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郡山の話題

2021年2月20日 (土)

「最近の郡山で気づいたこと」(令和3年2月時点) 

 本日より新規記事の掲載を再開します。毎日更新は難しいですが、できるだけ頑張りたいと思います。

 では、早速ですが、今日は前置きは無く、上記のタイトルについて本題から始めたい。

  郡山駅前と富田・喜久田では景色が違う

 今年の冬は例年に比べると雪が多かった。それは昨年は稀に見る暖冬の影響で、ほとんど雪が降らず除雪の回数がせいぜい1回だったのに、今年のそれは2月18日時点で9回目だった。そして市民なら無料で貰える「塩化カルシウム」(融雪剤20kg)を行政センターに取りに行ったのも2回あった。それでも30年前から比べれば雲泥の差で、累計の積雪量は遥かに少ない。降ってもすぐに解ける印象だ。

 ところで私は八山田界隈に居住し、平成31年4月から駅前のオフィスにマイカー通勤しているが、今年の冬を経験し、ふと気づいたことがある。それは駅前と富田・喜久田ではまるで景色が異なる点だ。朝、車に積もった雪を下ろし、駐車場周辺や家の前の道路の雪を掃いて自宅を出る。するとヨークタウンやカインズの南側を貫き、磐越西線の線路と並行して走る喜久田街道はアイスバーンだったり、積雪があるのに、奥羽大前を通り、4号線に出ると雪が全くないのだ。しかも路面は雪どころか乾いている。このように奥羽大を境に東西で風景がガラリと変わるのだ。

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 それは帰宅時も同じ。駅前はまったく雪が降っていないのに、奥羽大学を過ぎると雪が舞い、道路の積雪も増え、自宅近くまで来ると道路が凍っていることが多々あった。それがバイパスを越えて喜久田町に入ると、また降り方が違うし、道路の状況も一変する。更には安子ヶ島や熱海でも違うし、中山峠を越え、猪苗代町に入ると、そこに強風が加わり、ブリザードの視界不良でホワイトアウトに見舞われることすらある。

 これは、郡山の独特な地形によるものらしい。郡山は奥羽山脈の東側に位置し、阿武隈山系との合間にある盆地であり、標高は海抜245mほどあり、67mの福島市より南にありながら178m高地にある。気温も45km北にある福島市のほうが2℃ほど高い。安達太良山や高籏山などから吹き下ろす強風が盆地に流れ込み、気温を下げ、道路を凍てつかせる。更に、本宮市ほどではないが、八山田や富田町では上空に雨雲が溜まりやすい。同じ郡山市でも安積町と喜久田では景色がまったく違うから驚きだ。

 それはおそらく郡山駅前のランドマークである「ビッグアイ」の22階の展望フロアから眺めれば一目瞭然だろう。西側の会津方面は分厚い雲が垂れ込め、雨雲や雪雲が居座り、一方のいわき方面の東の空は雲が途切れ、青空が広がるのだ。それが真冬の日常の光景となっている。

  郡山駅西口の「日の出通り」の拡幅工事が急ピッチに

 大町地区の旧国道4号線からビッグアイまでのおよそ300mの道路(通称:日の出通り)の拡幅工事が急ピッチで行われている。2月9日(火)に駅前のオフィスから駐車場に向かう際、信号待ちしている時に、四つ角にある「アパマン」系列の不動産屋「マイルドホーム」や燃料氷店、九州化学系のクリーニング屋が入る雑居ビルが取り壊されている場面を見かけた。同じ並びには、一昨年に火災で全焼したキャバレー、アーケード入り口の西側には私が行きつけだったラーメン「龍虎」もすでに解体され、工事が進んでいることを窺わせる。おそらくは「ほるもん焼き味堂」と隣接する中華系居酒屋、馬刺しの「三松」も近いうち立ち退き移転すると見られ、もしかすると来年度(令和3年度)末には広くなった「新日の出通り」がお目見えするもしれない。

 そこが開通すれば、駅前大通り経由で遠回りしていた路線バスがルート変更して直で駅前のロータリーに入れるため、時間短縮や渋滞の解消にも役立つかもしれない。

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 しかし、問題はそれだけでなく、駅前の空洞化対策だろう。コロナの影響もあって、駅前アーケードは昼夜を問わず人影は少ないし、陣屋界隈もまた開店休業状態だ。そして大町地区で言えば、旧ダイエー(トポス)があった敷地は、ずっとコインパーキング(エリートパーク)のままとなっている。おそらく100台以上が駐車できるスペースだが、そこの土地は実にもったいないと思っている。朝の8時から18時まで丸一日駐車しても500円という割安価格で、利用者が多い。旧丸光があった場所やアーケードの北側の入り口もコインパーキング、テアトルの周辺も多数コインパーキングが乱立している状態だ。街の活性化としてはやはりここを再開発しないことには空洞化は避けられない。現に、私が小学校の頃に賑わっていた大町商店街はシャッター街と化しているところもあり、もはや風前の灯状態だ。H小、N中の同級生も数多く住んでいたが、今や散りじりになり、消息不明の友達も多くなってしまった。

Topos-repark

 このトポス跡地の有効利用が結構命運を握っていると感じている。中町大通りですら、昭和の頃の大変な人込みには程遠い。駅前よりも人の流れが郊外へと移り、スプロール化が進んでいる。かつて、西友(西武)と丸井が駅前に鎮座し、丸光と津野、うすい、そしてダイエーまでが鎬を削って商戦を展開していた頃の大変な賑わいを知っている者としては、駅前に人がいなければ物足りないし、寂しい限りだ。
 旧ダイエー跡地は民間企業が所有権を取得しており、市の予算であの広大な面積の土地を買い取るとなると、莫大な費用がかかるため、一筋縄では行かないのは承知しているが、早い段階でくさびを打たないと買い物客の流れは駅前からさらに遠ざかり、長者や日和田方面へと逃げることに歯止めが利かなくなる。

 一方では、現在は車社会で、駅前に駐車場がなくなってしまうと、買い物したものを運ぶ手立てを失うため、やみくもに駐車場をビル化してしまうのも新たな火種を生みそうで考え物だが、駅前はその街の顔だけに、閑散としているのはやはりいただけない。
 品川市長始め、市議団の腕の見せ所だと思う。郡山市民にとって、誰もが納得する再開発や有効利用を期待したい。

  郡山市の公共事業の進捗状況は?

 ① 安積永盛駅西側が拡張された

 この駅は、通勤利用はもちろんだが、2つの私立高校(帝京安積・日大東北)と日大工学部の学生の通学で成り立っている。安積永盛駅は東北本線と水郡線が通る重要な駅なのだが、人員削減により、とうの前から無人駅だが、駅舎もまた昭和の時代のマッチ箱のような貧相な造りだ。ここをアニメや映画のロケ地にでも使ってもらえれば、首都圏や他県からの利用者が増えるかもしれないが、周辺にはビッグパレットふくしまはあるものの、イベントがなければ、通勤や帰宅ラッシュの時間帯以外、閑散としている。気軽に高校生が学校帰りに立ち寄れる商業施設など、何かテコ入れが必要だと思う。

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 ② 富久山町善宝池南側の道路工事(行徳小南東側の丁字路に信号機がついた!)
    
 朝夕、通勤で通る通称ボロゾイ通り(奥羽大学の東側から左折し、富久山ベニマルの南側を通り、日吉神社の下り坂まで)の途中、行徳小学校の南東側の合流地点に1月中旬に信号が設置された。そこは、善宝池の南東側で国道288号線と旧4号線線がぶつかる交差点から善宝池の南側を通って、奥羽大側の喜久田街道に通じる道と合流する場所。信号機がついたということは、ほどなく開通するということか?だとしたら朝夕の交通量が増え、逆に事故の危険度は増す。この交差点はおそらく暫定的に丁字路で開通し、用地買収や予算が付いたらその先の磐越西線の上を跨ぐ架線橋を設置し、その先でインター線とぶつかり、やがては逢瀬川を横切り、郡山城があったとされる公園を貫き、うねめ通り(旧軍用道路)に合流する予定だ。そこまでは10年近くかかると思われるが・・・。

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 ③ 洪水に関する治水対策

 郡山市内の道路下で大規模な治水対策工事を実施していることを知る人は少ない。これは「郡山市ゲリラ豪雨対策9年プラン」と銘打って行われている公共工事で、市のHPには以下のように告知されている。
 本市では、近年各地で多発するいわゆる「ゲリラ豪雨」等による浸水被害を軽減するため、「郡山市ゲリラ豪雨対策9年プラン」を策定しました。このプランは、国土交通省で創設した「100mm/h安心プラン」に平成26年9月9日、東北地方で初めて登録したものであり、社会資本整備総合交付金の下水道浸水被害軽減総合事業を活用しております。

 「100mm/h安心プラン」とは、近年各地で多発するいわゆる「ゲリラ豪雨」等による都市型浸水被害に対し、関係分野の行政機関や住民等が連携して浸水 被害の軽減を図る取組みを支援するため国土交通省が平成25年4月に創設した登録制度で、本市では、「郡山市総合治水対策連絡協議会について」を設置して検討を重ね、関係機関により浸水対策を実施しています。

 

 工事個所と工事名

 駅前周辺地区
  ①3号幹線放流管築造工事
  ②6号幹線放流管築造工事
  ③赤木貯留管築造工事
  ④下水管理センター雨水ポンプ増設工事

Akagiitizu

 麓山地区  麓山調整池・導水管築造工事  
 大河原地区 雨水幹線整備工事133号
 静御前地区 図景貯留管築造工事
 東部幹線地区 小原田貯留管築造工事

Tokusadateibou

 詳しくは下の「郡山市のサイト」にあるPDFファイルをご覧ください。

 https://www.city.koriyama.lg.jp/kurashi/jogesuido_jokaso/3/10677.html
 
 これらの工事は、長雨やゲリラ豪雨、台風による洪水を防ぐために、道路の下に広い空洞(貯水タンク)を設け、一時的に雨水を貯め込むための措置。もちろん、洪水や川の増水が治まったら、その貯蔵タンクに貯め込んだ雨水を河川に放水する。東京の地下に設けられたパルテノン神殿の柱のような空間のミニチュア版だ。近年の地球温暖化に伴う豪雨被害は想像を絶する規模だ。それに十分対応できるように、大金をつぎ込んで公共工事を行っているという訳だ。
   

 その他、いつまでも完成しない「内環状線」(富久山町福原~芳賀)や、旧豊田浄水場と旧農業試験場の跡地利用など課題は山積している。税金の無駄遣いだけはやめてもらい、市民が集うコミュニティ機能を備えたスポットにしてもらいたいものだ。

 

 郡山市内の現在施工中の公共工事は下のサイトに掲載されています。

 https://www.city.koriyama.lg.jp/sangyo_business/25182.html

  
 令和元年(2019年)に起きた台風19号による河川の氾濫によって、郡山市は今、大規模な河川の改修や治水対策を実施中だ。家屋や財産、そして何より市民の生命を守る安全対策に巨額の費用を投じている。

 私の知らない郡山の一面を垣間見れたのと同時に、新しい郡山が生まれていくのは嬉しい限りだが、それに伴い、古い町並みが削がれていくのを見るのは淋しい気持ちに苛まれる。そのバランス取りが求められる。今こそ郡山市の舵取りが重要になると思う。70代後半の後期高齢の市長ではあるが、東大卒の名にかけて北海道や大阪の若き知事のように機動力を発揮し、さらに住みやすい郡山市の街づくりや発展に手腕を奮ってほしいと思う。

 

2021年2月16日 (火)

郡山がニュースになる時って・・・

  今日も臨時掲載です。震度6弱の巨大地震と台風並みに発達した爆弾低気圧の暴風雪の影響で我が郡山は踏んだり蹴ったり状態です。

 ここ最近、郡山が全国のニュースになる時は、決まって悪い話題が際立っている。私は生来の小心者で、あれこれ良くないことをかき集めて要らぬ心配をしてしまう性質がある。もっと楽天的に明るく先行きを考えられれば楽しい生活なのだろうが、なぜか不安ばかりが先立つ。

 そんな私が、ここ郡山を話題にした記事を書く時も、懸案事項や郡山の将来の見通しを題材に選ぶことが多い。今回も御多分に漏れず、そうした危惧すべきことを話題にしたい。

 1 2019年10月台風19号被害(2019/10/12)

 昭和の時代にも阿武隈川沿いの田村工業団地や徳定、水門町、芳賀、横塚付近は浸水があったり水没し、多くの被害が出たのは周知のところだが、その教訓があまり生かされなかった。
 阿武隈川の本流の氾濫を危惧し、そこに流れ込む支流である谷田川や逢瀬川の水門を閉めたため、増水した水が土手を越え、周辺が浸水、あるいは水没する被害が相次いだ。旧旧国道の安積橋から北側、磐越西線のガード下から日吉神社までは低い地形のため、洪水が発生し、付近は水没。長らく通行止めとなった。旧国道沿いの店舗や住宅の被害は甚大で、運び出した家財道具が道路沿いに並ぶ光景が見られた。また「福島交通」の車庫のある河原町でも被害は大きく、バスが水に浸かったり、マンションの駐車場が水没したりした。
 自然災害を重視すれば、川の近くや土砂崩れが懸念される裏山がある場所には絶対に住んではいけないことを改めて知らしめたと思う。

 そこで郡山市は遅まきながら、市内の河川の大規模改修工事や治水対策のために、道路下に一時的に雨水を溜める巨大空間を建設する土木工事を実施している。果たしてそれらは本当に役に立つのだろうか?

