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郡山の話題

2020年6月22日 (月)

郡山のホテル・マンションの高さ比べ

 以前、旧ブログにおいて、「塔マニア」というタイトルで郡山市内に点在する電波塔や鉄塔に関する記事を書いたことがある。正直、私は高いところが苦手だが、単に見上げるのは好きなほうだ。つい先日には医療従事者への感謝と激励の意を表す目的で、「ブルーインパルス」のアクロバット飛行チームが編隊を組んで東京上空を周回した。また、ここ福島県でもエアパイロットの第一人者の室屋義秀氏が愛機にて本拠地のスカイパークを飛び立ち、福島市内、会津若松市内、須賀川市内、郡山市内、、浜通りの各地を飛行し、上空でスモークを炊き、「スマイルマーク」を描いて「新型コロナウイルス撲滅」と自粛生活で引きこもりがちで、元気を見失いがちな県民に勇気を与えた。まるで空を見上げることで明るさを取り戻してほしいと言わんばかりの曲芸飛行であった。こうした試みは日本ならではの光景で、震災の際にも助け合いと「絆」の力で乗り越えて来たのは記憶に新しいところだ。

 そこで今回は「塔」に続いて、二番煎じではないのだが、同類の記事を記したい。それは「商都」として目覚ましい発展を続ける東北第2の都市「郡山市」において、ホテルとマンションの建設ラッシュが続くことを鑑み、その数は実に東北有数であり、まして仙台にはひけを取らないほど充実している。元から旧奥羽街道の交通の要衝だった我が街は、かの芭蕉も宿泊したように、宿場町として大いに栄えた歴史を持つ。

 普段、あまり意識することはないにしても、駅前のオフィスビルに勤務している私には、結構背の高いビルは乱立している気がする。足掛け46年間も郡山に住民票を置いた身としては、郡山の中心市街地の変化をしかと見届けて来たが、最近は周辺地域や郊外にも高層マンションやホテルが建つようになった。

 よって本日の記事は、私が個人的にあちこち調べまくった中で、郡山に実在するホテルとマンションを分けて、その階数を比較してランキングする形式で、それぞれランキングを発表したい。本当はホテルは室数、そしてマンションは戸数でその「でかさ」を発表すべきところだが、どうしても高さにこだわりたい。なお、「ビッグアイ」などのオフィスビルや商業施設とラブホテル系は除き、純粋にシティホテルとマンションに固執してお送りします。

 <ホテル>  階数順(階数が同じ場合は室数が多い順)

   1位 ダイワロイネットホテル 地上13階 216室
 1位 ビューホテルアネックス  13階 156室 

   3位 郡山ビューホテル 11階 92室

 4位 α-1郡山(長者)10階 215室
 4位 ルートイン郡山南 10階 207室
 4位 α-1郡山駅東口 10階  162室
 4位 コンフォートホテル郡山 10階 161室
 4位 ホテルプリシード郡山 10階 159室(客室は9階まで)
 4位 ルートイン郡山インター 10階 136室
 4位 ホテルハマツ 10階 90室
 4位 郡山シティホテル 地上10階  84室

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12位 東横イン郡山 9階 219室
12位 ホテルシーラックパル郡山 9階 200室
12位 ドーミーインEXPRESS郡山 9階 198室
12位 チサンホテル郡山 9階 190室
12位 ワシントンホテル 地上9階 184室
12位 ホテルクラウンヒルズ 9階 132室
12位 ホテルロイヤル郡山 9階?  119室
12位 LIVE MAX 9階 104室
12位 アパホテル郡山 9階 76室
12位 ホテルシーアンドアイ郡山 9階 51室

Kuusatsu

 不思議なのは、平日はほとんど予約がとれないほど満室が多いのが郡山のホテル事情。たぶん、出張のビジネスマンだろうと思うが、その割に、夜の飲み屋街は閑散としている。以前は郡山駅から半径500m以内に集中していたホテルも、最近は高速のインター付近など郊外への進出が目立つ。これ以外にも「スターホテル(長者)」などの老舗ホテルも多いのだが、8階以下に付き割愛させて頂いた。

 <マンション> 13階以上を記載(階数が同じ場合は戸数が多い順)

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 1位 D'グラフォート ザ・タワー郡山 26階(郡山市大町のタワマン)103戸
 2位 シティタワー郡山 24階 78戸 (寿泉堂総合病院の上部)
 3位 D'グラフォートサウスマークタワー 本町 17階 96戸

 4位 グランフォセット堤下 15階 72戸
 4位 プレミスト郡山GreenMarks 栄町 15階 58戸
 4位 グランフォセット郡山ステーションフロント大町 15階 56戸
 4位 サーパス清水台グランゲート 15階 56戸
 4位 ナイスエスアリーナ荒池公園 15階 52戸 

 9位 ライオンズガーデン郡山 昭和1丁目  14階 195戸 
 9位 朝日プラザ郡山セントラルステージ 14階 (大町) 106戸 
 9位 チサンマンション桃見台 14階 90戸
 9位 サーパス神明町 14階 80戸
 9位 サンロードステーション郡山Ⅰ 本町 14階 78戸
 9位 サーパス咲田 14階 69戸
 9位 ファミール開成山公園 桑野2丁目 14階 65戸
 9位 レジーア並木 14階 65戸
 9位 D'クラウディア西ノ内 14階 49戸

18位 ライオンズマンション清水台 13階  112戸
18位 エクレール郡山壱番館 13階(富久山町久保田)96戸
18位 ネオハイツ南 13階  78戸 (山根町)
18位   サンデュエル長者 13階 76戸
18位 ヴェルビュ鶴見坦 13階 65戸
18位 レールシティ桃見台  13階 62戸
18位 レーベンヴィラ郡山若葉町 13階 49戸
18位 ヴェルビュ西ノ内ロイヤルトラッド 13階 49戸
18位 ウェスペリア郡山 13階(向河原)46戸 昨年の台風19号で駐車場が水没

 サーパスのグランフォート系は「穴吹工務店」が施工主
 朝日プラザは「朝日住建」
 ライオンズマンションは「大京」
 ネオハイツとヴェルビュシリーズは「大和団地」
 レーベンは「大京穴吹」
 サンデュエルは「日本ハウズィング」と金田建設

 プレミストは「ダイワハウス」

 マンションの利点は鍵ひとつで出入りできる防犯上の安全性、そして中心市街地や駅前に建つことが多く、交通至便。さらには集合住宅なのでネットが安い。
 しかし、一方では、隣りや上や下の階の住人の騒音に悩まされることがある。分譲で購入したとしても、月々の管理費もかかるし、共益費や積み立て修繕費なる余分な出費もある。もちろん戸建てほどではないが、固定資産税も取られる。また、エレベーターで見知らぬ人と同乗することもあるし、駐車場が確保できない場合もある。戸建てのように夫婦2台分となると、別途駐車場を借りなければならない。余計な費用がかかる。もしかするとペットを飼うにも様々な制約がありそうだ。

 さて、私は特段、高い物への憧れなどは一切ない。こうした高層マンションが郡山の見慣れた街並みをガラリと変えてしまう点に、一抹の寂しさを感じてしまう。確かに都会になって次々と高いビルが建つのは発展の象徴だろうし、人口が増えれば街が活気づく起爆剤にもなる。
 しかし、マンションで暮らす方を中心に注意も必要だ。決して悪意でこのようなことを書くのではないが、マンションは多くの方が暮らすからには、予期せぬうちに、そこで亡くなる方もいる。また、高層マンションであればあるほど、事故物件も多くなるのも事実だ。今日の記事内のランキングに挙げたマンションでも半数近くは投身自殺で亡くなった事案がある。眉唾でないことは、「大島てるの事故物件」というサイトをご覧ください。

 部屋で硫化水素自殺や孤独死という例もある。浴室で入浴中に高齢者が心臓発作や脳卒中で亡くなることもある。それらは「心理的瑕疵物件」となる。多少、販売価格が同じ間取りでも安く設定されることがある。別に気にならない人なら問題ないが、購入前に不動産屋にちゃんと聞いておいた方が後でトラブルも避けられるというものだ。
 また、「大島てる」には載らないで秘密裏に売りに出されている例もある。何を隠そう、私の叔父は3年前の1月、東京の旗の台駅近くの3階建てアパートで病気により孤独死した状態で発見された。トイレで心臓発作を起こし、誰にも看取られずに亡くなっていた。しかし、その事実を知っている筈の大家さんや不動産管理会社は「大島てる」のサイトに載せることもせず、次の借主と何もなかったかのようにアパートの賃貸契約を結ぶだろう。もしかすると「心理的瑕疵物件」の告知もされていないかもしれない。都会の古いアパートや中古、賃貸マンションは誰が住んでいたか不明な分、怖さも倍増なのだ。

 
 私は高層マンションの走りは東京の板橋区にある「高島平」団地だと思っている。高3の時、友人の付き添いで「大東文化大学」を見学に行った時に、あの高層マンションの立ち並ぶ風景に圧倒されたと共に、怖さを感じた。

 それに毎年各地で起きる幼児による転落事故。高層マンションから落ちたら一巻の終わりだ。中には育児ノイローゼで、我が子をベランダから放り投げ、事故に見せかけて落とした親もいた。そうなると事故ではなく事件なのだが、警察に正直に言わない限りは事故として処理されてしまう。実に痛ましい限りだ。

 今、マンション建設ラッシュが地方にも押し寄せており、東京の会社勤めを終え、退職後、スローライフや田舎暮らしで人生の終焉を迎えたいという方々が買う例があるようだ。新築物件なら問題ないが、中古マンションを購入する場合には注意が必要だと言うことを言っておきたい。

  また、ホテルも然りで、不特定多数の人が宿泊する。今回リストアップしたホテルでも自殺例がある。営業妨害になるので詳しくは書けないが、ホテルを予約する際には注意が必要だ。私が昨年二度泊まった南相馬市のホテルは、「大島てるの事故物件」のサイトに載っていないので安心していたら、「南相馬市の雑談掲示板」で、隣町の若い男が外階段から飛び降り自殺があったとの情報が出ていた。2019年4月5日、救急隊が駆けつけ、大変な騒ぎだったようだ。そのホテルは全面リニューアルして綺麗になったのに、そうした不心得者によって、幽霊ホテルのレッテルを貼られたのでは商売あがったりだ。この場合は、部屋で自殺したわけではないので、まだましだが、やはり予約の前にその素性は確認したほうが無難のようだ。

 さて、最後はいつもの方向へ話が逸れたが、普段、空を見上げたり、地元の変わりゆく街並みに気づくことも少なくなっている。それは加齢とともに減っているように感じる。子どもの頃は歩きがメインで、目に止まる景色が、大人になると車で移動して、気づかずに通り過ぎてしまうことが多くなる。時々、上を見上げてみると、背の高いビルの数が増え、見慣れたはずの風景が変わっていることに気づくことでしょう。

  

2020年6月19日 (金)

郡山市民が二度と行けないマイナーな場所

 これまで旧ブログおよび当ブログにおいて、郡山市内ですでに姿を消した建物や観光スポットについて何度か記事を書いたことがある。少年の頃に訪れたお気に入りの場所が、今ではもう影も形もなくなっていることに落胆の念を禁じ得ない。

 たとえば「磐光パラダイス」「郡山レジャーセンター」「丸光百貨店屋上遊園地」「児童文化会館」「郡山中央スケートリンク」「郡山市民会館」などは、私が小学生の頃に随分と遊びに出かけた想い出深いスポットだ。もちろんそれらは、今では跡形もないため、写真でしか想い出に浸ることもできなくなっている。

 しかしこれらの場所はすでに記事で取り上げたので、今回はあまりメジャーではない、どちらかと言えばマニアックなスポットに特化したいと考えている。

1 駅前大通りの地下道

  5月にその地下道入り口があった付近を昼休みの散歩で通りかかったら、その痕跡は皆無だった。かつてはこの地上にもここの大通りを跨ぐ形で巨大アーチがかけられてあって、そこに商工会の専門店などの店名が書かれた宣伝看板のようなものがあった。その地下は、現在の大通り沿いのアーケードの角に、今も三万石の郡山本店があるが、その東隣りに丸光百貨店の入り口があったが、その地下道からも地下1階フロアにつながっていた。長さ30mほどの地下通路だったが、照明はあっても薄暗く、そこでヒッピー風の若者がよく地べたに黒い布を広げてアクセ類を並べて売っていた。ガイコツや十字架をあしらったペンダントやブローチ、あるいはネックレス、ブレスレッド、イヤリングなど、デザインが独特で、おしゃれな雑貨を販売していた。突き当りは4~5段くらいの階段の先が丸光の地下1階への入り口だったが、左には20段くらいの階段で外に出られた。

