2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« ヤフーニュースに投稿したコメント5 | トップページ | 忘れられない一曲⑦ »

2019年9月11日 (水)

郡山の来し方行く末(現況と未来)

 流行り廃りが激しい昨今の風潮だが、我が郡山市もまた好不況の差が著しい。特に多くの店が開店し、そして閉店に追い込まれ、目まぐるしい変化を遂げていると感じるのは決して私だけではないだろう。
 そこで今回は、人口33万人の中核都市である郡山市で、最近の兆候を探りたい。
 

 1 大病院の廃屋跡はその後どうなった?
 
  郡山に昔からあった三つの巨大病院。中町の太田記念、大町の星総合病院、そして駅前の旧丸井の西側にあった寿泉堂病院。そのいずれも新築して移転したが、もう7年以上も経つのに、そのまま放置されていた。特に2011年に起きた東日本大震災で損壊し、渡通路が崩落した星病院はその後、どうなった のか。そこで実際に現地に行って確かめてみた。

  ①太田綜合記念病院(中町)
   2009年3月31日で閉院し、その後10年間も中心市街地の真ん中に放置されていた。夜に近くを通りかかると不気味で、気持ち悪  かった。ビューホテル北側の通りからはバリケードで封鎖されて長期間、正面玄関を拝むことはできなくなっていた。
   しかし、2019年9月に付近を通ったら、現在も建物は幽霊屋敷の如く残っている。跡地をどうするかは地権者と協議中らしいが、老
朽化が激しいため、大きな地震や放火などの火災の懸念は未だに残っている。

  ②星総合病院(大町)
   こちらは逢瀬川沿いの駅の北東側の旧福交ゴルフガーデン跡地に、近代的な星形の大病院を建設し、平成25年1月に移転したものの、
旧病棟は未だに放置されている。
   その東隣りに阿邪詞根神社があり、薄気味悪く、夜間は近づきがたい雰囲気を醸している。6階くらいの渡り廊下は崩落して宙ぶらりん
のまま。危険な状態にあるのに、解体する印象はない。
   一時期、6階建ての高齢者専用の介護住宅の建設の話が持ち上がったが、その計画は現在頓挫している。

   参考記事

   https://www.facebook.com/FukushimaMinpo/posts/890565327640929/
   

  ③ 寿泉堂病院(駅前)
   こちらはうすい百貨店と連絡通路で結ばれた超高層ビルに移転した。なんと上層階はマンションになっている。私は絶対に住みたくな  い。なぜなら、大病院は救急指定になっており、重篤な患者が運ばれる。また末期がんや余命いくばくもない重病患者が多く入院し、治療にあたっているが、毎年、数百人単位で亡くなる場所でもある。その上の階に住めるのだろうか?私は霊感などまったくないが、それでも夜とかは怖い。毎晩肝試し状態だ。それに、真夜中であっても、お構いなしに救急車のサイレンが鳴り響く。私は無理だ。
   ところで、旧病棟だが、こちらも駅前の繁華街の一等地にあるのだが、未だに取り壊す兆しすら見えない。その周辺はビジネスホテルが林立しているのに、幽霊病院の様相を呈しており、景観もよろしくない。不気味で、宿泊客が夜中にカーテンを開けたら、廃屋病院が目の前にあるというのは精神衛生上もよろしくはない。早急に対策をお願いしたい。
  
  再開発有力記事
   https://www.jusendo.or.jp/_general/news/2010/08/post-5.html

   しかしながら、巨大病院だった土地は再開発は難しい気がする。跡地にどんな建物を建設しようが、心霊スポット化するのは必至。心霊
現象が起きてもなんら不思議ではない。ましてホテルやマンションは拒絶反応が大きいだろう。
   私は、個人的にはこおりやま健康科学専門学校のような、医療系の専門学校や、ふたたび病院を建設するしか手はないように思える。地
鎮祭や除霊の儀式をしたとしても、気分的に穏やかではない。


