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映画・テレビ

2020年9月22日 (火)

「Fukushima 50」DVD発売決定!

 我が福島県民は必ず観たい映画だった。完成試写会および上映当日、東京から映画の出演者たちが県内各地の映画館を巡り、PRして回った。しかし、封切りと時を同じくして新型コロナウイルスにより、郡山市の映画館も休館を余儀なくされる事態となった。古関裕而の物語を描いたNHK連続テレビ小説「エール」と言い、この映画と言い、どうしてこうも福島県は不運が続くのだろうと天を恨んだ。
 本来ならばオリンピックイヤーだった今年、海外から多くの観戦客が訪れ、そして日本全国からドラマとこの映画に感動したファンが大勢、聖地巡礼とばかりにロケ地であるここ福島県に来て、震災から9年が経過した福島県の現状を目の当たりにしていただく予定だった。

 私は残念ながら劇場で、この映画を見られた訳ではない。やはり密を避ける意味で、郡山市が県内で群を抜いて感染者が多く発生したことを鑑みて、やはり狭い室内空間である「テアトル」には足が向かなかった。職場の至近にありながら、どうしても見たい映画だったにも関わらず、今夏、腹部を開腹する手術を受け、16日間も入院治療していた身からすれば、「コロナ感染=重症化」で、場合によっては呼吸器疾患や肺炎を併発し、死亡する可能性もあることから、無理は出来なかった。

 今でも「テアトル郡山」では期間を延長し、ロングランで上映を続けている。すぐそばで見られるのに見に行けないもどかしさ、そしてジレンマに耐えてきたが、ここにきて朗報が舞い降りた。

 それは9年前のあの日の出来事であり、「東京電力福島第一原子力発電所」の事故を実話に基づき忠実に再現した映画「Fukushima 50」が11月6日に待望のブルーレイ化&DVD化して発売されることになったのだ。

  事故の基となったのは言わずもがなであるが2011年(平成23年)3月11日、午後2時46分に発生した「東日本大震災」だった。誰も経験したことが無いマグニチュード9.0、震度7の巨大地震が遅い、初めて耳にした「大津波警報」発令で、避難が遅れた約2万人近くの方々が死亡、あるいは行方不明となった前例のない未曾有の大災害だった。その結果、どんな地震にも耐えて、100%安全だと言われて来た「原子力発電所」で津波によって「全電源喪失」(SBO)という前代未聞の非常事態が起き、原子炉を冷却不可という危機的状況に陥り、震災の翌12日に1号機が、その2日後の14日に3号機が2度に渡って発生した蒸気爆発により、原子炉建屋が吹っ飛び、原子炉格納容器内では人類史上初のメルトダウン(炉心溶融)が起きると言う大惨事となった。

Atomic-bomb
 唯一「FCT」が撮影に成功した水蒸気爆発の映像を見た時、きのこ雲が立ち上がったのを目の当たりにして、県民の誰もが「終わった」と死を覚悟した。当時、原発から50km東に離れた場所に勤務していた私は、もう駄目だと感じたし、どこに避難すべきか模索した。

Atomic-plant

 浜通りの原発から半径20kmに住む住民は、着の身着のままで緊急避難を強いられた。国道288号線に連なる長い車列、そこからまさかの長期に渡る避難所による生活、そして応急仮設住宅での生活を余儀なくされ、地域によっては埼玉県内の廃校で仮住まい生活を送ることになった。

Hinan2

 一方、原子力発電所内では、電源を喪失し、原子炉の燃料棒を冷却できなかったことで、原子炉は高熱に見舞われ、5機あるうちの稼働中だった4機が制御不能に陥った。その後、深刻度が最大の「レベル7」に引き上げられたことで、世界中が固唾をのんで状況を見守る中、現地の東電の社員たちが、日夜を問わず、必死の覚悟で事態の収束に当たった。この50人のことを「Fukushima 50」と呼んだのだった。所長の吉田氏を始め、そこに留まった原発社員たちは、福島県民を、いや日本国民を守るために福島原発内で、その対応に追われたのだった。いつ被爆して死んでもおかしくない状況の中、原子炉を冷却するために懸命に立ち向かい闘った社員たち。
 東京消防庁、海上保安庁、そして自衛隊が一丸となって放水作戦を展開した。内部で行われていた決死かつ捨て身の行動について、私たちは当時、何が起きていて、どういう作戦が実行されていたかまでは知らされておらず、テレビの前で状況を見守るしかできなかった。「何とか日本を救ってくれ」という一念だった。
 しかし、水蒸気爆発と思われていたあの爆発は、実際は多くの放射性物質が大気中にばら撒かれており、周辺地域は高濃度の放射能で汚染されていた。その日を境に私たち福島県民は「汚染地域」のレッテルを貼られ、差別を受けることになった。

Hinan

 今でもあちこちにリアルタイムで放射能レベルを測定できるモニタリングポストを目にすることが出来る。農作物、水産業は未だに震災前の状況には程遠い有り様で、おそらく廃炉作業も30年以上かかると見られている。汚染水の処理もままならず、敷地内に臨時で増設されたタンクはもう満杯となり、海に放水することが検討されている。

 私たちは、震災直後から収束宣言が発令されるまでの期間、今も懸命に廃炉作業は続いているが、当時、原子力発電所内でどんな戦いが繰り広げられていたのかを知らなければならないと思う。そして陣頭指揮にあたっていた吉田所長は、図らずも急性の胃がんによりこの世を去られた。劇中で言えば渡辺謙さんが演じた方だ。おそろくは、現場責任者として神経をすり減らし、事態の収束に当たっていた心労がたたっての発病に違いない。もしかすると線量を浴びて、それが原因でがんを発症してしまったのかもしれない。私たち福島県民からすれば命の恩人と言える人にあたる。足を向けて寝られないほどの、いわば「英雄」だ。

 今回、DVD発売決定を聞き、私もすぐに予約した。本編だけで2時間を超える122分。その中で描かれる大津波の脅威、そして全電源を失った時の所員たちの驚きと嘆き、さらには水蒸気爆発が起きた時の衝撃、福島原発で放水作業に当たった多くの方々の努力などがどんなふうに描かれているのか、今から楽しみだ。たぶん、何度も号泣すると思う。

 この映画をきっかけに日本中が原子力発電所の危険を再認識し、エネルギーの節約や他の発電方法への転換の契機となることを願う。ひと度でも事故が起きれば、人間にはその制御能力が不能となる「怪物」を人間自身が作り出してしまったことを、改めて自戒の念を持っていただければ幸いだ。

Dvd

Fukushima50_20200918212101

 キャスト

 佐藤浩市 渡辺謙  吉岡秀隆 緒形直人 火野正平 平田満 萩原聖人  吉岡里帆 斎藤工 富田靖子 佐野史郎 安田成美

 本編分数:本編122分/色:カラー/製作年:2020年/製作国:日本

 Blu-ray (DVD特典付き)が税込み7,370円      DVD通常版 税込み4,180円

2020年9月21日 (月)

福島県を舞台にした映画(予告編集)

 21世紀以降、我が福島県を舞台にした映画を取り上げたい。もちろん福島県内各地でロケが行われ、有名な俳優たちが来県し、長期滞在して撮影されて制作した。意外と福島県出身者ですら、その事実を知らない人が多い。
 そのほとんどがDVD化され、レンタルなので見ることも可能になっている。ぜひ、福島県民の方なら見てほしいし、県外の方は「聖地巡礼」で訪れてほしい。そして映画のワンシーンを思い出して、その場面に心ゆくまで浸って欲しい。

「春色のスープ」

公開日:2008年
主なロケ地:南会津町・郡山市
出演者:佐津川愛美・鈴木砂羽・栩原楽人 ・美保純・池内万作・国広富之・鶴見慎吾
あらすじ

 母との関係がギクシャクしている南会津に住む高校生の桃子。いつもコンビニ前に友人らと集まり深夜まで遊んでいる。桃子のもう一つの楽しみはラジオ番組。桃子はコンビニで全盲の亮太と出会う。
 離婚から桃子になにかと干渉してくる母に反発して、桃子はいつか自立しようと喫茶店のバイトもしている。バイトの先輩三津子から、盲学校での詩の朗読のボランティアを頼まれる。廊下で桃子の朗読を聞いた亮太は、その詩のことをラジオ番組に投稿する。ラジオを聴いた桃子は、亮太に気づき親しくなっていく。また、詩の朗読に桃子はこれまで感じることがなかったやりがいを見つけていく。
 母は長期出張などが頼まれるが桃子のことを考えて行こうともしない、そんな自分を犠牲にする母が桃子には苛立ちとなる。しかもバイトしていることも母にバレてしまう。母は娘との関係の修復の方法が見いだせず、母はアルコールに頼ることも多くなり、その頻度も増していく。
 桃子はスキーがしたいという亮太を連れて友人らと裏磐梯へスキー旅行でかけるが、目を離している間に亮太が怪我をしてしまう。素行の良くない人たちと外泊の計画したことと亮太を怪我させたことで桃子は高校から一ヶ月の謹慎となる。自分の居場所を失った桃子は父と会うが、父にはすでに新しい家族もいることを感じ逃げ帰ってしまう。しかも、亮太からも目の見えない自分と桃子との間に壁を感じたと一方的にさよならを告げられてしまう。
 亮太の脳に腫瘍が発見され緊急入院となったことを三津子から知らされる。腫瘍を取れば目がみえるようになる可能性もある一方、命に関わることだけに亮太は悩む。桃子は病室を訪れ、一方的にさよならを言われたことについて怒り、ラジオを通じて亮太の手術を大勢のリスナーとともに応援する。
 母は三津子から桃子が盲学校で朗読をしていたことを知らされ、娘の成長に気づき抱きしめる。それがきっかけとなり母娘の関係が急速に改善される。亮太は手術を決意し手術は無事に終了するが、目が見えないのは相変わらずのままだった。ラジオ番組のDJは、ふたたび都会でチャレンジする気になりラジオ番組をやめてしまう。

 母は海外へ長期出張にでかけるが、出張先の事故で亡くなってしまう。亮太は、自分が何をしたいのかを見つけるために海外へ1年間でかけてしまう。桃子は父に連れられ懐かしい故郷をあとにする。途中で、母が自分の名付けるきっかけとなったという南会津の姫山の桃の花をみつめるのであった。

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「アブラクサスの祭り」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=JNCN7cU_8z0