 右の郡山駅方面には階段は無く、直進と左の二方向だけだった気がする。南側は出た場所に、確か「佐藤書店」があったと思う。郡山駅周辺は、昔は本屋が多く、東北書店がもっとも有名で人の入りも多かったが、旧第二うすいの南西側の角(太田記念病院の東側)にも本屋があったし、中央通りにも本屋があった。また、八幡坂の清水台の坂にも叶屋書店と松文堂書店が至近距離に2軒並んでいた。

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 上の3枚目の写真の道路を横切る形で地下に通路があった。土砂やコンクリを流し込んで固めたという話は聞いたことが無いので、出入り口を撤去し、塞いだだけでたぶん、今も地下には空洞が残っているかもしれない。だとしたら、都市伝説になりそうだ。
 一番上の画像は丸光閉店の後、朝日生命ビルとして活用されていた時のもので、真ん中は朝日生命が移転し、空ビルになった時のもの、そして一番下は今年5月撮影したもので、ビルは跡形もなくなり、コインパーキングとして活用されているが、駅前の一等地は、旧ダイエー跡地もそうだが、このようなコインパーキングで溢れかえっている。

 追記

 郡山出身者の方から、駅前の地下道が描かれている貴重な住宅地図を頂きましたので、下に貼り付けたいと思います。駅前大通りを横切っている図は「歩道橋」ではなくて、今は無き「地下道」です。どちらの方向に出入り口があったか一目瞭然です。貴重な資料ありがとうございます。

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2 歩道橋

 ①消防署前の歩道橋

 堂前の一心坂に如法寺や金透小学校がある。その通りを東に下ると4号線にぶつかるが、その北隣りに現在もある「郡山消防署」。そこに4号線(現在は県道17号郡山停車場線)を跨ぐ形で古い歩道橋があった。

 撤去されたのが平成24年頃だったと記憶している。もう6年が経過する。その歩道橋がどこに行ったのか探ったことがあった。平成25年に国道を走っていた時に偶然に熱海町で発見した。平成29年頃までは市内熱海町の国道49号線バイパス沿いにある「ラーメン味噌屋」の国道を挟んだ北向いの資材置き場のような空き地に分解されて放置されていた。去年、そこを通った際に確認したら、影も形も消え失せていた。

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 ②「THE MALL こおりやま」の北側、さくら通りにあった歩道橋

 こちらは平成12年頃まであった。その年に「ザ・モール郡山」が旧日東紡第2工場跡地に開業したことを契機に、老朽化に伴い撤去された。当時は現在、新興宗教の建物がある場所は、長者名物の「百軒長屋」があり、そのさくら通り沿いには理容所、焼き鳥店、写真館などの商店が立ち並んでいた。その写真屋の角は北に砂利道を70mほど進めば芳山小学校の校庭にぶつかるが、その写真館の前が階段入り口だった。この歩道橋は幅が狭く、両側にY字の形をした結構高さがある照明が特徴的だった。

 この歩道橋は現在どこに運ばれ、その後どうなったのかはまったく知らない。熱海町には消防署前の歩道橋だけで、ここの歩道橋は見当たらなかった。たぶん今は跡形もなくスクラップされ、鉄は溶かされて再利用されているかもしれない。

3 「郡山セントラルホール」

 今は「ビッグパレットふくしま」がある地区はかつて国鉄時代の貨物操作場で、東日本一の規模を誇った。ゆえに広大な土地だった。昭和の時代にその役目を終え、再利用が検討され、1998年(平成10年)に巨大な多目的ホールが完成した。また広い駐車場を完備。多くのイベントを開くまでに至った。あの「東京ガールズコレクション」まで開かれたのだから、その広さは折り紙付き。

 また、震災時には避難所となり、その北隣りには被災者のための応急仮設住宅が立ち並んだ。また、国道4号線からのアクセス道路には「スーパーオートバックス」があり、自動車用品販売や車検、購入機材の取り付け作業などを行っている。
 今はまったく面影がなくなったが、その一角に平成10年頃まで、「郡山セントラルホール」というのが存在した。平屋造りのイベントホールで、天井がやたら低かった。そこにかつてはプロレスやボクシングの世界戦もやっていたのだから随分と無茶をしたものだ。

 ただでさえリングが高く設置されるのに、長身のプロレスラーがブレーンバスターをかけようものなら、足が天井板直撃!という心配すらあるような印象だった。私はアントニオ猪木が大好きただったので、プロレスも見たし、地元の小熊正二選手が世界戦に挑んだボクシングも会場で観戦した。晩年は「ザ・グレートサスケ」などが所属していた「みちのくプロレス」などが興行によく来ていた。

 その後、会場が郡山総合体育館に移り、スポーツイベントは開催されなくなり、バーゲンや骨董市、「ビッグアロー」という安売りディスカウンターの店が期間限定で商売に来た程度になった。郡山市南地区再開発プロジェクト計画によって、あえなく閉鎖され、しばらく建物自体はあったが、平成の中頃に解体された。今では風景が変わりすぎ、どこにあったかさえわからない状況だ。

4 「郡山市役所展望室」

 私が浪人時代によく勉強するために市役所最上階にあった展望室と開成山公園東側の石のテーブルとベンチをよく訪れた。展望室は狭いながらも眺望が抜群で、開成山公園一帯を見下ろすことができた。そこで半日閉じこもって英数社の3教科の自習をしていた。
 また、そこは時々市の職員がたばこを吸いに上がって来る休憩室のような場所だった。
 ところが、今はもう無い。それは2011年3月11日に発生した「東日本大震災」で、この展望室が崩壊したからだ。撤去工事の際に、そこから行方がわからなくなっていた男性の遺体が発見されたのだった。その展望室の形跡はもう見られず、その部分は平たんとなり、ソーラーパネルが数枚置かれているだけで、殺風景になった。郡山市役所の本庁舎も昭和40年代初頭に建設され、合同庁舎にあった旧市役所が移転して、早くも50年以上が経過し、老朽化が激しい。私は旧豊田浄水場(貯水池)に新庁舎を建設し、移転すべきだと思っている。でも合同庁舎の解体はしないで、歴史的建築物として永久保存してほしい。

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5 「東洋健康センター」

 ここはマイナーな場所ではなかったが、この施設についてほかに取り上げられそうな話題の記事がなかったために、敢えて記したい。「東洋健康センター」は国道49号線沿いの喜久田にあった温泉施設。1987年10月にオープンし、2017年1月31日に閉館した。その名前の通り、パチンコ店もやっていた「東洋グループ」が経営母体であった。14種類の多彩なお風呂と大衆演劇を上演する健康ランドで24時間営業していた。入浴のみの2 時間コースもあって、気軽にひとっ風呂浴びれた。私はたぶん、一度だけ行ったかもしれない。その辺の記憶が曖昧。広い座敷で浴衣で寛ぎながら食事ができ、そのステージで厚塗りの役者たちが、時代劇を演じ、おひねりなどを貰っていた。
 なぜ閉館したのかは不明。たぶん経営に行き詰まったのだろうが、私が知る限りでは駐車場は常に満車に近い状況で、結構賑わっていたと記憶している。都市伝説では、ここのお湯の温度が高温で、サウナもあることから、よくお年寄りが倒れ、死亡する事故が何回かあったようだ。それも一因としてあるのかもしれない。また、熱海町に市営の「ユラックス熱海」という同じ類の施設ができたことで、客足が減ったという見方もできる。

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6 「安積女子専門学校」「安積高等文化学院」

 当ブログで何度かこの学校に関する記事を書いた。私はてっきり郡山の伝統ある洋裁の専門学校である「今泉女子専門学校」の姉妹校か何かかと考えていた。しかし、今年、4月に昼休みの散歩ついでに「今泉専門学校」へ直接出向き、問い合わせてみたら、本校とはまったく関係性はないとの回答だった。もちろん近くにある「安積女子高校(現在の安積黎明高校)」とはまったく関係がない。

 ではこの経営母体はどこだったのか?たぶん昭和末期か平成初期に閉校になったものとみられる。校舎自体は独創性のあるデザインで、まるで五重塔の形状の鉄筋建築。回廊のような螺旋状の外通路で各階にスロープで上るような、まるで「会津さざえ堂」のような不思議な造りだった。しかも芳山小と郡山二中の間の市道は現在の「あさか開成」で突き当たるが、その途中の西側に聳え立っていた。しかし、その通り沿いではなく、入り口がわかりづらい少し奥まった場所だった。住所は長者二丁目のチサンマンションの南側辺りに建っていた。

 この奇妙な建造物、いつ頃建てられて、いつ頃解体されたのか、皆目見当がつかず、すべては謎のままだ。私が小学生だった昭和45年から昭和52年の間にはすでに建っていた。いつも校舎から眺めて「あの変な建物は何だ?」と不思議に思っていた。

7 「JAIC」(ジェイク)

 現在、「郡山健康科学専門学校」がある場所は、その前は「JAIC(ジェイク)」という名の専門学校だった。1998年に開校した。この校舎だけでなく、並木町の現在、「大志ゼミナール」という予備校の校舎になっているビルにも別館の校舎があった。スポーツ科学や医療福祉技術系の専門学校で、この校舎は、昔、「福島総合病院」という大きな病院だった。それをそのまま専門学校としてリフォームして使用している。
 当時の「JAIC」の勢いはすさまじく、美人のモデルがプールから出てくるCMは私も大好きだった。動画サイトには一切アップされておらず、今ではお宝映像としてお蔵入りしてしまった。何か郡山の行く末を占う、近未来的な時代を予感させるものだった。
 しかし、この「ジェイク」は佐久間学園の理事長が資金不正流用が明るみになり、あえなく閉校した。その後、経営母体を一新し、「こおりやま東都学園」が経営譲渡して、2003年に改めて開校。現在は全く別の学校として生まれ変わった。
 現在の「郡山健康科学専門学校」は介護福祉学科、柔道整復学科、作業療法学科、理学療法学科、こども未来学科の5学科を備えた「医療福祉」系に特化した専門性溢れる学校となった。多くの学生が学んでいる。

8 常盤湯&虎丸卓球所

 これは知る人ぞ知る穴場の銭湯。とはいっても市街地のど真ん中にあった。今は無き「野替薬局ビル」は震災で危険ビルとなって解体されてしまって、現在、ファミリーマートのでかすぎる駐車場になっているが、その神明通り沿い、ファミマの駐車場と旧橋本仏具店の間にあった。私はその辺に同級生がたくさんいたので、家に風呂がありながらその友達らと入った記憶がある。たしか300円もしなかった筈だ。
 現在は更地になって、砂利の空き地になって放置されている。郡山市街地の一等地の虎丸町にありながら、買い手がつかないのだろうか?野替ビルにも想い出があって、「まるさた」というおもちゃ屋も私が通い詰めた店だったし、その隣の文房具屋さんも同級生の母親がきりもりしていた。自転車屋さんにもパンク修理でお世話になったし、マルエースーパーも母親お達しの店だ。履物屋さんの娘さんも同級生で、名門二中で常に学年トップの優秀な女の子だった。ほかにも美容室の美人の娘さんも同級生だったし、とにかくその界隈は同級生たちで溢れていた。
 
 また、虎丸町と言えば、私には書き漏らすわけには行かない場所がある。それは「虎丸卓球所」。さくら通りの「ホテルハマツ」の隣りにはFTV郡山支社がある。平日17時25分頃から、「テレポートプラス」の郡山情報を幡谷明里アナが中継していたが、その向かい側におしゃれな美容室がある。そこのわき道を北に入った右側にあったのが「虎丸卓球所」だ。中学生の頃に、よく友達と体を持て余した時に訪れて卓球に興じたり、飽きてくると軽い卓球の球を自在に変化させながらキャッチボールなんかもしていた。少年ジャンプやマガジン、週刊誌などもあって、グラビアのアイドルや漫画を見ては時間を潰していた。その想い出の場所も震災を契機に損害を受け、取り壊しの憂き目にあった。現在は銀行の社宅の駐車場になってしまった。
  
