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野球

2018年11月18日 (日)

気の毒なプロ野球の球団

 FA(フリーエージェント)制度は、選手会が勝ち取った権利だが、一方でその利害も大きい。
 選手会側からみれば、入団時、自らの意思で球団を選べないデメリットを解消できる。嫌いな球団でも一定期間過ごして国内FA権、海外FA権を取得すれば、己の成績次第で手を挙げてくれる球団があれば、移籍先を選べるという利点がある。 
 もちろん、選手は自分の実力を高く評価し、少しでも条件(年俸)の良い球団を選ぶのはプロである以上は当然の成り行きだ。

 一方、球団側から見れば、チームの看板選手を放出せざるを得ない状況に陥る。FAを行使しないよう、引き止めのためには多額の契約金を用意しなければならない。
 負の面はまだある。人気球団、例えば巨人、阪神、ソフトバンクなど資金力が豊富な球団に根こそぎ持って行かれ、戦力ダウンは否めない。マネーゲームに参加できない球団は、中心選手の移籍をただ指をくわえて見守ることしかできない。

 せっかく新人の頃から育成し、一流選手に育て上げたとしても、厚待遇を目の前にすれば、誰もが二心を抱き、少しでも条件の良い球団への移籍を望むはずだ。
 しかし、FAは根本的に年俸の釣り上げを招き、球団経営を圧迫するという弊害もある。財政難の球団ほどFA制度自体は目の上のこぶでしかない。事実、FAの導入によって、被害を被っている球団がある。それは選手の育成力が群を抜いている広島と西武だ。

  特に、広島の場合、海外にも「カープアカデミー」があり、ひとりひとりを大事に扱い、一流の選手に育て上げている点で定評がある。時間を掛けて育て上げた選手なのに他球団に高額年俸で引き抜かれる現状を何度も見てきた。ファン心理としては落胆の一途だろう。「カープ愛」でずっと応援してきた選手が、突然移籍し、翌年から違うユニフォームを着ている。そんな姿を見れば、ファンは失望し、裏切られた気分になることは必至。

https://www.youtube.com/watch?v=2YC_3Ra_mbk

 逆に言えば、ファンとの関係を考えると、このことが選手の権利行使を阻む一因になってしまう。そこは複雑な人間関係が絡み、球団に育ててもらったという恩義が選手のFA行使を遠慮するということだ。人間である以上、築き上げた信頼関係は壊したくないし、裏切り者として恨まれたくない。選手も辛い選択に苦悩、苦渋の決断をしなければならない。

 では、実際にどんな選手を他球団に持っていかれたか、気の毒なFA献上球団について過去の例を振り返りたい。

 「広島東洋カープ」

 投手・・・川口・大竹(いずれも巨人)、黒田・高橋建・前田(いずれもメジャー)

 野手・・・江藤(巨人)、金本・新井(いずれも阪神)

 いずれもクリーンアップを打つ主力と先発ローテーションを守ったエース級の投手ばかりが狙われた。そして今年は主砲として大活躍した「丸佳浩」選手に巨人が触手を伸ばしている。一説によると、丸選手が希望する複数年契約で、しかも5年で30億円超と破格の条件を提示し、獲得をもくろんでいるとか。年俸に換算すると1年6億超えでNPB史上最高額となる。

 広島は、ご存知のように、イチ地方の「市民球団」で、資金が豊富ではない。これまでFA権を行使した選手は引き止め工作はできなかった。一軍レギュラーやスタメン定着に育った選手は、移籍の際、涙ながらに会見し、改めて熱狂的なファンに詫びる形で泣く泣く移籍していった実例がある。新井にしても黒田にしてもそうだった。

 「西武ライオンズ」
 
 投手・・・工藤(ダイエー)、松坂・牧田(メジャー)、豊田・野上(巨人)、
       帆足(ソフトバンク)・涌井(ロッテ)、岸(楽天)

 野手・・・秋山・石毛(ダイエー)、和田(中日)、清原・片岡・脇谷(巨人)
      松井稼(メジャー・楽天・西武)、中島(メジャー・オリックス)

 そして今年はエースの菊地がポスティングシステム利用でメジャー挑戦を打ち出し、クリーンアップを張った浅村栄斗選手が国内FA権を行使した。

 西武は元から独自路線を貫き、無名選手をドラフトで指名し、それを一流選手に仕立て上げる育成能力がある。しかし、そうやって手塩にかけて育てた選手も、権利を取得すれば、手のひら返しのように大金目当てに他球団へ移籍してしまう。プロである以上、自分を高く買ってくれる球団を目指すのは当然かもしれないが、義理人情もなく、ファンへの恩義もなく、金に目がくらんで簡単に移籍するのはあまりにも世知辛い印象を受ける。

 ところで、今年、オリックスを自由契約になった中島裕之(宏之)選手も、巨人の原監督がべた惚れで入団は確実と見られている。WBC監督時代に中島を2番スタメンで使い、世界一になった功績が忘れられないようだ。
 そうなると、下手すれば金に物を言わせて中島だけでなく、「丸」、「炭谷」、「浅村」と一挙に大金をちらつかせて入団させる可能性も否定できない。

 皮肉なことに、他球団が一流選手に育てた選手を巨人が獲得してダメにするという構図が一般化している。

 当該の巨人はと言うと、せっかく大枚を叩いてFAや自由契約で獲得した選手が実力をあまり発揮できていない。これまでにFAやトレードなどで入団した大物選手は以下の通りだ。

 大竹(前広島)、小笠原・陽・吉川・石川(ともに前日本ハム)、野上(前西武)、
 杉内・立岡・森福(ともに前ソフトバンク)、山口俊(前DeNA)、ゲレーロ(前中日)、
 マギー(前楽天)、
 
