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2020年9月

2020年9月30日 (水)

激震が続く今年の芸能界

 2020年の今年、芸能界は急転直下で、あまりにも衝撃的なニュース(悲報)が次々と飛び込み、激震が走った。では早速だが、今年起きた出来事で、主だったものを取り上げたい。

 1 槇原敬之容疑者、覚醒剤でまた逮捕・有罪判決を受ける(2月)
 2 志村けんさん、新型コロナ肺炎で死去(3月29日)
 3 元「SMAP」の中居正広さん、ジャニーズ事務所退所し、「のんびりな会」設立(3月)
 4 岡江久美子さん、新型コロナ肺炎で死去(4月23日)
 5 元AKBの渡辺麻友さん、芸能界引退(5月末)

Kenokae

 6 手越祐也さん、ジャニーズ事務所退所(6月)
 7 三浦春馬さん、自殺(7月18日)
 8 TOKIO長瀬智也さん、ジャニーズ事務所退所、TOKIO脱退の意向を表明(7月22日) 
 9 木下優樹菜さん、芸能界引退(7月26日)
10 渡 哲也さん、病気で死去(8月10日)

11 伊勢谷友介容疑者、大麻取締法違反で逮捕(9月8日)
12 芦名 星さん、自殺(9月14日)
13 藤木 孝さん、自殺(9月20日)
14 元TOKIOの山口達也容疑者が酒気帯び運転で追突事故(9月22日)
15 竹内結子さん、自殺(9月27日)

Suicide 

「竹内結子さん死去」についての第一報が「ニュース速報」で飛び込んだ時のスタジオの様子

 衝撃的な訃報が相次ぎ、逆にあまりにも唐突で現実味がない印象すら漂う。2か月ちょっとの間に4人の人気俳優が自死してしまった。

 しかもあたかも連鎖反応のように、有名な人気芸能人が相次いで自殺を遂げたのが衝撃的だった。ファンの悲しみは計り知れないし、なぜ、周囲に相談することも無く独りで抱え込み、死を選んだのか?演技などに関しての仕事のストレスとか重圧なのか?新型コロナが関係しているのか?あるいは外部には明るみにはできない病気などにかかっていたのか、あるいは家庭の問題とか育児ノイローゼなのか?それとも竹内さんの場合、共演したりして仲の良かった三浦春馬さんの自死も影響しているのか?
 もしさまざまな理由やストレスが元で「うつ病」を発症すると、得てして死ぬことが怖く無くなるらしい。絶望感や失望に苛まれ、そして生きる意味を失なうなどすると、人は疎外感や孤独感に襲われ、人間としての価値が無いと考え、心理的に参ってしまい、これから生きていく意味が無いと思い込んでしまう。そして悲観して思いもよらぬ「死」を選択してしまう。

 ところで、今年もあと3か月ある。ここに至ってはこれ以上負の連鎖が続かないことを願う。

 「今後、起きるであろう芸能界の大きなニュース」

 「嵐」12月31日で活動休止

 Arashi

 「ジャニー喜多川氏」が亡くなった後、ジャニーズ事務所は危機的状況にあるかもしれない。その最初の伏せんとなったのが「SMAP」の解散、香取・草彅・稲垣のジャニーズ退所だった気がする。そして若いタッキーがアイドルを卒業して副社長に就任して以降、歯車が狂いだした印象。不協和音では絶対にないが、これまで大黒柱の喜多川氏が存在していたからこそ、勝手な振る舞いは出来なかったが、その精神的支柱を失い、タレントが箍が外れたかのようにこれまでにはない振る舞いが目立ち、ブレまくっている感じを受ける。一枚岩がほころび始め、やがて雪崩が起きないことを願いたい。
 「SMAP」に続いて「嵐」という2枚看板がいなくなると、トップアイドルはどうなるのだろう。「King&Prince」は若い方には圧倒的な人気を誇るが、40代以上の人にはまだまだ認知度は低い。まして今売り出し中の「SixTONES」や「Snow Man」では認知度ではまだ広範囲には浸透してはいない。
 長く在籍した「少年隊」の錦織一清と植草克秀もまた退所を発表し、「TOKIO」もまた長瀬智也が退所の意向を示し、残りの3人も新事務所へ移籍してしまう。激変に拍車がかかり、今後の「ジャニーズ」の動向には目が離せない。

 ところで、私が記事を書くと、なぜか近いうちにその方に災難が降りかかったり、逆に脚光を浴びる事件や事故が起きる傾向がある。今回は絶対にそうなって欲しくはないが、これだけ自殺や不祥事が相次ぐと、心配になってしまう方がいるのだ。これらは予測ではなく、あくまで心配な方という視点で話を進めたい。

 <私が心配な芸能人>

 1 華原朋美 精神状態が不安定で、ドタキャンなど問題行動が多数 過去には失恋で何回か未遂事件を起こしている。
 2 中森明菜 過去にはマッチのマンションで自殺未遂を図った。タレントだった実妹が死去しメンタルが心配 可愛かずみさんと重なる
 3 川越達也 5年くらい前にはTVに出ずっぱりだった人気シェフ。2度の離婚、3度の結婚と私生活は大変。コロナもあって大丈夫か? 
 4 萩原聖人 ギャンブルに狂い、DVなどもあって和久井映見と離婚 同じB型の古尾谷雅人、尾崎豊とダブって見える。
 5 にしおかすみこ 病気が心配
 6 岡村孝子 白血病を告白し、現在も闘病中だが、病状が心配
 7 ワッキー 中咽頭がんを告白し、闘病中
 8 岡村隆史 うつ病が再発しないか心配
 9 名倉 潤 うつ病が再発しないか心配
10 佐々木希 夫・渡部建の不貞で精神的ストレスや育児で悩まないでほしい。
11 馬淵優佳 夫・瀬戸大也の不貞で、ストレスや育児のことで悩まないでほしい。
12 稲川淳二 前立腺がんの再発が心配
13 磯山さやか 志村けんさんの死去や仕事上のストレスで精神面が心配 失恋などしなければいいが。
14 加藤 茶 盟友の志村けんさんが亡くなってから、元気が無く憔悴しきっている印象。大病を患わないことを祈る。
15 西田敏行 一時期、重病説の憶測もあったが、とにかく健康に留意してほしい。郡山出身の俳優の代表なのだから・・・。
16 杉田かおる この1~2年、とんと姿を見かけなくなった。干された訳ではないだろうが、今何をされているのか?
17 田中邦衛 「北の国から」の主演俳優だった彼だが、今はほぼ引退状態。体力や病気が心配。
18 田村正和 この2~3年、マスコミの前から姿を消してしまった。闘病中などの情報は入っていないが、健康状態が心配だ。
19 前田敦子 元AKBのエースだが、気性が激しく浮き沈みの差がある。躁鬱?勝地涼が鬼嫁というように、家に寄り付かなくなりそう。
20 沢尻エリカ 麻薬で自ら大河ドラマを降板。信用失墜。しかし女優としての栄華は付いて回り、そのギャップに苦しみそう。
21  杏   実父の離婚に続き、自らも東出の不貞によって離婚。離婚は相当なダメージやストレスを伴う。双子の育児など正念場。

 どこに不安やストレスの種が隠れているかわからない。葛藤や思い通りに行かないジレンマや苛立ち、そして悩み苦しんで思い詰めるような出来事があると、突如「うつ病」を発症し、発作的に思い余った行動に走ることもある。竹内結子さんは、再婚されて、息子2人、特に1月に下の子を産んだばかりで、まだ一歳にもなっていない。可愛い盛りだし、まだまだ母親の役目が大切な時期だった。そんな可愛い子たちを残してこの世を去ると覚悟を決めたからには、それ相応の出来事があったに違いない。憶測で言うのは故人に失礼だし、とやかく言う権利も資格もないので言わないが、「PRIDE」など長年、彼女の出演作品を見続けて来た身としては、やはり残念でならない。彼女はもう甦らないし、これ以上新しい作品を見ることはかなわないが、せめてご冥福だけは祈りたい。
 同じニュースは二度と聞きたくはないという思いで、今日の記事をしたためた次第です。

 悩みを抱えている方は「こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)」や「いのちの電話(0570-783-556)」などに相談を。厚生労働省のホームページにも案内が掲載されています。 

2020年9月29日 (火)

「郡山市内の事故物件」の記事について

 多数のアクセスをいただきました「期間限定掲載 〜郡山市内の事故物件〜」(9月29日公開)の記事は、当初の告知の通り、一週間の掲載期間を過ぎましたので、非公開とさせて頂きました。何卒、ご了承願います。

 なお、コメントにて、再掲載の要望が多い場合には、ふたたび期間限定での掲載を考えたいと思います。(SUZU)

 

2020年9月28日 (月)

郡山市民の危機 ~自殺者急増の背景~

 9月20日(日)の夕方、FCTの「郡山市週間トッピクス」というニュース番組を見て、私自身衝撃を受けた。それは郡山市で起きた直近の一週間の話題を振り返る内容の番組なのだが、この日のメインは郡山駅前で「自殺防止を呼び掛けるキャンペーン」の模様だった。ふと我に返り、「我が郡山市では年間でそんなに自殺する人が多いのか」と疑問に感じ、ニュース終了後、すぐにネットで調べた結果、その事実に驚愕してしまった。

 折しも14日には、その郡山市出身の女優「芦名星」さん、更に27日には大人気女優の竹内結子さんが自ら命を絶つという衝撃的なニュースもあり、自殺問題は身近なニュースのように感じられるようになった。かくいう私も、いつ同じような境遇に苛まれるか知れない。人間関係や経済的事情、借金、あるいは仕事の行き詰まり、健康や介護問題など、その理由の引き金はどこに転がっているのかわからない。

資料1 警察庁のHPより「令和2年8月までの都道府県別の自殺者数統計

  1位 東京都 1,398名
  2位 大阪府  843名
  3位 神奈川県 748名
  4位 愛知県  737名    
  5位 埼玉県      718名
  6位 千葉県    659名
  7位 北海道  594名
  8位   兵庫県  559名 
  9位 福岡県  544名
10位 静岡県  406名
11位 茨城県  288名
12位 宮城県  281名
13位 広島県  274名  
13位   新潟県  274名   
15位   群馬県  241名
16位 栃木県  233名
17位  福島県   232名 

47位 鳥取県    45名 

 やはり、コロナ禍によって、仕事や商売が立ちゆかなくなって、生活苦などから将来を悲観して自殺をした方が多いようだ。若年層はいじめなどを苦にしての学校問題に原因のある自殺が多い。もちろん高齢者ほど病気を苦にして自ら死を選ぶ人が多い。40~50代は仕事上や人間関係、経済問題が原因の1位だ。

 我が福島県は、東北で2番目に自殺者が多く、全国でも上位のほうに入ってしまう。以前は原発事故の影響が考えられたが、震災から9年以上が経過した今は、その原発さ災害関連死自体の実数は減ってきている。しかし、福島県の自殺者数は、人口の多い京都府や熊本県よりも多い。

 また、令和元年(昨年)1年間のデータでは福島県の自殺者数は360人に上り、やはり全国ワースト17位だ。男女別では男性が264名、女性は96名なので、男性の方が3倍近く圧倒的に自殺率は高い。

 2 全国の市町村別自殺者数の上位(住居地で発見)平成23年のデータ (自殺率は全死因に占める自殺の割合)

 1位   愛知県名古屋市 54名  自殺率32.3%
 2位 大阪府大阪市    51名  自殺率26.2% 
 3位 神奈川県横浜市 44名  自殺率15.8%
 4位 福岡県福岡市  36名  自殺率33.6%
 5位 北海道札幌市  33名  自殺率22.7%
 6位 兵庫県神戸市  29名  自殺率25.0% 
 7位 神奈川県川崎市 22名  自殺率20.8% 
 7位 新潟県新潟市  22名  自殺率35.7%  
 9位 福岡県北九州市 21名  自殺率27.9% 
 10位 埼玉県さいたま市19名  自殺率20.4% 

 33位  福島県郡山市   9名  自殺率35.1%
 47位  福島県いわき市  7名  自殺率26.1%

 2018年時点で全国の市の数は792、特別区が23、町が743、村が183で合計1,741ある。その中で郡山市の自殺者数は全国33位という人口33万人規模の中核市としてはかなり上位に入る。ちなみに同じ33位が宇都宮市、東京都世田谷区、練馬区、長崎市などだ。年率換算の自殺率は全国トップクラスですこぶる高い。

 3 福島県の令和元年度の自殺者の年代別統計

 自殺総数 360名の年代別内訳 
 20歳未満 12名 
 30代   30名
 40代   50名
 50代   70名
 60代   63名
 70代   38名
 80歳以上 56名

 その動機は、健康問題が148名と最も多く、次いで経済生活問題が68名、家庭の問題61名、仕事・勤務の問題42名と続く。

 さて、ここからが核心部分である。郡山市は「商都」と呼ばれるほど、福島県ではNo.1の経済発展を遂げた地区である。中にはコロナ禍の煽りで会社が倒産したり、事業に失敗して、生活が苦しくなったことで死を選択せざるを得ない状況も発生していると見られる。
 では郡山市のHPに掲載されているデータを引用し、我が郡山市の「自殺者数」はどうなっているのか検証したい。

 4 「郡山市の命を支える行動計画

 ① 郡山市の自殺死亡率の推移(平成24~平成29年の6年間)

 H24  21.3%       H27  19.1% 
 H25  21.5%       H28  14.6%
 H26  21.6%       H29  17.3%

 ② 郡山市の年代別死因順位(2012年~2016年の5年間) 

       1位        2位         3位
 10歳代 自殺7人  不慮の事故6人 がん4人 
 20歳代 自殺38人  がん 11人   心疾患10人 
 30歳代 自殺36人  がん 26人   心疾患19人 
 40歳代 がん100人  自殺 61人   心疾患27人 
 50歳代 がん309人  心疾患98人   自殺58人
 60歳代 がん849人  心疾患258人   脳血管疾患149人
 70歳代 がん1266人心疾患458人  脳血管疾患268人
 80歳代 がん1458人心疾患1003人  脳血管疾患651人 

 このうち疾病をのぞくと死因は10歳代から70歳代までが自殺が最多となる。それほど自死が増えているのが現代社会なのだ。若年層ほど重い病気にかかる確率は低いため、おのずと死因は自殺が上位を占める。40代以上から健康問題が上位に切り替わる。60歳になれば、命の大切さを身に染みて感じるようになるためか、自殺数が激減する。自殺しなくても余命を考えれば、あと30年以内には死が向こうからやって来ると悟り、わざわざ死を選ぶことなどなくなり、残された人生を謳歌しようと努めるようになるのだ。

 ③ 郡山市の自殺の特徴

 1 40~50歳代男性 有職者・同居
 2 60歳代以上の男女・無職・同居
 3 20~30歳代男性・有職者・同居・独居

 40~50歳代は働き盛りの年代だが、やはり事業に失敗や倒産、解雇などの憂き目に遭えば、生活が苦しくなり、一家心中や自殺を選ぶことが多くなってしまう。60歳以上は健康問題が原因で、体が不自由になったり、不治の病を発症し、悲観したり介護疲れでノイローゼになってうつ病を発症してしまいがちだ。

 20~30代は人間関係や恋愛事情で悲観するケースが多くみられる。 

 ④ 郡山市の自殺の原因・動機

 1 健康問題(疾病)
 2 家庭問題(家庭不和・家庭内暴力・教育・介護疲れ) 
 3 経済・生活問題(倒産・解雇による収入減・借金)
 4 勤務問題(人間関係・パワハラ・過労)
 5 男女問題(恋愛・結婚・離婚・暴力・妊娠)
 6 学校問題(いじめ・進路での悩み)

 自殺の手段は首吊りが最も多く、次いで 硫化水素や練炭による自殺、睡眠薬の多量服用などの服毒自殺、リストカットなどの自傷行為からの出血多量、そして投身自殺(高層ビル、橋からの飛び降りなど)が多いが、いずれも相当な苦しみや痛みを伴う。都市部では電車への飛び込み、いわゆる人身事故が第2位を占めるほどだ。人身事故は他人への迷惑や影響が大で、それが原因でダイヤが大幅に狂ったり、不通になれば、遺族に対し、高額の損害賠償が請求されるケースがあることを知っておかなければならない。

 ⑤ 参考「郡山市の新型コロナ感染者数」

 令和2年9月26日時点で、福島県の感染者数は247名で、8月中旬から9月中旬の一か月だけで100人以上も急増した。あちらこちらでクラスターが発生しているが、我が郡山市では青少年会館の合唱の合同練習と、駅前のホストクラブによる集団感染が原因で危機的状況なまでに急増している。それは福島県全域の4分の1が郡山市の感染者数で、どこで感染するかわからない状況にある。

 <福島県の主要都市の感染者数>9/26(土)現在

 1 郡山市  64名 青少年会館、郡山中央公民館 ホストクラブ
 2 福島市  29名
 3 南相馬市 28名 原町サイン本社福島事業所
 4 いわき市 23名 エーピーアイコーポレーションいわき工場
 5 会津若松市19名 会津医療センター

 6 本宮市  14名 えぽか本宮市民元気いきいき応援プラザ
   7    喜多方市 12名
   8   須賀川市  10名
 9 二本松市   7名 二本松郵便局
   9    相馬市    7名
11 田村市    5名 

 郡山市の感染者数がダントツに多い。これはPCR検査の実施数が多いことも一因。

 さて、データから自殺に至る要因が見えて来た。多くの要因があるが、精神的に追い詰められてうつ病を発症し、思い余って死を選んでいるケースが大半のようだ。私はこの手の記事を掲載する場合には、毎回声を大にして訴えているが、悩みは人それぞれ違い、その重さも十人十色だ。しかし、大切な命はひとりにひとつだ。せっかく地球というこの世に生まれたからには、輪廻転生がかなわないからには、やはり死に急ぐ必要などないのではないだろうか。人はいずれ遅かれ早かれ訪れるのだ。一生の長さは人によって異なるが、一生一度の人生なら、努めて楽しい人生を送れるようにすべきだろう。死ぬ気になってゼロから人生をやり直そうと考えなおして欲しい。生きたくても重病にかかり、惜しまれつつこの世を去って行った多くの命がある。

 悩みがあるのなら一人で抱え込まないで周囲に相談して欲しい。それもできぬなら、利害関係のない相談ダイヤル「いのちの電話」にかけて、思いの丈や死にたいと思った理由を話して楽になってほしい。誰かの話を聞けば、死ぬほどのことではないかったと後からきっと思える時が来るはずだ。今は苦しくても、きっと笑える日が来るはずだ。
 人は幸せになるためにこの世に生まれて来たと信じて、10年先、20年先の人生を考えて生きることを選んでほしいと思う。

 悩みを抱えている方は「こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)」や「いのちの電話(0570-783-556)」などに相談を。厚生労働省のホームページにも案内が掲載されている。

 追記(9/28)

 この記事は、9/21(月)に作成したものですが、昨日の9/27(日)に女優の「竹内結子さん」の突然の訃報が飛び込んできて、日本のみならずアジア各国に深い悲しみを与えた。

 私には予知能力らしきものが多少は備わっているのか、旧ブログから、私が記事を書くと、近いうちにそのテーマで事件や事故が起きる傾向がある。今回、「増加する自殺」をテーマにした記事を書いた途端に「竹内結子さん」の自殺と思しき急逝が伝えられて、正直怖い部分がある。

 あの明るくて強くて、プライベートでもお子さんが生まれたばかりで順風満帆な生活を送っていたと思われた彼女が亡くなったなんて未だに信じられないが、謹んで「竹内結子さん」のご冥福をお祈りいたします。

 

2020年9月27日 (日)

21世紀以降に夭折した芸能人・アスリート

 「夭折」とは若くしてこの世を去ることを指す。「若くして」とは何歳未満を言うのか定義は明確ではないが、私は「30歳未満」と位置づけ、夭折した芸能人やアスリートたちには誰がいるか。旧ブログで「若くして亡くなった有名人」という記事を3回シリーズで掲載したことがあり、公開からもう10年近く経つのに、未だに毎日アクセス数が1位になるほど読まれている。

 まずその3回の記事で取り上げた方々を列挙します。(タイトルクリックでその記事をご覧いただけます。)

 「若くして亡くなった有名人~前編~」2011年1月19日公開
 
 尾崎豊さん、hideさん、高橋良明さん、堀江しのぶさん、赤木圭一郎さん、夏目雅子さん、松田優作さん
 大場政夫選手、高橋徹選手、阿部典史選手
 
 「若くして亡くなった有名人~後編~」2011年1月20日公開

 岡田有希子さん、本田美奈子さん、可愛かずみさん、沖田浩之さん、飯島愛さん、毛利公子さん、柳原尋美さん、山田かまちさん
 ジェームズ・ディーンさん、ジミ・ヘンドリックスさん

 「若くして亡くなった有名人~続編~」2012年11月24日公開

 志賀真理子さん、神戸みゆきさん、上原美優さん、戸川京子さん、中川勝彦さん、菅原加織さん、香月弘美さん、菊容子さん
 保倉幸恵さん、遠藤康子さん、堀口綾子さん
 木村拓也選手、三沢光晴選手、アンディ・フグ選手、フローレンス・ジョイナー選手、坂井宏未選手、松田直樹選手 

📺 🎥 📺 🎥 📺 🎥 📺 🎥 📺 🎥 📺 🎥 📺 🎥 📺 🎥 📺 🎥📺 🎥 📺 🎥 📺 🎥

 今回は、その記事と被らない面々で、21世紀(2001年)以降、つまり直近の20年の間に、志半ばにして夭折された芸能人やスポーツアスリートの方々をセレクトして掲載し、生前のご活躍を振り返り、謹んでご冥福をお祈りすると共に当時を偲びたい。

 「2001年以降、30歳未満で夭折された方々」

 <芸能人>

 伊藤元太 「天てれ戦士」   18歳 1998年~2016年 水難事故死 AB型
 中尾翔太 「FANTASTICS from EXILE TRIBE」22歳 1996年~2018年 病死 B型 
 丸山夏鈴 「アイドル」            21歳 1993年~2015年  病死 A型
 岡田れえな「タレント・女優」   26歳 1987年~2014年  病死 B型
 村上恵梨 「グラビアアイドル」25歳 1982年~2007年  病死 B型
 
  我が福島県郡山市出身のアイドル「丸山夏鈴」さんについては、当ブログで特集記事を掲載していますので、コチラをご覧ください。

 <スポーツアスリート>

 大山亜由美(女子プロゴルファー)25歳 1994年~2019年 病死 B型
 森 千夏 (陸上・女子砲丸投げ)26歳 1980年~2006年 虫垂がんによる病死 B型 池田久美子さんの親友
 木村 花 (女子プロレスラー)   22歳 1997年~2010年 自死 A型
 宇田由香 (自転車競技選手)    28歳 1982年~2010年 病死 A型
 朝野久美 (シッティングバレーボール)21歳 1987年~2008年 病死 O型
 横山友美佳(バレーボール)      21歳 1987年~2008年 病死
 宅見雅幸 (プロバスケットボール)27歳 1980年~2008年 病死 新潟アルビレックス
 内田 慶 (プロ競輪選手)      27歳 1981年~2008年 レース中の事故死 A型・・・旧ブログの紹介記事はコチラ
 加藤大治郎(バイクレーサー)     26歳 1976年~2003年 レース中の事故死 A型
 富沢祥也 (バイクレーサー)     20歳 1990年~2010年 レース中の事故死 B型
 橋本和美 (オートレーサー)     27歳 1978年~2006年 レース中の事故死 

 加藤選手死亡のニュースを伝えるNHKの番組(閲覧注意)

 今回の記事の主旨は、30歳未満でお亡くなりになられた方々限定だったので、今年急逝された三浦春馬さんや芦名星さん、昨年33歳
で亡くなられた初代「ひとりでできるもん」の舞ちゃん役だった平田実音さん、34歳で病死した小林麻央さんは除きました。ご容赦く
ださい。

 芸能人やスポーツアスリートの突然の死は、知名度が高い分、社会やファンに与える影響は大きい。1980年代のアイドルだった岡田
有希子さんや女優の可愛かずみさんの衝撃的な急死は多くの若者にショックを与え、1990年代に活躍した歌手の尾崎豊の不可解な最期も大き
な波紋を呼んだ。白血病でこの世を去り、天使の歌声と称された本田美奈子さん、自宅マンションで亡くなっているところを発見され
た飯島愛さんの突然の死も深い悲しみを与えた。影響力のある芸能人の死はやはり、ファンのみならず社会への影響は甚大だ。
 病死は致し方ないにしても、不審死や自死だけはファンに深い悲しみを与えるだけなので、ぜひ自重していただきたいと思う。

 こういう類の記事の最後には生前の活躍に感謝しつつ、改めてご本人のご冥福をお祈り申し上げたいと存じます。

2020年9月26日 (土)

私の東京学生時代の取るに足らない話

 私は198-年4月から東京の私立大学に進学し、憧れの東京生活を送った。世田谷区に住民票を移し、愛車の250CCバイクが「品川」ナンバーとなり、何か都会の一員になれた気がした。ひと目が気になる質のため、満員電車が嫌いで、通学にはもっぱらバイクを使っていた。日吉と三田にあるキャンパスにバイク通学していた。私の大学は「〇〇ボーイ」と呼ばれる金持ちのお坊ちゃまや、英語を流暢に使いこなす帰国子女が多かったり、あるいは女子アナの出身大学で知られるほど都会的な印象だった。

Keio-uni

 一方、私は貧乏学生だったため、いつも着古しのシャツにジーンズで、モテるタイプではなかった。
 では、取り立ててカミングアウトするような出来事もないのだが、少ないエピソードの中から、私が東京生活を送った時期に、記憶にある、どうでもいいような些細な事柄をいくつか挙げてみたい。
 
 1 人間用シャワーに驚き!

  私が憧れの大学生生活を送っていた昭和末期、世の中はバブル景気の真っただ中だった。何と今では「住みたい街ランキング」で常に上位に入るほど人気のある「三軒茶屋」駅が最寄りの「上馬一丁目」のアパートに暮らしていた。とはいえ、そこは貧乏学生だったので、家賃は月4万円足らずで、築30年以上経過した年代ものの木造アパートで、和室6畳一間のいわゆる「1K」アパートで風呂はなかった。幸いにして、徒歩3分程度の場所に銭湯があって、あまり覚えていないが1回270円くらいで入れた。当時、銭湯に行ったことがほぼ初めての経験で、20歳未満だった私は、人前で裸になることに慣れておらず、抵抗もあったので、2日に1回程度しか行かず、もっぱら自宅の台所の水道で全身を拭いていた。
 よく「幸せ!ボンビーガール」で紹介される芸人の下積みの苦労時代を振り返るような生活だった。それに親からの仕送りを無駄遣いするのは気が引けたというのもあった。

 そんなある日、行きつけのR246(玉川通り)沿いにあるスーパー「マルエツ」に食料を調達に行った際、自分が住む街を探検気分で散策してみようと近辺を歩き回ってみた。すると偶然にもスーパーから50mほど環七方面に行ったところに、奇妙なものを見つけた。それは車を洗うコイン洗車場は見かけたことはあったが、「人間用のコインシャワー」だった。奥に細長いプレハブ小屋のような建物で、一見すると自動販売機が並んでいるような造りをしていて、そこには横並びで幅1m程度の5つくらいのボックスがあって、その中に脱衣所とシャワー室があり、100円玉を入れると、7分間?お湯→シャボン液→お湯の順で水が出てくる仕組みだった。地方にはあまりこのような人用のコインシャワーなどないと思うが、これは都会の狭い土地を有効活用した優れもので、「東京はこんな施設まであるのか」と驚愕したものだ。

Coin-shower 
 しかし、これは私のような倹約学生にとってはありがたい存在で、手軽にして手頃。ただ唯一の難点は、上下スウェットで出かけ、交通量の激しい、人通りも多いR246の交差点を渡り、シャワーを浴びた後、濡れたくしゃくしゃの髪の毛の状態のまま、再び大通りの交差点を往復しなければならない辛さがあった。信号待ちのバイカーや車のドライバーに好奇な目でジロジロと見られる、突き刺すような視線に耐える必要があった。

 最近、「横浜市中区」にも人用のコインシャワーが誕生し、巷のちょっとした話題になったが、私などはそれを聞いて懐かしく思い出した質だ。おしゃれを絵に描いたような街の代表格「三茶」に、バブル時代によもやこんな珍スポットが実在していたとは・・・。

 ところが、震災後の数年前、25年振りに東京のアパートに立ち寄った際、私が暮らしていたオンボロアパートは綺麗さっぱり取り壊されて更地になっていた。高圧線の鉄塔が敷地にあったので、間違える筈がない。隣りの大家さんの家も綺麗に改築されてあった。もしかすると「東日本大震災」の揺れに耐えきれず、崩壊したのかもしれない。しかも、私が重宝しお世話になったそのコインシャワーも跡形もなく消え去っていた。これが時の流れの儚さなのだとしみじみ感じた次第だ。

 2 私が好きだった場所

 ① 鎌倉

 私には中学生の頃に修学旅行で訪れ、大好きになった場所があった。それは「鎌倉」。源氏によって開かれた古の都である。当時は団体旅行だったため、メジャーなお上りさんコースしか歩いていない。鶴岡八幡宮、高徳院鎌倉大仏、建長寺くらいしか覚えていない。

 次いで8年後の198-年、東京の大学に進学後、春先に真っ先に250㏄バイクでツーリングで訪れたのがこの場所だった。杉本寺、円覚寺、東慶寺、建長寺、長谷寺、極楽寺駅、高徳院などを見て回った。その後、3度目は2009年、職場の慰安旅行で、同僚たちと訪れた時、個別行動で江ノ電の「鎌倉高校前駅」のベンチで長時間座って江ノ島の風景を眺めていたり、腰浜の漁港でコンパクトロッドを使って釣りをした。ルアーを投げ入れた付近をサーファーが波乗りしていたのには驚いた。さすが湘南と感動した。

 そして4度目は2015年に1泊2日でひとり旅で訪れ、小雨の降りしきる中、竹林の寺院などを訪れ、湘南や江ノ島の主だった観光スポットを歩いた。
 鎌倉には郡山ゆかりの久米正雄や文壇に名を残す有名作家たちが修行し研鑽を積み、耽思を重ねた土地柄で、ノーベル賞作家の川端康成もまた当地で腕を磨いた。山の中腹に聳え立つ「鎌倉文学館」には、多くの作家の直筆の原稿が展示してあり、間近に見ることができた。

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 でも、私が鎌倉で一番のお気に入りスポットは、「報国寺」の竹林だ。鎌倉駅から東に2~3km離れた都会の喧騒を感じさせない山中にあり、静寂に包まれたこの場所は、高さ20mはあろうかという竹林に囲まれ、昼間でも鬱蒼と薄暗い。一瞬、都会にいることを忘れてしまいそうな情緒や風情に溢れている。ここを私が好きだった「山岸舞彩」アナと「伊藤友里」アナの仲良しコンビが訪れ、ブログで紹介したのを見て、私も足を延ばした次第だ。

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 実際に訪れてみると、まさに別世界。アニメに出てきそうな侘び寂びのノスタルジックかつ幻想的な世界観に浸れる。「JIN-仁-」のような時代劇気分を満喫できるし、昔風の茶屋で団子を頬張り、古の情趣に触れられる数少ないスポットだ。

 年齢を重ねると、こうした古都の魅力に憑りつかれ、何度も訪ねたくなる。恥ずかしながら、まだ未踏のスポットもある。銭洗い弁天、切通しなども行ったことがない。「縁切寺」の東慶寺は複数回行っているのに・・・。時期も選びたい。混むだろうが紫陽花シーズンに長谷寺を訪れたい。

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  ② 京浜島

 みなさんは、羽田空港の目と鼻の先にある「京浜島」をご存知でしょうか?ここも当時、私のお気に入りのスポットで、ひとりになってもの思いに耽りたい時にはよくバイクを飛ばして訪れたものだ。この場所は、羽田空港の滑走路に並行して埋め立てられた人工の島で、「つばさ公園」では、ひっきりなしに離着陸する大小さまざまな旅客機を間近で眺めることができる。今は姿を消した「ジャンボジェット機」が轟音を立てて飛び交う場面を時の経つのを忘れて見入っていた記憶がある。私が訪れた2年前の夏に、忘れもしない「日航機墜落事故」が起きた。この滑走路から旅立ったジャンボ機123便が、数十分後に操縦不能に陥り、群馬県の御巣鷹の尾根に墜落し、520人が亡くなったあの事故だ。だから、追悼の意味もって、感慨深く飛び立つ飛行機を眺めていた。

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 蛇足だが、大学4年の時に、或る行事で知り合った他の音大に通う同郷の女子大生と仲良くなり、バイクにタンデムしてここを訪れてデートした想い出もある。その子は実家の近くに住んでいた、お嬢様風で、170cmの長身に黒髪のロングでスタイル抜群の女性だった。同じ郷里で音楽教師になったと風の便りで聞いた。

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 この記事を読んでいるみなさんも、人生の中で想い出に残るスポットは多々あると思いますが、私にとっては「鎌倉」と「京浜島」が脳裏に深く刻まれた懐かしいワンシーンになっていることは否定しようがないところだ。

 3 学生時代のバイトの想い出

 私は夏休みには実家に戻り、家の手伝いをすることが多かった。詳しくは話せないが、バイトは短期に限られていた。例えば、あの当時、東京ディズニーランドが開園して間もない頃だったが、1987年に「オリエンタルランド」のバイトに応募し、2か月間だったが、「ジャングルクルーズ」の船長をしたこともあった。船で未開のジャングルに漂うアマゾン川を探検して航行する例のアトラクションだ。「生きて帰れるかわからないのがジャングル、見送りの人たちに元気よく最期のお別れをしようね。行ってきま~す」と叫ぶ例のセリフを大合唱していた。あの頃は、今よりもアトラクションの数が少なく、バイトも限られていた。オーディオアニマトロにクスを駆使したものや、今は無き「キャプテンE.O」を始め、「魅惑のチキルーム」、「イッツァスモールワールド」、「カリブの海賊」、「空飛ぶダンボ」、「ビッグサンダーマウンテン」、「ミッキーミュージーアム」、「シンデレラ城ミステリーツアー」、「スペースマウンテン」くらいしかなかったと思う。