 二度とお目にかかれない学校と言えば「テキサスA&M」もあった。あれは東海大学誘致に失敗した代案で故・青木久市長の肝いりで積極的に誘致したが、卒業しても大学卒の資格が得られないという不条理な制度で、学生が定員に満たない状況(200人に定員に対し69人)に陥り、しかも見切り発車だったことで、校舎は仮のプレハブ、校庭や体育館は無く、屋外のバスケットコート1面のみというお粗末さだった。 
 1990年5月に開校したものの、市長交代によって1994年にあっけなく閉校となった。郡山市民は当時、相当な税の無駄遣いに怒ったに違いない。

 青木市長は、前職の高橋市長が情熱を注いでいた「そごう」誘致を潰した張本人。地元の「うすい」を守るために、誘致に反対するデパートや小売り業界の有権者を抱き込んだ選挙戦で当選し、念願の市長になったものの、今度は「テキサスA&M」の失敗で学園都市構想断念とあわせ、市長としつ汚点を残してしまった。青木市長は人柄は良かったが、頭が堅くて融通が利かず、結局、墓穴を掘った。

 「テキサスA&M郡山校」があったのは、郡山駅に至近であづま陸橋の南側の東北本線の線路沿い一帯。今は近くに高層マンションが連なっている。 

  さて、本日も極めてローカル色の濃い話題だったが、郡山市民の方が昔を懐かしんでくれれば有り難い一心でお送りしてみました。特に、私の同世代の市民や、本日の話題に少しでも関わりのある方なら、共感を持って読んでくれたに違いないと思う。
 冒頭でも書いたが、昔、慣れ親しんだものが消えゆくのはあまりにも寂しいものがある。「温故知新」ではないが、時々、昔を振り返り、古き佳き時代の産物を回顧して懐かしむ。忙しい日常にあって、ふとそんな一息つくような話題をこれからも提供したいと考えています。  

   
  

 

 

2020年6月16日 (火)

郡山市内にある不思議な建造物&造形物

 郡山の不思議な物と言えば、当ブログの特集記事でお送りしている郡山商工会主催の「世界の創作ベンチ」がある。楽器をモチーフにしたイスやベンチが市内のあちこちに点在して「楽都」をアピールしている。それを題材にした記事を過去2回ほど掲載したが、今日はその姉妹記事として、郡山にある、摩訶不思議な形の建物や街角で見かける特異な造形物に注目したい。なお、旧ブログの「郡山発!おもしろオブジェ大集合」の記事で掲載したものは極力割愛したい。

1 文化通り沿いの彫刻物(製作は郡山名誉市民の三坂耿一郎氏)

 ①彫刻のモニュメント

 三坂耿一郎作の「賢者への告知」 
 三坂耿一郎「猫」(1977.4)
 三坂耿一郎「無題」
 三坂耿一郎「翔」(1984.9)二部作

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 三坂耿一郎は郡山出身の彫刻家。1937年東京美術学校彫塑科卒業、新文展初入選。1939年研究科修了。1947年日展特選。
 1961年日展審査員。1970年日展桂花賞受賞。1971年日展評議員。1972年日展文部大臣賞受賞。1979年日本芸術院賞受賞。
 1983年勲四等旭日小綬章受章。1986年日本芸術院会員。1987年郡山市名誉市民。1992年勲三等瑞宝章受章。
 1995年に87歳の天寿を全う。 
  
 文化センターの建屋内にも佐藤静司作の木彫りの像がある。ほかにも三坂氏は郡山市内に多くの像を寄贈している。
 開成山公園、荒池公園、本町緑地にもある。作者は違うが、麓山公園や21世紀記念公園、せせらぎ小道にもある。

 ②ゾウだ像  

 実はこれは旧ブログにも掲載した像なのだが、やはり文化センターの斜め向かいにある。なぜ普通の民家の庭先にこんなものがあるのか不思議でならない。どうやら飼い主は個人事務所の弁護士らしいのだが、あまりにも違和感ありあり。いったい設置した目的は何?そして一体いくらしたのか?

 どれだけゾウに思い入れがあるのか?ひょっとしてこの弁護士さんはアフリカとかインドにゆかりがある方なのか?あるいは失礼だが、前世がゾウだったとか?よほどでない限りは個人事務所の庭にこれほど巨大なモニュメントは設置しないだろう。何か深いい訳がありそうだ。

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2 マンション「レーベン神明町」の外観は何かの暗号?

 私の実家の近くに、今、入居者募集中の新築マンションがある。小中学校が至近で、立地条件は抜群で学習環境も整っている。そんな市内でも一等地に建てられたそのマンションは外観が奇妙だ。南向き側の建物自体がどうみてもアルファベットになっている。何をアピールしたいのかは不明だが、角度を変えて見ようによっては「L」(レーベンのL?)だったり、「S」(神明町のS?)のようにも見える。中には「I」にも見えるし、Lが二つあるようにも見える。合わせると「SLIL」って感じ?

 不動産屋に直接問い合わせる勇気はないので、誰かご存知の方がいれば、コメントなどでお教え願います。

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3 中央通り(なかまち夢どおり)の「山水道」モニュメント

 中央通りはかの芭蕉も歩いた旧奥羽街道だったが、安積国造神社表参道との交差点にあるのが「山水道」のモニュメント。

 山水道は郡山宿各戸に約250年前から水を供給した「木管水道」と言われている。

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4 Ati5階で客を脅かす巨大熊

 郡山駅西口にあるヨドバシは、昔は西武デパートだった。現在は地下1階から3階までが「ヨドバシカメラ」で、4階から上が商業テナントとなっている。7Fには私がよく訪れる「キャンドゥ」がある。帰りがてらエスカレーターで各階を順追って下がっていた時にそれを見つけた。

 身長2m以上もある巨大な熊で、突然見かけたら、小さな子どもはショックで泣き出したり、恐怖で失禁してしまうのではないかとさえ思える。どうやら5階の「ゼビオスポーツ」の所有物のようだ。「熊と一緒に写真を撮ろう」という客寄せパンダならぬ「客寄せ熊」のコンセプトのようだが、私はここを1年で20回近く訪れているが、そういう場面を目にした試しがない。やはり怖さが先立ってしまう。

 もしかすると、その熊は、昔、並木にあった「酒のワタナベ」の店先にいた熊のはく製ではないか?閉店した際に、寄贈したのかもしれないと勘繰ったが、6/12(金)に近くで見たらまったくの別物だった。ゼビオの熊は本物感が薄く、ぬいぐるみ感満載。

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5 案山子通り(案山子の路)

 これは郡山市民でも知らない人が多い。さくら通りや文化通り(旧郡女通り)、うねめ通り(旧軍用道路)などの名称は知っていても、「案山子通り」なるものがあるなんて。知らなくて当然だが、ここは地元の方が勝手につけた愛称だ。カルチャーパークの北側の柴宮地区一帯は穀倉地帯になっており、そこに稲穂が実る季節になると、横一列で案山子が立ち並び、カラス対策にひと役買っている。「FTVテレポートプラス」やFCTの「ゴジてれchu!」など、夕方放送の地元の話題などで、時々取材されることがある。

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6 郡山駅周辺の彫刻

 三坂耿一郎作「或るロマン」・・・ 郡山駅東口ロータリーの歩道に鎮座

 佐藤静司作「抱きしめる」・・・ 北口ペデストリアンデッキ上の植え込みにある。

 佐藤静司(1915-)は福島県郡山市出身の彫刻家。はじめ同郷の木彫家、三木宋策に、戦後は澤田政廣に師事し、木彫を学んだ。主に日展で活動。

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7 郡山総合体育館の「平和の女神像」

 これは「アラ還」の郡山市民の方には懐かしすぎる像。かつては旧郡山駅の駅舎の前に大きな噴水のロータリーがあったが、そこに立っていた像で、昭和52年の駅前整備の際に、今の場所に移設された。子どもも何やらおどけて変身ポーズをしている風にも見える。制作者は古賀忠雄氏。郡山駅前の戦後復興事業の完成を記念して制作されたものらしい。

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 これを見ると「平和の母子像」と言ったほうが正しいかもしれない。

8 さくら通り沿いにある像

 「郡山しんきん」本店の営業部前にある「かたつむり」をモチーフにした像。というより石造。小泉隆一作の「水の台座」(1995)。郡山信用金庫創立70周年記念事業により制作&設置された模様。

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9 中華料理店に布袋様?

 6月13日(土)放送のFTV「サタふく」で、沖縄県出身の我如古莉乃アナウンサーが取材で訪れた「大昇楼」。内環状線沿いの備前舘にあり、私の家から500mしか離れていない。しょっちゅう、この前を通るのだが、なぜ中華料理の店に日本の七福神のひとりである「布袋様」の石像がいるのか不思議だった。すると浅学の私が大間違い。布袋様は、唐代末から五代時代にかけて明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したとされる伝説的な仏僧。水墨画の好画題とされ、大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で描かれる。日本では七福神の一神として信仰されている。

 このことから、中華料理店に布袋様がいてもなんら不思議ではなかったのだ。とりあえず、翌日の早朝、ここを訪れ、写メを撮ってみた。

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 お腹の出っ張りが何とも言えない。肥満体の布袋は広い度量や円満な人格、また富貴繁栄をつかさどるものと考えられ、所持品である袋は「堪忍袋」とも見なされるようになったという。

 他にも近くに「一休さんの大黒堂」という仏壇屋さんがあるが、以前、宝くじを買った際、ここにも大黒様のような石像があった気がする。ところが、その日に取材に行ったら店自体が跡形も無くなっていた。大黒様は勘違いか?よもや商売繁盛の神様である「大黒様」を壊すような罰当たりな振る舞いはしていないと思うが。

 こういった不思議な建造物は何も郡山に限ったことではなく、たとえば須賀川市には目抜き通りのあちこちにウルトラマンやそれに登場した怪獣の銅像(モニュメント)が数十体見られる。また、温泉街の常磐湯本駅周辺には、サックスやトランペットなどの楽器を演奏している銅像を目にすることができる。

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 また、最近、ビームライフルが盗まれたことで話題となった、「へたれガンダム」などのガンダムは版権が厳しいので、勝手に制作して道路沿いに置くことは法に触れないのかと心配になるくらいだが・・・。昔、鏡石町のラーメン屋に「待機」していた「グレート」も、最近姿を消してしまったからだ。

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 さらには、会津若松市の国道49号線沿いには、ホクシンオートという中古車センターに、ホクシンザウルスのでかい恐竜が交通違反者に目を光らせている。ほかにも猪苗代町の国道49号線沿いのレストランにも「三春駒」が鎮座している。

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 このように、得体の知れぬ造形物は県内でもあちらこちらに人知れず佇んでいる。

 かつて、郡山にも「まうチュウ」というネズミの巨大人形がコスモス通りの延伸に設置されていた。今でも富久山町の通称「ボロゾイ通り」には自由の女神像が佇み、「鯉の街」で地域おこししているように、同じくカルチャーパーク近くにでかい鯉のモニュメントがある。ほかにも市内の老舗レストランの軒先にはヘリコプターが着陸してあるし、不思議なもので溢れているのも事実だ。

 さて、広い郡山市。話題には事欠かないようだ。いろいろなことがブログネタになる。ぜひ、あなたもあなたにしか知らない情報があればお知らせください。どんな場所にも取材に行きたいと思います。

2020年6月 7日 (日)

郡山市民の私でも未踏の地は・・・

 私は郡山市民である。大学時代(4年)、修業時代(1年)、初任地(4年)以外の足掛け46年も市内に在住している身の上だ。郡山の市街地なら、知らない場所はないし、どの道が渋滞を回避できるか抜け道の隅々まで熟知していると自負するほどだ。

 しかし、こんな私でも郡山市内なのに、行ったことがない、つまり足を踏み入れた経験が一度もないま未開の場所というのがある。もちろん、私は登山などしないし、車ではいけない山奥という訳ではない。では恥ずかしながら、たぶん郡山在住の方でも、行ったことが無いであろう場所を取り上げたい。

 1 東部森林公園(2024年まで休園中)

