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旅行・地域

2019年7月14日 (日)

東日本にある大仏・観音像

 日本三大仏をご存知でしょうか。有名なのは高徳院の鎌倉大仏、奈良の東大寺の大仏だが、実は三つめは富山県の高岡大仏もしくは岐阜大仏なのだそうだ。日本各地にはこの日本三大仏に負けるとも劣らぬ巨大大仏や観音像がある。今日は東日本限定だがそれを話題にしたい。

 1 北海道天徳大観音(88m)

 私が北海道に住んでいた頃、ツーリングで芦別市を通ると、テーマパークみたいな場所に聳え立っていたのを覚えている。別名「芦別大観音」

 2 青森昭和大仏(約21m)

 青銅製の座像としては日本一の大きさだと言う。1984年に建立され、奈良や鎌倉の大仏よりも大きい。しかし、屋外のため、あまり大きく感じられないそうだ。

 3 仙台大観音(100m)

 仙台の北に仙台市街地を見下ろすかのように聳え立つ仙台観音。40億円もかけて建立された。竣工は1988年なので比較的新しい。確かに、仙台の大学を受験に行った1982年当時は、こんな観音像は影も形もなかった。

 4 茨城牛久大仏(120m)

 日本一巨大な大仏として有名。青銅製立像としてギネスに認定されている。

 5 高崎白衣大観音(41.8m)

 高崎の山に聳え立つ。市街地を優しく見下ろしている。1936年に個人の実業家が建立した。戦没者の慰霊と高崎の発展を願って建てられた。

 6 鎌倉大仏(13.35m)

 歴史と由緒ある鎌倉大仏だが、大きく見えて実は高さ13m程度しかない。青銅製で屋外に鎮座しているため、かなり大きく見える。胴内潜りなど、内部に入れる珍しい大仏だ。

 7 千葉県鋸山 日本寺大仏(31m)

 日本で最大級の磨崖仏。正式名称は薬師瑠璃光如来」と呼ぶそうだ。奈良大仏が18mなのに対して、31m以上もある。房総半島の鋸山にロープウェイで登ると、山の中腹に鎮座位している。私も大学生の頃に、バイクでツーリングして目の当たりにして、驚いた。

 8 会津村慈母観音(57m)

 国道49号線を走っていると見えてくる『会津慈母大観音像』は、 四季折々に彩られる6万坪の巨大な日本庭園「やすらぎの郷・会津村」内にある高さ57m の巨大な仏像。

 9 東京湾観音(56m)

 東京湾を一望できる南房総国定公園(大坪山)に建つ高さ56mの救世観音。 本像は昭和36年に宇佐美政衛氏が世界平和の理念の元に建立された。 その姿は平和な世の中を祈願した珠を懐き、常に我々の幸せを願う安らかなお顔をしている。私も1987年夏に房総半島をツーリングし、いきなりこれが現れてビックリし、真下に建った。残念ながら、駐車料金や拝観料金をケチって内部には立ち入れなかった苦い想い出がある。

10 日本寺百尺観音(30.3m)

 凝灰岩からなる鋸山(標高329.1m)の大半が、その霊域となっている日本寺。一歩山に踏み入れば、各所に石仏が点在し、いかにも霊山の趣となっています。その山頂の一角、金谷下山口(北口管理所)にあるのが、百尺観音。昭和41年に6年の歳月の末に完成した。

11 大谷観音(27m)

 平和観音は大谷町にあり、太平洋戦争の戦死者の追悼を目的に、終戦間もない昭和23年から6年かけて大谷石採石場跡の凝灰岩層壁面に総手掘りで掘られた像高88尺8寸8分(約27m)胴回りが20mもある石造観音菩薩立像だ。

12 大船観音(25m)

 高さ約25メートルの白衣の観音半身像。1929年に着工、大戦により中断したが1960年に完成した。胴内に20分の1の原形像がある。 実物は上半身のみの観音様だ。幼少時代、亡き父に連れられ、横浜ドリームランドに行った際、この巨大観音像を見ておののいた想い出がある。

 その他

13 上野大仏・・・上野公園内にある知る人ぞ知る大仏 地震で頭が落ちてしまい、現在は顔だけが設置されている。

14 相馬百尺観音・・・相馬市の先祖が建てはじめ、未だに未完成の大仏。 

15 鎌ヶ谷大仏・・・千葉県にある、高さ1.80mしかない小さい大仏 飛鳥寺のそれと似ている。

 もちろん、西日本にはこれらを凌ぐ観音様や大仏がわんさかとある。日本最大級の福岡県久留米市にある62mの救世慈母大観音、石川県のユートピア加賀にある金ぴかの観音像はなんと73mもある。また、福井県勝山市にある「越前大仏」は屋内では最大級の17mもある。
 そして兵庫県には伝統日本三大仏と謳っている「兵庫大仏」があり、台座をふくめると18mだ。
 さらに、淡路島に聳え立つ「世界平和大観音」は瀬戸内海を見下ろすように建ち、高さ100mもある。

 今回は東日本編に絞ってお送りしたが、私は特定の宗教に凝っていたり、肩入りするつもりはない。信心深くもない。しかし、人間が信仰心の象徴としてこのような巨大な像を建造し、それを崇めているのも年齢と共に理解できるようになった。それまでは観光地にある物見遊山的な人寄せパンダ的な存在でしかなかった私の概念や観念を多少変えた存在になりつつある。

 

2019年6月19日 (水)

歴史浪漫を感じれる福島県内のスポット

 我が福島県は、北海道、岩手県に続き日本で3番目に面積が広い。はまなか会津と3つの地方に分かれている。それぞれに魅力が詰まっている。
そして、風光明媚なロケーションも自慢だが、あちらこちらに歴史を感じられるスポットやいにしえの浪漫を感じ取れる場所も点在している。
 今日は、私が独断で選んだ、歴史ロマンに満ち溢れたところを取り上げたい。

 1 ここは江戸時代?大内宿

 旧街道の宿場町だった大内宿。日光から会津へ向かう途中に設けられた。おそらく江戸時代の殿様が参勤交代で宿泊したであろうし、旅人や飛脚、籠などが歩いた街道であった。しかし、国道から10km以上も山奥に分け入った山里にあって、よくこんな場所に茅葺屋根が軒を連ねる旧宿場町をつくったものだと感心してしまう。ここの名物は先っちょが曲がった一本ネギを箸代わりにして食べる「高遠そば」。

 2 仁徳天皇陵などの古墳群が世界遺産へ 郡山にもある巨大古墳

     今年、大阪堺市にある仁徳天皇陵を含む大小さまざまな古墳群が「世界遺産」に登録される可能性が高まった。今年はちょっとした古墳ブームに沸きそうだ。古墳と言えば、あまり東北地方に縁が薄い印象だが、我が郡山市にも大規模な「前方後方墳」があるのをご存知だろうか?
 福島県郡山市田村町にある古墳時代前期後半頃の築造と推定される前方後方墳1基、円墳4基からなる古墳群。1号墳は東北地方最大の前方後方墳で、国の史跡に指定され、周辺は大安場史跡公園として整備されている。1991年(平成3年)に発見され、郡山市教育委員会が1996年(平成8年)度から1998年(平成10年)度にかけて発掘調査を行った。
 1号墳は、阿武隈川流域では最大級の古墳であり、また前方後方墳としては東北地方全体で最大規模の古墳である。同じ福島県内でも、会津地方では前方後円墳が卓越しているのに対して、中通り地方に所在する本古墳は前方後方墳であり、前方後方墳をさかんに築造した下野国那須地方との関係がうかがえる。

