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2018年11月11日 (日)

福島県の廃校訪問だより(予告編)

  •   みなさんは「ハーメルン」という映画をご覧になったことはありますか?福島県の奥会津にある廃校になった小学校を舞台にした物語だ。
     元校長が廃校になった小学校に住み、修繕を繰り返しながら、かつて自分が勤務した学校を後世に残そうとする努力と、かつてそこの学び舎で過ごした卒業生が、在学中におこなったいたずらを後悔し、タイムカプセルを探し出すという郷愁溢れるストーリーだ。
  • Kuimarusyo

             Kuimarusyo2

     我が福島県には、少子化の影響で、このような廃校に追い込まれた学校が数多く点在する。時代の流れとはいえ、かつて何千人もの児童がそこで生活し、いくつもの想い出を作ったに違いない。栄枯盛衰という言葉では決して片付けられない「人の思い」というものが幾重にも積み重ねてある。
     「ハーメルン」に登場した「旧喰丸小学校」は、南会津地方の昭和村というところにある。山間の深い奥地にあった小学校で、廃校から40年近く経った今でも、人々の思いに支えられて、解体されずに、古きよき時代の面影を残して佇んでいる。秋にはイチョウの木が黄色く鮮やかに彩り、冬には、白一面の雪景色に来るものを拒むかのような静寂に包まれる。
     私は死ぬまでに一度は訪れたいと希っている。
     
     しかしながら、わざわざ奥会津まで行かずとも、我が街・郡山にも同じような境遇に苛まれ、閉校や廃校に追い込まれた小学校はごまんとあった。以下の小学校だ。

  •  
  •  郡山市内で廃校になった小学校(1947年以降)
     
  •  1 郡山市立熱海小学校玉川分校(1966年)
  •  2 郡山市立月形小学校安積鉱山冬季分校(1968年)
  •  3 郡山市立多田野小学校山田原分校(1972年)
  •  4 郡山市立月形小学校舟津分校(1975年)
  •  5 郡山市立福良小学校中浜分校(1977年)
  •  6 郡山市立三和小学校下守屋分校(1978年)
  •  7 郡山市立熱海小学校中山分校(1978年)
  • Funatsu Fukurabunkou

     8 郡山市立御舘小学校駒板分校(2003年休校、2005年廃校)
  •  9 郡山市立赤津小学校(2005年統合により郡山市立湖南小学校へ)
  • 10 郡山市立福良小学校(同上)
  • 11 郡山市立三代小学校(同上)
  • 12 郡山市立中野小学校(同上)
  • 13 郡山市立月形小学校(同上)
  • 14 郡山市立河内小学校夏出分校(2006年休校、2011年廃校)
  • Akatsu Kouzunatsuide

    15 郡山市立高野小学校(2018年郡山市立西田学園へ移行)
    16 郡山市立鬼生田小学校(同上)
    17 郡山市立三町目小学校(同上)
    18 郡山市立大田小学校(同上)
    19 郡山市立根木屋小学校(同上)
    20 田村町立守山小学校細田分校(1962年)
    21 三穂田村立三和小学校高籏分校(1963年)