公開日:2010年
主なロケ地:三春町・本宮市
出演者:スネオヘアー・ともさかりえ・本上まなみ・村井良太・ほっしゃん。・小林薫
あらすじ

 かつて元ミュージシャンだった禅僧・浄念は、音楽への狂おしい思いからノイズが聞こえるようになり、ウツ病患者として入院した過去を持つ。禅僧になっても自分の「役割」を考え続けているが、なかなか思うように答えはでない。そんなある日、とある講演会で大失敗して落ち込んだ浄念は、自分の中で音楽への想いがたち切れていなかったことに気付く。この町でライブをやりたいと、強く思いはじめる浄念。住職の玄宗は良き理解者だが、地元ライブには困惑顔。妻の多恵も大反対。そんななか、ある事件をきっかけにショックを受けた浄念は自分をコントロールできなくなるが―果たして浄念は答えを見出すことができるのか?本作品にちりばめられているのは「自分」をまるごと受け入れる"禅"的ヒント。悩める浄念の生き方に心ゆさぶられる、まっすぐな映画が誕生しました。

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「時をかける少女」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=pgG5mL4e0Rg

公開日:2010年3月13日
主なロケ地:開成山桜並木
出演者:仲里依紗・中尾明慶・安田成美・勝村政信・石丸幹二・青木崇高
あらすじ

 今まで何度も映像化・映画化されてきた筒井康隆原作のSF短編小説「時をかける少女」を新たな視点で映画化した上質の青春映画。母の代わりに1970年代にタイム・リープした娘の切ない体験を丁寧に描写する。ヒロインを演じるのは、アニメーション版『時をかける少女』でも主人公の声を担当した仲里依紗。その相手役の純朴な青年を『ROOKIES -卒業-』の中尾明慶が演じている。今も昔も変わらない人を思う気持ちにじんわりと胸が熱くなる。

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「超高速!参勤交代」「超高速!参勤交代リターンズ」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=RngrAI-263I

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=fpH3KJZdwmY

公開日:2014年/2016年
主なロケ地:いわき市平・湯本・四倉・南相馬市・相馬市
出演者:佐々木蔵之介・深田恭子・伊原剛志・西村雅彦・陣内孝則
あらすじ

 通常でも8日かかる参勤交代を4日で行うよう幕府から無理難題を押し付けられた小藩が、奇想天外な作戦の数々でピンチを切り抜けようとする時代劇。第37回城戸賞の入選作を、『鴨川ホルモー』などの本木克英監督が映画化した。資金も人数もない中、藩と領民を守るため奮闘する藩主には佐々木蔵之介、ヒロインをら実力派がそろう。

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「ハーメルン」

公開日:2013年9月7日
主なロケ地:昭和村・本宮市
出演者:西島秀俊・倍賞千恵子・坂本長利・風見章子・小松政夫
あらすじ

 消えゆく場所と記憶、片田舎の廃校を舞台に繰り広げられるファンタジックな物語
2013年9月7日よりユーロスペースほかにて全国順次公開
 

消えゆく場所と記憶、片田舎の廃校を舞台に繰り広げられるファンタジックな物語
2013年9月7日よりユーロスペースほかにて全国順次公開

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「フラガール」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=BYBsyogWYlw

公開日:2006年9月23日
主なロケ地:いわき市周辺・古殿町
出演者:松雪泰子・蒼井優・豊川悦司・山崎静代・岸部一徳・富司純子
あらすじ
 
昭和40年(1965年)、大幅な規模縮小に追い込まれ危機的状況に陥った福島県いわき市の常磐炭鉱を舞台に、炭鉱で働く人々が職場を失う現実・苦悩に立ち向かい、町おこし事業としてを立ち上げた常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)の誕生から成功までを実話を元に描く。

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「ジヌよさらば~かむろば村へ」

公開日:2015年4月4日
主なロケ地:柳津町
出演者:松山ケンイチ・松たか子・
あらすじ

 人気漫画家いがらしみきおの「かむろば村へ」を基に、お金アレルギーになり東北の寒村に移り住んだ元銀行員が、お金を全く使用しない生活に挑むさまを描くコメディー。

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「Fukushima 50」

https://www.youtube.com/watch?v=-Wd0UWoVGtY

公開日:2020年3月6日(金)
主なロケ地
出演者:渡辺謙・佐藤浩市・吉岡秀隆・緒形直人・火野正平・平田満・萩原聖人・吉岡里帆・斎藤工・富田靖子・佐野史郎・安田成美

あらすじ

 2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生。福島第一原発は危機的状況に陥る。
原発内に残り、事故の収拾にあたった地元福島出身の作業員たちは海外メディアからFukushima 50(フクシマフィフティ)と呼ばれた。あの中で本当は何が起きていたのか?真実は何か?東日本壊滅の危機が近づく中、苦渋の決断を迫られる彼らが胸の内に秘めた思いとは?
豪華キャスト・スタッフ、日本映画最大級のスケールで贈る超大作。

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「AI崩壊」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=tMSlaXhGrfs

公開日:2020年1月31日
主なロケ地:不詳
出演者:大沢たかお・賀来賢人・広瀬アリス・岩田剛典・高嶋政宏・芦名星・玉城ティナ・余貴美子・松嶋菜々子・三浦友和
あらすじ

 舞台は(公開時点から10年後の)2030年。高齢化と格差社会が進展し、人口の4割が高齢者と生活保護者となり、医療人工知能 (AI) 「のぞみ」が全国民の個人情報等を管理していた。そんなある日、「のぞみ」が突如として暴走を開始、“人間の生きる価値”を勝手に選別し始め、生きる価値がないと判定された人間の殺戮を開始した。警察は「のぞみ」を暴走させたテロリストが「のぞみ」の開発者である天才科学者・桐生浩介だと断定。逃亡する桐生をAI監視システムを駆使して追跡する。事件のカギを握るのは、桐生と、「のぞみ」を管理していた桐生の義弟・西村悟。桐生は警察の追っ手から逃れながら、AIの暴走を阻止しようと奔走する

郡山市出身の女優で故・芦名星の遺作となった映画。

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アニメ作品「薄暮」

 特報第二弾はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=8xUV0K8GwUY

公開日:2019年6月21日
主なロケ地:いわき市
出演者(声優):桜田ひより・加藤清史郎・佐倉綾音・雨宮天・花澤香菜・高橋大輔
あらすじ

 福島県いわき市に住む女子高校生小山佐智は、東日本大震災の影響で人や恋に関心を持つことができないと感じている。佐智は音楽部で、リナ 、ひぃちゃん 松本先輩とともに文化祭で披露する四重奏に向けて日々練習に追われている。佐智はバス停そばで見る夕焼けがお気に入りで、よく一人でバスが来るまで景色を楽しんでいた。
 ある日、バス停でキャンバスを持った少年、雉子波祐介と出会う。彼は震災で帰宅困難区域からいわきに避難してきており、当たり前の風景が突然見れなくなってしまうことがあることにつらく思い、今生きてるこの世界を絵に描きとめ残すため絵を描きはじめたという。そして絵画のコンクールの絵を描くためバス停付近で良い景色を探しているところで佐智と出会った。

 このことがきっかけで佐智と祐介は話すようになり、バス停で待合せをしたり、LINEで会話したりと二人の距離は縮まっていった。そんな中、佐智と同じ部員の遠野さんと川村さんに草野駅で祐介といるところを目撃されリナやひぃちゃんに知られ恋人か問われリナは恋が実ることを応援してくれた(ひぃちゃんも後に佐智を応援している)。

 そしていつものように佐智は祐介とバスに乗っているときにたまたま祐介のスケッチブックに描かれた祐介の初恋の人のスケッチを見てしまい、佐智はやきもちを焼いてしまい二人の関係はギクシャクしてしまう。

 文化祭当日、祐介や家族が見守る中、佐智たちは演奏を無事やりとげる。そして佐智は祐介から話したいことがあると言われリナとひぃちゃんに後押しされ祐介と屋上で会うことを決心する。そして祐介から「あなたのことが、ずっと好きでした」と告白される。

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 さて、本日掲載した映画は、我が福島県で実際にロケが行われた。いわば聖地に値する。豊かな自然に育まれた環境が未だに残る福島県。日本で3番目に広い面積を有し、自然からの恵みで田畑が育ち、地酒も「全国新酒鑑評会」で7年連続日本一を達成した。その中で名優たちがここに集い、後に名作となる作品に出演した。これはある意味凄いことで、我が福島県は観光PRにこのロケ地、つまり聖地巡礼としてのPRを加えて欲しいと思う。パンフレットを制作し、首都圏などに配布し、観光PRの一助として欲しい。

2020年9月14日 (月)

記憶に残るドラマの名セリフ

 最近、ドラマは人気が無い。特にラブストーリーは視聴率を稼げなくなっている。しかも30年前のバブル時代は、フジテレビが月9などでひとり天下状態だったのだが、今やその凋落ぶりは著しく、見る影もない。毎週の視聴率調査で、フジテレビの番組がトップ20位にひとつもランクされていない日がザラにあるほど、その低迷ぶりは悲惨と言わざるを得ない。
 私などは20代にバブル景気を経験した人間なので、恋愛ドラマをバイブルにしていたほどだ。男性は吉田栄作、加勢大周、豊川悦司、柳葉敏郎、織田裕二などが主役を張り、女性は浅野温子、鈴木保奈美、鶴田真由、石田ゆり子などがマドンナ役に君臨していた。
 そんなドラマが隆盛を極めていた時代にあって、心に残るような名セリフが数多く生まれた。もちろんそれは、役者の力ではなく、脚本家の感性の賜物だと認識しているが、それを役者の口を借りて出させ、流行語にまで仕立て上げるのは並みの才能で出来ない。
 では、私がこれまで見て来たドラマの中で、印象に残っているフレーズをピックアップしてみたい。

 「僕は死にましぇ〜ん。あなたが好きだから。」

 武田鉄矢が演じた中年男性が、浅野温子が扮した長い黒髪の絶世の美女に恋をする悲しい物語「101回目のプロポーズ」。1991年7月にフジテレビで放送された名作ドラマ。自分の覚悟が本物であることを証明するために、大型ダンプの前に飛び出し、すんでのところで急停止。そこで飛び出したのが、ドラマ史上に残るその名セリフだった。CHAGE&飛鳥が歌う「Say yes」も大ヒットした。

