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2020年4月

2020年4月30日 (木)

国民栄誉賞の奇奇怪怪な選定基準

 「ザ・ドリフターズ」に国民栄誉賞を!

 今年、新型コロナウイルスで惜しまれながらこの世を去った「志村けん」さん。生前、「8時だョ!全員集合」で流行語になる名言の数々を遺したその功績や番組自体が視聴率50%超えを記録したお化け番組の中心的存在だった。その彼が所属し、国民的人気を誇ったのが「ザ・ドリフターズ」だった。彼らを知らない日本人などまずいないだろう。古くは「ザ・ビートルズ」が来日した際、武道館公演で前座を務めたのが誰あろう「ドリフ」だったのだ。

 これほどの活躍をし、お茶の間の人気をさらった「ドリフ」に「国民栄誉賞」をあげない手は無いだろう。国民の誰もが納得だと思う。

The-drifters2

 まずは、安倍首相に英断をお願いしたい。現在は、新型コロナウイルスの収束に向けて、手が回らないだろうが、この騒動が収まったら、ぜひとも授賞を検討して欲しいものだ。

 ところで、旧ブログでも2回、この国民栄誉賞の受賞基準があいまい過ぎて不透明だと訴えて来た。一向に改善されていない。どうも時の総理大臣の独断と偏見、あるいは個人的趣味や好き嫌いで選出しているのではないかという疑念を抱いている。

 これまで歴代首相の中で、この賞を制定した時の福田内閣が2人、宮澤喜一が3人、中曽根康弘は4人、麻生太郎が2人、菅直人は1団体、そして安倍晋三は7人となっている。細川護熙や竹下登、大平正芳、羽田孜、福田康夫、小泉純一郎などの歴代首相は、誰ひとりとして選出していない。しかもその基準は曖昧で意味不明。

 では、そう考える根拠を示したい。まず、これまで27名(1団体)にこの賞を授与している。なぜか圧倒的にB型とO型が多い。この人が選ばれているのに、より功績のある方が選ばれていない不思議。早速見てみよう。

  1.王 貞治(O型)・・・授与 福田赳夫(O型)

 「世界のホームラン王」の王貞治が選ばれているのに、400勝投手の金田正一や野村克也、張本勲などは選ばれない。ONのひとりでプロ野球の一時代を築いた長嶋茂雄も王の受賞から36年後のことだった。彼を評価したのは同じB型の安倍総理だった。ちなみに世界の盗塁王の福本豊は一度、と通算で最多安打記録のイチロー(三度)は辞退している。両者ともにB型。この型特有のあまのじゃくさが出ている。

 2.古賀政男(B型)・・・授与 福田赳夫(O型)

 昭和を代表する作曲家の古賀政男。彼が選ばれて、古関裕而が選ばれていないのは妙。「栄冠は君に輝く」「闘魂込めて」「六甲おろし」などがある。よくよく調べたら、その遺族が受賞を辞退していた。やはり福島県気質で、表に出たがらない性格はそのまま。生粋の会津人の政治家・伊東正義も大平首相が急死した後、総理代理を務めたが、その働きが顕著だったため、首相就任を打診され、労せずして首相になれたのに「私のような老兵ではなく、若手を起用すべき」との信念を貫き、自ら断った。「総理の椅子を蹴った男」として有名だ。

 3.長谷川一夫(A型)・・・授与 中曽根康弘(O型)

 昭和を代表する二枚目俳優。銭形平次で鳴らした大川橋蔵や「生きる」の志村喬、往年の名優の三船敏郎は選ばれていない。

 4.植村直己(A型)・・・授与 中曽根康弘(O型)

 昭和を代表する冒険家でマッキンリーで消息を絶った。7大陸最高峰を日本人最年少で制覇した冒険家の故・渡辺大剛さんも受賞する資格は十分ある。

 5.山下泰裕(A型)・・・授与 中曽根康弘(O型)

 柔道家でロス五輪で悲願の金メダルを獲得したパイオニア。世界柔道では無敵の強さを誇った。一方、オリンピック3連覇の野村忠宏は貰えない。

 6.衣笠祥雄(O型)・・・授与 中曽根康弘(O型)

 「鉄人」として連続試合出場の世界記録を達成した功績。では金本憲知はなぜ貰えない?犠打の世界記録を樹立した川相昌弘は?

 7.美空ひばり(O型)・・・授与 宇野宗佑(?)

 子役から銀幕を彩り、「昭和の歌姫」のお嬢だが、日活のトップスターだった石原裕次郎は貰えない。

 8.千代の富士(A型)・・・授与 海部俊樹(A型)

 元横綱で小柄ながら筋肉隆々の素早い取り口で「ウルフ」と呼ばれた。でも優勝回数22回の貴乃花は貰えない。日本国籍を取得した白鵬は令和2年春場所終了時点で優勝43回、過去に63連勝した記録は驚異で、引退後には貰えるだろう。

 9.藤山一郎(B型)・・・授与 宮澤喜一(O型)

 戦前からの大スターで晩年は紅白歌合戦の「蛍の光」の指揮者を務めたが、三波春夫は貰えない。

10.長谷川町子(B型)・・・授与 宮澤喜一(O型)

 国民的番組の「サザエさん」の作者だが、「漫画の神様」と呼ばれ、創世期を支えた手塚治虫や「ドラえもん」の藤子不二雄は選ばれない。私的には「ルパン三世」のモンキーパンチや「ちびまる子ちゃん」の故・さくらももこでもその資格は十分あると思っている。

11.服部良一(B型)・・・授与 宮澤喜一(O型)

 作曲家だが、50代半ばの私には功績を知る由もない。この方が貰えるのだったら、市川昭介や猪俣公章も貰って然るべきでは・・・。

12.渥美 清(B型)・・・授与 橋本龍太郎(AB型)

 「寅さん」シリーズが受賞できたのに、「若大将シリーズ」の加山雄三が貰えないのはなぜ?やはり没後でないとインパクトが弱いのか?

13.吉田 正(血液型不詳)・・・授与 橋本龍太郎(A型)

 生涯作曲数は2400曲を超える。都会的で哀愁漂うメロディーは都会調歌謡と称され、ムード歌謡から青春歌謡、リズム歌謡まで幅広く手掛けた。また、鶴田浩二、三浦洸一、フランク永井、松尾和子、橋幸夫、和田弘とマヒナスターズなど多くの歌手を育て上げ、第二次世界大戦後の日本歌謡史を代表する作曲家の一人である。大作曲家だが、年配の方以外は功績を知らないと思う。

14.黒澤 明(B型)・・・授与 小渕恵三(A型)

 「世界の黒澤」と絶賛された映画監督だったが、ゴジラやウルトラマンの生みの親で特撮技術の先駆者の円谷英二が選ばれないのはおかしい。

 また、小津安二郎や市川崑、山田洋次監督もまた候補に挙がって当然。


15.高橋尚子(O型)・・・授与 森喜朗(O型)

 2000年シドニー五輪で女子陸上界初の金メダルをもたらしたQちゃんの受賞は理解できるが、その4年後のアテネで同じマラソン競技で優勝した野口みづきが貰えないのはなぜ?不公平では?二番煎じ扱いではダメなのか?


16.遠藤 実(O型)・・・授与 麻生太郎(A型)

 古賀政男と並び称される大作曲家だが、演歌ばかりが重宝されるこの選定基準には憤りすら感じる。「およげたいやきくん」の佐瀬寿一や桑田佳祐、小田和正、ユーミンだってその賞に値する功績がある。


17.森 光子(B型)・・・授与 麻生太郎(A型)

 森光子さんは主演の舞台「放浪記」がロングラン上演の功績らしいが、「ピーターパン」の榊原郁恵も顕著だし、日本有数の美人女優の吉永小百合だって貰える資格はある。八千草薫もまた候補に上らないとおかしい。越路吹雪や美輪明宏も同様。

18.森繁久彌(B型)・・・授与 鳩山由紀夫(O型)

 「社長シリーズ」で人気を博した。でも彼が貰えて、孤高の役者である高倉健さんが貰えないのはなぜ?「水戸黄門」役を長く演じた東野英治郎さんだってお茶の間の顔だった。


19.なでしこJAPAN・・・授与 菅直人(O型)

 団体で言うならアテネ五輪で連投して日本に金メダルをもたらした上野由岐子率いるソフトボール日本女子代表チームにも差し上げるべき。

20.吉田沙保里(O型)・・・授与 野田佳彦(B型)

 彼女が貰ったのは当然だと思うが、オリンピック2大会連続で4個の金メダルを獲得した競泳の北島康介が貰えないのはつじつまが合わない。

21.大鵬幸喜(AB型)・・・授与 安倍晋三(B型)

 「巨人大鵬たまごやき」という流行語を生んだ角界の大横綱。優勝32回は、白鵬に抜かれるまでは日本人トップだった。でもさらに古いとはいえ、69連勝した双葉山すら貰っていない。また、憎らしいほど強かった「北の湖」は、引退後、理事長まで歴任して角界に恩返しまでしたのに貰えない。


22.長嶋茂雄(B型)・・・授与 安倍晋三(B型)

 ミスタープロ野球。ONで巨人軍の不滅の9連覇の立役者。燃える男など代名詞は多くあり、ファンに絶大な人気があった。でも現役引退後39年も経過して貰うのは、同じB型で個人的にファンだった安倍晋三のえこひいき人選では?

23.松井秀喜(O型)・・・授与 安倍晋三(B型)

 メジャーへの門戸を開いたパイオニアの野茂英雄が選ばれていないのはおかしい。WBC2連覇の際、MVPに輝いた松坂大輔は貰う資格が無いのか?

24.伊調 馨(B型)・・・授与 安倍晋三(B型)

 オリンピック4連覇の大偉業で、誰も文句のつけようがない。種目は違うが、ボクシングで13度も防衛に成功したチャンピオン具志堅用高が貰えないのはなぜ? また、オリンピック体操競技で個人総合2連覇を成し遂げた内村航平はなぜ貰えない?死後でないと評価されないのか?


25.羽生善治(AB型)・・・授与 安倍晋三(B型)

 当時、23歳で若くして七冠を達成した将棋界のホープだった。大山名人、中原名人など名だたる名棋士がいたのに、彼だけが受賞できた不思議。


26.井山裕太(A型)・・・授与 安倍晋三(B型)

 囲碁界を牽引する棋士の第一人者として、顕著な功績を重ね続け、年間グランドスラムを含む囲碁界初の2度の七冠同時制覇という歴史に刻まれる偉業を達成。平成生まれで初の受賞者となった。安倍晋三は若手の功労者を珍重する典型例だ。

27.羽生結弦(B型)・・・授与 安倍晋三(B型)

 男子フィギュアスケートで初のオリンピック2連覇を達成した功績。ではトリノオリンピックで日本人初の金メダルに輝いた荒川静香は貰えないのか?高橋尚子と同等の功績だと思うのだが・・・。


 功績がわかりやすいスポーツ分野や芸能分野、特に作曲家が圧倒的に多い。逆に文学界(作家)や古典芸能や落語界、医学界、経済界、発明家や開発者、あるいはノーベル賞を受賞した科学者は研究者などはなぜか受賞が見送られている。

 疑問1 死後(没後)に送られる例が多い。本人は栄えある受賞の報を知らないまま。
 疑問2 分野が偏りすぎ(スポーツ・芸能ばかり)
 疑問3 特定の首相が人気取りのために選出しすぎ
 疑問4 副賞が安すぎ(記念品または金一封)

 疑問5 血液型では判明している25名のうちB型が11人、O型が7人、日本人の約4割近いA型は5人しかいない。AB型は2人。B型はなぜ才能があって周囲に高評価されるのか。

 ほかに貰っても良さそうな面々 

 武豊、浅田真央、福原愛、谷亮子、田中将大、江夏豊、明石家さんま、萩本欽一、城達也、山田康雄、村上春樹、秋元康、本田宗一郎、松下幸之助、東洋の魔女チーム、岩崎恭子、大坂なおみ、桃田賢斗、円谷幸吉、倉本聰、矢沢永吉、smap

 

 最後に、冒頭で申し上げた「ザ・ドリフターズ」には国民栄誉賞をあげてしかるべきだ。その活躍は日本人なら誰もが知っている。リーダーのいかりや長介さん、旧メンバーの荒井注さんが先に鬼籍に入り、今年、よもやの流行り病で志村けんさんまでもが天国へと旅立った。残るメンバー3人(加藤茶さん、高木ブーさん、仲本工事さん)がご健在のうちに国民栄誉賞を授与すべきだ。でないと、誰が受賞したことを天国の3人へ報告しに行けるというのか?ぜひ決断をお願いしたいし、その機運を盛り上げてほしいと思う。

 追記

 この記事は、5日ほど前には完成し、公開を待つだけでしたが、本日30日付の「福島民報」の「あぶくま抄」に、私の記事と丸かぶりのコラムが掲載されていました。

 私が先で、決してパクりではないことをお断りしておきます。

2020年4月29日 (水)

選挙圧勝で図に乗る韓国をぎゃふんと言わせろ!

 韓国の文在寅大統領が勢いを吹き返した。経済破綻寸前の文政権だったが、運よく「新型コロナウイルス対策」が軌道に乗ったことを追い風にして、文在寅の革新系与党が選挙で圧勝した。日本を心底嫌うこの男が、「反日」を旗印に民衆の支持を取り付けた格好だが、その勢いのまま図に乗って日本へのいちゃもんを再燃させている。その公約が北朝鮮と結託し、徴用工問題で日本企業への損害賠償の現金化を強行する案を打ち出したのだ。いつまでも根に持つ「火病韓国人気質」で、思い上がりも甚だしい。

 戦後の日本の高度経済成長や躍進を妬む腐り切った根性は不変で、あの手この手を駆使し、どこまでも裕福な日本から強請り盗ろうと画策すれば気が済むのか?この民族は気が狂っている。韓国の繁栄は日本のパクリや長年の支援策の賜物であるにもかかわらず、ことあるごとに70年以上も前の解決済みの戦争責任をたびたび持ち出し、日本への対抗心や敵愾心だけでここまでやって来た「恨(はん)」の文化や思想が旧態依然で根付いたまま。

 日本が少しでも甘い顔をすれば、そこに付け込み、自制心はおろか理性もなく、図に乗ってどんどん付け上がる。羞恥心の観念がないこの国では、どこまでも日本が苦しむ姿を見ることで幸福感を味わうのだ。

 東日本大震災の際にスポーツのイベントで「日本の震災を祝います」などと書いたプラカードを掲示したり、サッカー選手がゴールを決めた際には日本を侮辱する「猿真似」をしたり、WBCの日韓戦で勝利後、太極旗をマウンド上に立てたり、まるで見境ない行動に走る。元から日本の初代首相を暗殺した犯人が韓国では英雄扱いだし、未だに日本大使館前には国際法違反の「従軍慰安婦少女像」が鎮座している。政府が国民感情を抑制できないから、国民の言いなり状態だ。10億円拠出した慰安婦賠償金も勝手に財団を解散し、その基金も何に使われたのか闇の中だ。

 ほかにも竹島を不法に占拠し、実効支配したままだし、靖国神社問題では閣僚が参拝すると、待ってましたとばかりに度重なるクレーム。慰安婦でこれ以上は金を巻き上げられないと知るや次は徴用工問題で日本に集る。かつて日本に暗躍した悪徳サラ金業者の取り立て屋よりも質が悪い。

 選挙圧勝後、次に何を始めるのかと思えば、メディア等で「日本を褒める発言や報道を禁止する法律」(称賛禁止法)を可決させる方針だ。相も変わらず日本への敵対心むき出しの姿勢で、国民感情を煽ることでさらに支持率アップを図る腹積もりだ。相も変わらず日本への敵対心むき出しの姿勢で、国民感情を煽ることでさらに支持率アップを図る腹積もりだ。

 当ブログ、旧ブログで何度も言っているが、日本国民の8割程度が韓国のこうした悪行を許せないし、嫌韓、反韓感情を募らせているのに、日本政府はアメリカとの三国の同盟関係を重視し、強い抗議をするだけで、有効手段に打って出られない弱腰外交のままだ。だから舐められるのだ。こういう相手にはガツンとグゥの音も出ないほど叱りつける必要がある。

 元から韓国は、日本よりも同族の北朝鮮との統一を願っている。100年経っても日本は積年の敵でしかない。日本を賞賛する行為を禁じるということは、批判や非難しかないということだ。日本はここ数年、韓国とは距離を置いて無視する方向で対処して来た。それを今後も継続してもらいたい。文在寅が日本バッシング外交を展開するなら、日本はアメリカや欧州諸国と連携を深め、韓国など眼中にないことを示すべきだ。そして韓国を疎外して滅亡に至らしめる方向で外交を展開したほうがいい。

 日本が今、新型コロナウイルスで陽性患者の数が韓国を上回ったことに万代の拍手をしている。通常ならお悔やみのひとつもあって援助の申し出があって然るべきなのに、慌てふためく日本の窮状を高みの見物としゃれこんでいる。こんな野蛮で非人道的な輩の国家とは一刻も早く手を切ったほうがいい。

 中国もまた同じ傾向が窺える。武漢が発祥のウイルスに相違ないのに、大陸文化・大陸思想そのままに、原因究明もしなければ謝罪すらない。世界中で数十万人の死者が出ているにもかかわらずだ。この国は遠い昔から賄賂と口利き、不正の巣窟だった。日本でいう時代劇の悪代官のような役人がのさばって来た歴史がある。「地獄の沙汰も金次第」の概念が染みついた思想文化だ。しかしそこに勧善懲悪なる思考はなく、悪人をやっつける善人ヒーローなどもいない。人を騙し、手玉に取って人の上に立つのが通常スタイルだ。一度でも謝ったら最後、見下され、これまでの地位を一気に失うのだ。捲土重来やもうワンチャンスは存在しない。だから自分が悪くても絶対に謝らない。

 その中国が、責任追及を回避するために行ったのは、口封じのためにWHOに追加の支援金を送っただけだ。悪いことを中国マネーの威力でチャラにしようという中国政府の汚いやり方だ。その中国文化にもっとも影響を受けているのが、ほかでもない隣国である朝鮮半島の民族だった。

 戦前は極貧国だった朝鮮。それを日本が侵攻し、インフラを整え、朝鮮人の生活は台湾と同様飛躍的に向上した。仕事がない者に仕事を与え、賃金を与え、生活は劇的に改善したのだ。それは日本のおかげなのだ。それを「強制労働させられたのだ」と逆切れするのはちゃんちゃらおかしい。恩を仇で返す行為にほかならない。朝鮮族は前述したとおり、「恥」という概念が薄い。搾り取れる時には寄ってたかってとことん搾り取り、骨の髄まで吸い取る民族だ。生きるためなら何でもしてきた。憎き日本に一矢を報いるためなら窃盗だろうが脅しだろうが何でもする。そして事実を歪曲し、適当な理屈を後付けし、我がものにする。そして他者を批判し、自分を正当化しようとする。全世界の民族の中でも1・2の下種を争うのが朝鮮族なのだ。

 21世紀の現代にあって、戦前の古い体制のまま時が止まったままの北朝鮮。瀬戸際外交で脅しと威嚇でしか物乞いできない政治体質。70年以上の前の大戦の責任を未だに糾弾しようとあれこれ画策を続ける韓国。どちらも同類。先進国にも入れない輩の分際で自分たちこそが世界一の民族と誤解している始末に負えない自負心と自尊心の塊。身のほど知らずも甚だしい。

 何度も言うが、「韓国ドラマ」にうつつを抜かしている場合ではない。歴史認識が薄い者に限って、やれK-POPだの韓流だのとチヤホヤする。イケメンだからというだけで食いつく愚かな発想はやめて、韓国人が日本人をどう思っているかを常に思考の真ん中に置いてそんな下卑な文化をありがたがらず、自国の文化に目を向けたほうがいい。

 憎き韓国や北朝鮮のことを語りだすと止まらなくなるが、あながち多くの日本人が抱いている反韓感情と同じだろうと思う。中には「サンデーモーニング」に出演している、元ソウル在住の解説員のように「ヘイトスピーチ」は何の得にもならない点を力説している輩もいるし、自分はマニフェストを一方的に破棄し、政権を丸投げして逃げておきながら、「韓国」の機嫌取りばかりしている勘違い非国民の狂人元首相もいる。日本人は今こそ強く自己主張し、物言う民族にならなければならない。日和見主義や傍観者は国際社会では一番軽蔑される。

 日本政府には今こそ韓国をぎゃふんと言わせる強い姿勢と対策をお願いしたい。G7に長年君臨し、先進国としての旗振り役をぜひしていただきたいものだ。

 なお、4月28日(火)現在、北朝鮮の金正恩総書記の健康状態が危惧されている。もしかして既に死去している可能性も否定できない。北朝鮮は、国家元首が亡くなると、被害妄想から、国外にその死去の報を隠そうとする。この隙に攻撃されることを危惧してのものだが。心臓血管手術の術後が思わしくないか、あるいは自らが手術で免疫低下している中、新型コロナウイルスに感染し、重篤な状態に陥っているかである。だから、わざわざ中国から有能な医師団を招き、金総書記の病状を回復させる意図が窺える。ゆえに、金総書記は生命の危機に瀕しているのは間違いなさそうだ。

 もし、金総書記が死亡したとすると、状況は混とんとする。これまでの金総書記を頂点にした権力の図式が崩れ、軍が暴走し、クーデターを起こすかもしれない。金総書記の実妹が実権を握るであろうが、北朝鮮にはこれまで女性の元首は存在しなかった。威厳や絶対服従の命令系統がきちんと踏襲できるのか?

