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2019年3月 1日 (金)

美しき70年代の若手女優たち

 今は結婚などで第一線を離れてしまったが、1970年代から80年代にかけて活躍していた若手美人女優たちがいた。テレビの連続ドラマや映画にも出演し、そこそこ人気も得ていたのに、突然に芸能界から去った印象がある。今日はそうした昔輝いていた女優さんを取り上げたい。

 1 竹井みどり

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 この時代、悲劇のヒロイン役とか、なぜか悩み多く、運命に翻弄される役柄とかが多かった。脇役の女王的な存在で、刑事ドラマにも多く出演した。また、犯人に襲われる汚れ役とか艶っぽい役も多かった。
 14歳で芸能界入りして、堀越学園在学中の1975年に銀河テレビ小説『ドラマでつづる昭和シリーズ2 青春』(NHK)でデビュー。そのほか、少年ドラマシリーズ『野菊の墓』(NHk)、『熱中時代 刑事編』(日本テレビ)などに出演して清純派女優の道を歩むが、1982年のにっかつロマンポルノ『キャバレー日記』で主演し新境地を開く。
1992年から『ミナミの帝王』(OV版)で演じた探偵・矢吹麻子役が当たり役となり、通算9年間出演した。また、幾度かイメージビデオや写真集がリリースされている。
 長野県諏訪市出身の血液型はA型で、59歳になられた。

 2 竹田かほり

 中学生の時に母親と街を歩いている時にスカウトされ、モデル活動を開始。1977年に東映『ピラニア軍 ダボシャツの天』にて川谷拓三の恋人役でスクリーンデビュー。1978年からにっかつ『桃尻娘シリーズ』で人気を得る。
 以後、明るく悲壮感のないお色気路線で映画・ドラマに出演。レギュラー出演した『探偵物語』では、ナンシー・チェニーと共にマスコット的な役割として画面に華を添えた。
 1982年、ミュージシャンの甲斐よしひろとの結婚・出産を機に芸能界を引退した。
 東京都出身で血液型はB型、昨年還暦を迎えられた。

 3 山本みどり

 東京女子大学短期大学部在学中より劇団夢の遊眠社に参加。
 1978年、ポーラテレビ小説『夫婦ようそろ』で主演デビュー。以後、テレビと舞台を中心に活躍。1986年に放映された東海テレビ制作昼ドラマ『ふれ愛』は台湾でも放映され人気を集めた。
 テレビドラマ『水戸黄門』では、1994年の時点でゲスト出演回数の女優部門で歴代3位にランクインしていた。 血液型はB型

 4 木之内みどり

 北海道小樽市に生まれる。9人兄妹の末っ子。15歳中学3年生のときに、日本テレビの「ミス・ティーン・コンテスト」に応募するが準優勝、望みは叶わず。
 1974年、「めざめ」で歌手としてデビュー、キュートな顔立ちと愛らしい歌声で人気を集めた。本業の歌手としてはレコードの売り上げが伸びないのにもかかわらず、ブロマイドが飛ぶように売れる怪現象を起こした。1976年、ヘアートリートメントのCMに出演し、お茶の間にも知名度を上げたが、歌手としてはなかなか成功できず、映画『野球狂の詩』(1977年)、テレビドラマ『刑事犬カール』(1977年 - 1978年)などに出演、女優として活躍した。またグラビアアイドルとしても人気が高く、篠山紀信撮影で知られる『GORO』の表紙を6回も飾った。