Typhoon19

 2 ガス爆発事故

 忘れもしない、全国ニュースのトップを飾ったのが、郡山市新さくら通り沿いの飲食店「温野菜」で起きたプロパン爆発事故。2020年7月30日の午前9時頃、周辺に爆音がとどろき、半径500m以内の建物では、ガラスが割れたり外壁が崩れ落ちるなど多大な被害を出した。半年以上経過した今も、原因を調査中で、飲食店やガスの販売会社の聴き取りを行っているが、責任の所在が明らかになっておらず、未だに補償や賠償問題は進んでいない。

 工事を請け負っていた仙台の会社の作業員がひとり亡くなり、今は更地と化している。道路を挟んだ向かい側の「東邦銀行」の店舗は、建てて間もない真新しい綺麗な造りだったが、ガラスが吹き飛び、未だにべニア板をはめ込んだ状態で、事故の大きさや生々しさ、当時の惨状のまま現在も残っている。 

 札幌で起きた不動産屋のスプレー缶の爆発事故を彷彿させるような大爆発事故に、地元のテレビ局は連日報道され、全国ニュースにも暫くの間、原因究明などで取り上げられた。 

Gas-bomb

 3 福島県沖巨大地震

 2月13日(土)午後11時8分に福島県沖を震源地とする巨大地震が襲った。しかも東日本大震災から10年目にあたる節目の年に、それと同等の震度に見舞われた。

 ここ郡山市でも震災時と同じ「震度6弱」を記録した。私の寝床のすぐ脇に本棚が落下し、200冊もの本の下敷きになるところだった。元に戻すのに1時間半を要した。

 今回の本震は緊急地震速報のアラームとほぼ同時に発生したため、身の安全を図るだけで、家具等の落下を防ぐことが出来なかった。

Earthquake213

 10年前の地震でもPCラックからプリンターが落下したのに、同じ轍を踏んでしまった。しかもキャノン製のジェットプリンターは壊れなかったのに、エプソン製のPM-808SWは一発で再起不能に。前回の教訓を生かせなかった。次の後継機はマジックテープで落ちないように滑り止めを施したい。

 そして、2月13日の日中にバイク屋まで、購入後初の試走をしたバイクが、あろうことか、激震によりセンタースタンドから左側に横転し、カウルに3か所ひび割れを入れてしまった。その長さは15㎝ほどで、横転はこれで2回目。購入後16kmしか乗っていないのに、早くもキズだらけで事故車扱いと化してしまった。なんかバイクを強行購入後、不運にして不吉な出来事が相次いで起こり、暗雲が垂れ込めている状況だ。

 一方、郡山市内では、地域によって停電が起きたり、ブロック塀が崩れたり、火災が発生したり、店の外壁が落下するなどの被害が相次いだ。そして新幹線を10日程度の不通に追い込んだのも、郡山区で発生した架線の橋脚がハの字に斜めに倒れたのが原因で、橋桁の破損やコンクリ落下が多かったのもこの地域だった。あれほどの大きな揺れにもかかわらず、死者が出なかったのが不幸中の幸いだった。
 しかし、コロナ渦で時短営業を強いられていた飲食店は、この地震で店内が壊れたり、食器が割れて床に散乱したり、その惨状たるや目を覆うばかりだ。まさしく「弱り目に祟り目」とはこのことだ。一刻も早い復旧と正常化することをお祈りするばかりだ。

Earthquake2

 今回の地震では、崩れた商品の片付けやその復旧作業で一時休業になった店舗も多かった。ベニマル、イオンフェスタ日和田、ジョイフル山新、イオン系スーパー、一部のコンビニも終日休業した。またヤマダ電機は、東日本大震災の際もそうだったが、外壁が崩れ、陳列してあった電化製品の落下、天井の崩落もあり、数日間は閉店する模様。おそらくブックオフの本類の倒壊もあったのではないか?

 地震発生が夜中の11時過ぎだったこともあり、朝まで状況把握が難しかっただろう。幸いしたわのは、翌日が日曜日だったことと、この時期には珍しく、この日から2日間は比較的気温が高かったことで、片付けが捗った筈だ。それに今回の地震は、場所によっては東日本大震災クラスの震度6強の巨大地震だったにもかかわらず、震源地が福島県沖の海底だったのに、津波が発生しなかったため、人的被害は最小限に食い止められた。

 そして、10年前の前回のように商品の買い占めやガソリンスタンドに車が押し寄せて長蛇の列になることもなかった。

 4 ローカル路線バス乗り継ぎの旅では「郡山は失敗の象徴」に。

 太川・蛭子コンビが大人気で視聴率も高かったバス旅。しかし、郡山に過去2回訪れて2回とも、郡山駅前で途中断念の憂き目に遭っているのをご存知でしょうか。どうもあの番組にとって郡山は鬼門のようだ。

 3度目の正直とばかりに、マドンナ3人(加藤紀子・さとう珠緒、熊切麻美)を携え、臨んだコンビ最終回のバス旅でも、因縁の地、郡山を出発点とし、1泊2日で山形県銀山温泉の旅に挑んだが、最後の最後でゴールにたどり着いた。でも何か郡山という土地柄は、物事がうまく進まない場所なのか?

 この番組で驚いたのは、かつては様々なバスが市内方々に通っていた。しかし、今や郡山から福島に路線バスを乗り継いで行くのも困難になった。番組では、いったん方向違いの郡山の奥座敷・磐梯熱海温泉にある「太田熱海病院」へ行き、そこからマイクロバスで本宮駅に行き、そこから岳温泉経由で二本松駅まで行き、そこから福島駅を目指さなければならなかった。しかもその時刻表がしっくり来ず、接続に2時間待ちを余儀なくされるようで、バスでは不便極まりない。やはり福島県はマイカーの普及率が全国上位で、車が無いと移動できないということだ。

 タイトルの趣旨とは合わないが、郡山の話題ついでに、私が感じたことを挟ませてもらった次第です。

Tabibara

 では暗い話題ばかりなので、多少は前向きな希望的観測を最後にしたい。

 郡山市の人口は、2021年2月1日時点で330,204人。震災前の最高は339,100人にまで達したが、震災後は、流出に転じ、一時は、327,296人(2013年4月1日)まで落ち込んだ。その後、増加し、人口30万人程度に指定される「中核市」としての人員は確保している。
 しかし、地元新聞に掲載されるお悔やみ欄を毎朝チェックしていると、福島県民の一日の死者数は40人程度に上る。そのほとんどは85歳以上の高齢者だが、出生率よりも死亡率の穂が断然高いことが見て取れる。県全体では一時期200万人を突破していたのに、令和3年は180万人台に落ち込んでいる状況だ。

 そこで将来の展望を前向きにすると、我が郡山市が「政令指定都市」になると仮定した話をしたい。国が定める「政令指定都市」の要件は人口が50万人以上であり、日本全国には札幌市や仙台市、新潟市を始め、11都市指定されている。郡山が50万人を超えるには、まだまだ先で、よほどのことがない限り、難しいと言わざるを得ないが、もし「政令指定都市」になった場合には、区が誕生する。
 そこで、私が蛇足にも個人的に考えた区名を列挙したい。
 
 1 中央区(旧市街地) 駅前だったら、郡山市中央区駅前1丁目
 2 北区(富田・喜久田・八山田・日和田地区)
 3 南区(安積地区) 例:郡山市南区安積町荒井
 4 西区(大槻・逢瀬・多田野・河内地区)
 5 東区(西田・富久山・緑ヶ丘・石渕・田村・守山・中田地区)

 区の名前で多いのは南区だそうで、ほかには緑区、若葉区という名称なのだそうだ。東西南北ではありきたりで代わり映えしないなら、こうしたメジャーな地名を入れても良いかもしれない。 

 さて、今日は旧ブログを通じて200以上の郡山に関する記事をしたためた私が、我が愛する郡山市の来し方・行く末を案ずるあまり、このような記事に終始したが、郡山を蔑む意図はないし、今後の発展を願ってのものとご理解いただきたいと思います。

 なお、新規記事休止以降、臨時やら緊急掲載で4回も更新してしまいましたが、緊急の必要を要する場合を除き、2月20日(土)からの再開といたします。

追記(R3.2/16)

  この日、ケーズとヤマダ電機をハシゴしたが、両店ともに臨時休業。特にヤマダ電機は外壁が落ちたり、ヒビ割れが酷く、店内もグチャグチャで天井も落ちたり損害が甚大。営業再開の見通しが立たない。最低1週間はかかると言われ、アプリで知らせてくれると言われた。二度目の地震被害なので、閉店撤退だけはやめてほしい。

2021年2月13日 (土)

緊急掲載「つ、ついに・・・」

 2/11(木)に続き、タイムラグが生じないように再び「緊急掲載」で情報を提供します。郡山市民の方は、品質をご自分の目でお確かめの上、お買い求めいただければ幸いです。

・・・・・・・・・・・・・・・

 昨年の春から夏頃にかけて「マスク不足」が深刻化し、ネットでも50枚入りで4,000円以上の高値が付いた。我が郡山でもドラッグストアやスーパー、100均などから一斉にマスクが売り場から消えた。ようやくマスクを売る店を見つけたと思ったら、50枚入りで5,000円前後と、ぼったくりにも等しい高騰暴利市場であった。
 
 その後、感染者は増加の一途を辿り、現状とはまるっきり逆行するような「GOTOトラベル」「GOTOイート」キャンペーンという政府の愚策のせいで、感染爆発を招き、東京都では一日最大2,400人を超える感染者に見舞われた。それは首都圏だけの話ではなく、地方にもその波は訪れ、我が福島県でも2月11日(木)時点で1,818名が感染し、59名が死亡した。そのほとんどが70歳以上の高齢者で、96.6%を占めている。
 一方で郡山市は、一時期、県内最大の感染者を出したが、福島市の各地で発生した病院や介護施設クラスターによって、ダントツの感染者数を出したために、2月11日(木)時点では323名で、県全体から見れば17.7%となっている。

 こうした感染拡大が続く中、その最大の予防策がマスクであるのは衆知のところだが、驚いたことに、あれほどマスク不足が続いていた国内において、今は、「投げ売り」状態と化している。それが証拠、下の画像を見てください。

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 これは2月11日(木)の建国記念の祝日に、私が毎週訪れている咲田にある「Sストア」の入り口の光景だ。入り口に段ボールが山積みで、なんとそれだけにとどまらず、店内にも同じように箱入りマスクが大量に積まれていた。

 しかも、これ全部、布マスクよりも予防効果が高い「3層構造の不織布マスク」で、言わずもがなの中国製。現在、日本市場に出回っているマスクの80%以上は「中国製」らしいのだが、これほどまでに値崩れしたとは俄かに信じがたい光景だった。50枚入りの不織布マスクがたったの298円(税込みでは328円)で買えるのだ。半年前とは雲泥の差。もしかすると、コロナ発生前よりも安いのではないか?