 ただし、時給は安い割に仕事はハードで、ジャングルクルーズの船長は繰り返し乗船し、丸一日で7~8回は回遊した。一日働いてくたくたになって、それでも日給6,000円程度だった気がする。しかも交通費は込みだった。今は交通費はさすがに出ると思うが。確か昼食は、ランド内で使えるレストランの無料食事券を貰い、それで好きなものを食べた覚えがある。詳しくは覚えていない。

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 ただ唯一嬉しかったことは、ディズニーランドの常連さんから、私が船長の時の船に乗りたくて、何度も並んだという励ましの声をいただいたり、若い女性から下船する際にラブレターを手渡されたことがあった。その手紙には、当時、人気絶頂だった「マッチ(近藤真彦)に似ていてカッコいいですね」とお世辞にも褒めてくれる文面がしたためてあった。とても都会的な可愛らしい20歳くらいの女の子で、なんと連絡先まで書いてあったが、もったいないことにその時、彼女がいなかった私だったが、当時は携帯電話もない時代で、私からは連絡をしなかった。たぶん田舎者なので、都会の女の子を満足させるような遊び場も知らないし、デートも自信がなかったのだと思う。バイトを辞めた途端に、それも自然消滅した感じだ。情けないが、要するに単なる臆病者だったということだ。

 そして大学4年生の時に、忘れ得ないバイトと出会った。3年終了時点で、卒業に必要な単位は修得していたため、最終学年では「卒論」と一部の課程科目を残すだけで、就職活動が一段落する10月以降は、暇で時間を自由に使えた。もちろん、休みを見つけてはあちこちツーリング三昧だったが。
 その時期に、私がバイトに選んだのは「旅行代理店」だった。西新宿にある高層ビル群の一角に茶色の「新宿センタービル」があるが、そこの何と43階のオフィスに職場があった。窓から眼下に見下ろす大東京の景色に圧倒されたのは言うまでもなく、とりわけ魅了されたのはその夜景の美しさで、よく「宝石を散りばめたよう」などと形容されるが、まさにそんな光の瞬きだった。そこで正月明けまで働いた。
 私は英語が好きで、大学1年の時に英語検定2級を取得し、将来は英語を使った職業に就きたいと思い始めた。時同じくして、あの頃のテレビ番組で、「男女7人夏物語(秋物語)」が絶賛放映され、主役の今井良介(明石家さんま)の仕事が「ツアコン」だったことで、私の中で「これだ!」と閃き、「日本旅行」の下請けで、「京王観光」系列の旅行会社にバイトとして入ったのだった。

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 そこで初めて電車通勤を経験した。最寄りの「三軒茶屋」から地下鉄の駅新玉川線(現在は田園都市線)で渋谷駅まで行き、そこで山手線に乗り換えて新宿駅下車。まさに夢のストーリーだった。そして出勤ラッシュのサラリーマンやOLの人波に押されながら地下通路を歩き、会社のある新宿センタービルまで通勤したのだった。

 その旅行会社はハイカラな横文字(カタカナ)の名前だったが、実務は「旅行の計画」、「ホテルや鉄道・バスの切符の手配」「弁当の確保」「添乗業務の補助」などを担っていた。同僚に同じ大学を卒業した先輩もいたことで、何かと居心地は良かった。同郷の女性社員もいた。上司にも気に入られ、私にその気があれば、形だけ入社試験を受けて、正社員にしたいというありがたい話までいただいた。社内では私の入社を認める「稟議書」まで回ったほどだった。私自身も行く行くは「今井良介」のように「ツアコン」として世界をまたにかけて飛び回る生活を思い描いていたのだが、冷静に考えると、当時はバブルの絶頂期。土地が高騰し、とても東京に住めないと自覚した。たぶんどんなに苦労して働いたところで、東京都内に土地を買って自分の城を構えるのは夢のまた夢の話だと悟ったのだ。

 こうして思い悩んでいる時に、故郷から今の仕事の話が舞い込み、やむなく東京は大学卒業と同時に引き払ったというわけだ。

 しかしながら、今振り返ると、この短期間のバイトは、私にとっては大きな経験となっている。一時であったにせよ、東京での夢の生活を送れたし、満員電車は苦手だが、定期券を持ち、電車通勤とはどんなものかも体験できた。しかも、メガバンク(第一勧銀)に口座を開設し、給与振り込みで給料をいただくという経験もできた。当時20代前半の私にとっては、何物にも代えがたい貴重な経験だった。

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 それ以外には、世田谷の図書館で書架の整理のバイトや、神宮球場で、いわゆる入場客のチケットの半券を切る「もぎり」をやったこともあった。短期であっても東京は郡山市とは違い、時給が高く、1980年代後半であっても、時給800円はくだらなかったし、新宿センタービルのバイトは時給1,000円だった。しかし昼食は自分で賄うため、よく地下通路の弁当屋で600円の日替わり弁当を買って、新宿中央公園のベンチで住友三角ビルや三井ビル、京王プラザホテル、安田火災海上ビル、センチュリーハイアットなどの高層ビル群を見上げながら食したものだ。

 さて、自分本位の想い出を振り返りながら、私の学生時代の生活の一端をお知らせした。貧乏学生で、お金を節約する生活に終始したため、当時の若者が普通にやっていたコンパも誘いは多かったが、あまり出なかったし、サークル活動に精を出した訳でもない。友達は車を駆ってサーフィンやら海外旅行やら贅沢三昧の優雅な学生生活を送っていたが、私はバイクでひとり旅に行くのが好きなほうだった。それでも渋谷のビリヤード場で遊んだ経験はあるし、暇さえあればバイクで原宿まで走らせ、「竹下通り」のお気に入りの店で洋服を買ったり、秋葉原の電気街、神田の古本街、上野のバイク街には足を運んだが、無駄遣いをした記憶はなく、真面目な生活を送っていたと思う。学生時代に居酒屋で飲んだことはあってもディスコに行った記憶すらない。
  

 逆に就職した後、そのギャップを埋めるために遊んだ記憶のほうが多い。収入が入る分、車(なんと中古のソアラ)を購入したことで行動半径が広がり、旅行も随分行ったし、10人程度の友人グループでカラオケスナック、ムーディーなカクテルバーにも出向いたし、20代に付き合っていた彼女とドライブデート、スナックやプールバーにもよく出かけた。なんと「東京ディズニーランド」も、バイトを除けば就職してからのほうが数多く行ったと思う。しかも毎回、同伴者が違うという感じだった。でもプレイボーイなどではなく、節度ある行動を心掛けたつもりだし、フラれることのほうが遥かに多い半生だった。ほかにも今は無き「豊島園」にも複数回行ったし、もっと前に廃園になった「横浜ドリームランド」にも何度か行った。「東京モーターショー」にも車で足を運んだことがあった。

 たぶん社会人のほうが余裕があったのだと思う。独身時代の23~28歳くらいが一番充実しており、冬も1シーズン30回もゲレンデにいるほどスキーに熱中し、SAJ検定では1級も取得できた。凝り性なのかもしれない。

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 さて、終いには学生時代を超えた話になったが、私の学生時代は、同級生などから比べれば、全然経験値が足りない。学生時代には時間はあるのに得意の英語を試せる海外旅行も行かなかったし、2か月以上もある夏休みには実家の手伝いに明け暮れた生活だった。
 それでも私は4年間の大学生活は自分では人生の中で最も充実し、今の仕事にたどり着くのに一番適した道を進んだと思っている。中には遠回りして、一番自分に合う適職を見つけるのに時間をかける方もいるが、初志貫徹ではないが、初めからやりたいことが決まっていて、途中「ツアコン」などを夢見て「浮気」はしたが、今の仕事が天職だろうと実感している。あと数年後には退職を迎えるが、33年間も同じ職業に携わったことは、自分の老後や今後の人生の糧になると確信している。
 苦労して大学に送ってくれた両親には感謝してもしきれない。父親は17年前に他界したので、直接感謝の言葉を伝えることは適わないが、自分があの世に行く時には、空の上で感謝のひとつでも伝えられたらと思う今日このごろだ。
  

2020年9月25日 (金)

郡山の企業・学校の創設日一覧

 中央からの流入ではなく、郡山市に根差した企業や学校がある。私は、市街地の中心部で生まれ育ち、かれこれ半世紀近く郡山市に暮しているため、郡山に関する記事を書く時は、思い入れも一入だ。

 昔あった店が閉店したり、街の風景が変わっていくのを見ると居た堪れない。今日は、タイトルの通り、郡山にある、あるいはかつてあった企業(店)や学校がいつからあるのか、その創業日や開業日、開校日をランダムに列記したい。何かの参考にしていただけたら幸いです。

 <企業・会社・店舗等>

 ヨークベニマル 1947年6月12日(創業73年)

 大東銀行 1942年8月18日(創業78年)

 うすい百貨店 1662年(創業468年 物産問屋)設立は1970年(50年)

 津野呉服店(津野デパート) (1969年創業ー1987年廃業)

 郡山信用金庫 1924年3月8日 (創業96年)

 福島県商工信用組合 1954年10月1日(創業66年)

 小田原屋 1933年(創業87年)

 宝来屋 1906年(明治39年)(創業114年)

 コマツ醤油 2004年に神明町の工場を喜久田町に移転創業

   ゼビオ(サンキョウ)1973年7月5日(創業47年)

 柏屋 1952年(設立68年) 創業は1852年(168年) 

 三万石 1962年(設立52年)創業は1946年(74年)※かつては「三万石不二屋」の屋号だった。

 フルーツショップAOKI(青木商店)1924年(創業96年)設立は1950年

 幸楽苑 1970年11月11日(創業50年)

 笹の川酒造 1765年(創業255年)

 佐藤酒造店 1710年(創業310年) 藤乃井

 大友パン 1924年(大正13年 創業96年)

 西部自動車学校 1963年5月29日(創業57年)

 郡山自動車学校 設立年不明

 中央総合自動車学校 1956年(創業64年)

 富久山自動車学校 1964年8月26日(創業56年)

 昭和ドライバーズカレッジ(昭和自動車学校)1950年(創業70年)

 ホテルハマツ 1991年(創業29年) 濱津衣裳店・はまつ典礼は1953年設立(創業67年)

 西条タクシー 1967年2月18日(創業53年)

 郡山タクシー 1955年10月28日(創業65年)

 クラブタクシー(クラブ自動車)1918年8月(創業102年)

 郡山眼鏡院 設立年不明(創業48年)

 よしだや 設立年不明 (創業40年)

 やまのい 設立年不明

 テアトル郡山 1954年開館(創業66年)

   福島中央テレビ 1969年5月開局(創業51年)

 福島放送 1981年開局(創業39年)

 <病院>

 太田綜合病院 1895年開院(創業125年)

 寿泉堂病院 1887年8月20日開院(創業133年)

 星総合病院 1967年開院(創業53年)

 総合南東北病院 1981年12月1日開院(創業39年)

 土屋医院 1965年10月1日開院(創業55年) 現在は七ツ池から山崎へ移転し「土屋病院」に

 坪井病院 1977年開院(創業43年)

 針生ヶ丘病院 1933年開院(創業87年)

 今泉西病院 1982年開院(創業38年)

 桑野協立病院 1974年開院(創業46年) 当初は桑野眼科診療所として開設)

 日東病院 1937年3月開院(創業83年)

 国立郡山病院 1945年12月開院→2004年に国立療養所福島病院との統合で閉院

 <学校>(小中学校は除く) 

 郡山女子大学 1966年開校 (創立54年)

 奥羽大学(東北歯科大学)1972年開校(創立48年)1988年に東北歯科大学から奥羽大学に名称変更

   日本大学工学部 1928年開校→1947年に工学部を郡山市に移転

 安積高校 1884年開校(創立136年)

 安積黎明高校(安積女子高校)1911年開校(創立109年)→2001年、男女共学化により現在の校名に変更

 郡山商業高校 1920年4月1日開校(創立100年)

 郡山東高校(郡山女子高校) 1923年4月1日開校(創立97年)→1998年男女共学化により郡山東高校に変更

   郡山高校 1977年4月1日開校(創立43年)

 あさか開成高校 1996年4月1日開校(創立24年)

 郡山北工業高校(郡山工業・郡山西高)1977年4月1日開校(創立43年)

 日大東北高校 1951年4月15日開校(創立69年)

 帝京安積高校(安積商業高校)1961年開校(創立59年)1988年に帝京安積高校に変更 

 郡山女子大附属高校 1957年4月1日開校(創立63年)

 尚志高校(日本女子工業高校) 1964年4月1日開校(創立56年)1990年から尚志高校と名称変更

   郡山理容学校 創立年不明

 郡山美容専門学校 1978年開校

 郡山ヘアメイクカレッジ 1996年に愛宕町に移転して創立

 日本調理技術専門学校 1992年開校(創立28年)

 太田看護専門学校 1958年開校(創立62年)

 ポラリス保健看護学院 1977年9月開院 (創立43年)

 郡山看護専門学校 1912年開校 (創立108年)

 東北歯科専門学校 1965年4月開校(創立55年)

 今泉女子専門学校 1920年開校 (創立100年)

 <公共施設>

 ビッグパレットふくしま 1998年10月設立(22年)

 総合体育館 1973年設立(47年)

 郡山市民文化センター 1984年11月設立 (36年)

 郡山市中央図書館 1944年に開館(76年)→現行館は1981年3月20日に竣工(39年)

 開成山球場 1952年10月1日開場 (68年)

 郡山市陸上競技場 開場年不明

 郡山市公会堂 1924年設置(96年)

 ユラックス熱海 1989年10月開館(創立31年)

 さて、我が街・郡山市に根差した企業なり、学校などが一体いつからあるのか、という疑問解決に少しは役立つ情報をお送りできたように思います。

 ここで宣伝をひとつ。これまで5年に1回の割合で出版&発売されている、郡山の昔の街並みを撮影した写真集がある。そこには、市民から提供された懐かしい写真を解説入りで多数配置して再現した写真集で、これまでに5~6冊程度販売された。今年、久し振りに限定1,500冊で新刊が発売されることとなった。

「写真が語る郡山・田村の100年」 

これまで9月8日と24日の折り込みチラシで宣伝されたが、そこには初めて目にする新しい写真が掲載されていた。その一部を宣伝に協力する意味で、2枚だけ紹介したい。

  1 「第2うすゐ」の屋上遊園地&プラネタリュウム

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 昭和30年代の写真という説明があるため、「丸伊」を買い取って再オープンした当初くらいに撮影されたもののようだ。うすいの向かい側にあった「トミヤ」には屋上に小さな観覧車があったが、まさか私が生まれる直前に、このような怖すぎる遊具が設置されていたとは・・・。もっと驚いたのは、プラネタリュウムまであったなんて・・・。二度びっくり。私が母親に連れられて「うすい」に行き始めたのが6歳くらい。昭和45年頃だ。だからこの写真のような遊具はもう撤去されていたと思う。私が知っているのは「第2うすい」の屋上は、外には出られず、フロアの5分の1くらいの屋内スペースに10円玉を入れると前後に揺れ動く自動車とか動物型の乗り物遊具しかなかった。この写真にあるほどの巨大な電動遊具はなかった。それに吊り下げ式の回転カプセルなど、鎖が切れそうで怖すぎる!この角度から判断して「トミヤ」の屋上から撮影されたと思われる。

 2 「津野百貨店」(デパート)

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 呉服店だった「津野」。それが百貨店化した頃の写真。ここまで大きく鮮明に撮影した「津野」の写真は初めて見た。この津野は、建物の内部も外壁も異質で、外壁は銀色のパネルのようなもので覆われていた。あまり窓が無く、採光は困難だった。それに建物自体が狭く、8階建ての割には、ひとつのフロアが複雑な作りだった。ここは洋服や着物、反物専門店だったので、特別な用事がある時以外は訪れることはなかった。
 中学生の学生服の取り扱い店になっていたので、私はここで「富士ヨット」学生服を購入した覚えがある。よって訪れる客は40歳代以上のご婦人ばかりで、地味な印象がある。
 ところで、この津野百貨店の創始者の津野嘉七氏は郡山市街地一円に土地を持つ、大地主だった。そこのお嬢様が私の姉の同級生で、とても仲が良かった。やはり純和風の日本美人だった。駅前大通りと4号国道の交差点(北東側)にあったため、一等地の目立つ存在だった。「津野デパート」が解体された記憶はないが、その後、「ホテル第一イン」となり、現在は大町眼科を併設する「クラウンヒルズホテル」になっている。百貨店のロゴマークが変わっていた。どう読むのか未だにわからない。

 他にも私が長年探し求めていた、かつて安積町にあった「郡山レジャーセンター」の前身、「郡山ヘルスセンター」の建物の全貌を撮り収めた貴重な画像も収蔵されている。やはり、郡山市のオールドファン必見の珠玉の一冊に仕上がっている。ぜひご予約下さい。

 この写真集は、1,500冊限定販売のため、市内の書店で予約を受け付けています。10月中旬に販売開始となるのでご予約はお早めに。私も知らなかった「郡山日活」や映画館「みどり座」などのオールドファンが泣いて喜ぶ写真も満載です。もしかして幼い頃の自分自身が写っている可能性もあり!

 写真は全部で600枚も掲載。A4サイズ280ページ 価格は9,990円(税込み)です。ぜひ購入し、昔の街並みを懐かしんでみませんか?

 最後に、郡山市役所が監修した「届け!みんなのエール」の動画映像をご覧ください。新型コロナから市民を救うために命がけで治療にあたっている医療従事者や私たちの生活を支えてくれている方々への感謝のメッセージが込められている。

  郡山市で生まれ育ったことを誇りに思える、そんな動画だと思う。この名曲を作ったGReeeeNはメンバーの出身地は違えど郡山のこの地で出会った。こんなに素敵な曲をこの世に送ってくれたことに感謝して今日の記事の結びとしたい。  

2020年9月24日 (木)

福島県59市町村の至宝

 福島県内のローカル局には「福島SHOW」なる番組がある。「ラジオ福島」(RFC)の名物アナである「鏡田辰也」さんが、「テレビユー福島」(TUF)とタイアップし、毎回県内のとある市町村にスポットを当て、現地を訪ね、そこの名物や名産を紹介する地元密着の番組だ。
 かつて平成の大合併前は、我が福島県は90市町村も存在した。地方自治体の存続が危ういのと、交付金目当てで、相当数の市町村が国の大号令に応じて、「合併」に踏み切り、令和2年現在、13市、31町、15村の合計59市町村に姿を変えた。
 ところで、毎年、我が福島県では11月に市町村対抗の「ふくしま駅伝」を開催し、ふるさとランナーを含め、その市町村の名誉をかけて健脚を競っている。県民が楽しみにしている深秋の一大イベントでもある。福島県はご承知のように駅伝王国で、3年前の「都道府県対抗男子駅伝」で悲願の初優勝を飾り、20年ほど前には地元田村高校が全国高校女子駅伝で優勝を成し遂げたこともある。
 古くは1964年の東京オリンピックで銅メダルを獲得した「円谷幸吉」選手や、かつての男子マラソンの日本記録保持者の「藤田敦史」選手、オリンピックに出場した「佐藤敦之」選手、さらには、箱根駅伝で元祖山の神と称された「今井正人」選手、それに東洋大学で4年連続で山越えの5区を担当し、一躍ヒーローとなった新山の神「柏原竜二」選手など、多くの名ランナーを輩出している土地柄である。
 今年も東洋大で箱根区間新記録を樹立し、現在は実業団の名門・旭化成に就職した「相澤晃」選手もまた福島県出身者である。
 
 我が福島県には豊かな自然にはぐくまれた観光地や名産(地酒など)も多種多様にある。では、今日は、そうした福島県の全59市町村の名物を一挙紹介したい。

Fukushima

 市の部

 1 福島市・・・花見山・円盤餃子・飯坂温泉・土湯温泉・吾妻小富士・わらじ祭り・桃
 2 伊達市・・・あんぽ柿・霊山・あぶくまのりょうぜん漬・ニット・桃
 3 二本松市・・・提灯祭り・菊人形・二本松少年隊・奥の松酒造・大七酒造・智恵子の故郷・黒塚・霞ヶ城・岳温泉・木幡の祭り
 4 本宮市・・・みずいろ公園・安達太良神社・本宮映画劇場・蛇ノ鼻遊楽園・岩角山・ウィリアムズパーク・チェリートマト
 5 郡山市・・・薄皮饅頭・ままどおる・西田敏行・きのこ岩・クリームボックス・酪王牛乳・布引高原・うねめ祭り・ベニマル・幸楽苑
 6 須賀川市・・・ウルトラマンの故郷・円谷幸吉・ゴジラ・牡丹園・うつくしま未来博・釈迦堂川花火大会・松明あかし
 7 白河市・・・だるま市・白河ラーメン・アウシュビッツ祈念博物館・南湖公園・
 8 田村市・・・黒糖饅頭・片曽根山・あぶくま洞・入水鍾乳洞・星の村天文台・仙台平・安倍文殊堂・お人形様・あぶくま天然水・ハム・カブトムシ
 9 喜多方市・・・喜多方ラーメン・蔵・日本酒・新宮熊野神社・長床・大銀杏・三ノ倉高原
10 会津若松市・・・鶴ヶ城・白虎隊・味噌カツ・桜肉・こづゆ・日本酒・太郎庵(天神さま)・米どころ・彼岸獅子・味噌田楽
11 相馬市・・・海苔・松川浦潮干狩り・海釣り・いちご・梨・相馬牛・松川浦大橋・大洲海岸
12 南相馬市・・・無線塔跡・相馬野馬追・大堀相馬焼・サーフィン・みそ・春菊
13 いわき市・・・じゃんがら踊り・ジャンボシュークリーム・アクアマリンふくしま・スパリゾートハワイアンズ・常磐湯本温泉 

Tsuruga

 町の部

 1 桑折町・・・半田沼(ハートレイク)・半田山自然公園・稲作・桃・りんご・伊達郡役所・桑折西山城跡・半田銀山跡
 2 国見町・・・阿津賀志山防塁・果樹・観月台公園・コシヒカリ・桃・りんご・さくらんぼ・プラム
 3 川俣町・・・養蚕業・シルク製品・からりこフェスタ・川俣シャモ・駒ザクラ・織物展示館・羽山の森美術館・乳製品
 4 鏡石町・・・ラーメンみどり ザ・グレート・岩瀬牧場・鳥見山公園・田んぼアート・仁井田祭礼花火大会
 5 下郷町・・・塔のへつり・湯野上温泉駅・つぼたて祭り・高遠そば・エゴマ・じゅうねん味噌・大内宿
 6 只見町・・・田子倉湖・雪まつり・ブナ原生林・旧五十嵐住宅・小林早乙女踊り・トマト・りんどう
 7 南会津町・・・花泉酒造・水稲・トマト・アスパラ・尾瀬・渓流釣り・会津田島祇園祭・国権酒造
 8 西会津町・・・水稲・桐・杉・会津ころり三観音(鳥追観音)・さゆり公園・野沢初市・大山まつり・野沢祭りばやし・生そば・桐下駄
 9 磐梯町・・・栄川酒造・菌茸・果樹・高原野菜・アルツ磐梯スキー場・国史跡慧日寺跡・名水百選・舟曳き祭り・しいたけ・磐梯そば
10 猪苗代町・・・猪苗代湖・天鏡閣・磐梯山・志田浜・南ヶ丘牧場・各スキー場・強清水てんぷら饅頭・昭和の森
11 会津坂下町・・・飛露喜・天明・春日八郎・大俵曳き・亀ヶ森・鎮守森古墳・味噌・馬肉・蕎麦
12 柳津町・・・粟まんじゅう・齋藤清・福満虚空蔵菩薩円蔵寺・七日堂参り・山菜・グリーンアスパラ
13 三島町・・・只見線三島橋梁・花・葉タバコ・水稲・酪農・畜産・会津桐たんす・会津編み組細工・会津地鶏・かすみ草
14 金山町・・・沼沢湖・水力発電所・ヒメマス・温泉・天然炭酸水・赤かぼちゃ・エゴマ・そば
15 会津美里町・・・高田梅・芦ノ牧温泉・本郷焼・干し柿・大俵曳き・伊佐須美神社・花卉
16 矢吹町・・・米・野菜・畜産・松並木・大池公園・矢吹飛行場跡・三十三観音史跡公園・トマト・キュウリ
17 棚倉町・・・山本不動尊・米・トマト・イチゴ・こんにゃく・ルネサンス棚倉・乗馬・棚倉城址
18 矢祭町・・・夢想滝・あゆのつり橋・あばれる君・久慈川・スインピア矢祭・天王祭・ゆず・鮎・シイタケ
19 塙町・・・米・野菜・ダリア園・湯遊ランドはなわ・鐘揉み祭・けやき木工品・菓子 
20 石川町・・・母畑温泉・母畑湖・和泉式部出生の地・地酒・リンゴ・学法石川・駅伝・自転車

21 浅川町・・・吉田富三記念館・浅川の花火・カラスもち・米・肉牛・地雷火

22 古殿町・・・豊国酒造・米・山菜・畜産・チェリートマト・キャンプ場・八幡神社流鏑馬・馬場平のジャンガラ念仏
23 三春町・・・滝桜・さくら湖・三春の里・桜・桃・梅・三春ダム・三春駒・三春人形・西方水かけ祭り
24 小野町・・・小野小町伝承・夏井川千本桜・東堂山満福寺・黒にんにく・しいたけ・御影石
25 広野町・・・火力発電所・Jビレッジ・浅見川渓谷・折木鉱泉・みかんジュース
26 楢葉町・・・天神岬・Jビレッジ・道の駅ならは・マミーすいとん。手作りアイス・ゆず酒
27 富岡町・・・東電福島第二原子力発電所・夜の森駅つつじ・桜のトンネル・桜染め 
28 大熊町・・・東電福島第一原子力発電所・玉の湯・熊川海水浴場・梨・キウイフルーツ・ヒラメ
29 双葉町・・・前田の大杉・双葉高校・相馬漬・双葉バラ園・ダルマ市・双葉海水浴場
30 浪江町・・・請戸漁港・鮭・浪江やきそば・大堀相馬焼・裸参り・活魚・ほっき貝・請戸川
31 新地町・・・釣師浜・火力発電所・福田諏訪神社・ニラ・イチジク・新地貝塚

Mtbandai

 村の部

 1 大玉村・・・安達太良山・県民の森・米・酵母牛・そば
 2 天栄村・・・羽鳥湖・ブリティッシュヒルズ・レジーナの森
 3 檜枝岐村・・・檜枝岐歌舞伎・星・橘・尾瀬・断ちそば・はっとう・ばんでいもち・岩魚・真夏の雪まつり
 4 北塩原村・・・檜原湖・猫魔スキー場・ニッコウキスゲ・五色沼・裏磐梯登山・裏磐梯火の山祭り・会津山塩・ワカサギ・岩魚・ヤマメ
 5 湯川村・・・米どころ・勝常寺・元気みそ・豪雪地帯
 6 昭和村・・・喰丸小・駒止湿原・からむし織・雪まつり・山菜・じゅうねん・手打ちそば
 7 西郷村・・・甲子温泉・キョロロン村・コルク製品・馬鈴薯・白河高原牧場
 8 泉崎村・・・鳥峠・古墳・米・畜産・ハトムギ茶
 9 中島村・・・小室哲哉からくり時計(童里夢公園)・奥州汗かき地蔵・熊野神社・トマト・きゅうり・ブロッコリー
10 鮫川村・・・ファーム翼・鹿角平観光牧場
11 玉川村・・・福島空港・米・野菜・トマト・乙字ヶ滝・南須釜念仏踊り
12 平田村・・・芝桜(ジュピアランドひらた)・道の駅ひらた・ハバネロソフト・駒形ジャンガラ念仏踊り・自然薯・乾麺
13 川内村・・・木戸川・米・いわなの郷・神楽舞・そば発泡酒・凍みもち・エゴマ
14 葛尾村・・・無事故宣言・松本さん・凍みもち・葛尾三匹獅子舞・日山・五十人山・もりもりランドかつらお
15 飯館村・・・飯館牛・田植え踊り・御影石・高原野菜・トルコギキョウ

 福島県の美しい風景を「GReeeeN」の「星影のエール」とともに紹介する動画をどうぞ!

 以上、福島県に存在する59市町村の名産や特産、あるいは観光名所を列挙したが、メジャーなものもあれば、全国的には知られていないものも多々ある。我が福島県にも、まだまだ私が知らない名所も多いし、訪れたことが一度もない市町村も多い。
 しかしながら、かつてあった地名が市町村から除外(削除)されたのは痛い。例えば滝根町、山都町、田島町、会津高田町、舘岩村、都路村、岩瀬村、長沼町、本郷町、河東町という地名は、完全に独立した町村としてはもうない。市の一部になってしまい、小さな町名の地名として残されているのが大多数だ。例えば、田村市船引町といった具合だ。各地方自治体も財政難で存続が難しくなり、藁をもすがる思いで合併に傾倒したことは想像がつく。残念でならない。

 ところで、我が福島県は形がオーストラリアに似ていて東西に広い。県では岩手に次ぐ第2位だ。広大な面積を有するが、例えば北東の端の「新地町」から南西の端の檜枝岐村や只見町まで移動するとなると、優に200キロはあり、車では6時間以上かかる。それほど広いのが福島県なのだ。
 今後、あと何年この世にいられるかわからないが、死ぬまでには、福島県の全域を時間をかけて歩いてみたい。ひいては日本人として生まれたからには、日本全県を踏破したいと思う。もちろん体が動くうちにだ。たぶんあと20年後には足腰や呼吸が弱くなっているに違いない。だから、退職後、10年が勝負だ。リニアが開通し、日本が狭く感じるだろうし、新幹線の長崎ルートも完成しているだろう。「大人の休日倶楽部」の会員となり、閑散期の特別機関を狙って、新幹線乗り放題切符などをうまく活用し、遠くまで足を伸ばしたいと思う。

 

 

2020年9月23日 (水)

私が考えるプロ野球改革案

 以前、当ブログで提唱したが、プロ野球の球団数を現在の12球団から16球団制にするよう訴えた(詳しくはコチラ)が、それ以外にも改革してほしい部分は多々ある。今日は、持論だが、半世紀以上もプロ野球を愛し、見届けて来た私が考える生き残り案ともいうべき改革案を提示したい。

 1 CSは無くすか大幅に内容を変えるべき

 クライマックスシリーズ(CS)は、長いペナントレースで、各リーグともに3位以内にその出場機会が得られることを目的とし、勝ち抜けば各リーグの代表として日本シリーズへの出場権が獲得できるシステムだ。

 私はCSが出来た時点でこれはプロ野球史上に残る最大の改悪で、ペナントレースを行う意味が薄れてしまう危機感を抱いた。案の定、初期の導入段階では、2位の中日がシーズン優勝した巨人を倒し、下克上で日本シリーズに進出したことがあった。その後、見直され、シーズン優勝チームにはアドバンテージとして、1勝を与えられることになったが、私はこれも不十分だと思う。現行では6戦のうち、先に4勝したチームが日本シリーズ進出する運びとなる。つまり、ペナントを制したチームは、3勝でOKなのだが、私は143試合(今年は120試合)を戦い抜いた末のたった1勝のアドバンテージでは少なすぎると見ている。

 そこで、私の改革案は2つある。

1つ目は、2位以下とのゲーム差に応じて勝ち星を変える。

 2位に6ゲーム以上の差があれば、CS自体を実施しない。

 2位に3ゲーム差以内なら優勝チームに1勝
 2位に4~5ゲーム差なら優勝チームに2勝

 そうすれば、よほどのことがない限り、順位がひっくり返ることはない。それほどレギュラーシーズンを重要視してほしいのだ。

2つ目は、優勝チームと2位・3位との直接対決のゲーム差でアドバンテージを設ける。

 第2ステージ(ファイナル)に進出したチームとレギュラーシーズン優勝したチームの直接対決の勝敗に応じてアドバンテージに差を設ける案

 優勝チームより直接対決が上回っている場合→優勝チームに1勝のアドバンテージ
 優勝チームが上回っている場合→優勝チームに2勝のアドバンテージ(この場合、下克上には5戦制を4勝1敗でいかなければならない)
  
 百歩譲ってこのように改めてほしい。できればこういう収益面を最優先した主催者側のご都合主義での興行はやめてほしいと思う。日本シリーズ」だけで十分だ。でなければ過密日程でフルシーズン戦った選手の疲労が蓄積し、負傷したり故障する選手が続出する。やはり144試合戦った後は、十分な休養と体のケアが必要だろうと思う。

 2 シーズン途中、2軍選手を対象にレンタル移籍の制度を

 いくらファームで好成績を残しても1軍に呼ばれない選手がいる。飼い殺しほどもったいないことはない。選手層が厚いチームほど「飼い殺し」の傾向が色濃い。 
 サッカーのJリーグや海外のサッカークラブに認められている期限付きのレンタル移籍。私はNPBでもこの制度を導入すべきだ。実力がありながら、2軍にいつまでも置いてくすぶっているのは実にもったいない。一定期間でも他のチームに移籍し、出場機会を与えほうが本人にとって大いにプラスになる。特にプロの場合、成績が直接年俸などの給料に直結する。2軍と1軍の年俸の差は大きい。
 私は、他球団に放出して活躍されたらかなわないと思うのは愚の骨頂で、それならなぜ自分のチームで使わなかったのかと逆に聞きたい。私はレンタル移籍は、交流戦が終わった直後で、他リーグのチームに限定すれば、所属チームにとってはデメリットはない気がする。しかも期間はレギュラーシーズン終了までで、CSや日本シリーズはレンタル移籍前のチームのメンバーとして出場させる。

 例えば、捕手が足りなくなるなどファームの選手が不足するというなら、レンタル移籍が可能な選手は1チーム3名以内とかすればいい。もしかすると、所属チームで、まもなく1軍に上げようと育てていた選手は1チーム5名までのプロテクト制度を設け、それを外れた選手は他チームからの指名で、本人にも移籍の希望があれば、無条件で一定期間の移籍を認める。

 3 毎年、日本シリーズ優勝チームと台湾プロ野球優勝チームでアジアシリーズを開催せよ

 何かといちゃもんや批判三昧の韓国プロ野球は最初から除外し、毎年、日本シリーズが終了した一週間後の11月頃に、日本と台湾の優勝チーム同士による「アジアシリーズ」を開催してほしい。5回戦制で先に3勝したチームがアジアチャンピオンとなる。
 前回は、メジャーや台湾との交流戦を考えたが、チーム数が全く異なるため、それは現実的ではないと悟り、であるならば、ぜひ狭い範囲で、距離が近い、さらには好日家の多い、台湾プロ野球とのアジアNo.1を決めるアジアシリーズが開催できないかという代案である。

 7回戦制なら長いが、5回戦制なら開催期間も一週間かからないで出来そうだ。選手の負担も少ない。隔年で開催場所を日本と台湾で交互に実施すればよい。台湾にはドーム球場はないが、11月開催であっても台湾は温暖なのでナイターでも開催可能だし、日本で実施する年は、極力ドーム球場で実施する。例えばロッテが優勝したら、本拠地(千葉)に近い東京ドームを間借りして実施する。

 もしそれも難しいなら日本代表と台湾代表同士のオールスター戦を3回戦制で開催したらどうか。スポーツを通じた日台交流は何より大切で、ただでさえ、台湾は中国共産党の占領の脅威に晒されている。日本は台湾との交流を深め、中国をけん制するとともに、スポーツ交流を定期的に行うことが必要だと思う。何せ70年前までは日本だったのだから。 


 4 有能な選手のMLB流出を食い止めるには年俸アップしかない?