    Oniuda Negiya


     郡山市内で廃校になった中学校一覧

  •  1 郡山市立熱海中学校〈旧〉(1970年丸守中と統合し郡山市立熱海中学校〈新〉へ)
  •  2 郡山市立丸守中学校(1970年熱海中〈旧〉と統合し熱海中〈新〉へ)
  •  3 郡山市立谷田川中学校(1972年郡山市立守山中学校へ統合)
  •  4 郡山市立月形中学校(1975年統合により郡山市立湖南中学校へ)
  •  5 郡山市立中野中学校(同上)
  •  6 郡山市立三代中学校(同上)
  •  7 郡山市立福良中学校(1976年湖南中へ統合)
  •  8 郡山市立多田野中学校(1980年郡山市立逢瀬中学校へ統合)
  •  9 郡山市立河内中学校(同上)
  • 10 郡山市立西田中学校(2018年高野小・三町目小・大田小・鬼生田小・根木屋小と統合
      し郡山市立西田学園へ)
  • 11 守山町立守山中学校御代田分室(1949年8月15日)
  • 12 湖南村立赤津中学校(1956年福良中へ統合)
  • 13 安積町立第一中学校(1959年第二中と統合し郡山市立安積中学校〈当時:安積町立〉へ)
  • 14 安積町立第二中学校(1959年第一中と統合し安積中へ)
  • 15 三穂田村立穂積中学校(1961年三和中と統合し郡山市立三穂田中学校〈当時:三穂田村立〉へ)
  • 16 三穂田村立三和中学校(1961年穂積中と統合し三穂田中へ)
  • 17 西田村立逢隈中学校(1961年高野中と統合し西田中へ)
  • 18 西田村立高野中学校(1961年逢隈中と統合し西田中へ)
  •  受験一色に染まる中学時代とは異なり、幼少期を過ごす小学校の想い出はおのおの格別のものがあるに相違ない。
  •  来年から、私は福島県に点在する、このような廃校を訪ねてみたいと思う。郡山市内だけでも歴史を辿れば21もの廃校が存在する。その大半は山間部にあった少人数規模校であったり、分校で複式学級のようなところだ。
     しかし、不可思議なことに、郡山市内にあった小学校は、昔ながらのオンボロ木造校舎ではなく、近代的建築様式の鉄筋校舎が多い。それが廃校とはなんとも勿体無い話ではあるが、その後、公民館や宿泊施設、個人が買い取ってアトリエや作業場として再利用しているケースが多い。市民が集える場として残されるのは大歓迎で、解体費用をケチってそのまま放置され、幽霊校舎化している例や、震災で崩れ落ちたまま無残な醜態を晒している場所もありそうだ。
  •  残念ながら、今では震災が原因で危険箇所として解体された学校もあるだろうが、現存するのであれば、かつての栄華を辿り、当時のそこで少年時代を過ごした人々の面影に浸りたいと思う。
  •  当ブログでは、その模様を逐一報告できればと思っている。
  • 2018年10月28日 (日)

    東京近辺の歴訪計画

     私は歴史が好きで、特に幕末維新に関する時代小説を読み、当時の人物像を研究し、その時代に思いを馳せることが多い。
     そのきっかけは、私の祖父母が会津出身ということもあり、その祖先が一命を擲って、会津を守ろうと奮戦したことを誇りに思うからだ。そして奇しくも今年、何の因果か、戊辰戦争終結から150年を迎えたメモリアルイヤーであり、しかも、平成という時代の終焉に立ち会うこととなり、年号が江戸から明治に改元されるという不思議な縁をふつふつと実感してやまない。

     そこで私は、2008年に放映されたNHKの大河ドラマ「篤姫」のDVDを10年振りに見て、幕末の混乱期に、武士として最期まで戦い抜いた英霊たちをお参りしたくて、平成が終わる前に、その参拝を計画した。
     有名人の墓参りは、5年前に「天知茂」「坂井泉水」「石原裕次郎」の墓参を実施したが、歴史上の人物の墓参りは、会津ゆかりの墓参りを除けばこれが初めてである。「墓マイラー」ではないのだが、私自身は昔から、尊敬する「乃木大将」や明治時代の文豪、歴代首相などの墓をいつかはお参りしたいと希っていた。仕事が一段落するであろう来春のために、今からその算段をしておこうという腹づもりだ。

     では、私が現時点で考えている幕末期に活躍した歴史上の人物の墓参りと歴史的に重要な出来事があった場所で歴訪したいのは以下の方々だ。

     1 江戸城跡(皇居)

     参考資料 「関東、歴史情報」

    http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/zyousi/toukyou/edozyou/kinnsei2.html

    http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/zyousi/toukyou/edozyou/kinnseiedozyousyasinn.html

     いつもは二重橋しか行かないのだが、できれば皇居の内部や桜田門内外の見学をしたい。

     2 土方歳三資料館(日野市)

     参考資料 http://www.hijikata-toshizo.jp/

     新撰組副長であった土方歳三。戊辰戦争では、会津藩とともに戦い、鶴ヶ城にも足を踏み入れている。そして最期まで幕臣として戦い、箱館戦争にも参戦し、戦死した。その墓は不明で、函館山の麓に密かに埋葬されたらしいが、どこにも墓標や墓石はない。

     3 勝海舟の旧邸(港区・赤坂駅近く)

