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2020年7月25日 (土)

ザ・バブリーCM(日本がもっとも輝いていた頃)

 私の大学時代はバブル景気真っただ中だった。世の中が勢いづき、活気に満ち溢れていた。経済は好調で、貿易黒字をため込み、世の中、金の巡りも良かった。もちろん、あの頃は携帯やスマホも無い時代だったし、もっと言えばパーソナルコンピューターが出始めの頃で、当然カラーノートPCなど無かった。恋人同士は公衆電話で10円玉の山を築き、長距離恋愛は当たり前。ゆえに「ハートカクテル」などのオシャレな恋愛模様を描いた作品が生まれたり、「シンデレラエクスプレス」なるドラマチックな恋愛を描いた作品も誕生した。
 冬にはスキーが大ブームで、オシャレなペンションでそれぞれが恋のシュプールを描いたものだった。

 そんな今となっては古き佳き時代、振り返ると35年も前の出来事になるが、おそらく50代半ばを過ぎた方々にとっては、その時代を象徴するCMが多く世に出た。今回は3作品紹介したい。

 コカ・コーラ(1987年)

 スタイル抜群のハーフのモデルを多数起用し、そして当時の第一人者だった松本孝美さんが世間を闊歩していた。とにかく何もかも輝いていた時代を反映する笑顔と仲間意識を前面に押し出し、若さと躍動感に満ち溢れた生き生きした作品に仕上がっていた。

 この映像を当時見ていた人は、こういうシチュエーションに憧れたに違いない。コカ・コーラだけに爽やかさを押し出して、誰もが憧れる若者たちの風景を見事に描き切った。当時の社会が垣間見えるし、開放感と希望に満ち溢れ、自由で華やかな印象を受ける。この曲は佐藤竹善が歌っていたが、私のカラオケの十八番でもあった。

 さて、今の20~30代の方には及びもつかない時代だったと思うが、その親の世代はこのような誰もが羨むようなバブル時代だった。何を隠そう、田舎町出身の私でさえ、大学を東京で過ごした。今では憧れの三軒茶屋に住み、新玉川線(今は半蔵門線)と山手線を乗り継いで新宿の高層ビルの44階で旅行会社のアルバイトをしていた。今考えれば実に華やかな生活だった。今の暮らしからは想像もできないくらいオシャレなことをしていた。大学の単位は卒論と一部の科目を除き、すべて3年生の段階で修得していた。だから4年生の時は、自由に時間が使えた。「男女7人夏物語」の世界観に憧れ「ツアーコンダクター」や「旅行業界」を生業にしようと頑張ってはみたが、やはり現実的に東京には住めないと悟った。たぶん、一般のサラリーマンでは東京に一戸建ての家は持てないし、毎日目まぐるしく動く時間を上手に使いこなせないと思った。満員電車も大の苦手で、だから大学4年間はバイクで通学した。冬のアルバイトだけ電車通勤をしただけだ。
 当時、大学生だった彼女とタンデムで海岸線を走ったり、京浜島にて時間を忘れて飛行機の離着陸を眺め、一緒に夢を語り合ったり、当時大流行した渋谷のプールバーで一夜をビリヤードを過ごしたり、今思えば夢のような日々だった。
 そんな若き日のかけがえのない体験があるからこそ、今の自分があるのだと確信できる。いろんな失敗もしたし、恥もかいた。今年は人生初めての入院と手術を経験した。それだって、人生の中では貴重な体験だった。入院しなければ知り得なかった世界を知れた。若き医師や看護師との出会いもあった。入院中は激痛続きで大変な目に遭ったが、退院後してみると、その時の医療スタッフと交わした何気ない会話や献身的に見守ってくれた看護師さんの患者への気遣いは秀逸していた。とてもありがたかったし、心強かった。

 最後に、我が愛する80年代コカ・コーラのCMの総集編をリンクして結びとしたい。こんなにもたくさんのシリーズが制作されるほど大人気だったということだ。映像も一番美しいので必見の価値あり。

 若い時分にこれらの輝かしい時代が確かに存在していたことを私は一生忘れないと思う。

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