 ここをご存知の方は田村町とか守山地区、宮城中近辺にお住いの方に相違ない。毎年3度、墓参で「東山霊園」を訪れている私でも、その東側2km先に広がる巨大な池と公園が存在していたことなど知らなかった。言葉は悪いが眼中になかった。

 「ふくラボ!」によれば、広場には、兼六園菊桜や十月桜など約70種類の桜があり、春や秋に桜を楽しめます。また、広い広場と炊事等があり、バーベキューなどもできます。そして、様々なイベントも計画され、子ども会、公民館行事などにも対応した自然体験活動支援も行っています。しかし、ため池除染土の積込場となるため、公園全体が施設利用を含め、平成30年9月1日より令和6年3月まで長期休園となります。

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 2 ゴールドマイン高玉(現在は休園中)

 ここは「黄金の泉」とよばれる黄金色の温泉が楽しめる。ここは昔、金山で、トロッコ列車に乗って旧炭坑の内部を見学できた。佐渡金山のように、砂金を見つける発掘体験もできた。しかし、震災以降、休園状態となっている。

 また、隣接する磐梯熱海温泉には、「深沢の名水処」もあるのだが、一度だって行ったためしがない。近くの「けやきの森」の遊歩道を歩いたし、過去に何度も旧清稜山倶楽部に泊まったことがあるのに、その近辺にある清水は口にしたことなどなかった。

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 3 花木団地

 ここも市内東部。というよりも郊外に近い。この場所が話題に上るようになったのは、この20年だ。未だにこの一帯は私有地で、個人が植栽した樹木が春になると彩りあざやかな花を咲かせるフラワーロードと化すのだ。それを目当てに、あちこちから見物客が押し寄せる。私の母親は何度か鑑賞に訪れたことがあるらしいが、私はまだ一度も足を運んでいない。

 ここは中田町高倉池袋地区にあり、緑が丘団地の東側に位置する。農免道路沿いだ。市の観光協会のHPに掲載されるほどの場所で、面積は25haで、サクラのほかモクレン、レンギョウ、ウメ、モモ、ボケ、ナンテン、サンゴミズキ等、春の花が辺り一面に咲き誇る桃源郷。花の見頃:4月中旬〜下旬で、トウカイザクラ、ヒガンザクラ、ソメイヨシノなど約25,000本が花をつける。

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 4 風土記の丘公園

 敷地内にある「郡山美術館」には3~4度訪れたことがある。しかし、広大な緑に囲まれたその公園は一度も足を踏み入れたことがない。そこは美術館通りで、たぶん30回は車で走っているが、そこに17haもの広さを誇る大きな公園が鎮座しているとは・・・。
 国指定史跡の大安場古墳群の北北東約5km、郡山市蒲倉町・安原町・横川町にある古墳時代後期・終末期に作られた群集墳 円墳71基(2019年現在)が確認され、いくつかのグループに分かれる 古墳群の西側と東側とで、横穴式石室の形態が異なる。多くの古墳で追葬(奈良時代まで?)があり、埋葬面が複数ある古墳も確認されている。玄門部にて石室の閉塞の直前に火を焚く行為など墓前祭祀が行われた痕跡も確認されている。
 また、墳丘が認められない場所からも古墳が発見され、小石室が確認されている。
 ここは公園というよりもひとつの山で、整備されているわけではない。その山に古墳群が点在してある。森に囲まれ、昼間でも鬱蒼とした場所で、芝生が広がって子供を遊ばせられると思って訪れると落胆するはず。

 5 陸上自衛隊多田野演習場

 もちろんここは許可が無いと入れない特殊な場所。それが私も何度か訪れた「少年自然の家」や「きのこ岩」がある浄土松公園と隣接した場所にこのような演習場があったとは知らなかった。その周辺にはいくつもの池や沼が点在している。まず、足を踏み入れることはない場所だ。その西側に「深田調整池」と「深田ダム」があるが、あまり人が近づけるようなロケーションではない。サスペンスの「〇〇殺人事件」に出て来そうな、死体を遺棄するには好都合のような寂しい場所で、いるのは猪と熊くらいなものだ。まず怖くて近寄れない場所だ。


 6 湖南町の5つの集落の小学校が廃校に

 郡山市の西部、三森峠を越えると湖南町舟津に達する。そこからさらに湖岸を回り込むように奥に行くと、集落がいくつか点在する。月形や中野、三代、福良、赤津と呼ばれる。その集落にはそれぞれ小学校があったのだが、2005年をもって、すべて湖南小学校に統廃合されてしまった。したがって廃校になって15年も時が経過したことになる。私は郡山市内で廃校になった小学校をすべて訪問したいと思っている。公民館として再利用している学校もあるし、個人で買い取ってアトリエや別荘、あるいは宿泊所として生まれ変わった場所がある。

 ほかにも熱海小学校玉川分校、月形小学校舟津分校、熱海小学校中山分校、河内小学校夏出分校、高野小学校、鬼生田小学校、三町目小学校、大田小学校、根木屋小学校、守山小学校細田分校などが相次いで廃校となっている。

 7 中田町柳橋歌舞伎

 これは足を踏み入れたというより、見たことがないと言ったほうが正しい。その地域で行われている伝統芸能の素人歌舞伎(農村歌舞伎)である。なんと江戸時代から200年以上に渡って息づいている。毎年9月の敬老の日の前日、柳橋歌舞伎伝承館(黒石荘)で定期公演が行われている。一夜限りの夢芝居で、逃すと1年間お目にかかれない。

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 8 高柴ダム

 私は取りたててダムマニアなどではないが、郡山市内にいくつかダムがあるのにあまり行ったことがない。熱塩の日中ダムや会津の大川ダム、勿来の四時ダム、奥会津の田子倉ダム、長沼の藤沼ダム、金山町の沼沢ダムなどは見たことがあるが、市内にあるダムは行ったためしがなかった。しかもそれは私がこれまで4~5回は訪ねた「高柴でこ屋敷」の東側2kmほどのところに佇んでいた。

 河川は阿武隈川水系大平川 1979年に着工し、2001年に完成した。形式はアースダムで、用途は灌漑用水に用いられている。

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この画像は「DAMHOLIC A」さんのブログから拝借いたしました。初訪問して撮影しましたら、差し替えさせて頂きます。

 なお、いったん画像と概要を掲載した「高柴ダム」は、いわき市田人町と山田町にかかる鮫川水系のダムとの指摘をいただき、確認したところ、西田町にある調整池も「高柴ダム」という記載があり、ここを未踏の地として訂正して再提示したいと思います。

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 さて、なんせ郡山は東西に広い。小野町に隣接する中田町もそうだし、かと言えば猪苗代湖の南岸、つまり湖南の奥地の布引高原もまた郡山市だ。また猪苗代と境界を接する中ノ沢温泉の手前の母成峠までは郡山市内だ。いかに広いかだ。それを逆手にとれば、それだけ見どこも多いと言える。

2020年5月25日 (月)

郡山市の跡地利用は大丈夫か?

  以前、当ブログで郡山の中心市街地にぽっかり空いた巨大な土地利用をどうするのか?という記事を書いた。議会でも本格的に検討が始まり、いよいよ開発に向けて具体化して来た。その場所とは次の3か所だ。

 1 富田駅南側の農業試験場跡地

 かつて県の農業試験場があった。今は日和田に移転し、跡地をどう利用するか不確定要素が多く、頓挫していた。そこに来て2011年に発生した「東日本大震災」で、主に富岡町からの避難民を受け入れるため、被災者用の仮設住宅を建てた。今は数人を残してほぼ全員が退去したが、住宅はそのまま残されている。

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 ここはどうやら医療系の集中基地として、開発を進める方向で落ち着きそうだ。その起爆剤になる一手として「ふくしま医療機器開発支援センター」を先んじて建設したのだ。
 個人的には、その周辺は高度な医療研究を行う施設だったり、総合検査が可能な衛生施設、更には日本赤十字社の血液バンクセンターなる建物があってもいい。注射針や人工臓器、心電図計や人工心肺装置などの医療機器を製造する工場がなどもあっていい。

 また、近所の奥羽大と連携して、医療薬品開発研究所や製薬会社の工場なども作り、医療の一大ステーションとする。そして郡山の4つの巨大病院(太田・南東北・星総合・寿泉堂)にその技術や製品などを提供する。そんな利用方法をぜひお願いしたい。

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 2 長者の日東紡績パラマウント硝子工場跡地(下の図の赤枠:クリックで大きくなります)

 「安積黎明高校」の北西側に広がる広大な土地。かつて「かっぱ寿司」や「インテリアダイイチ」があった建物の北側一帯に展開する場所で、今は更地になっている。ここには硝子製造工場だけでなく、更にその北側には団地のような造りの5階建てくらいの社宅があった場所で、桃見台地区まで続く、とにかく広い土地だ。ここは再開発に定評のある地元の「金田建設」が競争入札で落札し、保有業者となっている。たぶん2haは優に有る。

 この北側には「安積黎明高校」の野球部のグラウンドがあるが、高層ネットで野球のボールが外に飛び出ないように防御壁の役割をしているが、どうみてもいびつな形状で無理がある。私は安積黎明がこの土地の両側にあることから、ここに総合学習施設を建設すべきだと思う。目と鼻の先に「ザ・モール郡山」があり、反対の北側には「太田西の内病院」があって、生活には申し分ない場所だ。しかも徒歩10分以内に市役所にも行けるし、春には花見に出向くのも近い。さくら通りに出れば、5~10分おきに福島交通のバスが通っているため、駅方面にも出やすい。したがって、おそらくはここに複数のマンションを建てるのは見え透いている。

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 3 豊田浄水場(貯水池)跡地(上の地図の黒枠:クリックで大きくなります)

 ここは郡山のど真ん中にある6haもの広大な土地だ。東隣りが巨大な商業施設のショッピングモールが立っている好立地のロケーション。そして西隣りには「宝来屋総合体育館」や「郡山歴史資料館」、内環状線を挟んで「ヒロセ開成山陸上競技場」や「郡山しんきん屋内水泳場」、そして「ヨーク開成山スタジアム」、更には超巨大な「開成山公園」が鎮座する環境も抜群で、さくら通りが近く、郡山駅へもバスで10分程度、徒歩でも30分かからないなど、交通至便の土地柄である。さらには市役所には徒歩5分圏内だ。
 私は、最も興味があって、有効利用すべきなのはこの跡地だと思っている。郡山市民の水甕として長年貢献した旧豊田貯水池と浄水場。私は小学生の頃に見学に訪れたことがあった。常時、並々と豊富な水量をたたえた景色しか頭にない。ここが廃止され、水抜きが開始されて5年が経過した。湿地だったため、日干しが必要で、長期間放置されていたことで、今では夏場は草がぼうぼうと生い茂り、早い再開発が待たれるところだ。

 ここの跡地利用に関しては、市議会でも取り上げられ、各会派で様々な案が提出されている。私の友人に郡山市議会議員がいるが、彼が所属する会派では、もったいない跡地利用を考案中らしい。その会派は、「自然との共生」を第一に考えているものだが、郡山には中心市街地に、もったいないほど公園で溢れているのに、さらに「自然との体験」だったり、「生物との共生」、あるいは「郡山の歴史」を重視した施設の建設というものだった。以下のパンフの図面がイメージらしい。

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 私は、これ以上、郡山の中心市街地には巨大な公園や緑地帯は不要だと考える。「開成山公園」だけでも市民のオアシス的存在だし、「旧日東紡績第一工場跡地」には災害発生時の防災機能を備えた「21世紀公園」を整備済だ。ほかにも市内には、「麓山公園」、「荒池公園」、「酒蓋公園」、「芳山公園」、「香久池公園」、「五百渕公園」など結構な広さの公園だらけだ。

 そしてなぜ、郡山市街地の一等地で「農業体験」をしなければならないのか?発想が真逆だし、本末転倒だ。農業体験なら、人里離れた環境の良い場所でやらないと意味がない。さらに都市のど真ん中で「自然と触れあえる自由な遊び場という考え」が堕落している。それなら「少年自然の家」とか「大槻公園」とかでやればいい。すでにそういう施設が存在している。昆虫や水辺の生物だってたくさんいる。このような愚案は議論するに値しない。青写真を見ただけで、何か大阪の「仁徳天皇陵」とか「大安場古墳」のような印象を受けた。場所を考えてから提案をしてもらいたい。

