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経済・政治・国際

2018年11月27日 (火)

記憶に残る日本の万国博覧会

 2025年に大阪で万国博覧会が行われることが正式に決定した。大阪で行われるのは実に55年振りの開催となる。この決定に大阪市民はこぞって狂喜乱舞して喜んだ。
  私は当時、6歳の子どもで、実際に現地に足を運んだわけではないし、テレビで見た記憶があるくらいで、三波春夫の「世界の国からこんにちは」のテーマソングと、日本が生んだ大芸術家の岡本太郎作の巨大「太陽の塔」のインパクトがあまりにも大きく鮮明に残っていること以外、あまり記憶にはない。

 しかし、当時としては画期的な催しで、アポロの宇宙飛行士が持ち帰った「月の石」の展示や、水着姿のコンパニオンがカプセルの中に入って話題となった「人間洗濯機(自動入浴機)」、「ハンディワイヤレスフォン」、そして「テレビ電話」、会場内を上空で行き来する「空中ゴンドラ」、「モノレール」、「電気自動車」などの展示やそのデモンストレーションなどが行われ、半年に渡って繰り広げられた一大イベントに、国内外から約6,000万人が訪れたというから、もはや国家的巨大プロジェクトだったことは言うに及ばない。

 その半世紀以上も前に開発された品々が、現代において実用化さているものも少なくない。とても50年前に作られたとは思えないものがこの時代に日の目を浴びているから驚きだ。それくらい意味のあるビッグイベントが「国際万国博覧会」と言える。

 おそらくは、「2020東京五輪」を機に景気や雇用は頭打ちで、その反動から経済情勢は下り坂と思われていただけに、その5年後の関西地方での開催決定は、まこと起爆剤となり、さらなる高度経済成長を望めるかもしれないし、その経済波及効果は計り知れない。 
 ちょうど1964年のオリンピック景気で沸き立ち、その6年後に行われた大阪万博でさらに景気浮揚した時と同じように。そして歴史は再び繰り返されることとなった。

 次に、今回の大阪万博開催に伴い、財政難などという現実問題はこの際語らずに、これまで日本で開催された「国際万国博覧会」について、振り返ってみたい。

 そもそも万国博覧会の歴史は古く、第1回は今から167年前の1851年に英国の首都・ロンドンで開かれた。1933年のシカゴ万博まで15回行われたが、その間ロンドンで2回、アメリカの主要都市で7回、パリで5回、そしてウィーンで1回開催された。特に1889年の4回目のパリ開催では、それを記念してエッフェル塔が建てられた。
 以降、第一次・第二次世界大戦中は開催されなかったが、1970年の大阪万博で再開されてからは、不定期開催ながら、ほぼ1~2年に一度のペースで世界各国で開催されている。

 では本題の日本で開催された万博を回顧しよう。

 1970年  大阪万国博覧会

 1970年3月15日から9月13日までの183日間、大阪府吹田市の千里丘陵で開催された。アジア初かつ日本で最初の国際博覧会(General category:一般博、現・登録博)であり、当時史上最大の規模を誇った。入場者数は6,421万人を超えた。

 2時間以上の記録映画= https://www.youtube.com/watch?v=aPLH6OgdX0Y

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 1975~76年 沖縄海洋博覧会

 1975年(昭和50年)7月20日 - 1976年(昭和51年)1月18日をもって行われた国際博覧会(特別博)。入場者数は348万人を数えた。しかし正式には約200万人程度だった。

 記録映画= https://www.youtube.com/watch?v=jvI1YvTruxE

 8ミリ映像の記録映画= https://www.youtube.com/watch?v=_3KyFPK9K2g

 この博覧会のシンボル的存在だった海に浮かぶ「半潜水型浮遊式海洋構造物」(通称「アクアポリス」)だが、平成12年10月に老朽化のため、上海に曳航され、解体された。

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 1985年 つくば万博EXPO'85(国際科学技術博覧会)

 1985年3月17日から同年9月16日までの184日間にかけて主に筑波研究学園都市の茨城県筑波郡谷田部町御幸が丘行われた国際博覧会である。 「人間・居住・環境と科学技術」を博覧会統一主題(いわゆる「テーマ」)とし、日本を含む48ヵ国と37の国際機関が参加した。総入場者数は、2033万4727人で、当時の特別博覧会史上最高入場者記録となった。