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 どうしてこういう品余りの事態になったのか?ワクチン接種に一定の見通しがついたからなのか?あるいはここぞとばかりに金儲けの絶好の機会だとしてマスクが大量生産され、需要よりも供給量が大幅に上回ったためなのか?それにしてもどうも解せない。

 もしそうだとしても、中国の策略が見て取れる。武漢発の新型コロナウイルスは世界規模で蔓延し、多数の死者を出した猛威である。それを中国が武漢を都市封鎖し、あらゆる手立てで封じ込めたのはあまりにも腑に落ちない。


 やはり、当ブログで何度も指摘しているように、中国政府が小賢しい悪知恵で今回のウイルスを作りだした張本人なのではないか?それはアメリカへの対抗だけでなく、世界征服を目論む中国人が未知のウイルスを作り出し、全世界にバラまいたとしか思えない。だから初めから中国の研究者はそれに対するワクチンを持っていて、秘密裏に接種したから、中国での蔓延を未然に防除できたのであろう。
 経済的にも社会的にも、軍事的にも、保健衛生的にもすべてにおいて敵対関係にあるアメリカに物言わせたいがために、このような策略を仕組んだのだろう。
 だとしたら、すべてのつじつまが合う。マスク不足を解消し、世界各国に媚を売り、経済的優位に国際戦略を展開する腹積もりだったかもしれない。
 その思惑が外れたのが、アメリカのファイザー製ワクチン、モデルナワクチン、イギリスのアストラゼネカワクチンの早期開発だ。これで中国の計算が狂ったのだろう。在庫を抱えたマスクを処分しなければならなくなり、急遽各国に安値でバラ撒きを始めたということか。当たらずとも遠からずで、粗方そんなところだろう。

Pfizer

 さて、我が郡山市内でも中国製マスクの大量処分が始まった。ひと箱50枚入りで298円のマスク。あなただったら買いますか?あまりにも安すぎて、気味悪がって「何か仕込んであるのでは?」と勘繰って買いませんか?
 厚生労働省は、「不織布一枚ではコロナへの予防効果が薄い」と突如言い出し、2枚重ねを推奨し始めた。ならば、この安いマスクを大量に購入し、毎日2枚ずつ消費しますか?それが目的なら、この298円マスクも使いようがあるかもしれない。

 298円マスク、果たしてそれはコロナウイルス予防の救世主になり得るだろうか?

2021年2月 3日 (水)

1970年代に開成山で行われた出来事

 郡山市民のオアシスである開成山公園は、春は桜の名所であり、多くの市民の憩いの場でもある。市外の方が訪れた際には、市街地のど真ん中に、これほど巨大な公園は見たことがないし、羨ましいとさえ思うだろう。東京の「駒沢オリンピック公園」や「砧公園」並みに大きいと言って過言ではない。その広さ、実に30ヘクタールもある。
 そんな開成山公園は、陸上競技場や両翼100m、中堅は116mの開成山球場、さらにはかつては屋外プール(50m・25m・幼児用)を備えたスポーツのメッカでもあった。現在は室内水泳場に改築されている。
 では、私が小学生時代を過ごした昭和40年代から50年代にかけて、この開成山で行われた様々なイベントを回顧してみたい。

 1 1971年秋 開成山球場で巨人対ボルチモア・オリオールズ戦が開催

 2 1974年7~8月 こども祭り

 3 1974年8月4日~5日、8~10日 ワンステップフェスティバル
 
 4 1974年秋 開成山球場で巨人対ニューヨーク・メッツ戦が開催

 5 1976年頃 巨人戦の公式戦(対ヤクルト?)王・張本・土井・中畑らが出場

 まさにイベント尽くしだった。昭和39年、東京オリンピックが開かれた記念すべき年に、我が郡山が新産業都市に指定されて以降、驚くべき発展を遂げたその勢いそのままに、イベントも数多く実施されたのだった。今は音楽都市としての位置づけが著しいが、当時はスポーツにも力を入れていたようだ。開成山ではないが、総合体育館や今は無き「セントラルホール」で、当時、隆盛を極めていたプロレスも何度も来たし、ボクシングの世界戦も実施された。また、大相撲の地方巡業も何度も来た。

 では、上記の5つのイベントについて旧ブログの「昔話⑦~開成山の思い出~」とかぶるが、順追って解説やら雑感めいたことを加えたい。

 1 オリオールズ戦

 現代においても、今から50年も前に、メジャーリーグの球団が日本で親善試合をするのも凄いことなのに、まさか地方の一都市である郡山の小さな球場で巨人軍と対戦したとは俄かには信じられないだろう。ボルチモア・オリオールズはこの年までリーグ3連覇を達成した強豪チームだった。
 何を隠そう、私の亡き祖父は、郡山市の体育関係の重要な役職に就いていたことで、両軍への花束贈呈の際、孫娘である私の実姉が駆り出され、直接、監督に渡したのだった。おそらく躍進著しい郡山市でぜひ対戦カードを組んでほしいとの要望をNPBが汲んでくれたのだろう。

 2 こども祭り 

 小学生高学年の頃(1974年7月~8月)に、大規模な「こども祭り」(イベント)がここで開かれた。開成山公園をメーン会場に、大人も遊べる多彩な催しが盛りだくさんだった。五十鈴湖にラジコンの船(軍艦)を浮かべて競争したり、イベントにはつきもののトランポリンみたいに弾んで遊べるゴム製のハウスや一番人気はやはりバラ園の西側辺りに築かれたジェットーコースターだった。この施設は、距離が短いながらも、郡山には当時なかったもので、山のハリボテを滝が流れ落ちていて、コースターが潜る際にだけ、一時的にそれがストップするのだ。また、この頃流行っていたホッピング大会とかもあっていろいろ楽しめた。
 そして、さくら通りを挟んだ「Kaiseizan3」桑野一丁目界隈の空き地が第2会場となっていて、そこから何と陸上自衛隊のヘリコプターが発着し、有料ながら郡山市内を空から探索できるアトラクションまで備えられていた。恐らくそこは自衛隊の専用コーナーだったと思う。覚えているのは、健康チェックできる保健コーナーが設けられ、そこで生まれて初めて肺活量を測定したと思う。未だにその時の数値が2900ccだったことを鮮明に覚えている。
 そしてまた、これらのイベントの期間、PRを兼ねて郡山市内の上空を巨大な飛行船が何度も旋回していた。確かシルバーで大きな目が描かれてあった。そして失敗談になるが、よせばいいのに当時仲の良かった悪ガキ3人組で、誰が言い出しっぺなのかは今となっては確かめようがないが、カラオケ大会に出ようということになって、勢いで申し込んでしまった。その特設ステージで、いざ公衆の面前立ったら足がすくみ、声にならないか細い声で歌った気がする。その時の歌がまた、海援隊(武田鉄矢ボーカル)の「母に捧げるバラード」だった。思わぬ赤っ恥をかくこととなってしまった。

 3 ワンステップフェスティバル

 こども祭りと同時開催で、開成山公園がかつて日本中のロック・ファンの間で有名になったイベントがあった。それは、「ワンステップ・フェスティバル」という名前の、名だたるロックアーティストを一堂に会しての音楽イベントだった。7月31日から8月10日までの11日間に渡って開催され、そのうちロック・コンサートは8月4・5日、8~10日の5日間行われた。
 地元でミニコミ誌を主宰する佐藤三郎氏が実行委員長を務め、「街に緑を、若者に広場を、そして大きな夢を」というテーマを掲げ、地元地域に根ざした形で発案されたものだった。フェスティバルのスローガンは「市制50周年記念・新しい未来への祭り・・・緑と広場そして大きな夢」というものだった。
 そして、ロック・コンサートはその一環として行われ、大盛況だったようだ。沢田研二、矢沢永吉率いるキャロル、ダウンタウンブギウギバンド、かまやつひろし、サディスティック・ミカ・バンド、あのオノ・ヨーコなども出演したのだった。

 この日本のロック史に刻まれた伝説のイベントは、過去、旧ブログと当ブログで何度も特集して記事にしましたので、興味のある方はそちらをご覧ください。

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「伝説の郡山ワンステップフェスティバル in 1974」の記事はコチラ

 4 巨人対ニューヨークメッツ戦 

 記載の通り、1974年はいろいろなことがあった年と言える。私は当時小学4年生で10歳。巨人命の野球少年だった。だから開成山に巨人が来ると言えば、親が学校まで迎えに来て、先生に断って私を連れだしたものだった。その年の秋は、オリオールズに続き、なんと強豪だったメッツまでもが来日し、東京や地方都市を巡りながら10試合以上、ゲームを行った。全日本対メッツ、巨人対メッツ、2チームの合同チーム対メッツというようなカードが組まれていたが、この年のメッツはすこぶる弱くて、日本のチームにやっとこさ勝ち越したことを覚えている。川上監督が「今年のメッツは眠っている」とマスコミに語ったほどだった。
 この年に現役を引退した長嶋茂雄が1試合を除いて全試合に出場し、27打数12安打、打率.444と活躍し現役の最後を飾った。またアトランタ・ブレーブスハンク・アーロンも来日し、王貞治とホームラン競争を行った。

 5 その他の巨人公式戦

 その後も、巨人のホームゲーム主催として開成山で何度かゲームが行われた。今は福島のあづま球場や湯本のいわきグリーンスタジアムが整備され、プロ野球の一軍の公式戦をすべて持っていかれたが、当時は郡山が主戦場だった。

 私が覚えているのは、長嶋監督が就任した2年目で、王・張本のOH砲に加え、若手として売り出し中だった地元出身の中畑清選手らが出場した。ここでも我が祖父のコネを利用して、サインや記念写真を撮影し、大きく引き伸ばししては友人たちに自慢したものだ。その時はヤクルト戦だった気がする。巨人の圧勝だった。土井選手も現役で活躍していた時代で、生で試合を観戦した。

 また、二軍戦でも庄司智久選手が3打席連続ホームランを打った時もスタンドで見ていた。

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 開成山公園で行われたイベントは、郡山の勢いを映す鏡のような意味合いがあった。平成に入ってからはイベントはめっきり減ったが、B-1グランプリなどが開催されたり、毎年行われ、定例となったラーメン祭りやビール祭りがメイン行事となった。
 

 以上のように、開成山の思い出は尽きない。高さ東洋一と言われた噴水はなりを潜めたが、映画「春色のスープ」にも登場した野外音楽堂が整備されたり、昭和40年代からSLが鎮座するお馴染みの風景は変わらない。郡山ゆかりの作家の句碑や歌碑があったり、安積疎水をモチーフにしたモニュメントも設置されている。20世紀の開拓記念モニュメントも設置されている。

 また、映画「時をかける少女」のエンディングで登場した「桜並木」もここで撮影されたのだった。ほかに、ここのシンボルは五十鈴湖に架かる朱塗りの「五十鈴橋」が湖面によく映える光景だ。

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 開成山のことを語ればキリがないので、この辺で結びとしたいが、市外や県外の方は、一度でもよいから、この公園を訪れてほしい。きっと驚くに違いない。

 旧ブログ「時遊人SUZUのひとり言」の「昔話⑦~開成山の思い出~」の記事はコチラ

   

2021年1月28日 (木)

37年前、郡山の合同庁舎で行われた出来事

 時を遡ること36年、1985年にアメリカで公開された日米合作の映画をご存知でしょうか?

