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芸能・アイドル

2019年5月 3日 (金)

平成の3人組ユニット

 昭和の時代は「キャンディーズ」や「トライアングル」、そして「キャンキャン」、「シュガー」、「少女隊」、「lady,OH!」、「うしろ髪ひかれ隊」と多彩な3人組女性ユニットがいた。男性でも「シブがき隊」、「少年隊」などがいたが、平成の3人組女性アイドルと言えばあまり思い浮かばない。今、令和の新時代を迎えたが、3人組ユニットの登場を願って、平成時代唯一とも言える「3人組アイドル」を取り上げたい。

 Mi-Ke 「想い出の九十九里浜」

 この曲は著作権の関係でリクエストによる埋め込み無効になっているケースが多い。 

 私が一番好きな映像→ https://www.youtube.com/watch?v=n6B6yP2ioUA

 一見、コミックソングを歌い、振り付けもウケ狙いのオーバージェスチャーでコンセプトがあまりよくわからない謎のユニットで、活動期間もさほど長くは無かった。リードヴォーカルだった宇徳敬子さんが美人でひと際目を引いた。ほかにも「いしだあゆみ」の「ブルーライトヨコハマ」をパクった「ブルーライトヨコスカ」とか松田聖子の「青い珊瑚礁」をパクった「白い珊瑚礁」、「ビーチボーイズ」の名曲「サーフィン・U.S.A」をもじった「サーフィン JAPAN」など、その路線で曲をリリースし、歌いまくっていた。

 白い2白いサンゴ礁

 「Mi-Ke」の紹介

 アイドルグループとしては1991年(平成3年)にデビュー。振り付けを意識した当時のアイドルグループの形態をとりながらも、アルバムごとにテーマを定めたリバイバル・カバープロジェクトであった。グループ名の由来は当時ヒットした「たま」をもじり、メンバー3名の個性を活かして三毛猫から取っており、白が宇徳、茶色が村上、黒が渡辺というように色が分けられていた。
 ビーイングのサウンド、アレンジ、パロディを含めたプロデュースが光り、日本レコード大賞、日本有線大賞、全日本有線放送大賞(現・ベストヒット歌謡祭)、日本ゴールドディスク大賞と各音楽賞の最優秀新人賞を総ナメにし、『第42回NHK紅白歌合戦』にも出場。
 1992年4月、同月から放送が開始された『NHKヒットステージ』にてアシスタントとしてレギュラー出演。翌年3月の放送終了まで出演した。ボーカルを務める宇徳敬子は、1993年にシングルCD「あなたの夢の中そっと忍び込みたい」でソロデビュー。Mi-Keとしては同年にシングル「Please Pleaase Me, LOVE」をリリース。アルバム「永遠のリバプールサウンド〜Please Please Me, LOVE.」リリース後、グループとしては開店休業状態に入り、ソロ活動に専念する。

 どうですか、懐かしくないですか?BaBeもそうだが、一時期、飛ぶ鳥を落とす勢いでヒット曲を飛ばしたユニットが確かにいた。時代が変わり「令和」を迎えたが、こうしたアイドル系ユニットがまた新たに誕生してくれることを願いたい。AKBグループに代わる新しいアイドル像を若い世代を中心に模索して欲しいと思う。

2019年4月29日 (月)

平成元年の大ヒット曲 ~淋しい熱帯魚~

 平成もあと2日で終わろうとしている今、今から30年前、つまり、平成元年にヒットした曲を取り上げたい。今でも私がよく聴き、カラオケでも歌われ、そして決して色褪せない名曲だ。それはアイドルとしてピンクレディー以来のレコード大賞を受賞した「Wink」が歌い、大ヒットした「淋しい熱帯魚」だ。あのメロディー、リズム、可愛らしい小刻みステップの振り付け、どれをとっても想い出が染みついた珠玉の一曲だと思う。

