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住まい・インテリア

2018年5月 4日 (金)

バブルの遺物

 前回の記事に関連して、今日も1980年代後期から90年代前期にかけて日本中が狂喜乱舞したバブル景気に沸いた頃の記事をしたためたい。

 イケイケドンドンに踊らされ、バブル期に建設されたが、今では廃墟同然になっている施設やすでに撤去された有名建築物を取り上げたい。これをみるとまさに「兵どもが夢の跡」という気がする。

 1 スキードームSSAWS(ザウス)

 かつて千葉県船橋市浜町に存在していた屋内スキー場である。通称「ザウス」。バブルを象徴する巨大レジャー施設だった。

1993年7月15日から2002年9月30日まで営業を行っていた。巨大迷路の跡地にオープンし、当時は、世界最大かつ史上最大の屋内スキー場であった。その大きさは、高低差が設備としては100m、ゲレンデとしては約80m、長さが設備としては500m、ゲレンデとしては約480m、幅が約100mというものである。三井不動産が京葉線南船橋駅の近隣地に建設し、運営は船橋ヘルスセンターなどを経営していた株式会社ららぽーと(当時)が行っていた。施工は鹿島建設。
 コースは下半分が初級者用で、上部スロープに向かって左側が中級者用イエローコース、右側が上級者用レッドコースにそれぞれ分かれたものになっていた。
 屋内スキー場としては日本で初めてリフトを設置したスキー場であり、当時の法律ではリフト設置には風速計を設置することが義務化されていたため、風の吹かない屋内スキー場という条件にもかかわらず、運輸省(当時)が規則として風速計の設置を求めたという逸話が残っている。当初入場料+2時間滑走料金で5,900円であったが、後に5,400円に改定された。

 私は一度だけ滑ったことがあるが、ここの雪質は人口のためザラメ状で、しかもレンタルした板がエッジが錆びついていて、まったく滑りにならなかった。

 2 多くの若者で賑わっていたオシャレタウン清里

 避暑地として有名なのは長野県軽井沢だが、バブル期は、その二番煎じではないが、志賀高原や菅平も有名だった。そしてここにも賑わいを見せたスポットがあった。それは山梨県の蓼科や清里町だ。ヨーロッパを彷彿させるカラフルな色調の洋風で可愛らしい店舗がストリートに立ち並び、そこにはオシャレカフェやレストラン、そしてタレントショップまでもが軒を連ね、休日ともなれば、多くの観光客や若者が押し寄せ、思い思いの時間を過ごしていた。私も1987年、東京の三軒茶屋に住んでいた頃に、バイクでツーリングがてら訪れたことがあった。そこだけメルヘンチックでおとぎの国に迷い込んような錯覚に陥るような空間だった。

では30年後の今を見てみよう。

 かつての賑わいは影も形もなく、無残な廃墟を晒し、何か「捨てられた町」という雰囲気さえ漂う。日本人は、注目が集まる流行にはすぐ飛びつくが、ブームが去れば、もう見向きもしない風潮がある。バブルによって隆盛し、バブル崩壊によって切り捨てられた

 3 スポーツカー隆盛

 あの頃の若者は、カッコいい車に乗りたくて辛い仕事も耐えて頑張っていた。「セリカXX・プレリュード・シルビア・スカイライン・ソアラ・MR2・180SX・RX-7・フェアレディZ・スープラ」などがその象徴だ。


                                                 
 また、「いつかはクラウン」の上を行く高級車も続々登場した。「セルシオ」「インフィニティ」「シーマ」などがそうだ。
 ほかにも前回記事で書いたスキーブームに乗っかりRVブームも沸き起った。「パジェロ」「ハイラックスサーフ」「テラノ」「ビッグホーン」「サファリ」「ランクル」などのクロカン車だ。
 それでけではない。バイクも飛ぶように売れた。車検が不要で手軽な乗り物と言うことで空前の250CC(クォーター)ブームが起きた。「ホンダVT」や「CBR]、「ヤマハRZ」、「スズキγ」、「カワサキKR「や「GPZ」などが道路を占領した。

 何を隠そう、私は学生時代にVT250Fというミーハーバイクに乗っていた。満員電車が苦手な私は、移動手段は常にバイクだった。

 

 さて、今日の記事は、バブル時代の遺物について取り上げたが、今の若い人たちは「バブル」に沸いた時代を知らない。経済だけでなく人々の願いや希望も満たされ、心豊かな夢のような時代だった。それを象徴するのが、巨大アミューズメント系の建造物だった。東京ドーム、ザウス、幕張メッセ、そして湾岸沿いに立ち並ぶ超高層マンション(通称億ション)、レインボーブリッジなど。東京以外でも青函トンネルと本四連絡橋(瀬戸大橋・明石海峡大橋)などが1980年代後半に開通した。全国各地にスキーブームを反映して『リゾート開発が相次ぎ、ホテルやオシャレなペンションなどが次々と建設された。RV車や高級外車が飛ぶように売れ、街角では高級ブランドを身にまとった若い女性が闊歩した。預金金の利息がが6%を超え、投資やディスコブームが沸き起こった。ホテルやゴルフの会員権が高値で取引された。
 誰もがその恩恵にあやかり、その雰囲気に酔いしれた。このままずっとこの好景気が続くと思っていた。

 最後に、華やかだったあの頃の映像を掲載し、結びとしたい。


 
 https://www.youtube.com/watch?v=3KhB64MzLxc