 「Mishima: A Life In Four Chapters」は、日本とアメリカ合衆国の合作映画。三島由紀夫の生涯とその文学作品を題材にした伝記風の芸術映画。「美(beauty)」「芸術(art)」「行動(action)」「文武両道(harmony of pen and sword)」の4つのチャプター(4幕)から成る。1985年(昭和60年)にアメリカ、欧州などで公開されたが、日本では未公開である。

 タイトルが示す通り、この映画は、最終の第4部で、日本の偉大な作家にして「楯の会」の代表を務めた「三島由紀夫」が自衛隊市ヶ谷駐屯地で決起したシーンや割腹自決シーンを再現した映像が収録されている。故・三島由紀夫役を、今は亡き名優の「緒形拳」が演じたのだった。
 総監を人質に立てこもり、鬼気迫るバルコニーからの演説、そして決起を促した決死の訴えも届かず、願いがかなわぬと知るや、潔く割腹自殺を決行したその勇敢な姿は、今もなお、死に際の男の美学として賞賛されている。

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 そして、その自決直前に行われた自衛隊員へ決起を呼びかけるシーンこそ、我が郡山市の中心部にある「県合同庁舎」にて撮影されたものである。おそらく、決起シーンは、封切りの1年ほど前の1984年(昭和59年)に行われたと思われる。私は当時、郷里を離れて北海道に住んでいたため、撮影ロケが行われたことも知らなかった。
 合同庁舎の石造りの建造物が、市ヶ谷駐屯地の総監室のある建物とそっくりだったことでここがロケとして選ばれ使用されたようだ。
 では、実際に放映された映像をどうぞ!(割腹シーンが含まれているため、閲覧注意)

 「三島事件」とは・・・

 三島事件とは、1970年(昭和45年)11月25日に、作家・三島由紀夫が、憲法改正のため自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけた後に割腹自殺をした事件である。三島が隊長を務める「楯の会」のメンバーも事件に参加したことから、その団体の名前をとって楯の会事件(たてのかいじけん)とも呼ばれる 。

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 郡山市民であれば、周囲の建物の状況をみればすぐに映像に映る場所が細沼町にある「県合同庁舎」であることを理解するに違いない。36年もの時を経てもなお、現在もさほど変わらぬ佇まいのまま残されている。
 しかし、建造後90年が経過し、老朽化に伴い、2024年度までにビッグパレット北側の場所に移転されると報道された。そして文化的価値が高く、歴史的にも意義のあるこの建物は解体され、取り壊されるのではないかという声が囁かれている。絶対にそれだけは避けなければならない。

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 何を隠そう、私の子どもの頃の遊び場であったし、小学生時代はこの土台の石の下に潜り込んで友人たちとかくれんぼや探検ごっこをした懐かしい場所でもあるし、小6の頃は、ここを出発点とし、さくら通りを開成山まで鼓笛隊パレードした想い出が凝縮した場所でもある。その時は、私はトランペットを吹いて、市街地を練り歩いた。

 現在保存されている、当時、三島由紀夫が演説し、割腹自殺を遂げた自衛隊市ヶ谷駐屯地の総監室のあった建物。

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 当時はもっと左右に建物が両側に続いていたので、こじんまりした印象だと思うが、正面玄関やその上部の造りは類似していると言えると思う。だから郡山のこの地で映画のロケを敢行したのだろう。

 さて、我が郡山市に、これほどの歴史遺産があることはあまり知られていない。観光資源が乏しい郡山市では貴重な建物と言って過言ではないだろう。もっと、県内外にPRして、現役の庁舎ではあるものの、もっと希望者に一般公開し、見学ツアーを実施してもよさそうな気がする。郡山には安積高校のに由緒ある歴史資料館もある。そこではNHKの「坂の上の雲」や二宮和也が主役を張った「坊ちゃん」のロケも行われている。ぜひ観光協会の方に、これらの見学ツアーを計画し、広くPRに努めてほしいものだ。

 参考記事:旧ブログ「郡山の魅力再発見③~合同庁舎秘話~

2020年11月 7日 (土)

ザ・郡山(ご当地ならではの物たち)

 本日は、私がこよなく愛する郡山市でしか出逢えないような、ご当地ならではの物や、ご当地ゆかりの人物を取り上げたいと思います。

 1 郡山駅発車メロディー(新幹線)キセキ by GReeeeN

 2 郡山駅発車メロディー(在来線)扉 by GReeeeN 

  郡山駅前の広場には「GReeeeN」の功績を称えた「グリーンの扉」が設置され、4人のメンバーの「手形」や「足跡」も埋め込まれている。郡山にある歯科系大学で出会い、GReeeeNを結成。そして数多くの名曲を生み出した出発点が、この郡山市だった。

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 3 時報(防災無線こおりやま広報)7時  https://www.youtube.com/watch?v=hbOPDe-sHQ4

 4 時報(防災無線こおりやま広報)12時

 5 時報(防災無線こおりやま広報)18時 https://www.youtube.com/watch?v=ne2s4zCYXFU

 郡山市民にお馴染みの時報メロディー。郡山じゅうに設置された広報スピーカーから流れるメロディー。7時に「野ばら」、12時に「郡山市民の歌」(昔は「歓喜の歌」だった)、夕方6時には「夕焼け小焼け」が流れる。

 大学進学や就職で郷里を離れ、東京や他県に住んでいる人などが帰郷し、久し振りにこの時報メロディーを聞くと、故郷(郡山)に帰って来たと実感するらしい。

 6 郡山に来たら必ず食べて欲しいもの

 1位 クリームボックス(大友パン)クリームボックスは大友パンだけでなく、市内のパン屋の多くで購入できます。
 2位 酪王カフェオレ(市内のコンビニ、スーパーには必ず置いてある人気商品)
 3位 薄皮饅頭(柏屋)
 4位 ままどおる(三万石)
 5位 郡山ラーメン(大番)喜多方・白河に続くご当地ラーメン。
 6位 エキソンパイ(三万石)
 7位 柏屋檸檬(れも)
 8位   鯉料理(鯉に恋する郡山がキャッチコピー)
 9位 珍満または姑娘飯店の中華料理
 10位 幸楽苑のラーメン
  次点   グリーンカレー(あまり郡山市民にも認知されていない)

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 これでも私は物足りず、郡山ならコレといった名物グルメを開発して欲しい。「浪江焼きそば」がB級グルメで優勝したように、県内の「地酒」が7年連続金賞受賞数日本一に輝いたように、そして強清水の「てんぷら饅頭」がテレビ番組で大絶賛されたように、郡山でしか味わえない新しい絶品グルメをぜひ生み出して欲しい。それを食べにわざわざ県を越えて訪れたくなるような食べ物を!

 7 パチンコ「ニラク

   私は中央資本の全国チェーンのパチンコ屋だと思っていたら、なんと本社は郡山市にあった。もちろん郡山市(9店舗)だけでなく、店舗は福島県内に点在し、福島市にも4店舗、いわき市にも2店舗ある。さらには二本松市、本宮市、須賀川市にもあるし、相馬市、南相馬市にもある。
 また、宮城県、群馬県(3店舗)、栃木県(2店舗)、茨城県(6店舗)、埼玉県(5店舗)、東京都(7店舗)、神奈川県(2店舗)、新潟県(2店舗)、山形県などにも店舗を拡大している。

 ほかにも郡山市にはパチンコ屋が多数ある。「パチンコツバメグループ」は郡山市大町に本社がある。「パチンコアラジン」もまた郡山市島2丁目が本社。「パチンコジャンボ」は会津若松市が本社の吉原産業が事業展開している。
 「DAIEIダイエー」は東京都中央区が本社だが、福島県内に9店舗を構え、宮城県の関連企業「タイガー」を除けば最も多い。「ダイナム」は東京都荒川区が本社。「N-1(エヌワン)」が新潟県新潟市が本社。ユニークなのは「マルハン」で、京都と東京に2つ本社がある。

 残念ながら私はギャンブルには才能が無く、パチンコはおろか麻雀もやらない。競馬は馬が走っているのを見るのは大好きだが、その馬にお金を賭けようとは思わない。
 ちなみに私が好きだったサラブレッドは

 1 シンボリルドルフ 無敵の7冠馬 昭和No.1の最強馬
 2 トウカイテイオー シンボリルドルフの子 骨折から甦った奇跡の馬
 3 オグリキャップ 有馬記念のラストランは語り草
 4 ハイセイコー 私は1985年6月に北海道の明和牧場を訪ね、彼と1対1の対面を果たした。
 5 テンポイント 貴公子と呼ばれ、ファンから愛された。骨折し、安楽させず、非業の死を遂げた。
 6 グリーングラス 覆面スタイルが印象的だった。
 7 ディープインパクト 語る必要もない7冠の最強馬 無類の強さを誇った
 8 カツラギエース 日本馬で初めてジャパンカップを制した。
 9 トウショウボーイ 1970年代半ばにTTG時代を築く。
10 ミスターシービー 三冠馬
ほかにもナリタブライアン、スーパークリークも好きだった

 郡山本社で他県にも支社や支店を持つ企業は、ヨークベニマル、幸楽苑、ゼビオスポーツなどがある。

 8 豊富な郡山出身のご当地アイドル&ヤングタレント(地元PRのPVやローカルCMなどに出演)

 ① 植木安里紗 地元での活動限定のアイドル。「サタふく」準レギュラー
 ② 箭内夢菜 ドラマやCMに数多く出演した。
 ③ まこみな 高校生の頃からYoutuberアイドルとして脚光を浴びた。
 ④ 福島美少女図鑑(県内各地出身者)活動本拠地が私の職場に近い。
 ⑤ 丸山夏鈴(故人)がんと闘ったアイドルで私は2度墓参りに出向いた。
 ⑥ せせらぎ小町…公式HPを見ると、メンバーは4人になっていた。
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 女優の芦名星さんも郡山市出身だが、今年急逝されてしまった。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 さて、いつもとは視点を変え、郡山の新たな横顔にスポットを当ててみた。故郷を離れ、少しでも郡山の情報を知りたい方や懐かしく思い返していただきたい一心で記事を「郡山の話題」を不定期ながら掲載している。旧ブログから数えると郡山に関する話題は200記事以上に上ると思う。それほど郷土愛ではないが、思い入れが強い我が街「こおりやま」について多くの方に知っていただきたいと思う。

2020年11月 5日 (木)

郡山の主観的なんでもランキング

 私は学生時代(東京)と社会人になってからの会津、いわき在住を除いて、足掛け46年間、郡山に住んでいる。よって、中心市街地のことについてはほぼほぼ熟知していると思っている。そんな私が、個人的に選んだ「何でも鑑定団」ならぬ、「何でも」を寄せ集めてランキング形式でお送りしたいと思います。あくまで私見であり、個人的な好みでの順位付けですのであしからず。

 「寺社」

 1 菅舩神社         6 安積国造神社
 2 開成山大神宮       7 高屋敷神社
 3 真言宗豊山派如寳寺    8 久留米水天宮
 4 王宮伊豆神社       9 西方寺 蛇骨地蔵堂
 5 日吉神社(富田・富久山)10 菅原神社

 「菅舩神社」は、逢瀬町河津にあるこの神社は知る人ぞ知る場所。私は喧騒を離れ、ここに10回以上足を運んでいる。不思議な魅力に溢れた場所。

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 「珍しい建造物」

 1 郡山市公会堂       6 安積歴史博物館
 2 郡山市合同庁舎      7 安積疎水一本の水路
 3 東北歯科専門学校片平校舎 8 開成館
 4 麓山の滝         9 金透記念館
 5 ビッグアイ       10 開成山野外音楽堂

 ほかにも「雪村庵」、「セントポール教会」などがある。

 6の安積高校の敷地内にある「歴史博物館」は、昭和の時代に、TBS「ザ・ベストテン」の生中継で、中森明菜がこれをバックに熱唱し、付近の住民が多数詰めかけてパニックになった。

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 「名所・名物」

 1 きのこ岩   6 舟津浜
 2 布引高原   7 大安場古墳
 3 銚子ヶ滝   8 ふれあい牧場
 4 うねめ祭り  9 駅前イルミネーション
 5 でこ屋敷  10 ペグマタイト岩脈

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 「桜の名所」

 1 開成山公園     6 酒蓋公園
 2 藤田川ふれあい桜  7 荒池公園
 3 逢瀬公園      8 香久池公園
 4 紅枝垂地蔵桜    9 小和滝公園
 5 笹原川千本桜   10 五百渕公園

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 「今は無き懐かしい建物」

 1 郡山中央スケートリンク(駅前)
 2 磐光パラダイス・グランドホテル(熱海町)
 3 郡山セントラルホール(安積町)
 4 郡山レジャーセンター(安積町)
 5 東洋健康センター(喜久田町)
 6 児童文化会館(麓山)
 7 麓山の取水塔(タンク)
 8 薬師堂火葬場(横塚)
 9 郡映(堂前)
10 巨大迷路(朝日町)