 それよりも、戦前・戦中は化学工業や繊維工場で栄え、現在の「商都こおりやま」に必要なのは、経済発展に欠かせないものだったり、「ビッグパレットふくしま」が成功したように、国際会議をも開催可能な「コンベンションホール」、合同庁舎を移転させた「県や市の行政機関」、そしてカルチャーパークまで足を伸ばさなくても子どもが喜ぶ「遊園地」、さらには「商業施設・ザ・モール郡山」や交通の利便性を最大限生かした駐車場完備の20階建てくらいの「高層マンション」を隣接させて居住スペースを確保する。これらをすべて網羅して一箇所に集約した複合施設の構築を望む。もちろん、総合体育館の駐車場が手狭のため、それも同時に確保し、高層マンション居住者のための駐車スペースも十分確保するようにする。20階建てほどのマンションを2つ建造し、ツインタワー構造にしても十分スペースがある。

 そこで私の案だが、こうなってほしいという願いを込めて、走り書きの下絵を描いてみた。

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 画像の左が総合体育館側で右が「ザ・モール郡山」側

 中心市街地なのだから、原則は人が集まりやすい構造物を建てるべきだ。これだけの広い土地を持て余すくらいなら、最大限の有効利用を考えてほしい。市の中心部にある6haもの広大な土地を無駄にするのは実にもったいない。市民が納得でき、誰もが利用可能な公共的な建造物を築いてほしいことは明白だ。近くには「公会堂」、「中央図書館」、「中央公民館」、市民のオアシスの「開成山公園」、そして総合スポーツ施設が揃っているのだから、駐車場の拡充と合わせてプランニングをお願いしたいものだ。

 個人的には子どもが元気に遊べる「遊園地」のようなテーマパークを提案したい。そのためにはある一定の駐車場が必要。私は駐車場の一角を利用して「屋外のイベント広場」などを設けても面白いと思う。毎週日曜日開催の「朝市」、「フリーマーケット」、イオンフェスタ駐車場でやったような「サーカス」招致、保健所が許せば1年に1回、屋台を並べて、ラーメンやおでん屋などをやってもいい。開成山公園でもテレビ局主催の「ラーメン祭り」とか「肉フェス」などを開催しているのだからやれないことはない。

 遊園地の中に「こおりやま食品物産館(うまいBUYこおりやまイーツ)」を設け、郡山名物を販売すればいい。ソウルフードの「クリームボックス」、「酪王カフェオレ」、「郡山ラーメン」、「グリーンカレー」、「鯉料理」、「薄皮饅頭」、「ままどおる」、「源平団子」、「地酒」など。あるいはこれを契機に郡山のご当地グルメを開発して売り出せばいい。例えば市内の高校生や郡山女子大の食物栄養科とタイアップした新グルメを開発するとか。「郡商カレー」などはその一例。他県で実施している「高校生レストラン」や「日本調理技術専門学校」の学生が経営するアンテナショップを設置してもいいと思う。そこで開発した自作のケーキを販売すればいい。

 そして月1回(例えば毎月第二日曜日など)、遊園地に特設ステージを作り、市内の小中高大学生の発表の場にする。月替わりで12:00~14:00の2時間、「アマチュアバンド演奏」や小学生の「鼓笛隊演奏」、中高の「吹奏楽部」、あるいは「合唱部」に発表の場を提供する。また、市民参加の「カラオケ大会」、あさか開成の「よさこい」、各高校の「チアリーディング」、郡山女子大学附属高校や北工の「マーチング演奏」などで大いに場を盛り上げる。北工生の「ロボットの実演」や日大生の「研究発表」でもやりがいがあるだろう。大学の生徒募集のPRにも一役買うだろう。
 それを市内にあるマスコミ「FCT・KFB・ふくしまFM」などが完全バックアップ後援し、その模様を毎月、自主制作番組として放送する。活気に満ちた、市民一体の参加型イベントが定期的に行える。そのPR役のためにオリジナルキャラクターを制作する。例えばスポンサーが「ベニマル」になれば、「ベニ子」と「マル男」など。そのデザインも市民に広く募集して決める。
 そして市内にある企業にスポンサーになってもらい、商品宣伝も同時に行う。たとえば郡山市には「幸楽苑」「ヨークベニマル」「大東銀行」「郡山信用金庫」「小田原屋」「柏屋」「三万石」「ゼビオ」「宝来屋」など地元本社の企業がたくさんある。運営資金を出してもらう代わりに、遊園地内や物産館で商品を販売する。官民一体となった事業が展開できる。

 そして合わせて「企業のPRブース」を設けたり、献血車を待機させ、来場者に献血を呼びかける。加えて「10分間で何カロリー減らせるか」など健康増進のための運動ブースを作る。他にも「ヨガ体験コーナー」や「消防車のはしご乗り体験」、「消火器使用体験」などで防災意識を高めるイベントを行ったりする。「ふれあい牧場」が出張して来て「ミニ動物園」のブースを設けても面白い。

 遊園地自体は周辺住民の騒音に配慮し、月曜は休園とし、営業時間はAM9時からPM7時までとする。学生が夏休み中のサマーシーズンのみPM8時まで延長する。

 さらに、音楽都市(楽都)に相応しい「音楽堂」のような施設を拵えてほしい。「文化センター」のような大ホールとか中ホールではなく、大学の講堂のように、階段のすり鉢状になっている扇形の客席を備えた300人程度の小ホールで一番下にステージがあるような施設で構わない。それを1階から地下にかけて階段状に配置する。市内の学生のミニコンサートや発表会などの場として活用する。
 ほかにも2階には同時通訳などで国際会議が開催できるコンベンションホール、3階~4階は防音設備完備の練習施設だったり、パート練習が出来るような小分けにした練習部屋、あるいは吹奏楽などの楽器も格安で貸し出したり、軽音楽用のドラムやキーボード、エレキギター、ベースなども貸し出すようにすれば、練習場所探しに困っている若者にも還元できる。音楽都市としてより活発な活動が可能になる。

 5階は学習専用の施設。勉強場所に苦慮している学生のために、個別の自習室などを設ければ近くの「安積黎明」の生徒や、やがて中高一貫校となる「安積高校」などの生徒は大助かりだろう。

 一方では、現存する総合体育館の北側にある駐車場が手狭であることから、その東側に整備拡充する。そしてスポーツ施設として不足しているテニスコートを8面~12面分確保する。庭球場だけが富田町にあってかけ離れている。富田庭球場はソフトテニス専用にして、総合体育館の東隣りに全天候型かまたは芝を植えた硬式用のテニスコートを整備する。もちろんナイター設備完備で、中体連、高体連の大会にも使用できる規模のものだ。

 

 以上、私なりの再開発案を考えてみた。この都市計画だと人の流れがここに集まるのは確実。中には採算が合わないなどと否定的な意見も多いだろう。遊園地など建設したら、維持費が嵩むとか。費用が掛かるならカルチャーパーク内の「ドリームランド」の遊具を移築すればいい。
 郡山南IC近くのカルチャーパーク内の遊園地は中心市街地から遠すぎる。おそらく駅からだと30分近くかかってしまう。バスの便も少ない。カルチャーパークはアリーナと屋外プール(飛び込み付き)、そしてスライダー付きの流れるプールだけで十分。
 「ドリームランド」の跡地こそ、農業体験や水生昆虫などの生物に触れあえる場所にすべきだ。植林して「昆虫の森」などにするべきだ。

 郡山市役所の職員や市議会議員にもぜひ、この記事を読んでほしいものだ。箱モノばかり作って、利用者も少ないような施設では税金の無駄遣いだ。ぜひとも有効利用そして有効活用できる公共的な施設の建設を望む。

2020年5月15日 (金)

続報!郡山でマスクと電子体温計用のボタン電池が買えた日(5/14)

   5月12日(火)に、当ブログのコメント欄に「マスク販売に関する情報」をいただき、早速、翌々日の14日(木)の昼休みに、駅前にあるその店へ足を運んだ。するとマスクより先に、ずっと探し求めていた「オムロン」の電子体温計のボタン電池が偶然に陳列棚に並んでいるのを発見。もう3週間も前の4/22(水)に、喜久田の家電量販店で予約注文したのに、なかなか入荷しなかった代物だった。今も入荷の連絡はないのに、それがたまたまこの店で偶然見つけたのだ。

 それは商品名が「LR41」のボタン電池で、税込み148円の良心的な価格設定。すぐにそれを手に取り、レジ会計へ。するとカウンターの上にピラミッド型に積み重ねられた50枚入りの「不織布プロテクトマスク」を発見!

 親切なブロガーの方のコメント情報は正しかった。しかも、なんと最近では最安値の税込み2,780円だった。税抜きだと2,500円を少し超えるくらいだ。1枚約50円換算

 冷静に考えると、1年前はマスクがひと箱500円もしないで販売していたことを考えれば、まだまだ超高値だが、感染者が福島県の10倍以上多い遠隔地に住んでいる息子と、福島県内でもっとも感染者が多い都市に住む娘に送るためには仕方なかった。

 この店は駅前にある、かつて全国チェーンのデパートだったビル内にあるのだが、なんと「おひとり様10点まで」の太っ腹表示まで。良心的すぎて感動。レジ会計の際に店員に尋ねたら、「かなりの数のマスクが入荷してくるようになった」とのこと。たぶん、この日、全国的に「緊急事態宣言解除」の方針が示されたのを受けて、買い占めていた店の在庫がダブつき、売れ残りを懸念した店側が大量放出を決めたのだろう。事実、東京の「アメ横」などではもう投げ売りが始まっていて、ひと箱2,000円を切る程度まで下がっている。

 帰り際、駅の構内に隣接するドラッグストア「M・K」に立ち寄ったら、マスクはひとつも置いていなかった。だから、独自の入荷ルートを持つ店であれば簡単に入手できるのだろう。

 品物自体はやはり「中国製」だが、5/8(金)に咲田にある「Sストア」で売っていたブルーのサージカルマスク(税込み3,300円)ではなく、色的には目立たないオーソドックスの白色だったのでちょうど良かった。もう少し待てば価格はぐっと下がると思うが、いくら感染者が少なくなって来たとは言え、どこかの国のように、少しの油断で集団感染が発生し、また再流行しないとも限らない。あればあったで重宝する。
 下の写メが証拠。
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 さらには下がその店のレシート
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 それにしてもこの半月の間に、私がたまたま訪れたいろいろな店で、このように頻繁にマスク販売場面に出くわすのだから、今後、あらゆるお店(カワチやツルハ、マツキヨなどのドラッグストアとか、スーパーやコンビニ、ホームセンター)で買えるようになる日もそう遠くはなさそうだ。
 ついひと月前までは50枚入りマスクが店頭から消え失せ、ネットで4,000円~5,000円もした狂乱物価の品薄状態から、徐々に改善して来たことの証明だ。やっと半額程度まで値が落ち着いてきた。

 それにしてもこの日一番の幸運は、なんと言っても「電子体温計用のボタン電池」の入手だ。市内のどこの家電量販店に行っても、ホームセンターやコンビニに足しげく通い、こまめに覗いたが、このひと月半、まったくもって目にすることはなかった。なのに、情報を基にマスクを確認しに入った店で運よく発見するとはなんたる偶然!