 <淋しい熱帯魚>

これが正式なミュージックビデオクリップだ。今から30年も前の映像とは思えない。軽快なイントロ、そして歌詞や曲調も古さは全くない。

 なぜか私の嫌いな韓国語の歌詞がくっついている。これは韓国人が制作したパクリ映像だ。純然たる日本語の映像はすべて「リクエスト無効処理」が施されている。

正式版→ https://www.youtube.com/watch?v=XisaCx5W3CQ

ステージで熱唱するWink→ https://www.youtube.com/watch?v=0eLvWWXeBvg

 その他の歌唱映像→ https://www.youtube.com/watch?v=X4jlKvEbVrs

 「ザ・ベストテン」に出演した際の中継映像はコチラ

 ちなみに、1996年3月31日の活動停止から23年が経過しているが、この「Wink」は解散などしていない。あくまで活動休止状態。機が熟せばまた2人の黄金のデュオが復活するかもしれない。それを思わせる番組企画で実現した一日限りの復活映像をどうぞ!

 本当に復活してくれたらファンのひとりとしては嬉しい。だからタイトルも「嬉しい熱帯魚」。

 最後に、この曲の解説をどうぞ!

 1989年4月中旬より放送されたパナソニックヘッドフォンステレオのCMにWinkが出演してワンフレーズ歌い、そののち、「アマリリス」以来10ヶ月ぶりとなるWinkのオリジナル曲として7月5日に発売。MVは、マスターテープの音源が録られた5日後である、5月26日に撮影された
 発売から間もなく、7月17日付でオリコン初登場1位を獲得し、11月27日付のものまで100位以内に20週連続ランクイン。また1989年のオリコン年間ランキングでは7位にランクインし、Winkのシングルとしてはカヴァー「愛が止まらない」の62.95万枚に次ぐ54.873万枚の売り上げを記録、それまで殆ど洋楽をカヴァーしてきた彼女たちにとって、オリジナル曲としては最大のヒットソングとなった。

 この年、Winkは同曲によって、12月14日に『第22回全日本有線放送大賞』で年間グランプリ、31日に『第31回日本レコード大賞』で日本レコード大賞を受賞。また、この楽曲で『第40回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしている

「大魔神ポーズ」と呼ばれる印象的な振付を持つこの曲は、無表情で歌われることによって「笑わない、しゃべらない、というWinkのイメージ」を決定づけるものになったとされる

2019年4月20日 (土)

昔の美脚アイドル

 美白や美脚は女性の憧れだと思うが、70年代から80年代活動したアイドルたちは、脚が長くて美しかった。ミニスカートの走りで、当時のアイドルたちは、惜しげもなく自慢の美脚を披露して、男子中高生の視線を釘付けにした。私も随分彼女たちの眩しい脚線美にうつつを抜かし、惑わされたクチだ。今日は、ここ最近、ミーハーなアイドル話ばかりで恐縮だが、私が学生時代に夢中になった美脚アイドルやタレントを取り上げたい。

 1位 森高千里

 森高千里がデビュー仕立ての頃は、スニアドラムを叩きながら歌っていて、南沙織の「17才」をカヴァーした時点から、超ミニスカートでその美しすぎる長い脚を披露して話題になった。男が好きそうな甘ったるい鼻にかかった声とベビーフェイス、そして8頭身のスラリとした容姿。完璧すぎるアイドルだったが、正統派のアイドルではなく、独自路線を行くシンガーだった。彼女のシングル&アルバムはほとんど所有しているし、今でもたまに聴いている。

 2位 相本久美子

 彼女は土居まさると共に日曜日のお昼の看板番組「TVジョッキー」のアシスタントととして抜群の人気を博した。彼女も毎週ミニスカートでその細くて長い美脚を披露し、そして端正な小顔なフェイスがたまらない魅力だった。
 歌手としても活動し、結構レコードを出していた。私は「チャイナタウンでよろめいて」が一番印象深い。

その他の懐かしい映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=3DuW1TsGC0s

Aimoto Aimoto2

 3位 白石まるみ

 彼女の娘も最近、タレントデビューしたが、白石まるみさんは70年代後半から80年代にかけて主にタレントとして活躍した。レコード&CDデビューも果たしたが、あまり売れなかった。どちらかといえば、モデル系やバラエティに出演するほうが多かったと記憶している。丸顔で、いかにもO型と思わせる顔立ち。脚はそんなに細くはないが、健康的で、やはり美脚だった。白いドレス風の衣裳が多く、彼女のイメージカラーとマッチしていて、よく似合っていた。

