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音楽

2018年11月15日 (木)

往年の名曲をあなたに(洋楽編③)

 今回で3回目を迎えるシリーズ記事「往年の名曲をあなたに」。今回は、過去2回はしっとり系のバラードが多かったので、今回は趣向を変えて、アメリカならではの硬派系のダンディズム追求の楽曲を2曲取り上げたい。日本のキャロルやクールスも憧れたであろうご機嫌ロックでもある。

 5 「Born To Be Wild (Easy Rider)」 Steppenwolf   (1969)   

 アメリカの荒野の一本道をアメリカンバイクにまたがり、革ジャンスタイルでかっ飛ばす光景が目に浮かぶ。かつては洋もく系のタバコのCMにも使われた。
 しかし、本家本元は1969年に公開されたアメリカ映画「イージーライダー」の主題歌として発表され、大ヒットした。主演はピ-ター・フォンダとデニス・ホッパーの名優たちの共演だった。広大なアメリカ大陸をバイクで旅しながら、様々な事件に巻き込まれていく。「自由」を体現する彼らは行く先々で沿道の人々の思わぬ拒絶に遭い、ついには殺伐としたアメリカの現実に直面する。

 6 「Lovers Of The World」 Jerry Wallace   

 この曲は1970年代から80年代にかけて「マンダム」のCMソングとして長年愛された。男臭さがムンムン漂う俳優のチャールズ・ブロンソンが馬をひいて荒野を旅するスタイルがウリだった。マンダムは男性化粧品で、髭剃り後に塗ったくるリキッド系だった。

 彼のCMはコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=Nabxi5DGmvg

 Jerry Wallaceが歌うこの爽快な歌と、男臭さ全開のBronsonのイメージが最高にマッチした男性化粧品「MANDOM」CMのインパクトは凄まじく、後に広告主「丹頂化粧品」の社名を商品名の「マンダム」に変更する程の社会的周知の広がりを見せた、まさしく一世を風靡した大ヒットCMとなった。

 信じられないが、この映画やCMが一世を風靡していた時代からすでに40~50年もの月日が流れ去った事実。自分も歳をとる筈だ。しかし、40年以上が経過してもやはり曲調なども古さは感じない。洋楽の持つスピリットは躍動感に溢れ、どこかノリノリで気持ちを若くしてくれるような魔力を秘めている。

2018年11月13日 (火)

福島県出身の美人演歌歌手

 演歌歌手というのは歌が上手くて当たり前だが、我が福島県出身者で歌だけでなく、容姿も完璧すぎる歌手がいるのをご存知でしょうか?
 その方は「津吹みゆ」さんと言い、西白河郡矢吹町のご出身だ。御年まだ22歳の新進気鋭の若手歌手だ。

Tsubuki1 Tsubuki2

Tsubuki3 Tsubuki

 プロフィールは以下の通り

 1996年2月28日生まれの22歳

 小学校3年生の時からカラオケ大会に出場するようになる。高校2年生であった2012年の夏に地元の福島県いわき市で行われた『NHKのど自慢』に出場。それがきっかけで日本クラウンからスカウトされる。スカウト者が作曲家の四方章人を紹介、学業に力を注ぐ一方で歌のレッスンを受け続ける。日大東北高校在学中は新幹線で福島から東京にレッスンに通っていた。両親が介護福祉士をしており、本人も福祉関係の大学に行く事も考えていたが、憧れていた歌の道に進める滅多にないチャンスだとして、四方の世話になることを決意。

 高校卒業後に上京し、四方の門下生として本格的な歌の修業に入る。2015年2月25日に「会津・山の神」でデビュー。

  •  身長154cm、体重42kg、血液型O型、星座うお座。 東日本大震災当日(2011年3月11日)は中学の卒業式であった。高校時代は吹奏楽部に所属。
  • 特技は フルート、趣味はアンティーク調の雑貨収集 ・ピアノ ・ 旅行、好きな事は旅行番組を見ること、好きな色は白・ピンク・ネイビー、好きな食べ物はおから・煮物・ ロールキャベツ ・ ハンバーグ、好きな花はカーネーションである。
  •  それでは動画サイトにアップされている彼女のデビュー曲「会津・山の神」をどうぞ!

     続いてテレビ出演した時の映像で「哀愁の木曽路」をどうぞ!

     色白で声がよく通るのはO型の気質そのもの。同じO型で、FTVの福盛田アナウンサーに顔立ちが似ている。目鼻立ちが整っていて、黒髪が古風な、それでいて清楚なイメージを掻き立てて、私好みだ。

      彼女の公式ブログ「つぶきのつぶやき」はコチラ https://ameblo.jp/ayd-miyu/

     福島県民ならずとも、彼女の澄んだ歌声を耳にすれば、きっとファンになることうけあいだ。彼女の曲には旅愁を誘うような各地の有名観光地がテーマになっている。岩手県の「望郷さんさ」や岐阜県の「哀愁の木曽路」、福島県の「磐越西線」など。ご当地応援ソングのような曲目に、ついついその地を旅しているような印象を醸す。
     とても22歳とは思えない落ち着いた印象と風格がある。ぜひ、これからも応援したい。

