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2020年6月29日 (月)

生きる意味

 いきなり「竹内まりや」の曲のような高尚なタイトルを付けてしまったが、今回は雑感めいた類の記事で、大言壮語するようなものではない。
 さて、歳を重ねるたびに人生とは魔訶不思議なものだと思ようになった。神が授けてくれた等しい重みの尊い命でありながら、生まれつき病に侵され、短命で終わってしまう命があれば、100歳を越えてようやく天に召される命も存在する。
 また、「憎まれっ子世に憚る」を地で行くように生き恥を晒しながらお迎えが来るのをただ待つ身の方もいる。「天命」とは言え、なんと神はいたずらに命というものを不平等に扱うのか・・・。

 私の信条として、不慮の事故等を除けば、「人生は太く短く生きる」か「細く長く生きる」かのどちらかだと考えている。たとえば、「和製ジェームズディーン」と呼ばれた「赤木圭一郎」や「石原裕次郎」、「美空ひばり」、「大場政夫」などは前者だろうと思う。細く長く生きた人は、実名を挙げると支障が出るため、控えるが、人知れず、目立たたずに細々と生きながらえている方などが該当するように思う。どちらが良いかは正直どちらとも言えない。

 ところで、「親孝行したい時に親は無し」という言葉がある。しかし、それは私は正しい表現ではないと思っている。
 赤ちゃんが誕生した瞬間に、親というのは我が子を通して最高の幸せを得ている。この世に生まれてくれたこと、そして私たち夫婦の子どもとして誕生してくれたことにこの上ない喜びと深遠なる感謝の念を感じる。

 母親は筆舌に尽くしがたいほどの文字通り「産みの苦しみ」をもって我が子をこの世に産み落とす。その苦痛は絶対に男にはわかり得ないし、「母は強し」の語源はこういう所にも表されている。母親は死ぬほどの苦しみを味わって我が子を産むのだ。だから、昔のドラマなどで反抗期の娘が、「勝手に産んだくせに」という捨て台詞を吐いた時に、母親が思わず娘の頬を平手打ちする場面があったが、それは歳を重ね、同じ境遇にならないとわかりえないと思う。場合によっては相当な難産で、母親が自分の命と引き換えに子どもをこの世に残すことだってある。

 ゆえに、母なる存在は偉大で、父親には絶対に負けないほどのありったけの愛情を我が子に注ぐ。子どももどちらかと言えば父親よりも母親になつくのはそのためかもしれない。それは学習というより本能的にそうなるのだろう。

 ところで、今回、「生きる意味」というタイトルにしたのは、毎年、様々な理由によって自ら命を絶つ方が後を絶たないことにある。「死ぬ気になれば何だってできる」と思うのは浅はかで、悩みはその立場に直面しないと到底理解できない。 他人から見れば些細で、大層なことに思えないことが、悩んでいる本人には死ぬほど苦しいことだってあるのだ。

  しかし、自身の半生を振り返ると、決して順風満帆な道のりではなかった。どちらかと言えば嫌なことが7割、嬉しかったことや幸せを感じた瞬間などは3割程度にすぎなかったと思う。様々な場面で、重荷やプレッシャーを背負って人間というのは生きている。途中挫けることもあったし、失恋や人間関係で悩み、仕事上のトラブルなどで逃げ出したいと思うことも多々あった。

 しかし、私は大学時代に或るミュージシャンの珠玉の一曲と出会って考え方を変えた。

 それは浜田省吾の「家路」という曲で、今でも私の人生のバイブルとなっている名曲だ。

 「Youtube」のコメント欄を見ると、自殺を考えていた人が、この曲を聴いて思いとどまったとか、あるいは身内を失い、どん底にいた自分を奮い立たせてくれたのがこの曲だったとか。とにかく生きる勇気を貰った人がいるのだ。

 私は20代の頭にこの曲と出会い、取り越し苦労と小さなことでくよくよしがちだった私に勇気を与えてくれた。

  悩みの大半は、人間は一人で生きているわけではなく、人とのしがらみの中で生きているため、窮屈なルールがあったり、人間関係のいざこざだったり、経済面や健康面などさまざまな制約を受けて、あるいは障害が立ちはだかった中で存在しているから起こり得るのだ。

 時として人は、他人と競争したり、優劣をつけたがる節がある。均等にバランスがとれた人など存在しない。誠実な人でも裏の顔は違ったり、恋愛中に気づかないことが、結婚し同居して初めて知る顔がある。金欲、出世欲、食欲、物欲、性欲など、人間は様々な欲求を持っている。それが満たされないと不満を感じたり、他にきつく当たったりする原因となる場合がある。何かにつけ人を「いじりたがる」人は、幼少期に何かしら満たされなかった感情が表に出た結果だと言えるだろう。仏教ではこれを「煩悩」と呼び、人は1年間に108もの煩悩を持つと言われている。すなわち、人は生きていく中でこの煩悩との闘いを強いられるのだ。