 「カ〜ンチ、SEXしよう」

 1991年1月から放送され、若者を中心に大反響、さらには社会現象をもたらしたのがトレンディドラマの「東京ラブストーリー」。番組放送中の月9の時間帯は街から若い女性が姿を消したとも言われた。

 鈴木保奈美が演じた自由奔放な都会の女性、赤名リカが、劇中に織田裕二扮する地方出身で純朴な青年、永尾完治に向かって発したセリフに世間はザワついた。当時、女性から男性に声高に言えるようなセリフではなく、新しい恋愛のスタイルを感じさせた、まさに衝撃的なひと言だった。

 「オレじゃダメか?」

  若者たちの生き様や友情、恋愛模様、大人になることの葛藤などを描いた「あすなろ白書」。当時駆け出しだった木村拓哉を一気にスターに押し上げた名セリフがこる。掛井保に失恋した「なるみ」(石田ひかり)を慰めようと、密かに想いを寄せていた取手治役の彼がバックハグして告白する演出に、世の女性は胸をキュンキュンさせた。このハグは「あすなろ抱き」と称され、カップルの間で大流行し、必須アイテムになった。
 このドラマは1993年10月から、やはりフジテレビの月9で放送され、最終話は31.9%の高視聴率を記録した。主題歌を歌う藤井フミヤの「TRUE LOVE」も大ヒットした。

  「子どもが食べてる途中でしょうが。」

    フジテレビの20年間に渡り放送され「北の国から」。主人公の黒板五郎ヤクルトの田中邦衛と2人の子どもたち、純と蛍が織りなす壮大な人間ドラマ。連ドラ終了後も、断続的に続編が制作された。

 その「84年夏」で、富良野のへそ祭りの帰り、家族3人で立ち寄った食堂で、閉店時間を気にする女性店員が、まだ食事途中の子どものラーメンの器を下げようとした。そこで有名なセリフが生まれた。この放送から36年も経過しているのに、人々の記憶に焼き付いている。

 「実に面白い」

  福山雅治主演のドラマ「ガリレオ」は東野圭吾の推理小説が原作。2007年10月からの第一シリーズが好評だったため、このドラマはシリーズ化された。大学の准教授の湯川学が新人女性刑事・内海薫(柴咲コウ)の依頼を受けて、明晰な頭脳で事件のさなかに起きる超常現象を解き明かして事件を解決する。
 持ち込まれた事件に興味を示した時の口癖は、「実に面白い」「実に興味深い」。また、未解明な事象に遭遇した際には突如笑い出し、突如真顔になって「さっぱり分からない」と言う。この「実に面白い」はメガネに縦に指をあてて話す決めゼリフで、お笑い芸人がこぞってものまねに興じた。

 「承知しました。」

 無表情で決して笑わない家政婦のミタ役を松嶋菜々子が演じ、当時、驚異の視聴率40%超えを達成した「家政婦のミタ」。最終話でミタさんが笑わなくなった壮絶過ぎる過去の体験に、誰もが驚き、そして涙した。白川由美、長谷川博己、忽那汐里、本田望結などのキャスティングも良かった。

 「夢にときめけ、明日にきらめけ!」

 ご存知、2008年放送の平成のスポ根ドラマの「LOOKIES」(TBS)の中で、川藤幸一役の佐藤隆太が野球の監督を務める不良チーム(目黒川高校)の中で出た名セリフ。市原隼人、小出恵介、城田優、中尾明慶、高岡蒼甫。桐谷健太など、今考えればそうそうたるメンバーが出演していた。主題歌のGReeeeNの「キセキ」が感動を呼んだ。大好評につき、映画化もされた。今から12年も経っているとは驚きだ。

 「お嬢様の目は節穴でございますか?」

 こちらは櫻井翔が執事・影山役を演じた「謎解きはディナーのあとで」でお嬢様役の宝生麗子役の北川景子に向かって蔑むように放ったセリフ。このドラマは震災が起きた年(2011年)の10月にフジテレビ系列で放送された。

 「月に代わってお仕置きよ!」

 こちらは「美少女戦士セーラームーン」でお馴染みのセリフ。実写版にはあの北川景子が「マーズ」という美少女戦士役で出演し、お色気たっぷりのアクションシーンを披露した。もちろんアニメがメインだが、ちびっ子に愛されたこの作品で、悪役をやっつける際に、可愛らしく「お仕置きよ」などと軽いノリで言い放つあたりは、少年少女への配慮が感じられた。
 ちなみにアニメ版は1992年から1997年にの5年に渡って放送された。北川景子、泉里香、沢井美優が出演して話題になった実写版は2003年に放送された。つまり、もう17年も前の作品ということになる。

  その他、流行語にまでなったドラマのセリフ・名言

 「同情するなら金をくれ」

 1994年に日本テレビ系列で放送された問題作のドラマ。家庭内暴力を受けている小学生の少女が、理不尽な環境の中でも困難に負けずに生きていく様を描いた物語。当時12歳だった安達祐実の出世作としても知られている。特に「同情するなら金をくれ!」という劇中の台詞が新語・流行語大賞に選ばれるほどのブームとなった。その一方で後述のように過激な暴力・いじめのシーンが批判の対象となり、内容が社会的議論も巻き起こした。菅井きんの強烈でインパクトのある役も話題になる。シリーズ第1作は平均視聴率24.7%、最高視聴率37.2%(最終話)を記録する大ヒットとなり、さらにシリーズ第2作も引き続き人気を保ち平均視聴率22.5%、最高視聴率31.5%(最終話)を記録している

 「やられたらやり返す。倍返しだ!」

 現在、続編が放送中の「半沢直樹」で登場し、流行語になった名セリフ。

 「下町ロケット」で生まれた佃航平が放った名言は・・・

 「難しいからこそ、やる価値があるんだ。 どんな難問にも、必ず答えはある。 ...」   
 「
金のことしか考えられなくなったら、そこに技術の進歩はありません。 ... 」
   「
たとえこの裁判に負けたとしても、 ナカシマに特許を奪われたとしても、屁でもありません。培ってきた技術力だけは奪えない!」
  

 さて、今日の記事は、私がよく見ていたドラマで誕生した名セリフを集めてみた。今考えれば、そのドラマを代表するようなインパクトのある言葉の数々だった。妙に記憶に残ったり、社会風刺や解決困難な問題点を鋭く指摘しているものもあった。

 

2020年8月31日 (月)

今ドハマりのウェザーキャスター

 ミーハーな話題で恐縮ですが、昔から大好物なものに女子アナとお天気お姉さんがある。これまでも「めざましテレビ」の皆藤愛子アナに始まり、長野美郷アナ、「めざまし土曜日」の小林麻央さん、沖田愛加さんなども好感を持って見ていた。

 また、NHKの7時台のニュースでは、ピアニストでありながら気象予報士の資格を持つ才女で「国民の妹」と呼ばれた岡村真美子キャスターもお気に入りだったが、まさかあんなふうに降板するとは思わず、ショックを受けた。実は彼女のフォトエッセイ「空のソムリエ」を家内に内緒で通販で購入していたほど熱を上げていたのに・・・。
 さらには、学生時代に日テレの「NEWS ZERO」 でお天気キャスターを務め、現在はテレ東の女子アナとして人気沸騰中の「田中瞳」アナ
も好きなアナウンサーだ。岡村キャスターも田中アナもA型。

OkamuramaTanakahitomi

 さて、でも今日紹介するのは、テレビに登場する方ではない。ネットニュースの「ウェザーリポート」を担当する超美人句アスターの呼び声が高い「駒木結衣」さんだ。彼女はフジテレビの久慈暁子アナとイメージが重なる。

 今回私が力を入れて紹介したいのが、ウェザーニューズ所属の「駒木結衣」さんだ。彼女は見るからに優しく朗らかな雰囲気で、大人の魅力に溢れている。言うなれば見た目は若くして「清楚」な気品に満ちている。それが私のようなおじさん世代にグッと来る。ケバさや派手さは一切なく、昔風の上品な美人なのが心をそそる。

 しかし、彼女は今24歳で、考えてみれば私の娘とあまり変わらない世代だ。まだまだ若く、これから更なる飛躍が期待できる逸材だ。もちろん独身者で、私としては悪い虫がつかないことを願うばかりだ。日テレの「ZIP!」でアシスタントを務めた「團遥香」さんに似ている。彼女はダイヤトーンのCMで砂浜の波打ち際を歩く美少女を演じた、やはり清潔感抜群の清楚系代表のようなお嬢さんだった。

 ではネット等に掲載されている彼女のプロフを紹介したい。

 <駒木結衣>

 1996年6月9日生まれ
 宮城県仙台市出身・・・同じ東北と知って、さらに親近感を覚えた。
 血液型はA型・・・・・お嬢様風。気配りに優れ、姉さん肌で世話好きが多いとされる。
 趣味・・・映画鑑賞と旅行
 特技・・・書道(準師範)、剣道(初段)・水泳が得意。
 出身校・・・・津田塾大学文芸学部卒 英語教育のエキスパート
 経歴・・・大学在学中の2018年にウェザーニュースキャスターオーディションに応募し合格。気象キャスターとして「ウェザーニューズ」へ入社した。入社当初は大学4年次であり、卒業する2019年3月までは学業と並行して活動。
      2018年10月18日にキャスターデビュー。初めての担当番組は『ウェザーニュースLiVE』でSOLiVE24からのリニューアルに伴
              い、キャスター不在となっていた16:00~17:00を担当。同年11月9日『ウェザーニュースLiVE・コーヒータイム』にて正式デビューとなった。駒木結衣・檜山沙耶はウェザーニュースLIVE第2期生でありSOLIVE24リニューアル後に入社した最初のキャスターとなる。
      デビュー後は主にウェザーニュースLiVE・コーヒータイム、アフタヌーンを担当。また2019年6月23日には『ウェザーニュースLiVE・ムーン』を担当したことで、デビュー1年目で全番組を担当した。現在はウェザーニュースLiVE・コーヒータイムからイブニングまでを中心に担当している。
 
 では彼女の美しさをPRするため画像をリンクしたい。

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Komaki6Komaki9 
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 特に和服姿はぴか一で、たぶん男ならイチコロだろう。この可愛さは半端ない。それもそのはず、「ミス日本」に出場したこともあるようだ。
 続いてファンになることうけあいの可愛さ光線満載の動画をどうぞ!

