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2019年4月30日 (火)

平成10大ニュース

 今日で「平成30年4か月」の歴史に幕を閉じる。激動の「昭和」が「戦(いくさ)」の時代だったとすれば、この平成は「災害」の歴史であったと言える。今日は、ひとつの時代の終焉に際し、私が思う「平成」の10大出来事を取り上げたい。

 1位 「東日本大震災・原発事故」

  2011年(平成23年)の午後2時46分に発生したマグニチュード9.0の巨大地震。体験したことが無いほどの長くて大きな揺れ。この世の終わりかと誰もが思った。そして人生初の大津波警報が発令され、東北地方の沿岸部を中心に波の高さ10mを越える大津波が押し寄せ、多くの人命を奪い去った。特に陸前高田市は壊滅状態で、美しい松林などが根こそぎ倒されて、無残な姿を晒した。宮城県の大川小では、あろうことか川沿いに避難させたことが致命的となり、100m近い小学生が津波に飲み込まれ、命を落とした。南三陸町もまた市街地に津波が押し寄せ、人との暮らしまでも奪いとった。
 そして最悪だったのは、東京電力福島第一原子力発電所の津波による全電源喪失。これにより、原子炉を冷却できず、高熱化した炉心でメルトダウンが発生、1号機と3号機で相次いで水蒸気爆発が起き、原子炉が吹っ飛んだ。あのチェルノブイリ事故と同様にレベル7という最高警戒レベルとなり、浜通りを中心に住民が着の身着のままで避難を強いられ、8年経った現在もまだ故郷に帰還できない方々が大勢いる。

 2位 「阪神・淡路大震災」

 1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、兵庫県・淡路島北部を震源にした震度7の巨大地震が起き、兵庫県を中心に大きな被害が出た。特に震源に近い神戸市市街地(東灘区、灘区、中央区(三宮・元町・ポートアイランドなど)、 兵庫区、長田区、須磨区) 被害は甚大で、当時東洋最大の港であった近代都市での災害として、日本国内のみならず世界中に衝撃を与えた。犠牲者は6,434人に達し、第二次世界大戦後に発生した地震災害としては、東日本大震災に次ぐ被害規模である。戦後に発生した自然災害全体でも、犠牲者の数で伊勢湾台風の5,098人を上回り、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであった。 
 神戸に本拠地を置く「オリックス・ブルーウエイブ」が慰問にあたり、その年、劇的な優勝を果たしたことで、被災者を大いに勇気づけた。

 あの未曾有の災害から四半世紀近い24年が経過したとは信じがたい気持ちでいっぱいだ。「光陰矢の如し」を実感してしまう。

                                 
 3位 「オウム真理教事件」

 1980年代末期から1990年代中期にかけてオウム真理教が起こした一連の事件の総称。オウム真理教の教祖である麻原彰晃(松本智津夫)が、宗教を隠れ蓑に日本を乗っ取って、自らその王として君臨することを空想し、それを現実化する過程で、世界各国での軍事訓練や軍事ヘリの調達、自動小銃の密造やVXガスやサリンなどの化学兵器の生産を行い武装化し、教団と敵対する人物の殺害や無差別テロを実行した。世界史的に見ても、アルカイダやISILによるテロを先取りした事件である。
 一連の事件で29人が死亡し(殺人26名、逮捕監禁致死1名、殺人未遂2名)負傷者は6000人を超えた。教団内でも判明しているだけでも5名が殺害され、死者・行方不明者は30名を超える。被害者の数や社会に与えた影響や裁判での複数の教団幹部への厳罰判決などから、「日本犯罪史において最悪の凶悪事件」とされ世間を震撼させた。
 特に注目される事件として、教団と対立する弁護士とその家族を殺害した1989年11月の坂本弁護士一家殺害事件、教団松本支部立ち退きを求める訴訟を担当する判事の殺害を目的としてサリンを散布し計7人の死者と数百人の負傷者を出した1994年6月27日の松本サリン事件、教団への捜査の攪乱と東京首都圏の混乱を目的に5輌の地下鉄車輌にサリンを散布して計12人の死者と数千人の負傷者を出した1995年3月20日の地下鉄サリン事件が挙げられる。 ほかにも警察庁長官狙撃事件や公証役場職員拉致殺害事件などもオウムの仕業であった。
 長引く裁判の末に、2018年 7月6日に麻原と側近の計7名の死刑が執行され、7月26日には他の側近6名の死刑が執行され、刑事上では収束となった。 