Shiraisi Shirraisi2

 4位 山本博美

 今でこそ、必殺シリーズで活躍した「京本政樹」のご婦人となられたが、当時はバリバリの3人組アイドルグループ「キャンキャン」一員だった。最初は左端で歌っていたが、あまりの美貌に、センターになった途端に人気が出た。きゃんきゃんも超ミニスカートが売りのアイドルユニットで、3人ともスラリと伸びた美脚だった。当時、彼女はCMにも多数出演したし、氷結やヤクルトのCMに出演されている女優の藤井美菜やTBSアナウンサーの山本里菜に似ていると思っている。また、テレビ朝日系列に深夜に放送していた「ミントTIME」のMCも担当して、お色気を振りまいていた。

 「キャンキャン」時代の映像はコチラ

 

 https://www.youtube.com/watch?v=iOwsf_g8NdI

 5位 天馬ルミ子

 今では彼女を知る人は少ない筈だ。1970年代のアイドルで、ボーイッシュな当時としては珍しいショートヘアーでアイドルをしていた。しかし、ミニスカートから伸びる長い美脚は珍しいほどで、浅野ゆう子さんと二分するほどの美しさだった。「教えて下さい、神様」はメロディーに優れ、一度聴いたらあのフレーズに頭に残るほどだ。

 

 どの曲を聴いても、私の世代には懐かしいものばかりだ。10~20代の頃の私の眩しいアイドルたちだった。ほかにも美脚と言って忘れてはいけないのが3人組の「トライアングル」や松本伊代の後ろで踊っていた2人組の「キャプテン」なども美脚を売りにしていた。

2019年4月18日 (木)

いつの間にか消えた男性俳優

 「飛ぶ鳥を落とす勢い」という言葉があるが、かつて芸能界で光彩を放ち、目覚ましい活躍で人気を博した男性芸能人が、気づけば一線から身を引くという奇妙な現象が起きたのをご存知でしょうか。芸能界にありがちな「干された」わけではいし、事務所トラブルはよく耳にするが、特段にこれといった理由もなく、出演機会が極端に減ったという例だ。女性では突如引退した「桜井幸子」や事務所移籍に伴うトラブルの「能年玲奈」、「西内まりや」、「ローラ」、「夏川純」、などがその典型例だ。

 男性芸能人の場合、結婚すると急激に人気は廃れる印象がある。西島秀俊、福山雅治、向井理などは、女性ファンの黄色い歓声に包まれていたのに、結婚した途端、その凋落ぶりは著しい。

 では、そうした方々を振り返りたい。

 加勢大周

Kasetaisyu

 彼は甘いマスクとその長身で世の女性を虜にした。女性が10人いたら、7~8人は好きになるほどの魅力あふれる俳優だった。彼が芸能界から追放させられた最大の理由は「事務所移籍」に伴うトラブル。所属事務所の社長が大激怒し、加勢大周という芸名を使わせないように裁判沙汰となり、新・加勢大周として筋肉隆々だった「坂本一生(いっせい)」をデビューさせた。
 これが元で、加勢大周は日本での芸能活動ができなくなり、台湾に渡り、現地で時代劇俳優として活躍の舞台を移すこととなった。
 血液型はA

 天宮良

Amamiya

 1983年にNTV系列で放送された、倉本聰脚本の「昨日、悲別で」で主役を演じた彼。北海道の炭鉱町を舞台に、ミュージカルに刺激を受けてダンサーを夢見て上京し、挫折と苦悩を描いた秀作だった。布施博や梨本謙二郎、石田えりらが出演した。
 最近は、彼が出演するドラマは見かけなくなった。どちらかといえば番組のナレーションが多くなった。血液型はB

 三上博史

Mikamihiroshi

 1980年代後期に、「私をスキーに連れてって」や「君の瞳をタイホする」、「世界でいちばん君が好き」などのトレンディドラマで主役を張った、当時若手人気No.1俳優だった。小柄で色黒だが、好青年のイメージが強かった。血液型はO

 金城 武

Kaneshiro

 台湾出身の俳優で、1990年代に日本でも大人気を博した俳優。深田恭子の衝撃デビュー作となった「神様、もう少しだけ」に出演して話題になった。援助交際が流行っていた時代の話で、見知らぬ男性と関係をもった女子高生がエイズに感染し、残された時間をどう生きるかという点に焦点を当てた話題作だった。血液型はO
 私は個人的に、現在、活躍中の「大谷亮平」に似ていると思っている。

