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日記・コラム・つぶやき

2020年9月26日 (土)

私の東京学生時代の取るに足らない話

 私は198-年4月から東京の私立大学に進学し、憧れの東京生活を送った。世田谷区に住民票を移し、愛車の250CCバイクが「品川」ナンバーとなり、何か都会の一員になれた気がした。ひと目が気になる質のため、満員電車が嫌いで、通学にはもっぱらバイクを使っていた。日吉と三田にあるキャンパスにバイク通学していた。私の大学は「〇〇ボーイ」と呼ばれる金持ちのお坊ちゃまや、英語を流暢に使いこなす帰国子女が多かったり、あるいは女子アナの出身大学で知られるほど都会的な印象だった。

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 一方、私は貧乏学生だったため、いつも着古しのシャツにジーンズで、モテるタイプではなかった。
 では、取り立ててカミングアウトするような出来事もないのだが、少ないエピソードの中から、私が東京生活を送った時期に、記憶にある、どうでもいいような些細な事柄をいくつか挙げてみたい。
 
 1 人間用シャワーに驚き!

  私が憧れの大学生生活を送っていた昭和末期、世の中はバブル景気の真っただ中だった。何と今では「住みたい街ランキング」で常に上位に入るほど人気のある「三軒茶屋」駅が最寄りの「上馬一丁目」のアパートに暮らしていた。とはいえ、そこは貧乏学生だったので、家賃は月4万円足らずで、築30年以上経過した年代ものの木造アパートで、和室6畳一間のいわゆる「1K」アパートで風呂はなかった。幸いにして、徒歩3分程度の場所に銭湯があって、あまり覚えていないが1回270円くらいで入れた。当時、銭湯に行ったことがほぼ初めての経験で、20歳未満だった私は、人前で裸になることに慣れておらず、抵抗もあったので、2日に1回程度しか行かず、もっぱら自宅の台所の水道で全身を拭いていた。
 よく「幸せ!ボンビーガール」で紹介される芸人の下積みの苦労時代を振り返るような生活だった。それに親からの仕送りを無駄遣いするのは気が引けたというのもあった。

 そんなある日、行きつけのR246(玉川通り)沿いにあるスーパー「マルエツ」に食料を調達に行った際、自分が住む街を探検気分で散策してみようと近辺を歩き回ってみた。すると偶然にもスーパーから50mほど環七方面に行ったところに、奇妙なものを見つけた。それは車を洗うコイン洗車場は見かけたことはあったが、「人間用のコインシャワー」だった。奥に細長いプレハブ小屋のような建物で、一見すると自動販売機が並んでいるような造りをしていて、そこには横並びで幅1m程度の5つくらいのボックスがあって、その中に脱衣所とシャワー室があり、100円玉を入れると、7分間?お湯→シャボン液→お湯の順で水が出てくる仕組みだった。地方にはあまりこのような人用のコインシャワーなどないと思うが、これは都会の狭い土地を有効活用した優れもので、「東京はこんな施設まであるのか」と驚愕したものだ。

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 しかし、これは私のような倹約学生にとってはありがたい存在で、手軽にして手頃。ただ唯一の難点は、上下スウェットで出かけ、交通量の激しい、人通りも多いR246の交差点を渡り、シャワーを浴びた後、濡れたくしゃくしゃの髪の毛の状態のまま、再び大通りの交差点を往復しなければならない辛さがあった。信号待ちのバイカーや車のドライバーに好奇な目でジロジロと見られる、痛々しい視線に耐える必要があった。

 最近、「横浜市中区」にも人用のコインシャワーが誕生し、巷のちょっとした話題になったが、私などはそれを聞いて懐かしく思い出した質だ。おしゃれを絵に描いたような街の代表格「三茶」に、バブル時代によもやこんな珍スポットが実在していたとは・・・。

 ところが、震災後の数年前、25年振りに東京のアパートに立ち寄った際、私が暮らしていたオンボロアパートは綺麗さっぱり取り壊されて更地になっていた。高圧線の鉄塔が敷地にあったので、間違える筈がない。隣りの大家さんの家も綺麗に改築されてあった。もしかすると「東日本大震災」の揺れに耐えきれず、崩壊したのかもしれない。しかも、私が重宝しお世話になったそのコインシャワーも跡形もなく消え去っていた。これが時の流れの儚さなのだとしみじみ感じた次第だ。

 2 私が好きだった場所

 ① 鎌倉

 私には中学生の頃に修学旅行で訪れ、大好きになった場所があった。それは「鎌倉」。源氏によって開かれた古の都である。当時は団体旅行だったため、メジャーなお上りさんコースしか歩いていない。鶴岡八幡宮、高徳院鎌倉大仏、建長寺くらいしか覚えていない。

 次いで8年後の198-年、東京の大学に進学後、春先に真っ先に250㏄バイクでツーリングで訪れたのがこの場所だった。杉本寺、円覚寺、東慶寺、建長寺、長谷寺、極楽寺駅、高徳院などを見て回った。その後、3度目は2009年、職場の慰安旅行で、同僚たちと訪れた時、個別行動で江ノ電の「鎌倉高校前駅」のベンチで長時間座って江ノ島の風景を眺めていたり、腰浜の漁港でコンパクトロッドを使って釣りをした。ルアーを投げ入れた付近をサーファーが波乗りしていたのには驚いた。さすが湘南と感動した。

 そして4度目は2015年に1泊2日でひとり旅で訪れ、小雨の降りしきる中、竹林の寺院などを訪れ、湘南や江ノ島の主だった観光スポットを歩いた。
 鎌倉には郡山ゆかりの久米正雄や文壇に名を残す有名作家たちが修行し研鑽を積み、耽思を重ねた土地柄で、ノーベル賞作家の川端康成もまた当地で腕を磨いた。山の中腹に聳え立つ「鎌倉文学館」には、多くの作家の直筆の原稿が展示してあり、間近に見ることができた。

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 でも、私が鎌倉で一番のお気に入りスポットは、「報国寺」の竹林だ。鎌倉駅から東に2~3km離れた都会の喧騒を感じさせない山中にあり、静寂に包まれたこの場所は、高さ20mはあろうかという竹林に囲まれ、昼間でも鬱蒼と薄暗い。一瞬、都会にいることを忘れてしまいそうな情緒や風情に溢れている。ここを私が好きだった「山岸舞彩」アナと「伊藤友里」アナの仲良しコンビが訪れ、ブログで紹介したのを見て、私も足を延ばした次第だ。

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 実際に訪れてみると、まさに別世界。アニメに出てきそうな侘び寂びのノスタルジックかつ幻想的な世界観に浸れる。「JIN-仁-」のような時代劇気分を満喫できるし、昔風の茶屋で団子を頬張り、古の情趣に触れられる数少ないスポットだ。

 年齢を重ねると、こうした古都の魅力に憑りつかれ、何度も訪ねたくなる。恥ずかしながら、まだ未踏のスポットもある。銭洗い弁天、切通しなども行ったことがない。「縁切寺」の東慶寺は複数回行っているのに・・・。時期も選びたい。混むだろうが紫陽花シーズンに長谷寺を訪れたい。

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  ② 京浜島

 みなさんは、羽田空港の目と鼻の先にある「京浜島」をご存知でしょうか?ここも当時、私のお気に入りのスポットで、ひとりになってもの思いに耽りたい時にはよくバイクを飛ばして訪れたものだ。この場所は、羽田空港の滑走路に並行して埋め立てられた人工の島で、「つばさ公園」では、ひっきりなしに離着陸する大小さまざまな旅客機を間近で眺めることができる。今は姿を消した「ジャンボジェット機」が轟音を立てて飛び交う場面を時の経つのを忘れて見入っていた記憶がある。私が訪れた2年前の夏に、忘れもしない「日航機墜落事故」が起きた。この滑走路から旅立ったジャンボ機123便が、数十分後に操縦不能に陥り、群馬県の御巣鷹の尾根に墜落し、520人が亡くなったあの事故だ。だから、追悼の意味もって、感慨深く飛び立つ飛行機を眺めていた。

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 蛇足だが、大学4年の時に、或る行事で知り合った他の音大に通う同郷の女子大生と仲良くなり、バイクにタンデムしてここを訪れてデートした想い出もある。その子は実家の近くに住んでいた、お嬢様風で、167cmの長身に黒髪のロングでスタイル抜群の女性だった。同じ郷里で音楽教師になったと風の便りで聞いた。

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 この記事を読んでいるみなさんも、人生の中で想い出に残るスポットは多々あると思いますが、私にとっては「鎌倉」と「京浜島」が脳裏に深く刻まれた懐かしいワンシーンになっていることは否定しようがないところだ。

 3 学生時代のバイトの想い出

 私は夏休みには実家に戻り、家の手伝いをすることが多かった。詳しくは話せないが、バイトは短期に限られていた。例えば、あの当時、東京ディズニーランドが開園して間もない頃だったが、1987年に「オリエンタルランド」のバイトに応募し、2か月間だったが、「ジャングルクルーズ」の船長をしたこともあった。船で未開のジャングルに漂うアマゾン川を探検して航行する例のアトラクションだ。「生きて帰れるかわからないのがジャングル、見送りの人たちに元気よく最期のお別れをしようね。行ってきま~す」と叫ぶ例のセリフを大合唱していた。あの頃は、今よりもアトラクションの数が少なく、バイトも限られていた。オーディオアニマトロにクスを駆使したものや、今は無き「キャプテンE.O」を始め、「魅惑のチキルーム」、「イッツァスモールワールド」、「カリブの海賊」、「空飛ぶダンボ」、「ビッグサンダーマウンテン」、「ミッキーミュージーアム」、「シンデレラ城ミステリーツアー」、「スペースマウンテン」くらいしかなかったと思う。

 ただし、時給は安い割に仕事はハードで、ジャングルクルーズの船長は繰り返し乗船し、丸一日で7~8回は回遊した。一日働いてくたくたになって、それでも日給6,000円程度だった気がする。しかも交通費は込みだった。今は交通費はさすがに出ると思うが。確か昼食は、ランド内で使えるレストランの無料食事券を貰い、それで好きなものを食べた覚えがある。詳しくは覚えていない。

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 ただ唯一嬉しかったことは、ディズニーランドの常連さんから、私が船長の時の船に乗りたくて、何度も並んだという励ましの声をいただいたり、若い女性から下船する際にラブレターを手渡されたことがあった。その手紙には、当時、人気絶頂だった「マッチ(近藤真彦)に似ていてカッコいいですね」とお世辞にも褒めてくれる文面がしたためてあった。とても都会的な可愛らしい20歳くらいの女の子で、なんと連絡先まで書いてあったが、もったいないことにその時、彼女がいなかった私だったが、当時は携帯電話もない時代で、私からは連絡をしなかった。たぶん田舎者なので、都会の女の子を満足させるような遊び場も知らないし、デートも自信がなかったのだと思う。バイトを辞めた途端に、それも自然消滅した感じだ。情けないが、要するに単なる臆病者だったということだ。

 そして大学4年生の時に、忘れ得ないバイトと出会った。3年終了時点で、卒業に必要な単位は修得していたため、最終学年では「卒論」と一部の課程科目を残すだけで、就職活動が一段落する10月以降は、暇で時間を自由に使えた。もちろん、休みを見つけてはあちこちツーリング三昧だったが。
 その時期に、私がバイトに選んだのは「旅行代理店」だった。西新宿にある高層ビル群の一角に茶色の「新宿センタービル」があるが、そこの何と43階のオフィスに職場があった。窓から眼下に見下ろす大東京の景色に圧倒されたのは言うまでもなく、とりわけ魅了されたのはその夜景の美しさで、よく「宝石を散りばめたよう」などと形容されるが、まさにそんな光の瞬きだった。そこで正月明けまで働いた。
 私は英語が好きで、大学1年の時に英語検定2級を取得し、将来は英語を使った職業に就きたいと思い始めた。時同じくして、あの頃のテレビ番組で、「男女7人夏物語(秋物語)」が絶賛放映され、主役の今井良介(明石家さんま)の仕事が「ツアコン」だったことで、私の中で「これだ!」と閃き、「日本旅行」の下請けで、「京王観光」系列の旅行会社にバイトとして入ったのだった。

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 そこで初めて電車通勤を経験した。最寄りの「三軒茶屋」から地下鉄の駅新玉川線(現在は田園都市線)で渋谷駅まで行き、そこで山手線に乗り換えて新宿駅下車。まさに夢のストーリーだった。そして出勤ラッシュのサラリーマンやOLの人波に押されながら地下通路を歩き、会社のある新宿センタービルまで通勤したのだった。

 その旅行会社はハイカラな横文字(カタカナ)の名前だったが、実務は「旅行の計画」、「ホテルや鉄道・バスの切符の手配」「弁当の確保」「添乗業務の補助」などを担っていた。同僚に同じ大学を卒業した先輩もいたことで、何かと居心地は良かった。同郷の女性社員もいた。上司にも気に入られ、私にその気があれば、形だけ入社試験を受けて、正社員にしたいというありがたい話までいただいた。社内では私の入社を認める「稟議書」まで回ったほどだった。私自身も行く行くは「今井良介」のように「ツアコン」として世界をまたにかけて飛び回る生活を思い描いていたのだが、冷静に考えると、当時はバブルの絶頂期。土地が高騰し、とても東京に住めないと自覚した。たぶんどんなに苦労して働いたところで、東京都内に土地を買って自分の城を構えるのは夢のまた夢の話だと悟ったのだ。

