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2020年12月 4日 (金)

北海道の想い出話

 北の大地「北海道」。私が第二の故郷と思ってやまない場所だ。1984年4月から1986年3月までの2年間、住民票こそ移さなかったが、間違いなくそこに住んでいた。梅雨のないカラッとした夏も、そしてマイナス20℃を下回るような極寒の冬の厳しさも、積雪2m以上の豪雪も身をもって体験した。

 しかし、1年目の秋、2年目の春~夏に、暇さえあれば250ccのバイクを乗り回していた私だが、天気には見放されていた。それが証拠にツーリング中に撮影したスナップ写真を見ると、空はどんより曇っているか、カッパを着ているものばかりだ。そして寒いという印象しかない。
 6月に訪れたオホーツク海沿岸の町、雄武町では、立ち寄ったGSでストーブを焚いていたし、道東はほとんどが濃い霧に覆われていた。

 よほど運が悪いと思ったのは、私が外に出かけようとしてバイクにまたがると、それまで快晴青空だった天気が、急に曇り出し、雨が降り出す始末。そんな出来事が2度3度どころか毎回、そんな感じだった。ここまで来ると嫌がらせや呪われている印象を受けた。

 また、28歳の時、失恋の痛手を癒そうと原点に立ち還るつもりで1,992年にCBRで訪れた北海道一周ツーリングでは、真夏だったために薄着で走行中していたら、風邪をひき、高熱と下痢に見舞われ、滝川市内の病院に駆け込み、薬を飲みながらツーリングを続けた苦い経験がある。  

 不思議な縁で、現在、仕事の関係で札幌市に息子が3年間住んでいる。私の息子も移住後、奇妙なことが続いている。北海道に住んですぐに、北海道を大きな地震(胆振東部地震)が襲った。厚真町鹿沼では、大規模な山崩れが発生し、多くの被害が出た。息子の居住地の札幌では、隣接する清田区で、道路がうねり、住宅が傾くほどの被害を受けた。また、ほどなくして息子のアパートと直線で500mも離れていない不動産屋でスプレー缶の爆発事故が起きた。そして今は、札幌がGOTOトラベルの一時停止になるほどのコロナ感染が猛威を震っている。

 しかも札幌駅近くの勤務地まで朝夕、勤務で地下鉄南北線を使い、途中、「すすきの駅」も停車する危険に見舞われている。やはり親と同じ境遇にあるのかもしれない。

 しかし、バイク以外で仕事や慰安旅行、新婚当時、家内と車で出かけた時は、一切天気に裏切られたことはなく、7年前と昨年、ひとり旅で飛行機で往復し、現地はレンタカーであちこち周遊した際には天気も大丈夫であった。なぜかバイクだとレインコートのお世話になるという変なジンクスに見舞われていた。

 では、私が北海道をバイクや車で周遊した旅を順追って紹介したいと思います、なお、これは備忘録のために掲載するもので、多少なりとも何かの参考にしていただけたら幸いです。発着地は私が当時住んでいた札幌のベッドタウンの「岩見沢」です。

 1「伝説の地積丹半島と函館散策」1984.9.14~9.16

  ①岩見沢―札幌―小樽―余市―積丹半島(島武意海岸・神威岬)積丹ユース泊 
  ②積丹(念仏トンネル・水無立岩)―余市―岩内―弁慶岬―厚沢辺―函館(夜景)―湯の川温泉・ユース北星荘
  ③函館(街散策)―大沼公園―長万部―洞爺湖―室蘭(地球岬)―苫小牧―札幌―岩見沢

Touring6

 2「札幌ジャンプ台と登別クマ牧場周遊記」1984.10.7

  岩見沢―札幌(大倉山・宮の森シャンツェ)―定山渓―中山峠―大滝村―オロフレ峠―登別温泉(クマ牧場)ー苫小牧ー支笏湖―札幌(藻岩山夜景)―岩見沢

 3「道東~まだ見果てぬ夢」1984.10.12~16

  ①岩見沢―旭川―北見峠―サロマ湖―常呂・ペンション船長の家泊
  ②常呂―網走―美幌峠―摩周湖―屈斜路湖(硫黄山・砂湯)―宇登呂泊
  ③知床五湖―知床横断道路―尾岱沼(トドワラ)―厚床―根室・玉屋ユースホステル泊
   ④納沙布岬―中標津(開陽台)―阿寒湖―足寄(松山千春生家)―池田(ワイン城)・まきばの家泊
   ⑤帯広―愛国・幸福駅―狩勝峠―布部駅―麓郷の森―富良野―上砂川(悲別)―岩見沢

 4「運河に映える街小樽と夕日に染まる石狩浜」1984.11.4

  岩見沢―札幌―小樽(日銀・運河・手宮洞窟・江差追分歌碑展望台・小樽駅・旭展望台・小樽公園)―銭函駅―石狩新港―石狩浜―当別―岩見沢

 5「初滑り」1985.1.20

  岩見沢―バス―萩の山市民スキー場―岩見沢
 
 6「TVドラマ 昨日、悲別で、上砂川駅とロマン座散策」1985.2.5
    
   岩見沢―バス―砂川―上砂川駅―バス(悲別ロマン座)―歌志内駅―汽車―砂川―バス―岩見沢 

Romanza

 7「FIFAワールドカップジャンプ札幌大会90m級と第36回雪まつり 1985.2.10
 
  岩見沢―札幌(大倉山シャンツェ・秋元正博優勝・真駒内公園雪まつり会場・すすきの氷まつり・大通り公園会場・TV塔・時計台・旧道庁)―岩見沢
 
 8「昭和60年冬 道東回遊旅行」1985.2.15~2.18 

  ①岩見沢―札幌―電車車中泊 
  ②釧路駅―バス―丹頂の里(丹頂鶴観測センター)―阿寒湖(湖畔・ボッケ)―阿寒ビューホテル泊
  ③阿寒湖氷祭り―美幌駅―網走・流氷バス(刑務所・トーフツ湖・能取岬・流氷見物)―電車―岩見沢

Ryuhyo

 9「ダート地獄と迷い道の60年初ツーリング」1985.4.14

  岩見沢―石狩月形―新十津川―浜益村―厚田村―当別―新篠津村―岩見沢
 
10「北海道の歴史 森林公園とハイジ牧場漫遊」1985.4.21

  岩見沢―江別―野幌森林公園(開拓記念塔)―広島町―長沼町(富士戸堰堤・ハイジ牧場休園)―由仁町―岩見沢

11「支笏湖遊覧 VTvs AR」1985.4.29

  岩見沢―由仁町―千歳(駅・サントリー工場)―支笏湖(湖畔・展望台・ポロピナイ・福島県民連絡所)―オコタンペ湖―札幌(羊ヶ丘)―岩見沢
 
12「札幌観光ツーリング(恋の町札幌)」1985.5.4

  岩見沢―江別―札幌(サッポロビール園・紀伊国屋・大通公園・時計台・旧道庁・北大ポプラ並木・大倉山&宮の森シャンツエ・中島公園・すすきの・ラーメン横丁・狸小路)―江別―岩見沢

13「洞爺湖一周 RZvsVT 暴走日記」1985.5.12

  岩見沢―札幌―中山峠―洞爺湖畔(武四郎坂・桟橋・烏帽子岩・キムンドの滝)―昭和新山・有珠山―洞爺湖畔(湖園地・浮見堂・観湖台)―定山渓―札幌―岩見沢

14「炭坑事故に沈む夕張探索ルポ」1985.5.28

  岩見沢―上志文(萩の山市民スキー場)―万字―丁未風致公園―夕張(メロン城・石炭の歴史村・駅)―清水沢―南大夕張炭鉱―シュウパロ湖―滝の上(千鳥滝・竜仙峡)―由仁町―岩見沢
 
15「滝群と奇岩高層壁が入り乱れる大自然の驚異 層雲峡」1985.6.1
   
  岩見沢―旭川―層雲峡(万景壁・白蛇ノ滝・温泉街・流星の滝・銀河の滝・双瀑台・雲井ノ滝・小函・羽衣岩・姫岩・神削壁・錦糸の滝・岩間の滝・小函トンネル・ライマンの滝・大函隧道・大函)―大雪湖ダム―旭川―岩見沢 

16「日高・十勝地方巡回記」1985.6.15~16

  ①岩見沢―鵡川―門別―新冠(日本一長いすべり台・泥火山・牧場銀座・明和牧場ハイセイコー)―浦河―様似―日高耶馬渓―襟裳岬・悲恋沼・百人浜)―黄金道路―フンベの滝―広尾町(駅・大丸山ツツジ公園)―広尾シーサイドでキャンプ泊
  ②広尾町―幸福駅―帯広―十勝ヶ丘(世界一の花時計)―糠平湖―然別湖―清水町―日勝峠―日高町―平取村(UFOピラミッド)―穂別町―清水沢―由仁町―岩見沢

Touring3

17「今、忘れえぬ夢を探し求めて~道北二泊三日のひとり旅」1985.6.26~6.27

  ①岩見沢―砂川―留萌(千望台・黄金岬)―羽幌―天塩―サロベツ原生花園―兜沼―稚内・ホテル北海泊
  ②稚内(駅・ドーム式堤防・稚内公園・展望台・氷雪の門・9人の乙女の碑・百年記念塔)―ノシャップ岬―抜海(港・抜海岩・駅・原生花園・砂丘)―南稚内―宗谷岬(日本最北端の地碑)―浜鬼志別(風雪の塔・インデギルカ号慰霊碑)―クッチャロ湖―斜内山道―ウタタイベ千畳岩―雄武町―紋別(泊)
  ③紋別(駅・流氷展望台)―滝ノ上(滝上警告)―岩尾内湖・ダム―朝日町(三望台シャンツェ)―士別―朱鞠内湖―幌加内―旭川(スタルヒン球場・旭橋・買物公園・外国種見本林・優佳良民織工芸館)―神居古潭(吊り橋・駅跡・SL・岩)―赤平―ロマン座―上砂川―岩見沢

Touring2

18「富良野ラベンダーと天人峡温泉漫遊」1985.7.16

  岩見沢―砂川―芦別―富良野(ジャンプ台・北海道中心標・駅)―中富良野(森林公園)―上富良野(日の出ラベンダー園)―十勝岳―望岳台―白金温泉―天人峡(涙壁・羽衣の滝・敷島の滝)―旭川―滝川―岩見沢

19「1985年熱い夏 Part1~道東ひとり旅全記録~」1985.7.20~24

  ①岩見沢―旭川―比布駅―層雲峡(大雪湖・石北峠)―留辺蘂―サロマ湖(ピラオロ台・サンゴ草群生地・キムアネップ崎)―常呂(夕日ヶ浜)―能取湖(卯原内駅)―網走湖―網走(刑務所・天都山オホーツク流氷館・網走監獄博物館)ビジネスホテルあばしり泊 
  ②網走(永専寺・駅)―美幌町―美幌峠・屈斜路湖(池の湯・砂湯)―硫黄山―小清水原生花園―斜里―オシンコシンの滝―宇登呂(三角岩・港・酋長の家)―知床五湖―ワムイワッカの滝(野天風呂)―知床峠―羅臼(ビジネスホテル泊)
  ③羅臼(望郷台・ひかり苔洞窟―標津(北方領土館)―野付半島(ナナワラ・トドワラ)―中標津(開陽台)―別海町―厚床―落石岬(無線局跡)―花咲港(車石)―根室 ビジネスホテル泊
  ④根室(駅・金毘羅神社)―納沙布岬(四島のかけ橋・北方館・望郷の家)―根室駅―浜中町―霧多布(森林公園展望台・岬・琵琶瀬展望台・あやめが原)―厚岸町(国泰寺・アイカップ崎・大橋)―釧路(幣舞橋・米町展望台・市立博物館・春採湖)―釧路湿原―塘路湖(ザルボ展望台)―標茶―弟子屈 泊
  ⑤弟子屈―摩周湖(第一・第三展望台)―双岳台―双湖台―阿寒湖(ボッケ)―オンネトー―足寄(駅・千春の家)―上士幌―鹿追―新得―狩勝峠―富良野―砂川―岩見沢

