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2019年6月

2019年6月30日 (日)

進撃のAB型

 日本人の約9%、つまり10人に1人いるかいないかのごく少数種であるAB型。なのに、芸能界ではこのところ躍進が過ぎるほど輝いている。かつては、大原麗子、名取裕子、杉本彩、手塚理美、森下愛子、川島なお美、浅野ゆう子、香坂みゆき、酒井美紀などがいたし、少し前まではこの型の代表的な方々は、広瀬すず、橋本環奈、佐々木希、小西真奈美、松下奈緒、水川あさみ、橋本マナミ、中村アン、戸田恵梨香、木村文乃、渡辺麻友、志田未来、百田夏菜子、生駒里奈などがいた。AB型は小悪魔的な魅力に溢れ、魔性のようで男を惑わせるというのが定番だった。他の血液型には無い独特な雰囲気と性質が謎めいて見えた。
 男性では、以前は柳沢慎吾や稲川淳二などの「変わり者」のような印象があったが、三浦友和、堤真一、稲葉浩志、反町隆史、武田真治、野村周平、三浦春馬、岡田将生、勝地涼、片寄涼太、鈴木伸之などイケメンでありながら、どこか紳士的で好青年的な面々が幅を利かせている。

 そして、女優でも近年、この少数派のAB型が芸能界を闊歩してきている。そう思う根拠を検証したい。

 1 中村ゆり

 同じAB型の水川あさみを彷彿させる雰囲気と顔立ちをしている。実は彼女、大阪府寝屋川市出身となっているが、在日韓国人だ。両親は父親が在日三世で母親が韓国人だ。幼少から日本で育ったため、日本語は流暢で、日本人と区別がつかない。ドラマ「パーフェクトワールド」では松坂桃李を介護するヘルパー・長沢葵役で脚光を浴びた。彼女はとても若く見えるが、実は37歳になってる。

 やや古風な印象も受けるが、私の世代の方々には抜群のウケだと思う。井上あさひさんにも似ている。「パーフェクトワールド」の献身的な介護師の役ははまり役だった。

 2 吉谷彩子

 「ビズリーチ」のCMで人気が出た。彼女は日大芸術学部映画学科演技コースを卒業した才媛で、演劇のプロ中のプロだ。まだ27歳だが、数多くのドラマや映画に出演しているし、NHK大河ドラマにも抜擢されるほど、演技には定評がある。

 3 高畑充希

 映画やドラマに引っ張りだこの彼女は、CMでも女王の座を脅かす存在になっている。ベビーフェイスだが、実際は24歳になっている。私は「JRA」競馬や「ケンタッキー」のCMの印象が強い。毎日のテレビで彼女の姿を見ない日は無いほどの超売れっ子だ。ほかにもダイハツムーブ、DoCoMo、クリアアサヒなど引っ張りだこだ。

 4 衛藤美彩

 元乃木坂46のビューティー担当。彼女はグループ卒業後、西武ライオンズの源田壮亮選手との交際を包み隠さず報告した。隠し立てせず、きちんとファンだった方々にも誠心誠意尽くして報告しているほどキップの良さはやはりAB型だ。

 AB型は変人とか天才肌と世間一般的には言われるが、少数稀少な存在なので、重宝されるし、社会にうまく溶け込むために、あまりいじめられたり、批判される対象にはならないようだ。AB型はクールで平和主義者なので、争いの中心にはならない。事務的で調整役が上手いので、仲介役にはもってこい。女性の場合は、その知的な印象を持たれやすいので、社長秘書が打ってつけ。抜けや漏れが少ない。AKBの総監督を行った「高橋みなみ」はメンバーから慕われ、リーダとしては申し分なかった。私が好きな女子アナでもこの型は知性を感じる方々ばかり。滝川クリステル、江藤愛、青木裕子、水卜麻美、中村仁美などだ。

 対角に位置するO型には異質ながら、その類まれな高い才能を評価されるし、批判好きでおちょくりが得意技のB型にも好かれるという特異な性質がある。
 これからはますますAB型の芸能人が持て囃されること間違いなしだ。単に希少価値だけでなく、洞察力や観察力に優れ、他には無い強烈な個性と才能で幅を利かせるに相違ない。

2019年6月19日 (水)

歴史浪漫を感じれる福島県内のスポット

 我が福島県は、北海道、岩手県に続き日本で3番目に面積が広い。はまなか会津と3つの地方に分かれている。それぞれに魅力が詰まっている。
そして、風光明媚なロケーションも自慢だが、あちらこちらに歴史を感じられるスポットやいにしえの浪漫を感じ取れる場所も点在している。
 今日は、私が独断で選んだ、歴史ロマンに満ち溢れたところを取り上げたい。

 1 ここは江戸時代?大内宿

 旧街道の宿場町だった大内宿。日光から会津へ向かう途中に設けられた。おそらく江戸時代の殿様が参勤交代で宿泊したであろうし、旅人や飛脚、籠などが歩いた街道であった。しかし、国道から10km以上も山奥に分け入った山里にあって、よくこんな場所に茅葺屋根が軒を連ねる旧宿場町をつくったものだと感心してしまう。ここの名物は先っちょが曲がった一本ネギを箸代わりにして食べる「高遠そば」。

 2 仁徳天皇陵などの古墳群が世界遺産へ 郡山にもある巨大古墳

     今年、大阪堺市にある仁徳天皇陵を含む大小さまざまな古墳群が「世界遺産」に登録される可能性が高まった。今年はちょっとした古墳ブームに沸きそうだ。古墳と言えば、あまり東北地方に縁が薄い印象だが、我が郡山市にも大規模な「前方後方墳」があるのをご存知だろうか?
 福島県郡山市田村町にある古墳時代前期後半頃の築造と推定される前方後方墳1基、円墳4基からなる古墳群。1号墳は東北地方最大の前方後方墳で、国の史跡に指定され、周辺は大安場史跡公園として整備されている。1991年(平成3年)に発見され、郡山市教育委員会が1996年(平成8年)度から1998年(平成10年)度にかけて発掘調査を行った。
 1号墳は、阿武隈川流域では最大級の古墳であり、また前方後方墳としては東北地方全体で最大規模の古墳である。同じ福島県内でも、会津地方では前方後円墳が卓越しているのに対して、中通り地方に所在する本古墳は前方後方墳であり、前方後方墳をさかんに築造した下野国那須地方との関係がうかがえる。

Ohyasuba

 3 旧道筋に残る芭蕉の足跡

 芭蕉の奥の細道では、弟子曾良を伴い、我が福島県を縦断して旅をしている。特に須賀川市には長く滞在し、地元の方々と深く交流している。そして乙字ヶ滝を通り、守山の田村神社でも句を詠み、そしてかつて宿場町だった郡山で一泊し、そして旧国道の富久山から日和田を通って奥州街道を上って行った。安積山にも彼の句碑が残されている。あの雄大な安達太良山を眺めながら旅を続けたのだろう。そして二本松を通って福島に入り、文知摺観音堂や医王寺にも立ち寄っている。こうした松尾芭蕉の足跡を辿ってみるのも歴史浪漫に触れて一興かと思う。

 4 悲惨な歴史の証人 アウシュビッツ記念館

 まさか日本にもあのポーランドにあるアウシュビッツ関連の施設があるとは予想だにしえなかっただろう。しかもそれが、どんないわれがあるのかは不明だが、よもやの白河市にあろうとは・・・。私も半信半疑だったが、今から6年前のお盆に、実際に訪ねてみて驚いた。ユダヤ人大虐殺のホロコーストで犠牲になった方々の本物の遺品(メガネやバッグなどの所持品)などが展示され、毒ガス兵器や、運搬に使われた貨車などが収蔵されていたのだ。そしてヒトラーによる大量殺戮がどうやって行われたのかなど、超一級品の資料がその資料館に収められていた。

Ausyubitz

 5 世良修蔵暗殺の地

 世良修蔵は幕末の長州藩士、官軍の奥羽鎮撫総督府下参謀として会津藩討伐を強硬に主張したことから、会津の救済嘆願を反故にされた仙台藩士らの怒りを買い、慶應四年戊辰歳(1868年)閏4月20日の未明、福島城下(福島市北町)の旅籠「金澤屋」に宿泊中のところを仙台藩士、福島藩士らにより襲撃され、阿武隈川の河原で斬首されました。行年34歳。(福島稲荷神社のHPより引用)
 しかし、この一件が会津藩による仕業と思った薩長連合の逆鱗に触れ、会津攻めを決定づけた。会津戊辰の役の引き金になった襲撃事件だった。この「金沢屋」だが、4号線と旧奥州街道の北町交差点付近にあったのだが、昭和20年7月、大戦中の建物疎開により、家屋はすべて取り壊された。