 韓国の文在寅にしても寝耳に水。両国の関係にひびが入るも同然。友好的になることはなく、敵対関係が一層高まるだろう。そうなると「赤化統一」どころの話ではない。
 真相はまだ明らかになっていないが、近いうちにわかるであろう。いずれにしても日本と韓国の関係が改善することはまずあり得ない。泥沼化している両国は100年先も同じ立場で平行線をたどる運命でしかないのだ。

 もし変わるとすれば、韓国が経済破綻し、国家としての体を成せなくなった場合で、日本に救いを求めて泣きついて来ること以外には思い当たらない。それでも日本は甘い顔を見せず、それでも突き放した方が奴らのためだ。さんざん日本を敵視し、好き放題やってきた報いを存分に味わってもらうしかない。

 

 

2020年4月28日 (火)

私の昼休み散歩③

 「緊急事態宣言」が全国規模で発出されている今、しばらくの間、昼休みの散歩を自粛していた。しかし、春の陽気に誘われてまた外出したくなった。昼休みは50分程度なので、片道1km程度の散歩はデスクワーク中心の私には、運動不足解消に一役買うし、新型コロナウイルスをどこで貰うか不安ではあるが、足腰の鍛錬にはうってつけなのだ。冬ごもりの間、ろくに歩かず、食ってばかりの生活で、オーバーウエイト気味で、階段では息切れをするようになった。

 20代には1シーズン30回も行ったスキーも、寒さに勝てず、この7年は一度も行っていない。これでは肥満一直線だ。学生の頃は、178cmで60kgしかなかったひょろひょろ体型だった私が、今では80kgに迫るほどだ。80kgと言えば、同年代の方は記憶にあると思いますが、同郷の西田敏行が主演した「池中玄太80キロ」を思い浮かべる。そう、小太りの代表的な体型だ。自分もそういう域に達してはメタボ一直線で、様ざまな疾患を発症してしまいそうで怖くなった。

 そこでようやく暖かくなったことを契機に、また一日3,000歩以上、できれば5,000歩の歩行を目標にした。これで今年行われる「人間ドック」の際には75kg未満を目指したい。女性は皮下脂肪なので、すぐに贅肉が落ちるが、私のような長年酒浸りで脂っこい食生活を続けて来た身としては、内臓脂肪をふんだんに蓄え、1年半以上続けている毎朝と風呂上がりのストレッチ程度ではびくともしなくなった。やはりダイエットと適度な運動の必要性を身にしみて感じた次第だ。

 ところで昨春、私は郡山駅周辺のオフィスビルに転勤になり、今年で2年目を迎えた。よって、中心市街地周辺で、昼休みの散歩コースをA~Eまで5パターン考え、天気や温度、風の強さに応じて、更にはその日の気分も考えながら、自由選択で歩くことにした。

 さて、前置きが長くなったが、過去2度の記事では、郡山商工会議所主催の「世界の創作イス・ベンチコンテスト」で入選した作品を巡る散歩を実施した。しかし、街中(中心市街地)のそれらはほぼ出尽くしてしまい、それ以降はあまり新規に発掘できないままになった。

 今日は前回以降に発見したベンチを2つ掲載したい。

 4月3日(金)発見

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 通算23体目は、長く休館していた麓山の郡山中央図書館にあった。楽器は「ハープ」。それも子ども用図書が置いてあるコーナーにポツンと置かれてあった。昼の時間帯で、休館空けになったばかりだったので、利用者は少なかったが、学校が休校措置になっているため、真面目な高校生が勉学に勤しんでいた。たぶん、安積か黎明の女子生徒だと思われる。

 4月27日(月)発見

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 場所は、前に訪れて1Fロビーに「ベートーベンチ」と「ホイッスル」が置かれてあった「商工会議所」だ。盲点だったが、その2Fにポツンと置かれてあった。すぐに写メを撮ったが、昼休みの時間帯で商工会議所の職員らしき女性が2人、ソファで休んでいたため、シャッター音を立てて写メを撮るのが恥ずかしかった。その傍らに「ヘ音記号」との記載があった。音符を象ったベンチは「うすい百貨店」の3階にもあったが、24体目はやはり音楽記号だった。

 これで発見は24体だが、全部で55体が郡山市内のどこかに散らばっている筈。残り31体。まだ半分にも達していない。実は、桜見物の際、郡山市役所(本庁舎と西庁舎)にも足を運んだが、一体も無かった。もしかして別の商業施設とか行政センター、冨久山図書館とか希望ヶ丘図書館あたりにもあるのか?

 所在について知っている方は、「ここにもあるよ」とコメント等でお知らせいただければ幸いです。

 

 

2020年4月27日 (月)

不運続きで残念な福島県・・・

 自分の故郷にして、現在の居住地に敢えてこのようなタイトルを付けたのは、郷里を蔑むためでは毛頭ない。まして卑屈に考えているわけでもない。そこは冒頭でおことわりがてら明言しておきたい。
 
 それにしても我が福島県は、2011年の「東日本大震災」に伴う「東京電力福島第一原子力発電所」の爆発事故以来、数奇な運命に翻弄されているような不運な出来事が相次いでいる。もちろんその最たるものは放射性物質拡散に発した長期に渡る避難生活と、現在も続く農作物や水産業への風評被害だが、実際はそれだけには留まらない。まずはそう思う根拠を示したい。


 1 東京五輪の会場予定だった福島市の野球・ソフトボールが延期になった。

 福島市西部の「あづま球場」はもともと森に囲まれた美しいロケーションにあった。それが野球とソフトボール会場に決定した後、福島県は、天然芝が美しかったこの球場を、莫大な予算を捻出して総人工芝に張り替える大規模工事を実施した。
 なのに、1年後に延期の不運。私は来年の開催も難しいと見ている。それは経済優先主義の政府の日和見対策では、1年後も「新型コロナウイルス」が終息できず、現在の窮状とさほど変化はないと思えるからだ。
 私自身は2年後の2022年まで延期されるとみている。そうなると、維持費もまた嵩み、福島県の財政を圧迫するのは必至。
Azumabaseballpark

 2 映画「Fukushima50」の観客激減で収益が減少

 今年最大の映画になる予定だった「Fukushima50」。2011年に発生した「東京電力福島第一原子力発電所爆発事故」で事態の収束を図ろうと、原発建屋内に留まり、放射能汚染の拡大を防ぐべく被爆の恐怖と背中合わせの中、最前線で命を張って闘った50人の職員、ヘリコプターで海水を散布した自衛隊、そして決死の覚悟で原子炉冷却のための放水作業を実施した東京消防庁の隊員たちの壮絶な格闘を描いた作品だった。

 本来であれば、日本中を感動の嵐に巻き込む壮大なスケールの映画で、大ヒット間違いなしの名作になるはずだった。しかし、よもや新型コロナウイルスの蔓延で、政府の全国の「緊急事態宣言」の発出によって劇場が封鎖される事態となった。当初見積もっていた観客動員は5分の1以下に落ち込んだ。渡辺謙、佐藤浩市などそうそうたる俳優陣が出演し、巨額な費用を投じて制作された一大スペクタクルであった。

 私が残念に思うのは、あの時、緊迫した発電所内の最前線本部でどのようなドラマが繰り広げられていたのか、その生死を賭けた奮闘ぶりを全世界の人々にアピールする絶好の機会を失ったことだ。
 ともすれば「東日本壊滅」の危機的状況をどう乗り越えたかのかを知ってもらいたかった。現状では、当分の間は、各劇場は封鎖されたままで上映再開されないだろうし、上映が延期、あるいは延長されることもなさそうだ。それほど新型コロナウイルスが猛威を震い、見通しがつかないからだ。

 3 朝ドラ「エール」で福島市に観光客が押し寄せるはずが・・・

 現在放送中のNHK朝ドラ「エール」。「栄冠は君に輝く」や「東京オリンピックマーチ」など不朽の名作を数多く残し、戦後の日本を元気づけた作曲家・古関裕而。彼は福島市出身で、古関役の窪田正孝をはじめ、その家族や登場人物が福島弁まるだしで話すその様子は、福島県民にとっては、言い知れぬ感動を覚えるものだし、新たな希望の光を感じさせる番組だった。
 本来であれば、東京オリンピック開催の2020年、そしてこのゴールデンウィークに、「聖地巡礼」のような少し気の早い愛好家たちが、多数福島市を観光で訪れるはずだった。テレビに登場した名所などは大変な賑わいを見せるに違いなかった。「東京オリンピック」との相乗経済効果は計り知れず、大いなる「エール効果」が期待出来るはずだった。

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 そう断言するには理由がある。それは以前、「てっぱん」が放映された際に、私自身が広島県尾道市を訪れたからだ。私だけでなく、そういうロケ地辿りを旅の目的にしている旅行者が全国には相当数いるのだ。そして震災後に放映された「あまちゃん」では、全国の「あまちゃん」ファンが、岩手県にどっと押し寄せた。北三陸リアス線や「北の海女」がいる「小袖漁港」を目当てに大挙して観光客が押し寄せたことでも証明できる。同じ現象やフィーバーが期待されていたのだ。
 
 その期待とは裏腹に、新型コロナウイルス感染拡大に伴う措置として全国一斉に「緊急事態宣言」が発出され、外出自粛はもとより、営業自粛を余儀なくされた店舗や企業が多く出たのは周知のところだ。観光業界は頭打ち、景気や経済活動は停滞。出口が見えないウイルス感染パニックのスパイラルに見舞われた。
 
 それにしても、なぜか福島県は、毎回こうした好機に際し、不運な出来事が多く発生する。このようなことは、最近の出来事ばかりではなく、10年以上も前から続いている。次にそれを例示しよう。

 4 首都機能移転で最有力候補から奈落の底に 

 もっと言えば、今から20年ほど前、「首都機能移転」の気運が盛り上がり、元県知事だった佐藤栄佐久氏の奮闘により、我が福島県とお隣りの栃木県が最有力候補になった。1999年に「栃木・福島地域」、「岐阜・愛知地域」、「三重・畿央地域」の3地域に絞られた際、小泉首相が「東京と大阪を結ぶ線上には誘致しないほうがいい」という一言で、「福島・栃木」に決まりかけ、県民も歓迎ムードが漂っていた。
 誘致をPRするCMは首都圏でも流され、結構な費用を投じた。

 最後のくまさんのセリフ「地震も少ないんだってよ~」は、今思えばあまりにも痛すぎる。
 
 この大規模誘致キャンペーン&ロビー活動で、唯一の欠点は誘致のキャッチフレーズが「森に沈む都市」だった。沈むはマイナスイメージでしかない。なぜそのフレーズを使用したのか意図がわからない。
 しかし、行け行けドンドンだったまさにその時、石原慎太郎が東京都知事になったのを契機に事態は一変した。石原都知事の「鶴のひと声」でそれまでの苦労がお釈迦になった。我が福島県は誘致に関わるロビー活動や宣伝広告費などで莫大な費用を投じていた。首都機能移転の実現に備え、インフラ整備も完璧だった。阿武隈山系の豊かな自然を切り開いてまで建設した「福島空港」の開港や小名浜港の拡張、それに首都機能候補地を囲むように計画された「トライアングルハイウェイ構想」など、あの当時は福島県は勢いに満ちていた。
 その苦労が石原都知事の出現により一気に水泡に帰すことになってしまった。当然、福島県民の落胆ぶりは大きかった。
 
 しかし、今思えば、その後の「東京電力福島第一原子力発電所事故」で多数の地域が緊急避難を余儀なくされた状況では、結果論だが、誘致していなくて幸いだったと言えるだろう。
  

 5 うつくしま未来博

 2001年夏、須賀川市郊外の阿武隈山系の広大な森林一帯を切り開き、最新テクノロジーの粋を集めて開催された「うつくしま未来博」。交通不便な山奥を会場にしたことで、そこにたどり着くのに手間暇を要した。そこに中央資本の大企業が出展し、大掛かりなパビリオンや一早くロハスを取り入れ、「自然との共生」をテーマにした展示などが目を引いた。当時、全国知事会の副会長を務めていた佐藤栄佐久氏の力は絶大で、数多くの企業が賛同し、アトラクションやパビリオンを出展させ、大々的に開催された。また、会場には「観覧車」や「空中散歩」と銘打ったスキー場のゴンドラで移動できる「スカイケーブル」などが目玉だった。パナソニック館では3D映像を流すアトラクションがあったり、すり鉢状の階段で最深部にステージを設け、会期中、日替わりで世界の国の民族音楽の演奏を行っていた。その中でも大人気だったのが「からくり民芸茶屋」と「なぜだろうのミュージーアム ムシテックワールド」だった。
 また、夕方から夜にかけては会場の中央部に設けられた池で、ウォータースクリーンを使用し、ライトアップしたイルミネーションの水上ショー(うつくしまナイトファンタジー)などが開催され、雰囲気を盛り上げた。なんとプロデュースを担当したのは、かの有名な音楽家の久石譲だった。

   地域交流館、産業未来館、農林水産館、21世紀建設館、くらしの知恵袋館、水の惑星ジ・アース、エコファミリーパーク、90市町村ふれあいパーク、国際交流ゾーン・ワールドビレッジ、森のネイチャーツアー&森の学校

 富士通館、健康長寿館、丸菱産業館、万博の歴史館、北陸マルタカ、パナソニック館、日立グループ館、ふれあい造幣館、NTTグループ館、東芝サザエさん館、IHIそらの未来館、資源エネルギー庁館、テラニシ「はだしらんど」、東北電力・東京電力共同館、トステムクイズギャラリー、NECフューチャーネットパビリオン、須賀川テクニカルリサーチガーデン館

 用地面積は約46ヘクタール。172億400万円の収入に対し、支出は160億300万円、約11億7千万円の黒字を計上した。開催期間中、200万人(県の総人口とほぼ同じ)の目標に対し165万7,002人が来場した。猛暑の影響で序盤の来場者は低調であったが、中盤からは1日あたりの入場者数が増加、最高となった9月23日には62,621人が来場した。 

 
 入場ゲートはその場しのぎの文化祭並みのお粗末なものだったが、「ムシテックワールド」などの実験研究学習施設は現在も唯一現存している建物だ。でもそこに行くまでが遠く、郡山市内からだと1時間近くかかる。

 私も「未来博」には3回ほど訪れた。当時の佐藤知事は全体で黒字だったと評価したが、実はこれにはからくりがあった。県外からの訪問客が思いのほか伸びず、チケットが大量に余り、県内の幼稚園から高校までのすべての学校の遠足で、未来博への入場を半ば義務付けた。入場数はそうして稼いでいた。宣伝PRや誘客用CMに使用された岩崎宏美の「永遠のこころ」の曲も素晴らしかった。
 

 現在、そこは一部の施設(ムシテックワールドとすり鉢状のステージ跡)だけが残り、その後、住宅団地として売り出されたが、周辺に商業施設はなく、夜には真っ暗で人影が少ない寂しい場所のため、今もあまり買い手がつかず、大量に売れ残り、空き地と化している。そこは疎開するようなへき地で、何か陸の孤島で島流しにあったかのような流転の地と化し、誰も寄り付かないであろう。出るのはタヌキ、イノシシ、イタチくらいのものではないか?