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11 野替ビル(虎丸町)
12 南ボウル(長者)
13 郡山スケートセンター(阿武隈川沿い)
14 郡山市民会館(麓山)
15 旧郡山郵便局(本町)
16 武徳殿(清水台)
17 安積文化学院(長者)
18 マリア園(神明町)
19 ザべリオ学園・マリア幼稚園(虎丸町)
20 常盤湯(虎丸町)
21 旧専売公社(堂前)
22 日東紡績第Ⅰ・第2工場(長者・細沼)
23 皿沼プール(清水台)
24 旧郡山商工会議所(清水台)

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 「今は無き店」

 1 やまのい(中町) 
 2 丸光百貨店(駅前)
 3 第1第2うすい(中町)
 4 東北書店(駅前)
 5 角海老(中町)
 6 津野百貨店(大町)
 7 トキワス-パー(虎丸町)
 8 アルペン(桜木)
 9 創夢館(並木)
10 見聞録(桑野)

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11 ビデオフォーラム
12 ダイエー(トポス)
13 丸井(駅前)
14 アメリカ村(五味田・ワンスアポンアタイムインアメリカ・CAPA・サーティーワンなど)
15 ロッテリア(朝日店)
16 ぽえむハウス(並木)
17 ユアファクトリー (谷原)
18 ビクトリア(朝日)
19 ゼビー(各地)
20 蟹の甲羅(朝日)

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21 ビデオボーイ(清水台)
22 かっぱ寿司長者店
23 ブックオフ(さくら通り・新さくら通り店)
24 ブルーハウス(中町)
25 染本ホテル(清水台)
26 カネボウ(長者)
27 ハローマック
28 インテリアダイイチ
29 京樽(大文字)
30 KUWAN(中町)

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31 半田屋(横塚)
32 河童Ⅱ世(中町)
33 カンセキ(堤)
34 ドライバーズスタンド(桑野)
35 丸藤(駅前)
36 電激倉庫(咲田)
37 室町寿司(咲田)
38 扇屋家具センター
39 大野屋(きんつば・熱海町)
40 味の民芸(長者・安積町)

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41 赤ちゃん本舗(喜久田町)
42 おもちゃのピノキオ(本町)
43 カフェレストラン「飛行船」
44 女鳥羽そば(清水台)
45 きもの会館(豊田町)
46 ライオン堂(堂前)
47 虎丸医院
48 おもちゃのまるさた(虎丸町)
49 小野内科胃腸科医院(虎丸町)
50 ほっかほか亭(虎丸町)

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詳しくは旧ブログ「今は無き郡山の建物・店舗」をどうぞ
懐かしい店が645店舗掲載されています。

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-9843.html

 「老舗で今も現存する店」

 1 樽川模型(清水台→柏山)
 2 ヤマト無線(本町→安積町)
 3 たけや(堂前)
 4 なるき(中華料理)(堂前)
 5 うなぎの大伴(虎丸町)
 6 大友パン(虎丸町)
 7 名木制帽店(大町)
 8 長者町会津屋酒店 (虎丸町)
 9 ガトーナカヤ(開成) 
10 酒の和泉屋(開成)
11 オーディオのだや(本町)  
12 高橋内科胃腸科(鶴見坦)
13 印南歯科医院(堂前)

 「郡山グルメ」

 1 クリームボックス(大友パン)
 2 酪王カフェオレ
 3 薄皮まんじゅう/檸檬(柏屋)
 4 穏/田村/金寳(仁井田本家)
 5 ままどおる/エキソンパイ(三万石)
 6 あさか舞い(ブランド米) 
 7 阿久津まがりネギ
 8 鯉料理
 9 雪小町(渡辺酒造本店)
10 郡山ラーメン
11 グリーンカレー(イマイチ盛り上がらず)
12 小田原屋の福神漬け
13 宝来屋の冷やし甘酒
14 あさか屋の磐梯そば

 「郡山本社の企業」

 1 ヨークベニマル
 2 ゼビオ
 3 大東銀行
 4 小田原屋
 5 幸楽苑
 6 青木商店(フルーツショップ青木)
 7 福島中央テレビ
 8 県南酒販株式会社
 9 アサカ理研
10 福島放送
11 柏屋
12 三万石
13 うすい百貨店
14 ホテルハマツ(ハマツ・平安閣グループ)
15 かんのや
16 酪王乳業

17 東部ガス→東京本社と判明。秋田・茨城・福島

18 東北メガネセンター
19 郡山信用金庫
20 笹の川酒造
21 日本全薬工業
22 ニラク
23 マルイチグループ
24 中原商事(つばめグループ)
25 アルファクラブ(ベルヴィ・さがみ典礼ほか)

 何かアットランダムに、そしてとりとめのないことを列挙したが、少しでも懐かしく感じていただければ幸いです。

 郡山市の面積は全国でも屈指の広さだ。全国791市ある中で、堂々61位で、福島県ではいわき市(12位)、福島市(57位)に次いで広い。

 そして1946年、戦災復興都市、1964年には新産業都市、1997年には福島県初の中核都市となり、つねに福島県内で経済や商業、工業をリードしてきた。それは県の中央に位置し、四方八方、どこにも行ける交通の要衝とその利便性があってこその飛躍と発展だった。

 この半世紀で郡山市はガラリと様変わりして来た。今後も衰退することなく発展を続ける、そんな郡山市であってほしい。

2020年10月18日 (日)

郡山にない店・企業

 これまで地元である郡山市に関する記事を書いてきた。旧ブログ「時遊人SUZUのひとり言」から数えれば、おそらく200記事以上は掲載して来たと思う。良くも悪くも我が故郷にして居住地でもある「郡山市」だが、人口は約33万人の中核都市で、なおかつ福島県の中心に位置して抜群の交通アクセスにもかかわらず、全国展開している店や企業で、郡山には進出していないものがある。
 特段、商業都市として競争が激化していることに恐れをなして尻込みしているとは思えないが、「セブンイレブン」や「ツルハドラッグ」は市内のどこの町に行っても目にするのに、あってもいいのに全くないものもあるのだ。今日はそこに着目し、郡山には無い店や企業を挙げてみたい。

「コストコ」

 全国に27店舗あるにもかかわらず、我が郡山市にはない。まるで巨大倉庫を思わせる豊富な品数と、あの広大な敷地面積を誇り、大きな駐車場と相まって、しかも大量仕入れ、大量販売で激安商品を扱っている。さすがアメリカ発祥の豪快さだ。
 ここ郡山では市中心部に「モール郡山」を抱え、郊外にも「イオンフェスタ郡山店」(日和田)を控えるため、その用地もままならない。もし広大な土地がある場所となると、西部工業団地(待池台)、片平町、あるいはカルチャーパーク周辺になるだろう。

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「ファーストキッチン」

 東京に住んでいた1980年代にはもうすでに原宿などで目にしていた「ファーストフード」の「ファーストキッチン」。もともと関東を中心としてそれより南や西の県には数多く展開しているが、我が福島県には1店舗もない。

 郡山市には「マクドナルド」「ケンタッキーフライドチキン」「ミスタードーナツ」「ロッテリア」などのファーストフード店はあちこちにあるが、「ファーストキッチン」は外食産業が手厳しい東北にはなかなか進出しにくいようだ。 

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「ジョナサン」

 かつて郡山には同じ傘下のファミレスの「すかいらーく」があった。しかし「ジョナサン」は300店舗もある中で、首都圏や静岡県を主体に展開しているため、東北には進出していない。

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 「サイゼリア」「デニーズ」「夢庵」「びっくりドンキー」「ビッグボーイ」「まるまつ」「幸楽苑」「温野菜」各種回転ずし店などの外食産業が数多くあるため、競争は激しい。

 飲食業はシビアで、平成初期に郡山に複数あった「味の民芸」(長者・安積)は福島県から姿を消した。他にも「ジョイフル」や仙台に本拠を置く「半田屋」もまた競争に負けて撤退してしまった。

「Homac」(ホームセンター)

  「Dcm Homac」は北海道札幌市に本社を置くホームセンターで、ケイヨーD2も傘下にある。純然たる「Homac」は須賀川といわきの2店舗しかない。
 郡山市には、かつて「カンセキ」が進出して来たが、数年で尻尾を巻いて撤退した。「ユニディ」(後の「ジャンボエンチョー」)や「ケイヨーD2亀田店」、駅の東側にあった「ユアファクトリー」も閉店。
 市内には古くからある「ビバホーム」(現在2店舗)や、カインズ(2店舗)、「コメリ」(3店舗・園芸に要素が濃い)、「ダイユーエイト」(5店舗)、「ジョイフル山新」などがあって鎬を削って来た。

Homac

「PARCO(パルコ)」

 国内外に18店舗数えるファッション系ショップ。これはどちらかと言えば、全国の主要都市にしかない印象。札幌、仙台、浦和、池袋、渋谷、静岡、名古屋、広島、福岡など。

 郡山はファッションをリードするブランド品を扱う店舗が少ない。「うすい」くらいだ。だから、大手のファッションメーカーが運営する直営店などがあれば面白い。

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「IKEA」

 「ニトリ」と共に家具や生活雑貨などを扱っている大手家具量販店の「IKEA」。スタイリッシュでセンスのいい家具を格安で提供していて人気が高い。しかし、ここはニトリほど全国展開はせず、意外だが9店舗しかない。千葉市、横浜市、神戸市、大阪市、三郷市、福岡県、東京都立川市、仙台市、愛知県長久手市、原宿しかない。今後の出店予定では、広島市、前橋市、静岡市、札幌市など。

Ikea

「スシロー」

 回転ずし業界も郡山は大激戦。「かっぱ寿司」は郡山に複数存在するが、長者にあった店は震災で倒壊し、その後、再建されていない。「平禄寿司」もあるにはあるが縮小傾向にある。かつては「元禄寿司」、「ニコニコ寿司」があったものの、現在はない。他には「とっぴー」や「うまい鮨勘」「まぐろ亭」「魚べい」「はま寿司」などが鎬を削り、大激戦で生き残りは楽ではない。
 そして、大阪が本社の「スシロー」は全国展開で味に定評があるにもかかわらず、福島県には5店舗しかない。しかもなぜか福島市、会津若松市、いわき市にはあるのに、郡山市には皆無だ。一番近いのは須賀川店だ。

Sushiro

 かつてインター線沿いにあった、大阪が本社の「くら寿司」が撤退し、郡山市の外食産業のし烈さを物語っている。福島県には「くら寿司」はもはや「いわき市」だけになった。

 さて、商業都市で、激戦地区である郡山市で競争に勝ち抜き、生き残るのは並大抵ではない。バブル崩壊時には首都圏資本の「西武」「丸井」「丸光」「ダイエー(トポス)」など軒並み撤退してしまった。
 家電量販店にしても、「イセヤでんき」(備前舘・大槻)「庄司デンキ(電激倉庫・咲田と安積)」「第一家電」(日和田と長者)が撤退し、「よつば電機」と「デンコードー」は他のライバル店に統合された。「コジマ」も店舗数を減らし、郡山では1店になった。

 さて、今日は東北で第2の都市と形容される「郡山市」にあってもよさげなのに、実際は無い店や企業を取り上げてみた。仙台にあるのに、なぜか郡山には無い。やはり郡山は地方の田舎都市くらいの印象しかないようだ。
 一時は首都機能移転が話題になった際には、最有力候補にも挙がった福島県だったが、その一翼を担い補完する役割を負う筈だったのが、交通至便の郡山市だった。しかしその夢は脆くも崩れた。

 首都圏の資本が流入しては、撤退を繰り返し、そして「そごう」や「東海大学」誘致の際には、市民が反対し、自らその計画を潰して来た経緯がある。駅前周辺の活性化をみすみず棒に振って来たのだ。今、郡山駅前は活気がないし、アーケード周辺はスカスカで閑古鳥が鳴いている。目立つのはコイン駐車場とシティ型ビジネスホテルだけだ。この現状を打破するには、官民一体となって旧態依然の計画を見直し、首都圏の資本で大改革を実施しなければ先は見えない。中合が閉店し、市民を悲しみに叩き落した福島市の同じ轍を踏まないように市長のつよいリーダーシップで旗振りをお願いしたいものだ。

 参考:「今は無き郡山の建物・店舗

2020年10月11日 (日)

伝説の郡山ワンステップフェスティバル in 1974

 この記事は、今から5年以上前の2015年1月10日(土)に、旧ブログ「時遊人SUZUのひとり言」で掲載したものです。今回、郡山市民のみならず全国の方に、伝説となったロックフェスティバルが、ここ郡山市を舞台に開催された事実を記憶に留めてほしくて、リライトして再掲載したいと思います。