 こうして思い悩んでいる時に、故郷から今の仕事の話が舞い込み、やむなく東京は大学卒業と同時に引き払ったというわけだ。

 しかしながら、今振り返ると、この短期間のバイトは、私にとっては大きな経験となっている。一時であったにせよ、東京での夢の生活を送れたし、満員電車は苦手だが、定期券を持ち、電車通勤とはどんなものかも体験できた。しかも、メガバンク(第一勧銀)に口座を開設し、給与振り込みで給料をいただくという経験もできた。当時20代前半の私にとっては、何物にも代えがたい貴重な経験だった。

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 それ以外には、世田谷の図書館で書架の整理のバイトや、神宮球場で、いわゆる入場客のチケットの半券を切る「もぎり」をやったこともあった。短期であっても東京は郡山市とは違い、時給が高く、1980年代後半であっても、時給800円はくだらなかったし、新宿センタービルのバイトは時給1,000円だった。しかし昼食は自分で賄うため、よく地下通路の弁当屋で600円の日替わり弁当を買って、新宿中央公園のベンチで住友三角ビルや三井ビル、京王プラザホテル、安田火災海上ビル、センチュリーハイアットなどの高層ビル群を見上げながら食したものだ。

 さて、自分本位の想い出を振り返りながら、私の学生時代の生活の一端をお知らせした。貧乏学生で、お金を節約する生活に終始したため、当時の若者が普通にやっていたコンパも誘いは多かったが、あまり出なかったし、サークル活動に精を出した訳でもない。友達は車を駆ってサーフィンやら海外旅行やら贅沢三昧の優雅な学生生活を送っていたが、私はバイクでひとり旅に行くのが好きなほうだった。それでも渋谷のビリヤード場で遊んだ経験はあるし、暇さえあればバイクで原宿まで走らせ、「竹下通り」のお気に入りの店で洋服を買ったり、秋葉原の電気街、神田の古本街、上野のバイク街には足を運んだが、無駄遣いをした記憶はなく、真面目な生活を送っていたと思う。学生時代に居酒屋で飲んだことはあってもディスコに行った記憶すらない。
  
 逆に就職した後、そのギャップを埋めるために遊んだ記憶のほうが多い。収入が入る分、車(なんと中古のソアラ)を購入したことで行動半径が広がり、旅行も随分行ったし、10人程度の友人グループでカラオケスナック、ムーディーなカクテルバーにも出向いたし、20代に付き合っていた彼女とドライブデート、ディスコやスナックやプールバーにもよく出かけた。なんと「東京ディズニーランド」も、バイトを除けば就職してからのほうが数多く行ったと思う。しかも毎回、同伴者が違うという感じだった。でもプレイボーイなどではなく、節度ある行動を心掛けたつもりだし、フラれることのほうが遥かに多い半生だった。ほかにも今は無き「豊島園」にも複数回行ったし、もっと前に廃園になった「横浜ドリームランド」にも何度か行った。「東京モーターショー」にも車で足を運んだことがあった。

 たぶん社会人のほうが余裕があったのだと思う。独身時代の23~28歳くらいが一番充実しており、冬も1シーズン30回もゲレンデにいるほどスキーに熱中し、SAJ検定では1級も取得できた。凝り性なのかもしれない。

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 さて、終いには学生時代を超えた話になったが、私の学生時代は、同級生などから比べれば、全然経験値が足りない。学生時代には時間はあるのに得意の英語を試せる海外旅行も行かなかったし、2か月以上もある夏休みには実家の手伝いに明け暮れた生活だった。
 それでも私は4年間の大学生活は自分では人生の中で最も充実し、今の仕事にたどり着くのに一番適した道を進んだと思っている。中には遠回りして、一番自分に合う適職を見つけるのに時間をかける方もいるが、初志貫徹ではないが、初めからやりたいことが決まっていて、途中「ツアコン」などを夢見て「浮気」はしたが、今の仕事が天職だろうと実感している。あと数年後には退職を迎えるが、33年間も同じ職業に携わったことは、自分の老後や今後の人生の糧になると確信している。
 苦労して大学に送ってくれた両親には感謝してもしきれない。父親は17年前に他界したので、直接感謝の言葉を伝えることは適わないが、自分があの世に行く時には、空の上で感謝のひとつでも伝えられたらと思う今日このごろだ。
  

2020年9月17日 (木)

プレバトに見る奇才あふれるB型

 はじめに私自身はB型ではないことをお断りしておきます。旧ブログの頃から、これまで血液型に関する記事を幾度も掲載しては、賛否両論のコメントをいただいた。それにも懲りず、今回なおこの企画を持ち出したのは、日本人の約2割しかいないこの型が、芸や才能に溢れ、時には天然ぶりを発揮し、この世に君臨している事実をどう抗っても否定しようがないとの結論に至ったからだ。

 私は幼少の頃から、常に自分の周囲はB型ばかりであった。小学校、中学校、高校、大学と、気づけば友達は皆、B型という事実。私の元々の家族はO型とA型しかいないが、妻の家族はB型だらけ。しかも職場の同僚もなぜかB型がやたら多い。

 O型ははっきり言って、人を見てころころ態度を変える。付き合う基準が、こいつは自分にとってプラスになる(役立つ)かどうかで判断し、人の才能や性格を見切る性質があってあまり好きではなかった。年上と年下で態度を変え、つまりは八方美人で風見鶏だ。年下や力がないと見れば、上から目線で横柄な態度で接するし、A型は、神経質でプライドが異常に高く、人を見かけや出身校で上か下に見る傾向があって、頭が堅く、近づき難い雰囲気でイマイチ好きになれず、AB型は理屈っぽい物の考え方や頭でっかちの合理主義で、ケチな性質が見え見えなのでどうも親友と呼ぶには遠い存在だった。

 だから人を平等に扱い、神出鬼没で多少あまのじゃくだが、自由奔放、他人に干渉することもないし、裏表がなくて嘘もつかないB型に寄り添ってばかりいた。

 私が暮らす福島県のB型の割合は23.3%。特に郡山市は、比較的B型が多い土地柄で、その比率は24.6%にも上る。だから4人にひとりがB型なのだ。B型は東北地方に圧倒的に多いが、宮城県が25%、次いで長野県が24.7%だ。逆に少ないのが北海道で、18.9%しかいない。ここはA型とO型だらけで、この2つの型だけで72%にも上る。

 参考資料:「図録 都道府県別の血液型分布

 どうして私がB型を評価するかというと、芸能人やアスリートはB型が大成するし、プレッシャーを楽しみに変え、国際舞台で活躍する特異な素質に満ちているからだ。

 人と同じ考え方を嫌い、マイペースの独自路線を貫き、発想がユニーク。唯一無二を目指し、人の模倣を何より嫌う性質。幼少期は人並み外れた変わり者という烙印を押された方も多いだろうが、男性の場合は、細身体型で二枚目で、女性にもてるし、何より話題が豊富。話していて飽きない。趣味も多彩で凝り性。独自の価値観でコレクションを持つし、バイクや車など特異な分野で異常なまでに固執する。

 そうした才能が垣間見えるテレビ番組がある。それは毎週木曜の19時からTBS系列で放送している「プレバト」だ。俳句では、名人や特待生になる人は大多数がB型というのをご存知だろうか?普通の人にはない発想で毎回夏井先生の評価が高い。通り一辺倒の句を詠んでいては目立たないし、新しい感性や概念が求められる。

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 事実、「プレバト」の俳句の査定ランキングで、常に才能アリで高評価、あるいは名人級の方を列挙すると・・・

 1 梅沢富美男 ミスタープレバト 唯我独尊
 2 東国原英夫 特番のタイトル戦4勝
 3 フルーツポンチ村上 特番のタイトル戦2勝
 4 皆藤愛子 才能アリ多数獲得
 5 相田翔子 才能アリ多数獲得
 6 杉山愛(歴代得点ランキング第1位 未だに88点の記録は梅沢でも破れていない)
 7 又吉直樹(歴代得点ランキング第2位)

 上に挙げた7人全員がB型だ。

 ちなみに藤本敏史(フジモン)と、本田圭佑のような風貌だと感じていたキスマイの千賀は、案の定、本田と同じAB型、横尾渉と中田喜子はA型、千原ジュニアと立川志らくはO型。

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 私は常にこの番組を見て、俳句の世界はユニークな発想とオリジナル性が高評価を得ることから、どこにでもあるようなオーソドックスな発想では太刀打ちできないと思っていた。A型は型にはまりやすく、平凡でマンネリな生活に陥りがちで、奇抜な発想は苦手だし不得手。やはり自由奔放で唯我独尊、唯一無二の存在を目指すB型の敵ではない。やはり世間ずれしていて、天才肌のB型には及ばない。

 しかし、水彩画の分野ではOかAが上位を占めている。

 1 アンミカ   名人3段  O型
 2 ナイツ土屋  名人2段 AB型
 3 しずちゃん  名人初段 A型
 3 光宗 薫     名人初段 O型
 3 六平直政     名人初段 B型
 6 辻元 舞   特待生1級 O型
 6 鈴木砂羽   特待生1級 A型
 8 くっきー   特待生2級 A型 
 8 田中道子   特待生2級 O型 
 8 土屋アンナ  特待生2級  A型
 8 馬場典子   特待生2級 O型  
  12   千賀健永   特待生3級 AB型  
  12   渋谷飛鳥   特待生3級 O型

 ちなみに白石糸はB型で小倉久寛はA型

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 芸能人はやはり、多彩な才能を持っていると感心してしまう。例えば、他にも絵が上手いと言えば、古くは石坂浩二、八代亜紀、五月みどりがそうだし、工藤静香、大野智なども独特な才能に溢れている。天は二物も三物も与えてしまうようだ。石坂はO型、五月と大野はA型。八代と工藤はB型。

 他にも若くて才能を発揮するのもこの型で、例えば小藪千豊は、よしもと新喜劇に入座後、僅か4年で座長に就任。ドラムの腕はプロ級という天才的な才能に溢れている。

 松平健も20代の若さで、テレビドラマシリーズ「暴れん坊将軍」の主役に抜擢。もちろんB型。

 他にも、浅田真央、福原愛、田村亮子、イチローなどは、年齢不相応の早熟の天才ぶりをいかんなく発揮した。

 少しB型のことを良く書きすぎたが、他人の真似事を嫌い、我が道を行くタイプだからこそ、世界で活躍できるし、結果も残せるのだ。その分野の第一人者になるし、その道のプロでその世界の顔になり得る。

 最後に、私が思う典型的なB型を列記して結びとしたい。なお、既に名前を挙げた方は除く。

 芸能人

 矢沢永吉、尾崎豊、布袋寅泰、YOSHIKI、天童よしみ

 高倉健、天知茂、二谷英明、宍戸錠、渡哲也、渥美清、西村晃、緒形拳、小林桂樹、西田敏行、松尾和子、酒井和歌子、叶和貴子、夏目雅子、綾瀬はるか

 アスリート 

 野茂英雄、大谷翔平、長嶋茂雄、稲尾和久、金田正一、野村克也、掛布雅之、山本浩二、門田博光、古田敦也、中野浩一、山口香

 北島康介、萩野公介、野村忠宏、羽生結弦、宇野昌磨、伊藤みどり、ジャンボ尾崎、青木功、岡本綾子、宮里藍、丸山茂樹、片山晋呉、松山英樹、舞の海、中嶋悟

 個性が強烈で、記録にも記憶にも残る方たちばかりだ。

 

 

2020年9月16日 (水)

刑法犯急増の高齢者たち

 高齢化が進む近年、やたらと高齢者による犯罪や迷惑行為が目立つようになった。もちろん、尊敬に値する立派なお年寄りも数多くいて、もちろん、同じ括りにしようなどとは考えていない。
 しかし、昨今、65歳以上の高齢者は、言葉は悪いが「老害」と呼ばれてもやむを得ないような凶悪犯罪や無謀運転による事故を起こす例が後を絶たない。このままでは厄介者扱いだ。
 
 では、ごく最近起きた、そう思わざるを得ないニュースを取り上げたい。

 1 熊本大学医学部の女性研究員殺害事件は67歳の顔見知りの男だった。

 こちらは衝撃的な事件で、長崎大学熱帯医学研究所から転勤し、つい最近、熊本大に赴任した若き優秀な研究員を襲った悲劇。しかも犯人は、首を絞めて窒息死させた被害者を、住宅街脇の小川の土手の側溝に投げ捨てるという非人道的な行為。ふたを開けてみれば、犯人は、同じマンションの清掃員をしている67歳の高齢者だった。もちろん恨みなどはない、挨拶を交わす程度の関係性しかないはずだ。
 だとしたら、この男が美人の被害者に興味を抱き、悪戯や猥褻目的で、被害者に近づき、騒がれたために殺したと見るのが一般的だ。こういう輩のために、命を奪われた女性は惨いとしか言いようがないが、もし、熊本に異動しなければ、普通の暮らしを継続していた筈だ。そこで運命の歯車が狂ってしまったのだ。あまりにも劇的すぎるし、人の生死とはこれほどあっけなく儚いものなのだろうか?日本の法秩序よ治安はどうなってしまうのか?
 やはり、私が当ブログで何度も指摘しているように、人を殺意を持って、あるいは意図的に死に至らしめた者は、更生の機会など与えずに、被害者小人数に関わらず、極刑を以て処すべきなのだ。でなければ法体系は保たれない。
 被害者は写真と実名を公表され、殺人はは名前しか出ない。あまりにも不平等で差別的ではないのか?犯罪者に「個人情報保護」などの特権など与える必要などないのだ。ドライブレコーダーや防犯カメラの普及で、窃盗や強盗など犯行場面を動画で放送されることが多くなったが、顔の部分にモザイクをかけて保護している映像が流れるが、これこそ疑問で、もし公開されれば、それを見た一般視聴者が、犯人に心当たりがあれば警察に通報し、一発で犯人逮捕に近づくはずなのに、まるで犯人の肩を持つかのような報道規制を強いている。
 犯罪者には重い法の適用で断罪してもらいたい。万引きしているや振り込め詐欺で甘い汁を吸っている者がのさばっていて、こつこつ真面目に働き、法を順守している善良な国民がバカを見るような社会であっては絶対にならない。