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 1990年 大阪花と緑の博覧会

 大阪府大阪市鶴見区と守口市に跨る鶴見緑地で、183日間の会期(1990年4月1日 - 9月30日)で行われた博覧会。
 会場面積は約140haで、略称は「花の万博」「花博」「EXPO'90」。「花と緑と人間生活のかかわりをとらえ 21世紀へ向けて潤いのある豊かな社会の創造をめざす」をテーマとし、日本を含む83カ国と55の国際機関、212企業・団体が参加した。総来場者数は2312万6934名で、特別博覧会史上最高を記録した。
 この会期中、遊具「ウォータースライダー」で死亡事故が発生した。

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 2005年 愛知万博・愛・地球博(日本国際博覧会)

 2005年3月25日から同年9月25日まで、長久手会場および瀬戸会場の2会場で開催された博覧会である。
 21世紀最初の国際博覧会 (EXPO) であり、日本では1970年に開催された大阪万博以来の2回目の総合的なテーマを取り扱う大規模な国際博覧会(General category:旧一般博、現登録博)となった。
 略称は、博覧会協会が定めた正式な愛称として「愛・地球博」(あい・ちきゅうはく)がある他、開催地の名から「愛知万博」とも呼ばれる。
 入場者数:2,204万9,544人(目標:1,500万人)

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 これまで日本では、5回の国際博覧会を開催してきた。アジアではNo.1の回数を誇る。日本では愛知万博以来、20年振りの開催となるわけで、世界各国からの技術を結集しての各パビリオン設営が見込まれるし、何より、数千万人規模で、開催期間中の人出が見込まれ、大阪のみならず、京都などでも観光収入における大幅増が見込まれる。

 あわよくば、2025年までに「リニアモーターカー」が完成できれば、東京~名古屋~大阪の移動が楽になるし、会場にほど近い関西国際空港の利用者も増えるであろう。2027年完成予定を前倒しして開業への弾みがつけばいいのだが・・・。

 なお、蛇足になるが、我が福島県内で開催されたフェスティバルや博覧会を提示したい。

 「岳温泉ウェスタンカーニバル」(1970年代)&ニコニコ共和国(1981年)

 村おこし(町おこし)の一環で行われたフェスティバル。山間部をヘリコプターで遊覧できて、私も父親と一緒に初めて乗ったのだった。深い安達太良山系の山々の尾根伝いに飛び、それは幼子心に怖かった思い出がある。また、「ウエスタンカーニバル」と銘打って、本場の西部劇のようなオープンセットを組み、そこで、馬車に引きずられたり、ガンマン同士の派手な撃ちあいなどのショーを見ることができた。

 また、1981年に独立国宣言を行い、「ニコニコ共和国」が建国した。こちらは議事堂がある観光案内所で、日本円を両替し、この国内で使える通貨(コスモ)を使用して、買い物などができた。当時はマスコミ取材が殺到し、連日、テレビニュースの話題をさらった。今は「兵どもが夢の跡」といった廃れて閑散とした変わりようだ。また、活気溢れる温泉街になるよう若者達が中心となって企画を考えて欲しい。

 https://www.youtube.com/watch?v=oQcm-L45uqg

 ニコニコ共和国 https://www.youtube.com/watch?v=tzO--2LauBM

 ニコニコ共和国のイメージソング https://www.youtube.com/watch?v=kUUi5K2_BmE

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 「ワンステップフェスティバル&郡山市こどもまつり」(1974年)

 これはかつて郡山に複数店舗あった「カフェ&レストラン」の「飛行船」のことではない。私が小学生時代、一週間くらいだったか、郡山の上空をジャンボ飛行船がゆっくりとしたスピードで旋回したイベントのことだ。
 私の記憶が正しければ、それは市制50周年を記念した郡山市最大級のイベントで、昭和49年7~8月にかけて「新しい未来への祭り・・・緑と広場、そして大きな夢」と題して行われた。開成山公園をメイン会場に、県内初のジェットコースターを建設し、五十鈴湖にはリモコン操縦の軍艦を浮かべて競争したり、あるいは郡山市役所周辺では、ヘリコプターの搭乗体験で、市内を空から眺めるアトラクションなども行われた。
 そして、同時期開催のロックのビッグイベント「ワンステップフェスティバル」が大々的に執り行われた。全国からロックファンが大挙して押し寄せ、会場となった開成山陸上競技場には、防音用の壁を張り巡らした。