 「油断した結果」

 「ツボ」

 動画を見ると、意外にもよくケラケラ笑い、キャスターとは思えぬ素人感がウケているようだ。今までにないタイプ。これがTVではあり得ない、ネットニュースの特権。彼女の仕草も毎回新鮮だが、ファッションセンスも見ごたえあり。何を着てもお嬢様っぽくて、着こなしている。

 ウェザーニュース LiVE 2019-01-12 駒木結衣 イブニング 笑いが止まらないw

 彼女は本番中でも笑い上戸を発揮する。プロ意識が欠如していると言われればそれまでだが、オジサン目線で見ると愛くるしい。おそらくスタッフや「ウエザーニューズ」の社内体質もかなりゆるゆるだと察しがつく。

 さて、今日は私が今イチ推しのお天気キャスターを取り上げた。毎日、別人のような雰囲気を漂わせる彼女。まだまだ発展途上の24歳だが、アナウンス技術がまだ未熟で、いろいろやらかすが、成長を大目に見届けたいと思う。

2020年8月23日 (日)

逃げ恥「恋ダンス」の二番煎じ?日テレ系列局アナによる「ハケンダンス」

 現在、日本テレビ系列で制作された「ハケンの品格」は放送を終了していますが、この記事は8月初旬に作成したため、多少、古い記事となっておりますことをご容赦願います。 

 人間というのは不思議な生き物で、何かで一発当たると、それに倣って同じ類の二番煎じを狙う傾向がある。しかし、所詮はオリジナルではないため、最初は良いのだが、いずれ飽きられ、終いには見向きもされないくなるのは物の道理のようだ。

 今回、15年振りに復活した日本テレビ系列のドラマ「ハケンの品格」。篠原涼子が扮する「大前春子」は時給3,000円の特Aランクのスーパーハケン。かつて大企業で正社員だった彼女が、会社側の勝手な都合でリストラに遭い、その結果、あらゆる資格を取得し、お時給の分は社員以上にしっかり働き、勤務時間終了の17時にはきっちりノー残業で退勤する。この奔放な彼女の身の振り方に憧れた派遣社員も多かったことだろう。その続編が、今年の新型コロナ騒ぎで、撮影が中断したため、その分過去の映像を流し、結果、新作も7話で打ち切られた。しかし、前回とほぼ同じキャスティングで、懐かしく拝見し、相変わらずのハチャメチャな大胆行動ながら、実は人情味に溢れる大前さんの活躍に目を細くしたのもまた事実だ。

 大前さんの活躍は棚上げし、今回はTBS系列で3年前に放送された連続ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のエンディングで流された出演者による「恋ダンス」を、どう見てもパクったとしか思えないダンス映像が「ハケンの品格」のオープニングでも流れた。

 するとそれに反応した日テレ系列の地方のテレビ局のアナウンサーたちが、こぞってそのダンスを真似た映像を動画サイトにアップし始めた。その踊りを撮影し、アップすることで何か局としてのコンセプトやリレーションの良さをアピールするのにうってつけのような印象を抱いた。

 ではそう考えた問題の動画をリンクしたい。題して「カオスな品格」だそうだ。

 1 福島中央テレビ 

 地元福島県で大人気の「菊竹桃香」アナが躍る。

 2 秋田放送

 秋田美人の名の通り「秋田」のテレビ局は美人が多い。

 3 福岡放送

 4 TeNY(新潟)

 松本亜美アナウンサーがこれほど体が利くとは思わなかった。福島中央テレビの「ゴジてれChu!」の中で、新潟とコラボで「お国自慢」の
コーナーで時々お見受けしていた。清楚でおしとやかなイメージとは裏腹に、意外にもアクティブなのでびっくりした。

 5 高知放送

 6 テレビ岩手

 テレビ局だけに、どこも凝った作りになっている。それぞれの局の特徴が垣間見れる。

 7 ミヤギテレビ・OHバンデス

 ここから先は動画サイトのURLを載せます。もちろん、クリックすれば「YouTube」で動画をご覧になれます。

 8 静岡第一テレビ https://www.youtube.com/watch?v=B8XNQTxC3uA

   9 日本海テレビ https://www.youtube.com/watch?v=p75mxjwiRQE

10 青森放送  https://www.youtube.com/watch?v=q5IpYNIFGsc

 

 ここまで来ると、同じ動画をアップしないと系列外しの憂き目に遭いそうの勢いだ。

 それにしても地方局であっても女子アナはやはり綺麗な人が多い。容姿端麗、才色兼備が女子アナの代名詞のように、知性も感じるし、このような芸当も恥ずかしがらずにやりきる度胸もある。

 今回挙げた動画映像は氷山の一角で、もともと全国各地のローカル局は「NTV系列」が最も多くなっている。それぞれが工夫を凝らした動画で競い合っている感じがする。「我こそはダンス日本一」と言わんばかりの出来栄えだ。やはり、局の女子アナと言ってもそこはやはり「イマどき」の女の子。小学生の時にはダンスが必修だった世代。体が利いて踊れる女子アナが多くなったと感心してしまう。いろいろなテレビ局の動画があるが、リレーションをアピールするにはこうした社員を挙げての動画が説得力があるように思える。

2020年6月24日 (水)

FTV「サタふく」はB型&O型で作る番組?

 毎週、欠かさず録画してまで見ている番組がある。それは毎週末の土曜日のお昼からFTVで2時間放送している「サタふく」。実は昭和59年から36年間も続く長寿番組だ。前身は「サタデーふくしま」で、地元密着の話題や役立つ情報をリアルタイムで伝え、視聴者からの話題も取り上げてくれるので、県内では数少ないローカルの人気番組だ。

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 その「サタふく」だが、面白いことに、歴代の出演者の血液型を検証すると、B型が6割でO型3割、日本人で最も多いA型はたったの1割という結果が得られた。私は、個人的に沖縄県出身の我如古莉乃アナウンサーは、てっきりO型だと思っていたら、6月18日(木)のFTVテレポートプラスの中で、自らB型だとカミングアウトした。

 では主だった歴代出演者の血液型を列挙したい。

 現在の出演者

 野村浩二・・・O型(江戸むらさきメンバー)
 我如古莉乃・・B型(沖縄県出身 元NHK)
 伊藤亮太・・・B型(山形県出身)
 浜中順子・・・B型(浜ちゃんぽ)
 白鳥久美子・・B型(月イチゲスト) 
 植木安里紗・・B型(月イチフェスタ中継)
 アイドル鳥越・O型(MCの野村と同じ事務所で過去2回出演)

 現在の出演者はB型5人、O型2人だ。他にも「福てれチョイス」の出演者(笠原咲紀さん・小林愛さん・遠藤栞さんなど)はいるが、VTR出演のためにこの記事では割愛させて頂きたい。アナウンス部長の浜中アナがB型だからなのか、なぜかB型主流の番組にはA型は入り込めないようだ。FTVでA型は、天然っぽいが、実は慶應義塾大学法学部卒で、足も速い八重樫葵アナがいるが、この番組には縁遠い。

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 次にここ5~6年の「サタふく」番組MC陣を検証したい。

 名和田知加・・・B型(現在フリー)
 藺草 英己・・・B型(現在は社内のコンプライアンス担当)
 延増 惇   ・・・B型(現在はテレビ朝日記者)
 岸野 文絵・・・B型(退社)
 神谷美寿々・・・O型(退社 茨城県在住)
   福盛田 遥・・・O型(現在ミヤギテレビアナウンサー)

 と、やはりB型とO型で占められており、A型もいることはいるが、鈴木康一郎(現在・中京テレビ)と長澤彩子(現在フリー)の2人しかいない。松永安奈アナ(A型)と小田島愛アナ(O型)は代役で1回MCを務めただけなのでカウントしない。

 なぜ、FTVはB型とO型が主流なのか?それはネットしている系列のキー局がフジテレビという特性がある。昔からこの放送局はアットホームでバラエティや月9などのドラマに力を注いできた。A型は真面目だが、オーソドックスで型にはまりやすく、どちらかと言えばニュース報道向き。アドリブが者を言う「バラエティ」には向かない。O型はオールマイティなのでニュースにもバラエティにも多用できる。
 FTVで血液型が判明している他のアナウンサーは、報道局の部長に昇格した坂井有生アナがO型、出戻りで広島から帰って来た豊嶋啓亮アナはB型、いつも元気印でスポーツ大好きの姉御肌・長谷川朋加アナはO型、日野佑希人アナはO型、気象予報士の斎藤泰紀氏はO型。中央大学法学部卒のエリート、菅家ひかるアナ、元ミス福島大学で郡山から「Catch!」で情報を伝える幡谷明里アナ、現在産休育休中の寺本緒麻里アナ、浜っ子でイケメンの矢崎佑太郎アナは不明。やっぱりA型は少ない。

 そして、なぜ土曜お昼の「サタふく」が毎回、B型とO型がこぞって起用されるのかは、ひとつはFTV自体がB型主流の人事を行っていることも一理あるが、B型はもともと、台本通りの決まったスタイルを嫌い、アドリブ先行で、自由奔放、バラエティ向き。だからニュースではなく、情報バラエティの「サタふく」MCに起用されたのだと思う。
 冒頭で記した通り、この番組は中継での思いがけないハプニング有り、「藺草英己の自転車でGO!」などは行き当たりばったりの珍道中が視聴者の笑いを誘った名物コーナーだった。明るく元気いっぱいだった名和田アナとの掛け合いは最高だった。
 また、「自転車でGO!」に毎回同行していた影の声のディレクター(現在はプロデューサー)も、時々タイガーマスクのマスクをかぶり登場したが、彼の方針も真面目一方を嫌うB型寄りの印象がある。

 ネアカで楽天的、前向き、そして自分自身が一番好きで裏表や屈託のない性格が「サタふく」には必須なのだと思う。B型は好奇心旺盛で、凝り性なのでいろいろなことに飛びつく。アンテナや情報量も豊富で、何より発想や言葉選びが卓越している。つまり話が面白いし、リアクションもユニーク。明石家さんまのように、話し上手で話題に事欠かず、どんなコメントもウケる。そういう面が「サタふく」MCとしては最適なのだと判断できる。

 ここで蛇足だが、私はB型同士は運命共同体なので、もしかすると伊藤亮太アナは我如古莉乃アナと、あるいは中継を一緒にやっている縁で植木安里紗さんと結婚まで行くのではないかと勝手に予想している。伊藤アナとおふたりの息はぴったりで、まだ恋愛感情はないかもしれないが、何かのきっかけでタイミングよくゴールインすることもあるかもしれないと踏んでいる。

