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2020年1月30日 (木)

暮らしの疑問・不満

 日本人ほど不満を声高に主張しない民族もまた珍しい。生活で不便を感じていても、あまり表立って不平をぶつけないし、抗議などの行動もしない。あまりにも物分かりが良すぎる。消費税、医療費、物価、ガソリン代が大きく値上がりして、家計をひっ迫しているのに、「皆が同じ扱いなのだからしょうがない」と諦めて物言わぬ方が多数を占める。
 果たして国の言いなりで本当にいいのだろうか。現に税金は無駄遣い、一部で時代劇の悪代官のように甘い汁を吸っている議員などもいるやに聞く。国会の決議で議員辞職を勧告されても、しぶとく居直ってその座に居座り続ける輩もいる。
 一般国民は生活苦を余儀なくされているのに、「中流崇拝」が世間に蔓延し、贅沢しなくも細々と暮らしていければいいという意識が国をますますダメにしている気がする。
 では、ここまで大風呂敷を広げて偉そうなことを口にした私が、日頃、国の政治や社会制度などで不満に感じていることを列挙したい。
 

 「一律の郵便料金ってどうなの?」

 同一市内に出しても、沖縄から北海道に出す場合も同じサイズ・重さであれば同一料金なのはいかがなものか?同一市内であれば半額以下でもいいくらいだ。処理の手間も輸送費用も大きく違う。離島ならなおさらだ。
 私が小学生の頃ははがきが10円、封書は20円だった。ところが2020年現在、はがきが63円、封書は84円。はがきが6.3倍、封書は4.2倍に跳ね上がった。これは異常だ。はがきの郵送料金に至ってはぼったくり状態だ。断然、封書のほうがお得感がある。はがきは内容が丸見えで、しかも書ける分量が少ない。一方、封書(手紙)なら25gまで(A4なら3~4枚)は同じ料金。この差は歴然。あまりにも不公平だ。はがきは40円でも十分だろう。 
 宅急便は地域や距離で料金が違うのに、郵便だけは民営化されても変わりがないのはいただけない。
 
 「自賠責保険料金値下げで気づいたこと」

 生命保険では加入時期の年齢で保険料が大きく違うのに、自賠責料金は地域性はまったく考慮されず、日本全国一律で同じ料金。
 バイクの場合は明らかに不平等と言える。たとえば、沖縄であれば、バイクは一年を通じて乗れるが、北海道では一年の半分程度(4月~9月)しか乗ることができない。私は北海道に2年間住み、バイクに乗っていたが、1985年には、10月中旬に初雪が降り、その後、一度も解けずに春まで雪に覆われていた。試しに10月初旬に道東(網走・知床・根室)をツーリングで訪れたが、凍えて死ぬ思いでハンドルを握っていた。1年間乗車可能と半年間しか乗れない不条理。果たしてこれでいいのか?北海道民はよく納得している。逆に北海道では1年間ではなく、半年間の保険料が設定されていてもいいくらいだ。
 例えば、軽二輪(250cc未満)なら1年で8,650円を、半年で5,500円(税込み)くらいにできないのか。2年なら、12,220円のところを北海道では1年目、2年目ともに4月~9月使用限定で合計8,800円程度に抑えられないか。


 「高すぎる社会保険料」

 給料明細を眺めていると愕然と来る。1月に1年間の源泉徴収票を貰うが、社会保険料は、なんと年間110万円も支払っている。月額でいうと10万円近くが給料天引きで引かれているため、手取りが少なく、これでは暮らしにゆとりがないのは当然だ。
 健康な方はほとんど病院へ行かないのに、それでも同じ料金を払わされている現実。不合理極まりない。しかも、住民税は毎月4万円近くとられている。我が郡山市は税金が高すぎる。所得税の2.5倍もふんだくっている。なのに、税金の使い道は無駄な箱もの行政ばかり。しかも役所の係員の対応はすこぶる悪い。これでは高齢者が窓口で怒鳴り散らしているのも多少理解できる。
 それに腹立たしいのは、数年前、社会保険事務所で所員が、社会保険料や年金を着服・横領していた事件が相次いで発覚した。しかも慢性的かつ継続的に行なわれていたというから許せない。すでに退職した所長や所員は、悪びれた様子もなく、正当化するような発言や弁明に終始し、多くの批判が集まった。すでに退職した者は、退職金を返納して弁済するように迫られたが、開き直って拒否した輩までいた。
 そういえば、私の亡き叔父も「社会保険事務所」に勤務していたが、重度の「糖尿病」を患い、30年も「人工透析」をしていたのに、なぜか「高級外車」ばかりを乗り継いでいた。もしかすると、公然の所業として年金横領がまかり通っていたのかもしれない。