Onestep

 そのイベントのPR宣伝だったかと思うが、昭和49年8月3日と4日にかけて、大型の飛行船「オリエント号」が郡山の上空を飛びまわったのだった。シルバー色の機体で、「ツェッペリン号」、あるいは「ヒンデンブルグ号」を彷彿させる大型飛行船に、なぜか大きな魚の目のような模様がデザインとして描かれていた。その巨体がゆったりとしたスピードで郡山の上空を悠々と飛び回っていたのだ。

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  これは、「郡山市史」続編2に記載されてあったので、事実だ。

 そして郡山上空を周回するもので思い出したのは、20世紀の時代、どこからともなくセスナ機が、ある目的のために郡山の空に現れ、数十分間旋回して行ったものだ。それは二本松にある「北風木工所」の宣伝カーならぬ宣伝飛行機を飛ばし、上空から強力なスピーカーで家具類の大売出しのPRを大音量で宣伝するというものだった。それはさながら韓国が行っている「宣伝放送」のような様相を呈していた。最近は現れないが、新聞広告よりもアドバルーンよりも効果覿面の宣伝だった。

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 「ワールドインポートバザールふくしま輸入博(産業博覧会)」1986年~1990年

 郡山市南東北総合卸センターを会場に5年連続でインポート雑貨などの販売会が行われた。私は無名作家が描いた、超ミニキャンバスの油絵の絵画を500円で購入した覚えがある。会場と言っても、駐車場に野外テントを張り巡らした販売所といった風情で、板張りで迷路のような作りだった。会場周辺は卸問屋の工場街で、駐車場も無く、路上駐車していた。

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 「うつくしま未来博覧会」(2001年)

 佐藤栄佐久元知事の肝いりで開催が決定された。莫大な費用をかけて、福島空港の奥地の何もない山を開拓して会場を建設した。郡山からでも片道45分、えらく遠かった記憶がある。ここに国内メーカーのパビリオンを築き、夢のある空間を創造した。3D眼鏡を着用して見る映画や民芸茶屋などという未来と昔の融合もあった。現在は「ムシテックワールド」という施設と、階段状のステージ広場の形跡がかろうじてそこにあるだけで、住宅団地として売り出したが、あまり購入者がいない。区画整理で道路は立派だけ、更地や空き地も数多く、寂しい限りだ。
 入場者数確保のため、県内の小中高の学校の遠足で必ず行かされたし、私も二度、足を運んだ。

 当時の様子

 https://www.youtube.com/watch?v=GSgIT94RLe4

 月日の経つのは早いもので、この開催から17年も過ぎた。当時、30代だった私も今や50代になった。当時はスマホは無かったし、デジカメも出始めた頃なので、こうした動画撮影はビデオカメラしかなかった。よって、動画撮影されたこのような映像は珍しい。

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 さて、2020年の「東京オリンピック」に加えて、2025年「大阪万国博覧会」が実施されることが正式に決定した。これに伴い、多くの外国人が来日することのなる。多額のお金を日本各地に落として行くことになり、経済が活性化するのは長所だが、一方で犯罪が横行するのではないかという懸念が付きまとう。

  「中韓は要注意」

 中国人の公共マナーの欠如 

 所構わずゴミを捨てる。たんを吐く。タオルや浴衣、トイレットペーパー、サンダルなどホテルの備品を持ち帰る。公共の場所で大声での私語。注意すると逆上する。列に割り込む。

 韓国人

 寺社仏閣など歴史的建造物への落書き、仏像・墓石破壊、ヘイトスピーチなど

 この両国だけは70年以上も前の戦争に、未だ根に持ち、今でもカツあげのようにゆすり集りで日本に賠償金を求めて訴訟を起こす低俗な輩だ。日本に来て何をしでかすか油断ならない。

 他の民族

 略奪、暴行、性犯罪、窃盗、スリ、置き引き、大麻たべ持込み、自動販売機破壊などの犯罪行為が増える懸念がある。

 世界中の人々が日本を愛し、日本の伝統文化に触れたり、観光名所を巡り、美味しい日本食を食べ歩いてもらうのは大歓迎だが、こうした犯罪行為に至る危険性は拭いきれない。ぜひ、その対策も含め、外国人への観光マナーの啓蒙を促して欲しい。

 

2018年9月13日 (木)

