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2019年4月

2019年4月30日 (火)

平成10大ニュース

 今日で「平成30年4か月」の歴史に幕を閉じる。激動の「昭和」が「戦(いくさ)」の時代だったとすれば、この平成は「災害」の歴史であったと言える。今日は、ひとつの時代の終焉に際し、私が思う「平成」の10大出来事を取り上げたい。

 1位 「東日本大震災・原発事故」

  2011年(平成23年)の午後2時46分に発生したマグニチュード9.0の巨大地震。体験したことが無いほどの長くて大きな揺れ。この世の終わりかと誰もが思った。そして人生初の大津波警報が発令され、東北地方の沿岸部を中心に波の高さ10mを越える大津波が押し寄せ、多くの人命を奪い去った。特に陸前高田市は壊滅状態で、美しい松林などが根こそぎ倒されて、無残な姿を晒した。宮城県の大川小では、あろうことか川沿いに避難させたことが致命的となり、100m近い小学生が津波に飲み込まれ、命を落とした。南三陸町もまた市街地に津波が押し寄せ、人との暮らしまでも奪いとった。
 そして最悪だったのは、東京電力福島第一原子力発電所の津波による全電源喪失。これにより、原子炉を冷却できず、高熱化した炉心でメルトダウンが発生、1号機と3号機で相次いで水蒸気爆発が起き、原子炉が吹っ飛んだ。あのチェルノブイリ事故と同様にレベル7という最高警戒レベルとなり、浜通りを中心に住民が着の身着のままで避難を強いられ、8年経った現在もまだ故郷に帰還できない方々が大勢いる。

 2位 「阪神・淡路大震災」

 1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、兵庫県・淡路島北部を震源にした震度7の巨大地震が起き、兵庫県を中心に大きな被害が出た。特に震源に近い神戸市市街地(東灘区、灘区、中央区(三宮・元町・ポートアイランドなど)、 兵庫区、長田区、須磨区) 被害は甚大で、当時東洋最大の港であった近代都市での災害として、日本国内のみならず世界中に衝撃を与えた。犠牲者は6,434人に達し、第二次世界大戦後に発生した地震災害としては、東日本大震災に次ぐ被害規模である。戦後に発生した自然災害全体でも、犠牲者の数で伊勢湾台風の5,098人を上回り、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであった。 
 神戸に本拠地を置く「オリックス・ブルーウエイブ」が慰問にあたり、その年、劇的な優勝を果たしたことで、被災者を大いに勇気づけた。

 あの未曾有の災害から四半世紀近い24年が経過したとは信じがたい気持ちでいっぱいだ。「光陰矢の如し」を実感してしまう。

                                 
 3位 「オウム真理教事件」

 1980年代末期から1990年代中期にかけてオウム真理教が起こした一連の事件の総称。オウム真理教の教祖である麻原彰晃(松本智津夫)が、宗教を隠れ蓑に日本を乗っ取って、自らその王として君臨することを空想し、それを現実化する過程で、世界各国での軍事訓練や軍事ヘリの調達、自動小銃の密造やVXガスやサリンなどの化学兵器の生産を行い武装化し、教団と敵対する人物の殺害や無差別テロを実行した。世界史的に見ても、アルカイダやISILによるテロを先取りした事件である。
 一連の事件で29人が死亡し(殺人26名、逮捕監禁致死1名、殺人未遂2名)負傷者は6000人を超えた。教団内でも判明しているだけでも5名が殺害され、死者・行方不明者は30名を超える。被害者の数や社会に与えた影響や裁判での複数の教団幹部への厳罰判決などから、「日本犯罪史において最悪の凶悪事件」とされ世間を震撼させた。
 特に注目される事件として、教団と対立する弁護士とその家族を殺害した1989年11月の坂本弁護士一家殺害事件、教団松本支部立ち退きを求める訴訟を担当する判事の殺害を目的としてサリンを散布し計7人の死者と数百人の負傷者を出した1994年6月27日の松本サリン事件、教団への捜査の攪乱と東京首都圏の混乱を目的に5輌の地下鉄車輌にサリンを散布して計12人の死者と数千人の負傷者を出した1995年3月20日の地下鉄サリン事件が挙げられる。 ほかにも警察庁長官狙撃事件や公証役場職員拉致殺害事件などもオウムの仕業であった。
 長引く裁判の末に、2018年 7月6日に麻原と側近の計7名の死刑が執行され、7月26日には他の側近6名の死刑が執行され、刑事上では収束となった。 

 4位 「日本人メジャーリーガーの活躍」

 ドクターKことトルネード投法の「野茂英雄」に始まり、数々のメジャー記録を塗り替えた孤高の天才「イチロー」、大魔神「佐々木主浩」、ワールドシリーズでMVPに輝いた功績を評価され、国民栄誉賞を受賞した「松井秀喜」、NPB負けなしの24連勝を達成した「田中将大」など、日本人のプロ野球選手が相次いでアメリカに渡り、大活躍をした。

 

 5位 「Jリーグ開幕」

 1993年、日本初のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が開幕した。カズ、井原、木村和司、ジーコなどのスター選手がその開幕を彩った。また、その翌年に行われたW杯アジア予選でオフト率いる日本代表はあと一歩のところで出場権を逃し「ドーハの悲劇」と呼ばれた。また、2002年には「日韓共催ワールドカップ」が開催され、日本がベスト16に進出を果たした。

 6位 「生前退位」

 平成天皇が自ら高齢による執務困難を理由に、自ら退位することを公表し、政府に対応を依頼した。これによって、平成は31年と4カ月で終止符を打つこととなった。新元号が一か月前の4月1日に菅官房長官から発表され「令和」となった。
 平成が終焉に近づくにつれ、テレビ局各局は天皇家に関する特別番組を放送した。天皇陛下は上皇となり、皇后さまは上皇皇后となられる。現皇太子さまが新天皇に即位し、皇位継承順は2位が秋篠宮殿下、3位が悠仁さまとなられたが、皇太子は置かないため、公務過多となる懸念が囁かれている。

 7位 「長野オリンピック開催」

 平成10年(1998)2月に長野で開催された第18回冬季オリンピック大会。
 新日の丸飛行隊のスキージャンプ陣が躍動した。船木をエースに原田雅彦、岡部らが活躍し、悲願の団体金メダルをもたらした。他にも女子モーグルの里谷多英やスピードスケートの清水宏保らが金メダルを獲得した。

 

 8位 「雲仙普賢岳火砕流」

 平成3年6月3日15時30分以降、長崎県の「雲仙普賢岳」小・中規模の火砕流が頻発し、15時57分には最初の大規模な火砕流が発生した。
取材の、報道関係者16名(アルバイト学生含む)、火山学者ら3名、警戒に当たっていた消防団員12名、報道関係者に傭車され独断で避難できなかったタクシー運転手4名、避難誘導を行うためパトカーで来ていた警察官2名、市議会選挙ポスター掲示板を撤去作業中だった作業員2名、農作業中の住民4名の合わせて43名の死者・行方不明者と9名の負傷者を出す惨事となったが、被害は避難勧告地域に収まっていた。
この噴火で「溶岩ドーム」という言葉を初めて耳にした。

 9位 「熊本大地震」

 2016年(平成28年)4月14日21時26分以降に熊本県と大分県で相次いで発生した地震。 気象庁震度階級では最も大きい震度7を観測する地震が4月14日夜(前記時刻)および4月16日未明に発生したほか、最大震度が6強の地震が6強の地震が2回、6弱の地震が3回発生している 。益城町では多くの家屋が倒壊し、死者が多数でた。国宝であり、日本三大名城と言われる「熊本城」の石垣が崩落した。

 

10位 「御嶽山噴火」

 2014年の御嶽山噴火(2014ねんのおんたけさんふんか)は、2014年(平成26年)9月27日11時52分(日本時間)に発生した、長野県と岐阜県の県境に位置する御嶽山(標高3,067m)の火山噴火である。噴火警戒レベル1の段階で噴火したため、火口付近に居合わせた登山者ら58名が死亡した、日本における戦後最悪の火山災害となった。

 さて、この30年4か月を振り返ったが、「平成」は大きな事件や災害に見舞われた時代であったと言える。その度、天皇皇后両陛下は各地に赴き、被災された方々を慰問された。現人神から日本国の象徴的存在となられ、ことあるごとに国民に寄り添ってこられた天皇皇后両陛下、その退位にあたり、「平成」を私なりに振り返ってみたが、日本が巻き込まれた「戦争」こそない平和の時代だったが、一方では多くの人命が失われた自然災害の時代でもあった。
 ひとつの時代の終焉にあたり、「昭和」「平成」「令和」と3つの時代を生きることにあった自身の健康にも感謝しつつ、また新たな時代に幸多かれと願い、結びとしたい。

2019年4月29日 (月)

平成元年の大ヒット曲 ~淋しい熱帯魚~

 平成もあと2日で終わろうとしている今、今から30年前、つまり、平成元年にヒットした曲を取り上げたい。今でも私がよく聴き、カラオケでも歌われ、そして決して色褪せない名曲だ。それはアイドルとしてピンクレディー以来のレコード大賞を受賞した「Wink」が歌い、大ヒットした「淋しい熱帯魚」だ。あのメロディー、リズム、可愛らしい小刻みステップの振り付け、どれをとっても想い出が染みついた珠玉の一曲だと思う。

 <淋しい熱帯魚>

これが正式なミュージックビデオクリップだ。今から30年も前の映像とは思えない。軽快なイントロ、そして歌詞や曲調も古さは全くない。

 なぜか私の嫌いな韓国語の歌詞がくっついている。これは韓国人が制作したパクリ映像だ。純然たる日本語の映像はすべて「リクエスト無効処理」が施されている。

正式版→ https://www.youtube.com/watch?v=XisaCx5W3CQ

ステージで熱唱するWink→ https://www.youtube.com/watch?v=0eLvWWXeBvg

 その他の歌唱映像→ https://www.youtube.com/watch?v=X4jlKvEbVrs

 「ザ・ベストテン」に出演した際の中継映像はコチラ

 ちなみに、1996年3月31日の活動停止から23年が経過しているが、この「Wink」は解散などしていない。あくまで活動休止状態。機が熟せばまた2人の黄金のデュオが復活するかもしれない。それを思わせる番組企画で実現した一日限りの復活映像をどうぞ!

