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2020年6月10日 (水)

退職後のはなし

 あと片手くらいで退職を迎える年齢になってしまった。加齢というのはどう抗っても時間が来れば勝手にやって来るものらしい。ついこの前、就職したと思ったら、そこからジェットコースターのような人生で、気づけば今の仕事に就いて30年以上が経過した。
  途中、辞めたい気持ちになったが、歯を食いしばり、耐えに耐えて何とか仕事を続け、子どもを親元を離れて巣立って行った。親としての責任というか役目を曲がりなりにも果たせ、後は老後を待つ身となり、60歳以降の人生をどうしようかと考えた時に、やはり趣味がないと毎日が暗く、ありきたりで死を待つだけではやるせないと思えて来た。

 幸い、大学時代に乗っていた自動二輪バイク、就職してから始めたスキーで検定1級を取得し、その後、年齢とともに家庭菜園、海釣り、詩作、車やバイク、飛行機や鉄道での旅行、そしてブログを開始し、昔話に花を咲かそうという魂胆で毎日をどうにか乗り切っている。

 では60歳以降も「毎日サンデー」の中でどうやって過ごすか考えた時に、いくつかのやりたいことが見えて来た。
 
 1 水彩画

 現在「プレバト」の水彩画のコーナーでちょっとしたブームになっている。小学生以来、筆と絵の具を使った試しがないので、思うように描けるか不安要素がありすぎだが、気張らずに旅先で出会った風景をスケッチする程度で収めたい。写真だと、せっかくの風景もシャッターを切った時点で満足してしまい、自分自身の肉眼で見るものとファインダー越しでは印象に残る度合いも違うような気がする。

 2 野菜作り

 「スローライフ」とか「ロハス」という言葉が言われて久しいが、老後は、自分で食べる野菜くらいは自力で育ててみたい。いわゆる「自給自足」だ。私もいよいよそういう年代に達したかと多少ショックだが、それでも植物を育てるというのは「生きる」ことを実感できるものだと思う。それは魚釣りも一緒で、自分で釣った魚を自分で捌いておいしくいただく。自然の恵みを肌で感じながら、生きている証を実感したい。
 今はプランター栽培で簡単なミニトマトくらいだが、震災前には小さいながらも地植えで畝を築き、きゅうり、なす、枝豆、ブロッコリー、カブ、とうもろこしを育てた経験がある。肥料や天候に左右されるし、虫がつきやすく、連作障害などで、思うようにできずに辛酸を舐めることも多いが、苦労した分、収穫時の喜びは一入だ。ぜひ、大地の恵みを自分の舌で味わっていきたい。

 3 日曜大工

 正確には毎日サンデーなので日曜日に特化した作業ではない。「有吉ゼミ」でタレントのヒロミが芸人の自宅改造など神業のアイディアに圧倒されている。makitaの電動工具を揃え、自分で木工を行ってオリジナルの家具(本棚・ロッカー・テーブル・ソファなど)を制作してみたい。自身でペンキを塗り、壁紙なども自分で貼り替える。人件費不要で材料費だけで済む。特に、部屋ごとの段差をなくしたい。ちょっとしたつまずきで転んで骨折などとならぬように、バリアフリー化を自分の手で実施していきたい。
 幸い、ヒロミの部屋いじりのVTRは、ピスタチオと麒麟川島の放送回以外はすべて録画して録り溜めしてある。それを手本にしてトライしていきたい。小物やLEDや間接照明器具まで凝ったものを自作したい。

 4 旅行

 これは今も実施している。去年は我が第二の故郷である「北海道」に行った。まぁ2年間ほど道央に住んでいたので、愛着がないわけがない。この10年で2回訪ねた。ミーハーな私は映画やドラマのロケ地巡りが多い。去年は憧れの高倉健さんの世界観を満喫したくて「幸福の黄色いハンカチ」の夕張、「鉄道員ぽっぽや」の幌舞駅(幾寅駅)、「駅~Station~」の銭函駅などを巡った。その6年前にも「北の国から」のロケ地を回った。美瑛の美しい丘陵や富良野など多くを見て歩いた。学生時代はバイクで周遊したが、飛行機とレンタカーで回った。
  退職後にぜひ行きたいのは古都・奈良と倉敷だ。奈良は高校時代の修学旅行で訪ねて以来40年近く行っていない。京都は4回程度行ったが、室生寺や長谷寺はなかなか足を延ばせない。京都は、我が会津藩や新選組の足跡を辿る旅をしたい。幕末の会津人がどのような働きをしたかなどを自分の目で確かめたい。