 石黒 賢

Ishiguro

 彼も80年代から90年代にかけてはドラマに引っ張りだこだった。プロテニスプレーヤーだった父親を持ち、成城大学出身の正真正銘のお坊ちゃまで、役柄も育ちのいい好青年役が多かった。CM「つぶ塩」で大ブレイクした。その後、織田裕二とライバル医師役を演じた「振り返れば奴がいる」も高視聴率を博した。中山美穂や柳葉敏郎と共演した「すてきな片想い」や鈴木保奈美とも共演した「キスの温度」にも出演するなど当時のトレンディドラマには欠かせない存在だった。
 最近は、出番が減ったこともあってか、いろいろな役柄にも貪欲に取り組み、汚れ役や冷徹な犯人役にも挑戦している。血液型はA

 吉田栄作

Yoshidaeisaku

 1990年代にさらさらヘアーに白Tシャツ、ブルージーンズが似合う長身イケメン俳優No.1の座に君臨した超人気俳優。小顔で端正な顔つきは、当時の女性ファンを虜にした。勢いに乗って「財津和夫」の「心の旅」をリバイバルで歌い、歌手としても活動した。
 私は石田ゆり子と共演した「君のためにできること」の役柄の印象が強い。これは当時、全米で大ヒットした映画「ニューヨークの幻」の完全パクリ版で、事故で急死した男が、残された彼女を幽霊となって見守るという涙無くしては見られない感動物語だった。最後に、正体を告げ、天に召されていく場面が切なかった・・・。
 血液型はA

 柏原 崇

Kashiwabara

 彼は「超」がつくほどのイケメン美男子でクールガイだった。少し影があって、それが女性ファンのハートを射止めた。彼の出演作品で真っ先に思い浮かぶのが「白線流し」だ。松本市を舞台にし、高校生たちが成長する上で多くの葛藤に苦しみ、友情とのはざまで揺れ動く人間模様を描いた秀作だった。不器用な優等生・長谷部優介役を熱演した。現在は干されたのが原因て中国のドラマに出演しているらしい。俳優&歌手の柏原収は実弟 畑野ひろ子と結婚した。血液型はA

 筒井道隆

Tsutsui

 1990年頃のドラマでは主演を張っていた。現に、ドラマデビューしたてだったキムタクや共演した西島秀俊を抑えて「あすなろ白書」では主演にキャスティングされていたし、その後もいくつかのドラマに出演していた。誠実な好青年役が板についていたが、いつの間にか芸能界から姿を消した。血液型はA

 緒形直人

Ogatanaoto

 彼の印象は名優・緒形拳さんの息子というのもあるが、メジャーデビュー作がフジテレビ系ドラマ「北の国から」で蛍ちゃんの初恋相手として登場したことだ。超サラブレッドの彼だったが、意外にも出演作品はさほど多くはなく、一時期はドラマなどのメディア出演からは遠ざかっていた。血液型はB 

 小出恵介

Koidekeisuke

 映画化もされたドラマ「ルーキーズ」では誠実な役どころで「捕手」役だった。しかし、真面目な見た目や役どころとは裏腹に、私生活では酒癖が悪く、未成年者との合コンや性的暴行(強制性交)などの罪に問われ、芸能界から追放された。
 私はTBSで10年ほど前に放送していた「JIN-仁-」の真面目な武士、橘恭太郎役の彼の印象が強い。

 さて、ほかにも、一時代を築き、その当時、時代の寵児として大人気を得た俳優たちも、さまざまな理由で第一線を追いやられた。今にして思えば、トップの座に登りつめ、これからさらに飛躍が期待できたそのタイミングで芸能界を追われたり、出番を失うこととなったのは居た堪れない。正直、同じ時代を生きた者としては残念でしかない。
 今後、彼らの復権とさらなる出演番組が増えることを願って、結びとしたい。
 

2019年4月12日 (金)