 本当に復活してくれたらファンのひとりとしては嬉しい。だからタイトルも「嬉しい熱帯魚」。

 最後に、この曲の解説をどうぞ!

 1989年4月中旬より放送されたパナソニックヘッドフォンステレオのCMにWinkが出演してワンフレーズ歌い、そののち、「アマリリス」以来10ヶ月ぶりとなるWinkのオリジナル曲として7月5日に発売。MVは、マスターテープの音源が録られた5日後である、5月26日に撮影された
 発売から間もなく、7月17日付でオリコン初登場1位を獲得し、11月27日付のものまで100位以内に20週連続ランクイン。また1989年のオリコン年間ランキングでは7位にランクインし、Winkのシングルとしてはカヴァー「愛が止まらない」の62.95万枚に次ぐ54.873万枚の売り上げを記録、それまで殆ど洋楽をカヴァーしてきた彼女たちにとって、オリジナル曲としては最大のヒットソングとなった。

 この年、Winkは同曲によって、12月14日に『第22回全日本有線放送大賞』で年間グランプリ、31日に『第31回日本レコード大賞』で日本レコード大賞を受賞。また、この楽曲で『第40回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしている

「大魔神ポーズ」と呼ばれる印象的な振付を持つこの曲は、無表情で歌われることによって「笑わない、しゃべらない、というWinkのイメージ」を決定づけるものになったとされる

2019年4月23日 (火)

お知らせ

 仕事の多忙期間につき、今後一週間程度、新規記事のアップを中断させていただきます。再開は4月29日(月)の予定ですが、飛び込みで臨時掲載もあり得ますことを予めご了承ください。

2019年4月22日 (月)

刑事ドラマ出演俳優の去就

 平成の時代が間もなく終わりを告げようとしているこの時期に、昭和の話題を挙げるのは得策ではないかもしれないが、私にはどうしても昭和を蔑ろにできないジャンルがある。それは昭和の時代にテレビ業界を席巻した「刑事ドラマ」だ。
 今年、その時代に一世を風靡した「太陽にほえろ」で初代殉職刑事を演じた「ショーケン」こと萩原健一さんが亡くなられた。O型らしい個性派俳優でプライベートでもいざこざが絶えない波乱万丈な人生だった。
 昭和の時代は、こうした刑事ドラマが群雄割拠し、次々と人気番組が誕生した。今日は、私が好きで見ていた刑事ドラマや探偵ドラマに出演していた名優たちの去就について語りたい。なお生存確認は平成31年4月17日現在とさせていただきます。

 1 「太陽にほえろ」の出演者

   <物故者>

   藤堂課長(ボス)・・・石原裕次郎
   チョーさん・・・下川辰平
   マカロニ・・・萩原健一
   ジーパン・・・松田優作
   スコッチ・・・沖雅也
   ブルース・・・又野誠治
    
   山さん(露口茂)、ゴリ(竜雷太)、殿下(小野寺昭)、テキサス(勝野洋)、ロッキー(木之元亮)、ラガー(渡辺徹)、
   バーボン(世良公則)、ジプシー(三田村邦彦)らはご健在

Taiyounihoero  

 2 「明日の刑事」の出演者・・・TBS系列

   <物故者>

   鈴木刑事・・・坂上二郎
   小林刑事・・・鈴木ヒロミツ
   佐藤刑事・・・橋本功

   村上刑事(田中健)、太田刑事(谷隼人)、山口刑事(志穂美悦子)、田島刑事(田島真吾)、浅倉課長(梅宮辰夫)はご健在

Asitanokeiji

 3 「噂の刑事トミーとマツ」の出演者

    <物故者>

    相模警視正・・・石立鉄男
    御崎警部・・・林隆三
    東刑事・・・成川哲夫
    南田刑事・・・神山卓三
    

    松山刑事(松崎しげる)、岡野刑事(国広富之)、高村部長刑事(井川比佐志)、森村刑事(石井めぐみ)はご健在

Tomitomatsu

 4 「Gメン’75」の出演者

    <物故者>

    黒木警視・・・丹波哲郎
    小田切刑事・・・夏木陽介
    山田刑事・・・藤木悠
    

    津坂刑事(岡本富士太)、関屋刑事(原田大二郎)、草野刑事(倉田保昭)、響刑事(藤田美保子)、立花刑事(若林豪)、中屋刑事  
   (伊吹剛)はご健在

Gmen

 5 「大空港」の出演者

    <物故者>

    加賀警視・・・鶴田浩二
    梶刑事・・・緒形拳
    沢井空港長・・・池部良
    浅原警視正・・・神山繁

    鯉沼刑事(片平なぎさ)、立野刑事(岡本富士太)、海原刑事(高岡健二)、藪下刑事(田中邦衛)、菊池刑事(黒沢年男)はご健在

Daikukou    

 6 「特捜最前線」の出演者

    <物故者>

    神代課長・・・二谷英明
    船村刑事・・・大滝秀治
    津上刑事・・・荒木しげる
    叶刑事・・・夏夕介


    桜井刑事(藤岡弘)、橘刑事(本郷功次郎)、高杉刑事(西田敏行)、紅林刑事(横光克彦)、吉野刑事(誠直也)、高杉婦警(関谷
   ますみ)はご健在

Tokusou

 7 「大都会Ⅱ」の出演者

    <物故者>

    宗方外科医・・・石原裕次郎
    徳吉刑事・・・松田優作
    丸山刑事・・・高品格
    吉岡課長・・・小池朝雄
    深町次長・・・佐藤慶
    

    黒岩刑事(渡哲也)、 大内刑事(小野武彦)、上条刑事(峰竜太)、宮本刑事(苅谷俊介)、神刑事(神田正輝)はご健在

Daitokai

 8 「俺たちは天使だ」の出演者

    <物故者>

    麻生キャプテン・・・沖雅也
   
    YUKO(多岐川裕美)、NAVI(渡辺篤史)、ダーツ(柴田恭兵)、JUN(神田正輝)、藤波昭彦(小野寺昭)、南雲係長(江守徹)は
    ご健在

Tensida

 9 「西部警察」の出演者

    <物故者>

    小暮課長・・・石原裕次郎
    国立鑑識員・・・武藤章生
    谷刑事・・・藤岡重慶
    南刑事・・・小林昭二
    佐川警部補・・・高城淳一

           大門刑事(渡哲也)、巽刑事・鳩村刑事(舘ひろし)、松田刑事(寺尾聰)、源田刑事(苅谷俊介)、兼子刑事(五代高之)、桐生刑
    事(加納竜)、北条刑事(御木裕)、平尾刑事(峰竜太)、大門明子(古手川祐子)、山県刑事(柴俊夫)、五代刑事(石原良純)は
   ご健在

Seibukeisatsu

10 「刑事くん」の出演者

   <物故者>

    時村係長・・・名古屋章
    三神はる・・・風見章子
   

    三神刑事(桜木健一)、 大丸刑事(仲雅美)、板垣刑事(立花直樹)、宗方刑事(三浦友和)、吉本婦警(中山麻理)、風間刑事 
  (宮内洋)はご健在

Keijikun

11 「熱中時代刑事編」の出演者

   <物故者>

   潮田係長・・・藤岡琢也
   矢頭刑事・・・小松方正
   前原刑事・・・細川俊之

   早野刑事(水谷豊)、菅谷部長刑事(宍戸錠)、間刑事(森本レオ)、千馬刑事(谷隼人)片岡婦警(木内みどり)はご健在

Nechujidai

12 「刑事犬カール」

   <物故者>

   北条謙造・・・福田豊士
   北条さくら・・・葦原邦子
   山田刑事・・・守屋俊志
   村上警察犬訓練所所長・・・神山繁
   高杉修平・・・下川辰平

   高杉洋子(木之内みどり)、大島巡査部長(加納竜)、北条進(宮脇康之)はご健在 

 

Keijikencarl

13 「キイハンター」 

   黒木諜報部員・・・丹波哲郎
   津川諜報部員・・・野際陽子
   吹雪一郎・・・川口浩
   村岡室長・・・仲谷昇
   小田切慎二・・・中丸忠雄
   滝裕二・・・沖雅也
   

   島竜彦(谷隼人)、谷口ユミ(大川栄子)、風間洋介(千葉真一)、檀俊介(宮内洋)はご健在

Keyhunter

14 「非情のライセンス」

   会田刑事・・・天知茂
   矢部警視・・・山村聰
   橘警部・・・渡辺文雄
   四方刑事・・・葉山良二
   吉田刑事・・・多々良純
   坂井刑事・・・宮口二郎
   鈴木刑事・・・梅津栄
   岩田刑事・・・岩城力也
   竜巻太郎・・・左とん平