 
 以上の選手たちは、移籍前のほうが華々しい活躍をしており、巨人に来た途端、成績が下がった典型例だ。

 こうしてみると広島と西武は、実に気の毒としか言えないが、両球団とも今年のペナントレースを制覇したという意味では、育成上手だし、首脳陣のコーチングや選手の起用法が抜群だと言えるだろう。

 さて、今年の「ストーブリーグ」に目を移すと、FA権利保有選手に超大物がズラリ揃っている。
 特に、4年連続でVを逸した巨人は焦りを隠せないに違いない。旧態依然で、FA権取得者に片っ端から声掛けし、手当たり次第にかき集める強引な手法をとるかもしれない。

 年内はその動向から目を離せない。

 ちなみに丸、中島、炭谷を巨人が補強したとして、打線を考えると脅威以外の何物でもない。

                  ポジション   
 1 陽/重信                         7   
 2 吉川尚/田中俊             4 
 3  坂本                       6
 4 岡本                    5 
 5 丸                              8      
 6 中島                    3 
 7 亀井/長野/ゲレーロ        9
 8 阿部/炭谷/小林             2
 9 菅野                    1

  あとは投手力次第だが、もし丸選手が抜けてしまい、広島が戦力ダウンすることを考えると、これほどの面子を揃えて優勝できなかったら、巨人はもうやり方を変えるしかない。
 こちらも気の毒なのは、せっかく芽が出てきた「大城」、「宇佐見」、「山本」、「増田」などの若手の逸材がその出場機会を奪われるということだ。私は「炭谷」を獲得する意図がわからない。これは炭谷自身もまた出場機会が減ることを意味する。大ベテランの阿部が捕手へのカムバックを表明し、強肩の小林、そして大城、宇佐見とスタメン捕手の候補を4人も揃える必要はどこにあるのか?甚だ遺憾だ。

 野球を知り尽くし実績十分の原辰徳監督の復帰で戦力は整ってきている。あとは若手を上手に育て、ベテランがへばる夏場にスタメンの入れ替えをすれば、5年ぶりの優勝が見えてくる。
 巨人ファンには朗報だが、他の5球団、ひいては11球団をまた敵に回すかもしれない。

 私は原監督が2度目の指揮を執る際に「ジャイアンツ愛」を全面に押し出してナイン一丸となって戦い、見事日本一になった経緯を知っている。なのに、今の巨人は常勝のプレッシャーからか、毎年他球団のFA大物選手を獲得し寄せ集め集団と化している。これではチーム愛も育たない。結果だけが重視され、優勝だけ求められる非情軍団に成り下がっている。実際に生え抜きの主力は「亀井」「長野」「坂本」「阿部」「岡本」「菅野」くらいで、他は陽、マギー、ペゲーロなど他球団からの移籍で賄っている。

 最後になるが、私の予想では広島の丸選手は、巨人ではなくロッテに入団する気がしている。それは単に出身県が千葉というだけでなく、同じセ・リーグで、広島と敵対関係になることは望まないのではないかという見方からだ。カープのファンは、カープ女子を始め、ファミリー的な存在で、こよなく選手を愛する球団だ。だから憎まれるようなことは避けるのではないかと考えている。逆に丸自身もロッテに行った方が、のびのびと野球に専念できる気がする。変なプレッシャーもなく、熾烈な外野ポジション争いもなく、安泰だ。

2018年10月27日 (土)

スポーツアスリートと妻の血液型

 血液型別の性格診断や相性診断には賛否両論あるところだが、いろいろ調査することで、何か結論めいたことが判明するのではないかと考え、敢えて今回、このような話題に触れてみたい。
 結婚を機に運勢がガラリ変わることがある。いわゆる女性で上げまんとか下げまんとか言う類だ。それが勝負を生業とするスポーツアスリートの場合、それが顕著に垣間見えるように思える。今日はプロ野球選手を中心にアスリートたちの結婚に関わり、「血液型相性」を探りたい。

 A型ーA型妻の例

 田中将大と里田まい、瀬戸大也と馬淵優佳、 青木宣親と大竹佐知

 江草仁貴と竹下佳江、 緒方孝市と中條かな子、涌井秀章と押切もえ

 松井裕樹と石橋杏奈、内村航平と上谷千穂、細貝萌と中村明花

 横尾要(ゴルフ)とかとうれいこ、篠田歩(バレーボール)と伊藤さおり

 山本大介(ラグビー)と小椋久美子(離婚)、三浦知良と設楽りさ子

 金石昭人と陣内貴美子、河井陽介と広瀬麻知子

 A型とO型妻の例

 新庄剛志と大河内志保(離婚)、ダルビッシュ有と紗栄子(離婚)

 西岡剛と徳澤直子(離婚)、大津祐樹と久冨慶子、深堀圭一郎と進藤晶子

 清水宏保と高垣麗子(離婚)、堂林翔太と枡田絵理奈、四宮洋平と荒木絵里香

 不思議なことにA-O型は離婚率が高い。

 A型とB型妻の例

 ダルビッシュ有と山本聖子、杉内俊哉と上葉えりか、五十嵐圭と本田朋子

 千葉進也と番ことみ

 A型とAB型妻の例

 皆川賢太郎と上村愛子、坂田亘と小池栄子、辻上裕章と澤穂希、井上真弥と四元奈生美

 O型とA型妻の例

 和田毅と仲根かすみ、長谷部誠と佐藤ありさ、井上康生と東原亜希

 稲本潤一と田中美保、松井大輔と加藤ローサ、中山雅史と生田智子

 武豊と佐野量子、秋山成勲とSHIHO、海老沼匡と阿部香菜、斉藤祐也と岩崎恭子

 O型とO型妻の例

 松坂大輔と柴田倫世、魔裟斗と矢沢心、長友佑都と平愛梨

 太田雄貴と笹川友里、佐々木健介と北斗晶、中村俊輔と今井まなみ

 三浦皇成と星野あき、貴乃花と河野景子、黒田哲史と新山千春(離婚)

