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音楽

2019年5月16日 (木)

あれから8年、今も胸に残る激励ソング

 あの未曾有の震災から8年2カ月が経過した。あの日、津波によって命を落とした人は、もう二度とこの世には還らない。幼くして失われた命、将来の夢もあったろうし、やりたいことも数多くあったに違いない。残された私たちは、そんな方々の分まで懸命に日々の生活を送って来た。未だに故郷を離れ、見知らぬ土地で過ごしている避難者もいる。
 そんな悲しみに打ちひしがれた被災者たちを、日本中、いや世界中の方々がメッセージを送り、日本の復興を祈った。私も罹災証明書を持つ、被災者のひとりとして、どれだけ勇気づけられたことかしれない。
 今日は、そんな激励ソングをここでもういちど聴いて、感謝の気持ちを表したいと思う。

 1 「桜舞う町で」  by 普天間かおり

 富岡町出身の方にとっては、涙無くしては聴けないメッセージソングだ。富岡町や大熊町、浪江町、双葉町の方々は東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故の影響を最も多く被り、避難生活を余儀なくされた。未だに帰還叶わぬ方々が大勢いる。
 この曲に登場する桜舞う町とは富岡町の夜の森桜のトンネルを指す。桜のトンネルが通りに覆いかぶさるように咲き誇る。そんな富岡町民の心のよりどころである、この桜のトンネルへの思いを歌い上げた。

 この曲(映像)に寄せられたコメントは以下の通りです。

 涙曲であり幸曲であり美曲である。そして何より名曲である。 300年後も違う銀河で歌われているだろう。愛の速度は光よりも速いのだから。。。 
 私が初めてこの曲に出会ったのはつい最近である。この曲は東北で起きた3、11災害時を思い出させる。しかしこの曲をず~と聞いていると何か心が和む、あの悲惨な出来事で亡くなられた親族の方々の心を癒してくれる、言わば名曲と言っても過言ではない。

  2 スマイルアゲイン by普天間かおり

 被災者の心情を想い、被災者の立場で歌詞を綴った名曲。

 この曲に寄せられたコメント

 2019年3月11日 8年経った今でも この曲を聞くと胸が熱くなります


 3 復興支援ソング「虹を架けよう~福島バージョン~」 

 一般社団法人みやぎびっきの会オリジナルソング第二弾。
「虹を架けよう」オリジナル版は宮城県が舞台でしたが、皆様の熱いご要望にお応えして舞台をうつくしま福島に移しての「虹を架けよう~福島バージョン~」です。数多くのアーティストの皆様にご協力頂き、完成致しました。
そして今回も、古波津陽監督のあたたかいPVができました。是非多くの皆様に可愛がって戴ければ幸甚です。

 尚、CDはカラオケも入っており、みやぎびっきの会事務局にて通信販売しております。
こちらの収益金はみやぎびっきの会びっきこども基金を通じて、3.11東日本大震災にて被災した岩手・宮城・福島の東北3県の子ども達の支援に使われます。

 4 「予定~福島に帰ったら~」 by だっぺズとナンバーザ

 この曲は、震災直後から数年間テレビCMとしても使われた。
 福島県内の名産や観光地を懐かしさを漂わせながら歌い上げた郷里を思い出させてくれる名曲。改めて「ふるさと」の大切さを痛感させてくれた。べただが、「ふるさとは遠くにありて思うもの」という言葉があるが、私自身も学生時代を北海道と東京で過ごし、故郷を離れたが、出て行くときは「こんな田舎に二度と帰らない」と意気込んで出て行ったが、離れてみるとふるさとの有難味がしみじみわかる。震災があって、故郷の変わりようを心配した方も多かったに違いない。特に浜通り沿岸の方は、原発事故で明日をも知れぬ生活を送り、変わり果てた故郷の姿に絶句し、涙したに違いない。心の中で生き続ける故郷。そんな郷愁を感じさせてくれるのがこの曲だ。

 この映像(曲)に寄せられたコメントは以下の通りです。

 何故か涙が出ます。 泣きたいときにストレス発散になります。
 福島に生まれてよかったぁ。俺は何があっても福島から離れないぞ!福島県民であることを誇りにおもう。放射能がなんだ!
 当初、パチンコ宣伝ソングと聞き流していたが、福島県民が福島県民たるル-ツとプライドが凝縮されていることに驚きました。

 この曲まじいいわ~ 聞いていると涙がでてくる・・・(;Д;)
 歌詞がいい!。「I love you 福島」が活力・元気の表現だとすれば、こちらは頗るメッセージ性の強いナンバー。思わず胸を打たれます。福島は永遠です!。
 さて、震災から8年以上が経過し、ともすればあの日の記憶が薄れていく日常の中で、決して日本人の心から消えないでほしいのがあの日の出来事。そして亡くなられた方を時折思い返して追憶してほしいと切に願っての掲載となりました。
 こうした「激励ソング」に支えられて、我が福島県民は元気を取り戻したことは言うまでもないし、このような楽曲で勇気づけてくれたことに心から感謝したいと思う。
 なお、大変勝手ながら明日から一週間ほど、休養日のため、当ブログの新規記事の掲載をお休みさせていただきます。再開は5月22日(水)の予定です。何卒ご容赦願います。
 

2019年5月 7日 (火)

えっ、これが35年前?!