 2 福井県の女子高生を殺害したのは86歳の祖父だった。

 祖父が孫を殺す時代なのか?と首をかしげたくなる凶悪事件が福井県の田舎で起きた。しかも犯行に及んだのは86歳の祖父だった。しかもその動機は酒を飲んで「カッとなって」という激情型だった。さらに「喧嘩しているもみ合っているうちに動かなくなった」と嘘までつく始末。
 この家庭、女子高生と祖父が2人で暮らしていて、祖父の食事の面倒や世話をしていたという。おそらく我がままで言うことをきかない祖父が、孫に些細なことで注意されたことから口論となり、怒りの感情が積もり積もっての犯行で、なおかつ胸を包丁で何度も刺す強い殺意を持っての凶行だった。通常ならあり得ない所業だ。普通の感覚であれば、おじいちゃんなら孫娘は目に入れても痛くないほど可愛い存在であるはず。なのに、これから将来のある血のつながりのある孫の命を奪うなどということが起きるのは、通常の精神状態ではまず起きない。身内の犯行との一報に全身が凍り付く思いだった。亡くなった孫娘は、死ぬ間際に何を思ったのだろう。まさかこんな形で早すぎる人生の終焉を迎えるとはその日まで考えもしなかった筈だ。衝動殺人という形で短すぎる生涯を閉じることになった高校生の孫娘。あまりにも理不尽でやり場のない慟哭と焦燥感に苛まれた事件だった。

 ただでさえ「少子高齢化」が問題となっている現代社会において、高齢者が過失運転や殺人に走り、若い命を断つ行為に走っているのが現実だ。

 情状酌量が汲みされたとしても、残りの人生、刑務所暮らしは必至。死ぬまで罪を償い、孫娘のあの世での冥福と成仏を祈るしかない。 
 

 3 高齢者による犯罪は増加の一途を辿っている。

 多少古いデータだが、平成24年の法務省の犯罪白書によれば、65歳以上の高齢者による刑法犯検挙数は、48,544人で、平成元年と比べて何と7倍に急増している。検挙された全刑法犯の割合も2.1%から16.9%にも増加している。主な犯罪は万引き、占有離脱物横領、暴行および傷害であった。年金や生活保護で現役時代よりも収入が減り、生活苦などから万引き犯が多くなる傾向。また、この世代は物を大事に扱い、いわゆる「もったいない世代」なので、まだ使えそうな捨てられているものを勝手に持ち帰ったり、古物や骨とう品にも昔を思い出して懐かしんだり、興味を抱く世代なので、どうしてもその類の犯罪が多く発生する。

 また、同じデータで平成30年版では、高齢者の犯罪検挙率はついに20%超えの21.5%に達し、刑法犯の5人に1人が高齢者となった。人生経験があって物事の分別や善悪の判断力があって然るべきの高齢者が、他人への迷惑行為や凶悪犯罪に走っている傾向が克明になった。

  資料 http://www.jcps.or.jp/publication/3004.html

 そして最新の「令和元年度の犯罪白書」のデータはこちら http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/66/nfm/n66_2_2_1_1_1.html

 かつて中学生と小学生の男女を、自転車で通りかかった老人が言葉巧みに誘い出し、2人を殺害した事件があった。このようなケースはもはや稀ではなく、どこででも起こり得る犯罪なのだと認識すべきなのだ。
  
 近年、ドライブレコーダーや防犯カメラなどの普及で、今まで外に出なかった、あるいは見えてこなかった犯罪行為の一部始終が目の当たりにできるまでになった。だから昔からあった犯罪がより身近に感じるとようになっただけなのかもしれない。もちろんスマホの普及もあって、誰でも瞬時に動画で撮影し、証拠を残せる時代、つまり1億総記者時代なのだ。

 衆人環視ではないが、やはり事故や事件ではその証拠をできるだけ残すことが、事件解決の手掛かりになるのだ。よって、凶悪犯罪者には、もし人違いでないと確信できる場合に限っては、情報を公開し、氏名や顔写真も公開すべきだと思う。そうでなければ犯罪の抑止力にはならない。


 さて、本日の記事のまとめに入るが、人は誰でも遅かれ早かれ歳をとり、高齢者になる。高齢者は人生の先輩であるがゆえに「自尊心」が高く、若輩者にとやかく言われることを酷く嫌う。「年寄り扱いして」とか「俺に意見するのか」という言葉が口をついて出る。
 また、加齢とともに体の自由が利かなくなり、口うるさくなったり、指図が増え、自覚がないまま命令口調になっていたりする。更には耳が遠くなるため、声が大きくなり、周囲から見ればイライラしているように映ったり、怒っているように思えてしまう。そういうご老人を「頑固じじい」とか「口やかましい老害」、あるいは横柄な態度に我慢できず忌み嫌うようになる。それなのに、当の本人は迷惑がられているとも知らず、人生経験がある分、「自分は正しい」と思い込みや自負、強い心情や信念から、悪い言い方をすれば「先輩面して」年下には指導的立場の物言いで強く当たることで、さらに敬遠される事態を招く。ましてリタイヤ後、時間を持て余しているお年寄りは、他人のアラが見えやすく、人の行動や振舞いが気になって仕方ない。昔の自分の生活と比較して、世相や時代観とのギャップに衝撃を受け、若者の振舞いが許せなったり、新聞などに投書するのもこの世代だ。
 こういう傾向は圧倒的に男性(おじいさん)が多い。中には女性もいるかもしれないが、女性はそもそも人間関係を第一に考え、共感的に物事を考える。周囲に合わせ自己主張を控えめにしたり、その環境になじもうと努力する。口やかましく振舞ったり、他人を巻き込んだり、迷惑を及ぼす行為を嫌う。中には欲求不満が溜まり、そのはけ口としてわざと大きな騒音を立てたり、近所と折り合いが悪いと、執拗な嫌がらせを繰り返して警察に通報されるおばさんはいることはいるが、ごくごく少数だ。

 結びに、本日は高齢者に対する批判めいた偏った内容になってしまったが、本来の主旨はそこではなく、今後ますます平均寿命が延びて高齢化社会に拍車をかけた時代になるのは必然で、10年後、20年後に高齢者の数が今以上に増えれば、それに比例して「迷惑老人」や「老害」と呼ばれる悪徳行為が蔓延ることを危惧し、警鐘を鳴らす意味合いから、掲載に踏み切った次第である。

 かくいう私自身も、あと10年もすれば無事に高齢者の仲間入りで、このようなブログ記事を書いて、問題意識や危機感を露わにしている時点で、同じ立ち位置の老人になりかねないのだが、そうならないように人には極力寛容に、柔らかい人当たりで接していきたいと考えるし、今もそのように振舞っている。残りあと何年この世に生きながらえるかわからないが、3分の2を過ぎたと思われる今、特に今年、大病をした私が思うことは、健康で心穏やかに余生を過ごしたい・・・ただそれだけだ。 

2020年9月12日 (土)

「もしも・・・」シリーズ

 自分の肝っ玉の小さい性格を晒すようで心もとないが、何かにつけ心配性の私は、将来に関してあれこれ心配の種や不安材料をかき集めては、自分でにっちもさっちも身動きできない状態にしてしまうきらいがある。これを世間では「老婆心」とか「取り越し苦労」というらしい。そしてあれこれ先まわりしては無駄な手を打っては「骨折り損のくたびれ儲け」で終わってしまう。

 今回もありもしないことをあれこれ集めて、妄想や自分なりの対応策を考えてみた。たぶん誰の参考にもならないとは思うが、昔「ドリフ大爆笑」のコーナーにあった「もしも・・・」シリーズだと思って貰えたら幸いです。

 1 もしも朝鮮半島統一になったら・・・

 考えたくもないが、万が一百歩譲って「朝鮮半島統一」が実現したら、日本にとって相当な脅威だ。ただでさえミサイルをたびたび日本海に向けてぶっ放し、時には大陸間弾道ミサイルを発射し、周辺各国を恐怖のどん底に叩き落とす悪行三昧。さらには秘密裏に核を開発して保有し、日本への威嚇行為を繰り返している。

 今や軍事大国化した北朝鮮と過去の遺恨を引きずり、執拗に反日行動を繰り返し、直情径行で再三再四日本を批判することでナショナリズムを高揚し、経済だけは一丁前に先進国並みの韓国が手を結んだら、鬼に金棒状態だ。見境の無い行動が常套手段の両国がタッグを組めば、長年敵対視し、恨み節を増幅している日本を陥れるために様々な策略を繰り出し、蔑ろにし、闇に葬る作戦に出るのは必至。

 以前、腹違いの兄を手の込んだ偽装工作の上に神経ガスで暗殺した張本人である。何をしでかすかわからない。朝鮮半島統一が実現したら、アメリカ軍も同時に撤退が決まる。守るべき相手もいなくなるのだから。高額な軍事費を使わずに済むのだから米軍も願ったりかなったりだ。

 逆に日本の沖縄を始めとする日本に駐留する米軍の役割が大きくなる。憲法改正が実現できない以上、日本や周辺海域の安全は、「日米安保」だけが頼りだ。アメリカに守ってもらうしかないのだ。中国や北朝鮮と韓国が軍事力を誇示している以上、スイスのような永世中立国でいられる筈がない。丸腰で武力も持たずに国の安全を守れる筈がないのだ。

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 2 もしも南海トラフ大地震が現実的に起きたら・・・

 東日本大震災は、主に太平洋沿岸に被害が集中した自然災害だった。誰もが初めて聞いたであろう「大津波警報」により、避難が間に合わなかった多くの沿岸地域の住民が犠牲になり、約2万人が死亡、あるいは行方不明のままである。

 もしも「南海トラフ大地震」が起きれば、いや遅かれ早かれ、近い将来必ず起きると断言できるが、太平洋ベルト地帯は壊滅状態となる。つまり千葉県と東京の湾岸から京浜工業地帯、駿河湾、静岡県沿岸から愛知県(名古屋)、そして近畿地方沿岸から阪神工業地帯、そして四国は高知県や愛媛県の広範囲に渡って大津波が押し寄せて、大規模な火災が発生。危機的なことに、発電所も多いし、石油コンビナートも数多くある区域。もしここで火災が起きれば、連鎖反応で大爆発を起こし、停電は発生するし、ライフラインは寸断。大動脈の東海道新幹線は長期間運行停止に追い込まれるだろう。地域によっては洪水などの水害や地盤沈下、水没する場所も多く発生し、都市機能は完全にマヒし日本の産業や経済は壊滅状態となる。

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 気象庁や関係省庁は、長らく南海トラフ巨大地震の発生を呼びかけてはいるが、実際に発生した場合の具体的な対策は後手後手で、危険個所の告知や避難場所の確認、食料の備蓄や非常持ち出し袋の準備などを呼び掛けているに過ぎない。対策は不十分である。

 政府の試算によれば、死者・行方不明者は東日本大震災を大きく超える約32万人規模になると予想しているし、いつどこで起きるかわからないから雲をつかむような話になっているが、実際に発生してから対応したのでは遅すぎる。パニックになることは必至だ。


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 3 もしもコロナを超える疫病が発生したら・・・

  全世界で2,700万人以上が感染し、90万人近くが死亡している新型コロナウイルス。かつてこれほど猛威をふるった疫病はなかった。あの「エイズ」や「サーズ」「マーズ」、さらには「スペイン風邪」を遥に凌ぐ感染力、そして患者数だ。未だに特効薬はなく、発生源の中国武漢は、責任を微塵も感じておらず、逆に封じ込めに成功したと威信をアピールするだけ。それが中国人のずる賢いやり方なので今更取り立てて批判する気も起きないが、日本でも幾ら世界的には感染者数が少ないとは言え、7万人を超える感染者を出し、1,400人を超える死者を出している。その中には、ご存じ、志村けんさんや岡江久美子さんも含まれている。

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 ここ福島県でも第二波が押し寄せ、つい先月100人を超えたと思ったら、一か月も経たないうちに200人に急増した。郡山市の駅前のホストクラブでクラスターが発生し、会津若松市も先月までは感染者ゼロだったのに、一人出た途端に堰を切ったように患者が増え、半月の間に一気に17人も増えた。まるで感染者を隠していたかのようだ。

 もし郡山駅前のオフィスビルに勤務している私が感染したら、7月に開腹手術をして長期入院したことから、免疫機能が低下しているために、重症化し、人工心肺装置「エクモ」のお世話になる可能性は十分考えられる。

 ところで、21世紀も20年過ぎた今年でさえ、よもやこのような疫病が発生するなど予想もしていなかった方が大半だろう。ということは、今後も、さらに強力なウイルスを持った病原菌が登場することは高確率であり得る。
 今回のように有効なワクチンが開発されず、対応が後手後手に回る間に、感染者および重傷者が増加の一途を辿るのを傍観せざるを得ない状況では、被害を拡大するばかりだ。

 ブラックな一説によると、この稀に見る殺人ウイルスは、世界征服を目論む中国共産党が仕組んだ大芝居だったのではないか?中国の科学者が秘密裏に作り出したウイルスであるがゆえに、その型を完全掌握していたために、そのワクチンも開発済で、門外不出で密かに中国国民に接種したために、欧米よりも遥かに少ない感染者でことが済んだのではないかというのだ。世界中で、ウイルスが猛威を震い、ワクチン開発に苦慮している中で、どうして発祥地である武漢市があれほど早く終息できたのか?