 細川大輔と寺川綾

 O型とB型妻の例

 佐々木主浩と榎本加奈子、高橋由伸と小野寺麻衣、元木大介と犬神いずみ

 石井一久と木佐彩子、谷佳知と田村亮子、長野久義と下平さやか

 山本貴司と千葉すず

 O型とAB型妻の例

 谷原秀人(ゴルフ)と長手絢香

 B型とA型妻の例

 内川聖一と長野翼、松中信彦と林恵子、増嶋達也と潮田玲子

 宇佐美貴史と宇佐美蘭、小橋建とみずき舞

 超個性的なB型にA型女性が惹かれて結婚した者の、B型夫のマイペースぶりやマニアックな部分にA型妻が我慢している構図が見え隠れする。

 B型とO型妻の例

 イチローと福島弓子、古田敦也と中井美穂、清原和博と木村亜希(離婚)

 井端弘和と河野明子、福永祐一と松尾翠、荻晃太と長井梨紗

 柿谷曜一朗と丸高愛実、西村晃一(ビーチバレー)と菅山かおる

 朝原宣治と奥野史子、弦巻健人と大竹七未、柿谷曜一朗と丸高愛美

 B型のアスリートはO型女性と結婚するケースが多い。おおらかで安心感を与えるからだ。O型女性から見ると、B型の天性の才能に惚れ込みやすい。

 B型とB型妻の例

 城石憲之と大橋未歩(離婚)、笘篠賢治と松本典子、山本尚貴と狩野恵里

 柴崎岳と真野恵里菜、江宏傑と福原愛

 B型とAB型妻の例 

 北島康介と千紗

 AB型とA型妻の例
 
 AB型とO型妻の例

 柏木陽介と佐藤渚、松岡修造と田口恵美子

 AB型とB型妻の例

 アントニオ猪木と倍賞美津子(離婚)

 AB型とAB型妻の例

 AB型は、日本人の約9%しかいない。したがってアスリートの数も希少で、こうしたモデルケースに登場する機会も少ない。

 世の中には「あげまん」「さげまん」なる言葉がある。結婚を契機に運勢が上がったり、下がったりする非科学的事象だ。私は人が生まれたら、或る過渡期に運勢がそこでガラリ変わると考えている。まず誕生時、親が付ける名前、そして就職先、そして結婚だ。特に結婚は生活を共にする伴侶との出逢いであり、そこで大きく運命が変わると考えている。特に女性の場合、多くが姓が変わる。
 結婚してすぐに大病を発症するというのは、その運勢の変化によるものだ。夫が出世するか否かも配偶者との相性が大きく物を言う。そして食事面の管理を含め、「内助の功」がもっとも成績を左右することとなる。

 それがプロのアスリートの場合、顕著に成績に表れる。血液型相性は、万全ではないが、それによって異なる性質を持つのは明らかなので、その組み合わせで成績が伸びる落ちるは十分証明がつくのだ。

 例えば、国際舞台で活躍するトップアスリートやレジェンドと呼ばれるカリスマ選手はB型が圧倒的に多いように。

 長嶋茂雄、青木 功、岡本綾子、山口 香、北島康介、野村忠宏、伊調馨、伊達公子、
杉山 愛、イチロー、福原 愛、田村亮子、萩野公介、大橋悠衣、野茂英雄、大谷翔平、
清原和博、金田正一、野村克也、伊藤みどり、浅田真央、羽生結弦、宇野昌磨

 蛇足だが、アスリート以外にもカリスマと呼ばれるB型は以下の通り

 坂本龍一、矢沢永吉、YOSHIKI、尾崎 豊、明石家さんま

2018年10月22日 (月)

過去のドラフトから

 今年もこの季節がやってきた。これまで幾度となくドラマを呼んできたプロ野球ドラフト制度」。プロ入りしたい者は自分の球団を選べない理不尽さ。そして自分の運命をクジに託さなければならない不合理。

Draft

 しかし、FA制度導入により、ある一定の基準をクリアすれば、国内や海外のFA権を行使し、手を挙げてくれた球団と交渉し、行きたい球団にも行ける道筋が開けているのは周知の事実である。
 1965年に始まったこのドラフト制度、今年(2018年)で54回目を迎えるが、これまで数々のドラマを生んできたドラフト制度を振り返れば、いろいろ気づくことがある。今日はそれを紹介したい。
 結論から言えば、堅実な選手育成の「広島」、強引な「日本ハム」、スカウトが脳なしの「巨人」、そして幸運な「ヤクルト」と言えるだろう。その根拠を示したい。

 1 広島東洋カープ(主な獲得選手)

 1972年 ドラフト1位 池谷公二郎
 1973年 ドラフト1位 木下富雄
 1974年 ドラフト3位 高橋慶彦
 1975年 ドラフト1位 北別府学 2位 山根和夫 3位 長内孝 
 1976年 ドラフト1位 山崎隆造
 1977年 ドラフト4位 達川光男
 1980年 ドラフト1位 川口和久
 1981年 ドラフト1位 津田恒美
 1982年 ドラフト1位 西田真二
 1983年 ドラフト1位 川端 順  2位 小早川毅彦 3位 紀藤真琴
 1984年 ドラフト2位 正田耕三
 1985年 ドラフト1位 長冨浩志
 1986年 ドラフト3位 緒方孝市
 1988年 ドラフト1位 野村謙二郎  5位 江藤 智
 1989年 ドラフト1位 佐々岡真司  4位 前田智徳
 1991年 ドラフト1位 町田公二郎  4位 金本知憲
 1994年 ドラフト2位 嶋 重宣    4位 高橋 建
 1996年 ドラフト1位 沢崎俊和     2位 黒田博樹
 1997年 ドラフト4位 小林幹英
 1998年 ドラフト1位 東出輝裕     6位 新井貴浩
 1999年 ドラフト3位 栗原健太
 2001年 ドラフト1位 大竹 寛
 2002年 ドラフト1位 永川勝浩
 2005年 ドラフト3位 梵 英心 
 2006年 ドラフト1位 前田健太      3位 会澤 翼
 2007年 ドラフト3位 丸 佳浩
 2009年 ドラフト1位 今村 猛     2位 堂林翔太 育成 永川光浩
 2010年 ドラフト1位 福井優也    6位 中崎翔太
 2011年 ドラフト1位 野村祐輔    2位 菊池涼介
 2012年 ドラフト2位 鈴木誠也
 2013年 ドラフト1位 大瀬良大地  3位 田中広輔
 2017年 ドラフト1位 中村奨成
 2018年 ドラフト1位 小園海斗 4球団競合 
 