    2018年11月 8日 (木)

    往年の名曲をあなたに(洋楽編②)

     前回の「The Eagles」と「Bee Gees」からの記事から一週間が経過し、このシリーズ記事の存在を忘れてしまっていたかもしれないので、本日、第二弾をお送りします。
     人は誰でもお気に入りの曲や、心の片隅において置きたいとっておきの歌がある。それには多くの想い出が染み付いていて、忘れようにも忘れられない宝箱のようなものだ。
     今日は、中高生時代に、私が本気で聴いた洋楽の中から、落ち着いた雰囲気のラブソングを2曲セレクトしてお送りしたい。

     3 「Just The Way You Are」 Billy Joel

      1977年9月にリリースされたこの曲は、ビルボード誌のシングル・チャートで、ビリーにとって初のトップ10入りを果たした曲で、最高位では3位まで達した曲でもある。また、同誌のアダルト・コンテンポラリー・チャートでは1位を獲得し、その後、グラミー賞最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞の2部門を受賞。

     ビリー・ジョエルは1970年代を代表する名シンガーだ。その類稀な美声で女性を中心とする観衆を酔わせる。リズミカルな曲も多く残しているが、彼の真骨頂はしっとりと聴かせる「ラブソング」系のポップスだと思っている。1970年代は、中学生だった私を夢中にさせたのが日本のニューミュージックと洋楽だったが、彼はその中心にいた。当時は斬新だった口笛で始まるイントロの「Stranger」や「Honesty」、今日取り上げた「素顔のままで」が大ヒットした。とにかく彼は詩を紡ぎ、じっくりと聴かせるシンガーだった。

     なお歌詞は動画サイトに流れるため、今回は掲載いたしません。

     この曲に寄せられた先輩諸氏のコメントがまた泣かせる。

     もう40年以上も前になりますが、初めて買った洋楽のシングルでした。歌詞の内容は雰囲気しか当時はわかりませんでしたがなんか少し大人の恋がわかった気になって盤がすり減るんじゃないかと思うくらいに聞いてました。特に最後のサックスの部分なんかはいかにも都会的で大好きです。いまだに古さを感じさせない、色あせない名曲ですね。

     ありの~ままで~♪ … つまり素顔のままでって、ステキ。 曲も歌詞も優しくて、無理して頑張ってる頑なな気持ちが、ふあ~っと解されて、素直になれて、泣けるよね。。 浄化されて、ホッと安心出来て、自分を取り戻せる。生きる力を回復出来る。

     10代や20代の時に、こんな気持ちで恋愛できてたらなぁー

     4 「We re all alone」  Boz Scaggs

     ボズ・スキャッグスも1970年代後半から1980年代にかけて大ヒットナンバーを数多く送り出したアメリカのシンガーで、アダルト・ コンテンポラリーを代表する。
     R&B色が濃い音楽を発表し続けていたボズであったが、1976年、ファンキーでクロスオーバー的な洗練されたサウンドの『シルク・ディグリーズ』を発表。これが全米2位を記録し、500万枚以上を売り上げた。アルバムからも「ロウ・ダウン」(全米第3位)、AORのスタンダード曲「ウィ・アー・オール・アローン」の大ヒットを放つ(このアルバムに参加したセッション・ミュージシャンたちは、後にTOTOを結成)。次作の『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』、『ミドル・マン』も続いてヒットした。

     1980年に、トヨタ・クレスタの初代モデルのCMソングに、「You Can Have Me Anytime」(邦題:「トワイライト ハイウェイ」)が採用された。

    その後、ヒットチャートからはしばらく遠ざかっていたが、1988年発表のアルバム『アザー・ロード』の収録曲「Heart of Mine」が、そのミュージック・ビデオの効果もあり、翌1989年に大ヒット、カムバックを果たした。『アザー・ロード』は日本ではオリコン洋楽チャートで1988年5月30日付から通算3週1位を獲得した。日本では未だに根強い人気を誇っている。

     この曲に寄せられた先輩諸氏のコメントがまた泣かせる。 

     父親の車でちっちゃい頃いっぱい聴いてたすきだった父親死んでからこれ聴いたら泣くだろうなとか思いながら泣く

     もう30年も前になるけど、友達がカセットにダビングしてくれた曲の中にこの曲がありました。聴いた瞬間、「なんて綺麗な素敵な曲なんだ」と思いました。言うまでもなくカセットが擦り切れるまで聴きました。もう40代になって人生のなんとやらを考えるようになると思いのほか身に染みる曲になりました。

     さて、今日の二人はどちらもピアノの弾き語りスタイルで一世を風靡したメロディーメーカーで美声で知られるミュージャンだ。このようにしっとりと聴かせるラブソングを今から40年も前に世に放っていたとは天賦の才能以外の何物でもない。本来はここに「エルトン・ジョン」を加えたいが、次回以降にとっておきたいと思う。