Ohyasuba

 3 旧道筋に残る芭蕉の足跡

 芭蕉の奥の細道では、弟子曾良を伴い、我が福島県を縦断して旅をしている。特に須賀川市には長く滞在し、地元の方々と深く交流している。そして乙字ヶ滝を通り、守山の田村神社でも句を詠み、そしてかつて宿場町だった郡山で一泊し、そして旧国道の富久山から日和田を通って奥州街道を上って行った。安積山にも彼の句碑が残されている。あの雄大な安達太良山を眺めながら旅を続けたのだろう。そして二本松を通って福島に入り、文知摺観音堂や医王寺にも立ち寄っている。こうした松尾芭蕉の足跡を辿ってみるのも歴史浪漫に触れて一興かと思う。

 4 悲惨な歴史の証人 アウシュビッツ記念館

 まさか日本にもあのポーランドにあるアウシュビッツ関連の施設があるとは予想だにしえなかっただろう。しかもそれが、どんないわれがあるのかは不明だが、よもやの白河市にあろうとは・・・。私も半信半疑だったが、今から6年前のお盆に、実際に訪ねてみて驚いた。ユダヤ人大虐殺のホロコーストで犠牲になった方々の本物の遺品(メガネやバッグなどの所持品)などが展示され、毒ガス兵器や、運搬に使われた貨車などが収蔵されていたのだ。そしてヒトラーによる大量殺戮がどうやって行われたのかなど、超一級品の資料がその資料館に収められていた。

Ausyubitz

 5 世良修蔵暗殺の地

 世良修蔵は幕末の長州藩士、官軍の奥羽鎮撫総督府下参謀として会津藩討伐を強硬に主張したことから、会津の救済嘆願を反故にされた仙台藩士らの怒りを買い、慶應四年戊辰歳(1868年)閏4月20日の未明、福島城下(福島市北町)の旅籠「金澤屋」に宿泊中のところを仙台藩士、福島藩士らにより襲撃され、阿武隈川の河原で斬首されました。行年34歳。(福島稲荷神社のHPより引用)
 しかし、この一件が会津藩による仕業と思った薩長連合の逆鱗に触れ、会津攻めを決定づけた。会津戊辰の役の引き金になった襲撃事件だった。この「金沢屋」だが、4号線と旧奥州街道の北町交差点付近にあったのだが、昭和20年7月、大戦中の建物疎開により、家屋はすべて取り壊された。

Kanazawaya

 6 明治・大正時代の建造物

  ①安積歴史資料館・・・日露戦争を描いたNHKドラマ「坂の上の雲」や「坊っちゃん」のロケ地として使われた。
  ②旧伊達郡役所・・・福島県伊達郡桑折町に残る明治時代初期の洋風庁舎。1977年6月27日に、国の重要文化財に指定される

  ③南会津郡役所跡・・・噴火前の磐梯山周辺の地図や、今では新潟県や宮城県になっているが、広大な福島県の古地図がある。
  ④金透記念館・・・開成館と同じ「擬洋風建築」で建設された小学校。明治9年(1876年)の明治天皇東北御巡幸の際には、休憩所として 
         使用された。随行した木戸孝允が「金透学校」と命名し、 木戸の日記には、開成館や西洋農法が導入された開拓地ととも
         に、驚きをもってその 様子が記されている。現在の建物は、復元されたもの。

  ⑤郡山市旧公会堂・・・大正13年9月の郡山市の市制施行を記念して、オランダデン・ハーグの平和宮および大阪市の大阪市中央公会堂を  
            モデルに建設された。

 7 常磐炭鉱遺構

 今から13年前に封切られて話題になった映画「フラガール」。その前身は「常磐ハワイアンセンター」だった。ここで私は4歳の時に、迷子になり、もう少しでプールで溺れ死ぬ寸前だったという。そのことを私は一切覚えてないのだが・・・。その常磐ハワイアンセンターが発足するまでの経過を描写したのが「フラガール」だったが、昭和の頃にいわきを始めとする北茨城地区は石炭で栄えた街だった。常磐炭鉱だ。福島県内でも湯本や内郷地区に炭鉱があって、それは活気に満ち溢れていた。いわきの地場産業として栄え、多くの鉱夫やその家族が住み着いていて、温泉街を中心に繁華街を形成し、それは賑わいが凄かったと聞く。しかし、昭和31年3月に磐崎炭鉱でガスの自然爆発と落盤のため、作業員14人が窒息死する痛ましい事故が起きた。そんな常磐炭鉱が今や閉山し、その遺構を各地区に見ることが出来る。

 さて、我が福島県内において、歴史的建造物や伝統文化に触れられるスポットを紹介したが、本日掲載した場所はほんの一握りである。福島県は、日本で3番目に広い面積を持つ県だ。したがって、私も知らない未知の場所が数多く存在している。それは、飯野町のUFOの里など得体のしれない珍スポットも含まれており、国宝が僅か1カ所しかない福島県においては、大小さまざまな知られざるスポットが隠されている。まるで「ポツンと一軒家」のように。だからぜひ訪れてあちこち自分の足で歩いて見つけ出して欲しい。


 お知らせ

 6月は土日も休みがないほど仕事が超多忙期のため、明日から当分の間、新たな記事を掲載を停止いたします。また、再開後も、頻繁に記事をアップすることがかないませんので予めご容赦願います。

 

 

 

2019年6月18日 (火)

福島県の最恐スポット

 この世とあの世の橋渡しをするのが「三途の川」なら、日本各地にミステリーまみれの土地がある。足を踏み入れるのも憚りたくなるような最恐スポットもあるし、大勢の人が亡くなった神聖な場所もある。行くからには祟られないように、心して訪れなければならないような場所のことだ。我が福島県にも、そうした怖い場所がある。有名どころでは「翁島ペンション」や「横向きロッジ」、「弁天山の三角洋館」などはあの怪談話で有名な稲川淳二が訪ねビデオ化したことでも知られている。今日はそんな福島県にある最恐スポットを取り上げる。

 1 黒塚

 ここは安達ケ原の鬼婆伝説が残る場所。二本松安達ケ原ふるさと村の入口に建つ観世寺。そこにある岩屋にかつて人肉を貪る鬼婆が潜んでいた。包丁で旅人の命を奪っていた。しかし、ある時、知らずに自分の娘を手にかけ、それを知った鬼婆が発狂して死んだと言われる。そして鬼婆を葬った場所が一本木が立つ黒塚。物見遊山では決して訪れてはいけない場所だ。

 2 飯盛山

      会津戊辰戦争の悲劇の立役者として描かれている白虎隊士。厚顔無恥の10代後半の隊士が多数であった。子の口原で奮戦し、退却を余儀なくされた白虎隊は、飯盛山まで落ち延びた。そこで会津の城下を望むと、武家屋敷や鶴ヶ城が炎に包まれた落城に絵であった。そこで「會津が負けた」ことを悟り、次々と自刃し、命果てた。しかし、実際はこの時に会津はまだ降伏していなかった。皮肉にも唯一生き残った飯沼貞吉によって、白虎隊士の悲劇が後世に語り継がれることとなった。
 しかし、最近ここを訪れる観光客のマナーの欠如が問題視されている。神社の狛犬の上にふざけて乗って写真を撮ったり、白虎隊士の墓前に足を掛け、「イェーイ」と笑ってピースサインで写メを撮影する輩が後を絶たないという。しかもそれを引率教員に中止すると、「えっダメなんですか?」と逆ギレするという。教師もアホならこんな子供になるのも頷ける。大人教育が必要だという。教育も地に落ちたものだ。ここを訪ねるなら、事前にこの場所で何が起きたのか、そして白虎隊士の悲劇とは何だったのか、ちゃんと学習してから来てもらいたい。