 「10年ひと昔」と言うが、今から35年前と言えば「昭和」だった。1984年(昭和59年)~1985年(昭和60年)にテレビ番組で放送された、当時トップアイドルたちの歌唱場面が、とても35年も昔の出来事のようには思えないので、ここで紹介したい。今年で終焉を迎えた「平成30年」よりもさらに昔の出来事に、きっと唖然とするはずだ。それくらいバブル時代は、今も色褪せない魅力に溢れている。

 1 中森明菜の「十戒」

 これが当時、彼女が19歳だった時の映像。やたら色っぽくて大人びている。今のアイドルはAKBグループなどは25~26歳でもやたら子供っぽい。スタイル抜群だし、歌唱力も今のアイドルの比ではない。どうだろう、今の若い人たちが見たり聴いたら、古臭さを感じるだろうか?

 2 風見慎吾「涙のtake a chance」

 風見慎吾と聞いて、今の若い人はたぶん、日曜日のお昼の番組「噂の東京マガジン」のリポーターを務めているおじさんとしか映らないだろうが、今から35年前はバリバリのアイドルで、しかも日本一ブレイクダンスが上手かったといって過言ではない。身体能力が抜群でバク転やバク宙はお手の物。トーマス旋回、ムーンウォークも完璧に踊りこなしていた。今では死語だが、当時は最先端のダンスを披露し、「ナウい」存在だった。

 風見しんご ブレイクダンス裏話はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=wCATmh-aq0k

 3 荻野目洋子 「ダンシングヒーロー」

 一昨年、登美丘高校がリバイバルして大評判となった「荻野目洋子」の「ダンシングヒーロー」だが、あれもバブル期の遺産で1985年11月にリリースされた。それも今から考えると34年も前に出来事だが、あの独特な化粧は別として、バブリーダンスも古さを感じない。

 4 長山洋子「ヴィーナス」

 1986年に大ヒットした外国のカヴァー曲。今はイメチェンで演歌歌手に転身して成功を収めている「長山洋子」さんだが、今から33年前はバリバリのアイドル路線だった。ノリノリの振りと洋楽のカヴァーでヒット曲を飛ばしていた。今でもカラオケで歌えば盛り上がること請け合いだ。

 5 石井明美 「CHA-CHA-CHA」

 こちらも1986年のヒット曲。もともとはイタリアのダンスグループ「Finzy Kontini」がそ前年に歌ってヒットしたものを、日本のシンガー「石井明美」がカヴァーして9週連続1位を獲得する大ヒットとなった。この曲は明石家さんま主演の人気ドラマ「男女7人夏物語」の主題歌に使われ、人気が爆発した。CHA-CHA-CHAというダンスも当時、初めて知ったし、石井明美も謎めいた歌手で、それが時代にマッチングした。翌年の「男女7人秋物語」の主題歌になった森川由加里(現・布施明夫人)の「SHOW ME」もまた大ヒットした。

  「SHOW ME」はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=pjvrHesurs8

 この歌が流行していた時は、私は大学生で、東京の三軒茶屋に住んでいた。バイクでこのドラマのロケ地を探しては訪ね歩いていた。隅田川沿いの清洲橋やそのほとりに建つ「今井」のマンション、「桃子」のマンション、万年橋、西葛西駅、木更津~川崎を結ぶカーフェリーなども訪ねた。

 さて、1984年といえば、私は訳あって北海道に住んでいた。当時は大変なアイドルブームで、更に「洋楽ブーム」でもあった。特に、アイドルは「花の82年組」と呼ばれるアイドルたちが1985年まで時代を闊歩し、ミュージックシーンの中心にいた。
 どうですか?今聴いても古いと感じるだろうか?若い人たちは親の世代が昔、聴いていた「懐かしいメロディー」かもしれないが、たぶん新鮮に映るし、リズムやメロディーに古臭さは認めないだろう。

2019年4月14日 (日)

日本の誇り~京都橘高校グリーンバンド~

 今更かと思われるが、昨年の正月に日本のブラスバンドが全米を熱狂させたのをご存知でしょうか?その名は「京都橘高校」の「Green Band」だ。現地では「オレンジの悪魔」と呼ばれた。どうしてか?マーチングでは重い楽器を運びながら演奏もしなければならず、普通に行進するだけでも大変な重労働なのに、しかも部員の9割が女子高生という中で、誰にも真似できない壮絶なパフォーマンスを繰り広げ、現地の人々を興奮と熱狂のるつぼに叩き込んだからだ。オレンジは彼女たちのコスチュームの色で、しかも超ミニスカートなので、その激しい動きが顕著に見て取れるようないでたち。
 その壮絶パフォーマンスで全米を熱狂させたのは、アメリカのカリフォルニア州で行われた「Rose Parade」でのひとコマ。日本代表として出場した彼女たち、京都橘高校のマーチングバンドは、他のバンドを圧倒し、彼女たちが視界に入るやいなや、ひときわ大きな歓声で迎え入れ、彼女たちが目の前で繰り広げるパフォーマンスに酔いしれ、拍手と大歓声はパレードNo.1であった。

 彼女たちがパレードで奏でた曲は「ファイヤーボール」、ジャズの定番「シングシングシング」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」、ヒット曲の「ハッピー」、「リトルマーメイド」、「ダンシングシスター」、そして誰もが知る「スターウォーズのテーマ」などだ。