     「歌は世につれ人につれ」との名文句を残した名司会者がかつていたが、その言葉通り、心に残る一曲とは必ずあるもので、それらを創出するミュージシャンはさすがだと思う。 
     
     洋楽が持て囃される要因のひとつとして、メロディーに優れている点もあるが、私は曲の長さにもあると思う。日本のミュージャンの楽曲は、日本人の好みとして繰り返しでその余 韻を楽しみたいがために、やたらと「リフレイン」が多いため、こぞって曲が長くなるが、外国の曲は4分を越えるのは稀で、大体が3分台で収まっている。
     これはかつてのレコーディングの事情もある。録音テープが高価だったため、5分を越えるレコーディングはコストがかかりすぎた。よって「ビートルズ」や音楽の元祖「ボブデュラン」の初期の頃の楽曲は、下手すると3分以内で終わるショートソングが多かった。

     さて、次回はいつになるかは不透明だが、ぜひ聴かせたい曲があったら、第三弾を執筆したいと思います。それまでぜひ楽しみにお待ちください。

    2018年11月 2日 (金)

    心にしみる楽曲

     江戸時代は平均寿命は50歳程度だった。天然痘や麻疹、コレラといった流行り病や脚気、結核によって命を落とすケースが多かったかららしい。そう考えると、自分の人生はとっくに終焉を迎えていたと言える。
     そう考えると「仁-JIN-」ではないが、医学の発展は日進月歩で、ペニシリンなどの発明によって飛躍的に平均寿命が延びたといえる。
     気づけば自分も五十路となった。中年もいいところで、日増しに増える白髪もトレードマークになってきた。気持ちは未だに20代のつもりでいるのだが、それに追いつかない体力が衰えを如実に物語るようになった。
     そして、 これまでの自分の人生が歩んだ道のりや経験を歌の詩に重ね合わせるようになった。すると、これまで気にも留めなかった曲を聴くようになったり、好きになるようになった。そこで今日は、最近、五十路にはドツボに入る名曲を取り上げたい。

      「Love Letter」  槇原敬之

     私は彼の歌は20代後半によく聴いていた。「遠く遠く」は名曲中の名曲だし、スキーソングの定番だった「冬がはじまるよ」は私の恋愛時代の代表作だった。そしてJR東日本の「新幹線青森延伸」CMソングで、旅情にぴったりな曲「素直」。今でもお気に入りだ。

     しかし、この曲は私の初恋を思い出させる。好きな人に「好きだ」となかなか口に出来なかった時代。言った途端、それまでの良い関係が壊れてしまいそうで、喉まででかかった言葉を飲み込んだ。甘酸っぱくもほろ苦い青春時代の想い出がこの曲には凝縮されている。

     同じような経験をしている人は、この歌詞を詠んで共感できる部分が多いに違いない。人生は出会いと別れの繰り返しで、特に、転校や卒業を契機に環境ががらりと変わってしまう。就職もまた然り。希望に胸を膨らませて地方から東京へ出てくる人。夢破れてふるさとへ帰る人。多くの感情がそこには交錯し、そしてまた去来する。
     歴史は繰り返されるといわれるが、人生模様も同様のことが言えそうだ。

     そんな人の生き様をこの曲が代弁してくれている。やはり槇原敬之は天才だと実感する。感性が豊かで、周囲のちょっとした変化に気づけ、物事の道理を理解し、そして描写する能力に長けている。決して理想だけでなく、現実も弁えて、それを詩に表現している。

     

    2018年11月 1日 (木)

    往年の名曲をあなたに(洋楽編①)

     タイトルは知らなくても、CMに使われていたり、何かのテレビ番組でBGMに使われている曲を聴いて、感動したり耳に残る名曲は誰にでもあると思う。
     私も聞き覚えはあったが、そんな名曲は五万とあった。特に、私は学生の頃から洋楽が大好きで、特に1980年代に洋楽ブームが沸き起こったときにジャンルは問わず本気で聴き漁ったものだ。1970年代は、ABBAやBeeGees、オリビアニュートンジョン、ビートルズ、サイモン&ガーファンクル、イーグルス、カーペンターズなどのスタンダードから始まり、1980年代は、エアサプライ、ビリージョエル、マイケルジャクソン、TOTO、カルチャークラブ、ポリス、ワム、エルトンジョン、シカゴ、スティービーワンダー、ケニーロギンス、女性シンガーはマドンナ、シンディローパー、ダイアナロス、ホイットニーヒューストンなどありとあらゆる曲を聴き、それで英語の勉強をした。

     そんな中、私が思い出に残る大好きだった曲というのがある。今日から不定期で、それらを2曲ずつ紹介したい。おそらく、口ずさんだことがあるであろう名曲を取り上げて生きたい。先輩諸氏は懐かしく、また若い世代の方は逆に新鮮に思うかもしれない。

     1 Eagles 「Desperado」

     これは傷ついて打ちひしがれている友を励ます曲だ。バラード調の曲調が耳にほどいい。「イーグルス」と言えば「ホテルカリフォルニア」が真っ先に浮かぶが、このようなしっとり系の曲も1973年にこの世に残していた。とても45年も前の古い曲だとは思えないほど、今聞いてもメッセージ性が強く、耳に心地よい。日本語のタイトルは「ならず者」とついているが、歌詞を聴くと全然イメージが異なる。