Kanazawaya

 6 明治・大正時代の建造物

  ①安積歴史資料館・・・日露戦争を描いたNHKドラマ「坂の上の雲」や「坊っちゃん」のロケ地として使われた。
  ②旧伊達郡役所・・・福島県伊達郡桑折町に残る明治時代初期の洋風庁舎。1977年6月27日に、国の重要文化財に指定される

  ③南会津郡役所跡・・・噴火前の磐梯山周辺の地図や、今では新潟県や宮城県になっているが、広大な福島県の古地図がある。
  ④金透記念館・・・開成館と同じ「擬洋風建築」で建設された小学校。明治9年(1876年)の明治天皇東北御巡幸の際には、休憩所として 
         使用された。随行した木戸孝允が「金透学校」と命名し、 木戸の日記には、開成館や西洋農法が導入された開拓地ととも
         に、驚きをもってその 様子が記されている。現在の建物は、復元されたもの。

  ⑤郡山市旧公会堂・・・大正13年9月の郡山市の市制施行を記念して、オランダデン・ハーグの平和宮および大阪市の大阪市中央公会堂を  
            モデルに建設された。

 7 常磐炭鉱遺構

 今から13年前に封切られて話題になった映画「フラガール」。その前身は「常磐ハワイアンセンター」だった。ここで私は4歳の時に、迷子になり、もう少しでプールで溺れ死ぬ寸前だったという。そのことを私は一切覚えてないのだが・・・。その常磐ハワイアンセンターが発足するまでの経過を描写したのが「フラガール」だったが、昭和の頃にいわきを始めとする北茨城地区は石炭で栄えた街だった。常磐炭鉱だ。福島県内でも湯本や内郷地区に炭鉱があって、それは活気に満ち溢れていた。いわきの地場産業として栄え、多くの鉱夫やその家族が住み着いていて、温泉街を中心に繁華街を形成し、それは賑わいが凄かったと聞く。しかし、昭和31年3月に磐崎炭鉱でガスの自然爆発と落盤のため、作業員14人が窒息死する痛ましい事故が起きた。そんな常磐炭鉱が今や閉山し、その遺構を各地区に見ることが出来る。

 さて、我が福島県内において、歴史的建造物や伝統文化に触れられるスポットを紹介したが、本日掲載した場所はほんの一握りである。福島県は、日本で3番目に広い面積を持つ県だ。したがって、私も知らない未知の場所が数多く存在している。それは、飯野町のUFOの里など得体のしれない珍スポットも含まれており、国宝が僅か1カ所しかない福島県においては、大小さまざまな知られざるスポットが隠されている。まるで「ポツンと一軒家」のように。だからぜひ訪れてあちこち自分の足で歩いて見つけ出して欲しい。


 お知らせ

 6月は土日も休みがないほど仕事が超多忙期のため、明日から当分の間、新たな記事を掲載を停止いたします。また、再開後も、頻繁に記事をアップすることがかないませんので予めご容赦願います。

 

 

 

2019年6月18日 (火)

福島県の最恐スポット

 この世とあの世の橋渡しをするのが「三途の川」なら、日本各地にミステリーまみれの土地がある。足を踏み入れるのも憚りたくなるような最恐スポットもあるし、大勢の人が亡くなった神聖な場所もある。行くからには祟られないように、心して訪れなければならないような場所のことだ。我が福島県にも、そうした怖い場所がある。有名どころでは「翁島ペンション」や「横向きロッジ」、「弁天山の三角洋館」などはあの怪談話で有名な稲川淳二が訪ねビデオ化したことでも知られている。今日はそんな福島県にある最恐スポットを取り上げる。

 1 黒塚

 ここは安達ケ原の鬼婆伝説が残る場所。二本松安達ケ原ふるさと村の入口に建つ観世寺。そこにある岩屋にかつて人肉を貪る鬼婆が潜んでいた。包丁で旅人の命を奪っていた。しかし、ある時、知らずに自分の娘を手にかけ、それを知った鬼婆が発狂して死んだと言われる。そして鬼婆を葬った場所が一本木が立つ黒塚。物見遊山では決して訪れてはいけない場所だ。

 2 飯盛山

      会津戊辰戦争の悲劇の立役者として描かれている白虎隊士。厚顔無恥の10代後半の隊士が多数であった。子の口原で奮戦し、退却を余儀なくされた白虎隊は、飯盛山まで落ち延びた。そこで会津の城下を望むと、武家屋敷や鶴ヶ城が炎に包まれた落城に絵であった。そこで「會津が負けた」ことを悟り、次々と自刃し、命果てた。しかし、実際はこの時に会津はまだ降伏していなかった。皮肉にも唯一生き残った飯沼貞吉によって、白虎隊士の悲劇が後世に語り継がれることとなった。
 しかし、最近ここを訪れる観光客のマナーの欠如が問題視されている。神社の狛犬の上にふざけて乗って写真を撮ったり、白虎隊士の墓前に足を掛け、「イェーイ」と笑ってピースサインで写メを撮影する輩が後を絶たないという。しかもそれを引率教員に中止すると、「えっダメなんですか?」と逆ギレするという。教師もアホならこんな子供になるのも頷ける。大人教育が必要だという。教育も地に落ちたものだ。ここを訪ねるなら、事前にこの場所で何が起きたのか、そして白虎隊士の悲劇とは何だったのか、ちゃんと学習してから来てもらいたい。

 3 福島の信夫橋(福島藩の処刑場)

  福島市街地を南西から北東に向かって流れる阿武隈川。そこに架かる大小さまざまな橋があるが、県庁に一番近い場所にあるのが信夫橋だった。江戸時代、その河原が刑場であった。犯罪人がそこで首を撥ねられ、三日三晩、首を晒された。処刑は、周辺の河原は、罪人の血で真っ赤に染まったという。

 刑場とは知らずに、ここで野宿した旅人の体験ブログはコチラ ↓

 https://blogs.yahoo.co.jp/realhear2000/59226230.html?__ysp=56aP5bO244Gr44GC44Gj44Gf5Yem5YiR5aC0  

 4 上蓬莱橋と雪割橋

 どちらも秋の紅葉で観光客が多く訪れるが、川面まで高さ50m以上もあることで、自殺の名所として有名になった。現に県南地方にある雪割橋は、県南地方の元町長がこの橋から身を投げ命果てた。上蓬莱橋は福島と飯野町を結ぶ場所にあるが、あまりにも飛び降り自殺をする者が多く、欄干には橋から橋まで内側にアール形状の金網で防止柵を設置した。雪割橋は現在、老朽化によって新しい橋への架け替え工事を行っている。

 5 いわき賽の河原

    ここは美空ひばりの「みだれ髪」のモデルになった薄磯海岸にある「しおやざき灯台」がある場所に至近だ。波の浸食によって岩場が削られ、半トンネル状に抉られた岸壁の前に河原が広がる。そこには不気味にもお地蔵さんが複数体設置され、石積みをした石があちこちに作られている。昼に訪れても薄暗く、この世とあの世の橋渡しをするような雰囲気が漂う。親よりも先に旅立ってしまった子供たちが天国へ向かうためにここ賽の河原を通過すると言われている。遊び気分では絶対に足を踏み入れないで貰いたい。

 6 霞ヶ城周辺

 霞が城周辺はかつて戊辰戦争で二本松藩の兵士が多数犠牲になった。箕輪門周辺にも藩士が戦死したことを示す墓標のような石碑があちこちに建つし、天守台にも墓標がある。菊人形の会場でもあり、桜の名所としても知られること場所だが、かつては多くの戦死者の犠牲の上に成り立っていることを私たちは忘れてはならない。

 7 刑場跡(薬師河原刑場・黒河原刑場・郡山守山藩処刑場・浅川陣屋処刑場)

 別名「あかいつか」と呼ばれる罪人を処刑した場所だ。薬師河原刑場と黒河原刑場は旧会津藩管轄の処刑場。主に、江戸時代に幕府の命によって隠れキリシタンを処罰する刑場として使われた。私は湯川にある薬師河原刑場を訪ねたことがあるが、神聖で決して冷やかしで訪れてはいけない場所だ。
 黒河原では1632年にキリシタンが多数処刑された。その方法は残忍で、51人のうち大人31人は火あぶりの刑で、子どもたち20人が斬首という悲惨な有り様だった。
 郡山守山藩刑場は郡山の東部にある守山にかつてあった刑場だ。あまり詳しい文献がない。
  浅川陣屋処刑場は石川郡浅川町にある弘法山公園にかつてあった越後高田藩直轄の浅川陣屋。現在は浅川小学校が建っている。そこにあった刑場だ。詳しく書くと、国道118号を走り、石川郡浅川町に入ると、社川の流れを見ることができる。この社川にかかる日渡橋の下流に、約四アールの草原がある。ここが、江戸時代幕府直轄の総陣屋、刑場跡である。現在の刑場跡は何の変哲もない河原で、ただ「浅川陣屋刑場跡」の記念碑があるのみ 現在はその形跡を全く残さない河原だ。
 こういう場所を訪ねると、その厳かな雰囲気に神妙になることは間違いない。霊感が弱い私でも、たぶん何か感じ取れるものがあると思う。

