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2020年2月 7日 (金)

日常の取るに足らない雑感

 今日は日頃、どうでもいいことや思いついたことを幾つか雑念や所感として述べたい。同じ世代の方に共感していただけたら幸いです。

 「老舗百貨店が姿を消す地方都市」
 
 「津野百貨店(津野デパート)」「トミヤ百貨店」「第一・第二うすい」「丸藤」「丸光デパート」「トキワスーパー」「西友(西武)」「丸井」「ダイエー(トポス)」

 さて、この名称を聞いて何を指すか閃く人はおそらく同郷の方だと思う。そう、我が街郡山にかつて存在した大型百貨店(デパート)やスーパーだ。特に「丸光デパート」の屋上に電動遊具(回転飛行機・コーヒーカップ・ゲーセンなど)の遊園地があったことや、「第二うすい」の7Fにレストランがあって「国旗付きのお子様ランチ」が絶品だったこと、そして屋上階の狭いスペースに10円入れて動く幼児用遊具があったこと、さらにはその「第二うすい」の向かい側の「トミヤ」の屋上に小さな観覧車があったことを覚えている方はどれくらいいるだろう。

 今も生き残っているのは三越の支援を受けた「うすい百貨店」だけで、ほかの大型店といえば「THE MALL 郡山」と「イトーヨーカドー」、それに旧JUSCOの「イオンフェスタ」くらいなものだ。

かつて「イトーヨーカドー」が中町にあったのを知る人も少なくなった。

 ちなみに「丸光百貨郡山店」は1967年12月に開店し、1980年1月に撤退。銀の総壁の外観が印象的だった呉服店から百貨店化した「津野デパート」は1987年に廃業した。

 イトーヨーカドーが中町に進出したのは1969年で、その後、緑町の西部自動車学校の東側に移転した。西友ストアと丸井デパートは時を同じくして1975年に駅前の一等地に進出した。その後、大型スーパーのダイエーまでが来て、駅前は一大商戦の激戦区と化した。今思えば夢のような都市開発で駅前がもっとも賑わいを見せた時期だった。

 ほかにも老舗店として「角海老」や「やまのい」、「東北書店」など昔からあった郡山になじみあったお店が相次いで閉店に追い込まれてしまった。少年時代によく庭のように巡ったお店が無くなってしまったのは、或る意味、寂寞の思いや寂寥感に絶えない。
 閉店はしなくても駅前から校外に移転したものもある。ヤマト無線は安積町へ。そして4号線沿いの善道寺の西隣にあった間口が狭かった「樽川模型」も西部地区の郡山高校の南側に移転した。

 そして極端に減ったのは小学生の社交場(いや、たまり場)だった「駄菓子屋」だ。私が小学生の頃には学校の周辺に4店舗はあった。私の実家の両隣りがそうだったし、公会堂の西側にもあったし、桃見台小学校の入り口にもあった。放課後には自転車が10台以上並ぶような景色は茶飯事だった。 

 私は勤続30年を超え、もう数年で退職を迎えるが、嫁さんは大反対するだろうが、駄菓子屋を開いて余生を過ごしたいと思っている。今の子どもたちはゲームや塾通いばかりで、友達と放課後以降も遊んだり、つるんでいることが少なくなった。幸い100m以内に小学校と中学校があることから、たとえたまり場と化して、教育団体からクレームが来ようが、そうした横の児童同士のつながりを大事にしたい。

 なぜこのような記事を書いたかというと、お隣りの山形県山形市で老舗だった地元唯一残っていた百貨店が300年以上もの歴史に幕を下ろし、閉店した。地元の方々の落胆ぶりは計り知れない。郡山でいえば「うすい」が無くなってしまうような衝撃だったと思う。その「うすい」も一度倒産しかけた。古くから親しみがあって愛着のある場所が消えてしまう寂しさ。中心市街地では駐車場がなかなか確保できず、どうしても郊外の「コストコ」のような場所に買い物客が集中する。郡山でも大駐車場のある「THE MALL郡山」と「イオンフェスタ」、「「イオンタウン」などに人が集まる。お隣りの須賀川市も郡山市のベッドタウンで、人口が増えているが、赤トリ井は閉店した。

 福島市も同様で、平成3年まであった「エンドーチェーン」や昭和54年に閉店した「長崎屋」、「コルニエツタヤ」(1958年-2002年)が撤退閉店し、そして「中合」ですら縮小営業を余儀なくされた。山田百貨店(のちのビブレ)も曽根田へと移転してしまい、駅前の空洞化が問題になった。エンドーチェーンの跡地は再開発のめどが立たず、ずっと「街なか広場」として空き地になったままだ。私は中学生の頃まで「ラジオ福島」の「コルニエツタヤからこんにちは」という番組をよく聴いていたので、随分大きい店なんだなという認識があった。

 会津に至っては、かつて神明通りに「会津中合」などがあったのだが、今では百貨店はひとつも無くなった。いわき市は老舗の「大黒様の宝くじ」として有名な「大黒屋百貨店」が閉店。広大な売り場面積を誇ったスーパー藤越谷川瀬センターも撤退。

 つい先日、38年ぶりに旧西武(現アティ)のガラス張りのエレベーターに乗って7Fまで行ってみたが、そこから見える風景が全く変わってしまったことに驚いた。小中学生の頃、そこにはなかった建物があって、今更ながら来し方行く末に思いを馳せることとなった。


 「よくやりがちなミス」

 私だけではないと思うが、勘違いや思い込みでミスすることが日常よくある。たぶん「あるある」と共感していただけると思うが、そんな納得できるようなことを列挙したい。
 
 1  検索エンジンに「Youtube」と入力したつもりが、「ようつべ」になっていた(しょっちゅうやるミス)
 2 「取り沙汰される」なのに「取りだたされる」と思い込んでいた
 3 「腹立たしい」と言うつもりが「腹正しい」になっていた
 4  韓国通貨「5000ウォン」と聞くとめちゃ高そうだが、実は「500円」くらいだった

 5   コリー犬を見ると、つい「ラッシー」と言ってしまう テレビドラマ「名犬ラッシー」の印象が強すぎる。同じく「ダルメシアン」を見ると「101びきわんちゃん」と言ってしまう。

  6  宮脇康之(宮脇健)、桜木健一、森田健作はずっと若いままだと思っている。  

 7  ジャパネット通販や家電量販店などで今が底値だと思って注文・購入したら、翌週にはさらに値段が下がっていた(超悔しい)

 8  ワープロでいつも「トレイ」を「トイレ」と間違って打ってしまう

 9  「小野妹子」は女だとずっと思っていた  蘇我馬子も同様

10  世界三大美女が「楊貴妃」「クレオパトラ」「小野小町」だと思い込んでいる。世界中の人が「小野小町」を知っているとはどうしても思えない。

11  いまでも宝くじは「第一勧銀」だと思っている。

12 「日赤」は「日本赤軍」だと思っている。 本当は「日本赤十字社」

13  ECとEECの違いが今でもわからない。ソフホーズとコルホーズも同様 

14  WBCと聞くと「ワールドベースボールクラッシック」のイメージのほうが強い 「世界ボクシング評議会」よりも  

15  ボクシングのWBAとWBCの違いがよくわからない

16  GNP(国民総生産)とGDP(国内総生産)の意味がよくわからず、よく取り違える

17  ロッキード社、丸紅、日商岩井、リクルート、東京佐川急便と聞くと、今でも汚職企業というイメージで見てしまう どこかの社長ではないが、社員はまったく悪くないのに

 

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