     参考資料 「幕末トラベラーズ」 http://japanserve.com/spt-edo-5-katsu.html

     幕末期に西郷隆盛と会談し、「江戸城無血開城」によって、江戸を戦火から守った。

     4 龍源寺(三鷹・新撰組・近藤勇の墓所)

     参考資料 「東京都文化財めぐり」
     
     http://www.syougai.metro.tokyo.jp/bunkazai/week/hino/hino11.html

     薩長は、池田屋事件や蛤御門の変で同志が多く殺された恨みから、板橋の刑場で首を撥ね、そして京都の河原でもさらし首にした。会津の天寧寺にも彼の墓があり、ここには毛髪が埋葬してあるという。副長の土方歳三がここに墓標を立てたと言われている。

     5 上野寛永寺(13代将軍家定と天璋院篤姫の墓) 特別参拝日(要予約)に

     参考資料 「歴人マガジン」 https://rekijin.com/?p=10292

     特別参拝 http://kaneiji.jp/schedule2

     上様が亡くなり、大奥を後にした篤姫は天璋院となり、上野の寛永寺に居を移した。そこで晩年を過ごした。慶喜公が謹慎した葵の間などがある。

     https://dot.asahi.com/dot/2018012500059.html?page=1

     6 増上寺(14代将軍家茂と和宮の墓)

     参考資料 http://www.zojoji.or.jp/keidai/

     篤姫の子である徳川家茂とその正室だった和宮が眠る。

     7 石田寺(土方歳三の墓所・日野市)

     参考資料 「新撰組のふるさと日野」 

     http://makoto.shinsenhino.com/archives/place/050503195033.php

     8 沖田総司終焉の地(今戸神社・台東区)

     参考資料 http://sakamichi.tokyo/?p=8128

     「はらりはらり桜舞い散るように

     9 沖田総司の墓(専称寺・港区)  立入禁止

     参考資料

     http://www.japanesecastle.biz/shinsengumi-tokyo23ku/okitasouzi-tomb.html

    10 近藤勇・新撰組隊士供養塔(北区・板橋駅前)

     参考資料 https://yukarino.jp/articles/7776226

     http://japanserve.com/spt-edo-7-itabashishinsengumi.html

    11 外桜田門(大老井伊直弼暗殺)

     参考資料 https://rekishiru.site/archives/437

     http://japanserve.com/spt-edo-1-sakuradamon.html

    12 彰義隊の墓(上野公園)

     参考資料 https://bushoojapan.com/tomorrow/2014/05/14/20090

    13 西郷隆盛・勝海舟会見の碑(港区芝)

     参考資料 http://edoshiseki.com/bakumatu.html

    14 大久保利通終焉の地(紀尾井坂)

     参考資料 http://sakamichi.tokyo/?p=6805

     さて、読み手のことを考えずに、好き放題書いてしまったが、私の歴史好きは今に始まったことではない。歴史を紐解くことで、今まで教科書に載っていなかった裏話や秘話にもたどり着けるし、時代背景はもとよりその人となりを掘り下げて知ることができる。
     特に幕末の混乱期に、幕臣として最期まで武士らしく戦い、戦場に散った方々の勇姿に思いを馳せる時、いにしえの歴史浪漫を存分に感じ取れる。そのためにも、その歴史の表舞台となった場所を訪れ、自分の目で見て感じ、その当時に立ち返って歴史を学びたいと考え、今回の歴訪を計画した次第だ。

     追記

     この幕末のスポット以外にも、戦後、多くの事件が発生した。「三鷹事件」、「下山事件」、「吉展ちゃん事件」など、世間を揺るがした事案などについても歴訪してみたい。

    2018年10月25日 (木)

    世界の恐ろし鉄道

     「ところ変われば品変わる」という言葉があるが、ここまで極端だと言葉を失ってしまう。日本ではまずありえない世界の鉄道事情。電車に命がけで乗る人はまずいない筈だが、広い世界にはそれが日常的に行われている国がある。
     今日は、「世界の恐ろし鉄道」と題し、そんな乗るのも憚りたくなる鉄道を取り上げたい。

     インド式電車の乗り方

     インドは世界第2位の国。人、人、人だらけ。インドネシアのジャカルタ鉄道の乗車風景も異常だが、ここインドは乗車も下車も人を押しのけて行かないと乗降出来ない。遠慮などしていたら、埒が明かない。