 1977年発売の『刑事犬カール』の主題歌「走れ風のように」や1978年2月発売の「横浜いれぶん」がようやくヒットしたが、1978年1月19日に放送開始した『ザ・ベストテン』にはランクインせず、『夜のヒットスタジオ』にも出演を果たせなかった。
 1978年9月、ベーシスト後藤次利との交際が発覚し、米国ロサンゼルスでレコーディング中の後藤のもとに、すべてのスケジュールをキャンセルして逃避行した。後藤は当時、元シモンズの玉井タエと婚姻関係にあった。同年9月11日、帰国ともに記者会見を開き、木之内は21歳で引退した。「子どものできるようなことはしていません」のセリフを残す。人気絶頂期の突然の引退に、芸能界のみならず一般でも一時期騒然となった。新曲は記者会見の10日後の発売であった。5年後の1983年、木之内は後藤と結婚したが、4年後の1987年に離婚した。
 1990年、俳優の竹中直人と再婚した。竹中との間に2人(1女、1男)の子供がいる。血液型はO型

 5 三浦リカ

Miurarika

 モデルのアルバイトで信用金庫のCMに出演した後、高校在学中の1974年に、キリンビール(後にキリンビバレッジに移る)の商品・キリンレモンの4代目CMイメージガールに選ばれ、芸能界デビュー。1975年から女優として本格的に活動を開始する。

 1976年、上村一夫の劇画を映画化した『サチコの幸』 (日活)では、ヒロインのサチコを演じた。 テレビドラマ『水戸黄門』では、最多出演のゲスト女優である。

 初の大役はよみうりテレビ木曜ドラマ『時雨の記』で、原作にはないわがままなお嬢さん役を演じた。血液型はA型

 6 小林麻美

 1972年、18歳の時、から「初恋のメロディー」で歌手デビュー。同期に麻丘めぐみ。「初恋のメロディー」はオリコン18位を記録したが、当時のアイドルに多く求められた、明るく無邪気に笑顔を見せる天真爛漫さとは対極にあるような、殆ど笑顔を見せずにうつむき加減、猫背で気だるそうに歌う小林の姿は異質にも映り、暗い印象を持たれた。1976年までに年に1枚程度のシングルをリリースするが売り上げは伸びず、アイドル歌手としては不向きとみた事務所の方針で歌手活動は自然消滅となる。

 小林の名が浸透したのは1970年代後半、資生堂、パルコなどのCMに起用されてから。特に1977年のパルコCM「淫靡と退廃」で、細い体や暗さが受け入れられた。
 1984年に8年ぶりに歌手として、海外のカバー曲「雨音はショパンの調べ」をリリースし、大ヒット曲となった。だが当時、歌番組で歌ったことは一度も無かった。
 1991年、所属していた事務所の社長の田邊昭知と結婚、家庭に入るため芸能活動から引退した。 血液型はO型 私は同じO型なの木之内みどりとダブって見えてしまう。

 7 斉藤とも子

 1976年、NHKで放映された『明日への追跡』(少年ドラマシリーズ)でデビュー。
 1978年、『若い広場』(NHK教育テレビ)の中のコーナー「マイブック」で聞き手を務め注目を集めた。『青春ド真中』、『ゆうひが丘の総理大臣』など、学園ドラマでの「優等生の生徒役」を多く演じた。以後、少年向けドラマ番組への出演が多数。東京都立代々木高等学校2年で中退。
 1979年、『車輪の一歩』(『男たちの旅路』第4部)で、身体障害者である主人公を演じた。
初のシングルレコード「風のように」を発売。
 1984年、映画『ひめゆりの塔』に出演。
 1987年、芦屋小雁と結婚(1995年に離婚)。血液型はAB

 8 木村理恵

Kimurarie

 1975年、東宝映画『青い山脈』で本格的にデビュー。その後、ドラマ『太陽にほえろ!』に捜査第一係3代目内勤員(マスコットガール)の矢島明子役として第173話から第322話まで約3年間レギュラー出演した。第284話「正月の家」(1978年1月放送)では主役を務めた。
 デビュー時から清純派として活躍したが、1977年のドラマ『青春の門』では大胆にスカートの中の下着を披露。さらに雑誌『写楽』誌上で篠山紀信撮影による初ヌードを披露、1982年には写真集『激写文庫 いつのまに』を発売して清純派イメージからの脱皮を図った。
 1983年にはにっかつ創立70周年記念のロマンポルノ作品『暗室』でベッドシーンを演じ話題を集めた。
 1980年代後半、一時芸能活動から遠ざかっていたが、1990年代以降テレビを中心に活動を再開している。 血液型はAで現在61歳