薬師河原刑場→ https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

浅川陣屋処刑場→ https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

佐原処刑場→ https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

供中河原処刑場→ https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

 8 小手ノ森城址

      3年前に訪れて酷い目に遭った場所。山城だが、かつてここは、実父を殺された伊達政宗が攻め込み、女子供犬猫を含め800人なで斬りを
 断行した怨念漂う場所。そこを探索し、山道を登り、急な石段を上っている最中に脚の筋を痛めた。それから数年経過してもまだ痛みが残る。志半ばで殺された無念の魂が来るものを拒んでいるかのようだ。祟られたくなければ、絶対に近づいてはならない神聖なスポットだ。本宮や二本松界隈にはこういった古戦場が数多く点在している。

 祟りが怖いので、ここの画像および映像は掲載いたしません。

 9 須賀川女祈祷師による信者殺害事件現場

 ここは触れることも憚りたい最恐スポットだと個人的に考えている。事実、数年前、「うつくしま未来博」の跡地を取材に行った帰りに、何気なく、大東(おおひがし)にある大量殺人事件があったその場所を通った。すると、一度も故障したことが無い、SANDISKの高価なメモリーカードが使用不能に。目に見えない怨念が来るものを拒むかのように、撮影した映像がすべて再生できなくなった。もう二度と訪れたくない。
 女祈祷師とは江藤幸子であり、悪霊祓いと称して複数の信者を暴力で死に至らしめ、殺人罪で死刑となり、数年前に執行された。しかし、その怨念が時空間を飛び越えて、この地に舞い降り、死後も影響力を誇示しているかのようで、怖くて仕方ない。

 殺害現場(閲覧注意)→ https://www.youtube.com/watch?v=8QAoRAVkM6g

 関連動画 → https://www.youtube.com/watch?v=y4nXjwqU1s0

 さて、今日の記事は決して肝試し的な発想や、おふざけや物見遊山では訪れてはいけない神聖な場所だと言える。本日の記事をどう受け取るかは勝手だが、くれぐれも無断で潜入したり、法令違反になるような行為は厳に慎んでいただきたいと思う。  

2019年6月17日 (月)

未知なる郡山

 これまで当ブログで何度も地元郡山の話題に触れてきた。しかし、足掛け46年も暮らした我が街・郡山にはまだまだ未知の世界や情報があるらしい。
 先日、「サタふく」で「郡山市民の歌」が話題に挙がったが、こちらはお昼12時の「こおりやま広報」という放送で、そのメロディが流れるし、小学校では必ず歌い踊ることから市民の多くに認知されている。
 しかし、今回私が知らなかったものが実在した。それを取り上げたい。

 1 「安積疎水讃歌」「安積疎水音頭」

 よもや郡山にこのような歌や踊りが存在していたとはつゆ知らず。昭和初期の頃に制作・録音されたと思しき古めかしさが漂う。では実際に聴いてみてください。

 なんと歌っているのは、昭和の国民的歌手の東海林太郎。ノイズも凄いが曲調が渋い。まるで赤影参上を彷彿させる時代もの。直立不動でマイクから離れて歌った頃の世界観だ。残念ながら安積疎水音頭はアップされていなかった。東海林太郎は我が福島県に纏わる楽曲を随分たくさん歌っていた。会津戦争の落城を謳った「荒城の月」もそうだ。

 郡山市民にとって安積疎水を知らないものは潜りと言われるくらい、安積開拓には欠かせないものだが、県外の方々は雲を掴むような話だと思うので、いったんここで「安積疎水」について簡単に触れておく。
 

 安積疏水(あさかそすい)は、水利が悪く不毛の大地だった郡山の安積原野に猪苗代湖からの水を引いた国営の大事業。疏水とは、潅漑や舟運のために、新たに土地を切り開いて水路を設け、通水させることをいう。明治32年に運転開始した水力発電施設・沼上発電所は、発電施設脇にある落差約40mの飛瀑が見ごたえあり。近代化産業遺産にも指定され、近年、「日本遺産」に認定された。郡山の産業発展は、安積疎水無くしては実現しなかった。それほど重要な国直轄の一大プロジェクトだった。

 「安積疏水開墾物語 一本の水路」 

 2 郡山の怪談話

 当ブログでは、これまで郡山の怖い話を数多掲載して来たが、昔話や怪談話はあまり触れて来なかった。ラジオ福島で民話を集めた「福島のむかし話」という番組を平日の夕方に放送していた。今もやっているかは不明だが、よく通勤中に聴いたものだが、怪談話には縁が無かった。実際に郡山に関わる怪談話など存在するのかと疑問だった。勝手に作り上げた捏造話の類かと思えるほどだ。怪談と言うからには、実話に基づいた話に違いない。

開催:2011年11月12日(土)(午後1時~3時半)
講師:岡田 峰幸(歴史小説家、歴史絵草紙編集長)

概要:
 1. 太郎殿の祟り
 2. 伝説の真相
 3. 地蔵山の一つ目小僧
 4. 妖怪の正体は?
 5. お玉ヶ淵の幽霊
 6. 幽霊は妖怪か?

 3 50代以上の郡山市民が懐かしいことうけあいの古い画像集

 さて、自らの基準で勝手に私が知らぬ話や世界を列挙した。半世紀ちょっとしか生きていない私にとって、郡山の歴史を紐解くのは容易になせる業ではない。おそらくは郷土史研究家でも知らない話はごまんとあることだろう。私の命が続く限り、我が街の歴史やいわれなどは今後も探っていきたいし、謎があれば解き明かす努力はしていきたいと思う。 

2019年6月16日 (日)

「モンスター老人」世に憚る?

 少子高齢化の度が過ぎると、我儘や自己中の老人たちが世の中を埋め尽くす懸念がある。日本では令和元年度の今年、65歳以上の高齢者が全人口の3割を超えてしまった。その総数は約3700万人。世界でトップクラスの長寿国だ。
 現代の日本はお年寄りたちで溢れかえっている。健康志向で長寿は良いことだが、一方では、年金不足問題や高齢者ドライバーの暴走運転などが大きな社会問題になっている。加えて近年の「老害」という不遜な言葉が登場したように、公司を弁えない老人によるあるまじき異常行動や自分勝手すぎる迷惑行為の数々に振り回されているのも紛れもない事実だ。
 いつからこんな世の中になってしまったのか?本来は人生の大先輩として、手本にしなければならない存在なのに、いつしか煙たがられる厄介者扱いになりつつある。これは決して他人事として片づけることが出来ない。
 何を隠そう
私自身も、あと10年少しで、その年齢に達するため、そうした老人にはなるまいとの自律を促す意味で、今回の記事をあえて掲載したい。
 まずは、昨今、ニュースや新聞報道で深刻な問題になっている高齢者の事件や事故を取り上げたい。
 
 高齢ドライバーの暴走運転まとめ

 ある日、生命と、その後の人生を突然に立たれた被害者や遺族の無念は計り知れない。アクセルとブレーキを踏み間違えたなどの運転操作ミスでは絶対に片づけられない重大案件だ。金では絶対に解決できない。
 行政やら政府が対策に本腰を入れない限り、こうした悲劇はこれからも繰り返し起きる。「自分は大丈夫」などと高を喰って運転を継続し、「免許返納」を意にかえさない油断な発想こそが命取りで、こういう輩に限って死亡事故を起こす。そして事故を起こしてから我に返り後悔することになる。

 高齢者による迷惑行為集

 他人の粗が見え、つい文句をつけたくなるのは、心にゆとりがなく、余裕がないからだ。自分のことは差し置いて他人の行動にいちいち口を挟むのは歳をとった証拠で、若い人から見れば、単なるクレーマーでしかない。かつて「頑固じじい」というおじいさんがいたが、それとは趣が違う。自分の居場所がないとストレスが溜まり、怒りや不満が外に向けられる。 