 3 福島の信夫橋(福島藩の処刑場)

  福島市街地を南西から北東に向かって流れる阿武隈川。そこに架かる大小さまざまな橋があるが、県庁に一番近い場所にあるのが信夫橋だった。江戸時代、その河原が刑場であった。犯罪人がそこで首を撥ねられ、三日三晩、首を晒された。処刑は、周辺の河原は、罪人の血で真っ赤に染まったという。

 刑場とは知らずに、ここで野宿した旅人の体験ブログはコチラ ↓

 https://blogs.yahoo.co.jp/realhear2000/59226230.html?__ysp=56aP5bO244Gr44GC44Gj44Gf5Yem5YiR5aC0  

 4 上蓬莱橋と雪割橋

 どちらも秋の紅葉で観光客が多く訪れるが、川面まで高さ50m以上もあることで、自殺の名所として有名になった。現に県南地方にある雪割橋は、県南地方の元町長がこの橋から身を投げ命果てた。上蓬莱橋は福島と飯野町を結ぶ場所にあるが、あまりにも飛び降り自殺をする者が多く、欄干には橋から橋まで内側にアール形状の金網で防止柵を設置した。雪割橋は現在、老朽化によって新しい橋への架け替え工事を行っている。

 5 いわき賽の河原

    ここは美空ひばりの「みだれ髪」のモデルになった薄磯海岸にある「しおやざき灯台」がある場所に至近だ。波の浸食によって岩場が削られ、半トンネル状に抉られた岸壁の前に河原が広がる。そこには不気味にもお地蔵さんが複数体設置され、石積みをした石があちこちに作られている。昼に訪れても薄暗く、この世とあの世の橋渡しをするような雰囲気が漂う。親よりも先に旅立ってしまった子供たちが天国へ向かうためにここ賽の河原を通過すると言われている。遊び気分では絶対に足を踏み入れないで貰いたい。

 6 霞ヶ城周辺

 霞が城周辺はかつて戊辰戦争で二本松藩の兵士が多数犠牲になった。箕輪門周辺にも藩士が戦死したことを示す墓標のような石碑があちこちに建つし、天守台にも墓標がある。菊人形の会場でもあり、桜の名所としても知られること場所だが、かつては多くの戦死者の犠牲の上に成り立っていることを私たちは忘れてはならない。

 7 刑場跡(薬師河原刑場・黒河原刑場・郡山守山藩処刑場・浅川陣屋処刑場)

 別名「あかいつか」と呼ばれる罪人を処刑した場所だ。薬師河原刑場と黒河原刑場は旧会津藩管轄の処刑場。主に、江戸時代に幕府の命によって隠れキリシタンを処罰する刑場として使われた。私は湯川にある薬師河原刑場を訪ねたことがあるが、神聖で決して冷やかしで訪れてはいけない場所だ。
 黒河原では1632年にキリシタンが多数処刑された。その方法は残忍で、51人のうち大人31人は火あぶりの刑で、子どもたち20人が斬首という悲惨な有り様だった。
 郡山守山藩刑場は郡山の東部にある守山にかつてあった刑場だ。あまり詳しい文献がない。
  浅川陣屋処刑場は石川郡浅川町にある弘法山公園にかつてあった越後高田藩直轄の浅川陣屋。現在は浅川小学校が建っている。そこにあった刑場だ。詳しく書くと、国道118号を走り、石川郡浅川町に入ると、社川の流れを見ることができる。この社川にかかる日渡橋の下流に、約四アールの草原がある。ここが、江戸時代幕府直轄の総陣屋、刑場跡である。現在の刑場跡は何の変哲もない河原で、ただ「浅川陣屋刑場跡」の記念碑があるのみ 現在はその形跡を全く残さない河原だ。
 こういう場所を訪ねると、その厳かな雰囲気に神妙になることは間違いない。霊感が弱い私でも、たぶん何か感じ取れるものがあると思う。

薬師河原刑場→ https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

浅川陣屋処刑場→ https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

佐原処刑場→ https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

供中河原処刑場→ https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

 8 小手ノ森城址

      3年前に訪れて酷い目に遭った場所。山城だが、かつてここは、実父を殺された伊達政宗が攻め込み、女子供犬猫を含め800人なで斬りを
 断行した怨念漂う場所。そこを探索し、山道を登り、急な石段を上っている最中に脚の筋を痛めた。それから数年経過してもまだ痛みが残る。志半ばで殺された無念の魂が来るものを拒んでいるかのようだ。祟られたくなければ、絶対に近づいてはならない神聖なスポットだ。本宮や二本松界隈にはこういった古戦場が数多く点在している。

 祟りが怖いので、ここの画像および映像は掲載いたしません。

 9 須賀川女祈祷師による信者殺害事件現場

 ここは触れることも憚りたい最恐スポットだと個人的に考えている。事実、数年前、「うつくしま未来博」の跡地を取材に行った帰りに、何気なく、大東(おおひがし)にある大量殺人事件があったその場所を通った。すると、一度も故障したことが無い、SANDISKの高価なメモリーカードが使用不能に。目に見えない怨念が来るものを拒むかのように、撮影した映像がすべて再生できなくなった。もう二度と訪れたくない。
 女祈祷師とは江藤幸子であり、悪霊祓いと称して複数の信者を暴力で死に至らしめ、殺人罪で死刑となり、数年前に執行された。しかし、その怨念が時空間を飛び越えて、この地に舞い降り、死後も影響力を誇示しているかのようで、怖くて仕方ない。

 殺害現場(閲覧注意)→ https://www.youtube.com/watch?v=8QAoRAVkM6g

 関連動画 → https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

 さて、今日の記事は決して肝試し的な発想や、おふざけや物見遊山では訪れてはいけない神聖な場所だと言える。本日の記事をどう受け取るかは勝手だが、くれぐれも無断で潜入したり、法令違反になるような行為は厳に慎んでいただきたいと思う。  

2019年5月30日 (木)

日本一忙しい〇〇

 今回は、「日本一忙しい〇〇」というテーマで記事を書きたい。

 1 一本の滑走路で発着数日本一の福岡国際空港の離着陸風景

 

滑走路が1本しかなく、滑走路1本あたりの離着陸数日本一の福岡空港の様子です。
約1時間の間に着陸21機、離陸19機の合計40機の離着陸が行われています。
その様子を約4分にまとめました。

 管制官の神経が磨り減るほどの超過密ダイヤ。離陸のため、滑走路を移動しているそばから、後方の空中には着陸態勢の機影が・・・。ニアミスが日常茶飯事で事故調査委員会が飛んできそうな状況だ。

 2 新幹線の過密ダイヤが見える画像(京都駅編)

 早送り映像とは言え、ひっきりなしに新幹線が往来している。日本の大動脈である東海道新幹線は超過密ダイヤだ。これほど移動する人間がいるから、このように数分感覚で新幹線が日夜走り続けている。同じことが東北新幹線でも言える。東京駅~大宮駅は東北新幹線以外にも「北陸新幹線(旧長野新幹線)・上越新幹線、山形新幹線・秋田新幹線・北海道新幹線などの車両が走行している。

 では12分に6本が停車する上野駅の過密ダイヤはコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=JY2d3sdgLq0&t=35s

