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2020年4月27日 (月)

不運続きで残念な福島県・・・

 自分の故郷にして、現在の居住地に敢えてこのようなタイトルを付けたのは、郷里を蔑むためでは毛頭ない。まして卑屈に考えているわけでもない。そこは冒頭でおことわりがてら明言しておきたい。
 
 それにしても我が福島県は、2011年の「東日本大震災」に伴う「東京電力福島第一原子力発電所」の爆発事故以来、数奇な運命に翻弄されているような不運な出来事が相次いでいる。もちろんその最たるものは放射性物質拡散に発した長期に渡る避難生活と、現在も続く農作物や水産業への風評被害だが、実際はそれだけには留まらない。まずはそう思う根拠を示したい。


 1 東京五輪の会場予定だった福島市の野球・ソフトボールが延期になった。

 福島市西部の「あづま球場」はもともと森に囲まれた美しいロケーションにあった。それが野球とソフトボール会場に決定した後、福島県は、天然芝が美しかったこの球場を、莫大な予算を捻出して総人工芝に張り替える大規模工事を実施した。
 なのに、1年後に延期の不運。私は来年の開催も難しいと見ている。それは経済優先主義の政府の日和見対策では、1年後も「新型コロナウイルス」が終息できず、現在の窮状とさほど変化はないと思えるからだ。
 私自身は2年後の2022年まで延期されるとみている。そうなると、維持費もまた嵩み、福島県の財政を圧迫するのは必至。
Azumabaseballpark

 2 映画「Fukushima50」の観客激減で収益が減少

 今年最大の映画になる予定だった「Fukushima50」。2011年に発生した「東京電力福島第一原子力発電所爆発事故」で事態の収束を図ろうと、原発建屋内に留まり、放射能汚染の拡大を防ぐべく被爆の恐怖と背中合わせの中、最前線で命を張って闘った50人の職員、ヘリコプターで海水を散布した自衛隊、そして決死の覚悟で原子炉冷却のための放水作業を実施した東京消防庁の隊員たちの壮絶な格闘を描いた作品だった。

 本来であれば、日本中を感動の嵐に巻き込む壮大なスケールの映画で、大ヒット間違いなしの名作になるはずだった。しかし、よもや新型コロナウイルスの蔓延で、政府の全国の「緊急事態宣言」の発出によって劇場が封鎖される事態となった。当初見積もっていた観客動員は5分の1以下に落ち込んだ。渡辺謙、佐藤浩市などそうそうたる俳優陣が出演し、巨額な費用を投じて制作された一大スペクタクルであった。

 私が残念に思うのは、あの時、緊迫した発電所内の最前線本部でどのようなドラマが繰り広げられていたのか、その生死を賭けた奮闘ぶりを全世界の人々にアピールする絶好の機会を失ったことだ。
 ともすれば「東日本壊滅」の危機的状況をどう乗り越えたかのかを知ってもらいたかった。現状では、当分の間は、各劇場は封鎖されたままで上映再開されないだろうし、上映が延期、あるいは延長されることもなさそうだ。それほど新型コロナウイルスが猛威を震い、見通しがつかないからだ。

 3 朝ドラ「エール」で福島市に観光客が押し寄せるはずが・・・

 現在放送中のNHK朝ドラ「エール」。「栄冠は君に輝く」や「東京オリンピックマーチ」など不朽の名作を数多く残し、戦後の日本を元気づけた作曲家・古関裕而。彼は福島市出身で、古関役の窪田正孝をはじめ、その家族や登場人物が福島弁まるだしで話すその様子は、福島県民にとっては、言い知れぬ感動を覚えるものだし、新たな希望の光を感じさせる番組だった。
 本来であれば、東京オリンピック開催の2020年、そしてこのゴールデンウィークに、「聖地巡礼」のような少し気の早い愛好家たちが、多数福島市を観光で訪れるはずだった。テレビに登場した名所などは大変な賑わいを見せるに違いなかった。「東京オリンピック」との相乗経済効果は計り知れず、大いなる「エール効果」が期待出来るはずだった。