   竜巻順子・・・テレサ野田はご健在
  
Hijyouno  

 昭和世代にはなんとも懐かしい画像や記事だったに相違ない。小学生から高校生時分に放送していた刑事ドラマだ。もう30年~40年以上も前に放送していたドラマだけに、記憶も薄らいでいるが、若い頃に見て感化されたドラマは年老いても覚えているものだ。何を隠そう、このような刑事ドラマを見て、一度は刑事に憧れて目指そうと思った時期もあった。バイクに乗っていた大学生の頃は、本気で白バイ隊員を志そうと思った時期もあった。実際は違う職業に就いたが、今でも「警察24時」という警察官や刑事が活躍するドキュメンタリー番組を見ると、ついつい我を忘れて見入ってしまう。正義感と使命感に燃え、たまに殉職シーンで絶望しながらも、なんとか刑事ドラマファンを継続してこれた。今は、水谷豊主演の刑事ドラマくらいしか無くなったが、再び刑事ドラマがカッコいい時代がきっと再来すると思う。

2019年4月21日 (日)

FCTの新人アナ・菊竹桃香、畑山弥保

 福島中央テレビ(FCT)と言えば、「小野紗由利」アナだが、この平成も終わろうとしている4月、新しく配属になったのが、菊竹桃香アナと畑山弥保アナの2人だ。
 福島では、NHKが4人(吾妻・平川・岩間・北村)、FTVが4人のアナウンサー(松永・福盛田・神谷・豊嶋)が転勤、TUFでも1人(釜井)、ラジオ福島でも美人アナとして評判だった菅原咲子アナと稲本安里紗アナが、相次いで福島県を離れて行った。

 私としては女子アナフリークなので、淋しいの一言に尽きると思っていたところへ、待望の初々しい新人アナが入社し、ゴジてれや天気予報などでデビューを果たした。しかも、可愛い。では初登場時のドキドキ映像を紹介します。

 菊竹桃香アナウンサー

 新卒アナで、明るくてみんなに愛されるキャラっぽい。拍手を貰うあたりは、FCTの仲の良さが滲み出ている。

 

 学生時代は「早稲田大学」を中心とする「Seiren Musical Project」というミュージカルサークルで活動。主にヘアメイク担当のサブチーフやアンサンブルなどを経験した。その記事はコチラ→ https://ameblo.jp/seiblogren/entry-12137880729.html

Kikutake2 Kikutake

 どことなく、平川沙英アナに似ている気がする・・・。徳光雅英アナも早稲田大学出身者なので、彼女も早稲田大学なのかも・・・。 

 畑山弥保アナウンサー

 4年間NHK沖縄放送局に勤務し、今春異動して来ただけあって、落ち着いている、美人で大人な印象。なんと3月まではFTVに入社した我如古梨乃アナと4年間同僚だった。局は違うが一緒に福島県に異動となった。たぶん休日は、一緒に行動しているものと思う。そう言えば、今春FTVを退社された松永安奈アナウンサーもNHK沖縄放送局から福島県内の民放局に異動になった。たぶんそういうルートができつつあるようだ。
 NHK沖縄のお別れメッセージはコチラ→ https://www.nhk.or.jp/okinawa/sata/diary.html

 本名:はたやまみほ
 生年月日:1992年2月19日生まれの27歳
 出身地 : 埼玉県狭山市
 血液型 : O型 身長:163cm
 大学 : 成蹊大学経済学部経済経営学科卒業 
    学生時代にはミス成蹊コンテストにも出場した。その時の記事→ https://misscolle.com/seikei2011/profile/2
 趣味:ピアノ、犬の散歩、スポーツ
 特技:合気道、ハンドボール、自転車

 略歴:BSフジで第24期女子大生キャスターを経験し、その後、NHK沖縄放送局に契約アナとして4年間勤務した。

 その時のプロフはコチラ→ https://misscolle.com/seikei2011/profile/2

 福島県は、不思議と沖縄出身者などと縁がある。FTVにいた神谷アナもそうだし、今回FTVに入社した我如古アナもそうだ。

 2人共に入社したてなので、FCTの公式ホームページには、まだプロフなどは紹介されていないが、掲載され次第、リンクしたいと思います。

 

2019年4月20日 (土)

昔の美脚アイドル

 美白や美脚は女性の憧れだと思うが、70年代から80年代活動したアイドルたちは、脚が長くて美しかった。ミニスカートの走りで、当時のアイドルたちは、惜しげもなく自慢の美脚を披露して、男子中高生の視線を釘付けにした。私も随分彼女たちの眩しい脚線美にうつつを抜かし、惑わされたクチだ。今日は、ここ最近、ミーハーなアイドル話ばかりで恐縮だが、私が学生時代に夢中になった美脚アイドルやタレントを取り上げたい。

 1位 森高千里

 森高千里がデビュー仕立ての頃は、スニアドラムを叩きながら歌っていて、南沙織の「17才」をカヴァーした時点から、超ミニスカートでその美しすぎる長い脚を披露して話題になった。男が好きそうな甘ったるい鼻にかかった声とベビーフェイス、そして8頭身のスラリとした容姿。完璧すぎるアイドルだったが、正統派のアイドルではなく、独自路線を行くシンガーだった。彼女のシングル&アルバムはほとんど所有しているし、今でもたまに聴いている。

 2位 相本久美子

 彼女は土居まさると共に日曜日のお昼の看板番組「TVジョッキー」のアシスタントととして抜群の人気を博した。彼女も毎週ミニスカートでその細くて長い美脚を披露し、そして端正な小顔なフェイスがたまらない魅力だった。
 歌手としても活動し、結構レコードを出していた。私は「チャイナタウンでよろめいて」が一番印象深い。

その他の懐かしい映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=3DuW1TsGC0s

Aimoto Aimoto2

 3位 白石まるみ

 彼女の娘も最近、タレントデビューしたが、白石まるみさんは70年代後半から80年代にかけて主にタレントとして活躍した。レコード&CDデビューも果たしたが、あまり売れなかった。どちらかといえば、モデル系やバラエティに出演するほうが多かったと記憶している。丸顔で、いかにもO型と思わせる顔立ち。脚はそんなに細くはないが、健康的で、やはり美脚だった。白いドレス風の衣裳が多く、彼女のイメージカラーとマッチしていて、よく似合っていた。

Shiraisi Shirraisi2

 4位 山本博美

 今でこそ、必殺シリーズで活躍した「京本政樹」のご婦人となられたが、当時はバリバリの3人組アイドルグループ「キャンキャン」一員だった。最初は左端で歌っていたが、あまりの美貌に、センターになった途端に人気が出た。きゃんきゃんも超ミニスカートが売りのアイドルユニットで、3人ともスラリと伸びた美脚だった。当時、彼女はCMにも多数出演したし、氷結やヤクルトのCMに出演されている女優の藤井美菜やTBSアナウンサーの山本里菜に似ていると思っている。また、テレビ朝日系列に深夜に放送していた「ミントTIME」のMCも担当して、お色気を振りまいていた。

 「キャンキャン」時代の映像はコチラ

 

 https://www.youtube.com/watch?v=iOwsf_g8NdI

 5位 天馬ルミ子

 今では彼女を知る人は少ない筈だ。1970年代のアイドルで、ボーイッシュな当時としては珍しいショートヘアーでアイドルをしていた。しかし、ミニスカートから伸びる長い美脚は珍しいほどで、浅野ゆう子さんと二分するほどの美しさだった。「教えて下さい、神様」はメロディーに優れ、一度聴いたらあのフレーズに頭に残るほどだ。

 

 どの曲を聴いても、私の世代には懐かしいものばかりだ。10~20代の頃の私の眩しいアイドルたちだった。ほかにも美脚と言って忘れてはいけないのが3人組の「トライアングル」や松本伊代の後ろで踊っていた2人組の「キャプテン」なども美脚を売りにしていた。

2019年4月18日 (木)

いつの間にか消えた男性俳優

 「飛ぶ鳥を落とす勢い」という言葉があるが、かつて芸能界で光彩を放ち、目覚ましい活躍で人気を博した男性芸能人が、気づけば一線から身を引くという奇妙な現象が起きたのをご存知でしょうか。芸能界にありがちな「干された」わけではいし、事務所トラブルはよく耳にするが、特段にこれといった理由もなく、出演機会が極端に減ったという例だ。女性では突如引退した「桜井幸子」や事務所移籍に伴うトラブルの「能年玲奈」、「西内まりや」、「ローラ」、「夏川純」、などがその典型例だ。

 男性芸能人の場合、結婚すると急激に人気は廃れる印象がある。西島秀俊、福山雅治、向井理などは、女性ファンの黄色い歓声に包まれていたのに、結婚した途端、その凋落ぶりは著しい。

 では、そうした方々を振り返りたい。

 加勢大周

Kasetaisyu

 彼は甘いマスクとその長身で世の女性を虜にした。女性が10人いたら、7~8人は好きになるほどの魅力あふれる俳優だった。彼が芸能界から追放させられた最大の理由は「事務所移籍」に伴うトラブル。所属事務所の社長が大激怒し、加勢大周という芸名を使わせないように裁判沙汰となり、新・加勢大周として筋肉隆々だった「坂本一生(いっせい)」をデビューさせた。
 これが元で、加勢大周は日本での芸能活動ができなくなり、台湾に渡り、現地で時代劇俳優として活躍の舞台を移すこととなった。
 血液型はA