 しかも店員に尋ねたら、まるでそば屋の出前のように、「本日入荷したんです」ということで、ガチでラッキーだった。

 そして職場に戻って、電池の交換方法をネット検索したら、なんと「2個使用」ということがわかり、もう一度往復して2個目を購入した。
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 会計の際、店員に聞くと、「在庫はその商品棚にあるだけなんです」という返答。私が2個買ったら、残りは6個くらいになっていた。でもこの店は、地下2階から3Fまである広い売り場面積を誇る大規模店なのに、日中は買い物客がまばらなので、電池もまだ買えるかもしれない。もし、品切れになっても、すぐに追加で入荷しそうな雰囲気だった。だからマスクに続いて、体温計用の電池の品薄も次第に解消されそうだ。

 さらに付記すれば、帰りに一カ月ぶりに有人のガソリンスタンドで給油したら、比較的ガソリン価格が高いと言われている郡山市において、レギュラーが1L=124円だった。たぶんセルフなら120円程度まで下がっている筈。GW中もどこにも出かけられず、「STAY HOME」だったため、GSは閑古鳥状態だったことで、需要が極端に減った結果、価格が値崩れして急落した模様だ。3か月前までは140円台後半だったのに信じられない。

 でも「FTVテレポートプラス」の斎藤気象予報士の話だと、今が底値なので来週から上がるらしい。給油するなら今週末がチャンスだと言っていた。

 さて、当ブログ内の一連のマスク情報がどれだけ役に立つかわからないが、少しでも有効で手助けになったのであれば幸いです。貴重な情報をお寄せいただいた方にも改めて御礼申し上げます。また、郡山市民の方にとって有用な情報がございましたら、コメント等でお知らせください。

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 <追記 令和2年5月15日(金)の殺人事件について>

 5月15日(金)、私の職場の近くにある、横塚の逢瀬川で男性が遺体で発見される事件が発生。夕方のFTVのニュースとHPによると、午後12時半頃、逢瀬川に人のようなものが仰向けで浮いていると警察に通報。警察が20~30代とみられる男性を救助したところ、すでに死亡していた。遺体の状況には、粘着テープで口を二重三重に巻いて塞いだ形跡があることから、殺人事件と断定し、捜査を開始した模様。

 その遺体が発見された時間帯の45分ほど前、私は職場を出て、徒歩で映画館の近くにあるコイン駐車場に忘れ物を取りに行き、その後、中学時代の同級生が経営している駅前の蕎麦処で昼食を食べた。12:20頃には職場に戻ったが、その時、周辺でサイレン音などは聞かなかったので、おそらくその後に発見されたと思われる。

 それよりも今朝の出勤時(7:05頃)と帰宅時(16:00頃)の二度、私は逢瀬川にかかる旧4号線(県道355号線:通称は奥羽街道または陸羽街道)の橋を車で渡っているが、どちらも異変にはまったく気づかなかった。遺体を車で運んで、その川に遺棄したとすれば、知らないうちに、犯人の車とすれ違っているかもしれない。私の車はドライブレコーダーを装着しているので、写っている可能性も否定できない。
 また、もしかすると昼に徒歩で外出した際に、それらしい車が近くを通過していることも考えられる。車でなければ、発見現場近くでその男性を殺害して、そのまま遺棄した可能性もあるが・・・。でも何のために口を粘着テープで巻いたのだろうか?予め用意していたとなると計画殺人?
 
 
私の推理では、遺体が川に浮いていたということは、別の場所で殺害し、川上のほうで遺体を遺棄し、それが阿武隈川と合流する川下のほうまで流れて来た可能性もある。だとすれば絶対に目撃者がいる筈だ。

 そう言えば、帰宅途中、逢瀬川の堤防にぶつかった丁字交差点を左折して信号待ちをしていた時、ROUND1方面からパトライトを回転したパトカーが来て、その交差点の先頭で停車していた。その時は事件のことなど知る由もなかったが、たぶん、実況見分や遺留品捜索を終えて署に戻る途中だったように思う。

 この日、「緊急事態宣言」がようやく解除されたと思った途端に、私の職場から直線で1km程度しか離れていない場所で殺人事件発生とはあまりにも物騒すぎる。おそらく顔見知りの犯行に違いない。またひとつ、郡山に「心霊スポット」ができてしまうのかと思うといたたまれない。早く解決して欲しい。

 → 翌日(5/16)の夕方の福島テレビのニュースで、見つかった身元不明の遺体を警察が検視した結果、死亡したのは20代の男性で、死因は溺死だと判明。状況から自殺を図った可能性が高いことがわかった。自殺をほのめかすメモが見つかったとのことだが、自殺する人間が自分の口を粘着テープで二重三重に巻くなど、他殺と見せかけるような手の込んだことをするのだろうか?私は疑問で、殺害後、自殺に見せかけて、犯人がメモを自作したとは考えられないだろうか?いずれにしても謎だらけの事件だった。

 〈追記 5月17日(日) 〉

   5月11日(月)にブルーのサージカルマスクを販売していた咲田の「Sストア」へ17日(日)に再び買い物に行くと、またしても入口にマスクの箱が山積みになっていた。今回は色が白だった。価格は前回と同じ税込3,300円。朝9時の開店時には、自動ドアの前に20人ほどが行列を作っていたが、誰もマスクを手にした人はいなかった。

 < 追記 5/30 >

  郡山市内はまだ「アベノマスク」が到着していないが、もう市内のあちこちでマスクが買えるようになった。よって本日から実名を挙げたい。 (価格は5/30現在)

 カインズ 7枚入り398円(税込)

 ザ・ビッグ 5枚入り297円 50枚入り2,970円(税別)

   ヨドバシ 50枚入り2,780円(税込)

 シミズストア 50枚入り2,980円(税別)

 トライアル 5枚入り298円(税別)

 今のところ、少ない枚数ならカインズ、まとめ買いならヨドバシが最安値。ヨドバシはお一人様10箱まで購入可能。

 その後、ダイソーで50枚入り不織布マスクが税別で2,000円で販売(R2.6.8)1枚40円

 キャンドゥ 3枚入り100円(税別)1枚33.3円なので最安(R2.6.9)

  

  

2020年5月 6日 (水)

続・郡山市内でマスクが買えた日(R2.5.6/5.11)

  現在、新規記事の掲載を停止中ですが、臨時で記事をアップします。

 福島県は5月5日時点で、新型コロナウイルス感染者(陽性反応)が79名に達した。これは全国で22番目に多い。ここ郡山ではこの2週間は新規感染者が出ていないが、それでも慢性的なマスク不足に苛まれている。ドラッグストア、スーパー、ホームセンターなどどこにも置いていない。以前私が購入した駅前の100均では、この半月、営業自粛で閉店状態が続いている。ウレタンマスクを購入した市内北部にあるイレギュラーの店舗も、最近は訪れていないので動向は不明だが、私の4/24付のブログを見た客が殺到して品薄かもしれない。よって最近は、手芸を駆使した布製の手作りマスクを使用している方が多く目につく。

 しかし、GW最終日のこの日(5/6)、朝の6時過ぎに郡山市北西部にあるディスカウントストア「T」を訪れたら、レジ横にある、大きな金網型のトレイかご(上下2つあり)に溢れんばかりの不織布マスクが無造作に投げ込まれてあるのを発見した。その数、200個以上。価格は5枚入りで税込み399円。「ひと家庭2個まで」という表示があったので、結構余裕があった。早朝だと店内もガラガラで、昼間に行くと客が多くなるので、もしかすると品切れになるかもしれない。

 まさに「早起きは三文の徳」や「一期一会」を地で行くような出来事だった。価格は1枚当たり80円程度なので高いことは高いが、品不足が続く今、やむを得ないと判断。ついマックスの2セットを買ってしまった。それが下の画像。

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 普通に考えたらマスク10枚で798円は高すぎるが、精神的に安心できるのでこの日のマスク販売はありがたかった。どこを探してもないのに、偶然見つけたとはいえ、ある所にはあるものだ。

 それにしても一体いつになったら、この一連の「新型コロナウイルス騒動」は終息を迎えるのか?「緊急事態宣言」も5月末日まで延期された。いっこうに出口が見えない中、「新生活様式」を推奨する政府の後手後手の対策と、停滞したままでいつ破綻するかわからない経済状況の中、ずっと耐え忍ぶしかないのか?すべてにおいてマイナスイメージしかないが、この日のように偶然にもマスクが入手できるという「小さな幸せ」に出くわすことがあるから、また頑張ろうという気になれるのかもしれない。
 それで、今もマスクが買えなくて困っている方への少しでも朗報になるならと情報提供がてら臨時に掲載した次第です。

 でもたまたまあったとは考えにくいので、このディスカウントストアは、実は郡山市内には4店舗(ここ以外には大槻町・備前舘・安積町)あるが、もしかすると大量に仕入れ、在庫がまだまだあって、店頭のトレイが少なくなったら、順次、補充するかもしれない。

 なお、炉辺談話だが、帰り道、桜で有名な川がある橋を渡り、市営グラウンドを越えた先の道端(歩道と車道の間の縁石)に小さな怪しい物体が置いてあった。実は来るときに反対車線側にあるのに気づいていて、もしかして光電式の速度取り締まり装置かと思い、帰る際には法定速度(50キロ)厳守で通過したら、単なる小型のスピーカーが投棄してあった。警官の姿は皆無だったものの、結構早朝の裏道路でネズミ捕りが多いので警戒したが、大丈夫だった。それにしてもなぜあんな場所にスピーカーを捨てていくのか気が知れない。

 結びに、過去2回、このような郡山市内でのマスク購入の記事を掲載しましたが、3回目の今回も、客が殺到し、売り切れになる恐れがあるため、店名はお教えできません。郡山市内の方なら今日の記事を読めばおおよそ店名は判別できると思います。

 <追記 5/11(月)>

 5月11日(月)、朝7時9分に職場に出勤した。午前中は通常勤務して午後から「テレワーク」のため、車で帰宅途中、実は昨日も買い物に出向いた咲田にある「Sストア」に立ち寄って250円弁当やドリンク、さらにはパンなどを購入。そしてレジを終えて買える際、店の入り口にマスクの箱が積まれているのを発見!それは紛れもなくひと箱50枚入りの「不織布」のマスクだった。昨日は無かったのに・・・。しかも箱の中身は外科手術で見かけるようなブルーの物(三層構造のサージカルマスク)。金額は税込み3,300円で、1枚あたりに換算すると66円。最近の郡山市内のマスク販売価格の中では最安だった。その証拠が下の写メ。

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 どれくらい在庫があるかわからなかったが、またしても偶然とはいえ、マスク販売中の場面に出くわした。ということは、未だにドラッグストア、スーパーなどでは見かけないマスクだが、このように私がたまたま立ち寄った店でマスクを見かける場面に出くわすということは、マスクを販売している店が確実に増えて来たという証拠。ひと箱3,300円はコロナ騒動前に比べるとまだまだ高いが、マスクが無くて困っている方に知らせたくて、5月11日(月)に追記という形で掲載しました。

 なお、地元の方で、5/6の記事、及び5/11の記事の店名を知りたい方は、コメント欄にご自分の予想店名とメルアドをご記入ください。当たっているかも含めて、直でこっそりとお教えしたいと思います。なお、私の記事を見る見ないにかかわらず、他の情報源から買いに行く方が多くいれば、それらのマスクが品切れになっている場合があることを御承知おきください。

 

2020年4月24日 (金)

郡山市内でポリウレタンマスクが買えた日(2020.4.23)

 4月12日(日)に続き、マスクに関する情報提供の第二弾です。

 4月23日(木)の朝、出勤したら職場の同僚が、昨日、市内北部にある自宅近くのホビー専門店の前を通りかかったところ、店の駐車場や入口に掲げられた「マスクあります」という看板&掲示物を偶然見つけ、立ち寄ってみた。

 すると、そこはゲーム機で遊べたり、フィギュアとかトレカなどを販売するホビーショップだった。なんとそこのレジの右横に、数多くのポリウレタンマスクが陳列してあったというのだ。「おひとり様〇点限り」という表示もなく、購入しようと思えば10枚でも20枚でも買える風情だった。

 「もしかしてぼったくり?」と勘繰ったが、1枚273円(税別)という良心的な店だったとのこと。そのマスクはいろいろなカラーがあってファッショナブルだった。しかし、やはり中国製とのことで、大量買いは怖いため、一応試用品として1枚だけ買ってみたという。

 帰宅後、商品チェックしたが、特に問題はないとのこと。ポリウレタン製は手もみ洗い程度なら、4~5回は繰り返し使用できるため、税込みで300円でも1回あたり60円程度と思えば合理的かもしれない。でも枚数制限なく、いくらでも買えると言っても10枚買えば3,000円なので、そんなには買えないだろう。ウレタン製は丁寧に扱って手もみ洗いすれば、10回くらいは使えるかもしれない。だから3~4枚もあれば十分かもしれない。

 その話を聞いて、私も早速、仕事帰り、23日(木)の午後4時過ぎに訪れてみた。実名を書くとまたその店に客が殺到し、すぐ品切れになるのであえて明かさないが、かつてそこは本屋さんだった場所だ。今から10年くらい前に「ホビーショップ専門店」になった。私自身、子どもが小さい頃、おもちゃ屋だと思って家族で入店したところ、いかがわしいグッズやセクシー系DVDや写真集なども置いてあって、目のやり場に困った記憶がある。家族連れで行くような店ではなかった。だからそれ以来、一度も行っていなかった店だ。