Yell

 そう断言するには理由がある。それは以前、「てっぱん」が放映された際に、私自身が広島県尾道市を訪れたからだ。私だけでなく、そういうロケ地辿りを旅の目的にしている旅行者が全国には相当数いるのだ。そして震災後に放映された「あまちゃん」では、全国の「あまちゃん」ファンが、岩手県にどっと押し寄せた。北三陸リアス線や「北の海女」がいる「小袖漁港」を目当てに大挙して観光客が押し寄せたことでも証明できる。同じ現象やフィーバーが期待されていたのだ。
 
 その期待とは裏腹に、新型コロナウイルス感染拡大に伴う措置として全国一斉に「緊急事態宣言」が発出され、外出自粛はもとより、営業自粛を余儀なくされた店舗や企業が多く出たのは周知のところだ。観光業界は頭打ち、景気や経済活動は停滞。出口が見えないウイルス感染パニックのスパイラルに見舞われた。
 
 それにしても、なぜか福島県は、毎回こうした好機に際し、不運な出来事が多く発生する。このようなことは、最近の出来事ばかりではなく、10年以上も前から続いている。次にそれを例示しよう。

 4 首都機能移転で最有力候補から奈落の底に 

 もっと言えば、今から20年ほど前、「首都機能移転」の気運が盛り上がり、元県知事だった佐藤栄佐久氏の奮闘により、我が福島県とお隣りの栃木県が最有力候補になった。1999年に「栃木・福島地域」、「岐阜・愛知地域」、「三重・畿央地域」の3地域に絞られた際、小泉首相が「東京と大阪を結ぶ線上には誘致しないほうがいい」という一言で、「福島・栃木」に決まりかけ、県民も歓迎ムードが漂っていた。
 誘致をPRするCMは首都圏でも流され、結構な費用を投じた。

 最後のくまさんのセリフ「地震も少ないんだってよ~」は、今思えばあまりにも痛すぎる。
 
 この大規模誘致キャンペーン&ロビー活動で、唯一の欠点は誘致のキャッチフレーズが「森に沈む都市」だった。沈むはマイナスイメージでしかない。なぜそのフレーズを使用したのか意図がわからない。
 しかし、行け行けドンドンだったまさにその時、石原慎太郎が東京都知事になったのを契機に事態は一変した。石原都知事の「鶴のひと声」でそれまでの苦労がお釈迦になった。我が福島県は誘致に関わるロビー活動や宣伝広告費などで莫大な費用を投じていた。首都機能移転の実現に備え、インフラ整備も完璧だった。阿武隈山系の豊かな自然を切り開いてまで建設した「福島空港」の開港や小名浜港の拡張、それに首都機能候補地を囲むように計画された「トライアングルハイウェイ構想」など、あの当時は福島県は勢いに満ちていた。
 その苦労が石原都知事の出現により一気に水泡に帰すことになってしまった。当然、福島県民の落胆ぶりは大きかった。
 
 しかし、今思えば、その後の「東京電力福島第一原子力発電所事故」で多数の地域が緊急避難を余儀なくされた状況では、結果論だが、誘致していなくて幸いだったと言えるだろう。
  

 5 うつくしま未来博

 2001年夏、須賀川市郊外の阿武隈山系の広大な森林一帯を切り開き、最新テクノロジーの粋を集めて開催された「うつくしま未来博」。交通不便な山奥を会場にしたことで、そこにたどり着くのに手間暇を要した。そこに中央資本の大企業が出展し、大掛かりなパビリオンや一早くロハスを取り入れ、「自然との共生」をテーマにした展示などが目を引いた。当時、全国知事会の副会長を務めていた佐藤栄佐久氏の力は絶大で、数多くの企業が賛同し、アトラクションやパビリオンを出展させ、大々的に開催された。また、会場には「観覧車」や「空中散歩」と銘打ったスキー場のゴンドラで移動できる「スカイケーブル」などが目玉だった。パナソニック館では3D映像を流すアトラクションがあったり、すり鉢状の階段で最深部にステージを設け、会期中、日替わりで世界の国の民族音楽の演奏を行っていた。その中でも大人気だったのが「からくり民芸茶屋」と「なぜだろうのミュージーアム ムシテックワールド」だった。
 また、夕方から夜にかけては会場の中央部に設けられた池で、ウォータースクリーンを使用し、ライトアップしたイルミネーションの水上ショー(うつくしまナイトファンタジー)などが開催され、雰囲気を盛り上げた。なんとプロデュースを担当したのは、かの有名な音楽家の久石譲だった。

