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2020年1月18日 (土)

「ザ・ベストテン」の伝説の「追っかけ中継」

 「昭和」というと今からもう31年以上前のことになってしまった。あの頃は、今では想像もつかないことを影響力の大きなテレビで平然とまかり通って行われていた。特に「バブル景気」の1980年代は、「何でもあり」の番組が多く存在した。深夜には「11PM」や「トゥナイト」などのお色気番組や、お昼の時間帯でも「あなたの知らない世界」と銘打った心霊体験を取り上げたり、土曜の夜には、数奇な事件を扱い、それを再現フィルムで回顧する「ウィークエンダー」なども放送していた。そして女子大生パラダイスの「オールナイトフジ」や、平日でさえも女子高生中心の「おニャン子クラブ」たちが夕方を生放送でジャックする「夕やけニャンニャン」が高視聴率を挙げていた。

 また、極めつけは土曜深夜の日テレ系の「TV海賊チャンネル」で、「ティッシュタイム」や「シャワータイム」と称してセクシータレントがあられもない姿をさらけ出しては世の男性の視線をくぎ付けして興奮させていた。とんねるずの「生でダラダラいかせて!」も然り。今思えば放送倫理ギリギリだった。

 そんな昭和を象徴するようなテレビ番組の中で、若者に絶大な人気を誇ったのが「ザ・ベストテン」で、TBS系列で毎週木曜日の21時から1時間放送されていたランキング形式の生放送の歌謡番組だった。TBSの人気局アナだった久米宏と玉ねぎ頭で早口の黒柳徹子のゴールデンコンビの絶妙なMCと合わせてリアルタイムでヒットしている人気曲を、生で歌手に歌わせるというコンセプトがウケて、視聴率も毎回30%を記録するほどのお化け番組だった。

 その中でも今ではまず実現不可能な演出や名物コーナーがあった。大川栄策が歌の最後に特技のタンス担ぎをしたり、山本譲二はふんどし一丁で「みちのくひとり旅」を熱唱したこともあった。そして一番人気はやはり独自の中継スタイルにあった。それは今は亡きTBSの「追っかけマン」こと「松宮一彦」アナウンサーや各地方局アナウンサーによる「追っかけ中継」で、人気歌手などは日本全国でコンサートで出向いているケースが多く、スタジオに出演できない場合には、「追いかけます。お出かけならばどこまでも」をキャッチフレーズに、方々に出向いては中継先から歌ってもらっていた。それは得てしてアイドルが多かった。

 では、今回のテーマでもある、「ザ・ベストテン」名物の「追っかけ中継」で、動画サイトにアップされているものの中から、私が個人的に記憶に残っているものをセレクトしてお送りしたい。なお、映像埋め込み以外は、URLをクリックすれば動画サイトで視聴できます。 

 1 松田聖子(2回の新幹線中継)

 赤いスイートピーはコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=lHOmvHlePts

 松田聖子が一番中継での熱唱が多かった。
 秋田竿燈祭り会場からの中継はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=8PDteijsIeo
 空港のエプロンでの熱唱 → https://www.youtube.com/watch?v=LophQciSa80  

 2 田原俊彦(走行中の新幹線から窓越しに熱唱)

 3 中森明菜(他番組の収録を抜け出して歌ったが、音声が届かず、途中で歌と踊りが合わずパニックに) 

 4 近藤真彦(特急飛騨号)

 ほかにも修学旅行生の宿泊旅館でミーティング中にサプライズ登場し、JK達がが押し寄せてもみくちゃになった中継もある。

 5 中山美穂(新幹線米原駅)音声断裂で歌えず



 6 小泉今日子(あんみつ姫の収録撮影現場より)→残念ながら動画が見つかりませんでした。
 7 ツイスト(新潟万代シティからの中継でファンが殺到し、波のように動く伝説となった中継)URLのみ紹介

 Part1   https://www.youtube.com/watch?v=gcrvNIKc8Xs (35秒後から)
   Part2 https://www.youtube.com/watch?v=lHOmvHlePts (続き)

