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2020年10月 9日 (金)

故郷を離れ頑張っている福島県民に捧げる歌

 福島県にちなんだ歌と言うのは昔から多かった。その中でも今は亡き歌姫・美空ひばりが塩屋崎灯台を謳った「みだれ髪」はその最たるものだった。ほかにも市川昭介、猪俣公章、古関裕而など名曲を生み出した大作曲家が生まれた土地柄だけあって、その功績は大きい。

 特に震災によって被災地となった我が福島県を思い、多くの激励ソングが誕生した。日本中が福島県の行く末を案じ、また多くの支援をいただいたのだった。
 そんな福島県にあって、仕事や勉学、あるいは避難で故郷を離れ、全国各地で人知れず頑張っている多くの福島県民(県人)がいる。そんな方々の故郷を想う心情を察して、今日はそんな方々にエールを込めて福島県民に歌(動画)を捧げたい。ぜひ故郷の美しい風景に触れて、元気を取り戻してほしいと思います。

 1 「エール福島県Ver.」 by GReeeeN

 半年に渡って放送されたNHK連続テレビ小説の「エール」。郡山市ゆかりのGReeeeNが楽曲を担当し、スローテンポで、みんなで合唱でき
る美しいメロディーに仕上がった。福島県を代表する美しい風景の数々に、遠い昔の子どもの頃の想い出がオーバーラップし、脳裏に蘇るに違いない。こんなに美しい空、海、湖、山に囲まれた福島県の風景画はどこにも負けない魅力に溢れている。

 2 「こめら」

 この曲の存在を知っている福島県民は少ないと思う。今から20年以上も前に、NHKの番組「お~いニッポン!」の中で、「全国のご当地の県民ソングを作る」という企画で、あの秋元康氏と後藤次利のゴールデンコンビが作詞作曲を担当し、我が福島県の歌を制作したのがこの「こめら」。最初、曲名を聞いた時、どういう意味かわからなかった。怪獣映画の「ガメラ」?みたいで異質な印象だった。しかし、会津の方言で「こどもたち」という意味だと知り、歌詞を噛みしめながら聴いて納得した。
 「ここがお前たちの故郷なんだから、必ずここに戻ってきて自分たちの世界を築け」という、いわば子どもたちへの激励ソングだった。

 3 「桜舞う町で」

 この歌を富岡町の方々が聴いたら、きっと号泣するに違いない。震災後まもなく避難所を訪問した沖縄県出身の歌手でラジオ福島で準レギュラーの番組を持っていた「普天間かおり」さんと村井敏朗さんがハモりながら切々と歌い上げる名曲に誰もが涙したことだろう。

 4  スパリゾートハワイアンズ応援ソング「息吹」 by エアリアル

 これまで何度、旧ブログ、そして現ブログで取り上げ、埋め込み処理したかわからないほど、私が大好きな歌。この曲を聴き、映像を見て涙ぐまなかった時はないほど福島県民にとってはグッと来る琴線に触れるソウルソングだ。

 ♪「暗いがれきの中から明日へ生きろと声がする」「今あなたの声が聞きたい~その温かい声が聞きたい~」♬の部分では毎回号泣してしまう。
 今年の夏、不意の入院・手術で、あまりの激痛にふさぎ込んでいた時に、スマホでこの動画を見て、夜中にひとりで号泣してしまった。この動画に映っている全国キャラバンのメンバーは全員がフラガールを卒業してしまった。それにも涙だ。

 5 「群青」

 小高中学校ではクラスメート4名を津波で亡くし、同級生たちが原発事故の影響で散りじりになった。この曲は音楽教師の小田美樹先生が元気を無くした生徒たちを想い、なんとか絆の力で元気を取り戻してほしい一心で、小高に残った生徒たちと歌の歌詞を出し合い一緒に制作した名曲だ。卒業式で歌われ、それを聞いて感動した他の中学校でも歌われるようになり、全国に広まった合唱曲だ。

 「今旅立つ日、見える景色は違っても 遠い場所で君も同じ空きっと見上げてるはず」
 「またねと手を振るけど、明日も会えるのかな・・・遠ざかる君の笑顔今でも忘れない」この歌詞がすべてを物語っている。 


 6 「SLに手を振ろう福島DCキャンペーンプロジェクト」 Shimva

  平成27年6月28日(日)に「ふくしまデスティネーションキャンペーン」のファイナルイベントとして実施した「SLふくしまDC号に手を振ろう!!」の映像です。
  当日は、雨の中約2万人の県民がSLに手を振り、ふくしまDC期間中のお客様の来県と東日本大震災以降の応援に対する「感謝の気持ち」
を伝えるとともに「福島の元気」を全国の皆さんに発信しました。


 最後は、やはり福島県民ならだれでも歌える「福島県民の歌」をどうぞ!

 伸びゆく福島県、健康で住みよい郷土を表現し、いつでもどこでも愛唱される県民の歌を一般から募集。 当選作を昭和42年2月11日県歌として制定しました。
 「県民の歌」制定を望む県内の意見に呼応する形で歌詞と曲の一般公募を実施。1572通の応募があり1966年10月15日に作曲家の古関裕而などによる第1回審査会が行われ、10月29日に当時の福島県知事である木村守江や、当時の県教育長など40人による最終審査の結果、吉田武の歌詞が入選。吉田は入選した際のインタビューで「豊かな県土をイメージしたが、表現には苦労した」と述べている。その後、作曲も募集が行われ、727通の応募の結果星和男の曲が入選。1967年に制定された。3月25日には、福島市公会堂で歌手の立川澄人を招いて発表会が行われた。同時に遊佐直司が編曲した行進曲バージョンの「福島県民の歌」(ふくしまけんみんのうた)も発表されている。

 歌詞の内容は1番で県花のシャクナゲ、2番で県木のケヤキ、3番で県鳥のキビタキと県のシンボルを取り入れ、県勢の伸長と健康で住みよい郷土づくりにかける理想を歌い上げるものとなっている。
 主に県の行事やテレビコマーシャルで使用されていたが、2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災および福島第一原子力発電所事故の発生以降は復興を祈願して開催されるイベントで演奏されることが多くなっており、県外においても認知度が上昇しつつある。

  さて、今日の記事の趣旨は、故郷を離れ、全国あるいは世界中で頑張っている福島県民への「エール」を目的に描きました。長い人生、決して良いことばかりではないし、どちらかと言えば挫折を味わい、心が何度も折れそうになることがあると思う。そんな時、生まれ故郷の懐かしい風景、友や親の顔が浮かぶと思う。何を糧に頑張れるかというと、「故郷に錦を飾るまで帰れない」と誓ったあの日の自分の決心だったり、親との約束、そして幼い頃に生まれ育った故郷での想い出の数々だと思う。
 今、苦しくて仕方ない人もコロナで仕事が滞っている方も、そんなに厳しい状況は続かないと思う。日本人は諦めずに努力を重ねることで何度も危機を乗り越え、今の平穏な暮らしを手に入れて来たと思う。
 だから、頑張っていれば、いつか必ず幸せを手に入れることが出来ると信じて、今を乗り越えてほしいと思います。今日の記事が少しでも皆さんの勇気になれば幸いです。

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