80年代アイドルの名曲5

 80年代アイドルの記事で、「Wink」を抜きには語れない。相田翔子と鈴木早智子の二人組ユニットで、フランス人形のような可愛らしい風貌だった彼女たち。ピンクレディーの再来を彷彿させるような独特なダンスと外国のカヴァーを中心とした楽曲は、少し前に活躍していた「Babe」とも重なって見えた。

 彼女たちの代表曲と言えば、アイドルではピンクレディー以来となる2人組ユニットで「レコード大賞」を受賞した「淋しい熱帯魚」だ。個性的な小刻みに動きまわるステップと顔の前で腕を組んで上下に開いて、顔を横に向ける振り付けは一世を風靡した。

 「淋しい熱帯魚」

 Winkの5枚目のシングル。1989年7月に発売された。
 発売から間もなく、7月17日付でオリコン初登場1位を獲得し、11月27日付のものまで100位以内に20週連続ランクイン。また1989年のオリコン年間ランキングでは7位にランクインし、Winkのシングルとしてはカイリー・ミノーグの楽曲のカヴァー「愛が止まらない~Turn it to love~」の62.95万枚に次ぐ54.873万枚の売り上げを記録、それまで殆ど洋楽をカヴァーしてきた彼女たちにとって、オリジナル曲としては最大のヒットソングとなった。
 この年、Winkは同曲によって、12月14日に『第22回全日本有線放送大賞』で年間グランプリ、31日に『第31回日本レコード大賞』で日本レコード大賞を受賞。また、この楽曲で『第40回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしている。

 では、テレビ番組で実際に歌っている場面をどうぞ!可愛らしい振り付けにも注目!

 衣装も可愛いが、さほど派手さが無く、あどけない表情の二人の雰囲気が実にマッチングしている。
 ところで、この80年代から90年代にかけての黄金デュオ「Wink」は1996年3月末に活動停止しているだけで、正式には解散宣言はしていないらしい。だから、時代の要請や自分たちが機が熟したと考えた時には電撃復活もあり得るかもしれない。「懐メロ」やカラオケソングとして終わって欲しくはないユニットだと思う。

 そして、2015年、活動停止から約19年振りに一日限りの再結成をした時の映像はコチラです。

 今から4年前の映像だが、まだまだ少女感が溢れていて、復活してもヒット曲が出そう!私的にはイントロや間奏部のメロディーが大好きだった。

 最後は、デビュー曲で「愛が止まらない」で、パートを入れ替えて緊張した様子の貴重な動画をどうぞ!

 

 「可愛い」以外の言葉が見つからないほどのお人形感が出ている。いつもと違うパートなので、ふたりともに声が震えているのが伝わるが、実に初々しい・・・。ぜひ復活を実現して欲しいユニットだ。

 

 

2019年4月11日 (木)

80年代アイドルの名曲4

 彼女たちの話題には正直触れたくは無かった。ミーハー極まりないと思われるからだ。しかし、私が大学2年生だった昭和60年(1985年)に「夕やけニャンニャン」が番組スタートし、そこで誕生した素人女子高生メンバー中心のアイドルグループ「おニャン子クラブ」は、当時の私の心のよりどころになっていたのは事実だ。実際に昭和61年に横浜スタジアムで開催されたコンサートを観に行ったし、LPやCDも持っていた。
 私は、個人的には「富川春美」「高井麻巳子」「永田ルリ子」などのO型アイドルがお気に入りだった。どちらかといえば「オールナイトFuji」から誕生した女子大生グループ「おかわりシスターズ」の「松尾羽純」(B型)のようなロリ顔のほうが好きだったが、そいういう意味では、B型天然少女の河合その子も気にかかる存在だった。

Onyanko


 おニャン子を母体として、「うしろゆびさされ組」や「ニャンギラス」、「うしろ髪ひかれ隊」などの枝分かれユニットや、妹分の「アイドル夢工場」などもデビューした。これは後の「モー娘。」や「AKBグループ」の興行と同類で、そういう意味では、「おニャン子クラブ」は多人数ユニットの先駆けだった。

 そんな彼女たちが残した楽曲の中で、私がお気に入りのものを3曲取り上げたい。

 1 真っ赤な自転車

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=OA_36JkbOCA

 1985年9月に発売された初アルバムに収録された曲。女の子の甘酸っぱい恋心を歌った名曲。

 2 恋のチャプターA to Z

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=Bz3eORoKhlw

        https://www.youtube.com/watch?v=ISP_hUwdeck

 この曲は「おニャン子クラブ」からソロデビューした河合その子の「涙の茉利花LOVE」のB面に収録され、バックコーラスを他のメンバーが担当した。夕ニャンのオープニングやエンディングで歌われた。

