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2019年11月11日 (月)

ノスタルジック in 原町

 私は相馬にはこれまで20回近く訪れたことがある。幼少の頃は今は亡き父親と松川浦に潮干狩りに訪れ、貝を獲ったものだ。40歳以降は、もっぱら相馬の沖堤防や相馬港周辺で釣りに興じていた。しかし、そこから南に15kmほど下った地点にある原町には縁が無く、去年までは一度しか訪れたことが無かった。しかも初回は、常磐線を跨ぐ高架橋から下りた周辺の信号待ちをしていた時に、後ろから追突された苦い想い出があった。それ以来、約10年以上振りに今年の6月に再訪した。
 しかし、ここの印象深い出来事は、昭和57年3月、私が高校2年生の頃まで存在した「原町無線塔」であった。高さ200m以上もあるコンクリ製の巨大無線塔で、原町のラウンドマーク的な存在だった。かつては大正時代に起きた関東大震災を、アメリカに無線通信で打電して伝えた実績があったし、解体されるまで60年の長きに渡り、原町市民に愛された巨大鉄塔であった。

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 前回、つまり今年の6月に再訪した際には、仕事で忙しく、なおかつ悪天候だったこともあり、立ち寄るのを忘れてしまった。今回、11月9日(土)に、これまた仕事のついでに立ち寄れる機会を得たので、実際に無線塔跡が花時計として残る「高見公園」と、その近辺の結婚式場の敷地内にあるという「憶・原町無線塔」へと足を運んだ。

 無線塔があった底辺部には、同じ直径の花時計の花壇になっていた。その50mほど北東側の国道6号線沿いに、市民の要望に応えて、10分の1スケールのミニ無線塔がメモリアルタワーとして建っていた。

 以下が実際の訪問時の画像

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 このミニ無線塔がある場所は6号線沿いのかつて結婚式場だった場所だが、見る限り、この式場は倒産して、今は廃屋になっていた。
その片隅にぽつんと寂しく建つメモリアルタワーとの対比があまりにも不釣り合いで、これを南相馬市民はどう感じているのだろうか?
何か廃れて錆びついていく一種の「寂寥感」や「寂寞の念」を拭い去れなかった。

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黒い柵で囲まれた部分と当時の無線塔の底辺部の直径が同じ長さらしい 
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 花壇自体の直径はそれほど大きくなく、37年前まで、本当にここに高さ200mを越えるほどのコンクリート製の無線鉄塔が聳え立っていたとは想像できなかった。でも紛れもなく、ここに私が長年恋い焦がれて、いつかは訪れたいと思っていた無線塔が確かに建っていたのだ。
 何か言い知れぬ感動をこの身を包んだが、周りにはいつもの日常と同じような公園で寛ぐ親子連れの姿と、無邪気に遊具で遊ぶ子供の姿があり、私がひとり、ノスタルジックな面影に浸っているのを知る人などいる由もなかった。

 では在りし日の雄姿と解体開始の映像をどうぞ。

  この映像を見ただけでもいかに原町市民(現・南相馬市民)に愛されていて、コンクリート片が落下して、倒壊の危険が生じたため、苦渋の決断で解体が決まり、実際に解体が始まった時の市民の悲しみや寂しさはいかばかりだったかと推察すると、居た堪れなくなる。市内のどこからでも眺められたシンボルタワーが、あと数か月後には無くなってしまう寂しさは相当なものだったに違いない。私の住む郡山でも、イオンフェスタにあった大観覧車がもう跡形もなく消えて、見ることもできなくなってしまった淋しさと同じであろう。
 形あるもの、長い年月の後には朽ち果ててしまうのは世の常だが、魂が抜けてしまったような空虚感は察するに余りある。

 また、南相馬市博物館には、実際に解体した頭頂部分が保存されている。今回は、9日(土)は夕方着、翌10日(日)は15時半まで原町の某所で仕事だったために、今回は残念ながら「博物館」には立ち寄れなかった。

 特別展を開催した時の映像をどうぞ!

 Part 1  https://www.youtube.com/watch?v=fzNgKgbCVHo

   Part 2  https://www.youtube.com/watch?v=fzNgKgbCVHo

  私自身は、この歴史と由緒ある「無線塔」が解体されるのを、当時のFTVテレポートのニュース映像で見た。当時はドローンなどなかったために、その塔の全容はヘリコプターからの映像で流された。とてつもなく高く、巨大鉄塔であったことを記憶している。
 当時は保存を望む市民の要望もあったが、老朽化が著しく、いつ倒壊するかもしれぬ状況で、やむを得ず解体されることとなった。現に、もし21世紀の今も残っていたら、先の東日本大震災の巨大地震で、間違いなく倒れていたに違いない。それは不幸中の幸いだったかもしれない。原町市民のみならず、多くの福島県民の脳裏に焼き付いて離れない「原町無線塔」の雄姿。その記憶を辿り、確かにその地に紛れもなく存在していたことを証明したくて、今回この類の記事を書き綴ってみた。

 

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