  私は旧ブログで、テレビ番組、特にバラエティ番組の出演者は、同じ血液型同士で群れるという趣旨の記事を書いたが、まさにその通りではないか。「めざましテレビ」のようにO型がMC(三宅アナ)を務める番組はO型で固める傾向があるし、「ミヤネ屋」やこの「サタふく」もB型で固めている印象がある。浜中アナウンス部長を頂点にダブルMCに伊藤・我如古のB型ペアを組み、芸人の野村さんを緩衝材として据えることで話術が冴え、活性化する構図が見て取れる。それにB型は個性や我が強く、人をイジる傾向があるので、同じ血液型で揃えた方がそのほうが進行もやりやすいのかもしれない。

 最後に、ひとつ気になっているが、もしかして番組制作者は私のブログを参考にしているのではないかと思える節がある。私がブログで取り上げた場所を、間を置かずにそこが取り上げられて、被って放送されることが何度かあった。それならそれで有り難い。

2020年6月21日 (日)

「西部警察全国縦断ロケ(福島編)」回顧

 昭和の時代に、テレビ業界で隆盛を極めたもののひとつに刑事ドラマがある。
 初期は「七人の刑事」に始まり、「刑事くん」「太陽にほえろ」「鉄道公安官」「大空港」「特捜最前線」「非情のライセンス」「夜明けの刑事」「明日の刑事」「噂の刑事トミーとマツ」「裸の街」「大都会シリーズ」「Gメン'75」「キイハンター」「刑事犬カール」「熱中時代 刑事編」など、数多くの刑事ドラマが制作されて放映され、視聴者の人気を得た。
 そんな中で、私が決して忘れられない刑事ものがテレビ朝日系列で放送された「西部警察」であった。

 石原プロモーションとテレビ朝日が共同制作したこの刑事ドラマは、ド派手なカーチェイスや片輪走行、衝突や車が爆発するようなカースタント、拳銃をあちこちでぶっ放す危険極まりないアクション、それに車、建屋、時には巨大煙突や観光船までも爆破する演出で視聴者の度肝を抜いた。
 そして石原プロ所属の男っ気がむんむんする豪華俳優陣がこぞって出演したことで知られる。

 今は亡き小暮課長役の石原裕次郎を筆頭に、大門軍団の団長に渡哲也、舘ひろし、藤岡重慶、小林昭二、御木裕、シリーズによっては寺尾聰、峰竜太、苅谷俊介、五代高之、加納竜、柴俊夫、古手川祐子といったキャストが名を連ねていた。こちらは「太陽にほえろ」と出演者がリンクしていた。

 テレビシリーズ 『西部警察』(1979年10月14日 - 1982年4月18日、PART-I)
 テレビシリーズ 『西部警察 PART-II』(1982年5月30日 - 1983年3月20日)
 テレビシリーズ 『西部警察 PART-III』(1983年4月3日 - 1984年10月22日)
 テレビスペシャル『西部警察 SPECIAL』(2004年10月31日)

 1979年から1984年までの約5年間の制作数は実に238話にも上った。平均視聴率が14.5%というお化け番組だった。

 そんな中、我が福島県でもロケに使われたことがあった。「全国縦断ロケ」の一連で、厳冬期の福島県を舞台に長期ロケを敢行した。

 木暮課長役を演じる石原裕次郎が、解離性大動脈瘤による長期にわたる闘病生活から復帰できたことを記念すると共に、闘病中自分を応援してくれた全国のファンに対するお礼と、自分の元気な姿を少しでも多くの人に見てもらいたいという意味を込めてPART-II〜PART-IIIと股にかけて行われた、テレビドラマとしては異例の大規模な地方ロケである。その第5弾が福島で、タイトルは以下の通り。

 PART-III  第9話(1983年6月12日)「白銀に消えた超合金X ! - 福島・前篇 -」(視聴率17.8 %)
 PART-III 第10話(1983年6月19日)「雪の会津山岳決戦 ! - 福島・後篇 -」(視聴率14.0 %)

 ストーリー概略

 前後編で一つのストーリーが展開。夢の超合金「メルカロイX」と開発者の教授を、海外の死の商人に売り渡そうとする組織と大門軍団とのバトル。

 ロケ日程:1983年3月12日 - 3月22日

 何か昭和の頃に放映された「大映テレビ」制作のいかつい印象を受けるが、毎回現実離れしたカースタントアクションや爆破シーン、街中であっても派手な銃撃戦などがウリだった。何台のパトカーや犯人が乗った逃走車両を横転させて破壊させたかわからない。

 私の記憶を辿ると・・・
 
 1 郡山警察署の南側の玄関先

 郡山警察署が「郡山中央警察署」という名称で使われ、最後のエンディングシーンが撮影された。事件を解決した小暮課長と大門刑事(団長)が煙草をふかしながら玄関から出てくるシーンだった。この頃は、「心臓の動脈瘤」の大病から奇跡の生還を果たした裕次郎も元気な姿をファンに見せていた。

Koriyama-police

 2 福島放送の会議室

 開局間もない「福島放送」(KFB)の会議室の一室を郡山中央警察署の捜査本部に見立てて撮影された。福島県警のポスターが不自然に綺麗な壁に無造作に貼られてあったのが違和感があった。例のごとく、各刑事が捜査状況の報告をするために小暮課長がいる対策本部に入って来るシーンなどが撮影された。 

Kfb

 3 建設中の日中ダム
 
 クライマックスで、敵のアジトを大量の火薬を用いて爆破する豪快なシーンが撮影された。残雪の日中ダムの建設現場に巨大な敵のアジトの住居を建設し、リハーサルおよびNGなしの1回勝負のシーンだった。カメラ4台同時撮影とヘリコプターを飛ばしてアクティブマルチアングルで撮影されたようだ。
 
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 4 その他 撮影に協力した企業や実際に画面に登場した会社等

 三万石不二屋、福島県会津農林事務所、あいづダストセンター、羽鳥サバイバルランド、ホテルリステル猪苗代、福島観光自動車、日中ダム(大成建設・鹿島建設共同企業体)、日産自動車福島販売
  

 5 破壊された主な建造物・乗り物

 犯人のアジト1棟(爆破:建設費3000万円。日中ダム建設現場に建設  福島観光自動車 日野製観光バス

  
 我が県初の大規模な長期ロケということで、注目度は凄まじかったし、県民がこぞってこのロケに協力的だったことを記憶している。特に想い出深いのは、我が福島県内で、人気ドラマの撮影が行われるというので、県民の歓迎ぶりはすさまじかった。郡山駅に降り立った石原軍団をひと目見ようと、わんさか駅前にファンが集まり、ごった返した記憶がある。

 このロケが行われた当時、私は高校生だったので、ロケ地を車で回ることなどできなかった。もっぱら「福島放送」の夕方の番組内で流される今日のロケ情報などを確認していた。そして実際の取材映像も流され、今日はどこでどんな撮影が行われたのかも放送されたほどだ。

 あのロケから早いもので37年も経ってしまった。若い方はもちろん知らないし、この出来事を覚えているのも同世代か先輩諸氏の年齢層の方くらいになってしまった。西部警察に出演した俳優さんも順次、鬼籍に入られている。石原裕次郎、小林昭二、藤岡重慶、高城淳一、武藤章生、庄司永建、井上昭文などの名優が亡くなられた。

 レギュラー放送時、若手の代表だった舘ひろしさんでも70代になったことを考えれば、やはり時間の速さを実感してしまう。

 最後に、当時出演された俳優さんが、2020年6月現在、亡くなられた方を除いて何歳になられているかを掲載して結びとしたい。

 渡 哲也 78歳  舘ひろし 70歳
 寺尾 聰 73歳  苅谷俊介 73歳
 五代高之 63歳  加納 竜 64歳
 御木 裕 60歳  峰 竜太 68歳
 佐原健二 88歳  三浦友和 68歳
 柴俊夫  73歳  石原良純 58歳
 古手川祐子60歳

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2020年5月30日 (土)

オールドリスナー必聴!「ラジオ福島」回顧録

  「JOWR」と聞いただけでそれが何を意味するかわかる人は、よっぽどのラジオ通だろう。さらに言えば「周波数」1458KHz、1098KHzと聞いただけでピンと来た人も同様だ。

 「JOWR」はテレビやラジオ、無線局などにつけられる符号で、通称「コールサイン」と呼ばれる。「JOWR」はここ福島県に1953年に開局し、67年もの歴史を誇る「ラジオ福島」のものだ。当時は、全国で30番目に開局した県内初の民放ラジオ局だった。
 さらに中波(AM)の周波数1458KHzとは福島局のもので、郡山局は1098KHzである。郡山でも1458KHzにチューニングしても聞こえるが、かなり混信し雑音で聴き取りづらい。よって電気通信局(当時は電波管理局)がこのように割り当てたのだ。しかし、この周波数も1978年までは違っていて、現在のようにコマ切れにはなっていなかった。福島は1460KHz、郡山は1100KHzだった。私がよく聴いていた「ニッポン放送」は1240KHzだったが、1242KHzに変わってしまった。

 その地にも地元密着の情報満載で提供している放送局の「ラジオ福島」は、今では受信機さえあれば「ワイドFM」でクリア―なサウンドで視聴を楽しむことができる。そこまで進化している。
 「東日本大震災時の生放送中」のスタジオでは、深野健司アナの冷静な呼びかけと的確な情報提供に、助けられた方も数多くいると思うし、私などは、入浴中のナイター中継(RFCエキサイティングナイター)など、中高生時代の必須アイテムだったし、特に大学受験では深夜放送を流しながら励むなど、「受験の友」だった。
 その時に聴いていたのは「ビートたけしのオールナイトニッポン」(木曜深夜)、「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」(土曜深夜)、「いすゞ歌うヘッドライト」(石渡のり子)(金曜午前3時)のファンだった。特に「歌うヘッドライト」はエンディングの「夜明けの仲間たち」を聴きながら朝を迎えていた。

 オープニングはコチラ

 エンディング「夜明けの仲間たち」

 1980年までは、我が福島県は「青少年育成」のための規律が厳しく、テレビやラジオは深夜の時間帯は放送していなかった。子どもに良くない情報は極力回避していたため、深夜放送はもっぱら東京のキー局に周波数を合わせて聴いていたが、混信がひどくてなかなか聞き取れない代物だったが、1980年代に入り、県民の要望からようやく「ラジオ福島」でもネットを開始し、受信が可能になった。

 また早朝は、タイマーで録音した「旺文社大学受験ラジオ講座」(通称:ラ講)で追い込みをかけていた。あの開始のBGMもずっと耳に残っている。そのおかげで、私は大学受験に合格できたと思っている。
 ついでに言うと、「日本短波放送」(現在ラジオNIKKEI)のアイドル女子アナだった「大橋照子」さんに憧れた時期もあった。慶應義塾大学卒の才女に加え、あの可愛らしい声と喋りに癒されていた。だから私も彼女を追って同大に進学したのだ。当時のラジオDJやMCは、あまり顔を露出する方は少なかったが、大場久美子に似たアイドル顔の彼女の風貌は、瞬く間に人気に火が付き、マイナーだった短波放送の存在を世に知らしめた第一人者だった。

 「ヤロメロ」の大橋照子さんの涙の結婚宣言はコチラ
 
 さて、ついついラジオへの思い入れの強さから、本題である「ラジオ福島」の話題は後回しになってしまった。
 今日は何を中心に記事を書きたいかというと、今では放送終了してしまった自主制作番組を振り返り、懐かしみたいという趣旨だ。ではどうぞ!

