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2020年2月25日 (火)

郡山にある不思議なスポット

 今回は怖い話ではない。郡山市民でも意外に知らない地元のスポットがある。

 一例を挙げると、私自身も5年前に発掘した秘密の場所がある。それは自宅から車で20分かかるが、片平町河内(こうづ)地区の人里離れた場所にある「菅舩神社」が挙げられる。どうしてこんな森の中に整った境内があるのか、そしてどうして今まで気づかなかったのか不思議だった。一度行ってみるとその霊験あらたかな威容が理解できると思う。京都や鎌倉の神社っぽい造りに驚くと同時に、いつ訪れても誰もいない。周辺は杉木立が鬱蒼と生い茂るため、春先、花粉症の方にはあまりお勧めできないが、一度参拝に訪れると、病みつきになる。私は信心深くないが、年間3~4回訪れ、これまでに12回訪れた。ひっそりしているが、森羅万象、神々しくてパワーをいただけそうなスポットだ。

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 では、早速、今日のテーマに沿って不思議なスポットを取り上げたいと思う。

 1 高屋敷稲荷神社

 ここは京都の伏見稲荷か?と思わせるようなスポットが郡山の東部地区にある。R288を横切る広域農道を南に向かって走らせると、右側にいきなりそれは現れる。緩い坂に数十本の朱塗りの鳥居が連なり、坂の上の丘の上には神社の本殿が聳え立つ。何か天国への石段を上るかのような情景に思わず息をのむ。

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 2 大安場遺跡公園

 ここは30年ほど前までは小高い山林で、森に覆われた不気味な場所だった。それに隣接する「桜ヶ丘団地」によく訪れたことがあるので覚えている。それが、近年になって調査研究によって、山全体が東北地方には珍しい巨大な前方後方墳であることがわかり、一気に整備が進み、現在のピラミッドを彷彿させるような立派この上ない遺跡に生まれ変わった。本当にこんな形で実在していたのか勘繰りたくなるような光景だ。

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 3 浄土松公園きのこ岩

 ここは過去何度も旧ブログや当ブログで取り上げている。私が投書して、昨年には「サタふく」でも取り上げて、伊藤アナが取材してくれたスポットだ。ここは黄泉の国かと思うような現実離れした異様な光景が辺りを漂わせる摩訶不思議な場所だ。トルコにある世界遺産の「カッパドキア」の超ミニチュア版と言ってもいい、残念ながら2011年3月に発生した「東日本大震災」の地震によって崩落した岩も多く、現在も岩に上るなどの探検ができなくなっている。
 一歩足を踏み入れると、そこはまことしやかな夢の世界。松の緑が点在する風景が日本三景の松島に似ていることから「陸の松島」と呼ばれている。
 断層で分断された地層が風化突出した「きのこ岩」と呼ばれる白亜の奇岩があり、県の名勝天然記念物に指定されている。本当にきのこのような形をしている。

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 4 ペグマタイト岩脈

 郡山の西部、阿武隈川を越えた辺りは西田町だが、高柴でこ屋敷があり、「ひょっとこ踊り」で有名な場所だ。そこからほどなく行くと問題の神社が現れる。道の左側に「鹿嶋大神宮」の鳥居があって、そこを歩いて西方向に行くと、急な石段が現れる。その最上階に上がったところに、神社の境内に まとわりつくように不思議な岩が周囲を包む。それはペグマタイト岩脈と言い、学術的にも珍しいらしい。隣りの三春町もそうだが、こうした岩脈がこの周辺を埋め尽くし、おかげで岩盤がすこぶる硬い。
  この一帯は、地震が発生した際には、近辺よりも震度は1~2弱くなるという不思議な状況が生まれる。今度地震があった時にはぜひ確かめてほしい。
 郡山が震度3であっても三春は震度1か2程度だ。東日本大震災でも三春と西田町は比較的被害が少なかった。
 「ペグマタイト」とは「巨晶花崗岩」とも呼ばれ、石英や長石など鉱物を主成分とした非常に大きな結晶の集合した岩石のことを言うらしい。