 田中将大はヤンキースと7年168億円契約をしている。天文学的数字で、年俸は約24億円だ。。日本ではまずこのようなことはまず起きない。さすがエンターテイメントの国だ。桁が違いすぎる。
 それにしてもこんなに稼いでどうするのか?イチローも松井ももう一生遊んで暮らせるだけの財を築いている。どうやっても一生かけても使いきれないほどの収入を得ている。たぶん、サラリーマンの生涯収入が約2億円なのだから、日本球界時代を含めれば、その100倍以上もすでに稼いでいることは否定しようのない事実だ。
 過去、日本球界の最高額が巨人阿部の6億円だったことを考えても、田中投手はその4倍増。それを考えれば、黒田投手のように広島への義理を通し、「男気」で年俸が大幅減になることを承知で日本球界に復帰する選手はまずいないだろう。
 戻ってくるとしたら、チャレンジに失敗し、契約不履行や実力不足で解雇になり、やむを得ず日本球界に復帰する場合だ。しかしながら、やはり優秀な人材がファンの期待を裏切ってまでアメリカに挑戦し流れていくのは忍びない。食い止めるためにはやはり同額とまでは行かなくても、日本でも年俸10億円を超える選手を出すしか方法はないだろう。食生活も言葉も違う国で成功するのは実際に難しい。才能がありながら、数年の3A生活で結果を出せずに戻って来た選手も数多い。現に今年の日本人メジャーを見渡しても、ダルビッシュや前田、田中などの投手はそこそこ頑張っているが、秋山、大谷、筒香などの打者は、日本では超一流だったが、打率がいずれも1割台と低迷している。やはりボール自体も違うし、球場も広いし、何よりメジャーの投手が豪腕投手が多く、なかなか外野を超える打球を打つことは至難の業となっている。

 過去も西岡、田中、中島、青木などの日本球界を代表する好打者もメジャーを目指したが、常時レギュラーに定着した訳でもないし、なかなか結果を出せなかった。野手では松井秀、田口、イチロー、城嶋、松井稼がそこそこ実績を残したくらいではないのか・・・。


 5 監督は楽ではない。選手並みの年俸を与えるべきでは・・・。

 今年、巨人がセ・リーグをぶっちぎっている。その最大の勝因は原監督の名采配にあるのは一目瞭然。3割打者がゼロという状態で、普通なら相当のマジック使いでなければ2位以下に10ゲーム近い差をつけられない。しかも今年、シーズン半ばにして巨人の監督ではあのV9監督だった川上哲治氏を超え、歴代監督トップに君臨する名監督になった。
 しかし、選手が年俸5億円などと景気の良い話題が出る中、監督やコーチはわき役的な位置づけで、あの長嶋監督でさえ、年俸は2億円程度だった。場合によっては年俸5千万円未満の監督コーチはざらにいる。一般的なプロ野球の監督の年俸の相場は7~8,000万円程度らしい。
 昨年、4年振りに復帰した早々にリーグ優勝を成し遂げた原監督は3億円の年俸を勝ち取ったが、就任以来、12年間で8度のリーグ優勝を果たし、Bクラスはたったの1度という好成績を残していながら、2015年の原監督の年俸は1億6千万円ほどだった。これほどの優勝請負監督であれば、年俸5億円を払ってでもどこの球団も招聘したい筈だ。
 しかし、巨人一筋で誰よりも「巨人愛」の強い原さんが他球団の監督を引き受ける筈などないが・・・。もし球団に裏切られたとか、我が子に愛のムチの腹積もりで、かつての「星一徹」のように他球団の監督を務めれば面白いのだが・・・。
 これで例えば今季最下位に甘んじているヤクルトの監督を引き受け、翌年優勝に導いたとしたら、名監督という器に収まらず、大監督になるだろう。私はソフトバンクの工藤監督も名監督の部類に達しつつあると見ている。

 監督は成績が振るわなければ、シーズン途中であっても休養(事実上の解雇)もあり得る厳しい世界で、生活を賭けて引き受けている筈だ。
決して楽な職業ではないし、ファンの期待は想像以上で、時には罵声を浴びせられてり、批判の的になる。大変なプレッシャーとの戦いを強い

られる。あの星野監督も阪神の監督時代、優勝させた直後の甲子園球場でのインタビューで、まず口をついて出た言葉が「あ~しんどかった」だった。その後、楽天を初の日本一に導いたが、長年の苦労が祟って、大病を患い、早くして亡くなったのは周知の事実だ。

 それほど重圧に耐えて、矢面に立って采配をふるっているのだから、やはりせめて選手並みの給料は当然だと思う。

 また、コーチであっても、たとえば今季の巨人について、あれほど打線が貧打にもかかわらず、ぶっちぎりの首位を独走しているのは、盤石

な投手陣にある。その礎を築いた宮本和知投手コーチには大幅増をお願いしたい。今季の彼の年俸は2~3000万の間らしい。ファームの選手と大差ないのは可哀相すぎる。私は選手を育てる側のコーチや監督はもっと優遇されて然るべきだと思う。でなければ、誰も好きこのんで負ければファンから叩かれる監督など誰が引き受けたいと思うだろうか?

 6 FA制度にも上限を設けるべき

 プロ志望届を出した選手だけがドラフト会議で指名される権利を有するが、入団を希望する選手は、自由に球団を選べない。プロ野球選手に

なりたければ球界の掟に従えという一方的な野球協約である。その現状を打破するために或る一定期間、指名された球団で過ごせば、FAの権利を獲得し、他球団に移籍が認められるシステムだ。これはある意味合理的で、FA制度があるから好きでもなかった球団で実績を残し、やっと権利を行使して元から希望していた球団への道が開かれる。

 私は、選手が我慢してやっと勝ち取った権利なのだから、そのチームへの愛や応戦してくれたファンへの裏切り行為などと考えないで、正々堂々と権利を行使すべきだと考えている、今の世の中、「是が非でも巨人に行きたい」と駄々をこねたり、「〇〇以外の指名なら野球留年します」とかノンプロに行き、次の指名を待つなどという選手はいなくなった。それは選手会が交渉を重ねた末に経営者たちにFAを認めさせた賜物だ。

 しかしながら、節度も必要で、潤沢な財政状態にあるチームだけが、他球団が手塩にかけて育てた選手を根こそぎ持っていくというのはやはり心情的にも道徳的にもいただけない。そこで、見返りの移籍の人的補償としてプロテクトを外れた選手から自由に選手を獲得できる制度が生まれたが、私はそれでも不公平で、同じ年俸になるように、選手+金銭にすべきだし、また声を大にしたいのは、1シーズンでFA獲得できる選手は、1チーム当たり2名までというように上限を設けないと、国内FA宣言した選手を特定の球団が金に物言わせて複数強奪する事態を招きかねない。

 FAで移籍する選手と言うのは、実績のあるベテラン選手が多い。よって経験年数もある程度経過し、選手としてピークを過ぎているケースが
多い。だから移籍後、移籍前の成績を残すことは考えにくい。大枚をはたいたが、期待外れに終わったという場合も多い。特にリーグが変われば対戦する投手や打者の癖も知らない。ゼロからのスタートとなり、移籍前年の成績を上回るのはまず難しいだろう。

 特に巨人は昔から実績十分のベテラン選手や他チームの主砲(4番)ばかりを集めて失敗した。マルチネス(西武)・李(ロッテ)・清原(西武)・石井(近鉄)・江藤(広島)・小笠原(日ハム)・村田(横浜)などがそうで、数年は頑張ったが、最終的には他球団への放出や引退に追い込まれた。投手でも川口(広島)・屋敷(横浜)・前田(ロッテ)・藤井(ヤクルト)・豊田(西武)・マイケル中村(日ハム)・工藤(ダイエー)・杉内(ソフトバンク)らを獲得したが、やはり前球団の実績のほうが良かった。

 外国人のラミレス、ペタジーニ、ローズなどはそこそこ働いたと思うが、やはり他球団の実績は超えていない。小久保は入団の経緯がFAではなかったので割愛したい。

 やはり若手の選手を大事に育てるという方針が大切で、特に広島などはそうした傾向が強い。財政的に厳しい分、選手を大事にしている印象がある。
 
 さて、今回の記事のまとめに入るが、はっきり言って、20世紀から比べるとプロ野球の人気は低下した。魅力がない。それが証拠にかつて
はドル箱だった巨人戦の中継が、視聴率激減によって、BSなどに転嫁された。中には巨人戦の中継をやらない日まで出て来た。

 一家団欒の19時~20時台のテレビはお父さんがビールを飲みながらプロ野球観戦というのが日常の風景だったのに、いまやそれがスマホの普及や音楽や動画サイトの登場で、家庭生活も随分と様変わりした。

 その要因は、ひとつは目まぐるしく毎年変更されるルール改正、そして2つ目は有能な才能の海外流出。メジャーに渡れば、イチローのよう

な例はあったが、日本代表として選出されることはまずない。田中、ダルビッシュ、大谷、菊池などは日本球界に復帰でもしない限り、WBCやオリンピックなどの国際試合での活躍する姿を拝むことはあり得ない。

 日本プロ野球(NPB)低迷の原因をピックアップしたが、もちろんそれだけにはとどまらないし、他の要因もある。やはりスポ―ツも政治と同じで、「改革なくして進歩なし」で、旧態依然の古い体質では何も変わらない。ぜひコミッショナーや両リーグ会長は観客を球場に呼び戻し、プロ野球人気を獲得し、かつての輝きを取り戻してほしい。プロ野球の復権を心から願う。

 

2020年9月22日 (火)

「Fukushima 50」DVD発売決定!

 我が福島県民は必ず観たい映画だった。完成試写会および上映当日、東京から映画の出演者たちが県内各地の映画館を巡り、PRして回った。しかし、封切りと時を同じくして新型コロナウイルスにより、郡山市の映画館も休館を余儀なくされる事態となった。古関裕而の物語を描いたNHK連続テレビ小説「エール」と言い、この映画と言い、どうしてこうも福島県は不運が続くのだろうと天を恨んだ。
 本来ならばオリンピックイヤーだった今年、海外から多くの観戦客が訪れ、そして日本全国からドラマとこの映画に感動したファンが大勢、聖地巡礼とばかりにロケ地であるここ福島県に来て、震災から9年が経過した福島県の現状を目の当たりにしていただく予定だった。

 私は残念ながら劇場で、この映画を見られた訳ではない。やはり密を避ける意味で、郡山市が県内で群を抜いて感染者が多く発生したことを鑑みて、やはり狭い室内空間である「テアトル」には足が向かなかった。職場の至近にありながら、どうしても見たい映画だったにも関わらず、今夏、腹部を開腹する手術を受け、16日間も入院治療していた身からすれば、「コロナ感染=重症化」で、場合によっては呼吸器疾患や肺炎を併発し、死亡する可能性もあることから、無理は出来なかった。

 今でも「テアトル郡山」では期間を延長し、ロングランで上映を続けている。すぐそばで見られるのに見に行けないもどかしさ、そしてジレンマに耐えてきたが、ここにきて朗報が舞い降りた。

 それは9年前のあの日の出来事であり、「東京電力福島第一原子力発電所」の事故を実話に基づき忠実に再現した映画「Fukushima 50」が11月6日に待望のブルーレイ化&DVD化して発売されることになったのだ。

  事故の基となったのは言わずもがなであるが2011年(平成23年)3月11日、午後2時46分に発生した「東日本大震災」だった。誰も経験したことが無いマグニチュード9.0、震度7の巨大地震が遅い、初めて耳にした「大津波警報」発令で、避難が遅れた約2万人近くの方々が死亡、あるいは行方不明となった前例のない未曾有の大災害だった。その結果、どんな地震にも耐えて、100%安全だと言われて来た「原子力発電所」で津波によって「全電源喪失」(SBO)という前代未聞の非常事態が起き、原子炉を冷却不可という危機的状況に陥り、震災の翌12日に1号機が、その2日後の14日に3号機が2度に渡って発生した蒸気爆発により、原子炉建屋が吹っ飛び、原子炉格納容器内では人類史上初のメルトダウン(炉心溶融)が起きると言う大惨事となった。

Atomic-bomb
 唯一「FCT」が撮影に成功した水蒸気爆発の映像を見た時、きのこ雲が立ち上がったのを目の当たりにして、県民の誰もが「終わった」と死を覚悟した。当時、原発から50km東に離れた場所に勤務していた私は、もう駄目だと感じたし、どこに避難すべきか模索した。

Atomic-plant

 浜通りの原発から半径20kmに住む住民は、着の身着のままで緊急避難を強いられた。国道288号線に連なる長い車列、そこからまさかの長期に渡る避難所による生活、そして応急仮設住宅での生活を余儀なくされ、地域によっては埼玉県内の廃校で仮住まい生活を送ることになった。

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 一方、原子力発電所内では、電源を喪失し、原子炉の燃料棒を冷却できなかったことで、原子炉は高熱に見舞われ、5機あるうちの稼働中だった4機が制御不能に陥った。その後、深刻度が最大の「レベル7」に引き上げられたことで、世界中が固唾をのんで状況を見守る中、現地の東電の社員たちが、日夜を問わず、必死の覚悟で事態の収束に当たった。この50人のことを「Fukushima 50」と呼んだのだった。所長の吉田氏を始め、そこに留まった原発社員たちは、福島県民を、いや日本国民を守るために福島原発内で、その対応に追われたのだった。いつ被爆して死んでもおかしくない状況の中、原子炉を冷却するために懸命に立ち向かい闘った社員たち。
 東京消防庁、海上保安庁、そして自衛隊が一丸となって放水作戦を展開した。内部で行われていた決死かつ捨て身の行動について、私たちは当時、何が起きていて、どういう作戦が実行されていたかまでは知らされておらず、テレビの前で状況を見守るしかできなかった。「何とか日本を救ってくれ」という一念だった。
 しかし、水蒸気爆発と思われていたあの爆発は、実際は多くの放射性物質が大気中にばら撒かれており、周辺地域は高濃度の放射能で汚染されていた。その日を境に私たち福島県民は「汚染地域」のレッテルを貼られ、差別を受けることになった。

Hinan

 今でもあちこちにリアルタイムで放射能レベルを測定できるモニタリングポストを目にすることが出来る。農作物、水産業は未だに震災前の状況には程遠い有り様で、おそらく廃炉作業も30年以上かかると見られている。汚染水の処理もままならず、敷地内に臨時で増設されたタンクはもう満杯となり、海に放水することが検討されている。

 私たちは、震災直後から収束宣言が発令されるまでの期間、今も懸命に廃炉作業は続いているが、当時、原子力発電所内でどんな戦いが繰り広げられていたのかを知らなければならないと思う。そして陣頭指揮にあたっていた吉田所長は、図らずも急性の胃がんによりこの世を去られた。劇中で言えば渡辺謙さんが演じた方だ。おそろくは、現場責任者として神経をすり減らし、事態の収束に当たっていた心労がたたっての発病に違いない。もしかすると線量を浴びて、それが原因でがんを発症してしまったのかもしれない。私たち福島県民からすれば命の恩人と言える人にあたる。足を向けて寝られないほどの、いわば「英雄」だ。

 今回、DVD発売決定を聞き、私もすぐに予約した。本編だけで2時間を超える122分。その中で描かれる大津波の脅威、そして全電源を失った時の所員たちの驚きと嘆き、さらには水蒸気爆発が起きた時の衝撃、福島原発で放水作業に当たった多くの方々の努力などがどんなふうに描かれているのか、今から楽しみだ。たぶん、何度も号泣すると思う。

 この映画をきっかけに日本中が原子力発電所の危険を再認識し、エネルギーの節約や他の発電方法への転換の契機となることを願う。ひと度でも事故が起きれば、人間にはその制御能力が不能となる「怪物」を人間自身が作り出してしまったことを、改めて自戒の念を持っていただければ幸いだ。

Dvd

Fukushima50_20200918212101

 キャスト

 佐藤浩市 渡辺謙  吉岡秀隆 緒形直人 火野正平 平田満 萩原聖人  吉岡里帆 斎藤工 富田靖子 佐野史郎 安田成美

 本編分数:本編122分/色:カラー/製作年:2020年/製作国:日本

 Blu-ray (DVD特典付き)が税込み7,370円      DVD通常版 税込み4,180円

2020年9月21日 (月)

福島県を舞台にした映画(予告編集)

 21世紀以降、我が福島県を舞台にした映画を取り上げたい。もちろん福島県内各地でロケが行われ、有名な俳優たちが来県し、長期滞在して撮影されて制作した。意外と福島県出身者ですら、その事実を知らない人が多い。
 そのほとんどがDVD化され、レンタルなので見ることも可能になっている。ぜひ、福島県民の方なら見てほしいし、県外の方は「聖地巡礼」で訪れてほしい。そして映画のワンシーンを思い出して、その場面に心ゆくまで浸って欲しい。

「春色のスープ」

公開日:2008年
主なロケ地:南会津町・郡山市
出演者:佐津川愛美・鈴木砂羽・栩原楽人 ・美保純・池内万作・国広富之・鶴見慎吾
あらすじ

 母との関係がギクシャクしている南会津に住む高校生の桃子。いつもコンビニ前に友人らと集まり深夜まで遊んでいる。桃子のもう一つの楽しみはラジオ番組。桃子はコンビニで全盲の亮太と出会う。
 離婚から桃子になにかと干渉してくる母に反発して、桃子はいつか自立しようと喫茶店のバイトもしている。バイトの先輩三津子から、盲学校での詩の朗読のボランティアを頼まれる。廊下で桃子の朗読を聞いた亮太は、その詩のことをラジオ番組に投稿する。ラジオを聴いた桃子は、亮太に気づき親しくなっていく。また、詩の朗読に桃子はこれまで感じることがなかったやりがいを見つけていく。
 母は長期出張などが頼まれるが桃子のことを考えて行こうともしない、そんな自分を犠牲にする母が桃子には苛立ちとなる。しかもバイトしていることも母にバレてしまう。母は娘との関係の修復の方法が見いだせず、母はアルコールに頼ることも多くなり、その頻度も増していく。
 桃子はスキーがしたいという亮太を連れて友人らと裏磐梯へスキー旅行でかけるが、目を離している間に亮太が怪我をしてしまう。素行の良くない人たちと外泊の計画したことと亮太を怪我させたことで桃子は高校から一ヶ月の謹慎となる。自分の居場所を失った桃子は父と会うが、父にはすでに新しい家族もいることを感じ逃げ帰ってしまう。しかも、亮太からも目の見えない自分と桃子との間に壁を感じたと一方的にさよならを告げられてしまう。
 亮太の脳に腫瘍が発見され緊急入院となったことを三津子から知らされる。腫瘍を取れば目がみえるようになる可能性もある一方、命に関わることだけに亮太は悩む。桃子は病室を訪れ、一方的にさよならを言われたことについて怒り、ラジオを通じて亮太の手術を大勢のリスナーとともに応援する。
 母は三津子から桃子が盲学校で朗読をしていたことを知らされ、娘の成長に気づき抱きしめる。それがきっかけとなり母娘の関係が急速に改善される。亮太は手術を決意し手術は無事に終了するが、目が見えないのは相変わらずのままだった。ラジオ番組のDJは、ふたたび都会でチャレンジする気になりラジオ番組をやめてしまう。

 母は海外へ長期出張にでかけるが、出張先の事故で亡くなってしまう。亮太は、自分が何をしたいのかを見つけるために海外へ1年間でかけてしまう。桃子は父に連れられ懐かしい故郷をあとにする。途中で、母が自分の名付けるきっかけとなったという南会津の姫山の桃の花をみつめるのであった。

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「アブラクサスの祭り」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=JNCN7cU_8z0

公開日:2010年
主なロケ地:三春町・本宮市
出演者:スネオヘアー・ともさかりえ・本上まなみ・村井良太・ほっしゃん。・小林薫
あらすじ

 かつて元ミュージシャンだった禅僧・浄念は、音楽への狂おしい思いからノイズが聞こえるようになり、ウツ病患者として入院した過去を持つ。禅僧になっても自分の「役割」を考え続けているが、なかなか思うように答えはでない。そんなある日、とある講演会で大失敗して落ち込んだ浄念は、自分の中で音楽への想いがたち切れていなかったことに気付く。この町でライブをやりたいと、強く思いはじめる浄念。住職の玄宗は良き理解者だが、地元ライブには困惑顔。妻の多恵も大反対。そんななか、ある事件をきっかけにショックを受けた浄念は自分をコントロールできなくなるが―果たして浄念は答えを見出すことができるのか?本作品にちりばめられているのは「自分」をまるごと受け入れる"禅"的ヒント。悩める浄念の生き方に心ゆさぶられる、まっすぐな映画が誕生しました。

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「時をかける少女」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=pgG5mL4e0Rg

公開日:2010年3月13日
主なロケ地:開成山桜並木
出演者:仲里依紗・中尾明慶・安田成美・勝村政信・石丸幹二・青木崇高
あらすじ

 今まで何度も映像化・映画化されてきた筒井康隆原作のSF短編小説「時をかける少女」を新たな視点で映画化した上質の青春映画。母の代わりに1970年代にタイム・リープした娘の切ない体験を丁寧に描写する。ヒロインを演じるのは、アニメーション版『時をかける少女』でも主人公の声を担当した仲里依紗。その相手役の純朴な青年を『ROOKIES -卒業-』の中尾明慶が演じている。今も昔も変わらない人を思う気持ちにじんわりと胸が熱くなる。

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「超高速!参勤交代」「超高速!参勤交代リターンズ」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=RngrAI-263I

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=fpH3KJZdwmY

公開日:2014年/2016年
主なロケ地:いわき市平・湯本・四倉・南相馬市・相馬市
出演者:佐々木蔵之介・深田恭子・伊原剛志・西村雅彦・陣内孝則
あらすじ

 通常でも8日かかる参勤交代を4日で行うよう幕府から無理難題を押し付けられた小藩が、奇想天外な作戦の数々でピンチを切り抜けようとする時代劇。第37回城戸賞の入選作を、『鴨川ホルモー』などの本木克英監督が映画化した。資金も人数もない中、藩と領民を守るため奮闘する藩主には佐々木蔵之介、ヒロインをら実力派がそろう。

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「ハーメルン」

公開日:2013年9月7日
主なロケ地:昭和村・本宮市
出演者:西島秀俊・倍賞千恵子・坂本長利・風見章子・小松政夫
あらすじ

 消えゆく場所と記憶、片田舎の廃校を舞台に繰り広げられるファンタジックな物語
2013年9月7日よりユーロスペースほかにて全国順次公開
 

消えゆく場所と記憶、片田舎の廃校を舞台に繰り広げられるファンタジックな物語
2013年9月7日よりユーロスペースほかにて全国順次公開

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「フラガール」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=BYBsyogWYlw

公開日:2006年9月23日
主なロケ地:いわき市周辺・古殿町
出演者:松雪泰子・蒼井優・豊川悦司・山崎静代・岸部一徳・富司純子
あらすじ
 
昭和40年(1965年)、大幅な規模縮小に追い込まれ危機的状況に陥った福島県いわき市の常磐炭鉱を舞台に、炭鉱で働く人々が職場を失う現実・苦悩に立ち向かい、町おこし事業としてを立ち上げた常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)の誕生から成功までを実話を元に描く。

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「ジヌよさらば~かむろば村へ」

公開日:2015年4月4日
主なロケ地:柳津町
出演者:松山ケンイチ・松たか子・
あらすじ

 人気漫画家いがらしみきおの「かむろば村へ」を基に、お金アレルギーになり東北の寒村に移り住んだ元銀行員が、お金を全く使用しない生活に挑むさまを描くコメディー。

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「Fukushima 50」

https://www.youtube.com/watch?v=-Wd0UWoVGtY

公開日:2020年3月6日(金)
主なロケ地
出演者:渡辺謙・佐藤浩市・吉岡秀隆・緒形直人・火野正平・平田満・萩原聖人・吉岡里帆・斎藤工・富田靖子・佐野史郎・安田成美

あらすじ

 2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生。福島第一原発は危機的状況に陥る。
原発内に残り、事故の収拾にあたった地元福島出身の作業員たちは海外メディアからFukushima 50(フクシマフィフティ)と呼ばれた。あの中で本当は何が起きていたのか?真実は何か?東日本壊滅の危機が近づく中、苦渋の決断を迫られる彼らが胸の内に秘めた思いとは?
豪華キャスト・スタッフ、日本映画最大級のスケールで贈る超大作。

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「AI崩壊」

動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=tMSlaXhGrfs

公開日:2020年1月31日
主なロケ地:不詳
出演者:大沢たかお・賀来賢人・広瀬アリス・岩田剛典・高嶋政宏・芦名星・玉城ティナ・余貴美子・松嶋菜々子・三浦友和
あらすじ

 舞台は(公開時点から10年後の)2030年。高齢化と格差社会が進展し、人口の4割が高齢者と生活保護者となり、医療人工知能 (AI) 「のぞみ」が全国民の個人情報等を管理していた。そんなある日、「のぞみ」が突如として暴走を開始、“人間の生きる価値”を勝手に選別し始め、生きる価値がないと判定された人間の殺戮を開始した。警察は「のぞみ」を暴走させたテロリストが「のぞみ」の開発者である天才科学者・桐生浩介だと断定。逃亡する桐生をAI監視システムを駆使して追跡する。事件のカギを握るのは、桐生と、「のぞみ」を管理していた桐生の義弟・西村悟。桐生は警察の追っ手から逃れながら、AIの暴走を阻止しようと奔走する

郡山市出身の女優で故・芦名星の遺作となった映画。

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アニメ作品「薄暮」

 特報第二弾はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=8xUV0K8GwUY

公開日:2019年6月21日
主なロケ地:いわき市
出演者(声優):桜田ひより・加藤清史郎・佐倉綾音・雨宮天・花澤香菜・高橋大輔
あらすじ

 福島県いわき市に住む女子高校生小山佐智は、東日本大震災の影響で人や恋に関心を持つことができないと感じている。佐智は音楽部で、リナ 、ひぃちゃん 松本先輩とともに文化祭で披露する四重奏に向けて日々練習に追われている。佐智はバス停そばで見る夕焼けがお気に入りで、よく一人でバスが来るまで景色を楽しんでいた。
 ある日、バス停でキャンバスを持った少年、雉子波祐介と出会う。彼は震災で帰宅困難区域からいわきに避難してきており、当たり前の風景が突然見れなくなってしまうことがあることにつらく思い、今生きてるこの世界を絵に描きとめ残すため絵を描きはじめたという。そして絵画のコンクールの絵を描くためバス停付近で良い景色を探しているところで佐智と出会った。

 このことがきっかけで佐智と祐介は話すようになり、バス停で待合せをしたり、LINEで会話したりと二人の距離は縮まっていった。そんな中、佐智と同じ部員の遠野さんと川村さんに草野駅で祐介といるところを目撃されリナやひぃちゃんに知られ恋人か問われリナは恋が実ることを応援してくれた(ひぃちゃんも後に佐智を応援している)。

 そしていつものように佐智は祐介とバスに乗っているときにたまたま祐介のスケッチブックに描かれた祐介の初恋の人のスケッチを見てしまい、佐智はやきもちを焼いてしまい二人の関係はギクシャクしてしまう。

 文化祭当日、祐介や家族が見守る中、佐智たちは演奏を無事やりとげる。そして佐智は祐介から話したいことがあると言われリナとひぃちゃんに後押しされ祐介と屋上で会うことを決心する。そして祐介から「あなたのことが、ずっと好きでした」と告白される。

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 さて、本日掲載した映画は、我が福島県で実際にロケが行われた。いわば聖地に値する。豊かな自然に育まれた環境が未だに残る福島県。日本で3番目に広い面積を有し、自然からの恵みで田畑が育ち、地酒も「全国新酒鑑評会」で7年連続日本一を達成した。その中で名優たちがここに集い、後に名作となる作品に出演した。これはある意味凄いことで、我が福島県は観光PRにこのロケ地、つまり聖地巡礼としてのPRを加えて欲しいと思う。パンフレットを制作し、首都圏などに配布し、観光PRの一助として欲しい。

2020年9月20日 (日)

映画やテレビドラマのロケに使って欲しい福島県のスポット

 アニメ映画「君の名は。」が公開された時、全国からスクリーンに登場した場所を探して、アニメファンや鉄道ファンが多数押し寄せた。いわゆる「聖地巡礼」だ。NHKの朝ドラや大河ドラマもそうだが、ドラマなどで取り上げられたロケ地などは、その後数年間は観光客が押し寄せるのは衆知のところだ。例えば、「あまちゃん」が半年間放送された年は、岩手県の三陸海岸沿いに多くの観光客が訪れた。久慈駅や小袖海岸、そして北三陸リアス線。大変な賑わいで、ちょっとしたブームとなった。

 我が福島県でも、1980年代に放送されたNTVの年末大型時代劇で「白虎隊」が晦日、大晦日の2日間、延べ6時間の超大作として放送された時、年明けから会津若松市の白虎隊ゆかりの観光地に大勢の客が押し寄せた。飯盛山では主題歌の堀内孝雄の「愛しき日々」がエンドレステープで流され、ドラマの雰囲気を思う存分味わえた。

 今年、福島県出身の大作曲家の古関裕而が主人公のNHK朝ドラ「エール」が制作・放送されたが、新型コロナウイルスの影響で観光客を呼び込むまでは行かなかったのは残念だった。

 しかし、「八重の桜」で会津が経済的に潤ったように、観光客を呼び込むのは、名作映画やテレビドラマでロケ地として招聘することが近道で早道だとわかった。昔、フジテレビで「白線流し」が放送された時に、やはり舞台となった「長野県松本市」が脚光を浴びた。

 そこで、福島県で映画などのドラマを撮影した場合、どんなスポットが映えるか、私なりに探ってみた。制作会社の方は、ぜひ参考にして頂きたいと思う。

 1 信夫山から見下ろす福島の夜景 

 特に秋から冬にかけて空気が澄んだ季節は必見の価値あり。福島市の市街地を眼下に一望できるのは、街の真ん中に小高い信夫山があるおかげだ。 

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 2 三島町の只見線橋梁

 鉄道雑誌のグラビアを頻繁に飾るスポットで、特に紅葉の時期と雪景色がお薦め。ここは写真家が常時居座る撮影スポットでもある。 

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 3 上戸のトンネル先の右カーブで湖岸越しに聳える磐梯山

 ここは駐車禁止なので、この絶景が突然目の前に現れても、路肩とかに駐車できず、素通りしてしまう。学生時代、バイクで訪れた際には路肩にとめて、心行くまで志田浜を挟み、その奥に聳える磐梯山の風景を堪能した。絵ハガキやポートレートに最高。   

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 4 小名浜三崎公園マリンタワー

 ここもロケーションは最高。晴れた日は眼下に青々とした太平洋が一望でき、地球が丸井ことを実感できる、また小名浜港を間近に眺めることができ、アクアマリンと建設中のマリンブリッジのコラボは圧巻。

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 5 飯盛山さざえ堂

 入口と出口が異なり、途中で交錯るることのない不思議な回廊。恋愛ドラマで、お互いの相性を確かめるシーンで使うと面白い。
 出会えたら結婚し、出合えなかったら別れようみたいな心理戦。

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 6 松川浦大橋

 ここも震災の大津波で大変な被害を受けた地区に聳える大橋。相馬港のシンボルになった。夜間はライトアップするので、真夏の濃霧の際には幻想的な光景が撮影できると思う。そこを車が通行する際に、一筋のライトが移動して行くシーンは魅力的。

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 7 開成山公園の桜

 さくら通り沿いの土手の桜並木は「時をかける少女」で、開成山野外音楽堂は「春色のスープ」のワンシーンで使われた。とにかく広大な公園で、中央の五十鈴湖と呼ばれる池には噴水もある。赤い五十鈴橋も絵になるし、池に浮かぶ貝殻の形状をした野外音楽堂も映えすること間違いない。