     パキスタンの屋根の上の乗客

     車両に無理やりしがみついたり、屋根に飛び乗ったり、正気の沙汰ではない。落ちれは命の保証はない。まさに命がけの乗車風景だ。この方たちは無賃乗車なのか?集団心理の極致だ。列車もホーン(汽笛)を鳴らし三昧だ。うるさくて仕方ない。

     川の上を行く列車

     タイは熱帯雨林気候?まるで川の中に線路があるようだ。そこを水をかき分けるかのように進む。一見、タイの列車は水陸両用なのかと目を疑う有り様だ。

     民家すれすれを行く恐怖列車

     江ノ電よりも民家の間すれすれを行く。民家の軒先にバイクがあると、ご丁寧に停止し、バイクをどかすまで発車しない優しさ。しかしこの光景は日本ではありえないし、こんな細い隙間をあんなバカでかい鉄の塊が素通りするなど絶対に見られない。

     露店をどかして進む列車

     

     露店が線路にかぶさって商売している人々も常識外だが、列車が来るギリギリまで広げた商品を片付けない無法ぶりも論外だ。日本人がそんな食料を口に入れたら下痢や嘔吐間違いなさげな不衛生さを漂わせる。

     断崖絶壁を進む一か八か列車

     絶叫マシンよりスリル満点。崖崩れや線路の崩落=即死。こんな一か八かのような線路をよくあんな重量オーバーの列車を走らせようなどと考えたものだ。安全対策はなおざりで、利益優先の結果だろう。一歩間違えれば大惨事。そんな路線だ。

     草むらの中を掻き分けて進むローカル鉄道

     どうもキューバの鉄道らしいのだが、草むらの中を時速20キロくらいでゆっくりと進む貨物列車。まったく路線整備もしていない。日本では考えられないが、異国の地では、こうしたことがよくある。しかも線路上の草をヤギが呑気に草を頬張っていて、列車が接近していてもどこ吹く風。まったく気にしない。汽笛を鳴らされてやっと気づく。なんとも長閑な日常風景だ。

     さて、今日の映像を見れば、世界は広いと言わざるを得ない。日本では信じられないことが現実的に起きている。時刻表通りに電車が来て、ホームの乗り場に寸分たがわず停車し、ドアが開くのは先進国くらいのもので、たいていはてきとうな印象だ。
     私は海外に行く度に「日本人で良かった」と実感する。

    2018年10月 6日 (土)

    夢心地な霞ヶ城

     私の母の実家は二本松にある。しかもかの有名な「智恵子」(高村光太郎の妻)とは共通点がありすぎるほどだ。そんな縁もあって、私は幼少の頃から母方の祖父母の家に年2回は訪れたものだ。そこでの楽しみは、秋に開催される勇壮な「ちょうちん祭り」と華麗かつ艶やかな「菊人形」の二大イベントだった。もちろん両者ともに、現在も行われている。

     そして、私は今でも毎年必ず、祖父母の墓参を兼ねて訪れたついでに、霞ヶ城に登っている。「二本松少年隊」の悲劇や戊辰戦争の際に、幕府方の砦として、最期まで武士らしく立派に戦い、戦場に散っていった二本松藩士の勇猛果敢な物語は、現世においても語り継がれている。

                 Kasumigajyo11

     その「霞ヶ城」だが、今でこそ「箕輪門」をはじめ、山頂の天守台が整備され、美しく甦ったが、私が幼少の頃は、石垣しかない物悲しい風情を残していた。唯一、秋に、その麓で開催される「菊人形」が人を呼ぶ人気催場であり、秋を除けば、それはそれはひっそりした佇まいだった。
     また、小学生の頃には、遠足でこの山に登ったが、昭和40年代の霞ヶ城公園の山頂には、今とは似ても似つかわないほどの建物が建っていたのをご存知だろうか?一見、私はずっとそれが昔から残る「天守閣」だと思っていた。
     しかし、問題のその巨大な天守閣もどきの建物は、今の天守台への急石段付近に聳え立っていたのだが、あろうことか或る宗教団体がその土地を購入し、勝手に建てた三層の瓦屋根を施した城造りの日本建築家屋だった。
     その土地を、平成に入った頃に、二本松市が買い戻し、その違和感漂う建築物を取り壊し、周辺にあったパラボラアンテナも撤去し、現在ある形に再整備したのだ。