 記載の通り、スカウトの見る目はピカイチだ。ほとんど上位で指名した選手がレギュラーを獲得し、チームの中心として活躍している。面倒見の良い成長型チームと言えよう。

Carp


 2 「日本ハムファイターズ」

 1978年 ドラフト1位 高代延博
 1979年 ドラフト1位 木田 勇
 1981年 ドラフト1位 田中幸雄(85年3位で入団)
 1983年 ドラフト1位 白井和幸
 1984年 ドラフト1位 河野博文
 1985年 ドラフト1位 広瀬哲朗
 1986年 ドラフト1位 西崎幸広
 1987年 ドラフト1位 武田一浩
 1988年 ドラフト1位 中島輝士
 1989年 ドラフト2位 岩本 勉
 1991年 ドラフト2位 片岡篤史
 1993年 ドラフト3位 金子 誠
 1996年 ドラフト3位 小笠原道大
 1998年 ドラフト2位 建山義紀
 1999年 ドラフト2位 田中賢介
 2003年 ドラフト1位 糸井嘉男
 2004年 ドラフト1位 ダルビッシュ有 4位 マイケル中村
 2005年 ドラフト1位 八木智哉
 2006年 ドラフト1位 吉川光夫        3位 糸数敬作
 2007年 ドラフト1位 中田 翔         3位 宮西尚生
 2008年 ドラフト1位 大野奨太
 2010年 ドラフト1位 斎藤佑樹        2位 西川遥輝
 2011年 ドラフト1位 菅野智之(拒否) 3位 石川慎吾
 2012年 ドラフト1位 大谷翔平
 2014年 ドラフト1位 有原航平
 2017年 ドラフト1位 清宮幸太郎
 2018年 ドラフト1位 吉田輝星 

Nichiham

 ここは昔からオーナーのクジ運が強く、パ・リーグ全体に言えることだが、人気スター選手を根こそぎ持って行った。イチロー・清原和博・松坂大輔・ダルビッシュ有・田中将大・斎藤佑樹などだ。日本ハムは特にその傾向が強い。誰かが引退やFAで抜けても、途切れることなく客を呼べるスター選手が入団している。新庄剛志→ダルビッシュ有→斎藤佑樹→大谷翔平→清宮幸太郎といった具合だ。
 しかし、日本ハムの弱点はドラフト1位は活躍するが、下位の選手はあまり育っていない。そして「強行指名」が多い。2011年には、原監督の甥の菅野選手を強行指名して、拒否され、浪人生活を余儀なくしたし、翌年にはメジャーリーグ入りしか考えていなかった大谷翔平を強行指名。半ば強引に説き伏せ、入団にこぎつけた。いずれも栗山監督だった。

 3 巨人

 巨人のドラフト下手を証明するため、平成元年(1989年)以降のドラフト1位だけを見てみたい。
 1989年 ドラフト1位 大森 剛     2004年 ドラフト1位 野間口貴彦
 1990年 ドラフト1位 元木大介     2005年 ドラフト1位 辻内崇伸
 1991年 ドラフト1位 谷口功一     2006年 ドラフト1位 坂本勇人 
 1992年 ドラフト1位 松井秀喜     2007年 ドラフト1位 藤村大介
 1993年 ドラフト1位 三野勝大     2008年 ドラフト1位 大田泰示
 1994年 ドラフト1位 河原純一    2009年 ドラフト1位 長野久義
 1995年 ドラフト1位 原 俊介     2010年 ドラフト1位 沢村拓一
 1996年 ドラフト1位 入来祐作    2011年 ドラフト1位 松本竜也
 1997年 ドラフト1位 高橋由伸    2012年 ドラフト1位 菅野智之
 1998年 ドラフト1位 上原浩治    2013年 ドラフト1位 小林誠司
 1999年 ドラフト1位 高橋尚成    2014年 ドラフト1位 岡本和真
 2000年 ドラフト1位 阿部慎之助   2015年 ドラフト1位 桜井俊 
 2001年 ドラフト1位 真田裕貴    2016年 ドラフト1位 吉川尚輝
 2002年 ドラフト1位 木佐貫 洋   2017年 ドラフト1位 鍬原拓也
 2003年 ドラフト1位 内海哲也        2018年 ドラフト1位 高橋優貴

  (青字は期待外れだった選手)

Kyojin

 巨人は、ドラフト上位指名選手は育たない。逆指名で高橋由などを獲得したものの、長嶋監督時の松井秀喜や王監督時の桑田強行指名以外はくじ運も悪い。そして何より、スカウト陣がまるでダメ。1位指名した選手が主力で活躍できたのは坂本選手くらいで、常に優勝を義務付けられている巨人はドラフトよりもFA市場や新外人獲得に躍起になっている。しかし、それも全く人を見る目に欠け、巨人に来た途端にダメになるパターンを繰り返してきた。