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 8 郡山市浄土松公園(きのこ岩)

 東北のカッパドキアとか、陸の松嶋と呼ばれるほど不思議なきのこの形をした奇岩が群れを成している。この世のものとは思えない形状。サスペンスもので、ここで遺体が発見されたというストーリーに打ってつけ。

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 9 郡山市逢瀬公園展望台から見下ろす景色

  誰が名付けたのかは不明だが、「逢瀬」というロマンス的かつ意味深な地名にある公園。ここはどういう訳か「恋人の聖地」となっている。
3階建ての展望台の手すりには金属の錠前が多数ロックされていて、そこに恋人同士の名を刻んで掛けられている。そこから見下ろす滝と水路、それに緑の芝生のコラボレーションが美しい。春には桜が咲き乱れる花見スポットでもある。

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10 郡山市布引高原ひまわり畑と風車群

  晴れた日に訪れれば、絶好のロケーションが広がり、来る者を圧倒する景色。眼下にはまばゆい光に反射して煌めく猪苗代湖の水面とその先に聳える、宝の山と称される磐梯山。まずこのコラボレーションに魅了される。続いて布引高原自体が風車群とひまわり畑(9月上旬)と秋桜畑に色鮮やかに染まる。その数数百万本。毎年、種から栽培され、この時期に満開を迎える。ここでぜひ映画のロケをお願いしたいし、アニメでも絶対にインスタ映えするのは言うまでもない。もしかすると、ここの風景が福島県No.1かもしれない。

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 以下、11~35は説明を割愛し、ロケ地として相応しいスポットと時折その画像を交えてお送りします。

11 吾妻小富士と磐梯吾妻スカイライン  
12 二本松霞ヶ城の桜
13 白河小峰城
14 大内宿の宿場町(街道)
15 会津美里町左下観音堂

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16 福島市花見山公園
17 郡山市石莚・銚子ヶ滝
18 田子倉湖
19 裏磐梯五色沼
20 檜原湖から見た裏磐梯

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21 吾妻山魔女の瞳
22 あづま公園の銀杏並木
23 グランデコスキーリゾート
24 塔のへつり
25 大桑原つつじ園(須賀川市)

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26 安達太良エクスプレスの光のページェント 
27 湯野上温泉駅
28 富岡町桜のトンネル
29 郡山市緑水苑
30 郡山市ビッグアイ展望台

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Tomioka

31 郡山市駅前の光のページェント
32 三春滝桜
33 三春ダムとさくら湖
34 須賀川釈迦堂川花火大会
35 須賀川松明あかし

Takizakura_20200909204101Taimatsu

 この記事を書こうと決めた当初は、10か所も挙がれば上出来と思っていたが、挙げ出したらここもある、あそこもあるとなり、絵になるスポットが多数出て来た。天気にもよるが、絶対に映像として使える場所ばかりをセレクトしたつもりなので、ぜひとも制作会社の方たちにはこの記事を見ていただき、聖地巡礼がブームとなるような作品を作って欲しい。

 

2020年9月19日 (土)

最近見かけないあのタレント

 長いことテレビなどで見かけないと思っていた、昔活躍していた芸能人が、お亡くなりになったという訃報を耳にするようになった。つい最近では渡哲也さん、80年代のバラエティ番組には欠かせなかった轟二郎さん、そして刑事ドラマや学園ドラマの教師役などで活躍していた宮内淳さんも長い闘病生活の末に鬼籍に入られた。突然の悲報に衝撃を受けたと同時に、同じ時代を生きた者として居た堪れない気持ちになる。

 では今日は、まだご健在と思われる方々で、近頃、テレビへの出演がめっきり減った方々を取り上げたい。 

 <男性タレント>

 1 おりも政夫・・・ご存知「フォーリーブス」のひとり。江木俊夫さんとおりもさんだけがご健在。現在は67歳。血液型はB型。 

 2 倉田保昭・・・Gメン’75などの刑事ドラマのアクションシーンを担当。現在は74歳になられている。血液型はO型。

 3 倉石 功・・・俳優だけでなく、クイズ番組のゲスト回答者としても出演していた。血液型はA型。現在76歳になられている。

 4 黒澤久雄・・・林寛子の元ご主人で、映画監督の故・黒澤明氏の息子。現在74歳、血液型はB型

 5 誠 直也・・・「特捜最前線」の吉野刑事役が出世作。現在72歳になられている。血液型はO型

 6 松村雄基・・・「スクールウォーズ」や大映テレビドラマには欠かせなかった。個人的には「生徒諸君」が好きだった。現在は56歳。血液型はB型。

 7 穂積ペペ・・・昭和40年代の学園ドラマには欠かせなかった。現在62歳。森川正太さんなどもどうしているのだろうか。

 8 湯原正幸・・・1980年代頃まで活躍した女優・荒木由美子さんの夫。CM出演は多かったが、ここ20年は見かけていない。現在は73歳。B型

 9 村野武範・・・1970年代には欠かせなかった。「飛び出せ青春」「日本沈没」などでは主演した。「食いしん坊万才」にも出演した。現在75歳。A型

10 寺尾 聡・・・1980年代にはシンガーソングライターとして「ルビーの指環」などのヒット曲を連発。「西部警察」などで熱演した。現在は73歳。A型

 もちろん、有名どころでは、田中邦衛さん(87歳O型)、露口茂さん(88歳B型)、田村正和さん(77歳A型)、近藤正臣さん(78歳O型)、千葉真一さん(81歳O型)、原田大二郎さん(76歳O型)、石橋正次さん(71歳B型)、小林亜星(88歳O型)の動向も気になる。ご高齢になられて体が不自由になって、自ら第一線を退いたのなら、それ相応の報告をファンに向けて情報を発信して貰いたいと思う。それくらい彼らを応援して来たつもりだ。

 <女性タレント>

 1 城山美佳子・・・1970年代に子役から出演し、「東芝日曜劇場」などには欠かせない存在だった。血液型はA

 2 友里千賀子・・・彼女も1980年代頃までのホームドラマに出ずっぱりだった。サスペンスものにも出演した。血液型はA

 3 木村理恵・・・太陽にほえろ!の婦人警察官役で脚光を浴びたが、その後、出演がない印象。清楚な印象が良かった。血液型はA

 4 石井めぐみ・・・「噂の刑事トミーとマツ」に警察職員役で出演して人気が急上昇した。血液型はA

 5 竹井みどり・・・1980年代までのサスペンスモノやシリアスなドラマには欠かせない存在だった。血液型はA

ShiroyamaYuri

 6 長谷川真弓・・・森下愛子をほうふつさせる外見で可愛らしさが際立っていた。「太陽の子」が代表作。血液型はAB型

 FTVの「サタふく」に出演している「笠原咲紀」さんを見ると、彼女を思い出す。それくらい印象がそっくり。また「つちやかおり」にも似ている。

 7 藤谷美和子・・・カルビーのCM、学園ドラマ、デュエット曲で大ヒットと、1970年代から90年代まで大活躍した。血液型はA

 8 杉田かおる・・・「石立鉄男」とのコンビで子役から活動。「3年B組金八先生」「池中玄太80キロ」で大ブレイクした。B型

 9 倉田まり子・・・ミニスカートが眩しいアイドル歌手だった。レッツゴーヤングのレギュラーも。血液型はO型。

 石川ひとみさんと印象がかぶっていた。

10 石原真理子(真理絵)・・・「ふぞろいの林檎たち」などの青春ドラマに出演。いろいろゴシップ問題が多く、気の毒な面も。O型

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 有名な方では篠ひろ子さん(引退して仙台在住?)、大谷直子さん、松尾嘉代さん、佐久間良子さん、香山美子さん、酒井和歌子さん、三浦リカさん、中原ひとみさん、石田えりさんなどは、めっきりテレビドラマや映画などにも出演しなくなった。昔の女優さんは妖艶で色っぽかった。

 他にも高見知佳さんや相楽晴子さん、上田恵美さん、伊藤さやかさん、蝦名由起子さん、早瀬優香子さん、三井ゆりさん、ほしのあきさん、松井絵里奈さん、和希沙也(倉本清子)さん、真中瞳さん、藤崎奈々子さん、鳥越まりさんなど気になっているタレントさんは大勢いる。

 さて、とかく芸能界は流行り廃りが激しい世界だ。栄光と挫折が同居し、その中で明日のスターを夢見て厳しいレッスンを耐え抜き、オーディションに賭けている若者はごまんといる。どんなに努力しても日の目を浴びない才能もある。
 それでも毎年、タレントやアイドルに憧れ、自分も同じステージで活躍する日を夢見て、上京し、そして叶える者もいる。一方では、夢破れて故郷に帰る者もいる。やはりそれは一筋ならではいかぬ厳しい世界のようだ。

 そんな中、第一線で長く活動できる歌手や俳優は凄い才能の持ち主と言えるだろう。運も味方にできる天賦の才能なのだろう。

 なお、このタイトルの記事は不定期掲載ながら、ぜひシリーズ化したいと考えている。

 

 

2020年9月18日 (金)

改良求む!郡山市内の危険交差点(さくら通り以北)

 今年8月28日付で「郡山市北部エリアの違反多発スポット」という記事を掲載した際に指摘したが、我が愛する郡山市には交通違反が多発するスポットがある。と同時に、そこは交通事故が頻繁に起きる場所でもある。私は郡山警察署管内の郡山市の南部である安積町方面に行く機会はほぼゼロなので、存じ上げないが、北部エリアは自らが居を構える地域なので、また、毎朝通勤で通る道であるがゆえに、危険個所を熟知しているつもりだ。そこで今回は、交通事故が起きやすい物理的欠陥のある交差点を指摘したい。市の道路管理課の方は、ぜひ今回の指摘を重視してほしい。ぜひ改良を求む!

1 労働福祉会館の南東側の交差点

 ここは優先道路が逆である。交通量が多く、道幅が広い東西道路側に一時停止「止まれ」があり、カトリック教会から21世紀公園まで通じる交通量が少ない南北の道路が優先になっている。しかも南北側からの通行車両が狭い道路にも関わらず、かなりのスピードでこの交差点に進入し、通過して行く。道幅が広くて左方優先側が一時停止という、危険極まりないワースト交差点だ。(地図をクリックすれば拡大できます)

Hosonumamachi

 私は上の地図の右から左に走って来て問題の十字路で何度もヒヤッとしたことがある。ちゃんと一時停止したのに、横から相当なスピードでこの交差点を横切って行く。いつ衝突事故が起こっても不思議ではない。

2 悪魔の交差点と呼ばれる市役所(旧庁舎)北西側十字路

 ここは信号がなく、一時停止の点滅もない、さくら通りから右左折し、本庁舎と西庁舎を結ぶ渡り通路の下を潜った直後の十字路交差点が問題の場所。この付近の住民は幾度となく車同士がぶつかる衝突音を聞いたことだろう。それくらい昼夜を問わず頻繁に交通事故が多発している地帯だ。それは動画サイトにも映像付きで紹介されるほど危険な交差点となっている。

Asahimachi

3 朝日町双葉町役場支所東側の十字路

 内環状線沿いの「ネッツトヨタ郡山」の南側の信号のある交差点を西に入り、次の十字路が問題の危険交差点。いびつな見通しの悪い交差点になっていて、斜めからぶつかるオフセット事故の名所と化している。ここは南北側が優先で、東西方向に一時停止の標識に加え赤い点滅の簡易信号が設けられているのだが、一時停止の車が停止線を越えてオーバーランしたところに南北方向の車が突っ込む構図。やはり朝日町と桑野界隈は、開成山大神宮の北東側にあたる鬼門のため、自殺や殺人で人が亡くなったり、事故が多かったり、人に危害が加わる区域になってしまう。

Asahimachi2

4 南東北病院北東側の旧4号線の交差点

 ここは朝夕を中心に交通量が多く、しばし右折待ちの車で長蛇の列を成す地点。しかも富久山町福原方面から対向して来る車両が坂道を登ってくるため、対向車がなかなか見えづらいことで有名。車が来ないと思って、交差点に右折して進入すると、突然対向車が現れる。何度もヒヤッとした記憶がある。それに赤信号に変わっているのに、無理やり右折して行こうとする車が多く、危険度MAXだ。

 この南東北病院の界隈は危険スポットが数多くある。北側の十字路交差点も信号が無く、看護師や患者が数多く歩いていて、車も横断歩道で停車しないことが多いため、車対歩行者、車対自転車の接触事故が多く発生する。それに巨大病院の北道路がメインのアクセス道路になるため、真冬は雪がなかなか解けず、凍結したりアイスバーン、ミラーバーンになって止まらない。追突事故も多い。ここを西から東の旧4号線に抜ける400mほどの直進道路を走行する際には時速30キロを厳守し、飛び出してくる車、歩行者、自転車には十分な注意とブレーキ操作の事前準備が必要だ。 

Minamitohoku

 5 長者町芳山小学校の北西側交差点

 ここは毎回注意する場所。私の母校である「芳山小」と「安積黎明高校」の間を縫うように通る狭い一方通行路。その交差点がとにかく死角が多く見づらい。昔釣り堀があった場所で、今でも南西側に同級生の写真館がある十字路。南北道路が優先で、一時停止は「二中」から「芳山小」の北側を通行する側にある。しかし、それを知らないドライバーは桃見台方面から南北に連なる側にも一時停止があるものと思い、右側から車が来ているのに、一時停止した直後に、交差点に突入して来る。そこで側面衝突が起きるのだ。

Cyojiya  

 6 旧星総合病院西側の旧4号線の交差点

 ここは清水台方面から坂を下って来て4号線を横断する車が危険。ここの青信号が極端に短い。にもかかわら交通量があって、赤信号待ちが長いために結構な車列ができる。毎回7~8台。しかし、青信号に変わっても10秒程度ですぐに黄色→赤に変わってしまうために、もたついている車がいれば3~4台しか通過できない。信号無視して無理やり渡ろうとする輩もいて、事故る確率が高くなる危険交差点だ。どうしてこんなに短いのか逆に疑問だが、ここは駅方面から来た車が夕方などは渋滞するため、できるだけ右折する側の信号を長く取っているように思える。

Omachi

 この地図で指摘した交差点よりひとつ北側の「うねめ通り」に折れる赤木交差点で、つい数日前にひき逃げ事件が発生した。逃げた運転手はその後逮捕されたが、この界隈は交通量がおおいせいか事故多発地帯となっている。駅東側の星総合病院の南向かいにあったパチンコ「niraku」が閉店し、この大町(赤木)交差点の南東の角(旧パチンコガイア)に移転したため、パチンコ客の車が入出庫するため、車の流れがだいぶ変わったので、注意が必要になった。

 さて、本日は「さくら通り」から北側を中心に特に危険だと思える交差点を列挙した。今すぐ改良してほしいと願う。死亡事故が発生する前に。

 本日指摘した交差点はほんの一握りで、挙げたらキリがない。危険個所は先回りしても排除するのが行政や警察の仕事。重大事故が起きる前にその芽は摘み取って欲しいと願う。
 特に、小学生の通学路になっている場所で、規制速度を遥かに超えたスピードで飛ばす輩がなんと多いことか。いわき市出身のタレントの武田玲奈が「秋の交通安全運動」を前に、横断歩道に人がいる場合、停車して道を譲らないと道路交通法違反で処罰される内容のCMに出演し、交通法規遵守を訴えている。知らなかった人が多いかもしれないが、これはれっきとした違反なのだ。

「横断歩行者妨害等違反」

 横断歩道は歩行者優先で、停止を怠ると違反点数は2点(酒気帯びの場合は14点/25点)で反則金は普通車の場合は9,000円

 では、歩行者が横断歩道を渡ろうとしているのに停車しないで通過したために白バイに検挙された動画をどうぞ!

 悪質だったり、横断歩道を横断中の歩行者を撥ねたりする事故を起こした場合、3か月以下の懲役または5万円以下の罰金という、通常より重い罰則なのだ。反則金で済まず、赤切符で一発免停。しかも前科がつく事態となることを肝に銘じて歩行者の動向に注視して貰いたい。

Hokouyabougai

 警察も本気です!この秋は「歩行者横断妨害」を徹底的に取り締まる方針です。4年前に比べ、検挙数は倍以上です。

Keisatutoukei

 歩行者が横断歩道で横断待ちをしている時、福島県の車の停止率は極めて低く、全国が17.1%なのに、福島県は8.7%足らずと止まる率は半分程度だ。全国38位でワースト9位。確かに思い当たる節は有る。どちらが優先なのか理解していないドライバーがなんと多いことか。ちなみに1位の長野県は60%以上が停車して道を譲ってくれる。この差はどこから生まれ、何を意味するのか?心にゆとりや余裕がある証拠だ。

 私は毎朝、駅近くの立体Pに駐車し、仕事場のオフィスビルに行くのに道路を横断するが、歩行者を見つけると、減速するどころか「どけどけ」と言わんばかりに逆にアクセルを踏み込んで歩行者を蹴散らそうとスピードアップして突っ込んでくるドライバーがいる。今度、スマホで動画撮影して「YouTube」に上げてやろうかと思えるほど、酷い輩がいる。郡山市民の法規範遵守の意識も地に落ちたものだ。

 以前、奥羽大学の横断歩道で、歩行者が待っていたので止まったのだが、歩行者が横断を始めているのに、対向車が突っ込んで来て、危うく横断中のおばあさんを撥ね飛ばすところだった。
 また、別の日は、同じく一時停止して歩行者に道を譲ったら、後続の車がイエローラインを逆走し、私の車を追い越しにかかり、横断中の母娘とぶつかりそうになったこともあった。無知がゆえに、歩行者よりも図体がでかい車が優先だと勘違いしている輩がいかに多いことか。事故ってから後悔しても遅い。人を死に至らしめたら、一生「償い」という重い十字架を背負うことになり、平穏な生活は奪いとられることを十分認識すべきだと思う。

 特に、重点的に取り締まりをやって欲しいのが、病院や小中学校の前の横断歩道だ。

 ① 奥羽大学前の横断歩道
 ② 太田西ノ内病院の間の横断歩道
 ③ 総合南東北病院北側の横断歩道(二箇所あり)
 ④ 行健小学校前の横断歩道
 ⑤ 神明通り、咲田のコンビニ前の横断歩道
 ⑥ 若葉町咲田橋の横断歩道 

 たぶん1時間で5~6台は検挙されると思う。特に小中学生の登校時間に合わせて取り締まれば一網打尽だ。歩行者横断妨害は立派な違反であることを知らしめるいい機会だと思う。9月21日からの「秋の交通安全運動」でぜひ実施してほしい。


 ちなみに私は動画サイトで、時々、交通死亡事故の映像やドライブレコーダーの事故映像を見て戒めにしているし、またどういうケースで事故が起きるのか、日々勉強している。幸い、私は学生時代に自動二輪(バイク)を運転していたため、普通のドライバーよりも命を守るとっさの判断力が備わっていると自負しているし、交通ルールにも注意を払っている。運転中はいかなるケースをも想定し、それに対応できる準備と心構えをとっている。見通しの悪い十字路や丁字路を走行する際は、たとえ優先道路だったとしても通過する際にアクセルペダルから足を離し、ブレーキペダルの上に右足を置き換え、いつ車や人が飛び出しても即座にブレーキを踏めるよう準備している。

 また、停車中のバスの右側を通過する際には、バスの右先端部の下に目を配り、人影が無いか見極めながら通行している。また、当然ながら、交差点を左折する際には、巻き込み確認を欠かさないし、すれ違う車の状況でこの先の道路状況を知る手立てにしている。例えば、対向車がワイパーをつけたままだと、進行方向先は天気が崩れるとか、対向車線側の道路が濡れて来たらこの先は雨とか、そういう具合だ。常に先読みする姿勢が事故を未然に回避する対策になることを是非、知った上で実践して欲しい。

 「注意一秒ケガ一生」なる交通標語がかつて存在したが、ちょっとした油断が加害者にも被害者にもなり得る。取り返しのつかない事故を起こす前に、もう一度自分の運転マナーなどを見直す契機にしてほしい。

2020年9月17日 (木)

プレバトに見る奇才あふれるB型

 はじめに私自身はB型ではないことをお断りしておきます。旧ブログの頃から、これまで血液型に関する記事を幾度も掲載しては、賛否両論のコメントをいただいた。それにも懲りず、今回なおこの企画を持ち出したのは、日本人の約2割しかいないこの型が、芸や才能に溢れ、時には天然ぶりを発揮し、この世に君臨している事実をどう抗っても否定しようがないとの結論に至ったからだ。

 私は幼少の頃から、常に自分の周囲はB型ばかりであった。小学校、中学校、高校、大学と、気づけば友達は皆、B型という事実。私の元々の家族はO型とA型しかいないが、妻の家族はB型だらけ。しかも職場の同僚もなぜかB型がやたら多い。

 O型ははっきり言って、人を見てころころ態度を変える。付き合う基準が、こいつは自分にとってプラスになる(役立つ)かどうかで判断し、人の才能や性格を見切る性質があってあまり好きではなかった。年上と年下で態度を変え、つまりは八方美人で風見鶏だ。年下や力がないと見れば、上から目線で横柄な態度で接するし、A型は、神経質でプライドが異常に高く、人を見かけや出身校で上か下に見る傾向があって、頭が堅く、近づき難い雰囲気でイマイチ好きになれず、AB型は理屈っぽい物の考え方や頭でっかちの合理主義で、ケチな性質が見え見えなのでどうも親友と呼ぶには遠い存在だった。

 だから人を平等に扱い、神出鬼没で多少あまのじゃくだが、自由奔放、他人に干渉することもないし、裏表がなくて嘘もつかないB型に寄り添ってばかりいた。

 私が暮らす福島県のB型の割合は23.3%。特に郡山市は、比較的B型が多い土地柄で、その比率は24.6%にも上る。だから4人にひとりがB型なのだ。B型は東北地方に圧倒的に多いが、宮城県が25%、次いで長野県が24.7%だ。逆に少ないのが北海道で、18.9%しかいない。ここはA型とO型だらけで、この2つの型だけで72%にも上る。

 参考資料:「図録 都道府県別の血液型分布

 どうして私がB型を評価するかというと、芸能人やアスリートはB型が大成するし、プレッシャーを楽しみに変え、国際舞台で活躍する特異な素質に満ちているからだ。

 人と同じ考え方を嫌い、マイペースの独自路線を貫き、発想がユニーク。唯一無二を目指し、人の模倣を何より嫌う性質。幼少期は人並み外れた変わり者という烙印を押された方も多いだろうが、男性の場合は、細身体型で二枚目で、女性にもてるし、何より話題が豊富。話していて飽きない。趣味も多彩で凝り性。独自の価値観でコレクションを持つし、バイクや車など特異な分野で異常なまでに固執する。

 そうした才能が垣間見えるテレビ番組がある。それは毎週木曜の19時からTBS系列で放送している「プレバト」だ。俳句では、名人や特待生になる人は大多数がB型というのをご存知だろうか?普通の人にはない発想で毎回夏井先生の評価が高い。通り一辺倒の句を詠んでいては目立たないし、新しい感性や概念が求められる。

Purebato1

 事実、「プレバト」の俳句の査定ランキングで、常に才能アリで高評価、あるいは名人級の方を列挙すると・・・

 1 梅沢富美男 ミスタープレバト 唯我独尊
 2 東国原英夫 特番のタイトル戦4勝
 3 フルーツポンチ村上 特番のタイトル戦2勝
 4 皆藤愛子 才能アリ多数獲得
 5 相田翔子 才能アリ多数獲得
 6 杉山愛(歴代得点ランキング第1位 未だに88点の記録は梅沢でも破れていない)
 7 又吉直樹(歴代得点ランキング第2位)

 上に挙げた7人全員がB型だ。

 ちなみに藤本敏史(フジモン)と、本田圭佑のような風貌だと感じていたキスマイの千賀は、案の定、本田と同じAB型、横尾渉と中田喜子はA型、千原ジュニアと立川志らくはO型。

Purebato2

 私は常にこの番組を見て、俳句の世界はユニークな発想とオリジナル性が高評価を得ることから、どこにでもあるようなオーソドックスな発想では太刀打ちできないと思っていた。A型は型にはまりやすく、平凡でマンネリな生活に陥りがちで、奇抜な発想は苦手だし不得手。やはり自由奔放で唯我独尊、唯一無二の存在を目指すB型の敵ではない。やはり世間ずれしていて、天才肌のB型には及ばない。

 しかし、水彩画の分野ではOかAが上位を占めている。

 1 アンミカ   名人3段  O型
 2 ナイツ土屋  名人2段 AB型
 3 しずちゃん  名人初段 A型
 3 光宗 薫     名人初段 O型
 3 六平直政     名人初段 B型
 6 辻元 舞   特待生1級 O型
 6 鈴木砂羽   特待生1級 A型
 8 くっきー   特待生2級 A型 
 8 田中道子   特待生2級 O型 
 8 土屋アンナ  特待生2級  A型
 8 馬場典子   特待生2級 O型  
  12   千賀健永   特待生3級 AB型  
  12   渋谷飛鳥   特待生3級 O型

 ちなみに白石糸はB型で小倉久寛はA型

Purebato3

 芸能人はやはり、多彩な才能を持っていると感心してしまう。例えば、他にも絵が上手いと言えば、古くは石坂浩二、八代亜紀、五月みどりがそうだし、工藤静香、大野智なども独特な才能に溢れている。天は二物も三物も与えてしまうようだ。石坂はO型、五月と大野はA型。八代と工藤はB型。

 他にも若くて才能を発揮するのもこの型で、例えば小藪千豊は、よしもと新喜劇に入座後、僅か4年で座長に就任。ドラムの腕はプロ級という天才的な才能に溢れている。

 松平健も20代の若さで、テレビドラマシリーズ「暴れん坊将軍」の主役に抜擢。もちろんB型。

 他にも、浅田真央、福原愛、田村亮子、イチローなどは、年齢不相応の早熟の天才ぶりをいかんなく発揮した。

 少しB型のことを良く書きすぎたが、他人の真似事を嫌い、我が道を行くタイプだからこそ、世界で活躍できるし、結果も残せるのだ。その分野の第一人者になるし、その道のプロでその世界の顔になり得る。

 最後に、私が思う典型的なB型を列記して結びとしたい。なお、既に名前を挙げた方は除く。

 芸能人

 矢沢永吉、尾崎豊、布袋寅泰、YOSHIKI、天童よしみ

 高倉健、天知茂、二谷英明、宍戸錠、渡哲也、渥美清、西村晃、緒形拳、小林桂樹、西田敏行、松尾和子、酒井和歌子、叶和貴子、夏目雅子、綾瀬はるか

 アスリート 

 野茂英雄、大谷翔平、長嶋茂雄、稲尾和久、金田正一、野村克也、掛布雅之、山本浩二、門田博光、古田敦也、中野浩一、山口香

 北島康介、萩野公介、野村忠宏、羽生結弦、宇野昌磨、伊藤みどり、ジャンボ尾崎、青木功、岡本綾子、宮里藍、丸山茂樹、片山晋呉、松山英樹、舞の海、中嶋悟

 個性が強烈で、記録にも記憶にも残る方たちばかりだ。

 

 

2020年9月16日 (水)

刑法犯急増の高齢者たち

 高齢化が進む近年、やたらと高齢者による犯罪や迷惑行為が目立つようになった。もちろん、尊敬に値する立派なお年寄りも数多くいて、もちろん、同じ括りにしようなどとは考えていない。
 しかし、昨今、65歳以上の高齢者は、言葉は悪いが「老害」と呼ばれてもやむを得ないような凶悪犯罪や無謀運転による事故を起こす例が後を絶たない。このままでは厄介者扱いだ。
 
 では、ごく最近起きた、そう思わざるを得ないニュースを取り上げたい。

 1 熊本大学医学部の女性研究員殺害事件は67歳の顔見知りの男だった。

 こちらは衝撃的な事件で、長崎大学熱帯医学研究所から転勤し、つい最近、熊本大に赴任した若き優秀な研究員を襲った悲劇。しかも犯人は、首を絞めて窒息死させた被害者を、住宅街脇の小川の土手の側溝に投げ捨てるという非人道的な行為。ふたを開けてみれば、犯人は、同じマンションの清掃員をしている67歳の高齢者だった。もちろん恨みなどはない、挨拶を交わす程度の関係性しかないはずだ。
 だとしたら、この男が美人の被害者に興味を抱き、悪戯や猥褻目的で、被害者に近づき、騒がれたために殺したと見るのが一般的だ。こういう輩のために、命を奪われた女性は惨いとしか言いようがないが、もし、熊本に異動しなければ、普通の暮らしを継続していた筈だ。そこで運命の歯車が狂ってしまったのだ。あまりにも劇的すぎるし、人の生死とはこれほどあっけなく儚いものなのだろうか?日本の法秩序よ治安はどうなってしまうのか?
 やはり、私が当ブログで何度も指摘しているように、人を殺意を持って、あるいは意図的に死に至らしめた者は、更生の機会など与えずに、被害者小人数に関わらず、極刑を以て処すべきなのだ。でなければ法体系は保たれない。
 被害者は写真と実名を公表され、殺人はは名前しか出ない。あまりにも不平等で差別的ではないのか?犯罪者に「個人情報保護」などの特権など与える必要などないのだ。ドライブレコーダーや防犯カメラの普及で、窃盗や強盗など犯行場面を動画で放送されることが多くなったが、顔の部分にモザイクをかけて保護している映像が流れるが、これこそ疑問で、もし公開されれば、それを見た一般視聴者が、犯人に心当たりがあれば警察に通報し、一発で犯人逮捕に近づくはずなのに、まるで犯人の肩を持つかのような報道規制を強いている。
 犯罪者には重い法の適用で断罪してもらいたい。万引きしているや振り込め詐欺で甘い汁を吸っている者がのさばっていて、こつこつ真面目に働き、法を順守している善良な国民がバカを見るような社会であっては絶対にならない。


 2 福井県の女子高生を殺害したのは86歳の祖父だった。

 祖父が孫を殺す時代なのか?と首をかしげたくなる凶悪事件が福井県の田舎で起きた。しかも犯行に及んだのは86歳の祖父だった。しかもその動機は酒を飲んで「カッとなって」という激情型だった。さらに「喧嘩しているもみ合っているうちに動かなくなった」と嘘までつく始末。
 この家庭、女子高生と祖父が2人で暮らしていて、祖父の食事の面倒や世話をしていたという。おそらく我がままで言うことをきかない祖父が、孫に些細なことで注意されたことから口論となり、怒りの感情が積もり積もっての犯行で、なおかつ胸を包丁で何度も刺す強い殺意を持っての凶行だった。通常ならあり得ない所業だ。普通の感覚であれば、おじいちゃんなら孫娘は目に入れても痛くないほど可愛い存在であるはず。なのに、これから将来のある血のつながりのある孫の命を奪うなどということが起きるのは、通常の精神状態ではまず起きない。身内の犯行との一報に全身が凍り付く思いだった。亡くなった孫娘は、死ぬ間際に何を思ったのだろう。まさかこんな形で早すぎる人生の終焉を迎えるとはその日まで考えもしなかった筈だ。衝動殺人という形で短すぎる生涯を閉じることになった高校生の孫娘。あまりにも理不尽でやり場のない慟哭と焦燥感に苛まれた事件だった。

 ただでさえ「少子高齢化」が問題となっている現代社会において、高齢者が過失運転や殺人に走り、若い命を断つ行為に走っているのが現実だ。

 情状酌量が汲みされたとしても、残りの人生、刑務所暮らしは必至。死ぬまで罪を償い、孫娘のあの世での冥福と成仏を祈るしかない。 
 

 3 高齢者による犯罪は増加の一途を辿っている。

 多少古いデータだが、平成24年の法務省の犯罪白書によれば、65歳以上の高齢者による刑法犯検挙数は、48,544人で、平成元年と比べて何と7倍に急増している。検挙された全刑法犯の割合も2.1%から16.9%にも増加している。主な犯罪は万引き、占有離脱物横領、暴行および傷害であった。年金や生活保護で現役時代よりも収入が減り、生活苦などから万引き犯が多くなる傾向。また、この世代は物を大事に扱い、いわゆる「もったいない世代」なので、まだ使えそうな捨てられているものを勝手に持ち帰ったり、古物や骨とう品にも昔を思い出して懐かしんだり、興味を抱く世代なので、どうしてもその類の犯罪が多く発生する。

 また、同じデータで平成30年版では、高齢者の犯罪検挙率はついに20%超えの21.5%に達し、刑法犯の5人に1人が高齢者となった。人生経験があって物事の分別や善悪の判断力があって然るべきの高齢者が、他人への迷惑行為や凶悪犯罪に走っている傾向が克明になった。

  資料 http://www.jcps.or.jp/publication/3004.html

 そして最新の「令和元年度の犯罪白書」のデータはこちら http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/66/nfm/n66_2_2_1_1_1.html

 かつて中学生と小学生の男女を、自転車で通りかかった老人が言葉巧みに誘い出し、2人を殺害した事件があった。このようなケースはもはや稀ではなく、どこででも起こり得る犯罪なのだと認識すべきなのだ。
  
 近年、ドライブレコーダーや防犯カメラなどの普及で、今まで外に出なかった、あるいは見えてこなかった犯罪行為の一部始終が目の当たりにできるまでになった。だから昔からあった犯罪がより身近に感じるとようになっただけなのかもしれない。もちろんスマホの普及もあって、誰でも瞬時に動画で撮影し、証拠を残せる時代、つまり1億総記者時代なのだ。

 衆人環視ではないが、やはり事故や事件ではその証拠をできるだけ残すことが、事件解決の手掛かりになるのだ。よって、凶悪犯罪者には、もし人違いでないと確信できる場合に限っては、情報を公開し、氏名や顔写真も公開すべきだと思う。そうでなければ犯罪の抑止力にはならない。


 さて、本日の記事のまとめに入るが、人は誰でも遅かれ早かれ歳をとり、高齢者になる。高齢者は人生の先輩であるがゆえに「自尊心」が高く、若輩者にとやかく言われることを酷く嫌う。「年寄り扱いして」とか「俺に意見するのか」という言葉が口をついて出る。
 また、加齢とともに体の自由が利かなくなり、口うるさくなったり、指図が増え、自覚がないまま命令口調になっていたりする。更には耳が遠くなるため、声が大きくなり、周囲から見ればイライラしているように映ったり、怒っているように思えてしまう。そういうご老人を「頑固じじい」とか「口やかましい老害」、あるいは横柄な態度に我慢できず忌み嫌うようになる。それなのに、当の本人は迷惑がられているとも知らず、人生経験がある分、「自分は正しい」と思い込みや自負、強い心情や信念から、悪い言い方をすれば「先輩面して」年下には指導的立場の物言いで強く当たることで、さらに敬遠される事態を招く。ましてリタイヤ後、時間を持て余しているお年寄りは、他人のアラが見えやすく、人の行動や振舞いが気になって仕方ない。昔の自分の生活と比較して、世相や時代観とのギャップに衝撃を受け、若者の振舞いが許せなったり、新聞などに投書するのもこの世代だ。
 こういう傾向は圧倒的に男性(おじいさん)が多い。中には女性もいるかもしれないが、女性はそもそも人間関係を第一に考え、共感的に物事を考える。周囲に合わせ自己主張を控えめにしたり、その環境になじもうと努力する。口やかましく振舞ったり、他人を巻き込んだり、迷惑を及ぼす行為を嫌う。中には欲求不満が溜まり、そのはけ口としてわざと大きな騒音を立てたり、近所と折り合いが悪いと、執拗な嫌がらせを繰り返して警察に通報されるおばさんはいることはいるが、ごくごく少数だ。

 結びに、本日は高齢者に対する批判めいた偏った内容になってしまったが、本来の主旨はそこではなく、今後ますます平均寿命が延びて高齢化社会に拍車をかけた時代になるのは必然で、10年後、20年後に高齢者の数が今以上に増えれば、それに比例して「迷惑老人」や「老害」と呼ばれる悪徳行為が蔓延ることを危惧し、警鐘を鳴らす意味合いから、掲載に踏み切った次第である。

 かくいう私自身も、あと10年もすれば無事に高齢者の仲間入りで、このようなブログ記事を書いて、問題意識や危機感を露わにしている時点で、同じ立ち位置の老人になりかねないのだが、そうならないように人には極力寛容に、柔らかい人当たりで接していきたいと考えるし、今もそのように振舞っている。残りあと何年この世に生きながらえるかわからないが、3分の2を過ぎたと思われる今、特に今年、大病をした私が思うことは、健康で心穏やかに余生を過ごしたい・・・ただそれだけだ。 

2020年9月15日 (火)

緊急掲載「芦名星」さんを悼んで

 今年の芸能界は悲報ばかりが目立つ。新型コロナで志村けんさんと岡江久美子さんが急逝されたのを皮切りに、三浦春馬さんの自死、大御所俳優の渡哲也さんの死去、そして槇原敬之や伊勢谷友介の麻薬逮捕で衝撃が走ったばかりだ。
 そして9月14日(月)、今度は、我が郡山市出身の女優で、数々の映画やテレビドラマに出演していた女優「芦名星」さんの急死を知らせるニュース速報が流れた。彼女と連絡とれなくなった兄が心配で彼女の新宿区内にあるマンションを訪ねたところ、彼女が亡くなっているのを発見し、警察に届けたことで発覚した。警察によれば、部屋の状況から彼女が自殺を図ったと見て、今後、司法解剖、さらには関係者から事情を聴くことにしている。

 彼女と出身を同じくする者にとっては相当なショックで、夕方の地元のニュース番組では「ニュース速報」のテロップが流れ、その後、彼女が急死されたとの訃報をニュースの中で伝えていた。同様に、郡山駅前の通行人に彼女の死を知らせ、コメントを求める映像も流された。あまりにもショッキングすぎる話題に、地元の人々も戸惑った表情だった。
 今が旬の女優で、「相棒」や「八重の桜」などに出演するなど人気ドラマに引っ張りだこでありながら、まだ36歳という若さでの早過ぎる他界。「クールビューティー」の代表格で、演技力が高く評価され、これからますますの飛躍と活躍が期待されていた彼女に一体何があったのだろうか?まさかSNSでの誹謗中傷などの批判があって、それを悲観したとは思えない。彼女は物静かで、福島県出身らしく、口数が少ない寡黙な人柄だったと思う。それだけに悩みなどを周囲に相談できず、ひたすら思いつめたのだろうか?