 3  ウェディングドレス

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=jzs7fvyASO0

 「おニャン子クラブ」のラストシングル。これまでフロントメンバーにはなかなかなれなかった富川春美、永田ルリ子、横田睦美、白石麻子、布川智子らがリードヴォーカルを務めた。1987年8月リリース。

 そんな彼女たちがリリースした楽曲は秋元康作詞、後藤次利作曲が大多数で、いずれもベストテン入りするような大ヒットとなったし、「おニャン子クラブ」自体も時代の寵児となった。奇奇怪怪にも人気絶頂の頃に、秋元康の勝手な方針転換で僅か2年半で夕ニャンは番組終了、同時に「おニャン子クラブ」も強制解散となった。これは大人の事情であり、メンバーだった高井麻巳子を嫁にした秋元康の横暴ぶりがその最大理由で、ファンを無視した身勝手な暴挙だった。その後、AKBを主催した彼が、メンバーに「恋愛禁止」を強制したのは自分本位でなんとも都合の良すぎる規則だった。

 最後に、解散後、17年経過し、久し振りに結集してリリースした「ショーミキゲン」をどうぞ!(埋め込み処理不可)

 実際に歌っている映像はコチラ ↓

https://www.youtube.com/watch?v=yhXph4WElKE&t=236s

https://www.youtube.com/watch?v=yhXph4WElKE&t=149s

https://www.youtube.com/watch?v=EjLDaSKrbxI

 今、思えば青春時代の佳き想い出で、彼女たちの記事はできれば記憶の中に留めたかったので、ブログ記事には掲載したくなかった。しかし、今から34年も前に、素人女子高生たちが集まったユニットが、当時の中高生を熱狂させたことをどこかに記録として記しておきたくて、ここに掲載した次第だ。乙女たちの生き様も感じ取れるし、このグループから巣立ち、それぞれが自分の人生を謳歌していると思うが、若き頃に、こうした出来事が確かにあったことを忘れないでほしいと思う。
 

2019年4月10日 (水)

80年代アイドルの名曲3

 年齢的に今のアイドルには、あまり関心が薄いが、自分が青春時代に活躍した方々にはひとかたならぬ思い入れがある。同じ時代を生きた証だし、自分が一度は想いを寄せた人に、将来の恋人像をダブらせてみていて、恋愛のお手本になっていたとも言える。
 今日はシリーズ3回目となるが、私より年上ながら、その端正な顔立ちで清純派の代表だったアイドルの名曲を取り上げたい。

 「まちぶせ」 by 石川ひとみ

 この曲は、荒井由実(現:松任谷由実)が作詞・作曲した楽曲。編曲は松任谷正隆による。三木聖子への提供曲として作られ、1976年にシングルが発売された。のち、 1981年に石川ひとみのカバーシングルが発売され、石川の11枚目のシングルにして最大のヒット曲となった。オリコンチャートで石川のシングルでは唯一10位以内にランクし(最高6位・同年年間ランキング33位)、またTBSの『ザ・ベストテン』でもランクインした(最高3位・9週連続ベストテン入り、ザ・ベストテン同年年間ランキング21位)。さらに同年暮れの『NHK紅白歌合戦』にもこの曲で初出場を果たした。 

 石川ひとみ

 愛知県出身。1978年5月に「右向け→右」で歌手デビュー。 デビュー自体は1970年代後半だが、当初はなかなかヒット曲には恵まれなかった。血液型はB型 

Ishikawa

 個人的な感想だが、80年代アイドルのアイドルはB型が主流で、ついでO型が多く誕生しては消えて行った。B型は松本伊代、堀ちえみ、菊池桃子、南野陽子、芳本美代子、伊藤美紀、伊藤麻衣子、荻野目洋子、斉藤由貴、松本典子、酒井法子、工藤静香、O型は島田奈美、浜田朱里、岡田有希子、岡本舞子、中山美穂、小泉今日子、西村知美らがいた。

 最後に、1976年に原曲を歌ってヒットした三木聖子さんのバージョンと石川ひとみの聞き比べ動画をどうぞ!