 4 ヤクルト

 1982年 ドラフト1位 荒木大輔
 1983年 ドラフト1位 高野 光  2位 池山隆寛 3位 橋上秀樹
 1984年 ドラフト1位 広沢克己 2位 秦 真司
 1985年 ドラフト1位 伊東昭光 2位 荒井幸雄 
 1986年 ドラフト1位 西岡 剛(入団せず) 2位 土橋勝征 3位 内藤尚之
            4位 飯田哲也
 1987年 ドラフト1位 長嶋一茂 
 1988年 ドラフト1位 川崎憲次郎 3位 笘篠賢治
 1989年 ドラフト1位 西村龍次 2位 古田敦也
 1990年 ドラフト1位 岡林洋一 3位 高津臣吾
 1991年 ドラフト1位 石井一久
 1992年 ドラフト1位 伊藤智仁 3位 真中 満
 1994年 ドラフト2位 宮本慎也 3位 稲葉篤紀
 1995年 ドラフト4位 石井弘寿
 1996年 ドラフト2位 岩村明憲
 1997年 ドラフト2位 五十嵐亮太
 1999年 ドラフト2位 藤井秀悟
 2001年 ドラフト1位 石川雅規
 2002年 ドラフト1位 高井雄平 3位 館山昌平
 2003年 ドラフト1位 川島 亮 4位 青木宣親
 2004年 ドラフト1位 田中浩康
 2005年 ドラフト1位 村中恭兵 3位 川端慎吾
 2006年 ドラフト1位 増渕竜義
 2007年 ドラフト1位 佐藤由規
 2010年 ドラフト1位 山田哲人
 2012年 ドラフト1位 小川泰弘
 2013年 ドラフト1位 杉浦稔大 2位 西浦直享 3位 秋吉 亮
 2018年 ドラフト1位 清水 昇

Yakurt

 なんと言っても相馬オーナー時の「黄金の左手」で重複した有力選手の獲得に成功して来た。私自身はスカウト陣の目利きは12球団でも1・2位を争うと思っている、競合を避け、独自の調査で隠し玉を備え、毎年一本釣りを行う西武がもっとも優れていると思っているが・・・・。
 しかしヤクルトの選手獲得も見事というほかない。1980年代後半から1990年代前半は野村監督が指揮を執り、黄金期を築いた。おそらく、クジ運だけでなく、本物を見抜く眼力に優れた野村監督の選手選考に関する意向が大きく働いていたことは言うまでもない。

 5 ソフトバンクホークス

 1994年 ドラフト1位 城島健司
 1995年 ドラフト1位 斉藤和巳 
 1996年 ドラフト1位 井口忠仁   2位 松中信彦 3位 柴原 洋 
 1997年 ドラフト2位 篠原貴行
 1999年 ドラフト4位 川崎宗則
 2001年 ドラフト1位 寺原隼人
 2002年 ドラフト1位 和田 毅   2位 新垣 渚
 2003年 ドラフト1位 馬原孝浩
 2005年 ドラフト1位 松田宣浩
 2006年 ドラフト1位 大隣憲司   4位 森福允彦
 2007年 ドラフト1位 大場翔太   3位 中村 晃 
 2008年 ドラフト2位 立岡宗一郎 5位 摂津 正
 2009年 ドラフト1位 今宮健太
 2010年 ドラフト2位 柳田悠岐 
 2011年 ドラフト1位 武田翔太
 2012年 ドラフト1位 東浜 巨  3位 高田知季
 2013年 ドラフト1位 加冶屋蓮  2位 森 唯斗  3位 上林誠知
 2014年 ドラフト5位 島袋洋奨
 2015年 ドラフト1位 高橋純平
 2016年 ドラフト1位 田中正義
 2018年 ドラフト1位 甲斐野 央 3位 野村大樹

Softbank

 ここも選手を見る目は確かだ。ドラフト1位が順当にレギュラーに定着し、結果を残している。亡き根本睦夫管理部長の手腕は凄かった。

 さて、自分の所属チームを選べない不条理な世界。それがNPBの厳しい掟だが、それでも健気にプレーする選手は立派だ。チームが優勝できなくても、自分の役割をベストを尽くして果たそうとしている。チームの成績が不振だからと言って、個々の選手の給料に反映査定するのはおかしいと思う。
 今年3割30本100打点を達成した「岡本和真」選手は、4年目にしてやっと才能が開花した。トリプルスリーを複数回達成している山田哲人選手もしかり。ほかにもコンスタントに好成績を残している西武の秋山翔吾選手やソフトバンクの柳田選手もそうだ。彼らは日本の宝であり、いずれ彼らもメジャーを目指すと思うが、移り気にさせないためにもそれ相応の年俸を渡すべきだ。

 最後に、巨人はダメすぎ。飼い殺しも多いが、打線が振るわず、エース菅野は何度涙をのんだか知れない10勝11敗で終わった2015年シーズンは、防御率が1.91だった。彼が投げると不思議と打線が沈黙した。次のシーズンも9勝止まりだったが、防御率は2.01という成績だった。それでも10勝できなかったからと言って、給料を下げるのは筋が合わない。6年間で76勝(41敗)、結果を残しているエースなのだから、それ相当の報酬を与えないと、いくら叔父の原監督が説得したところでメジャーへのふた心を抱いてもなんら不思議ではない。