 天宮良

Amamiya

 1983年にNTV系列で放送された、倉本聰脚本の「昨日、悲別で」で主役を演じた彼。北海道の炭鉱町を舞台に、ミュージカルに刺激を受けてダンサーを夢見て上京し、挫折と苦悩を描いた秀作だった。布施博や梨本謙二郎、石田えりらが出演した。
 最近は、彼が出演するドラマは見かけなくなった。どちらかといえば番組のナレーションが多くなった。血液型はB

 三上博史

Mikamihiroshi

 1980年代後期に、「私をスキーに連れてって」や「君の瞳をタイホする」、「世界でいちばん君が好き」などのトレンディドラマで主役を張った、当時若手人気No.1俳優だった。小柄で色黒だが、好青年のイメージが強かった。血液型はO

 金城 武

Kaneshiro

 台湾出身の俳優で、1990年代に日本でも大人気を博した俳優。深田恭子の衝撃デビュー作となった「神様、もう少しだけ」に出演して話題になった。援助交際が流行っていた時代の話で、見知らぬ男性と関係をもった女子高生がエイズに感染し、残された時間をどう生きるかという点に焦点を当てた話題作だった。血液型はO
 私は個人的に、現在、活躍中の「大谷亮平」に似ていると思っている。

 石黒 賢

Ishiguro

 彼も80年代から90年代にかけてはドラマに引っ張りだこだった。プロテニスプレーヤーだった父親を持ち、成城大学出身の正真正銘のお坊ちゃまで、役柄も育ちのいい好青年役が多かった。CM「つぶ塩」で大ブレイクした。その後、織田裕二とライバル医師役を演じた「振り返れば奴がいる」も高視聴率を博した。中山美穂や柳葉敏郎と共演した「すてきな片想い」や鈴木保奈美とも共演した「キスの温度」にも出演するなど当時のトレンディドラマには欠かせない存在だった。
 最近は、出番が減ったこともあってか、いろいろな役柄にも貪欲に取り組み、汚れ役や冷徹な犯人役にも挑戦している。血液型はA

 吉田栄作

Yoshidaeisaku

 1990年代にさらさらヘアーに白Tシャツ、ブルージーンズが似合う長身イケメン俳優No.1の座に君臨した超人気俳優。小顔で端正な顔つきは、当時の女性ファンを虜にした。勢いに乗って「財津和夫」の「心の旅」をリバイバルで歌い、歌手としても活動した。
 私は石田ゆり子と共演した「君のためにできること」の役柄の印象が強い。これは当時、全米で大ヒットした映画「ニューヨークの幻」の完全パクリ版で、事故で急死した男が、残された彼女を幽霊となって見守るという涙無くしては見られない感動物語だった。最後に、正体を告げ、天に召されていく場面が切なかった・・・。
 血液型はA

 柏原 崇

Kashiwabara

 彼は「超」がつくほどのイケメン美男子でクールガイだった。少し影があって、それが女性ファンのハートを射止めた。彼の出演作品で真っ先に思い浮かぶのが「白線流し」だ。松本市を舞台にし、高校生たちが成長する上で多くの葛藤に苦しみ、友情とのはざまで揺れ動く人間模様を描いた秀作だった。不器用な優等生・長谷部優介役を熱演した。現在は干されたのが原因て中国のドラマに出演しているらしい。俳優&歌手の柏原収は実弟 畑野ひろ子と結婚した。血液型はA

 筒井道隆

Tsutsui

 1990年頃のドラマでは主演を張っていた。現に、ドラマデビューしたてだったキムタクや共演した西島秀俊を抑えて「あすなろ白書」では主演にキャスティングされていたし、その後もいくつかのドラマに出演していた。誠実な好青年役が板についていたが、いつの間にか芸能界から姿を消した。血液型はA

 緒形直人

Ogatanaoto

 彼の印象は名優・緒形拳さんの息子というのもあるが、メジャーデビュー作がフジテレビ系ドラマ「北の国から」で蛍ちゃんの初恋相手として登場したことだ。超サラブレッドの彼だったが、意外にも出演作品はさほど多くはなく、一時期はドラマなどのメディア出演からは遠ざかっていた。血液型はB 

 小出恵介

Koidekeisuke

 映画化もされたドラマ「ルーキーズ」では誠実な役どころで「捕手」役だった。しかし、真面目な見た目や役どころとは裏腹に、私生活では酒癖が悪く、未成年者との合コンや性的暴行(強制性交)などの罪に問われ、芸能界から追放された。
 私はTBSで10年ほど前に放送していた「JIN-仁-」の真面目な武士、橘恭太郎役の彼の印象が強い。

 さて、ほかにも、一時代を築き、その当時、時代の寵児として大人気を得た俳優たちも、さまざまな理由で第一線を追いやられた。今にして思えば、トップの座に登りつめ、これからさらに飛躍が期待できたそのタイミングで芸能界を追われたり、出番を失うこととなったのは居た堪れない。正直、同じ時代を生きた者としては残念でしかない。
 今後、彼らの復権とさらなる出演番組が増えることを願って、結びとしたい。
 

2019年4月17日 (水)

アラサー・アラフォー女子アナの結婚事情

 女性の「アラサー・アラフォー」は心理的に微妙な年頃のようで、恋愛と結婚に対する意識が高くなるよいう。結婚願望の強い女性は相当焦って、婚活に精を出すようだ。料理教室に通うなどの花嫁修業に勤しんだり、出会いを求めて婚活パーティーなどにも積極的に参加する方もいる。テレビの「ナイナイのお見合い大作戦」を見てると、そういう焦燥感などの意識が顕著に伝わる。

 一方、結婚=幸福という概念がない女性は、自らのライフスタイルをとことん追求し、グルメや旅行を楽しむなど、自由な生き方を実践しているようだ。そういう意味では、現代は選択肢が多様で、結婚観もひと昔前とは趣を異とし、価値観や人生観も様変わりしているように思える。

 独身を継続している「アラサー・アラフォー」女性は、仕事にもひときわ熱心で、自立を目指している。それが都市部を中心に一層の晩婚化に拍車をかけていると言える。

 私の友人の中には、50歳を越えてもなお、未婚の方も多く存在する。遊びたい盛りをとうに過ぎても、自分の趣味を謳歌するなど、生涯「独身貴族」を決め込む人も多い。私みたいな心配性の人間は、親が先に亡くなると思えば、老後や自分の死後、誰が面倒を見えるのか不安になってしまう。
 繰り返すが、必ずしも「結婚=幸福」とは言えない現代社会において、結婚事情はガラリ変わった。出会いがないというのも一理だが、人生の伴侶を得て添い遂げるという意識は希薄化しているように思える。悪く言えば、自分の趣味や人生そのものを誰にも邪魔されたくないという個人主義的思想が蔓延しているのかもしれない。

 話は変わるが、最近、アラサーを迎えた女性アナウンサーの結婚ラッシュが止まらない。山岸舞衣に始まり、長野美郷、小林麻耶、伊藤友里、高見侑里などセントフォース陣が相次いでゴールインした。局アナも同様で、徳島えりか、久野静香、豊崎由里絵、椿原慶子、吉田明世、秋元玲奈、高橋真麻、和久田麻由子、松尾由美子、宇賀なつみ、小川彩佳などの各局女子アナも結婚を発表した。

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 どちらかといえばテレビ制作に関わるアナウンサーという職業は、人との出会いが多い。タレント、芸人、ミュージシャン、スポーツ選手など、取材をきっかけに交際に発展する例が多くみられる。女子アナは男から見れば、一流大学を卒業している方が大多数で、それゆえ知性と教養があって、なおかつ大学ではミスに選ばれるなど美貌を兼ね備えている方が多い。それゆえ、誘惑が多く選び放題ではないかとさえ勘ぐってしまう。

 しかし、実際は、売れっ子ともなればスケジュールがびっしりで、休むいとまもないほどで、恋愛している時間すらないのが実情のようだ。

 では、本日のテーマにのっとって、余計なお世話だが、「局アナの結婚事情」を考えたい。

 アラサー・アラフォーで独身の女子アナ

 弘中綾香  28歳  A  テレビ朝日局アナ
 鷲見玲奈  28歳  B  テレビ東京局アナ
 郡司恭子  28歳  B  日本テレビ局アナ
   林美沙希  28歳  O  テレビ朝日局アナ 
 宮澤 智    29歳  O フジテレビ局アナ
 新井恵理那   29際  O フリー(セントフォース)
 杉野真実  29歳  A  日本テレビ局アナ

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 三田友梨佳 31歳  A フジテレビ局アナ 
 三ト麻美    32歳  AB 日本テレビ局アナ
 田中みな実 32歳     A  元TBS局アナ 現在フリー
 加藤綾子    33歳   O  元フジテレビ局アナ 現在フリー
 竹内由恵  33歳   O  テレビ朝日局アナ
 夏目三久    34歳   O  元日本テレビ局アナ 現在フリー
 皆藤愛子    35歳   B  フリー(セントフォース)
 川田裕美  35歳   B  元読売テレビ局アナ 現在フリー
 井上あさひ 37歳   O  NHK局アナ 

 唐橋ユミ    44歳   O  フリー(三桂)

