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2021年2月27日 (土)

民謡「会津磐梯山」の謎を探る

 日本三大民謡と言えば「江差追分(北海道)」「磯節(茨城県)」「山中節(石川県)」なのだそうだ。私はてっきり日本人の誰にでも親しまれている「北海盆唄(北海道)」、「郡上踊り(岐阜県)」、「黒田節(福岡県)」、「炭坑節(福岡県)」のどれかかと思っていたし、我が福島県の「会津磐梯山」も有名で、知らない人はいないほどメジャーな民謡だと思っていた。これには諸説あるらしく、「Wikipedia」には「郡上おどり」、「阿波おどり」と共にこの唄こそが「日本三大民謡」と謳っている。

 しかし、「エイヤー」で始まる独特の節回しがウリのこの「会津磐梯山」だが、その歌詞をよく見ると、不可解な箇所がいくつも出て来る。今日はその謎を紐解いてみたいと思う。まずは歌詞をそのまま掲載します。

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 この歌詞を眺めると、県内の方はいろいろな疑問が生まれると思う。

 謎1 「会津磐梯山」はなぜ宝の山なのか?

 謎2 「小原庄助」とは誰なのか?朝寝 朝酒 朝湯が元で身上を潰したようだが、それらができるほど地位も身分もあったのか?

 謎3 「小原庄助」さんは喜多方にある「小原酒造」とは関係があるのか?

 福島県民でもあまりご存知ないであろうこれら3つの疑問を探ってみたい。

 謎1 諸説あるようだが、昔は磐梯山周辺は気候がよくて、作物かたくさん育ったという話や、ススキやら稲やらがたくさんあって黄金色に染まったことから「宝の山」といわれるようになったとか、「宝」とは黄金であり、笹の砂鉄であるらしいとの解釈が存在する。となると、噴火前の磐梯山は、新潟佐渡金山のように金や砂鉄がとれたのだろうか?
 しかし、有力なのはやはり、笹が黄色く色づき、小判色に見えたとか、凶作の時に笹に実がなって黄金色に見えて、それが食料になった。他にも砂鉄の産地とか、山の実りが豊かだというようなことも言われている。

 「宝の山」である磐梯山に「笹に黄金がまたなりさがる」瑞祥を賞賛するところから歌い出し猪苗代湖東山温泉鶴ヶ城など「北は磐梯、南は湖水」の会津盆地を取り囲む会津の「緑の夏」をめぐり、飯盛山で花と散った「忠義一途の」白虎隊で締めている。会津の有名観光地を紹介するかのような歌詞だが、それが会津人の気質を表している。

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 謎2

 歌詞中には「小原庄助」なる人物が、「朝寝朝酒朝湯が大好きでそれで身上潰した」とあるが、モデルとなった人物については、諸説ありはっきりしない会津若松市秀安寺には戊辰戦争に会津方の一員として参加し、慶応4年9月5日1868年10月20日)に戦死した「小原庄助」という人物の過去帳が残されているが、彼が歌詞のような人物であったかは定かではない
 また、
白河市皇徳寺に小原庄助のモデルと伝えられる「会津塗師久五郎」(安政5年6月14日1858年7月24日)没)の墓がある。久五郎は会津藩領大原新田村(現:猪苗代町)の人物で、大酒飲みであった。戦時中は「…何で身上興した 朝寝朝酒朝湯が大嫌い…」と変えられたともされる。元々の歌詞にはこのような囃しはなく、勝太郎のアイデアで挿入したものであり、会津の「酒好き」な人情を表したものともされる
 当時は「身上しもうた」と囃したのだが、戦後は「身上潰した」と囃すことが多くなっている。勝太郎自身によって、ラジオで「私の会津磐梯山は地元のものとは違っていて、わかり易くするために私がアレンジをしたものです」と述べており、地元伝承のものとは異なる旨を明言している。

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 謎3

 磐梯山の西側に蔵とラーメンで有名な喜多方市がある。そこにクラッシック音楽(モーツァルト)を聞かせ、日本酒を眠らせて熟成を促進させるというユニークな酒造りをしている「小原酒造」という酒蔵がある。その銘酒はその名も「蔵粋(クラッシック)」という。朝酒が大好きだった小原庄助さんとは何か関係があるのか?
 私の行きつけの酒屋さんが蔵元に問い合わせてみたところ、「小原」という姓はたまたま同じなだけで親戚関係でもなければ利害関係もないとのことだった。
 論より証拠で、民謡の「会津磐梯山」は、もとは七日町(現在の会津若松市七日町)の阿弥陀寺で唄い踊られていた「玄如節」である。源流は、新潟県西蒲原郡巻町の民謡「五ケ浜甚句」に遡るとされる。盆踊唄、会津甚句などとも呼ばれ、夏祭りや盆踊りの際に「気狂(かんしょ)踊り」とともに唄われる。それが1934年(昭和9年)に小唄勝太郎が歌ったものが歌い出しをとって「会津磐梯山」と命名されて、ビクターレコードより発売され、全国的に広まった。

 一方の「小原酒造」はそれよりも遥か昔の1717年(享保2年)、初代小原嘉左衛門が創業し、現在10代目が酒造り一筋で守っている老舗酒蔵で、小原庄助さんという架空とも知らぬ人物とは縁もゆかりもないということだった。

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 以上、私も今回、調べる機会を得て、ことの真相を知れたのは収穫だった。全国的に有名な「会津磐梯山」のルーツも知れたし、長年のモヤモヤが吹き飛んだ気持ちだ。
 では最後に、三橋美智也、美空ひばり、ザ・ドリフターズなどが歌い、レコード発売した名曲「会津磐梯山」の動画をリンクして結びとしたい。私がもっとも気に入っている、CM「会津ほまれ」で有名になった大塚文雄さんの歌声でどうぞ

  会津磐梯山と言えば大塚さんに尽きる。これは福島県民の総意だと思う。ちなみに「会津ほまれ」のご令嬢は「サンデーモーニング」のスポーツコーナーを担当している「唐橋ユミ」さんです。

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