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 ところが実際に久し振りに入店してみると、「ドン・キホーテ」のミニチュア版のような店構えに変わっていた。そこの入口の庇に「マスクあります」という看板。そして国道から見える駐車場にも大きな看板で「マスクあります」の文字が・・・。「マジか?」と半信半疑で入店し、3mも行くとお会計レジの小部屋があるが、その右横に30枚ほどのマスクがぶら下がっていた。色も黒・灰・肌色・ピンク・オレンジなど多彩で、ポリウレタン製というよりコットン製のような感じだった。でもちゃんと袋に入っている。中国語のような文字が表面に書かれてある。なんと値段は本当に1枚273円【税抜き)の表示だった。黒色と灰色を1枚ずつ合計2枚買って税込みで601円。(下のレシートの通り)

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 さらにビックリしたのは、その下には今も郡山市内のどこへ行っても入手できない筈の不織布のマスクが50枚入りで4,000円で販売されていた。5パックほどが並べられてあった。私の前のおばちゃんがそれを取ってレジへ。1枚80円換算でもやはりないよりはマシなのか。

 この日、女優の岡江久美子さんがコロナで急死されたニュースが流れ、今さらだが、コロナウイルスの恐ろしさを身をもって知ったのだろう。下手すると死に至る殺人ウイルスだ。

 ほかにもカエルのデザインの子供用マスクが500円で置いてあったり、マスクの下段には「キレイキレイ」のハンドソープやポンプ式の容器も置いてあった。ドラッグストアをいくら探しても売っていないのに、まさかのホビーグッズ専門店でマスクが売られていた事実。もしかして独自の販路(輸入ルート)があるのか?

 私はその店の不織布マスクは高くて手が出なかった。そして帰宅後、家内と話して、遠くで仕事をしている息子と娘にも送ってやることにした。その2枚に加え、通販で1か月半も待ってやっと買えたポリウレタンマスク1枚、さらには残り数枚になった不織布マスク2枚の計5枚を濡れないシートに入れて封筒に収め、16:30に駆け込んだ郵便局にて120円切手で送った。局員の話だと「緊急事態宣言」で輸送手段が減便しているため、通常2日で届くところだが、3日以上かかるらしい。そうなると今週の配達は無理で、早くても来週月曜日だ。

 そして再びそのホビー店に行った。あれから30分も経っていないのに、さっきまでレジ前に5パックほどあった不織布マスク50枚入りはすでに売り切れていた!誰かがまとめ買いしたのだろう。4,000円でも背に腹は変えられない客がいたのだ。ビックリ・・・。まさか転売目的では?

 私はさらにポリウレタンマスク3枚(サーモンピンク・ベージュ・グレイ)を税込み901円で購入した。Amazonでは1か月半も待たされ、4枚入りポリウレタンマスクが980円だったので、3枚で901円でも仕方あるまい。結局、今日の首尾は、繰り返し使用できるポリウレタン(実はコットン?)マスク5枚で1,502円。しかし、これで何とかしばらくは凌げそうだ。

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 また、その隣りに建つ「手芸専門店」では、マスク不足のため、自らお手製マスクを作る方が多いことから、布やゴム製品が品薄あるいは品切れだそうだ。そういえば、100均に行ってもゴム製品は売り切れだった。

 やはり賢い日本人は、考えることは一緒で、電子体温計のボタン電池(LR41)がメーカー欠品でいつ入荷するのかわからないのも同じこと。私も先週、10店舗をあちこち巡ったが、どこにも無し。結局、22日(水)にも近くの家電量販店に行ったが、その商品だけが無く、いつ入荷するかわからない中、実費を払って注文だけしておいた。198円。

 新型コロナウイルスが猛威を振るっているさなか、私だけがいい思いをして申し訳ないので、店名は明かせないが、この日にあった出来事を、私のブログを訪れてくださった方には情報提供した次第です。たぶん、この記事を読めば、郡山市民の方ならその店がどこなのか大体察しがつくと思います。

 追記

 本日24日(金)、10時20分頃、郵便局ついでに駅前を歩いていたら、私の前を歩くビジネスマン風の男が提げていたバッグから、箱入りの「シルキー」と書かれてある不織布マスクが溢れていた。大量買い?それとも医療関係者?見知らぬ人に「そのマスクどこで買った?」と聞く訳にもいかず、そのまま職場に戻ったが、もったいないことをした。もしかして、マツキヨで入荷?いろいろと気を巡らしてしまった。マスク狂騒劇はまだまだ続きそうだ。

2020年4月12日 (日)

郡山市内でマスクが買えた日 (2020.4.12)

 本日公開の記事は、情報提供のために掲載するもので、単なる自慢や独善的な発想によるものではなことをあらかじめご理解願います。

 全国的にマスクが品不足に陥って早一か月。一向に「新型コロナウイルス」の猛威は衰えを知らない。それどころか4月11日時点で、世界中で160万人以上が感染し、約10万人が命を絶たれた。本来ならば「オリンピックイヤー」の今年、スポーツで盛り上がる筈の年だったのに、いったい誰がこんな事態を予想できただろうか?

 中国の武漢に端を発したこの「新型コロナウイルス」は、世界規模の流行り病を指す「パンデミック」となり、「クラスター感染」や大都市の「ロックアウト」を引き起こすほどの危機的状況をもたらした。アメリカ、スペイン、イタリアなどの欧米諸国では、元からマスクを身につける習慣がなかったことから、感染爆発を引き起こし、死者の数が急増している。これに呼応するかのように、経済もが際限なく落ち込み、1929年の「世界恐慌」の再来とも言われている。
 
 ここ日本でも中国から来訪した観光客によって、和歌山のバスの運転手とガイドが感染して発症。その後、北海道に飛び火したと思ったら、政府の経済優先で後手後手の対策も致命的となり、この1か月で東京が連日180人を超える陽性反応が出ており、大好きだった芸人「志村けん」さんが亡くなられたり、7都府県の「緊急事態宣言」発出にまで発展したのは周知の事実だ。
 
 日本全国がマスク不足に陥り、今でも入手困難な状況だ。政府は全家庭に布製マスクを2枚ずつ配布するという究極の方策(愚策?)に打って出たが、それも政府が転売禁止を名目に買い占めていたから市中に出回らなかったからだとか「アベノマスク」などと揶揄され、一般庶民は感染の脅威に晒され続けている。4人家族でも2枚の布マスク。それでどうやって感染を防げというのか?

 現に私も「Amazon」でウレタン製マスク4枚入り(980円)を注文したのが2月末の話で、実際に政府が「転売禁止」を打ち出してから、出荷が差し止められ、慢性的な品不足と相まって、出品者の都合で2週間以上も遅れ、4月初旬、つまり一か月以上も待たされた挙句にようやく届いた。皮肉なことに、それはウイルス発祥の地である「中国製」だった。
 幸い、手もみ洗いを4回繰り返しても、今のところ破損はしていない丈夫な作りだった。それが下のマスク

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 しかし、「Amazon」は、この騒動に乗じ、人の弱みに付け込んだ詐欺と思しき悪徳出品者が横行している。マスクひと箱が5,000円以上とか、商品代金が480円だが、よく見ると送料が50万円だったとか。ひどいものだとマスクを注文したのに、届いたのは安物タオルだったとか。

 実は私も「Amazon」で2社からマスクを注文したが、実際に届いたのは「aimoha」という1社だけで、もう1社は、1か月半以上経った今も、商品は届かない。「ジンベイル」という中国の業者っぽく、詐欺グループかもしれないので注意されたし。
 私はウレタンマスク9枚(480円)を注文した際、「注文確定ボタン」を押す前に何度も見直して「送料無料」を確認したため事なきを得た。業者の発送が確認されるまでは代金が請求されない旨のメールが届いていた。現在も商品は未着だが、代金も引き落とされていない。おそらく、騒動が収まった頃に、何食わぬ顔で商品を送りつけて来るのだろう。
 コロナウイルスが出始めた2月から3月中旬に関しては、私は1年ほど前に買って、使わないで取っておいた50枚入りの不織布マスクひと箱を小出しに使って何とか凌いでいた。
 
 しかし、タイトルに示した通り、ここ郡山市は「ドラッグストア」であろうが、「コンビニ」、「100均」、「スーパー」などどこに行ってもマスクが店頭にない状況がずっと続いている。マスクを着けて街を歩いている方々はどうやって入手しているのだろう。

 だが、本日4月12日(日)に天の助けのような奇跡が起きた。この日、休日出勤だった私は、昼休みに散歩がてら駅前を歩いていた。感染拡大を危惧してバスターミナルやタクシープール周辺はガラガラで、近くの商業施設も人影は少ない状況だった。そんな中、たまたまとふらりと入ったとある「100円ショップ」で、「不織布のマスク」が売られてあったのだ。いつもマスクが陳列してある商品棚にはなくて、「まだまだマスクは入手困難だ」と諦めかけていた矢先のことだった。

 すると、その日は、私が最近になって凝りだした「九星気学」のカレンダーで、私自身の運勢が「開運日」になっていたからなのか、偶然に入ったその「100均」で、しかもたまたまレジの脇にポツンと提げてあったマスクを見つけたのだ!その不織布マスクは「中国製」ながら3枚入りで100円だった。実にラッキーだった。もしかすると、人生の半分以上の運を使い果たしてしまったかもいれないし、マスクが買えた途端に、何らかの試練を与えられて自分がウイルスに侵されてしまうかもいれないとさえ思えた。

 店員さんが言うには、「今日、少量でしたが、たまたま入荷したんです」。レジで並んでいた時に、私の前の客は気づかず、私の番になって、たまたまほかの店員が私の面前を横切って手を伸ばし、レジの前に置いてあったマスクをひと袋取って別の客に渡したことで発見した。その貴重にして希少なマスクは「おひとりさま1セット限り」で、私がレジに行った時には残り3セットしかなかった。
 私が「なぜマスクが置いてあるのか?」と店員に尋ねたことで、私の後ろに並んでレジ待ちをしていたおばちゃんも気づき、嬉しそうに最後の1セットに触手を伸ばしていた。そこでこの日の入荷分は品切れに。下の画像が私が110円(税込み)で購入したマスク。

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 しかしながら、たまたま本日入荷したということは、徐々に生産が追い付いてきて、今後、郡山の各所でマスクが出回るのではないかという一筋の光明を見た思いだった。近くに「マツモトキヨシ」や「ツルハ」などのドラッグストアがあるのに、それらの薬局には在庫切れで一切ないにもかかわらず、まさかの「100均」に置いてあった不思議。たぶん近いうちにまた入荷すると思われる。
 政府が配布する布マスク2枚(アベノマスク)なんかよりもこちらのほうが断然有り難い。しかも3枚ながら税込みで110円。県内でも感染者(4/12時点で38名が陽性)が急増しているため、大切に使いたい。

 ところで私はこれまでの半生、どちらかと言えばツキに恵まれていないほうだったが、九星気学に凝りだして、たまたまこの日が「開運日」だったからなのか、よもやこのような棚ぼた的な形でマスクを手にできるとは・・・。

 ネットや政府に頼らずとも、自分の足で探せば私のようにこうした幸運にぶちあたるかもしれない。

 さて、人が羨むような記事をひょうひょうと書いてしまったが、悪気はないのであしからず。そして、小心者の私には、この話には予期せぬオチがあるような気がしてならない。商品のパッケージをよく見たら、やはり中国製なので、「新型コロナウイルス付着マスク」とかブラックな説明書きがあったりとか・・・。だとしたら、単なるぬか喜び、いや生命の危機かもしれない。何か大きなしっぺ返しがありそうだと思うのは、取り越し苦労だろうか?