 「倉敷」は1999年のTBSドラマ「同窓会へようこそ~遅すぎた夏の帰郷~」のロケ地になったことで思いを強くした。2011年の震災後に「罹災証明」所有者ということで、高速道路が無料になった際、郡山から北陸道経由で広島県の尾道市まで2泊3日で車で往復したことはあった。。それはNHKの朝ドラ「てっぱん」が大好きだった私は、そのロケ地を巡ったのだ。今年亡くなった大林宣彦監督が描いた映画に頻繁に尾道の風景が出てくる。坂の町であると共に、千光寺からの瀬戸内海の島々を見下ろす景色に魅せられてしまった。近くまで行ったのに、時間が無くて倉敷に立ち寄ることができなかった。
 また、一度も足を踏み入れたことがない県にも行きたい。沖縄でも4回も行っているのに山陰地方や四国九州はなかなか行く機会に恵まれなかった。島根の出雲大社や水木しげるのふるさとの境港、シジミ漁で有名な宍道湖、鳥取砂丘なども見たことがない。
 テレビ東京の「出川哲朗の充電させてくれませんか」や太川&蛭子コンビの「バス旅」の映像で見ただけだ。ほかにも四国では愛媛と高知、九州では大分、佐賀、長崎、宮崎、鹿児島には一度も足を踏み入れていない。特に長崎には是が非でも行きたい。それは「軍艦島」が今ほど有名ではなかった40年以上も前から。ここだけは絶対に足を踏み入れてから死にたいと考えていた。それは中学生時分に公共広告機構のCMで取り上げられてから興味を持つに至った。「石炭を掘り尽くした時、島が死んだ。」「資源と共に消えた島」というナレーションが子どもながらに胸に突き刺さったのだ。世界遺産になった今、メジャーな観光スポットになってしまったが、本音は誰も訪れる人がいない、存在すらしらない時期に漁船をチャーターして行きたかった。

 5 詩

 これも難しい。父親が亡くなった30代後半によく詩を書いたきっと身内の死に際して感性が磨かれたのだと思う。その頃、。「風越波海」というペンネームで、100篇近い詩を創作してホームページに掲載した。今は経験不足でなかなか恵まれた発想が出てこない。たぶん、次に創作意欲が湧くのは、自分の死期が近くなった時だろうと思う。自分の人生を振り返り、いろいろな場面が走馬灯のように記憶を蘇らせることだろう。幸い、今はそこまで大病はしたことがないので、あまりいい詩は浮かんでこない。 詩や俳句、短歌、川柳などの言葉を用いて創作するのは、喜怒哀楽を含めた人生経験がないと難しいようだ。

 6 その他

 現在行っている趣味を継続したい。特に海釣り。震災で我が福島県は、原発事故の放射性物質拡散により、セシウムなどが海洋汚染を引き起こしてしまい、水産業は本格再開には程遠い。特に私が海釣りに興味を抱くきっかけをくれた「請戸漁港」は福島原発に一番近い漁港のため、なかなか釣りをするには敷居が高い。かといって、震災後も小名浜やフランチャイズの中之作漁港で何度か釣りをやったが、釣った魚を口に入れるのを憚りたい線量だったため、キャッチ&リリースで終わった。
 そろそろ海洋汚染も収まり、小名浜を中心にその周辺での釣りを再開したい。郡山在住だと往復で180kmは車での走行を強いられるので、
一度遠ざかってしまうと腰が重くなる。されどアイナメ、カレイ、サバを数多く釣った経験から、やはりもう一度地元で釣った魚をおいしく食べるまでは死ねないと思った。
 しかし、どうしてもバイクだけはもう乗る気になれない。体力的に180kg以上もあるモンスターを自分が自在に操る自信がないのだ。学生時代とは異なり、ぎっくり腰を何度も経験している私は、倒れたバイクを起こすのもひと苦労。バイクは一歩間違うと死ぬ確率は車よりもはるかに高い。とっさの時の反射神経は20代と現在の自分では天と地ほど違う。運転を誤れば即、死である。
 前のバイク(CBR)を廃車にする際、「次バイクに乗るときは死ぬ時だ」と覚悟を決めてバイクから降りた身としては、あまり興味を持たなくなった。そして若い頃、バイクを運転中ヒヤッとする経験を何度もした。転倒もしたし、中型トラックに巻き込まれる体験もした。
 現在、毎朝、降圧剤を服用している私にとって、「ヒヤリ」体験は心臓や脳血管に響く。まさに命がけなのだ。よって、旅先では足としてもっぱらレンタカーを使いたい。
   