 6 福島空港

 1993年、東北で一番最後に開港したのが福島空港。それは県民の悲願でもあった。開港当時は飛ぶ鳥を落とす勢いで、滑走路が2000mでスタートしたが、500m延びて2,500mになり、ジャンボ機が就航できるまでになった。航路も札幌便、大阪便、名古屋便でスタートし、全日空と日本航空が就航した。その後、福岡便、函館便、沖縄便が路線開設した。その後、不定期ながらも帯広便、広島便が新たに加わった。
 さらには国際空港化し、定期便としてアシアナ航空のソウル便と中華航空の上海便が航路として追加となった。

 しかし当初の予想とは裏腹に、利用者が年々減り、2009年には日本航空が早々と撤退し、その後も 減便やら航路廃止などに歯止めがかからず、現在は大阪便と札幌便だけしかなく、一日1往復に減ったドル箱だった札幌便ですら新型コロナウイルスの影響で長期的な欠航となっている。今も再開の見通しはついていない。

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 さて、我が愛する福島県ではあるが、過去にはこのような残念すぎる出来事に振り回された経緯がある。

 ここまで悪いことを書き連ねたが、最近の出来事で県民が沸いたことを書きたい。

 1 福島県産の日本酒が「全国新酒鑑評会」で7年連続金賞受賞数日本一に輝いた。 

 2 昨年の全国都道府県対抗男子駅伝競走において初優勝を飾った。

 3 今春、震災以降、不通となっていた常磐線が全線再開通した。 


 結びにこれからの見通しについて語りたい。実はこのGWに最大の危機を迎えると見ている。あれほど小池知事が「STAY HOME」を訴えても、10連休以上ともなれば、中国の春節のように、東京を脱出し、地方へ人が流出するのは見え透いている。感染拡大が広まっても、日本人はどこか「自分は大丈夫」なるおかしな自信があって、実際に感染してようやく気付くケースがいかに多いことか。
 せっかくの大型連休を忍耐強く自宅で過ごす家庭がどれくらいいるだろうか。私は帰省も含め、まだ感染者が確認されていない会津地方を中心に、首都圏から観光客が押し寄せ、感染が拡大する危惧を抱いている。それが証拠に、国道を走行していると、すでに「大宮」や「袖ヶ浦」、「足立」、「八王子」などの県外ナンバーを多く見かけるようになった。稀少だが、営業しているパチンコ店の駐車場でも県外ナンバーの車が目立つようになった。大阪などでは要請を無視して営業を続けているパチンコ店の名前を公表したが、それも愚策でしかない。この状況下で、わさわざご丁寧に営業している店をバラしているようなもの。パチンコ愛好家にしてもれば、「そこは営業している」と受け取り、「ラッキー」とばかりにこぞってその店に殺到するだろう。現に大阪府のパチンコ店には遥々福岡県からやって来た人や岡山や大分ナンバーすら駐車場に停まっていた始末だ。そこでクラスターが発生する危険は増大する。おそらく2週間後に、大阪でパチンコ店を発生源とした感染者が急増するに違いない。自業自得と言えばそれまでだが、自己管理が希薄な人は感染リスクも高くなる。

 こうした危機的状況にあっても「パチンコ命」で半ば中毒症状の自分本位の愚行をする輩がいる以上、コロナ騒動終息など夢物語でしかない。声を大にして言うが、今は、我慢の時だ。経済効率ばかりを最優先し、もっと強い政府の方向転換の方針がない以上、この混乱は収まりそうもない。だから国民の意識改革こそがこの急場を凌ぐ最大の手立てなのだ。事実、「緊急事態宣言」から半月あまりが経過して、休校や外出を自粛し、自宅にとどまっている善良な都民は、相当なストレスで疲弊が著しい方もいる。これ以上の自粛生活は正直酷だが、万が一自分や愛する家族が感染した場合は、それ以上の窮状を強いられる。持病がある方は致死率も高くなる。よって今はただただ、我慢の時で、今日の頑張りが、2週間後の自分を救うと思ってほしい。

 経済は立て直すことができるが、一度失われた命は二度と戻らないことを最後に声を大にして言いたい。私たちは志村けんさんや岡江久美子さんが命を引き換えにして証明してくれたことを無にしてはならないのだ。 

 

 〈追記ー2020/05/03〉  新型コロナウイルスが猛威を奮う中、全国一斉に「JINー仁ー」が放送された。現在、命の最前線で闘う医療従事者へのエールの目的だと思う。江戸時代の流行り病のコロリは現在のコロナウイルスとダブらせている。南方医師がコロリに感染するストーリーは、医師や看護師が感染している現状そのままだ。  実は私は一週間前にこの物語のDVDを見たばかりだった。つい涙してしまった。  医療関係者には感謝してもしたりない。

2020年4月26日 (日)

これって30年以上も前なの?

 光陰矢の如しというが、20歳を超えてからえらいスピードで時間が経っていくように感じる。歳をとるのが早い筈だ。幸い髪の毛はふさふさで豊富にあるが、8割以上が白髪頭になった。祖父も70歳で他界した父も、禿げ頭だったのに、突然変異なのか、はたまた母方に似たのか、50歳を越えて、これほど髪が伸びるのが早いのかと自分でもあやしく感じてしまう。
 今日は時間の経過を噛みしめたくて、でもそれってこんなに時間が経っていたのか実感できる動画を取り上げたい。

 36年前のサウンド・・・君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね

 中原めいこが歌ってヒットした「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね」。1984年にリリースされたので今から36年も前の楽曲なのだが、今聴いてもノリノリであまり古さを感じないかもしれない。これだけフルーツを盛り込んだ曲も珍しい。出た当時は、竹内まりやの「不思議なピーチパイ」をパクったのかと思っていた。この頃は「ザ・ベストテン」の「今週のスポットライト」に出演してランクインする「一発屋」が多く、「堀江淳」「五十嵐浩晃」「トムキャット」や「アラジン」、「ザ・ビーナス」などもそうだった。

 34年前のサウンド・・・CHA-CHA-CHA

 ご存知、明石家さんまが主演して大評判になった「男女7人夏物語」の主題歌。東京の隅田川を挟んで男女の恋愛模様を描いた秀作。ちょうど私が東京で学生生活を送っていた時に放送されたので、バイクを駆ってロケ地を訪れたものだ。清洲橋、今井の住んでいたマンション、西葛西駅近くの貞九郎のマンション、桃子が住んでいた萬年橋近くのアパートも訪ねた。あの世界観が好きで、私も劇中で明石家さんまが演じる今井がツアーコンダクターの役だったことで、それを志し、「一般旅行取扱主任者」を取得しようと、大学4年時にダブルスクールで「トラベルジャーナル専門学校」に通った。英語も頑張った。しかし、今は全く違う職業に就いている。このCHA-CHA-CHAは洋楽のカヴァーだが、妖艶な美女だった石井明美が歌ったことで大ヒットした。私はこの曲でCHA-CHA-CHAというダンスが存在していることを知った。その頃は、映画「フラッシュダンス」に感化されてジャズダンスや風見慎吾のブレイクダンスなどが大流行した。マハラジャなどのディスコも隆盛を極めた。いずれもバブルの遺産だ。

 約30年前(1991年)の伝説の出演・・・情熱の赤い薔薇

 気が狂ったかのようなパフォーマンスに度肝を抜かれたファンも多かった。放送終了後、テレビ局(NHK)に問い合わせ電話が殺到し、パンクしたほどの大反響があった。そのバンドは「THE  BLUE HEARTS」。人間の奥底に潜む本音を包み隠さず、自分たちの言葉で如実に表現したことで、若者たちの共感を得た。言葉は悪いが、初めて彼らを見た時に、麻薬中毒なのか?と思ったほどだ。それほどヴォーカルの甲本ヒロトの視線がイッテいた。しかし、あまりにも激しい斬新なパフォーマンスだったために、「障害者を愚弄している」との苦情もまた相次いだ。

 1985年結成。1987年にメジャーデビューし、1980年代後半から1990年代前半にかけて活動し、 1995年に解散した。 ヒット曲は「リンダリンダ」「TRAIN-TRAIN」「情熱の薔薇」「夢」など。ロックであっても「どぶねずみ」で始まる歌などそれまで聞いたことがなかった。

 さて、本日は時代を感じさせない斬新な楽曲を3曲お送りしましたが、いずれも30年以上が経過した。そんな前なのかと意表を突かれ、自分の年齢と重ね合わせてしまう。私もあと数年で定年を迎えるし、人生の7合目くらいまで来てしまった。それも知らないうちにだ。あと何回桜を見れるのだろうか?あと何回笑えるのか?いつしかそんなことを考えるような年齢になって来た。歳をとると、昔のことが懐かしく思い出されるというが、当時はその環境が嫌に思えても、不思議なもので、今思い返せば、すべてが美しき見える。改めてそういう年齢になったと実感した次第だ。

 

2020年4月25日 (土)

愛しのジョイ・ウォン

 これまで私は数多の女優さんのファンになった。気が多いと言えばそうかもしれないが、でもこの30年来、変わらず大好きな方がいる。日本人でNo.1なのは竹下景子さんだが、一番好きな女優さんは実は外国の方で、しかも引退して16年も経っている。
 その愛しの君は台湾出身の女優「ジョイ・ウォン」だ。ピンと来ない方は「チャイニーズゴーストストーリー1~3」に主演した美人女優だと言えばわかってもらえるだろう。

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 妖艶にして、どこか日本人にもいそうな顔立ち。小顔でモデル体型。美脚も素晴らしいが、私は映画を通して彼女の可愛らしい仕草や悩ましい表情、そして時折見せる、悪戯っぽく男を誘い、惑わすような視線遣いとなまめかしい色気にメロメロになった。

 彼女を初めて見て衝撃を受けたのは「チャイニーズゴーストストーリー」の「シウシン」役だが、それ以外にも「画中仙」や現代劇もほぼ見尽くした。昔の「江戸を斬る」に登場した「紫頭巾」役の松坂慶子さんや故・松田優作夫人の熊谷美由紀さん、「Show me」がヒットし、現在は布施明夫人の森川由加里さん、そしてレベッカのNOKKOにも似ていると思った。やや濃い眉毛がトレードマークで、清楚で一途な印象だった。

 では、まずは簡単なプロフからどうぞ!

 ジョイ・ウォン

 1967年1月31日生まれの53歳 台北市生まれ 広東語で書くと「王祖贤」 血液型はA
 活動期間は1982年から2004年。
 
 15歳のときに初めてCMに出演し、17歳で最初の映画に出演した。その後、主に台湾、香港の映画に出演。1987年の『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』の大ヒットで一躍トップスターとなり、日本でも数多くのファンを獲得した。当時20歳で、あの色っぽさは天性のものか?それとも魔性か・・・。

 2001年に、34歳で引退を表明後、カナダのバンクーバーに移住し現在に至る。既に撮り終えていた映画『美麗上海』が公開されたのは2004年の事であった。2011年にリメイクされた、出世作である『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』には出演するとの噂もあったが、結局実現する事は無かった。

 では彼女のPVをいくつか紹介したい。

 彼女は現在、芸能界を引退後、生まれ故郷の台湾や映画で拠点としていた香港を離れ、カナダのバンクーバーに移住している。今年、53歳を迎えたが、最近、インスタで直近の彼女の写真を見たら、あの美貌もスリムな体型も30歳頃の若々しさのまま維持していて嬉しくなった。

 彼女を愛でて早30年、その間、繰り返しDVDを観たし、彼女が日本語で歌った曲「永遠に抱きしめて」のCDも購入した。スクリーンの世界を去ってもなお色褪せない魅力は何なのだろう。永遠に見続けていたい彼女だ。

 30年経過した今も、彼女の魅力に振り回されている方が全世界にいるのは、やはり一時期、華々しい活躍をして香港映画の頂点に君臨したが、若くして早々と映画界から身を引き、人知れず、まるで逃避行のように異国の地に身を寄せた。それは日本でいう山口百恵さんに似た引き際と大スターでありながらその後のひっそりした人生を送っている体による。
 彼女のDVDを見るたびに、20代だった自分の当時の生活がオーバーラップして甦る。彼女は当時の映像の美しいまま、色褪せることなく今も我が脳裏に焼き付いている。
 

2020年4月24日 (金)

郡山市内でポリウレタンマスクが買えた日(2020.4.23)

 4月12日(日)に続き、マスクに関する情報提供の第二弾です。

 4月23日(木)の朝、出勤したら職場の同僚が、昨日、市内北部にある自宅近くのホビー専門店の前を通りかかったところ、店の駐車場や入口に掲げられた「マスクあります」という看板&掲示物を偶然見つけ、立ち寄ってみた。

 すると、そこはゲーム機で遊べたり、フィギュアとかトレカなどを販売するホビーショップだった。なんとそこのレジの右横に、数多くのポリウレタンマスクが陳列してあったというのだ。「おひとり様〇点限り」という表示もなく、購入しようと思えば10枚でも20枚でも買える風情だった。

 「もしかしてぼったくり?」と勘繰ったが、1枚273円(税別)という良心的な店だったとのこと。そのマスクはいろいろなカラーがあってファッショナブルだった。しかし、やはり中国製とのことで、大量買いは怖いため、一応試用品として1枚だけ買ってみたという。

 帰宅後、商品チェックしたが、特に問題はないとのこと。ポリウレタン製は手もみ洗い程度なら、4~5回は繰り返し使用できるため、税込みで300円でも1回あたり60円程度と思えば合理的かもしれない。でも枚数制限なく、いくらでも買えると言っても10枚買えば3,000円なので、そんなには買えないだろう。ウレタン製は丁寧に扱って手もみ洗いすれば、10回くらいは使えるかもしれない。だから3~4枚もあれば十分かもしれない。

 その話を聞いて、私も早速、仕事帰り、23日(木)の午後4時過ぎに訪れてみた。実名を書くとまたその店に客が殺到し、すぐ品切れになるのであえて明かさないが、かつてそこは本屋さんだった場所だ。今から10年くらい前に「ホビーショップ専門店」になった。私自身、子どもが小さい頃、おもちゃ屋だと思って家族で入店したところ、いかがわしいグッズやセクシー系DVDや写真集なども置いてあって、目のやり場に困った記憶がある。家族連れで行くような店ではなかった。だからそれ以来、一度も行っていなかった店だ。

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 ところが実際に久し振りに入店してみると、「ドン・キホーテ」のミニチュア版のような店構えに変わっていた。そこの入口の庇に「マスクあります」という看板。そして国道から見える駐車場にも大きな看板で「マスクあります」の文字が・・・。「マジか?」と半信半疑で入店し、3mも行くとお会計レジの小部屋があるが、その右横に30枚ほどのマスクがぶら下がっていた。色も黒・灰・肌色・ピンク・オレンジなど多彩で、ポリウレタン製というよりコットン製のような感じだった。でもちゃんと袋に入っている。中国語のような文字が表面に書かれてある。なんと値段は本当に1枚273円【税抜き)の表示だった。黒色と灰色を1枚ずつ合計2枚買って税込みで601円。(下のレシートの通り)

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 さらにビックリしたのは、その下には今も郡山市内のどこへ行っても入手できない筈の不織布のマスクが50枚入りで4,000円で販売されていた。5パックほどが並べられてあった。私の前のおばちゃんがそれを取ってレジへ。1枚80円換算でもやはりないよりはマシなのか。

 この日、女優の岡江久美子さんがコロナで急死されたニュースが流れ、今さらだが、コロナウイルスの恐ろしさを身をもって知ったのだろう。下手すると死に至る殺人ウイルスだ。

 ほかにもカエルのデザインの子供用マスクが500円で置いてあったり、マスクの下段には「キレイキレイ」のハンドソープやポンプ式の容器も置いてあった。ドラッグストアをいくら探しても売っていないのに、まさかのホビーグッズ専門店でマスクが売られていた事実。もしかして独自の販路(輸入ルート)があるのか?

 私はその店の不織布マスクは高くて手が出なかった。そして帰宅後、家内と話して、遠くで仕事をしている息子と娘にも送ってやることにした。その2枚に加え、通販で1か月半も待ってやっと買えたポリウレタンマスク1枚、さらには残り数枚になった不織布マスク2枚の計5枚を濡れないシートに入れて封筒に収め、16:30に駆け込んだ郵便局にて120円切手で送った。局員の話だと「緊急事態宣言」で輸送手段が減便しているため、通常2日で届くところだが、3日以上かかるらしい。そうなると今週の配達は無理で、早くても来週月曜日だ。

 そして再びそのホビー店に行った。あれから30分も経っていないのに、さっきまでレジ前に5パックほどあった不織布マスク50枚入りはすでに売り切れていた!誰かがまとめ買いしたのだろう。4,000円でも背に腹は変えられない客がいたのだ。ビックリ・・・。まさか転売目的では?

 私はさらにポリウレタンマスク3枚(サーモンピンク・ベージュ・グレイ)を税込み901円で購入した。Amazonでは1か月半も待たされ、4枚入りポリウレタンマスクが980円だったので、3枚で901円でも仕方あるまい。結局、今日の首尾は、繰り返し使用できるポリウレタン(実はコットン?)マスク5枚で1,502円。しかし、これで何とかしばらくは凌げそうだ。

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 また、その隣りに建つ「手芸専門店」では、マスク不足のため、自らお手製マスクを作る方が多いことから、布やゴム製品が品薄あるいは品切れだそうだ。そういえば、100均に行ってもゴム製品は売り切れだった。

 やはり賢い日本人は、考えることは一緒で、電子体温計のボタン電池(LR41)がメーカー欠品でいつ入荷するのかわからないのも同じこと。私も先週、10店舗をあちこち巡ったが、どこにも無し。結局、22日(水)にも近くの家電量販店に行ったが、その商品だけが無く、いつ入荷するかわからない中、実費を払って注文だけしておいた。198円。

 新型コロナウイルスが猛威を振るっているさなか、私だけがいい思いをして申し訳ないので、店名は明かせないが、この日にあった出来事を、私のブログを訪れてくださった方には情報提供した次第です。たぶん、この記事を読めば、郡山市民の方ならその店がどこなのか大体察しがつくと思います。

 追記

 本日24日(金)、10時20分頃、郵便局ついでに駅前を歩いていたら、私の前を歩くビジネスマン風の男が提げていたバッグから、箱入りの「シルキー」と書かれてある不織布マスクが溢れていた。大量買い?それとも医療関係者?見知らぬ人に「そのマスクどこで買った?」と聞く訳にもいかず、そのまま職場に戻ったが、もったいないことをした。もしかして、マツキヨで入荷?いろいろと気を巡らしてしまった。マスク狂騒劇はまだまだ続きそうだ。

2020年4月23日 (木)

心を打つ藤井貴彦アナウンサーの言葉

 日本テレビの夕方のニュース報道番組「news every.」の中で、同番組のキャスターを務める「藤井貴彦」アナウンサーの含蓄ある熱い言葉が視聴者に感動を与えている。
 ここ福島県では「ゴジテレchu!第1部」終了後にいったん全国放送に切り替わるが、16:50過ぎからのニュースの中で、新型コロナ関連のニュースの際に、毎日、視聴者に切々と呼びかけるように、時には優しく諭すように語り掛けるフレーズに注目が集まっているのだ。それは決して上から目線ではないし、批判的な物言いなどでは全くない。人間性溢れる藤井アナの語り口調が共感を呼びよせているのだ。

 ではいくつかを紹介したい。

 「このようなところで失礼しますが、自粛やテレワークができるのは、物資を届けてくれる方、スーパーに並べてくれる方、レジを打ってくれる方、こういった皆さんのおかげです、感謝申し上げます。」(4月3日)

 「3日後の未来は変えられませんが、2週間後の未来は変えられます。皆さん対策をとりましょう。」(4月6日)

 「今日の東京都の感染者140人超だけど、これは2週間前に感染した人数だから動揺しないで。今日努力した結果は2週間後に出るものだから、今日できることをみんなで頑張りましょう」(4月8日)