    Desperado, why don't you come to your senses?
    You been out ridin' fences for so long now
    Oh, you're a hard one
    I know that you got your reasons
    These things that are pleasin' you
    Can hurt you somehow

    Don't you draw the queen of diamonds, boy
    She'll beat you if she's able
    You know the queen of hearts is always your best bet

    Now it seems to me, some fine things
    Have been laid upon your table
    But you only want the ones that you can't get

    Desperado, oh, you ain't gettin' no younger
    Your pain and your hunger, they're drivin' you home
    And freedom, oh freedom well, that's just some people talkin'
    Your prison is walking through this world all alone

    Don't your feet get cold in the winter time?
    The sky won't snow and the sun won't shine
    It's hard to tell the night time from the day
    You're losin' all your highs and lows
    Ain't it funny how the feeling goes away?

    Desperado, why don't you come to your senses?
    Come down from your fences, open the gate
    It may be rainin', but there's a rainbow above you
    You better let somebody love you (let somebody love you)
    You better let somebody love you before it's too late

     私自身、中学時代にこれほどの名曲に出会ったときの衝撃は大きかったが、その後、めったに聞きなおす機会を逸してしまっていたが、つい最近、「消えた天才」の山縣亮太のエピソードVTRの中で偶然流れて、懐かしく思い出された。

     2.Bee Gees  「How Deep Is Your Love」 (1977)   

     「Bee Gees」(ビージーズ)は英国王室属領マン島生まれのイギリス人のギブ三兄弟を中心に構成された、男性ボーカルグループ。1963年にオーストラリアよりレコードデビューし、1973年からは米国を中心に活動。1960年代前半から息の長い活動を続け、「トゥ・ラブ・サムバディ」「Massachusetts」「メロディ・フェア」「若葉のころ」「イン・ザ・モーニング」「ホリディ」「アイ・スターティド・ア・ジョーク」「傷心の日々」「ラン・トゥ・ミー」「ブロードウェイの夜」「獄中の手紙」など、数多くの名曲を発表した。ポップなメロディ・メイカーとしては、レノン=マッカートニーやビヨルン&ベニー(ABBA)らと並ぶ、名ソング・ライター・チームとして知られている。

     和名「愛はきらめきの中に」How Deep Is Your Love)は1977年にリリースされたビー・ジーズのシングル曲。ジョン・バダム監督の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』に、「ステイン・アライブ (Stayin' Alive)」、「恋のナイト・フィーバー」(Night Fever)」(ともにビー・ジーズ)、「アイ・キャント・ハブ・ユー(If I Can't Have You)」(イヴォンヌ・エリマン」(Yvonne Elliman))とともに起用された。

     UKチャートでは3位が最高、アメリカのビルボードチャートでは同年のクリスマスイブに1位をマークし、トップ10にも17週間とどまった。ビルボード誌1978年年間ランキングは第6位。

    I know your eyes in the morning sun
    I feel you touch me in the pouring rain
    And the moment that you wander far from me
    I want to feel you in my arms again
    And you come to me on a summer breeze
    Keep me warm in your love, then you softly leave
    And it's me you need to show

    How deep is your love, how deep is your love
    How deep is your love?
    I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

    I believe in you
    You know the door to my very soul
    You're the light in my deepest, darkest hour
    You're my savior when I fall
    And you may not think I care for you
    When you know down inside that I really do
    And it's me you need to show

    How deep is your love, how deep is your love
    How deep is your love? I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

    And you come to me on a summer breeze
    Keep me warm in your love, then you softly leave
    And it's me you need to show

    How deep is your love, how deep is your love
    How deep is your love?
    I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

    How deep is your love, how deep is your love
    I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

    How deep is your love, how deep is your love
    I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

     ジョン・トラボルタが主演して大ヒットした映画「サタデーナイトフィーバー」の中の挿入歌。私が中学1年の時に日本でも封切りされた。当時、日本では土曜日は登校日で、午前中4校時の半ドン授業だった。だから欧米の制度が羨ましかった。アメリカの学生は土曜日の夜にはおめかしして「ダンスパーティー」やディスコで「フィーバー」しているものだと思っていた。

     1960年代が「ビートルズ」なら、「Bee Gees」はこの時代の最高峰だと個人的には思っている。他にも「Stayin' Alive」「Melody Fair」「Holiday」「Massachusetts」「Night Fever」「Too Much Heaven」などのビッグヒットをこの世に残した。

     さて、シリーズ記事の1回目が本日だったが、いかがでしたか?懐かしんでもらえたでしょうか?あるいは20代の若い世代には初めて聴いたという方もいるかもしれませんが、何年経っても色褪せないのが洋楽の醍醐味だと思う。それは歌詞が不明で雰囲気で聴いてしまっている点も否めないが、日本人ウケするようなメロディーだったり、詩の力であったり、こだわりあるコンセプトや強いメッセージ性が感じ取れるからにほかならない。
     ところで続編となる次回作だが、不定期でお送りするため、忘れた頃に第2回を執筆したいと思うのであしからず。

