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2020年7月 5日 (日)

郡山のやっぱり怖い話

 我が愛する郡山市だが、自然災害への備えに対しても、今回のコロナ対策にしても、あるいは土地再開発にしても、過去のそごう誘致および東海大学誘致失敗にしても行政手腕はからっきし無能だと言わざるを得ない。なのに県内の市町村で住民税は最も高いから割に合わない。

 私の亡き祖父は、昭和の戦後間もない頃に、マンモス議会のさなか、上位当選して市議会議員として活動し、2期務めた後、「議員なんて何期も長くやるものではない」と悟り、すぱっと辞めたほどの市でも実力者だったが、祖父の威光の前では、今の行政手腕はお粗末としか言いようがない。藤森氏以降はあまり市長が表に出て旗振り役や市のPRを大々的に行わない、いわば調整役としての立場でしかない。目立たない市長はやはり真の実力者とは到底呼べない。極めて遺憾だし、郡山市は堕落する一方だ。何も有効な手立てが打てない。不要な箱ものばかりを建設し、その巨額の負債を市民の重税で賄っているにすぎない。

 昨年の台風時も、襲来前に早々に対策本部を立ち上げたものの、単なるパフォーマンスで、みすみす氾濫を招き、被害拡大を傍観していただけだった。これまでの治水対策は全く役に立っていないことを露呈したにすぎない。おそらくは、今年も同じことが繰り返され、被害が甚大になるに違いない。

 

 ところで、今回のテーマは「郡山の怖い話」だが、郡山市のお粗末すぎる行政に、これほど税金を巻き上げられている現状では文句の一つも言いたくなる。私は毎月、住民税だけで4万円近くも払っている。年間50万円以上もの無駄金を吸い取られている。<まさしく税金泥棒だ時代劇ではもはや悪代官の悪行だ。

 怒りはさておき、では本日のテーマだが、少し角度を変えた視点で、郡山の「怖いところ」を指摘したい。

1 「霊柩車通り」と呼ばれる道がある!

 人は誰でも死ぬ。寿命は人それぞれだが、それは生きとし生ける者のさだめで絶対に避けられない。死んだら大多数の人が乗るであろう「霊柩車」。例の黒塗りの外車だ。昔は純日本風の瓦屋根の造りのド派手な物もよく見かけたが、最近は厳かというか、敬虔なるキリスト教徒が乗るようなキャディラック車が主流のようだ。

 それは誰もが人生の終焉の際に乗るであろう神聖な車だが、我が郡山市には一日いれば5~6台は目撃するであろう通りが実在している。郡山市民でもあまり知らないかもしれない。年3回、東山霊園に墓参に出向く人なら、その通りを通ている際に、黒塗りの霊柩車とその遺族を乗せたマイクロバスを見かけるかもしれない。

 郡山の火葬場(薬師堂火葬場)は、平成2年までは現在の美術館通りの真上に建っていた。よって、まるで死者の霊が呼び寄せるように、そこで人身の死亡事故がやたら多いのは何度も当ブログで語って来た通りだ。しかも高齢者が信号のない道路を横切っている最中に車に撥ねられて亡くなるケースが大半だ。この3年で3件起き、いずれも死亡事故だ。

 その薬師堂火葬場が老朽化し、手狭でもあったために、平成2年に東山霊園の一角に悠苑として移転したのだった。ではその通りはどこか?国道49号線沿いをいわき市方面に行くと、大善寺に入る手前に、最近日大方面から繋がった道とぶつかる交差点がある。その交差点の名称は「大安場史跡公園入口」という。そこを左折すると、東山霊園方面へのアクセス道路となる。その周辺は目印として白と銀色の水道管のような建造物がある。そこから金屋橋(かつてはここの谷田川が通称「三途の川」と呼ばれていた)を渡り、大安場史跡公園前を通過して東山霊入り口となる県道54号線までの通り。そここそが俗にいう「霊柩車通り」なのだ。