 このパレードはアメリカ合衆国カリフォルニア州パサデナで毎年行なわれる。新年祝賀行事の1つとして、元日(元日が日曜日の年は翌1月2日月曜日)に行なわれるカレッジフットボールのローズボウルの前にパレードする。花で装飾されたフロート車、マーチングバンド、馬などが登場する。1890年1月1日に開始され、何十万もの人々が沿道で観覧し、全米でテレビ放送されている。世界中200カ国以上で何百万もの人々が視聴しているとされる。1902年、カレッジフットボールのローズボウルが追加され、パレードの資金集めがより容易になった。
  日本からは厳しい予選を勝ち抜いたバンドだけが出場権を得られる。1965年の天理高校を皮切りに、2018年の京都橘高校までのべ18校が出場している。京都橘高校は2012年の初出場以来で2度目。しかし、一糸乱れぬダンスを取り入れた演奏は、他の群を抜き、注目度はピカイチだ。動画映像を見てもらうとわかる通り、彼女たちの登場シーンだけがやたら歓声が大きい。
 日本人は振りなど皆と合わせるのが巧みで、縦横のラインが綺麗で、一糸乱れぬパフォーマンスで観衆を魅了した。日本の超越した技を目の当たりにした観客は驚愕し、心ゆくまで堪能したことは言うまでもない。新年一発目の大きなイベントに花を添えたという意味で貢献度は高い。

 総集編はコチラ

 2時間を超えるパレードの全貌はコチラ

 アメリカはショーマンシップの国なのに、どの州の代表も整然とした行進をしているのに対し、日本代表の橘高校は躍動感が全く違う。踊りをふんだんに取り入れ、観客を巻き込んで楽しみながら行進している。上の映像の36分頃に日本の橘高校が現れ、ピタリと息の合った振り付きで「シングシングシング」が始まると状況は一変。観客も大興奮で、声援を送っているし、盛り上がりが断然違う。

 その他の関連映像はコチラ

 https://www.youtube.com/watch?v=Xkz0l1pqfEg

 https://www.youtube.com/watch?v=Lve3sAG05ko&t=355s

 https://www.youtube.com/watch?v=5uuL774SxvM

 https://www.youtube.com/watch?v=TtlpTlyiaH4&t=16s

 https://www.youtube.com/watch?v=Tgih4sPjDjw&t=5s

 https://www.youtube.com/watch?v=GnQORM2l7M8

 https://www.youtube.com/watch?v=Yy0fr_5Sq5g

 https://www.youtube.com/watch?v=U1sFP0TSwGE

 https://www.youtube.com/watch?v=RqN_IKHgeFI&t=158s

 https://www.youtube.com/watch?v=GnQORM2l7M8

 https://www.youtube.com/watch?v=yo5-8ObIHWg

 https://www.youtube.com/watch?v=ZW6k3uLMu5A

 https://www.youtube.com/watch?v=KRUGUXJbh_k&t=371s

 https://www.youtube.com/watch?v=K3VfGFQKSAc&t=531s

 https://www.youtube.com/watch?v=ZKRx8RSmVxQ&t=1498s

 https://www.youtube.com/watch?v=7Edaf6QpNyw

 https://www.youtube.com/watch?v=jigHuKIqgyA

 https://www.youtube.com/watch?v=ZKRx8RSmVxQ&t=1532s

 https://www.youtube.com/watch?v=a9_sAqwVM4E&t=22s

 

 全米に伝えたニュースはコチラ

 https://www.youtube.com/watch?v=qkQ-i4fHaAk

 2017年 アナハイムのディズニーランドで演奏した京都橘高校のパフォーマンスはこちら

https://www.youtube.com/watch?v=qE0FdDKvxn8

 ステップやジャンプしたり、回転したりと踊りながらこれほどの美しい演奏を繰り広げ、全米中の度肝を抜いた彼女たち。全米で同時中継し、その反応や反響は凄まじかった。動画サイトには数え切れないほどの動画がアップされ、いずれも100万を越えるアクセス数を記録している。
 特に素晴らしいのは、日本人らしい「もてなしの心」を発揮して、沿道の観衆に笑顔で手を振り、愛嬌を振りまき、元気を与えたことだ。
 私も小学生の頃、鼓笛隊ではトランペトを吹き、そして特設合奏部ではホルンを吹いていたのでわかるが、あんなに激しいダンスをしながらの演奏は神業に近い。普通は息切れするし、マウスピースが歯に当たってまともに演奏などできない。それを彼女たちは軽々とやってのけたという点でも価値がある。

 日本の高校生が世界でこんな活躍をしていたとは知らなかった。しかもこれが1年3か月も前に起きた、或る意味奇跡のパフォーマンスだったとは・・・。

 京都橘高校は日本の誇りだ。ぜひ、来年の東京オリンピックの開会式でも演奏して欲しい。絶対に世界にアピールできるまたとない機会だし、実現できれば、日本にこんなに秀逸したマーチングバンドがあることを全世界に知らしめることができる。

2019年3月30日 (土)