 一体全体、こうした原因はどこにあるのか?私なりの持論を申し述べたい。

 1 仕事を引退したことの弊害

 職場に所属し、そうした制約の中で仕事に励み、ある程度ストレスを溜め込んで長らく 生活してきた。それが退職し、時間を持て余して一日中家に閉じこもるとろくなことが起きない。自分の殻に閉じこもり、他の意見を聞き入れる機会が減ると、どうしても自己中心的な考え方となり、周囲の粗ばかりを突っつきたくなる。他人のミスを許せず、テレビ局や新聞に投稿し、それが聞き入れられると、得意満面になって、さも自分が正義であるかのように振る舞い、自分の考えを押し付けるようになる。まるで自分こそが地域社会のルールブックであるかのように、横柄な態度に転じる年寄もいる。若い者の意見には耳を貸さず、自分こそが正しいと思い込み、何振り構わぬぞんざいな行動をしがちになる。
 現役をリタイアした老人は、当たり前だが
収入が減り、細々した生活を強いられていることへの不満の蓄積もある。現役時代は当たり前のように出来ていた消費活動ができなくなり、フラストレーションが募り、それが外部に向けられると、威圧的かつ暴力的になる。  
 これを解消するためには、余計なことを考えさせないために、65歳以上も「生涯現役」を推進しなければならないだろう。自宅に引きこもっていると不健康だし、外部との接触が減ると、人間は自己中に陥り、よからぬことを考えがちだ。周囲との人間関係を維持したり、継続することで所属感が得られ、犯罪に走る機会を未然に摘み取ることもできる。

 2 体の融通が利かなくなると、鬱憤が溜り、周囲に当たり散らす

 よく役場や病院の窓口で大声で「いつまで待たせるんだ」と怒鳴っているおじいさんがいるが、あれは自分こそが正しいと思い込んでいる証拠。世の中が自分中心に動いていると錯覚している。
 人間、加齢とともに徐々に体の自由が利かなくなってくるが、頭の中では常に「自分は若い」と思い込んでいる。これこそが自己の元凶で、事故を起こした当人は、まさか自分が重大事故を起こすなど夢にも思わなかったに違いない。
 人間は、体が不自由だと多方面で不満を蓄積する。年寄は自分より年下に横柄な言動や態度に表れがちで、それがひんしゅくを買う要因となる。
 私の祖父が癌になった時、末期状態にはその苦痛がゆえに、人が変わったように暴言や放言を繰り返した。それまでは物言わぬ穏やかな性格で、誰からも好かれる人柄だった。まるで麻薬中毒者のように、目つきが鋭くなり、看護師に「家に帰せ」とか体中に取り付けられた医療器具を外せとか大きな声で喚き散らすほどだった。
 その数か月後に、亡くなったが、死期迫ったその数か月の印象が強すぎて、険しい表情の祖父が目に焼き付いてしまい、穏やかで優しかった頃の面影は消え失せてしまった。
  

 3 自分は若いと錯覚し油断して暴走運転で他人に危害を加える老人

 免許返納が増加の一途を辿っている。その要因は、ここ数年来続発している高齢ドライバーによる暴走運転や逆走、運転操作のミスによる大事故にある。自分は大丈夫だと対岸の火事状態の概念の者に限って、感覚が鈍くなっている。自分の反射神経や身体能力の衰え、思考力、とっさの判断能力が若いまま変わっていないと思い込んでいる。そういう輩に限って事故率は高くなる。
 家族に免許返納を勧められているのに、「年寄扱いして」と周囲の意見を聞かずに運転を継続するドライバーは愚の骨頂だ。人を殺めてから後悔するのでは遅いのだ。
 しかし、他方では行政もよくない。実際は免許の更新は認知症の検査でしか判断されていない。だから、認知症検査で異常がなければ、自分は運転に問題がないと自意識過剰になり、従来通り、ハンドルを握りがちだ。
 私などは、80歳を越えて車を運転することなど、もはや自殺行為だと思う。運転中は通常の精神状態では務まらない。絶えず周囲に気を配り、危険回避のために思考力を総動員しなければならない。車は凶器になりえることを肝に銘じておけば、迂闊にハンドルに手が伸びることはない。公共の交通手段で事足りるのに、わざわざ車を選ぶ必要性はなくなる。
  
 4 なぜ普通車の運転免許取得は18歳以上なのに、上限はないのか

 個人的にはこの行政がそもそもの過ちだと思う。確かに、高齢者であっても個人差がある。脳の衰えが早い人と、80歳を越えても60歳未満の脳組織を保有している方もいるだろう。一緒くたにはできないが、一律で80歳を過ぎれば免許返納を義務化すべきだと考える。本音では75歳以上でもいくらいだ。
 お年寄りは体の自由が利かなくなり、他の
交通機関が選べない地域では、移動手段はもっぱら車しかない。だから買い物や通院、日常の用事を済ませる際には、どうしても移動手段を車に依存せざるを得ない。バスや電車などの交通手段がなければ、移動が楽な車を選択してしまう。社会の構造を改革する必要がありそうだ。
 お年寄りが運転操作ミスなどが原因で幼い子供の命を奪う大事故が頻繁に起きている現状では、抜本的ではなく、根本的な対策が必要で、不満や反対意見が出ようが、やはり、一定年齢以上に達したら、運転をさせない社会の枠組みを形成しなければならないだろう。
  
 5 迷惑老人と言われないために

 いつから高齢者を「迷惑じじぃ」とか「老害」などと呼ぶようになったのだろう。高齢者は、長年仕事に励み、経済を下支えして来た功労者であり、人生の大先輩である。リタイア後の第二の人生を謳歌してほしいし、自分も平穏な日々を過ごしたいと願っているに相違ない。そのためには、大前提となるのは他人に迷惑をかけないことだ。お年寄りは、仕事をしていない分、時間が十二分にある。言うなれば「毎日サンデー」だ。問題は、それをどう使うかだ。現役時代に時間がとれずにできなかった趣味の時間に充てるのはどうだろう。金をかけずに楽しめる趣味はごまんとある。ジョギング、水彩画、写真、家庭菜園などの園芸、陶芸、書道、釣り、ヨガ、スイミング、囲碁、将棋、童心に帰ってプラモデル作りなど。心が休まる環境にいれば、自ずと自分の居場所が見つかり、穏やかな日常を過ごせるはずだ。それに共通の趣味を持つことで、類は友を呼ぶではないが自然と仲間が増えるに違いない。

 周囲の粗を探せばきりがない。人生の先輩として、若い人たちに意見を言いたい気持ちはよくわかる。しかし、それを許せる広い心を持ち合わせてほしい。「自分の若い頃はこうだった」と物申したい気持ちはわかるが、時代は変わり、価値観や若い人のライフスタイルも大きく変わっているのだ。目くじらを立てずに行く末を見守って欲しいものだ。

 最後に、お年寄は長年日本や地域を支えてきた自負もあるだろうし、個人的には敬い、いたわる存在だと思っている。それだけに、一部のお年寄りの悪徳行為が、すべてのお年寄りのイメージダウンにつながるようなことだけは避けてほしい。
  自分の体力の限界を知り、年相応の振る舞いを行い、老若男女が共存し、繁栄できる社会の基盤を再構成していくことが何より肝要だと思う。

2019年6月 3日 (月)

のさばる無法国家、それを放置する国際社会

 北朝鮮の国家元首である「金正恩」は、命令ひとつで何人もの国民を処刑しようが、一切罪に問われないのか?だとしたら、神などこの世に存在しないのと同じだ。たった一人の独裁者、かつてのナチスドイツのヒトラーがそうであったように、その絶対服従の悪の化身とも言うべき支配者が何人大量殺戮をしようが、迫害を繰り返そうが、誰も文句が言えないような国家は、この世の地獄であり、もはや国としての体を成していない。このような無法国家が存在していること自体異様だが、それを国際社会が黙認し、どれだけ大罪を働いても断罪できぬ自己抑止機能がないことが問題だ。
 処刑されたり、餓死させられた人間は、いつ、どうやって報われるというのか?すべて絶対的独裁者の意のままにこの世から葬り去られても、誰からも反論が出ず、人知れずこの世から抹殺されている現状を、誰が咎め、裁くというのか?