   地域交流館、産業未来館、農林水産館、21世紀建設館、くらしの知恵袋館、水の惑星ジ・アース、エコファミリーパーク、90市町村ふれあいパーク、国際交流ゾーン・ワールドビレッジ、森のネイチャーツアー&森の学校

 富士通館、健康長寿館、丸菱産業館、万博の歴史館、北陸マルタカ、パナソニック館、日立グループ館、ふれあい造幣館、NTTグループ館、東芝サザエさん館、IHIそらの未来館、資源エネルギー庁館、テラニシ「はだしらんど」、東北電力・東京電力共同館、トステムクイズギャラリー、NECフューチャーネットパビリオン、須賀川テクニカルリサーチガーデン館

 用地面積は約46ヘクタール。172億400万円の収入に対し、支出は160億300万円、約11億7千万円の黒字を計上した。開催期間中、200万人(県の総人口とほぼ同じ)の目標に対し165万7,002人が来場した。猛暑の影響で序盤の来場者は低調であったが、中盤からは1日あたりの入場者数が増加、最高となった9月23日には62,621人が来場した。 

 
 入場ゲートはその場しのぎの文化祭並みのお粗末なものだったが、「ムシテックワールド」などの実験研究学習施設は現在も唯一現存している建物だ。でもそこに行くまでが遠く、郡山市内からだと1時間近くかかる。

 私も「未来博」には3回ほど訪れた。当時の佐藤知事は全体で黒字だったと評価したが、実はこれにはからくりがあった。県外からの訪問客が思いのほか伸びず、チケットが大量に余り、県内の幼稚園から高校までのすべての学校の遠足で、未来博への入場を半ば義務付けた。入場数はそうして稼いでいた。宣伝PRや誘客用CMに使用された岩崎宏美の「永遠のこころ」の曲も素晴らしかった。
 

 現在、そこは一部の施設(ムシテックワールドとすり鉢状のステージ跡)だけが残り、その後、住宅団地として売り出されたが、周辺に商業施設はなく、夜には真っ暗で人影が少ない寂しい場所のため、今もあまり買い手がつかず、大量に売れ残り、空き地と化している。そこは疎開するようなへき地で、何か陸の孤島で島流しにあったかのような流転の地と化し、誰も寄り付かないであろう。出るのはタヌキ、イノシシ、イタチくらいのものではないか?


 6 福島空港

 1993年、東北で一番最後に開港したのが福島空港。それは県民の悲願でもあった。開港当時は飛ぶ鳥を落とす勢いで、滑走路が2000mでスタートしたが、500m延びて2,500mになり、ジャンボ機が就航できるまでになった。航路も札幌便、大阪便、名古屋便でスタートし、全日空と日本航空が就航した。その後、福岡便、函館便、沖縄便が路線開設した。その後、不定期ながらも帯広便、広島便が新たに加わった。
 さらには国際空港化し、定期便としてアシアナ航空のソウル便と中華航空の上海便が航路として追加となった。

 しかし当初の予想とは裏腹に、利用者が年々減り、2009年には日本航空が早々と撤退し、その後も 減便やら航路廃止などに歯止めがかからず、現在は大阪便と札幌便だけしかなく、一日1往復に減ったドル箱だった札幌便ですら新型コロナウイルスの影響で長期的な欠航となっている。今も再開の見通しはついていない。