 2 店舗撤退が相次ぐ

   郡山は高度経済成長期に新産業都市に指定され、県内一の商業都市の位置づけを確立した。しかし、バブル崩壊によって老舗百貨店の閉
店や中央資本の大型デパートやスーパーが相次いで撤退した。一時は「そごう」誘致に本腰を入れたが、それに反対する団体が県議会議員を市長候補に立て、それが当選するやいなやたちどころにその話はお釈迦になった。
   そして21世紀に入り、中小企業の倒産や過当競争による共倒れラッシュに見舞われた。あのうすい百貨店やホテルハマツであっても経
営難で、中央との資本提携により、なんとか持ち直した経緯がある。また、かの福島交通でさえも傾きかけ、民事再生法適用により、再生支援機構の助けを借りてなんとか経営を持続している状態だ。
   そんな中、かつては事業を拡張して店舗を増やした企業でも急速に衰退しているものがある。それを列挙したい。

   「ほっともっと」

    私が知る限りでも、さくら通り店(虎丸)・うねめ通り店(桜木)・島一丁目店・愛后店がこの2年で閉店した。
    かつては「ほっかほっか亭」と「ほっかほか亭」論争や「日の丸亭」などの名称で弁当屋が隆盛したが、今ではほっともっとが郡山に6店舗あるのみ。

   ホームセンター

    「コメリ」は、昭和から平成初期にかけて郡山市内だけでも8店舗あったが、現在は富久山、守山、希望ヶ丘の3店しかない。
ホームセンターも「ビバホーム」「カンセキ」「ケイヨーD2」などが店舗を減らした。「カンセキ」や「ジャンボエンチョー」、「ユアファクトリー」に至っては郡山から完全撤退した。
    ビバホームは一時期、トステムと事業提携したが、現在は解除。喜久田と横塚にも店舗があったが、現在は昭和の頃からある「桑野」と「針生」近くの大槻店のみ。
   逆に店舗を増やしているのが「ダイユーエイト」だ。
    私の中でホームセンターは「ダイユーエイト」を除けば「カインズ富田店」「ジョイフル山新」「ビバホーム桑野店」しか思い浮かば
ない。
   
   回転寿司、テイクアウト

    「小僧寿し」「小銭すし」、「元禄寿司」、「元気寿司」、「平禄寿司」、「室町寿司」など、一時は全盛期があった寿司業界。パッ
ク寿司販売の大御所だった小僧寿しが「花館」と名称を変えてしばらくつないでいたが、驚くなかれ郡山市内はおろか現在は福島県内からは完全撤退し、一店舗も無くなった。回転寿司は「かっぱ寿司」(3店舗)と「スシロー」、「まぐろ亭」、「はま寿司」、「とっぴー」、「平禄寿司」くらいしか思いつかない。郡山のインター線沿いにあった「くら寿司」は撤退し、福島県にはひとつもない。


   「ゼビー」

    郡山だけでなく、県内各地に支店があった紳士服専門のゼビオのカジュアル系部門の店舗。若者に絶大な人気を誇ったが、今やゼビオ
に完全吸収。

   
    家電量販店

    仙台に本社を置く「イセヤでんき」は郡山に3店舗展開したが、完全撤退。
    「庄司デンキ」は後に「電激倉庫」になったが、こちらも撤退。
    福岡地区に展開する「第一家電」も長者と日和田に2店舗構えていたが、短期間の営業で完全撤退した。
    「Yesそうご電器」は朝日町にあったが、イオンフェスタに移転。
    「よつば電機」は茨城県を中心に事業を行っていたカトー電気の合併し、「ケーズ」になった。
    「コジマ」もまた49線の喜久田町にも店舗があったが、今や警察署の斜め向かいの一店舗のみ。
 
    書店

    「東北書店」、「郡山書店」が二大勢力だったが、相次いで閉店。同級生の叶書店も無くなった。
    「岩瀬書店は49号線桑野の現在「ビデオ1」がある建物と安積町にあったが、統合し、富久山町に一店舗あるのみになった。
   