最低最悪な民族

 当ブログでは、私が大嫌いな国・韓国について再三再四に渡って記事を書いて来たが、スポーツの場でも韓国の素養の無さや誹謗中傷民族の基本精神は変わらず、何かにつけ日本を始め、相手を批判することで存在感を示すことしかできない敵対国家だと訴えて来た。
 サッカーの日韓戦では、ゴールを決めた韓国選手が、日本人を馬鹿にする「猿真似ポーズ」をしたり、「独島は韓国固有の領土」と書かれた旗をピッチ内で掲げて回り、韓国民から賞賛を浴びる良識のない振る舞い。政治をスポーツに持ち込み、アピールしていい気になっている低俗国家だ。
 また、震災直後には「日本の震災を祝います」という粗暴な振る舞いを凶行。判定負けすると審判に喰ってかかり、誤審を訴える始末。ラフプレーによる乱闘は日常茶飯事で、そこにはスポーツマンシップのかけらも微塵もない。
 論より証拠、今年行われた「アジア大会」、U18アジア野球選手権でもその無能で無法ぶりがあからさまに飛び出た。

 1 優勝して神聖なマウンドにペットボトルを撒き散らす

 「第12回U18アジア選手権大会」 韓国7―5台湾=延長10回タイブレーク=(10日・サンマリン宮崎)
 韓国が延長10回タイブレークの末に台湾を破り、2大会ぶりの優勝を決めた。最後の打者を空振り三振に仕留めると、韓国ナインは一塁ベンチから飛び出し、マウンドで歓喜を爆発させた。
 だが、整列の際には、空になったペットボトルがマウンドに散乱し、ポジションにはグラブが放置されるなど、異様な光景だった。
 大会関係者は「なっとらん! マナーが悪い」と激怒。選手に片づけるように通訳を通して忠告しようとしたが伝わらずに、大会スタッフがやむなく後かたづけをしていた。(Yahoo!ニュースより)

  公共マナーが欠如しているのは無論だが、選手たちは違反行為や悪いことをしたという認識すらない。優勝し、順位で日本を上回ったことで鼻をあかしたことの喜びを爆発させているだけ。恥も外聞もないし、やりたい放題だ。
 一方の日本人はワールドカップやオリンピックで、観戦後、自分たちが散らかしたわけでもないのに、スタジアムのゴミ拾いを行い綺麗に清掃するボランティアを自主的に行ったり、男子サッカー日本代表の選手が敗戦後、ロッカールームをチリ一つない綺麗な状態で去っていったことがホットニュースとして世界を感心させたのは既知の事実だ。
 日本と韓国。同じアジアの一国なのに、この民度の差は比較しようがないほどかけ離れている。

 2 国際大会で審判にクレームで座り込み

 柔道の混合団体で、会場騒然の一幕があった。日本は初戦の準々決勝で韓国と対戦。男女3人ずつの計6人で対戦する形式の団体戦は3勝3敗となったが、反則勝ちを含む一本勝ちが3対2で多い日本が準決勝進出となった。しかし、この結果を巡って、釈然としない韓国チームが猛抗議。一度は整列した選手が約10分間も畳に座り込むなどし、不穏な空気が流れた。(スポーツ報知より)

 負けを認めず、審判のジャッジミスのせいにする。責任転嫁が甚だしいし、自己中すぎ。人を蹴落とすことを美徳とする愚国家だ。駄々っ子と同じではないのか。まして韓国選手が出場する大会はトラブル続出。スポーツをやる資格などない。

 韓国体操選手、審判に挨拶せず、減点されて金メダルを逃す

 https://www.youtube.com/watch?v=7mFzZESIQ9I

 国際社会はこうした身勝手な輩しかいない韓国を断罪すべきで、スポーツの国際大会への出場を1年間停止するなどの措置が必要だ。頭を冷やし、猛省する機会を与えなければ、こうした批判は繰り返される。もともとが相手を罵倒したり、罵詈雑言を並べてまくしたて、上から目線で相手を見下したい民族なのだから。先進国家には「負け犬の遠吠え」にしか映らないのに。
 一番怒り心頭なのは、日本は昔から自然災害と対峙して来た国だ。台風、噴火、大地震、落雷などがそうだ。それらが日本に襲来し、災害が及ぶたびに、韓国人は手を叩いて大喜びするそうだ。「日本に天罰が下りた」と。大勢の人が亡くなっているのに、喜ぶとはあまりにも人の道を離れているのではないか。韓国人は日本人を野蛮と決めつけているが、現在の日本人の国際社会での振舞いや行動を見れば、だれがそう評すだろうか。おそらく、北朝鮮・韓国の朝鮮族、そして中国人くらいのものだろう。
 アジア大会でもインドネシアの国民は、中国や韓国よりも日本人選手を応援してくれていた。何十年も逆恨みをしているのは両国だけだ。