Fukushima-airport   

 さて、我が愛する福島県ではあるが、過去にはこのような残念すぎる出来事に振り回された経緯がある。

 ここまで悪いことを書き連ねたが、最近の出来事で県民が沸いたことを書きたい。

 1 福島県産の日本酒が「全国新酒鑑評会」で7年連続金賞受賞数日本一に輝いた。 

 2 昨年の全国都道府県対抗男子駅伝競走において初優勝を飾った。

 3 今春、震災以降、不通となっていた常磐線が全線再開通した。 


 結びにこれからの見通しについて語りたい。実はこのGWに最大の危機を迎えると見ている。あれほど小池知事が「STAY HOME」を訴えても、10連休以上ともなれば、中国の春節のように、東京を脱出し、地方へ人が流出するのは見え透いている。感染拡大が広まっても、日本人はどこか「自分は大丈夫」なるおかしな自信があって、実際に感染してようやく気付くケースがいかに多いことか。
 せっかくの大型連休を忍耐強く自宅で過ごす家庭がどれくらいいるだろうか。私は帰省も含め、まだ感染者が確認されていない会津地方を中心に、首都圏から観光客が押し寄せ、感染が拡大する危惧を抱いている。それが証拠に、国道を走行していると、すでに「大宮」や「袖ヶ浦」、「足立」、「八王子」などの県外ナンバーを多く見かけるようになった。稀少だが、営業しているパチンコ店の駐車場でも県外ナンバーの車が目立つようになった。大阪などでは要請を無視して営業を続けているパチンコ店の名前を公表したが、それも愚策でしかない。この状況下で、わさわざご丁寧に営業している店をバラしているようなもの。パチンコ愛好家にしてもれば、「そこは営業している」と受け取り、「ラッキー」とばかりにこぞってその店に殺到するだろう。現に大阪府のパチンコ店には遥々福岡県からやって来た人や岡山や大分ナンバーすら駐車場に停まっていた始末だ。そこでクラスターが発生する危険は増大する。おそらく2週間後に、大阪でパチンコ店を発生源とした感染者が急増するに違いない。自業自得と言えばそれまでだが、自己管理が希薄な人は感染リスクも高くなる。

 こうした危機的状況にあっても「パチンコ命」で半ば中毒症状の自分本位の愚行をする輩がいる以上、コロナ騒動終息など夢物語でしかない。声を大にして言うが、今は、我慢の時だ。経済効率ばかりを最優先し、もっと強い政府の方向転換の方針がない以上、この混乱は収まりそうもない。だから国民の意識改革こそがこの急場を凌ぐ最大の手立てなのだ。事実、「緊急事態宣言」から半月あまりが経過して、休校や外出を自粛し、自宅にとどまっている善良な都民は、相当なストレスで疲弊が著しい方もいる。これ以上の自粛生活は正直酷だが、万が一自分や愛する家族が感染した場合は、それ以上の窮状を強いられる。持病がある方は致死率も高くなる。よって今はただただ、我慢の時で、今日の頑張りが、2週間後の自分を救うと思ってほしい。

 経済は立て直すことができるが、一度失われた命は二度と戻らないことを最後に声を大にして言いたい。私たちは志村けんさんや岡江久美子さんが命を引き換えにして証明してくれたことを無にしてはならないのだ。 

 

 〈追記ー2020/05/03〉  新型コロナウイルスが猛威を奮う中、全国一斉に「JINー仁ー」が放送された。現在、命の最前線で闘う医療従事者へのエールの目的だと思う。江戸時代の流行り病のコロリは現在のコロナウイルスとダブらせている。南方医師がコロリに感染するストーリーは、医師や看護師が感染している現状そのままだ。  実は私は一週間前にこの物語のDVDを見たばかりだった。つい涙してしまった。  医療関係者には感謝してもしたりない。

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コメント

お隣の新潟県新潟市の独立FM局、新潟県民エフエム放送(FM-PORT)が来月末に閉局するそうです。
愛知県名古屋市のRadioNEO(Mega-net系)も同じです。
理由は、スポンサー不足による経営悪化です。
RadioNEOは東京のInterFMの子会社で、先に倒産し閉局した愛知国際放送(Radio-i)の実質的な後釜だったのに..。それら放送局が閉局とはとても残念です。
都市型系列や独立局は経営が危ないってことか..。

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