     

    2018年10月23日 (火)

    ’70年代の青春ソンググループ

     タイトルだけでは何のこっちゃ?と首を傾げる人続出だろう。先輩諸氏にお叱りを受けそうだが、私の小中学校時代は、「70年代フォーク」と天地真理や南沙織、麻丘めぐみ、フィンガー5、中3トリオなどの「アイドル」が同居し、音楽シーンを盛り上げていた。
     私はどちらも好んで聴いていたが、当時は「青春学園ドラマ」が花盛りで、私も「飛び出せ青春」や「われら青春」、「俺たちの旅」、「ゆうひが丘の総理大臣」を毎週欠かさずに観ていた。
     その主題歌や心に残る楽曲を手がけたユニット名にはなぜか「色」が入っていた。今日はそれを取り上げ、当時を懐かしんでみたい。今なお歌い継がれる名曲揃いだ。

     1 赤い鳥 「翼をください」

     赤い鳥

     1969年に結成、1970年代を中心に活動し、1974年解散したフォークグループ。1969年11月、「第3回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」に関西・四国地区代表として出場。
    「竹田の子守唄」、「COME AND GO WITH ME」を歌い、フォーク・ミュージック部門の第1位を獲得、他部門の優勝グループを抑え、グランプリを獲得した。1971年2月発売の「竹田の子守唄/翼をください」が発売3年で100万枚を突破するヒットになった。

     メンバーは、後藤悦治郎(ギター)、平山泰代(ピアノ、1974年2月後藤と結婚)、山本俊彦(ギター)、新居潤子(1973年4月に山本と結婚し、山本潤子)(ボーカル・ギター)、大川茂(ベース、1969年6月加入、1972年8月アメリカ合衆国カントリーチャーチで結婚)の5名。後期には、大村憲司(ギター、1972年2月から1973年4月)、村上秀一(ドラム、1972年6月から1973年4月、村上“ポンタ”秀一)、渡辺俊幸(ドラム・キーボード、1973年4月から)を加える。
     その後、路線上の食い違いからグループを解散。後藤・平山の夫妻は「紙ふうせん」、山本夫妻と大川は「ハイ・ファイ・セット」、渡辺は「ハミング・バード」を結成した。

     ヴォーカルの山本潤子さん、そしてキーボード担当の平山泰代さんはとてもチャーミングで、いつもテレビの前で見とれていた。ジュリーではないが、年上の女性はなんて美ししいんだろうと小学生ながらときめていた。

     2 青い三角定規 「太陽がくれた季節」

     https://www.youtube.com/watch?v=z8-7zpZ9iJ4

     ご存知、NTV系列で放送されていた村野武範主演の学園ドラマ「飛び出せ青春」の主題歌。1972年2月にリリースされた。100万枚を超える大ヒットとなった。

     青い三角定規

     1971年に結成された日本のフォークグループ。西口久美子、岩久茂、高田真理の3名で構成。作曲家のいずみたくがプロデューサーとして深く関わった。1973年に解散。

     3 いずみたくシンガーズ 「帰らざる日のために」

     日本テレビ系東宝青春学園シリーズの最終作第7弾『われら青春!』(中村雅俊主演)主題歌(1974年4月25発売)
     『われら青春!』~太陽学園に新しく赴任してきた新米教師の沖田俊(中村雅俊)と、落ちこぼれ生徒の交流を描く青春ドラマ。
    『飛び出せ!青春』の続編的位置付けの作品で、主要キャストには、校長役に前作から引きつずき有島一郎、その姪役の英語教師に島田陽子、穂積隆信の江川教頭や柳生博の塚本先生。さらに「われら同級生」(第14話)には、村野武範も河野武としてゲスト出演している。(全22話/1974年4月~9月放送)挿入歌の「青春貴族」や「ふれあい」もヒットした。
     「涙は心の汗だ」という名セリフを生み出した。中村雅俊、島田陽子、保積ペペ、千葉裕、清水あきひろ、柳生博&穂積隆信など当時のキャスティングは抜群だった。

     4 ザ・バーズ 「ふり向くな君は美しい」

     高校野球の定番ソングが「あゝ栄冠は君に輝く」だとすれば、高校サッカーの青春ソングはこの曲だった。コマネチブームを巻き起こしたモントリオール五輪が開催されていた1976年10月25日リリースの曲だが、今聴いても古さを感じない。

     全国高等学校サッカー選手権大会の大会歌として第55回大会(1976年)より冬の高校サッカー予選・本大会の会場や、テレビ中継で演奏される。歌唱は「ザ・バーズ」が行っている。かつては全国大会決勝戦の国立競技場において、ハーフタイムショーとして歌と踊りが披露されていた。 「スクールメイツ」ばりに超ミニスカートでパンツ丸出しで踊って歌うため、目のやり場に困った。
     この曲は勝者の陰に隠れやすい戦いに敗れた者の健闘を讃える「敗者の讃歌」で、長年高校サッカーファンに愛されてきた。