 一方、日本人のマナーはどうか。全米オープンテニスで、大坂なおみ選手がとった態度に世界中が賞賛を送ったのはご存じだろう。
 審判の判定を不服として対戦相手のせりーナ・ウイリアムズが何度も抗議し、観衆も大ブーイング。憧れの選手の醜態にも冷静に対処し、優勝後の表彰式では、この件には一切触れず、「みなさんがせりーナを応援していたのはわかっている。こんな結果で終わってしまってごめんなさい」と観衆に謝った。ここで観衆を言葉の力でシーンと静まり返らせ、さらに憧れの選手であるセリーナに「一緒にプレーしてくれてありがとう。」と礼を尽くす。これで観衆は涙で大拍手を彼女に送った。

 これぞ日本精神だ。観衆も優勝者よりもセリーナに味方しブーイングを送っていた自分の愚かさに気づいたに違いない。これが日本と韓国の大きな違いだ。
 このインタビューを見た日本人の多くが、深い感銘を受けたに違いない。タヒチ系アメリカ人と日本人のハーフである彼女が、日本人以上の日本精神を持ち、努めて冷静に振舞い、大きな賞賛を受けたことは日本の誇りだ。日本は韓国の横暴にまともに付き合う必要はない。日本人は日本人らしく、正々堂々と戦えばいい。それだけで世界は日本の素晴らしさを認め、賞賛してくれるのだから。

 これからも日本人は、外国の真似事ではなく、長年培ってきた日本人らしい振る舞いを続けていけばそれでいいのだ。

2018年8月18日 (土)

理不尽な事件に見る無能な日本人政治家

 世の中には解決困難な国際問題がわんさかあるようで、交渉下手な日本の政治家のせいで、国民が地団太を踏んだり、苦虫を噛み潰したような理不尽な事態に追い込まれるケースが少なくない。責任の所在が明らかなのに、それを追及できない愚かさ。もう少し、日本の政治家にはその自覚を持ち、職務を履行して貰いたく、この記事を掲載するものである。

 1 大韓航空機撃墜事件

 1983年9月1日に大韓航空のボーイング747が、ソ連の領空を侵犯(航路逸脱の原因については後述) したために、ソ連防空軍 の戦闘機により撃墜された事件のこと。乗員・乗客合わせて269人全員が死亡した。

 2 日航機350便、羽田沖逆噴射墜落事件

 1982年2月9日、当時の日本航空、福岡発東京行350便、ダグラス DC-8-61型機が羽田空港沖に墜落した事故である。一般的に日航羽田沖墜落事故、羽田沖事故、日航逆噴射事故と呼ばれる。この事故の直接の原因は機長の操縦によるものである。機長が機体の推力を急激に減少させながら機首下げを行ったため、機体は急に下降して滑走路の手前に墜落した。
  機長は、まだ副操縦士であったこの事故の6年前に初めて幻覚を見ており、それ以後、初期の精神分裂病、うつ状態、心身症などと診断され、診察、治療を受けたが]改善せず、事故直前には「ソ連が日本を破壊させるために日本を二派に分断し、血なまぐさい戦闘をさせているんだ」などの強い信念(被害妄想)を抱くまでに至っていた。この結果、妄想性精神障害だった片桐機長は24人を殺した張本人にもかかわらず、病気を理由に無罪放免となり、訴追されることはなかった。
 もっとも許されないのは、機長としての立場や責任感も何もなく、本来、事故の後、飛行機に最後まで留まるべき人間でありながら、真っ先に救助された点だ。

 この前日にはホテルニュージャパン火災で33人が死亡する大惨事が起きたばかりで、血塗られた週となった。

 3 北朝鮮による拉致

 1970年代から1980年代にかけて、北朝鮮の工作員や土台人、よど号グループなどにより、17人(北朝鮮側によれば13人)の日本人が、日本、欧州から北朝鮮に拉致された問題である。
 日本政府が認定した拉致事案は12件、拉致被害者は17人。北朝鮮政府側は、このうち13人(男性6人、女性7人)について、日本人拉致を公式に認めており、5人が日本に帰国しているが、残り12人については「8人死亡、4人は入境せず」と主張している。日本政府は「全員が生存しているとの前提で対処する」との立場をとっている。