Touring4Touring5
  

20「1985年熱い夏 Part2~帰路」1985.8.5~7

  ①岩見沢―苫小牧―室蘭―長万部―八雲―熊石―江差(鴎島・えぼし岩)―上の国―松前テント泊
  ②松前城―白神岬―木古内―トラピスト修道院―函館(教会群・立待岬・函館山山頂)~東日本フェリー~青森フェリーターミナル ねぶた祭り見物 フェリーターミナル泊(雑魚寝)
  ③青森フェリーターミナル―黒石ねぷた―十和田湖―奥入瀬渓流―十和田町~4号線~盛岡―水沢IC~東北自動車道~国見IC―福島―本宮―郡山

 

 北海道在住の2年間で私が実際に走ったルートは下の地図の通り

Hokkaido

使用したバイク VT250F(初期型)

Vt_20201202185401

 旅の記録をしたためた「ツーリングノート」北海道編だけで5冊、慶應義塾大学在学中に東京を拠点として巡り、書き溜めたノートは8冊に及んだ。

Touring-note


21「本当の自分探し HEART BREAK TRAVELER」1992.8.1~9

  ①郡山―高速道路―青森~東日本フェリー~函館 ビジネスホテル泊
  ②函館(朝市・倉庫群・旧函館公会堂・立待岬・教会群・函館山中腹)―弁慶岬―岩内―小樽フェリーターミナル公園 テント泊
  ③小樽(運河・北一ガラス)―札幌(大通り公園・TV塔・大倉山シャンツェ・旧道庁・時計台・ラーメン横丁)―岩見沢(アパート・大学訪問・駅)―滝川 三浦華園泊(高熱)
  ④滝川(通院)―留萌―日本海ライン―稚内(ノシャップ岬・駅・公園・防波堤ドームにてテント泊
  ⑤稚内―宗谷岬―クッチャロ湖―サロマ湖―網走(刑務所・能取湖)ビジネスホテル泊
  ⑥網走―知床(オシンコシンの滝・知床林道・カムイワッカの滝)―知床峠―羅臼(国後島)―開陽台―摩周湖(裏摩周展望台)―美幌峠(屈斜路湖展望)―屈斜路湖畔―美留和駅にて野宿
  ⑦屈斜路湖―阿寒湖―足寄―士幌―鹿追―新得―狩勝峠―トマム―日高―苫小牧ビジネスH泊
  ⑧苫小牧―洞爺湖―長万部―函館~東日本フェリー~青森 ビジネスホテル泊
  ⑨青森―高速道路―郡山

Touring1

 使用したバイク CBR250RH(ハリケーン)

Cbr250rh

 一番の想い出は、当時運航していた「青函連絡船」に6回も乗船できたこと。郡山を夜の7時台に出発する夜行急行の「八甲田」や「津軽」で真夜中に青森駅に到着。そこで青函連絡船に乗り換える。津軽海峡は夜中に渡ることが多かった。「羊蹄丸」「八甲田丸」「大雪丸」「摩周丸」「十和田丸」などに乗船を果たした。現在「八甲田丸」は青森港に、「摩周丸」は函館港にメモリアルシップとして展示。
 私が一番多く乗船した「羊蹄丸」は一時期、船の科学館に展示されていたが、その後、香川県に曳航され、宮地サルベージ岸壁にて解体された。

Tsugaru

Seikanship

 ではここでかつて私がHPの中で掲載した「青森行き夜行列車」と「青函連絡船」への思いを綴った詩を二編どうぞ

  ① 夜行列車の汽笛を聞きながら

  ② 津軽海峡の空に燃ゆ~哀愁の青函連絡船~

 これ以外にも電車(1993秋)、車(1994夏・家内)、電車(2003真冬)、車(2013)、車(2019)と5回、北海道を訪れ、北海道内の旅行と言えるものは26回経験した。
 でも奥尻、焼尻&天売島、礼文&利尻島などの離島は一度も訪ねる機会がなかった。もしかして最も多く行ったのは「昨日、悲別で」のロケ地となった上砂川で、たぶん5~6回は訪れていると思う。
  
 最近は、歳を重ねて以降、好きになった高倉健さんの映画のロケ地を回ることが多くなった。網走、夕張、小樽、そして幾寅(幌舞)駅だ。

  私が 北海道に在住していた頃には、北の国からのレギュラー放送が終わったばかりの頃で、1984年夏では、タイムリーにロケ地を回ることができた。1985年にラベンダー畑を訪れた際には、ちょうど「北の国から」の撮影が行われていた。

 次に訪れる際には、35年近くご無沙汰の納沙布岬や霧多布周辺をぜひ訪れたい。そしてほとんどがトンネル化してしまった黄金道路の旧道を探索して来たい。加えて、当時、まだ生存していたハイセイコーとの対面を果たしたように、サラブレッドたちの故郷である日高の牧場をゆったりと周りたい。
 そして、往年の名馬のお墓参りを実現したいと思っている。例えば、トウカイテイオー(安平町の社台スタリオンステーション・グリーンテラス)、オグリキャップ・ナリタブライアン(優駿メモリアルパーク)、そして去年亡くなったディープインパクト(社台スタリオンステーション)などが挙げられる。
 私自身は大学1年生の時に活躍していた皇帝シンボリルドルフが大好きだったが、彼の墓は千葉県成田市のシンボリ牧場にある。

 さて、バイクを購入し、20年以上の長い時を経て、北海道ツーリングへの思いは募るばかりだが、北海道に行く時には必ず立ち寄りたい場所が昨年できた。それは富良野駅前にある喫茶「我夢舎楽(がむしゃら)」のマスターに会いに行くというものだ、北海道旅行で2時間も長居したのは初めての経験で、そこのマスターが煎れるコーヒーは絶品で、カントリーサンドも一度口にしたら忘れられない味だ。それよりマスターのほのぼのとした性格が旅人の心を癒してくれる。ひとあたりがよく、話好き。決して自分の考えや意見を押し付けない寛容さ。彼を慕い、毎年、本州から訪れるお客さんも多いし、壁一面に貼られ、毎年貼り返るほど届けられる年賀状の数に、その人柄が表れている。今年は「コロナ禍」で、夏に胆石による胆嚢摘出手術・入院という突発事故もあり、自制して遠出はしなかった。たぶん県外に出たことも一度もなかった。

 

 定年を迎える前の収入があるうちに、周囲に迷惑をかけない範囲でやれるべきことはやっておこうと考える今日この頃だ。

2020年12月 3日 (木)

福島県のよもやま話

 2020年の「全国住みたい都道府県ランキング」で我が福島県は屈辱の最下位となった。これは言わずもがな、東京電力福島第一原子力発電所の事故によるところが大きい。未だに収束できておらず、汚染地帯として全世界にその名が知れ渡ってしまった。しかも、あろうことか、汚染水を貯めるタンクが満杯となり、処分に困った末に出た結論は、海洋放水という最終手段だった。苦肉の策だろうが、これで福島県沿岸の水産業は壊滅状態に陥ることは必至。
 福島県の沖合は、暖流と寒流がぶつかる最大の漁場であり、カジキマグロを始め、メヒカリ、ヒラメなどの海の幸の宝庫でもあった。

 1 面積が都道府県3位が故の不思議

 福島県の面積は14,700㎢にも及ぶ。北東の新地から南西の只見までは直線距離でも200キロ以上もある。西から会津地方、中央に中通り、東側は海に面した浜通りと3地方に分かれており、それぞれ、山脈や山地が貫くように分断し、起伏に富んだ地形を成している。つまり、各市町村によって標高差が激しいのだが、そのことを如実に物語る格好の材料が「桜前線の移動」である。
 桜前線は、通常は南から北へ移動するのが通常だが、福島県のそれは事情が異にしている。それはまるで英語の筆記体の「M」を逆からなぞったように移動していくのだ。それは緯度ではなく、海抜(標高)が低いほうから高いほうへと順に移動していく。各主要市町村の海抜を低い順から表記したい。なお、海抜は役場の位置をもとにしている。

 1 いわき市   海抜 7.8m
 2 相馬市    海抜    8m
 3 福島市    海抜    65m
 4 喜多方市   海抜   211m
 5 会津若松市  海抜   218m
 6 郡山市    海抜 245m
 7 只見町    海抜   337m
 8 白河市    海抜   360m
 9 猪苗代町   海抜 521m
10 南会津町   海抜 550m

 通常は南から北へ、つまり緯度が低い場所から高い場所に桜前線が移動して然るべきなのに、福島県の場合は、標高が低い地点から高い地点へと移動する。
 上の海抜で、会津地方は豪雪地帯なので、標高が他より比較的低くても、桜の樹が雪の中に埋もれてしまうので、それだけ開花が遅くなる。
特に、只見町は3m以上も積もることで有名な豪雪地帯だ。よって、上の市町村の桜の咲く順番は以下のようになる。

 1いわき市→2相馬市→3福島市→6郡山市→8白河市→4喜多方市→5会津若松市→9猪苗代町→10南会津町→7只見町

 確かにアルファベットの「M」を逆から書いた順に桜が開花していく。意外だったのは、我が郡山市はことのほか、他の市から比べても標高が高い点。言われてみれば郡山から北に行こうが東に行こうが、さらには西に移動するにも道は下っている。北は伏拝交差点を過ぎれば、福島市街地へ下り坂が続くし、西も長澤峠を過ぎれば、一気に下って行く。更には会津若松市や喜多方市に行く際も、強清水を過ぎれば、ずっと下りが続いている。いかに郡山が盆地でありながら標高が高いかが窺い知れる。

 もうひとつそれを証明できる材料は、郡山市と福島市の日常の気温差だ。福島より郡山のほうが180mも高い場所にある。ということは毎日の天気予報を見て気づかされることだが、郡山市より標高の低い福島市は2℃程度高いのだ。夏は厳しい暑さの福島市だが、冬は郡山よりも積雪は少ない。
 ちなみに仙台市などは平野で海に比較的近い場所に位置しているため、海抜35mで福島市の半分程度の為、福島市より北にありながら、ほとんど雪は積もらない。

Fukushima_20201202210401

 2 人口が激減した理由

 20世紀までは福島県の人口は200万人を超えていたと思う。それが現在は180万人と激減した。これは全国的にみられる少子高齢化が主たる原因だが、2011年に起きた「東京電力福島第一原子力発電所」の爆発事故によるところが大きい。放射性物質が拡散し、農業や漁業に多大な影響を及ぼし、浜通りを中心とした市町村の住民が避難を余儀なくされた。人口が県外への流出してしまった。双葉町、浪江町、富岡町、飯館村などは未だに避難生活を送ってる方もいる。埼玉県の避難所に移り、そのまま現地に住み着いた方も少なくはない。
 この20年間で20万人もの人口が激減した。これは或る意味、危機的状況で、高齢化が一気に進み、人口減によって地方地自体は税収も大幅に減らすこととなった。