 3 過密な東京湾の往来船舶

 大小多くの船舶が航行する東京湾。外国船が多く就航する横浜港、米軍基地がある横須賀港、そして東京には多くの埠頭が存在する。貨物船(コンテナ・石油タンカーなど)や実習船、フェリー、海上バス、巡視船、釣り船などが往来する。三浦海岸にはヨットハーバーもあるし、クルーザーなども停泊している。

 4 朝の通勤ラッシュが凄すぎる明大前駅

 京王線明大前駅。ここは東京駅や新宿駅よりも間隔が短いのではないか?なんとホームにいる電車の100m後方で、後続の列車が待機しているという超過密ダイヤ。終着駅ではすべての電車を受け入れられるのだろうか?ありえない忙しさだ。
 中央線や京王線は都心に向かう学生やサラリーマン、OLでごった返している。朝夕のラッシュは筆舌に尽くしがたい。特に朝は地獄だ。すし詰め状態の満員電車は必至で、痴漢が横行するのもわかる気がする。これほど朝は民族の大移動を毎日繰り返しているという現実が凄い。

2019年5月13日 (月)

秋田美人に逢いに行きたくなる動画

 秋田県は東北の地方県だが、昨夏に吉田輝星投手擁する「金足農業」が旋風を巻き起こし、一躍有名になった。もともと秋田県のイメージは「秋田犬」や「雪国」、「きりたんぽ」、「なまはげ」、「あきたこまち」などがあるが、私は個人的には「秋田美人」ということができる。たとえば、女優の佐々木希さん、元アイドル歌手だった桜田淳子さん、演歌歌手の藤あや子さん、そしてタレントの壇蜜さんなどがその代表だろう。いずれも色白で抜群のプロポーションの持ち主だ。

Sasakinozomi Sakurada

 私はこれまで秋田には5~6度訪れたことがある。ただ、残念なのが、我が福島県から行こうにも、秋田新幹線で3時間以上かかるなど、同じ東北でも遠いということだ。

 そこでこれを見れば秋田に行きたくなる、あるいは秋田の女性をお嫁さんに欲しくなること間違いなしの動画を紹介したい。

 

 この映像に登場するのは、そういう方を選んでいるにしても、平均してレベルが高いのは事実だ。美人が多いとされるのは

 1位 福岡県 2位 秋田県 3位 北海道 4位 沖縄県 5位 東京都

 一方で、どういう統計なのか不明だが「日本三大ブス」と言われるのが、名古屋、水戸、仙台なのだそうだ。私は全然そうは思えないのだが。

 色白が多いのは雪が多く降る地方で、紫外線を浴びる量が少なく、肌が白くてきめ細かいからなのだろうか?男がなまはげのように強面が多いとしたら、まさしく「美女と野獣」の組み合わせとなるのか?

 ところで、なぜ秋田にはどうして色白美人が多いのだろうか?今から20年以上前にNTV系列で日曜日に放送していた「特命リサーチ200X」という番組で、その謎について調査した動画があったので掲載したい。

 「小野小町」が世界三大美女と言われているが、私はこれは疑問で、日本人が勝手に決めたことだと思う。「クレオパトラ」、「楊貴妃」はともかく、世界中の方が日本人の「小野小町」を知っている筈がないからだ。しかも彼女は今から800年近く前の平安時代の美女である。写真などない時代であり、それを伝え聞くうちに、脚色され美化されたのではないのだろうか?田沢湖に伝説として残る「たつこ姫」も同じ理由なのかもしれない。

 しかしながら、現に「秋田美人」という言葉は存在しているので、個人の好みはあるにせよ、平均して美人顔の女性が多いのは確実のようだ。秋田県の男性が実に羨ましい。こうした美人を妻に持てるのだから・・・。

 私は過去5回以上、この地を訪れているが、駅前を歩いても、まだそうした美人には出逢ったことが無い。少子高齢化の影響なのか、年齢層が高い方としかすれ違っていない。もしかして「国際教養大学」や「秋田大学」、「秋田県立大学」などに通う、他県出身の方々を指しているのか?と勘繰ったほどだ。
 ぜひ、それを検証するために、次回訪問する際には、秋田美人を探す旅と銘打って訪れたいものだ。

2019年3月20日 (水)

日本とは思えぬスポット

 思わず「ここはどこ?」と言いたくなるほど、日本とは思えない風景や建造物が建つ場所がある。しかし、それらは紛れもなく日本国内のどこかにある。例えばオランダをモチーフにしたハウステンボスやかつて帯広にあった「グリュッグ王国」や新潟にあった「ロシア村」などのテーマパークなどもあるが、今も実際に存在しているスポットについて焦点を当てたい。

 1 「太陽公園」

 世界遺産にして国宝でもある「白鷺城」こと姫路城があるのは岡山県。なんと同じ姫路市に実在するのが、ドイツの洋風の古城をイメージした西洋の城「太陽公園」だ。
 ここのコンセプトはバラバラで、山頂に聳え立つのが天守とも言える洋風の城。しかし、入口の門は中国じみた造りで、なんと兵馬俑のような石像が並び建つ。中に入れば、登別クマ牧場のような熊の置物が多数で迎えるし、自由の女神やモアイ像、それに園内になぜかパリの凱旋門を似せた門が建つ。ここは愛知「明治村」なのかあるいは「ワールドスクエア」なのか?東京ディズニーランドのイッツアスモールワールドじみた民族衣装の人形も多数展示されていて、何が言いたいのかまるで疑問のテーマパークだ。
 訪れる観光客も少なく、税金の無駄遣いのようなスポットだ。

 2 「ブリティッシュヒルズ」

 ここは森と湖に囲まれた山の中腹にある施設だ。周辺は英国に足を踏み入れたと錯覚するほどの建造物が立ち並ぶ。しかし、ここはテーマパークなどではない。それは福島県の天栄村にある英語学習施設「ブリティッシュヒルズ」だ。
 ここではスタッフも英国人ばかりで、この敷地に足を踏み入れたら最後。日本語は使用不可で、国内にいながらにしてパスポート不要で海外留学した気分になれる。
 だから福島県内だけでなく、他県の中高生も宿泊しながら学習合宿形式で英会話などの語学研修を楽しみにやって来る。

 学習の様子はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=sGNrD2V1a2c

  3 カナディアンワールド公園

 北海道芦別市黄金町にある「赤毛のアン」の舞台となった19世紀カナダの田園風景を忠実に再現した市営公園。アンの家、ケンジントン駅、アンの教会等の施設がある。

 4 ふなばしアンデルセン公園

 「じゃらん」の解説によれば、1800年代のデンマークの田園風景を再現したメルヘンの丘。つくる楽しさを体験できる子ども美術館。四季折々の里山の自然を体験できる自然体験。小さな子供達が創造と空想の遊びを楽しめる花の城。5つのゾーンからなる公園です。

 5 アジアンオールドバザール(栃木)

 那須高原に佇む、バリ、ベトナム、タイ、ネパール、インドの5カ国をミックスしたようなアジアンミニテーマパーク。それぞれテーマが異なるショップが3店舗、本格的なアジア料理を堪能できるレストランが2店舗あり、時間を忘れて海外旅行気分を味わえる。現地の直接スタッフが仕入れてくるおもしろ雑貨達は、品ぞろえも充実しており、お土産にも最適。

 6 ロックハート城 (群馬)

 吾妻郡高山村と沼田市境にある中山峠の国道145号線沿いにある。10万平方mの敷地に中世スコットランドの本物の古城のロックハート城を移築・復元。敷地内には石造りの教会やギャラリー・ショップ・レストランもあり、石の資料館には隕石や恐竜の化石、珍しい世界各地の鉱物なども展示されている。

