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2020年3月 4日 (水)

姿を消していく昔なじみのもの

 昭和世代の私としては、年々久しく見ていないものが増えているような気がする。今の若い世代とのジェネレーションギャップに戸惑うこと
も多いが、私としてはかつて存在していたものや使っていたものに愛着があって、それらが消え去ることにある種の哀愁を感じてしまう。それ
が歳をとるということなのだろうが、想い出として大切に記憶の中に閉じ込めておきたい物も多数あることから、今回はそれを記事にしたい。 


 <姿を消す昔なじみのもの>

 1 赤チン(マーキュロクロム液)

  傷口に塗ると赤色になることから「赤チン」の愛称で親しまれた消毒薬「マーキュロクロム液」の国内生産が令和2(2020)年末で終
 わることが分かった。日本で唯一のメーカーとみられる三栄製薬(東京)が生産をやめると明らかにした。

  赤チンの主原料であるメルブロミン(merbromin)は、皮膚・キズの殺菌・消毒に用いられる局所殺菌剤である。メルブロミンは有機水銀
 二ナトリウム塩化合物であり、フルオレセイン骨格を有する。メルブロミンはその「異常な価格の安さ」のため、特に発展途上国では未だに
 重要な殺菌薬である。
  水銀の害について問題視された時期もあった。確かに傷口に塗ると黄色く変色したり、沁みてヒリヒリ痛むことが常だった。数日たって擦
 り傷がかさ蓋になって、それが剥がれると治った証拠だった。
  我が故郷では「赤チン」ではなく「赤チンキ」と呼んでいた。

 2 コンビーフ巻き取り缶

  コンビーフ缶自体が無くなるわけではなく、昭和世代にお馴染みの、付属の専用器具(巻き取り鍵)をブリキ缶の爪に差し込んで、缶の側
 面に沿って300度くるくる回しながら開ける枕缶が今春に無くなるのだ。子ども時代、力任せにやって鋭利な切り口で指を切ったり、回して
 いるうちに5ミリ程度の切り屑が外れ、空回りして何度も巻き戻してやり直してイラついたり、とにかくコンビーフ缶には多くの想い出が詰
 まっていた。
  特に有名なのは「ノザキ」の「ニューコンミート」と書かれて、牛の絵が描かれたデザインの奴だった。
  2020年に入ってすぐ、70年以上続いたあの開封方法が、今回変更され、リニューアルされることとなった。新しい缶は蓋をめくって開け
 るタイプが採用される見通し。
  
  コンビーフは牛肉を塩漬けにしたもので、幼少期に家には必ずあったので、小腹がすいた時についつい食指を伸ばしてしまい、合わせて
 梅干しを20個以上も平らげ、さらにはイカの塩辛が大好物だったためか、大学生の頃には血圧が150を超えていた。しかも学生時代には
 満員電車が嫌いで、中型バイクに乗っていたために、ヒヤリとすることも多々あったし、走行中は絶えず四方八方に気を遣っていたためか、
 とにかく心臓に悪いことばかりしていた。

  しかしながら、またひとつ、昭和のモノが無くなることに哀愁の念を禁じ得ない。

AkachinKonbeaf

 3 ゼブラ板付きの信号機

  郡山市内を見渡しても、かつて主要な交差点にはあった信号機の周囲を囲むように取り付けられた緑色の斜線の板(通称・ゼブラ板)が
 姿を消しつつある。私の実家の前の交差点についていたが、それも平成の時代に、最新式に変更された。なぜあんなものがついていたのか?
  よくよく考えると、あれは西向きに信号機に多かった。ということは、西日がまぶしくて信号の色を認識できなくなるのを避けるために
 目視しやすいようにあのような形状の板で囲んだようだ。確かに、北向きの信号機には設置されていない。
  また、ものの本によれば、戦後1947年以降、慢性的な電力不足となり信号機の光量が不足して見難くなったそうです。光量が少なくても
 見やすくするためにゼブラ板が設置された、という説もある。

  しかし、最近消えつつあるのは、かつて青信号は緑色だったため、視認しにくかったのだが、青色発光ダイオードの発明によって、最近
 の信号機は青色が使われるようになり、遠くからでも見やすくなった。だから、あの板は必要で無くなったようだ。しかも、最近の街角に
 設置されている信号機は電球切れの心配がないLED化が進み、信号機自体のスリム化している。

