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2020年3月 2日 (月)

プロで苦悩する甲子園のスターたち

 プロ野球はそれを生業にしているため、完全な実力社会。いかに前評判や下馬評が高くても、結果が伴わなければ、直接給料(年俸)に響く。専門家や評論家がよく、「この選手はプロ向きだ」とコメントするが、玄人目にみても、蓋を開けてみないとわからないことが多いし、シーズン途中で故障して期待にこたえられない状況も多々ある。
 例えば、楽天時代24勝無敗と伝説を作ったあの田中将大でさえ、WBCの優勝メンバーだったダルビッシュでも、そしてMLBで僅か4勝止まりで、次のシーズンでは投手を諦めた大谷ですら、肘にメスを入れる手術を行った。
 そして、私が厳しいと思うのは、高校野球で念願の甲子園出場を果たし、夢の大舞台で注目を浴びて、鳴り物入りでプロ入りした選手たちが
その後、伸び悩んで日の目を見ず、いつしか戦力外通告を宣告され、人知れず球界を去った選手もいた。
 大学卒やノンプロで指名された選手は即戦力として開幕一軍で活躍を期待されるが、高卒ルーキーの場合には、プロ向きの体作りに専念し、
一軍に昇格し、スタメンに定着するのには時間がかかる。かの有名な世界のホームラン王の「王貞治」ですら、入団後、3年は鳴かず飛ばずで
下積み生活を余儀なくされた。
 私が知る限り、高卒でいきなり一軍でスタメンに抜擢され、あるいはローテーションの一角を担ったのは昭和50年以降では、打者では清原
(31本塁打)、投手では田中(11勝)、大谷(二刀流で活躍)くらいだと思う。昨年ブレイクしたヤクルトの村上宗隆は2年目での活躍で、イチローもまた仰木監督と出会ってその才能が開花したのは3年目の20歳の時だった。

 とにかくレベルの高い選手が集まるプロ野球界にあって、生き残り、長年にわたって活躍できる選手はほんの一握りだ。才能があってもチャンスに恵まれなかったり、古い体質の手前勝手なコーチの指導で本来のフォームを崩し、スランプに陥る選手をどれだけ見て来たかしれない。
 
 さて、本題だが、甲子園で大活躍してプロ入りした選手で、プロのレベルに順応できずに苦悩している高卒選手が数多くいる。今回は、大学進学してからプロ入りした選手も取り上げたい。

 今も現役でなかなか期待通りの活躍がていない選手(出場が少ない選手)

 10年目 斎藤佑樹(早実→早大→日本ハム)甲子園優勝投手だが、プロでは通算15勝26敗 ライバルの田中将大に大きく水をあけられ
     た。
    8年目 藤波晋太郎(大阪桐蔭→阪神)大谷のライバルとして3年目まではエースとして順調だったが、4年目から突如スランプに。この
     4年間は15勝19敗

  8年目 釜田佳直(金沢→楽天)ルーキーイヤーに7勝を挙げ、ローテーション入りしたが、その後6年で14勝12敗と伸び悩んでいる。

  6年目 安樂智大(済美→楽天)甲子園で150キロを超える速球を投げ、ファンの度肝を抜いた。プロ通算5勝14敗 今年は正念場で戦力
     外もあるかも。

  5年目 小笠原慎之介 甲子園で150キロを投げた貴重な左腕だったが、プロ入り後は4年間で15勝21敗 今年の飛躍が求められ
     る。
  5年目 オコエ瑠偉(関東一→楽天)俊足で強打者で入団したが、4年間で103安打9本塁打38打点16盗塁とくすぶっている。今年は勝負
     の年。
  5年目 平沢大河(仙台育英→ロッテ)俊足巧打の遊撃手で、評判が高かったが、なかなか順応できていない。4年間で108安打7本塁打
  3年目 安田尚憲(履正社→ロッテ)高校通算65本で怪物スラッガーとしてプロ入りしたが、スタメンをつかめない。
  3年目 清宮幸太郎(早実→日本ハム)高校通算111本という歴代1位のホームランを残し、複数球団競合の末に日本ハムに入団したが、
     昨年は骨折に泣いた。2年間で14本塁打に甘んじているが、私はこれからの3年間で100本以上は打つと踏んでいる。
      ヤクルトの村上ですら2年目に36本も放った。実績では上の清宮にやれない筈がない。
  3年目 中村奨成(広陵→広島)清原の記録を破る1大会で6本のホームランを飛ばした大型捕手 17打点も新記録。強肩強打でプロ入
     りしたが、まだ一軍での出場機会はゼロ。    