 最後に、高校生が大豊作と呼ばれる今年のドラフト会議の交渉権獲得予想をしたい。

 根尾→中日 田尾のようなイメージ(的中)
 藤原→ロッテ 去年獲得の安田といずれは中軸を打つのは間違いない。 (的中)
 小園→広島 相思相愛 地元に近い (的中)
 吉田→楽天 吉田はもしかしてくじ運の強い日本ハムが獲得する可能性あり(的中)
 柿木→ソフトバンク 柿木こそ巨人に来てほしい
 松本→西武 一本釣りの可能性も (的中)
 甲斐野→DeNA どうみても名前からしてDeNA向き
 上茶谷→ヤクルト
 野村大樹→巨人  去年、清宮を外し、原新監督は同じ早実の高校生スラッガーを指名
 渡邉勇太朗→日本ハム 大谷、清宮と人気者を獲得している強運で根尾獲得の可能性
 梅津→オリックス 
 辰己→阪神 外れ1位で指名

 的中率  5/12
 
  

 

2018年9月29日 (土)

多様化するNPBユニフォーム

 長年、日本のプロ野球を愛し、見続けてきた私だが、最近わからないことが多くなった。以下のような毎年のように変わるルールもそのひとつだ。

 クライマックス制の導入、ハーフスイングの判定、ボークの判定、ストライクボールの表現(ワンボールツーストライク)、ホームベース上でのクロスプレー、そして審判の誤審を防ぐ名目で始まったリクエスト制度。
 昔の「勝利打点」は姿を消し、週間MVPなどもあまり聞かなくなった。私の少年時代とは様変わりしすぎだ。

 そして、最近激変したのは、プロ野球球団の戦闘服である「ユニホーム」だ。パッと見、どこのチームか判断できない。昔なら、チームカラーが決まっていて、歴史と伝統を感じさせるような重みがそれ自体に備わっていた。しかし、決して軽視しているわけではないだろうが、カラフルになりすぎて、奇を衒っているような印象しかない。中には交流戦仕様とか、メモリアル試合などの期間限定ユニホームまであるらしい。
 では実際に、往年のユニホームと最近のチームのものを比較したい。同一チームとは思えないほどの変わりようだ。

 1 巨人(読売ジャイアンツ)

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Giants Giants2
Giants3

 巨人のユニホームは伝統と格式を重んじている。昔ながらの、言葉は悪いが古臭い印象がある。ヤンキースのユニホームを基調としている印象すらある。胸のマークはホームが「GIANTS」でビジターは用は「TOKYO」だ。

 2 阪神タイガース

 ホーム用  ビジター用 最近着用

Tigers1Tigers2

Tigers3

阪神と言えば白の縦じまイメージ。かつて吉田監督が清原獲得を目指し、「縦じまを横じまに変えるくらいの覚悟で」と発言したが、ファンはそれを許さなかっただろう。
 ホーム用は「Tigers」、ビジター用は「HANSHIN」。近年はバラエティでイメージが壊れてしまう。真っ黒仕様もある。
 真弓、バース、掛布、岡田、平田、若菜を擁した1985年の日本一が印象にあると思うが、私個人では、藤田平、山本和行、江夏、古沢、田淵ら往年のタイガースが目に焼きついて離れない。

 
 3 広島東洋カープ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Carp1 Carp2
Carp3 Carp4

 広島といえば「赤ヘル」。ゆえにユニホームも赤のライン。私は古葉監督が山本浩や衣笠、水沼らを率いて旋風を巻き起こした昭和50年と昭和55年の江夏の21球が懐かしい世代なので、あのカラーイメージが濃く残っている。ホーム用は「CARP」、ビジターは「Hiroshima」。池谷、北別府、山根、福士など名投手が多くいた。
 個人的に「弱きは最大の敵」という名句を遺した炎のストッパー津田恒実を尊敬しているので、昔のユニホームが脳裏に焼きついている。
 
 4 中日ドラゴンズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Dragons Dragons1

 中日は青のラインのイメージが強い。アルファベットのCとDを重ね合わせたロゴの帽子も水色に近い青色だった。大の巨人ファンだった私だが、後楽園球場で巨人の帽子が売り切れで、親が買った中日の帽子をなぜか被らされていた。ホーム用は筆記体字で「Dragons」、ビジターが「CHUNICHI」。星野、三沢、鈴木孝政、矢沢、高木、大島、宇野、木俣、田尾、中尾などの名選手を思い出さずにはいられない。

 5 東京ヤクルトスワローズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Swallows1 Swallows2
Swallows3

 ヤクルトのイメージも縦じまだ。かつて松岡弘や安田猛の左右両エースに加え、若松や船田、杉浦、水谷、角らが活躍していた。その後、広沢、池山、飯田、古田などを率いた野村監督がID野球を駆使して黄金期を築いたのはまだ記憶に新しい。ホーム用は「Swallows」、ビジターが「Yakrut」。

 6 横浜DeNAベイスターズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Baysters1

 高木、進藤、鈴木尚、駒田、齋藤、佐々木などがいた最強打線のイメージが強い。ホーム用は筆記体で「Baystars」で、ホーム用が「YOKOHAMA」。

 1 福岡ソフトバンクホークス

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Softbank


Softbank2 Softbank3


 黒と黄色の軍団という印象。独特な色合いを基調としている。ホームは「SoftBank HAWKS」で、黒いビジター用は「SOFTBANK」だ。
 西武の黄金期を築いた名選手がごっそりダイエーに移籍した印象は否めない。工藤、秋山、石毛らは根本信者だった。

 2 埼玉西武ライオンズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Lions1Lions2

Lions3

 レオ軍団は黄緑と水色の独特なライン、そしてかつての西武はビジター用が全身、スカイブルーで、かなり違和感があった。胸のロゴはホームが筆記体で「Lions」、ビジター用が「SEIBU」だったが、今は「Saitama」とある。
 広岡監督が礎を築き、森監督が黄金期を築いた。太田卓、田淵、山崎、テリー、スティーブらを擁した盤石のオーダーだった。東尾、松沼兄弟など投手も盤石だった。
 また、森黄金期には、石毛、秋山、清原、デストラーデ、辻、伊東、平野、投手も工藤、渡辺久の両エース、郭、潮崎、森、渡辺智、石井丈などゆるぎない戦力を有していた。

