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2020年5月 9日 (土)

私の取るに足らないプチ自慢

 誰もこんなタイトルの記事を気に留める方もいないと思うが、単なる自己満足と備忘録を兼ねて敢えて掲載に踏み切りました。興味のない方はスルーしていただいて結構です。

 1.めざましじゃんけんで最高点をとった日

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 ちなみに、月~金までの「めざましテレビ」では1日4回のじゃんけんタイム、そして土曜日の「めざまし土曜日」では2回のチャンスがある。つまり毎週22回のじゃんけんが行われている。しかし、平日私は7時に自宅を出て仕事に行くことから、一日2回しかじゃんけんチャレンジできない。つまり、週あたり12回。なのにこの点数(315点ポイント)はビックリ!全部勝っても1回当たり20点ずつ加算しても240点満点。なのにこの点数はなぜ?もちろん不正などしていないし、出来るわけがない。からくりは、システム故障とかで、一日だけ得点が2倍になったことがあって、そこで達成したというわけ。

 しかし、この記事をアップした令和2年5月9日(土)、「めざまし土曜日」の1戦目のじゃんけんで勝って、300ptを達成。GW中、「STAY HOME」により、ほとんど家にいたことがこの二度目の300pt超えを達成できた要因。証拠の画像が下。

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 2.この希少なサイン、高く売れるか?

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 このサインは本物。皺が寄っているのは、汚れないようにラップを巻いているからで、実際はきれいだ。これは「おニャン子クラブ」や「AKBグループ」の仕掛け人の秋元康の奥さんの「高井麻巳子」さんの「おニャン子クラブ」時代の生サインだ。当時は会員番号16番で、福井県出身の彼女が原宿を訪れていた際、「夕やけニャンニャン」の生放送中にスカウトされ、「アイドルを探せ」のコーナーで合格点を取って「おニャン子クラブ」のメンバ入りを果たした。となっているが、表向きで、実はこれも内々にはこの日にそこにいるように番組関係者から仕込まれていたようだ。
 その後、番組で人気者となった彼女は、岩井由紀子(ゆうゆ)とコンビを組んだユニット「うしろゆびさされ組」でCDデビュー。そしてソロ歌手デビューも果たした。最初から秋元康に目をつけられていたと考える方が自然だ。
 AKBなどには「恋愛禁止」と厳しい掟を作っていた張本人が、自分がプロデュースしたアイドルと結婚してしまう矛盾。これが原因で「おニャン子クラブ」は人気絶頂の時にいきなり解散させられた。
 要は秋元氏の勝手な自己都合の我が儘にファンや他のメンバーは振り回されたのだった。その一件以来、私は秋元康を信じていない。単なるロリコンオヤジと一緒だ。岡村隆史の二の舞になりそうだが、若い女の子に「恋愛禁止」などと禁欲ルールなどを作って強制するから、欲求不満が溜まってグループ卒業後にセクシー女優になる元AKBタレントが多く出るようになったのだ。
 また、おニャン子クラブの作曲を手がけていた後藤次利もまた、おニャン子クラブのメンバーで、一番早く卒業させられた河合その子と結婚した。その後藤も、かつてはアイドル女優だった「木之内みどり」(現在は竹中直人夫人)と恋の逃避行でスキャンダルを起こした。

 3.今では廃刊?「国民の妹」の写真集

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 今から5~6年前、NHKの7時台のニュースで、天気予報を担当した女性気象予報士を覚えていますか?彼女は「ピアニスト」にして難関国家資格の「気象予報士」の試験もパスした才媛だった。その名前は「岡村真美子」さん。私は彼女のロリ顔にして可愛らしい声や話し方までお気に入りで、毎晩のように見ていたし、出演した時の映像を録画したDVD5枚を今でも所有している。
 さて、上の画像だが、当時、気象予報士がこのようなエッセイ写真集を出版することなど珍しかった。それくらい「国民の妹」として人気が高かったのだ。
 しかし、ある日を境に、彼女はテレビの前から姿を消してしまった。同じ気象予報士の男性と不倫関係にあったと週刊誌にスクープされ、ダーティーなスキャンダルを嫌うNHKが担当を交代し、それ以降マスコミに登場することもなくなった。自身のHPも閉鎖され、その後彼女がどうなったかは不明。本業のピアニストとしての活動もしていないようだ。したがって、上の書籍は今では書店には置かれておらず、廃刊になったと聞いている。
 私は今も彼女の動向が気になって仕方ない。健康で元気で、幸せに暮らしていることを願っている。

 4 国鉄時代の「愛国から幸福まで」の切符

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 1970年代、まだJRが国鉄だった時代に「愛国から幸福へ」がブームになったが、その後、「エキゾチックジャパン」がキャッチコピーとなった頃に、私が現地で買い求めた「愛国から幸福ゆき」の切符。私が訪ねた時はまだ国鉄で、広尾線が廃止になる前だったので、列車が実際に走っていた。その時は、幸福駅は駅舎自体が売店になっている無人駅で、記念切符の販売はしておらず、2つ北にある有人駅の「愛国駅」用の物しか存在していなかった。

 他にもお宝にしているものがあって、まだNTTが「電電公社」だった時代のテレカを持っている。こちらは残念ながら未使用ではなく、穴が開いているので価値は低いだろう。

 さて、今日は一週間ぶりに再開したブログにしてはお粗末な内容だったが、タイトルの通り「唯我独尊」なので、自画自賛ばかりで独善的な内容ばかりにつき、あまり目くじらを立てずにご覧いただければ幸いです。

 

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