 ほかにも東京ドイツ村、北海道と山梨県にあるハイジ牧場とハイジ村、愛知県にある「リトルワールド」、「安城産業文化公園デンパーク」、岐阜県にある福寿の里「モンゴル村」、三重県にある「志摩スペイン村」、兵庫県の「淡路ワールドパークONOKORO」、和歌山県の「ポルトヨーロッパ」、佐賀県には「有田ポーセリンパーク」などもある。

 本日例記したのは、「日本にある外国」で、日本に居ながらにして外国気分を味わえるテーマパークだ。いかに日本がアミューズメントに特化しているかが窺い知れる。今、日本は東京オリンピックに向けて準備が急ピッチで進められている。50年以上前にアジアで初のオリンピックが「東京」で開催された際、「オリンピック景気」に見舞われた。海外から多くの観光客が押し寄せ、日本の観光地を訪れたし、日本文化に触れる機会を得た。
 来年に迫った2回目の「東京五輪」。おそらくは前回の数倍多くの外国人観光客が日本に来ることは目に見えている。その経済効果は計り知れない。

 招致の際に、滝川クリステルさんが発した「お・も・て・な・し」と表現したように、どれだけ多くの方々に競技だけでなく、日本を満喫してもらえるのか、日本人の資質が問われている。
 もしかすると、今日取り上げたアミューズメント系のテーマパークを訪れる母国人も大勢いるかもしれない。経済効果に見合うだけの満足感を与えることができるのか?今こそ日本人の「おもてなし」の心が問われそうだ。

 では最後に、異国のような風景をまとめた画像集をどうぞ!

 今年、10連休のゴールデンウィーク、ぜひこうした穴場スポットに出かけてみませんか?日常では味わえない新発見があるかもしれません。

 

 

 

2019年3月15日 (金)

国鉄を象徴する楽曲

 平成が間もなく終焉を迎えようとしている。平成30年有余が「災い(災害)」の時代だったとするならば、私がこの世に生を受けた「昭和の時代は「戦(いくさ)」の時代だったと言える。
 1988年(昭和63年)4月に赤字続きだった国鉄が民営化され、JRとして分割運営されることとなった。同年の同月、瀬戸大橋開通、青函トンネル開業もあり、日本が一本のレールで結ばれた記念すべき年になった。

 私が北海道に住んでいた1984年頃の国鉄は、赤字路線を整理するため廃止という暴挙んに出た。かの有名な「愛の国から幸福へ」で一世を風靡し、一大ブームを巻き起こした広尾線を始め、北海道の多数の路線が廃止に追い込まれたのは周知のところだ。
 北海道民は、この相次ぐ鉄道が次々廃線に追い込まれたのを目の当たりにしたわけで、生活の足を奪われ、悲哀に満ち、居た堪れなかったに相違ない。
 そういう世相や時代にあって、昭和の時代には、路線や恋や夢に破れ、逃避行の如く都会を離れ郷里に帰る曲調の歌が相次いで発売された。

 では、どんな歌があったか。国鉄時代の象徴とも言うべき楽曲を4つ取り上げたい。

 津軽海峡冬景色

 石川さゆりが歌い、ヒットした昭和の名曲だ。
 昭和59年4月から61年2月まで、私は北海道に住んでいた。故郷・郡山との往復の移動手段はフェリー1回、バイク1回、飛行機2回はあったが、あとの8回は陸路だった、当時は新幹線は盛岡止まりで、貧乏学生だった私は時間が余りあるほどあったので、上野発の夜行急行「八甲田」または「津軽」で青森まで6時間かけて行き、青函連絡船に乗り換え3時間半、さらに函館駅で室蘭本線回りの「北斗」や「おおとり」などの特急で札幌まで4時間半、さらには普通列車で45分かけてアパートまで帰っていた。つまり、16時間近くかけて1万3千円を費やして行ったり来たりしていた。
 したがって、この歌の情景を体験した。八甲田丸、洋諦丸、大雪丸、十和田丸、摩周丸などに乗船した。夜中の就航が多かったので、暗闇の中、津軽海峡の景色を拝むことはあまりなかったが、船の中では寝られるはずもなく、フロアに寝そべっているだけで、退屈なものだった。内地(本州)を離れ、青森港が遠ざかると、何か疎外感や都落ちのような気分を味わったものだ。

 あずさ2号

 双子のデュオ「狩人」が歌ったこの歌は、時刻表の通りだった。「8時ちょうどのあずさ2号で、私は私はあなたから旅立ちます」と、失恋の傷心から都会を離れ、田舎に戻る類の歌詞だった。「なごり雪」的な要素も満載だった。知らない男と旅するのに、未練たらたらの歌詞に、女心の複雑さが当時、小学生の自分には理解しがたいものだった。

 哀しみ本線日本海

 「ヒュールリー、ヒュルリーララー」という歌詞が印象的で、やはり日本海の荒波や暗いイメージを抱く。自殺志願のような悲哀感や悲壮感漂うこの歌は、やはり電車移動=悲しみを演出するにはうってつけだった。「もしも死んだらあなたあなた泣いてくれますか」。冬の女の一人旅は死を連想させる。日本海ということは、東尋坊にでも向かっているのか・・・やはり逃避行のような歌詞が断然多い。

 いい日旅立ち

 1978年に山口百恵が歌ってヒットした名曲。国鉄のキャンペーンソングになり、鉄仮面スタイルの485系特急列車が走るそのCM映像は、今でも胸に刻み込まれている。クリーム色に赤いラインが入った「JNRマーク」入りの名物特急車両。郡山でも「ひばり」「はつかり」「やまびこ」「つばさ」「やまばと」「あいづ」などの特急列車が走っていたので、見慣れた懐かしい国鉄車両だ。

 

 国鉄は「国、金失う」と記載する通り、赤字だらけで、特に、北海道では、100円の利益を上げるのに5,000円以上ものコストがかかっていた。民営化によって効率化を図るのは、利潤追求が必然の民間企業では、やむを得ない決断だったが、旅の情緒をも奪われ、それがこうした歌に描写する手法に変わって行ったのかもしれない。

2019年1月17日 (木)

福島県で起きた10大凄惨事件

 我が福島県で過去に発生した身の毛もよだつ恐ろしい事件について取り上げ、全体のあらましや概略を述べたい。
 震災時に東電の原発事故があって、それが最大にして最悪の事件(あえて事故とは言わない)だが、いわゆる刑事事件として凄惨なものをピックアップしたい。

 1 日産サニー宿直員めった刺し事件

 1967年10月27日深夜、日産サニー福島販売(現:日産サティオ福島)いわき営業所内で、宿直員(当時29歳)が何者かに刃物で刺されて殺害され、金庫にあった現金2100円位と男性用ズボン1本が奪われた。被害者は犯人と格闘したとみられ、全身に20か所以上の刺し傷を負っていた。
 捜査が難航し、迷宮入りも噂されていた翌1968年(昭和43年)5月7日、神社の床下にあった大工道具を持ち出そうとしたとして、窃盗の疑いで逮捕された電電公社(現:NTT)職員の男性(当時29歳)が、本事件の犯行を自供したとして再逮捕された。物的証拠はなく、この男の自白だけが逮捕の根拠だった。
 公判が開始されると被告は犯行の全面否認を行い、当日のアリバイや動機がないことなどを訴えた。1969年(昭和44年)4月2日、福島地方裁判所いわき支部は被告を有罪として無期懲役を言い渡した。アリバイは家族の証言のみだったため却下された。1970年(昭和45年)4月16日、仙台高等裁判所が控訴を棄却、1971年(昭和46年)4月19日、最高裁判所が上告を棄却し無期懲役が確定した。
 現場となったのは内郷御厩町2丁目の国道6号線沿いにある、現在の「日産サティオ福島」いわき店だ。