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 ここで1時間もボーとしていれば、必ず複数台の霊柩車を目撃する。よもや霊柩車を好んで見たいなどというもの好きはいないと思うが。市内の葬儀場から搬送された遺体を乗せ、東山悠苑へと向かうのだが、かつては大晦日から正月にかけて火葬場が休業した際、つまり年明けの1月4日頃は霊柩車の車列で渋滞したのを覚えている。私の父は平成15年の瀬の12月29日に亡くなったが、大晦日から正月3が日にかけて火葬場が休みになってしまい、やむを得ず、数万円を払って隣りの須賀川市の火葬場まで運んで焼いた。今は年中無休になったので、そのようなことはないとは思う。
 昔は「霊柩車を見たら親指を隠せ」と言われた。そうしないと「親の死に目に会えない」というのだ。やはり人生のクライマックスとは言え、やはり自分もいつかはお世話になるとは言っても、人が亡くなるというのは縁起がいいものではない。

 2 夏になると決まって・・・

 なぜ人はスリルを求めるのだろう。遊園地ではジェットコースターが長蛇の列。また学園祭などでお化け屋敷があれば、女子中高生を中心に人が並ぶほどの大盛況。「怖いもの見たさ」という心理状態なのか、日頃のストレスを発散できる非日常の場所を求めての結果なのか。

そう考えれば、究極の怖さを体験できるのが「肝試し」かもしれない。昔なら夜中にお寺や神社などを探検する程度だったが、最近では深夜、しかも丑三つ時を狙っての墓地散策や殺人事件現場などのオカルトスポットを巡る肝試しまで行っている「怖いもの知らず」が蔓延る。

 ここ、郡山では男二人が廃屋となった温泉宿を肝試しで探検し、首吊り自殺の遺体を発見した例や、廃ホテルに忍び込んで骨壺を見て気が動転した輩もいるようだ。また、溺死事故のあった池や沼、川などを選んで肝試しする死者を冒涜するような輩まで様々だ。
 郡山市内で絶対に夜中に肝試し気分で行ってはいけない、もし行ったら罰が当たったり、呪われるスポットを挙げたい。

 1 東山霊園(霊園などは夜に行くものではないし、現在は放射性物質のフレコンバッグ数万個の仮置き場となっている)

 2 旧3大巨大病院(星・太田・寿泉堂という郡山を代表する巨大老舗病院が移転したにもかかわらず、旧病棟が放置されている)

 3 熱海の旧磐光ホテル跡地(大規模火災で宿泊客ら死者31人も出した怨念の場所。あろうことか今その跡地はサッカー場だ)

 4 阿武隈川河川敷(水難事故が多発している場所なので、絶対に浮かばれない霊に呼ばれてしまう)

 5 焼死した火災現場および自殺があった高層マンション等 また、殺人事件などが起きた建物には近寄らないほうが無難

 6 三森峠旧道および御霊櫃峠(カーブミラー・バックミラーに何かが映る)

 7 旧うすい女子寮 柵の外から眺めるならまだしも、ここに不法侵入すると捕まるので絶対に入ってはいけない。

 8 夜の公園(開成山・逢瀬公園・浄土松公園・酒蓋公園・荒池公園・五百渕公園など自殺があった場所には特に行かないほうがいい)

 9 銚子が滝 ここは夜には熊や野生動物が出没するスポット 探検気分で行ってはいけない。誰にも発見されず行方不明になる公算大

10 廃屋 そこで何が起きたか、あるいは誰が住んでいて、どういう経緯でそこが廃屋になったかを知らずに、肝試し気分で入り込むと必ず祟られるので注意だ。人が住んでいた家に土足で入り込むのは絶対に罰が当たるので避けなければならない。

 

 そんなに多くの人が心霊体験をしたいとは思わないが、私のような怖がりはそういう場所に近寄るのも憚りたい性質だ。

 3 開成山公園は本当に市民のオアシスなのか?

 私は幼稚園がこの広大な公園の近くだったことから、幼稚園の保育士の先生(当時は保母さん)に連れられて散歩に出かけた場所で、幼少の頃から何度も足しげく通った公園だ。他の市町村の誰もが羨むほどの超巨大な公園だ。小学生の時には「こども祭り」で野外ステージでカラオケ大会に出場したこともあるし、高校時代には、夏の夜空に大輪の花を咲かせる大花火大会も見に行ったし、また、浪人時代は予備校にも通わずに、ここの公園の石造りのテーブルとベンチがある場所で、噴水を眺めながら受験科目と格闘していた。まさに下積み時代を過ごした公園で、いろいろな想い出が染みついている。 
 その誰もが癒しを求める、郡山を代表する公園で、過去に忌々しい事故や自死行為があったことを知る人は少ない。
 平成の10年間の間に、五十鈴湖で2人が池に落ちて水死して亡くなっている。一人は酔った状態で池のほとりを歩き、踏み外して池に落ちて溺死した模様。それに複数の自殺があった。記憶に新しいのは、郡山の市議が五十鈴湖の北側の藤棚のあるテーブルとベンチのある場所で早朝に首吊り自殺を決行したのだ。何も市民の憩いの場でそんな行為に及ばなくても・・・。気味悪がって誰も利用できなくなる。
 だから、郡山市民の想い出が詰まった公園で自殺などの行為は絶対にしてはいけない。事故死もあってはいけない。ここは心に安らぎと癒しを与える場なのだから。