 世界の警察を自認する「アメリカ」でさえも、イランやイラクなどに対する一連の軍事対応とは雲泥で、ロシア・中国など後ろ盾と思われる国の顔色をうかがい、あくまで協議で解決する姿勢を貫いている。そうした事情を知ってか知らずか、強大国家を隠れ蓑にし、強気で瀬戸際外交を展開して来たのは衆知のところである
 これまでの北朝鮮に対する私のイメージは、いずれも目を覆いたくなるほど残虐で人権を完全無視したこの世の終わりを意味する凶悪なものばかりだ。ではこれまでの悪行の数々を露呈したい。


 1 金正男氏暗殺を指揮した北朝鮮工作員を身柄確保できない。

 無邪気な現地の女性を雇い、人殺しを指示しておきながら、本国に逃げ帰った工作員を訴追どころか捕縛もできない。無罪放免状態だ。殺人者を放任している。口八丁手八丁でテレビのドッキリ企画と信じ込ませ、実行した女性を手なずけ、犯行を代行させておきながら、罪をその女になすりつけ、自らは高飛びを決め込み罪を免れている。こういう汚い輩を野放しにしている国際社会はどうなのか?
 影の殺人者が何の罪にも問われないとしたら、この世の終わりだ。絶対悪が罷り通るようであれば、世界平和はますます遠のくばかりだ。
 

 2 拉致などやりたい放題で、それも解決困難

 昭和時代に横行した日本人拉致事件。北朝鮮の凶行なのは明らかなのに、日本の歴代首相は小泉純一郎を除き、誰一人としてまともな対応も解決策も見いだせないまま現状に至っている。国交のない北朝鮮の暴挙や謀略をみすみす見逃して来た。ことここに至っても解決の糸口は一向に見えない。事件発生から40年以上経過した21世紀のこの世においても、未だ昭和時代のままで止まっている北朝鮮の古臭い思考や体質。横田めぐみさんを始め、拉致被害者家族も高齢化し、早く解決しないと、生きて再会など夢のまた夢だ。アメリカが人道的立場から、強力なリーダーシップを発揮し、ロシアと中国の承諾を取り付け、軍事介入し、一斉捜索できないものなのか?拉致は極悪非道な犯罪行為だ。ある日、娘や息子が忽然と姿を消した悲しみは計り知れない。

 3 脅しでしか交渉できない情けない国家

 北朝鮮というより韓国を含めた朝鮮民族は、我こそが世界一の民族という歪んだ自意識に凝り固まっている。何を根拠に上から目線で、強気な命令口調の態度で振る舞えるのか理解に苦しむ。ミサイルを開発し、核開発をチラつかせながら、脅して優位に交渉を進めようとする。極めて自己中で身勝手で、身の程知らずも甚だしい。2年前、日米と敵対し、大陸弾道ミサイルを発射。Jアラートを発動させるほどの威嚇行為を複数回断行し、諸外国を脅威に晒した。
 まるでやってることはガキの喧嘩であり、殴られたくなければ金を出せというカツアゲまがいの愚直な手段だ。こうした自虐とも思える凶行に国際社会は、ぐうの音も出ないくらいの糾弾が必要とされるのに、弱犬の遠吠えくらいにしか思っておらず、有効策もないままに放置していた。
 子供を親が叱りつけるように、ガツンと言わなければ、図に乗って強気に交渉を進めてくるし、過去何度もそうであったように、交渉は物別れで決裂してきた。
 この亡国は、「面従腹背」が常套手段であり、核廃絶などと一度は言っても、朝令暮改。次のステージで交渉が暗礁に乗り上げれば、発射基地の再建設、核開発の再開は厭わない。

 4 高官であろうが身内であろうが容赦なく処刑

 何度も書くが、金正恩は何人を殺したのだろうか?人民総会や重要な公の会議の場で、居眠りをしたというだけで国家反逆罪を適用し、躊躇なく処刑に踏み切った。叔父であろうが何だろうがお構いなし。
つい先日も米朝会談の不成功の責任をとらされて、高官が粛清された。交渉に同行した女性高官までもが、政治犯収容所送りとなった。そして実の妹まで謹慎処分となった。一時は朝鮮中央テレビで火災が発生した際には、責任者が処刑されたと報道された。

 5 人権無視(人身売買・性奴隷など常態化)

 北朝鮮では食糧難から、自分の子供を売って金銭を稼ぐ親がいると聞く。また幼い子供が臓器売買のターゲットにされ、人知れず殺されているという信じられない事態が起きている。また、高官や軍人など上級人民が、貧困層の子供たちを性奴隷化し、自らの慰みものにするなど非人道的な行為が日常的に行われており、そこには正当な判断や、常識など存在せず、悪行三昧で、この世の地獄といった有り様だ。このような国家に生まれたことは哀れであり、正義など存在しない。

 6 強制収容所ではありとあらゆる悪行がまかり通る

 強制収容所送りにされた者は、人間としての扱いを受けず、看守による拷問や性被害が常態化し、奴隷として命尽きるまで重労働させられ、虫けらのように捨てられると聞く。これらは脱北者の証言だけに信ぴょう性は高い。そして収容所では、政治犯も含め、人間としての尊厳や権利、自由などは存在せず、死んでも誰も供養などされない。すべては塀の中の出来事で、一切公にはならず秘密裏に処理されるのが現実だ。

 7 残酷な処刑方法で国民への見せしめ

処刑することで、逆らう者や国家事業に失敗した者はこうなるといった見せしめを実行し、絶対的君主である自分への忠誠心を植え付ける。しかも極めて残虐な方法で処刑を決行している。例えば、何日も餌を与えない野犬のいる檻に被処刑者を放り込み、生贄にされる。かみ殺されて、犬の餌になって息絶える。また、ある時は、火炎放射器の集中砲火で、骨まで溶けて証拠を残さぬようこの世から抹殺するといった具合。公衆の面前で、柱に括り付け、複数のスナイパーによって一斉射撃で銃撃され即死に追い込むなど、ありとあらゆる蛮行によって処刑を実行している。
 こうしたやり方が現代においても実在していることに驚愕を覚える。恐怖政治以外の何物でもない。

 8 国際情勢を国民に見せず、忠誠心を煽る

 21世紀も20年近く経過した今でも、国際社会から孤立し、この国だけが戦前と旧態依然だ。人民は疲弊し、極度の食糧難で餓死している。それを自ら撒いた種なのに、アメリカをはじめとする敵対国の経済制裁のせいだと悪玉に挙げる。核疑惑やミサイル発射による威嚇攻撃には蓋をし、日米韓を鬼畜扱いし、人民にも憎しみ感情を植え付ける。
 人民は、自らの国家の現状しか知らされず、高度に発達し科学の進歩や諸外国の事情などを全く知らされていない。あたかも井の中の蛙状態で、金正恩を崇拝し、北朝鮮が世界一の国家だと信じ込んで死んでいく運命だ。日本やアメリカがどれだけ悪い国かという点だけを吹聴し、信じ込ませる。スポーツの国際大会に出場している選手は、国際社会の発展を知っているが、それでもまるで悪い宗教に引っかかっり洗脳された信者の如く、教祖である悪徳国家元首を崇め奉り、ゆるぎない信頼を置く。そして忠誠を誓う。まったくもってこの世の中にあってはあり得ない。

 9 脱北者の親族は容赦なく処分

 韓国に亡命を図る行為、いわゆる脱北者は、本人が逃げおおせても、北朝鮮に残されたその家族や親族は、あらゆる制裁を受けることとなる。強制収容所送りとなり、人間としての扱いは受けず、息絶えるまで過酷な強制労働を強いられる。役人の厳しい詰問や女性なら強姦は日常茶飯事。虫けらのように捨てられて死に至る。そうした行為や事実は黙殺され、それを裁く正義もまた存在しない。暗黒国家であり、神の御慈悲も一切ない。そして人知れず死んでいく運命なのだ。

10 ミサイル発射、核開発など、あらゆる手段で敵対者を威嚇

 ノドンやテポドンなどの中距離ミサイルや大陸間弾道ミサイルの開発、そして発射は幾度となく繰り返されて来た。諸外国から瀬戸際外交で巻き上げた金は、人民には行き渡らず、すべてミサイルや武器製造に費やされて来た。燃料を個体化し、航続距離を伸ばし、もはやアメリカ全土をも射程にとらえるまでになった。アメリカの真の軍事力を知らぬばかりに、アメリカと五分で渡り合おうとする無謀な企みが見え隠れする。どれだけ自意識過剰なのだろう。もしアメリカを本気で怒らせて攻撃を受けたら、おそらく一日も持たずして北朝鮮という国はこの世から葬り去られることになるのに、自国が最も偉いと錯覚している亡国は、身の程知らずに、アメリカと対等だと勘違いしている。これ以上挑発を続ければ、痛い目に遭うのは目に見えている。若き指導者は、世界情勢には相当疎いと見えて、やはり井の中の蛙状態でしかない。

  過去・現在・未来永劫、暗黒国家そして恐怖政治を断行している北朝鮮だが、国際社会が何も対策を講じられない現状は
あまりにも国民は無慈悲なのではないか。「この国に生まれたのが不幸だった」では決して済まされない事態だ。いったい何人の罪もない人々をあの世に送ったのだろう。

 朝鮮民族は、教育力が不足し、善悪の判断が乏しい。金総書記こそが信じ込んでいる 運命共同体で金委員長を絶対的権力者だと信じて疑わないし、優れた指導者だと尊敬している。金正恩が死ねといえば、工作員の自決のように、死ぬことさえ厭わなだろうし、喜んで死んでいくことだろう。

 私は、現代社会において暴走を繰り返す北朝鮮は、この世から消えて欲しいと願っているが、それをさせないための人質が拉致被害者である。すでに北朝鮮で強制的に結婚させられ、家族を持ったからには、簡単に自分だけは帰国できない状況に追い込んでいる。ずる賢さは天下一品で、まさに運命共同体なのである。国際社会がこうした一連の愚行を断罪しなければ、ますますのさばる、それが朝鮮民族の狙いであり、生き抜くための常套手段に他ならないのである。