    Kasumigajyo7 Kasumigajyo8

      上の画像は「余湖くんのホームページ」より引用させていただきました。

     ところで、二本松市の悲願と思える夢が垣間見えるイベントが数年前にあった。それは、天守台に足場を組み、そこに電飾を施し、夜間にライトアップして、天守閣の形が夜の闇に浮かび上がるというものだ。下がその当時の画像だ。

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     さらに、復元した模型はこちら(「お城のジオラマ鍬匠甲冑屋」さんのブログより)

    Kasumigajyo2 Kasumigajyo

      https://blogs.yahoo.co.jp/katuuya2012/28090252.html

      大阪城ばりの天守閣が本当に聳え立っていたかどうかは不明だが、これらの画像を見ただけでも、二本松市民が、我らがシンボルである「霞ヶ城」に賭ける思いが伝わるだろう。財政が許せば、「天守閣」自体の復元を願っていることは言うに及ばない。

     一方、昨年のことだが、或る有名造形家が猫の全身像を近代デザインでオブジェを制作し、それを天守台手前の南側の砲台に、二本松市街を見下ろす形で設置した。設置期間内にマスコミが取材し、「場にそぐわない」との物議を醸した。私自身、「城を守るために命を賭けて奮戦した英霊を冒涜している」と憤慨したし、歴史的背景を知らない者の愚行にしては許しがたい気持ちを抱いた。

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     実はこの方、「ヤノベケンジ」さんと言い、つい最近まで福島駅南側の「コムコム」の玄関前に設置されていた「防護服を纏ったふくしまの子ども」をイメージした「サン・チャイルド立像」を造形した造形美術家でもある。

    Fukushima_child

     「福島の子どもが皆、原発の放射性物質に侵され、このような防護服を着ている」との誤解を招くとして、この9月にこの像は撤去され、設置を承認した木幡市長が自ら減給を願い出て一応の決着を見た。何かと福島県でトラブルメーカー的存在となっている。

      この霞ヶ城は、春と秋に訪れるのが素晴らしい。春は霞ヶ城公園一帯が薄桃色の桜の花々でそれは桃源郷のように圧倒する景色となる。また秋は、紅葉も美しい。菊人形の会場からは菊の香りが漂い、五感で楽しませてくれる。

    Kasumigajyo9

                   Kasumigajyo10


     以上、見てきたとおり、私の霞ヶ城への並々ならぬ思いは感じ取って頂けたと思う。それは単に母の実家がある土地柄以上に魅力溢れる街であるということに尽きる。
     しかし、残念なのは、福島県でもそうだが、まして全国的には「二本松市」の存在はどれほど知られているかと言えば、「?」が付く。これはPR不足もあるだろうが、ネットや広告を使っての情報発信をより効果的に行う必要がある。
     私の第二の故郷とも言うべき「二本松」の魅力をひとりでも多くの人に知って欲しいと切に願うものである。

      <参考>

     二本松ちょうちん祭り2018・・・10月4日(木)5日(金)6日(土)
     二本松の菊人形2018・・・・・・・10月10日(水)~11月25日(日)

    2018年9月27日 (木)

    私が訪れた遊園地

     今はもう無い遊園地で、私が子供の頃に連れて行ってもらった場所がある。今は亡き父親が私たち子供を楽しませようと、毎年、夏に東京を始め、多くの娯楽施設に行ってくれた。
     そんな懐かしい想い出に浸りたくて、今日はこの記事を執筆したい。

     1 後楽園ゆうえんち

     高速回転で遠心力で体が浮く遊具や直覚に曲がるひとり乗りのミニコースター、円形の展望タワー、そして定番のジェットコースターなどに乗った。私は三半規管が弱く、すぐにめまいや耳鳴りを訴えていたので、そんなに多くの絶叫マシンには乗れなかった。

      2 横浜ドリームランド

     私が6歳の時と12歳の時に二度訪れた。大船からモノレールに乗った記憶がある。1回目は敷地内の豪華ホテルに宿泊した記憶がある。広いホテルで鬼ごっこをやった覚えがある。ここの名物は潜水艦だ。実際は潜水したり、浮上したりはしない。水底に引かれたレールを潜水艦が平行移動するだけだったが、潜水艦の窓が水中にあるため、いかにも海底を探検している雰囲気を味わえた。最後は滝の中から登場するという演出も粋で、人気があった。