アラベスク VS バナナラマ

  ディスコミュージックと言えば、60年代の「GOGOダンス」、70年代の「サタデーナイトフィーバー」に代表されるディスコブームが沸き起こった。そして80年代は「マハラジャ」などが隆盛し、いわゆる熟成期であった。ジャズダンスやブレイクダンスも台頭した時期だった。
  90年代は「ジュリアナ東京」のお立ち台で、ボディコンギャルが超ミニスタイルで羽根を手繰らせながら、若い男たちの視線を釘付けにして魅了した時代だった。
 ところでディスコミュージックと言えば、70年代のABBAやビージーズ、アースウィンド&ファイヤーなどもその先駆けだったが、私は80年代のアラベスク、バナナラマ、ノーランズなどの女性ユニットの印象の方が鮮烈で、脚の長いパンツで、金髪を振り乱しながら踊り歌うスタイルが「好物」であった。そこで、今日は、昔を懐かしみ、「アラベスク」と「バナナラマ」の競演を動画でお伝えしたい。
 Arabesque

 

01. Midnight Dancer ( 00:00 )
02. In For A Penny, In For A Pound ( 03:51 )
03. Friday Night ( 06:34 )
04. City Cats ( 10:41 )
05. Once In A Blue Moon ( 13:32 )
06. Love Is Just A Game ( 16:48 )
07. Hello Mr. Monkey ( 21:11 )
08. Rock Me After Midnight ( 24:39 )
09. High Life ( 28:17 )
10. Hit The Jackpot ( 31:15 )
11. Billy's Barbeque ( 34:20 )
12. Parties In A Penthouse ( 37:07 )
13. Peppermint Jack ( 40:19 )
14. Marigot Bay ( 43:14 )
15. Make Love Whenever You Can ( 46:27 )
16. Fly High Little Butterfly ( 50:03 )
17. Tall Story Teller ( 53:18 )
18. Roller Star ( 56:13 )

 

BANANARAMA

 

 1 Venus
 2 I Heard a Rumour
 3 Tempus Fugit Mix
 4 Love in the First Degree
 5 Cruel Summer
 6 Help!
  バナナラマの曲がかかると「お立ち台」が満杯になるという現象が起きた。
 その他の有名なディスコミュージック
1234・ギミー・サム・モア
キャプテンジャック
インザネイビー
ラスプーチン
ジンギスカン
YMCA
ゴー・ウェスト
めざせモスクワ
ハッチ大作戦
アリババ

2019年3月26日 (火)

音楽に国境はない?!

 音楽は心をひとつに繋ぐ不思議な魔力を秘めている。1985年に、アフリカ飢餓を救うべく、スーパースターたちが一堂に会し、一夜限りのレコーディングで全世界に感動を与えた「USA for Africa」の「We Are The World」はその代表格だが、世界の街角でストリートミュージシャンがゲリラライブを展開したり、飛び入りで参加した素人が、思いもよらぬ歌や演奏を披露して、周囲を驚かせたりと、音楽は人の心に影響を与え、そして後世に歌い継がれるものであることは疑う余地がない。
 今回は、そうした映像を紹介したい。

 「81歳の日本人おばあちゃんが飛び入りでジャズドラムを演奏」

 ルイ・アームストロングを愛して止まないおばあちゃん。かつて、若い時分にジャズドラマーだった彼女。バンドのメンバーと結婚したが、夫を30年前に亡くし、以来、ひとりで暮らして来た。本場アメリカでジャズを演奏したいという夢があったことを知った孫娘が、おばあちゃんをアメリカに連れて行くと一念発起。
 そして本場、ニューオリンズでその夢がかなう。ジャズマンたちの心温まる粋な計らいに、その場に居合わせた人たちは、きっと幸せな時間を過ごしたことだろう。亡きおじいちゃんと演奏したジャズのスタンダードナンバー「A列車で行こう」。おばあちゃんの81歳とは思えない華麗なバチ(ステッキ)捌きに、誰もが目を見張り、注目。演奏終了後には拍手が鳴りやまないほどだった。思いがけない素敵な一夜を過ごしたと思う。

 この動画に寄せられたコメント

 当時、女性ジャズドラマーなんて、すごくレアだったでしょう。

何十年たっても、いきなりウォームアップもなく絶妙のリズム感(シンコペーションとかカッケー)で

叩けるのもすごいが、初めて訪れた国でずっと笑顔を絶やさず堂々としていて、故人や孫の事を思いやるのはさすが。

 だれも不幸にならない、みんなハッピーの、素晴らしい話だ

テレビはお涙頂戴するにしても、悲しい話よりは

こういう見終わった後に心が温まる話をやってほしいね

 偶然見つけた動画でしたが、感動で涙がでました。おばあちゃん2009年にお亡くなりになられたとの事。素敵な御家族に囲まれきっと素晴らしい人生を送られた事とお察し致します。

 ジャズメンにとっても、ばあちゃんにとっても音楽人生冥利に尽きる瞬間だっただろうな。

下手な授業より音楽の素晴らしさを教えてくれる動画でした。

UPありがとう!

 泣いた。おばあちゃんの鮮やかなドラムもさることながら、孫娘さんの行動力、ニューオリンズの懐の深さ、これらを番組として放送してくれたテレビ局、YouTubeにアップしてくれた主さん、全てに感謝します!