    その他、撤退や閉店が著しい店 
 
     「ダイシャリン」・・・桑野店・安積店が閉店 県内は伊達店のみになった。


     かつては郡山に数多くの店舗を構えていたが、現在はほぼ撤退し、壊滅状態にある。コンビニもセブンイレブンが開店続出なのに対し、
ミニストップの閉店は著しい。 

    躍進が著しい店

    セブンイレブン、ツルハドラッグ(令和元年9月時点でなんと郡山市内だけで19店舗) 

 3 経営危機から甦った企業

   ①福島交通

    福島県中通り地方の足としてバス、飯坂線を運営している「福島交通」。県民にはクリーム色をベースに赤のストライプカラーのツートンですっかりお馴染みだが、2008年に、巨額な赤字を抱え、倒産しかかった。同年4月に会社更生法が適用され、なんとか持ち直して経営存続して今に至る。高速バスや路線バスなど多くの路線を抱え、県内一の規模を誇る。万が一、この会社が潰れれば、通勤や通学などで多大な支障が出ていたと思う。

   ②ホテルハマツ  

    1991年の虎丸町という市内の一等地にあったザベリオ学園(幼稚園・小学校・中等部)が大槻町の郊外に移転した跡地を利用して建設され、オープンした。郡山市で一番巨大で高級感漂う都市型ホテルとなった。客室数も県内屈指で、宿泊料もそれなりに高かった。
    しかし、さくら通り沿いという好立地だったが、駅前まで徒歩15分と結構不便であり、ビジネスマンなどの庶民向けではなかったため、空室率が高く、採算がとれず経営難に陥った。開業から12年後の2003年8月に民事再生法の適用を受け、その後、小山観光開発に営業権を譲渡し、さらにホテルオークラとのチェーン契約を結び、危機を脱した。現在ははまつグループからアンサージに営業を譲渡している。

    全然関係ない話だが、私は駅前や高速のインター近くに多くのシティホテルやビジネスホテルが建つのは理解できるが、実際に利用価値が高いのは、開成山公園周辺だと思っている。そこには古参の「スターホテル」と、ビジネス系の「αー1」、それに少し離れて「ホテルハマツ」しかない。かつては巨人軍の常宿だった「開成ホテル」や旅館「熱田家」があったが、今は前述した2つしかない。この周辺に建てたほうがいい理由は、スポーツ施設が密集しているからだ。郡山は福島県の中央に位置しているため、地の利があって、かつて宿場町だったため、ホテル数も多い。よって小中高のスポーツイベントが開催される頻度が高い。
    会津、白河、いわき、福島からも出やすい。しかも高速交通網(東北自動車道・磐越自動車道・福島空港・東北新幹線)
も整備されていて、郡山で県大会や東北大会などの各種大会が開催されるのだ。しかし、車を運転できない学生は、駅前に宿をとっても、その移動手段がままならない。タクシーに相乗り、あるいは市内の学生とかち合う朝のラッシュ時に路線バスを利用すると、満員で乗れないなど不便極まりない。
    今のところ、スターホテルが独り勝ちだ。卓球、剣道、柔道、バスケ、バドミントン、バレーなどは「宝
来屋総合体育館」だし、陸上競技やサッカーは「ヒロセ陸上競技場」、そして野球は「ヨーク開成山スタジアム」がある。さらには2年前、同じ開成山の一角に50m長水路と25m短水路を併設した県内初の屋内プールである「郡山しんきん開成山プール」までもが新設された。実際にここでは高校の東北大会を2度開催されたと聞く。オフシーズンには県外の高校や大学が長期合宿を行い、昨年は外国のナショナルチームが貸し切りで合宿を行った。
    だから、この一角にホテルを新設すれば、需要があって稼働率が高いのは明らかだ。私は、旧豊田浄水場跡地を再利用して老朽化した体育館を移転し、広い駐車場を建設してほしい。そしてその一角に収容人数200室規模のホテルを建設し、宿泊客用駐車場を確保すれば、大会で訪れた選手たちは、ゲーム後の疲れた体でタクシーやバス待ち時間を短縮でき、徒歩数分でホテルに到着できて有り難い。
   たぶん、予約殺到で空室率も抑えられ、評判も上々だと思う。同時にさくら通り周辺のコンビニやレストランなどの外食産業も客入りを見込めるし、一石二鳥、いや一石三鳥かもしれない。すると、駅前はビジネスマン中心、開成山周辺は学生中心というように、すみ分けができると思う。 