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 一説には昨年まで交際していた俳優の小泉孝太郎氏と仲睦まじく散歩する姿や、小泉氏のマンションに入っていく彼女の目撃例も多数あり、交際は順調だと思われていた。なのになぜ?破局して別れ話のもつれなのか?あるいは新型コロナも関係があるのか?重病だったとか?それとも自分の演技など仕事の面で、大変な重圧があったのだろうか?
 本当に自殺なのだろうか?その方法は?リストカット?首吊り?それとも睡眠薬?まさか彼女が麻薬中毒者であろうはずがない。警察の捜査と関係者の聴取をみないと断定はできない。自死だとしたら、私ならお世話になった方々に遺書をしたためるが、それらしき形跡はなかったのか?誰かに死ぬ間際にメールやLINEはしなかったのか?人知れず死ぬほどの覚悟があるなら、そこに至った理由を誰かに遺したくはないのだろうか?疑問だらけだ。

 私が思うに、36歳で独身である彼女は、人生まだまだこれからいろんなことが待っていた筈。多くの経験を積んで、実生活でも恋愛をして、結婚して、出産して母親になって、いろんな役で彼女の行く末を見たかった。死んでしまったら何もならない。それとも彼女自身は永遠にその年齢の美しさのまま映像の中で生き続ければいいと願ったのか?それすらもわからない。

 我が郡山市には、生きたくても病魔に侵され、それも叶わず志半ばで亡くなったアイドル「丸山夏鈴」さんがいる。長年にわたって重病と闘い、それでもアイドルとして活動を続け、闘病生活を包み隠さず伝え、生き様をファンにさらしながら最期は息絶え、天国に旅立った。そういう人生もありながら、一方では自ら命を絶つからには相当の悩みがあったに違いないが、マネージャーや親友や家族に相談して欲しかった。彼女はバイタリティに溢れるO型女性なので、自ら命を絶つなどとはどうしても信じられなかった。
 今回の私の衝撃と落胆をどう表現していいのかわからないくらい、この訃報は、はっきり言って堪えた。

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 彼女の姿を初めて見て惹きつけられたのは2007年に公開された「JUJU」のMV「奇跡を望むなら・・・」だった。
 やはり病院に入院している若き女性が、余命宣告されるほどの重病に侵され、婚約者の男性が苦心して彼女に最期の夢をかなえさせるためにあちこち駆け回り、病院と掛け合ったり、交渉を重ね、サプライズで、病室で結婚式を挙げる。
 祝福する友人たちと病院関係者たち。末期がんの彼女が見せた最後の笑顔と涙。しかし、その数日後、彼女は天国に旅立った。誰もいない病室に吹き抜ける風。大切な彼女を失った彼は、失望し、空虚な日々を送っていた。そんな時、彼の元に届いた郵便物。中にあったDVDをかけると、生前、彼女が思いの丈を述べ、彼への感謝の言葉を綴ったビデオメールだった。彼女の本心を知った彼が、生前の彼女の美しい姿に見惚れながら、彼女の面影を辿り、再び涙する。
 しかし、ビデオレターを見る彼の顔には笑みが浮かんでいた。おそらく、死の間際、彼女の女性としての幸せを共有できたことへの充実感がそうさせたに違いない。そのMVで亡くなった彼女、福田朋美役を演じていたのが誰あろう「芦名星」さんだった。当時、彼女はまだ無名の女優だったが、黒い綺麗なロングヘアーが印象的で、超美形の女優さんくらいにしか思っていなかった。しかし、震災をきっかけに彼女が福島県のしかも郡山市出身だったことを知り、好意を持ったのだった。

 「奇跡を望むなら・・・」

 当時、今の世の中、こんなに清楚で一途で綺麗な若い女性が、まだ日本人の中にいたのかと感心した。まさかこのMVが13年後の今年、現実になってしまうとは誰も予想できなかった・・・。自ら命を絶つことがそんな簡単にできることなのか・・・と。死ぬ前に、死んだ後のことを考えて欲しかった。家族や親族、ファンや事務所の方々の深い悲しみがあることを・・・。

 彼女の突然の訃報を知り、私のようにこのMVにたどり着いたファンのコメントを紹介します。

 涙が止まりません。こんな美しい方がどうして…。春馬くんもですが、努力し続けてる方が報われる世の中にするにはどうしたらいいんでしょう。。自分になにができるでしょう。真剣に考えて動かなければいけないですね。

 星さんの訃報を聞いて一番にこのpv思い出した。美しい方ご冥福をお祈りします。
 JUJUさんには二重の悲しみですね。。

 三浦春馬さんと芦名星さんの訃報に悲しみが溢れますが、歌詞にある「泣いてばかりいないで」明日からまた生活をおくっていかなければなりません。今日は泣いてしまうかも。

 三浦春馬さんに続いて、芦名星さんまで。涙が溢れてしまいます。お二人とも大好きだった。無念です。お願いだから命を大切にしてほしいです。安らかな眠りを祈ります。

 本人にしか分からないけど 星さんも 三浦さんも何か辛い事 しんどい事あったのかな
家族でも友達でもないけど 知っている人の自死は辛いなぁ。

 ところで彼女は、本名が「五十嵐彩」さんと言い、地元の中学校(郡山第七中学校という掲載記事あり)卒業と同時にモデル志望だったために、上京し、都内の高校に進学。そして今の事務所(ホリプロ)の前を歩いていたところをスカウトされ、芸能界入りした。その後はドラマや映画に大抜擢され、数多くの作品に名を遺した。登場したての頃は、同じO型の「矢沢心」さん(魔裟斗夫人)に似ていると思っていた。

 彼女は福島県出身者であることを隠したりはしなかった。郷里の郡山市のプロモーションビデオ「TANO CITY! KORIYAMA」ではナレーションを務め、郡山市に貢献してくれたし、震災以降、福島県民を勇気づけるために、何度も来県し、テレビ局主催の追悼イベントに出演したり、追悼復興祈念式典で詩の朗読をしたこともある。福島県の将来を案じ、震災で苦しむ方々を激励し、光になってくれた。

 なのに、そんな彼女がこの日に急逝されたとは俄かには信じ難い。何かの間違いであってほしいと願ったが、どうやら本人らしい。実に残念でショックだった。このニュースが事実なら、今はただ彼女のご冥福をお祈りしたいと思う。

 本日は予定を変更して、芦名星さんの死の報に接し、あまりのショックの大きさに、急遽追悼の記事をしたためたくなり、差し替えましたこと、ご容赦ください。

2020年9月14日 (月)

記憶に残るドラマの名セリフ

 最近、ドラマは人気が無い。特にラブストーリーは視聴率を稼げなくなっている。しかも30年前のバブル時代は、フジテレビが月9などでひとり天下状態だったのだが、今やその凋落ぶりは著しく、見る影もない。毎週の視聴率調査で、フジテレビの番組がトップ20位にひとつもランクされていない日がザラにあるほど、その低迷ぶりは悲惨と言わざるを得ない。
 私などは20代にバブル景気を経験した人間なので、恋愛ドラマをバイブルにしていたほどだ。男性は吉田栄作、加勢大周、豊川悦司、柳葉敏郎、織田裕二などが主役を張り、女性は浅野温子、鈴木保奈美、鶴田真由、石田ゆり子などがマドンナ役に君臨していた。
 そんなドラマが隆盛を極めていた時代にあって、心に残るような名セリフが数多く生まれた。もちろんそれは、役者の力ではなく、脚本家の感性の賜物だと認識しているが、それを役者の口を借りて出させ、流行語にまで仕立て上げるのは並みの才能で出来ない。
 では、私がこれまで見て来たドラマの中で、印象に残っているフレーズをピックアップしてみたい。

 「僕は死にましぇ〜ん。あなたが好きだから。」

 武田鉄矢が演じた中年男性が、浅野温子が扮した長い黒髪の絶世の美女に恋をする悲しい物語「101回目のプロポーズ」。1991年7月にフジテレビで放送された名作ドラマ。自分の覚悟が本物であることを証明するために、大型ダンプの前に飛び出し、すんでのところで急停止。そこで飛び出したのが、ドラマ史上に残るその名セリフだった。CHAGE&飛鳥が歌う「Say yes」も大ヒットした。

 「カ〜ンチ、SEXしよう」

 1991年1月から放送され、若者を中心に大反響、さらには社会現象をもたらしたのがトレンディドラマの「東京ラブストーリー」。番組放送中の月9の時間帯は街から若い女性が姿を消したとも言われた。

 鈴木保奈美が演じた自由奔放な都会の女性、赤名リカが、劇中に織田裕二扮する地方出身で純朴な青年、永尾完治に向かって発したセリフに世間はザワついた。当時、女性から男性に声高に言えるようなセリフではなく、新しい恋愛のスタイルを感じさせた、まさに衝撃的なひと言だった。

 「オレじゃダメか?」

  若者たちの生き様や友情、恋愛模様、大人になることの葛藤などを描いた「あすなろ白書」。当時駆け出しだった木村拓哉を一気にスターに押し上げた名セリフがこる。掛井保に失恋した「なるみ」(石田ひかり)を慰めようと、密かに想いを寄せていた取手治役の彼がバックハグして告白する演出に、世の女性は胸をキュンキュンさせた。このハグは「あすなろ抱き」と称され、カップルの間で大流行し、必須アイテムになった。
 このドラマは1993年10月から、やはりフジテレビの月9で放送され、最終話は31.9%の高視聴率を記録した。主題歌を歌う藤井フミヤの「TRUE LOVE」も大ヒットした。

  「子どもが食べてる途中でしょうが。」

    フジテレビの20年間に渡り放送され「北の国から」。主人公の黒板五郎ヤクルトの田中邦衛と2人の子どもたち、純と蛍が織りなす壮大な人間ドラマ。連ドラ終了後も、断続的に続編が制作された。

 その「84年夏」で、富良野のへそ祭りの帰り、家族3人で立ち寄った食堂で、閉店時間を気にする女性店員が、まだ食事途中の子どものラーメンの器を下げようとした。そこで有名なセリフが生まれた。この放送から36年も経過しているのに、人々の記憶に焼き付いている。

 「実に面白い」

  福山雅治主演のドラマ「ガリレオ」は東野圭吾の推理小説が原作。2007年10月からの第一シリーズが好評だったため、このドラマはシリーズ化された。大学の准教授の湯川学が新人女性刑事・内海薫(柴咲コウ)の依頼を受けて、明晰な頭脳で事件のさなかに起きる超常現象を解き明かして事件を解決する。
 持ち込まれた事件に興味を示した時の口癖は、「実に面白い」「実に興味深い」。また、未解明な事象に遭遇した際には突如笑い出し、突如真顔になって「さっぱり分からない」と言う。この「実に面白い」はメガネに縦に指をあてて話す決めゼリフで、お笑い芸人がこぞってものまねに興じた。

 「承知しました。」

 無表情で決して笑わない家政婦のミタ役を松嶋菜々子が演じ、当時、驚異の視聴率40%超えを達成した「家政婦のミタ」。最終話でミタさんが笑わなくなった壮絶過ぎる過去の体験に、誰もが驚き、そして涙した。白川由美、長谷川博己、忽那汐里、本田望結などのキャスティングも良かった。

 「夢にときめけ、明日にきらめけ!」

 ご存知、2008年放送の平成のスポ根ドラマの「LOOKIES」(TBS)の中で、川藤幸一役の佐藤隆太が野球の監督を務める不良チーム(目黒川高校)の中で出た名セリフ。市原隼人、小出恵介、城田優、中尾明慶、高岡蒼甫。桐谷健太など、今考えればそうそうたるメンバーが出演していた。主題歌のGReeeeNの「キセキ」が感動を呼んだ。大好評につき、映画化もされた。今から12年も経っているとは驚きだ。

 「お嬢様の目は節穴でございますか?」

 こちらは櫻井翔が執事・影山役を演じた「謎解きはディナーのあとで」でお嬢様役の宝生麗子役の北川景子に向かって蔑むように放ったセリフ。このドラマは震災が起きた年(2011年)の10月にフジテレビ系列で放送された。

 「月に代わってお仕置きよ!」

 こちらは「美少女戦士セーラームーン」でお馴染みのセリフ。実写版にはあの北川景子が「マーズ」という美少女戦士役で出演し、お色気たっぷりのアクションシーンを披露した。もちろんアニメがメインだが、ちびっ子に愛されたこの作品で、悪役をやっつける際に、可愛らしく「お仕置きよ」などと軽いノリで言い放つあたりは、少年少女への配慮が感じられた。
 ちなみにアニメ版は1992年から1997年にの5年に渡って放送された。北川景子、泉里香、沢井美優が出演して話題になった実写版は2003年に放送された。つまり、もう17年も前の作品ということになる。

  その他、流行語にまでなったドラマのセリフ・名言

 「同情するなら金をくれ」

 1994年に日本テレビ系列で放送された問題作のドラマ。家庭内暴力を受けている小学生の少女が、理不尽な環境の中でも困難に負けずに生きていく様を描いた物語。当時12歳だった安達祐実の出世作としても知られている。特に「同情するなら金をくれ!」という劇中の台詞が新語・流行語大賞に選ばれるほどのブームとなった。その一方で後述のように過激な暴力・いじめのシーンが批判の対象となり、内容が社会的議論も巻き起こした。菅井きんの強烈でインパクトのある役も話題になる。シリーズ第1作は平均視聴率24.7%、最高視聴率37.2%(最終話)を記録する大ヒットとなり、さらにシリーズ第2作も引き続き人気を保ち平均視聴率22.5%、最高視聴率31.5%(最終話)を記録している

 「やられたらやり返す。倍返しだ!」

 現在、続編が放送中の「半沢直樹」で登場し、流行語になった名セリフ。

 「下町ロケット」で生まれた佃航平が放った名言は・・・

 「難しいからこそ、やる価値があるんだ。 どんな難問にも、必ず答えはある。 ...」   
 「
金のことしか考えられなくなったら、そこに技術の進歩はありません。 ... 」
   「
たとえこの裁判に負けたとしても、 ナカシマに特許を奪われたとしても、屁でもありません。培ってきた技術力だけは奪えない!」
  

 さて、今日の記事は、私がよく見ていたドラマで誕生した名セリフを集めてみた。今考えれば、そのドラマを代表するようなインパクトのある言葉の数々だった。妙に記憶に残ったり、社会風刺や解決困難な問題点を鋭く指摘しているものもあった。

 

2020年9月13日 (日)

高校野球アラカルト

 私は物心ついた頃からプロ野球好きだったが、それと同時に「高校野球」の熱烈なファンだった。大会中はスコアブックをつけながら見ていた試合もあったし、実況の真似をして見ていたこともあった。
 また、昭和55年の夏の甲子園大会決勝の愛甲猛率いる横浜高校と1年生エースの荒木大輔が無失点のまま決勝に勝ち上がった早稲田実業戦はビデオに録画し、何度も見ていた。6対4で横浜高校が優勝したが、その時の「大ちゃんフィーバーは凄まじかった」。当時の甲子園ギャルたちが母親になり、同じ「大輔」と名前を付けた世代が高校生となって甲子園を沸かせたのが、誰あろう「松坂大輔」なのだ。
 私の高校野球に関する「うんちく」は渡部建以上だと自負している。

 しかし、ここであまり自慢するのは避け、今回は私が半世紀近く高校野球を見続けてきた中で、「各都道府県の代表と言えばどこ?」とか、「記憶に残る名選手30傑と」か、私が考えた「最強高校野球チームはどこ?」というテーマでお送りしたい。

各都道府県の代表校

 北海道…駒大苫小牧・駒大岩見沢・旭川実業・東海大四・札幌南・北海学園
 青森県…三沢商業・八戸大光星・青森山田
 岩手県…花巻東・盛岡大付属・一関学院
 宮城県…仙台育英・東北・仙台商業
 秋田県…秋田経法大・秋田商業・金足農業
 山形県…日大山形・東海大山形・酒田南・羽黒
 福島県…聖光学院・学法石川・双葉・磐城・福島商業・日大東北
 茨城県…常総学院・取手二高・水戸商・藤代・霞ヶ浦
 栃木県…作新学院・文星芸大付・宇都宮南・宇都宮学園
 群馬県…桐生一・健大高崎・前橋商業
 千葉県…習志野・銚子商業・拓大紅陵・木更津総合・市立船橋
 埼玉県…浦和学院・花咲徳栄・春日部共栄・埼玉栄
 東東京都…帝京・関東一・二松学舎大附属・岩倉
 西東京都…日大三・東亜学園・桜美林・早稲田実業・国学院久我山
 神奈川県…横浜・東海大相模・桐蔭学園・桐光学園・横浜商業
 山梨県…東海大甲府・日本航空・甲府工業・山梨学院
 静岡県…常葉菊川・静岡商業・浜松商業
 愛知県…中京大中京・東邦・愛工大名電
 長野県…佐久長聖・松商学園・上田西
 岐阜県…中京商(文京学院)・県岐阜商
 新潟県…日本文理・中越・新発田農業
 富山県…高岡商・富山商・新湊
 石川県…星稜・遊学館・金沢・日本航空石川
 福井県…敦賀気比・福井商・敦賀
 滋賀県…比叡山・近江・八幡商
 京都府…龍谷大平安・京都二・東山
 大阪府…PL学園・大阪桐蔭・履正社・上宮
 三重県…海星・三重・明野
 和歌山県…箕島・智辯和歌山
 奈良県…天理・智弁学園・郡山
 兵庫県…報徳学園・神港学園・明石商・東洋大姫路・育英
 岡山県…岡山理大附・玉野光南・創志学園
 広島県…広陵・広島商業・崇徳・如水館
 山口県…宇部商・南陽工業・下関商業
 鳥取県…倉吉北・米子東・鳥取城北

 島根県…江の川・浜田

 香川県…尽誠学園・高松商
 徳島県…徳島商業・池田・鳴門・鳴門工業
 高知県…明徳義塾・高知商業・土佐・高知
 愛媛県…松山商業・新居浜工業・今治西
 福岡県…九州国際大付・東筑・西日本短大付
 大分県…柳ヶ浦・津久見・明豊
 宮崎県…日南学園・日章学園・都城
 鹿児島県…鹿児島実業・鹿児島商工・神村学園・樟南
 佐賀県…佐賀北・佐賀商・唐津商
 長崎県…長崎海星・長崎日大・佐世保実
 熊本県…熊本工・秀岳館・九州学院
 沖縄県…興南・沖縄尚学・沖縄水産


 私が思う最強高校トップ30

 1位 PL学園(桑田・清原・西田・橋本・西川・野村・松井・立浪)
 2位 大阪桐蔭(辻内・藤浪・中田・柿沼・森・根尾)
 3位 横浜 (松坂・愛甲・安西・筒香・鈴木尚)
 4位 智辯和歌山 (高塚)
 5位 中京大中京 (堂林)
 6位 箕島 (島田)
 7位 報徳学園 (金村)
 8位 明徳義塾 (市川)
 9位 龍谷大平安(川口) 
10位 池田 (畠山・水野・江上)
11位 駒大苫小牧(田中・林)
12位 履正社 (岩崎)
13位 早稲田実業 (荒木・清宮)
14位 帝京 (伊東)
15位 東邦 (坂本)
16位 星稜 (小松・堅田・松井)
17位 智弁学園 (岡本)
18位 広陵(野村・小林)
19位 高知商 (中西)
20位 常総学園 (仁志)
21位 広島商業(佃)
22位 桐生一 (正田)
23位 仙台育英(佐藤世那・平沢)
24位 興南 (島袋)
25位 沖縄尚学 (比嘉)
26位 東海大相模 (原・大田・一二三・小笠原・田中俊太・菅野)
27位 天理 (谷口)
28位 鹿児島実業 (定岡・杉内)
29位 松山商業 (矢野)
30位 東洋大姫路 (松本)

 他にも県岐阜商や伊野商、佐賀北、日本文理、熊本工なども印象に残るチームだった。

 最強選手

 1位 松坂大輔(横浜)
 2位 清原和博(PL学園)
 3位 平田良介(大阪桐蔭)
 4位 桑田真澄(PL学園)
 5位 江川 卓(作新学園)
 6位 斎藤佑樹(早稲田実業)   
 7位 田中将大(駒大苫小牧)
 8位 中田 翔(大阪桐蔭)
 9位 松井秀喜(星稜)
10位 ダルビッシュ有(東北)
11位 中村奨成(広陵)
12位 副島浩史(佐賀北)
13位 立浪和義(PL学園)
14位 藤浪晋太郎(大阪桐蔭)
15位 菊池雄星(花巻東)
16位 辻内崇伸(大阪桐蔭) 
17位 清宮幸太郎(早稲田実業)
18位 水野雄仁(池田)
19位 大谷翔平(花巻東)
20位 西川佳明(PL学園)
21位 荒木大輔(早稲田実業)
22位 佐藤由規(仙台育英)
23位 愛甲 猛(横浜)
24位 松井稼頭央(PL学園)
25位 小笠原慎之介(東海大相模)
26位 香川伸行(浪速商)
27位 森 友哉(大阪桐蔭)
28位 鈴木一朗(愛工大名電)
29位 佐々木朗希(大船渡)
30位 牛島和彦(浪速商)

 名物監督

 尾藤(箕島)
 栽(沖縄水産)
 山下(星稜)
 木内(取手二高・常総学院)
 中村(PL学園)
 香田(駒大苫小牧)
 蔦(池田)
 和田(早実)
 渡辺(横浜)
 武田(東北・仙台育英)
 前田(帝京)
 西谷(大阪桐蔭)
 高嶋(智弁和歌山)
 馬淵(明徳義塾)
 鍛冶屋(秀岳館・県立岐阜商)

 ところで、9月11日付の地元新聞に、春のセンバツに繋がる福島県の秋季県大会の出場校の顔ぶれとその紹介が掲載されていたが、その記事を読んで愕然と来た。それによると、出場を決めた私立高校6校のうち、帝京安積を除く5校のベンチ入り選手の大部分が、相変わらず県外出身者、いわゆる「外人部隊」で占められていたのだ。実際に人数を掲載したい。

 1 学法福島 先発メンバー9人中9人、ベンチ入りメンバー20人のうち18人が県外出身者
 2 学法石川 先発メンバー9人中8人、ベンチ入りメンバー20人のうち15人が県外出身者
 3 聖光学院 先発メンバー9人中2人、ベンチ入りメンバー20人のうち8人が県外出身者
 4 東日昌平   先発メンバー9人中6人、ベンチ入りメンバー20人のうち11人が県外出身者
 5 日大東北 先発メンバー9人中4人、ベンチ入りメンバー20人のうち6人が県外出身者
 
 我が福島県は、今夏は夏の甲子園大会は開催されなかったが、聖光学院が14連覇を成し遂げた。これは史上最多記録だそうだ。その聖光学院

は、数年前に県外からの野球留学が大問題になり、人数制限について改正されてから、県外出身者を制約しているが、逆に最近、めきめき力をつけて来たと思われる「学福」は、このようなからくりがあったのだ。野球の上手い選手を特待生などの名目で入学させ、レギュラーに据え、実績を上げ、学校としての広告塔や宣伝媒体に利用する。それが私学の人集め戦術なのだ。「学石」もまた、仙台育英の元監督を招聘し、かつて柳沢監督時代に甲子園出場を欲しいままにしていた頃の輝きを取り戻すべく、県外出身者を多数引き入れていることが見て取れる。

 結局は、東京や関東圏、それにリトルリーグやシニアリーグの多い大阪では、高校の数も多く大混戦で、なかなか甲子園出場のチャンスは巡って来ない。つまり大舞台で実力をアピールできない。よって、比較的、「甲子園」を目指しやすい東北や山陰、北陸に野球留学して、チャンスを増やしている構図なのだ。全寮制で野球に専念できる練習環境も整っている私学のほうがやはり入学しやすいというのもメリットとしてあるのだ。 

 さて、今年は新型コロナウイルスの影響で、高校球児にとっては残念な年となってしまった。長い高校野球の歴史の中で、大会自体が中止に追い込まれたのは、戦争を除けば初の非常事態であった。
 しかし、プロ野球とは違い、1回でも負けた時点で敗退が決定してしまう高校野球は、まさに一球入魂の真剣勝負であって、筋書きのないドラマである。そこにたどり着くまでに日々、汗まみれになっ白球を追いかけ練習に取り組んでいる。陰の努力は並大抵なものではない。長い高校野球の歴史があって、様々な記録や想い出に残る名シーンが誕生するのだ。
 毎年、施設設備面に優れ、有望な選手が入学する私立高校が優位で、地元の生徒だけの公立高校はなかなか甲子園出場を果たせない。2年前の「金足農業」旋風や、地元の「磐城高校」などは純粋な県民だけのチームで、私としては私立の強豪で常連のチームよりも、名も無い公立高校や初出場の学校にどうしても肩入れしてしまう。
 来年こそは球児の夢を奪わずに、大会が開催されて欲しい。そのためにはコロナが早く終息するように祈るばかりだ。

2020年9月12日 (土)

「もしも・・・」シリーズ

 自分の肝っ玉の小さい性格を晒すようで心もとないが、何かにつけ心配性の私は、将来に関してあれこれ心配の種や不安材料をかき集めては、自分でにっちもさっちも身動きできない状態にしてしまうきらいがある。これを世間では「老婆心」とか「取り越し苦労」というらしい。そしてあれこれ先まわりしては無駄な手を打っては「骨折り損のくたびれ儲け」で終わってしまう。

 今回もありもしないことをあれこれ集めて、妄想や自分なりの対応策を考えてみた。たぶん誰の参考にもならないとは思うが、昔「ドリフ大爆笑」のコーナーにあった「もしも・・・」シリーズだと思って貰えたら幸いです。

 1 もしも朝鮮半島統一になったら・・・

 考えたくもないが、万が一百歩譲って「朝鮮半島統一」が実現したら、日本にとって相当な脅威だ。ただでさえミサイルをたびたび日本海に向けてぶっ放し、時には大陸間弾道ミサイルを発射し、周辺各国を恐怖のどん底に叩き落とす悪行三昧。さらには秘密裏に核を開発して保有し、日本への威嚇行為を繰り返している。

 今や軍事大国化した北朝鮮と過去の遺恨を引きずり、執拗に反日行動を繰り返し、直情径行で再三再四日本を批判することでナショナリズムを高揚し、経済だけは一丁前に先進国並みの韓国が手を結んだら、鬼に金棒状態だ。見境の無い行動が常套手段の両国がタッグを組めば、長年敵対視し、恨み節を増幅している日本を陥れるために様々な策略を繰り出し、蔑ろにし、闇に葬る作戦に出るのは必至。

 以前、腹違いの兄を手の込んだ偽装工作の上に神経ガスで暗殺した張本人である。何をしでかすかわからない。朝鮮半島統一が実現したら、アメリカ軍も同時に撤退が決まる。守るべき相手もいなくなるのだから。高額な軍事費を使わずに済むのだから米軍も願ったりかなったりだ。

 逆に日本の沖縄を始めとする日本に駐留する米軍の役割が大きくなる。憲法改正が実現できない以上、日本や周辺海域の安全は、「日米安保」だけが頼りだ。アメリカに守ってもらうしかないのだ。中国や北朝鮮と韓国が軍事力を誇示している以上、スイスのような永世中立国でいられる筈がない。丸腰で武力も持たずに国の安全を守れる筈がないのだ。

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 2 もしも南海トラフ大地震が現実的に起きたら・・・

 東日本大震災は、主に太平洋沿岸に被害が集中した自然災害だった。誰もが初めて聞いたであろう「大津波警報」により、避難が間に合わなかった多くの沿岸地域の住民が犠牲になり、約2万人が死亡、あるいは行方不明のままである。

 もしも「南海トラフ大地震」が起きれば、いや遅かれ早かれ、近い将来必ず起きると断言できるが、太平洋ベルト地帯は壊滅状態となる。つまり千葉県と東京の湾岸から京浜工業地帯、駿河湾、静岡県沿岸から愛知県(名古屋)、そして近畿地方沿岸から阪神工業地帯、そして四国は高知県や愛媛県の広範囲に渡って大津波が押し寄せて、大規模な火災が発生。危機的なことに、発電所も多いし、石油コンビナートも数多くある区域。もしここで火災が起きれば、連鎖反応で大爆発を起こし、停電は発生するし、ライフラインは寸断。大動脈の東海道新幹線は長期間運行停止に追い込まれるだろう。地域によっては洪水などの水害や地盤沈下、水没する場所も多く発生し、都市機能は完全にマヒし日本の産業や経済は壊滅状態となる。

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 気象庁や関係省庁は、長らく南海トラフ巨大地震の発生を呼びかけてはいるが、実際に発生した場合の具体的な対策は後手後手で、危険個所の告知や避難場所の確認、食料の備蓄や非常持ち出し袋の準備などを呼び掛けているに過ぎない。対策は不十分である。

 政府の試算によれば、死者・行方不明者は東日本大震災を大きく超える約32万人規模になると予想しているし、いつどこで起きるかわからないから雲をつかむような話になっているが、実際に発生してから対応したのでは遅すぎる。パニックになることは必至だ。


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 3 もしもコロナを超える疫病が発生したら・・・

  全世界で2,700万人以上が感染し、90万人近くが死亡している新型コロナウイルス。かつてこれほど猛威をふるった疫病はなかった。あの「エイズ」や「サーズ」「マーズ」、さらには「スペイン風邪」を遥に凌ぐ感染力、そして患者数だ。未だに特効薬はなく、発生源の中国武漢は、責任を微塵も感じておらず、逆に封じ込めに成功したと威信をアピールするだけ。それが中国人のずる賢いやり方なので今更取り立てて批判する気も起きないが、日本でも幾ら世界的には感染者数が少ないとは言え、7万人を超える感染者を出し、1,400人を超える死者を出している。その中には、ご存じ、志村けんさんや岡江久美子さんも含まれている。

Corona

 ここ福島県でも第二波が押し寄せ、つい先月100人を超えたと思ったら、一か月も経たないうちに200人に急増した。郡山市の駅前のホストクラブでクラスターが発生し、会津若松市も先月までは感染者ゼロだったのに、一人出た途端に堰を切ったように患者が増え、半月の間に一気に17人も増えた。まるで感染者を隠していたかのようだ。

 もし郡山駅前のオフィスビルに勤務している私が感染したら、7月に開腹手術をして長期入院したことから、免疫機能が低下しているために、重症化し、人工心肺装置「エクモ」のお世話になる可能性は十分考えられる。

 ところで、21世紀も20年過ぎた今年でさえ、よもやこのような疫病が発生するなど予想もしていなかった方が大半だろう。ということは、今後も、さらに強力なウイルスを持った病原菌が登場することは高確率であり得る。
 今回のように有効なワクチンが開発されず、対応が後手後手に回る間に、感染者および重傷者が増加の一途を辿るのを傍観せざるを得ない状況では、被害を拡大するばかりだ。

 ブラックな一説によると、この稀に見る殺人ウイルスは、世界征服を目論む中国共産党が仕組んだ大芝居だったのではないか?中国の科学者が秘密裏に作り出したウイルスであるがゆえに、その型を完全掌握していたために、そのワクチンも開発済で、門外不出で密かに中国国民に接種したために、欧米よりも遥かに少ない感染者でことが済んだのではないかというのだ。世界中で、ウイルスが猛威を震い、ワクチン開発に苦慮している中で、どうして発祥地である武漢市があれほど早く終息できたのか?

