多となる。それほど自死が増えているのが現代社会なのだ。若年層ほど重い病気にかかる確率は低いため、おのずと死因は自殺が上位を占める。40代以上から健康問題が上位に切り替わる。60歳になれば、命の大切さを身に染みて感じるようになるためか、自殺数が激減する。自殺しなくても余命を考えれば、あと30年以内には死が向こうからやって来ると悟り、わざわざ死を選ぶことなどなくなり、残された人生を謳歌しようと努めるようになるのだ。

 ③ 郡山市の自殺の特徴

 1 40~50歳代男性 有職者・同居
 2 60歳代以上の男女・無職・同居
 3 20~30歳代男性・有職者・同居・独居

 40~50歳代は働き盛りの年代だが、やはり事業に失敗や倒産、解雇などの憂き目に遭えば、生活が苦しくなり、一家心中や自殺を選ぶことが多くなってしまう。60歳以上は健康問題が原因で、体が不自由になったり、不治の病を発症し、悲観したり介護疲れでノイローゼになってうつ病を発症してしまいがちだ。

 20~30代は人間関係や恋愛事情で悲観するケースが多くみられる。 

 ④ 郡山市の自殺の原因・動機

 1 健康問題(疾病)
 2 家庭問題(家庭不和・家庭内暴力・教育・介護疲れ) 
 3 経済・生活問題(倒産・解雇による収入減・借金)
 4 勤務問題(人間関係・パワハラ・過労)
 5 男女問題(恋愛・結婚・離婚・暴力・妊娠)
 6 学校問題(いじめ・進路での悩み)

 自殺の手段は首吊りが最も多く、次いで 硫化水素や練炭による自殺、睡眠薬の多量服用などの服毒自殺、リストカットなどの自傷行為からの出血多量、そして投身自殺(高層ビル、橋からの飛び降りなど)が多いが、いずれも相当な苦しみや痛みを伴う。都市部では電車への飛び込み、いわゆる人身事故が第2位を占めるほどだ。人身事故は他人への迷惑や影響が大で、それが原因でダイヤが大幅に狂ったり、不通になれば、遺族に対し、高額の損害賠償が請求されるケースがあることを知っておかなければならない。

 ⑤ 参考「郡山市の新型コロナ感染者数」

 令和2年9月26日時点で、福島県の感染者数は247名で、8月中旬から9月中旬の一か月だけで100人以上も急増した。あちらこちらでクラスターが発生しているが、我が郡山市では青少年会館の合唱の合同練習と、駅前のホストクラブによる集団感染が原因で危機的状況なまでに急増している。それは福島県全域の4分の1が郡山市の感染者数で、どこで感染するかわからない状況にある。

 <福島県の主要都市の感染者数>9/26(土)現在

 1 郡山市  64名 青少年会館、郡山中央公民館 ホストクラブ
 2 福島市  29名
 3 南相馬市 28名 原町サイン本社福島事業所
 4 いわき市 23名 エーピーアイコーポレーションいわき工場
 5 会津若松市19名 会津医療センター

 6 本宮市  14名 えぽか本宮市民元気いきいき応援プラザ
   7    喜多方市 12名
   8   須賀川市  10名
 9 二本松市   7名 二本松郵便局
   9    相馬市    7名
11 田村市    5名 

 郡山市の感染者数がダントツに多い。これはPCR検査の実施数が多いことも一因。

 さて、データから自殺に至る要因が見えて来た。多くの要因があるが、精神的に追い詰められてうつ病を発症し、思い余って死を選んでいるケースが大半のようだ。私はこの手の記事を掲載する場合には、毎回声を大にして訴えているが、悩みは人それぞれ違い、その重さも十人十色だ。しかし、大切な命はひとりにひとつだ。せっかく地球というこの世に生まれたからには、輪廻転生がかなわないからには、やはり死に急ぐ必要などないのではないだろうか。人はいずれ遅かれ早かれ訪れるのだ。一生の長さは人によって異なるが、一生一度の人生なら、努めて楽しい人生を送れるようにすべきだろう。死ぬ気になってゼロから人生をやり直そうと考えなおして欲しい。生きたくても重病にかかり、惜しまれつつこの世を去って行った多くの命がある。

 悩みがあるのなら一人で抱え込まないで周囲に相談して欲しい。それもできぬなら、利害関係のない相談ダイヤル「いのちの電話」にかけて、思いの丈や死にたいと思った理由を話して楽になってほしい。誰かの話を聞けば、死ぬほどのことではないかったと後からきっと思える時が来るはずだ。今は苦しくても、きっと笑える日が来るはずだ。
 人は幸せになるためにこの世に生まれて来たと信じて、10年先、20年先の人生を考えて生きることを選んでほしいと思う。

 悩みを抱えている方は「こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)」や「いのちの電話(0570-783-556)」などに相談を。厚生労働省のホームページにも案内が掲載されている。

 追記(9/28)

 この記事は、9/21(月)に作成したものですが、昨日の9/27(日)に女優の「竹内結子さん」の突然の訃報が飛び込んできて、日本のみならずアジア各国に深い悲しみを与えた。

 私には予知能力らしきものが多少は備わっているのか、旧ブログから、私が記事を書くと、近いうちにそのテーマで事件や事故が起きる傾向がある。今回、「増加する自殺」をテーマにした記事を書いた途端に「竹内結子さん」の自殺と思しき急逝が伝えられて、正直怖い部分がある。

 あの明るくて強くて、プライベートでもお子さんが生まれたばかりで順風満帆な生活を送っていたと思われた彼女が亡くなったなんて未だに信じられないが、謹んで「竹内結子さん」のご冥福をお祈りいたします。

 

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