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2019年2月22日 (金)

アン・ルイス回想

 平成初頭、私が20台の頃に、好きだった女性シンガーに「アン・ルイス」がいる。故郷を離れ、勤務地がいわき市で、一人暮らしをしていた私は、CDレンタルで彼女のアルバムを借りまくって聴いていた。彼女の代表作の「六本木心中」や「あゝ無情」など、深夜のスナックでカラオケで盛り上がっていたことが懐かしい。きみまろではないが、あれから25年、彼女は2013年を最後に芸能界を引退したが、彼女が残した楽曲とパフォーマンスは今でも色褪せることはない。

 アン・ルイス

 父親がアメリカ人で母親が日本人のハーフ。兵庫県神戸市に生まれ、横浜市中区に在った米海軍の住宅街ベイサイドコートで育つ。 1970年、14歳のとき、横浜外国人墓地を散歩中、なかにし礼にスカウトされ、「なかにし礼商会」第一号タレントになる。
 1971年2月25日に、ビクターレコードよりシングル「白い週末」でデビュー。当初はグラビアアイドルやアイドル歌謡を中心に活動する中、1974年に「グッド・バイ・マイ・ラブ」がヒット。その後、ロック(歌謡ロックと言われる場合もある)に転向し1970年代後半から1980年代にかけて「ラ・セゾン」や「六本木心中」「あゝ無情」などのヒット曲を放った。
 2013年4月6日、元夫の桑名正博と息子の美勇士で親子3人共演CDを同年10月に発売すると同時に、これをもって完全にアン・ルイスが芸能界から引退することが発表された。

 では、私が大好きだった彼女の楽曲を5曲取り上げたい。

 1位 Woman

 1989年9月6日にリリースされた30枚目のシングル。

 2位 あゝ無情

 1986年4月21日リリース。カラオケで盛り上がる曲。

 3位 ラ・セゾン

 1982年6月5日に発売されたアン・ルイスの19枚目のシングル。 作詞を手掛けたのは、かつてアイドルとして活躍した山口百恵。作曲は、アンがかねてより大ファンであった沢田研二が手掛けた。

 4位 グッバイマイラブ

 1974年発売。アン・ルイスにとって初のヒット・シングルとなった。間奏部分に英語のセリフがある。当時のアンは、アイドル路線で売り出していた。

 5位 六本木心中

 1984年10月5日に発売されたアン・ルイスの23枚目のシングル。有線・カラオケで根強く支持され、ロングヒットとなった。オリコン発表の売上枚数は29.6万枚。

 倖田來未が「エロかっこいい」というステータスで呼ばれたが、私はアン・ルイスこそ、その元祖だと思う。デビューは昭和の時代で、シンガーとしての経歴は長い。あの山口百恵の大親友で、一緒に音楽番組で共演していた。
 彼女はソロのロックシンガーだが、彼女の存在感はピカイチで、その歌唱法は、後の「レベッカ」に受け継がれた気がしてならない。

 つい最近、ネットで検索して、今から6年前に芸能界から身を引いたことを知った。昨年62歳を迎えたそうだが、20歳の頃に、彼女の楽曲を聴いて、憂さを晴らしたり、元気を貰っていた自分。感謝してもしきれない。

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