Bukan

 確かに思い当たる節はある。アメリカとの覇権争いが激化し、謎の病原菌をばらまくことで世界征服を目論み、そして交渉を優位に行うための策略だったのではないか?その「新型コロナウイルス」こそがいわゆる生物化学細菌兵器だったのだ。

 そう考えると今、世界中で起きている感染者の分布を見てもすべてつじつまが合う。発生源の中国武漢市が真っ先にウイルス壊滅を宣言したのも偶然ではない。実に出来すぎた奇妙な話だ。

 とすれば、中国ではカードはまだまだ用意してある。第二第三の矢ではないが、コロナに続く更なる「殺人ウイルス」を開発し、それを世界中にばらまく手はずを着々と整えているかもしれない。
 行く末は、世界各国の人々をウイルス攻撃で抹殺し、地球上を中国人、あるいはレッド国(中国・ロシア・北朝鮮など)で占有する腹積もりではないのか?だから韓国はそれを察知し、生き残りを図るために中国寄りの言動にシフトしているのでは・・・。

 私にはそう思えてならないのである。


 4 もしも日本のプロ野球が16球団に増えたら・・・

 現在、日本のプロ野球の球団はセ・パ6球団で合計12球団である。日本でこれほどメジャーで国民的なスポーツで、少年野球から高校野球、大学野球、ノンプロと競技人口は多い割に、プロの球団は少なすぎるように思える。Jリーグの最高峰J1でさえ、18チームもあるのに・・・。1リーグが6球団というのも数の面で違和感を感じる。総当たりであれば、他の5球団としか対戦せず、お互いに手の内を知り尽くしているため、試合展開も読めてしまう。例えば、今季、絶好調の巨人・菅野投手が出れば、「今日は負け試合」と簡単に諦めてしまいそうだ。対戦前に勝負の行方が占えてしまう。

 私が提唱したいのは1リーグ8球団ずつの合計16球団制で、そうなれば、各リーグ7チームとの対戦で、起用する投手が毎回同じということも少なくなる。先発投手のコマ数も増えるので、若手を育成し、出場機会を増やすことも可能になる。

 私が危惧するのは、かつての巨人のように、他球団からFAなどで実績のある選手を獲得したばかりに、若手の登用とか、出場機会を潰して来た経緯がある。才能や技術がいくらあっても試合に出られなかったら意味がない。いわゆる飼い殺しで、巨人は特に選手層が厚いため、なかなかスタメン出場の機会が得られない。ファームでいくら好成績を残したところで、なかなか一軍からお呼びがかからない。今季の巨人の外人、ウレーニャやモタがいい例だ。

 私はいっそのこと、プロの球団をJリーグ並みにしてほしい。18とまで行かなくても、せめて4つ増やして16球団くらいにして欲しい。そうなると出場機会が得られなかった選手が移籍し、試合に出て実力をアピールできる。たとえば巨人で言えば、重信、若林、北村、田中俊などの若手や、ベテランながら出番がない台湾出身の陽も最後のひと花を咲かせることは大いに可能だ。あまりにももったいなさすぎる。今の世の中、巨人に在籍しているだけでステータスなどと考える選手はいないだろう。やはりプロ野球選手である以上、試合に出場し、その実力を存分に発揮し、ファンを興奮させるプレーを見せてなんぼだろう。

Npb

 また、新たに球団を創設するのではなく、四国アイランドリーグやプロに近い形でリーグ戦を展開している地方の既存の球団を、NPBに招き入れ、チームとして認可することで、新たに創設する手間を省く。スタジアムの改築などは必要になるが、地方都市が活性化すると思う。

 以前、当ブログで提案・記載したが、現在、北海道に1チーム、東北に1チーム、関東に5チーム、東海に1チーム、近畿に2チーム、広島に1チーム、九州に1チームあるNPBの球団。偏りがありすぎるので、増やす4チームは高校野球のレベルが高い地区を優先して考える。

 まず、沖縄に1チーム、近畿の奈良か和歌山あたりを本拠地に1チーム、北陸(福井・石川・新潟)に1チーム、そして最後は、やはり四国に1チーム必要。昔から四国は甲子園の優勝チームを多く輩出してきた野球が盛んな地域。「池田」「松山商」「高知商」「明徳義塾」「高松商」など名門校が多数ある。したがって野球人口も多いのだ。

 かつてチームの多彩な応援を含め、ノンプロの都市対抗野球が盛り上がったが、それらを経営母体にし、他球団で出場機会に恵まれない選手をドラフトし、新設の4チームに振り分け戦力を補強すれば、そんなに手間も時間も要しない。

 また、サッカーのようにレンタル移籍も認めてほしい。一定期間、他球団に身を置き、出場機会を得させる。思いもよらぬ活躍で、所属球団も評価を見直すだろうし、選手自身も年俸アップの機会となる。実力がありながら飼い殺しやファーム暮らしほど無駄なものはない。


 5 もしもセ・パ交流戦のようにNPBとMLBが交流戦を行ったら・・・

 プロ野球の話題で、私がぜひ実現してほしいのは、4年に1度のWBCやプレミア12のような国際試合を待たずとも、毎年、MLBや台湾プロ野球との交流試合を実施してほしいというものだ。世界一を2回獲得している日本プロ野球界。実力は引けを取らないし、日本人選手が実力をアピールできる、それにアメリカ側も掘り出し物の選手を発掘するのにスカウト(品定め)の絶好の機会になる。
 また、近年、日本の球団に決して劣らない台湾選手も同じように日本での活躍やアメリカでの活躍のステップになるに違いない。

 問題はコロナが終息しているか、それと移動手段を考えた日程面で折り合いがつくかどうか。ギャラや交通費などをどこが負担するのかと言った財政面。

 実際にはアメリカ(MLB)は難しくても台湾プロ野球とはまさに交流を兼ねたゲームを実施してほしい。間違っても韓国とはやってはいけない。すぐ感情的になり、怪我を負わされるのが目に見えるからだ。友好ムードにはなり得ず、喧嘩腰になるだろうし、危険球など横行しそうだ。負傷しようものなら、多額の損害賠償を請求されるのは火を見るより明らかだ。


 6 もしも「うすい百貨店」が無くなったら・・・

 郡山市内で百貨店と言えば「うすい」だけになった。いや広く言えば、福島県内でデパートというのももはやここだけになった。いわば最後の砦だ。一度そのうすいが倒産しかけた時に、百貨店業界最大手の「三越」が支援の手を差し伸べてくれ、その資本を借りて、何とか立て直し、経営を継続できた経緯がある。もし「うすい百貨店」が閉店しようものなら、福島市の「中合」以上の衝撃が走る。

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 他県の方はご存知ないでしょうから、郡山市唯一の老舗「うすい百貨店」について少し補足したい。

 1662年8月24日   江戸時代に物産問屋として創業
 1930年(昭和5年) 合名会社うすゐとして法人化
 1938年(昭和13年)正式に百貨店となる。
 1959年(昭和34年)郡山市中町にあった「丸伊デパート」を買収し、「第2うすい」として増床
 1965年(昭和40年)年商33億円で県内1位に
 1970年(昭和45年)株式会社うすい百貨店として分離独立 
 1975年(昭和50年)郡山に進出して来た他店との競争激化 最終的に「うすい」だけが生き残る
 1999年(平成11年)第1うすいを廃止し、第2うすいを全面建て替える。
 2003年(平成15年)業績悪化のより産業再生機構による支援が決定
 2005年(平成17年)三越が株式を保有し、正式に三越の傘下に入る。
 2016年(平成28年)三越伊勢丹HDが株式の持分法適用範囲から除外となり、再び独立の道へ。

 親会社の三越が撤退したことで、うすいの営業は厳しい岐路に立たされている。独立採算のため、メインバンクが営業継続困難と判断すれば、再び法の助けを借りて再建を目指すか、あるいは中合のように閉店の道を辿るかしかない。
 実際、平日に何度か「うすい」を訪れたことがあるが、売り場面積は広大な割に客足は少ない。いつ行ってもフロアはガラガラ。それでも様々なイベント(北海道展・金沢展・駅弁祭りなど)で客を呼ぶ努力は行っているが、駅前で駐車場も少ない点から、なかなか売り上げも伸びてこないのが実情のようだ。

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 しかし、「うすい」を愛する往年の客は数多く存在する。あのアヒルの家族が登場して風船を持ってエスカレーターを降りて来る映像や、「デートもうすい~夢のデパート~♬」という、一度聞けば耳に焼き付いて離れない「うすい」のCMソングも聞けなくなるのは居たたまれない。ここはひとつ、郡山市民の「愛の力」で「うすい」に足を向け、買い物をしていただきたい。
 後ろ盾が消えた今、「うすい」の存続は「郡山市民」にかかっていると言って過言ではないのだから。

 相変わらずの自分ではとうてい解決困難な心配の種を掻き立てては不安に陥ってしまった。しかし、私が問題点を列記し、警鐘を鳴らした内容というのは、冷静に考えると、あながち「夢物語」や「絵空事」ではないかもしれない。

 もしかしたら現実感に溢れる話題だったかもしれない。中にはプロ野球ネタなどそうなってほしい願望も一部あったが、現実的にはそうなったらかなりヤバイ事象が多い。
 今後、我が子どもたちや、これから誕生するであろう孫の世代に、果たして今の平和な世の中が持続可能なのかどうか。映画「ターミネーター」のように高度に進化した機械に支配されていたり、あるいは「猿の惑星」のように突然変異で高尚な知恵を身に着けた動物に人間が隷属し、こき使われていたり、または「インディペンデスデー」のように高度な文明や知恵を身につけた未知の星から突然宇宙人が襲来し、地球を攻撃したりするのではないか?折しも河野防衛大臣が、UFOと遭遇した場合を想定し、米軍と協力し、情報を共有し、対応を協議するなど、普段ではあり得ない行動も単なる偶然とは思えない。

 果たして今から50年後、私はこの世にはいないだろうが、どんな世の中になっているのか、究極的かつ終末的な心配事はそこに行きつきそうだ。

 

2020年9月11日 (金)

異色知事花盛り?

  今、都道府県の首長である知事が脚光を浴びている。その政治手腕や資質が問われている。

 かつては青島幸男東京都知事、横山ノック大阪府知事が典型例だが、作家の田中康夫長野県知事、東国原英夫宮崎県知事、大阪府知事・大阪市長を務めた橋下徹氏などは、異色ではあったが、もともと本職ではない芸能人などが郷里やその地方の為に、ある時は広告塔として政策の実行に奔走したのは言うまでもない。

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 現在もまた、歌う青春スターだった森田健作千葉県知事が現職として活動している。やはり芸能人などは、抜群の知名度を活かして、選挙に出れば当選も間違いないので、政治のズブの素人であっても、糸もたやすくなれてしまうから、ある意味怖いものがある。

 アメリカでもアーノルド・シュワルツネッガーでさえも、カリフォルニア州知事に就任できたのだから、その人気は無類であり、まさに「ターミネーター」のごとく無敵でもある。

 
 俳優や女優、アナウンサー、スポーツアスリート出身で鞍替え出馬し、政治家への転身を遂げた方は、過去多種多様にいる。

 俳優女優・・・淡島千景、山東昭子・山口淑子・石井苗子・横光克彦
 タレント・歌手・・・扇千景・大橋巨泉・中山千夏・蓮舫・西川きよし・三原じゅん子・丸山和也・今井絵理子
 アナウンサー・・・宮田輝・畑恵・小宮山洋子・丸川珠代・高橋圭三

 スポーツ・・・江本孟紀・橋本聖子・谷亮子・ザ・グレートKABUKI・馳浩・石井浩郎・堀井学・荻原健司・神取忍・大仁田厚・堀内恒夫・アントニオ猪木などがそうだ。

 私が思う、出馬すれば、その資質もあり、間違いなく当選するであろうタレントやスポーツアスリートは・・・
 

 北野武(明治大卒)・森田一義(早稲田大中退)・久米宏(早稲田大卒)・菊池桃子(法政大学大学院修了)・福原愛・浅田真央・中村雅俊(慶應大卒)・原辰徳・落合博満

 もっともこのような方々は衆議院のいわゆる代議士ではなく、人気取りの名目で各政党が出馬を依頼するもので、参議院の比例代表制の票取りのための小賢しい戦略に利用されるだけに過ぎない。

 アントニオ猪木氏は、一度は東京都知事選に立候補しかけたが、後藤田正晴氏の説得を受けて、出馬を取りやめた経緯がある。おそらく、都政のとの字も知らない一介の新米政治家が全うできる職務ではないと、切々と説得したに違いない。

 さて、今年は「新型コロナウィルス」の影響で、都知事や県知事が前面に登場し、その対策をPRするなどその手腕や力量が問われている。そんな中、株を上げたのが、小池東京都知事、吉村大阪府知事、そして鈴木北海道知事だ。男性2名は「イケメン」を武器にし、女性が黄色い声援を送るほどの熱烈な支援もあり、今や評価はうなぎ登りだ。もちろん政治手腕も素晴らしい。

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 しかし、数合わせや人気とりのために、政治の「せ」の字も知らないタレントを担いだところで、やはり政策の実現やかじ取りは厳しいものがある。それに相当の覚悟もないままに政治家になったとて、職責を全うできるはずがない。だから1期で才能を見くびられ、期待はずれのレッテルを貼られ、2期目は落選というパターンも数多い。中には猛勉強して政治家としての資質を身に着けようと努力した「三原じゅん子」議員や「東国原英夫」元宮崎県知事のような方もいないことはない。三原議員は女性問題の解決のために、国会や予算委員会で、ベテラン議員にも引けを取らないほどの熱弁をふるっている。モデルやテレビの司会などで活躍していた蓮舫議員などは、民主党時代、事業仕分けを敢行し、スーパーコンピューターについて「2位ではダメなんですか?」と発言して物議を醸すなど、今も党は違えど党の顔として、また代表として大活躍されているのは言うまでもない。

 昔の政治家の大物ぶりを知っている私としては、現在の国会議員や地方自治体の首長は器が小さいし、存在感も影響力も薄い。ドンと言えそうな政治家はほぼいない。派閥の領袖と呼ばれし方ですら、大物感がない。俄か政治家では困るのだ。

 志あって政治の道に足を踏み入れるからには、そこに国民、県民の期待を背負っていることを肝に銘じてほしいものだ。血税の無駄遣い、会議で居眠りしても務まるような生易しい政治家では棒にも端にもかからない。それだけは声を大にして訴えたい。

2020年9月10日 (木)

最近の世の中で思うこと

 最近、日本人とは思えない所業が蔓延っていて、嘆きしかない。果樹園から収穫間近の果物や家畜の仔牛や仔豚が盗まれるなど、他人の迷惑を顧みない凶行がやたら目につく。犯罪までが欧米化してしまった。人を殺してみたかったなど、自分本位な理由で犯行に至ったり、覚醒剤などの麻薬が市井に出回っている。中にはファッション感覚でタトゥーを入れたり、興味があったという短絡的かつ刹那的な理由でAVに出る若者の何と多いことか?!善悪の判断基準がブレてしまっている。

1  身勝手な親、急増中 !

   「子ども受難の時代」が大きな社会問題になっている。子どもを車内に放置して、飲み屋をハシゴしたり、パチンコに興じて、車に戻ったら、子どもが熱中症でグッタリしていたというニュースが何と多いことか。保護者責任遺棄で逮捕・訴追されるケースが増えている。

 今年は、特にコロナ禍によって、外出出来ず、親子が自宅で過ごすことが多い昨今、ストレスの捌け口が子どもに向けられ、両親が我が子に暴力を振るう虐待が急増している。子どもは一体、誰を信じ、頼ればいいのか?行き場のない可哀想な子どもが増えている。統計では、幼少期に虐待を経験した子どもは、成長して大人になった時に、また自分の子に暴力を振るう傾向が高いという。更に、夫婦仲が悪く、離婚率もまた高くなるようだ。

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2   猪苗代湖で起きた水難事故

 9月6日に猪苗代湖の西南にある中田浜で起きた痛ましい事故。千葉県から家族でバカンスで訪れていた家族に悲劇が襲った。それは水上スポーツを楽しんでいる最中、父親が操縦するプレジャーボートで沖合300mの地点に妻と息子2人を連れて行き、水上スキーの順番待ちで待機中、そこを通りかかった12人乗りのクルーザーボートのスクリューに巻き込まれ、8歳の次男が頭部損傷で死亡した事故だ。また、妻と長男が重軽症を負った。父親が連れ出した場所は遊泳禁止区域で、船舶の航路区域だった。警察は、クルーザーを操縦していた男性から当時の事情を聞き、業務上過失致死傷を視野に入れて捜査している。

 しかし、そもそもの原因は、亡くなった子どもの父親のほうにある。酷な言い方だが、無知なばかりが愛する息子を死に追いやったのだ。そこが遊泳禁止箇所で、船が頻繁に航行するルートであることを認識していれば決して起きなかった事故だ。楽しい思い出を作る筈のバカンス旅行が暗転、悲劇を生んでしまった。

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 千葉県からわざわざ訪れ、我が福島県の猪苗代湖で、子どもを失った悲しい事実と後悔だけを残す結果となった。これで、震災以後の7年間で4人が水難事故によって命を落としてしまった。残念だが、「後悔先立たず」だ。死亡事故が起きる度に何度も言って来たが、我々郡山市民は、何人も死んでいる、その猪苗代湖の水を飲んでいるのだ。

Lake-accident1

 3  東京オリンピック・パラリンピックは来年も無理?

 巨額な建設費を投じ、施設や設備を整えた、57年振り開催予定の「東京オリンピック・パラリンピック」は実施が極めて厳しいと言わざるを得ない。その根拠は、世界中が新型コロナウイルスが蔓延しており、その終息がまったく見えない。今の状況で開催出来る筈がない。世界的に見て、確かに日本の感染者数は少ないが、こういうご時世にあって、世界中からトップアスリート達や観光客を招いて平和の祭典であるオリンピックを開催出来るだろうか?たぶん結果は「NO」だろう。今より感染が拡大する恐れは強い。

 どこかの国が出場辞退を表明すれば、堰を切ったように次々と辞退を申し出るに違いない。再びの延期はないとIOCの会長が公言しているので、中止が濃厚となる。そうなれば、巨額の建設費の回収は困難で、経済や雇用は大打撃を被る。それこそ東京都の借金は膨大だ。

 東京オリンピック・パラリンピック中止を断言するもう一つの理由は、世界各国の多くの種目で、出場権を争う予選がコロナによって中断、あるいは未開催のままということだ。誰を代表として送り込むのか、それすら確定していない。時間的に間に合わない。

 4 麻薬汚染は身近なところまで

 警察24時などでパトロール中の警ら隊が、眼光鋭く、麻薬常習者の車をすれ違いざまに見つけ、追尾し、職質すると、注射器や粉が出て来る場面がある。我が福島県にはそんなものは無縁かと思ったら、定期的に新聞に「麻薬取締法違反で逮捕」などという新聞記事を目にすることが多くなった。

 特に芸能界は麻薬汚染が蔓延している。つい先だっても槇原敬之容疑者が逮捕され、裁判でも所持の事実を認め、有罪判決が出た。所持しているということは、使用目的なので、使っていない訳などあり得ない。たぶん言い訳や言い逃れも常習なのだろう。そして今度は、俳優の伊勢谷友介が自宅に大麻を所持していた罪で逮捕された。その量、何と40回分。そして吸引する時に使用する巻紙も500枚も見つかっており、これは常習者以外の何者でもない。週刊誌も彼の異常行動を察知しており、DV疑惑や薬物疑惑の記事がたびたび掲載され、逮捕は身近かと囁かれていた矢先だった。薬物に溺れた者は、目つきや言動、態度、趣向がガラリ変わり、頬がコケたりして以前の姿とは変わり過ぎるため、どう取り繕っていてもバレないわけがない。

Iseya

 芸能界という特殊社会では、麻薬が無いとやっていけないのか?しかも一度ならずも二度三度と繰り返し逮捕されている人が多すぎる。そして何度も復帰を許してしまうために、反省の度合いも薄いように思える。
  伊勢谷容疑者も、所持していたのは事実なのに、ファンへの謝罪の言葉よりも、自分の保身を優先し、自分にとって都合が悪いことは「弁護士を立ててお話します」と弁明に終始。この特徴も麻薬使用者特有の振る舞いで、被害妄想が入っている。かつての日本人なら、潔くない振る舞いは「卑怯者」として扱われた。これもやはり麻薬の感覚の麻痺によるものなのだろう。

  こうした麻薬汚染は、我が郡山市も決して対岸の火事ではない。かつて昭和の時代の郡山は「ヤクザの街」というありがたくないレッテルを貼られていた。現在も「暴力追放都市」を宣言しているものの、駅から南西側の中心市街地界隈には、未だに組事務所があるし、さらに1.5kmほど南下した旧4号線近くには、「TATOO」専門店が秘密裏にオープンした。「タトゥー」と言えばファッション性が高く、オシャレなイメージで聞こえはいいし、罪の意識は薄いが、平たく言うと「入れ墨」である。かつては流れ者やヤクザ、暴力団組員の代名詞で、善良な市民に威圧行為として誇示したりしたものだ。今でも温泉施設、銭湯などでは「入れ墨お断り」の店があるなど、未だに一般市民に脅威を与えるものとして忌み嫌われている。その店もやましいことがあるとの自覚があるのか、大々的に看板などは立てずに、外見からは何の店か見分けがつかないような「隠れ蓑」や「抜け道」のようなひっそりした佇まいを見せている。店のHPも一見すると何の店かわからない作りになっている。

 営業妨害とは取られたくないので、ここで記載は控えるが、出入りしている客や乗り付けている車(改造車や高級外車?)には十分注意したほうが無難だ。

 実際問題として、地肌を痛め、傷つけてまでして入れ墨を入れる精神状態は通常とはかけ離れている。入れ墨をしている人の約4割が、覚せい剤や大麻吸引などの経験があるという警察統計がある。善悪の判断や正当な感覚が麻痺している証拠だ。私などは、今年、胆のう炎で開腹手術して、大きな傷を腹部に残してしまい、それだだけでも「親からもらった大事な体を傷つけてしまって申し訳ない」という自責の念に駆られているのに、ファッション感覚でTATOOを入れるような人は、そういう概念も心情もさらさら無いように思えてならない。確かにTATOOは法律で禁止などの条文があるわけではなく、罪には問われないが、やはりそれを目にすれば、良い印象は持たれない。世間ずれしているとか、「あっち系の人」という色眼鏡で見られるだろう。一度入れ墨を入れると、元のきれいな状態に戻すことは難しい。皮膚移植しても完全には戻らないのだ。

 こういう店に対して営業許可を出した郡山市の責任も重い。条例を制定し、こういう商売は排除してほしいくらいだ。

TatooDrug 

 麻薬に一度でも手を染めると、習慣性があって、なかなか抜け出せない。気持ちが弱い方が、どうしても誘惑に負けて犯行(使用)を繰り返してしまう。好奇心での体験などもってのほかで、田代まさしや翔、清水健太郎などが繰り返し逮捕されるのでもわかるように、転落人生を歩むように陥り、最悪の場合には廃人と化してしまい、禁断症状や幻覚などから、人を傷つける凶悪犯罪に走るケースも多々ある。こうなると、二度と真人間には戻れない。一度踏み外した人生をリセットしてやり直すことはほぼ絶望的と言える。「ちょっとくらい」という甘い考えが、やがては取り返しのつかない犯罪行為へと陥り、身を滅ぼすことになることを肝に銘じてほしいものだ。

 さて、今日の記事の主旨は、「このままで日本は大丈夫か?」というものだ。勤勉で真面目にこつこつ働く日本人から、価値観の多様化ばかりに重点を置き、「個性の伸長」に趣を置きすぎた結果が、自己中で勝手な振る舞いをする大人を生み出したのだ。人を傷つけてもリセットすればやり直せるゲームばかりに時間を割き、道徳心や公共心、思いやりや助け合い、謙虚さや慈しみの心が育たない自分本位になりつつある。

 人の痛みがわかり、相手の立場に立ったものの考え方に立ち返る必要がある。教育は「人づくりの原点」であることを再認識し、家庭の躾、学校や社会の役割を見直して、犯罪行為は徹底的に排除する方向性が早急の課題であり、その構築が急務である。

 虐待、性暴力、悪質な煽り運転、傷害、殺人などは本来、起きてはならない。以前の日本人なら他人への迷惑行為は最も回避していた筈だ。「日本人らしさとは何なのか?」について原点回帰して、コロナ禍で犯罪が急増している今こそ日本人としての秩序や自尊心を取り戻して欲しい。

 

2020年9月 9日 (水)

郡山周辺にある「マル珍な造形物」

 本日の記事は倫理上「閲覧注意」事項が含まれております。すべて自己責任でお願いします。

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 郡山やその周辺地域には、まだまだ見知らぬ物がたくさん存在している。学生時代と初任の勤務地以外、郡山に足掛け46年間も暮らす私ですら、知らない情報や事象が数多く存在する。
 私の拙いブログを愛好して下さっている「hebtame」さんからコメントで怪情報をお寄せいただき、さっそく日曜出勤の代休だった9月8日(火)にその謎の造形物を取材に出向いた。何もわざわざ私の〇〇回目の誕生日に行く必要などなかったのだが、ブログネタになるし、せっかく貴重な情報をいただいたので、あまりうるかして置きたくなかった。

 では、今回は少しエッチ?な造形物になるが、その謎に迫りたい。その情報によれば、問題の石像があるという場所は、郡山から西南西の方角に20kmほど行った県道67号(中野須賀川)線の「ローレルバレイカントリークラブ」から湖南方面へ川沿いに行ったところにあり、県道沿いではなく、脇道に入った場所に鎮座しているというのだ。迷うかもしれないが、実際に自分の目で確かめたかった。

 そのルートというのは、羽鳥湖経由で下郷方面に抜けたり、20代の頃は「羽鳥湖スキー場」に行くときに通っただけの、いわば通過点だったので、まさかゴルフ場の周辺に、そのような卑猥な石像があるなどとは思わなかった。

 実際に「ドスケベ」と思われようが、本当にそんな得体の知れぬものが存在しているのか、単なる好奇心だけが私を突き動かしていた。

 では、当日の顛末記だが、実は、この日は4時間しか寝ていない極度の睡眠不足だった。理由はたった1匹の蚊だった。23時半頃、就寝したが、夜中1時半頃から全身5〜6ヶ所を刺され、痒くて仕方なかった。かゆみ止めを塗り、何とか蚊を仕留めたが、今度は2時過ぎから隣りの家の夫婦が大声で言い争っていて、その怒鳴り声がうるさくておちおち寝ていられなかった。気を紛らそうとi-Phoneでブログ記事を書いていたら4時になっていた。

 その後、ウトウトしたものの、6時前に起床したら、持病のギックリ腰の症状が再発し、体調面で不安があった。なのにそれでも強行。

 朝8時過ぎ、いつもの「Big」で食料を調達した後、通勤ラッシュを避けて朝9時過ぎに出発し、問題の場所に向かった。以下時系列で記載。

 <9/8 (火)くもり/晴れ>

 9:04自宅発 4号バイパスを南下し、9:11、オーバーパスを下った先の交差点から柴宮方面へ斜めに折れ、田んぼの中の一本道を1kmほど南に走った。カカシロード  カルチャーパークの東側で郡山南ICに向かう道路に合流。あとはひたすら長沼方面である西に向かって突き進むだけ。

 9:19郡山南IC前通過。左折して三穂田温泉前。田舎道は交通量が少ない。だからスピードには注意した。どこで取り締まりをやっているかわからない。カエルの石像が道すがら置かれてあった。 

 9:28 東部郡山CC-9:30フクロウの像が。この辺りは石像パラダイス?きれいな白方小の横を通過。右折し、信号のある十字路を左折。

Img_7856_r

 9:34 丁字路を右折して県道67へ 
 9:35ローレルバレイCC入口 幻の大滝へ4.5kmの分岐点。ゆっくり進む。貯水タンク2つ。山道へ。対向車来ない。クマ出そう。青空。

 行き過ぎた?と思って、通行止めの道でバックしてUターン。来る途中、その手前の右側に見かけた、半円状の側道(脇道)に古い木造の朽ち果てたバス停のような小屋発見。

Img_7857_rImg_7866_r

 9:40着 25.3km(道に迷わなければ片道21.5km)

 県道の路肩にとめて、歩いて30秒。密かな問題のスポットに到着。「網取り不動」と刻まれた石碑があった。ここがどんな場所なのかも知れず、写メを撮りまくった。情報の通り、そこにあったのは、まさしく男女の性器を象った石像。かつて全国の温泉場に付き物だった「秘宝館」に出て来そうな代物。西田町高柴の「デコ屋敷」にも「性信仰玩具道六館」というのがあるが、そこにも多数のこうした男女の性器をモチーフにした展示物があったが。それにしてもなぜこのような卑猥なものがこんな場所に?これは県道沿いの人目につきやすい場所にあったなら、「子どもの教育に悪いから移動しろ」とかクレームが数多く寄せられ、嫌でも撤去の憂き目に遭いそうだ。

 人目につかない奥にあるから周囲は誰もいない。その在り処を示す標識も何もない。やっぱり不気味。設置した目的もわかりづらい。

 周辺は、2年前の夏に、周防市で行方不明になった藤本よしきちゃんがスーパーボランティアの尾畑春夫さんに発見されたような沢。後ろは急斜面の崖。薄暗く、気味が悪い場所になぜか「男根と割れ目」という取り合わせ・・・。幅員1.5mくらいの落ち葉に覆われ、濡れた側道しかそこにたどり着くルートはない。周りは木立で鬱蒼。なぜこんな場所に・・・。絶対に県道からは見えないので見過ごしそう。車もめったに通らない。ひと目に触れにくい脇道だからこそ、存在できるし、逆に捜索し甲斐があるというものだ。実際、その画像をここで掲載して良いものかどうか悩んだが、せっかくの情報だったので、敢えて公開します。

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 これを見た時に、若かりし頃、同じ須賀川の地で初めて目にした「ゴジラの卵」と「ゴジラの足跡」にも似た衝撃を受けた。しかし、これはどう見ても自然の造形物ではなく、人の手によって故意に築かれたものだ。作者の意図は不明だが、一体誰が何の目的でこのような怪しすぎる石像を建造したのだろうか?よっぽどの「好き者」か「芸術に酔いしれる俗者(変わり者)」でないと、こんなオブジェは製作できない。もちろん、作者が誰かなどと突き止めようもなかった。隣りに建つ石碑には「家庭円満」「健康増進」なる文言が刻まれてあったので、「子宝祈願」を含めた願掛けや信仰のような意味合いから建立されてあるように思えた。男根の両脇にはちゃんと袋が2つ寄り添っていた(笑)。

 しかし、現地を訪れてみると、目の保養というより、変わりダネという感じしかなかった。何より、いくらネタ探しとはいえ、いい年こいたおっさんが、片道25km、30分以上もかかる、このような山奥の場所を目指して車を走らせ、「現地でいやらしい石像を前に写メを撮っている自分って何なのか?」と自問自答した時に、情けない感情を抱いたのは言うまでもない。まさに「マル珍(チン)」の話題だった。

 しかもヤバイのは、周辺は今にもクマが出そうな山林。もしクマに襲われて、そんな場所で命を落とし、遺体で発見されたりでもしたら一大事だ。
 「哀れ中年男性、欲情の果てに男女の性器像の前で孤独死!」なる見出しで新聞の一面を飾り、末代までの恥さらしとなるところだった。身内は恥ずかしくて葬式も挙げてくれなかっただろう。
 
 何せこの日、家内にも内緒でこの場所を訪れていたのだから、「なぜそんな場所で主人が発見されたのか?」と疑問に思うだろうし、事実を受け入れられず、どうしても信じることが出来ずに「絶対に主人である筈がない!人違いです!」と訴えるだろう。

 でも投稿してくださった「hebtame」さんの情報に報いることが出来て何よりだった。

 時間があれば、自尊心を取り戻すのに、今が旬で盛りの「布引高原のひまわり畑」を見物に行きたかったが、実際には給油ランプが点灯しそうだったために、弾丸往復となってしまった。

 ここで異変が・・・。一度も異常を来したことがないナビが突如狂う。触れていないのに勝手に地図をスクロール。ヤバい。AV(ラジオやテレビ・CD)も切り替え不能に・・・。何かの祟りか?