 時を遡ること46年前の1974年(昭和49年)、当時私は9歳の小学校4年生だった。その年に、当地郡山において伝説として今も語り継がれる、或る音楽のビッグイベントが開催されたのだった。
 それは郡山市が「新産業都市」に指定されてから10周年を記念しての一大スペクタクルショーだった。その名は「One Step Festival 1974」。おそらくは50代以上の郡山市民ならば、懐かしく当時を思い出すことだろう。では早速当時を回顧したい。

 <イベント概要>

 ワンステップフェスティバルは、1974年8月4日から5日、同8日から10日に福島県郡山市開成山公園内の総合陸上競技場で開かれたロック・フェスティバル。出演したロックバンドやシンガーの数は5日間で36組もあった。全国のロックファンが郡山に一堂に会し、それは華やかで興奮と熱狂的なイベントになった。

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 「広報こおりやま」掲載記事はコチラ

 <出演者一覧>

あんぜんバンド
イエロー
異邦人
ウエスト・ロード・ブルース・バンド
上田正樹&サウス・トゥ・サウス
内田裕也&1815ロックンロール・バンド
オリジナル・ディラン
かまやつひろし
クリス・クリストファーソン&リタ・クーリッジ
神無月
キャロル(矢沢永吉)
久保田麻琴と夕焼け楽団
クリエーション
グレープジャム
外道
サディスティック・ミカ・バンド
沢田研二&井上堯之バンド
サンハウス
シュガー・ベイブ
センチメンタル・シティ・ロマンス
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(宇崎竜童)
つのだひろ&スペース・バンド
トランザム
南無
はちみつぱい
ブルースハウス・ブルースバンド
ミッキー吉野グループ(後にゴダイゴ結成)
宮下フミオ
めんたんぴん
ヨーコ・オノ&プラスチック・オノ・スーパー・バンド (→プラスティック・オノ・バンド)
四人囃子
ラヴ
りりぃ
VSOP
ソウルパワー

 では「動画サイト」に投稿してあるその時の模様を垣間見てほしい。(予告なく削除される場合がありますのでご了承ください)

 1 サディスティック・ミカバンド 「塀までひとっとび」

 真夏の祭典だったたけに、上半身裸でパフォーマンスする出演者や観衆がいた。この当時、サディスティックミカバンドは過激な部類で、あまりテレビの歌番組などには登場しなかった。

 2 上田正樹 「戻りたいなんてあらへん」

 観衆も興奮状態で踊りまくった。昔流行った「ゴーゴー」や「モンキーダンス」のような踊りが主流だった。「ロックンロール」や50’s風の「ツイスト」もあった。

 3 キャロル

 今ではレアな「お宝映像」。ビートルズの影響を受けていることを実感できる。上下の皮ジャンスタイルはお馴染み。ポマードにリーゼントスタイルが当時のロックの象徴だった。同時期には「クールス」も活躍していたし、その後で宇崎竜童率いる「ダウンタウンブギウギバンド」も活躍した。昨年、メンバーだったジョニー大倉が亡くなったことで、伝説度が増し、貴重な映像となった。

 4 沢田研二&井上堯之 内田裕也

 昭和の大スターとして名を馳せた沢田研二は、グループサウンズ時代「ザ・タイガーズ」のリードヴォーカルだった。人気絶頂で、このような井上堯之との臨時のコラボバンドは珍しい。

5 オノ・ヨーコ

 オノヨーコと言えば、ザ・ビートルズのジョン・レノンの妻。彼女のようなビッグネームの大スターも郡山へ来て、この記念すべきイベントに出演したのだった。なんと上の映像の中に、私の実家が映っている。

 当時は、フォークイベントは嬬恋や中津川フォークジャンボリなどがあったが、大掛かりなロックの祭典は少なく、これほどの威容を誇ったロックフェスは、郡山が最初の試みだった。私は当時、小学生だっため、ロックのロの字も知らず、自宅から徒歩で15分ほどの会場だったにもかからず、こんな貴重なイベントを見逃してしまった。たぶん中学生くらいだったら、絶対に友達と見に行き、ロックの洗礼を受けていたに違いない。

 余談なるが、その時、開成山公園内とその周辺において一大子ども祭りが同時開催され、ヘリコプターの体験乗車や健康診断、期間限定のジェットコースター運行も行われた。また五十鈴湖では軍艦のラジコン操縦も出来たし、空気で膨らませる巨大トランポリンなどの遊具もあり、それは大盛況だった。何を隠そう、私は当時小4だったが、友達3人でのど自慢大会みたいなのに応募し、仮設舞台の上で「母に捧げるバラード」を歌った記憶がある。でもあまりに大勢の人の前で、緊張し、あまり声が出なかった。

 この一大イベントが行われてから41年が経過した。私も歳をとる筈だ。モノクロの映像が時代や歴史、歳月を感じてしまう。2011年には私の同級生の箭内道彦が主催し、熱海のスケート場で大規模な「LIVE福島」が開催されたり、昨年、郡山で「B-1グランプリ」が開催されて大いに盛り上がった。再び被災地が活気を取り戻す意味でも、こうしたイベントは切らさずに継続して実施してほしい。そして「福島は元気です」と全世界に向けて発信できたらこの上ない喜びに思う。

 最後に、この模様がDVD化され、市販された。出演者の多くがお亡くなりになられているのは残念で仕方ない。その一部を垣間見えるシーンが動画サイトにアップされていたのでそれを取り上げて結びとしたい。当時、どれほどの盛り上げを見せたか感じ取れると思う。

 昭和40年代の頃の旧郡山駅や駅前周辺の街の様子、コンサートの模様などがカラー映像で残されているのはとても貴重で、永久保存版としたい。

  さて、私はこのLIVEをきっかけにして郡山市が音楽都市としての地位を確立する礎になったと考えている。郡山市民の方は、今でいう伝説のロックミュージシャンたちが、ここ郡山に集い、一堂に会して5日間限りの夢のフェスティバルが行われた開催されたことを誇りに思ってほしい。

 

2020年10月10日 (土)

郡山市のコロナ感染者、ついに100名突破の現実

 このところの郡山市の感染者数は異常としか言いようがない。累計でついに100名を突破してしまった。東北地方の一都市にしか過ぎない郡山で、なにゆえそんなに感染者数が多いのか?市内のどこを歩いてもマスクをしてない人などいない。どの店に入っても入口に消毒液が置かれ、もともと清潔好きな日本人はこまめに手を洗っている。なのに感染拡大に歯止めがかからない。

 感染経路不明の「市中感染」というが、目に見えぬウイルスはどこに潜んで、どういう経路を辿って感染をもたらすのかまったく見えない。

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 幸いに、私の周囲に感染者はおろか濃厚接触者すらいない状況だが、それでもいつ感染するかわからない状況だ。当ブログで、市長の対策の遅れを痛切に批判するコメントを書いた途端に、それを見たとは思えないが、急遽、郡山駅前の飲食店の従業員を対象にPCRの検査を無料で実施するとの方策を打ち出した。私たちは陽性だった場合には検査料は無料だが、陰性だった場合には保険がきかないため、2万~3万円を取られることから、わざわざ検査に出向くのは、よほど症状が悪くならない限りまず行かないだろう。よって、感染予備軍や隠れ感染者は遙かに多くいそうだ。

 かくいう私も、6月下旬に「胆管結石による胆嚢炎」で入院、7月1日に開腹手術に踏み切り、免疫や体力が通常よりも低下しており、感染したら最後、重症化する危険性は否めない。よって、外出を控え、家内にはぶつぶつ文句を言われながらも、引きこもり生活を続けている。遠出は一切していないし、外食も控え、アルコール類と炭酸飲料は何と、4月からひと口も口にしていない。こんなことは初めてで、大好物のビールや日本酒を飲まずにここまで過ごした経験などない。

 さて、その郡山市は今、危機的状況にある。なのに市長は独自の「緊急事態宣言」を発令することもなく、連日、マスコミを前にして、感染状況を通り一辺倒の如く報告しているだけ。具体策もなければ、特別な警戒態勢を敷くことすらできない。市民を守れずして市長の座に留まり、それでも都合よく三選を目指すとはよくぞ言えたものだ。

 では、私がそう大上段に構えて、危機的状況を訴える根拠を示したい。不安を煽るのではなく、事実を明示したい。

 <郡山の感染者一覧>10月9日(金)12時時点

 予め断っておくが、これは、私が信頼を置くRFC(ラジオ福島)の「新型コロナウイルス感染者一覧」から引用するものであり、公に公表されているもので、感染者の誹謗中傷を訴えるものではないことを強調しておきます。

  福島県の感染者数 295名の内訳

 1 郡山市の感染者数     104名
 2 福島市 の感染者数    29名
 3 南相馬市の感染者数  28名
 4 いわき市の感染者数  26名
 5 会津若松市の感染者数 20名
 6 本宮市の感染者素   14名
 7 喜多方市の感染者数  12名
 8 須賀川市の感染者数  11名
 9 二本松市の感染者数    7名 
 9  相馬市の感染者数    7名 
11 田村市の感染者数     5名

 その他 14市町村で29名 県外3名いる。(5名未満の詳細は割愛させていただきます。)

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 これだけ見ても郡山市だけが突出して多いことが見て取れる。2位の福島市の3.3倍も多い。福島県全体の3分の1以上が郡山市に集中している。直近では、毎日5名以上の感染者を出している。しかも駅前の飲食店従業員とその家族、つまり家庭内感染が広がっている。
 どこでうつるかわかない状況で、決して感染者を責めることはできない。しかし、解せないのは、これほど感染経路が不明なので、市は感染者の名前は明かす必要はないが、追跡調査を徹底し、もう少し、個人を特定できない範囲で、詳細情報を開示すべきではないのか?

 私は4月頃から、それに近い症状(頭痛・発熱・咳など)で感染を疑われた時に、即座に行動歴を言えるように、非公開にしているが、ココログにその日の出来事を日記のようなスタイルで書いている。だから2週間前であろうが、半年先まで、自分の行動や生活がわかるようにしてある。そうすれば、どこで感染したか、その可能性を探ることができる。

 では、その郡山市の状況を詳しく見たい。

 1例目  3月14日 郡山市70代女性。私立大学職員(教授)。無届けでエジプトに旅行してクルージングに参加。
 2例目  4月 4日 郡山市70代男性。職業非公開。市内の医療機関で眼科手術。
 3例目  4月 7日 郡山市50代男性。会社員。千葉県の自宅。横浜市の実家に帰省。
 4例目  4月 8日 郡山市50代男性。二本松郵便局勤務。
 5例目  4月10日 郡山市20代女性。介護職員。
 6例目  5月 6日 郡山市60代男性。同居家族は陰性を確認。

 7例目  5月 8日 郡山市で栃木県宇都宮市居住の30代男性。栃木県内の医療機関に入院予定。月に1回、県南保健所管内の医療機関に勤務の医療従事者。PCR検査は郡山市内の医療機関で実施。

 8例目  7月10日 郡山市に単身赴任中の40代男性。郡山市内の医療機関に入院。6月末、郡山市内で同僚ら4名で会食後、東京で内1名の陽性が確認され、濃厚接触者しとしてPCR検査。この男性のみ陽性。症状なし。男性が勤務する支店の残り6名を濃厚接触者としてPCR検査をする予定。

 9例目  7月22日 郡山市居住の40代男性。埼玉県に単身赴任中。東京都内の職場に勤務。濃厚接触者は妻と子ども2名。いずれも症状はなし。23日にPCR検査を実施。

10例目  7月29日 郡山市の60代男性。郡山市環境保全センターの非常勤職員。現在、郡山市内の医療機関に入院中。濃厚接触者は家族(妻・子1名)と職場の同僚11名及び業務で関連する企業の1名。

11例目  8月8日 郡山市の30代男性。男性との濃厚接触者は家族や勤務先など計24人。発症14日前の海外渡航歴はありません。6日に倦怠感、7日に38度の発熱や関節痛、咳などの症状がありました。

12例目  8月10日 郡山市の70代男性。家族内カンセン。
13例目  8月12日 郡山市の50代男性。詳細は調査中。
14例目  8月13日 郡山市の20代男性。公務員。8月10日千葉県から東北新幹線で帰省。8月12日発症。軽症。入院予定。