     この時代のユニットとして他に思いつくのは、高橋真梨子の「ペドロ&カプリシャス」、「ダ・カーポ」、「トワ・エ・モワ」、「ハイファイセット」、「サーカス」、「チェリッシュ」、「ヒデとロザンナ」などがいる。小学生時代に聴いた楽曲が多いが、記憶に鮮明に残っているし、今聴いても名曲だったと思う。あの多感な時期に、素敵な楽曲を提供してくれたミュージシャンに感謝したいと思う。

     

     

    2018年10月 5日 (金)

    ’80年代の想い出のシンガー 杉山清貴

     私の半生で強烈に印象に残る時代とは、やはり浪人と大学生の頃だ。当時、受験戦争真っ只中で、「一浪」は「人並み」といって当たり前で、浪人してまでいい大学に入ることを目指す志向が色濃かった。「早稲田」は記念受験する若者で溢れ、毎年10万人を超える受験生が押し寄せた。私は慶應出身だが、当時は早稲田と慶應は学部同士、同じ日程で入試日が設定され、掛け持ち受験、つま併願ができないシステムだった。
     1984年に大学一年生になった私だが、バブル景気の真っ只中にいた。その頃は、洋楽ブームだったが、邦楽も聴かなかったわけではない。世の中、大変なアイドルブームだったが、そんな中、ニューミュージックの後継者と思えるようなオシャレなバンドもいた。それが今日、想い出のシンガーとして取り上げる「杉山清貴&オメガトライブ」だ。

     ヴォーカルの杉山清貴は、カラフルなアロハシャツやジャケットにサングラスといういでたちでステージに立ち、甘い歌声で多くの女性ファンを虜にした。メロディーメーカーで、耳に残る軽快なマリンサウンドが心地よかった。
     私も心酔した訳だが、彼が手がけた楽曲の中から、特に好きだったナンバーを5曲紹介したい。私と同世代または40代以上の方には懐かしいが、今の若い世代にもぜひ聞いてほしい名曲ばかりだ。

     1 風のロンリーウェイ

     1988年1月にリリースされ、「火曜サスペンス劇場」のエンディングテーマソングとして使われ、大ヒットした。私のカラオケの十八番でもあった。

     2 最後のHoly Night

     https://www.youtube.com/watch?v=9iL9FU4ZIi4

     https://www.youtube.com/watch?v=enbIxt2iEes

     この曲だけはクリスマスソングだけに冬に大ヒットした。しかし曲調、歌詞など当時大ヒットしていた「ワム」の「ラストクリスマス」そっくりで、パクッたのではないかとの疑念が付きまとった。1986年11月リリース。

      3 ふたりの夏物語

     TUBEやサザンも夏の代名詞だが、この曲も夏のスタンダードナンバーとして持て囃された。1985年3月リリース。

     4 さよならオーシャン

     1986年5月リリース。

     5 ガラスのPALM TREE

     1985年11月リリース。

     ほかにも「君のハートはマリンブルー」、「SUMMER SUSPICION」、「水のAnswer」、「サイレンスがいっぱい」などの名曲もあるが、いずれも夏に聞くとしっくり来る印象深いナンバーだらけだ。日本語と英語を巧に使い分けた歌詞もトレンディーでオシャレなモダンナンバーを創出した。

     杉山清貴は、その後、独立し、ソロ歌手として再出発した。一方のオメガトライブは、新たなヴォーカルに日系ブラジル人の「カルロス・トシキ」を迎え、「1986オメガトライブ」としてリニューアルした。

     動画を試聴された方はお気づきだと思うが、彼の歌唱力は秀でている。高音域の伸びが素晴らしい。こういうソロでも楽曲に負けない卓越した歌声を響かせてくれる歌手が近年少なくなった。確かにムードで酔わせる雰囲気も兼ね備えていたが、今から33年前の楽曲とは到底思えない新鮮さが漂う。おそらく彼の歌を聴いて、酔いしれ恋に堕ちた方々も多くいるに違いない。多くのファンの人生を魅了したであろう彼のナンバーを今宵も奏でながら、夜を過ごしたいと思う。 

     

    2018年9月21日 (金)

    ひと夏を彩る一曲

     人にはそれぞれ想い出の一曲があると思う。ひと夏の想い出は青春時代の甘酸っぱい記憶に回帰する。ヒットチャートを賑わすほどの大ヒットナンバーではなくても、ムーディーで心に残る珠玉のサマーソング。今日は手前味噌ながら、そんなひと夏の想い出に戻りたくなるような曲を集めてみた。

     夏のクラクション 稲垣潤一

     元カノとのドライブでよくカーステから流れていた曲。稲垣潤一の曲はすべて彼女の受け売りだった。軽快なメロディーはドライブソングにうってつけだった。

     君は天然色 大瀧詠一

     5年前に65歳でお亡くなりになった大瀧詠一さん。私は彼の「A LONG VACATION」のアルバムを持っていた。「さらばシベリア鉄道」「風立ちぬ」「冬のリヴィエラ」「恋するカレン」など多くのヒット曲をこの世に残してくれた。