 よって悩みの無い人間など存在しない。傍目にはどんなに幸せそうに見える人でも何かしらの悩みを抱えて生きている。中には人には言えない大きな悩みもあるし、いっそのこと死んだほうがましだと深くもがき苦しむものもある。だから年間3万人程度もの人が自ら死を選んでしまう。
 だが、よくよく考えると、「輪廻転生」など存在しないように思える。自分の前世が何だったかなどは知る由もないからだ。したがって、せっかく知性や教養が高い「人間(ヒト)」として生まれて来た以上、「限られた80年ほどの一生をみすみす自ら断ち切っていいのだろうか?」と考えを改めさせられる。死んだ後、また同じ人間に生まれ変われる保証などどこにもないのだ。

 だとしたら、人間はこの世界に生まれてから、ずっと死に向かって歩み続けている。そう考えると、人間、一度死んだと思って、また人生をやり直すだけの方向転換があってもよさげだと思う。しょせん「対岸の火事」だと言われそうだが、一度失われた命は二度と戻らないと考えれば、自ら死を選ぶのは、実にもったいない話ではないのか。

 それに生きたくても生きられなかった命がある。戦時中は愛する人を守るために、この国を守るために若くして戦場に散った命がある。また、何も悪いことをしていないのに、先天的な病や障害を持って生まれ、間もなく失われた命もある。痛い思いを繰り返しながら、懸命に治療と向き合い、それでも白血病や脳腫瘍などに侵されて、周囲に惜しまれながら天国へ旅立った命もある。人としてこの世に生を受けながらも、人生経験も許されずに、この世を去った命。神はなんと無慈悲なのか。
 我が福島県にも先天的な染色体異常で障害をもって生まれ、たくさんの支援で臓器移植をしたものの、僅か数年で亡くなった赤ちゃんがいた。一方では、アイドルになることを夢見て、何度も手術を繰り返しながらも、自らの努力で夢をかなえ、ファンに笑顔を届けてくれた郡山市出身のアイドルもいた。しかし、思いは届かずに天に召された。彼女たちが私たちに命を以て遺してくれたものを私たちは受け継いでいかなければならないと思うし、決して忘れてはいけないと思う。


 「死んだ気になって」とか、「死ぬ気になってやれば何でもできる」という言葉もあるが、そんな死を選ぶからには相当の苦悩があるに違いないのはわかるが、生まれ変われない以上は、世界に、いやこの宇宙でひとつしかない尊い命を粗末にしてはいけないとう思いに突き当たる。神に選ばれ、母親の努力や苦痛の果てに生まれた命なのだから。

 私は特段、宗教に凝っている訳ではないし、それに傾倒もしていない。大言壮語をしてしまったが、これが人生の下り坂に入った私の実感であり、雑感でもある。

 ここで竹内まりやの「人生の扉」と「命のうた」の2曲をリンクしたい。

 誰もが老いは怖いが、歳をとることはそんなに悪いことじゃないと語りかけている。その年齢でしか出せない味があるし、年齢と共に命を愛おしく感じるようになる。余命いくばくもないなら、その命を大事にしようと実感する。要は、歳を重ねても余命を悟っても、まだまだこれからひと花もふた花も咲かせたいという思いのような気がする。 

 この2曲は、そんな私の心情や人生観を代弁してくれるようで大好きな歌だ。

 悩みも振り返れば、きっといい想い出になる。生きてさえいれば・・・。やはり天から与えられた命、自分から命を絶つのではなく、最期も天命に任せるのが、一番自然な死の迎え方だと思う。遅かれ早かれ、死というのは誰にでも等しく訪れる。それまでは人生を精一杯生きることが産んでくれた母親への最大の感謝だと思うのだ。

 不況や今回の新型コロナウイルスなどで失業者が増加すると、生活が行き詰まり、それに比例するかのように将来を悲観して自ら命を絶つ人が多くなる。また、学生においては、夏休み明けの9月1日に自死するケースが多いという。おそらく友人関係やいじめを受けたことで、学校に行きたくないことを誰にも打ち明けられず、発作的に電車に飛び込んだり、高いビルから飛び降りる事故が相次いで起きる。東京や大阪などでは、ほぼ毎週にようにどこかで人身事故が発生し、その度に利用者に支障が出ている。それは驚くべき数だ。

 そういう方は、本日記載した記事を読み、そして紹介した曲をぜひ聴いていただきたい。生きていればいつかは「あの時死ななくて頑張って生きて良かった」と思う時が来る。「命」と向き合い、命の重みを感じてほしい。今すぐではなくても、きっと良き理解者が現れると信じて・・・。 
 

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