 北朝鮮は闇の国家であり、たった一人の悪の枢軸とも言うべき国家元首がいるだけで、すべてが狂った方向に邁進する。彼の意にそぐわなければ、この世から消し去られる。こうした残虐国家を国際社会が問題視せず、闇の中の出来事として見て無ぬふりを決め込んでいいのだろうか?罪もなく処刑された善良な人民はいつまでたっても浮かばれない。

 

  お知らせ

 明日6月3日(月)からは仕事多忙および休養期間のため、2週間程度、新規記事のアップをお休みさせていただきます。予めご了承ください。なお、次回の更新は6月17日(月)を予定しております。

2019年6月 2日 (日)

我が青春ドラマのオープニング集

 青春時代はたいてい中高生のいわゆる10代(Teenager)を指す言葉だと思うが、私自身は大学生から社会人の頃が一番輝いていたと思っている。バブル時代に学生時代を過ごし、本格的な恋愛経験も社会人になりたての頃だった。テレビドラマのシーンに感化されてデートしたり、ファッションも参考にした。それまではHotdog pressやPopyeという男性向けファッション誌が主流で、満員電車が嫌で都心をバイクを走らせていた時の愛読書は「Mr.bike」だった。
 そんな青春時代を振り返ると、今も思い出すのがその当時見ていたドラマのオープニング映像だ。

 1 「昨日、悲別で」1984年

  日本テレビ系列で1984年3月9日から放送された倉本聰脚本のテレビドラマ(全13回)。
 夢を追いかけて東京に出た若者と、故郷に残って地元で働く若者の心の交流を描いたストーリー。物語の舞台は、東京、北海道・悲別町 
(上砂川町がモデルの架空の町)。天宮良の主演デビュー作である。石田えりと布施博、梨本謙二郎らが共演した。
  悲別駅(上砂川駅)、砂川駅、ロマン座、東京のホテルオークラ(TapTips)などのロケ地を訪ね歩いた。私は地元でこのドラマを見て、北海 
 道に住むことを決め、2年間移住したのだった。

 2 「男女7人夏物語&秋物語」1986年

  私が大学生の頃に明石家さんま、大竹しのぶが出演したドラマ。隅田川界隈のロケ地をバイクで訪ね歩いた。清洲橋、万年橋、桃子のマン
 ション、西葛西駅の貞九郎が住むマンション、秋物語で使った木更津~川崎フェリーにも乗船を果たし、ドラマ気分を味わったものだ。私はさんま演じる今井に憧れてツアコンを目指したこともあった。

 3 「東京ラブストーリー」1991年

  鈴木保奈美が全盛の頃で、トレンディドラマを牛耳っていた印象がある。頼りない同僚社員の「カンチ!」役を若手俳優だった織田裕二が 
 熱演した。恋の行方を毎週ハラハラドキドキで見ていた若者が多かった。月9の時間帯は街角からカップルが消えていた。社内恋愛のバイブ
 ルとも言える作品。このドラマをきっかけに「江口洋介」のロン毛が流行した。千堂あきほの出作だったし、有森成実が可愛かった。

 4 「愛という名のもとに」1992年

  フジテレビ系列の木曜日の22時枠で放送していた若者たちの生き様や絆を描いたドラマ。親友が自殺するというショッキングな内容だった
 が、鈴木保奈美、唐沢寿明、江口洋介などのキャスティングが良く、平均24.5%という高視聴率をマークした。

 5 「すてきな片想い」1990年

  中山美穂、柳葉敏郎が主演の純愛ドラマ。石黒賢と和久井映見らが脇を固めた。平均視聴率21%で中山美穂の主題歌「愛してるって言わ
 ない」も大ヒットした。
  野茂や潮崎、与田などなど、当時、プロ野球で活躍していた選手の名前を登場人物に使っていた。

 6 「君の瞳をタイホする!」1988年

  主題歌を歌う「久保田利伸」が絶頂だった頃の作品。東京都渋谷区の警視庁・道玄坂警察署・刑事課に勤務する刑事を中心としたラブコメ
 ディで、トレンディドラマの元祖とも言える作品。出演者の大半は刑事なのだが、事件のシーンはあまり無く、コンパやナンパのシーンが多
 く、みなブランド服に身を包み、渋谷などのお洒落なお店がよく登場する。こうしたファッション、ライフスタイルをメインとした作りが、
 トレンディドラマの元祖とされる。
  当時、既に人気があった陣内孝則、柳葉敏郎とは別に三上博史の女性人気が爆発。この後三上主演のドラマが多く作られ「トレンディドラ
 マのエース」と呼ばれた。また、それまで「スタイルの良さが鼻に付く」等、女性から反感を買っていて雑誌調査の「女性が嫌うタレント」
 でも常に上位にランキングされていた浅野ゆう子は、この作品でシングルマザーを演じて一躍女性の共感を獲得した。これが同年7-9月期放送
 の『抱きしめたい!』のW浅野人気にも繋がった。浅野の他にも数多くのアイドル女優や著名俳優が出演し話題になった。

 7 「振り返れば奴がいる」1993年

Furikaereba

  病院内を舞台にした天才外科医同士の対決をテーマにした医療ドラマ。天真楼(てんしんろう)病院に熱血漢の青年医師、石川が赴任す
 る。勤務先の外科には天才的なメス捌きをもつ医師、司馬がいた。患者に最善の努力を尽くそうとする石川に対し、司馬は医療の際限につい
 て冷酷なまでの判断を下す。ふたりは、医師としての信念を巡って激しく衝突する。
  やがて、石川は自らの肉体が病魔に冒されていることを知る。石川は司馬の不正を糾弾することに執念を燃やすが、司馬は院内外の人間関
 係を巧みに操り馬脚を表さない。しかし、末期症状に苦しむ患者を、患者の意思だったとはいえ家族にも許可を得ず安楽死させたことが発覚
 し、司馬は病院を去ることになる。ライバルとの決着に安堵した石川は、血を吐いて倒れる。
  司馬は命を預かる執刀医、石川はそれに身を託す患者として緊急手術に臨み、ふたりの間に束の間の絆が生まれる。しかし、石川の命は救
 われることなく、司馬も保身のために利用した元上司の平賀の刃に倒れる。

 8 「白線流し」1996年

  毎週木曜日22:00 - 22:54に、フジテレビ系列の「木曜劇場」枠で放送された。主演は長瀬智也、酒井美紀。松本市の松本北高校(架空)
 卒業間近の3年生を中心とした男女7人の青春物語。偶然出会った定時制生徒との友情、恋愛を松本の静かな風景の下で高校卒業まで綴ってい
 くストーリー。若者の葛藤と友情、そして切ない恋愛感情などを描写し、若者たちの共感を得て、本編終了後もシリーズ化して特別篇を何度
 も制作・放映され、登場人物たちの成長を描いていた。 

 
 9 「世界で一番君が好き」1990年

Sekaideiciban

  浅野温子が主演で、当時、人気絶頂だったイケメン俳優の三上博史が共演して話題を呼んだ。浅野温子と三上博史がさまざまなシチュ
 エーションでキスをするオープニングタイトルも話題となり、オープニングの最後には、渋谷のスクランブル交差点の中央で、大勢の群衆
 が見守る中、お互いに運転する車から身を乗り出し濃厚なキスをするという大胆かつ画期的なシーンがあった。 最終回は25.5%の高視
 聴率を記録した大人気トレンディドラマ。

  キスをしまくるオプニングはコチラ→ https://www.dailymotion.com/video/x1x88ur

10 「季節はずれの海岸物語」1988年~1994年

  湘南の海岸を舞台にした恋愛ドラマで、片岡鶴太郎主演で、毎回マドンナ役が変わった。毎回、恋は成就しないが、中年男の生き様を描い
 ていた。海岸沿いの喫茶店「QUE」(キュー)のマスター・圭介、店を手伝う女友達の徳子、隣に住む理恵の3人の恋物語を中心に展開され、少
 し苦味のある大人の恋が描かれる。圭介の恋の相手として毎回異なるマドンナが出演し(下記参照)、放送当時は「現代版寅さん」と言われ
 たこともある。ひと夏の恋を回顧するような、そんな切なくも甘酸っぱい物語だった。ユーミンの「Destiny」が花を添えていた。
  第1作は1988年元日にのスペシャルドラマとの位置づけで放送、同年10月には第2作が放送された。その後も年に1~2本の割合で放送さ
 れ、番組タイトルの通り、秋や冬の時期に放送されることが多く、1994年の完結までに計14作が制作された。
  2000年までは頻繁に地上波で再放送が行われていたが、田代まさしが不祥事を起こして以降はBSやCSも含めて一度も再放送が行われてい
 ない。また、メインキャストであった可愛かずみと古尾谷雅人は本作終了から数年後に自殺し、山本陽一は大病を患い芸能界を引退した。
  他にも渡辺美奈代がレギュラー出演していた。個人的には樋口可南子がマドンナ役を演じた「’90年冬」が好きだった。

特別編 「北の国から」1981年~2002年

  フジテレビ系で放送された日本のテレビドラマのシリーズ。原作・脚本は倉本聰。主演は田中邦衛。 連続ドラマとして「金曜劇場」枠で
 1981年10月9日から1982年3月26日まで毎週金曜日22:00 - 22:54に放送された後、ドラマスペシャルとしてシリーズ化され、8編のドラマ
 スペシャルが1983年から2002年まで放送された。北海道富良野市(主に麓郷地区)を舞台に、北海道の雄大な自然の中で田中演じる主人
 公・黒板五郎と2人の子ども(純・蛍)の成長を21年間にわたって描いた。
  登場人物の多くが亡くなられて、主演の田中邦衛も表舞台から去った。 このドラマは私にとって特別で、順位付けなどしたくない名作だ。
 「北の国から」で私が一番好きなシーンがこれ!