 北朝鮮は、長年拉致事件への関与を否定してきたが、2002年(平成14年)、平壌で行われた日朝首脳会談で、金正日が日本人の拉致を認め謝罪し、再発の防止を約束した。しかし、このことに対する賠償などは、未だに行われていない。

 4 領土問題

 日本の政治家は無能な輩ばかりで、その担当相までいるのに、名ばかりで何一つ手立てを講じていない。ロシアとの「北方領土問題」、中国や台湾との「尖閣諸島問題」、韓国との「竹島問題」など。いずれも実効支配を許し、犬の遠吠えの如く、抗議しかできていない。まったく奪還など絵に描いた餅で、やる気ゼロだ。

 竹島について https://www.youtube.com/watch?v=14EDQ0-3Q7w

https://www.youtube.com/watch?v=CufJcVFmceU

https://www.youtube.com/watch?v=lzbYA9rhGn0

 「竹島は歴史的に見て日本固有の領土」と主張していながら、なぜ不法占拠である実効支配をみすみす見逃しているのだ。どうして武力を用いて奪還できないのか。それは憲法第9条があるがゆえだ。
 韓国大統領は、政権基盤が弱体化すると、抗日を旗印にして愛国心を訴え、国民に迎合するかのように人気取りのために、竹島や慰安婦、靖国問題を叫び、日本叩きに奔走する。政権末期の悪あがきだが、退任後、韓国大統領は全員、刑事訴追され、死刑判決を受けている点を考慮しても、国民感情が政権よりも上回っているということの証明だ。

 以上、見てきたように、問題解決能力ゼロの日本の政治家どもでは、一向に事態は進展しない。体裁を取り繕ううわべだけの交渉に終始している。鈴木宗男氏やアントニオ猪木のほうがよっぽど政治家らしい行動をとっている。

 まして偽善者が大勢いて、本人は国民を騙したとか裏切ったという認識はまるで皆無で、無能な政治家、いや政治屋しかいない。あえて名を出すと

 鳩山由紀夫(マニフェストで国民を騙し、無責任にも辞任 パフォーマンスだけ)
 杉村大蔵 (小泉チルドレン 完全にタレントに鞍替え 高級外車を乗り回すいいご身分)
 上西小百合(衆議院本会議を無断欠席し、不倫温泉旅行 維新の会を除名 タレントへの転身を図る)

 こうしたクソ議員は政治家を名乗る資格などない。国民を舐めきっている。政治家がダメなら芸能界で生き延びようとするその性根が腐っている。
 こういう輩に日本の将来を任せられる訳がない。さっさと辞めて表舞台から去って欲しい。

2018年8月16日 (木)

韓国から帰化した有名人の共通点

 私の韓国嫌いは相当だが、それは戦後、73年が経過した今でも日本バッシングが継続しているからだ。「日韓併合」という歴史がよほど許せないらしく、プライドを踏みにじられたという怨みしかない。もし、日本が朝鮮半島に侵攻しなければ、朝鮮人(北朝鮮・韓国)は未だに貧困が続いていた筈に違いない。日本人が我が国の発展に寄与してくれたという感謝の念など一切持ち合わせていない。旧日本軍は、韓国人に対して迫害などした事実もなく、慰安婦問題を逆手にとり、反日感情を激化しているだけだ。敵対し、韓国中に反日の気運を盛り上げることで、国民が一致団結する口実にしているだけにすぎない。
 日本が戦後、韓国に対し、どれだけの経済援助をしたかなど、一切触れず、未だに問題をくすぶらせている。やっと慰安婦問題にけりをつけたが、慰安婦像は撤去されないままだし、日本人の悪行を全世界に知らしめようと、全く関係のない外国に慰安婦像を立てる悪徳行為を繰り返している。また、竹島を実効支配するなどの領土問題、靖国問題を、今でも反日の旗印にし、強烈に批判をしている。
 日本人も相当なお人よしで、政治と文化を切り離し、40代以上のおばさん世代の女性たちは「韓国ドラマ」をこぞって見る。アホかと言いたい。韓国俳優にうつつを抜かし、韓国が日本人を心底嫌っていることを度返しし、K-POPアイドルすらチヤホヤする始末。実に情けない。