 「医療関係者の方々、物流を支えてくださっている方々、ありがとうございます。早くこのトンネルを抜ける為にも皆さまのご協力を引き継ぎよろしくお願いします。」(4月12日)

  政府の10万円一律給付が発表された日

 「皆さんの手でしか感染は食い止められません。私たちの努力が、この事態を終息することができるのです。外出を自粛し感染拡大を防止しようとする皆さんの努力は10万円より価値のあるものです」と発言。いつものように「今日の自粛は、2週間後の未来を作ります」と呼びかけ、最後に「皆さまのご協力をなにとぞよろしくお願いいたします」と頭を深く下げた。(4月13日)

 緊急事態宣言発出後に繁華街で外食している若者に対して

「ここから先は少しずつ、緊急事態宣言後の私たちの行動が形となってあらわれてくることですが、大切なのはその先です。2週間後の未来を変えられるようにご協力をお願いします。命より大切な食事会やパーティーはありません。どうぞよろしくお願いします」。(4月14日)

 医療現場の最前線で働く医療従事者に対する風評被害に対して

「私も20年以上富山で働いてきた医師に話を聞きましたが、今病院で働いているだけで、厳しい目で見られる現実があるそうです。医療関係者も一人の人間です。初めて出会う患者の命を必死に救っています。冷たい視線は今すぐ温かい支援に変えなければなりません」(4月15日)

 週末STAY HOMEで過ごす方々へのメッセージ

 「この土日、デリバリーや宅配業者を利用する方も多いと思います。受け取る人も届ける人も、それぞれの不安があると思います。感染防止を徹底した上で、一言お互いに“ありがとう”と言えたらホッとするかもしれません。たくさんのものを我慢して諦める日々を過ごしていますが、他人を思いやる心まで失わないでいること。これが大切です。重ねて、この土日の皆さんのご協力もどうぞよろしくお願いします」
(4月17日)

 週末に渋谷や銀座など都心で人が減った一方、観光地や世田谷区の駒沢公園などには、多くの人が集まっていたニュースの後

 「今、緊急事態宣言を受けて、自分を律している人ほど観光や遊びに出ている人を腹立たしく思うかもしれません」「しかし、皆さんのような人がいるからこそ、欧米のような医療崩壊が防げています。今はみんなの足並みがそろわなくても、その姿勢は必ず誰かの行動を変えるはずです」と、外出自粛に努めている視聴者に寄り添うように語った。
 「そして、全国にはまだ感染者の少ない地域も多くあります。不用意に生活エリアを超えた移動をしないこと。これが誰かのふるさとを守ることにつながります」と穏やかな口調で呼びかけた。(4月20日)

 この言葉が一番琴線に触れた。民放テレビのニュースキャスターが己の言葉でこれほど視聴者に語りかけるように呼びかけるのを初めて見た。「自分は感染しない」などと自分本位の判断で、我慢できずに越境してパチンコにのめり込んでいる人は、やはりどこか他人事で、状況認識が甘いと言わざるを得ない。万が一感染したら、最低二週間は入院や経過観察で監禁生活に陥る。好きなパチンコどころではない。今は藤井アナの言う通り、ぐっと堪えて自制の生活を送る時。たったひとりの身勝手な行為が、取り返しのつかない事態を招くこともあるということを原点に立ち返って考えてほしい。

 都内の感染者数が123人と発表されたこの日

 「今日は緊急事態宣言の発表から2週間がたった日ということになりますが、この間の皆さんの行動が反映されている数字です。ただ、感染した皆さん全てが油断をしていた訳ではありません。感染された方が軽症であることを心から願っていますし、当面の緊急事態宣言、5月6日まで続きます。大切なのはこの先です。あと2週間後、5月6日を仮の区切りとして、この後も皆さんのご協力をお願いします」と訴えかけた。(4月21日)

  東京都の新たな感染者を132人確認したこの日

 「今日の132人という数値は、爆発的な拡大とまではいえない数値であり、自粛を続けている皆さんの努力が一定程度数値を抑えつけています。ただ、ここで気を緩めてしまっては、これまでの皆さんの努力が輝きを失いかねません。2週間後の感染者をもっと減らせるように今日も引き続きご協力をお願いします」と呼び掛けた。(4月22日)

 視聴者や医療関係者、運悪く陽性反応が出た患者たちに寄り添いつつ、一方では陰性でも油断せず、自らを律した行動を呼びかける真摯な姿に感動を与えている。

 さて、その今、注目の藤井貴彦アナウンサーはどのような方なのか調べてみた。

Fujii


 1971年12月3日、東京都新宿区生まれの48歳。慶應義塾大学環境情報学部卒。
 血液型はB型。身長は181cmある。

 1994年に日本テレビに入社。同期には後にフリーアナウンサーに転身した羽鳥慎一がいる。
 入社後はスポーツ中継からバラエティ番組まで幅広いジャンルの番組で活躍。
 2010年3月29日スタートの『news every.』のメインキャスターに就任。

 

 堅苦しさが定番のニュース報道番組で、視聴者に向かってこのような自身のコメントや雑感を呼びかけたり訴えるアナウンサーは少ない。夜間のニュースステーションの久米宏アナなどはよくカメラ目線で話かけた先駆者だが、その後、NHKニュースで「武田真一」アナも同様な手法で訴え、特に女性視聴者を中心に共感を得た。今、新型コロナウイルスによって生活が行き詰まり、社会全体が閉塞感に苛まれている中で、このような国民目線で、切々と呼びかけるスタイルは、視聴者の反響と支持を集めているのも理解できる。
 彼の根底にあるのは、今の厳しい状況下で、国民が一丸となって協力し、この苦境を乗り越えたいという強い信念の現れのように思える。彼のこうした呼びかけは、営業や外出を自粛し、「STAY HOME」を余儀なくされ、歯を食いしばって頑張っている個人事業者や学生、主婦の方々、さらには昼夜を問わず、最前線で「命」を守っている医療従事者へ確実に届いている。

 

2020年4月22日 (水)

私が思うお宝映像②

 だいぶ前に同名のタイトルの記事を書いたことがある。少し間が空いたが、今回はその続編。私のテレビ好きは筋金入りだが、やはり昭和の学生時代の頃の映像が記憶にある。あの頃は家庭用ビデオはあまり普及しておらず、だから余計に脳に刻み込もうとしてそのシーンを鮮明に記憶したものだ。
 では私が思うお宝映像を動画サイトから探し出し、3つお送りしたい。あまり多く紹介するとぶれるし、あまり重みが無くなると考え、敢えて3本に絞りたい。

 松山千春 「季節の中で」

 私が中1の時だった。シンガーソングライターと呼ばれる方たちがニューミュージックブームを切り開いていた時代。その当時、テレビでは「ザ・ベストテン」という歌番組が大流行していた。確か毎週木曜日の21時からTBS系列で放送していた。司会は久米宏と黒柳徹子のゴールデンコンビ。ここにランキングされる曲は、その時代を代表する大ヒット曲ばかりだった。追っかけ中継や「今週のスポットライト」など見どころ満載で中高生を中心に高視聴率を稼ぎまくっていた。
 そんな中チョコレートのCMに使われたこの曲が1位に輝いた。しかし、彼の路線はテレビではなく、コンサート(今でいうLIVE)がメインだったため、自分のポリシーをファンに意思表示するために、たった一度だけ、中継映像で切々と語った。私は当時中1で、翌日、学校で大きな反響があった。

 

 「8時だョ!全員集合」の学校コントのゲストがすごい!

 1970年代から80年にかけて16年間もお茶の間の支持を得たお化け番組だった。最高視聴率は50%を超えたこともあり、今では二ケタ(10%)を越えたら万々歳という時代にあって、それは驚異的な視聴率を記録した。今年、志村けんさんが新型コロナウイルスで急逝されたことで、昔のドリフの映像を動画サイトで見る機会が増えたと思う。「ヒゲダンス」や「夫婦コント」「じゃんけん対決」などで流行語にもなったものが多数あるが、そんな中、冒頭のコントでは、多くのゲストが出演した。
 ここで取り上げたのは「学校コント」。たぶん一番多く見たと思う。
 何が凄いかというと、女子生徒役にはなんとキャンディーズ、故・テレサ・テン、桜田淳子という豪華さだ。今では超お宝映像。この3人(組)は私が当時好きだった面々。キャンディーズは私が中1の頃に解散したので、おそらくこの映像は昭和52年よりも前のものだとわかる。当時は、スター誕生出身の「山口百恵」「桜田淳子」「森昌子」らの中3トリオ→高3トリオが大変に人気を博していた。

 夜のヒットスタジオのアイドルメドレー集

 月曜日の22時から歌謡番組など今ではあり得ないが、昭和の時代は放送していた。司会に井上順と芳村真理のAB型同士の相性抜群の取り合わせで、アイドル歌手を始め、演歌歌手、そしてニューミュージック系のバンドまで毎回ゲストが7~8組出演する豪華な番組だった。

 今回紹介するのは「アイドルメドレー」で、南沙織(現在:篠山紀信夫人)→浅田美代子(元吉田拓郎夫人)→桜田淳子(統一教会で結婚し、ワイドショーで騒然とした)→岩崎宏美→キャンディーズ→太田裕美→ピンクレディー→榊原郁恵→三原順子→柏原芳恵→薬師丸ひろ子→あみん→松本伊代(ヒロミ夫人)→堀ちえみ→中森明菜→小泉今日子→原田知世→菊池桃子→中山美穂→今井美樹→南野陽子→工藤静香→うしろ髪ひかれ隊→酒井法子→森高千里→Wink

 中にはアイドルとは言えない方も含まれているし、どうして天地真理や山口百恵、松田聖子、河合奈保子、本田美奈子、故・岡田有希子、島田奈美がいないのか不思議でしょうがないが・・・。

 さて、今日取り上げたテレビ番組は、オジさん世代の人しか理解できないだろう。若い世代は、今、こうした歌謡番組は「Mステ」くらいしかないので気の毒だ。アイドルも多人数化し、ソロでやっていけるだけの正真正銘のアイドルはいないのかもしれない。
 そう考えれば昭和の頃、学生時代にこのようなアイドルと出逢えたことは、或る意味、幸運だと言えるかもしれない。

 

2020年4月21日 (火)

お蔵入り記事アットランダム公開②

 4 福島県民も知らない隠れた場所

 私は福島県に住んで半世紀だ。大学の4年間は県外に移住したが、故郷と言えばここしかない。私自身は、福島県内のことで知らない場所は無いと自負していたが、意外にも最近訪れて知った場所も少なくない。今日はその一端を取り上げたい。

 1 会津美里町 左下観音堂
 2 小野町東堂山満福寺  鐘楼と五百羅漢 
 3 安倍文殊堂
 4 三重塔

 他にもハート形をした半田沼にも足を踏み入れていないし、福島の外れの県境近くにある、千本鳥居が売りの「」も見たためしがない。福島県は東西に長く、北東の端の新地町から南東の端の館岩まで直線で200km以上もある。だから遠くて行っていない場所もことのほか多いのだ。

 5 福島の遺産・遺構

 1 沼尻急行電鉄軽便鉄道

 https://www.youtube.com/watch?v=mmxjwxhtfOk&t=460s

 https://www.youtube.com/watch?v=jZRmg6H6Ws0&t=13s

 https://www.youtube.com/watch?v=UPuBLPCCLnI

  高原列車は行く(昭和29年)

  https://www.youtube.com/watch?v=a-3SBR3287k

  作詞:丘十四夫 作曲:古関裕而 歌:岡本敦郎

 2 常磐炭鉱

 3 岳温泉ニコニコ共和国

 4 うつくしま未来博会場跡

 5 旧三森峠

 6 福島県内の廃村(特筆すべきもののみ)

  ①大巣子集落は福島県会津若松市にある廃村集落。 1969(昭和44)年5月16日に火災により家屋21棟が全焼した。
  ②李平(すももだいら)集落は福島市の北西、奥羽本線の赤岩駅近くにあり、かつては旧米沢街道の宿場として栄えた集落 
  ③八総鉱山は南郷の田島町にあった鉱山の集落跡で、現在は神奈川県の学生村として使われているそうだ。 
  ④会津若松市二幣地

 7 郡山市周辺の廃校小学校

  ① 三代小学校
  ② 赤津小学校
  ③ 中野小学校
  ④ 月形小学校
  ⑤ 河内小学校夏井出分校

 http://biisuke0822.blog.fc2.com/blog-entry-3898.html?sp

 8 ダムに沈んだ村 

  ① 田子倉村
  ② 羽鳥集落
  ③ 三春蛇石

 6 ご当地ソング

 特段に地域振興策の一環ではないのだが、これまでの歌謡界やミュージックシーンを振り返ると、曲名に全国津々浦々の市町村名や地名が使われていることが多い。さいはて感や秘境感を漂わせる北海道を舞台にした歌やその土地の旅情や逃避行などの非日常を歌い上げたもの、愛しき人を故郷に残して、懐かしさや愛おしさを回顧するものなど様々だ。
 私は古い人間なので、1970年代から今日までに曲名にそうしたご当地の地名を使用したものを集めてみた。

1 タイトルに市町村名が入っている歌

 1 函館の女
 2 小樽の人よ
 3 恋の町札幌
 4 よこはまたそがれ
 5 ブルーライトヨコハマ
 6 大阪ラプソディ
 7 大阪しぐれ
 8 そして神戸(内山田洋とクールファイブ)
 9 長崎は今日も雨だった(内山田洋とクールファイブ)
10 長崎の女(春日八郎)
11 I love you,baby FUKUSHIMA

2 地名が入っている歌

 1 石狩挽歌(八代亜紀)
 2 知床旅情(森繁久彌・加藤登紀子)
 3 霧の摩周湖(布施明)
 4 襟裳岬(森進一)
 5 立待岬
 6 宗谷岬(ダ・カーポ)
 7 津軽海峡冬景色(石川さゆり)
 8 青葉城恋唄(さとう宗幸)
 9 有楽町で逢いましょう(フランク永井)
10 天城越え(石川さゆり)
11 哀しみ本線日本海(森昌子)
12 能登半島(石川さゆり)
13 浪速恋しぐれ(都はるみ・岡千秋)
14 中の島ブルース(内山田洋とクールファイブ)
15 雨の御堂筋(欧陽菲菲)

 ご当地ソングは何とも言えない叙情感がある。今、我が福島県で一押しの曲は奥山えいじの「只見線恋歌」かもしれない。17時前のラジオ福島では毎日のように流れている。

 7 郡山のスーパー・ストア過当競争

 郡山から無くなった店舗(コンビニは除く)

 イゲタストア(大槻町にあった)
 サンショー(東部幹線沿い 現在ペップキッズこおりやまがある建物)
 トキワスーパー(震災前にブックオフさくら通り店があった建物)
 しばたストア(細沼のMALLの東側にあった)
 ダイエー(トポス)
 リオン・ドール(旧ライオンドー)・・・郡山東店はあるが、ほぼ三春 開成(現セリア)や富田町名郷田(現ツルハ)にもあった
 ヨークベニマルさくら通り店(現在は芳山公園がある場所)
 ヨークベニマル虎丸店(現在はツルハとドコモショップがある場所)

 郡山で今も生き残っている店舗

 ヨークベニマル
 ブイチェーン
 ザ・ビッグ
 ディスカウントストアトライアル(備前舘・喜久田・安積・大槻)
 ドン・キホーテ
 THE MALL郡山
 イトーヨーカドー
 スーパー鎌倉屋(島公園前店)

 

2020年4月20日 (月)

お蔵入り記事アットランダム公開①

 随分前に執筆を開始したのに、続きが浮かばず掲載を断念した記事や、時期を逸した記事を多数抱えてしまったために、本日から2日間で一気に掲載したい。内容も何の脈絡もないし、思いつきで書き綴ったものをただ集めてみただけの取るに足らない記事で面目ない。

1 モヤモヤを吹き飛ばすスカッとする映像

 今日は、日頃のモヤモヤ感を払拭するようなスカッとするような映像を特集でお送りします。

 煽り運転を覆面パトカーが検挙する瞬間

 この映像、水色アクアが覆面の存在に気づき、減速して並走しているとも知らず、後方から追い上げて来たワゴン車が、車間距離1mまで迫って「どけどけ」といわんばりの超接近煽り。スリップストリームかよ。これを覆面PCが見逃す筈がない。即、赤色灯を点灯させるも、気づかず、無理やり追い越そうとする。

 統計によると、煽り運転をするワーストカーは、1位がハイエース、2位がアルファード、3位がプリウスとトヨタ車が上位を占める。
トヨタファンとしては残念だが、確かに乱暴な運転はこの3車が圧倒的に多く、これは全国的な趨勢のようだ。 
 逆に、覆面パトの7割は「クラウンアスリート」。

 2 Yahoo!ニュースに私がしたコメント

 【プレミア12】東京五輪かけた一戦、韓国エース金廣鉉VS台湾オリ張奕 ハム王柏融「3番・右翼」

台湾を応援しましょう。韓国が日本に来るのは大迷惑。
兵役免除を狙って、ラフプレーや審判へのいちゃもんなどありとあらゆる手段をとって来る、フェアプレイ精神のかけらもない情けない国。
東京五輪をあれほど非難していて、よくもぬけぬけと来れるものだ。恥も外聞もないのがこの国のやり方。
昨日もホームのクロスプレーを巡って日本人主審の判定に噛みついた。日本製品不買運動や日本への旅行を自粛しているのだから絶対に日本に来ないで欲しい。
台湾頑張れ!