(追記1)

 大変心苦しいのですが、ここでマスクの販売店を紹介すると、その店に客が殺到し、それこそトイレットペーパーのような買い占めが起きてしまう恐れがあるため、実名(店名)の掲載は差し控えさせていただきました。よって「マスクをどこで購入したか?」などの問い合わせのコメントはご遠慮願います。実際、その店がどういうルートでマスクが入荷したのかも怪しいので・・・。

 しかし、これはガセネタではなく、本当の出来事ですので、郡山市内でももしかするとこれから少しずつ品薄が解消されていくのではないかと思います。

(追記2)

   今、不足しているのはマスクだけではないことを思い知った。「テルモ」製の「電子体温計」のボタン電池がどこの家電量販店を覗いても品切れ。L R41という型番なのだが、それすらも入手困難な状況。これまで行った店は「ヨドバシ」→「カインズホーム富田店」→「ヤマダ電機」→「ケーズデンキ」→「イオンフェスタ店(そうご電器)」→「キャンドゥ」→「ジョイフル山新」→「ダイソー日和田店・八山田店」。すべてメーカー欠品のためいつ再入荷するか不明とのこと。新型コロナウィルスは、こういうところにも影響を与えている。

 


   

2020年2月25日 (火)

郡山にある不思議なスポット

 今回は怖い話ではない。郡山市民でも意外に知らない地元のスポットがある。

 一例を挙げると、私自身も5年前に発掘した秘密の場所がある。それは自宅から車で20分かかるが、片平町河内(こうづ)地区の人里離れた場所にある「菅舩神社」が挙げられる。どうしてこんな森の中に整った境内があるのか、そしてどうして今まで気づかなかったのか不思議だった。一度行ってみるとその霊験あらたかな威容が理解できると思う。京都や鎌倉の神社っぽい造りに驚くと同時に、いつ訪れても誰もいない。周辺は杉木立が鬱蒼と生い茂るため、春先、花粉症の方にはあまりお勧めできないが、一度参拝に訪れると、病みつきになる。私は信心深くないが、年間3~4回訪れ、これまでに12回訪れた。ひっそりしているが、森羅万象、神々しくてパワーをいただけそうなスポットだ。

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 では、早速、今日のテーマに沿って不思議なスポットを取り上げたいと思う。

 1 高屋敷稲荷神社

 ここは京都の伏見稲荷か?と思わせるようなスポットが郡山の東部地区にある。R288を横切る広域農道を南に向かって走らせると、右側にいきなりそれは現れる。緩い坂に数十本の朱塗りの鳥居が連なり、坂の上の丘の上には神社の本殿が聳え立つ。何か天国への石段を上るかのような情景に思わず息をのむ。

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 2 大安場遺跡公園

 ここは30年ほど前までは小高い山林で、森に覆われた不気味な場所だった。それに隣接する「桜ヶ丘団地」によく訪れたことがあるので覚えている。それが、近年になって調査研究によって、山全体が東北地方には珍しい巨大な前方後方墳であることがわかり、一気に整備が進み、現在のピラミッドを彷彿させるような立派この上ない遺跡に生まれ変わった。本当にこんな形で実在していたのか勘繰りたくなるような光景だ。

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 3 浄土松公園きのこ岩

 ここは過去何度も旧ブログや当ブログで取り上げている。私が投書して、昨年には「サタふく」でも取り上げて、伊藤アナが取材してくれたスポットだ。ここは黄泉の国かと思うような現実離れした異様な光景が辺りを漂わせる摩訶不思議な場所だ。トルコにある世界遺産の「カッパドキア」の超ミニチュア版と言ってもいい、残念ながら2011年3月に発生した「東日本大震災」の地震によって崩落した岩も多く、現在も岩に上るなどの探検ができなくなっている。
 一歩足を踏み入れると、そこはまことしやかな夢の世界。松の緑が点在する風景が日本三景の松島に似ていることから「陸の松島」と呼ばれている。
 断層で分断された地層が風化突出した「きのこ岩」と呼ばれる白亜の奇岩があり、県の名勝天然記念物に指定されている。本当にきのこのような形をしている。

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 4 ペグマタイト岩脈

 郡山の西部、阿武隈川を越えた辺りは西田町だが、高柴でこ屋敷があり、「ひょっとこ踊り」で有名な場所だ。そこからほどなく行くと問題の神社が現れる。道の左側に「鹿嶋大神宮」の鳥居があって、そこを歩いて西方向に行くと、急な石段が現れる。その最上階に上がったところに、神社の境内に まとわりつくように不思議な岩が周囲を包む。それはペグマタイト岩脈と言い、学術的にも珍しいらしい。隣りの三春町もそうだが、こうした岩脈がこの周辺を埋め尽くし、おかげで岩盤がすこぶる硬い。
  この一帯は、地震が発生した際には、近辺よりも震度は1~2弱くなるという不思議な状況が生まれる。今度地震があった時にはぜひ確かめてほしい。
 郡山が震度3であっても三春は震度1か2程度だ。東日本大震災でも三春と西田町は比較的被害が少なかった。
 「ペグマタイト」とは「巨晶花崗岩」とも呼ばれ、石英や長石など鉱物を主成分とした非常に大きな結晶の集合した岩石のことを言うらしい。

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 5 横穴式古墳

 これを知る人は少ない。たぶん、地元の田村町の住民でも半数以上は知らないだろう。郡山市民の10%も知らない筈だ。R49から東山霊園へ向かう通称「霊柩車通り」を進むと、やがて水門町から来る霊園へのアクセス道路にぶつかるが、まさにその手前の道を右折し、100mも進んだ場所にある。
 表通りからは死角になって、しかも岩肌を繰り抜くように10数体分の横穴式の石棺を収めるために開けられた四角い穴。この世のものとは思えない背筋が冷たくなるスポットでもある。一見、埼玉の「吉見百穴」のミニチュア版にも見えるが。
 郡山市の観光案内によれば、正式には「小川蝦夷穴横穴墓群」という。もちろん死者を埋葬するもので、神聖な場所だ。古墳時代、つまり7世紀の後期に造られたと見られている。がけ面に穴を掘って、遺体を安置して埋葬した。装飾として太刀なども発見されている。

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 6 静御前堂と美女池の謎

   この話題に関しては過去、何度も当ブログで記載しているので、そちらをご覧ください。

 7 征夷大将軍坂上田村麻呂の生誕の地碑

 これには諸説あるようだが、平安時代初期に活躍した公卿であり、のちに大納言になった坂上田村麻呂。忠臣として名高く、桓武天皇の軍事と造作を支えた一人であり、蝦夷を討伐し、二度にわたり征夷大将軍を勤めて蝦夷征討に功績を残した。薬子の変では大納言へと昇進して政変を鎮圧するなど活躍。死後は平安京の東に向かい、立ったまま柩に納めて埋葬され、「王城鎮護」「平安京の守護神」「将軍家の祖神」と称えられて武神や軍神として信仰の対象となった。
 墓は京都府にあるが、その出生については明らかになっておらず今もって謎である。だから全国各地に出生の地が伝説として残されている。
 
 近年、郡山市の田村地区に彼に纏わる伝説が多数残されている。徳定は日大工学部がある場所だが、その南側には田園が広がる。その一角に谷地神社がポツンと佇むが、そこは生みの親である「阿口蛇媛」を祀った神社なのだ。そしてその目と鼻の先には田村麻呂が産湯をつかった「産清水」がある。
 そして問題の生誕の地碑は、産清水ある通り沿いにある。黒い御影石に堂々と刻み込まれている。平安時代のことなので、今となっては真偽のほどは確かめようがないが、郡山市内にそのような由緒ある人物の伝説があるだでも、歴史浪漫に酔いしれることができるというもの。

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 8 采女伝説発祥の采女神社と王宮伊豆神社

 片平町を観光で訪れる人は少ないと思う。しかしそこは采女伝説が生まれ、それが半世紀も続く「うねめ祭り」に伝承されている。希望ヶ丘団地の前の県道を西に向かい、東北自動車道のガード下を潜り、暫く進むと「片平の行政センター」に出る。さらに直進し河内方面に向かって西走すると、緩いS字カーブがあり、その手前に「王宮伊豆神社」の鳥居が建つ。急な石段を駆け上がると神社の境内があって本殿が建つ。
 王宮伊豆神社の東側の丁字路を右折し、アップダウンを繰り返す細い道路を越え、左折すると、采女神社にたどり着く。なんの変哲もない鳥居と小さな祠しかない粗末な印象だが、ここでかの有名な采女伝説が発祥された。

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 9 モネの池が郡山にも?

 采女神社の駐車場の目の前に広がるのは采女池公園だ。私は初冬に訪れたため、寂しい風景が広がっていたが、盛夏に足を踏み入れたら、きっと夏草や水仙や水連、様々な水生生物で賑わっていることは一目瞭然だった。その一角に木造の小さな橋が掛けられている。郡山市喜久田の「緑風苑」にも似たものがあるが、ここはあの「モネの水連の池」を再現したかのような光景が見られる。客寄せのためにそれを真似て整備したとも取れるが、真相は不明。
 ぜひ足を運んで自身の目で確かめてほしい。
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10 如宝寺にある勤労学徒犠牲者慰霊碑

 私はここの檀家になってるが、真言宗豊山派の、郡山では一番大きいお寺で、堂前という市街地の中でも一等地に境内を構えている。特に1月の十日祭り時には、立ち並ぶ屋台が圧巻で、大変な人出でにぎわう。
 国指定重要文化財になっている銅鐘のいぼなし鐘や、平安時代に建造された古瓦、鎌倉時代の古碑、明治の先覚者遺碑などが保存されている。 
 笠石塔婆と板石塔婆は供養塔として、 東北地方最古のもので、国の重要文化財の指定を受けている。 また、如宝寺書院も趣がある佇まいを見せている。
 その鐘突き堂の脇にひっそり立つ数本の慰霊碑がある。それは戦時中に保土谷化学などに学徒動員された白河女子高校と郡山商業の女工たちがB29の攻撃によって、その若い命を散らしたその慰霊のために建立された碑だ。如宝寺の檀家ですら、その存在は知らない。おそらく、如宝寺のほうが、人目に触れる機会は多く。そのような犠牲の上に今の平和があることを認識する機会となること、そして現地よりも慰霊碑がお寺にあったほうが、供養しやすいということからここに安置されたのではないかと想像できる。

11 三島由紀夫の自刃前の演説シーンを撮影した県合同庁舎≠自衛隊市谷駐屯地
 
 作家にして政治結社の「盾の会」を率いた三島由紀夫が市谷駐屯地で割腹自殺を遂げたのは昭和45年(1970年)だった。世界的に有名な三島由紀夫の自害は全世界に大変な衝撃を与えた。彼が自衛隊員に向けて、決起を訴え、市谷会館のバルコニーで垂れ幕を下げて大演説をぶった。しかし、賛同者がいないと見るや、幕僚長らを人質にして立てこもっていた総監室で自ら腹を切り、部下に介錯して自決を果たした。
 なぜ東京の市谷で起きた一連の事件を映画化するにあたり、240kmも離れた郡山の県合同庁舎で撮影が行われたか?もちろん、市谷駐屯地は自衛隊の基地なので機密事項が多く、まして幹部が人質にされた挙句、自殺するという不名誉な事件のために、映画のロケに使用許可など下りるはずもなく、やむを得ず、市谷会館に似た建造物ということで、県合同庁舎が選ばれたようだ。この映画、日本ではその過激さゆえに放映されず、日米合作ということでアメリカ本土でのみ上映された。タイトルも「MISHIMA」だ。私はその映像を見たが、まさに見慣れた市街地の建物が写っていた。その三島由紀夫役を演じたのが、故・緒形拳で、その鬼気迫る迫真の演技はさすがであった。

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12 男性のシンボルそっくりな奇岩

 この記事は書くのもためらってしまいたくなるが、それほどアレにクリソツない岩が聳え立っているが、たまたま私がその路肩(駐車場)で発見し、話題にしただけで、地元の方も存じ上げなかったのではないか?それは磐梯熱海ICから母成峠方面に向かって1kmも行かない場所にある。
 高速のガードを潜る手前にある。右側にある路肩のふくらみに駐車し、その周辺を探してみてほしい。すぐに見つかる。子宝にご利益がありそうだが、怖いのは、その駐車スペースには墓標みたいな石が数体並んでいることだ。どちらもお参りしてからのほうが無難そうだ。

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 我が街、郡山にはご当地の人間でも知らない珍しいスポットがまだまだ眠っている。自分の足で名所らしき場所を探し出すのも探検気分を味わえて良いかもしれない。

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