 韓国人はさぞかし世界一偉い民族と自負しており、常に上から目線で人を見下す。気に入らないことがあると、「火病ワールド炸裂」で、精神分裂症の如く他人を傷つけ、周囲に当たり散らす。スポーツに政治を持ち込み、様々な画策でアピールし、ラフファイトはお手の物。審判の裁定に喰い付き、負ければ誤審を叫ぶ愚直な発想。アホの集団としか思えない。

 また、有名人を見ればいかに帰化した韓国人が多いことか。いずれも精神的に問題があり、己を誇示しようとする輩ばかりであることに気づくだろう。ではどんな人が韓国から帰化したのか見てみたい。

 1 山根明元日本ボクシング連盟会長

 この人の一連の騒動の立ち居振る舞いを見ていて、どこか日本人ズレしていると感じていたが、やはり韓国からの気化人だった。あの横暴な振る舞いや自己顕示欲の塊と思えるような言動、虎の威を借るように暴力団との付き合いまで出して自らの力を誇示する発言。感情的な物言いなど、すべてが狂っている。周囲に気を遣わせ、それで本人は殿さま気分。こういう輩はいずれは反感を買って裏切られて失脚するのは目に見えていた。案の定そうなった。偉ぶって傲慢な振る舞いは、必ずやこういう終末を迎えるのだ。

 2 張本勲

 なんでも一番でなければ気に入らず、努力の過程を評価せず、1位だけを優遇する。負けず嫌いで、自分の記録がイチローに抜かれた際も、日本では私が一番と譲らない。他人の功績を認めず、我こそが一番と自画自賛が過ぎる。これこそが韓国人気質の典型だ。毎回問題発言のオンパレード、私は目障りなので「サンデーモーニング」のコメンテーターを外して貰いたいが、彼を外すと韓国からのバッシングが激化するため、TBSの経営陣は未だに英断できずにいる。

 3 和田アキ子

 自分の力を誇示し、大きく見せようという姿勢しかない。乱暴な言葉遣いで、親分肌の振る舞いで手下を作る。たいした実力も人望もないのに、お山の大将でおさまりたがる。この人を辞めさせられないのは、芸能界自体が韓国からの帰化人の集団だからだ。唯一国営放送のNHKだけは、こうした韓国人気質を見抜き、紅白を外したが、未だにTBSやフジなどは、韓国帰化人の巣窟であるがゆえにクビを切れないでいる。

 他にも在日韓国人や朝鮮からの帰化人を見れば、気性が荒かったり、短気だったり、すぐに怒ったりするような印象がある方々ばかりだ。

 木下優樹菜、錦野旦、松田優作、金田正一、金本知憲、力道山、岩城滉一、南果歩、
 小沢一郎、水原希子、玉山鉄二、松坂慶子、布袋寅泰、水沢エレナ、矢沢永吉、
 井川遥、豊川悦司

 確かに、韓国人の特徴である「目が細くてつり上がっている」印象を受ける方たちばかりだ。外見で人を判断するのは愚の骨頂だが、キレやすいとか精神的に病んでいるイメージがどうしても付きまとう。

2018年6月 4日 (月)

バ韓国の愚かさがわかる動画集

 世界の中で韓国ほど嫌われている国は無い。過去の歴史問題を何度も持ち出し、何かにつけいちゃもんをつけ、反日行動を繰り返し、日本を蔑ろにしようと工作する。自らが一番偉いと勘違いし、傲慢極まりない低俗な国家のくせに、生意気にも世界一を自負する。
 日本が過去、どれだけの経済援助をしたかを棚上げし、さらなる賠償を要求するのは虫が良すぎるし、恥も外聞もない。ゆすりたかり戦法で国家の財政を立て直す欺瞞国家だ。
 私は韓国人が嫌っている日本を旅行するのも疑問だし、日本人が韓国ドラマにうつつを抜かしているのも解せない。
 こんなバ韓国とは一刻も早く断交して貰いたい。そうしたバカぶりがわかる動画を集めてみた。

 スポーツマンシップの欠片もない民族

 韓国の姜敏壽(カン・ミンス)に2枚目のイエローカードが与えられ、退場処分になった後、ピム・ファーベークサッカー代表監督と洪明甫(ホン・ミョンボ)コーチ、コサゴールキーパーコーチらサッカー代表チームコーチ陣3人が審判によって退席処分になった。
 ラフプレーを恥と思わない国民性。判定には不服と抗議の嵐。いちゃもんファイターで文句や不満だけをぶちまける低脳さ。さらには審判を買収し、自国に有利な判定をするよう卑怯な裏工作まで行う。仁川アジア大会でも疑惑の判定が続出した。