     3 那須ロイヤルセンター

     ここは1980年代に「那須ハイランドパーク」がオープンする前までは、ここと「那須りんどう湖ファミリー牧場」が観光のメッカだった。多くの遊具が屋内に設置されていて、子供たちを大いに楽しませてくれた。どこか「磐光パラダイス」にも似ていたが、こちらの方がスケールが大きかった。ガリバーのような大きな人形の間を水路を移動する船に乗って園路を一周するアトラクション「ファンタラマ」がメインだった。今でいう「イッツアスモールワールド」のような感じだ。この建物は、未来感覚を醸す円形のコンストラクションだった。

     4 豊島園ゆうえんち

     ここも2回訪ねた。池袋から西武鉄道で豊島園駅で下車すると、駅の向こう側がもう遊園地だった。ここは電気で動くゴーカートがメジャーだった。今でも立派に現役だが、とにかく敷地が広大だった。お化け屋敷も人気アトラクションだった。私は小6と(父親と)中学生の時(兄弟で)も訪れている。

    https://www.youtube.com/watch?v=OvULOWKlz9A

     さて、今日は私の想い出話にお付き合いいただき恐縮でしたが、少年の頃の出来事は、40年以上経過した今でも脳裏に焼き付いている。今は亡き父親との想い出探しや追憶という感じだが、こうした想い出をいつまでも大事にしたいと願う。

    2018年9月 1日 (土)

    福島県民にとって想い出の映像集

     私は福島県郡山市出身で、大学時代と最初の勤務地で離れることはあったが、足掛け46年間も住んでいる。だから福島県内について昔の話はこと欠かないし、話題も尽きることは無いと自負したいる。

     1 中山宿駅のスイッチバック

     2 高子沼グリーンランドがあった!

     1980年代のバブル期前に福島市郊外にオープンした本格的な遊園地。ジェットコースターや大観覧車が丘陵地に設置され、家族連れで賑わった。

     しかし、バブル崩壊で客足が遠のき、閉園後はしばらく放置され、いつしか廃屋探検のメッカや心霊スポットに成り下がった。

     「高子沼グリーンランド」のCMはコチラ↓(3:00から)

    https://www.youtube.com/watch?v=gs2NMWgJdkU

     これ以外にも県内には猪苗代町に「姫沼ランド」や磐梯熱海に「金粉ショー」でお馴染みだった「磐光パラダイス」もあったし、須賀川には「ゴジラの卵」と「足跡」が存在した。今はすべて過去の想い出として記憶に残っているのみで、実に寂しい限りだ。

     会津若松市東山温泉(背あぶり山)にあったロープウェイとリフトに乗った記憶もある。もちろん、郡山市民であれば、丸光デパートの屋上遊園地や第2うすいのレストランのお子様ランチは懐かしいだろう。また須賀川との境に「郡山レジャーランド」という遊園地があったことを覚えているのは、おそらく50代以上の方だろうと思う。回転飛行機やミニ列車などの大型遊具、ミニ動物園などがあり、子供を十分楽しませてくれた施設だった。

     3 うつくしま未来博

     うつくしま未来博は、2001年7月7日から9月30日まで、福島県須賀川市で開催された地方博覧会。日本で初めて森の中で開催された博覧会である。

     チケットが大量に売れ残り、大幅な赤字になることを恐れ、県内の小中学校の遠足では必ず複数回行くことのお触れが出た。いわば内需拡大で黒字化した勘定。私も3回も行った。各メーカー・企業のパビリオンが出展し、3D映画やショーイベントが連日開催された。もう17年も前の出来事だが、つい3年前にこの場所に行ったが、「兵どもが夢の跡」とばかりに、ひっそりしていた。閉場後、ここは宅地として再開発されたが、市街地から15kmも離れていて、遠すぎて大多数の区画が売れ残った。今では陸の孤島化している。

     イベント中の様子はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=bUckFGcj7SI

    2018年8月30日 (木)