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 確かに思い当たる節はある。アメリカとの覇権争いが激化し、謎の病原菌をばらまくことで世界征服を目論み、そして交渉を優位に行うための策略だったのではないか?その「新型コロナウイルス」こそがいわゆる生物化学細菌兵器だったのだ。

 そう考えると今、世界中で起きている感染者の分布を見てもすべてつじつまが合う。発生源の中国武漢市が真っ先にウイルス壊滅を宣言したのも偶然ではない。実に出来すぎた奇妙な話だ。

 とすれば、中国ではカードはまだまだ用意してある。第二第三の矢ではないが、コロナに続く更なる「殺人ウイルス」を開発し、それを世界中にばらまく手はずを着々と整えているかもしれない。
 行く末は、世界各国の人々をウイルス攻撃で抹殺し、地球上を中国人、あるいはレッド国(中国・ロシア・北朝鮮など)で占有する腹積もりではないのか?だから韓国はそれを察知し、生き残りを図るために中国寄りの言動にシフトしているのでは・・・。

 私にはそう思えてならないのである。


 4 もしも日本のプロ野球が16球団に増えたら・・・

 現在、日本のプロ野球の球団はセ・パ6球団で合計12球団である。日本でこれほどメジャーで国民的なスポーツで、少年野球から高校野球、大学野球、ノンプロと競技人口は多い割に、プロの球団は少なすぎるように思える。Jリーグの最高峰J1でさえ、18チームもあるのに・・・。1リーグが6球団というのも数の面で違和感を感じる。総当たりであれば、他の5球団としか対戦せず、お互いに手の内を知り尽くしているため、試合展開も読めてしまう。例えば、今季、絶好調の巨人・菅野投手が出れば、「今日は負け試合」と簡単に諦めてしまいそうだ。対戦前に勝負の行方が占えてしまう。

 私が提唱したいのは1リーグ8球団ずつの合計16球団制で、そうなれば、各リーグ7チームとの対戦で、起用する投手が毎回同じということも少なくなる。先発投手のコマ数も増えるので、若手を育成し、出場機会を増やすことも可能になる。

 私が危惧するのは、かつての巨人のように、他球団からFAなどで実績のある選手を獲得したばかりに、若手の登用とか、出場機会を潰して来た経緯がある。才能や技術がいくらあっても試合に出られなかったら意味がない。いわゆる飼い殺しで、巨人は特に選手層が厚いため、なかなかスタメン出場の機会が得られない。ファームでいくら好成績を残したところで、なかなか一軍からお呼びがかからない。今季の巨人の外人、ウレーニャやモタがいい例だ。

 私はいっそのこと、プロの球団をJリーグ並みにしてほしい。18とまで行かなくても、せめて4つ増やして16球団くらいにして欲しい。そうなると出場機会が得られなかった選手が移籍し、試合に出て実力をアピールできる。たとえば巨人で言えば、重信、若林、北村、田中俊などの若手や、ベテランながら出番がない台湾出身の陽も最後のひと花を咲かせることは大いに可能だ。あまりにももったいなさすぎる。今の世の中、巨人に在籍しているだけでステータスなどと考える選手はいないだろう。やはりプロ野球選手である以上、試合に出場し、その実力を存分に発揮し、ファンを興奮させるプレーを見せてなんぼだろう。

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 また、新たに球団を創設するのではなく、四国アイランドリーグやプロに近い形でリーグ戦を展開している地方の既存の球団を、NPBに招き入れ、チームとして認可することで、新たに創設する手間を省く。スタジアムの改築などは必要になるが、地方都市が活性化すると思う。

 以前、当ブログで提案・記載したが、現在、北海道に1チーム、東北に1チーム、関東に5チーム、東海に1チーム、近畿に2チーム、広島に1チーム、九州に1チームあるNPBの球団。偏りがありすぎるので、増やす4チームは高校野球のレベルが高い地区を優先して考える。

 まず、沖縄に1チーム、近畿の奈良か和歌山あたりを本拠地に1チーム、北陸(福井・石川・新潟)に1チーム、そして最後は、やはり四国に1チーム必要。昔から四国は甲子園の優勝チームを多く輩出してきた野球が盛んな地域。「池田」「松山商」「高知商」「明徳義塾」「高松商」など名門校が多数ある。したがって野球人口も多いのだ。

 かつてチームの多彩な応援を含め、ノンプロの都市対抗野球が盛り上がったが、それらを経営母体にし、他球団で出場機会に恵まれない選手をドラフトし、新設の4チームに振り分け戦力を補強すれば、そんなに手間も時間も要しない。

 また、サッカーのようにレンタル移籍も認めてほしい。一定期間、他球団に身を置き、出場機会を得させる。思いもよらぬ活躍で、所属球団も評価を見直すだろうし、選手自身も年俸アップの機会となる。実力がありながら飼い殺しやファーム暮らしほど無駄なものはない。


 5 もしもセ・パ交流戦のようにNPBとMLBが交流戦を行ったら・・・

 プロ野球の話題で、私がぜひ実現してほしいのは、4年に1度のWBCやプレミア12のような国際試合を待たずとも、毎年、MLBや台湾プロ野球との交流試合を実施してほしいというものだ。世界一を2回獲得している日本プロ野球界。実力は引けを取らないし、日本人選手が実力をアピールできる、それにアメリカ側も掘り出し物の選手を発掘するのにスカウト(品定め)の絶好の機会になる。
 また、近年、日本の球団に決して劣らない台湾選手も同じように日本での活躍やアメリカでの活躍のステップになるに違いない。

 問題はコロナが終息しているか、それと移動手段を考えた日程面で折り合いがつくかどうか。ギャラや交通費などをどこが負担するのかと言った財政面。

 実際にはアメリカ(MLB)は難しくても台湾プロ野球とはまさに交流を兼ねたゲームを実施してほしい。間違っても韓国とはやってはいけない。すぐ感情的になり、怪我を負わされるのが目に見えるからだ。友好ムードにはなり得ず、喧嘩腰になるだろうし、危険球など横行しそうだ。負傷しようものなら、多額の損害賠償を請求されるのは火を見るより明らかだ。


 6 もしも「うすい百貨店」が無くなったら・・・

 郡山市内で百貨店と言えば「うすい」だけになった。いや広く言えば、福島県内でデパートというのももはやここだけになった。いわば最後の砦だ。一度そのうすいが倒産しかけた時に、百貨店業界最大手の「三越」が支援の手を差し伸べてくれ、その資本を借りて、何とか立て直し、経営を継続できた経緯がある。もし「うすい百貨店」が閉店しようものなら、福島市の「中合」以上の衝撃が走る。

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 他県の方はご存知ないでしょうから、郡山市唯一の老舗「うすい百貨店」について少し補足したい。

 1662年8月24日   江戸時代に物産問屋として創業
 1930年(昭和5年) 合名会社うすゐとして法人化
 1938年(昭和13年)正式に百貨店となる。
 1959年(昭和34年)郡山市中町にあった「丸伊デパート」を買収し、「第2うすい」として増床
 1965年(昭和40年)年商33億円で県内1位に
 1970年(昭和45年)株式会社うすい百貨店として分離独立 
 1975年(昭和50年)郡山に進出して来た他店との競争激化 最終的に「うすい」だけが生き残る
 1999年(平成11年)第1うすいを廃止し、第2うすいを全面建て替える。
 2003年(平成15年)業績悪化のより産業再生機構による支援が決定
 2005年(平成17年)三越が株式を保有し、正式に三越の傘下に入る。
 2016年(平成28年)三越伊勢丹HDが株式の持分法適用範囲から除外となり、再び独立の道へ。

 親会社の三越が撤退したことで、うすいの営業は厳しい岐路に立たされている。独立採算のため、メインバンクが営業継続困難と判断すれば、再び法の助けを借りて再建を目指すか、あるいは中合のように閉店の道を辿るかしかない。
 実際、平日に何度か「うすい」を訪れたことがあるが、売り場面積は広大な割に客足は少ない。いつ行ってもフロアはガラガラ。それでも様々なイベント(北海道展・金沢展・駅弁祭りなど)で客を呼ぶ努力は行っているが、駅前で駐車場も少ない点から、なかなか売り上げも伸びてこないのが実情のようだ。

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 しかし、「うすい」を愛する往年の客は数多く存在する。あのアヒルの家族が登場して風船を持ってエスカレーターを降りて来る映像や、「デートもうすい~夢のデパート~♬」という、一度聞けば耳に焼き付いて離れない「うすい」のCMソングも聞けなくなるのは居たたまれない。ここはひとつ、郡山市民の「愛の力」で「うすい」に足を向け、買い物をしていただきたい。
 後ろ盾が消えた今、「うすい」の存続は「郡山市民」にかかっていると言って過言ではないのだから。

 相変わらずの自分ではとうてい解決困難な心配の種を掻き立てては不安に陥ってしまった。しかし、私が問題点を列記し、警鐘を鳴らした内容というのは、冷静に考えると、あながち「夢物語」や「絵空事」ではないかもしれない。

 もしかしたら現実感に溢れる話題だったかもしれない。中にはプロ野球ネタなどそうなってほしい願望も一部あったが、現実的にはそうなったらかなりヤバイ事象が多い。
 今後、我が子どもたちや、これから誕生するであろう孫の世代に、果たして今の平和な世の中が持続可能なのかどうか。映画「ターミネーター」のように高度に進化した機械に支配されていたり、あるいは「猿の惑星」のように突然変異で高尚な知恵を身に着けた動物に人間が隷属し、こき使われていたり、または「インディペンデスデー」のように高度な文明や知恵を身につけた未知の星から突然宇宙人が襲来し、地球を攻撃したりするのではないか?折しも河野防衛大臣が、UFOと遭遇した場合を想定し、米軍と協力し、情報を共有し、対応を協議するなど、普段ではあり得ない行動も単なる偶然とは思えない。

 果たして今から50年後、私はこの世にはいないだろうが、どんな世の中になっているのか、究極的かつ終末的な心配事はそこに行きつきそうだ。

 

2020年9月10日 (木)

最近の世の中で思うこと

 最近、日本人とは思えない所業が蔓延っていて、嘆きしかない。果樹園から収穫間近の果物や家畜の仔牛や仔豚が盗まれるなど、他人の迷惑を顧みない凶行がやたら目につく。犯罪までが欧米化してしまった。人を殺してみたかったなど、自分本位な理由で犯行に至ったり、覚醒剤などの麻薬が市井に出回っている。中にはファッション感覚でタトゥーを入れたり、興味があったという短絡的かつ刹那的な理由でAVに出る若者の何と多いことか?!善悪の判断基準がブレてしまっている。

1  身勝手な親、急増中 !

   「子ども受難の時代」が大きな社会問題になっている。子どもを車内に放置して、飲み屋をハシゴしたり、パチンコに興じて、車に戻ったら、子どもが熱中症でグッタリしていたというニュースが何と多いことか。保護者責任遺棄で逮捕・訴追されるケースが増えている。

 今年は、特にコロナ禍によって、外出出来ず、親子が自宅で過ごすことが多い昨今、ストレスの捌け口が子どもに向けられ、両親が我が子に暴力を振るう虐待が急増している。子どもは一体、誰を信じ、頼ればいいのか?行き場のない可哀想な子どもが増えている。統計では、幼少期に虐待を経験した子どもは、成長して大人になった時に、また自分の子に暴力を振るう傾向が高いという。更に、夫婦仲が悪く、離婚率もまた高くなるようだ。

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2   猪苗代湖で起きた水難事故

 9月6日に猪苗代湖の西南にある中田浜で起きた痛ましい事故。千葉県から家族でバカンスで訪れていた家族に悲劇が襲った。それは水上スポーツを楽しんでいる最中、父親が操縦するプレジャーボートで沖合300mの地点に妻と息子2人を連れて行き、水上スキーの順番待ちで待機中、そこを通りかかった12人乗りのクルーザーボートのスクリューに巻き込まれ、8歳の次男が頭部損傷で死亡した事故だ。また、妻と長男が重軽症を負った。父親が連れ出した場所は遊泳禁止区域で、船舶の航路区域だった。警察は、クルーザーを操縦していた男性から当時の事情を聞き、業務上過失致死傷を視野に入れて捜査している。

 しかし、そもそもの原因は、亡くなった子どもの父親のほうにある。酷な言い方だが、無知なばかりが愛する息子を死に追いやったのだ。そこが遊泳禁止箇所で、船が頻繁に航行するルートであることを認識していれば決して起きなかった事故だ。楽しい思い出を作る筈のバカンス旅行が暗転、悲劇を生んでしまった。

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 千葉県からわざわざ訪れ、我が福島県の猪苗代湖で、子どもを失った悲しい事実と後悔だけを残す結果となった。これで、震災以後の7年間で4人が水難事故によって命を落としてしまった。残念だが、「後悔先立たず」だ。死亡事故が起きる度に何度も言って来たが、我々郡山市民は、何人も死んでいる、その猪苗代湖の水を飲んでいるのだ。

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 3  東京オリンピック・パラリンピックは来年も無理?