 1 「夜をぶっとばせリクエストで45分!」

 平日の夜中、午前0時15分から1時までの放送で、日替わりで「ラジオ福島」の局アナがMCを担当し、リスナーからのはがきを読んだり、リクエストに応えて音楽をかけるといった内容だった。番組形式はリスナーリクエストによる音楽番組である。番組開始当初は曜日毎にリクエストジャンルが決められていた(月曜 ポピュラー、火曜 歌謡曲、水曜 映画音楽、木曜 懐メロ、金曜 詩と音楽、土曜 プレゼントリクエスト)がその後自由にリクエストできるようになった。
 担当は月曜日が荒川守アナだった。ほかにも荒瀬英俊アナ、菅原俊二アナ、村田稔アナ、鈴木紀男アナなども担当したが、私は何と言っても金曜日担当の「かぐや姫」こと「竹野美智子」アナが大好きだった。それは私が中学3年生の時で、高校受験の合間に聴いていた、いわば「心の支え」だった。
 しかし、残念なのは、1979年の4月から1980年の3月までという僅か1年しか担当しなかったことだ。なのに、県内の中高生のハートをがっちりつかみ、人気が高かった。可愛らしい声と話し方は一度聞けばラジオの前に釘付けになるほどで、特に、リクエスト募集のジングルが笑えるものだった。

 歌舞伎のような囃子に乗って、かぐや姫が「ずずっ~と近くへ 遠慮はいりませぬ よろしいですか では参ります 紙と筆をお持ちくださいませ リクエストの宛先を申し上げまする」と色っぽくアナウンスするが、その最中に歌舞伎役者の掛け声で「よぉ~」とか「はっ!」とか割り込む。これが傑作で夜中なのに大爆笑させられたものだ。あれから40年が経ったなんて信じられない。

 彼女の最後の放送音源が「県外の方が録音したようで、かなり雑音が入っているが残っている。それを聴いてほしい。

 Part2の続きはコチラ

 実は私も全く同じ放送(かぐや姫の最終回)を録音していた。かなり音質はクリアで、放送終了後、何回も繰り返し聞いたものだが、そのカセットテープは今はどこに行ったかわからない。たぶん、母親ががらくたと思って処分したに違いない。母親というのは子どもが大事にしていたものでも、勝手に捨てる性分のようで、それで何度も親子関係が悪くなったものだ。

 この「夜をぶっとばせ」は1984年8月の番組終了まで12年2か月続いた。後継番組の「ミュージックストリート夜はこれから」は振るわず、僅か1年8か月で終了となった。

 2 「ルーテルアワー・カプセルメイト」

 平日の深夜0時から放送していた。野田町にあるカトリック系の教会の牧師を中心にキリスト教の聖書に基づく教えを説いていた。私はキリスト教徒ではないが、その時間だけは毎回、神聖な気持ちにさせられたものだ。1970年代は、あまり宗教に凝る人など少なく、どちらかというと異質に思われた時代だった。そんな中、布教活動を行い、長く続いた長寿番組だった。ナレーションは「青木淳」さんが担当していた。口調もゆったりし、一言一句が丁寧で、さすが神に仕えし人物だと感心したものだ。
 
 最終回の音源は→コチラ (ログインが必要です)

 
 3 「たむたむたいむ」

 これは「ニッポン放送」で放送していた「かぜ耕士」の番組ではなかったように思っている。確か、地元の高校の放送部(女子高生)や大学生っぽい人が番組MCを担当していた10分間番組だった。最近の流行や関心がある話題をチョイスし、雑感めいたことを気ままにしゃべっていた。
 私の記憶では23時10分から放送していたと思うのだが、「weblio」によると、1975年当時、ラジオ福島では22:25から20分間の放送だったようだ。

 こんな番組だったと思う→コチラ

 4 「魅惑のニューディスク」

 1970年代の後半から1980年代頃まで、平日の「夜をぶっとばせ」の後、午前1時から放送していた音楽番組。現在もフリーアナウンサーとして活動され、NHK-FMで「歌謡スクランブル」のパーソナリティーを担当している「深沢彩子」アナウンサーが担当していた。落ち着いた大人っぽい妖艶な口調で、深夜には打ってつけの人材だった。
 彼女は早稲田大学教育学部を卒業され、佛教大学の大学院で修士課程を修了されるなど、学問に長けており、大学で教鞭を執られていた経歴を持つ。

 5 「福島のむかし話」

 1979年10月に放送を開始したラジオ福島のラジオ番組。現在は「ORANGE TIME」に内包されている。2012年5月24日に放送1万回を迎えた看板番組。こちらは番組名こそ「おばあちゃんのむかし話」と変わったが、昭和の頃から長く続く、福島県に纏わる民話」を福島弁丸出しで独特な語り口調の語り部である「森和美」さんが担当している。オープンニングのBGMがまた郷愁を誘う曲調。ほっこりするような、どこか懐かしくて田舎のお袋を思い出させてくれる。

 6 「RFCエキサイティングナイター」

 私が小学生の頃から聴いていた「プロ野球」の巨人戦のナイターを中継していた。時間帯は18時頃から21時頃まで。試合時間の延長によって21時半頃までは放送を延ばしていた。特に入浴中に古いラジオで聴いていた。
 景気のいいオープニングは今でも鮮明に記憶にあるし、私が覚えているのは二死満塁の絶体絶命のピンチの場面で、巨人の関本四十四投手が三振に斬ってピンチを脱した場面だった。緊迫した中で湯船につかりながら聴いていて、胸をなでおろした記憶がある。
 この中継中に私が好きなCMがあった。たぶん県内の自動車学校の宣伝で、それに使われてた歌が心地よかった。最後に「♪遠く~と・お・く~♬」と歌い上げる歌詞だった。今でも何のCMだったかわからない。可能性としては「郡山自動車学校」か「富久山自動車学校」かなと思うが、自信はない。

 ほかにも名物だった番組で懐かしいものは数多ある。

 ・「おはようカーですコロナです」・・・時代を感じる。コロナは廃盤になったが、ミドルカーとしてTOYOTAの主力だった。
 ・「コルニエツタヤでこんにちは」街角からの中継だったり、収録を行っていた。
 ・「土曜deゴンザレス」内容は覚えていないが、こういう名前の番組があったことは覚えている。
 ・「おはようチエちゃん」私が20代の頃、いわき市に勤務していた際、植田にあった「スナック麗」によく行ったが、そこの元気溢れるマ マ。私が郡山に引っ越した後、私の結婚式に「祝電」を打ってくれたほど、優しい人だった。まさかその後、ラジオに大抜擢されるとは・・・。「鏡田辰也」アナとのコンビで平日の昼下がり、「ハッピーチエちゃん」というコーナーもあった。 
 ・「さわやかマイタウン」
 ・「レインボーカラオケ歌合戦(エンドーチェーン提供)」まだ福島のまちなか広場に「エンドーチェーン」があった頃に、このデパートを提供とした番組で、中継を結んでいろんなイベントをやっていた。

 最近では、夕方に放送していた「ラジオいっぷく堂」や手塚伸一の「夕焼け番長!」などは車で帰宅する際によく聴いていた。
 

 6 その他 
 
 自主制作番組ではないが、「ラジオ福島」でネットしていた番組で印象に残っているのは以下の番組だ。

 ① 「日立ミュージック・インハイフォニック」(平日夜10時)
 ② 「田原俊彦の恋の気分はShe says do!(資生堂)」(平日夜11時)→その後「ひかる一平」が担当
 ③ 「岩橋修平のなんとか旅」タイトルは詳しく覚えていないが、平日の夜11時20頃から10分程度の放送だった。「たむたむたいむ」に続いて放送していた。

 ところで、旧ブログ、当ブログで何度か取り上げたが、私が中学時代には空前のBCLブームが起こり、それに伴い受信報告書を送ると各放送局特製のオリジナルデザインの「ベリカード」を貰う趣味が一世を風靡した。短波放送対応のオールバンドラジオも売れに売れた。テレビと同じくらい若者は深夜放送を中心にラジオを聴いたものだ。せっかく苦心して、金と労力を使って集めた100枚以上の「ベリカード」も、知らないうちに母親に処分されていた。

 私もBCLにハマった一人だが、かつて「ラジオライフ」とか「アクションバンド」なる書物を読み漁って、全国各地、あるいは短波放送で世界各国のラジオ放送を聴いてはベリカードを集めたり、アマチュア無線の免許を取得し、ハンディタイプの無線機を改造し、消防無線や航空無線の交信を傍受したりしていた。学生時代に東京に住んでいた頃は、私の友人などはデジタル化される前の「警視庁」の無線を聞いていたようだ。特に、土曜日の夜はひっきりなしに110番通報が入り、通信指令室が入電後に各所轄へ出動要請する内容を聞いて、東京のどこでどんな犯罪が発生したか「一聴瞭然」だった。現在はもう暗号化され、聴くことは出来なくなっている。 
 そんな時代にあって、「ラジオ福島」は私にとって心のよりどころになった時期が確かにあったのだ。今でも長く続く名物番組も多く存在して、何やら嬉しくなる。
 続いて、ラジオ福島の昭和時代から続く名物番組を紹介したい。