 以上が私が青春時代を共に生きた「ドラマ」の数々だ。ほかにも明石家さんま主演の「心はロンリー、気持ちは・・・」や「ニューヨークの幻」をパクった吉田栄作、石田ゆり子主演の「君のためにできること」も大好きなドラマだった。

 さて、当時、若手俳優として活躍していた方々も50代以上になり、父親・母親役が多くなった。中には表舞台から退いた名優たちもいる。実に残念だが、当時の映像は動画サイトやBS、CSなどで見られるし、名作ドラマはDVD化していて、レンタルすればまたお目にかかれる。昔親しんだドラマを懐かしむこともできるし、若い時分の恋愛模様と重ね合わせて当時を回顧することもできる。失恋も経験し、すべてが楽しい想い出ばかりではなかったが、時が経てば、苦い想い出も不思議と美化されてしまう。若い時代は二度と帰らないが、こうして若い頃を同じ時を歩んだドラマを見て、懐かしんでみるのもまた一興かと思う今日この頃だ。

 

2019年6月 1日 (土)

My Favorite CM Selection in Fukushima

  我が福島県は今年、「全国新酒鑑評会」で前人未到の7連覇を達成した。風評被害で苦しむ福島の食品業界に活力を与えた。発表当日(5月17日)、県内では「号外」が舞い、そして夕方のニュースではこぞってこの快挙を放送し、県民挙げて狂喜乱舞した。それほど大きなニュースだったし、「福島プライド」の旗印として、酒造業界だけでなく、県民全体に元気と活力を与えてくれるような吉報だった。

 私は長年、福島県に暮らしているが、ご当地でしか見られないローカルCMがある。今日は、私のブログを読んでくださっている全国の皆さんに、福島の良さを感じ取ってもらえるように、そして福島の元気が伝わるように私のお気に入りの作品を紹介したい。

 1 あづま脳神経外科病院

 このCMは毎週土曜日の「嵐にしやがれ」終了後、21時57分からFCT系列で放映されている。シンガーソングライター兼モデルの新野美紀子さんが看護師役で出演し、自らが作詞作曲を手がけたCMだ。ほのぼのするし、故郷の美しさや懐かしさを感じさせる仕上がりになっている。

 2分を超えるフルバージョンはコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=Q-M6r_b1mF8

 2 福島民友新聞

 郡山出身のタレント「箭内夢菜」さんが出演する福島県第2位の発行部数を誇るローカル新聞社のCMだ。
 箭内さんは須賀川市にある公立高校に通っていたが、タレント業に専念するために私立の通信制に転学されたと聞く。こんなかわいい子が自分の高校にいたら大変だろうと思う。最近では「3年A組 今から皆さんは人質です」に生徒役で出演した。

 「モデル編」はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=hDM4s1NzBQg

 3 大東銀行

 当行の取り組みを地域の皆さまへ更に幅広くお伝えしたいという思いから、新たな企業イメージCMを制作いたしました。イメージキャラクターとして、福島県出身の女優、竹内愛紗さん(16)を採用し、地元福島県の魅力や美しさを感じていただけるように県内の緑豊かな自然の中で撮影を行いました。
 大東銀行CM「あなたとトライみらい。」篇 CM30秒   出演者:竹内愛紗

 4 福島美少女図鑑

 日本三大美人と呼ばれる「秋田美人」「福岡美人」「愛媛美人」には及ばないが、我が福島県内にも美少女が多くいる。タレントの松井愛莉さん、武田玲奈さん、箭内夢菜さん、植木安里紗などの美人が福島出身だがいる。松井さんを除いて全員がB型。我が福島県は、B型がやたら多い土地柄だ。このCMはネット上でしか見られないが、立派な福島県初の宣伝PRだ。

 Vol.3はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=VhOhqi8f0Vw

 5 恋する幸楽苑

 高校生同士の付き合い始めたカップルがテーマで、ラーメンを一緒に食べるシーンがメイン。ラーメンを一緒に食べられるカップルは進んでいると言われるが、この作品は初々しさが漂う。

 さて、個人的な好みだが、最近のCMをセレクトすると以上のようになる。我が福島県には全国に誇れる企業がたくさんある。「ヨークベニマル」、「ゼビオスポーツ」、「幸楽苑」などがそうだが、地元では毎日お目にかかれるCMだが、全国ではそうもいかない。
 これらのCMを通じて、福島県の雰囲気を少しでも感じ取ってもらえたら嬉しく思う。

日本人が「嫌韓」になった理由

 私は冬ソナブーム以降、度を越した執拗なまでの韓国政治家による反日バッシング扇動活動によって、韓国および韓国人が大嫌いになった。それは大方、多くの日本人の感情も同様だろうと思う。
 しかし、当の韓国人はよほど鈍感なのか、それとも単なるバカなのか、日本人が韓国を嫌う理由がわからないと平然と口にする。
 2002年の日韓共催ワールドカップや韓流ブームで、一時は雪解けムードで、国民レベルでの国際交流が活発になった。中高年を中心に、韓国ドラマにはまった日本人が大挙してドラマのロケ地を訪問したし、若者もK-POPに熱狂し、男女を問わず様々なユニットのファンになり、ダンスもマネした。

 しかし、竹島の領土問題、従軍慰安婦問題、靖国参拝問題など過去の歴史問題を何度もほじ繰り返し、ことあるごとに日本への批判を行い、自ら関係を悪化させた張本人だ。すべての発端を作り、でっち上げた責任はほかならぬ韓国であるのは明白だ。しかし、すべて責任を日本側に押し付け、非難や批判を繰り返し、国民に反日感情を植え付けているのはほかならぬ韓国政府だ。

 国内情勢や経済活動が危うくなる度、韓国政府は反日行動によって民族意識を掻き立て、くだらないナショナリズムで民衆を結集させ、国民感情を同じベクトル方向に向けさせて、責任転嫁や問題をすり替える天賦の才能を発揮し、政治不信や反発心を巧みに交わし、国内世論のその矛先を日本バッシングへ扇動することで難を乗り切っているように映る。

 しかも、政権が変わると、国家間での取り決めを反故にし、無かったことにする。前政権が「慰安婦問題」を最終決着としたはずの100億ウォン(10億円)もどこぞへと泡と消えた。被害者に分配する目的で設営された財団を勝手に解散し、中には受け取りを拒否した慰安婦もいる。そうした慰謝料はどこに行ったのか?大方、悪化する経済復興にでも充てたのであろう。1960年代の日韓請求権で最終決着をつけておきながら、それをさもなかったかのように、恥も外聞もなく、このような身勝手な要求をしたり、「慰安婦」で金を集れないと見るや、今度はすでに解決済みの「徴用工」への賠償請求まで行い、しかもあろうことかこれを司法が認め、賠償するために在韓企業の資産の差し押さえという強硬手段に打って出た。日本を相手にすると、正当な判断は影を潜め、国民世論が偏向し、日本叩きの為なら何でもOKという風潮になる。

 もはや日韓関係は10年前に破たんしており、日本は韓国に対し、パッシング(無視)という対抗策をとったものの、実際に資産を売却して徴用工だったと韓国側が一方的に認めている輩に、賠償金を支払った場合、日韓関係はもはや終焉となる。あらゆる対抗策によって韓国は国際社会からつまはじきにされ、国際ルールを順守できない無法国家としてのレッテルを貼られ、誰からも相手にされなくなる。