 そして、平成の大合併もあって、福島県広しを象徴するように平成16年までは90市町村もあったが、現在は59市町村に減った。福島県民でも驚くだろうが、市町村として合併して無くなったのが以下の通り。(ただし、地名としては残っている。)

 村…北会津村・都路村・岩瀬村・新鶴村・表郷村・大信村・東村・熱塩加納村・高郷村・伊南村・南郷村・白沢村(12)
 町…滝根町・大越町・常葉町・船引町・長沼町・会津高田町・会津本郷町・河東町・安達町・岩代町・東和町・鹿島町・小高町・伊達町
   梁川町・保原町・霊山町・月舘町・塩川町・山都町・田島町・本宮町・飯野町(23)
 市…原町市(1)

 毎年11月の第3週目の日曜日に行われる「ふくしま駅伝」は、かつては90市町村対抗で、それは大規模なレースだったが、現在は59市町村(連合チームもあるため、現在はもっと少ない)で細々と行われている印象。
 この各県独自の「市町村対抗駅伝」は全国すべての都道府県で実施されている訳ではない。令和元年時点で、全国で21地区で行われている。もっとも古いのは京都で、過去42回行われている。ふくしま駅伝は今年、規模を縮小して行われたが、32回実施された。静岡県は21回、駅伝王国の長野でも30回。愛知県でも14回、福岡県でも6回、宮崎が10回と歴史が浅い。
 福島県では、今井正人、柏原竜二、相澤晃などの箱根ランナーを数多く輩出したし、遠藤日向、日本記録保持者だった藤田敦史やオリンピック日本代表の佐藤敦之選手など数多くの選手を輩出し、陸上王国の名を高めた。

Fukushimaekiden

 2019年の全国都道府県対抗男子駅伝大会でも悲願の初優勝を飾ったのは記憶に新しい。  

 競技力向上には市町村対抗の駅伝は欠かせない。「ふくしま駅伝」は10年ほど前はどこの市町村にも「田村高校在学中」の高校生の名前があったが、現在は「学法石川高校」の生徒の出場が全県下にその名を刻んでいる。

 3 全国の方の福島県内有名観光地の認知度

 福島県民と、県外から旅行で訪れる方の観光地の意識や人気に乖離が見られた。

<県外からの旅行者の人気観光地>

 1 大内宿(かやぶき屋根の民宿と高遠そば)・湯野上温泉駅(かやぶき屋根)
 2 スパリゾートハワイアンズ
 3 裏磐梯五色沼(夏・紅葉)
 4 猪苗代湖と磐梯山(湖水浴やレイクスポーツ、キャンプ・登山などを含む)
 5 磐梯吾妻スカイライン(吾妻山・安達太良山登山) 
 6 会津若松市観光(鶴ヶ城・飯盛山・白虎隊・さざえ堂)
 7 三春滝桜 
 8 芦ノ牧温泉駅(猫駅長) 
 9 二本松菊人形展
10 塔のへつり

 有名な「白河の関」や「勿来の関」は全国的には認知度が低い。県内には「岳温泉」「東山温泉」「土湯温泉」「常磐湯本温泉」など多くの温泉地があるが、あまり上位には入らない。そして昭和の頃は、都会からわんさか若者が詰めかけたスキー場も、暖冬傾向もあって閑散としている。
 安達太良高原スキー場の「夏のイルミネーションカーペット」も県外へのPR不足は否めない。「智恵子の故郷」の認知度がイマイチ。提灯祭りも県内の方には知られているが、県外からわざわざこれを見に来る方は少ない。それは須賀川市の釈迦堂川の錦鯉や松明明かしも同じ。
 かつての町おこしで行った「ニコニコ共和国」や「ワンステップフェスティバル」、「ふくしま未来博」などのような大々的に人が呼べるイベントが無くなった。福島県を盛り上げる企画力が求められる。
 食は「浪江やきそば」「てんぷらまんじゅう」「喜多方ラーメン」「白河ラーメン」「円盤餃子」「柳津粟まんじゅう」など全国に知れ渡るほどの名物があるので、観光地がもっとPRを行うべきだ。

 特に、アニメ映画や「エール」のような人気ドラマのロケ地を誘致し、「聖地巡礼」できるようなPRを促進してほしい。郡山だけを見ても、「きのこ岩」「開成山の桜」「合同庁舎」「安積歴史資料館」などもロケ地として十分使える。実際に「時をかける少女」「MISHIMA」「坊ちゃん」「坂の上の雲」で使われたのだが、あまりそれを知る人は少ない。

 今後は、震災の記憶や記録を後世に伝える「双葉町震災伝承館」への来館をPRすることが必要だ。
 
 

2020年10月23日 (金)

廃レジャー施設の今(東日本編)

 この記事は、私が身近に感じていた遊園地やレジャー施設が廃園となり、その後どうなってしまったか、追跡調査の意味合いから掲載するものである。念のため断っておくが、私は廃屋マニアでは断じてなく、ただ昔存在したのに無くなってしまったものに郷愁を覚え、ただ単に懐かしみたいだけだ。今回は動画は排除し、すべて画像でお送りします。

 福島県内

 1.磐光パラダイス

 1969年2月5日に、私が4歳の時に大火災があって、30人が亡くなった。その時、家の前をけたたましくサイレンを鳴らして現場に向かう消防車の列を 覚えている。その後、ホテルとレジャー施設が再建された。私は6~7回は遊びに行ったと思う。
 2階の温泉にありがちな大広間でショーをやっていたが、子どもだったので金粉ショーは見せてもらえなかった。だが、「フィンガー5」がショーをやりに来た時は、ゲームコーナーで目の前にいたメンバーに会えたし、ホテルを探検した時に、偶然エレベーターから出て来た5人と鉢合わせになって驚いた記憶がある。
 その後、取り壊されて、しばらく更地になっていたが、一昨年、ここに人工芝が美しいフットボールセンター「ほっとあたみ」が完成し、オープンした。

Bankou
Football
Atamimap

 半世紀前の大火災とはいえ、大勢の宿泊客が亡くなった場所に屋外のスポーツ施設建設とは…。祟りで怪我人続出とならなければいいのですが。

 2.高子沼グリーンランド

 1973年にオープンし、特にバブル期にはジェットコースターを設置して大々的にテレビCMで宣伝していた県北の遊園地。あぶくま急行線沿いの山(丘陵)の傾斜を利用して築かれ、県内初の本格的なジェットコースター設置とあって、当時は随分賑わったものだ。県内ではCMも夕方を中心に結構流された。
 1999年に廃園後、10年くらいはそのまま放置され、不気味さに加え心霊スポット化したが、2006年にはすべて解体され、現在は遊具はすべて撤去され、当時の面影はまったく見られなくなった。そしてソーラーパネルがあちこちに置かれ、太陽光発電の基地のような佇ずまいとなっている。

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 Youtubeやネットなどには、ここで死亡事故が起きて心霊スポットになったとの記載が多いが、まったくのガセで、ここで死亡事故など一切起きていない。遊園地自体が、客足不足で経営が成り立たず廃園に追い込まれたのだが、その後の放置された期間が長いため、そんな都市伝説のような噂話が増幅したと考えられる。

 <追記> 2020.11.23

 この日、福島出張の帰りに立ち寄ってみた。「兵どもが夢の跡」と言った風情で、よもや20年前まで多くの来園者の歓声がこだましていた遊園地があったとは思えない殺風景な佇まいで、寂しい印象しかなかった。栄枯盛衰をしみじみと感じた時間だった。

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 3.郡山レジャーセンター

 当初は温泉施設の「郡山ヘルスセンター」としてオープンした。しかし、親子が気楽に遊べる施設を目指し、大型遊具(飛行機の回転遊具やミニ汽車、コーヒーカップなど)が設置され、植物園もあった。屋内ではヤシの木や世界の国旗が張り巡らされてあった。
 しかし、「レジャーセンター」になって間もなく、ミニ動物園を設置した時に、檻の中のクマに少女が餌をやろうとして腕を食いちぎられる痛ましい事故(昭和49年11月4日)があって、悪い評判が立ち、昭和52年頃には閉園したと思う。その後、取り壊され、その跡地には「郡山パークランドホテル」が建ち、その後は「迎賓館グランプラス」という豪華な結婚式場になり、しばらく栄華を極めたが、今は取り壊されて、更地となっている。

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 4.姫沼アートランド 

 ここの存在を知っている方は少ないだろう。猪苗代町から土湯峠に向かって国道115号線を登って行くと、途中、旧母成グリーンラインの中ノ沢温泉から来る道と合流する。そこからさらに500mほど登った左側に、旧姫沼ランドの入口があった。とはいえ、今はそこに一大レジャー施設があったことを示すゲートも無ければ看板も無い。だから絶対に見落として入口は見つけにくい筈だ。私はここ5年で3回訪れている。不気味な三角屋根のロッジ(レストラン)が出迎え、その奥にひっそりと湖のような沼が出現する。
 一見すると、犬神家の一族の下半身だけの死体が浮かんできたような場所で、まず人がいないため、薄気味悪いし、今にもクマに襲われそうな場所だ。児童公園らしきブランコや滑り台が朽ち果てて残っているが、ここにレジャー施設があったとは思えない。
 私は亡き父親に連れられて、釣りをやったことがある。鱒を釣った記憶がある。何度釣り針を木の枝に引っ掛けて、叱られた想い出がある。
 今は当時の面影は偲べないが、紅葉シーズンには湖面に映るカラフルな景色に見惚れることうけあいだ。

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 宮城県内

 1.マリンピア松島水族館

 かつて宮城県宮城郡松島町に存在した水族館。日本三景・松島の松島海岸公園グリーン広場南端に立地していた。1927年(昭和2年)4月1日に開館し、2015年(平成27年)5月10日に閉館した。
 「仙台うみの杜水族館」の開館に伴い、老朽化が激しかったこの水族館も閉館に追い込まれた。水族館にいた人気者だったアシカやイルカも引っ越しした。現在も解体されず、閉園前と変わらぬ状態。

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 2.化女沼レジャーランド 

 1979年から2001年にかけて日本の宮城県古川市小野遠沢(現大崎市古川小野遠沢)で運営されていた遊園地。旧名、化女沼保養ランド。閉鎖後は、 跡地の買い手が付かず廃墟化している。化女沼の東側にある。 
 ここは一度も訪れたことが無い。どんな遊具があったのかも分からないが、宮城県民、特に仙台市民のオアシス的な存在だったのは疑いようがない。しかし、今は荒れ放題の惨状で、心霊スポット化し、肝試しのメッカになるのもわかるようなありさまだ。

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 新潟県内

 1.新潟ロシア村 

 開園は1993年で、ロシアとの文化交流を目的に県内初のテーマパークとして開園したが、 2004年、ここも私が訪れる前に閉園してしまった。広大な敷地に、ロシアの街並みを再現した。コザックダンスやロシア民謡などを本物のロシア人が演じていた。
 閉園以降、施設内外の引き払いの処理が行われなかったために敷地内には開園当時の展示物や備品が放置されたままとなり、周囲に人家等がないこともあって警備体制に不備が多く、敷地内に人が無断侵入して施設内を荒らす事件が相次ぎ、施設の荒廃が進んだ。年月が経つにつれ各施設は風雪による劣化が進んで廃墟と化してゆき、2009年には不審火によってホテル棟が全焼する火災が発生している。 