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 ところで、開成山公園で思い出すのがSLが置いてある南西側の一角に、30年ほど前までは「熱田家」という超和風老舗旅館があった。なぜ、駅から遠くの温泉も無いような辺鄙な場所に結構大きな旅館を建てたのかわからない。開成山大神宮への参拝客のためか?よくわからない。
 そして公園の南側には「ホテル開成」があった。開成山球場で巨人戦が行われていた頃、巨人軍の選手の常宿がそこだった。そこが無くなって、4号線と駅前大通りの交差点(北西側)にあった「サンルート郡山」に変わった。小学生の頃、巨人の選手にサインを貰おうと地下道で友人と張っていたら、日本テレビの「浅見アナウンサー」が出て来て、彼にサインをもらった記憶がある。「ホテル開成」はバックネット裏のスタンドから南側に見える位置にあった。てっぺんが六角形の展望台のような造りになっていた記憶がある。
 少年時代に見た光景も、今ではすっかり変わってしまった。子どもの頃に何度も通った開成山プール(幼児プール・25mプール・50mプール)も無くなり、屋内プールとなった。やはり、昔あったものが姿を消すのは寂しい限りだ。

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 4 郡山の西部の山は大丈夫なのか?

 

 過去に逢瀬公園の東側の駐車場で、暴力団員がリンチの末に、43歳の男性をなぶり殺しした事件(2010年8月発生)があった。同じその逢瀬公園では、熊の目撃情報があった年もあった。それにさらに山奥にある高篠山森林公園から北西の山奥に入った大久保川沿いでは、当時17歳の少女が遺体で発見された殺人事件(2000年4月発生)があって、もう発生から20年くらい経つのに、まだ解決していない。また、不法投棄も後を絶たないし、2016年の8月には、逢瀬町の多田野の山林で、25歳の警備員の男性も背後から頭をつるはしで殴られるなどの暴行を受けた末に殺害された事件もあった。不思議なことに、いずれも郡山西部の逢瀬町の山中で起きた事件だ。


 下手に逢瀬町の山奥に探検気分で繰り出すと、熊に出くわす確率は高いだろうし、もしかすると殺人現場に遭遇したり、遺体を埋めている場面に出くわせば自分の命も狙われるかもしれない。山はそういう恐ろしい事件と遭遇する可能性があるということを肝に銘じてほしい。 

 

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 5 浄土松公園には戦時中の防空壕跡だらけ?

 市内の西部には得体の知れぬ場所が数多くある。私の亡き父も、戦時中は小学生時分だったことから、空襲を避けるために片平(河内)に疎開していた。私は幼少の頃からこれまでに6~7度は「浄土松公園」の「きのこ岩」を訪ねているが、この一帯は昔は「多田野地下飛行機場」という、旧日本軍の工場とか軍事施設の類だった。飛行機の部品や、燃料などの軍事物資が数多く格納されていた場所だという。それらの場所は、いわば地下要塞のようで、あちこちに空襲除けの防空壕が掘られてあった。もちろん、戦後は埋められて中の様子を窺い知ることは不可能だが、その埋め立てた形跡がその森林公園一帯のあちこちで確認できるという。
 私は家族で訪れたこともあるが、震災前と後に、たった一人で2回散策したが、今にもクマが出て来そうで怖いし、息切れするほど険しい山道で参った記憶がある。その頃は、そのような旧日本軍の機密施設があったとは知らなかったし、まして防空壕があったとは・・・。次訪れる時には別の目的が出来た気がする。

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 6「怖い」の意味違い

 最後は多少ほっこりする話。郡山の方言で「疲れた」というのを「こわい」ということがある。特に高齢者は今でも頻繁に使う。私も学生時代、コンパで疲れた時に「う~こわい~(こぇ~)」と言って不思議がられた。「何が怖いの?」「幽霊でも目撃した?」と思われた。