  WBCではマウンドに太極旗を立てたり、震災時には「日本の震災をお祝いします」という心無い垂れ幕をサポーターが吊るした。常に感情的で精神分裂症並みの振る舞いしかしない。「火病」ワールド全開だ。韓国人、いや朝鮮民族は毎回スポーツに政治を持ち込む、スポーツをやる資格などない。

 韓国プロ野球で選手VS観客の構図

 ホームランを放った選手に向かって瓶を投げつけたファン。それにまともに当たって負傷した選手がマジ切れ。大乱闘に発展した。こうなるともう試合どころではない。

 自分に都合が悪くなると相手を罵倒し、発狂する民族。それが朝鮮人だ。日本がいなかったら、今の韓国などない。日本がどれだけ経済発展に寄与して来たかわかっていない。逆に日本に感謝すべき民族だろう。歪曲した教育を施し、反日を洗脳するなど恩を仇で返す、それが韓国だ。

2018年4月28日 (土)

五大民営化と懐かCM

 昭和から平成にかけて、様々なものが国営から民営化に切り替わった。今日は民営化される前と後の名称を比較し、さらにそれらにちなんだ懐かしいテレビCMも回顧したいと思う。

 1 日本国有鉄道(国鉄)→日本旅客鉄道株式会社(JRグループ)

 1987年(昭和62年)に国鉄はJRグループ各社と日本億由鉄道清算事業団に分かれた。当時、赤字にあえいでいた国鉄が事業の効率化を図る目的で民営化された。昭和59~61年に私は北海道に住んでいたが、その間、相当数の赤字路線が廃止された。

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 JRの集客アップ作戦として「シンデレラエクスプレス」や「シンデレラエクスプレス」などの大人気CMが誕生した。今でもシリーズ化しているものは多く、「JR SKI SKI」などは私の大好きだ。

 2 電電公社→日本電信電話株式会社(NTT)

 1985年(昭和60年)に民営化された。当時はワンマン経営だったため、電話の権利を10万円近くで買わないと、電話に加入できない殿様商売だった。
 私が北海道から東京に引っ越したのが昭和61年4月で、その前年、世田谷局で地下ケーブル火災があって、復旧まで相当な時間を要した。

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 売り上げアップのための戦略として「カエルコール」などの新語を生んだ。

 3 日本専売公社→日本たばこ産業株式会社(JT)

 私は非喫煙者なので、値上げしようが民営化しようが、あまり気にしなかった。昭和の時代は、「マイルドセブン」を始め「洋もく」などもテレビCMで普通に流していたし、高校生でもコンビニや自販機で普通に購入できた時代だ。1985年(昭和60年)に、他の業種の民営化の波に乗って、たばこも利潤追求の名目で民営化された。
 健康を害する大敵のたばこだが、国がある程度規制をかけていたのに、民営化されたことによって、大々的に宣伝し、見境なく売り上げ追求で普及したらと危惧したものだった。

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 喫煙者のマナーが社会問題化し、「スモーキンクリーン」という標語を生んだ。また、禁煙を推進するため「私はこれでたばこをやめました」という禁煙パイポのフレーズが流行語になった。

 4 国際電信電話株式会社(KDD)→KDDI株式会社

 国際電話は、KDDの専売特許でそれは通話料は高かった。1分で300円という時代だった。IDOやデジタルツーカー、日本高速通信など第二、第三の通信業者が国によって認可され、競争時代になり、1998年に民営化された。

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 5 日本郵政公社→日本郵便(JP)など

 小泉総理の悲願であり、彼の肝いりで郵政民営化が2005年に実現した。これで郵便業界も多競争時代に入った。宅急便業者がメール便を開始するなど、これにより一極集中時代は終焉した。私が子供の頃はハガキは10円、封書は20円の時代だった。それが今やハガキ62円、封書82円の時代になってしまった。
 ちなみに10円切手は「ニホンジカ二頭」で、20円切手は「松の木」だった。今となってはただただ懐かしい・・・。

 JR、JT、JPなど1980年代の相次いだ民営化によって、アルファベット二文字の略称が流行った時代にあって、従来の堅苦しい国営のイメージから親しみやすい印象に変わった。