 まだまだ嫌がらせは続く。日本国内でも厳しい安全基準によって、福島県産の農作物を食しているのに、韓国は、無教養がゆえに、輸入禁止を継続し、WTOで司法判断を勝ち取り、「日本ざまぁみろ」とばかりに喜んで大騒ぎしている。
 震災が発生し、日本人の多くが津波で犠牲になった際には、「日本の震災をお祝いします」という垂れ幕をスタジアムに掲げるなど、非人道的な暴挙に出た。
 またナッツターンや芸能人の麻薬逮捕などでは、寄って集って真相を究明し、SNSなどで批判を繰り返し、当事者が自殺するまで追い込む集団心理。すぐに反政府活動で大規模集会を開き、国民の過激な行動を国が鎮圧できない無政府状態。歴代大統領が退任後、ことごとく逮捕され、在任中の不正を暴き、死刑判決がでるまで徹底的に糾弾し、こき下ろすなどを見ればその執拗が窺い知れる。

 秩序ある規律正しく、他人への迷惑をもっとも嫌う日本人がこうした目に余る悪行じみた振る舞いを黙認できようか?韓国自らが原因を作り、日本人の自尊感情をことごとく傷つけ続けた結果が、今の嫌韓感情に至っているのだ。それを上から目線でしかものを見ず、自分たちが一番偉いかのような言動や行動に、日本人は呆れているし、北朝鮮と同様、朝鮮民族とは断交してもいいとさえ思っている。

 それに韓国人の女性は、大概自らを整形手術で偽の顔を作り、女優の性接待は日常茶飯事。多くの女優がそれを苦に自殺している。にもかかわらず、日本人をAV天国とか、日本人女性を蔑視するブログや論説も数多く存在する。 自ら原因や発端を作っておきながら、そんなことも気にも留めずに、のんきに日本人が韓国に旅行しなくなったと平然とのたまうし、なぜ日本人が嫌韓感情を増幅しているのかすらその理由を理解できないと言う。喧嘩を売る者は、そういう概念や感情すら欠如しているようだ。
 
 つまり、日本人のように空気を読むことはできない。大陸の人間は、他人を慮ったり、相手の立場に立って物を考えたり、助け合いの精神が著しく欠けている。自己主張は立派だが、それは単なる自己中で、自分に非があっても決して頭を下げたり謝らない。

 実にくだらないし、情けない。政府が民意(国民感情)に押し切られて、方向転換したケースが過去、何度もあった。中国もそうだが、暴徒化した国民を政府が抑えられないのだから、これはもはや国家としての体をなしていない。だから自恥も外聞もなく、解決済みの問題をほじくり返し、金品をせびろうと画策する。しかも何度も繰り返して執拗に逼る。

 朝鮮人は敵愾心、嫉妬心、負け犬根性に凝り固まっている。自分の立場が有利になるように、わざと喧嘩を吹っかけて相手の機嫌を損ねたり、あえて問題化していちゃもんを付けることで相手の反応を楽しむような態度が常套化している。これはガキのやる駄々っ子と同じで、国際社会としては通用しない。これがいわゆる「瀬戸際外交」と言われた所以だ。
 相手を脅して金銭を巻き上げたり、交渉を有利に進める画策など、現代社会ではありえない。悪意に満ちあふれ、歪曲した思想の持ち主だ。
 ここまで嫌がらせや反日を繰り返しておきながら、いざ経済破綻寸前の今、日本に「通貨スワップ」締結を提案して来た。まったく恥も外聞もない。よくもぬけぬけと上から目線でそういう話を持ち掛けたものだ。都合が良すぎるというか呆れ返るほどの身勝手さだ。
 
 その原因は、誤った教育にある。日本人の過去の悪行を洗いざらい掻き立て、日本人を恨み、鬼畜のようにまくしたてて、日本を憎む教育を小さな子供に施している。人を憎む教育からは、慈しみや、公共心、人の優しさや温かみなどは絶対に生まれない。どっちが上か下か、相手をこき下ろしても自分が優位に立つことしか発想がない大人に育つ。
 現に、慰安婦問題で活動している人は、戦争など知らない若者ばかりだ。真実を歪曲し、自分の都合のいいように歴史を作り変え、無関係なお年寄りを慰安婦に仕立てる偽善国家だ。
 しかもスポーツのマナーも最低、試合に負ければ審判のせいにするし、負けても潔く負けを認めない。駄々っ子にように会場に居座り、試合の進行を遅らせたり、やりたい放題。不服を申し立てるは、相手選手を批判し、判定に負けたなどと吹聴し、潔さなど持ち合わせていない。

 確かに歴史的に見れば、朝鮮族は現在の北朝鮮の農村部のように、貧困に苛まれた土地柄であった。日本とのつながりは深く、戦国期の豊臣秀吉の朝鮮出兵や第二次大戦による日韓併合による日本の統治、そして朝鮮半島を二分して戦った朝鮮戦争など、戦や迫害の歴史でもあった。しかし、当時の日本の文化の流入やインフラ整備があったおかげで、現在の韓国は劇的な発展を遂げたのも事実だ。もし、あのまま日本の植民地化なしでは、現在の北朝鮮のように、依然として貧困に苦しむ国家でしかなかった。逆に言えば、日本のおかげで経済的な発展を遂げたと感謝してほしいものだ。台湾でも同じことをして感謝され、日台友好の良い関係を築いているのに、韓国いや、朝鮮族だけは恨み節だけを増幅させ、拉致という暴挙に打って出たり単なるちゃもんファイターとしてしか生きられないらしい。結局、教育も満足にできない環境下だったことで、知恵を持ち合わせておらず、感情論でしか動けない下衆な民族に成り果てたということだ。人から物品や文明を盗んで、さも自分たち
のオリジナルであるかのように振る舞うから余計に腹立たしい。

 これでは日本と友好関係を築こうという概念や発想自体が生まれない。自分との環境差を知って、嫉妬や敵愾心を抱いたり、敵視することはあっても、知恵を出し合って何かを作り上げたり、共同作業などはあり得ない。相手を蹴落としてまで自分が上に行くという「蜘蛛の糸」的発想では、国の運命は決まったも同然だ。
 

 
 私は朝鮮語も発音が汚く聞こえる。普通にしゃべっているのだろうが、威圧的でいつも怒っている印象しか受けないし感じない。そしてキムチや唐辛子などを信じられない量を料理に加え、そのせいか、いつもカッカ来て、すぐにキレる印象がある。いわゆる火病炸裂だ。むかつくとすぐに手を出すし、暴力に訴える。
 こういう輩は日本になど来ないでほしい。短期滞在の観光はもちろんだが、そんなに嫌いならわざわざ仕事を求めて長期滞在などしないでもらいたい。これまで韓国人や中国人観光客の素行で良い話はあまり聞かない。逆に仏像を盗んだり、文化財への落書きや墓石を破壊して全国を行脚する不心得者までいた。来るだけ迷惑の種を残していくだけだ。私は徴用工判決の報復として、韓国人の来日者にはビザを義務化してほしい。

 さて、ずっと心の奥にくすぶっていた嫌韓感情を今日はぶちまけたが、この記事を読んでも、政治と文化は別物と交流を続けるのか?K-POPや韓琉ドラマにうつつを抜かすのは、無能な証拠だ。日本や日本人を根っから嫌いな民族の文化を愛してどうする。イケメンだからと韓国アイドルやユニット、俳優を好きになるなど愚の骨頂だ。

 異文化交流は国際社会の安定には不可欠だが、日本人のお人よしもいい加減に目を覚ました方がいい。一度でも甘い顔をすると、図に乗ってさらに要求を突き付けて来るし、日本から金品をせしめて自分の懐を潤わせるような感覚しか持ち合わせていない人種とは金輪際かかわらないほうが無難だ。私は安倍首相が韓国パッシングに終始しているのは大賛成で、アメリカとの蜜月を重視し、北朝鮮や韓国には強い態度で臨み、プレッシャーをかけ続けた方がいい。韓国経済が衰退し、破たんを迎える日を心待ちにしたいものだ。それで日本に泣きついてもダメだし、難民など受け入れたくもない。すべては身から出た錆、自業自得でしかないということだ。

 さて、多くの日本人は、嫌韓になった理由を心得ている。しかし、当の韓国人は、自らが喧嘩を吹っかけ、日本や日本人を悪者に仕立てておきながら、日本人が韓国を嫌いな理由を理解できないと平然と口にする。信じられないし、あり得ない。日本を悪口を全世界にまくしたてるような輩をどうして好きになれよう。相当頭が悪い民族としか判断できない。「上から目線」「空気を読めない」「執拗な反日行動」「歴史問題をほじくり返すことで国民感情を結集する能のない戦略」こそが、日本人が韓国離れを加速している最大要因だ。
 韓国人は謙虚に自分の立ち位置を理解した方が身のためだ。こういう戦法を続けて行けば、自滅は火を見るより明らかだし、国際社会から孤立し、国家自体が破綻し、この世から葬り去られることになることを。

 
 

 
 

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