【プレミア12】侍J世界一の裏で…韓国は「旭日旗」を問題視、WBSCへ抗議も不問に

WBCで日本に勝った時に、マウンドに「太極旗」を立てた国が「旭日旗」についてとやかく語る資格などないだろう。
WBSCは正当な判断を下したと思う。
大体、こういうことを問題視していちゃもん付けるのは韓国だけ。スポーツに政治を持ち出していると日本を一方的に批判しているが、実際に政治問題化しているのは当の韓国だ。
ガタガタ言うなら、ボイコットでも辞退でも何でもしてください。そうしてもらえれば、本当の「平和の祭典」が実現するから。早く世界中から嫌われていることに気づくべきではないでしょうか。

<プレミア12>韓国、日本に逆転負け=大会2連覇ならず(WoW!Korea)  

日本開催の大会で韓国に優勝を持っていかれなくて良かった。韓国の見境のない振る舞いなら、またマウンドに太極旗を立てたかもしれない。サッカーで優勝したらカップを足蹴にする国民性だから、何をやっても許されると勘違いされそうだった。
今回は前哨戦。来年の東京オリンピック、再来年のWBCが本番。本気で勝つ気があるならMLB所属の選手も代表入りさせるべき。大谷、ダルビッシュ、田中将大、前田、菊池雄星がいてこそ、真のドリームチーム。このままでは来年MLB入りしそうな筒香、秋山、菊池、山口は日本代表入りを辞退しそうだ。ぜひ「ONE TEAM」で金メダル、優勝を目指してほしい。

 3 Yahoo!にしたコメント

 韓国メディア、宿敵の4連勝に対し自国代表の現状に不満!? 一方で日本の新ユニホームに「軍服を思わせる」との見方も

日本のやることなすことに、見境なくいちゃもんをつけることしか脳がない。そんなに日本が嫌いだったら、わざわざオリンピックに来ないで辞退すればいいだけ。それすらできないのだから、所詮は負け犬の遠吠えにしか映らない。相手にしないほうがいい。

GSOMIA、日本に譲歩迫る 韓国外相「最後まで努力」 23日失効期限

日本が韓国に対して輸出規制をしただけなのに、その報復措置で、同じように日本をホワイト国から外した上に、勝手にGSOMIA破棄まで言い出して置きながら、「日本側に譲歩がない限り再考はしない」などとどうして平然とのたまえるのか!一体どの口が言うのだ。勝手に交換条件を決めるな。これは脅迫以外の何物でもない。朝鮮族は「瀬戸際外交」しか出来ないのか?どこまでも小ばかにした態度だし、卑屈な発想しかできない。こんな国とは関わるべきではない。こっちから願い下げだ。

2020年4月19日 (日)

プレイバック90年代 CM編

 1990年代は1991年から2000年のミレニアムまでを指す。その時代は「バブル崩壊」によって、消費が冷え込み、世間はその後長らく続く不景気に見舞われた。
 唯一独り勝ちした「IT企業」くらいのもので、「山一證券」の経営破綻を皮切りに金融機関ですら生き残りをかけて吸収合併や統合が相次いだ。また、旧財閥の三井と住友が資本提携をするなど、従前にはあり得ない経済状況に陥った。
 また、昭和63年末には、天皇陛下の病状悪化と共に行事等の自粛ムードがあって、年明けには崩御に伴う年号の改元があった。
 
 1990年代には空前のバンドブームが沸き起こった。それは20年~30年前のビートルズなどにGSに感化されたバンドブームで盛り上がった世代が親となり、その子供たちが親世代の影響を受けた結果だ。それを証明するかのように、1980年代は松田聖子、小泉今日子、中森明菜、たのきんトリオ、少年隊などの大変なアイドルブームだったが、その20年後、その子供たちは「モー娘。」や「AKBグループ」の影響を受けている。時代は繰り返すとしたら、数年単位で周期的にブームが繰り返すのかもしれない。もう少しすると、「安室奈美恵」や「trf」、「MAX」などに影響を受けた方々が親の世代になるため、その子世代によるダンスブームがまた再来しそうだ。
 やや本題を逸れたが、その当時、CMに目を移すと、経済的に苦しい時代だった。「金欠」なる言葉も誕生したが、世相を反映すると、消費者金融のCMがヒットした。しかも昔の「サラ金」はヤクザの取り立てが酷く、印象が悪かったが、90年代は「消費者金融」と呼び、CMにも人気のヤングモデルを多数起用し、イメージアップを図った。
 では90年代に流行ったCMをどうぞ!
 
 1位 武富士ダンサーズ

 このCMは知らないほどがいないくらい評判になった。実際に行われたオーディションで選ばれたジャズダンサー14名が「Syncronized Love」のBGMに乗せてカッコよく踊る世界に誰もが憧れた筈だ。この頃は、80年代後期に制作された映画「フラッシュダンス」が上映され、レオタード姿で踊るジャズダンスやブレイクダンスが流行した。
 このCMには続編が数パターンある。本番を前にした女性ダンサーの更衣室でのひとコマ編もあった。
 武富士はその後もトラブルが相次ぎ、弘前支店で社員が多数焼死する放火事件も発生した。残念ながら2010年に会社が倒産し、動画サイトの映像を懐かしく見るだけで、新作を作る機会は永遠に失われた。 

 2位 アイフル

 最初は、おっとり&はんなり系京美人の安田美沙子を起用。どこか間の抜けた天然っぽいが、守ってあげたくなる存在だった。

 その後「どうする、アイフル?」がキャッチコピーとなった。ペットショップのチワワ犬「くぅーちゃん」がつぶらな瞳で訴え、後の飼い主になる清水彰吾を居たたまれない気にさせた。
 一緒に波打ち際を追いかけっこするような空想を抱かせ、その映像を見た視聴者の誰もが「これは飼うしかないわ」と呟いたに違いない。

 その後は、宇宙人の3兄弟による「お自動さん」なるダジャレ攻撃が始まった。


 3位 アコム

 「初めてのアコム、初めての無人くん」がキャッチコピーで来店しやすさ利用しやすさを前面に押し出した。
 とりわけ当時、無名だった、妹的でさわやか系のモデルの小野真弓が大ブレイクした。アコムの無人ATMで審査・融資を受けられる画期的な「むじんくん」は当時、街角に溢れた。

 4位 プロミス

 この会社もアニメーションのCMが多かった。「いらっしゃいまし~ん」というATMを店舗外に展開した。黄色いライオンキングをパクったようなジングルを使用した。一部上場を果たし、井上和香を長らく起用した。

 現在はSMBCグループの傘下に入り、立て続けに消費者金融が倒産する中で、しぶとく生き残っている。

 5位 ほのぼのレイク 

 この業者は人気タレントを使わず、長いことアニメのCM作品を流した。しかし、2006年頃にタレントの夏川純を起用。現在は滝藤賢一と筧美和子が「レイクALSA」として出演している。

 6位 アイク(その後ディックに改称)

  現在は柔道家でシドニー五輪金メダリストの井上康生の夫人になった美人モデル「東原亜希」をCMに起用して人気を得た。 

 さて、個人的なことだが、1991年というと、私が27歳で、それからミレニアムの2000年は36歳までを指す。仕事が軌道に乗り、趣味のスキーに明け暮れ、結婚をし、子どもも2人もうけたことから、人生の中では節目を迎えた時期に当たる。世紀末でコンピューターの誤作動問題やノストラダムスの預言などに踊らされたが、今のところ世界滅亡は無いが、21世になって20年、まさかオリンピックイヤーの今年、世界中で多数の死者をもたらす「新型コロナウイルス」なる病原細菌で右往左往するとは想像だにしえなかった。
 何が起きるかわからない混沌とした時代で、バブル崩壊で厳しい経済状況に追い込まれた90年代が、なぜか輝いて見えるのは歳をとったからなのか、あるいは今の状況と比べてそう思えるのか?それとも過去を美化してしまうのは悲しい性なのだろうか。

2020年4月18日 (土)

プレイバック80年代 CM編

 1980年代というと1981年から1990年までを指す。その頃、私は高校、浪人、大学、そして社会人になりたての頃で、その10年は私にとって一番充実し、輝いていた時代だった。世間的にもバブル景気が絶頂の時期で、世の中が明るく活気に満ち溢れ、潤っていた。
 たぶん、私と同世代の方なら、同じ想いを共有し、その時代の勢いと繁栄を肌で感じていたと思う。

 その80年代は「アイドルブーム」、「女子大生ブーム」など多くの出来事があった。私にとっては一番印象的なのは、そうした豊かな時代を反映するかのように、そうした勢いがCM作品に集約されているように思う。
 よって、今日は80年代を代表する、想い出深く、そして記憶に残るCMを紹介したい。

 1 サントリートリス

 京都のお寺や古い街並みを雨に濡れながら子犬が歩き回る体で撮影された。このCMは1981年に放送されたが、女子から可愛いと大評判になったものだ。実はこの犬は保健所に預けられていた捨て犬だった。もう少しで殺処分されるところを、CMディレクターによって命を作割れた。どこか愁いを帯びた印象を与えるのはその生い立ちによるものだったのだろうか。
 このCMは大評判を呼び、ACC CMフェスティバル(第21回全日本フィルムCM大賞)、CM殿堂入り(第7回(作品№28))、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(1981金賞)など数多くの賞を受章した。

 2 ノエビア化粧品

 山口百恵さんが歌ってヒットした「夢先案内人」を当時ハスキー声のヴォーカル「柳ジョージ」が切々と歌ってカヴァーして使用されたのが「ノエビア化粧品」。当初はクイーンの曲をBGMに女性パイロットが登場するCMが話題になったが、私は70~80年代のヒットソングを様々なアーティストがカヴァーしたこのCMが大好きだった。
 他にももんたよしのりや上田正樹、鈴木清美、沢田研二、桑名正博、森進一、つのだひろなどが

 3 ミノルタXー7

 当時、熊本大学の現役の女子大生だった宮崎美子を起用したちょっぴりお色気のCM。大ヒットした斉藤哲夫の「今の君はピカピカに光って」のBGMに乗せて、当時素人モデルとして大人気を博した彼女が木陰でジーンズを脱いで水着に着替えるシーン。
 私は当時、高校生だったが、このCMには釘づけだった。現在だと完璧なスタイリッシュなモデル体型がメインだろうが、この頃はぽっちゃり体型で未完成な素人感覚が受けた時代だった。おかわりシスターズを初めとする女子大生ブームも、おニャン子クラブの面々も、どこにでもいそうな普通の女子高校生的なアイドルがウケた。もちろんプロデュースは今も同じ路線で多人数アイドルを世に放つ「秋元康」だ。
 
 私は当時、お嫁さんにした女優NO.1だった竹下景子さんのファンだったが、宮崎美子の清楚であどけない表情も好きだった。この後には、同じ大学の後輩モデルの斉藤慶子が登場した。厳密に言えば、このCMは1980年なので、1980年代ではないのだが、敢えて掲載した。

 4 サントリー缶ビールペンギン編

 松田聖子の名曲「Sweet Memories」のBGMに乗せて、バーでペンギンたちが揺れながらコーラスするシーンが印象的。ひと夏の想い出をテーマにした作品がシリーズで登場して大人気を博した。この作品は1984年から1985年にかけて放送された。

 5 Yes Coke Yes  1984年

 このCMの世界観は大好きだった。リズミカルで一体感や連帯感を醸す演出が小気味よかった。知らない者同士が、大学の学食のような場所で夢を共有しているような印象。最初は渋っていた大学の先生らしき人物が、若者たちの奏でる軽快な音楽に徐々に身を委ね、最後はノリノリに。若さと情熱、エネルギッシュな躍動感は素敵すぎる。誰もが大学生活でこのような光景に憧れたに違いない。
 「コークのシーンに君がいた」このキャッチコピーもイカしていた。

 6 グリコチョコレート

 最後はやはりこの時代に欠かせなかったCMとして「グリコ」のチョコレートを挙げたい。70年代は三浦友和と山口百恵のゴールデンコンビが出演した「グリコアーモンドチョコレート」だが、80年代は田原俊彦と松田聖子の「高原デート編」と、渡辺徹と小泉今日子の「アメフト応援編」に大別できる。せっかくなので2つ紹介したい。グリコは「アーモンド」と「セシルチョコ」の2つがメインだが、それぞれに起用されるタレントも異なっていた。

 私はこのCMをきっかけにして共演した渡辺徹と小泉今日子がくっつくと思っていたが、なぜか郁恵ちゃんと結婚し、キョンキョンは永瀬正敏と結婚した。このCMの続編は石黒賢と沢口靖子のコンビだった。なんとこのシリーズを遡れば、70年代には現在、千葉県知事の森田健作と私が小学生時代のマドンナだった岡田奈々が出演していた。

 さて、今日の記事で紹介したCMを見ただけでもその時代背景や流行などを認識できると思う。今の時代には無い勢いや若々しい躍動感を見て取れると思う。それは経済的に豊かな時代の「象徴」だったと思う。

2020年4月17日 (金)

高視聴率&長寿となる所さんの番組

 過去、旧ブログおよび本ブログにおいて、自分が大のテレビっ子であることはずっと公言して来た。小中の頃は、「太陽にほえろ」などの刑事ドラマやプロレスやキックボクシング、プロ野球のナイターなどのスポーツ中継、さらには「欽ちゃん」や「ドリフ」の番組に凝り、高校では「ものまね」や「漫才」、「コント」、などのバラエティ番組や「ザ・ベストテン」などの音楽番組にハマり、大学生では、夕方に放送されていた素人女子高生たちが大騒ぎした番組や深夜の時間帯に放送されていた女子大生がハッスルしたり、お色気番組などに傾倒した。

 そんな中、ひとつ疑問に思うのは、漫才やコントなどで名声を得た芸人たちが、本業を離れ、司会業や俳優などに転身していることがなんと多いことか。
 タモリ・ビートたけし・明石家さんま・所ジョージ・ダウンタウン・内村光良・上田晋也・渡部健・バナナマン・タカトシ・サンドウイッチマン・今田耕司・ロンブー淳・有吉弘行・後藤輝基 などは、漫才などの番組が減ったことも一因だろうが、番組のMCやコメンテーターでの起用が目立つ。

 そんな中、誰もが認める高視聴率男で、内容も抜群に興味深い番組を制作・放送しているエンターティナーは「所ジョージ」だと思う。彼のデビュー当時は、私が記憶している限りは、「あのねのね」と同じような路線の「おちゃらけギター漫談」風の登場の仕方だった。「パロディシンガーソングライター」を自称し、ギターの弾き語りでコミックソングを熱唱していた。それが、高田純次さんと似たおふざけキャラながら、どこか憎めない立ち位置で、あれよあれよという間にスターダムにのし上がった。特に彼の出世作はラジオの「オールナイトニッポン」だったと思う。
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 彼が手掛ける番組は、今ではすべて大当たりで、長く続く、いわゆる「長寿番組化」しているものばかりだ。彼を見ない日はないと言って過言ではない。一体彼はいつ休んでいるのか。過労死してもおかしくないように思える。番組は、1回ごとに事前に会議を持つ。取材班やロケ班が事前に撮影したものを見て、採用する映像を決めたり、コメントも或る程度決められている。リハーサルを経て本番になるわけだが、1時間番組を録るのに、相当な準備期間と撮影時間を要する。

 彼はテレビだけでもレギュラー番組を週9本も抱えている。1回で2本録りがあったとしても、ほぼほぼ出ずっぱりの状態だろう。では「論より証拠」。彼が出演し、冠番組となっているものを列挙したい。

 <毎週放送されている所さんがMCを務めるレギュラー番組>
 
 1.1億人の大質問?!笑ってコラえて!(日本テレビ)2009年放送開始だが、「どなた様も!!笑ってヨロシク」から数えれば25年目
 2.所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!(テレビ東京)2005年放送開始 16年目
 3.世界まる見え!テレビ特捜部(日本テレビ)1990年放送開始。31年目に入っている。
 4.所さんの目がテン!(日本テレビ)1989年放送開始。32年続いている。
 5.ポツンと一軒家(朝日放送・テレビ朝日)2017年放送開始。毎回高視聴率
 6.新説!所JAPAN(関西テレビ・フジテレビ)2018年放送開始
 7.所さん!大変ですよ (NHK)2015年放送開始
 8.所さんお届けモノです(毎日放送/TBS)2016年放送開始
 9.所さんの世田谷ベース(BSフジ)2007年放送開始。14年目

 いずれの番組も視聴率が高い。特に毎週日曜日、ゴールデンタイムに放送中の「ポツンと一軒家」では、週間視聴率で毎回トップ5内に入っている。そして各キー放送局を全局制覇している活躍ぶりだ。特に、日本テレビとのパイプは強く、ゴールデン番組に多く出演している。

 <不定期制作・放送番組>

 1.大改造‼劇的リフォーム ビフォー・アフター(テレビ朝日)
 2.志村&所の戦うお正月(テレビ朝日)
 3.はじめてのおつかい(日本テレビ)

 不定期であっても、毎年、あるいは毎回、私が楽しみにしている番組ばかりだ。2.のお正月特番は、志村けんさんが亡くなられてしまったので、来年以降、どうするのか気がかりだ。3年前までやっていた、2チームに分かれて昔の東京の街角を撮影した写真の場所を探すコーナーが好きだった。ほかにも黒柳徹子と和田アキ子のパチンコ対決などのコーナーもあった。

 <打ち切りになった番組>

 「所さんのニッポンの出番!」(TBS)
 
 私が大好きで毎週視聴していたが、オリンピックを前にして打ち切られてしまった。日本の文化や風習などについて、日本に来た外国人観光客に聞くインタビューがメインで、世界各国から見た日本の「誇り」や「底力」を様々な角度から検証し、日本人が気付かないこと、日本人が忘れてしまっていることを、歴史をひも解きながら、また外国人有識者の意見などから再認識していくというもの。
 打ち切りが決まった時、所さんは相当なショックを受けていた。自身も熱を入れた番組だったようだ。

 ところで、タモリさんや明石家さんまさんもそうだが、所さんが以前、番組のインタビューで話していたが、「番組作りは仕事だと思わない」「仕事だと思うと疲れるだけ」「それより仕事を趣味の一環だと思えば楽しいし、視聴者も構えずにリラックスして見てくれると思う」という持論を述べていた。確かに3人とも楽しんで仕事をしている印象がある。肩肘張らず、何かその雰囲気に飲まれてしまう。所さんの出演する番組は、バラエティが大半なので、やはり何より必要なのは「笑い」とそのための雰囲気作りなのだと実感した。

 これは私のようなサラリーマンの立場でも言えるのではないか。仕事だと思うと、責任感やプレッシャーに押しつぶされたり、逆に空回りして上手くいかない。特に若い世代は、厳しいだけではついてこない。明るく楽しい雰囲気と、これをやるとどんないい結果になるか、そのプロセスを明確にしたおけば、意欲も湧く。「これをやって何になるんだ?」という意識が多少でもあれば、どこかで無理が生じ、軋みが出てしまう。
 仕事も遊びもリラックスしてできれば最高なのだが、下手な上役がいると下は振り回されて疲れてしまう。会社によっては若者の離職率がべらぼうに高い企業もある。それは意外にも人間関係を含めた職場環境が影響していることは否めない。部下思いの有能な上司がいて、「働きやすい」環境では、誰も路頭に迷わない。
 そういう意味で、毎年、理想の上司に挙げられている所ジョージさんは、一見、おふざけでここまで来たのかと錯覚するが、その人柄ゆえの成り行きだっと、この歳になってようやく思える。

 最後に、「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ」と「笑ってコラえて」の中で放送している、私が大好きなコーナーをランキングで紹介したい。

 「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ」

  1位 あなたはナゼ秘境駅へ来たんですか?(安田大サーカス団長)
  2位 開かずの金庫を開けろ! (玉置さんの凄業が毎回炸裂)(ずん飯尾・金子・レッド吉田など)
  3位 驚きの遠距離通勤・通学。なぜそんなに遠くから通っているんですか?(スギちゃんなど)
  4位 所ベース おとなの秘密基地
  5位 会社を休んで逆向き列車に乗ってどこかへ行ってもませんか
  6位 我が家の困ったコレクター 
  7位 日本全国珍自販機を調査せよ!(自販機ガール)
 

 「1億人の大質問?!笑ってコラえて」

  1位 ダーツの旅
  2位 日本列島待ち合わせの旅
  3位 日本列島ちょっと昔の旅
  4位 日本列島結婚式の旅
  5位 日本列島朝までハシゴの旅
  

 新コーナーが生まれている一方で、人知れず打ち切られたものもある。1年ほど前に、アメリカの大学を受験し、3校(ペンシルベニア・コロンビア・プリンストン)に合格したイケメン男子を追跡取材する新コーナーがあった。その後、1年近く経過したが音沙汰がない。


 以上、所さんの凄さが垣間見れる記事になったと思う。しかし、俗にいうビッグ3(タモリ・ビートたけし・明石家さんま)とは一線を画しながらも、独自の「自分ワールド」を築く所さんは凄い。エンターティナーでは前述の3人に所さんと笑福亭鶴瓶を加えた5人がBIG5だと思っているが、その5人の中にA型は一人もいない。さんまがB型で、残りの4人はO型なのだ。お笑い系やエンターテイメントの分野はO型が天下をとる世界のようだ。

 この5人には及ばないものの、躍進著しいMCは・・・

 坂上忍(AB型)・有吉弘行(A型)・岡村隆史(B型)・上田晋也(O型)・浜田雅功(A型)
 
 かつてはMCと言えば、  関口宏・久米宏・堺正章・志村けん・みのもんた(全員A型)が代表だった。

 世代交代が著しい現代において、所さんの息の長い司会業としてのステータス堅持はやはりただものではない。
 

2020年4月16日 (木)

国民を見殺しにする日本政府?!