 2 高校生による交際相手殺害&母親の死体遺棄幇助事件

 平成8年8月27日、市内在住の県立高校2年生(17)の男子生徒が、 交際中の同市の私立高校2年の女子(16)と別れ話からケンカとなり、金槌で頭部を殴打し、さらに両手で首を締めて殺害した。 そして母親(35)と共謀の上、遺体を市内西田町の山林に遺棄し、母親も幇助罪で逮捕された。
 当時はこの衝撃的な殺人事件を取材するワイドショーのTVクル―で連日賑わった。

 3 ザザンボ事件

 1976年12月に福島県田村郡三春町で起きた中学生の自殺事件。農村で、知的障害を持つ中学生が自殺した。少年の死に疑問を持った担任教師は事件の裏側を調べる。そこには、学級の問題や家庭環境のみならず、ムラ社会の闇が潜んでいた。実はその少年は近親相姦で産まれた子であった。

 1992年に映画化されたが、第5回東京国際映画祭で上映される運びとなるが、松竹側は公開・配給を拒否した。理由は、死んだ少年の家に天皇家の写真が飾られているというシーンが、「天皇問題を扱わない」という事前の約束に反したためであり、松竹側は譲歩条件としてそのシーンを削除することを提案したが、それを旧態依然たるムラ社会の象徴として表現したかった渡辺はその条件をのまず、松竹からフィルムを買い取って全国で自主配給・興行を行い、様々な話題を呼んだ。後に題材となった少年の遺族から訴訟を起こされ、人権問題にも発展している。

 映画はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=N6eWqlp6puk
 

 4 会津若松市内で起きた男子高校生が母親を殺害した猟奇事件

 2007年5月15日午前7時ごろ、福島県会津若松市の会津若松警察署で、当時17歳の同市の県立高校3年の男子生徒が「母親を殺害しました」と言って自首する。少年は切断された女性の頭部を通学用の黒い布製ショルダーバッグに入れて持ってきていた。その際応対した女性警官は生首と目が合い卒倒して医務室に運び込まれたという。署員が少年の自宅アパートに駆けつけたところ、布団の上で母親が頭部を切断されて死んでおり、同署は少年を殺人容疑で緊急逮捕する。翌5月16日、殺人と死体損壊の疑いで少年を送検した。
 少年は5月15日午前1時30分ごろ寝ている母親を包丁で刺し、のこぎりで首を切断した。足を切ろうとしたが切れず、腕も切ろうとしたが切れなかったと本人が言っていたようだ。その後、インターネットカフェで夜を明かす。そこでアメリカ合衆国の人気アーティストビースティ・ボーイズのDVDを見ている。その後、6時20分ごろ携帯電話でタクシーを予約し、6時50分ごろタクシーに乗って警察署に乗りつけた。タクシーの後部座席にもバッグからもれたと思われる血が付着していた。
 自首した際には少年は、返り血と見られる血が付いた服を着ていた。遺体の首と頭には包丁で刺された傷が複数あり、手には抵抗した際に出来たと思われる無数の傷があった。アパートの遺体の側には、血まみれの包丁とのこぎりが残されていた。

 5 行方不明&未解決事件

 17歳の少女殺人事件

 2000年1月18日夕方、郡山市大槻町に住むアルバイトの17歳の少女が家族に「知人に会う、ちょっと出かけてくる」などと言い残して、知人男性が運転する車で出かけた。その後帰宅しないため家族が25日に捜索願を出した。また友人には数日前には「10万円ほど必要だ」と話していた。行方不明になった翌日の1月19日、女性がアルバイトしているスナック近くの郡山市片柳町の路上に携帯電話が落ちているのを通行人が見つけた。道路に投げつけられたように一部が破損していた。携帯電話は1月に発見されたあと、家族のもとに戻された。しかし2月に入って家族が福島県の三春町内で紛失。遺体発見後(後述)に警察が紛失したと思われる付近を捜索して再び発見されている。2000年4月3日午後4時ごろ、郡山市逢瀬町の大久保川で、首と両手足をロープで縛られて死んでいる被害者の遺体が渓流釣りにきた男性によって発見された。川幅は約5メートルで水深は約40センチ。水量は少なく、遺体が上流から流れてきた可能性は低いと見られ、発見場所で遺棄されたものとみられた。発見現場では争ったような形跡は見られなかった。遺体は額に鈍器で殴られたような跡があり、体の数か所を殴られるなど暴行を受けた形跡があった。解剖の結果、死因は首を絞められたことによる窒息死であることが判明した。死後約2か月と推定された。当初は犯人逮捕は時間の問題と見られていたが、本人の交遊関係が予想以上に広かったことから難航。事件発生から11年以上が経過した今でも未解決のままである。(下田雄一郎・未解決事件FILEの記事を参考)

 行方不明 石井舞ちゃん(船引町)、増田ひとみさん(原町市)

 6 庭坂&松川事件 

 「庭坂事件」とは、1948年(昭和23年)4月27日午前0時4分、国鉄奥羽本線赤岩 - 庭坂間を走行していた、青森発上野行402列車が馬洞門トンネルを出て間もなく、機関車と郵便車が脱線、10メートル下の土堤下へ転落し岩石に激突、連結されていた荷物車と客車1台も脱線した。岩石の破片が直撃した機関士と機関助士の2名が即死、技師が重傷を負い後に死亡した。

 「松川事件」は、1949年(昭和24年)8月17日に福島県の日本国有鉄道(国鉄)東北本線で起きた列車往来妨害事件。 下山事件、三鷹事件と並び、第二次世界大戦後の「国鉄三大ミステリー事件」の一つといわれており、容疑者が逮捕された その後の裁判で全員が無罪となり、真犯人の特定・逮捕には至らず、未解決事件となった。

 7 警視庁広域重要指定118号事件

 1991年に発覚した誘拐と監禁および強盗殺人事件で2人が殺害された。別名を「千葉・福島・岩手誘拐殺人事件」ともいう。8人が逮捕され、3人が死刑判決を受けたが死刑が執行されないまま3人全員が病死した異例の結末となった。
 郡山で発生した第二の事件では、1989年7月20日、福島県郡山市の塗装会社社長(当時48歳)を取引を装って呼び出し、1700万円を強奪し、殺害して耶麻郡猪苗代町の山林に埋めた。

 事件の概要 https://www.youtube.com/watch?v=r1R_B_bSSos

 8 須賀川女祈祷師による信者殺人事件

 別名「福島悪魔祓い殺人事件」といい、1995年に福島県須賀川市で発覚した自称祈祷師の女「江藤幸子」と信者らが、除霊と称して信者7人に激しい暴行を加え、殺害と重傷を負わせた事件。 1994年の暮れから1995年の6月まで、祈祷師の女宅にて「キツネが憑いている」などとお告げを受けた信者7人を、Eの娘Fと信者の男Gと同じく信者の男Hが中心となって『悪魔払い』や『御用』と称して殴る蹴るなどの暴行を加え、4名を殺害、2名を傷害致死、1名に重傷を負わせた。
 同年7月5日、重傷を負った女性信者Iの入院をきっかけに、警察がE宅を家宅捜査したところ、信者6名の腐乱遺体を発見、4人を逮捕した。後に被害者であるIも、暴行に加わっていたことが発覚して逮捕された。