 巨額な建設費を投じ、施設や設備を整えた、57年振り開催予定の「東京オリンピック・パラリンピック」は実施が極めて厳しいと言わざるを得ない。その根拠は、世界中が新型コロナウイルスが蔓延しており、その終息がまったく見えない。今の状況で開催出来る筈がない。世界的に見て、確かに日本の感染者数は少ないが、こういうご時世にあって、世界中からトップアスリート達や観光客を招いて平和の祭典であるオリンピックを開催出来るだろうか?たぶん結果は「NO」だろう。今より感染が拡大する恐れは強い。

 どこかの国が出場辞退を表明すれば、堰を切ったように次々と辞退を申し出るに違いない。再びの延期はないとIOCの会長が公言しているので、中止が濃厚となる。そうなれば、巨額の建設費の回収は困難で、経済や雇用は大打撃を被る。それこそ東京都の借金は膨大だ。

 東京オリンピック・パラリンピック中止を断言するもう一つの理由は、世界各国の多くの種目で、出場権を争う予選がコロナによって中断、あるいは未開催のままということだ。誰を代表として送り込むのか、それすら確定していない。時間的に間に合わない。

 4 麻薬汚染は身近なところまで

 警察24時などでパトロール中の警ら隊が、眼光鋭く、麻薬常習者の車をすれ違いざまに見つけ、追尾し、職質すると、注射器や粉が出て来る場面がある。我が福島県にはそんなものは無縁かと思ったら、定期的に新聞に「麻薬取締法違反で逮捕」などという新聞記事を目にすることが多くなった。

 特に芸能界は麻薬汚染が蔓延している。つい先だっても槇原敬之容疑者が逮捕され、裁判でも所持の事実を認め、有罪判決が出た。所持しているということは、使用目的なので、使っていない訳などあり得ない。たぶん言い訳や言い逃れも常習なのだろう。そして今度は、俳優の伊勢谷友介が自宅に大麻を所持していた罪で逮捕された。その量、何と40回分。そして吸引する時に使用する巻紙も500枚も見つかっており、これは常習者以外の何者でもない。週刊誌も彼の異常行動を察知しており、DV疑惑や薬物疑惑の記事がたびたび掲載され、逮捕は身近かと囁かれていた矢先だった。薬物に溺れた者は、目つきや言動、態度、趣向がガラリ変わり、頬がコケたりして以前の姿とは変わり過ぎるため、どう取り繕っていてもバレないわけがない。

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 芸能界という特殊社会では、麻薬が無いとやっていけないのか?しかも一度ならずも二度三度と繰り返し逮捕されている人が多すぎる。そして何度も復帰を許してしまうために、反省の度合いも薄いように思える。
  伊勢谷容疑者も、所持していたのは事実なのに、ファンへの謝罪の言葉よりも、自分の保身を優先し、自分にとって都合が悪いことは「弁護士を立ててお話します」と弁明に終始。この特徴も麻薬使用者特有の振る舞いで、被害妄想が入っている。かつての日本人なら、潔くない振る舞いは「卑怯者」として扱われた。これもやはり麻薬の感覚の麻痺によるものなのだろう。

  こうした麻薬汚染は、我が郡山市も決して対岸の火事ではない。かつて昭和の時代の郡山は「ヤクザの街」というありがたくないレッテルを貼られていた。現在も「暴力追放都市」を宣言しているものの、駅から南西側の中心市街地界隈には、未だに組事務所があるし、さらに1.5kmほど南下した旧4号線近くには、「TATOO」専門店が秘密裏にオープンした。「タトゥー」と言えばファッション性が高く、オシャレなイメージで聞こえはいいし、罪の意識は薄いが、平たく言うと「入れ墨」である。かつては流れ者やヤクザ、暴力団組員の代名詞で、善良な市民に威圧行為として誇示したりしたものだ。今でも温泉施設、銭湯などでは「入れ墨お断り」の店があるなど、未だに一般市民に脅威を与えるものとして忌み嫌われている。その店もやましいことがあるとの自覚があるのか、大々的に看板などは立てずに、外見からは何の店か見分けがつかないような「隠れ蓑」や「抜け道」のようなひっそりした佇まいを見せている。店のHPも一見すると何の店かわからない作りになっている。

 営業妨害とは取られたくないので、ここで記載は控えるが、出入りしている客や乗り付けている車(改造車や高級外車?)には十分注意したほうが無難だ。

 実際問題として、地肌を痛め、傷つけてまでして入れ墨を入れる精神状態は通常とはかけ離れている。入れ墨をしている人の約4割が、覚せい剤や大麻吸引などの経験があるという警察統計がある。善悪の判断や正当な感覚が麻痺している証拠だ。私などは、今年、胆のう炎で開腹手術して、大きな傷を腹部に残してしまい、それだだけでも「親からもらった大事な体を傷つけてしまって申し訳ない」という自責の念に駆られているのに、ファッション感覚でTATOOを入れるような人は、そういう概念も心情もさらさら無いように思えてならない。確かにTATOOは法律で禁止などの条文があるわけではなく、罪には問われないが、やはりそれを目にすれば、良い印象は持たれない。世間ずれしているとか、「あっち系の人」という色眼鏡で見られるだろう。一度入れ墨を入れると、元のきれいな状態に戻すことは難しい。皮膚移植しても完全には戻らないのだ。

 こういう店に対して営業許可を出した郡山市の責任も重い。条例を制定し、こういう商売は排除してほしいくらいだ。

TatooDrug 

 麻薬に一度でも手を染めると、習慣性があって、なかなか抜け出せない。気持ちが弱い方が、どうしても誘惑に負けて犯行(使用)を繰り返してしまう。好奇心での体験などもってのほかで、田代まさしや翔、清水健太郎などが繰り返し逮捕されるのでもわかるように、転落人生を歩むように陥り、最悪の場合には廃人と化してしまい、禁断症状や幻覚などから、人を傷つける凶悪犯罪に走るケースも多々ある。こうなると、二度と真人間には戻れない。一度踏み外した人生をリセットしてやり直すことはほぼ絶望的と言える。「ちょっとくらい」という甘い考えが、やがては取り返しのつかない犯罪行為へと陥り、身を滅ぼすことになることを肝に銘じてほしいものだ。

 さて、今日の記事の主旨は、「このままで日本は大丈夫か?」というものだ。勤勉で真面目にこつこつ働く日本人から、価値観の多様化ばかりに重点を置き、「個性の伸長」に趣を置きすぎた結果が、自己中で勝手な振る舞いをする大人を生み出したのだ。人を傷つけてもリセットすればやり直せるゲームばかりに時間を割き、道徳心や公共心、思いやりや助け合い、謙虚さや慈しみの心が育たない自分本位になりつつある。

 人の痛みがわかり、相手の立場に立ったものの考え方に立ち返る必要がある。教育は「人づくりの原点」であることを再認識し、家庭の躾、学校や社会の役割を見直して、犯罪行為は徹底的に排除する方向性が早急の課題であり、その構築が急務である。

 虐待、性暴力、悪質な煽り運転、傷害、殺人などは本来、起きてはならない。以前の日本人なら他人への迷惑行為は最も回避していた筈だ。「日本人らしさとは何なのか?」について原点回帰して、コロナ禍で犯罪が急増している今こそ日本人としての秩序や自尊心を取り戻して欲しい。

 

2020年9月 7日 (月)

教訓になれば良いのですが…

 予期せぬ事故は日本だけでも毎年のように数多く発生する。交通事故を除いても、驚くほど突発的な事故で幼い命が犠牲になったり、悔やんでも悔やみきれない事故が起きている。
 では今日は、何らかの警鐘になればいいと考え、様々な事故のケースを検証し、それらを基に回避できる方策を探りたい。

 1 夏休みや好楽シーズンに海や川で水難事故に遭い、命を落とすケース

 毎年、サマーシーズンには都心から郊外に繰り出し、大自然を満喫するアウトドア派がこぞって山や海、川、湖でのバカンスを満喫している。それに伴って多いのが、予期せぬ遭難や水難事故に巻き込まれ、命を落とすケースだ。毎年のように、それで数十名が犠牲になっている。

 私は自然に触れるのは大賛成だが、一歩間違うと事故死に繋がることを肝に銘じてそれ相応の準備が必要だと感じている。たとえば、浅い川や流れが緩やかだと見くびらないで、小学生の子どもにはライフジャケットを着用させ、万が一流されても水面に浮くようにするべきだ。川は急に深くなったり、川底が大小さまざまな石が流れ着き、そこにサンダルや足自体が挟まり、身動きが出来ずに溺れるケースも多い。どんなに浅瀬でも油断すれば、気道確保できずに、溺死につながるのだ。
 

 毎年、必ず川で多くの幼い命が奪われている。また、それを助けようと飛び込んだ父親や周辺の大人が、途中で力尽き、犠牲になる事故が後を絶たない。海もまたしかり。一番多いのは遊泳禁止区域で泳ぎ、知らず知らず離岸流に乗ってしまい、あっという間に沖に流され、いくら抗っても岸までたどり着けずに亡くなるケースだ。

 当たり前だが、一度失われた命は二度と戻らない。同級生が水難事故に巻き込まれ、2学期から会えなくなったりしたら、相当なショックで、トラウマになるだろうし、もしかすると一生消えない心の傷を残すことにもなりかねない。

 私の子どもが小さい頃、Eテレで放送していた「天才てれびくん」に出演していた「天てれ戦士」のひとりだった「伊藤元太」が予期せぬ水難事故で急逝した。めでたく早稲田大学に進学し、通い始めたばかりの不幸な事故で、僅か18歳という短い命だった。もちろん、そこで彼の人生は終止符を打ち、二度と帰っては来ない。突然の出来事に親や兄弟など家族は途方に暮れたに違いないし、番組無関係者はもちろん、「天てれ」仲間の悲しみも想像できぬほどだったに違いない。

 

Genta
 
 また、こうした水難事故で、もっと悲惨なのは、溺れている人を助けに行って犠牲になるケースだ、正義感で、飛び込んで救助に向かったのはいいが、たとえば、着衣のまま水に入れば、その重みで、たとえオリンピックの競泳選手でも体力が続かず、溺れ死ぬこともあるという。

 それくらい海や川で泳ぐということは危険を伴うということを知ってほしい。子どもだけでなく、高齢者もまたしかり。特に川や湖の場合は、急に深みになり、水温も劇的に低くなる。我が県の猪苗代湖がいい例で、過去、何度も水難事故が起き、多くの方が水死している。泳いでいて、水温が低くなると脚がつりやすくなる。足がつかない場所で脚が攣ったら、まず自力での帰岸は困難だ。それに慌ててしまい、パニックに陥る。気が動転してバタバタすると体力を消耗し、さらに水面から沈む結果となる。亡くなる方の多くがこのケースらしい。

 高齢者の場合には、台風が来ている時に、川の様子を見に行って、川に落ちて流されて行方不明になるケース。なぜ、自ら危険に飛び込んで行くのかわからない。みすみす死に近づく必要などないのに。

 

 行楽で海や川、あるいは湖で泳ぐ場合には、事故を想定し、それに対する備えを万全にするべきだ。レジャー時にはライフジャケットを常備し、装着すべきなのだ。

 では教訓になればと思い、過去17年間で、全国の河川において水難事故が発生した地点を記したマップを紹介したい。

 「子どもの水辺サポートセンター」 ぜひクリックして自分の居住地の危険スポットをチエックしてほしい。

  例えば、頻繁に水難事故が起きるスポットもある。埼玉県の寄居の荒川は、この24年間で15件もの事故が発生し、合計8名が死亡している危険な場所だ。

 追記(令和2年9月6日)

   またしても残念なニュースが飛び込んで来た。この日、猪苗代湖の中田浜で湖水浴していたグループにクルーザーボートが突っ込んで来て衝突。スクリューに巻き込まれた5人が負傷し、会津若松市内の病院に搬送されたが、小学生の男児が死亡。2人が重傷を負った。

 猪苗代湖では、水上バイク同士の衝突事故など、たびたび死亡事故が起きている。2009年10月に水上バイクに乗っていた3人が沖で行方不明になり、遺体で見つかる事故があった。また、2013年8月には、女性が運転する水上バイクが岩場に衝突して死亡。同乗の男児も死亡した。以前の教訓がまたしても生かされなかったことになる。その水を我々郡山市民は飲料水として飲んでいるのだ。

Boat-accident

 2 帰省中に起きる事件・事故

  👤 子どもが突然に行方不明になるケース(連れ去り事案?遭難事故?それとも神隠し?)