 ふたりの声質が似ていて、区別がつかないほどだ。リバイバルされるということは耳に残る名曲だからだ。さすが「ユーミン」!

2019年4月 9日 (火)

80年代アイドルの名曲2

 平成も終わろうとしているこのタイミングで、昭和の話題もないかもしれないが、私が中高大生のいわゆる学生時代は80年代だった。その頃は空前のアイドルブームだった。女性は松田聖子、小泉今日子、菊池桃子、おニャン子クラブ、WINKなどが闊歩し、男性はたのきん、少年隊、光GENJIなどのジャニーズ系アイドルが席巻していた。あれからもう30年以上も経過しているとは信じ難いが、事実、時間は嘘偽りなく経過して、いつの間にか自分も歳を重ねていた。
 2日目の今日は私が大学生の頃にハマっていた「菊池桃子」の「卒業」です。

 

 私はこのドラマが好きで、当時VHSビデオに録画して何度も再生した。東京の三軒茶屋に引っ越した時には、この映像に登場した伊豆半島の漁港を探しにバイクでツーリングして訪れたものだ。

 菊池 桃子 

   1984年3月17日 - 映画『パンツの穴』でスクリーンデビュー。ヒロインを演じて注目される。
 同年4月21日 - 『青春のいじわる』でアイドル歌手デビュー。

Kikuchimomoko

 キャッチフレーズは「It's Real Fresh 1000%」。第26回日本レコード大賞新人賞受賞、日本レコードセールス大賞女性新人賞受賞。ブロマイドの年間売上が1位に。血液型はB型

  とにかく正統派アイドルで、ベビーフェイスな感じがたまらない魅力で、当時、熱狂的なファンと親衛隊がいた。印象がタレントでママドルとしても活躍中の「小倉優子」ともイメージがダブる。

 

 ほかにも「SUMMER EYES」「雪に書いたLOVE LETTER」「夏色片想い」「Say Yes!」などのヒット曲がある。


 

2019年4月 8日 (月)

80年代アイドルの名曲1

 平成も終わろうとしているこのタイミングで、昭和の話題もないかもしれないが、私が中高大生のいわゆる学生時代は80年代だった。その頃は空前のアイドルブームだった。女性は松田聖子、小泉今日子、菊池桃子、おニャン子クラブ、WINKなどが闊歩し、男性はたのきん、少年隊、光GENJIなどのジャニーズ系アイドルが席巻していた。あれからもう30年以上も経過しているとは信じ難いが、事実、時間は嘘偽りなく経過して、いつの間にか自分も歳を重ねていた。
 本日から5日連続で、私の青春時代を彩ったアイドルたちが残した楽曲で、私が名曲だと思うものをカミングアウトしたい。

 「セシル」 by  浅香 唯

 

 

 セシルは11枚目のシングルで1988年8月にリリースされた。

  浅香 唯

Asakayui  1984年、『少女コミック』主催の「ザ・スカウトオーディション'84」に応募。同誌に連載されていた漫画  『シューティングスター』のヒロインの名を冠した”浅香唯賞”(グランプリ)を受賞。これにより、芸名が「浅香唯」となる。浅香自身は芸能界には全く興味がなかったが、受賞者に贈られる副賞“赤いステレオ”欲しさでオーディションに応募した。審査員を務めた漫画の作者は「『浅香唯』はこの子しかいない」と、浅香を一目見た瞬間から決めたという。浅香はステレオとグァム旅行を手にするという目的を果たし、これで終わるはずだったが、数々の芸能プロダクションから次々とスカウトの電話が来る。
 1985年3月、中学卒業と同時に上京。同年6月21日、シングル「夏少女」で歌手デビュー。愛称は“フェニックスから来た少女”。約1年半の間にシングル5枚、アルバム1枚を発売するも、5枚目のシングル「10月のクリスマス」が88位にランキングされた以外は、他のシングル・アルバムは100位以内にランキングされなかった。