    
    

   ③うすい百貨店

    郡山に昔からある老舗デパート。テレビCMのアヒルの親子ですっかり有名となり、浅野ゆう子がイメージキャラクターを務めた時期が
ある。私が幼少の頃は、食料品や雑貨中心の第一うすいと衣料品などがメインの第二うすいに分かれていた。うすいの7階のレストランでお子様ランチを食べた想い出がある。郡山ではエレベーターが珍しい時代に、エレベーターガールをいち早く導入していた。私はおもちゃ売り場や切手売り場が懐かしい。
    郡山の老舗百貨店は、津野デパート(呉服店)(大町)、丸藤(駅前)、イトーヨーカドー(本町)、そしてうすい百貨店が主流で、後に仙台本店の丸光デパートが進出し、丸井、西友(のちに西武)、そしてダイエーが昭和50年だいに入って立て続けに進出してきて、顧客争奪の安売り合戦が展開された。
    平成に入ると、中央資本のデパートは軒並み撤退。うすいが生き残ったかに見えたが、2003年、バブル崩壊のツケが大きく、メインバンクだった秋田銀行からの申請で産業再生機構による支援が決定され、再生計画が実行された。
    その後、「三越」が株式を所有し、持分法適用会社となって、現在では三越伊勢丹ホールディングスの子会社となり、なんとか営業を継続している。

 4 公園だらけの中心市街地

   他県から来た人は、郡山市街地を眺めて違和感を覚えるに違いない。それはさくら通りの周辺に、やたらと大小織り交ぜて公園が多いと感じるからだ。旧日東紡績第一工場(細沼・麓山地区)には21世紀記念公園、旧ベニマルさくら通り店跡には芳山公園、ほかにも虎丸交差点の四つ角にも小さな虎丸公園、うなぎの大伴の東隣には鐘堂公園、池ノ台公園、酒蓋公園、そして、もちろん開成山公園は桜の名所でもあり、市民のオアシスとなっている巨大公園だ。SLや野外音楽堂まであるし、ビール祭りなど各種イベントも毎年行われている。

 5 郡山のタクシー事情

   路線バスは「福島交通」の独壇場であるが、一方で33万人都市を抱える郡山のタクシー事情はどんな具合か。市街地を車で走ると、やたら空車や回送のタクシーを見かける。実に外観もカラフルだ。私は八山田方面に住んでいるため、近年、運転が雑多と評判のイエローキャブである「とみたタクシー」を見かける。また、駅前の職場のため、郡山駅にも実にカラフルな客待ちタクシーで溢れている。
   そこで、郡山のタクシー会社の車両保有数をネットで調べてみた。

  1位 クラブタクシー 101台
  2位 郡山観光タクシー 81台 
  3位 西条タクシー(にしじょう)61台
  4位 郡山タクシー 51台
  5位 フタセ交通 42台 
  6位 マルイチひかりタクシー 37台
  7位 うねめ 約20台
  8位 ツバメタクシー(湖南交通) 16台

  ほかにも、かねと(大島前)、日和田、ミツワ交通、ふく山、とみた、ひばりタクシーなどがある。

  個人的には街を流している数が多い「クラブ」と「西条」が二大勢力と思っていたが、薄い紺色系のクラブの圧勝だった。意外にもよく見かける「ツバメタクシー」は16台程度だった。

  6 郡山のご当地グルメって?