  9:46現地発ーカントリークラブから2kmの地点にある。信号のある丁字路を左折して県道29へ。ジェットコースターのようなアップダウン道路。

10:00 南ICへー柴宮経由ー10:08バイパスに乗り、10:14帰宅 ナビ動作受け付けず、ロックかかった状態に 往復48.1km

 仕方なしに、10時14分には自宅に戻った。本音を言えば、7月に胆石の開腹手術をして入院加療し、退院して2か月近く経つが、まだ傷痕がキリキリ痛むなど、体調が本調子には程遠く、ロングドライブも正直避けたかった。 

 帰宅後、ナビいじるが、解決しない。ネッツへTEL 13時予約 ナビのロック解除に2,300円だと+オイル交換。バカな・・・。自分でいじったのが原因でロックしたんじゃない。機械が勝手に動いているだけ。どこか長押しで直る筈。とんだ誕生日となってしまった・・・。

 PCでブログ編集 撮影したデジカメの画像がピンボケ・・・。絶対におかしい。あのスポットに何か怨念めいたものがあるに違いない。

 以前、須賀川の女祈祷師による信者殴打殺人事件の現場を取材に行った時も、一度も壊れたことが無い「SANDISK」のSDカードがぶっ壊れた。それと同じような強い怨念を感じた。

?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!

 ところで、私がそっち系で発見した自然の造形物では、岩壁に張り付くようにある「男根」の形をした巨大な奇岩が最たるものだ。それは磐梯熱海ICから北に700mほど行った高速の高架橋と交差した先にある広い路側帯(右側の墓標や石碑のようなものがいくつか並んで置かれてある場所)に駐車し、その北東側の山壁を見上げた場所にある。高さ20mくらいの場所にあり、どう見ても「男根の形をした自然の造形物」だ。しかも巨大で長さ7~8mくらいはありそう。まさに「巨根」で、女性が喜びそうだ。「拝むと子宝に恵まれる?」かもしれない珍スポットだ。もしかすると「都市伝説」のように謎が謎呼ぶ隠れ穴場としてSNSなどで脚光を浴びるかもしれない。それが下の画像。

Img_1838_r_20200907214301

 画像ではわかりづらいが、実際に見ると、角度によっては本当に男のイチモツで、ちゃんと裏スジまである。女性は顔を赤らめて見上げるに違いない。まさに「チン座(鎮座)」している。
 これは10年ほど前に、たまたま私が見つけたもので、もしかすると、誰もそのその存在に気付いていないかもしれない。今から8~9年くらい前に、旧ブログで取り上げて、「私も行ってみた」という方も、もしかするといるかもしれない。現状を見る限り、これは人工物などでは断じてない。
 でもここまでリアルだと、ひょっとしてモザイク処理しないと放送禁止ならぬ掲載禁止なのでは?

 いずれにせよ、郡山市とその近郊にはまだまだ未知のものがうずもれているということだ。

 追記

 1時間ほど経ってエンジンをかけたら、ナビは何事もなかったかのように、元どおりに直っていた。その界隈だけ、ナビが狂うとしたらやはり何らかの見えざる力が働いていたのかもしれない。

2020年9月 8日 (火)

イントロが綺麗な曲

 私がたまに見る動画に「駅ピアノ」や「都庁ピアノ」があるが、たまたまそこに居合わせた観光客に向けて、演奏者が思い思いの曲を選曲し、まるでプロのピアニスト顔負けの演奏を繰り広げる。「よみい」、「ハラミ」、「小雨」、「僕Forute」などがお気に入りだ。彼らの奏では客との一体感が感じられるし、ある種の感動を誘う。そこで奏でられる名曲は最初の出だし(イントロ部分)で鳥肌が立つ場合も少なくない。
 今日は、ピアノ曲では美しいと感じる曲を、実際の「駅ピアノ」や「都庁ピアノ」の動画からセレクトしてトップ5を掲げたい。

 1位 「I love you」(尾崎豊)

しっとり聴かせる究極のラブバラードだと思う。ベッドの上で恋人同士が甘いささやきを繰り広げる。世間の厳しい風に晒されて心が折れかかる日常。若い男女は、寂しさと心の弱さを持ち寄って、互いに支え合う。

 2位 「旅立ちの日に」(影森中学校→卒業式式歌)

 この曲は平成生まれの方の卒業ソングの代表曲。私のような中年世代は、卒業ソングと言えば「蛍の光」や「仰げば尊し」が定番だったが、平成世代は、みなこの伴奏を聞けば、自然とメロディーや歌詞が口をついて出て来るに違いない。それほど良き想い出を背負って学び舎を後にしたということか。街角で見ず知らずの人がピアノでこの曲を弾いていても、ふと懐かしく足を止めてしまう。それくらい感動を誘う名曲と言えるだろう。美しい奏でのひとつひとつに学生時代、そして青春時代の甘酸っぱい想い出を重ね合わせている。授業中のひとコマ、汗と涙の部活動、友達と初めて泊まった修学旅行、思いがけない発見がある文化祭、そして初恋や告白など。今は何十年も前の遠い記憶になりつつあるが、人は誰にも若かりし宝物がある。そんな青春の在り処を物語るのがこの曲だと思う。

 3位 「Forever Love」(X JAPAN)

 最初のワンフレーズの弾き語りで思わず「キターッ!」と叫んでしまいそうだ。YOSHIKIはやはり天才だと思う。ハラミさんのピアノもどこか息吹を感じる。生命力や魂みたいな活力を感じる。

 4位 「栄光の架橋」

 2004年の「アテネオリンピック」のNHK公式ソングとして「ゆず」が熱唱した名曲。名場面としては体操団体で、日本チームが復活の金メダルを奪取したシーン。刈屋アナウンサーの名実況が耳に焼き付いて離れない。「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」。そして日本代表のオールラウンダーの富田選手が鉄棒から舞い降りて綺麗に着地した瞬間、日本が長年の悲願だったかつてのお家芸の体操ニッポンの復活劇が現実のもととなった。

 5位 「いい日旅立ち」

 ご存知山口百恵さんが歌って大ヒットした「旧国鉄」のイメージソングに抜擢された名曲だ。このCMを見て、旅に出たいと思った若者や女性がどれほどいただろう。作詞作曲はアリスのヴォーカルでシンガーソングライターの谷村新司。運命的な曲調や小難しい漢字ばかりを連ねる独特な作風は昭和の時代を闊歩した。

 1978年の国鉄「いい日旅立ち」キャンペーンのCMは→コチラ
 

 人にはそれぞれ好きな歌や、忘れられない想い出の曲がある。子どもの頃に聞いた曲、青春時代の想い出の曲、そして恋愛していた頃、恋人と寄り添いながら聴いたり、ドライブ中に流れ歌。花火を見ている時にBGMで流していたイージーリスニング、そして人生の支えとなってくれた名曲、さらにはカラオケの十八番となっているお気に入りの一曲など。「歌は世につれ人に連れ」というフレーズは的を射ている。

 本日テーマにした「イントロ部分」を聴いただけで鳥肌が立ったり、昔の想い出のひとコマひとコマが鮮やかに脳裏に蘇えるような時もあると思う。人生経験が豊富であればあるほど想い出に残る曲は山のようにあるだろう。美しき奏で、それはその人の人生の縮図とも言えるかもしれない。それくらい人の生き様は歌のフレーズと重なったり、回帰あるいは回顧を誘うもののようだ。

 

2020年9月 7日 (月)

教訓になれば良いのですが…

 予期せぬ事故は日本だけでも毎年のように数多く発生する。交通事故を除いても、驚くほど突発的な事故で幼い命が犠牲になったり、悔やんでも悔やみきれない事故が起きている。
 では今日は、何らかの警鐘になればいいと考え、様々な事故のケースを検証し、それらを基に回避できる方策を探りたい。

 1 夏休みや好楽シーズンに海や川で水難事故に遭い、命を落とすケース

 毎年、サマーシーズンには都心から郊外に繰り出し、大自然を満喫するアウトドア派がこぞって山や海、川、湖でのバカンスを満喫している。それに伴って多いのが、予期せぬ遭難や水難事故に巻き込まれ、命を落とすケースだ。毎年のように、それで数十名が犠牲になっている。

 私は自然に触れるのは大賛成だが、一歩間違うと事故死に繋がることを肝に銘じてそれ相応の準備が必要だと感じている。たとえば、浅い川や流れが緩やかだと見くびらないで、小学生の子どもにはライフジャケットを着用させ、万が一流されても水面に浮くようにするべきだ。川は急に深くなったり、川底が大小さまざまな石が流れ着き、そこにサンダルや足自体が挟まり、身動きが出来ずに溺れるケースも多い。どんなに浅瀬でも油断すれば、気道確保できずに、溺死につながるのだ。
 

 毎年、必ず川で多くの幼い命が奪われている。また、それを助けようと飛び込んだ父親や周辺の大人が、途中で力尽き、犠牲になる事故が後を絶たない。海もまたしかり。一番多いのは遊泳禁止区域で泳ぎ、知らず知らず離岸流に乗ってしまい、あっという間に沖に流され、いくら抗っても岸までたどり着けずに亡くなるケースだ。

 当たり前だが、一度失われた命は二度と戻らない。同級生が水難事故に巻き込まれ、2学期から会えなくなったりしたら、相当なショックで、トラウマになるだろうし、もしかすると一生消えない心の傷を残すことにもなりかねない。

 私の子どもが小さい頃、Eテレで放送していた「天才てれびくん」に出演していた「天てれ戦士」のひとりだった「伊藤元太」が予期せぬ水難事故で急逝した。めでたく早稲田大学に進学し、通い始めたばかりの不幸な事故で、僅か18歳という短い命だった。もちろん、そこで彼の人生は終止符を打ち、二度と帰っては来ない。突然の出来事に親や兄弟など家族は途方に暮れたに違いないし、番組無関係者はもちろん、「天てれ」仲間の悲しみも想像できぬほどだったに違いない。

 

Genta
 
 また、こうした水難事故で、もっと悲惨なのは、溺れている人を助けに行って犠牲になるケースだ、正義感で、飛び込んで救助に向かったのはいいが、たとえば、着衣のまま水に入れば、その重みで、たとえオリンピックの競泳選手でも体力が続かず、溺れ死ぬこともあるという。

 それくらい海や川で泳ぐということは危険を伴うということを知ってほしい。子どもだけでなく、高齢者もまたしかり。特に川や湖の場合は、急に深みになり、水温も劇的に低くなる。我が県の猪苗代湖がいい例で、過去、何度も水難事故が起き、多くの方が水死している。泳いでいて、水温が低くなると脚がつりやすくなる。足がつかない場所で脚が攣ったら、まず自力での帰岸は困難だ。それに慌ててしまい、パニックに陥る。気が動転してバタバタすると体力を消耗し、さらに水面から沈む結果となる。亡くなる方の多くがこのケースらしい。

 高齢者の場合には、台風が来ている時に、川の様子を見に行って、川に落ちて流されて行方不明になるケース。なぜ、自ら危険に飛び込んで行くのかわからない。みすみす死に近づく必要などないのに。

 

 行楽で海や川、あるいは湖で泳ぐ場合には、事故を想定し、それに対する備えを万全にするべきだ。レジャー時にはライフジャケットを常備し、装着すべきなのだ。

 では教訓になればと思い、過去17年間で、全国の河川において水難事故が発生した地点を記したマップを紹介したい。

 「子どもの水辺サポートセンター」 ぜひクリックして自分の居住地の危険スポットをチエックしてほしい。

  例えば、頻繁に水難事故が起きるスポットもある。埼玉県の寄居の荒川は、この24年間で15件もの事故が発生し、合計8名が死亡している危険な場所だ。

 追記(令和2年9月6日)

   またしても残念なニュースが飛び込んで来た。この日、猪苗代湖の中田浜で湖水浴していたグループにクルーザーボートが突っ込んで来て衝突。スクリューに巻き込まれた5人が負傷し、会津若松市内の病院に搬送されたが、小学生の男児が死亡。2人が重傷を負った。

 猪苗代湖では、水上バイク同士の衝突事故など、たびたび死亡事故が起きている。2009年10月に水上バイクに乗っていた3人が沖で行方不明になり、遺体で見つかる事故があった。また、2013年8月には、女性が運転する水上バイクが岩場に衝突して死亡。同乗の男児も死亡した。以前の教訓がまたしても生かされなかったことになる。その水を我々郡山市民は飲料水として飲んでいるのだ。

Boat-accident

 2 帰省中に起きる事件・事故

  👤 子どもが突然に行方不明になるケース(連れ去り事案?遭難事故?それとも神隠し?)

  2年前の夏、山口県で起きた男の子が行方不明になった事件。祖父が孫を連れて海岸まで行ったが、突然に一人だけが引き返し、祖父も自宅が近いからと油断した結果、行方がわからなくなり、警察や自衛隊、ボランティアが総動員で山狩りをして捜索した一件。運よく、大分県から駆け付けたスーパーボランティアの尾畠さんが発見して、無事に親元に返されたが、毎年、どこかで行方不明になる出来事が起きている。函館で、自衛隊の倉庫に身を寄せて発見された男の子もいたし、未だに見つからない山梨のキャンプ場の女の子の事件もある。私は男の子は見つかるケースが多いが、女の子は発見できないで迷宮入りしそうな印象を抱いている。それは女の子は変質者などが連れ去り、新潟県で起きた事件のように自宅などに長期間監禁したり、いたずら目的で犯行に及ぶケースが多いからだ。

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  🚗 高速道路で事故に遭い、楽しい筈の帰省や旅行が暗転し、台無しになるケース。

 何もわざわざ渋滞で込み合う高速道路を長時間運転して帰省しなくてもと思うのだが、やはり孫に会いたい祖父母は多いし、正月と盆にしか実家に帰れない家庭では、やはり実家でゆっくり過ごしたいと思うだろう。
 しかし、時に、そうした平和な一家を突然襲うのが交通事故。誰もそこで事故って死ぬとは思って運転などしていないと思う。しかし、毎年、どこかで必ず起きる痛ましい交通事故による死亡。
 死んだ本人やその家族も、まさかそんな場所で命を落とすなどとは思ってはいなかったに違いない。悲惨なのはまだ言葉も発せない赤ちゃんが犠牲になるケース。今後、どんな未来や将来があったのだろうか?それを断ち切るのが突然の交通事故。自分に非が無くても、対向車が突然に目の前に突っ込んで来て巻き込まれて命を落とすケースもある。
 Uターン時に起き、それを知った祖父母がショックを受けることも大いに考えられる。あまりにも痛ましく嘆かわしい事故だ。

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 3 殺人事件に巻き込まれるケース

 

 いわゆる通り魔的な事件だ。最近は覚せい剤や大麻などの麻薬が蔓延し、その影響でまったくのあかの他人に危害を加える輩がいる。クスリに手を出す自分が最も悪いのに、クスリのせいにして責任能力が問えないなどと己の言い分だけは一丁前に展開し、責任逃れに走る奴。中には秋葉原殺傷事件のように手あたり次第、殺すのは誰でもよかったなどという短絡的な動機で、たまたま居合わせた人を斬りつけ、あるいは車で体当たりして人を死に至らしめる悪行。また、「人を殺してみたかった」などと独りよがりな動機で、通りかかった見知らぬ人を殺害する事件まで起きている。あり得ない。世も末だ。もし、その悲報を受け取った家族は、どこにその怒りの矛先を剥けたらいいのか?犯人と刺し違えても殺してやりたいと思うのが普通だろう。今の法律は犯罪者の更生を第一に考えているため、いくら残忍な方法で人を殺めても、ひとりの被害者では死刑を求刑できなくなってしまっている。いわゆる「永山基準」が足かせになるのだ。私は、甘すぎる刑法のせいで、これだけの凶悪犯がのさばっている元凶だと思っている。

 殺意をもって人を手にかけた者には死刑しかない筈だ。でなければ法体制や人命尊重は保たれない。更生させる意味がない。被害者は生き返れないし、人生をやり直せないのだから。

 
  今回の記事は、教訓とか警鐘を鳴らすことに主題を置いていたが、何か他人事のような文面になったが、実はいつ何時、自分も当事者になるかわからないので、自戒や自己防衛的な意味合いもある。
 最近の世の中は、麻薬が蔓延し、見知らぬ輩にいきなり刺され、自分が死ぬなどという自覚や覚悟もないままに突然に暴漢に襲われて命を落とすケースがニュースで流れる。日本も治安が悪くなったものだ。どこで殺されるかわからない世の中ではやはりマズい。
 日頃から身を守るための防衛策を考えるような治安状態に日本もなって来たということか。ありえない。世界一安全だと言う神話はもう通用しないのか?だとしたら末恐ろしいことだ。

  

2020年9月 6日 (日)

そう言えばそんな車あったなぁ

 中高年や壮年世代は車をこよなく愛した世代ではないか。「いつかはクラウン」や「愛のスカイライン」などのCMも流行ったように、カッコイイ車に乗りたくて仕事を頑張った世代だと思う。

 私が高校生の頃は、VTやRZ、ガンマなどの250ccのスポーツバイクブームだったが、その頃、車と言えばセリカXXが流行った。後のスープラに受け継がれたが、リトラクティブライトが斬新で、その後、90年代にはデートカーの筆頭となったホンダ「プレリュード」や、オープンカーの大ヒット作となったマツダ(後にユーノス)ロードスターにも使われ、人気を醸した。

 その後、高校卒業から降って沸いたようにバブル景気が日本を賑わした。多くの若者が高級志向でスポーツカー(セリカGT-Four・180SX・RX-7・MR-2、シルビア・フェアレディZ・GTO・NSX・インテグラ)などが売れに売れた。もちろんスカイラインも突出して人気があった。ミドルカーやラグジュアリーカーも人気があった。ソアラやローレル、ブルーバード、セドリック、グロリア、ディアマンテ、カムリ(windomを含む)、セフィーロ、マークⅡ3兄弟、アコード系3兄弟も引く手あまたで、テレビCMなどもやたら賑やかだった。

 しかし、そんな売れに売れた時代も終焉を迎え、多くの車が合理化のため、製造中止となって廃盤となって行った。あの日産の稼ぎ頭だった大衆車「サニー」ですらもう無い。カローラの兄弟だった「スプリンター」やトヨタの売れ線だった「コロナ」さえも。そんな中、もう若者には理解できないだろうが、昭和の時代や平成の初めに確かに存在した車などを私なりの視点で取り上げたい。

 1 トヨタスターレット

     その昔、「カッ飛びスターレット」の売り文句で華々しくCMを流していた。街中ではなく、なぜか荒野を疾走する画像が思い出される。

 なんと歴史は古く1973年に新開発されて売り出されて1999年の26年に渡って市場を席巻した。ミニカースタイルのターボチャージャー搭載というのも斬新で、車重が軽いのにエンジンがパワフルで文字通り「カッ飛び」だった。私的には3代目のハッチバック型が印象にある。 

   Starlet

 2 日産パルサー

  1970年代から80年代頃は、日産と言えば大衆車の「サニー」、コンパクトカーの「マーチ」というイメージだったが、この「パルサー」はスポーツカー的な印象だった。1978年に初代が市場に登場し、2006年まで製造された。その後、廃盤となったが、ファンに要望で2012年に復活し、2018年まで3代製造された。4ドアセダン→ハッチバック→クーペとこれほど目まぐるしく車種が変わった車も珍しい。 

    Pulsar

 3 トヨタCARIB

 4WDのツーリングワゴンブームの走りだった。最高位はレガシーだったが、トヨタのRV系ワゴンの筆頭だった。この頃は同じコンセプトの車がこぞって開発されては世に出た。日産アベニールとか三菱RVRとか、他にも数多くの車種が新発売された。私自身はCARIBの後継車が「カルディナ」だと思っている。

  Carib

 CARIBはラゲージスペースを確保した分、縦長の印象。そしてツーリングワゴンには付き物のルーフレールがあって、そこに様々なアタッチメントを取り付け、システムキャリアとしての使い勝手が良かった。当時はスキー板を積んだ車が闊歩したが、サイクリング者なども積んだ車も多く見かけた。とにかくアクティブスポーツ車のイメージが強い。

 4 アルシオーネSVX

 SUBARUが満を持して市場に投入したスポーツカー。近未来感覚のUFOみたいなフォルムでシフトレバーが変わっていたリトラクタブルライトを搭載し、車高が低く、横幅があった。カッコ良さはあったが、バイクの「MVX250F」と同様、デザインが奇抜なだけで全く売れなかった。実は私も一時期購入を考えたが、車に詳しい友人に必死で止められた。TURBO搭載でとにかく燃費が悪かった。

  Arcione

 5 フェスティバ

 なんと会社メーカー「Ford」が出したコンパクトキャンバストップカー。この頃はコンパクトで低価格な女性向きの車の競争も激しかった。この頃、サンルーフはあったが、幌が自動で折りたためるミニサイズのコンパクトカーは少なかった。よって爆発的な売れ行きを見せた。私の横浜在住の大学時代の友人も、この紺色のキャンバストップを所有していた。

 同じ時代のコンパクトカーでは、AZワゴン、キャロルのほか、日産で限定製造販売の若者にターゲットを絞った「Be-1」や「パオ」

 「フィガロ」「ラシーン」などデザイン性重視のオシャレな車が相次いで出た。都心でもよく見かけた。商用として「エスカルゴ」や 

 「ファンカーゴ」もあった。「ヴィッツ」や「dB」ですらもう製造していない。

  Festiva_20200810212801

 6 プリメーラ

 初代は1990年に発売された。新しい分野の車の登場を予感させた。CMも華々しく、イメージカラーがガンメタで、ミドルクラスながらもスポーティーさに加え、高級感が半端なかった。平成の初めに赴任した職場で、同僚が購入し、みんなが物珍しく見ていた記憶がある。その後、私の姉が紺色のプリメーラを購入したが、私が代打で交渉し、大幅値引きを勝ち取ったこともあった。

 20代の若者から40代のカーキチ世代まで幅広いユーザーの支持を集め、売れに売れた車だった。2008年の3代目で製造中止になったが、この車には想い出が染みついた方が大勢いるように思う。

   Primera

 7 ディアマンテ

 三菱が90年代に躍進した。「パジェロ」のリコール問題が発覚するまで、飛ぶ鳥を落とす勢いがあった。ワゴン車ではデリカ、RV車では売れ線の「パジェロ(ロング・ショート)」、パジェロイオ、パジェロミニ、RVR、チャレンジャーなどが矢継ぎ早に登場。さらにミドルカーでは「ギャランΣ」が人気があり、特に4WDブームの際には「VR」が売れに売れた。

 また、スポーツカー分野では4WDの「GTO」を投入し、三菱の躍進ぶりは鮮明になり、大いに注目を浴びた。そしてこの「ディアマンテ」は出た当初は、誰もが「BMW」のパクリだと揶揄した。どう見てもフロントマスクはBMWで、キャッチコピーがパクリ疑惑を払拭すべく「あのクルマとは違う…」だった。よほどBMWの二番煎じと見られるのが嫌だったのだろう。イメージカラーは深緑色だった。1990年に市場に現れ、2005年を持って製造終了となった。ミディアムカーの分類だったようだが、意外と高級車のイメージで、マークⅡと競合した。

   Diamante  

 以上、オールドファンには懐かしい7つの売れ線だった車を取り上げ、懐かしんでみた。おそらく思い入れはひとそれぞれ違うが、私などが選ぶとなると、このような車になる。1970年代頃からずっと変わらずに残っている車も多い。「クラウン」「スカイライン」「カローラ」などもしぶとくも生き残っている。

 あれだけ栄華を誇り、一時代を築いた「ソアラ」「シルビア」「セリカ」「コロナ」「サニー」「スプリンター」「クレスタ」「インスパイア」「インテグラ」「ローレル」「ウィンダム」「CR-X」「ビート」「シティ」「カペラ」「マークⅡ」「セルシオ」なども今はもう新車では買えない。今の若者は「自動車離れ」が著しく、「彼女をカッコいい車の助手席に乗せて海までドライブ」というシチュエーションにはならないようだ。「車を買うのに仕事を頑張る」という概念も薄れているようで、こうした昔流行りのスポーツカーに回帰するのは80年代に20代だった、現在は熟年世代の方が多く、それはバイクも同じようだ。

 ただ、若かりし頃、20代の若人の親世代は、こうしたカッコいい車に憧れ、仕事に励んだ時代があったことだけはどこかに残しておきたいと考え、今日の記事となった次第だ。
 

2020年9月 5日 (土)

天国へ旅立ったプロ野球の名選手たち

 私が小中学生の頃は、プロ野球選手は憧れの存在だった。輝かしい舞台で華々しい活躍をした選手たちを羨望のまなざしで見ていた記憶がある。特に小学生の頃は、巨人V9の真っただ中で、それこそONは大好きだったし、実際に球場で本人たちのプレーを間近で観たこともある。
 小学生の頃は「ジャイアンツ帽」をかぶり、放課後のソフトボールでは、ホームランを打つ度に王選手にあやかって「第〇〇号」と叫びながらダイヤモンドを一周した記憶がある。 

 同時代を生きた往年のプロ野球選手が、歳を追うごとに鬼籍に入られていくのを目の当たりにして残念に思っている。特に昨年から今年にかけて、立て続けに人気選手や監督だった方々が亡くなられたとの報に接し、ショックは隠せない。

 私が記憶にある今は亡き名選手と言えば・・・

 1 稲尾和久(西鉄)巨人との日本シリーズで、伝説の4連投4連勝は語り草で、「神様・仏様・稲尾様」と形容された。

 2 豊田泰光(西鉄)三原西鉄の黄金期を支えた主力メンバー
 3 土井正三(巨人)V9戦士 阪急との日本シリーズで伝説のホームインは伝説になった。
 4 川上哲治(巨人)赤バットを駆使し「打撃の神様」。黎明期の巨人の屋台骨を支え、監督としても日本シリーズV9を達成した。
 5 星野仙一(中日)熱血漢で、鉄拳制裁もやむなし 阪神、楽天で優勝監督になった。男気溢れるプレーでファンを魅了した。 
 6 金田正一(国鉄)ご存知400勝投手 弱小ヤクルトにあって、これだけ勝ち星を積み重ねた気骨の人
 7 野村克也(南海・ヤクルトなど)捕手として三冠王を達成した唯一の人物。監督兼任選手としても活躍 監督としても理論は一流。
 8 津田恒美(広島)「炎のストッパー」という異名をとった広島のリリーフエース。気迫で圧倒し、三振のなで斬り。
 9 衣笠祥雄(広島)連続試合出場の世界記録保持者で「国民栄誉賞」を獲得した「鉄人」。

10 香川伸行(南海)浪商時代に「牛島和彦」とバッテリーを組み、甲子園を沸かせたスラッガー。そのずんぐりむっくりの体型から「ドカベン」という愛称がついてファンに愛された。6年前に52歳という若さで心筋梗塞により自宅で急逝された。    

Nishitetsu
Kanedanomura

 記憶に残る名選手はやはり個性的なB型が多い。土井、津田、衣笠の3人はO型、星野はAB型だが、それ以外の5人はB型

 上に挙げた10名の選手は全員、天国に旅立たれた。信じられない。常にテレビに出ていた方たちで、私たち野球ファンを魅了し続けた、いわば功労者たちだ。今も現役時代の元気な姿や監督として采配を振るっていた場面が脳裏に焼き付いて離れない。 

 今もご健在で活躍中の大御所

 1 長嶋茂雄(巨人)「燃える男」「ミスタープロ野球」としてファンを魅了したNo.1プレーヤー。
 2 王 貞治(巨人)「一本足打法」で通算868本を放った「世界のホームラン王」。私の子どもの頃のスーパースター。
 3 中西 太(巨人)「怪童」と呼ばれた西鉄黄金期の主力メンバーで、ホームランアーティスト ピンポン玉のように飛ばす飛距離が半端なかった。
 4 張本 勲(東映など)「3,000本安打」を樹立した「安打製造機」。東映のミサイル打線の核を担った。球界のご意見番として権力を誇示している。
 5 山本浩二(広島)「ミスター赤ヘル」で古葉監督の下、衣笠と二枚看板で広島の黄金期を支えた功労者。
 6 村田兆治(ロッテ)広島県出身「マサカリ投法」で鋭いフォークで打者を翻弄。肘の手術から奇跡の復活を遂げ、サンデー兆治と呼ばれた。 
 7 江夏 豊(阪神・広島など)「優勝請負人」。阪神時代は田淵と黄金バッテリーを組み、オールスターでの9打者連続三振は今も破られていない。広島時代に抑えの切り札として、日本シリーズの近鉄第7戦では、9回無死満塁、一打サヨナラの大ピンチにマウンドに上がり、そこで投げた「江夏の21球」は伝説と化した。

On-kaneda

 しかし、気になるのは、全員が全員、純粋な日本人というわけではなく、王貞治氏は台湾国籍だったし、金田氏、張本氏は在日韓国人、そして、衣笠氏はもちろん日本国籍を有しているが、アフリカ系アメリカ人と日本人のハーフである。純国産ではなかった。

 ユニークなのは、記憶に残る名選手というのは、各々「代名詞」がある点だ。名球会ほどの記録は残せなかったが、原辰徳は「若大将」だったし、あの中畑清だって「絶好調男」とか「ヤッターマン」という異名をとった。監督としては成績を残せなかった巨人のエースだった堀内恒夫でさえ、現役時代は、その悪態ぶりから「悪童」とか「小天狗」と呼ばれていた。
 江川卓氏は「怪物」と呼ばれ、作新高校時代からずっと豪腕投手で知られ、手元でホップする剛速球で三振の山を築いた。巨人に固執しなければ、今頃、あのずば抜けた野球理論を駆使し、落合監督ばりに監督としても大成していたに違いない。
 そして「平成の怪物」の名をほしいままにしたのは松坂大輔氏だ。もちろん現在も現役を貫いてる。メジャー移籍以降、成績は下り坂だが、高3の最後の公式試合の甲子園決勝で「ノーヒットノーラン」を達成し、名実ともに「怪物」であった。そして同世代の選手たちは、「松坂世代」と呼ばれるまでになった。

本日のタイトルの趣旨から外れるが、入団時、別の意味で記憶に残る選手を取り上げたい。

 鳴り物入りで入団した選手

 1 江川 卓(高卒時、大卒時、浪人時と3度に渡り、ドラフト指名を拒否した)
 2 木田 勇(ノンプロから日本ハムに入団する際、その交渉で東京に土地を用意してくれたら入団してもいいと条件をつけた)
 3 清原和博(熱望していた巨人から指名されず、チームメイトの桑田が巨人指名という悲劇に必死に耐えた)
 4 桑田真澄(KKコンビとして甲子園で22勝を挙げた。早稲田進学を表明しながら、突然の巨人指名で密約説が浮上。ドタバタ劇となった)
 5 新垣 渚(オリックスが指名したが、これを拒否。担当スカウトが自殺するという事件に発展した)
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 7 菅野智之(日本ハム得意のおきて破りの横やり指名で浪人を余儀なくされた。原監督の甥っ子という境遇でも強行指名でふられた)
 8 大谷翔平(メジャー挑戦を表明していたにもかかわらず、日ハム栗山監督が強行指名。強引に説き伏せた)

 日本ハムの強運はすさまじく、大谷翔平以外にも、斎藤佑樹、清宮幸太郎、吉田輝星などの甲子園で活躍したスターたちを含む有望株を抽選の末にことごとく獲得した。その割に育て切れていない。


 さて、今日の記事は天国へ旅立つ名選手がテーマだが、名球会入りした選手も、現役時代は強靭な肉体を有していたのだが、寄る年波には勝てず、病魔に侵され、闘病を余儀なくされている方も大勢いる。

 山本浩二氏(広島)…膀胱がんと肺がんで闘病中

 大島康徳氏(元中日・元日本ハム監督)…大腸がんが肝臓に転移 余命宣告を受けながらも必死に闘病中

 がんを克服して現役復帰した選手

 原口文仁(阪神)・・・大腸がんから復帰を果たす。

 赤松真人(広島)・・・胃がんを克服した。

 冒頭で述べた通り、やはり子供の頃から親しみをもって見ていた往年の名選手がこの世を去るのを見るたびに、残念な気持ちがこみ上 げて来る。あのONでさえも、高齢となり、おふたりとも命にかかわる大病をされた。あの現役時代の華々しい活躍を見ていた者にとっては、あそこまで老化が進むなどとは想像もできなかった。それを自分に照らし合わせれば、肉体を鍛え上げた経験もなく、確実にプロのアスリートよりも体力はおぼつかない。
 これから還暦を過ぎ、仕事をリタイヤし、引きこもりの生活になれば、一気に老化が進み、歩行も困難な状況に追い込まれるかもしれない。
 鍛え抜いたプロのアスリートですら大病を患い、闘病生活を余儀なくされる現状を目の当たりにし、やはり、無理のない形で、毎日運動を心掛けなければと感じた次第だ。退職後、旅行であちこち歩きまわりたいという希望が強いが、それも体力あってのことだ。歩けなくなる前にやはり余生を満喫したい。
   
    

2020年9月 4日 (金)

めまぐるしいスポーツのルール改正

 スポーツの世界にタラレバは禁物だが、もしルールが改正され、多くの面で変更になった場合、スポーツ界はどう変わるか考えてみた。
 まずはこれまでのルール改正で衝撃を受けたものを列挙したい。
 
 1 バレーボール

  ① サイドアウト制からラリーポイント制になった。1セット25点 最終セットのみ15点 (1999年)
  ② バレーボールが6人制から7人制でリベロが生まれた。
  ③ 国際試合では、選手交代やタイムアウト、ビデオ判定の申告が「タブレッド」で行うようになった。