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 全員が美人でもったいない印象を受ける。もちろん彼女たちは一度や二度は噂や浮いた話があった。中には内緒で長く交際を継続している方もいるだろうし、踏ん切りがつかなかったり、機が熟さないのかもしれない。
  ちなみにプロ野球選手やJリーガーと結婚した女子アナは・・・

 中井美穂  O  古田敦也
 木佐彩子  B 石井一久
 長野 翼  A 内川聖一
 林 恵子    ? 松中信彦
 福島弓子  O イチロー
   柴田倫世   O 松坂大輔
 大神いずみ B 元木大介
 小野寺麻衣 B  高橋由伸
 大竹佐知    青木宣親 
 河野明子    井端弘和

 広瀬麻知子 A
 小倉弘子  A  
 久冨慶子  O

 
 残念ながら離婚された女子アナ
 
 膳場貴子 ?    河野景子  O
 桑子真帆 A     大橋未歩  B
 馬場典子 O          森 麻希  A
 宮崎宣子 B          秋元優里  A
 

 世間一般にアラサーは、結婚適齢期を迎えているため、焦る焦らないにかかわらず、結婚は自然ななりゆきだと思う。
「勝ち組」「負け組」などと言われるが、決してそんなことはなく、あの美貌をもってすれば、その気になればいくらだって相手は星の数ほどいるに相違ない。ただ単に「出会いがない」ほどの多忙で、仕事が楽しくて今の生活を失いたくないいうのも理由のひとつにありそうだ。

 最後に、本日のテーマとは関係ないが、若くして亡くなった女子アナを偲びつつ結びとしたい。
 
 小林麻央   34歳 病死  A
 川田亜子   29歳 自殺  O
 米森麻美   34歳 病死  AB    
 大杉君枝   43歳 自殺  AB
 山本真純   34歳 自殺     O
 有賀さつき  52歳 病死   A
 黒木奈々   32歳 病死   A
 
 

 
 
   
 

2019年4月16日 (火)

本日、桜日和(4/16)

 4月に転勤となり、土日が出勤日となった。つまり休暇は平日ということで、この日は一週間ぶりの休みだった。となればやりたいことが溜まっていた。まず、今が見頃の桜見物としゃれ込んだ。

 5:15起床。歳をとったせいで朝がめっぽう強くなった。TVをつけ、世界遺産のパリ「ノートルダム大聖堂」での火災発生を知る。 

 早朝5:58に自宅を出てR4バイパス、R49を走り、6:06開成山大神宮に駐車。

 突き抜けるような青空に薄いピンクの桜が映える。空気が冷たく底冷えで手がかじかむ中、i-phoneで写メを撮りながら開成山公園内をゆっくり一周した。ジョギングや散歩をする高齢者やトレーニングに励む30代男性などがいた。風が強く、花散らしの風で、今日を逃せば、葉桜状態になるところだった・・・。ちなみにこの日、三春の滝桜はまだ五分咲きだった。

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 2月にガラケーからi-phoneに変えたが、イマイチ写メの撮り方が不明。おとといも17:25頃、郡山駅で、私の目の前をあの安倍首相が通ったのだが、操作に手間取り、写メが間に合わなかった。カメラの撮影ボタンを押すと、なぜか一緒に動画も撮れてしまう・・・。みると写真を撮りたいのに表示が「LIVE」撮影になっている・・・。

 帰り際、i-phoneのミュージックファイルにダウンロードしておいたケツメイシの「サクラ」をかけ、雰囲気を盛り上げた。

 帰りに「吉野家」で朝食。朝食メニューが変更となり、ハムエッグ納豆定食をスマートクーポン利用で360円で平らげた。客は男ばかり5名。帰りもR49からR4バイパス経由。行きも帰りも信号OUTばかりで多少イラつく。6:47帰宅。

 「めざましじゃんけん」、チョキばかり出され、1勝2敗1分で昨日から65pt止まり。先週は225ptまでいったのに・・・。

 自宅で録り溜めしたVTRをチェックし、休養をとった後・・・

 9時48分過ぎ再出発。先週まだ蕾が堅かった喜久田小学校北側の藤田川沿いの桜を観に行った。9時55分着。見物客は高齢者やアマチュアカメラマンを中心に15人程度 今が満開で見頃。藤田川にかかる橋の西側にばかり人がいるが、反対の東側もまたキレイ。なのに無人。

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 10:02発でトライアル喜久田店へ。衣料品と食料を買い込み、クリーニング屋経由で帰路に就く。4月に入って急に「コムテック」のGPS内蔵レーダー探知機が不調。「GPSが感知されません」と音声が流れ、車速表示も出ない。8年くらい使ったからそろそろ寿命?

 10:26帰宅 僅か38分で往復の早業。

  帰宅後、撮影した写メの枚数を見てビックリ。シャッターを50回も押していないのに、撮影枚数が130枚にも上っていた。バーストで5~6枚同じものが撮影されていたりで、これではメモリーがいくらあっても足りない・・・。
 この日は朝から午前中だけでかなり行動的にあちこち出向き、充実した半日を過ごせた。

 

2019年4月15日 (月)

土曜日のお楽しみ ~ジャパネットたかた~

 私には毎週土曜日に楽しみにしていることがある。それはBSテレ東やBSフジで土曜日の午前と午後に、必ずと言って良いほど生放送で長時間流れる「ジャパネットたかた」のテレビショッピングだ。今から10年前に「高田明」社長が商品紹介を一手に背負ってやっていた頃から見ていた番組だが、3年ほど前に高田社長が第一線を退き、後進に道を譲って以降、台頭して来た若手MC陣の卓越したアナウンス術と共に、美人ぞろいの女性MCに魅了されているからだ。
 私は「ジャパネットたかた」から実際に、「スチームアイロン」や「レイコップ」などの商品を購入したし、ついつい購入したくなってしまう抜群の商品値引き術の手法に引き込まれてしまう。たぶん、期間限定などで、今買わないと損してしまうとか、後悔してしまうという気もちにさせられてしまう話術は素晴らしいの一言に尽きる。
 そして、私が「ジャパネット」がお気に入りの理由は、高田社長を頂点にしたアットホームな雰囲気と美しすぎる女性MC陣にある。
では、ここで私が特に好きな女性MC3人を今更かもしれないが紹介したい。

 「河野友里(かわのゆり)」

 昨年12月に1年間の産休・育児休暇から復帰された。お母さんになって落ち着いた印象になって、美しさに磨きがかかり、ますます好きになった。復帰第1回目の放送はコチラ

 ネットの情報では、河野さんは1980年10月生まれで、山口県出身で福岡大学を卒業されたらしい。そして長崎県佐世保市に本社を置く「ジャパネットたかた」に就職された。現在は、BSのテレショップを制作・放送している「東京オフィス」に所属されているようだ。福岡大学と言えば、フジテレビの生野陽子アナなどを輩出し、美人が多いと専らの評判の大学だ。 

 独身時代の河野さんは、ややキャピキャピ系の雰囲気があった。

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 「丸尾詩織(まるおしおり)」

 いつもニコニコ元気いっぱいの彼女。小柄ながら意外にもグラマーで、ネットでそれを話題にした動画も多数。私は丸顔で色白が好みなので、丸尾さんはど真ん中ストレートだ。もしかしたらバイタリティの強さも含めてO型かもしれない。

 彼女の人となりが滲み出ているインタビューだと思う。明るく元気印。しかし、商品紹介のMCに賭ける強い信念さえ感じ取れる。天職と思えるほど、話好きな雰囲気を醸し出している。以下、プロフを「Dreams」から引用させていただきます。

 丸尾詩織さんは1989年(平成元年)12月1日生まれのアラサーです。 大分県出身。福岡大学経済学部卒業だそうです。 2012年に新卒で入社されました。 テレビ企画商材戦略部ライブ商材企画番組制作課MC総合職についていて20代の女性です。
 2012年から2013年の間に、テレビ企画制作部制作課に配属され、地上波CS放送の制作業務を行った後、MC課に異動します。
 2013年から2015年、MC課に異動してからMCとしてのスキルを着々とアップさせていきます。その一方で、制作業務を兼任され、制作業務も担当することになります。

 「ポケトークを紹介する丸尾さん」

 「長谷川茜子(はせがわあかね)」

 彼女もまた元気いっぱいに商品紹介してくれる。2013年に中途入社。タレントの吉木りささんや声優の水樹奈々さんに似ていると噂の美人さんです。

 彼女のプロ根性を垣間見えるインタビューで、「MCとはこうあるべきだ」というコンセプトを持ち、わかりやすく商品説明するために陰で努力をしてきたことが見て取れる。

 番組の中でカラオケを歌う長谷川さん

  お色気たっぷりの商品紹介はコチラ

 彼女のプロフは滋賀県出身で既婚者ということ以外、あまり情報が無く、謎に包まれている。2013年に中途入社ということは大学卒業後、最低でも6年が経過しているから、30歳近いということか。実際はもっと若く見える。それは軽妙かつ元気いっぱいでハキハキした喋り方に秘密がありそうだ。

 彼女の元気の良さが伝わる動画はコチラ

 お正月にメインMC陣勢ぞろいの際の動画はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=rUNw3bAJho4

 私が「ジャパネット」が好きな理由のひとつに、この企業が明るくて社員同士が仲睦まじく見える点だ。こういう雰囲気ならば自分もここで働きたいと思うかもしれない。そんな印象を受けるのが、社員総出でAKBの「恋するフォーチュンクッキー」を踊った動画だ。