15例目  8月15日 郡山市の60代女性。以前、陽性が確認された患者の家族で濃厚接触者として検査を実施したが、陰性。その後、健康観察を継続。13日~14日にかけて咽頭痛など症状が出たため再度検査を行い、今日陽性と判明。

16例目  8月15日 郡山市の50代男性。月に1回程度、郡山市内の自宅へ往来。10日午後、新幹線で郡山へ到着。徒歩で帰宅。その後、陽性が確認された会社同僚の濃厚接触者になった旨を保健所へ連絡。検査の結果陽性と判明。

17例目  8月18日 郡山市の30代男性。会社員。13日にせきなどの症状、17日市内医療機関受診、18日陽性判明。この男性は9日から15日まで福岡や大阪、和歌山を新幹線など鉄道で訪れた。濃厚接触者などは確認中。

18例目  8月18日 郡山市の20代男性。会社員。13日にせきなどの症状が出て、17日に郡山市内の医療機関を受診し、18日、検査の結果陽性。この男性は9日から12日まで福岡や大阪へ新幹線で訪れた。濃厚接触者は知人1名。

19例目  8月18日 郡山市の20代男子大学生で、福島大学の学生。16日に郡山市の青少年会館で合唱の練習に参加し、同日には東京に住む家族を含む3名と会い、翌日発熱。濃厚接触者は家族親戚4名、合唱仲間(人数確認中)、他は確認中。

20例目  8月19日 郡山市の50代男性。19例目の家族内感染。

21例目  8月19日 郡山市の50代女性。19例目の家族内感染。
22例目  8月20日 郡山市の10代女性。19例目の濃厚接触者。郡山市立第一中学校の生徒。
23例目  8月20日 郡山市の10代女性。19例目の濃厚接触者。郡山市立第一中学校の生徒。
24例目  8月20日 郡山市の20代男性。19例目の濃厚接触者。

25例目  8月22日 郡山市の10代男性(福島大学学生)がPCR検査の結果陽性と確認。症状はなく、現在入院中。男性は合唱練習に参加していた19例目(20代男性)の濃厚接触者。今回陽性となった福大生は、18~20日まで大学で集中講義を受講。濃厚接触者は7名。

26例目  8月23日 郡山市の60代男性。郡山市職員(富田行政センター)。県内患者(郡山市職員)の濃厚接触者。現在、微熱とのどに違和感があり、入院予定。過去14日間に海外渡航歴はなし。家族2名が濃厚接触者で、その他の濃厚接触者については現在調査中。

27例目  8月25日 郡山市の50代男性。濃厚接触者は家族3名と市外の親族2名。

28例目  8月28日 郡山市の50代男性。18日に先に陽性となっていた茨城県の知人と接触。23日発熱。26日帰国者接触者相談センターへ相談。27日濃厚接触者として検体採取。28日陽性判明。入院予定。

29例目  8月28日 郡山市の40代女性。8日に先に陽性となっていた茨城県の知人と接触。23日発熱。26日帰国者接触者相談センターへ相談。27日陽性者の濃厚接触者として検体採取。28日陽性判明。入院予定。

30例目  8月28日 郡山市の60代女性。団体職員。21日咽頭痛、発熱、咳あり。28日県内29例目の濃厚接触者(別居家族、高齢者向け住宅を訪ねた経緯がある。)として検体採取、PCR検査の結果陽性を確認。勤務状況などは現状不明。濃厚接触者は保健所で調査中。軽症。入院中。

31例目  8月28日 郡山市の60代男性。会社員。22日咽頭痛あり。23日症状継続。24日医療機関受診。25日発熱。27日まで咽頭痛が継続。28日発症の同居家族として検体採取。PCR検査で陽性判明。勤務状況などについては調査中。濃厚接触者は保健所で調査中。軽症。入院中。

32例目  8月29日 郡山市の10代女性。郡山第一中学校生徒。クラスターが発生した青少年会館で合唱練習に参加。19日の検査では陰性でしたが、健康観察終了前の今日の検査で陽性と確認。

33例目  8月29日 郡山市の10代女性。郡山第一中学校生徒。クラスターが発生した青少年会館で合唱練習に参加。19日の検査では陰性でしたが、健康観察終了前の今日の検査で陽性と確認。

34例目  8月29日 郡山市の10代女性。郡山第一中学校生徒。クラスターが発生した青少年会館で合唱練習に参加。19日の検査では陰性でしたが、健康観察終了前の今日の検査で陽性と確認。

35例目  8月29日 郡山市の10代女性。郡山第一中学校生徒。クラスターが発生した青少年会館で合唱練習に参加。19日の検査では陰性でしたが、健康観察終了前の今日の検査で陽性と確認。

36例目  8月29日 郡山市の30代男性。22~26日に、仙台、大阪、北海道へ移動。27日に発熱があり、市内の医療機関を受診。今日、検査の結果、陽性が判明。濃厚接触者は調査中。

37例目  8月30日 郡山市の50代男性。29日に147例目の濃厚接触者として検体採取。30日、 PCR検査の結果、陽性と判明。市内医療機関入院調整中。この間症状なし。濃厚接触者は現在調査中。

38例目  9月1日 郡山市の30代女性。8月29日に感染が確認された30代男性の濃厚接触者。

39例目  9月1日 郡山市の40代男性。飲食店従業員。8月29日に感染が確認された157例目・30代男性の濃厚接触者。家族3 名はPCR検査の結果、陰性。

40例目  9月1日 郡山市の30代男性。飲食店従業員。8月29日に感染が確認された157例目・30代男性の濃厚接触者。濃厚接触者は調査中。

41例目  9月1日 郡山市の20代男性。飲食店従業員。8月29日に感染が確認された157例目・30代男性の濃厚接触者。濃厚接触者は調査中。
42例目  9月1日 郡山市の20代男性。飲食店従業員。8月29日に感染が確認された157例目・30代男性の濃厚接触者。濃厚接触者は調査中。
43例目  9月3日 郡山市の20女性。濃厚接触者。軽症で入院予定。
44例目  9月4日 郡山市の30代男性。濃厚接触者。濃厚接触者は家族3名他調査中。

45例目  9月5日 郡山市の20代男性。濃厚接触者。飲食店従業員。無症状で、市内での入院が予定。先月29日に陽性となった36例目の郡山市の30代男性の濃厚接触者。

46例目  9月6日 郡山市の50代男性。8月28日に感染が確認された郡山市の50代男性(27例目)の濃厚接触者。先月26日に咳の症状があり、(一昨日4日)保健所に相談、今日PCR検査で陽性が判明。症状は軽症で入院予定。濃厚接触者は調査中。

47例目  9月7日 郡山市の湖南小中学校の10代女性。昨日陽性が分かった郡山市の50代男性(46例目)の家族。無症状で入院予定。

48例目  9月11日 郡山市の50代男性。郡山市職員(富田行政センター)。8月22日濃厚接触者としてPCR検査の結果、陰性。最終接触日の8月18日の翌日から換算して14日間の健康観察が9月1日に終了。9月3日頭痛、発熱。9月7日PCR検査の結果、陰性。9月10日熱が下がらないため医療機関を受診。9月11日PCR検査の結果、陽性。軽症で入院継続中。

49例目  9月11日 郡山市の40代女性。9月8日発熱、咽頭痛。9月11日PCR検査の結果、陽性。軽症で入院予定。

50例目  9月15日 郡山市の30代女性。9月10日咳、くしゃみ、発熱症状あり。 9月14日市内医療機関を受診し、検体採取。9月15日PCR検査の結果、陽性と判明。市内医療機関入院予定。軽症。濃厚接触者調査中。

51例目  9月16日 郡山市の60代男性。9月6日 市内42例目(9/4陽性)の接触者(別居家族)としてPCR検査の結果、陰性。9月9日 37.5°C、倦怠感。9月15日 市内医療機関を受診し、検体採取。9月16日 PCR検査の結果、陽性。入院予定。軽症。濃厚接触者調査中 。

52例目  9月16日 郡山市の20代男性。9月7日 味覚障害、嗅覚障害。9月15日 市内医療機関を受診し、検体採取。9月16日 PCR検査の結果、陽性。入院予定。軽症。発熱なし。濃厚接触者調査中。

53例目  9月16日 郡山市の60代男性。9月11日 体調不良で、市内医療機関受診。37.4℃、喉風邪。9月15日 市内医療機関を受診し、検体採取。9月16日 PCR検査の結果、陽性。市内医療機関入院予定。軽症。

54例目  9月19日 郡山市の60代男性。会社役員で、2週間以内の海外・県外の渡航歴はありません。現在入院中で、症状は軽症。
55例目  9月23日 郡山市30代女性。感染経路不明。軽症。
56例目  9月23日 郡山市80代女性。感染経路不明。軽症。
57例目  9月24日 郡山市60代男性。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。
58例目  9月24日 郡山市30代男性。濃厚接触者。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。
59例目 9月24日 郡山市20代男性。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。
60例目 9月24日 郡山市80代男性。濃厚接触者。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。

61例目 9月24日 郡山市50代男性。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。
62例目 9月24日 郡山市60代女性。9月24日PCR検査の結果、陽性確認。軽症で入院中。濃厚接触者調査中。

63例目 9月26日 郡山市60代男性。会社員。今月25日に県内の濃厚接触者として検体採取。本日のPCR検査で陽性。症状なしで入院中。濃厚接触者はなし。

64例目 9月26日 郡山市20代男性。大学生。16日に熱感、17日に咽頭痛。20日に嗅覚障害。25日に帰国者・接触者外来を受診し検体採取。PCR検査で陽性。軽症で入院予定。濃厚接触者はなし。陽性患者との接触もなし。

65例目 9月26日 郡山市40代男性。6日に咽頭痛あり。17日に発熱あり。25日に帰国者・接触者外来を受診し、検体採取。PCR検査で陽性。軽症で入院予定。濃厚接触者はなし。

66例目 9月26日 郡山市70代男性。25日に医療機関を受診し、検体採取。PCR検査で陽性。無症状で、入院中。濃厚接触者は、同居家族、その他調査中。陽性患者との接触は確認されていない。

67例目 9月27日 郡山市10代男性。軽症で入院予定。濃厚接触者は、同居家族とその他は確認中。陽性患者との接触は確認されていない。

68例目 9月29日 郡山市30代男性。会社員。9月26日発熱(37.5℃)、倦怠感。27日発熱(38.5℃)、関節痛、医療機関受診。28日嗅覚異常、PCR検体採取。29日陽性確認。農耕接触者調査中。軽症で入院中。

69例目 9月29日 郡山市30代女性。会社員。9月26日発熱(37.6℃)、頭痛、咽頭痛。28日発熱(38.4℃)、関節痛、医療機関受診。28日PCR検体採取。29日陽性確認。農耕接触者調査中。軽症で入院中。

70例目 10月1日 郡山市60代男性。会社役員。濃厚接触者で同居家族。

71例目 10月1日 郡山市20代女性。学生。濃厚接触者で同居家族。
72例目 10月1日 郡山市30代男性。会社員。濃厚接触者で同居家族。
73例目 10月1日 郡山市10代男性。小学生。通っている小学校児童に濃厚接触者、接触者はいない。濃厚接触者で同居家族。
74例目 10月1日 郡山市10歳未満女性。小学生。通っている小学校児童に濃厚接触者、接触者はいない。濃厚接触者で同居家族。
75例目 10月1日 郡山市10歳未満男性。未就学児。濃厚接触者で同居家族。
76例目 10月1日 郡山市40代男性。現段階でいずれも感染経路不明。
77例目 10月1日 郡山市30代男性。現段階でいずれも感染経路不明。
78例目 10月1日 郡山市30代女性。現段階でいずれも感染経路不明。

79例目 10月3日 郡山市40代女性。9月30日に咳症状あり。2日に医療機関を受診し、3日にPCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院中。濃厚接触者については調査中。

80例目 10月3日 郡山市30代男性。会社員で、9月29日に発熱(38.0℃)あり。2日に医療機関を受診し、3日にPCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院中。濃厚接触者。その他の濃厚接触者については調査中。