 新型コロナウイルスによる世界各国の危機的状況を目の当たりにしても、なお日本の「緊急事態宣言」は手ぬるい。これで感染拡大を回避しようなど到底できるわけがない。マレーシア在住の「GACKT」が報告しているように、首都クアラルンプールでは、軍部が都市の入り口を二週間、完全封鎖し、買い出しもひと家庭につき一人が代表して外出する。従わなければ逮捕も辞さない。アメリカやフランス、イタリア、スペインでは観光地であっても完全に「ロックダウン」を実施し、何人たりとも入国させない実質的な「鎖国状態」を強行している。

Emergency

 一方の日本では、東京が連日180人を超える感染爆発に見舞われているのに、政府は「緊急事態宣言」とは名ばかりで、外出を控えるよう要請するだけで、強制力はないし、罰則規定すらない。よって、一見、渋谷や銀座などの繁華街は人影が減ったように映るが、週末には東京都区内を脱出して郊外の「吉祥寺」などに若者がわんさかと繰り出す映像がニュースで流れた。また、東京の遊技場や夜の店が営業自粛されるや、隣県各地に脱出した「品川」「足立」「多摩」などのいわゆる東京ナンバーの車で溢れ、パチンコやりたさに茨城や栃木、群馬あたりに「逃亡」する都民がいかに多いことか。そうして感染を広めては元も子もない。日本人はいつからこんなに忍耐力や堪え性がなくなったのか?

TogoshiKichijyouji

 日本政府、特に安倍首相は、経済のことを優先的に考えすぎるあまり、人命尊重が蔑ろに扱われた。おそらくは麻生財務大臣の横やりなのだろうが、国民の生命を危機に晒しての愚策には目に余るものがある。人気取りのつもりなのか、全家庭にマスクを2枚配布など、子ども騙しの茶番もいいところだ。マスクの転売を禁じ、マスクを政府が買い上げてしまったことで、市中にマスクが出回らなくなった。そしてそんな流ちょうなことをしている間に、ウイルスは瞬く間に蔓延してしまった。こんな腰抜け対策では防御機能は果たせない。

Abenomask  

 潜伏期間が二週間程度ならば、諸外国の例に倣い、完全に経済活動を停止し、医療従事者や消防救急、保健所、報道関係者、生活必需品を扱う店以外の全国民を一斉に休業すべきだった。いたずらにかつ怪我が少ない適当な対策でごまかそうとするから、感染者が後を絶たないのだ。違反しても罰則も何もない状況下では、そんなに聞き分けがいい国民はいない。共働きで仕事に行かなければならない親がわんさかいるから、幼い子の面倒を見る人がいなくなる。

 また、最前線の医療現場では、医師や看護師などの従事者の院内感染が相次いでいる。それくらい新型コロナウイルスは耐性も感染力も強い。インフルエンザの20倍だそうだ。職場で誰かひとりが陽性となれば、その会社のフロア全体の機能が停止し、消毒やら経過観察などでその後二週間は休業となる。そして病床不足から、軽症者は自宅待機や政府が手配したビジネスホテルでの経過観察という手を打った。しかし、これがまた危険極まりない。ホテルは不特定多数の人が利用する。陽性反応者を収容して、その後、病状が回復し、陰性を確認して帰宅できたとしても、そのホテルの部屋にはウイルスが残存することになる。いくら消毒したとしても、目に見えないものだけに、感染リスクは完全には拭い去れない。

 ここまで日本人の新型コロナウイルスに対する危機感の希薄さは何なのだろう。感染者の多くは20代から50代と幅広い。20代は重症化する割合が低いからと言って、「緊急事態宣言」発出の状況下でも安易に外出している人が多い。40代~50代は取締役や管理職の方が多く、容易に仕事を休めないことが背景にありそうだ。感染経路不明の方が7割以上を占めるのも当然で、満員電車で1時間以上も揺られれば、いやおうなしに知らないうちに感染していておかしくない状況だ。それらの世代が、自重も自粛もせずに従前の行動を繰り返せば感染リスクは高まる。それで二次感染、三次感染して重症化し、命を落とすのが60代以上の高齢者ということになる。

 日本人は総じて「自分が感染して初めてその怖さを知る」のではないか。よもや自分が当事者になるなんて思っていないに違いない。どこで貰うかわからないのが現状なのに。
 そして感染したら感染したで、本人に手落ちがあるわけではないのに、こぞってその人間を批判し、悪党につるし上げる。ここ郡山市でも、無断欠勤してアフリカクルーズに出かけた大学教授が帰国後に発症し、感染が明らかになった途端に、そこの附属の高校生が「コロナあっち行け」などと心無い罵声を浴びせられた。我が福島県民は震災の際に、「東京電力福島第一原子力発電所」の水蒸気爆発事故でメルトダウンを引き起こし、放射性物質が拡散され、その被害を一手に受けた。その際に全国、いや全世界からのいわれのない風評被害を一身に受けた。その辛さ、切なさを誰よりも身をもって体験していながら、そのような振る舞いは正気の沙汰とは思えない。
 どんなに自覚して節度ある行動をしていても、どんなにうがいや手洗いを励行して予防に努めていても、感染力が強いこのウイルスの下では、いつどこで自分が貰うのか全く予想だにできない。
 

  しかも驚いたのはPCR検査の費用で、運悪く「陽性」だった場合には、国が全額を負担する公費扱い。しかし、逆に運よく「陰性」だった場合には、自己負担となり、保険も適用外。なんと検査だけで2万円もかかる。しかも怖いのは、降圧装置を使用し1日入院してPCR検査を行い、幸いにして「陰性」だった場合には、なんと8万円から12万円もの自己負担になる。こんなに高額ならば、嫌でも風邪だと自分自身に信じ込ませ、検査など受けに行かないだろう。そうなると数値には表れない潜伏感染者が大勢出てしまい、逆に被害を拡大しかねない。

 とりわけ若い世代は重症化にしくいため、その危機意識が薄い。しかし、体力のない高齢者や既往症、持病のある人にとってはそれは死を意味する場合が過分にある。目に見えないだけに、加害者意識は少ないが、確実に若い人の軽率な行動がお年寄りを死に至らしめることになる。現に、宣言後、8日経つが、感染者は増大するばかり。感染した人は、口を揃えてこういう。「まさか自分がコロナに感染するとは思わなかった。」と・・・。その油断が感染を広めていく。
 迂闊にも歓迎会を開いた警察の幹部クラスの面々、宮藤官九郎や石田純一、白鳥久美子、森三中の黒沢などの芸能関係者、コロナの実態を誰よりも認知し、そのニュースを連日報道していたテレ朝の富川キャスター、藤浪晋太郎や梨田昌孝、片岡篤史などのプロ野球関係者なども、まさかである。
 4/15日付の報道で恐るべきデータが示された。北海道大学の西浦教授の試算によれば、このまま有効な対策をしなければ、日本国内での重症化する患者の数は85万人に上り、医療崩壊とともに重篤患者の約半数に当たる40万人が死亡するという。40万人と言えば、中核都市クラスの人口が全滅するということだ。あり得ない。

Hokudai

 この試算結果を聞いて、私は1980年に公開された、草刈正雄主演の映画「復活の日」を思い出した。東西冷戦時代に科学者が作り出した未知の細菌に襲われた人類が滅亡する恐ろしいストーリーで、それが現実に起きてしまう危惧を抱いた。予告編のみをリンクしたい。

 政府の強制的ではない、手ぬるい対策のままでは、遅かれ早かれこの試算が現実のものとなってしまう。「ソーシャルディスタンス」が海外では導入され、実行されているのに、日本におけるその意識はあまりにも低く、ほとんど見られない。現に、形式的に距離を置いて放送していたニュースキャスターまでもが感染してしまった。目に見えない病原菌であるウイルスの脅威に対して、どちらかと言えば疎い日本人。生命の危機よりも経済効率を優先してしまう日本政府の対応では絶望的だとも言える。

 最悪、「医療崩壊」が現実のものとなれば、人工心肺装置(ECMO)を使うような、重篤かつ助かる見込みのない患者は治療を中断し、「命の選別」や「命の線引き」、つまり「トリアージ」が行われ、死に行くのを黙って見ているしかない状況に追い込まれる可能性があるのだ。治療したくても、医療従事者の感染が拡大している現状では手出しができない歯痒い思いを強いられる。厳しい言い方をすれば「患者を見殺し」にするしかなくなる。

 このような状況下で、もし「南海トラフ大地震」や甚大な自然災害(たとえば富士山噴火など)が発生したらどうなるのか?日本は一巻の終わりかもしれない。北朝鮮がこれみよがしにミサイル攻撃してきたら・・・そう思うと背筋が凍り付く思いだ。

Toraf

 私は感染拡大を防ぐにはもう手遅れに近いと思っている。一週間前に発出した「緊急事態宣言」をさらにその一週間前に行い、さらに「ロックダウン」(都市封鎖)などの強い措置をしていれば、連日180人を超えるような「陽性」患者に見舞われるほどの被害はなかったように思える。志村けんさんの急逝で、一時はコロナウイルスの恐怖を身に染みて感じたものの、政府の対応が甘すぎるために、経済活動優先の庶民感覚を打破できない。命と経済、どちらが大事かを両てんびんにかけ、国民の命を守るための方策をお願いしたい。

 それにしてもここまで安倍首相が危機管理にずぼらだとは思わなかった。もし韓国なら、民衆が糾弾集会を開き、支持率は急落するであろう。しかもファーストレディーの昭恵夫人はこうした切迫した状況のさなか、優雅にも大分へ旅行に行ったという無神経さ。政治家は感覚が麻痺している。

 元を糾せば、中国の旧正月を示す春節(1月24日~1月30日)の際、日本が入国規制をしていれば、対応がここまで後手後手に回ることはなかった。目先の中国マネーを当て込んだ日本政府。あの時点で「殺人ウイルス」の脅威を認識し、適切な措置を講じてさえいれば、ここまで感染被害を拡大しなくて済んだだろうし、志村けんさんだって命を落とさずに済んだかもしれない。

   ここから今後の私の予測を書こう。かなり極端な発想だが、あながち全否定できない怖さがある。

 北朝鮮は「断固として感染者は出ていない」などとのたまっているが、実際は軍を中心にコロナウイルスが蔓延し、それを周辺諸国や敵対するアメリカに知られたくないため、人知れず隔離され、死者が多数出ていると見ている。軍医も感染し、医療体制が貧弱なこの国では、体制崩壊が見えてくる。そこで元から「赤化統一」を目論んでいる韓国大統領「文在寅」が、ウイルスを克服した先進医療を餌に、北朝鮮に温情をかけ、感染者救済の支援を申し出る。北朝鮮がウイルスで滅亡寸前の危機的状況の時機に、「天の助け」とばかりに手を差し伸べた行為にえらく感動した金正恩総書記が、韓国との「朝鮮半島統一」に同意し、赤化統一が実現する。

 民主国家・韓国の経済力に加え、北朝鮮の軍事力が相まって、互いに積年の恨みを晴らそうと、今まで以上に日本に無理難題を突き付け、交渉を有利にかつ上から目線で強引に突き付けてくるだろう。力を蓄えればのさばるし、攻撃性が強い。朝鮮族とはそういう民族である。

 しかも今回の総選挙で、革新系与党が圧勝した。反日を旗印にしている政党が、国民の支持を集めた構図は相変わらずだ。しかも「北朝鮮と同一歩調で、徴用工の未払い金3600億円を請求する」と大なたを振るっての圧勝劇だ。今後、強気で日本に賠償請求を突きつけて来るのは必至だ。何度も言うが、朝鮮族は過去の因縁を繰り返しぶり返しては金品を巻き上げようと画策する獣物なのだ。 

Chosen

 さて、2020年、本来ならば「東京オリンピック」「東京パラリンピック」で盛り上がる筈だった今年、まさかこのような国家存亡の危機に瀕するとはだれも予想できなかった。オリンピックだけにはとどまらない。おそらく、今年はプロ野球を始め、夏の高校野球、中体連、高校のインターハイ、大学のインカレ、県総体、東北総体、国体など様々なスポーツイベントが中止になる公算が強い。今の状態のまま推移すれば、来年もオリンピックどころの騒ぎではない。

 早急に、より強力な方策を日本政府が手を打ち、即実行に移さなければ、北海道大学の西浦教授が予測した40万人死亡は現実的に起こり得るし、更に被害を拡大してしまう。

 ウイルス封じ込めに成功した韓国や台湾に出来て日本にやれない筈がない。今こそ日本政府の大英断が求められている。

 追記

 この記事を朝にアップした訳だが、まさにその日の夕方、安倍首相が私の文言を読んだかのようなタイミングで、全国一斉に「緊急事態宣言」を発出することを決めた。

 これでも遅すぎる決定だが、やらないよりはマシだ。どう感染者数が推移するか注視したい。

  

 

 

2020年4月15日 (水)

ザ・ベストメンバー

 まもなく平成も終わろうとしているが、平成を締めくくる31年の出来事を振り返るテレビ番組がなんと多いことか・・・。私はニュースではなく、スポーツの観点から、大好きなプロ野球とサッカーのベストメンバーという観点から記事を書きたい。ただし、選んだメンバーはあくまで私の好みや独断と偏見であることを予めお断りしたい。

 プロ野球(日本代表)   プロ野球(投手)        プロ野球名監督

 1 福本 豊  8    先発 金田 正一       1 川上 哲治
 2 イチロー  9       野茂 英雄       2 水原  茂
 3 張本 勲  7       山田 久志       3 鶴岡 一人
 4 王 貞治  3       松坂 大輔       4 森  祇晶
 5 落合博満  5       今中 慎二       5 広岡 達郎
 6 松井秀喜  DH         田中 将大         6   仰木  彬
 7 松井稼頭央 6                    ダルビッシュ有     7 三原  脩
 8 野村克也  2         稲尾 和久       8 西本 幸雄
 9 山田哲人  4         江川  卓       9 原  辰徳
                 前田 健太      10 上田 利治
                 桑田 真澄

投手 金田正一      中継ぎ 山本 和行
                 永射  保 
                 宮西 尚生
                 浅尾 拓也
                 上原 浩治

代打 高井保弘     リリーフ  佐々木主浩
   清原和博                            江夏  豊
   門田博光                 津田 恒美
   田淵幸一           高津 臣吾
   古田敦也           岩瀬 仁紀         
   杉浦 亨 
   長嶋茂雄

外国人 バース
    ブライアント 
    デストラーデ
    ラミレス
    レオン
    リー
    タフィ・ローズ
    マニエル
    ペタジーニ
    ブーマー
    カブレラ                                     

 サッカー(日本代表)

 GK 川口 能活
          楢崎 正剛
 DF 中澤 佑二
    井原   正巳
    田中マルクス闘莉王 
          秋田  豊
    宮本 恒晴
    柱谷 哲二
    内田 篤人
    吉田 麻也
    長友 佑都
    都並 敏史
 MF 長谷部 誠
    本田 圭祐
    今野 泰幸
    森保  一
    木村 和司 
    福西  崇史
    中田 英寿
    小野 伸二
    稲本 潤一
          中村 俊輔
          名波  浩
    柴崎  岳
    小笠原満男
    遠藤 保仁  
    香川 真司
 FW  福田 一博
    城  彰二 
    三浦 知良
    中山 雅史
    高原 直泰
    岡崎 慎司
    高木 琢也 
           
     

2020年4月14日 (火)

やってほしいモニタリング

 かつてフジテレビ系列で「いたずらウォッチング」というバラエティ番組があった。田代まさしと桑野信義がMCを務め、ゴールデン枠に放映され、視聴率も高い番組だった。街角で仕掛け人がいろいろなパフォーマンスを仕掛け、通行人やたまたま居合わせた素人の反応を観察するもので、いうなれば「ニンゲン観察モニタリング」の元祖とも呼ぶべき内容だった。
 ではまず、懐かしい当時の映像の一端をご覧ください。

 ナンセンスと言えばそれまでだが、バブルの頃に制作されただけに、今は個人情報保護が厳しい世の中なので、ひとりひとりに放送許可を取らなければならないため、こうした手当たり次第の一般人への撮影はあり得ない。

 では、タイトルの本題だが、私がぜひ「モニタリング」の中でやってほしいテーマを発表したい。


   「公共の場(病院・銀行・駅など)で芸能人の名を呼んだ時、周囲の反応は?」

  病院の待合室、銀行窓口、駅やデパート、遊園地のアナウンスなどで芸能人の名を呼ぶ
  たとえば、「坂口健太郎さん」「菅田将暉さん」「松坂桃李さん」「福士聡太さん」「岩田剛典さん」
  「佐藤健さん」「阿部寛さん」「木村拓哉さん」「石原さとみさん」「山本美月さん」など
  遊園地や駅の場合は「お呼び出しをいたします。東京都からお越しの木村拓哉様、お連れの小杉竜一様がお待ちです。
  至急、総合案内所までお越しください」


  ① すると周囲はざわつくはず。しかし、登場したのは彼らイケメン俳優とは似ても似つかぬおじいちゃんやおばあちゃんなどまったくの別人。その時の周囲の反応は・・・

  ② 同じように芸能人の名前が呼ばれ、登場したのは、それっぽく変装(マスクやサングラス)したまったくの別人。本人かもしれないという状況の中、居合わせた人たちの反応は? 変装しないそっくりさんでもO.K

  ③ 2人くらい芸能人の名前を呼んでそれぞれ別人が登場した後、3人目はまた異なる芸能人の名を呼んでみる。
   また同姓同名の別人かと思わせて、今回は実際に本人が登場する。その時の反応は・・・
   いきなり写メを撮りだす?そっとしておく、それともサインや握手を求める?