 裏方であっても生き生きした職場であることがよくわかる。TV制作部や電話オペレーターの方、配送の方、事務職の方など各部署が明るい雰囲気と元気を兼ね揃えている。河野さんもノリノリで踊っている。実に楽し気な職場だ。
 これからも土曜日を中心に私を楽しませてほしい。そして魅力的な商品を大幅値引きや破格値で紹介して欲しいと願う。 

 

 

2019年4月14日 (日)

日本の誇り~京都橘高校グリーンバンド~

 今更かと思われるが、昨年の正月に日本のブラスバンドが全米を熱狂させたのをご存知でしょうか?その名は「京都橘高校」の「Green Band」だ。現地では「オレンジの悪魔」と呼ばれた。どうしてか?マーチングでは重い楽器を運びながら演奏もしなければならず、普通に行進するだけでも大変な重労働なのに、しかも部員の9割が女子高生という中で、誰にも真似できない壮絶なパフォーマンスを繰り広げ、現地の人々を興奮と熱狂のるつぼに叩き込んだからだ。オレンジは彼女たちのコスチュームの色で、しかも超ミニスカートなので、その激しい動きが顕著に見て取れるようないでたち。
 その壮絶パフォーマンスで全米を熱狂させたのは、アメリカのカリフォルニア州で行われた「Rose Parade」でのひとコマ。日本代表として出場した彼女たち、京都橘高校のマーチングバンドは、他のバンドを圧倒し、彼女たちが視界に入るやいなや、ひときわ大きな歓声で迎え入れ、彼女たちが目の前で繰り広げるパフォーマンスに酔いしれ、拍手と大歓声はパレードNo.1であった。

 彼女たちがパレードで奏でた曲は「ファイヤーボール」、ジャズの定番「シングシングシング」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」、ヒット曲の「ハッピー」、「リトルマーメイド」、「ダンシングシスター」、そして誰もが知る「スターウォーズのテーマ」などだ。

 このパレードはアメリカ合衆国カリフォルニア州パサデナで毎年行なわれる。新年祝賀行事の1つとして、元日(元日が日曜日の年は翌1月2日月曜日)に行なわれるカレッジフットボールのローズボウルの前にパレードする。花で装飾されたフロート車、マーチングバンド、馬などが登場する。1890年1月1日に開始され、何十万もの人々が沿道で観覧し、全米でテレビ放送されている。世界中200カ国以上で何百万もの人々が視聴しているとされる。1902年、カレッジフットボールのローズボウルが追加され、パレードの資金集めがより容易になった。
  日本からは厳しい予選を勝ち抜いたバンドだけが出場権を得られる。1965年の天理高校を皮切りに、2018年の京都橘高校までのべ18校が出場している。京都橘高校は2012年の初出場以来で2度目。しかし、一糸乱れぬダンスを取り入れた演奏は、他の群を抜き、注目度はピカイチだ。動画映像を見てもらうとわかる通り、彼女たちの登場シーンだけがやたら歓声が大きい。
 日本人は振りなど皆と合わせるのが巧みで、縦横のラインが綺麗で、一糸乱れぬパフォーマンスで観衆を魅了した。日本の超越した技を目の当たりにした観客は驚愕し、心ゆくまで堪能したことは言うまでもない。新年一発目の大きなイベントに花を添えたという意味で貢献度は高い。

 総集編はコチラ

 2時間を超えるパレードの全貌はコチラ

 アメリカはショーマンシップの国なのに、どの州の代表も整然とした行進をしているのに対し、日本代表の橘高校は躍動感が全く違う。踊りをふんだんに取り入れ、観客を巻き込んで楽しみながら行進している。上の映像の36分頃に日本の橘高校が現れ、ピタリと息の合った振り付きで「シングシングシング」が始まると状況は一変。観客も大興奮で、声援を送っているし、盛り上がりが断然違う。

 その他の関連映像はコチラ

 https://www.youtube.com/watch?v=Xkz0l1pqfEg

 https://www.youtube.com/watch?v=Lve3sAG05ko&t=355s

 https://www.youtube.com/watch?v=5uuL774SxvM

 https://www.youtube.com/watch?v=TtlpTlyiaH4&t=16s

 https://www.youtube.com/watch?v=Tgih4sPjDjw&t=5s

 https://www.youtube.com/watch?v=GnQORM2l7M8

 https://www.youtube.com/watch?v=Yy0fr_5Sq5g

 https://www.youtube.com/watch?v=U1sFP0TSwGE

 https://www.youtube.com/watch?v=RqN_IKHgeFI&t=158s

 https://www.youtube.com/watch?v=GnQORM2l7M8

 https://www.youtube.com/watch?v=yo5-8ObIHWg

 https://www.youtube.com/watch?v=ZW6k3uLMu5A

 https://www.youtube.com/watch?v=KRUGUXJbh_k&t=371s

 https://www.youtube.com/watch?v=K3VfGFQKSAc&t=531s

 https://www.youtube.com/watch?v=ZKRx8RSmVxQ&t=1498s

 https://www.youtube.com/watch?v=7Edaf6QpNyw

 https://www.youtube.com/watch?v=jigHuKIqgyA

 https://www.youtube.com/watch?v=ZKRx8RSmVxQ&t=1532s

 https://www.youtube.com/watch?v=a9_sAqwVM4E&t=22s

 

 全米に伝えたニュースはコチラ

 https://www.youtube.com/watch?v=qkQ-i4fHaAk

 2017年 アナハイムのディズニーランドで演奏した京都橘高校のパフォーマンスはこちら

https://www.youtube.com/watch?v=qE0FdDKvxn8

 ステップやジャンプしたり、回転したりと踊りながらこれほどの美しい演奏を繰り広げ、全米中の度肝を抜いた彼女たち。全米で同時中継し、その反応や反響は凄まじかった。動画サイトには数え切れないほどの動画がアップされ、いずれも100万を越えるアクセス数を記録している。
 特に素晴らしいのは、日本人らしい「もてなしの心」を発揮して、沿道の観衆に笑顔で手を振り、愛嬌を振りまき、元気を与えたことだ。
 私も小学生の頃、鼓笛隊ではトランペトを吹き、そして特設合奏部ではホルンを吹いていたのでわかるが、あんなに激しいダンスをしながらの演奏は神業に近い。普通は息切れするし、マウスピースが歯に当たってまともに演奏などできない。それを彼女たちは軽々とやってのけたという点でも価値がある。

 日本の高校生が世界でこんな活躍をしていたとは知らなかった。しかもこれが1年3か月も前に起きた、或る意味奇跡のパフォーマンスだったとは・・・。

 京都橘高校は日本の誇りだ。ぜひ、来年の東京オリンピックの開会式でも演奏して欲しい。絶対に世界にアピールできるまたとない機会だし、実現できれば、日本にこんなに秀逸したマーチングバンドがあることを全世界に知らしめることができる。

2019年4月13日 (土)

女性杜氏が輝く「大天狗酒造」

 3月2日と23日にFTVの「サタふく」の「福島ハッ!見伝」というコーナーで、番組MCを務める「江戸むらさき」の野村さんがアポなしで訪れた本宮市唯一の蔵元が紹介された。その時の模様を掲載した公式FACE BOOKが→ コチラ

 その酒蔵は、女性杜氏兼マネージャーの小針沙織さんが切り盛りする「大天狗酒造」だ。本宮駅に隣接するかのようにその南東側に佇み、酒蔵の別棟にはカウンターで試飲もできる販売所がある。恥ずかしながら、その隣町の二本松市には全国日本酒鑑評会で10年以上連続金賞を受賞した「奥の松酒造」や、玄人好みで個性的な味わいの「千功成」、そして世界大会でグランプリ獲得経験のある「大七酒造」など、全国の日本酒通を唸らせる蔵元がわんさかあるが、本宮市に明治初期創業の老舗酒蔵があろうとは夢にも思わなかった。
 その酒蔵は明治5年創業で、実に140年もの歴史を持つ老舗で、店番を務めているのが5代目を継ぐ予定の小針さんで、「福島県清酒アカデミー」を卒業して、実家でもある「大天狗酒造」を継ぐ決心をしたという。
 その小針沙織さんは既婚者だが、小柄で可愛らしい風貌にもかかわらず、実に明るく元気で、バイタリティに溢れた印象。

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 番組では、清酒アカデミーを卒業した小針さんが初仕事として仕込んだ「卯酒(うさけ)」。野村さんいわく、「日本酒を良く知らなくて何を呑んだらいいのかわからないライトユーザーや女性向け」とのことだった。そして食中酒として相性も良さそうな「特別純米酒」、そして毎回100本くらいしか摂れないという季節限定希少酒の「純米吟醸無濾過生原酒」。これはフルーツのような甘い香りと白い濁りが特徴。辛口だけあって、さっぱりとしたの飲み口だが、後からキリッと来る余韻を楽しめる酒ということだ。

 「大天狗酒造」を紹介するページはコチラ→ http://www.tohoku-sakurakaido.jp/sakagurakaido/sakagura/view/10

 JR本宮駅に降り立つと目に入る、レンガづくりの煙突を目印に、徒歩1分。1872年(明治5年)創業の、市内唯一の酒蔵がある。倉庫として使っていた蔵の中を整理していたとき、最後にあけた行李の中から、ふたつの天狗の面がでてきたことに由来する銘柄、「大天狗」。
安達太良山の伏流水と、地元産の米にこだわって仕込む酒の8割は、市内で消費されている。なかでも、勇ましい天狗の面のラベルが貼られた、普通酒<大天狗 精撰>が地元民の定番酒だ。「地元の安達太良神社で毎年開催される、10月の例大祭の3日間が、一年で一番忙しい時」と4代目伊藤滋敏当主が話すように、地元の暮らしに根付いた酒蔵であり、酒屋である。

 「大天狗酒造」の公式ページはコチラ→ http://daitengusyuzo.com/

 女性杜氏「小針沙織」さんのブログ「酒蔵女子の日記」はコチラ→ https://ameblo.jp/daitengukobari

 動画サイトにアップされていた2種類の映像をどうぞ!