     BIG WAVE 山下達郎

     もちろん彼のナンバーで夏ソングの定番である「Ride on time」はNo.1だと思うし、それはゆるぎない。しかし、あえてこの曲をセレクトしたのは、アルバム「BIG WAVE」のしょっぱなに登場し、夏の雰囲気を演出し、その気にさせるご機嫌ナンバーだからだ。そして彼の英語力が存分に発揮できる曲はこれしかないと思ったからだ。そしてサーフィンソングは「波乗りジョニー」とこれしかないと断言していい。

      鎌倉物語

     サザンとTUBEも夏には欠かせない存在だ。「さよならベイビー」、「真夏の果実」も定番スタンダードナンバーだが、個人的には原由子が歌うこの曲がイチ押し。

     私の中では佐野元春、浜田省吾、山下達郎は御三家で、今は亡き大瀧詠一、河島英五、村下孝蔵は永遠の御三家。

     

    2018年9月15日 (土)

    THE 企画ソング(化粧品メーカー)

     1970年代後半から1980年代前半にかけて、世の中を席巻したCMソングがある。それは化粧品メーカーとタイアップしたCMだ。資生堂やカネボウのキャンペーンガールが出演し、真夏の海を舞台に活躍した例の奴だ。
     そしてそのCMに使われたBGMは決まって大ヒットした。化粧品CMだけとは限らないが、そうしたCMから大ヒットした「企画ソング」と呼ぶにふさわしい曲をここで紹介したい。

     1 不思議なピーチパイ(竹内まりや) モデル:マリアン 
     2 Mr.サマータイム(サーカス)  モデル:服部まこ
     3 セクシャルバイレットNo.1(桑名正博) モデル:エマ・ サムス
     4 君の瞳は10000ボルト(堀内孝雄) モデル:ルーシー島田
     5 春咲小紅(矢野顕子) モデル:林元子
     6 め組のひと(ラッツ&スター) モデル:トリー・メンドーサ
     7 時間よ止まれ(矢沢永吉) モデル:藤田恵弥子、土屋名美、林秀子、堀川まゆみ、ロリアン・ レオン
     8 唇よ、熱く君を語れ(渡辺真知子)モデル:松原千明
     9 色つきの女でいてくれよ (ザ・タイガース)モデル:広田恵子
    10 燃えろいい女(ツイスト) モデル:小野みゆき

     その他

      君は薔薇より美しい(布施明)モデル:オリビア・ハッセー

     それまで「シクラメンのかほり」でレコード大賞を受賞した経歴がある歌唱力抜群のバラード歌手のイメージの布施明だったが、いきなりエレキを肩から下げ、ノリノリで歌うロック調の曲で登場した時には度肝を抜かれた。路線変更か?とさえ思えた。1979年1月発売で、CM企画のために無理やり歌わせた感が強い。カネボウ化粧品のタイアップ曲だったが、「君の瞳は10000ボルト」の路線のように思えて仕方なかった。

     布施明の映像 https://www.youtube.com/watch?v=9iQZ8zJ6QxE

      君に、胸キュン(Y・M・O)モデル:相田寿美緒

     1983年3月25日にリリース。やはり、カネボウ化粧品のCMソングに使用された。YMOと言えば、当時、斬新なシンセ音楽をこの世に知らしめ、一大センセーションを巻き起こした。

      いけないルージュマジック(忌野清志郎&坂本龍一)モデル:津島要

      https://www.youtube.com/watch?v=qYZ-4frTfFg

     異色コンビの大御所2人のミュージャンがコラボセッション。PV中、札束が舞う中で男同士のキスの演出は、当時は衝撃的で度肝を抜かれた。1982年にリリース。

      う、ふ、ふ、ふ(EPO) モデル:アンジェラ・ハリー

     資生堂化粧品フェアネスの1983年春のキャンペーンCMソングとして使用されたが、歌唱力抜群のEPOを世に知らしめた一曲だ。

     1983年2月5日発売のEPOの5枚目のシングル。

      マイ・ピュア・レディ(尾崎亜美) モデル:小林麻美

      https://www.youtube.com/watch?v=Qc9bjnxzOdk

     シンガーソングライターの草分け的な存在だった尾崎亜美。若くして才能を発揮し、松田聖子や河合奈保子、松本伊代、杏里などに秀逸な曲を提供した。
     そしてモデルだった小林麻美を一躍有名にしたCMがこの作品だった。ロリフェイスな彼女だが、意外にもハスキーボイス。顔立ちは見るからにO型の典型。

     さて、今日の記事はどうでもいいことだが、1970年代~80年代にヒットしたCMだ。音楽自体は今でも古さを感じない名曲ばかりだが、それに登場したモデルさんは、今の20代の若者はどう感じるかわからないが、多少の古さは感じるものの、今見ても綺麗な方々ばかりだと思う。

    2018年9月 5日 (水)

    ニューミュージックは今やオールドミュージック?!