  郡山市内でも田舎や郊外に行くとまだ旧式の信号機やゼブラ板付きのものが若干残っているようだが、それも次第に取り換えられて、数
 が激減し、最終的には無くなってしまうだろう。

  そして日本全国津々浦々、信号機の形状もさまざまで、たとえば豪雪地帯(北海道や新潟など)は積雪を考慮して、横型ではなくたて型
 に設置されているのが多数を占める。まさに「所変われば品変わる」だ。

 4 一般家庭でよく目にしたもの
 
  昭和の頃、各家庭には天井から吊り下げられたハエを粘着テープで捕る「ハエ取り紙」がぶら下がっている光景を目にした。今は田舎に
 でもいかないとまず目にしない。
  また蚊帳を使っている家庭もよくあったが、今はまず見かけない。陶器で出来たブタの蚊取り線香入れも見なくなった。さらには食卓で
 虫がたからないようにご飯やおかずの上からすっぽりかぶせて保護する網目のカバーもすっかり姿を消した。
  私が思うに、現代は真夏でもエアコンが完備され、昔のように窓やドアを開けっぱなしにすることがないので、虫が侵入することも無く
 なったからだと思われる。

  極めつけは「24時間風呂」。1990年代に大流行した。「湯名人」とか「湯あがり美人」なるネーミングで製品が売り出され、瞬く間に
 一般家庭に設置された。20万円前後と高価だったが、いつでも適温のお風呂に入れ、家庭で温泉気分を味わえると評判になって流行した。
 また、風呂洗いの回数が減り、水道代とガス代が大幅に節約できるという売り文句も普及に拍車をかけた。では、なぜ、今、それを取り付
 ける家庭が激減し、流行が下火になったのか。それは風呂掃除不要などのキャッチフレーズが裏目になった。サルモネラ菌が繁殖し、それ
 を湯気として吸いこんだ人が肺炎を発症するケースが相次いだためだ。
  今ではあまり取り付ける家庭は減ったが、メーカーは今でも製造している。ジャノメ、コロナ、ユニオンテエクノスなどがそうだ。

SignalFlycatcher

 5 ピーカップ

  ガチャガチャが未だに大人気を誇っている。大型スーパーはもちろん、家電量販店(ヨドバシ・ヤマダ電機など)にも設置されている。
 年代や性別によって流行が異なるが、私が小学生時代は怪獣消しゴムやスーパーカー消しゴム、キン肉マン消しゴムなどの消しゴムが主流
 で、小さな指人形なども流行った。
  しかし、今、流行しているのは球形のカプセルだが、40年以上前のそれはボックス自体が小さく、カプセル自体も今の半分以下の大きさの
 楕円形のものだった。ダイヤルも滑り止めが付いたプラスチックではなく、半分だけ回す鉄製のものだった。今のガチャガチャはカプセルの
 中身も機械自体も進化している。
  そして私の時代は、ガチャガチャ(ガチャ・ガチャポン)という名称ではなく、なぜか「ピーカップ」という名前で売り出されていた。
 よく調べてみると、それはあまり世間に認知された名称ではなかったようだが、私と友達の間ではそう呼んでいた。なお小型のガチャガチャ
 を「カプセルトレイ」ということもあるという。
  このピーカップも今でもあることはあるが、徐々に大きい球形カプセルに駆逐されつつある。昔ながらの駄菓子屋の前には置いてあるが、
 それも時代の趨勢と共に消え去る運命にある。    

 6 LPG(液化石油ガス)タクシー

  あまりご存じない方も多いが、昔、タクシーの大多数は燃料がプロパンガスだった。もちろん今も街中を走っているタクシーの大半はそう
 だ。その数9割。これには理由があって、燃料代が安いからだ。1L換算で78円程度。軽油が100円を超える御時勢あって、やはりタクシー
 は距離を走る分、燃費が良くないと採算が合わない。よって、今でも燃費効率が高いLPGが圧倒している。トランクルームの下にプロパン
 ガスを積んで走っているのだが、それを知るとちょっと怖くなる。
  しかし、2017年にLPG式のタクシーは生産が中止され、ゆえに最近は、プリウスなどのハイブリッドタクシーがシェアを伸ばしている。
 小型が主流でかつての中型や大型の車種は年々数を減らしているのだ。生産されないということは徐々に自然淘汰されるわけで、どんどん
 切り替わっている時期にあるのは間違いない。