 1986年10月、フジテレビ系連続ドラマ『スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇』に、主役の3代目麻宮サキ役で出演を果たした。
 1987年9月発売の「虹のDreamer」で、初のオリコンチャート1位を獲得。風間三姉妹(長女:大西結花、次女:中村由真、三女:浅香唯)として発売したシングル「Remember」でもオリコン1位を獲得。

 1988年、ドラマ、映画、キャンペーン、コンサートと約1年半にわたる『スケバン刑事』関連の仕事が終了した後、4月には、カネボウのCMイメージ・キャラクターに選ばれる。また、同CMのキャンペーンソングにシングル「C-Girl」がタイアップされ、大ヒット。オリコンでは2週連続(通算3週)1位、『ザ・ベストテン』では初の1位を獲得。続く「セシル」はノー・タイアップながら、オリコン1位、『歌のトップテン』でも1位を飾る。レコードがヒットし、映画、ドラマ、雑誌、ラジオ、そしてCMにも多数出演するようになる。各メディアからは「ポスト松田聖子」、さらに中山美穂、工藤静香、南野陽子と共に「アイドル四天王」と称され、日本一忙しいアイドルと言われた。 

 

 

2019年3月14日 (木)

人気俳優・女優の血液型

 若手と言っても35歳未満だったり、未婚の方を中心に掲載したい。

 A型 俳優

 竹内涼真・佐藤健・松坂桃李・菅田将暉・山﨑賢人・中村倫也・綾野剛・斎藤工
 山下智久・生田斗真・三浦翔平・櫻井翔・二宮和也・松本潤・溝端淳平・古川雄輝
 高杉真宙・志尊淳・柳楽優弥

 かつては藤木直人、玉木宏、西島秀俊、長谷川博己、大沢たかお、織田裕二、阿部寛、吉田栄作、らが牛耳っていた。
 

 A型 女優

 新垣結衣・石原さとみ・今田美桜・新木優子・上野樹里・のん・桐谷美玲・藤井美菜・
 泉里香・上白石萌歌・芳根京子・葵わかな・長澤まさみ

 かつては竹内結子、仲間由紀恵、鈴木保奈美、石田ゆり子、松嶋菜々子、沢口靖子、
常盤貴子、山口智子、松たか子、吉瀬美智子らがいた。

 B型 俳優

 吉澤亮・大泉洋・瑛太・岩田剛典・山田涼介・新田真剣佑・北村匠海・中川大志・
 窪田正孝・神木隆之介

 かつてはユースケサンタマリア、古尾谷雅人、京本政樹、山本耕史・岡田准一らがいた。

 B型女優

 綾瀬はるか・国仲涼子・吉岡里帆・有村架純・杉崎花・比嘉愛未・柴咲コウ・真野恵里菜
 清野菜名・黒木華・浜辺美波・松岡茉優

 かつては坂井真紀、南野陽子、堀北真希、本上まなみ、稲森いずみ、井川遥、米倉涼子らがいた。

 O型 俳優

 成田凌・田中圭・桐谷健太・福士蒼汰・千葉雄大・平野紫耀・間宮祥太朗・坂口健太郎
 
 かつては、木村拓哉、福山雅治、伊藤英明、竹野内豊、小栗旬、妻夫木聡、向井理、豊川悦司、玉山鉄二、高橋克典、江口洋介などが人気ランキング上位にいて、牛耳っていた。

 O型 女優 

 中条あやみ・土屋太鳳・北川景子・吉高由里子・瀧本美織・橋本愛・剛力彩芽・井上真央
 山本美月・加藤あい・柳ゆり菜・本田翼・深田恭子・桜井日奈子・川栄李奈・波留

 O型女性は北川景子や中條あやみのように小顔で色白、ロングストレートの黒髪がよく似合う。
 ほかにも、かつては広末涼子、深津絵里、優香、上戸彩らがO型を代表する女優だった。

 AB型 俳優

 勝地涼・野村周平・片寄涼太・DAIGO・鈴木伸之・岡田将生

 かつては三浦友和、堤真一、反町隆史らがいた。

 AB型 女優

 高畑充希・永野芽依・橋本環奈・佐々木希・水川あさみ・木村文乃・広瀬すず・
 広瀬アリス 

 かつては松下奈緒、菅野美穂、小西真奈美、鈴木杏樹、戸田恵梨香、酒井美紀らがいた。

 

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