 9 石井めぐみ

Ishi

 東京都調布市出身。1977年、東京都立国立高等学校卒業。1979年、早稲田大学教育学部に入学と同時に、少女マンガ研究会『早稲田おとめちっくクラブ』を仲間3人と共に立ち上げた。初代の副会長。さらに在学中に友人の自主製作映画に出演し、8ミリ映画の賞を受賞したことをきっかけに、1979年に松竹映画『夜叉ヶ池』の木の芽峠の山椿(妖精)役で映画デビュー。続けて角川映画『金田一耕助の冒険』に町娘役で出演。テレビドラマには 
 1980年に『噂の刑事トミーとマツ』(第1シリーズ)の18話「花の芸者に恋したトミー」の芸者役でデビューし、同ドラマには21話から森村万里子婦警役でレギュラーで出演、自身の代表作となった。
 一方私生活は波乱万丈だった。25歳の時に1度目の結婚をするも4年で離婚。 1990年(34歳)にテレビ局のディレクターと再婚。2児を儲ける。
 1996年、脳性マヒを患った長男のことを記した『笑ってよ、ゆっぴい』を出版し、同年から1999年までフジテレビ系の単発のスペシャル枠で『ゆっぴいのばんそうこう』としてドキュメンタリーが放送されて話題になった。
 1999年、長男が死去。2000年9月、42歳で離婚。

10 北村優子

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 その当時、学園ドラマが主流だった頃に、生徒役で出演したチャーミングガールだ。「ゆうひが丘の総理大臣」(北川真弓役)と「あさひが丘の大統領」(白石こずえ役)の両方に起用された。血液型はAB型で、この型特有の小悪魔的な印象を醸していた。札幌市出身で、現在59歳になられた。1980年に所属事務所の役員(当時)の息子と結婚し、芸能界を引退。

11 山本ゆか里

Yamamoto

 兵庫県神戸市生まれで、大分県の出身。血液型O型。

 1975年に、放送されたNETの公開オーディション番組『決定版・あなたをスターに!』のグランドチャンピオンに輝いて芸能界入り。
 1975年、『小麦色の想い出』で歌手デビュー。同年に放送のNETテレビ『じゃがいも』に出演し女優としてもデビューしている。キャッチフレーズは"ティーンの恋人"。

 当初はアイドル路線を中心に活動していたが、その後は子供向け特撮ドラマやアクション、時代劇などに活躍の場を求めるようになった。

12 栗田ひろみ 

 東京都豊島区東池袋出身。東京成徳高等学校卒。 中学生時代にNHKのテレビドラマ『さすらい』に出演して芸能活動を開始。1972年、大島渚監督の映画『夏の妹』の主役に抜擢されて注目を集める。その後、テレビや雑誌グラビアへの露出が増えるに連れて人気が高まる。
 翌1973年、映画『放課後』、『ときめき』、テレビドラマ『伊豆の踊り子』に主演して人気が沸騰。少し翳りのある優等生のイメージで多くのCMに出演し、レコードデビューも果たす。
 1974年10月、週刊プレイボーイ特別編集の大判写真誌「プレイガール」の表紙を篠山紀信撮影のヌードで飾った。その後も映画やテレビで活動を続けるが、1980年大晦日で芸能界を引退。翌1981年石油会社に勤めるサラリーマンと結婚した。現在は61歳になられた。

 映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=MbmBqLx-9lw

 ほかにも森下愛子さんや大場久美子さん、叶和貴子さん、宇都宮雅代さん、篠ひろ子さんらが該当するが、彼女たちは、以前、当ブログで取り上げたので、ここでは割愛させていただきたい。

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