 

2020年4月13日 (月)

意外な事実?!

 「事実は小説より奇なり」というが、今日はそれを地で行くような事例を取り上げたい。

  意外なスクールメイツ出身者

 50代以上の方は記憶にあると思うが、NHKで毎週日曜日の18時から放送していた「レッツゴーヤング」という音楽番組があった。たのきんトリオや松田聖子、中森明菜、小泉今日子などの80年代アイドルたちが毎週出演していた人気番組だった。司会はその後、ローカル路線バス乗り継ぎの旅でリーダー役を務めた太川陽介や石野真子、石川ひとみ、松田聖子、そして作曲家の平尾正晃などが行っていた。

 その番組で歌唱の際にバックダンサーとして踊っていたのが「スクールメイツ」だった。中学時代の私は、今のAKBや乃木坂などの多人数のギャルたちがが超ミニスカートで激しい踊りを披露するものだから、時々チラッと見える白いパンツに目のやり場に困ったと同時に、ムラムラしてしまった(笑)覚えがある。それか女性は皆、見られたいとか色情狂の気があるのかと幼心に女性への見方が変わってしまった。

 そんな多感の頃に、明るく元気に笑顔を絶やさずに裏方役として盛り上げていた「スクールメイツ」だが、意外なメンバーが在籍していた。

 ①キャンディーズ・・・ピンクレディーと共に昭和のアイドルとして頂点に君臨した3人娘。彼女たちが在籍していたのは有名な話。

 ②高橋真梨子・・・今でこそ実力派シンガーだが、1966年にスクールメイツとしてデビューした。しかし、アーティスト路線を志望していたため、脱退。ペドロ&カプリシャスの二代目ボーカルでデビューした。「ジョニーへの伝言」「五番街のマリーへ」などヒット曲に恵まれたがソロに転向して現在に至る。おそらく彼女の場合、踊りではなく「東京音楽学院」の歌手専攻課程にいたのだと思う。

 ③太田裕美・・・大好きだった沢田研二に会えるかもしれないという理由で「スクールメイツ」のオーディションを受けて合格した。同期のメンバーに後にフォークシンガーとして活動した「谷山浩子」がいた。少女たちの夢であり、芸能界への登竜門的な存在がスクールメイツだった。その後、太田裕美はソロ歌手として「木綿のハンカーチーフ」が大ヒットした。

   

 ④石川ひとみ・・・「まちぶせ」が大ヒットしたアイドルというイメージだが、スクールメイツの門を叩いた。その後、彼女も「レッツゴーヤング」のMCを担当するまでに育った。

 ⑤川島なお美・・・若くして亡くなったワインソムリエ兼女優兼タレントとして幅広い活躍をした彼女だが、在籍期間は短いが、一時期「スクールメイツ」に所属していた。こうしてみると言葉は悪いが、踏み台にしてビッグになっていった印象が強い。

 ここまでならあまり驚かないが、かつて「スクールメイツ」には男性も所属していた。

 ① 森進一 ・・・ご存知、レコード大賞まで受賞し、NHK紅白の常連だった大御所演歌歌手だ。
 ② 野口五郎・・・新御三家のメンバーで、ムード歌謡的な曲を歌い、甘いルックスとギターテクで沸かせた人気スター
 ③ 笑福亭笑瓶・・・落語家兼芸人で「噂の東京マガジン」に出演中。
 ④ 布施明・・・ご存知、歌唱力抜群のバラード歌手で「シクラメンのかほり」でレコード大賞受賞した大御所
 ⑤ 高岡健二・・・二枚目俳優

 もちろんスクールメイツの出演番組は「レッツゴーヤング」だけではない。「ドリフ大爆笑」のOPとED映像にも登場する。また、テレビ東京の「ヤンヤン歌うスタジオ」や「たのきん全力投球」など、ヤングアイドルが出演する歌番組には欠かせない存在だった。

 

2020年4月12日 (日)

郡山市内でマスクが買えた日 (2020.4.12)

 本日公開の記事は、情報提供のために掲載するもので、単なる自慢や独善的な発想によるものではなことをあらかじめご理解願います。

 全国的にマスクが品不足に陥って早一か月。一向に「新型コロナウイルス」の猛威は衰えを知らない。それどころか4月11日時点で、世界中で160万人以上が感染し、約10万人が命を絶たれた。本来ならば「オリンピックイヤー」の今年、スポーツで盛り上がる筈の年だったのに、いったい誰がこんな事態を予想できただろうか?

 中国の武漢に端を発したこの「新型コロナウイルス」は、世界規模の流行り病を指す「パンデミック」となり、「クラスター感染」や大都市の「ロックアウト」を引き起こすほどの危機的状況をもたらした。アメリカ、スペイン、イタリアなどの欧米諸国では、元からマスクを身につける習慣がなかったことから、感染爆発を引き起こし、死者の数が急増している。これに呼応するかのように、経済もが際限なく落ち込み、1929年の「世界恐慌」の再来とも言われている。
 
 ここ日本でも中国から来訪した観光客によって、和歌山のバスの運転手とガイドが感染して発症。その後、北海道に飛び火したと思ったら、政府の経済優先で後手後手の対策も致命的となり、この1か月で東京が連日180人を超える陽性反応が出ており、大好きだった芸人「志村けん」さんが亡くなられたり、7都府県の「緊急事態宣言」発出にまで発展したのは周知の事実だ。
 
 日本全国がマスク不足に陥り、今でも入手困難な状況だ。政府は全家庭に布製マスクを2枚ずつ配布するという究極の方策(愚策?)に打って出たが、それも政府が転売禁止を名目に買い占めていたから市中に出回らなかったからだとか「アベノマスク」などと揶揄され、一般庶民は感染の脅威に晒され続けている。4人家族でも2枚の布マスク。それでどうやって感染を防げというのか?

 現に私も「Amazon」でウレタン製マスク4枚入り(980円)を注文したのが2月末の話で、実際に政府が「転売禁止」を打ち出してから、出荷が差し止められ、慢性的な品不足と相まって、出品者の都合で2週間以上も遅れ、4月初旬、つまり一か月以上も待たされた挙句にようやく届いた。皮肉なことに、それはウイルス発祥の地である「中国製」だった。
 幸い、手もみ洗いを4回繰り返しても、今のところ破損はしていない丈夫な作りだった。それが下のマスク

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 しかし、「Amazon」は、この騒動に乗じ、人の弱みに付け込んだ詐欺と思しき悪徳出品者が横行している。マスクひと箱が5,000円以上とか、商品代金が480円だが、よく見ると送料が50万円だったとか。ひどいものだとマスクを注文したのに、届いたのは安物タオルだったとか。

 実は私も「Amazon」で2社からマスクを注文したが、実際に届いたのは「aimoha」という1社だけで、もう1社は、1か月半以上経った今も、商品は届かない。「ジンベイル」という中国の業者っぽく、詐欺グループかもしれないので注意されたし。
 私はウレタンマスク9枚(480円)を注文した際、「注文確定ボタン」を押す前に何度も見直して「送料無料」を確認したため事なきを得た。業者の発送が確認されるまでは代金が請求されない旨のメールが届いていた。現在も商品は未着だが、代金も引き落とされていない。おそらく、騒動が収まった頃に、何食わぬ顔で商品を送りつけて来るのだろう。
 コロナウイルスが出始めた2月から3月中旬に関しては、私は1年ほど前に買って、使わないで取っておいた50枚入りの不織布マスクひと箱を小出しに使って何とか凌いでいた。
 
 しかし、タイトルに示した通り、ここ郡山市は「ドラッグストア」であろうが、「コンビニ」、「100均」、「スーパー」などどこに行ってもマスクが店頭にない状況がずっと続いている。マスクを着けて街を歩いている方々はどうやって入手しているのだろう。

 だが、本日4月12日(日)に天の助けのような奇跡が起きた。この日、休日出勤だった私は、昼休みに散歩がてら駅前を歩いていた。感染拡大を危惧してバスターミナルやタクシープール周辺はガラガラで、近くの商業施設も人影は少ない状況だった。そんな中、たまたまとふらりと入ったとある「100円ショップ」で、「不織布のマスク」が売られてあったのだ。いつもマスクが陳列してある商品棚にはなくて、「まだまだマスクは入手困難だ」と諦めかけていた矢先のことだった。

 すると、その日は、私が最近になって凝りだした「九星気学」のカレンダーで、私自身の運勢が「開運日」になっていたからなのか、偶然に入ったその「100均」で、しかもたまたまレジの脇にポツンと提げてあったマスクを見つけたのだ!その不織布マスクは「中国製」ながら3枚入りで100円だった。実にラッキーだった。もしかすると、人生の半分以上の運を使い果たしてしまったかもいれないし、マスクが買えた途端に、何らかの試練を与えられて自分がウイルスに侵されてしまうかもいれないとさえ思えた。

 店員さんが言うには、「今日、少量でしたが、たまたま入荷したんです」。レジで並んでいた時に、私の前の客は気づかず、私の番になって、たまたまほかの店員が私の面前を横切って手を伸ばし、レジの前に置いてあったマスクをひと袋取って別の客に渡したことで発見した。その貴重にして希少なマスクは「おひとりさま1セット限り」で、私がレジに行った時には残り3セットしかなかった。
 私が「なぜマスクが置いてあるのか?」と店員に尋ねたことで、私の後ろに並んでレジ待ちをしていたおばちゃんも気づき、嬉しそうに最後の1セットに触手を伸ばしていた。そこでこの日の入荷分は品切れに。下の画像が私が110円(税込み)で購入したマスク。

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 しかしながら、たまたま本日入荷したということは、徐々に生産が追い付いてきて、今後、郡山の各所でマスクが出回るのではないかという一筋の光明を見た思いだった。近くに「マツモトキヨシ」や「ツルハ」などのドラッグストアがあるのに、それらの薬局には在庫切れで一切ないにもかかわらず、まさかの「100均」に置いてあった不思議。たぶん近いうちにまた入荷すると思われる。
 政府が配布する布マスク2枚(アベノマスク)なんかよりもこちらのほうが断然有り難い。しかも3枚ながら税込みで110円。県内でも感染者(4/12時点で38名が陽性)が急増しているため、大切に使いたい。

 ところで私はこれまでの半生、どちらかと言えばツキに恵まれていないほうだったが、九星気学に凝りだして、たまたまこの日が「開運日」だったからなのか、よもやこのような棚ぼた的な形でマスクを手にできるとは・・・。

 ネットや政府に頼らずとも、自分の足で探せば私のようにこうした幸運にぶちあたるかもしれない。

 さて、人が羨むような記事をひょうひょうと書いてしまったが、悪気はないのであしからず。そして、小心者の私には、この話には予期せぬオチがあるような気がしてならない。商品のパッケージをよく見たら、やはり中国製なので、「新型コロナウイルス付着マスク」とかブラックな説明書きがあったりとか・・・。だとしたら、単なるぬか喜び、いや生命の危機かもしれない。何か大きなしっぺ返しがありそうだと思うのは、取り越し苦労だろうか?

(追記1)

 大変心苦しいのですが、ここでマスクの販売店を紹介すると、その店に客が殺到し、それこそトイレットペーパーのような買い占めが起きてしまう恐れがあるため、実名(店名)の掲載は差し控えさせていただきました。よって「マスクをどこで購入したか?」などの問い合わせのコメントはご遠慮願います。実際、その店がどういうルートでマスクが入荷したのかも怪しいので・・・。

 しかし、これはガセネタではなく、本当の出来事ですので、郡山市内でももしかするとこれから少しずつ品薄が解消されていくのではないかと思います。

(追記2)

   今、不足しているのはマスクだけではないことを思い知った。「テルモ」製の「電子体温計」のボタン電池がどこの家電量販店を覗いても品切れ。L R41という型番なのだが、それすらも入手困難な状況。これまで行った店は「ヨドバシ」→「カインズホーム富田店」→「ヤマダ電機」→「ケーズデンキ」→「イオンフェスタ店(そうご電器)」→「キャンドゥ」→「ジョイフル山新」→「ダイソー日和田店・八山田店」。すべてメーカー欠品のためいつ再入荷するか不明とのこと。新型コロナウィルスは、こういうところにも影響を与えている。

 


   

2020年4月11日 (土)

一文字違いでえらいこっちゃ!

 言い間違えや聞き違えなどは誰にでもあることだが、1字違っただけで誤解されたり、それ以降、変人扱いされるような事態を招くこともある。今日は「一文字違いでえらいこっちゃ」という話題を挙げたい。


 気遣い(きづかい)の人と気疲れ(きづかれ)の人
 乾杯(かんぱい)と献杯(けんぱい) 献杯はグラスを当てない
 銀魂と金玉(銀魂の作者の意図は?)
 山口県(やまぐちけん)と山内賢(やまうちけん・元俳優・故人)
 塙(はなわ)と埴輪(はにわ) 塙さんのことを間違えて埴輪さんと呼んで怒られた経験あり
 首(こうべ)と交尾(こうび)
 うんちくを垂れるとうんちを垂れる
 タモリと井森(イモリ)と矢森(ヤモリ)
 カスタネットとかすったメット(デッドボール)
 お互い傷の舐めあいとお互いキスの舐めあい(下ネタかよ)

 恋人募集中と変人募集中

 断腸(の思い)と脱腸(で痛い)

 パリ(フランスの首都)とバリ(南国の島) 
 中高生と中高年
  かすりの着物とやすりの着物(これは痛そう)
 一球入魂と一休入墾(一休和尚は開墾しないが)
 最後と最期(最期は死ぬ間際)
 肩パッドとカタパルト(嘉門達夫の歌みたい)
  合い挽き(肉)と逢引き(二字違うが読みは同じ)
 居合抜きと気合抜き
 安売りタイヤと安売りダイヤ
 祈祷と亀頭(二字違うが読みは同じ)
 柏手(かしわで)と拍手(はくしゅ)
 アルキメデスと歩きダメです
 敬虔と敬遠
 悲哀(ひあい)と卑猥(ひわい)

 カナダへ旅立つと彼方へ旅立つ

 ひまつぶしとひつまぶし

 腹立たしい と 腹正しい

 FTVテレポートプラスで「鯉に恋する郡山」の取材に訪れた八重樫葵アナウンサーが
「私、鯉を食べるの初めてかもしれない」と言うと、すかざす店主が
「じゃあ初鯉(初恋)の味ですね」と合いの手。実に粋だなぁと感じた。
 さらにそれを聞いたスタジオワイプの長谷川アナがにやけていたのが良かった。


 <芸能人の似すぎの名前>

 森高千里と森下千里
 坂井真紀と酒井美紀
 水野美紀と水野真紀 
 陣内孝則と陣内智則
 DaiGoとDAIGOと大悟(千鳥)
 高橋克典と高橋克実
 北村一輝と沢村一樹
 峰竜太と竜雷太
 西村雅彦と西村和彦
 桜井幸子と櫻井淳子
 
 玉置宏と玉木宏
 夏帆と夏菜
 酒井彩名と酒井若菜
 浜田麻里と濱田マリ
 榊原郁恵と柏原芳恵
 田中美奈子と田中美佐子
 秋吉久美子と藤吉久美子
 平山あやと平野綾
 大山のぶ代と大竹しのぶ
 モネとマネ

 さて、取るに足らない話題で恥ずかしい限りだが、たまにはお堅い話を抜きにして、こうした肩肘張らない話題も新鮮かなと思い、今日はこうした記事を書いてみました。いろいろ言いたいことはあると思いますがご容赦ください。
 
 
 
 

2020年4月10日 (金)

なぜ中国人は未だに日本を『小日本』と呼んで馬鹿にするのか?

 「国際問題」には何かと疎い私だが、「ところ変われば品変わる」の言葉通り、言語はもちろん、経済、民族性、思考特性、宗教、文化、歴史、主義主張に至るまで、様々な差異が生じる。
 幸い我が国はほぼ単一民族国家で、同じ言語を有する。規律や秩序が保たれ、経済的にも裕福で先進国に属するなど、優れた民族だと言える。そんな日本ではあるが、国際社会から見ると、不可思議にも首をかしげたくなるような事象にぶち当たる。本日はそうした疑問について取り上げたい。

 疑問 「なぜ中国人は未だに日本を『小日本』と呼んで馬鹿にするのか?」


 私は「反日記事」が多い「Record China」は見ないようにしているが、その代わり、どちらかと言えば良心的な「Serchina」をたまに訪れる。それによると、本日の表題の回答にうってつけの記事を見つけたので引用したい。

 中国メディア「今日頭条」は27日、「どうして日本のことを『小日本』と呼ぶのか」とする記事を掲載した。記事は「日本と聞くとわれわれは意識的に『小日本』と呼ぶ」としたうえで、その理由が一体どこにあるのかについて考察している。

 まずは、地理的な理由として、日本の国土面積が中国に比べてはるかに小さいことを挙げた。続いて、古代中国では日本人を背が低いことを意味する「倭人」と呼んでいた、日本による侵略戦争時に現地人が日本のことを「大日本帝国」と呼ばされていたことに対する恨み、という歴史的な要素を示した。さらに、「かわいい」といった言葉にも代表されるように、日本の文化が小さくて精緻なものを良しとする性質を持っているため、という文化的な点についても示した。

 そのうえで、「最も根本的なものは、やはり当時の日本の侵略によって生まれた、われわれの民族的な恨みから来るものだと思う」と説明。
 「小日本」は日本人に対する中国人による蔑視を示す語であり、1930年代から40年代にかけての「地獄のような歳月」において、またたく 間に中国の同胞で広まった、「日本の軍国主義、日本の侵略者に対する怒りと憎悪」が込められた名称なのであると論じている。
 一度つけられた名称、特に民族的な感情が込められた蔑称というのは、そう簡単に消え去るものではない。われわれは今後も一部の中国人が
 「小日本」という言葉を発し続けるのを見聞きする事になるだろう。ただ、文章が指摘する通り「日本の軍国主義や侵略者に対する怒りや恨み」を 理由に「小日本」という言葉を用いる人は、今の世代の日本人に対しても「侵略に対する怒りや恨み」を抱いている、ということになりはしないだろうか。
   
 私が思うに、75年前に終結した「第二次世界大戦」。その発端となったのは、旧日本軍の大陸侵攻だが、それを直に経験した高齢世代ほどそれに対する憎悪の感情は強く、他方では、若い世代ほど日本文化への関心が高い傾向にある。ジェネレーションギャップを垣間見れる。
 よって中国の場合、「抗日ドラマ」などは存在するが、「反日」の度合いはさほどではない。これは10億人を超える民族が広大な大陸に分散しており、旧日本軍の攻撃で多数の死傷者を出したとされる重慶や南京などでは「憎悪」の感情は未だ根に強いが、それ以外の地域では戦禍を免れて、直接被害を被っていないことに起因している。
 中国残留孤児たちの差別を描いた小説「大地の子」でも、それは特定の地域の実話に基づいている。