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 栃木県内

 1.那須ロイヤルセンター  

 かつて栃木県那須郡那須町高久乙にあった、福島交通グループ(小針暦二グループ)が経営していた屋内型遊園地を含む温泉レジャー施設。
 1968年(昭和43年)12月に本館である「那須ロイヤルホテル」が完成し那須高原に開場した施設で、レジャーランド及びホテル別館と第二別館は1969年4月に開業。東京ドーム10個分の広大な敷地の中に遊園地の他に、ホテル、大劇場、テニスコート、美術館、ゴーカートコースまで揃えた夢の一大レジャーランドであった。昭和50年(1975年)、盛況を誇った当時の施設は「プロムナード館」、「ファンタラマ館」、「レストランシアター」、「ショールーム」、「ホテル本館・別館」、「ボーリング場」、「ファンタラマ温室」、「ホステル館」(後にホテル第二別館と改称)、「ゴーカート」、「大庭園」(つつじ園)、「屋外プール」、「人工池」、「社員宿舎」で、センター全体の総工費は60億円(1969年当時)、当時の従業員数は800名、年商25億円だったが、経営母体の破産から2000年(平成12年)で営業を終え、跡地は一部がコナミ研修センターとなった他は別荘地として分譲されている。 
 ここの目玉は「ファンタタラマ」で、船に乗って館内を巡ると、世界の民族音楽が流れ、民族衣装を身にまとった人形たちが、踊りを展開している、TDLのイッツァスモールワールドよりも前に出来ただけにその価値は高い。

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 東京都

 1.ららぽーとスキードーム「SSAWS」(ザウス) 

 今ではバブル期の遺産となった千葉県船橋にあった屋内スキー場。1993年7月15日から2002年9月30日まで営業を行っていた。巨大迷路の跡地にオープンし、当時は、世界最大かつ史上最大の屋内スキー場であった。その大きさは、高低差が設備としては100m、ゲレンデとしては約80m、長さが設備としては500m、ゲレンデとしては約480m、幅が約100mというものである。三井不動産が京葉線南船橋駅の近隣地に建設し、運営は船橋ヘルスセンターなどを経営していた株式会社ららぽーと(当時)が行っていた。施工は鹿島建設。総工費は約400億円。 
 コースは下半分が初級者用で、上部スロープに向かって左側が中級者用イエローコース、右側が上級者用レッドコースにそれぞれ分かれたものになっていた。初入場料+2時間滑走料金で5,900円であったが、後に5,400円に改定された。

 私は平成5年に家内と一緒に訪れたことがある。外見は長細い巨大な施設だが、中に入ると緩やかな天井の低いスキー場だった。すべてが斬新でオシャレを絵に描いたような造りだった。しかし、貸しスキーのエッジが効かず、雪質もザラメで重く滑りにくいため、SAJ1級の私でも上手くターンできないなど難しいゲレンデだった。

 現在、その跡地には「IKEA Tokyo-Bay」や大型マンションが建っていて、当時を偲ぶものは何も残っていない。

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 2.豊島園 

 1927年に開園し、94年間営業を続けてきたが、今年8月末で長い歴史に終止符を打った老舗遊園地。都民には親しまれた人気のスポットだった。昨年には「ふわふわウォーターランド」のプールで女児が溺死するなどの事故があった。解体後は「ハリーポッター」のアトラクションとして生まれ変わることが予定されている。
 私は小学生と中学生の頃に二度訪れた。西武池袋線(豊島線)で、住宅街すれすれに走り、終着駅の「としまえん駅」の目の前が正面入り口だった。天井から電気を供給するゴーカートやお化け屋敷などが定番で、都心なのに広い敷地を有するという記憶がある。
 
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 神奈川県

 1.向ケ丘遊園

 1927年(昭和2年)から2002年(平成14年)まで営業していた小田急電鉄系の遊園地。 「花と緑の遊園地」として手入れされた園内は、四季折々の花々で鮮やかに咲き誇っていた。
 私は訪れたことはないが、1980年代には、テレビドラマにしょっちゅう登場していた。「陽あたり良好!」や「生徒諸君!」、「ただいま放課後」などの学園ドラマには欠かせない存在だった。急こう配で幅広の大階段がシンボルで、その丘陵の上に大観覧車などの遊具が展開していた。 

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 2.横浜ドリームランド 

 日本ドリーム観光株式会社により1964年に開園。同社により、翌1965年には併設の高層ホテル「ホテルエンパイア」、1966年にはアクセス路線としてドリームランドモノレールが開業(翌1967年運行休止)、一大レジャーランドとなった。2002年に経営悪化のため閉園、翌2003年にモノレールも廃止された。東京ディズニーランドや近隣の八景島シーパラダイスなどの開園により、競争が激化して客足が遠のいたのが背景にあったようだ。

 幼稚園くらいの時に宿泊し、そして小学生高学年でも2回ほど訪ねた。大船駅?から直通のモノレールのような乗り物に乗って訪ねた記憶があるが、詳しくは覚えていない。そこで、絵描きさんに似顔絵を描いてもらった覚えがある。お気に入りは何といっても潜水艦で、園内の水中プールのようなところを探検気分で周遊し、最後は、滝が流れる岩場から潜水艦が現れるという仕掛けだった。東京方面には毎年にように夏休みに旅行したが、ここの遊園地が一番お気に入りで、想い出に残っている。

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 多くの人々の歓声がこだまし、響いていた園内。おそらく子供の頃の大切な想い出がたくさん詰まってあった場所。時代の流れとは言え、「思い出の場所」が姿を消すのは居た堪れない気持ちになる。栄枯盛衰を感じるし、哀愁が漂うが、もう解体されて跡形も無くなった場所もあれば、未だに撤去費用が賄えず、無残にも放置されている例もある。また、一部の施設が残っている施設もあり、当時の面影を偲べる場所も多少だがあるにはある。様々な人々の思いが染みついた場所、それが遊園地であるし、レジャー施設なのだ。今は万感の思いと今は無きスポットに特別な思いをしたためたくて本日の記事を掲載してみました。

2020年10月14日 (水)

福島県の最恐の〇〇スポット

 これまで当ブログで、似たような話題を取り上げて来たので、「またか」とお思いでしょうが、懲りずにご覧ください。
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 冒頭いきなりだが、次に挙げる「〇〇なスポット」を訪れたことがありますか?(なおリンクは閲覧注意です。自己責任でお願いします) 

 1. 弁天山 旧伝染病棟 三角屋根の塔(現在は撤去)その真後ろに神社への急な石段  稲川淳二来訪

 訪れた方の報告動画はコチラ(閲覧注意:霊感の強い方は見ないでください )

 2. 翁島ペンション 稲川淳二来訪

 訪れた方の報告動画はコチラ(閲覧注意:霊感の強い方は見ないでください )

 3. 横向ロッジ 稲川淳二来訪

 訪れた方の報告動画はコチラ(閲覧注意:霊感の強い方は見ないでください )

 4. 雪割橋 投身自殺者多数 県南地方の町長が、飛び降り自殺した現場です。

 5. 上蓬莱橋 投身自殺者多数

 6. 高子沼グリーンランド 福島市の北東にあった廃遊園地 営業期間は本当に短かった。

 7. いわき沼ノ沢賽の河原 あの世に近い場所 地蔵が多数祀られている。

 8. 江名安竜トンネル 墓地の下をくり抜いて築かれた隧道 中之作漁港の手前にある。

 9. 白水トンネル 阿弥陀堂の近く 幽霊の目撃者多数

10. 相馬市磯部地区 津波犠牲者多数

11. 河鹿荘 磐梯熱海温泉にある廃ホテル 不気味で施設内にあるとされる骨壺放置は本当だった。

12. 須賀川市大東の女祈祷師による信者殴打撲殺事件現場

13. 旧三森トンネル クラクション3回で心霊現象が起きたという。首なしライダーの話は有名。

14. 旧母成峠 古戦場・慰霊碑 戊辰戦争の激戦地

15. 飯盛山白虎隊自刃の地・隊士の墓 神聖な場所

16. 二本松少年隊士の墓(大隣寺) 神聖な場所

17. 東山霊園 郡山市民の終の棲家 フレコンバッグ多数山積み

18. 本宮市岩角山 霊山であり、ひと山に石像や奇岩が多数点在しているが人影少ない 不気味な雰囲気が漂う。

19. 檜原湖(湖底に沈んだ旧檜原村・ワカサギ釣り一酸化炭素中毒死)

20. 猪苗代湖(溺死や入水自殺、水上バイクの衝突事故など水難事故多発)今年もクルーザーに巻き込まれ小学生男児が死亡。

 ※ 朱書きは実際に私が訪れたスポット 

  上に列挙したのは、福島県内でも「泣く子も黙る最恐の心霊スポット」として有名な場所だ。むやみに近寄ると大変な目に遭うので、冷やかし半分や好奇心などでは訪れないようにお願いします。

 他にも私が二度と行きたくない場所があるのだが、それは伊達政宗による700人なで斬り事件があった「小手ノ森城」と、なぜか私が訪れると、その直後から不吉な事件が立て続けに起きる「猪苗代湖の天神浜」だ。ここは私にとっては「鬼門と言える」危険極まりない場所で、次に再訪すれば命を取られるとさえ思っているからだ。

 それにしてもこんな記事ばかり書いてばかりいると、多くの県民から反発やお叱りを受けそうだが、事実は事実として掲載したい。私は信心深い訳ではないし、宗教心は微塵もないほうだが、現世と死後の世界は繋がっていて、惨い最期を遂げて成仏できない霊が浮遊してこの世に現れたり、予期せぬ災害や不意の事故によって突然に絶たれた命というのは、心残りから現世に居座り続ける可能性があるのではないかと考えている。

 それは姿・形は違えど何かの拍子にビデオカメラに映り込んだり、魂だけが火の玉となって浮遊したり、あるいは自らの存在を誇示しようと訴えてかけて、ラップ現象が起きたりするのだと推察する。
 また、急死などでこの世に未練がある霊だと、近い感性を有する人や波長が合う者に憑依するなどして取り憑き、人格を変えて悪さをしたり、金縛りに遭わせたりするのだ。そして事故現場に居着き、地縛霊となり、仲間を呼び寄せる悪事を働く。それは時として「悪霊」と呼ばれるものだ。

 私は生来、霊を見たことは一度もないし、それゆえにその存在を疑問視する時があるが、不可思議にも県内の「最恐スポット」と称される場所に呼ばれ、ついつい訪れてしまう。これまでに人が亡くなった場所や曰く付きの場所について、上に挙げた20箇所のうち、半数以上の朱書きしたスポットに足を踏み入れた。やはり科学では証明がつかない神の見えざる手が働いている気がして仕方がないのだ。そのようなスポットは、やはり独特な雰囲気があったり、張り詰めた緊張感を感じるし、今まで味わったことがない感覚に襲われたのも事実だ。

 これ以外にも30件以上も郡山市内で起きた殺人事件現場を車で意図的に通ってみたりしている。何故か呼ばれてしまう。

 「メイクミラクル」、「桑野ビリヤード場」、「富田の理髪店」、「パールホワイト」、「清水台の高校教師殺害現場」などがそうで、大した用事もないのによく通りかかる。

 人が命を落とした場所を訪れると、人はどんな心理状態に陥り、言葉では説明が難しいが、死を身近に感じるのか、そしてどんな時に怪奇現象に遭遇するのか知りたい。通りがかりに無差別殺傷に巻き込まれて犠牲になった場合、その無念さは計り知れない。