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 5 横穴式古墳

 これを知る人は少ない。たぶん、地元の田村町の住民でも半数以上は知らないだろう。郡山市民の10%も知らない筈だ。R49から東山霊園へ向かう通称「霊柩車通り」を進むと、やがて水門町から来る霊園へのアクセス道路にぶつかるが、まさにその手前の道を右折し、100mも進んだ場所にある。
 表通りからは死角になって、しかも岩肌を繰り抜くように10数体分の横穴式の石棺を収めるために開けられた四角い穴。この世のものとは思えない背筋が冷たくなるスポットでもある。一見、埼玉の「吉見百穴」のミニチュア版にも見えるが。
 郡山市の観光案内によれば、正式には「小川蝦夷穴横穴墓群」という。もちろん死者を埋葬するもので、神聖な場所だ。古墳時代、つまり7世紀の後期に造られたと見られている。がけ面に穴を掘って、遺体を安置して埋葬した。装飾として太刀なども発見されている。

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 6 静御前堂と美女池の謎

   この話題に関しては過去、何度も当ブログで記載しているので、そちらをご覧ください。

 7 征夷大将軍坂上田村麻呂の生誕の地碑

 これには諸説あるようだが、平安時代初期に活躍した公卿であり、のちに大納言になった坂上田村麻呂。忠臣として名高く、桓武天皇の軍事と造作を支えた一人であり、蝦夷を討伐し、二度にわたり征夷大将軍を勤めて蝦夷征討に功績を残した。薬子の変では大納言へと昇進して政変を鎮圧するなど活躍。死後は平安京の東に向かい、立ったまま柩に納めて埋葬され、「王城鎮護」「平安京の守護神」「将軍家の祖神」と称えられて武神や軍神として信仰の対象となった。
 墓は京都府にあるが、その出生については明らかになっておらず今もって謎である。だから全国各地に出生の地が伝説として残されている。
 
 近年、郡山市の田村地区に彼に纏わる伝説が多数残されている。徳定は日大工学部がある場所だが、その南側には田園が広がる。その一角に谷地神社がポツンと佇むが、そこは生みの親である「阿口蛇媛」を祀った神社なのだ。そしてその目と鼻の先には田村麻呂が産湯をつかった「産清水」がある。
 そして問題の生誕の地碑は、産清水ある通り沿いにある。黒い御影石に堂々と刻み込まれている。平安時代のことなので、今となっては真偽のほどは確かめようがないが、郡山市内にそのような由緒ある人物の伝説があるだでも、歴史浪漫に酔いしれることができるというもの。

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 8 采女伝説発祥の采女神社と王宮伊豆神社

 片平町を観光で訪れる人は少ないと思う。しかしそこは采女伝説が生まれ、それが半世紀も続く「うねめ祭り」に伝承されている。希望ヶ丘団地の前の県道を西に向かい、東北自動車道のガード下を潜り、暫く進むと「片平の行政センター」に出る。さらに直進し河内方面に向かって西走すると、緩いS字カーブがあり、その手前に「王宮伊豆神社」の鳥居が建つ。急な石段を駆け上がると神社の境内があって本殿が建つ。
 王宮伊豆神社の東側の丁字路を右折し、アップダウンを繰り返す細い道路を越え、左折すると、采女神社にたどり着く。なんの変哲もない鳥居と小さな祠しかない粗末な印象だが、ここでかの有名な采女伝説が発祥された。

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 9 モネの池が郡山にも?

 采女神社の駐車場の目の前に広がるのは采女池公園だ。私は初冬に訪れたため、寂しい風景が広がっていたが、盛夏に足を踏み入れたら、きっと夏草や水仙や水連、様々な水生生物で賑わっていることは一目瞭然だった。その一角に木造の小さな橋が掛けられている。郡山市喜久田の「緑風苑」にも似たものがあるが、ここはあの「モネの水連の池」を再現したかのような光景が見られる。客寄せのためにそれを真似て整備したとも取れるが、真相は不明。
 ぜひ足を運んで自身の目で確かめてほしい。
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10 如宝寺にある勤労学徒犠牲者慰霊碑