 「サマータイムや時差のない単一国家」

 アメリカは広大で50州もあるため、時差が生じる。例えばニューヨーク時間とか、シアトル時間などである。経度でもかなり違うため、ニューヨークが朝を迎えても、ロスは真夜中だったりする。だからどうしてもタイムラグが生じることから、それぞれに時間を区分して表示する。
 日本は北東の外れの北海道(正しくは択捉島)から南西は沖縄諸島(正しくは南鳥島)まで時差がない。だから夏場、同じ4時でも根室は明るいのだが、一方の沖縄は真っ暗のままだ。私は沖縄へは過去4度訪れているが、10月過ぎに訪れた時、朝の7時なのに周辺は薄暗く、「7時でこんなに暗いのか」と疑問に思ったほどだ。
 日本では6月(夏至)と12月(冬至)では日の出・日の入り時間が2時間以上も異なる。東京を例にとると、夏至の頃に日の出は4:25なのに、冬場のそれは6:50だ。その差は実に、2時間半以上。同じように日の入りは夏場が19:01なのに、冬は16:28と大幅に早まる。昼間の長さを比較すると、夏は14時間36分もあるのに、冬は9時間38分と5時間近くも短くなる。
 
 それらを踏まえて、かつて政府が導入しようとしたが、混乱を来すとして猛反対にあって実現できなかったことに、「サマータイム」がある。サマータイム(夏時間)とは、日の出時刻が早まる時期(3月~11月) に、時計の針を1時間進め、太陽の出ている時間帯を有効に利用することを目的として、 欧米を中心に導入されている方式だ。東西に長い日本列島では、うってつけのようにも思えるが、実現しなかった。これを導入すると、時間の感覚がズレる。季節感を味わうのに障害となる。また、体が時間に順応できず、健康被害も報告されているし、なぜか時刻の切り替え時に交通事故が増加するのだそうだ。世界時間との照合も混乱することも多く、飛行機のダイヤや航行時間の計算が煩わしくなる。
 実は、かつて日本でもこのサマータイムを導入したことがあったという。それは戦後間もない1948年から1951年の約3年間だ。GHQの統治下にあった日本で、アメリカの制度を採り入れなければならなかった。しかし、残業の増加や寝不足を引き起こすなどの理由から、サンフランシスコ講和条約締結後にこの制度は廃止された。

 現在、サマータイムを実施しているのは世界で7か国程度で、一度実施したがその後に廃止した国は24か国にも上る。


 「大相撲は相変わらず外国人力士が牛耳っている?」

 最近はモンゴル出身力士が減って来たが、それでも番付の上位を見ると、外国籍(外国出身)の力士が名を連ねている。日本の国技であり、江戸時代からの歴史と伝統、それに格式ある国民的スポーツなのだから「国産力士」に頑張ってもらいたいのだが、モンゴル出身の白鵬、鶴竜の両横綱に優勝をもっていかれるシーンが平成の頃は日所茶飯事のように毎場所起きていた。また、ジョージアやグルジア、ロシアなどヨーロッパ出身の力士もいた。
 ではなぜ、外国人力士がこれほど実力差があるのだろうか?それは、そもそも背負っているものが違う。つまり角界に入門した時からのモチベーションが違うのだ。愛する家族を祖国に残し、生活の生業のために出稼ぎに来ている以上は、相撲道に邁進し、是が非でも出世して少しでも高い給金獲得を目指してがむしゃらに稽古に取り組んでいる。身長など体格や体力もそもそも違うが、近年は徐々にその差も埋まって来たように思う。
 かつてはハワイ出身の高見山、小錦、曙、武蔵丸などの活躍でその門戸を広げたと言える。しかし、文化や風習の違いで、勝てば何でもOKといった風潮が出始め、土俵での振る舞いや手荒な取組が目立ち始め、それは最高位として品格も求められる横綱にしても同様だった。朝青龍や白鵬などは何度やり玉に挙げられたことかしれない。平成の大横綱となった白鵬は前人未到の43回もの優勝を成し遂げた。2位の大鵬が32回、3位の千代の富士が31回だから、ダントツで、今後、これらが破られることはないかもしれない。
 ただ、元号が「令和」になってから、やたらと日本人力士の活躍が目立つようになってきた。大関の貴景勝、関脇の朝乃山、平幕でも遠藤、正代、炎鵬、御嶽海、北勝富士、阿炎、豊山、輝、照強、徳勝龍などが場所を盛り上げている。
 

 


 

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