81例目 10月3日 郡山市50代男性。会社員で、9月29日に倦怠感、下痢、食欲不振、悪寒、発熱(37.5℃)。1日に医療機関を受診。3日にPCR検査の結果、陽性と判明。重症で入院中。濃厚接触者は職場関係者で、その他は調査中。

82例目 10月3日 郡山市40代男性。9月29日に寒気あり。1日に医療機関を受診し、3日にPCR検査の結果、陽性と判明、咳あり。軽症で入院中。濃厚接触者については調査中。

83例目 10月4日 郡山市30代女性。252例目(郡山市の30代男性)の濃厚接触者。軽症で入院中。
84例目 10月4日 郡山市20代女性。感染経路不明。軽症で入院中。
85例目 10月5日 郡山市70代男性。同居家族が濃厚接触者。陽性が既に確認されている30代男性の濃厚接触者。軽症で入院中。
86例目 10月5日 郡山市10歳未満女性。未就学児。軽症で入院中。
87例目 10月5日 郡山市30代男性。感染経路不明。軽症で入院中。

88例目 10月6日 郡山市50代男性。10月4日味覚・嗅覚の異状があり、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院中。濃厚接触者は職場関係者、知人、その他は調査中。陽性者との接触は確認されていない。

89例目 10月6日 郡山市30代男性。10月1日に発熱、倦怠感等があり、4日に味覚・嗅覚の異常、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院予定。濃厚接触者は同居家族、職場関係者。陽性者との接触は確認されていない。

90例目 10月6日 郡山市50代女性。10月2日に発熱があり、4日に味覚・嗅覚の異常、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院予定。濃厚接触者は同居家族、職場関係者。陽性者との接触は確認されていない。

91例目 10月6日 郡山市40代女性。10月4日に発熱や倦怠感があり、5日に医療機関を受診し、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院予定。濃厚接触者は同居家族、職場関係者。陽性者との接触は確認されていない。

92例目 10月6日 郡山市40代男性。10月4日に発熱やせきの症状があり、5日に医療機関を受診し、昨日PCR検査の結果、陽性と判明。軽症で入院中。濃厚接触者は調査中。陽性者との接触は確認されていない。

93例目 10月7日 郡山市50代男性。会社員。9月25日喉に違和感、咳があった。26日発熱。28日咽頭痛があり医療機関受診。2日にも同じ医療機関を受診。6日医療機関を受診し検体採取。7日PCR検査において陽性判明。濃厚接触者は調査中。軽症、入院予定。陽性者との接触は確認されていない。

94例目 10月7日 郡山市30代男性。会社員。10月2日に腰の痛み。4日に発熱、倦怠感、味覚異常あり。6日医療機関を受診し検体採取。PCR検査で陽性判明。濃厚接触者は同居家族。その他は調査中。軽症、入院予定。

95例目 10月7日 郡山市40代女性。パート従業員。4日に咽頭の違和感、咳などがあり。6日に医療機関受診、検体採取。7日にPCR検査で陽性判明。濃厚接触者は職場関係、他調査中。軽症、入院予定。

96例目 10月7日 郡山市40代男性。会社員。2日に発熱、咳、痰、味覚異常あり。6日に医療機関受診し検体採取。7日に陽性判明。濃厚接触者は家族、職場関係者ほか確認中。軽症、入院予定。陽性者との明確な接触は確認されていない。

97例目 10月7日 郡山市30代女性。パート従業員。3日に発熱濃厚接触者は家族、職場関係者、知人、他確認中。軽症、入院予定。陽性者との明確な接触は確認されていない。

98例目 10月7日 郡山市50代男性。会社員。5日に発熱、倦怠感あり。6日発熱、咳、喉の違和感あり。医療機関を受診、検体採取。7日にPCR検査の結果陽性判明。軽症、入院予定。濃厚接触者は調査中。陽性者との明確な接触は確認されていない。

99例目 10月7日 郡山市10代男性。学生。7日、278例目の濃厚接触者として受診。PCR検査の結果、陽性判明。濃厚接触者は調査中。症状なし、入院予定。

 100例目 10月8日 郡山市40代女性。
 101例目 10月8日 郡山市20代女性 
 102例目 10月8日 郡山市10代女性。
 103例目 10月8日 郡山市60代男性。
 104例目 10月8日 郡山市30代女性。
 105例目 10月8日 郡山市20代女性。
 106例目   10月8日 郡山市20代女性。

   このうち2名は郡山絡みだが、県外としてカウントされているため、実際は10月8日(木)時点では、郡山市内だけで104名感染と郡山市は発表。

 <郡山市の年齢別・性別感染者> 10/8現在

10歳未満 男性 1名  女性2名
10代   男性 4名  女性8名
20代    男性 10名  女性7名
30代    男性 14名  女性8名
40代    男性  7名  女性6名
50代    男性 16名  女性2名
60代    男性 11名  女性3名
70代    男性  4名  女性1名
80代    男性  1名  女性1名

合計     男性 68名  女性38名

 10代の女性はほとんどが青少年会館で行われた合唱練習の合宿に参加した生徒で、11名が感染したクラスターが原因。

 ちなみに郡山市内でのクラスターは、ここ以外は、麓山の中央公民館が6名、あとは店名を郡山市は頑なに明かさないが、駅前のホストクラブだ。生命の危機よりもあくまで個人情報保護を優先する管理体制を貫いている。不特定多数の人が出入りしている店のほうが危険なのに、実名を明かさないのは人命軽視と言われても弁解のしようがない。

 また、県内で死者が4名も出たのに、これも一切非公開。市町村名や性別、年代だけなら公表しても問題ないのに、やはり特定されるのを恐れてなのか、個人情報や感染者保護の観点が人命尊重よりも優先されている。

 <郡山市の月別感染者>

 3月  1名 
 4月  4名
 5月  2名
 6月  0名
 7月  2名
 8月 27名 
 9月 33名
10月 37名

 8月から急激に増加に転じた。やはり観光業者への配慮から見切り発車した感の強い、無能な政府主催の「GOTOトラベルキャンペーン」などという一見景気のよさそうな県をまたいでの旅行を推奨する愚策のせいで、これほどまでの感染拡大を招いたことは火を見るより明らかだ。

 未だに東京は、毎日200名前後の感染者で推移している。実際に重症化して命の危機に晒されている人を見殺しにするような戦略で、火に油を注いでいるにすぎない。なぜ武漢市のようにロックダウンで短期間の都市封鎖が出来なかったのか。全責任は政府にある。

 一方で、郡山市はもともと県の中央に位置し、鉄道や高速道路網の中心的役割を果たす商業都市で、人の交流が盛んな土地柄である。県庁所在地の福島市の三倍近い感染者を出すなど、本来ならあり得ない状況だ。こうなると郡山は首都圏の感染者数と変わらない。

 要は、対策が後手後手だから、このような状況悪化を招いているのではないか?市はPCR検査を増やしただけで、根本的な対応策はおそらく何も講じていない。2日前にようやく駅前の飲食業者のPCR検査を無料で実施するなど、付け焼刃的な対策を行うと宣言したが、あまりにも遅すぎる。

 これほどまでの感染爆発を招いてからようやく重い腰を上げる行政。お粗末すぎる。なぜもっと早く警告を発せないのか?若い北海道知事や大阪府知事のほうが、俊敏にかつ機動力を発揮し、何度もマスコミに登場し、予防の徹底を呼びかけたり、打開策を講じている。

  やはり、郡山市は田舎の地方都市なので、旧態依然の保守的な考え方が多く目につく。これまで市長になった方は長老ばかりだ。私は斬新なアイディアで市政を遂行できる40代や50代の若手がなるべきだと思っている。守りに入る姿勢では何も変わらない。やはり、革新的で攻めの行政を実行して欲しいのだ。

  現市長は、たいした功もなく、そして自身が高齢にもかかわらず、3選出馬を考えているようだが、自分の75歳という年齢を熟慮してから決断してほしいと思う。来年、76歳で3期目当選したところで、満期時には80歳の後期高齢者だ。市長という激務に耐えられる体力と気力があるとは到底思えない。有権者や経済団体などの支持母体も、ご本人の健康状態やこれまで2期の実績などを判断して支持を表明して貰いたいものだ。「東京大学卒」という学歴だけを有り難がって推挙などしないようにしていただきたい。さらに言えば、国民や市民を守れないような政治家はさっさと政界を去ってもらいたいものだ。そうでなければ旧態依然のままで、新型コロナは増加の一途を辿るだけでいっこうに終息できない。

 追記(R.2.10.11)

 この記事掲載からわずか2日間で郡山市の感染者数が118名になり、11日(日)の発表では、県内で一日だけで一気に10名増えた。この増え方は異常で、福島県全体の感染者が314名なので、郡山だけでその3分の1を超えた。そして2位の福島市が29名のまま。ということは郡山市の感染者数は県庁所在の福島市の4倍を超えてしまった。やはり水際対策がまったくできおらず、行政の失態と言わざるを得ない。

 おそらく、駅前の飲食業者のPCR検査を無料にしたため、保健所や検査場所に殺到し、検査数が一気に増えたため、感染者数が急増したものと思える。だが、よく考えてみれば、今回、検査して陽性だった人は、それを知らずにずっと営業を続けて来たのだ。だから、濃厚接触者を含め、今後さらに感染数は大幅に増加することは間違いない。

 結局、郡山市のコロナ対策はズボラで何ひとつ用を足していない。根本から見直すべきだ。危機管理能力が低すぎるからこのような事態を招いている。トップの市長は責任を取るべきで、3選出馬などという流暢なことを語る資格はない。

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 今後、郡山市の感染状況をこの下の欄に追記して報告して行きます。

 10/12(月)時点
 福島県の感染者数 317名   死者5名

 郡山市の感染者数 121名(10/9から3日で17名増加) 

 県全体から見た郡山市の占有率 38%(福島県内の約4割近くが郡山市内の感染者)

 10/14(水)時点
 福島県の感染者数 324名  死者5名

 郡山市の感染者数 125名(10/9から5日で21名増加) 

 県全体から見た郡山市の占有率 38%

   10/15(木)時点
 福島県の感染者数 332名  死者5名

 郡山市の感染者数 127名(10/9から6日で23名増加) 

 県全体から見た郡山市の占有率 38% 

 郡山市内の感染者の36%は駅前繁華街の飲食店で感染しているという衝撃的なデータが地元のテレビで公表された。
 郡山駅前のオフィスビルに勤務している私にとっては結構ヤバすぎる数値。7月中旬に退院して職場復帰以降、昼食はコンビニか「PIVOT」の持ち帰り弁当なので、外食は一切していない。

 10/16 (金) 時点

   福島県の感染者数 347名 死者6名

 郡山市の感染者数 133名(10/9から7日間で29名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 38%

 10/17 (土) 時点

   福島県の感染者数 359名 死者6名

 郡山市の感染者数 143名(10/9から8日間で39名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 39.8%

 10/19(月)時点

 郡山市の感染者数 151名(10/9から10日間で47名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 40.9%

 10/22(木)時点

 福島県の感染者数 374名 死者6名

 郡山市の感染者数 154名(10/9から13日間で50名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 41.1%

 10/23(金)時点

 福島県の感染者数 378名 死者6名

 郡山市の感染者数 157名(10/9から14日間で53名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 41.5%

 10/26(月)時点

 福島県の感染者数 386名 死者6名

 郡山市の感染者数 159名(10/9から17日間で55名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 41.2%

 11/3(火)時点

 福島県の感染者数 401名 死者6名

 郡山市の感染者数 170名(10/9から25日間で66名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 42.3%

 11/5(木)時点

 福島県の感染者数 409名 死者6名

 郡山市の感染者数 178名(10/9から27日間で74名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 43.5%  2位の福島市が37名のため郡山は5倍近く多い。
 郡山市は今、コロナ山市などと揶揄されている。

 11/8(日)時点

 福島県の感染者数 415名 死者6名

 郡山市の感染者数 181名(10/9から30日間で77名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 43.6%  

 11/17(火)時点

 福島県の感染者数 441名 死者6名

 郡山市の感染者数 186名(10/9から39日間で82名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 42.1%  

  11/21(土)時点

 福島県の感染者数 474名 死者6名

 郡山市の感染者数 191名(10/9から43日間で87名増加)

 県全体から見た郡山市の占有率 40.2%  

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