 なおみさんの涙、観客の拍手、おばあちゃんの笑顔と「好きなようにやんなさい。幸せにね」の言葉。もう本当に感動しました。素敵な動画をありがとうございました。

なおみさんが幸せでありますように。おばあちゃんとおじいちゃんが見守ってるからきっと幸せですね(*^^*)

 それにしても凄いのは、半世紀以上も前に演奏していただけなのに、昔取った杵柄というか、体がリズムを覚えている点だ。
 おばあちゃんが最後に遺した「これからは直美ちゃんの世界なんだから、好きなようにやんなさい。しあわせにね」という言葉が心に沁みる。

 

 この放送があったのは2000年、シドニー五輪が開催された年。その9年後、2009年にこのおばあちゃんは天国へと旅立たれたそうだ。愛する孫に自分の夢をかなえて貰い、どんなに嬉しかったことだろう。最愛のおじいちゃんには先立たれ、人知れぬ苦労があったと思うが、晩年に孫からこんなにも素敵なプレゼントを貰い、きっと幸せな人生だったと思う。

 

 きっと今頃は天国で待ちわびた夫(おじいちゃん)と大好きだったジャズを奏でていることだろう。

 

 完全版(20分)はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=8lXviiPq4as

2019年3月25日 (月)

素晴らしき駅ピアノ

 私は結構サプライズ好きで、「モニタリング」というテレビ番組を観る。かつては「いたずらウォッチング」とかも好きで、若い時分には彼女にハッピーサプライズを仕掛けては楽しむような性癖を持っていた。
 話は変わるが、最近、駅や空港の待合室などに「ピアノ」が設置されている光景を目にする。「誰でも自由にお弾きください」という看板を見て、腕に覚えのあるピアニストや素人はだしの方が、待ち時間の退屈しのぎに弾いては、居合わせた客に拍手喝さいを浴びるといったもので、それはサプライズにも値する芸当だと思う。まさにストリートミュージシャン!
 では、私が感動した「駅ピアノ」の映像を取り上げたい。

 1 ムックが弾く「Lemon」

 最初、わざと下手くそに弾いて、居合わせた人を油断させ、急変し、プロ並みの演奏を披露し、周囲をビックリさせると共に、その妙技に拍手を浴びる。

 2 ロンドンの駅で「剣の舞」を披露

 たぶん日本人の女性たちだと思う。連弾でここまで華麗に、そして一心不乱に弾けたらさぞかし気持ちが良いことだろう。途中でパートを入れ替わる技が素晴らしい。そこで現地の人も思わず拍手。音楽に言葉は不要を地で行っている映像に感動すら覚える。これこそがストリートピアノの醍醐味で、予期せぬ場所、予期せぬタイミングで遭遇した時の驚きは筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。

 3 オタクに扮したプロのピアニストが「Let It Go」を華麗に弾く

 「もしもオタクがプロのピアニストだったら」というドッキリ企画。周囲にいる方たちは、まさかこんないでたちのオタクっぽい男が、こんなに巧みな鍵盤使いで演奏するなど予想だにし得なかったに違いない。想定外、予想外だから、その衝撃は大きい。「実に面白い!」

 4 トラの着ぐるみを着て「夢をかなえてドラえもん」「旅立ちの日に」

 視界が遮られ、鍵盤もよく見えないであろう着ぐるみを身にまとい、これだけ弾けるなら立派なもの。途中からなぜかピアニカで参戦。こちらのほうが下手で、ピアノの音色を下げてしまっているのが残念。

 その他の映像

 「威風堂々」 https://www.youtube.com/watch?v=hAdZE0_aj7k

 「トルコ行進曲」 https://www.youtube.com/watch?v=iHB1o2-ks8A

 「夜想曲 嬰ハ短調 遺作  ショパ」ン  https://www.youtube.com/watch?v=jyc02LilH-o

 「ショパン 革命のエチュード」 https://www.youtube.com/watch?v=CfUygH-aPZc

 「スティング 主題歌」 https://www.youtube.com/watch?v=dvNENRZ8Bu4

 神戸にストリートピアノ出現 素敵なメロディー奏でるYOUは何者?   

 さて、こういう思いがけないサプライズの現場にたまたま居合わせたら、癒し効果とともに、ほのぼのした気分になれること請け合いだ。
 最近はこうしたサプライズに目を付けたNHKがBSで「駅ピアノ」を放送している。

 

2019年3月24日 (日)

我が麗しき80年代洋楽ランキング

 かつてFM東京(現:TOKYO-FM)で土曜日の午後にオンエアされていた「コスモポップスベストテン」という番組を覚えていますか?
 1974年から2010年まで実に36年に渡ってリスナーおよび洋楽ファンの耳を他の楽しませてくれた人気長寿番組だった。私は高校時代、浪人時代、そして1984年に大学に入学した身としては、オンタイムの時期で、毎週末の日課のようなもので、その時節に流行っていた洋楽を聴き、英語を覚える一助にしていた。