  2年前の夏、山口県で起きた男の子が行方不明になった事件。祖父が孫を連れて海岸まで行ったが、突然に一人だけが引き返し、祖父も自宅が近いからと油断した結果、行方がわからなくなり、警察や自衛隊、ボランティアが総動員で山狩りをして捜索した一件。運よく、大分県から駆け付けたスーパーボランティアの尾畠さんが発見して、無事に親元に返されたが、毎年、どこかで行方不明になる出来事が起きている。函館で、自衛隊の倉庫に身を寄せて発見された男の子もいたし、未だに見つからない山梨のキャンプ場の女の子の事件もある。私は男の子は見つかるケースが多いが、女の子は発見できないで迷宮入りしそうな印象を抱いている。それは女の子は変質者などが連れ去り、新潟県で起きた事件のように自宅などに長期間監禁したり、いたずら目的で犯行に及ぶケースが多いからだ。

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  🚗 高速道路で事故に遭い、楽しい筈の帰省や旅行が暗転し、台無しになるケース。

 何もわざわざ渋滞で込み合う高速道路を長時間運転して帰省しなくてもと思うのだが、やはり孫に会いたい祖父母は多いし、正月と盆にしか実家に帰れない家庭では、やはり実家でゆっくり過ごしたいと思うだろう。
 しかし、時に、そうした平和な一家を突然襲うのが交通事故。誰もそこで事故って死ぬとは思って運転などしていないと思う。しかし、毎年、どこかで必ず起きる痛ましい交通事故による死亡。
 死んだ本人やその家族も、まさかそんな場所で命を落とすなどとは思ってはいなかったに違いない。悲惨なのはまだ言葉も発せない赤ちゃんが犠牲になるケース。今後、どんな未来や将来があったのだろうか?それを断ち切るのが突然の交通事故。自分に非が無くても、対向車が突然に目の前に突っ込んで来て巻き込まれて命を落とすケースもある。
 Uターン時に起き、それを知った祖父母がショックを受けることも大いに考えられる。あまりにも痛ましく嘆かわしい事故だ。

Kisei

 3 殺人事件に巻き込まれるケース

 

 いわゆる通り魔的な事件だ。最近は覚せい剤や大麻などの麻薬が蔓延し、その影響でまったくのあかの他人に危害を加える輩がいる。クスリに手を出す自分が最も悪いのに、クスリのせいにして責任能力が問えないなどと己の言い分だけは一丁前に展開し、責任逃れに走る奴。中には秋葉原殺傷事件のように手あたり次第、殺すのは誰でもよかったなどという短絡的な動機で、たまたま居合わせた人を斬りつけ、あるいは車で体当たりして人を死に至らしめる悪行。また、「人を殺してみたかった」などと独りよがりな動機で、通りかかった見知らぬ人を殺害する事件まで起きている。あり得ない。世も末だ。もし、その悲報を受け取った家族は、どこにその怒りの矛先を剥けたらいいのか?犯人と刺し違えても殺してやりたいと思うのが普通だろう。今の法律は犯罪者の更生を第一に考えているため、いくら残忍な方法で人を殺めても、ひとりの被害者では死刑を求刑できなくなってしまっている。いわゆる「永山基準」が足かせになるのだ。私は、甘すぎる刑法のせいで、これだけの凶悪犯がのさばっている元凶だと思っている。

 殺意をもって人を手にかけた者には死刑しかない筈だ。でなければ法体制や人命尊重は保たれない。更生させる意味がない。被害者は生き返れないし、人生をやり直せないのだから。

 
  今回の記事は、教訓とか警鐘を鳴らすことに主題を置いていたが、何か他人事のような文面になったが、実はいつ何時、自分も当事者になるかわからないので、自戒や自己防衛的な意味合いもある。
 最近の世の中は、麻薬が蔓延し、見知らぬ輩にいきなり刺され、自分が死ぬなどという自覚や覚悟もないままに突然に暴漢に襲われて命を落とすケースがニュースで流れる。日本も治安が悪くなったものだ。どこで殺されるかわからない世の中ではやはりマズい。
 日頃から身を守るための防衛策を考えるような治安状態に日本もなって来たということか。ありえない。世界一安全だと言う神話はもう通用しないのか?だとしたら末恐ろしいことだ。

  

2020年8月25日 (火)

雑念?妄想?いや悪意のない嘆きです・・・

 本日は、元来、私にとっては苦手な分野で、今までにしたことがないワイ談(下ネタ)の話をします。あまりにも露骨で赤裸々に語るので、場合によっては拒絶反応が出たり、「あなたの知らなかった世界」を垣間見て、怖いと思うかもしれないし、中には私の勝手な言い分や雑感(雑念)に対して不快感や反感を抱いたり、反論したい方も出てくるかもしれませんが、偏見や批判の意図はなく、あくまで個人的見解ということで受け流してほしいと思う。

ABC…XYZ…ABC…XYZ… ABC…XYZ… ABC…XYZ… 


 「地方から上京した女子大生が親に内緒でやっている危険な闇バイトの実態」


 先日、たまたま深夜に放送していた「ドキュメンタリー番組」を見て愕然と来た。それは地方から東京の大学に進学した
女子大生や専門学校生の10人に1人が、いわゆる性風俗関連ののアルバイトに身を投じ、生活費や学費を賄っていたり、あるいは留学費用などを稼ぐ手段にしているというのだ。
 信じ難いことに、中には彼氏がいながら、内緒で裏稼業に励んでいるという。しかもその女子学生の多くは、有名私立大学に通う、いわゆる清楚が売りのお嬢様系に多いというから驚きだ。
  
 その性風俗と言うのは、「デリヘル(デリバリーヘルス)」のことで、電話一本で客のいるホテルや自宅に出向き、本番以外の性的サ
ービスを行う「出張ヘルス」を指す。中には高額を稼ごうと、キャバ嬢やAV出演する女性までいるという。番組ではそうした裏の実態を赤裸々に暴露する内容だった。一体何が女子大生たちを裏稼業に駆り立てるのだろうか?

 「現役女子大生」と言えば聞こえがよく、それだけで世の男性が有難がって群がってくるし、そういう若い娘と一晩を共にできるとなれば、或る種「男の夢」で、そそられる部分があるようだ。法的にJKには手を出せなくても、女子大生であれば関係を持っても捕まることも無い。
 
案の定、20歳前後の若い娘は相当の人気のようで、黙っていても指名が殺到し、チヤホヤされて売れっ子となるようだ。中には週3回の「出勤」でひと月に50万円以上も稼ぐ女子大生までいるという。そうなると時給1,000円程度のまともな仕事など馬鹿らしくなってしまうに違いない。プロ野球のビール売りも可愛子ちゃんほど売れ行きが良いことでも証明がつくが、やはり可愛い娘は何かと得なようだ。

 知らぬが仏とは言え、もし我が娘が親に隠れて、見知らぬ男たちにその柔肌を惜しげもなく晒し、性的なサービスを夜な夜なしていると知ったら、相当なショックだ。そういうことをさせるために今まで手塩にかけて育てて来たわけではないと。
 昔の「星一徹」や「海原雄山」のような厳格なおやじならば「即、勘当もの」だろう。「そんなことをさせるために大枚をはたいて東京に出したわけではない」と・・・。
 
 しかし、当の本人たちは、見知らぬ不特定多数の男たちに体を捧げても、さほど罪の意識はないらしく、「若い時にしかできない」と割り切って、興味本位や好奇心、一種の社会勉強的な軽いノリで、隠れた夜のお仕事に精を出しているという。
 私などの昔人の感覚で言えば、多額の大学進学費用や仕送りまでしてくれる親に対して後ろめたさや申し訳なさという感情はないのだろうか?小さい頃から今日まで何不自由なく育てられてきて、恩返しするどころか仇で返す親不孝な行為をしているとは思わないのだろうか?親が知ったら泣くに泣けない。育て方を間違えたと後悔の念に駆られてしまう。
  また、お付き合いしている彼氏が、もしその事実を知ったら・・・。自分一筋だと思っていたのに、彼女の裏の顔や誰にも明かせない秘密を知った途端に幻滅し、恋愛感情などは一気に冷めてしまうに違いない。

 蛍雪の功なって、晴れて女子大生になって、地方から東京と言う華やかな世界に出てきて、地方なら顔が知れて出来ないことも、まずバレないことをいいことにハメを外して思い切った行動に出てしまう傾向は否めない。それに地方では体験できないことにも気持ちひとつで未知の大人の世界を垣間見れる。もちろん、女子大生は18歳を越えているため、売春行為さえしなければ法的には罪に問われることはないし、逆の立場で言えば、そういう裏商売に手を染める女の子と一夜を共にしたところで、合法なので、性的サービスを受ける男性側も一切警察の厄介になることもないのだ。
 
 もっとも、女子大生が性風俗に身を投じるきっかけは、同じ大学に通う友人に誘われるケースも多いという。ひとりではできないことも、友達とだったら、怖くないと。そして手っ取り早く通常のバイトでは稼げない大金が転がり込むから、女子大生にとっては美味しい話なのかもしれない。こういう金のなる木は若い今しかできないと割り切っているのだろうか?

 しかし、一方では、そういう若い娘を欲する男性がいるからこそ、こういう商売が成り立つということも言える。矛盾しているのは、そうした20代そこそこの若い子を抱きたがる客というのは、同じ年代の若い男性だけではなく、20~60代まで幅広いニーズがあるからなのだろう。
 自分の娘がそうするのは許せなくて、他人の子であれば平然と抱きたがる親世代の感覚というのもどこか神経が麻痺している証拠だ。  

 余談だが、今の女子大生は、私が大学生の頃よりも、可愛さが数段上がっている。誰もがアイドルになれそうな雰囲気を持っている。かわいい子やスタイルに自信がある子だけが自らの顔や体を武器に、そういう仕事に勤しんでいるとも言えなくないが、驚くほどどこにでもいる普通の19~22歳くらいのうら若き学生達が、そうした娼婦顔負けのバイトに励んでいるのが実態だ。

 毎週火曜日に放送している「ボンビーガール」の物件探しを見ていると、田舎の純朴な娘が、生活費に困窮し、このようなバイトに入り込む人もいるかもしれないと思うと居た堪れない気持ちになる。

 論より証拠で、私もネットで調べてみたところ、そういう性風俗のサイトがわんさか出て来た。いくつかそういうサイトを取り上げたい。(紹介したり推奨するものではありません。実際にそういうサイトが多く存在していることを例証するものです。クリックする際は自己責任でお願いします。)

「現役女子大生コレクション」→ https://www.josidaisei1.com/pc/top/

 College-girl   

 このデリヘル経営会社の所在は豊島区池袋。6大学やお嬢様系の有名私大が数多くある場所だ。

「大学生の集まる秘密のデリヘルJD  LOUNGE」→ https://www.dto.jp/shop/29068

Img_7853Img_7855  

 もしそこに自分の娘が写っていたらと思うとぞっとする。マスクやボカシなしで素顔をそのまま曝しているし、しかも実際に男性客と絡んでいるサンプル動画までアップされている。ここに挙げたのはほんの氷山の一角で、似たような女子大生ばかりを集めた専門デリヘルは多数存在する。在籍している学生の数を考えると、昼間は真面目に学校に通い、夜には別の余所行き顔があって、親や彼氏の知らない所でもうひとつの世界にどっぷり浸かり、毎夜、見知らぬ男性とホテルで会い、せっせと御奉仕している女子大生が多数実在しているということだ。

 しかしながら、この業界にはよくあるらしいが、年齢や学歴を詐称している可能性もあるし、本当にその大学に在籍しているのかすら怪しい部分がある。しかし、在籍女の子紹介のページを見る限りは、個人情報保護の観点から一部ボカシはあるものの、どうみても清楚で決して性風俗には無縁の文学女子という雰囲気の女子大生ばかりが目に付く。

 怖いのは、20歳そこそこの若い女の子が、彼氏がいるにもかかわらず、倫理観や貞操観念などなく、性風俗にハマる事実。見ず知らずの男性とベッドで絡むなど、気持ち悪くはないのか?それも自分の父親ほども年齢が離れている客を相手にすることだってあるにちがいない。もしかすると客が重大な感染力の強い病気を持っていながら、それを隠してお相手する場合だって無きにしも非ずだ。

 さらに怖いのは、大学を卒業して会社などに就職できても、初任給や最初の数年は給料が安く、性風俗で稼いだ時の半分以下などという逆転現象もあるに違いない。そうなると、洋服代や化粧代、旅行費などより贅沢がしたいあまり、昔取った杵柄ではないが、昼と夜の仕事を掛け持ちで、そうした「兼業」に走り、若いうちに贅沢三昧、そして金遣いが荒い派手な生活に陥ることへの懸念がつきまとう。
 また、ホテルに派遣された女の子が、密室空間で性的サービスをするうちに、力づくで性交を強要され、被害に遭うケースも後を絶たないと聞いている。現に俳優や横暴な韓国人がそういう行為で逮捕に至ったケースも複数件発生している。そういう怖さもあることを田舎の純朴な女子は警戒心がないのかもしれない。

 しかし、よくよく考えると恐ろしい。たとえば一時の迷いで在学中にAVなどに出演したとする。将来「女子アナ」や「保育士」や「教員」を目指していたとする。映像は半永久に残り続けるわけなので、もし就職した会社やその業界で、同僚や先輩後輩がその映像を見て、本人だとバレた場合、本人の立場が危うくなるのではないか?悪い噂が立つと平気な顔で会社に居続けられのだろうか?「保育士」や「教員」ならなおさらそうで、もし保護者や性に興味のある生徒が「先生」の裸や性交場面の映像を見たとする。その後、どういう結果が待ち受けているかは火を見るより明らかだ。
 好奇心や経済援助でそういう業界に身を投じるなら、そうなることを覚悟の上で臨むべきで、後悔は必ずついてまわると思う。

 「ところであなたの奥さんは大丈夫ですか?」

 加えて女性と言うのは怖いもので、女子大生に限らず、人妻であっても非日常を味わいたいとか、旦那が女として見てくれないことへの欲求不満のはけ口、熟れた体を持て余して快楽を求めて性風俗に入り込む。あるいは夫の浮気に対するリベンジ(復讐)だったり、 一度の火遊び(アバンチュール)のつもりで不倫をした場合、そこで写メなどを撮影されると、リベンジポルノで、その画像が市中に出回ったり、脅迫される原因となる。また、興味半分でAVに出演すると、その報償の凄さ(つまり甘い汁を吸ったこと)に味を占め、二度、三度と不倫や出演を繰り返すことが多い。一度で吹っ切れて、一度すれば二度も三度も同じだと、箍が外れたように罪の意識が無くなるようだ。男性経験が薄い女性ほど、その後、その時のプロのテクに酔いしれ、快楽が余韻となり、新たな妄想で、出演を繰り返したくなるという。
 実際に、私は不倫やセフレを欲しがる人妻など、私はドラマや映画、あるいはAVの中の世界だと思っていた。