 また、20代でとり付かれた「スキー」は体力が持たないのでこの10年で1~2回しか行っていない。寒いのが極端な私が1シーズン30回もゲレンデにいたなんて今思えば神がかり的だ。上手くなりたい一心、いやはっきり言うと女の子にモテたい一心で、隠れて仕事終わりにナイターに出向き、友人の知らぬ間にこっそり腕を上げたいだけだった。その甲斐あって26歳で念願の1級を取得した。準指や指導員まで行きたかったが、その時にいわき市に転勤になり、そこからスキー場へは縁遠くなってしまった。
 
 つい最近スキー場に行ったのは7年前の箕輪だった。これが最後だと思う。おそらく通算で270回程度スキー場に行った私がこの有様だ。でもそのおかげで、体力は同じ年齢の方よりは身軽だと思う。脚は丈夫で、通勤時にはコインパーキング駐車場から職場まで500mを走っても結構なスピードでたどり着く。
 今は行く気は満々なのだが、寒くなると尻込みするし、20代の頃は雪道もFRのソアラでも頑張って運転したのに、その後4WDを乗り継いだのに雪道走行が億劫になり、ますます遠ざかった。スキー板も今では誰も使っていない身長+15cmもある重い板。しかもカービングでもロッカースキーでもない。25年前に買った「NISHIZAWA」という国産のデモンストレーターだ。当時はデモパンを履けるほど細長い脚だったが、今やウエストが12㎝も太ってしまい、古着屋行きだった。それも5万円で買ったウエアが200円でしか引き取ってくれなかった。
 「バイク王」の買取りではないが、思い入れがあるのにたった200円…。絶句。思わず売るのをやめて「ライザップ」で頑張って痩せようと考えたほどだ。でもそこまで根性などあろうはずがなかった。
  
 さて、今日の記事は、同じ境遇で同じ悩みを抱えている人は、共感していただけたかもしれない。退職して時間だけが無意味にそして無常に過ぎていくことだけは避けたい。残された時間が僅かなら、自分で何かを始めないと何も残せないと思う。それに退職後は無職で無給となる。できるだけ金のかからない方法で満喫できるものを見つけたい。

 最後にヒントになるかわからないが、我が郡山には駅前の「ビッグアイ」に生涯学習を手助けする「あさかの学園大学」がある。高齢者同士が日々、楽しく学んでいるという。「50の手習い」ならぬ「還暦の手習い」だが、ひとつ覗いてみても面白いかもしれない。

 また、麓山にあるNHKではカルチャースクールの「文化センター郡山教室」を実施している。認知症防止のために、同世代の方々や年齢の異なる方々と交流を持つのも楽しい老後を過ごすヒントかもしれない。
 そのホームページを覗くと、いろいろな教養講座がある。教養・文章文芸・コミュニケ―ション・くらし美容ビジネス・外国語・手芸工芸・
音楽・和楽器古典芸能・伝統文化・書道カリグラフィー・絵画・カメラビデオ・健康エクササイズ・スポーツ・ダンス・舞踊・食とグルメ・屋外・旅行企画など盛りだくさんだ。ひとつやふたつ自分の好みに合う趣味が見つかると思う。ぜひ活用してみてはいかがでしょう。
  
  URLはこちら⇒ https://www.nhk-cul.co.jp/school/koriyama/

 

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