 「昼の希望音楽会」(月~金の午前11時)
 「グリーンメロディ―」(月~金の正午)
 「歌のない歌謡曲」(月~金)現在は「レディ・オン」の中のコーナーのひとつとして放送中
 「農家の皆さんへ」(月~金の午前5時15分)
 「お母さん教室」(月~金の午前9時40分)
 「おばあちゃんのむかし話」(月~金の午後6時20分)
 
 これらは相当年数が経過した長寿番組で、今も生き残っているし、それらのBGMもしっかり耳に残っている。そして今でも「交通情報」や「天気予報」、「地元のニュース」などを中心に聞いている。何かと有用な情報をリスナーにもたらしてくれる日常のライフパートナーなのだ。

 ではここで少し残念な話題に触れなければならない。もしかすると、局の関係者はあまり触れて欲しくないかもしれないが、「ラジオ福島」に関する記事を執筆する時には絶対に欠かせない話だ。決して興味本位で記すものではないことをお断りしておきます。

 もう知る人も少なくなったと思うが、6月6日と言えば、かつて「ラジオ福島」の新進気鋭の女性アナウンサーが在職中に殺害されるという痛ましい事件が起きた日だ。私は26年経った今でもその事件を知らせるニュース映像を覚えているし、脳裏に焼き付いて離れない。

 それは忘れもしない平成6年6月6日という、不吉な数字である「6並び」の日に悲劇が起きた。その前年の4月に入社したばかりの新人アナウンサーだった「廣瀬真弓」さんが、大学時代からの先輩で、交際相手だった「奈良テレビ」の25歳の報道記者Nに包丁で刺され殺害されたことを伝える一報だった。死因は急所など十数箇所を刺されたことによる出血多量での失血死。

 その記者は別れ話のもつれから復縁を迫るため、前日の5日から休暇をとり、わざわざ奈良県から福島市まで車でやって来た。しかも犯行に及んだ場所は、職場である下荒川8番地の「ラジオ福島」が、本社の南向いに社員の女子寮として借り上げていたアパートだった。その2階にある自室にて彼女は凶行に倒れた。今でもそのアパート自体は残っている。おしゃれな名前の4世帯が入居できるアパートが2棟並んでいるが、西側の建物だ。そして殺害現場となったのはその建物の2階の東側の部屋。

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 事件が起きたのが平成6年6月6日(月)。映画「オーメン」に登場する悪魔の子「ダミアン」が頭に「666」のアザがあったことで、これが不吉を表す凶数として忌み嫌われるようになった。それを奈良テレビのN記者が狙ったかどうかは不明だが、偶然とはいえ、このような事件が実際に起きたことで私は言い知れぬ恐怖心を抱いた。

 当時の事件を伝える地元新聞の記事 (*画像クリックで大きくなりますが、閲覧は自己責任でお願いします。)

福島民友新聞(平成6年6月6日の夕刊)

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福島民友新聞(平成6年6月7日の朝刊)

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福島民報新聞(平成6年6月7日の朝刊)

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 彼女自身は、亡くなった日の6月6日から3日間、休暇をとり、郷里の埼玉に帰省する予定だった。その前日、かつての交際相手(元カレ)が突然に目の前に現れるとは想像していなかっただろうし、埼玉県出身だった彼女が赴任先の地でまさか命を奪われるとは考えもしなかった筈だ。予想だにしない事件によって、そこで命を落としたわけだが、凶器となった文化包丁で全身十箇所以上も刺された後、死ぬ間際に、彼女は恐怖と共に薄れゆく記憶の中で、一体何を思ったことだろう。この世に未練はあっただろうし、その後もいろいろな人生経験をするはずだったに違いない。わけがわからないまま死んで行ったのかもしれない。その記者自身も除光液(ベンジン)を飲み、お湯の張った浴室で左手首を切って自殺を図ったが死に切れず、意識朦朧の状態で搬送され重体となった。警察の調べでは、どうやら別れ話のもつれによる記者の一方的な無理心中とのことだが、その後、その記者は怪我の回復を待って殺人容疑で逮捕された。

 ラジオのアナウンサーだったこともあり、私自身は彼女の顔までは存じ上げなかったが、廣瀬真弓アナは、その2か月ほど前、ラジオ福島の午後ワイド「RFCワイド午後1番」の「いってみっカー中継」に出演したのだった。確か開成山公園から桜の花見の様子をリポートしたり、新人離れした度胸の良さで、自分を「歌姫」と称し、カラオケを3曲歌うなど、これから活躍が嘱望されていた。しかも、無事に社内研修を終え、6月から「あぶくま洞を訪ねて」、「週間ラジオライブラリー」などのレギュラーを担当し始めたばかりだった。地方のラジオ局アナウンサーが23歳という若さで命を絶たれたことは世間に衝撃を与えた。

 同局の大和田新アナウンサーの「Facebook」に掲載されていた彼女の写真を引用させていただきます。

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 その記事と当時の新聞記事によれば、亡くなった彼女の第一発見者は、ほかでもない大和田新アナウンサーご自身だったということだ。彼女の下の部屋に住んでいた同僚が、「助けて!」という叫び声を聞いて、大和田アナを呼び、マスターキーを使って室内に入った時には、彼女はパジャマ姿のまま、すでに亡くなっていたという。冷たくなって変わり果てた彼女を見つけた時のショックは想像を絶するし、大和田アナは、廣瀬アナの入社当時のアナウンス部長だったことで、彼女を守れなかったことを死後20年経っても悔やまれている。そして彼女の命日には合掌を欠かしたことはないそうだ。

 大和田新アナの「Facebook」はコチラ 

 写真を見ても当時、流行っていたであろう「ソバージュ」がよく似合うべっぴんさんだったことがわかる。

 同僚であり、先輩アナウンサーだった「大和田新」アナウンサーは、ここまでの事件のあらましなどは心情的に書けないと思うので、「ラジオ福島」のファンで、足掛け45年の長きに渡って放送を聴いて、同局への思い入れと想い出がたくさんある私が代筆させていただきました。

  あれから26年。まもなく今年も彼女の命日となった6月6日が訪れる。たぶん局内では追悼のために黙とうや何らかの供養は行うであろうが、このようなことは二度と起こってはならないし、風化させてはならないと考え、あえてここで取り上げました。

 謹んで彼女のご冥福をお祈りしたいと思います。

  なお、余談になるが、あと4年後に、令和6年6月6日と6並びの日が再びやって来るが、奇しくも彼女が天国に旅立って、ちょうど30年という節目にあたることになる。「ラジオ福島」のリスナーの方なら、彼女が確かに「ラジオ福島」のアナウンサーとして活躍していた時期があったことをどうか心に留めておいてほしい。彼女のアナウンサーとしての生き様は福島県民にしか知り得ないし、語れないからだ。ずっと忘れないでいること、それが彼女の一番の供養になると思うからだ。

 話を変えるが、「ラジオ福島」に関する個人的なことでは、中学生の頃、郡山市民会館(麓山)で行われたRFCの公開録音のイベントに友達と行って、景品が当たるくじ引きがあって、たまたま私の番号がアナウンスされて、ステージ下まで景品を引き換えに行ったことがあった。その時のアナウンサーの名前はわからないが、男性アナウンサーが、私の服装(Tシャツに野球帽)を克明に伝えていた。客は100人もいなかったが、恥ずかしい感情しかなかった。貰ったのはたぶんマグカップか何かだったと思う。そんな出来事もあったことをふと思い出した。 


 さて、今日は「ラジオ福島」の懐かしい番組を自分なりの感慨を込めてお送りしました。私とラジオの関わりや結びつきはことのほか強いことを今更ながら実感した次第だ。ここ郡山には、その後、「ふくしまFM」が開局したり、「ココラジ」なるコミュニティFMも開局して、リスナーの選択の幅が広がったが、私は常に車のラジオは「ラジオ福島」にロックオンしてある。自宅ではCDラジカセを持っていないので、聴かなくなったが、時々スマホの「radiko」で聴いている番組があるし、「どがらじ」で録音している番組がある。特に15分程度だが、朝夕の車での通勤には欠かせない。
 もう半世紀近くも慣れ親しんだ放送局で、番組のコンセプトなども熟知している私にとって、安心して視聴できる唯一のラジオ局だ。これからも県民に寄り添う放送局であってほしいと願い、結びとしたい。

  RFCラジオ福島の「菅原美智子」アナによる「クロージングアナウンス

2020年5月21日 (木)

福島県の女子アナ事情(FCTの長江アナ・菊竹アナの場合)

 私は暇さえあれば「YouTube」などの映像を観て過ごしているが、いろいろな動画を探っていると、思いがけないものに巡り合ったりする。今日は、偶然出会ったビックリ映像からお送りしたい。

 1 福島中央テレビの長江麻美アナが「テレ朝」でニュースを伝えていた!

 日本テレビ系列の福島中央テレビ(FCT)。その女子アナの長江アナと言えば、現在、石井アナと共に元気いっぱいに「ゴジてれchu!」のMCを務めているが、どういうわけか過去に、日テレ系列ではない「テレ朝」の「ANNニュース」でキャスターをしていた!愛知県出身の彼女が、FCT入社前にANNのニュースを担当していたようだ。
 調べてみたら、学生時代に「テレ朝」のアナウンススクールに所属していた時に、BS朝日の「Access」というニュース番組で、学生キャスターを務めていた。大学卒業後、FCTに正式採用となったようだ。
 偶然にブログネタを探して「有名人の訃報」のニュースを調べていたら、6年前に俳優の菅原文太さんが亡くなったことをニューススタジオから生放送で伝えていた。アナウンサーはこのように、学生の頃から、そして他局でバリバリ経験を積んでいる方が多いのだ。

 例えば、私がお気に入りだった平川紗英アナは、学生時代から「ボイスワークス」に所属し、プロ野球ニュースなどを伝えていた。そしてNHK福島放送局で夕方の「はまなかあいづToday」のキャスターを2年間担当し、昨春、福島を離れ、現在は「テレビ埼玉」に契約アナとして「テレたまニュース」などを伝えている。
 また、FCTの畑山弥保アナとFTVの松永安奈アナ、我如古梨乃アナは、共に福島県に来る前は「NHK沖縄放送局」に勤めていた。また、去年の春まで「サタふく」MCだった福盛田悠アナは、現在、お隣りのミヤギテレビ(日本テレビ系列)でアナウンサーをしているし、またラジオ福島の美人女子アナだった「菅原咲子 」アナは、現在、出身地の秋田テレビで活躍されている。彼女はフジテレビの「鈴木唯」アナウンサーに似ている気がする。

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 実際は契約アナよりも正社員として入社したほうが断然給料が良いらしい。契約アナは派遣社員と同じで、出演本数あたりいくらみたいな歩合制で、ボーナスも安いらしい。正社員はその点、基本給が保証されていて、安定しているし、数年で契約切れとなることもない。だからFTVの坂井有生アナや浜中順子アナ、かつての看板アナだった原國雄アナ、高橋雄一アナ、藺草英己アナのように長く勤められるのだ。
 契約アナは最初から「〇年契約」と決まっていて、満期が来れば1年だったり、2年程度で退社となってしまう。そこに視聴者の意向はないようだ。
 私が好きだったTUFの梅田澪理アナ、FTVの名切万里菜アナも数年で福島を後にした。美人アナだった名切アナは、郷里のNHK長崎放送局でキャスターを務めた後に福島に来たが、2年間だけの在籍で、せっかく県民にも馴染んだ頃にいなくなってしまった。それは平川アナも同じだ。

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 ついでに先輩の小野紗由利アナからどっきりを仕掛けられる長江麻美アナの映像をどうぞ!

