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2019年4月11日 (木)

80年代アイドルの名曲4

 彼女たちの話題には正直触れたくは無かった。ミーハー極まりないと思われるからだ。しかし、私が大学2年生だった昭和60年(1985年)に「夕やけニャンニャン」が番組スタートし、そこで誕生した素人女子高生メンバー中心のアイドルグループ「おニャン子クラブ」は、当時の私の心のよりどころになっていたのは事実だ。実際に昭和61年に横浜スタジアムで開催されたコンサートを観に行ったし、LPやCDも持っていた。
 私は、個人的には「富川春美」「高井麻巳子」「永田ルリ子」などのO型アイドルがお気に入りだった。どちらかといえば「オールナイトFuji」から誕生した女子大生グループ「おかわりシスターズ」の「松尾羽純」(B型)のようなロリ顔のほうが好きだったが、そいういう意味では、B型天然少女の河合その子も気にかかる存在だった。

Onyanko


 おニャン子を母体として、「うしろゆびさされ組」や「ニャンギラス」、「うしろ髪ひかれ隊」などの枝分かれユニットや、妹分の「アイドル夢工場」などもデビューした。これは後の「モー娘。」や「AKBグループ」の興行と同類で、そういう意味では、「おニャン子クラブ」は多人数ユニットの先駆けだった。

 そんな彼女たちが残した楽曲の中で、私がお気に入りのものを3曲取り上げたい。

 1 真っ赤な自転車

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=OA_36JkbOCA

 1985年9月に発売された初アルバムに収録された曲。女の子の甘酸っぱい恋心を歌った名曲。

 2 恋のチャプターA to Z

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=Bz3eORoKhlw

        https://www.youtube.com/watch?v=ISP_hUwdeck

 この曲は「おニャン子クラブ」からソロデビューした河合その子の「涙の茉利花LOVE」のB面に収録され、バックコーラスを他のメンバーが担当した。夕ニャンのオープニングやエンディングで歌われた。

 3  ウェディングドレス

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=jzs7fvyASO0

 「おニャン子クラブ」のラストシングル。これまでフロントメンバーにはなかなかなれなかった富川春美、永田ルリ子、横田睦美、白石麻子、布川智子らがリードヴォーカルを務めた。1987年8月リリース。

 そんな彼女たちがリリースした楽曲は秋元康作詞、後藤次利作曲が大多数で、いずれもベストテン入りするような大ヒットとなったし、「おニャン子クラブ」自体も時代の寵児となった。奇奇怪怪にも人気絶頂の頃に、秋元康の勝手な方針転換で僅か2年半で夕ニャンは番組終了、同時に「おニャン子クラブ」も強制解散となった。これは大人の事情であり、メンバーだった高井麻巳子を嫁にした秋元康の横暴ぶりがその最大理由で、ファンを無視した身勝手な暴挙だった。その後、AKBを主催した彼が、メンバーに「恋愛禁止」を強制したのは自分本位でなんとも都合の良すぎる規則だった。

 最後に、解散後、17年経過し、久し振りに結集してリリースした「ショーミキゲン」をどうぞ!(埋め込み処理不可)

 実際に歌っている映像はコチラ ↓

https://www.youtube.com/watch?v=yhXph4WElKE&t=236s

https://www.youtube.com/watch?v=yhXph4WElKE&t=149s

https://www.youtube.com/watch?v=EjLDaSKrbxI

 今、思えば青春時代の佳き想い出で、彼女たちの記事はできれば記憶の中に留めたかったので、ブログ記事には掲載したくなかった。しかし、今から34年も前に、素人女子高生たちが集まったユニットが、当時の中高生を熱狂させたことをどこかに記録として記しておきたくて、ここに掲載した次第だ。乙女たちの生き様も感じ取れるし、このグループから巣立ち、それぞれが自分の人生を謳歌していると思うが、若き頃に、こうした出来事が確かにあったことを忘れないでほしいと思う。
 

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