  •  2008年9月16日、最高裁がEの上告を棄却し、死刑が確定。戦後日本では10人目の女性死刑囚である。
  •  2012年9月27日、宮城刑務所において、女の死刑が執行された。女性死刑囚の執行は、1997年の夕張保険金殺人事件の死刑囚以来15年ぶりで、1950年以降では4人目である。
  •  ここは水郡線大東駅の東側にある民家が事件現場だが、今も居住者がいることに驚かされる。一度ここを取材に訪れた際、遠巻きにカメラのシャッターを切った瞬間、今まで一度もなかったのに、プロも使用している「SANDISK」のSDカードがぶっ壊れた。死霊の怨念なのか、それとも未だに死刑執行された祈祷師の女の執念だったのか・・・。

     祟りが怖いのでURLのみ掲載  https://www.youtube.com/watch?v=eiqHQcPolYg

     9 磐梯熱海温泉「磐光ホテル火災」で31人が死亡

     これは事件ではないが、金粉ショーのダンサーの失火により、併設されているホテルに類焼し、折からの強風で瞬く間に燃え広がり、宿泊客ら31人が死亡する日本のホテル火災最大の大惨事となった。
     この火災については、過去に複数回当ブログで取り上げ記事にしているので、ここでは多くは語らないようにしたい。

    10 小野町の一家6人焼死火災

     こちらは昨年の暮れに起きた悲惨な火災。小野町にある4世帯の大家族の家から夜中に出火。火は一気に燃え広がって、幼い子ら4人を含む7人が一度に死亡する痛ましい事故だった。

     さて、過去から今日まで福島県内で起きた凶悪にして凄惨な事件を10例、列挙した。とても危なくて住めないと感じただろうか。
     実は全国の1,946の市町村別の犯罪発生率(刑法犯認知数を人口で割った値)を見ると、ワースト200位以内に我が福島県は入っていない。多いのは、大阪府、愛知県、福岡県、京都府、兵庫県なのだ。なぜか西日本の都市に犯罪発生が偏っているという。

     論より証拠 統計はコチラをクリック

     意外だったのは福島県で犯罪発生率が高かったワーストは檜枝岐村だったことだ。

     ワースト1位 檜枝岐村 1.572%  全国276位   犯罪数      10件
          2位 鏡石町   1.233%   全国514位   犯罪数     158件
          3位 郡山市   1.226%  全国519位   犯罪数4,151件
          4位 会津若松市1.195%  全国544位  犯罪数 1,508件
          5位 いわき市 1.185%   全国555位  犯罪数 4,056件
          6位 相馬市  1.076%   全国654位  犯罪数   408件

     ちなみに以下を挙げると、福島市は659位、須賀川市が701位、泉崎村が716位、矢吹町が795位、白河市が797位、西郷村が823位だった。つまり、中通り、特に県南地方に犯罪が集中していることがわかる。

     会津地方では、檜枝岐を除けば、843位に猪苗代町、喜多方市が1,285位、坂下町が1,286位、で、さすが「ならぬものはならぬものです」という教えが現代にも継がれていることがわかる。
     なお、ワースト1位の檜枝岐村は交通事故発生率も全国でなんとワースト21位で、県内でも2位のいわき市が251位なので、ダントツのワースト1位だ。

    2018年12月23日 (日)

    旅番組花盛り

     昔から旅番組は各放送局で制作され、毎週のようにどこかで放映されていた。学生の頃、東京に住んでいた私は、テレビ東京系列の「いい旅夢気分」を毎週見て、近場が紹介されると、バイクを駆って訪れたものだ。もちろん録画もぬかりは無かった。
     最近、新聞のテレビ欄を見ていると、必ずどこかでは旅番組を放送していることに気づく。しかも類似した番組がなんと多いことか・・・。鉄道、バス、自転車、そして散歩と多くの手段で世界各地や日本全国の観光地から名所、食の紹介などを取材し、旅の魅力を紹介し、自体を盛り上げている。
     では一体どのような番組が放送されているか確認したい。

     <現在放送中の旅番組(街歩き、散歩を含む)>

     1 世界の果てまでイッテQ(日本テレビ)

     2 小さな旅(NHK)

     3 もしもツアーズ(フジテレビ)

     4 徳光和夫の路線バスの旅(テレビ朝日)

     5 ローカル路線バス乗り継ぎの旅(テレビ東京)

     6 日本全国ダーツの旅(日本テレビ)

     7 モヤモヤさま~ず2(テレビ東京) 

     8 出川哲朗の充電させてくれませんか?(テレビ東京)

     9 帰れマンデー(秘境路線バス・ローカル線・出会うまで帰れません)(テレビ朝日)

    10 笑神様 鉄道BIGフォー (日本テレビ)

    11 関口知宏のヨーロッパの旅、中国大紀行ほか(BS)

    12 吉田類の酒場放浪記(BS-TBS)

    13 野天湯へGO!(BS日テレ)

    14 なぜあなたは秘境駅に来たんですか(テレビ東京)

    15 鶴瓶の家族に乾杯(NHK)

    16 高田純次の「じゅん散歩」(ちい散歩、若大将のゆうゆう散歩」の後継(テレビ朝日)

    17 ローカル線の旅(テレビ東京)

    18 火曜サプライズアポなしの旅(日本テレビ)

    19 原田龍二の秘湯ロマン(BS-TBS)

    20 ブラタモリ(NHK)

    21 小さな旅(NHK)

     かつて放送されていたのは「いい旅夢気分」「兼高かおるの世界旅行」「新日本紀行」などもあった。

     他にも、例えばトレビ東京の土曜スペシャルのように、単発的に旅を紹介する番組は数多く存在する。それほど旅は、時代に関わらず、世代を越えて愛されるということだ。それは現代のストレス社会からの解放や非日常生活への脱出といった観念が人にはあるし、未体験のことを味わってみたいという発想もあろう。また、知らない土地で、名所旧跡だけでなく、そこでしか食べられないグルメもあるし、予期せぬ出会いもあるかもしれない。それは誘惑でもあるし、アバンチュール気分を味わう期待感もあるだろう。

     次に、我が福島県内のテレビ局で放送されていた旅に関する番組を紹介したい。

     <福島県内で放送している旅番組&旅コーナー>

     1 自転車でGO!(放送終了)(福島テレビ)

     2 ふく活(ふく旅)(福島テレビ)

     3 梅田日和(放送終了)(テレビユー福島)

     4 浜ちゃんぽ(福島テレビ)

     5 500mの小さな旅(福島テレビ)

     6 ハルカの日本列島縦断 (福島中央テレビ)

     7 江戸むらさき野村の福島ハッ見伝(福島テレビ)

     8 郡山の魅力再発見(福島放送)

     ところで、私は旅番組と言えば「テレビ東京」という印象が強く、我が福島県ではLIVEネットしていないのに、なぜかテレビ東京系列の番組が大好きだ。土日の週末に民放4局で午後の時間帯に集中して月遅れで放送している。

     最後に、私が好きな「テレビ東京」の番組を10個紹介して結びとしたい。

     1 ニッポン行きたい人応援団
       
     2 ローカル路線バス乗り継ぎの旅(太川陽介・蛭子よしかず・マドンナ)

     3 所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ

       あなたはナゼ秘境駅に来たんですか・開かずの金庫を開けろ・所ベース・
       あなたはなぜ遠距離通学しているんですか・逆向き列車の旅など

     4 モヤモヤさま~ず2 (さま~ず・福田典子)
     
     5 出川哲朗の充電させてくれませんか 

     6 開運なんでも鑑定団

     7 出没!アド街ック天国

     8 THE  FISHING 

     9 我がまま気まま旅気分

    10 完成ドリームハウス(不定期)