 私には霊感なるものがまったく備わっていないのだが、これまで経験した中で一番怖かった出来事は、須賀川の女祈祷師による連続信者殺害事件現場を取材に訪れた時に、それまで一度も不調になったことがないのに、その現場となった建物を遠巻きに撮影した途端にSDカードがぶっ壊れた事だ。この時はさすがに犯人で、すでに死刑執行済みの「江藤幸子」の強い怨念を感じた。

 また、私自身は死亡事故が起きた場所を車で通る際には、必ず合掌している。もちろん安全運転義務違反にならない程度にだ。そうすることで、死者を弔い、哀悼の意を表することで自分はそっちの世界には呼ばれない気がするし、事故を遠ざけてくれると思うからだ。それはドライブ中、路上で轢死体となっている猫やイタチ、狸などの動物でも同様で、やはり通行する際には、手を合わせて成仏を祈っている。おそらく一般のドライバーなら、ガードレールに花束が供えてあったり、「死亡事故現場」の看板が立っていたら、薄気味悪がって足早に通り過ぎようとするだろう。まして動物の死骸を見かけたら、目を伏せて視線を外すに違いない。

 しかしながら、よくよく考えてみると、何よりも尊い命が、その場所で失われたとすれば、そこはやはり神聖な場所であって、慈しみの気持ちを持って接しなければならない気がするのだ。世の中には事故現場や殺人事件現場などでご遺体を回収したり、適切に処置する人もいれば動物の死骸を片付ける人が確実にいるのだ。そうした方たちの苦労を思えば、やはり他人事とか対岸の火事と割り切る事はできない。

 私が無意識のうちにそういう場所に呼ばれたり、有名人の墓参りに行くのも、慈しみの心を身につけたからに他ならない。歳を重ねたり、身内の死に接すると、そういう観念が備わったことの証明なのだろう。

2020年10月 9日 (金)

故郷を離れ頑張っている福島県民に捧げる歌

 福島県にちなんだ歌と言うのは昔から多かった。その中でも今は亡き歌姫・美空ひばりが塩屋崎灯台を謳った「みだれ髪」はその最たるものだった。ほかにも市川昭介、猪俣公章、古関裕而など名曲を生み出した大作曲家が生まれた土地柄だけあって、その功績は大きい。

 特に震災によって被災地となった我が福島県を思い、多くの激励ソングが誕生した。日本中が福島県の行く末を案じ、また多くの支援をいただいたのだった。
 そんな福島県にあって、仕事や勉学、あるいは避難で故郷を離れ、全国各地で人知れず頑張っている多くの福島県民(県人)がいる。そんな方々の故郷を想う心情を察して、今日はそんな方々にエールを込めて福島県民に歌(動画)を捧げたい。ぜひ故郷の美しい風景に触れて、元気を取り戻してほしいと思います。

 1 「エール福島県Ver.」 by GReeeeN

 半年に渡って放送されたNHK連続テレビ小説の「エール」。郡山市ゆかりのGReeeeNが楽曲を担当し、スローテンポで、みんなで合唱でき
る美しいメロディーに仕上がった。福島県を代表する美しい風景の数々に、遠い昔の子どもの頃の想い出がオーバーラップし、脳裏に蘇るに違いない。こんなに美しい空、海、湖、山に囲まれた福島県の風景画はどこにも負けない魅力に溢れている。

 2 「こめら」

 この曲の存在を知っている福島県民は少ないと思う。今から20年以上も前に、NHKの番組「お~いニッポン!」の中で、「全国のご当地の県民ソングを作る」という企画で、あの秋元康氏と後藤次利のゴールデンコンビが作詞作曲を担当し、我が福島県の歌を制作したのがこの「こめら」。最初、曲名を聞いた時、どういう意味かわからなかった。怪獣映画の「ガメラ」?みたいで異質な印象だった。しかし、会津の方言で「こどもたち」という意味だと知り、歌詞を噛みしめながら聴いて納得した。
 「ここがお前たちの故郷なんだから、必ずここに戻ってきて自分たちの世界を築け」という、いわば子どもたちへの激励ソングだった。

 3 「桜舞う町で」

 この歌を富岡町の方々が聴いたら、きっと号泣するに違いない。震災後まもなく避難所を訪問した沖縄県出身の歌手でラジオ福島で準レギュラーの番組を持っていた「普天間かおり」さんと村井敏朗さんがハモりながら切々と歌い上げる名曲に誰もが涙したことだろう。

 4  スパリゾートハワイアンズ応援ソング「息吹」 by エアリアル

 これまで何度、旧ブログ、そして現ブログで取り上げ、埋め込み処理したかわからないほど、私が大好きな歌。この曲を聴き、映像を見て涙ぐまなかった時はないほど福島県民にとってはグッと来る琴線に触れるソウルソングだ。

 ♪「暗いがれきの中から明日へ生きろと声がする」「今あなたの声が聞きたい~その温かい声が聞きたい~」♬の部分では毎回号泣してしまう。
 今年の夏、不意の入院・手術で、あまりの激痛にふさぎ込んでいた時に、スマホでこの動画を見て、夜中にひとりで号泣してしまった。この動画に映っている全国キャラバンのメンバーは全員がフラガールを卒業してしまった。それにも涙だ。

 5 「群青」

 小高中学校ではクラスメート4名を津波で亡くし、同級生たちが原発事故の影響で散りじりになった。この曲は音楽教師の小田美樹先生が元気を無くした生徒たちを想い、なんとか絆の力で元気を取り戻してほしい一心で、小高に残った生徒たちと歌の歌詞を出し合い一緒に制作した名曲だ。卒業式で歌われ、それを聞いて感動した他の中学校でも歌われるようになり、全国に広まった合唱曲だ。

 「今旅立つ日、見える景色は違っても 遠い場所で君も同じ空きっと見上げてるはず」
 「またねと手を振るけど、明日も会えるのかな・・・遠ざかる君の笑顔今でも忘れない」この歌詞がすべてを物語っている。 


 6 「SLに手を振ろう福島DCキャンペーンプロジェクト」 Shimva

  平成27年6月28日(日)に「ふくしまデスティネーションキャンペーン」のファイナルイベントとして実施した「SLふくしまDC号に手を振ろう!!」の映像です。
  当日は、雨の中約2万人の県民がSLに手を振り、ふくしまDC期間中のお客様の来県と東日本大震災以降の応援に対する「感謝の気持ち」
を伝えるとともに「福島の元気」を全国の皆さんに発信しました。


 最後は、やはり福島県民ならだれでも歌える「福島県民の歌」をどうぞ!

 伸びゆく福島県、健康で住みよい郷土を表現し、いつでもどこでも愛唱される県民の歌を一般から募集。 当選作を昭和42年2月11日県歌として制定しました。
 「県民の歌」制定を望む県内の意見に呼応する形で歌詞と曲の一般公募を実施。1572通の応募があり1966年10月15日に作曲家の古関裕而などによる第1回審査会が行われ、10月29日に当時の福島県知事である木村守江や、当時の県教育長など40人による最終審査の結果、吉田武の歌詞が入選。吉田は入選した際のインタビューで「豊かな県土をイメージしたが、表現には苦労した」と述べている。その後、作曲も募集が行われ、727通の応募の結果星和男の曲が入選。1967年に制定された。3月25日には、福島市公会堂で歌手の立川澄人を招いて発表会が行われた。同時に遊佐直司が編曲した行進曲バージョンの「福島県民の歌」(ふくしまけんみんのうた)も発表されている。

 歌詞の内容は1番で県花のシャクナゲ、2番で県木のケヤキ、3番で県鳥のキビタキと県のシンボルを取り入れ、県勢の伸長と健康で住みよい郷土づくりにかける理想を歌い上げるものとなっている。
 主に県の行事やテレビコマーシャルで使用されていたが、2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災および福島第一原子力発電所事故の発生以降は復興を祈願して開催されるイベントで演奏されることが多くなっており、県外においても認知度が上昇しつつある。

  さて、今日の記事の趣旨は、故郷を離れ、全国あるいは世界中で頑張っている福島県民への「エール」を目的に描きました。長い人生、決して良いことばかりではないし、どちらかと言えば挫折を味わい、心が何度も折れそうになることがあると思う。そんな時、生まれ故郷の懐かしい風景、友や親の顔が浮かぶと思う。何を糧に頑張れるかというと、「故郷に錦を飾るまで帰れない」と誓ったあの日の自分の決心だったり、親との約束、そして幼い頃に生まれ育った故郷での想い出の数々だと思う。
 今、苦しくて仕方ない人もコロナで仕事が滞っている方も、そんなに厳しい状況は続かないと思う。日本人は諦めずに努力を重ねることで何度も危機を乗り越え、今の平穏な暮らしを手に入れて来たと思う。
 だから、頑張っていれば、いつか必ず幸せを手に入れることが出来ると信じて、今を乗り越えてほしいと思います。今日の記事が少しでも皆さんの勇気になれば幸いです。

2020年9月24日 (木)

福島県59市町村の至宝

 福島県内のローカル局には「福島SHOW」なる番組がある。「ラジオ福島」(RFC)の名物アナである「鏡田辰也」さんが、「テレビユー福島」(TUF)とタイアップし、毎回県内のとある市町村にスポットを当て、現地を訪ね、そこの名物や名産を紹介する地元密着の番組だ。
 かつて平成の大合併前は、我が福島県は90市町村も存在した。地方自治体の存続が危ういのと、交付金目当てで、相当数の市町村が国の大号令に応じて、「合併」に踏み切り、令和2年現在、13市、31町、15村の合計59市町村に姿を変えた。
 ところで、毎年、我が福島県では11月に市町村対抗の「ふくしま駅伝」を開催し、ふるさとランナーを含め、その市町村の名誉をかけて健脚を競っている。県民が楽しみにしている深秋の一大イベントでもある。福島県はご承知のように駅伝王国で、3年前の「都道府県対抗男子駅伝」で悲願の初優勝を飾り、20年ほど前には地元田村高校が全国高校女子駅伝で優勝を成し遂げたこともある。
 古くは1964年の東京オリンピックで銅メダルを獲得した「円谷幸吉」選手や、かつての男子マラソンの日本記録保持者の「藤田敦史」選手、オリンピックに出場した「佐藤敦之」選手、さらには、箱根駅伝で元祖山の神と称された「今井正人」選手、それに東洋大学で4年連続で山越えの5区を担当し、一躍ヒーローとなった新山の神「柏原竜二」選手など、多くの名ランナーを輩出している土地柄である。
 今年も東洋大で箱根区間新記録を樹立し、現在は実業団の名門・旭化成に就職した「相澤晃」選手もまた福島県出身者である。
 