 ところで長江アナは色白なのだが、やっぱりO型だった。私は同じO型のフジテレビの三上真奈アナウンサーに似ているとずっと思っていた。彼女は日本酒が大好きで、相当強いことで知られている。体当たりロケや食レポも上手だが、一度、カブトムシの幼虫グミを食べさせられたことがあるが、その時はそうとう嫌がっていた。

 でも、最近は先輩アナウンサーである小野アナをあまりにもいじったり、いじめる発言に終始している。生放送中に内輪もめをしているようであまり観ていて感じ良いものではない。本人にはその気が無くても、小野アナは内心、結構グサッと来ていると思う。長江アナのようなO型の無神経さではA型の繊細な部分は感じ取れないのだろうと思うが。

 2 「人気爆発の菊竹桃香アナ」

 ところで、福島県の民放局「福島中央テレビ」には、入社2年目ながら人気者となっている女子アナがいる。小柄ながら超キュートで元気ハツラツの女子アナだ。ひと目見ただけで、可愛らしい彼女の魅力に吸い込まれること請け合いだ。夕方の「ゴジてれchu !」に隼レギュラーとして頻繁に登場するが、彼女が出演した日は、1年前に当ブログで新人アナとして紹介した時の記事にアクセスが殺到する。

 その記事はコチラ → 「FCTの新人アナ・菊竹桃香、畑山弥保

 菊・竹・桃が名前に使われ、一見、芸名のような印象を受けるが、実は本名だ。この菊竹アナは、バリバリの新卒で昨年、FCTに入社し、その可愛らしさから地元では人気が爆発している。夕方の自社制作の番組「ゴジてれchu!」でリポーターやグルメ情報などを伝えている。最近は「おウチ時間盛り上げ隊長」を務めた。

 では、直近の5月17日(日)の「ゴジてれSUN×SUN」に出演し、ニュースを伝えた時の模様を画像でどうぞ!

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 さらには1年目に「全国ラグビー応援サポーター」に就任した時の模様をどうぞ!

 彼女はおっとりしているように見えるが、実は早稲田大学卒のエリート。血液型はO型特有の小顔で色白。バイタリティーの塊で、常に先輩アナの長江アナと同様、元気いっぱいで愛嬌もたっぷりだ。お茶の間をほっこりさせてくれる太陽のような存在。
 今年24歳になる新進気鋭のアナウンサーだ。東京都足立区出身で、早稲田大学のミュージカルサークルで活動していたアクティブ少女でもある。私は、彼女はFCTの至宝だと考えているが、実は彼女は「契約アナ」なので、いつ契約が満了して福島県を去るかわからない身なのだ。ぜひ長く福島県にいて、お茶の間に癒しを与えてほしい。
 

 さて、タイトルからはかけ離れたが、福島県内には4つの民放放送局(FTV/FCT/KFB/TUF)があるが、特にFTVは契約アナが多く、入れ替わりが激しい。テレビ金沢から福島テレビに移籍して来た「小田島愛」アナも1年しか所属しなかった。
 その点、FCTは長く採用しているので、少しは安心だ。TUFは美人アナが多いことでも知られる。小野アナ、出口アナ、小湊アナ、柗井アナ、そして新入りの安部遼(はるか)アナなどいずれも美人揃い。TUFはかつての唐橋ユミアナ、山田幸美アナ、上條麻里奈アナ、梅田澪理アナ、東優花アナ、釜井美由紀アナなど美人を採用して来た局だった。顔で採用しているのかと思えるほどだ。
 しかし、福島県の民放放送局の9割方は県外出身者で占められている。地元の女子アナはTUFの小野美希アナ(会津若松市出身)、FCTの小野紗由利アナ(いわき市出身)、KFBの猪俣理恵アナ(会津若松市出身)、FTVの菅家ひかるアナ(喜多方市出身)と幡谷明里アナ(天栄村出身)くらいしかいない。

 縁があって福島県に赴任した方々にエールを送るとともに、できるだけ長く務め、福島の現状を伝え、そして「福島愛」を持って活躍して欲しいと願う。 

2020年5月16日 (土)

会津人の魂「白虎隊」

 今日は、私がこれまで生きてきた中で一番好きな時代劇をお送りしたい。

 今から30年ほど前まで、年末と言えば日本テレビ系列で放送していた「大型時代劇」があった。第一弾が1985年放送の4時間の大作「忠臣蔵」だったが、翌年に上映されたこの「白虎隊」はなんと、二夜連続で合計6時間の超大作であった。

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 主役の会津藩国家老の西郷頼母役に「里見浩太朗」を据え、長老の井上丘隅役に今は亡き「国民栄誉賞」俳優の森繁久彌が鎮座していた。キャストも超豪華で、残念ながら今では34年も前のドラマのためか、鬼籍に入られた名役者たちが多い。
 まずは、ダイジェスト版をどうぞ!

 あらすじ

 前編「京都動乱」文久2年(1862年)、会津藩主松平容保が西郷頼母の猛反対を押し切って京都守護職を拝命し、孝明帝から信頼を得て京都での活躍、「新選組」の結成、慶応4年(1868年)の鳥羽・伏見の戦いでの形勢逆転の大敗北。徳川幕府の裏切りによる会津帰国を経て、白虎隊の誕生までを描く。
 後編「落城の賦」慶応4年の戊辰戦争の中、恭順姿勢も空しく朝敵の汚名を背負い会津戦争へ突入。白虎隊切腹、娘子軍の戦死、藩士家族の集団自刃、そして鶴ヶ城開城。井上丘隅ら生き残った藩士は斗南藩へ移封(という名の一藩流罪)となり、新しい時代へと歩んでいく。

 この動画を見ただけでも気づいたと思うが、会津藩だけでなく、西軍(長州藩・薩摩藩・土佐藩など)役の俳優の多くが亡くなられている。まずはこの動画だけでも誰がいるか列挙したい。

 1 夏八木勲(新選組・近藤勇役)
 2 中川勝彦(新選組・沖田総司役)
 3 佐藤 慶(会津藩・田中土佐役)
 4 森繁久彌(会津藩・井上丘隅役)
 5 丹波哲郎(会津藩・神保内蔵助役)
 6 坂口良子(会津藩・野村ちか子役)
 7 田中好子(会津藩・山本八重子役)
 8 長門裕之(会津藩・篠田兵庫役)
 9 竹脇無我(会津藩・野村左兵衛役)

 いずれも日本の映画界、テレビ業界を長年支えて来た名優たちだ。

 動画以外で亡くなられた俳優

 高品格、中康治、加藤嘉、山岡久乃、南田洋子、有川博、奥村公延、大塚国夫、中原早苗、荒木しげる、杉山義法、松山英太郎、井上昭文、井沢一郎、石田信之

 さて、このドラマが放映されて、会津は多くの観光客で賑わった。それはこのドラマが涙、涙の感動シーンの連続だったからだ。ハイライトは「白虎隊士」の飯盛山での集団自刃シーンだが、それ以外にも会津藩士とその家族たちの苦悩が余すことなく描かれている。神保修理役の国広富之の切腹シーンや西郷一族の自決シーン、更には池上季実子が演じた神保雪子の覚悟の自決シーン、槍の名手、中野竹子の戦死シーンなどどれをとっても涙無くしては見られない。御国のために戦って立派に死ぬ。「ならぬものはならぬ」。「義に死するとも不義に生きず」。これぞ会津魂の本懐だ。


 何を隠そう、私の祖父・祖母は会津出身。私にも会津人の血が受け継がれている。このドラマはDVDを持っているし、VHS時代に録画したビデオを繰り返し何度も見て、その度に感動を覚えるし、亡き俳優たちの名演技に在りし日の横顔を偲ぶ。
 そして、堀内孝雄が歌った主題歌「愛しき日々」もまた泣かせる。私のカラオケの十八番しているが、このメロディーを耳にするたびに涙腺が緩む。
 この大型時代劇が放送されて以降、おそらく会津には100回以上訪れている。ロケ地や歴史上の人物のお墓参りも随分して歩いたが、魅力あふれる土地柄で、何度足を運んでも飽きることはない。新型コロナ騒ぎが収まったら、また訪れ、飯盛山で白虎隊を偲び線香を手向けたいと思う。
 
 現在、ご活躍中の里見浩太朗、西田敏行、竜雷太、中村雅俊、風間杜夫、多岐川裕美、野川由美子、上村香子、国広富之、池上季実子、露口茂、田中健、石橋正次、近藤正臣、あおい輝彦、勝野洋、赤座美代子ら名俳優にはこれからもお元気で数多くの作品にその名を残して欲しいと切に願う。

 「白虎隊」を取り上げたテレビドラマはほかにも2007年制作の山下智久主演の「白虎隊」、2013年の「白虎隊~敗れざる者たち~」、そして「NHK大河ドラマ」の「八重の桜」などいくつかあるが、私は34年経過した今でも、この年末大型時代劇が最高峰だと思っている。ぜひ皆さんもご覧いただき、亡き名優たちを懐かしんでほしいと思う。

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