 私はここの檀家になってるが、真言宗豊山派の、郡山では一番大きいお寺で、堂前という市街地の中でも一等地に境内を構えている。特に1月の十日祭り時には、立ち並ぶ屋台が圧巻で、大変な人出でにぎわう。
 国指定重要文化財になっている銅鐘のいぼなし鐘や、平安時代に建造された古瓦、鎌倉時代の古碑、明治の先覚者遺碑などが保存されている。 
 笠石塔婆と板石塔婆は供養塔として、 東北地方最古のもので、国の重要文化財の指定を受けている。 また、如宝寺書院も趣がある佇まいを見せている。
 その鐘突き堂の脇にひっそり立つ数本の慰霊碑がある。それは戦時中に保土谷化学などに学徒動員された白河女子高校と郡山商業の女工たちがB29の攻撃によって、その若い命を散らしたその慰霊のために建立された碑だ。如宝寺の檀家ですら、その存在は知らない。おそらく、如宝寺のほうが、人目に触れる機会は多く。そのような犠牲の上に今の平和があることを認識する機会となること、そして現地よりも慰霊碑がお寺にあったほうが、供養しやすいということからここに安置されたのではないかと想像できる。

11 三島由紀夫の自刃前の演説シーンを撮影した県合同庁舎≠自衛隊市谷駐屯地
 
 作家にして政治結社の「盾の会」を率いた三島由紀夫が市谷駐屯地で割腹自殺を遂げたのは昭和45年(1970年)だった。世界的に有名な三島由紀夫の自害は全世界に大変な衝撃を与えた。彼が自衛隊員に向けて、決起を訴え、市谷会館のバルコニーで垂れ幕を下げて大演説をぶった。しかし、賛同者がいないと見るや、幕僚長らを人質にして立てこもっていた総監室で自ら腹を切り、部下に介錯して自決を果たした。
 なぜ東京の市谷で起きた一連の事件を映画化するにあたり、240kmも離れた郡山の県合同庁舎で撮影が行われたか?もちろん、市谷駐屯地は自衛隊の基地なので機密事項が多く、まして幹部が人質にされた挙句、自殺するという不名誉な事件のために、映画のロケに使用許可など下りるはずもなく、やむを得ず、市谷会館に似た建造物ということで、県合同庁舎が選ばれたようだ。この映画、日本ではその過激さゆえに放映されず、日米合作ということでアメリカ本土でのみ上映された。タイトルも「MISHIMA」だ。私はその映像を見たが、まさに見慣れた市街地の建物が写っていた。その三島由紀夫役を演じたのが、故・緒形拳で、その鬼気迫る迫真の演技はさすがであった。

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12 男性のシンボルそっくりな奇岩

 この記事は書くのもためらってしまいたくなるが、それほどアレにクリソツない岩が聳え立っているが、たまたま私がその路肩(駐車場)で発見し、話題にしただけで、地元の方も存じ上げなかったのではないか?それは磐梯熱海ICから母成峠方面に向かって1kmも行かない場所にある。
 高速のガードを潜る手前にある。右側にある路肩のふくらみに駐車し、その周辺を探してみてほしい。すぐに見つかる。子宝にご利益がありそうだが、怖いのは、その駐車スペースには墓標みたいな石が数体並んでいることだ。どちらもお参りしてからのほうが無難そうだ。

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 我が街、郡山にはご当地の人間でも知らない珍しいスポットがまだまだ眠っている。自分の足で名所らしき場所を探し出すのも探検気分を味わえて良いかもしれない。

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コメント

高屋敷稲荷神社は、私も行ったことがあります。ちなみにそこはテレビ東京などの関東5大系列キー局(一部のみ)がワンセグぐらいでありますが受信できることで知られています。東部のどっかの展望台近く(下寄り)も同じです。
浄土松公園きのこ岩は言ったことがあります。
MISHIMAはどっかの本の付録DVDとして収録されていたとか。

紅野さん、初めまして。貴重な情報ありがとうございます。今度行ったら試してみたいと思います。テレ東ファンの私にはありがたい情報です。(つん)

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