 我が福島県には豊かな自然にはぐくまれた観光地や名産(地酒など)も多種多様にある。では、今日は、そうした福島県の全59市町村の名物を一挙紹介したい。

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 市の部

 1 福島市・・・花見山・円盤餃子・飯坂温泉・土湯温泉・吾妻小富士・わらじ祭り・桃
 2 伊達市・・・あんぽ柿・霊山・あぶくまのりょうぜん漬・ニット・桃
 3 二本松市・・・提灯祭り・菊人形・二本松少年隊・奥の松酒造・大七酒造・智恵子の故郷・黒塚・霞ヶ城・岳温泉・木幡の祭り
 4 本宮市・・・みずいろ公園・安達太良神社・本宮映画劇場・蛇ノ鼻遊楽園・岩角山・ウィリアムズパーク・チェリートマト
 5 郡山市・・・薄皮饅頭・ままどおる・西田敏行・きのこ岩・クリームボックス・酪王牛乳・布引高原・うねめ祭り・ベニマル・幸楽苑
 6 須賀川市・・・ウルトラマンの故郷・円谷幸吉・ゴジラ・牡丹園・うつくしま未来博・釈迦堂川花火大会・松明あかし
 7 白河市・・・だるま市・白河ラーメン・アウシュビッツ祈念博物館・南湖公園・
 8 田村市・・・黒糖饅頭・片曽根山・あぶくま洞・入水鍾乳洞・星の村天文台・仙台平・安倍文殊堂・お人形様・あぶくま天然水・ハム・カブトムシ
 9 喜多方市・・・喜多方ラーメン・蔵・日本酒・新宮熊野神社・長床・大銀杏・三ノ倉高原
10 会津若松市・・・鶴ヶ城・白虎隊・味噌カツ・桜肉・こづゆ・日本酒・太郎庵(天神さま)・米どころ・彼岸獅子・味噌田楽
11 相馬市・・・海苔・松川浦潮干狩り・海釣り・いちご・梨・相馬牛・松川浦大橋・大洲海岸
12 南相馬市・・・無線塔跡・相馬野馬追・大堀相馬焼・サーフィン・みそ・春菊
13 いわき市・・・じゃんがら踊り・ジャンボシュークリーム・アクアマリンふくしま・スパリゾートハワイアンズ・常磐湯本温泉 

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 町の部

 1 桑折町・・・半田沼(ハートレイク)・半田山自然公園・稲作・桃・りんご・伊達郡役所・桑折西山城跡・半田銀山跡
 2 国見町・・・阿津賀志山防塁・果樹・観月台公園・コシヒカリ・桃・りんご・さくらんぼ・プラム
 3 川俣町・・・養蚕業・シルク製品・からりこフェスタ・川俣シャモ・駒ザクラ・織物展示館・羽山の森美術館・乳製品
 4 鏡石町・・・ラーメンみどり ザ・グレート・岩瀬牧場・鳥見山公園・田んぼアート・仁井田祭礼花火大会
 5 下郷町・・・塔のへつり・湯野上温泉駅・つぼたて祭り・高遠そば・エゴマ・じゅうねん味噌・大内宿
 6 只見町・・・田子倉湖・雪まつり・ブナ原生林・旧五十嵐住宅・小林早乙女踊り・トマト・りんどう
 7 南会津町・・・花泉酒造・水稲・トマト・アスパラ・尾瀬・渓流釣り・会津田島祇園祭・国権酒造
 8 西会津町・・・水稲・桐・杉・会津ころり三観音(鳥追観音)・さゆり公園・野沢初市・大山まつり・野沢祭りばやし・生そば・桐下駄
 9 磐梯町・・・栄川酒造・菌茸・果樹・高原野菜・アルツ磐梯スキー場・国史跡慧日寺跡・名水百選・舟曳き祭り・しいたけ・磐梯そば
10 猪苗代町・・・猪苗代湖・天鏡閣・磐梯山・志田浜・南ヶ丘牧場・各スキー場・強清水てんぷら饅頭・昭和の森
11 会津坂下町・・・飛露喜・天明・春日八郎・大俵曳き・亀ヶ森・鎮守森古墳・味噌・馬肉・蕎麦
12 柳津町・・・粟まんじゅう・齋藤清・福満虚空蔵菩薩円蔵寺・七日堂参り・山菜・グリーンアスパラ
13 三島町・・・只見線三島橋梁・花・葉タバコ・水稲・酪農・畜産・会津桐たんす・会津編み組細工・会津地鶏・かすみ草
14 金山町・・・沼沢湖・水力発電所・ヒメマス・温泉・天然炭酸水・赤かぼちゃ・エゴマ・そば
15 会津美里町・・・高田梅・芦ノ牧温泉・本郷焼・干し柿・大俵曳き・伊佐須美神社・花卉
16 矢吹町・・・米・野菜・畜産・松並木・大池公園・矢吹飛行場跡・三十三観音史跡公園・トマト・キュウリ
17 棚倉町・・・山本不動尊・米・トマト・イチゴ・こんにゃく・ルネサンス棚倉・乗馬・棚倉城址
18 矢祭町・・・夢想滝・あゆのつり橋・あばれる君・久慈川・スインピア矢祭・天王祭・ゆず・鮎・シイタケ
19 塙町・・・米・野菜・ダリア園・湯遊ランドはなわ・鐘揉み祭・けやき木工品・菓子 
20 石川町・・・母畑温泉・母畑湖・和泉式部出生の地・地酒・リンゴ・学法石川・駅伝・自転車

21 浅川町・・・吉田富三記念館・浅川の花火・カラスもち・米・肉牛・地雷火

22 古殿町・・・豊国酒造・米・山菜・畜産・チェリートマト・キャンプ場・八幡神社流鏑馬・馬場平のジャンガラ念仏
23 三春町・・・滝桜・さくら湖・三春の里・桜・桃・梅・三春ダム・三春駒・三春人形・西方水かけ祭り
24 小野町・・・小野小町伝承・夏井川千本桜・東堂山満福寺・黒にんにく・しいたけ・御影石
25 広野町・・・火力発電所・Jビレッジ・浅見川渓谷・折木鉱泉・みかんジュース
26 楢葉町・・・天神岬・Jビレッジ・道の駅ならは・マミーすいとん。手作りアイス・ゆず酒
27 富岡町・・・東電福島第二原子力発電所・夜の森駅つつじ・桜のトンネル・桜染め 
28 大熊町・・・東電福島第一原子力発電所・玉の湯・熊川海水浴場・梨・キウイフルーツ・ヒラメ
29 双葉町・・・前田の大杉・双葉高校・相馬漬・双葉バラ園・ダルマ市・双葉海水浴場
30 浪江町・・・請戸漁港・鮭・浪江やきそば・大堀相馬焼・裸参り・活魚・ほっき貝・請戸川
31 新地町・・・釣師浜・火力発電所・福田諏訪神社・ニラ・イチジク・新地貝塚

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 村の部

 1 大玉村・・・安達太良山・県民の森・米・酵母牛・そば
 2 天栄村・・・羽鳥湖・ブリティッシュヒルズ・レジーナの森
 3 檜枝岐村・・・檜枝岐歌舞伎・星・橘・尾瀬・断ちそば・はっとう・ばんでいもち・岩魚・真夏の雪まつり
 4 北塩原村・・・檜原湖・猫魔スキー場・ニッコウキスゲ・五色沼・裏磐梯登山・裏磐梯火の山祭り・会津山塩・ワカサギ・岩魚・ヤマメ
 5 湯川村・・・米どころ・勝常寺・元気みそ・豪雪地帯
 6 昭和村・・・喰丸小・駒止湿原・からむし織・雪まつり・山菜・じゅうねん・手打ちそば
 7 西郷村・・・甲子温泉・キョロロン村・コルク製品・馬鈴薯・白河高原牧場
 8 泉崎村・・・鳥峠・古墳・米・畜産・ハトムギ茶
 9 中島村・・・小室哲哉からくり時計(童里夢公園)・奥州汗かき地蔵・熊野神社・トマト・きゅうり・ブロッコリー
10 鮫川村・・・ファーム翼・鹿角平観光牧場
11 玉川村・・・福島空港・米・野菜・トマト・乙字ヶ滝・南須釜念仏踊り
12 平田村・・・芝桜(ジュピアランドひらた)・道の駅ひらた・ハバネロソフト・駒形ジャンガラ念仏踊り・自然薯・乾麺
13 川内村・・・木戸川・米・いわなの郷・神楽舞・そば発泡酒・凍みもち・エゴマ
14 葛尾村・・・無事故宣言・松本さん・凍みもち・葛尾三匹獅子舞・日山・五十人山・もりもりランドかつらお
15 飯館村・・・飯館牛・田植え踊り・御影石・高原野菜・トルコギキョウ

 福島県の美しい風景を「GReeeeN」の「星影のエール」とともに紹介する動画をどうぞ!

 以上、福島県に存在する59市町村の名産や特産、あるいは観光名所を列挙したが、メジャーなものもあれば、全国的には知られていないものも多々ある。我が福島県にも、まだまだ私が知らない名所も多いし、訪れたことが一度もない市町村も多い。
 しかしながら、かつてあった地名が市町村から除外(削除)されたのは痛い。例えば滝根町、山都町、田島町、会津高田町、舘岩村、都路村、岩瀬村、長沼町、本郷町、河東町という地名は、完全に独立した町村としてはもうない。市の一部になってしまい、小さな町名の地名として残されているのが大多数だ。例えば、田村市船引町といった具合だ。各地方自治体も財政難で存続が難しくなり、藁をもすがる思いで合併に傾倒したことは想像がつく。残念でならない。

 ところで、我が福島県は形がオーストラリアに似ていて東西に広い。県では岩手に次ぐ第2位だ。広大な面積を有するが、例えば北東の端の「新地町」から南西の端の檜枝岐村や只見町まで移動するとなると、優に200キロはあり、車では6時間以上かかる。それほど広いのが福島県なのだ。
 今後、あと何年この世にいられるかわからないが、死ぬまでには、福島県の全域を時間をかけて歩いてみたい。ひいては日本人として生まれたからには、日本全県を踏破したいと思う。もちろん体が動くうちにだ。たぶんあと20年後には足腰や呼吸が弱くなっているに違いない。だから、退職後、10年が勝負だ。リニアが開通し、日本が狭く感じるだろうし、新幹線の長崎ルートも完成しているだろう。「大人の休日倶楽部」の会員となり、閑散期の特別機関を狙って、新幹線乗り放題切符などをうまく活用し、遠くまで足を伸ばしたいと思う。

 

 

2020年9月20日 (日)

映画やテレビドラマのロケに使って欲しい福島県のスポット

 アニメ映画「君の名は。」が公開された時、全国からスクリーンに登場した場所を探して、アニメファンや鉄道ファンが多数押し寄せた。いわゆる「聖地巡礼」だ。NHKの朝ドラや大河ドラマもそうだが、ドラマなどで取り上げられたロケ地などは、その後数年間は観光客が押し寄せるのは衆知のところだ。例えば、「あまちゃん」が半年間放送された年は、岩手県の三陸海岸沿いに多くの観光客が訪れた。久慈駅や小袖海岸、そして北三陸リアス線。大変な賑わいで、ちょっとしたブームとなった。

 我が福島県でも、1980年代に放送されたNTVの年末大型時代劇で「白虎隊」が晦日、大晦日の2日間、延べ6時間の超大作として放送された時、年明けから会津若松市の白虎隊ゆかりの観光地に大勢の客が押し寄せた。飯盛山では主題歌の堀内孝雄の「愛しき日々」がエンドレステープで流され、ドラマの雰囲気を思う存分味わえた。

 今年、福島県出身の大作曲家の古関裕而が主人公のNHK朝ドラ「エール」が制作・放送されたが、新型コロナウイルスの影響で観光客を呼び込むまでは行かなかったのは残念だった。

 しかし、「八重の桜」で会津が経済的に潤ったように、観光客を呼び込むのは、名作映画やテレビドラマでロケ地として招聘することが近道で早道だとわかった。昔、フジテレビで「白線流し」が放送された時に、やはり舞台となった「長野県松本市」が脚光を浴びた。