 日本語は気を付けて使わないといらぬ誤解を招くのだと悟った。

 

 さて、今回で郡山に関する「怖い話」は5~6回目となったが、変に恐怖心を煽るために書いているわけではない。或る意味、命の大切さを伝える意図が含まれているし、何より、無知で知らないでいることのほうが怖いのだ。「君子危うきに近寄らず」で、知っていれば、予めそこに行くのを避けることが出来る。みすみす自ら命を危険に曝す必要などないのだ。

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コメント

コメント失礼いたします。
つんさんは『緑の館』についてご存知でしょうか?
かつて文化通りの某床屋の隣にあった屋敷で、現在は取り壊されて駐車場になっていますが、知る人ぞ知る心霊スポットでした。
無論私は死者を冒涜したり、そういった場所に向かう気持ちは毛頭ないのですが、その『緑の館』の情報を何かご存知であれば教えていただきたいです。
コメント失礼しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

斑鳩さん、初めまして。コメントは大歓迎です。郡山市に50年近く暮らしている私ですが、「緑の館」なるスポットは初耳でした。市街地の虎丸町に実家があって、市の中心地はどこも隈なく歩いて知らない場所などないと認識していたのですが・・・。文化通りのどのあたりでしょうか?文化センターのある堤下辺りでしょうか?それとも麓山から鶴見坦にかけてのほうでしょうか?私も気になるのでいろいろ調べてみたいです。逆に、何かご存知のことがあればお知らせ願います。
 当方は旧ブログから現在のブログまで郡山の話題を100件以上掲載してきましたので、私も気になってしまいます。心霊スポットというからには、そこで恐ろしい殺人事件とか、一家心中的な事件が起きたのでしょうか?文化通りで怖いのは、今年起きた事故で、文化センターから東に行った場所に或るカラオケスナックで階段で男性二人がもみ合いになって転落し、一人が亡くなったこと。さらには文化センターの東隣りに建っていた高層マンションから女子高生が飛び降り自殺を図って亡くなったことくらいです。
 「緑の館」はいろんな憶測が飛び交う都市伝説化しそうな話題ですので、郡山市民の方で何か情報をご存知方は、コメントでお知らせいただけたら幸いです。旧ブログの「郡山のミステリースポット」の記事に掲載したいと考えています。(つん)

つんさん、ご返信ありがとうございます。
場所は麓山郵便局と中央公民館を挟んだところにあり、某床屋の向かいにはネイルのお店があります。
「緑の館」で事件や事故があったのかは分かりません。ただ、実際に中に入った人たちの書き込みによると、「霊が出た」「猫の死骸があった」「窓ガラスを割って侵入したら、廃屋にもかかわらず翌日元通りになっていた」など、不気味な噂がいくつかありました。
しかし当時の彼らは小学生で、そこから計算すると「緑の館」が存在したのが30年~50年も前の話になると考察しています。情報もあまりに少なく、通常の検索方法ではまずヒットしないため、都市伝説中の都市伝説になっています。
私が知っている情報はここまでとなります。このコメントを見て「緑の館」について知っている方がいましたら、お知らせいただけたら幸いです。

・・・・・・・
斑鳩さん、こんにちは。追加情報ありがとうございます。
斑鳩さんのコメントにある、麓山の郵便局に隣接の床屋は、実は私の中学と大学時代の同級生の自宅兼店舗で、遊びに行ったことがあります。今から40年近く前です。その北側にあるマンションでは、2018年4月8日に暴力団組員が拳銃を発砲して住民に重傷を負わせる殺人未遂事件も発生しました。
この辺りは、小中高生の頃、同級生が多く住んでいて、また、中央公民館の西隣りには行きつけの駄菓子屋があって、よく遊び歩いていたのですが、そういう謎の館があったのは噂でも知りませんでした。
 文化センター沿いとなると今、「天理教行理山分教会」がある辺りでしょうか?ここは自転車や車で何度も通ったことがある通りなので、そういう不気味な建物があったのなら、気づいていた筈ですが、まったく記憶がありません。
 せっかくの情報なのに、いい返信が出来ずにすみません。近々、私の同級生の友人にも聞き当たってみて、何か情報が入りましたら、コメントやコメントをいただいた記事に追記という形で報告させて頂きます。(つん) 

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