 私は日本全国津々浦々旅行したが、どこに行ってもその土地でしか食べられない名産がある。東北を見渡しても、岩手と言えば冷麺やわんこそば、秋田は稲庭うどんやきりたんぽ、仙台は牛タンという具合だ。我が福島県を見ても、福島市には円盤餃子や桃があるし、会津若松には馬刺しや味噌カツ、地酒があるし、喜多方や白河はラーメン、浪江もやきそばが全国的に有名だ。しかし、郡山でなければ食べられないような名物料理は残念ながら無いのが実情だ。一時期、グリーンカレーや「鯉に恋する郡山」などというキャッチフレーズで鯉料理で盛り上げようという動きがあったが、イマイチ認知度は低い。スイーツも「薄皮饅頭」や「ままどおる」は土産にはいいかもしれないが、現地まで来て食べるなど人寄せまではいかない。ソウルフードとして名高い大友パンの「クリームボックス」もパンだし、「酪王カフェオレ」もグルメと呼ぶには程遠い。
 50年近く郡山に住んでいる私でも、全国に誇れるグルメというのは見当たらない。郡山は産業都市として経済的にも発展したが、有名な観光資源があるわけではないし、これと言った食の名物が無いのが実情だ。ビジネスで成り立っても悲しいかな、観光で人を呼べる場所ではないのだ。
 そこでこれを打破するために、何かご当地グルメを作れないだろうか?ここ郡山でなければ手に入らないものや、ここまで足を運ばないと食べられない名物だ。
 来年、放送される「古関裕而物語」では、福島市が「聖地巡礼」で観光客が増えることが予想される。先取りして何か先手を打てば、全国の朝ドラファンのハートを掴み、観光客の誘致に弾みがつく。
 郡山も何かをヒントに、多くの方々に訪問して貰えるような名産を官民が協力して構築すべきだと思う。

 

 さて、地元ネタということで、アットランダムに気の赴くままに書き綴ったが、これくらい繁栄と衰退を繰り返しながら今に至っている。 地元の方は、今回の記事にどのような感想を持たれたかわかりませんが、こんなにも入れ替わりが激しいのかと驚かれたかもしれない。個人的に感じるのは、駅前の寂しいありさまだ。バブル期には賑わっていたアーケード街は週末の夜でも人影はまばら。空洞化し、やたら駐車場や再利用が決まらない空地だらけ。出張などで訪れたビジネスマンは33万人都市でもこのありさまかと残念に思うだろう。
 かくいう私も駅から徒歩15分以内のさくら通り沿いの一等地に住んでいたが、今では八山田のほうに引っ越して20年以上が経つ。当時、山と田んぼだらけだった街並みは空地が少なくなり、住宅街と化した。栄枯盛衰を感じざるを得ない。
 安積疎水の恩恵を受けて発展した我が郡山は、かつての輝きを失っても我が愛する故郷には変わらない。これからの発展を死ぬまで見届けたいと思う。

  

« ヤフーニュースに投稿したコメント5 | トップページ | 忘れられない一曲⑦ »

郡山の話題」カテゴリの記事

コメント

初めまして。郡山を検索していて、偶然こちらのブログにお邪魔しました。

以前投稿された「郡山の意外に怖いスポット」についてですが、元記事にコメントできないようだったので、こちらにコメントさせていただきます。

確か郡山市の逢瀬町だったと思うのですが、管理人様は赤子池について何かご存じでしょうか?なんでも、昔(江戸時代?)飢饉のときに間引きした赤ん坊をこの池に捨てたとか・・・それからこの池では夜な夜な赤子の泣き声が聞こえるそうです。

堂尻池の近くだと思いますが、ハッキリとした場所は分かりません。

・・・・
じじさん、初めまして。コメントありがとうございます。逢瀬町の赤子池の存在は知りませんでした。貴重な情報をありがとうございます。旧市街地以外にも、実は怖い場所があったんですね。
もし詳しいことをご存知の方がいらっしゃったら、場所を特定したいと思いますので、情報をお寄せください。(つん)

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ヤフーニュースに投稿したコメント5 | トップページ | 忘れられない一曲⑦ »