 そこで、福島県で映画などのドラマを撮影した場合、どんなスポットが映えるか、私なりに探ってみた。制作会社の方は、ぜひ参考にして頂きたいと思う。

 1 信夫山から見下ろす福島の夜景 

 特に秋から冬にかけて空気が澄んだ季節は必見の価値あり。福島市の市街地を眼下に一望できるのは、街の真ん中に小高い信夫山があるおかげだ。 

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 2 三島町の只見線橋梁

 鉄道雑誌のグラビアを頻繁に飾るスポットで、特に紅葉の時期と雪景色がお薦め。ここは写真家が常時居座る撮影スポットでもある。 

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 3 上戸のトンネル先の右カーブで湖岸越しに聳える磐梯山

 ここは駐車禁止なので、この絶景が突然目の前に現れても、路肩とかに駐車できず、素通りしてしまう。学生時代、バイクで訪れた際には路肩にとめて、心行くまで志田浜を挟み、その奥に聳える磐梯山の風景を堪能した。絵ハガキやポートレートに最高。   

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 4 小名浜三崎公園マリンタワー

 ここもロケーションは最高。晴れた日は眼下に青々とした太平洋が一望でき、地球が丸井ことを実感できる、また小名浜港を間近に眺めることができ、アクアマリンと建設中のマリンブリッジのコラボは圧巻。

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 5 飯盛山さざえ堂

 入口と出口が異なり、途中で交錯るることのない不思議な回廊。恋愛ドラマで、お互いの相性を確かめるシーンで使うと面白い。
 出会えたら結婚し、出合えなかったら別れようみたいな心理戦。

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 6 松川浦大橋

 ここも震災の大津波で大変な被害を受けた地区に聳える大橋。相馬港のシンボルになった。夜間はライトアップするので、真夏の濃霧の際には幻想的な光景が撮影できると思う。そこを車が通行する際に、一筋のライトが移動して行くシーンは魅力的。

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 7 開成山公園の桜

 さくら通り沿いの土手の桜並木は「時をかける少女」で、開成山野外音楽堂は「春色のスープ」のワンシーンで使われた。とにかく広大な公園で、中央の五十鈴湖と呼ばれる池には噴水もある。赤い五十鈴橋も絵になるし、池に浮かぶ貝殻の形状をした野外音楽堂も映えすること間違いない。

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 8 郡山市浄土松公園(きのこ岩)

 東北のカッパドキアとか、陸の松嶋と呼ばれるほど不思議なきのこの形をした奇岩が群れを成している。この世のものとは思えない形状。サスペンスもので、ここで遺体が発見されたというストーリーに打ってつけ。

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 9 郡山市逢瀬公園展望台から見下ろす景色

  誰が名付けたのかは不明だが、「逢瀬」というロマンス的かつ意味深な地名にある公園。ここはどういう訳か「恋人の聖地」となっている。
3階建ての展望台の手すりには金属の錠前が多数ロックされていて、そこに恋人同士の名を刻んで掛けられている。そこから見下ろす滝と水路、それに緑の芝生のコラボレーションが美しい。春には桜が咲き乱れる花見スポットでもある。

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10 郡山市布引高原ひまわり畑と風車群

  晴れた日に訪れれば、絶好のロケーションが広がり、来る者を圧倒する景色。眼下にはまばゆい光に反射して煌めく猪苗代湖の水面とその先に聳える、宝の山と称される磐梯山。まずこのコラボレーションに魅了される。続いて布引高原自体が風車群とひまわり畑(9月上旬)と秋桜畑に色鮮やかに染まる。その数数百万本。毎年、種から栽培され、この時期に満開を迎える。ここでぜひ映画のロケをお願いしたいし、アニメでも絶対にインスタ映えするのは言うまでもない。もしかすると、ここの風景が福島県No.1かもしれない。

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 以下、11~35は説明を割愛し、ロケ地として相応しいスポットと時折その画像を交えてお送りします。

11 吾妻小富士と磐梯吾妻スカイライン  
12 二本松霞ヶ城の桜
13 白河小峰城
14 大内宿の宿場町(街道)
15 会津美里町左下観音堂

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16 福島市花見山公園
17 郡山市石莚・銚子ヶ滝
18 田子倉湖
19 裏磐梯五色沼
20 檜原湖から見た裏磐梯

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21 吾妻山魔女の瞳
22 あづま公園の銀杏並木
23 グランデコスキーリゾート
24 塔のへつり
25 大桑原つつじ園(須賀川市)

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26 安達太良エクスプレスの光のページェント 
27 湯野上温泉駅
28 富岡町桜のトンネル
29 郡山市緑水苑
30 郡山市ビッグアイ展望台

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31 郡山市駅前の光のページェント
32 三春滝桜
33 三春ダムとさくら湖
34 須賀川釈迦堂川花火大会
35 須賀川松明あかし

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 この記事を書こうと決めた当初は、10か所も挙がれば上出来と思っていたが、挙げ出したらここもある、あそこもあるとなり、絵になるスポットが多数出て来た。天気にもよるが、絶対に映像として使える場所ばかりをセレクトしたつもりなので、ぜひとも制作会社の方たちにはこの記事を見ていただき、聖地巡礼がブームとなるような作品を作って欲しい。

 

2020年8月 2日 (日)

退職したら旅行で訪れたい場所

 私は日本人として生を受けたからには死ぬまでに日本全国津々浦々、隈なく旅して歩きたいと考えている。鉄道旅行も良し。車での長距離移動もまた良し。
北海道だったら、またバイクを駆ってみたいという密やかな野望もある。では優先順位はどうなるか。私的なことながら、トップ10を挙げたい。なおこれは自身の備忘録を兼ねて掲載するものである。

 <北海道編>

 1位 日高サラブレッドロード→襟裳岬→黄金道路→幸福駅→帯広→糠平湖(タウシュベツ橋梁)
 2位 苫前三毛別・天文台・利尻島・礼文島
 3位 知床峠カムイワッカ湯の滝→美幌峠→摩周湖→屈斜路湖→開陽台→温根沼(トドワラ)→落石・根室→納沙布岬・霧多布湿原(再訪) 
 4位 富良野・美幌・青池・天人峡羽衣の滝(再訪)
 5位 積丹半島(再訪)

 私にとって北海道は第二の故郷である。2年間、当地に住み、その後も5~6回はバイク、電車(2回)、飛行機&レンタカー(2回)などで再訪している大好きな地だ。でも離島は行ったことが無いので、一度は訪れてみたい。天売、焼尻、礼文、利尻はやはり足を踏み入れてみたい場所だ。また違う世界が広がっているに違いないからだ。

 <北海道以外>

 1位 倉敷・姫路城(同窓会へようこそ~遅すぎた夏の帰郷~のロケ地)
 2位 南・西九州(鹿児島・長崎・端島・五島列島釣り)
 3位 島根(出雲大社・境港・宍道湖)・鳥取(砂丘)
 4位 愛媛(東京ラブストーリーロケ地・道後温泉)・高知(桂浜・室戸岬・足摺岬)
 5位 松本(白線流しロケ地巡り・松本城)
 6位 奈良(高校時代に修学旅行で行った寺社に再訪)
 7位 京都(幕末の歴史舞台を歴訪)寺田屋・近江屋・本能寺跡・蛤御門・新選組詰所
 8位 岐阜~愛知(日本ライン下り・犬山城・明治村・名古屋城・熱田神宮)
 9位 伊勢志摩(伊勢神宮・安土城・牡蠣など)
 10位 沖縄群島(宮古島・石垣島・波照間島など)

 やはり映画やドラマのロケ地になった場所(聖地)を巡礼したいという気持ちが強い。尾道を再訪してみたい気持ちがある。映画監督の大林宣彦さんが亡くなり、尾道三部作やNHKの「てっぱん」のロケ地になったことで、震災の夏、高速道路無料を利用して車で往復したが、あの風光明媚な景色を満喫できた。念願だった砂肝を入れた「尾道風お好み焼き」も食することが出来た。旅の醍醐味はやはり見慣れない風景との出逢いとやっぱりご当地グルメだろう。

 さて、今からこのような計画を立てても果たして実現できるかは不明だが、退職後の楽しみを考えておけば、あと5年の現役生活もより充実し、名残惜しいものになりそうな気がする。歳をとるのは誰も嫌なものだ。おそらく健康で、不自由なく体が動けるのも70歳くらいまでかもしれない。だから、退職後の10年を大事にしたいのだ。私の父親は70歳で急逝した。少なくても親父よりは健康を第一に考えた生活を送っているため、親父の歳よりも長生きできそうだ。
 だから余計に、退職後の10年はとても気になる。70歳を越えてくると、足腰が弱くなったり、階段の上り下りも息が上がって大変になるだろう。よって、体が動くうちに日本中を旅して歩きたいのだ。
 私は学生の頃から、ひとり旅が好きだった。話し相手がいなくて寂しく感じた一幕もあったが、やはり誰かに振り回されることなく、自由気ままに行きたい場所に死を運び、食べたいものを食べる。誰かに自分の行動を束縛されることなく、ふらっと立ち寄りたい性格なのだ。

 最後に、もし外国だったらどこに行くかトップ10を挙げたい。

 1位 イタリア(トレビの泉・真実の口・コロッセオ)
 2位 スペイン(サグラダファミリア)
 3位 メキシコ(インカ帝国)
 4位 ペルー(ナスカ地上絵・イースター島・マチュピチュ)
 5位 ハワイ   
   6位 フランス(モンサンミッシェル・ノートルダム寺院・凱旋門・エッフェル塔・ルーブル美術館) 
 7位 カリフォルニア(MLB観戦・本場ディズニー・ローズパレード) 
 8位 カンボジア(アンコールワット)
 9位 ニューカレドニア
 10位 エジプト(ピラミッド・王家の谷・ルクソール・スフィンクス)

 やはり外国は治安が良く、疫病のない安全な場所を選びたい。もちろん世界遺産は見逃せない。観光客でごった返したり、今はコロナ禍で旅行に行けないが、いずれ毎日サンデーとなった暁には、ぜひ心行くまで旅情を満喫したいものだ。

 さて、退職後の無収入、毎日サンデーを想うとどうしたらいいのか「新ライフスタイル」を模索しなければならない。
去年の7月には、私の第二の故郷であり、息子が暮らす「北海道」を旅した。
 今年は「新型コロナウイルス」とまさかの入院・手術という予期せぬ出来事で、旅行は我慢の年回りとなった。どれもまさかだが、一番のショックは「2020東京オリンピック・パラリンピック」が1年延期になったことだ。本当だったら、スポーツで大盛り上がりになる年だった。残念ながら、コロナの猛威は留まるところは知らず、私は来年も開催が見送りとなり、東京五輪は注視となり、幻と化してしまうと見ている。いくら強行開催すると言い張っても、いちゃもんファイターの韓国が真っ先にボイコットを表明し、それに呼応し、赤化同盟国がこぞって参加を見送り、日本の鼻を開かそうと画策するであろう。当然、世界一の感染国のアメリカやイタリアなど欧州諸国も不参加を表明。日本だけがスタジアム建設を含めた開催費用を自腹で切るなどして財政危機に陥ることは必至。日本だけが貧乏くじを引かされ、開催決定のあの頃の熱狂ぶりは肩透かし、そしてぬか喜びで終わってしまいそうだ。
 私は大陸思想そのままで、絶対に自分の非を認めず、他人に罪を擦り付ける概念しか持たない中国がすべて仕組んだ画策だと見ている。領土問題や過去の戦争責任など、日本を敵視している中国が、アメリカの番犬とだけしか見ていない日本に一泡吹かそうと、コロナウイルスを作りだし、それをばら撒いた張本人だと考えている。