 4位 「日本人メジャーリーガーの活躍」

 ドクターKことトルネード投法の「野茂英雄」に始まり、数々のメジャー記録を塗り替えた孤高の天才「イチロー」、大魔神「佐々木主浩」、ワールドシリーズでMVPに輝いた功績を評価され、国民栄誉賞を受賞した「松井秀喜」、NPB負けなしの24連勝を達成した「田中将大」など、日本人のプロ野球選手が相次いでアメリカに渡り、大活躍をした。

 

 5位 「Jリーグ開幕」

 1993年、日本初のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が開幕した。カズ、井原、木村和司、ジーコなどのスター選手がその開幕を彩った。また、その翌年に行われたW杯アジア予選でオフト率いる日本代表はあと一歩のところで出場権を逃し「ドーハの悲劇」と呼ばれた。また、2002年には「日韓共催ワールドカップ」が開催され、日本がベスト16に進出を果たした。

 6位 「生前退位」

 平成天皇が自ら高齢による執務困難を理由に、自ら退位することを公表し、政府に対応を依頼した。これによって、平成は31年と4カ月で終止符を打つこととなった。新元号が一か月前の4月1日に菅官房長官から発表され「令和」となった。
 平成が終焉に近づくにつれ、テレビ局各局は天皇家に関する特別番組を放送した。天皇陛下は上皇となり、皇后さまは上皇皇后となられる。現皇太子さまが新天皇に即位し、皇位継承順は2位が秋篠宮殿下、3位が悠仁さまとなられたが、皇太子は置かないため、公務過多となる懸念が囁かれている。

 7位 「長野オリンピック開催」

 平成10年(1998)2月に長野で開催された第18回冬季オリンピック大会。
 新日の丸飛行隊のスキージャンプ陣が躍動した。船木をエースに原田雅彦、岡部らが活躍し、悲願の団体金メダルをもたらした。他にも女子モーグルの里谷多英やスピードスケートの清水宏保らが金メダルを獲得した。

 

 8位 「雲仙普賢岳火砕流」

 平成3年6月3日15時30分以降、長崎県の「雲仙普賢岳」小・中規模の火砕流が頻発し、15時57分には最初の大規模な火砕流が発生した。
取材の、報道関係者16名(アルバイト学生含む)、火山学者ら3名、警戒に当たっていた消防団員12名、報道関係者に傭車され独断で避難できなかったタクシー運転手4名、避難誘導を行うためパトカーで来ていた警察官2名、市議会選挙ポスター掲示板を撤去作業中だった作業員2名、農作業中の住民4名の合わせて43名の死者・行方不明者と9名の負傷者を出す惨事となったが、被害は避難勧告地域に収まっていた。
この噴火で「溶岩ドーム」という言葉を初めて耳にした。

 9位 「熊本大地震」

 2016年(平成28年)4月14日21時26分以降に熊本県と大分県で相次いで発生した地震。 気象庁震度階級では最も大きい震度7を観測する地震が4月14日夜(前記時刻)および4月16日未明に発生したほか、最大震度が6強の地震が6強の地震が2回、6弱の地震が3回発生している 。益城町では多くの家屋が倒壊し、死者が多数でた。国宝であり、日本三大名城と言われる「熊本城」の石垣が崩落した。

 

10位 「御嶽山噴火」

 2014年の御嶽山噴火(2014ねんのおんたけさんふんか)は、2014年(平成26年)9月27日11時52分(日本時間)に発生した、長野県と岐阜県の県境に位置する御嶽山(標高3,067m)の火山噴火である。噴火警戒レベル1の段階で噴火したため、火口付近に居合わせた登山者ら58名が死亡した、日本における戦後最悪の火山災害となった。

 さて、この30年4か月を振り返ったが、「平成」は大きな事件や災害に見舞われた時代であったと言える。その度、天皇皇后両陛下は各地に赴き、被災された方々を慰問された。現人神から日本国の象徴的存在となられ、ことあるごとに国民に寄り添ってこられた天皇皇后両陛下、その退位にあたり、「平成」を私なりに振り返ってみたが、日本が巻き込まれた「戦争」こそない平和の時代だったが、一方では多くの人命が失われた自然災害の時代でもあった。
 ひとつの時代の終焉にあたり、「昭和」「平成」「令和」と3つの時代を生きることにあった自身の健康にも感謝しつつ、また新たな時代に幸多かれと願い、結びとしたい。

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