 2 バドミントン

  ラリーポイント制の導入 サーブ権の有無にかかわらずラリー勝ったほうがポイントが入るようになった。

 3 ボクシングが15回制から12回制になった。死亡する危険を回避

 4 陸上ではNIKEの魔法の靴で新記録連発

 5 野球

  ① 投球カウントがSBOからBSO式になった
  ② ホームベース上でのクロスプレーでは危険なプレーを回避
  ③ VR導入(塁上のアウトセーフ、ホームラン判定など)
  ④ NPBで130試合制から144試合制に(2020年は新型コロナの影響で120試合制)
  ⑤ セ・パ交流試合やCS制の導入  

 プロ野球のルール改正は凄まじい。ストライクゾーンやハーフスイング、ボーク判定、投手の二段モーション可能など。勝利打点などもいつからか消滅した。
 また、道具にも規制が多くなった。世界のホームラン王の王貞治選手の使用した圧縮バットも禁止、飛びすぎるボールも材質が変更された。選手のユニホームの長さも随分変わった。昔はストッキングが見えていたのに、今はスパイクが隠れるほど長くなった。背番号も「00」とか「01」などはもはや茶番でしかない。死球除けのためのヘルメットから伸びた顎をガードするギアが装備されたり、登板後の肩を冷やすアイシングもかなり進化した。めまぐるしく変わる中で、それに順応してプレーする選手は精神的に辛いのではないだろうか? 
 おそらくだが、今後は投手の球数制限が決まって、先発投手は100球以内とか、登板イニングによって、中何日空けるとか、より細かい制約が生まれそうだ。下手すると時間短縮のために延長戦は廃止などということもあるかもしれない。

 私が望むのは、才能がありながら出場機会にめぐまれない選手、つまり飼い殺しを解消するために、年度途中でもFAやトレードを推奨するように思う。また、球団数を現在の12球団ではなく、Jリーグのように、地方球団を増やし、セ・パ8球団ずつの16球団に増やして欲しい。例えば我が福島県なら、潤沢な資金を有する「ベニマル」や「東邦銀行」、「ゼビオスポーツ」あたりが出資して共同経営して欲しい。
 現実を考えれば、現在NPBの球団があるのは、札幌、仙台、埼玉、千葉、東京(2球団)、横浜、名古屋、大阪(2球団)、広島、福岡だ。
あと4つは野球が盛んで高校野球にも強豪チームが多い地域に設けてほしい。例えば四国に1球団、大阪以外の近畿に1球団(奈良か和歌山)、星稜や敦賀気比などの強豪がある石川か福井の北陸に1球団、沖縄に1球団という具合だ。雪や暑さ対策としてドーム球場や室内練習場を建設できれば問題はなさそうだ。

 ルール改正ではないが、最近、野球が劇的に変わった。そのひとつが2番バッターの役割。昔なら、1番打者は俊足功打で、出塁することが主な役割。2番打者はV9時代の土井のように、バントが得意で小技が利く打者と相場が決まっていた。ところが、ここ2~3年、チームの主力、しかも長距離打者、いわゆるパワーヒッターが担うようになった。ヤクルトだったら山田哲人、巨人は坂本というようにだ。個人的にはこの戦略は気に入らない。おそらくは少しでも多く打席が回ってくるようにという考えからだろうが、やはり先制点をもぎとるには、プレイボール直後の投手がまだ本調子を出す前に、先頭打者が塁に出て、1死二塁という場面を作り、クリーンアップに繋ぐという野球が堅実で良い。そのほうが得点する確率は高いと思う。2番に強打者を置いてしまうと、下位打線が雑になる。投手は気持ち的に楽で、手を抜ける印象を与える。切れ目のない、相手に脅威を与える打線編成は、やはり2番は巨人でいえば、吉川尚あたりが適任だと思う。

 6 競泳

  ① レーザーレーサーが廃止になった(北京五輪以降)

 7 柔道

  ① カラー柔道着(1998年から)
      ② カラー畳
  ③ 「効果」がなくなった。さらに2017年からは「有効」も無くなり、「一本」と「技あり」だけになった。
  ④ 旗判定が無くなり、延長では、先にポイントを取った者が勝者
  ⑤ 指導による反則負けは4回から3回に変更
  ⑥ 技あり2つで1本となる「合わせ技1本」が廃止
  ⑦ 試合時間が男女ともに4分間に変更 (以前は男子が5分間だった)

 8 スキージャンプ

  ① 時々刻々の風量に応じて採点上プラスマイナスの調整を行う
  ② 自分の判断でスタート台を下げたり上げたりできるようになった
  ③ 使用板が自分の身長プラス何センチという規定が設けられた。小柄な日本選手には不利な改正

 9 ゴルフ

  ① ロストボールを探す時間が5分から3分に短縮
  ② グリーンのデコボコを自由に直してOK
  ③ バンカーや池で、落ち葉や枝など固定されていないものは移動させてOKに
  ④ グリーン上でパットする際、カップからの距離に関係なく、準備ができた人から打って良し

10 陸上競技

  ① リレーのテイクオーバーゾーンが20mから30mに
  ② フライングによる失格を1人2回目ではなく全体の2回目に厳格化 現在は一発で失格

11 ビデオ判定

 野球だけでなく、バレーボール(アウト・インやタッチネット・ワンタッチなど)、サッカー、テニスにも導入

12 フィギュアスケート

 採点方式が大幅に変更 後半のジャンプを1.1倍で採点

13 バスケットボール

 30秒ルールが2001年からは国際バスケットボール連盟の規定によって24秒に変更

14 サッカー

 かつてはサドンデス方式と言い、延長戦ではどちらかが先にゴールを決めた時点で勝敗が決まった。サドンデスという言葉は「突然の死」を意味し、縁起が悪いとJリーグでは「ゴールデンゴール方式」とか「Vゴール」という名称に変わった。

 しかし、今は、延長戦でも前半後半が終了した時点でリードしていたチームが勝者となります。

 ほかにも体操では、離れ業が年々進化し、それに伴い、基礎点などが設定され、10点満点の採点方式は廃止された。現在はH難度まで業が進化した。

 7人制ラグビーの導入も目新しい。

 そして異色なのは、モータースポーツのF1で、ピットインした際、昔ならよく見られた給油だが、現在はタイヤ交換は出来るが、給油は禁止となった。

 何かルール改正は誰のためにやるのか疑問だらけだ。選手がけがをしないとか、危険を回避するために行うのだが、どうやらテレビ中継の影響が大きいような気がする。視聴者にわかりやすいように改正、あるいは変更するなら理解できるが、テレビやメディアの都合で勝手に改正されている印象を受ける。
 それは、競泳やボクシングの選手入場がド派手になり、まるでプロレスやK-1のようなショー的要素が年々色濃くなっている。

 高校の県大会レベルでも、入場する選手はレーン順ではなく、予選の結果の1位が最後に登場するし、福島県では地区大会から、選手入場をビデオカメラで撮影し、会場内のオーロラビジョンで写し、さらには選手の名前も表示するからどこか常識外れだ。
 

 では最後に、私の私案だが、もしもルール改正でこんな風に変更になったらというテーマで記事を書きたい。
 
 1 ドラフト制度撤廃(自由契約)

 最近の選手はFA制度導入やメジャー志向などにより、結構現実的で、地元の球団や活躍機会があれば、特定の球団にしがみ  つくようなことは少なくなった。

 かつての江川や元木、長野、菅野のような何が何でも巨人でなければ契約しないと言い張ったり、浪人までする選手はいなくなった。

 昔は巨人と言えないまでも「在京セ・リーグ」の球団を希望するというように、多少言葉を濁す傾向があった。そうしないと、運よく巨人に入れたとしても、他球団から目の敵にされたからだ。

 2 テニス
  
 わかりづらい得点計算 1ゲームのポイントの数え方が 15→30→40→50 これを1234点にできないのか? 

 非常にわかりづらい。テニスは英国発祥なので伝統と格式を重んじるため、ルール改正は容易ではない。

 3 卓球や一部のバドミントンの大会では、競技人口が多く、一大会への参加人数も膨大になることから、事前に大会等の成績で積み上げた

 個々のポイントを考慮し、予めシードを設け、強豪選手は予選免除となっている。

 他の選手は予選トーナメントの山を5~6回勝ち進み、苦労してやっとそのシード選手と対戦する本戦のトーナメントにたどり着く。結果、予選を免除され、体力を温存しているシード選手には歯が立たない。おそらく、強い選手が予選から登場し、アキレス腱断裂などの怪我のリスクを回避させたいという意向が大きいと思う。やはりここは同じ土俵で戦うべきだ。

 4 相撲
   
 ご存知、日本の国技である。現在は営業目的なのか、年間、本場所は6場所制をとっている。東京の両国国技館で3回(1月の初場所・   

 5月の夏場所・9月秋場所)、3月に大阪で春場所、7月の名古屋場所、そして11月の九州場所だ。しかもこれ以外にも地方巡業があったり、しょっきりやトーナメント戦などでお馴染みの福祉大相撲のイベントもある。かなりの重労働だ。

 しかも本場所は、ひと場所あたり15日間あるため、実質は2月に一度ではなく、一か月半にひと場所実施と過密日程だ。

 大相撲は100kgを越える巨漢の力士がぶつかり合うため、特に下半身(脚やひざなど)の故障や怪我が多い。あの大きなお腹の重さ<を支える下半身への負担は半端ない。よって大相撲中継を見ていても大部分の力士は膝や肘にサポーターを巻いて取組に臨んでいる。それに場所中3~4人、多いときは6~7人も休場しているのが現状だ。

 私は稽古を重視し、十分な調整を行った上で本場所に臨むべきだと考える。よって、現在の6場所制は負担が大きく、4場所制くらいが妥当ではないかと考えている。つまり、本場所は3か月に1回、1月、4月、7月、10月で良いのではないか?

 物足りないというなら、地方巡業を増やせばいい。かつてはハワイやアメリカ本土に乗り込み、日本の大相撲をPRした時代もあった。

 また、これだけ災害が多くなっている日本において、力持ちで体力がありあまるほどの力士たちに、ボランティア体験をさせてほしい。

 洪水で家財道具などを流された復旧現場で、力仕事をするだけでも、相当な運動量になると思う。そして被災者を元気づけることで相撲ファンも増えると思う。

 恥ずかしながら、私は最近似たようなスポーツが多くて、区別がつかないものがある。

 グランドゴルフとパターゴルフとゲートボール

 クリケットとラクロス 実はマイナーに見えてクリケットは世界2位の競技人口を誇る ラクロスは大学生に大人気

  フットサルとサッカー
  ポロと馬術
  弓道とアーチェリー
  ロッククライミングとボルタリング
  バスケットボールとポートボール
  パデルとスカッシュ
  セパタクローとカバディ
  ムエタイとキックボクシング
  登山とワンダーフォーゲル

 わかる人にはわかるだろうが、関心がなかったり、その存在すら知らない者にとっては雲をつかむような話だ。

 それと同様で、スポーツのルールも知らないうちに変更されているケースが多い。かつてラグビーはルールが難しくて、大学ラグビーを除いては、テレビ放送も少ないし、スタジアム観戦者も少なかった。それがワールドカップでの日本代表の活躍で状況は大きく変わった。

 今年は残念ながら東京オリンピック・パラリンピックが延期されたが、来年はスポーツ一色になることは必然。ぜひ、ルール改正にも目を配り、ルールを知った上で観戦すると見ごたえもまた変わるに違いない。

    

 

2020年9月 3日 (木)

劇的に変化した巨人の戦略

 今年の巨人は神がかっている。なぜ3割打者ゼロで、計算できるローテーションの先発投手が僅か2人(菅野・戸郷)きりという状況で、9/2現在、2位に7.5ゲーム差をつけ、ペナントレース首位ぶっちぎりなのかがわからない。他チームの戦力との差が歴然だとは決して思わない。すべては原監督の采配と抜群の用兵力あってのもの種。特に、今季は潤沢な資金力で選手を寄せ集めた訳ではない。補強に関しては、阪神のほうが外国人助っ人を多数獲得して戦力アップにはどのチームより金をかけて来た筈だ。

 しかし、近年、巨人に憧れた神話はもろくも崩れ、「是が非でも巨人で」という選手はいなくなり、またドラフトでも極めてクジ運が悪く、スター選手や有望選手を根こそぎ他球団に持っていかれている状況で、戦力は均等化しているのは言うに及ばない。同様に、昨年オフではFAでも、有力選手にことごとくソッポを向かれ嫌われたのは記憶に新しいところだ。なのに、巨人がここまで強い理由はどこにあるのか?

 従来今年の巨人を比較し、戦法や戦力にどれくらい変化が見られるのか私なりの視点で検証したい。 

巨人の戦略で変わった点

1 若手の登用

 常勝が義務付けられている巨人。従前はFAやトレードで、他チームの主力を根こそぎ寄せ集めては、即戦力ばかりを補強してきた。

 川口(広島)、前田(ロッテ)、清原(西武)、石井浩(近鉄)、江藤(広島)、小久保(ダイエー)、工藤(ダイエー)、小笠原(日ハム)、村田(横浜)、大竹(広島)、豊田(西武)、マイケル中村(日ハム)、森福(ソフトバンク)、野上(西武)などだ。

 2年前には広島の丸もFAで獲得し、結果、セ・リーグ3連覇していた広島の落ち込みようは目を覆うばかりだ。   

 しかし、今年の巨人は、従来の戦法や戦略とは趣を異にし、若手にもチャンスを平等に与えている点で評価したい。いくらファームで結果を残してもベテラン陣や移籍組が居座り、ベンチを温めているようでは、やる気が失せる。

 今年、チャンスをものにし、躍動している若手は、スピードマスター増田、打棒爆発の北村、守備も上手い若林、ファーム首位打者の山下。投手陣も田中豊、大江、直江などが、伏兵として期待以上の活躍で勝利に貢献している。

 若手にも平等に出場機会を与えることで、結果を残せば一軍に上げてもらえるという上向き感情やモチベーションアップに繋がっているのは間違いない。

2 見切りが早い 

 沢村、サンチェス、ビエイラ、デラロサ、畠など期待値が高かった選手を一軍に上げ、結果が出ないと、すぐさまファームへ落とす。或る意味、非情な采配に映るが、若手は、「プロは結果がすべて」という厳しい掟を植え付けるには最善の判断だろうと思う。もちろん、現状のように首位を独走しているチーム事情があってのことで、もしこれがAクラス入り瀬戸際の戦績であったなら、こんな若手の登用はできない。
 今年の原監督はとにかく見切りが早い。たった1試合だけで、すぐに一軍で使えるか否かを判断。力量を見抜き、早い決断で、再びファームでの再調整を目指し、自力で一軍を勝ち取るよう仕向けている。これはチャンスは誰にでもあることを体で覚え込ませるために必要なアメとムチだった。

3 外国人助っ人に頼らずに、国産戦力で戦う姿勢

 結果を欲しがる巨人は、他球団の主砲クラスの外国人を獲得して来た。

 シコースキー(ロッテ)、李(ロッテ)、マルチネス(西武)、ペタジーニ(ヤクルト)、ラミレス(ヤクルト)、ローズ(近鉄)、ゲレーロ(中日)、陽(日ハム)などがそうだ。

 しかし、巨人に来た途端、多額の移籍金、契約金に慢心してしまうのか、急に結果が出なくなる。逆に巨人を離れた外国人選手は、DeNAのロペスのように、まるで水を得た魚のように、大活躍している。 

 ところが、今年の原監督は、結果が出ない選手は、外国人助っ人であっても、即座にファーム調整を命じたり、スタメンから外すことが多くなった。もちろん故障や怪我という理由もある。

 速いがノーコンで四球連発、自滅パターンが多いビエイラ、韓国球界では通用しても日本では右肩故障もあって伸び悩んでいるサンチェス、そして守護神デラロサまでも突然の脇腹故障により、登録抹消になった。そしてここに来て「サメ男」パーラも最初は良かったが、メッキが剥がれたようで、スタメンから外れてる。

 これはスカウトの目がないためで、特に外国人選手に頼らずとも、今の巨人は国産打線でなんとかやりくりできるだけの選手層の厚さを有している。

4 ベテランを重用

 かつて原監督が全日本を指揮し、WBC2連覇の偉業を成し遂げた時の2番打者、中島宏之を買っており、5番打者としてクリーンアップの一翼を任せている。そして亀井も代打での出場が増えたが、ここ一番の場面では、ベテランらしいしぶとい打撃で、チームに貢献している。
 ところで、近鉄、楽天、ドジャースやマリナーズで活躍した岩隈久志投手が、巨人の一員だということを覚えているだろうか?移籍後、2年間、やはり故障が原因で、なかなか登板機会に恵まれず苦労しているが、もし原監督が彼を再生できたら、間違いなく、巨人一の名監督になれると思う。かつて「野村再生工場」などと呼ばれ、ヤクルトが黄金期を築いた。原監督にそういう眼力が備わっていて、それを見越して大枚をはたいて獲得していたのなら、まさしく本物で、「Top of the top」に値する。
    
 私は台湾の英雄・陽岱鋼選手の処遇にも苦慮していると思う。自肩が強く、日ハムでは打撃でも実績を残してきた。なのに、巨人ではベンチが多くなってきた。もったいない。実力社会ではあるが、彼が出場機会に恵まれないほど巨人の選手層の厚さは際立っているが、若手の台頭で、やはり競争が激化し、過去の栄光にしがみついていることはないだろうが、実績が先行し、実力でポジションを勝ち取るという気構えが年々薄くなっているのは確かなようだ。「いつまでもあると思うな出番とレギュラー」という感じだ。

5 今になってわかる捕手の欲張り補強

 かつて正捕手・山倉や村田・吉原が育ってきた時期に、近鉄の有田を獲得し、なんで?と思った時期があった。原巨人も小林と言う鉄砲肩で日本代表に選出されるような盤石な正捕手がいるにも関わらず、西武からベテランの炭谷を獲得したり、長打力が光る宇佐見、さらには若手の成長株、大城まで獲得し、捕手を贅沢にも先発投手に応じて併用、つまり使い分けしていて、なんなんだこの補強は?と誰もが疑問に思ったことだろう。

 しかし、以前、2人の捕手を交代し、3人目の加藤が予期せぬ頭部死球を受けた際、ベンチに捕手が不在になった際に、ユーティリティープレイヤーの木村拓也選手を、急遽9回のキャッチャーに送った苦い経験がある。それを教訓としてかは定かではないが、今年、小林捕手が骨折で早々に戦線離脱。大城と岸谷の2人をスタメン起用して急場を凌いでいる印象。よって、同等クラスの捕手は、何人いてもありがたいという事情は痛いほど理解できる。 

6 躍動する楽天の救世主

 私は大江や中川という強力左腕に加え、ワンポイントでも、1~2回のショート&ロングリリーフも可能な「高梨」を獲得できたことはかなり大きい。つい最近、ホームラン被弾により初失点したが、移籍後、暫く完璧な投球を見せ、存在感を示していた。なぜ楽天は変則で打ちづらい、これほどの才能を見切って、トレード要因にしたのだろう。
 また、ウイーラーもまた然り。完全に巨人に溶け込み、今やムードメーカーとしても欠かせない存在となった。移籍から間もないのに、すでに8本塁打も記録し、坂本のそれよりも上回る成績を上げている。

7 3割打者ゼロ、先発手薄でなぜぶっちぎり首位?

 巨人は8月末時点で規定打数に達した3割打者は皆無。それどころか、最高打率が丸の.279で、その丸も半月前までは2割5分にも達していなかった。2,000本安打達成がかかる坂本が絶不調。打順をころころ変えられている。岡本も本塁打こそ量産し、4番らしい働きと存在感を示しているように見えるが、打率が.2割6分台では確実性が低い。三振も多い。

 さらに言えば、絶対的エースの菅野が開幕から9連勝、昨年頭角を現した若きプリンスの戸郷が7勝2敗と勝ち頭となり、出来すぎの印象もあるが、この2人だけで16勝2敗と貯金14.しかし巨人の成績はこの二人の貯金だけで、3人目の先発がおらず、成績は五分五分。菅野、戸郷以外の先発投手では、勝てる雰囲気がしない。先制されるとあっさりで、淡白な打撃陣で反撃すら諦める印象がある。

 櫻井は早々に見切られて中継ぎに回され、田口もこの3年は鳴かず飛ばず。コントロールが悪い。期待された若手の畠も序盤で捕まり、早々に降板が相次いだ。     

 8 冴える原采配、用兵力。首位独走は彼無しでは考えられない。

 今年の原采配は野手に登板させるなど、迷走していると一部の評論家から叩かれたりもしたが、私はこれまでの実績から、原さんがいれば、
まず巨人は安泰だと考えているひとりだ。特に走れない守れないのが巨人のルーティーンだったが、今年は一味も二味も違う。鈴木尚広引退後、巨人には足を絡めた攻撃はもう無理と思っていたら、思わぬスピードスターが出て来た。増田、重信だ。このふたりの活躍は想像以上で、
本来ならば本塁突入できない場面でも、生還し、あるいは1点を追う中、二死の絶体絶命の場面で代走で登場し、二盗を決めたと思いきや、当たりそこねの安打で本塁に還り、思わぬ同点劇を演出したり。あまり派手さはなくても堅実に虎視眈々と次の塁を目指す雰囲気を感じる。

 これまでの大技ばかりだった巨人の戦法とは異なっている。

 やはり13年間指揮を執り、8回のリーグ優勝、日本一3回。Bクラスはたったの一度という歴代巨人監督の中でもトップクラスだ。あのONをも上回る成績を残している。それほどの実績のある名監督に、結果を残せなかった評論家は批判するのはちゃんちゃらおかしい。江川は、いっぱしの評論家気取りで、原監督の采配を批判するは、8ゲーム開いてもかたくなにDeNAが優勝すると譲らない。こんな僻み根性だからいつまで経っても監督のお呼びがかからないのだ。堀内に至っては原監督の戦略に口を挟む資格すらない。身の程をわきまえた姿勢をとるべきだろう。

9 沢村、宮國、畠はどうなる?

 今オフ、トレードの目玉と囁かれている3人。宮國は私はあまり期待していない。画面越しだが、彼はかつての内海のように、気持ちが弱く、相手を食って掛かるような気迫に欠ける。何かスマートに投げすぎて無難にまとめようとして腕が縮こまっている印象が否めない。若いのだからもっと腕を振って、活力をたぎらしてガンガン行けばいいのにといつも思う。上背があるのにもったいない。

 そして沢村はかつての輝きはない。どうもトレーナーの治療が原因と言っているらしいが、いつまでも他人のせいにしているようではどこかのいちゃもんばかりつける国家と同じで何の進歩もない。自分は今、投手生命の瀬戸際にいるという自覚をもって、走り込みから始めてほしい。
 彼は見ていて、過去の栄光やプライドの高さだけで基礎トレーニングが不足しているように映る。汗水たらして、走り込み、下半身を強化して投げ込みをやってほしい。まだまだ老け込み齢ではないし、まだ150キロを超える速球を投げ込める。 

 私は師匠の阿部に再生をお願いしたいが、肝心の沢村にその自覚がなく、プライドばかりで練習嫌いなら、環境を変えてやるのもひとつの方法かもしれない。巨人を出て、大活躍した選手も大勢いる。駒田(横浜)、仁志(横浜)、大田(日ハム)などがその好例だ。

 さて、小学生の頃からの巨人ファンである私だが、昭和、平成とその戦いぶりをつぶさに見てきて、令和に入って、原監督が復帰してからというもの、だいぶ戦い方を変えてきているのは明らかだ。
 その変化は、8月末時点で2位に5.5ゲーム差の独走状態を築いていることから判断しても的を射ているのは言うまでもない。
 巨人=原采配で、彼がいる限り、巨人は安泰だというのは皆さんも納得だと思う。

 たぶん、次の監督(阿部?松井?桑田?高橋?)に委譲して、結果が出ない時は、原さんの再再再登板で立て直しを図ることだろう。年齢的に かつ体力的、あるいは気力的に現場監督が厳しくなった場合には、GMやシニアディレクターとして統括する立場で、巨人の行く末を見守るに違ない。

 追記(R2.9.7)

 ついに阿部二軍監督の後輩で、抑えとして活躍した澤村拓一投手が電撃移籍となった。しかもロッテからのトレード相手は、年俸で10倍以上の格差がある香月選手。大阪桐蔭の優勝メンバーだったが、プロ入り後はほとんど一軍での戦績を残していない。なぜ、こんなもったいないトレードを敢行したのか?出場機会が無い巨人よりもロッテの方が出番は多いかもしれないので、新天地での活躍をお祈りしたいと思う。
 

2020年9月 2日 (水)

巨人の外国人はやっぱり…なのか?!

 昭和40年代、最強のV9時代を知る私にとっては、「巨人=純国産」という印象しかない。巨人に来た初の外国人助っ人は「ジョンソン」選手で、右の大砲を期待されたが、他球団の助っ人と比較しても華々しい活躍をしたわけではなかった。ついで左投手の「ライト」もまた、我がままを絵にかいたようで、日本の野球を舐め腐った態度で使い物にならなかった。当時の杉下茂ピッチングコーチが手を焼いたほどだった。
 私は、巨人に来る外国人には端からあまり期待などしていない。三振王の「トマソン」や一度も出場しないまま尻尾を巻いてアメリカに逃げ帰った外人がなんと多かったことか。

 他球団からのトレードやFAなどで移籍した助っ人は、他球団での活躍が認められてのもので、巨人に来た途端になりを潜めてしまう。シピン(大洋)・マルチネス(前西武)・シコースキー(前ロッテ)・ヒルマン(ロッテ)・メイ(ロッテ)・ローズ(前近鉄)・ペタジーニ(前ヤクルト)・李(前ロッテ)・ゴンザレス(広島)・クルーン(横浜)・グライシンガー(ロッテ)・マギー(楽天)などは前所属の球団のほうが遥かに成績が良かった。それは外国人に限らず、日本人選手もまた然りで、前所属のほうが断然成績は上。森福などはあっという間に引退に追い込まれた。ソフトバンクに残っていたら、まだ第一線で活躍していたに違いない。
  
 やはり巨人が直接獲得した外国人選手は、いずれもポンコツだらけで、少し活躍したと思える選手でも、長く居座って活躍した選手は少ない。クロマティとマシソンくらいだ。あとは1~3年程度で退団している。

 西武のデストラーデやカブレラ、中日のモッカ、阪神のバース、阪急のブーマー、ヤクルトのホーナーやペタジーニ、ラミレス、バレンティン、近鉄のマニエルやはブライアント、ローズのような額面以上の成績を残した選手はほぼほぼいない。

DestradeBliant

 そんな数少ない巨人の活躍選手の中で、そこそこ頑張って、私が認める外国人を取り上げると・・・。
 
 1 マイコラス   3年で31勝13敗 2年目は故障で成績があがらなかったのにこの成績は凄い! 
 2 クロマティ   7年間で779試合出場 打率321 951安打171本塁打558打点
 3 ロイホワイト 3年で362試合出場 348安打54本塁打172打点
 4 マシソン   8年間で421試合登板 27勝29敗54セーブ 174ホールド
 5 レジースミス 2年間で186試合出場 打率271 134安打 45本塁打122打点
 6 呂明賜       3年間で113試合 打率260 89安打18本塁打49打点
 7 シェーン・マック 2年間で247試合 打率284 273安打 42本塁打 127打点
 8 ホセロペス  2年間で255試合 打率274 221安打 40本塁打 112打点
 9 カミネロ    2年間で77試合 4勝6敗40セーブ6ホールド
10 ブラッドリー 1年間121試合 打率282 124安打21本塁打70打点
11 ゴンザレス  4年間 143試合 45勝41敗6ホールド 508奪三振 

Maikoras

 期待値が高かったのに使い物にならなかったヤバい外国人

 1 ガルベス 46勝を挙げ成績はそこそこだが素行不良 審判にボール投げつけ大乱闘でクビに
 2 トマソン 三振王 2年で119安打20本塁打
 3 マント
 4 リンド
 5 バーフィールド
 6 ブラッドリー
 7 アルフォンゾ
 8 キャプラー
 9 ミセリ
10 セペダ

Galvez

 もはや名前すら忘れていないに違いない。ここに挙げた外人は多少は一軍で活動した面々。大枚を叩いて獲得したのに一度も公式試合に出ずに、逃げ帰った外国人はこの10倍ほどはいる。金食い虫で、何の役にも立たず、契約金をドブに捨てているようなものでもったいない。

 さて、今年の外国人の目を向けてみよう。いずれも実績十分の外国人を連れて来た印象だが、私から言わせれば、全員ボツ。やはり巨人スカウト陣の人を見る目の無さが際立っている。

 サンチェス 昨年、韓国球界で17勝5敗 しかし出だしは良かったが、すぐに右肩の故障でファーム落ち 2年契約

 パーラ   MLBで活躍し、鳴り物入りで入団。最初は中距離ヒッターで打率も良かったが、メッキが剥がれた印象 予想以上にレベルが高かった日本球界に戸惑っているに違いない。

 デラロサ  守護神として期待されたが、わき腹を痛め、早々に戦線離脱

 ビエイラ  160キロを超える剛速球投手だが、ノーコンで四死球連発 二軍調整となった。

 メルセデス ローテーションの一角を任されながら、その任を果たしていない。2勝4敗で、期待外れ。現在は先発を外されてしまった。

 私はこの類の記事を書くたびに力説するのは、他球団に比べ、巨人の外国人助っ人の力量を見抜く眼力はからっきしダメということだ。長く活躍できる外国人がほとんどいない事実。5年以上在籍して頑張った選手はほとんどいない。

   いくらメジャーや3Aで実績十分でも、日本のスモールベースボールに順応できるか?それに多彩な変化球で勝負する日本人のずぬけた投手陣を打ち崩せるのか?20世紀までは、日本に来る助っ人は、あまり練習もせず、バカにしてやって来ていた。つまり日本の野球を舐め腐っていて、高額な契約金だけを有り難がって賞金稼ぎに来ていただけに過ぎない。その最たるターゲット球団が巨人だった。
 よく選手の才能を吟味せず、実績重視で連れて来るから、出場機会も少なく、恥をかいて母国に逃げ帰ることになるのだ。それはすべてスカウト陣の責任、というよりもはや犯罪だ。毎年多くの給料泥棒を生んでいるだけだ。もう少し、真の実力や人を見る目を養ってもらいたいものだ。
 

2020年9月 1日 (火)

9月生まれの有名人一覧(自分の誕生日と同じ有名人を探せ!) 

 1 土田晃之・渡部陽一・三浦理恵子・森下千里・平岡祐太
 2 矢崎滋・増田恵子・早見優・林修・今市隆二・横山めぐみ・伊藤博文
 3 中田久美・染谷翔太・小池里奈・セーラ
 4 小林薫・荻野目慶子・島谷ひとみ・枡太一・重盛さと美・TAKAHIRO
 5 若林豪・草刈正雄・仲村トオル・伊達みきお・菊地亜美・利根川進・棟方志功
 6 西村京太郎・市毛良枝・ジローラモ・ROLLY・谷亮子・氷川きよし・澤穂希・朝加真由美・星新一
 7 長渕剛・山﨑賢人・エリザベスⅠ世
 8 木之元亮・紺野美沙子・鈴木亜久里・松本人志・本仮屋ユイカ・ドボルザーク
 9 谷隼人・有賀さつき・堤下敦・酒井若菜・大塚愛・中村静香・ユージ・トルストイ
10 斉藤由貴・進藤晶子・松田翔太
11 泉水ピン子・紀子さま・矢作兼・小藪千豊・安田章大・大島麻衣・Oヘンリー
12 藤田弓子・戸田恵子・岡本夏生・田中美奈子・丸山茂樹・三船美佳・長友佑都
13 玉置浩二・三原じゅん子・松坂大輔・鈴木えみ・杉田玄白
14 矢沢永吉・福澤明・中村獅童・安達祐実・成宮寛貴・上戸彩・パブロフ
15 竹下景子・深沢邦之・彦摩呂・藤谷美紀・アンジェラアキ・岩倉具視・アガサクリスティー
16 田中瞳・東国原英夫・宮川大輔・内野聖陽・横浜流星・渡邊崋山・竹久夢二
17 橋爪功・ちあきなおみ・大島智子・なかやまきんに君・北山宏光・石川遼・正岡子規
18 うじきつよし・中井貴一・大貫亜美・五十嵐めぐみ・石橋保
19 小野寺昭・モンキッキー・西川貴教・夏川純・IMALU・福田沙紀
20 麻生太郎・村井国夫・小田和正・石川ひとみ・山口美江・一青窈・安室奈美恵・若林正恭・のっち・五十嵐淳子・鈴木砂羽
21 桂ざこば・安倍晋三・二階堂ふみ
22 志垣太郎・鈴木雅之・石井竜也・緒形直人・ボブサップ・北島康介・今井絵理子・五大路子・吉田茂
23 川平慈英・イジリー岡田・稲葉浩志・叶美香・鈴木杏樹・渡部建・国分太一・後藤真希・朝倉あき
24 田淵幸一・羽田美智子・KAN・真行寺君枝・筒井康隆・永野芽郁
25 北村総一朗・アジャコング・清水美砂・MEGUMI・内山信二・あばれる君・浅田真央・豊原功補・魯迅
26 池谷幸雄・佐藤藍子・天童よしみ
27 大杉漣・岸谷五朗・八嶋智人・羽生善治・小野伸二・朝青龍明徳・中田敦彦・横山ルリカ
28 大塚範一・内藤やす子・渡辺美奈代・仙道敦子・伊達公子・吹石一恵・オカリナ
29 林隆三・ビビル大木・榎本加奈子・りゅうちぇる・徳川慶喜
30 石原慎太郎・五木寛之・東山紀之・潮田玲子・西島隆弘

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