 一方、韓国は、未だに幼少期に事実を歪曲した「反日教育」を押し付けている。しかも教師に「反日論者」が多いことから、無理くり生徒に「日本憎し」の感情を植え付けようとして、反発を招いている。もちろん、その反日教育を鵜呑みにして、政治活動を活発化している若者も数多く存在している。未だに多額の賠償金をせしめておきながら、日本大使館前の慰安婦像を撤去せず、世界各地に建立し、日本を悪者に仕立て上げようと画 策する。日本をこきおろせば、胸がすくと思っている韓国人がなんと多いことか。

 韓国は「日韓併合」の屈辱を後世まで薄らぐことなく伝え継ぐ教育を徹底している。儒教の影響を受け、上下関係が厳しい韓国において、幼少期に教師からそのような教育を叩き込まれれば、いやおうにも「反日感情」を自然発生的に持つのは必然だ。

   韓国の反日教育の実態

 冒頭の核兵器を日本に撃ちこんでやりたい」という強烈な意見。これが韓国人の根底にある思想だ。日本人=ゴミと考えている韓国人がどれだけ多いことか。「従軍慰安婦」「徴用工」「靖国問題」「竹島問題」など、21世紀も20年経過した今、時代錯誤も甚だしが、過去に捕らわれ、何かにつけ戦争責任や清算を叫び続ける韓国と、過去の蟠りはあるものの、未来志向で友好関係を築こうと方向転換を図る中国では、日本の対応も雲泥の差だ。
 韓国人は日本に不幸が起きるたびに万歳して喜ぶ。「東日本大震災」「熊本地震」の際には、「お祝いします」の垂れ幕やネットでの罵詈雑言の数々。これらの暴言を8割の韓国人が「いいね」で支持。民度が低いし、良識ある韓国人はごく少数だ。

 韓国も中国も、もしも戦中に大量虐殺や無差別殺戮などが事実としてあったのなら、謝罪やら賠償もあって然るべきだが、それもすでに済んでいること。逆に、日本寄りの見方をすれば、当時の日本が大陸に侵攻して、「満州鉄道建設」や「ライフライン整備」などで街づくりなどの「大規模 インフラ」を実施したおかげで、今の韓国や中国の発展があることを忘れてはならないと思う。

 ではここで、実際に民衆の面前で「強国中国」と「小日本」と声を大にして使い分けたシーンをご覧ください。

 これは地元・中国で開催された「卓球」の国際大会での一コマ。決勝で中国選手に敗れた石川佳純選手に中国のアナウンサーがインタビューした場面。観衆の面前で露骨にも「強大中国の前では小国日本も頑張りましたが、及ばなかった。」と、差別ともとれる問題発言を堂々と行っている。
 日本人から見れば違和感ありあり。インタビューひとつとっても優越感に浸りたいのか。そして日本を愚弄したいのかと感じてしまう。
  また、韓国に至っては、さらにその強烈度は増す。おそらく戦後100年経過しても、「恨(ハン)」の感情論がくすぶり続けるだろう。時の大統領が日本との友好関係を築く類の発言をすれば、こぞって集会を開き、政権を糾弾し、支持率は急降下。逆に日本叩きの強烈発言をすれば支持率上昇という構図が幾度となく繰り返されてきた。
 私はこれまで旧作ブログから本ブログまで再三再四、韓国の横暴ぶりを扱ってきたが、何かにつけて敵対しようとする韓国には飽き飽きだ。
 できれば韓国崩壊まで追い込みたいくらいだが、それをすると、韓国は間違いなくレッドチーム入りを果たすことになるし、今回のコロナ騒動で、北朝鮮で蔓延し、多くの兵士や人民が犠牲になれば、医療崩壊が著しい北朝鮮は、手のひらを返したように、韓国ににじり寄り、予期せぬ朝鮮半島統一が実現するかもしれない。そうなれば、韓国の経済力に加え、北朝鮮の軍事力を蓄えた朝鮮統一国家は脅威以外の何物でもない。特に日本に対し、積年の恨みを晴らそうと、あれやこれや画策し、日本を亡き者にしようと手立てを講じるに相違ない。

 さて、論点がずれたが、過去の歴史を引きずって、日本では予想もできない憎悪や怨恨の情を執念深く未だに持ち続ける国家が存在していることに意外性とある種の畏怖の念を抱く。戦後生まれの世代にとっては、長く戦争を回避し、平和を保って来た現在の国際社会が当然の世であって、70年以上経過してもなお、積年の恨みとばかりに日本を蔑ろにしたい国家があることに時代錯誤と思わざるを得ない。加害者側と被害者側の見解の相違は確かに大きな乖離があって然るべきだが、中韓に言わせれば、一生謝罪をし続けなければ、「腹の虫が収まらない」ということだ。
 日本が戦後、高度経済成長を遂げ、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となり、先進国の仲間入りを果たした日本が面白くないのであろう。難癖 つけてこき下ろしたい気持ちをわからずではないが、それこそ過去の歴史の呪縛にとらわれ、そこから抜け出せないままでは、本末転倒も甚だしい。
 すでに1960年代に戦争責任の賠償も謝罪も済み、解決した問題を、折に触れてぶり返し、更なる賠償を引き出そうと画策する根性に強い憤りを感じる。北朝鮮もそうだが、感覚というか思想は1945年当時のままだ。
 経済や民度で日本を打ち負かそうという気概は皆無で、憎しみの感情だけを増幅させ、それを政治利用する政治家も情けない。この思想では、日本を抜いて世界で屈指の繁栄国家に上り詰めることなど不可能だろう。
 まずは誤った歴史教育を強制することを改め、未来志向で共存共栄を図ることこそ、中韓が真の意味で独立を果たすことになるのではないだろうか?

2020年4月 9日 (木)

コロナに負けずに桜見物

 今日(4月9日)は仕事が休みだった。午前中が晴天で、郡山市内の桜便りによれば、ほぼ満開を迎えたということで藤田川と開成山を散策した。画像で紹介したい。

 喜久田町・藤田川沿いの桜並木

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 開成山公園の桜

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 先週土曜日にも訪ねたが、その時は5分咲きだった。今回は青空に薄紅色の桜がよく映えていた。最後の2枚は映画「時をかける少女」のラストシーンで登場した、主演の仲里依紗が歩いた場所。

 夕方の「ゴジてれ」では藤田川の桜からほど近い「緑水苑」から、FCT直川アナが桜中継を放送していた。近くにいたのに立ち寄ればよかったと後悔した。ここは安達太良山と桜と池のコントラストが絶妙。本来は5月下旬から6月にかけての紫陽花が有名だが、東京ドーム2個分の広大な敷地に多くの桜やほかの花々が見頃を迎えている。ただ、明日は低温で会津の山沿いでは降雪予報が出ているので、行かない。

 また、市役所(本庁舎と西庁舎)を訪問したが、てっきりここに楽器をモチーフにした創作ベンチが置いてあると思ったが、受付で聞いたらひとつもないとのこと。隣りのニコニコこども館やミュージカルがくと館にはあるのに・・・。拍子抜けした。
  それにしても市役所のすべての窓口は、透明なビニールシートで覆われた壁が築かれていて、新型コロナウイルス対策が万全だった。

 おとといに1都6府県で「緊急事態宣言」が発令されたが、この日、東京では最多の187人の感染が発表された。ここ郡山市ではこれまで4名の感染が確認されている。人との濃厚接触や「三密」(密接・密着・密閉)を回避して、マスク着用、こまめにエタノールで手洗いを励行している私は、せっかく年に一度の桜なので、この日は桜見物と決め込んだ次第だ。

2020年4月 8日 (水)

私が思うエンターティナー

 もうすでにご存知でしょうが、私が幼少期から大好きで見続けて来た「ザ・ドリフターズ」のメンバーの「志村けん」さんが亡くなられた。しかも、新型コロナウイルスによる肺炎が原因で。彼の死の報は、日本中に衝撃を与え、私などは彼の訃報から一週間経った今でも打ちひしがれた思いのままでいる。

 私が中学生の頃に、長い下積み生活の末にドリフターズの正式メンバーとなり、それ以降は最年少ながら常にドリフターズの中心的役割を果たした。我が福島県の喜多方市を訪れた際に、会津弁をヒントに「だいじょぶだ~」が生まれ、「アイ~ン」や「変なおじさん」「だっふんだ」「ヒゲダンス」「東村山音頭」「カラスの勝手でしょ」など数多くの流行語やギャグを世に放ち、私たち視聴者を笑わせてくれた。当代一のエンターティナーだったと思う。「バカ殿」「志村園長」「ひとみばあさん」「変なおじさん」をもう見られないかと思うといたたまれない気持ちになる。

Shimura
 さて、私は1964年、そう「東京オリンピック」が開催された年に生を受け、数多くのテレビ番組を観て来た。そんな中で、私が思う「芸人」というか「エンターティナー」を取り上げ、勝手にランキングしたい。

 1位 ザ・ドリフターズ

 いかりや長介・・・ザ・ドリフターズリーダー。ゴリラ顔で分厚い唇がトレードマーク。「だめだこりゃ」がオチ。
 荒井 注  ・・・ドリフ最年長。「なんだバカ野郎」「This is a pen.」など一世を風靡した。
 高木ブー ・・・無口だが、音楽的センスは抜群で、ウクレレの名手 雷様などのコントはハマリ役。
 仲本工事 ・・・運動神経抜群で、体操のマット運動がお手の物だった。黒縁メガネがトレードマーク
 加藤 茶 ・・・志村が正式メンバーになるまでは人気No.1 ドラムが上手い。「加トちゃんぺ」「どうもすんずれいしました」
         「イックション」「チョットだけよ」「ヒゲダンス」など多彩なギャグがあった。福島市出身
 志村けん ・・・付き人を7年やった苦労人 メンバーに入り才能が開花 実は三味線の名手である。 

The-drifters

 私は「ザ・ドリフターズ」に「国民栄誉賞」を差し上げてほしい。1970年代に冠番組の「8時だョ!全員集合」は視聴率50%を超えるお化け番組だった。荒井注さん、いかりや長介さんが先に亡くなり、そして予期せぬウイルス感染で志村けんさんが天国へ召された。残ったメンバーは3人。3人が元気なうちに「国民栄誉賞」をあげてほしい。全員が亡くなってからでは遅すぎる。最高峰の勲章を受賞したことを天国の3人に伝えに行くメンバーがいるうちに是非お願いしたい。

 2位 萩本欽一

 ご存知、欽ちゃんでファミリーを形成した。「コント55号の何でそうなるの」に始まり、「スター誕生」、「欽どこ」、「欽ドン」、そして「週刊欽曜日」など、彼が出演する番組は軒並み高視聴率を獲得した。70年代を牛耳っていた一人だ。

Hagimoto

 私の小学生~高校生時代は萩本さんの番組で育ったと言っても過言ではない。ほとんどの番組を観ていた。特に「欽どこ」は大好きで、毎回多彩なゲストが出演した。特に、食事のおかずを食べる順番を推理するクイズは好きで、特に大好きだった竹下景子さんが出た絵を今でも覚えている。「小さい頃、肉屋におつかいに行って、恥ずかしくて合い挽きくださいって言えなかった」というエピソードとシーンは今でも覚えている。その後、妻役の真屋順子さんも亡くなってしまった。やはり知らないうちに確実に時間は経過しているのだ。

 3位 明石家さんま

 語るに及ばずだが、笑福亭松之助に弟子入りし、芸能界へ。私の中学時代は「ヤングOH!OH!」で長髪の細身の大阪弁を操るプレイボーイ兄ちゃんというイメージしかなかったが、あれよあれよという間にレギュラーを増やし、芸人のスターダムにのし上がっていった。特に、毎週土曜日の8時、裏番組の「8時だョ!全員集合」に喧嘩を売るように始まった「オレたちひょうきん族」で大活躍。「あみだババァ」や「ブラックデビル」などで地位を確立した。
 おそらく若い世代は彼が1位だと思っているだろうが、昭和世代の私にしてみれば、やはりドリフや萩本さんには敵わない。

 4位 ビートたけし

 昭和時代には深夜放送のオールナイトニッポンの木曜日を担当。受験勉強の合間に聞いていた。また「オレたちひょうきん族」の「タケchanマン」でブレイク。スーパージョッキーや「風雲たけし城」など軍団と共に時代を席巻。しかし、私は「天才たけしの元気が出るテレビ」が大好きだった。番組で話題になった晴海の「Cafe ド 半魚人」や千葉県大多喜村の「元気村」などにも訪れたことがある。要はミーハーだったわけだが、それくらい好きな番組だった。兵藤ゆきさんや高田純次さん、故・木内みどりさん、故・松方弘樹さんなども出演していた。

 5位 タモリ

 彼も深夜放送の「オールナイトニッポン」のパーソナリティーを務めていた。当初は福岡から上京し、早稲田大学に通っていたが中退。故赤塚不二夫宅に居候になりながら芸を磨いた。イグアナ芸でデビューした。トランペットを奏で、ジャズの名手だった。やがて「笑っていいとも」の司会に抜擢されからメジャーになって、現在の地位を築いた。「タモリ倶楽部」「ミュージックステーション」など冠番組が数多くあった。

Big3

 6位 所ジョージ

 不思議キャラで登場。当初は「宇崎竜童」の二番煎じのような印象だった。ギターを奏でて歌った曲も風変わりで、昔の「あのねのね」の楽曲に近かった。それが今やレギュラーの冠番組を7つ持つエンターティナーとなった。

 「ポツンと一軒家」「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ」「所さんの目がテン」「新説所JAPAN」「所さんお届けものです」「世界丸見え特捜部」「所さんの笑ってコラえて」「志村所の戦うお正月」「トコロBASE」「劇的リフォームビフォーアフター」などいずれも高視聴率の番組だらけ。今や番組MCには欠かせない存在だ。彼が出ていない日はないに等しい。

Tokoro

 昭和時代には何度か「漫才ブーム」が沸き起こった。「ザ・ぼんち」「やすきよ」「コント赤信号」「のりおよしお」「セントルイス」「紳助竜助」「B&B」「ツービート」「春やすこけいこ」「今いくよくるよ」など数多くのお笑いコンビやコントグループがあった。
 もちろん今も「M1」や「R-1」などで漫才は生き残っているが、少し売れると俳優に転向したり、司会業に転身してしまう。私は志村けんさんのように貪欲にかつ誠実に芸を突き詰めてやっていく息の長い芸人こそ、本物だと思っている。そういう意味では46年間の長きに渡り、芸一筋で初心を忘れずに打ち込んできた志村さんの功績は大きいし、他に与えた影響は計り知れない。

 私は未だ現実を受け止められないが、今はただ、志村さんのご冥福を祈るばかりだ。

2020年4月 2日 (木)

お知らせ

 新年度の準備につき、仕事が多忙を極めるため、4月2日より緊急掲載記事を除き、
一週間程度「新出記事」のアップを休止します。ご了承ください。

 また、掲載を再開しても、従来のように毎日更新は難しいので、3日に1回程度の
更新とさせていただきたいと思います。

 

2020年4月 1日 (水)

4月生まれの有名人一覧(自分の誕生日と同じ有名人を探せ!) 

 今日は4月生まれの有名人を列挙したい。4月8日に注目! 赤字は故人

 1 竹内結子 八木沼純子 桑田真澄 高橋克実 三船敏郎 
 2 桜井日奈子 カンニング竹山 忌野清志郎 アンデルセン 
 3 大泉洋 山田菜々 澤村拓一 タカトシのタカ 上原浩治 高橋由伸 田辺誠一 エディ・マーフィ マーロン・ブランド
 4 西野未姫 照英 桑野信義 あき竹城 細木数子 二葉亭四迷
 5 三浦春馬 小笠原満男 川原亜矢子 西川史子 千堂あきほ 野村萬斎 鳥山明 板東英二 中田あすみ
 6 乙武洋匡 宮沢りえ 田嶋陽子 
 7 島袋寛子 新垣仁絵 玉山鉄二 河本準一 ジャッキー・チェーン フランシスコ・ザビエル
 8 高橋みなみ 沢尻エリカ 脊山麻理子 遠藤久美子 DAIGO カラテカ入江 ボビー・オロゴン 博多華丸 ピエール瀧 松本明子
   森下愛子 田中好子 萩原流行 桃井かおり 千昌夫  生田悦子
 9 厚切りジェイソン 山下智久 ミラクルひかる 永島昭浩 
10 水卜麻美 堂本剛 木村佳乃 ミッツ・マングローブ 山田ルイ53世 箭内道彦 さだまさし 和田アキ子 永六輔
11 真野恵里菜 前田健太 森高千里 角田信明 武田鉄矢 加山雄三 金子みすゞ 
12 酒井宏樹 吉澤ひとみ 紺野まひる 広瀬香美 笠井信輔 高田延彦 中田ボタン 三雲孝江 森川由加里
13 水嶋ヒロ つみきみほ 萬田久子 上沼美恵子 西城秀樹 藤田まこと 

14 杏 神戸蘭子 山里亮太 工藤静香 小沢健二 今井美樹 奥野史子 

15 岡田結実 有岡大貴 JOY 椿鬼奴 野口聡一 坂崎幸之助 酒井和歌子 ヨネスケ 田原総一朗 レオナルド・ダヴィンチ
16 小芝風花 池田エライザ 宇垣美里 岡崎慎司 徳井義実 BONNIE PINK なぎら健壱 坂上二郎 チャップリン 毛利元就

17 Taka ベッカム ゴルゴ松本 高見沢俊彦 畑正憲 尾崎将司 

18 IKE 上地雄輔 宅麻伸
19 柳ゆり菜 小嶋陽菜 シャラポワ 坂下千里子 村野武範
20 ミランダ・カー HIRO 宇治原史規 江戸むらさき野村
21 安田美沙子 今井雅之 輪島功一
22 森星 中田翔 カカ 三宅一生 ジャック・ニコルソン ウラジミール・レーニン
23 加藤綾子 森山直太朗 設楽統 IZAM 阿部サダヲ 前田亘輝 国広富之 マイケル・ムーア 
24 田中マルクス闘莉王 山本梓 嶋田万作 つかこうへい 大鶴義丹 松本清張
25 みやぞん 鶴田真由 鳥羽一郎 板東玉三郎 アル・パチーノ  
26 竹内涼真 光宗薫 綾小路翔 団長安田 品川祐 田中直樹 加藤浩次 風間杜夫 栗山英樹
27 鈴木杏 パンサー尾形 松野明美 加藤雅也 宮根誠司 マイク真木
28 ひょっこりはん 生稲晃子 ゆいP 島津斉彬
29 舟山久美子 内海哲也 一色紗英 宝田明 千代大海 田中裕子 岸田今日子 中原中也 昭和天皇
30 中村昌也 ATSUSHI 富澤たけし 常盤貴子 Mrオクレ

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