 いずれにせよ、中国や韓国には退職後を含めて絶対に足を踏み入れたくない国であることは間違いない。
 

2020年7月30日 (木)

全国的に有名な福島県の切り取り12絶景(後編)

 昨日の続きとして我が福島県の絶景をあと6地点セレクトしたい。いずれも訪れる必見の価値がある。

 7 安達太良山の紅葉

 日本100名山に挙げられる二本松市の安達太良山。高村光太郎の妻の智恵子が「東京には空がない」と嘆いたが、本当の空は、智恵子が毎日実家の酒屋から眺めていた安達太良山の上に広がる澄んだ空を指している。
 この安達太良山は地元の小学校の遠足で、必ず集団登山で登るほどメジャーだが、秋になると山頂から麓に向かって赤や黄色の紅葉前線が下りて、その風景たるや観る者すべてを魅了するほど美しい。今は7合目までは安達太良高原スキー場のゴンドラで登ることができ、山頂までは登山道も険しくはなく、2時間足らずで辿り着けるようになった。

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 8 磐梯吾妻スカイライン

 まるでアメリカの荒野を彷彿させる。外国風景の雄大さを感じさせてくれる場所。このような一本道を車やバイクで走ったら、気持ちまで大きくなりそうだ。吾妻小富士や一切経山のある「磐梯吾妻スカイライン」の最高地点付近にビジターセンターがあるが、そこから福島市側に1km行った場所が絶景ポイント。昨年、つばくろ谷付近に民間のセスナ機(グライダー?)が墜落し、パイロットが亡くなる痛ましい事故が起きたが、このハリウッドを思い起こさせる場所は、木々が樹勢できる標高を超えているため、木々や林、森などは無く、荒野のように茶色の岩肌が連なる殺伐とした印象を醸すロケーションだ。余計に国外感満載だ。

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 9 小野町の「夏井川の千本桜」

 ここは福島県民には言わずと知れた桜の名所なのだが、全国の人はほとんど知らない。夏井川の両岸に桜並木が連なり、満開の折には大勢の花見客でごった返す。地元主催の桜祭りも行われ、大変な人出でにぎわいを見せる。川沿いだけあって、春先は水温が冷たいため、周辺の桜が満開を迎えても、ここだけは開花も遅いし、場合によってはGW中に満開を迎える年もある。

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10 布引高原の「風車群とひまわり畑」

 こちらは夏の風物詩。8月下旬になると「布引高原」一帯に咲き誇るのが「ひまわり」。その数数万本。晴天青空の日に訪れれば、空の青と黄色のひまわり畑、そして緑の木々の絶妙なコントラストを味わうことが出来る。また、山頂から北側を見下ろせば、日本で4番目の面積を誇る「猪苗代湖」の湖岸線を一周して見下ろせる。そしてその奥には名峰「磐梯山」が聳えている。ここでしか見られない一大パノラマだ。

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 11 喜多方三ノ倉高原菜の花畑

 ここは知る人ぞ知る絶景スポット。春は一面の菜の花畑(5月中旬~6月上旬)だが、夏過ぎの8月上旬~9月上旬)にはひまわり畑と姿を変える。まるで北海道にいるかのように錯覚するほど雄大な景色を堪能できる。会津盆地を一望できる三ノ倉スキー場のゲレンデなど約8.3ヘクタールを利用し、春には350万本の菜の花が、夏から秋にかけては、東北最大の約250万本のヒマワリが咲き誇ります。

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 12会津若松市のシンボル「鶴ヶ城」

  会津戊辰戦争の悲劇の象徴となった「会津若松城」。通称「鶴ヶ城」。若き白虎隊の面々が命をかけて守ろうとしたこの城。西軍によるアームストロング砲の度重なる攻撃に耐え、籠城戦の末に松平容保が降伏を申し出て戦は終結した。
 昭和40年に市民の悲願による天守閣の再建がなり、その後、平成末期に当時と同じ風貌である赤瓦に葺き替えられた。滝廉太郎の「荒城の月」は落城の賦を詠ったもので、鶴ヶ城の敷地内にその石碑が建っている。
 鶴ヶ城は桜がよく似合うと個人的に思っている。そして昭和の時代には「清酒花春」のCMには和服美人と共に、この城の背景が欠かせないものとなっていた。

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 ほかにも「あぶくま鍾乳洞」や福島市の「花見山公園」など今回紹介しきれていない観光地は山ほどある。

 さて、2日間に渡ってお送りした我が福島県の絶景ポイント12選。いかがでしたか。この記事と画像をご覧になり、少しでも足を運びたくなったと思った方がいれば幸いです。

 もちろん、観光地を観るだけではない。そこの土地でしか味わえないグルメだったり、土産物だって目白押しだ。「喜多方ラーメン」、「白河ラーメン」、「山都そば」、「こづゆ」、「味噌カツ」、「浪江焼きそば」、「てんぷら饅頭」、「粟饅頭」、「川俣軍鶏」、「身しらず柿」、「会津高田梅」などのご当地グルメはもちろん、「赤べこ」、「起き上がり小法師」、「唐人凧」、「白河だるま」、「大堀相馬焼」、「三春駒」などの民芸品もある。ぜひ当地を訪れ、「ふくしま」を満喫していただきたいと思います。

2020年7月29日 (水)

全国的に有名な福島県の切り取り12絶景(前編)

 我が福島県は面積が47都道府県の中で第3位を誇る。ゆえに広大で「はまなかあいづ」東から「浜通り地方」「中通り地方」「会津地方」に分類され、それぞれの地形を生かした観光名所が点在している。
 国宝こそいわきの「白水阿弥陀堂」一箇所限りだが、国立公園や温泉地は数多く、四季を通じて他県にはない魅力にあふれている。では、12地点の絶景をセレクトし、今日(前編)と明日(後編)で紹介したい。ぜひこの夏、過去最多の新型コロナ感染者を更新しながらも「GO TO トラベルキャンペーン」に現を抜かす政府の無能さをさらけ出す愚策の旅行プランの参考にしてみてください。なお、7月23日(木)現在、我が福島県は合計86人の感染者に留まっていることを冒頭で述べておきたい。

 1 昭和村の「喰丸小学校の大銀杏」

 ここは秋がお薦め。西島秀俊が主演した映画「ハーメルン」の舞台となった場所。今はもう廃校になった古い木造校舎の「旧喰丸小学校」。昔の学校の風情を漂わせる静かな場所。今はカフェとして再利用されているが、都会の喧騒を離れ、田舎の風景にどっぷりつかるのも一興だ。特に、後者のすぐそばに立つ大銀杏は、晩秋には黄色い葉を落とし、一面の黄色いカーペットを演出する。その様はまさに映画のひとコマを切り取ったかのよう。

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 2 喜多方の「新宮熊野神社の大銀杏」

 こちらも喰丸小学校と同様、熊野神社の境内に建つ「長床」とそのすぐそばに鎮座する大銀杏のコラボレーションが見事。「長床」とは、天喜3年(1055年)源頼義の勧請の古社。拝殿の「長床」は、平安時代の貴族の住宅建築である寝殿造りの主殿の形式を踏襲したもの。44本の太い柱が立ち並ぶ正面9間、側面4間の壁も窓もない吹き抜けになっている。併設されている熊野神社宝物殿には銅鉢をはじめ、多くの国、県指定文化財が保存されており、拝観することができる。

【所有文化財】
長床・銅鉢(国重文)
熊野神社本殿・御神像・大般若経・木造文殊菩薩騎獅像・鰐口・銅鐘・牛玉宝印版木 他(県重文)
木造薬師如来坐像及び木造十二神将立像・木造狛犬 他多数(市重文)
大人300円

Nagatoko


 3 三春「滝桜」

 こちらは「日本三大桜」に数えられるほど全国区の人気を誇る「滝桜」。推定樹齢1000年超の国の天然記念物の枝垂れ性のサクラの巨木。品種はエドヒガン系の栽培品種のベニシダレ(紅枝垂桜)。
 2012年時点で推定樹齢1000年超、樹高12m、根回り11m、幹周り9.5m、枝張り東西22m・南北18m。三春町の滝地区に所在すること、毎年4月中・下旬に四方に広げた枝から薄紅の花が流れ落ちる滝のように咲き匂うことから、この名がある。毎年全国から30万人の観光客が訪れる。全国各地にその子孫木が植えられている。

Takizakura

 4 三島町「第一只見川橋梁」 

 世界で最もロマンチックな鉄道 只見線. 三島町には只見線に架かる第一只見川橋梁を見渡せる絶景スポットがあります。 道の駅尾瀬街道みしま宿から遊歩道を約15分、尾根を登ると只見線を見渡せる場所があります。 国内だけでなく、海外からも大勢の方がこの地を訪ねています。
 カレンダーやグラビア、鉄道雑誌にはお馴染みのビューポイントでもあり、絶好のシャッターポイントでもある。春夏秋冬で異なった風情を見せてくれる。特に人気は紅葉と雪に埋もれた風景。

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 5 大内宿

 ここは「旅番組」で何度紹介されたかわからない有名な観光地。江戸時代にタイムスリップしたかのような旧街道の宿場町。道の両側に時代を感じさせる茅葺屋根の民宿や民芸品屋が軒を連ね、400mほどの宿場町となっている。ここでの名物は、曲がった長ネギ1本を箸代わりにして食べる「高遠蕎麦」だ。それに或る宿屋では、茶目っ気たっぷりの「美人専用」のベンチまである。
 街道の一番奥の丘の上から見下ろす茅葺屋根の全容は圧巻としか言いようがない。これまた茅葺屋根の珍しい駅舎である「湯野上温泉駅」から南西方向に15kmほど山奥に入った地点で、車だと15分以内には辿り着ける。昔の旅人や参勤交代の大名一行が、ここで旅の疲れを癒したのは言うまでもない。

Ouchijyuku

 6 裏磐梯

 日本では珍しい爆発(噴火)で山体崩壊を引き起こした「磐梯山」。いわゆる会津では「宝の山」。その北側の旧檜原村は噴火による土砂や土石流が堆積し、村が全滅。そして噴火によって形成された檜原湖の湖底に沈んでしまった。裏磐梯は自然の宝庫で、五色沼は文字通り、光の反射でいろいろな色に見える。一番大きく駐車場から至近の「毘沙門沼」では、珍しいハートの形をした模様のある鯉がいたり、カップルが愛を語り合うのに十分なボート漕ぎが楽しめる。散策路も1時間もあれば自然を十分満喫できるし、バーベキューを楽しむこともできる。
 また、檜原湖は真冬にはワカサギ釣りのメッカになるが、夏の観光遊覧船は、運航する会社がコロナウイルスの影響で客足が激減したことにより倒産。もう二度と遊覧船で湖を一周したり、裏磐梯の勇壮な噴火口の跡を拝めることがかなわなくなった。

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 さて、今日はここまでとしたい。明日の後編では、安達太良山の紅葉、磐梯吾妻スカイラインの雄大な風景、小野町の夏井川沿いの千本桜、会津のシンボル「鶴ヶ城」、喜多方三の倉高原のそばの花畑、そして布引高原の風車群とそこから見下ろす絶景について述べたい。

 

 

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