 その時期は「洋楽」が一大ブームになっていた。スクリーンミュージックも一世を風靡していたが、「マイケル・ジャクソン」、「カルチャークラブ」、「ブルース・スプリングスティーン」、「ジャーニー」、「クィーン」、「ボンジョビ」、「シカゴ」、「ポリス」・「エア・サプライ」などのシンガーやバンドが「ビルボード」のチャートを揺るがし、全世界のミュージックシーンを席巻していた時代だ。
 そして日本ではバブル景気真っ只中で、ボディコンギャルが「マハラジャ」、「ジュリアナ東京」などのディスコのお立ち台で太眉で踊り狂っていた。空前の女子大生ブームが沸き起こり、「ワンレン」、そして女子高校生の間では「ルーズソックス」などが世の中の主流となって、物心両面で、それは豊かな時代だった。
 そんな恵まれた時勢にあって、洋楽は私の心のよりどころだったし、唯一の趣味になっていた。
 では、私が特に好きだった楽曲70曲を、勝手ながらカミングアウトしたい。

 1位 Heal the World
 2位  Even The Nights Better
 3位 Hard to say I'm sorry
 4位 Africa
 5位 Always   by   Atlantic Starr
 6位 I Like Shopin
 7位 Karma Chameleon
 8位 You Can't Hurry Love
 9位 Just The Way You Are
10位 I Don't Want To Miss a Thing


 
11位  We Are The World   by USA for Africa
12位 Stranger 
13位  I Was Born To Be Love You
14位 Last Christmas
15位  Girls Just Want To Hve Fun
16位 Highway to the Danger Zone
17位  Jump
18位  Final Coutdown
19位  Manic Monday
20位  Eye of the tiger

21位  If you hold on together  ダイアナロス
22位 Video killed The Radio Star
23位 We Are Only Lonely
24位 エースワンダー
25位  Can't Fight This Feeling
26位 Without you
27位 I Will Always Love You
28位  We Are The Champions
29位 Time after time
30位 Greatest Love Of All



31位 Woman
32位 Key Largo
33位  Nothing's Gonna Stop Us Now Starship
34位  We're all alone
35位  Up Where We Belong  愛と青春の旅立ち
36位  Beat It
37位 Can't take my eyes off you
38位  Honesty
39位 A Summer Place 夏の日の恋
40位  The Rose



41位 Killing Me Softly  やさしく歌って
42位  DESPERADO
43位  Footloose
44位 NewYork City Serenade
45位  From A Distance
46位  Born To Be Wild
47位  Stayin' Alive
48位  Saturday Night
49位  You raise me up
50位  My Heart Will Go On

51位 Separate Ways
52位 Open Arms
53位 Every Breath You Take
54位 Hotel California
55位  The Boxer
56位 Bridge Over Troubled Water
57位 Your Song
58位  Like a Vergin
59位  Thriller
60位  Sailing



61位 愛のコリーダ
62位 I Just Called To Say I Love You
63位 I Will Rock You
64位 Power of Love
65位  The Reflex
66位  I've Never Been To Me  愛はかげろうのように
67位  Endless Love
68位 Night birds
69位  You Give Love A Bad Name
70位 Dancing Queen

 リンクした映像は、たまたまで、作為的なものは何もない。中には70年代もあったし、他にも優れた楽曲があるのも事実だ。「ザ・ビートルズ」や「オリビア・ニュートンジョン」、「カーペンターズ」、「BeeGees」は大好きだが、彼らは60~70年代という印象が否めないので、今回の順位からは除外した。

2019年3月13日 (水)

心に沁みる曲

 人は誰にでも好きな歌があるし、人生の応援歌にしている曲がる。大げさかもしれないが、「Youtube」のコメントを見てみると、この曲のおかげで自殺を思いとどまったとか、苦しい時にこの歌を聴いて頑張れたなど。私は浪人生活を送っていた明日をも知れぬ苦しい時期に、聴いて励まされたのが「夜明けの仲間たち」だった。この歌は、深夜3時から5時までTBSラジオで放送していた「いすゞ歌うヘッドライト」のエンディングで流れていた。夜通しで受験勉強を終え、うっすらと空が明けて来た頃に流れ、また新しい一日が始まると実感できた。朝日が激励してくれているように思え、元気を貰っていた。
 今日は、私が半世紀以上生きて来た中で、5曲取り上げたい。

 1 生きがい by 松山千春

 中学生の頃、ニューミュージックブームにあやかってギターを弾いていた私。唯一の趣味でもあり取柄だった。音楽の授業で、今をときめくクリエイティブディレクターの箭内道彦と一緒にクラスメートの前で弾き語りを披露したこともあった。その時に声を張り上げて歌ったのがこの「生きがい」だった。周囲が私の存在を認めてくれたようで嬉しかった思い出があった。

 2 19のままさ by 浜田省吾

 大学生の頃は「浜田省吾」とバイク一色の生活だった。この曲は私が予備校に通っていた状況と一致して、北海道のアパートの部屋やバイクで走行中にイヤホンでよく聴いてツーリングしていた。あの頃が一番輝いていた時期だったかもしれない。この歌と同じ19歳。浪人が人並み(一浪)と言われていた受験戦争が激化していた時代。本当に、来年の今頃は「大学生になれているのか」と不安に駆られ、未来に怯えながら暮らしていた。

 3 乾杯 by 長渕剛

 社会人になって、何をするにも10人ほどの友人グループで行動していた20代。飲み会、ドライブ、ディズニー、更には山梨の高原でのテニス、プールバーでビリヤード、そしてしょっちゅうアーケード街にある「One Day」という名のカラオケバー。そこで持ち歌(十八番)としていたのが長渕剛の「乾杯」と尾崎豊の「I Love You」、HOUNDDOGの「ラストシーン」だった。