 しかし、浮気や不倫を現実的に習慣的に行い、複数の異性と性的関係を持続している女性が実際の数多く存在していることを知り、地方にいる私などは正直驚いた。
 
彼氏や夫に申し訳ないという感覚は、一時の快楽やお金の前には霞んでしまうと見える。実際に、私は対岸の火事くらいにしか思っていなかったので、浮気はおろか出会い系なるものもやったことは一度もないが、そうした出会い系の掲示板を覗くと、そういう欲求不満から他人の体を求めている書き込みが数多く存在する。「家庭は壊したくないので一回限り希望」とか、「訳ありな関係希望」などのコメントが踊っている。俄かには信じ難いが、画像付きで、実際に出会い系で出会った人妻とどうなったかまで詳細を記す体験談まである始末だ。こういう出来事が、日本のどこかで日常的に起きているとしたら、末恐ろしい。夫や子供の知らないところで、別の女の顔を見せる人妻。そこには倫理観や道徳心、あるいは貞操観念などは存在しないようだ。相手をする男もそうした油断や心の隙を狙って関係を持とうと入り込んでくるのだろうが・・・。

 もちろん、本当に生活に困っていて、子どもがいながら、やむを得ずそういう性風俗や不倫などの横道に入り込むケースも多い。また、最近はコロナ禍で、夫が職を失い、借金を抱えて、生活のために仕方なくという方も多くなっていると聞く。通常のパートなどでは稼げないほどの大金が転がり込むこの業界ではたったひとつ決心するだけで、いわゆる莫大な金づるに辿り着けるということだ。

 しかし、大金が転がり込むようになると、それまでの質素な生活は一変するはずだ。着ている洋服に変化が見られ、使用する香水やアクセサリー、持ち物まで変わるだろう。そういう妻や彼女の変化にいくら鈍感な夫や彼氏でも気づかぬ筈がない。

 「バレなきゃ大丈夫」という感覚は、逆にバレた時の代償はあまりにも大きいし、「家庭崩壊」にもなりかねない。そして実際に明るみになった時には。子どもをも巻き込む修羅場と化す。妻の不貞や浮気、内緒で性風俗関連のバイトがバレると一気に家庭崩壊、離婚が現実味を帯びる。路頭に迷うのは何の罪もない子どもということになる。どんなに傷つくことか。たぶん性格まで変わってしまい、将来を悲観する子供まで出てくるかもしれない。しかも性風俗に勤しんだ女性は、誰の子を身ごもるかわからず、本当の子どもかどうかもわからない事態を招く。
 最近の子どもの虐待を見ても、無責任な親がいかに多いことか。一時の快楽を求め、多くの男性に身を委ねるような女性は、子どもに愛情を注げなくなるように思える。子どもに食事を与えず死に追いやった親や、炎天下、幼い子どもを車内に残してパチンコに興じたり、子どもをアパートに残して遠くの愛人に会いに出向く親などは、個人差はるだろうが、一途にひとりの男性を愛し続けたり、死ぬまで添い遂げることなどできなくなるように思える。
 
 つまりその予備軍が女子大生にも当てはまる。学生時代だけの若気の至りかもしれないが、イケメン好きが多いように、嫌になったら、男性をいつでもチェンジできるという発想が身についてしまい、結婚後も、多少の不満にも我慢できず、簡単に離婚を決断するようになってしまう気がする。
 まして女子大生ならなおさらで、学力があって、自力で稼ぐ
だけの生活力があれば、何も不満を抱えながら、結婚相手と一緒に暮らす必要を感じなくなるのではないか。
 しかし、天網恢恢というように、「バレなきゃ何をやっても大丈夫」という感覚でいることは、長い目で見たら将来何らかのしっぺ返しを食う。そうした発想が常態化してしまうと善悪の判断までおぼつかなくなるからだ。

 私はアイドルを目指している女の子も、多少はそういう気がありそうな気がしている。ミニスカートで太腿をあらわにして男性の視線を集め、チヤホヤされたいとかモテたいという気持ちは、自己顕示欲だけでなく、人から見られたいとか、場合によっては性風俗でバイトをする人の感情と似たものがあるように思えてしまう。それとも私の発想が飛躍しすぎているだけなのか?
 
 また、怖いのは前述した通り、一度でもAVに出演したことがあれば、その映像は半永久的に残るという
ことだ。いくら偽名を使っても、化粧でごまかしても、本人だという事実は変わらない。それにわざわざDVDなどを購入しなくても、ネットを介して拡散し、家にいながらPCなどで同じ映像が見れてしまうのもまた事実だ。不特定多数の人物が、誰がどこで見ているかわからないということだ。それを承知で自ら出演を決めたのだろうか?

 若い頃の自分の豊満な体を記録として残しておきたいという人もいるかもしれないが、もし子どもがもの心ついて、知らない男と絡んでいるその映像を偶然見たとしたら、どう思うだろうか。そして母親はなんと子どもに説明、あるいは言い訳するのだろうか。「他人のそら似」と最後までシラを切り通すのだろうか?
 東京ならまだしも、地方であれば、瞬く間に噂が広がり、世間体がすべてを支配する田舎にあって、もし近所でそういう噂が広まったら、その場所に居続けることなどできないのでは?

 また、数年後にご主人がその映像を発見したらどうなるのだろうか。もしかしたらその
時に出来てしまったのがこの子かもしれないという疑念すら浮かぶだろう。我が子と思っていた子どもは、実は赤の他人の子どもだったとか新事実が露呈することにはならないか。

 一方、子どもは、本当はお父さんだと思っていた人は、実は違う人だったのでは?という突如降りかかった不安に苛まれ、将来を悲観するのではないか。

 そして、私は世の女性に問いたいが、若い娘があまり抵抗もなく、軽い気持ちで性風俗にハマったり、AVなどに出演している現状を、同性である女性たちはどうのように感じているのだろうか?無論、受け止め方は年代や世代によって異なるだろう。若い世代ほど拒絶感は薄い。場合によっては異性とは広く付き合って、いろいろな男性を試してみたいなどと思うかもしれない。また、親世代は絶対に看過できないと感じるかもしれない。いやもしかすると、表立っては言えなくても、「私もあと10年~20年若かったらやってみたかった」などと思う女性がいるかもしれない。それほど正当な判断が鈍り、性の解放が進んでいるような気がする。
 しかし、実情は、同性(女性)のほうが、人を見る目はシビアで、共感的に接する人は少なく、異質な目で見るだろうし、場合によっては見境なく多種多様な男性と性交を繰り返した女性を見て、「誰とでも寝る汚らわしい女」とか「不潔」だと判断し、つまはじきにしてしまいそうな気がする。

 いろいろと妄想を書き綴ったが、これはあくまで私の私見であって、性風俗の存在自体を批判するものではない。性風俗に勤しむ女性は、性感染症になりやすく、また避妊が完璧でなかったために、偶発的に妊娠してしまい、堕胎を繰り返すうち、不妊症にかかるリスクもまた大きい。また、不特定多数の異性と関係を持つということは、知らないうちに性病をうつされていたり、新型コロナウイルスにも感染している可能性は高くなる。

 それよりもっと怖いのは、自分が気づかずに進行する「心の病」で、学生時代に甘い汁を吸う生活を送った人間は、堪え性が無くなり、何かあれば、「体を売って金を作る」という感覚に陥らないか?それよりも、結婚相手に自分の過去を隠したまま生活をすることへの後ろめたさはないのだろうか?老婆心かもしれないが、心と体は別という概念の下、体を売って生活していた方が、本当に心から人を愛せる関係を築けるのだろうか?
 

 夫が優しい人で、妻(自分)を心底大事にしてくれる人と連れ添う際に、申し訳ないと引け目を感じないのだろうか。いずれ後悔することになると思うのは私だけだろうか。

 ご主人も、昔、自分の愛する妻にそんな過去があったことを知ったら、心から許せる人というのはどれくらいいるのだろうか?表向きは許せても、内心は穏やかではない、悶々とした日々を送るに違いないし、妻の顔を見るたびに、まだ自分の知らないどこかで不倫や浮気、不貞をしているのではないかと疑念を抱くに違いない。

 それとも、私が古い人間なだけで、性の解放はもはや当たり前で、そんな昔風の純朴な清楚な発想を持ち合わせた人は、今の世の中いなくなってしまったのだろうか?
 私は、もう足掛け11年も、いろいろブログには書き綴って来たが、どちらかと言えば堅物で、顔も若い頃は長身(178cm)で細身(64kg)のモデル体型で「マッチそっくり」とチヤホヤされた時期もあったが、イケメンとは程遠い風貌だ。浮気や不倫など考えたこともない。というか女性が私なんかを相手にしてくれる筈がないと思い込んでいたからだ。だから、「バレなければ」とか「家庭を壊さなければ」という意識でそういう行為に走る男女はあまり信じられなかったというのが本音だ。

 さて、本日は批判覚悟であえて書いた節がある。この記事を読まれて憤慨する方もいるかもしれない。男性でもそういう部分を求めているのだから女性ばかりを悪く言うのは許せないと思うだろうか?
 最近、「シングルマザー」が増えており、その言葉が近年は市民権を勝ち取り、それでも生きていける世の中で、実際に多くの母子家庭や父子家庭を目にするようになった。
 しかし、私は夫婦間の複雑で、部外者には想像できない理由や悩みがあっての決断だったのと思うので、否定も批判もしないが、冷静に考えると、それはある意味、親の都合でそうなったケースが大半で、子どもの意見は考慮されていない。子どもはもの心つく年齢になると、きっと「どうしてうちにはお父さんがいないの?」と思う筈だ。もしかすると自らの生い立ちに疑問を抱き、「自分の父親は誰なのか?」と歪んだ感情を持ち、ずっとそれを引きずって成長することにもなりかねない。
 子どもの心情を最優先すれば、やはり可哀そうという感情がついてまわる、これが、たとえば父親がどうしようもない人物で、家庭の外に女を作って浮気を繰り返していたとか、金遣いが荒く、暴力的でそれから逃れるためとかだったら、じゅうぶん理解できる。
 
 しかし、些細なことだったり、多少の不満が原因で離婚まで発展するケースがいかに増えていることか。夫婦にし
かわからない部分に他人が口出しできることなどないが、やはり子どものことを最優先に考えて重大な決断を下してほしいと願う。できれば子どもが成人を迎えたり、結婚して新しい生活を開始するまでは、その決断を延ばしてほしい。なぜなら被害者は常に子どもたち自身になるのだから。
 それに、親が離婚している場合、その子どもも親を見習ってしまう訳ではないが、やはり離婚するケースが多いという統計もあるようだ。一生一度、嫌な気持ちを引きずって、ずっと同じ屋根の下で過ごすか、あるいは気持ちを切り替えて、区切りを迎えた頃合いに、新しい生活を求めて決断を下すかだと思う。

 一方、「ふたたび生まれ変われるとして、また同じ人と結婚したいか?」というアンケートでは、男性の75%が「また今の妻と結婚したい」と答えたのに対し、女性は、「同じ夫を選ぶ」と答えたのは、僅か27%にしか過ぎない。
 よって、女性は、男性の才能や性格を見切るのが早いということが言える。「嫌になったら別れればいい」という気持ちが強いのかもしれない。現に夫婦間で離婚を切り出すのは女性からということが多いようだ。

 さて、最後はまとまりのないとりとめのない話になったが、こうした話は何も今に始まったことではない。その親世代も、ひと夏の刺激を求めて思い切った行動に出たものだ。
 当時は携帯やSNS、出会い系などがなく、ツアーや婚活パーティーなどで新たな出会いを模索していた。その代表は「新島」で、見知らぬ若い男女が単にフリーなエッチを目的にこぞって、その島を訪れた。私は地方出身だったので、参加するすべもなかったが。
 また、携帯電話がなかった代わりに、ポケベルやテレクラが隆盛し、出逢いを求めてそういう手段を講じていた時代だ。
 
 70~80年代でも性風俗を取り上げた番組はあった。ご存知、日テレの「11PM」や「独占
おとなの時間」、土曜の「ウィークエンダー」、上田晋也監督がリポーターを務めていたテレ朝の「トゥナイト」がその先駆けだった。また、主婦層に人気があったのがお昼の「アフタヌーンショー」や「あなたの知らない世界」のお色気たっぷりの再現VTRなどは人気があった。
 
 時代は移ったが、人間という生き物は飽きっぽいため、マンネリを避けようと「非日常」
を妄想し、欲求不満を解消するネタを求めているように思える。

 それが大胆な行動に人を動かす要因になっているように思える。実際に社会情勢やコロナ禍で、本来得られるべきお金がなければ、学業も続かないし、思い切った手段に打って出るケースもあるかもしれない。でもそれを餌にしていたいけな女子学生を食い物にするのだけは許せないように思う。
 かくいう私自身も50代になり、若い人を羨ましいと思う反面、息子や娘と同じ年代の学生の将来を思えば、理性が勝り、そんなタガが外れた行動には出られない。
 
来年は東京オリンピックが開催できるか微妙で、コロナの蔓延で、採用を見合わせる企業が続出し、雇用情勢の悪化が見込まれ、結果、大学を出たものの、就職できない学生が多くなりそうな気配だ。そうなると、ますます短絡的に性風俗に救いを求め、そちらに流れる学生が増えないことを願うばかりだ。 
 現に最近のニュースで、京都にある超一流私立大学の学生は、新型コロナによる悪影響で、学業継続困難で退学を検討している学生が1割にも上っているという。それほど、経済や雇用が悪化している。

 本日の記事はさらに性風俗に救いを求める女子学生が増えないことを願って記したまでだ。
  

2020年8月16日 (日)

ブログタイトルの一部変更について(カミングアウト編)