 まだ2年目で、これから芽が出てほしい選手

  2年目 藤原恭大(大阪桐蔭→ロッテ)
  2年目 吉田輝星(金足農業→日本ハム)
  2年目 根尾 昂(大阪桐蔭→中日)  
  2年目 小園海斗(報徳学園→広島)俊足巧打で長打力もある遊撃手 

 期待通りの活躍ができずに引退した選手
 
 近藤真市 (享栄→中日) 初登板でノーヒットノーラン プロ生活6年で12勝17敗で引退。
 川口知哉 (平安→オリックス) 甲子園優勝投手 プロ在籍7年で0勝1敗で終わった。フォーム改造を強いたコーチの指導が悪かった。
 辻内崇伸 (大阪桐蔭→巨人)甲子園優勝投手 甲子園で最速156キロをマークした。プロでは一度も公式戦のマウンドには立てなかった。
 正田 樹 (桐生第一→日本ハム) 甲子園優勝投手 プロ8年で25勝38敗止まり 防御率は4.70
 島袋洋奨 (興南→中大→ソフトバンク)甲子園優勝投手

 高校野球では、今問題になっている球数制限がないことで、チーム事情によっては連投を余儀なくされる。肩や肘に過重負担を強いられ、
昔の根性論や張本が主張する走り込みが足りないといった練習不足論などでは片づけられないほど事態は深刻だ。
 昨夏、大船渡高校が地方予選で決勝に進出したにもかかわらず、佐々木朗希の将来を考え、登板をさせなかった監督は、一部では非難もあったが、登板過多でマメをつぶしたり、肩や肘が故障し、一生を棒に振る結果を回避したことで英断だったと言える。
 あのような一級品の投手は、高校野球は通過点で、その先の進路(プロ、MLBなど)を見越した起用が求められる。現に、田中将大もまた、楽天が劇的な初優勝を遂げた年にメジャーに渡ったが、あそこの日本シリーズ第6戦で160球を越える球数を放った翌日の7戦でリリーフで登板し、優勝投手になったのは記憶に新しいが、たぶん、あの連投で肩や肘への負担が尾を引いて、その後の故障に繋がったのは容易に想像できる。

 また打者も金属バットから飛距離が落ちる木製バットへの変更、それを筋力アップでカヴァーするために無理な筋トレで体型が変わったり、腰を痛める選手も多い。またプロの多彩な変化球やワンランク上の速球に対応できない選手も多い。SFF、カットボール、横と縦に変化する高速スライダー、落差の大きいフォーク、シンカーやナックルまで投げる投手がいる。ピッチングフォームも二段モーションや独特な投げ方でクセがつかみにくい。ボールの出どころが見えず、腕が遅れて出てきて、タイミングがとりずらい投手も多い。そんな海千山千の好投手と対峙し、成績を残していくのは一朝一夕になせる業ではない。

 私が懸念するのは、せっかくプロ入りした金の卵を、コーチが自分のメンツを優先するあまり、間違った指導法でフォームを改造を強制し、本来の活躍を棒に振った選手がいることだ。もし、辻内や川口が、選手育成に定評のある広島に入団していたら、もっと違う道を歩んでいたと思う。かつて野茂英雄投手がそうだった。彼は個性を尊重し、のびのびとプレーさせてくれた仰木監督が近鉄を退団し、代わりに鈴木啓示が監督になった時に、野茂の代名詞だったトルネード投法に「モーションが大きくて盗塁され放題だ」と難癖をつけ、フォーム改造を促したことで衝突した。鈴木の古い指導法に怒りが収まらず、それがメジャー移籍への引き金となった。上手に指導していれば、実力以上の活躍を残せたであろう素質のある選手は大勢いた。
 一歩指導方法を誤ったばかりに選手寿命を縮め、引退に追い込まれた選手が多くいる。

 プロには入るような選手は、基礎が身に付き、ほぼ出来上がった状態で入団して来る。これまで積み上げてきたものを下手にいじるのは賛同できない。選手をよくするのもダメにするのもコーチングひとつだと思う。選手が自信をもってゲームに臨む環境を整えることがコーチの役割だと考える。
 もしかして、それが原因で主だった活躍も見せられずに、志半ばで球界を去ったゴールデンルーキーもいるだろう。さぞかし無念だったに違いない。

 今年、高卒で大注目は東邦高校から地元中日入りした石川昂弥だ。中日では平田良介以来のスラッガー候補で、広角にホームランを打ち分けられる屈指の逸材。私は清原とイメージが重なる。私は中日は数年後には優勝争いに加われるだけの戦力を整えていると思う。 

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