 3 オリックスバファローズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Orix2 Orix3

Orix1

 ホーム用のロゴが紺色に黄色い縁取りで「Buffaloes」が浮きだっている。紺色のビジター用は黄色い縁取りの「ORIX」とシンプル。

 4 東北楽天ゴールデンイーグルス

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Rakuten1
Rakuten2_2
Rakuten3

 チームカラーが臙脂(レンガ色)は衝撃的だった。ホーム用は「RAKUTEN EAGLES」の二段文字。ビジターはRakuten」もあるし「TOHOKU」バージョンもある。

 5 北海道日本ハムファイターズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Fighters1 Fighters3
Fighters2

 このチームはちょくちょくデザイン変更を行う。白に片側だけが青で肩口に黒でワッペン。ビジター用は斬新で黄土色。そして両肩が黒の色使い。ホームは「FIGHTERS」、ビジターは「NIPPONHAM」のロゴ。12球団一派手だと思う。

 6 千葉ロッテマリーンズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Lotte1Lotte3
Lotte2

 ここもしょっちゅうユニホームが変わる。メインのホーム用は縦じまでヤンキースを意識しているようなデザイン。左胸にMの文字。そしてビジター用は、ネイビー系に白抜きでフラッシュピンクの縁取りを施して「Marines」

  一見すると、とても日本のチームらしくないケバケバしい印象を与えるものもあるし、韓国や台湾プロ野球のそれと見間違えそうなカラーのものもある。
 最後に、私が少年時代に存在していた球団のユニホームを紹介したい。今でもこのユニホームがその球団のイメージとなっている。

 「かつて存在した球団のユニホームのイメージ」 

 南海ホークス(黄緑)

Nankai2 Nankai1
南海はソフトバンクの前身になるが、大阪のファンはそう思いたくない。水嶋新司さんの漫画「あぶさん」のイメージの通り、このチームの本拠地はあくまで大阪。野村捕手やスタンカ、門田のイメージがあまりにも強い。

 近鉄バファローズ(赤と青)

Kintetsu_3

「九条徒然日記」さんのブログより拝借いたしました。

 私が大好きだったチーム。このチームの優勝は毎回ドラマチックで逆転が多かったため、「ミラクル近鉄」と言われた。西本幸雄監督、赤鬼マニエル、平野泰、栗橋、羽田、石渡の梨田、有田の時代は「江夏の21球」に屈し、その後も大石、阿波野、野茂、吉井などの名選手を輩出したが、悲願の日本一を果たせないままオリックスと楽天に分譲された形。

 オリックスブルーウェイブ

Bluewave1Bluewave2

 仰木監督率いた黄金時代。平井やイチロー、田口、ニールなどがいて、最強チームだった。阪神淡路大震災の頃、被災者を勇気付けた。腕章で「がんばろう神戸」というロゴが印象的だった。

 阪急ブレーブス(赤)

Hankyu2

 西本監督と上田監督による鉄拳で強くなった。福本、蓑田、島谷、マルカーノ、ウィリアムズ、長池、加藤英司、山田、足立、山口などの名選手がわんさかいて、昭和50年代前半は無敵の強さを誇った。

 大洋ホエールズ(オレンジ・緑/青紫)

Whales1 Whales2
Whales3

 シピン、ボイヤー、松原、中塚、平松に始まり、田代、遠藤一彦、ヒゲの齋藤、福嶋などの名選手が大勢いた。青紫と緑のユニホームが印象的だ。

 福岡ダイエーホークス(黄色)

Daiei1_2Daiei2_2

 王監督時代は苦労した。なかなか結果が出ずにファンも暴徒化した。松中、小久保、秋山らスター選手が多く移籍した。

 太平洋クラブライオンズ

Taiheiyo

 基満男、竹之内、東尾、加藤初、土井正博、永射らがかつて所属していた。西鉄の後継、西武の前身。

 クラウンライターライオンズ

Crownlighter

 太平洋が身売りしてクラウンライターになった。阪神に移籍した真弓や若菜が所属していた。デービスや広瀬、立花、土井正、ハンセン、竹之内、山村、東尾などの名選手を揃えていた。後の西武だけに、選手がそのまま西武に移行した印象。

 しかし、毎年毎年、こんなにもユニホームの色やデザインが変わったのでは、それまで築き上げてきた伝統や格式といったものが除外されてしまう危惧を覚える。往年の姿は、その服装で示されるし、オールドファンにはそのユニホーム姿の選手たちが焼きついているに相違あるまい。一見してあのチームはどこだ?とNPBのチームを見て疑問に思えないようにしてもらいたいものだ。

 

2018年8月28日 (火)

なぜ超一流プロ野球選手の夫人は薄命なのか

 お気づきの方も多いと思うが、「名球会」にその名を残すほどの超一流選手たちや野球殿堂入りするような実績のある選手、一時期でも華々しい活躍をしたプロ野球選手たちは、不思議なことに、一様に夫人に先立たれている。
 プロ野球選手の奥さんは、芸能人や女子アナなど美人揃いで有名だが、事実、本人よりも年齢的にも若くい人が多い。なのに、どうして奥さんが早く亡くなってしまうのか?ではそう言う根拠は何か、実際に奥様が先に死去した選手を挙げたい。