 4 ラストシーン by HOUNDDOG

 この曲は、結婚まで考えた4つ下の当時、女子大生だった彼女と一緒に過ごした日々を回想させてくれる。週末は毎週のように一緒に過ごしたが、いつしか遠距離恋愛はすれ違いが多く、彼女が就職したのを契機に、疎遠になり、別れてしまった。いわば失恋ソングにもなったのがこの曲だ。ほろ苦くも甘酸っぱい元カノとの想い出がたくさん詰まった曲だ。

 サザンオールスターズの「涙のキッス」も私にとっては忘れがたい名曲だ。彼女と別れた時に流行していた曲で、歌と同じ情景を体験した。

 5 家路 by 浜田省吾

 浜田省吾は私が大好きなシンガーで、特に「Sand Castle」というアルバムは、私にとって人生のバイブルと言えるほどの影響を与えてくれた。人生の応援歌といっても過言ではないと思う。
 この「家路」はずっと後にリリースされたが、歌詞の中にある「どんなに遠くても辿り着いて見せる」という部分に、いったいどれだけの人が勇気づけられ、生きる活力を貰ったことかしれない。
 「Youtube」の動画のコメントを見ると、この曲に励まされ、苦難の時代を乗り越えた経験談が多数寄せられている。

 1 トラックに乗って30年目の秋に慢性腎不全になり緊急入院し透析が必要な体に。仕 
  事を失い夢も希望もなくしてた時、この曲を聞いたらこみあげてくるものがあり涙が....思
  い切り泣いた。そして勇気をもらい前向きになれて社会復帰して10年。負けそうな時も
  あるけどこの曲を聞いて頑張れます。

 2 2005年、ミスチルの桜井和寿さんがこの曲の後に泣きながら「HERO」を歌っていたけ
  ど、桜井和寿さんにとって浜田省吾さんがHEROなんだなと確信した。

 3 まだ、この動画見ている方いらっしゃいますか? 母が亡くなってから10年。母がずっ
  と好きだったこの曲当時子供の僕にはこの曲の良さがわからなかった。10年経った今
  ようやくこの曲の良さに気が付いたかもしれない。自分が途方に暮れたり、どこに向
  かっているか分からない時この曲を聴いて天国の母の事を思い出し前に前に進めるこ
  とができています。浜省ありがとう。

 4 今、52歳。この曲を聴くと、18歳のころが鮮やかによみがえる。その頃、偏差値35、
  机にへばりついても、変化なし。いつもつらかった。でも、つらいときにこの曲を聴いて
  いた。夕方になると、夕焼けを見に行った。2年かかったけど、偏差値は30上がった。で
  もMARCH止まりだったけど。この曲のおかげだ、この人生は。

 さて、良い歌は世代を超えて歌い継がれることがよくわかる。生きがいはもう40年以上も前の曲だし、今久し振りに聴いても感動する。歌は人生そのものの代弁者であって、生きる希望なのかもしれない。
 たぶん私自身も、死ぬ寸前までこの曲を歌い愛し続けることだろう。

2019年3月 9日 (土)

今聴いても笑えるコミックソング

 1980年代はいろいろなジャンルの楽曲が世に出た。それはバブル特有の華やかさと共に、何をやってもウケた時代だ。その後の不況を考えると、今の30代以下の方々には俄かに信じられないかもしれないが、アイドル、バンド、ありとあらゆる音楽も、まるでその当時の世間を代弁しているかのように、そんな心も物質的にも豊かな時代にあって、私が目をつけたのは、笑える「コミックソング」で、30年以上も前なのに、今見ても笑えてしまう、そんな曲を紹介したい。

 1 俺ら東京さ行ぐだ   by  吉幾三

 この曲は1984年のヒット曲だが、私が北海道に住んでいた頃に流行った。その翌年に、東京に引っ越したので、まさにこの曲の歌詞と境遇がドンピシャだった。
 私の同じ郷里の友人は、2月の雪まつり時に、札幌テレビ塔のジュークボックスで、この曲をかけてドヒンシュクを買った。周囲はカップルだらけで、カクテル光線に照らされた雪像に見とれ、誰もがその甘い雰囲気に酔いしれていたのに、それを一瞬でブチ壊したからだ。
 それほど吉幾三のこの曲はインパクトが大きかった。さらに笑えたのは、せっかくベストテン入りし、生放送で歌うことになったのに、冒頭部分で歌詞を度忘れして、途中で演奏がストップし、もう一度最初から歌い直した一件だ。共演者はずっこけたが、彼だから許された一幕だった。

 2 ゆけ!ゆけ!川口浩 by 嘉門達夫

 テレビ朝日の水曜スペシャルで放送していた人気番組「川口探検隊」シリーズ。これを思い切り小ばかにしたパロディソングにして歌ったのが嘉門達夫のこの曲。歌詞がイチイチ笑える。
 さぞかし強面の川口浩の怒りを買ったと思いきや、真っ先に嘉門が謝ったら、寛大にも許し、それどころか、彼のお墨付きをもらったという。それくらい昔の大御所俳優は度量が広かった。