 立川こしら師匠の大天狗酒造見学ツアーはコチラです。

 門構えや店の造りからも老舗感が漂う。なんでも梅酒を含み、酒類は20もあるというから、季節に応じて様々な酒質を心ゆくまで楽しんでみると良いかもしれない。智恵子が見た「ほんとうの空」が澄み渡る青空に映える名峰「安達太良山」の伏流水をふんだんに使い、とことんこだわった納得いく酒造りを日々実践している。ぜひお試しあれ!

 というわけで、平成31年4月9日(火)、仕事が休みだったこともあって、温泉に行ったついでの午前中に、実際に酒蔵を訪れてみた。壁文字の大天狗もあったし、壁にめり込んだ自動販売機も実在した。そして私自身も、イチ地酒ファンとしてこの店自慢だという四合瓶を2本買ってみた。訪れた際は、小針さんは不在で、他の従業員の女性と4代目店主のお父さんが店番をしていた。酒の話をして、インスタやブログなどに掲載して宣伝してもOKということで、許可を貰って店内と蔵の外観も撮影させて頂いた。

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 後から小針マネージャーさんもマスクをして姿を見せた。カウンターに置いてあったパンフレットや雑誌取材を受けた際の冊子、名刺などをいただいた。いろいろ撮影の話とかも聴きたかったが、長居無用と思い、また買いに来ますと告げて、その場は10分ほどで退散。

 私が買ったのは、女性杜氏の小針沙織さんが監修の「卯酒」と「純米無濾過生原酒」の2本。四合瓶中心なので2本買っても3,512円!

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 本宮の駅のすぐ隣りにある酒蔵は全国的にも珍しいが、更に30歳そこそこの若き女性杜氏が醸した日本酒は必見だし、必飲の価値あり!
 私が知っている県内の女性杜氏がいる酒蔵は、「天明」の曙酒造、そして「ゆり」の鶴乃江酒造、そして今回話題になった「大天狗酒造」くらいしかいない。

 本宮市内の酒屋やコンビニが中心だが、郡山では唯一、駅の構内にあるお土産コーナーに置いてあるとのこと。今、話題の女性杜氏が仕込んだ珍しい酒ということで、今後、ユーザーや愛好家も増えることだろう。 
 

2019年4月12日 (金)

80年代アイドルの名曲5

 80年代アイドルの記事で、「Wink」を抜きには語れない。相田翔子と鈴木早智子の二人組ユニットで、フランス人形のような可愛らしい風貌だった彼女たち。ピンクレディーの再来を彷彿させるような独特なダンスと外国のカヴァーを中心とした楽曲は、少し前に活躍していた「Babe」とも重なって見えた。

 彼女たちの代表曲と言えば、アイドルではピンクレディー以来となる2人組ユニットで「レコード大賞」を受賞した「淋しい熱帯魚」だ。個性的な小刻みに動きまわるステップと顔の前で腕を組んで上下に開いて、顔を横に向ける振り付けは一世を風靡した。

 「淋しい熱帯魚」

 Winkの5枚目のシングル。1989年7月に発売された。
 発売から間もなく、7月17日付でオリコン初登場1位を獲得し、11月27日付のものまで100位以内に20週連続ランクイン。また1989年のオリコン年間ランキングでは7位にランクインし、Winkのシングルとしてはカイリー・ミノーグの楽曲のカヴァー「愛が止まらない~Turn it to love~」の62.95万枚に次ぐ54.873万枚の売り上げを記録、それまで殆ど洋楽をカヴァーしてきた彼女たちにとって、オリジナル曲としては最大のヒットソングとなった。
 この年、Winkは同曲によって、12月14日に『第22回全日本有線放送大賞』で年間グランプリ、31日に『第31回日本レコード大賞』で日本レコード大賞を受賞。また、この楽曲で『第40回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしている。

 では、テレビ番組で実際に歌っている場面をどうぞ!可愛らしい振り付けにも注目!

 衣装も可愛いが、さほど派手さが無く、あどけない表情の二人の雰囲気が実にマッチングしている。
 ところで、この80年代から90年代にかけての黄金デュオ「Wink」は1996年3月末に活動停止しているだけで、正式には解散宣言はしていないらしい。だから、時代の要請や自分たちが機が熟したと考えた時には電撃復活もあり得るかもしれない。「懐メロ」やカラオケソングとして終わって欲しくはないユニットだと思う。

 そして、2015年、活動停止から約19年振りに一日限りの再結成をした時の映像はコチラです。

 今から4年前の映像だが、まだまだ少女感が溢れていて、復活してもヒット曲が出そう!私的にはイントロや間奏部のメロディーが大好きだった。

 最後は、デビュー曲で「愛が止まらない」で、パートを入れ替えて緊張した様子の貴重な動画をどうぞ!

 

 「可愛い」以外の言葉が見つからないほどのお人形感が出ている。いつもと違うパートなので、ふたりともに声が震えているのが伝わるが、実に初々しい・・・。ぜひ復活を実現して欲しいユニットだ。

 

 

2019年4月11日 (木)

80年代アイドルの名曲4

 彼女たちの話題には正直触れたくは無かった。ミーハー極まりないと思われるからだ。しかし、私が大学2年生だった昭和60年(1985年)に「夕やけニャンニャン」が番組スタートし、そこで誕生した素人女子高生メンバー中心のアイドルグループ「おニャン子クラブ」は、当時の私の心のよりどころになっていたのは事実だ。実際に昭和61年に横浜スタジアムで開催されたコンサートを観に行ったし、LPやCDも持っていた。
 私は、個人的には「富川春美」「高井麻巳子」「永田ルリ子」などのO型アイドルがお気に入りだった。どちらかといえば「オールナイトFuji」から誕生した女子大生グループ「おかわりシスターズ」の「松尾羽純」(B型)のようなロリ顔のほうが好きだったが、そいういう意味では、B型天然少女の河合その子も気にかかる存在だった。

Onyanko


 おニャン子を母体として、「うしろゆびさされ組」や「ニャンギラス」、「うしろ髪ひかれ隊」などの枝分かれユニットや、妹分の「アイドル夢工場」などもデビューした。これは後の「モー娘。」や「AKBグループ」の興行と同類で、そういう意味では、「おニャン子クラブ」は多人数ユニットの先駆けだった。

 そんな彼女たちが残した楽曲の中で、私がお気に入りのものを3曲取り上げたい。

 1 真っ赤な自転車

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=OA_36JkbOCA

 1985年9月に発売された初アルバムに収録された曲。女の子の甘酸っぱい恋心を歌った名曲。

 2 恋のチャプターA to Z

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=Bz3eORoKhlw

        https://www.youtube.com/watch?v=ISP_hUwdeck

 この曲は「おニャン子クラブ」からソロデビューした河合その子の「涙の茉利花LOVE」のB面に収録され、バックコーラスを他のメンバーが担当した。夕ニャンのオープニングやエンディングで歌われた。

 3  ウェディングドレス

 別バージョン https://www.youtube.com/watch?v=jzs7fvyASO0

 「おニャン子クラブ」のラストシングル。これまでフロントメンバーにはなかなかなれなかった富川春美、永田ルリ子、横田睦美、白石麻子、布川智子らがリードヴォーカルを務めた。1987年8月リリース。

 そんな彼女たちがリリースした楽曲は秋元康作詞、後藤次利作曲が大多数で、いずれもベストテン入りするような大ヒットとなったし、「おニャン子クラブ」自体も時代の寵児となった。奇奇怪怪にも人気絶頂の頃に、秋元康の勝手な方針転換で僅か2年半で夕ニャンは番組終了、同時に「おニャン子クラブ」も強制解散となった。これは大人の事情であり、メンバーだった高井麻巳子を嫁にした秋元康の横暴ぶりがその最大理由で、ファンを無視した身勝手な暴挙だった。その後、AKBを主催した彼が、メンバーに「恋愛禁止」を強制したのは自分本位でなんとも都合の良すぎる規則だった。

 最後に、解散後、17年経過し、久し振りに結集してリリースした「ショーミキゲン」をどうぞ!(埋め込み処理不可)

 実際に歌っている映像はコチラ ↓

https://www.youtube.com/watch?v=yhXph4WElKE&t=236s

https://www.youtube.com/watch?v=yhXph4WElKE&t=149s

https://www.youtube.com/watch?v=EjLDaSKrbxI

 今、思えば青春時代の佳き想い出で、彼女たちの記事はできれば記憶の中に留めたかったので、ブログ記事には掲載したくなかった。しかし、今から34年も前に、素人女子高生たちが集まったユニットが、当時の中高生を熱狂させたことをどこかに記録として記しておきたくて、ここに掲載した次第だ。乙女たちの生き様も感じ取れるし、このグループから巣立ち、それぞれが自分の人生を謳歌していると思うが、若き頃に、こうした出来事が確かにあったことを忘れないでほしいと思う。
 

