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2020年5月23日 (土)

残念すぎる自分

 こうやって毎日のように記事を書ていると、そこそこの年齢にもかかわらず文才に乏しい私は、漢字や言葉の使い方など、平気で間違いを犯していながら恥ずかし気もなく過ごしていることに一抹の罪悪感を感じようになった。
 難しめの表現であったり、その事象を表すのに的確な言葉選びができず、戸惑ってばかりだし、その都度反省することしきりだ。日本人でありながら、知識や教養が欠如し、低俗な日本人のまま一生を終わるのかと思うと、自責や自戒の念に堪えない。 

 では、時々「あれ、どっちだっけ?」と思うものや自身の勘違いも甚だしい表現や素朴な疑問について具体例を示したい。

 1 「冬虫夏草」と「夏虫冬草」どっちが正しいか時々わからなくなる。
 2 「腹立たしい」を「腹ただしい」と言ってしまう。
 3  尾形大作が歌ってヒットした「無錫旅情」を「無職旅情」、つまりフーテンの寅さんのことだと思い込んでいた。

 4  感心や感銘を受けた時に用いる「心を打つ」と「胸を打つ」、それに「琴線に触れる」「涙腺が緩む」の上手な使い分けがわからない。

  「胸をよぎる」と「脳裏をかすめる」、「胸に去来する」、私などは手短に「頭に浮かぶ」でやり過ごそうとする。

 5 「心が狭い」ことを「狭量だ」とか、「度量に欠ける」など高尚な言い回しが出来る人を心底羨ましく思う。

  まして「心が貧しい」などという表現は日本語をより難しくしている。

 

 6 「寂寞」「寂寥」「饒舌」「乖離」などという詩的でレベルの高いセリフは使いこなせなかった。歌の歌詞やラジオで知った。
 7 「親バカ」と「バカ親」の意味の違いがわからなかった。まさに「バカ俺」

 8 「情けは人の為ならず」の意味を取り違えていた。「情けをかけるのはその人の為にならないからかけるべきではない」と解釈していたが、まるっきり違っていた。

 9 「気の置けない友」というのが「腹を割ってなんでも言い合える親友」の意味だと知らなかった。

  しかもどうやって腹を割るんだ?死んでしまうではないかと思っていた。

10 眠れない時、「羊が一匹、羊が二匹」と数えるが、でも羊って一頭、二頭だよなと考えると、夜も眠れなくなってしまう。

 

11「猫の手も借りたい」というが、猫に手はない。あるのは前足と後ろ足だけのはずでは・・・。何年も考え込み、悩んでいる。

  招き猫の置物もなぜか「左手」を上げる物とか「右手」を上げる物があって、それぞれ意味が違うという。あれ、手なの?って思う。

12 小心者の例えを「ケツの穴が小さい野郎」とか「肝っ玉が小さい奴」、「心臓が弱い」などというが、どれが一番いいの?
13 驚いたり、唖然とした時に「口をあんぐり開ける」というがあんぐりとは何なのか?「ぽか~んと」ではダメなのか?
14 日本人でありながら日本語を20%くらいしか使いこなせていない気がする。
15 志村けんがコントで演じた「バカ殿」は実際のモデルがいると思っていた。「小早川秀秋」とか?

 

16 嫁ぐと稼ぐは似すぎていて、区別がつかなかった。豚と琢、啄も同じ。 
17 納豆と豆腐(表現が逆では?)、草履と草鞋、笠と傘、霰と雹、靄と霞と霧 どう違うのか理解不能。 
18 河豚と海豚 フグは海にいるのに河の豚で、あんなに賢くてかわいいイルカがなぜ海の豚なのか理解できない。
19 なぜ海のシャチがお城のてっぺんに乗っかって鯱(しゃちほこ)なのか意味がわからない。強さの象徴?

 そもそも日本の海岸にシャチはいたのか?強い者ならサメとか虎や獅子で良かったのでは?

20 ラッコとアザラシとトド、オットセイとセイウチの違いって何なのかがわからない。大きさ?呼吸法?その分類は?

 

21 うさぎは飛べないし羽根も生えていなのにどうして「一羽二羽」と数えるのか? どうも僧侶の勘違いかららしいが。

22 しばしば、時々、時折、頻繁に、しょっちゅうの意味の違いがイマイチわからない 感覚でなんとなくはわかるが・・・

23 「しばらくぶりで」とはどれくらいの間隔なのか?「ひさしぶりに」とはまたどう違うのか?紛らわしい。
24 「小春日和」は春ではない。そして英語ではなぜ「インディアンサマー」なのか?学がないのでわからない。
25 「肌寒い」は秋に使う言葉だと知らなかった。一年中使ってしまっていた。

 

26 人名に大きいと小さいがある不思議 大きいほうがいいに決まっているのでは?小さい人は悔しくないのか?

 大田さんと小田さん、大原さんと小原さん、大田原市と小田原市、大木さんと小木さん、大畑さんと小畑さん、

 大熊さんと小熊さん、大橋さんと小橋さん、大倉さんと小倉さん、大川さんと小川さん、大沢さんと小沢さん、

 大和田さんと小和田さん、大滝さんと小滝さん、大野さんと小野さん、大室さんと小室さんなど どうでもいいことだが・・・。

  
27 今考えると刑事ドラマのタイトル「太陽にほえろ」って・・・。

  太陽にほえることが、どうして刑事ドラマと結びつくのかわからない。

 昔の青春ドラマのように「太陽に向かって走るぞ」などとは今は恥ずかしいし、時代遅れでとても言えないと思ってしまう。 

28 アライグマとレッサーパンダとたぬき、ハクビシンとイタチとムササビ、似すぎていて区別ができない・・・。

29 小噺と都都逸、古典芸能には能楽と雅楽、狂言、歌舞伎など似て非なるものがたくさんありすぎ。狂言師は詐欺師やペテン師のことだと思っていた。 

30 「かまいたち」はカマキリのように「カマ」を持った「イタチ」のことだと思い込んでいた。

31 「ジャスミン茶」と沖縄の「さんぴん茶」は別物だと思っていた。中国語の「シャンピェンツァー」が訛って「さんぴん茶」になったようだ。

32 「1980年」は1970年代だと知らなかった。どうみても1980年代のように思えてしまう。同じ理由で「2000年」は1990年代であって、まだ20世紀なのだ。

 

 最後は「チコちゃん」への質問コーナーのような内容になってしまった。

 

 ところで、作家や新聞記者、編集者などは同じ意味でも難しめの言葉選びをする。そのほうが博識で学があるように見えて、格式が一段高くなるからだ。いくらわかりやすくても平易で稚拙な表現を用いると、安っぽく思えてしまうから、おのずとそうした難解なものを敢えて選択するように思える。だから新聞のコラム欄や社説、論説は辞書片手に格闘しながら読まないと行間を読むことすら厳しい。

 私より10歳程度先輩の世代は、その昔「文学青年」と呼ばれる方々が多く、小説などの純文学を読み漁って、知識と教養をま磨いていた風潮があった。哲学的な思想や適切な表現力に随分舌を巻き、学の足りない自分を「自己反省」させられたものだ。

 

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