     さて、今日の記事は、最近の傾向として、旅番組がやたら多くなった点に着目し、それに関する私なりの雑感を述べさせていただいた。

     

    2018年12月21日 (金)

    福島三大○○

     「世界三大○○」とか「日本三大○○」という言葉はよく耳にする。例えば「世界三大美女」、「世界三大夜景」とか「日本三庭園」、「日本三大瀑布」という類だ。世界というとスケールは大きく、大袈裟に思えるが、我が福島県でもそれを考慮すると一体何が妥当なのか思案してみた。
     ここから先の記載は、私の個人的意見(私見)として考えていただければ幸いです。

     福島三大銘菓・・・ 「薄皮饅頭」「ままどおる」「かんのやゆべし」

                私的には「いわきじゃんがら」「会津武者煎餅」「太郎庵天神様」

     福島三大温泉・・・「飯坂温泉」「常磐湯本温泉」「東山温泉」 「岳」「芦の牧」で五大温泉

     福島三大ラーメン・・・「喜多方ラーメン」「白河ラーメン」「郡山ラーメン」

     福島三大観光地・・・ 「裏磐梯」「大内宿」「会津鶴ヶ城」

     福島三大名山・・・「磐梯山」「安達太良山」「吾妻山」

     福島三大郷土料理・・・「こづゆ」(会津)、「円盤餃子」(福島)、「高遠そば」
                   味噌田楽も捨てがたい

     福島三大桜の名所・・・「三春滝桜」「福島花見山公園」「小野町千本桜」
                   「喜多方旧日中線沿い」の桜も要

     福島三大食の名物・・・「酪王カフェオレ」、「クリームボックス」、「白土屋のジャンボシュー
                  クリーム」

      福島三大祭り・・・「福島わらじ祭り」、「郡山采女祭り」、「いわきじゃんがら祭り(踊り)」

     福島三大人神社・・・「福島市稲荷神社」「開成山大神宮」「伊佐須美神社」

     福島三大不動尊・・・「棚倉町山本不動尊」「福島中野不動尊」「」

     福島三大歴史的建造物・・・「会津美里町左下観音堂」「さざえ堂」「国宝白水阿弥陀堂」

                      これに「熊野神社・長床」が加わり四大となる

     福島三大偉人・・・「野口英世」「白虎隊」「斎藤清」 
                ほかには「草野心平」「高村智恵子」もいる

     福島三大地産・・・「会津みしらず柿」「会津高田梅」「山都そば」 「川俣しゃも」もある

     福島三大地酒(旧)・・・「花春」「栄川」「夢心」  「奥の松」や「ほまれ」も捨てがたい

     福島三大地酒(新)・・・「飛露喜」「会津中将」「大七」  「國権」や「天明」も

     福島三大レア酒・・・「蔵粋」・「田村」・「國権一吉」 「栄四郎」も高評価

     福島三大巨大建造物・・・「ビッグアイ」「松川浦大橋」「アクアマリンふくしま」

     福島三大観音・・・「会津村慈母大観音」「相馬百尺観音」「中野観音」

     今は無き福島三大建造物・・・「原町無線塔」「ゴジラの卵」「イオンフェスタ大観覧車」

     福島三大店舗・・・「ヨークベニマル」「ゼビオスポーツ」「幸楽苑」

     福島三大伝統建築・・・「郡山市公会堂」「県合同庁舎」「会津市役所」

     福島三大名瀑・・・「銚子ヶ滝」「乙字ヶ滝」「三条ノ滝」

     福島三大寺社・・・「医王子」「如宝寺」「柳津福満虚空蔵圓蔵寺」 恵日寺・勝常寺もある

     福島三大城・・・「若松城(鶴ヶ城)」「二本松城(霞ヶ城)」「白河小峰城(櫓)」 

     福島の三大名産品・・・「桃」「米」「地酒」  震災前は「ヒラメ」もあった。

     福島の三大ライン・・・「磐梯ゴールドライン」「レイクライン」「磐梯吾妻スカイライン」
                  ほかにも「磐梯吾妻スカイバレー」と「母成グリーンライン」がある

     福島の三大花火・・・「須賀川釈迦堂川」「小名浜港」「郡山カルチャーパーク」
     
     福島の三大レジャーランド・・・「こどもの国ムシムシランド」「霊山こどもの村」「カルチャー
                   パーク」 

     福島の三大大学・・・「福島大学」「日本大工学部」「東日本国際大学」

     福島の三大短大・・・「桜の聖母大学」「郡山女子大学」「福島学院大学」 

     福島の三大医療大学・・・「福島県立医大」「奥羽大学」「医療創世大学」 

     福島の三大ミステリースポット・・・「安達ヶ原黒塚」「横向ロッジ」「翁島ペンション」 

     福島の三大肉・・・「飯館牛」「会津地鶏」「会津桜肉」 

     福島の三大駅弁・・・「福豆屋の海苔べん」「地鶏ゆずみそ焼き弁当」「小原庄助弁当」 

     福島の三大湖・・・「猪苗代湖」「檜原湖」「羽鳥湖」  「母畑湖」も捨てがたい

     福島の三大河川・・・「阿武隈川」「阿賀川」「大川」

     福島の三大清流・・・「荒川」「只見川」 「夏井川」

     福島の三大ダム・・・「日中ダム」「田子倉ダム」「大川ダム」  「三春ダム」も双璧

     福島の三大伝説・・・「安達ヶ原鬼婆伝説」「静御前終焉の地伝説」「松尾芭蕉の足跡」 

     福島の三大老舗映画館・・・「本宮映画劇場」「フォーラム福島」「」 

     今は無き福島の三大劇場・・・「湯本温泉三函」「郡山ミュージック劇場」「郡映」 

     福島の三大廃ホテル・・・「磐梯熱海温泉河鹿荘」「湯野上観光ホテル」「東山温泉アネックスシンフォニー」

     福島の三大火災・・・「磐光ホテル」「飯坂温泉若喜旅館」「土湯温泉不動湯」

     福島の三大老舗旅館・・・「古滝屋」「八幡屋」「向瀧」

     福島の三大秘湯・・・「野地温泉」「檜枝岐温泉」「入遠野温泉」 

     福島の三大ミステリー橋・・・「上蓬莱橋」「雪割橋」「信夫橋」

     福島の三大大橋・・・「小名浜マリンブリッジ」「相馬大橋」「土湯大橋」 

     福島の三大花見スポット・・・「花見山公園」「三春滝桜」「千本桜」 

     福島の三大悲劇・・・「白虎隊」「二本松少年隊」「東京電力福島第一原子力発電所事故」

     福島三大珍味・・・「いか人参」「あわ饅頭」(柳津)「てんぷら饅頭」(強清水)

     福島三大食の殿堂・・・「白土屋」「白孔雀」「石井食堂」

     福島三大珍メニュー・・・「郡山グリーンカレー」「郡商カレー」「福島満足定食」

     福島三大ミステリートンネル・・・「旧三森」「内郷白水遂道」「江名満福寺トンネル」

     福島三大被災地・・・「相馬市磯部地区」「いわき薄磯地区」「南相馬市原町区」

    さて、今回お送りした記事は、あくまで個人的な独断と偏見に基づいて作成したものであり、これらが県民の総意ではない。しかし、大学時代の4年間を除き、50年もの長い歳月をここ福島県で過ごした私としては、福島県を隅々歩き、どんな隠れた名所があるのかすべて知り尽くしている。よって、決して眉唾などではないことはご容赦願いたい。