2019年4月10日 (水)

80年代アイドルの名曲3

 年齢的に今のアイドルには、あまり関心が薄いが、自分が青春時代に活躍した方々にはひとかたならぬ思い入れがある。同じ時代を生きた証だし、自分が一度は想いを寄せた人に、将来の恋人像をダブらせてみていて、恋愛のお手本になっていたとも言える。
 今日はシリーズ3回目となるが、私より年上ながら、その端正な顔立ちで清純派の代表だったアイドルの名曲を取り上げたい。

 「まちぶせ」 by 石川ひとみ

 この曲は、荒井由実(現:松任谷由実)が作詞・作曲した楽曲。編曲は松任谷正隆による。三木聖子への提供曲として作られ、1976年にシングルが発売された。のち、 1981年に石川ひとみのカバーシングルが発売され、石川の11枚目のシングルにして最大のヒット曲となった。オリコンチャートで石川のシングルでは唯一10位以内にランクし(最高6位・同年年間ランキング33位)、またTBSの『ザ・ベストテン』でもランクインした(最高3位・9週連続ベストテン入り、ザ・ベストテン同年年間ランキング21位)。さらに同年暮れの『NHK紅白歌合戦』にもこの曲で初出場を果たした。 

 石川ひとみ

 愛知県出身。1978年5月に「右向け→右」で歌手デビュー。 デビュー自体は1970年代後半だが、当初はなかなかヒット曲には恵まれなかった。血液型はB型 

Ishikawa

 個人的な感想だが、80年代アイドルのアイドルはB型が主流で、ついでO型が多く誕生しては消えて行った。B型は松本伊代、堀ちえみ、菊池桃子、南野陽子、芳本美代子、伊藤美紀、伊藤麻衣子、荻野目洋子、斉藤由貴、松本典子、酒井法子、工藤静香、O型は島田奈美、浜田朱里、岡田有希子、岡本舞子、中山美穂、小泉今日子、西村知美らがいた。

 最後に、1976年に原曲を歌ってヒットした三木聖子さんのバージョンと石川ひとみの聞き比べ動画をどうぞ!

 ふたりの声質が似ていて、区別がつかないほどだ。リバイバルされるということは耳に残る名曲だからだ。さすが「ユーミン」!

2019年4月 9日 (火)

80年代アイドルの名曲2

 平成も終わろうとしているこのタイミングで、昭和の話題もないかもしれないが、私が中高大生のいわゆる学生時代は80年代だった。その頃は空前のアイドルブームだった。女性は松田聖子、小泉今日子、菊池桃子、おニャン子クラブ、WINKなどが闊歩し、男性はたのきん、少年隊、光GENJIなどのジャニーズ系アイドルが席巻していた。あれからもう30年以上も経過しているとは信じ難いが、事実、時間は嘘偽りなく経過して、いつの間にか自分も歳を重ねていた。
 2日目の今日は私が大学生の頃にハマっていた「菊池桃子」の「卒業」です。

 

 私はこのドラマが好きで、当時VHSビデオに録画して何度も再生した。東京の三軒茶屋に引っ越した時には、この映像に登場した伊豆半島の漁港を探しにバイクでツーリングして訪れたものだ。

 菊池 桃子 

   1984年3月17日 - 映画『パンツの穴』でスクリーンデビュー。ヒロインを演じて注目される。
 同年4月21日 - 『青春のいじわる』でアイドル歌手デビュー。

Kikuchimomoko

 キャッチフレーズは「It's Real Fresh 1000%」。第26回日本レコード大賞新人賞受賞、日本レコードセールス大賞女性新人賞受賞。ブロマイドの年間売上が1位に。血液型はB型

  とにかく正統派アイドルで、ベビーフェイスな感じがたまらない魅力で、当時、熱狂的なファンと親衛隊がいた。印象がタレントでママドルとしても活躍中の「小倉優子」ともイメージがダブる。

 

 ほかにも「SUMMER EYES」「雪に書いたLOVE LETTER」「夏色片想い」「Say Yes!」などのヒット曲がある。


 

2019年4月 8日 (月)

80年代アイドルの名曲1

 平成も終わろうとしているこのタイミングで、昭和の話題もないかもしれないが、私が中高大生のいわゆる学生時代は80年代だった。その頃は空前のアイドルブームだった。女性は松田聖子、小泉今日子、菊池桃子、おニャン子クラブ、WINKなどが闊歩し、男性はたのきん、少年隊、光GENJIなどのジャニーズ系アイドルが席巻していた。あれからもう30年以上も経過しているとは信じ難いが、事実、時間は嘘偽りなく経過して、いつの間にか自分も歳を重ねていた。
 本日から5日連続で、私の青春時代を彩ったアイドルたちが残した楽曲で、私が名曲だと思うものをカミングアウトしたい。

 「セシル」 by  浅香 唯

 

 

 セシルは11枚目のシングルで1988年8月にリリースされた。

  浅香 唯

Asakayui  1984年、『少女コミック』主催の「ザ・スカウトオーディション'84」に応募。同誌に連載されていた漫画  『シューティングスター』のヒロインの名を冠した”浅香唯賞”(グランプリ)を受賞。これにより、芸名が「浅香唯」となる。浅香自身は芸能界には全く興味がなかったが、受賞者に贈られる副賞“赤いステレオ”欲しさでオーディションに応募した。審査員を務めた漫画の作者は「『浅香唯』はこの子しかいない」と、浅香を一目見た瞬間から決めたという。浅香はステレオとグァム旅行を手にするという目的を果たし、これで終わるはずだったが、数々の芸能プロダクションから次々とスカウトの電話が来る。
 1985年3月、中学卒業と同時に上京。同年6月21日、シングル「夏少女」で歌手デビュー。愛称は“フェニックスから来た少女”。約1年半の間にシングル5枚、アルバム1枚を発売するも、5枚目のシングル「10月のクリスマス」が88位にランキングされた以外は、他のシングル・アルバムは100位以内にランキングされなかった。

 1986年10月、フジテレビ系連続ドラマ『スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇』に、主役の3代目麻宮サキ役で出演を果たした。
 1987年9月発売の「虹のDreamer」で、初のオリコンチャート1位を獲得。風間三姉妹(長女:大西結花、次女:中村由真、三女:浅香唯)として発売したシングル「Remember」でもオリコン1位を獲得。

 1988年、ドラマ、映画、キャンペーン、コンサートと約1年半にわたる『スケバン刑事』関連の仕事が終了した後、4月には、カネボウのCMイメージ・キャラクターに選ばれる。また、同CMのキャンペーンソングにシングル「C-Girl」がタイアップされ、大ヒット。オリコンでは2週連続(通算3週)1位、『ザ・ベストテン』では初の1位を獲得。続く「セシル」はノー・タイアップながら、オリコン1位、『歌のトップテン』でも1位を飾る。レコードがヒットし、映画、ドラマ、雑誌、ラジオ、そしてCMにも多数出演するようになる。各メディアからは「ポスト松田聖子」、さらに中山美穂、工藤静香、南野陽子と共に「アイドル四天王」と称され、日本一忙しいアイドルと言われた。 

 

 

2019年4月 7日 (日)

今が旬な地酒「令和」

 平成の次の元号が「令和」と発表されて早一週間。今、日本中で「令和」ブームが沸き起こっている。
私が行きつけの酒屋さんを訪ねたら、「令和」というラベルのお酒が発売されていたので、それを紹介します。

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 店主にお願いして写メを撮らせていただいた。正真正銘の「令和」。

 これを撮影したのが4月6日(土)の午前中。まだ在庫はあるそうだ。

 改元記念に飲みたい方はぜひどうぞ!さくら通り沿いのモール近くにある酒屋さんで売っています。

 お酒の紹介 「豊久仁」純米吟醸生原酒」

 四合瓶(720ml)で 1,890円(税込み)
 使用酵母:TM-1
 原料米:五百万石
 アルコール度数:17度
 日本酒度:+3
 酸度:1.5
 コメント:平成を想い、新しい時代に期待を込めて醸した生酒です。 
      やや辛口の飲み口に、バナナのような爽やかな香りが特徴。
 蔵元: 「豊国酒造合資会社」は、文久2年(1862)創業。会津若松の西隣り、米どころ会津坂下町に
    あり、昔ながらの「手作り」の醸造にこだわり、普通酒から上級酒までふなしぼりで行なって
    おります。
     また、原料の性格に忠実に従った醸造に努め人の手による酒造りを行なっております。

  蔵元のホームページ http://aizu-toyokuni.com/modules/pico/index.php?content_id=3

  
 発売してその日のうちに20本があっという間に売れてしまったが、まもなく一升瓶も入荷する予定だとか。

 

 ほかにも郡山産の新発売のワインや地元でしか手に入らない地域限定酒も置いてあった。

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 私の日本酒好きは筋金入りだが、今回、便乗気味に発売された「令和」という地酒だが、豊国酒造は全国新酒鑑評会で、なんと昨年までの時点で「10年連続金賞受賞」している人気、実力を兼ね備えた蔵元なので味は確かだ。
 たぶん、大人気のお酒なので、在庫がある今がねらい目です。

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