    福島県ゆかりの有名人99

      2011年の東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い、福島県へのイメージは悪くなる一方だ。もともと東北地方ののどかな土地柄なので、「田舎者」とか「訛りが酷い」という負のイメージからか、福島県出身というのを隠して芸能活動をしていた人が多かった。
     しかし、震災を契機に、福島出身を高らかに叫び、復興の支援をし出した有名人も少なくない。私は福島県民だと声を大にして言いたい性質で、そういう人が増えて欲しいと願っている。では本題の、福島県にゆかりのある有名人を99名挙げたい。

     1 野口英世・・・黄熱病研究 1000円札の肖像画
     2 西田敏行・・・俳優・歌手 「池中玄太80キロ」「もしもピアノが弾けたなら」
     3 佐藤栄佐久・・・元福島県知事 有罪判決を受けたが、個人的には嵌められたと思う
     4 古関裕而・・・作曲家 「あゝ栄冠は君に輝く」 国民栄誉賞を親族が辞退
     5 白虎隊・・・幕末期の会津戊辰戦争の悲劇の象徴

     6 加藤 茶・・・コメディアン 「ザ・ドリフターズ」 ドラムの名手
     7 市川昭介・・・作曲家 郡山工業高校出身 「さざんかの宿」 「アンコ椿は恋の花」
     8 円谷英二・・・映画監督 「ゴジラ」「ウルトラマン」シリーズ
     9 田部井淳子・・・登山家 女性初のエベレスト登頂
    10 猪俣公章・・・作曲家 坂下町 「おふくろさん」「空港」「千曲川」「あばれ太鼓」

    11 円谷幸吉・・・マラソンランナー 1964年東京オリンピック銅メダリスト
    12 江川 卓・・・元プロ野球選手 初代「怪物」 いわき市で出生
    13 斎藤 清・・・版画の第一人者
    14 伊東正義・・・政治家 首相の椅子を蹴った男 大平正義首相死去時首相を代行
    15 春日八郎・・・歌手 「別れの一本杉」
    16 三瓶明雄・・・鉄腕DASH DASH村での農業指導  
    17 佐藤 慶・・・俳優 会津若松市出身 「白い巨塔」「炎立つ」「白虎隊」
    18 久米正雄・・・俳人 福島県立安積中学校に在学 「新思潮」 
    19 新島八重(山本八重子)・・・会津戊辰戦争の女傑 「八重の桜」のモデル
    20 宮本百合子・・・歌人 「伸子」「播州平野」「風知草」「道標」 宮本百合子賞がある

    21 二本松少年隊・・・会津戊辰戦争時の悲劇の象徴
    22 川島廣守・・・プロ野球元セ・リーグ会長 第10代コミッショナー
    23 桃田賢斗・・・バドミントンで世界一 福島県立富岡高校卒
    24 本名徹次・・・指揮者 1985年、東京国際音楽コンクールで優勝
    25 渡部恒三・・・政治家 自民党竹下派、新進党、民主党などを渡り歩く

    26 藤村美樹・・・歌手・元キャンディーズ 世田谷区生まれだが福島市で育った
    27 梅沢富美男・・・女形俳優 
    28 湯浅譲二・・・作曲家 郡山市出身 クラッシック、童謡、フォーク、テレビ主題歌など
    29 柏原竜二・・・箱根駅伝5区山登りのエキスパート 2代目「山の神」
    30 中畑 清・・・元プロ野球選手 「絶好調」「ヤッターマン」

    31 松平容保・・・会津藩藩主 戊辰戦争時
    32 ディーン・フジオカ・・・国際派俳優・ミュージシャン
    33 箭内道彦・・・クリエイティブディレクター 震災以降、故郷の復興に寄与
    34 草野心平・・・詩人 いわき市出身 「歴程」
    35 中野竹子・・・会津戊辰戦争の女傑 槍の名手
    36 佐藤B作・・・タレント・俳優 欽ちゃんバンドで有名に
    37 玄葉光一郎・・・政治家 旧民主党
    38 佐川官兵衛・・・会津戊辰戦争で活躍した武将 「鬼の官兵衛」

    39 サンボマスター山口隆・・・ミュージシャン
    40 まこみな・・・動画サイトのシンクロダンス
    41 三瓶・・・タレント 本宮市出身
    42 つのだ☆ひろ・・・歌手 「メリージェーン」
    43 秋吉久美子・・・女優 磐城女子高校卒
    44 山猿・・・ミュージシャン・歌手
    45 丘灯至夫・・・作詞家 郡山商業高校卒 「高原列車は行く」「高校三年生」