 8 アルフィー(留守のファン宅前から中継)→残念ながら動画が見つかりませんでした。
 9 堀ちえみ(スチュワーデス物語の撮影現場でジャンボ旅客機内から歌う) 

 こうしてみると、駅のホームからの中継が多かった。電車移動中のスターを待ち構えて、放送時間に合わせてホームに滑り込んだタイミングで歌ってもらうケースだ。スマホもなかったあの時代なのに、どこで聞きつけたのか、必ずファンが先回りしてその場にいるという現象もみられた。そして、新幹線では、1分間の停車中にホームで歌い、発車ぎりぎりで電車に乗り込むとか、場合によっては走行中の列車からも歌う場面があった。

 もちろん生中継なのでトラブルやハプニングも多かった。今では考えられないが、銭湯の男湯からの中継で、おじいさんやこどもの秘部が露出したケースや、クレーマーが歌の最中に入り込んだり、暴言を吐くファン、スターが歌詞を忘れてドギマギしたり、歌唱中に滑って転んだスターまでいた。走行中のオープンカーから歌って、ファンがそれを追いかけたり、サプライズで人気アイドルが登場して、興奮して押し寄せたファンにもみくちゃにされたり、あるいは音声が届かなくて歌い出せなかった、あるいは回線のミスで曲調が乱れ、ズレまくったカラオケが流れ、口パクがバレたりするなど数えきれないエピソードがある。
 もっとも凄いのは、長渕剛がスタジオに出演した際、「順子」の歌唱中に共演者たちが手拍子を始めたところ、演奏を中断し、「失恋の歌なので手拍子をしないでほしい」と訴え、最初から歌い直すというシーンもあった。昔は今とは違って主義主張が明確で、破天荒なシンガーが多かった。

 個人的には、「季節の中で」がランクインした時に、松山千春がたった一度だけコンサートホールから中継出演して、自分のシンガーとしてのポリシーを切々と語った名シーンが脳裏に刻まれている。

 また、我が郡山でもその中継があった時にはファンでごった返した。それは中森明菜がコンサートを行い、安積歴史資料館(安積高校)から生歌中継をした時のことだ。確か昭和57年頃だったと思う。

 その後、7年間、番組の看板だった久米宏が他局のニュース番組出演のため1985年に降板し、小西博之や松下賢次アナなどが担当してからは視聴率がバリ下がった。そしてランクインした歌手が他の仕事でスタジオにも中継にも出ないケースが相次ぐと、MCが謝罪することが多くなり、視聴率も下がり、徐々に斜陽
を迎えた。
 当時は70年代後期のニューミュージックのシンガーソングライターや80年代のアイドルブームもあって歌謡番組全盛だった。二匹目のどじょうを狙って日テレも「トップテン」を開始したし、フジも「ビッグべステン」を始めた。しかし、「トップテン」は渋谷公会堂などのホールを貸切っての公開生放送で、親衛隊による声援を含め、直に歌手を見られるコンセプトが良かったので長続きしたが、「ビッグベストテン」は、どうみても「ザ・ベストテン」のコピーということで、批判が大きく、すぐに打ち切りとなった。MCの高島秀武と丘みつ子への非難が相次いでしまった。

 さて、私の記憶を辿っていろいろと書き綴ってしまったが、こうした番組も今では約40年も前の出来事となった。今の若者たちは、こうした伝説の歌番組があったことすら知らないだろう。
 「歴史は繰り返す」というが、1980年代のアイドルブームの再燃で、2000~2010年代年代にモー娘。やAKB、乃木坂などの多人数アイドルユニットが脚光を浴びたように、私はバンドブームがあった1990年代に熱狂した若者が親の世代になり、その子供たちが親の影響を受けて、再びバンドブームが再来すると見ている。
 そう考えるとミュージックシーンは「時代を映す鏡」と言えるだろう。しかし、時々、かつてこのような歌番組が存在し、その時代のアイドルやミュージシャンたちが闊歩した時代があったことを回想し、自らの青春時代に回帰するのも一興だと思う。  
 
 

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