 1 王恭子さん

 一本足打法を開発し、868本という世界一の本塁打数を残し、「世界のホームラン王」との異名をとった王貞治氏。彼もまた数奇な運命を辿った。まず、高校時代、1年生で早実高の優勝投手となり、華々しくその存在を示した。しかし、秋の国体で、台湾国籍ということで出場できず、プロ野球・巨人入団後は、努力の末に「一本足打法」を習得し、当時、世界記録だった755号を破り、868本もの大記録を残して引退した。
 奥様とは、1966年、小八重商事( 大興実業 )小八重正社長の長女、恭子氏( 当時21歳 )と婚約し、結婚。 王貞治氏との間に三女を、もうける。 スポーツキャスターの王理恵氏【 48 】は王貞治氏と王恭子氏の次女である。 しかし、おしどり夫婦として有名だった夫人が、2001年に胃がんのために急逝した。この後、恭子夫人の遺骨が何者かに持ちさらえるという事件が起き、今も見つかっていない。

Ohkyoko Ohkyoko2

 王氏自身も監督としてもなかなか勝てず、罵声を浴びる日々が多くなった。自身も胃がんを患い、胃を全摘出する大手術を受け、奇跡的に回復した。
 そして今年、驚きのニュースが飛び込んだ。あれほど愛してやまなかった夫人を亡くした彼が、再婚したのだ。

 2 長嶋亜希子さん

 長嶋茂雄といえば、「ミスタープロ野球」といわれるほどカリスマ的存在で、野球ファンのみならず日本国民から愛されたスーパースターだ。彼はB型で、こういう国民的人気で崇め奉られる人はB型に多い。浅田真央さんや北島康介さん、羽生結弦さん、大谷翔平さんもそうだ。
 しかし、彼は2004年のアテネ五輪監督になったが、大会直前に脳梗塞を発病し、右半身に麻痺が残り、大会には参加できなかった。今リハビリ生活を余儀なくされている。

 2007年9月18日に巨人・長嶋茂雄終身名誉監督の妻、亜希子さん(享年64)が心不全で急死し、その密葬が2007年9月19日、東京・大田区の自宅で執り行われた。

Nagashimaakiko

 こういうこはあってはならないと思っているが、国民栄誉賞を受賞されたミスタープロ野球の長嶋さんだが、今年いっぱい生存できないような不安に駆られる。もちろん、長生きして欲しいが、病気には勝てないような気がしてしまう。それは王さんも同じで、彼も大病を患い、監督業を退いた。ONともども3年後にはこの世にいないんじゃないかと悪い予想をしてしまう。

  3 星野扶沙子さん

 燃える男「星野仙一」さんもまた波乱万丈の人生を送った。中日ドラゴンズのエースとして「打倒・巨人」を生涯貫いた。気合を全面に押し出したプレースタイルと監督時代も鉄拳制裁も辞さず、中日・阪神・楽天を優勝に導いた。楽天では田中将大投手の24連勝もあって、悲願の日本一に輝いた。

 一方、奥さんの星野扶沙子さんは、1946年ウ案れで慶應義塾大学卒のお嬢様だった。大学時代に知り合い、なんと星野仙一氏が明治大学を卒業し、プロ入りしたタイミングで結婚した。
 長年連れ添った奥様は、1997年1月31日、ナゴヤドームが初めて選手らに公開された日の朝に悪性リンパ腫で亡くなった。享年51歳だった。

Hoshinofusako

 4 秋山千晶さん

 西武ライオンズやソフトバンクホークスの主砲だった秋山幸二選手。走攻守三拍子揃った名選手だったが、その後、ソフトバンクの監督としても日本一に輝く順風満帆の野球人生だった。超美人な奥さん・明美さんと結婚したが、その後離婚。そして再婚した美人と評判だった後妻の千晶さんも2014年に神経膠芽腫(グリオーマ)という難病で亡くなった。秋山自身は前妻との間に長男をもうけたが、その長男も幼少期に亡くなるという辛い目に遭った。

Akiyamatiaki

 5 中畑仁美さん

 名球会に入るほどの超一流ではなかったが。中畑清は巨人の4番、絶好調男としてファンに愛された。愛妻家として知られ、故郷・福島のために多くのCMに出演し、メッセージを発し続けた。
 その彼が引退後、アテネ五輪の長嶋茂雄監督の脳梗塞以降、監督代行を務め、銅メダル獲得に貢献。その後、DeNAの監督に招聘された。2012年12月5日午後6時5分、子宮頸(けい)がんのため東京都内の病院で死去した。59歳だった。

Nakahatahitomi

 6 野村沙知代さん

Nomurasachiyo

  野村沙知代さんは、薄命ではなかったが、やはりご主人の克也氏よりも早く旅立って行った。どうして夫婦はこうも外見も似るのだろうと思うほどそっくりだった。一時期は、芸能活動を繰り広げ、歯に衣を着せぬ言いようで物議を醸した。浅香光代との罵りあいは醜い争いだった。束縛を嫌い、マイペースで自由闊達なB型の彼女は、周囲を振り回してしまったのが仇となった晩年だった。我が福島県出身者というから驚きだ。

 さて、年俸1億円を超える高給取りで知られる一流プロ野球選手は、傍目には生活にも困らないだろうし、夫人や家族が特別な苦労をしているようには思えない。
 しかし、テレビで夫の活躍を見ていて、ハラハラドキドキだったのは間違いないようで、健康を考えた食事など、意外にも気苦労も多いようだ。そういった積み重ねが早死にの要因かどうかは不明だが、どうも結婚相手で人生の運命が切り替わるような気がしてならない。
 高校野球でもそうした傾向が見られる。甲子園出場を果たした選手が「天国の父母との約束」などという話題はよく目にする。有名選手は身内に不幸があって、それをバネにして頑張れているような印象さえ受ける。人間、決して良いことばかりではないが、悪いことばかりでもない。「神の悪戯」のような運命に翻弄されるイメージもあるが、プラマイゼロにつりあっている感じもある。人間「太く短く」生きるか「細く長く」生きるかのどちらかだと思う。
 今日、話題にした早くに亡くなった夫人たちは、「太く長く生きた」面々だと信じたい。