PeecupLpgtaxi

 7 各種宣伝広告

  かつてセールなどの宣伝で使われたのがデパートやスーパーの屋上から上空にたなびくように上げられた「アドバルーン(気球広告)」。
 これが平成以降、めっきり減ってしまった。東京などの大都会では高層ビルが密集し、アドバルーンが上がっていても目立たなくなってし
 まう。目視できなければ宣伝効果はない。そして強風時は隣接するビルと接触したり、落下の危険もある。法律で常時監視員を置く決まり
 になっているので、効率が悪い。さらには夜間はそのままにしておけないので、毎日夕方には下げないといけない。その時間と労力も無駄
 にはできない。
  これと同様に数を減らしているのが、セスナ機で上空から大音量でスピーカーから流される宣伝媒体。ラッパや笛太鼓で賑やかに練り歩
 いた「チンドン屋」さんや前後ろに看板をぶら下げたサンドウイッチマンもめっきり減った。郡山には芝居小屋などないので、チンドン屋
 はもう過去の遺物となった。
  
 8 行商人(紙芝居屋など)

  昭和の頃はよく見かけたのに、ここ郡山市でも姿を消した紙芝居屋のおじさん。3時を過ぎるとどこからともなく自転車に乗って現れ、公園
 で遊んでいた子どもたちを集めて紙芝居を披露し、その後、自転車の荷台に積まれた箱を開けると、水あめ屋に早変わり。丸い薄っぺらなせ
 んべい2枚にニッキ飴や甘い水あめを挟み、割りばし1本をその中に入れて販売していた。1枚30~50円程度だったと思う。そういえば私が小
 学生時代にはよく行商の高齢者が放課後に昇降口前の路上で商売していた。針金を曲げて作ったゴム鉄砲、ひよこ、クワガタ、カブトムシ。
 現在は外来種として嫌われているミドリガメなどを販売していた。
  市街地の地下道やアーケード内では夜な夜なオリジナルデザインのアクセサリー類(ネックレス・指輪・イヤリング・ブローチ、ブレス
 レッドなど)を売る若いヒッピー風の若者をよく見かけたものだが、この10年は姿を消しつつある。

AdballonKamishibai

 9 旅の土産(食料品以外)

  私が学生の頃は旅行に行くと決まって「ペナント」を購入した。それが実際に訪問した証になったからだ。壁中に貼って、時々見ては旅の
 想い出に浸っていた。その後、鴨居に提げるミニ提灯にとって代わると、今やペナントを作っている業者は僅か数社だけになった。
  また、私が北海道に在住中に実践したのは、表札のような板で、そこに墨で達筆な字で観光地名が書かれていたものだった。たとえば有名
 観光地の「神威岬」とか「網走刑務所」など。日本最北端を謳っていた「宗谷岬」や日本最東端を宣伝にしていた「納沙布岬」などでは、「到達証明書」なるカードを発行し、訪れた日付をスタンプして押してくれた。絵葉書も最近は購入者をあまり見かけなくなった。
 その頃は「返せ!北方領土」と叫びながら、日本最北端を「宗谷岬」、「日本最東端」を「納沙布岬」とPRしていた。実際は「択捉島」
 なのに・・・。現在は「本土最東端」などと修正されたが。
  今の土産の定番は、 車にも貼れる「熊出没注意」や「好きですSappro」などのステッカー、キティちゃんなどのご当地仕様の携帯スト
 ラップなどが主流となった。これも世代間ギャップや時代の流れだろう。

Penant

  <これからもずっとあってほしい風情を感じるレトロなもの一覧>

   火の見やぐら     カルピス         ハンバーガーやうどんの自販機       
   知恵の輪       妖怪けむり(花火)    駄菓子屋                
   黒電話        おみくじ         プラモデル
   ノンスメル      500円玉貯金箱       獅子舞(神楽)
   すごろく       福笑い          風鈴
   独楽         凧あげ          ケンケン(パー)遊び
   陣取り遊び      牛乳の蓋ひっくり返し   お面(祭り)
   現金払い       射的           ピンボール
   ジュークボックス   サンキストオレンジ    森永ネクター 
   肝油         ソノシート(極薄レコード)花いちもんめ
   おしくらまんじゅう  缶蹴り          ハイシー(HI-C)
        バヤリース       


  <どっこい!今も製造・販売・放送している健在なグッズ>

   シャーボ       アーム筆入れ    トンボ鉛筆
   くいしん坊!万才   JET STREAM    スクリーントーン
   コッペパン         
    

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