     私が中学生時代、つまり70年代後半の音楽界は、アコースティックギターやエレキを使ったバンドが世間を闊歩していた。自分で作詞・作曲し、そして歌まで歌う、いわゆる「シンガーソングライター」が登場した時期だ。それらは「ニューミュージック」と呼ばれ、大ブームを巻き起こした。中高生は彼らの楽曲をコピーし、ギターやエレキが飛ぶように売れたのだった。
     私も「アリス」「松山千春」「さだまさし」「オフコース」「ツイスト」が大好きで、楽譜を購入し、友達と一緒に歌っていた。同級生だった「箭内道彦」氏ともつるんでフォークを中心に歌ったものだ。

     さて、当時は先進的な楽曲を提供した彼ら。20~30代と若かった彼らだが、今も活躍している方がほとんどだが、気づいてみると40年前の出来事で、もちろん彼らも年齢を重ねた。そこで、今、現役を貫く彼らは、一体何歳になっているのか調べてみた。なお、アットランダムに列挙したい。年齢は平成30年8月17日(土)現在

     1 谷村新司  69歳 「冬の稲妻」「チャンピオン」「サライ」
     2 堀内孝雄  68歳 「君の瞳は10000ボルト」「愛しき日々」「遠くで汽笛を聞きながら」
     3 松山千春  62歳 「旅立ち」「大空と大地の中で」「季節の中で」「恋」 
     4 松任谷由実 64歳 「卒業写真」「恋人はサンタクロース」「春よ、来い」
     5 中島みゆき 66歳 「ひとり上手」「悪女」「地上の星」
     
     6 小田和正   70歳 「Yes No」「さよなら」「ラブストーリーは突然に」「会いにいく」
     7 甲斐よしひろ 65歳 「HERO」「安奈」
     8 浜田省吾   65歳 「愛の世代の前に」「J・Boy」「もうひとつの土曜日」
     9 さだまさし   66歳 「雨やどり」「主人公」「案山子」「関白宣言」
    10 財津和夫   70歳 「心の旅」「虹とスニーカーの頃」「青春の影」

    11 長渕剛     61歳 「乾杯」「ろくなもんじゃねぇ」「とんぼ」
    12 チャゲ&飛鳥 60歳 「万里の河」「恋人はワイン色」「YAHYAHYAH」
    13 タケカワユキヒデ 65歳 「ガンダーラ」「モンキーマジック」「銀河鉄道999」
    14 世良公則   62歳 「あんたのバラード」「宿無し」「銃爪」「燃えろいい女」
    15 竹内まりや 63歳 「Dream on you」「駅」「けんかをやめて」 
     
    16 もんたよしのり 67歳 「ダンシングオールナイト」
    17 山下達郎   65歳 「Ride on time」
    18 大橋純子    68歳 「シルエットロマンス」「たそがれマイ・ラブ」
    19 渡辺真知子  61歳 「迷い道」「かもめが翔んだ日」「唇よ、熱く君を語れ」
    20 八神純子    60歳 「想い出は美しすぎて」「みずいろの雨」「パープルタウン」

    21 高橋真梨子 69歳 「ジョニーへの伝言」「五番街のマリ―」「はがゆい唇」
    22 南こうせつ   69歳 「神田川」「妹よ」「赤ちょうちん」「夢一夜」
    23 ばんばひろふみ 68歳 「SACHIKO」
    24 吉田拓郎   72歳 「旅の宿」「結婚しようよ」
    25 久保田早紀 60歳 「異邦人」

    26 桑田佳祐 62歳 「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」「波乗りジョニー」
    27 井上陽水 69歳 「夢の中へ」「心もよう」「リバーサイドホテル」「いっそセレナーデ」
    28 伊勢正三 66歳 「22才の別れ」「海岸通」 イルカに数多くの楽曲を提供
    29 原田真二 59歳 「キャンディ」「シャドーボクサー」「タイム・トラベル」
    30 岡村孝子 56歳 「待つわ」「はぐれそうな天使」「夢をあきらめないで」

     彼らが凄いのは60歳の還暦を過ぎた方々がほとんどなのに、未だに現役バリバリで、若者の「恋愛ソング」を作れることだ。若い感性を維持していないと、現代のカップルの恋愛事情など詩に表すことなど到底不可能だ。

     亡くなった方がもし存命ならば、今何才だったのかも調べてみた。

     河島英五 48歳 もし存命であれば今年66歳
     村下孝蔵 46歳 もし存命であれば今年65歳
     大瀧詠一 65歳 もし存命であれば今年69歳
     堀内護(ガロ) 65歳 もし存命であれば今年68歳
     大塚博堂 37歳 もし存命であれば今年74歳

     さて、今日挙げた方々は、私の中高生時代にミュージック界に燦然と光彩を放っていた。嬉しいのは、今でもヒット曲を飛ばし、我々だけでなく、若い世代にも影響を与えていることだ。人生の応援歌だったり、何かしらのメッセージを発し続けている。特に小田和正さんは、70歳になられた今でも若い感性を持ち、ライブで走り回っている。ご自身は、あの高音が維持できなくなり、半音下げることを余儀なくされた場合には、歌手を引退すると断言している。魂を揺さぶる歌声は、そうした「覚悟」から生み出されていると納得してしまう。

     今後も、欠けることなく、歌い続け、私たちの生活に潤いを与え続けて欲しいと願う。

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