2020年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

« 郡山周辺にある「マル珍な造形物」 | トップページ | 異色知事花盛り? »

2020年9月10日 (木)

最近の世の中で思うこと

 最近、日本人とは思えない所業が蔓延っていて、嘆きしかない。果樹園から収穫間近の果物や家畜の仔牛や仔豚が盗まれるなど、他人の迷惑を顧みない凶行がやたら目につく。犯罪までが欧米化してしまった。人を殺してみたかったなど、自分本位な理由で犯行に至ったり、覚醒剤などの麻薬が市井に出回っている。中にはファッション感覚でタトゥーを入れたり、興味があったという短絡的かつ刹那的な理由でAVに出る若者の何と多いことか?!善悪の判断基準がブレてしまっている。

1  身勝手な親、急増中 !

   「子ども受難の時代」が大きな社会問題になっている。子どもを車内に放置して、飲み屋をハシゴしたり、パチンコに興じて、車に戻ったら、子どもが熱中症でグッタリしていたというニュースが何と多いことか。保護者責任遺棄で逮捕・訴追されるケースが増えている。

 今年は、特にコロナ禍によって、外出出来ず、親子が自宅で過ごすことが多い昨今、ストレスの捌け口が子どもに向けられ、両親が我が子に暴力を振るう虐待が急増している。子どもは一体、誰を信じ、頼ればいいのか?行き場のない可哀想な子どもが増えている。統計では、幼少期に虐待を経験した子どもは、成長して大人になった時に、また自分の子に暴力を振るう傾向が高いという。更に、夫婦仲が悪く、離婚率もまた高くなるようだ。

Nechusyo

2   猪苗代湖で起きた水難事故

 9月6日に猪苗代湖の西南にある中田浜で起きた痛ましい事故。千葉県から家族でバカンスで訪れていた家族に悲劇が襲った。それは水上スポーツを楽しんでいる最中、父親が操縦するプレジャーボートで沖合300mの地点に妻と息子2人を連れて行き、水上スキーの順番待ちで待機中、そこを通りかかった12人乗りのクルーザーボートのスクリューに巻き込まれ、8歳の次男が頭部損傷で死亡した事故だ。また、妻と長男が重軽症を負った。父親が連れ出した場所は遊泳禁止区域で、船舶の航路区域だった。警察は、クルーザーを操縦していた男性から当時の事情を聞き、業務上過失致死傷を視野に入れて捜査している。

 しかし、そもそもの原因は、亡くなった子どもの父親のほうにある。酷な言い方だが、無知なばかりが愛する息子を死に追いやったのだ。そこが遊泳禁止箇所で、船が頻繁に航行するルートであることを認識していれば決して起きなかった事故だ。楽しい思い出を作る筈のバカンス旅行が暗転、悲劇を生んでしまった。

Lake-accident2

 千葉県からわざわざ訪れ、我が福島県の猪苗代湖で、子どもを失った悲しい事実と後悔だけを残す結果となった。これで、震災以後の7年間で4人が水難事故によって命を落としてしまった。残念だが、「後悔先立たず」だ。死亡事故が起きる度に何度も言って来たが、我々郡山市民は、何人も死んでいる、その猪苗代湖の水を飲んでいるのだ。

Lake-accident1

 3  東京オリンピック・パラリンピックは来年も無理?

 巨額な建設費を投じ、施設や設備を整えた、57年振り開催予定の「東京オリンピック・パラリンピック」は実施が極めて厳しいと言わざるを得ない。その根拠は、世界中が新型コロナウイルスが蔓延しており、その終息がまったく見えない。今の状況で開催出来る筈がない。世界的に見て、確かに日本の感染者数は少ないが、こういうご時世にあって、世界中からトップアスリート達や観光客を招いて平和の祭典であるオリンピックを開催出来るだろうか?たぶん結果は「NO」だろう。今より感染が拡大する恐れは強い。

 どこかの国が出場辞退を表明すれば、堰を切ったように次々と辞退を申し出るに違いない。再びの延期はないとIOCの会長が公言しているので、中止が濃厚となる。そうなれば、巨額の建設費の回収は困難で、経済や雇用は大打撃を被る。それこそ東京都の借金は膨大だ。

 東京オリンピック・パラリンピック中止を断言するもう一つの理由は、世界各国の多くの種目で、出場権を争う予選がコロナによって中断、あるいは未開催のままということだ。誰を代表として送り込むのか、それすら確定していない。時間的に間に合わない。

 4 麻薬汚染は身近なところまで

 警察24時などでパトロール中の警ら隊が、眼光鋭く、麻薬常習者の車をすれ違いざまに見つけ、追尾し、職質すると、注射器や粉が出て来る場面がある。我が福島県にはそんなものは無縁かと思ったら、定期的に新聞に「麻薬取締法違反で逮捕」などという新聞記事を目にすることが多くなった。

 特に芸能界は麻薬汚染が蔓延している。つい先だっても槇原敬之容疑者が逮捕され、裁判でも所持の事実を認め、有罪判決が出た。所持しているということは、使用目的なので、使っていない訳などあり得ない。たぶん言い訳や言い逃れも常習なのだろう。そして今度は、俳優の伊勢谷友介が自宅に大麻を所持していた罪で逮捕された。その量、何と40回分。そして吸引する時に使用する巻紙も500枚も見つかっており、これは常習者以外の何者でもない。週刊誌も彼の異常行動を察知しており、DV疑惑や薬物疑惑の記事がたびたび掲載され、逮捕は身近かと囁かれていた矢先だった。薬物に溺れた者は、目つきや言動、態度、趣向がガラリ変わり、頬がコケたりして以前の姿とは変わり過ぎるため、どう取り繕っていてもバレないわけがない。