    46 白羽ゆり・・・元宝塚娘役・女優 
    47 植木安里紗・・・ご当地タレント 郡山市出身
    48 玄侑宗久・・・僧侶・芥川賞作家 慶應大学卒
    49 唐橋ユミ・・・会津ほまれの令嬢 元TUFアナウンサー 現在はフリーアナウンサー
    50 霧島昇・・・歌手 「愛染かつら」

    51 横光利一・・・作家 「日輪」「機械」
    52 大熊正二・・・元プロボクサー 元WBCフライ級チャンピオン
    53 本田武史・・・元フィギュアスケーター ソルトレイク五輪4位
    54 遠藤純男・・・元柔道家 得意技「かにばさみ」
    55 遠藤一彦・・・元プロ野球選手「大洋ホエールズ」

    56 西郷四郎・・・柔道家 「姿三四郎」のモデル
    57 栃東知頼・・・元大相撲力士 関脇
    58 高村智恵子・・・高村光太郎の妻 「智恵子抄」 「東京には空がない」
    59 武田玲奈・・・いわき市出身のテレビタレント・モデル
    60 丸山夏鈴・・・元アイドル歌手 

    61 佐藤敦之・・・マラソンランナー 北京五輪マラソン日本代表 
    62 伊東美咲・・・女優 「電車男」
    63 今井正人・・・マラソンランナー 箱根駅伝の初代「山の神」
    64 鈴木尚広・・・元プロ野球選手 代走
    65 白鳥久美子・・・タレント・芸人「たんぽぽ」
    66 あばれる君・・・タレント芸人
    67 伏見俊昭・・・プロ競輪選手 白河市出身 アテネ・北京五輪代表
    68 片平里菜・・・シンガーソングライター
    69 小野紗由利・・・福島中央テレビアナウンサー
    70 佐藤陽子・・・ヴァイオリニスト 、1966年チャイコフスキー国際コンクール第3位

    71 芦名 星・・・女優 郡山市出身 「七瀬ふたたび」
    72 池内泰明・・・元バスケットボール選手
    73 箭内夢菜・・・タレント 「福島民友新聞社」CM 
    74 斎藤 暁・・・俳優 「踊る大捜査線」
    75 あかつ・・・タレント芸人 相撲芸

    76 菅家ゆかり・・・元日本テレビアナウンサー
    77 酒井美紀・・・プロゴルファー
    78 野村沙知代・・・元プロ野球監督・野村克也夫人
    79 竹内愛紗・・・タレント
    80 相楽晴子・・・元女優 「スケバン刑事」

    81 ゴー☆ジャス・・・タレント芸人
    82 木村守江・・・元福島県知事
    83 関口富佐・・・郡山開成学園創始者 郡山女子大学元学長
    84 太田緑子・・・元太田綜合病院理事長
    85 山本学馬・・・砲術家 会津戊辰戦争で活躍

    86 小針暦二・・・福島民報社・福島交通社社長を歴任
    87 エンペラー吉田・・・常葉町在住 「天才たけしの元気がでるテレビ」で脚光
    88 田母神俊雄・・・軍事評論家、元航空自衛官、政治活動家 第29代航空幕僚長
    89 なすび・・・タレント・芸人
    90 鈴木 心・・・写真家

    91 萩原美樹子・・・元女子バスケットボール選手
    92 松井愛莉・・・タレント
    93 松鶴家千勢・・・芸人
    94 千葉麗子・・・元タレント
    95 鈴木浩美・・・プロゴルファー

    96 齋藤邦吉・・・政治家・元厚生大臣
    97 大堀 彩・・・バドミントン日本代表 福島県立富岡高等学校卒
    98 舞木香純・・・AKBチーム8で活躍し、今年卒業
    99 大野 均・・・ラグビー日本代表

     ほかにもマラソンの藤田敦史選手、フラガール、タレントとして活動した桜庭あつこなどがいる。

     不思議なことに福島県出身、あるいはゆかりの有名人(著名人)はこれほどいるのに、なぜか出身地を隠している、あるいは公にしていないイメージを受ける。これは前述した通り、東北=田舎という負のイメージがあるために、あからさまに声を大にして叫べない事情があるようだ。特に今を時めくアイドルや若手タレントなどは特にその傾向が強いように思えてならない。