 3 さよなら人類 by たま

https://www.youtube.com/watch?v=hw7oAFoddiE

 こちらは1990年代にリリースされた楽曲だが、山下清バリのランニングシャツ一枚に身を包んだメンバーが、悪びれることもなく、この曲を演奏した。
 当時一大ムーヴメントを引き起こし、若手バンドの登竜門ともなったTBS系音楽番組『平成名物TV・三宅裕司のいかすバンド天国』の14代目イカ天キングとなったたまのメジャーデビュー作。イカ天では二週目に披露され、たまの音楽性の幅の広さを印象付けた。
 サビのメロディは、ホルストの作曲した組曲「惑星」のなかの第4曲「木星」から着想を得た。歌詞に「今日人類が初めて木星についたよ」と「木星」が出てくるのはこのため。
 オリコンシングルチャートで初登場1位を記録。翌週以降も4週にわたり週間TOP5を維持し、登場6週目で返り咲き1位を記録した。

 4 林檎殺人事件

 TBS系列のアットホームドラマ「ムー一族」から生まれた、郷ひろみと樹木希林の2人組ユニットの曲。このコンビはその前にも「お化けのロック」という曲を出して一世を風靡したが、この曲はベストテン入りするほどの大ヒットとなった。
 郷ひろみは若い女性に大人気の歌手だったが、不思議と樹木希林が相手だと、嫉妬もやっかみも起きなかった。名コンビだったと思う。

 ほかにもこの時代には、今も使われているがアニメ「ちびまる子」ちゃんのオープニング曲の「おどるポンポコリン」(B・Bクィーンズ)があった。

 さて、今日の記事はアラフォー以上の方しかわからないかもしれない。歌は時代を映す鏡というが、まさに、豊かな時代の象徴であり、経済的にも余裕があって、遊び心満載感が漂う曲だらけだ。

2019年3月 3日 (日)

今は亡き三大歌姫

 平成が間もなく終わりを告げようとしている。20代から50代までを過ごし、昭和の24年を越え、もっとも長い時代を生きた勘定となる。だから思い入れも一入あるこの時代にあって、特に音楽の分野で多大な功績を遺した歌姫がいる。
 私が個人的に大好きで、そして私の今の年齢よりも若くして惜しまれつつ亡くなった歌手だ。それは「美空ひばり」「テレサ・テン」、そして「坂井泉水」だ。今日は彼女たちの存在を偲び、彼女たちがこの世に遺した楽曲で大好きだった歌を映像で振り返りたい。

 1 美空ひばり

 戦後、幼少の頃から銀幕のスターとして活躍した「お嬢」。しかし、華やかなスター街道とは裏腹に、私生活では最愛の家族を次々失う不幸や離婚、そして病魔との闘いを強いられ、浮き沈みの激しい人生だった。52歳没。もし生きていれば今年83歳だった。
 
 私が好きな楽曲ベスト5は
 1位 みだれ髪
 2位 川の流れのように
 3位 愛燦々
 4位 真っ赤な太陽
 5位 悲しい酒

 血液型はO型

 2位 テレサ・テン

 台湾出身の歌姫。ジュディオングと並んで70~80年代に日本でも活躍した。私は彼女の顔も好きだったが、やはり歌声は他のアイドル歌手などとは一線を画していた。それが証拠に、今もなおカラオケで歌い継がれる名曲が数多く存在する。ムード歌謡に特化していた。
 彼女もまた最期は不可解な死に様だった。宿泊先のタイのホテルで死体となって発見された。死因は「気管支喘息」と断定されたが、謎の死と言われている。42歳で没。もし存命ならば今年、66歳になられていた。血液型はO型
 私は死ぬまでには台湾の金宝山にある、彼女の墓所を訪れてお参りをしたいと考えている。

 1位 別れの予感
 2位 時の流れに身をまかせ
 3位 つぐない
 4位 愛人
 5位 空港

 坂井泉水(ZARDのヴォーカル)

 1990年代を代表するユニットで、「名探偵コナン」のテーマソングを歌い上げていたZARDの坂井泉水さん。彼女が40歳という若さで天国へ旅立って早12年が経過しようとしている。もしご存命ならば今年52歳になっていた。血液型はA型

 私は彼女の顔も好きだし、あの美声も大好きだった。今でも発売中の「ZARD CD&DVD COLLECTION」を定期購読している。本来は52号で完結するはずだったが、大好評につき、67号まで延長された。それほど彼女の死を悼み、彼女の遺してくれた楽曲に今でも想いを寄せ居ていることの証明である。

 1位 心ひらいて
 2位 揺れる想い
 3位
 4位 永遠
 5位 負けないで



 私は6年前に、彼女の墓所を探り当て、墓参りを敢行した。そして彼女が不慮の死を遂げた、我が母校でもある慶應義塾大学病院の転落場所も訪れ、合掌して来た。生前にお会いできなかったが、それほど筋金入りのファンだったし、今でも通勤やドライブの車内のBGMはZARD一色だ。

  実は、私には映画関係者に是非制作して欲しい作品がある。それは、昨年、「Queeen」の「ボヘミアンラプソディ」が大ヒットしたが、この日本版は、ぜひZARDの坂井泉水を回顧する作品にして欲しい。ZARD誕生から覆面歌手として売り出した頃、そして絶頂期と謎の死までを一連の作品として描いてほしい。もちろん、坂井泉水役は「吉岡美穂」を起用して欲しい。
 

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