Iseya

 芸能界という特殊社会では、麻薬が無いとやっていけないのか?しかも一度ならずも二度三度と繰り返し逮捕されている人が多すぎる。そして何度も復帰を許してしまうために、反省の度合いも薄いように思える。
  伊勢谷容疑者も、所持していたのは事実なのに、ファンへの謝罪の言葉よりも、自分の保身を優先し、自分にとって都合が悪いことは「弁護士を立ててお話します」と弁明に終始。この特徴も麻薬使用者特有の振る舞いで、被害妄想が入っている。かつての日本人なら、潔くない振る舞いは「卑怯者」として扱われた。これもやはり麻薬の感覚の麻痺によるものなのだろう。

  こうした麻薬汚染は、我が郡山市も決して対岸の火事ではない。かつて昭和の時代の郡山は「ヤクザの街」というありがたくないレッテルを貼られていた。現在も「暴力追放都市」を宣言しているものの、駅から南西側の中心市街地界隈には、未だに組事務所があるし、さらに1.5kmほど南下した旧4号線近くには、「TATOO」専門店が秘密裏にオープンした。「タトゥー」と言えばファッション性が高く、オシャレなイメージで聞こえはいいし、罪の意識は薄いが、平たく言うと「入れ墨」である。かつては流れ者やヤクザ、暴力団組員の代名詞で、善良な市民に威圧行為として誇示したりしたものだ。今でも温泉施設、銭湯などでは「入れ墨お断り」の店があるなど、未だに一般市民に脅威を与えるものとして忌み嫌われている。その店もやましいことがあるとの自覚があるのか、大々的に看板などは立てずに、外見からは何の店か見分けがつかないような「隠れ蓑」や「抜け道」のようなひっそりした佇まいを見せている。店のHPも一見すると何の店かわからない作りになっている。

 営業妨害とは取られたくないので、ここで記載は控えるが、出入りしている客や乗り付けている車(改造車や高級外車?)には十分注意したほうが無難だ。

 実際問題として、地肌を痛め、傷つけてまでして入れ墨を入れる精神状態は通常とはかけ離れている。入れ墨をしている人の約4割が、覚せい剤や大麻吸引などの経験があるという警察統計がある。善悪の判断や正当な感覚が麻痺している証拠だ。私などは、今年、胆のう炎で開腹手術して、大きな傷を腹部に残してしまい、それだだけでも「親からもらった大事な体を傷つけてしまって申し訳ない」という自責の念に駆られているのに、ファッション感覚でTATOOを入れるような人は、そういう概念も心情もさらさら無いように思えてならない。確かにTATOOは法律で禁止などの条文があるわけではなく、罪には問われないが、やはりそれを目にすれば、良い印象は持たれない。世間ずれしているとか、「あっち系の人」という色眼鏡で見られるだろう。一度入れ墨を入れると、元のきれいな状態に戻すことは難しい。皮膚移植しても完全には戻らないのだ。

 こういう店に対して営業許可を出した郡山市の責任も重い。条例を制定し、こういう商売は排除してほしいくらいだ。

TatooDrug 

 麻薬に一度でも手を染めると、習慣性があって、なかなか抜け出せない。気持ちが弱い方が、どうしても誘惑に負けて犯行(使用)を繰り返してしまう。好奇心での体験などもってのほかで、田代まさしや翔、清水健太郎などが繰り返し逮捕されるのでもわかるように、転落人生を歩むように陥り、最悪の場合には廃人と化してしまい、禁断症状や幻覚などから、人を傷つける凶悪犯罪に走るケースも多々ある。こうなると、二度と真人間には戻れない。一度踏み外した人生をリセットしてやり直すことはほぼ絶望的と言える。「ちょっとくらい」という甘い考えが、やがては取り返しのつかない犯罪行為へと陥り、身を滅ぼすことになることを肝に銘じてほしいものだ。

 さて、今日の記事の主旨は、「このままで日本は大丈夫か?」というものだ。勤勉で真面目にこつこつ働く日本人から、価値観の多様化ばかりに重点を置き、「個性の伸長」に趣を置きすぎた結果が、自己中で勝手な振る舞いをする大人を生み出したのだ。人を傷つけてもリセットすればやり直せるゲームばかりに時間を割き、道徳心や公共心、思いやりや助け合い、謙虚さや慈しみの心が育たない自分本位になりつつある。

 人の痛みがわかり、相手の立場に立ったものの考え方に立ち返る必要がある。教育は「人づくりの原点」であることを再認識し、家庭の躾、学校や社会の役割を見直して、犯罪行為は徹底的に排除する方向性が早急の課題であり、その構築が急務である。

 虐待、性暴力、悪質な煽り運転、傷害、殺人などは本来、起きてはならない。以前の日本人なら他人への迷惑行為は最も回避していた筈だ。「日本人らしさとは何なのか?」について原点回帰して、コロナ禍で犯罪が急増している今こそ日本人としての秩序や自尊心を取り戻して欲しい。

 

« 郡山周辺にある「マル珍な造形物」 | トップページ | 異色知事花盛り? »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 郡山周辺にある「マル珍な造形物」 | トップページ | 異色知事花盛り? »