 現在、術後の病気療養中のため、当ブログの新規記事のアップを休止させていただいておりますが、いつもご覧くださっている皆様にこの場を借りましてご報告いたします。

  それはすでにご存知の方も大勢いると思いますが、私の旧ブログのタイトルは「時遊人SUZUのひとり言」と言い、震災前の2009年4月27日に開設し、2018年の同日に終了を宣言するまでの9年間で3,400件を超える記事を掲載して来ました。一日の平均アクセス数は3,000~5,000件程度いただき、通算では800万アクセスを超えるほどの好評を得ていました。

 その内容は、地元の「郡山の話題」や「福島県に関する話題」、それに自身の趣味(釣りや旅行など)や「日常の雑感」、「ミステリースポット紹介」、さらには「芸能ネタ」や「昔のテレビ番組」、「血液型に関する記事」、「CM」に関する記事、そしてミーハーだが大好物の「女子アナ」の話などを自由気ままに書き綴っては公開して来ました。

 そして多くの方から、激励のコメントをいただき、情報提供や共有の面で大変役立った次第です。とりわけ地元の「郡山の昔話」に関する記事では相当盛り上がりました。それに関しては感謝の念に堪えません。

 余談になりますが、その旧ブログでは「nifty」の「ココログフリー」を使用していましたが、9年越しで全容量の92%を使い果たし、残り僅かになった時点で或る決断をしました。それは、2018年4月に現在の「ココログベーシック」に切り替える際に、旧ブログを全面閉鎖する予定でいたことです。

 しかしながら、「時遊人SUZUのひとり言」のブログをこよなく愛してくれた方々の熱烈なる要望により、「ココログフリー」の旧ブログは公開記事数を大幅に削減した上で、要望が多かった記事だけを残しました。

 そして、新ブログ(現ブログ)は完全リニューアルとし、看板を付け替えて現在の「唯我独尊~気ままにブログ三昧」に変更した次第です。作者名も「SUZU」のままでも良かったのですが、それでは正体がバレバレになってしまうので、私の幼少の頃の呼び名であった「つん」を使わせてもらいました。

 その後、現ブログに切り替えて2年以上が経過し、すでに700を超える記事をアップして来ましたが、旧ブログに比べてアクセス数は5分の1程度の一日500~600程度に収まっているところです。それは私の記すカテゴリーに興味を示してくれた特定のブロガー(読者)に特化している証拠で、今後は、アクセス数の増加を期待するのではなく、共通の趣味を持った方や、同じ話題で盛り上がれる方、私の拙い記事に共感してくれる人の存在を大事にしたいと考えています。

 いわゆる通りすがりに読んで、匿名で無責任な批判コメントを残していく方ではなく、「顧客」のニーズを大事にしたいということです。もちろん一見さんでも当ブログの閲覧は可能ですが、通りすがりに中傷や批判的なコメントを投稿した方は、当ブログへのアクセスを禁止する措置を取らせていただきます。予めご容赦願います。

 また、スマホ利用の場合、メニュー(記事一覧)に様々な広告が表示されますが、「ココログ」が独自に掲載しているもので、当方は一切関与しておりません。クリックする際は、自己責任でお願いします。

 ところで、つい最近まで、特段、旧ブログのタイトルを公表しようなどと大それたことを思っていなかったのですが、新規記事のアップを終了して、2年以上が経過し、さらには掲載記事を5分の1程度と大幅に削減したにもかわらず、現在も「時遊人SUZUのひとり言」のブログに、毎日1,000を超えるアクセスをいただいている一方で、結構、コメントなどで私の正体(旧ブログ)について同一人物かという問い合わせが複数件相次ぎ、「そろそろ時効?」と思い、旧ブログ名を公表した次第です。

 あまり旧ブログをご覧いただけなかった方にはあまり関係がないことですが、一応、ここでカミングアウトしたということで、旧ブログの記事も5分の4程度は非公開処理済ですが、地元の「郡山の記事」を中心に600記事程度は残してあり、今も閲覧可能ですので、興味がある方はぜひご覧頂ければ幸いです。

  URLはコチラ→ http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/

 そして、もうひとつ変更したいことがあります。それは現ブログ名には「誰々の」というタイトルが入っていないため、コメントを下さる方もブログの管理人である私を何と呼んでいいのか戸惑っている節が見られます。

 そこで、今回のカミングアウトを機に、ブログ名を「SUZUの気ままにブログ三昧」と変更したいと思います。「時遊人SUZUのひとり言」から「SUZUの気ままにブログ三昧」ではあまり変わり映えしないのですが、次回からコメントをくださる際には、気軽に「SUZU」さんと呼んでいただければありがたいです。

 最後に、今後とも当ブログをご愛顧いただければ幸いです。(つん改めSUZU)

 追 記

 なお、本日の記事は臨時の「告知」として事前にお知らせするもので、現在、胆嚢摘出手術後の療養中のため、新規記事のアップを休止しております。再開まで、もうしばらくお待ち下さい。

2020年8月11日 (火)

新規記事アップ休止のお知らせ

 今夏、「胆管結石」による「急性胆嚢炎」発症で予期せぬ入院、摘出手術から1か月以上が経過した。退院からもおおむね一か月が経った。

 延べ16日間に及んだ入院生活による予後の経過観察と定期的な通院のため、大事をとって新規記事の執筆および掲載をしばらくの間、休止させていただきます。今のところ再開の予定は未定です。 

TentekiOpe
   包み隠さず言うと、患部(創痕)や背筋などにまだ痛みがあり、ほかにも全身麻酔と酸素吸入の挿管による弊害で未だに声がかすれるとか、入院中に200本を超える点滴や2日に1回の採血が原因と思われる「表在性血栓性静脈炎」の発症で、両腕の静脈がまるでアンテナの同軸ケーブルのように硬く太く腫れてしまっている。もう二週間もこの状態が続いている。

 さらには親知らずの部位に出来た治療困難な虫歯や歯周病の治療など、様々な術後の後遺症に見舞われているため、ブログ執筆の継続は困難になっており、この際、「緊急掲載」を除いて、当面の間、新規記事の掲載を休止する決断をした次第です。 

 正直言えば、あと11日先(11回分)までの記事は完成しており、いつ掲載しても大丈夫なように準備済ですが、6月下旬のように突然、緊急入院という憂き目に遭うことを懸念して、再開後のストックとさせて頂きます。

   健康が快復次第、当ブログへの新出記事の掲載を再開する予定です。どうかご了承ください。 

     Bow     

2020年7月31日 (金)

残念な福島県

 以前、当ブログにおいて、不幸や災難続きの福島県の現状を暴露する記事を書いたことがある。今回はその続編と言えるような記事だ。

 我が愛する福島県を蔑む意図ではなく、問題点を指摘することで打開策の参考にしていただきたい。

1.  レギュラーガソリン価格が高い

    2020年7月25日現在で、全国40位 1L=132円

 https://e-nenpi.com/gs/prefavg

 1位の徳島県とは1リットルあたり17円も高い。17位の東京とは10円の差。普通乗用車で満タン50リットルでは、850円も違う。

 ご存知の通り、中東からタンカーで輸送された原油は海岸のオイルコンビナートに貯蔵され、加工された後、製油所から貨車やタンクローリー車で各地域のガソリンスタンドへと運ばれる。だから製油所から遠ければ遠いほど輸送費が嵩む。よってガソリンに大きな価格差が生じることとなる。それにしても我が福島県は全国平均よりもかなり高いツケを払っていると言える。なぜか太平洋沿岸のいわきよりも海の無い会津の方がガソリン価格が安かったり、4号線沿いでは須賀川市滑川が圧倒的に安い。販売価格をどうやって決めているのか不思議でならない。

Gasoline

2.  大学進学率が低い

 2019年の調査によれば、福島県の大学進学率は45.8%で、全国37位。1位の京都は65.8%なので20%も低い。ちなみに東北地方は大学進学率が総じて低く、福島県の下は秋田県が38位、山形県が40位、岩手県が43位と低い。ちなみに全国最下位は沖縄県で、やはり低所得が問題となっており、本土から離れた離島で、県外への進学がままならないという実情がある。

 これは地方にありがちな傾向だが、教育への関心が低い。親の意識として、「高い学費を注ぎ込んでまでして大学を出る必要などない。」と考え、大学進学の機会をみすみす捨ててしまっている。そういう家庭の子どもはたいていの場合、勉強が嫌いで、無理して大学に行かなくて良いという感覚で、言い訳や逃げ道を作ってしまう。30年前とは異なり、少子化の影響で高校は選ばなければ、誰でも行ける全入時代で、高校進学率はほぼほぼ100%だ。したがって、もはや大学に行くのが常識という時代なのだ。

Rate-of-college

 そんな中、福島県の進学率が極めて低いのは、経済的に厳しいと諦めさせてしまうケースが多いからだ。例えば東京の私立大学に進学し、下宿生活を4年間送ったとして、学費と生活費の総額は1000万円は下らない。また、田舎ほど子どもの数が多くなる傾向があることから、ひとり当たりにかけられる教育費は少なくて当然だ。

 それが顕著にわかるのが、県内にある国公立大学の県外合格者の占有率だ。福島県には国立大学は「福島大学」しかない。学部によって差異はあるが、志願者の多い「経済経営学類」の県外合格者の割合は約70%近くにも達し、相当駆逐されているのが現状だ。
 また、公立の「会津大学」はコンピューターに特化した専門性が濃い大学だが、県内出身者は入学金が半額という特典にもかかわらず、県外合格者が64%にも達し、県外出身者に食われている。
 更には、同じ公立の「福島県立医大」は看護学部こそ県内の旧女子校(橘・会津葵・会津学鳳・安積黎明)を中心に善戦しているが、医学部に関してはほぼ県外出身者で占められている。推薦入試や特別枠で県内出身者への優遇措置を使っても、県外出身者が多くなっている。そうなると、6年後に卒業しても、地元に帰ってしまうために、福島県内の医師不足の解消にはなっていないのだ。

3.  地震が多すぎる土地柄

 日々の「地震速報」をみると、震源地が「福島県沖」や「茨城県沖」、「宮城県沖」ということが圧倒的に多い。これは9年前に発生した「東日本大震災」で実感したように、太平洋沿岸部を南北に「太平洋プレート」が連なり、海底で「ユーラシアプレート」の下に潜り込んでいる。一定期間潜り込むと、反動で押し戻す働きが生じる。これがこの場所での地震発生のメカニズムになっており、だから福島県沿岸は地震多発地帯になっている。なのに、そこに日本一の発電量を誇る「原発」を2箇所も建設したのはある意味、自殺行為で、津波による全電源喪失に端を発した「水蒸気爆発」と「メルトダウン」を引き起こした放射性物質拡散など人災でしかない。

 福島県内では、毎週のように必ず地震で揺れを感じる。県民は慣れっ子になっていて、感覚が麻痺しているが、これが日常茶飯事であれば、何と恐ろしいことか。こんな地震多発地域に首都機能を移転させようとしていたとは末恐ろしい。
 今後も一定周期で地震が頻発し、その度、怖い思いをさせられるのは内心穏やかではない。

Earthquake

4.  生活満足度ランキング

 福島県は41位と下から6番目の低水準。満足度指数は58.7点。東北では3番目。やはり、東北は生活しにくいという結果。ちなみに1位の千葉県は66.4点。
 このアンケートによると、日常的に食料調達や生活用品などが容易に入手できるとか、市街地で交通の便が良いとか、病院や商店街、スーパー、百貨店などが近くにあって生活にこと欠かないことが重視されている。
 やはり、福島県の場合には都市部を除き、過疎化が進んでいる実態があり、未だに故郷を追われ、避難生活を強いられている方も少なくない。よって決して住みやすい安住の場所とは言えないのかもしれない。

5.福島空港

 開港当時の勢いはどこへやらだ。今ではなんと札幌便が一便と大阪便が4便しか飛んでいない。かつては札幌便が一日2便飛び、函館、帯広にも就航していたし、プロペラの小型機ながらも名古屋や広島にも飛び、更には日航機が福岡や沖縄にも飛んでいた。航空会社も現在はANA一社だけになったが、以前は中部日本航空や日航、全日空、エアドゥまで就航した。あれほど栄華を誇った福島空港は、滑走路を2,500mに延長し、アシアナ航空などがソウル便、中華航空が上海便を定期路線で飛ばすなど国際線も就航していた。あのヨン様もお忍びで福島空港に降り立ったことがあるし、映画「世界の中心で愛を叫ぶ」では、ラストシーンでこの空港ロビーでロケを行ったほどだった。
 今、コロナの影響で、大阪伊丹行きは減便、政府の愚策「GoToトラベルキャンペーン」前までは札幌便まで休止となっていた。
 私が思うに、福島空港は立地場所が悪すぎる。阿武隈山系の山間に設置されているため、年中天気が悪く、濃霧で就航できない日数も多い。しかも交通の便がすこぶる悪い。県庁所在地の福島市民はまず利用しない。仙台空港の方が遥かに近いし、国内あちこちに飛ぶ便が多いし、LCCも就航しているため安上がりだ。当時の佐藤栄佐久知事なら打開策は思いつくだろうが、今の知事では何ひとつ有効な積極行政は出来ないだろう。

Fukushima-airport2

 さて、今回の統計結果を突きつけられて、どう感じたことでしょう。「福島県は田舎だからしょうがない」と半ば諦めムード?何か打開策があるはずだ。行政はこれらの結果を重く受け止めている節は見られない。だとしたら、何も対策を講じていないことになる。

 優劣感を抱くほどのことではないかもしれないが、ある程度の危機感を持たないと改善策という発想には至らないだろう。ぜひ横堀知事には旗振り役と強いリーダーシップを発揮して欲しい。

 

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