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2019年2月21日 (木)

浮き沈みの激しい人生・・・

 日本女子競泳界のエースで、来年開催予定の「東京五輪」でもメダルの期待が高かった池江璃花子選手が、自ら白血病を発症したことを告白し、日本中に衝撃が走った。私自身も水泳を嗜む手前、その一報に言葉を失った。
 彼女に限らず、芸能やスポーツ分野で著しく活躍した方々というのは、絶頂期とどん底の落差があまりにも極端だと感じている。つまり、山あり谷ありが激しくて、その生き様を身をもって証明しているように思えてならないのだ。輝かしい栄光の後にはとてつもない試練が与えられるのが当たり前のようにやって来る。
 私は、人生訓のひとつとして、人生は「太く短く生きる」か「細く長く生きるか」のどちらかだという持論を持っている。こうした方々は、前者に該当するのが明白だ。
 池江選手は「神様は乗り越えられる試練しか与えない」という概念の下、今後、闘病生活を強いられるが、あれだけの天性のスイマーを神様は決して見捨てる筈はないと信じている。必ず病気を克服し、不死鳥の如く甦り、再びスタート台と表彰台に立つ姿を待ちたいし、彼女を応援し続けたいと思う。

 今回のブログは、こうした「浮き沈みが激しかった」方々を特集するが、個人へのエールとして描写するものであり、決して冒涜や批判するものではないことを最初にお断りしておきたい。

 <芸能人>

 1 千 昌夫・・・・ 星影のワルツや北国の春のヒット曲で莫大な財を築いたが、事業の
            失敗や外国人妻と別れ、巨額の慰謝料請求でジリ貧に しまいにはト
            レードマークの大仏ほくろを取って、再出発
 
 2 島田紳助・・・ツッパリのお笑い芸人から始まり、バラエティの司会に引っ張りだこだっ
          たが、暴力団との黒い交際を自ら公表し、潔く芸能界を引退

 3 田代まさし・・・シャネルズやラッツ&スターで活躍後、バラエティのMC、俳優としても
           活動していた売れっ子だったが、麻薬や盗撮などを繰り返し、何度も刑
           務所に服役した。転落人生を絵に描いたような浮き沈みぶりだ。

 4 宮脇 健(康之)・・・70年代に「ケンちゃん」シリーズで一世を風靡した。天才子役の
              名をほしいままにし、テレビ界の申し子とさえ揶揄された。その後、
              役が減り、干され、姿を消した。一時は毎月20万円のおこずかい
              を貰い、羽振りが良かったが、保証人となり、3億円もの借金地獄
              に陥った。

 5 杉田かおる・・・彼女もまた石立鉄男とコンビを組み、天才子役として人気を集めた。
            その後、出番が減ったが、「池中玄太80キロ」の長女役で再ブレイク
            し、「鳥の詩」でベストテン入りも果たした。その後、芸能界のご意見番
            的な地位を確立したが、最近またご無沙汰となった。

 6 田宮二郎・・・田宮二郎と言えば悲劇のヒーロー一家という印象がある。まず、「タイム
          ショック」の司会や、名ドラマ「白い巨塔」に主演し、実力派二枚目俳優とし
          て人気を博していたものの、突然猟銃自殺を図って世間を驚かせた。
          

 7 桜塚やっくん・・・「スケバン響子」で大ブレイクした芸人だが、高速道路で事故により
             急死した。

 8 本田美奈子・・・10代でアイドル歌手としてデビュー。そのルックスと激しい踊り、歌の
            上手さでベスト10入りするなどトップアイドルとして君臨した。
            その後、ミュージカルスターへと華麗なる転身を図ったものの、白血病
            を発症。闘病生活の甲斐なく、若くして夭折した。

 9 近藤真彦・・・ジャニーズ事務所の初期型アイドル「たのきんトリオ」の中でももっとも人
          気が高かった。歌手だけでなく、映画にも主演し、多くの作品を残した。
          芸能活動と並行してレース活動に没頭し、皮肉なことに実の母親をう盗難
          に遭い、脅迫される事件にも巻き込まれた。

10 美空ひばり・・・天才子役として昭和の戦後に銀幕のスタートして大人気を得た。その
           後、「お嬢」として、大御所歌手の地位を盤石にし、多くのヒット曲を世に
           送った。
           一方で私生活は厳しく、小林旭との離婚や実の弟ふたりが、病死や謎の
           死を遂げるなど不幸が続き、最愛の母親も亡くした。

11 安室奈美恵・・・沖縄出身でアクターズスクールから10代でデビューした。ダンスのみ
            ならず、抜群の歌唱力で、リリースする曲が立て続けに大ヒット。ファン
            は「アムラー」と呼ばれ、カリスマ的存在となった。厚底ブーツなどファッ
            ションリーダーとしてもそのステータスを築いた。
             しかし、私生活では、SAMとの離婚や最愛の母親が叔父に殺害され
            るというショッキングな憂き目に遭った。

 <アスリート>

 1 吉村禎章・・・将来の巨人の4番候補として嘱望されていたが、外野飛球を追って、
           他の選手と激突。靭帯を損傷し、長いリハビリ生活を強いられた。
           あの負傷がなければ、凄い選手になって、記録を残していた。

 2 平山相太・・・国見高校の大型エースストライカーとして、今も破られていない得点王と
          なった。将来は日本代表の9番を背負う筈だったが、プロの練習や戦術が
          合わず、W杯にも出場せず、引退した。現在は仙台大学の学生。

 3 江川 卓・・・高校時代は剛速球投手として「怪物」の名をほしいままにした。巨人命で
          わがままを押し通し、3回のドラフト指名拒否。挙句の果てには巨人の
          エースだった小林とのトレードで決着。しかし、一時は球界のエースに登り
          詰めたが、実働9年で135勝で終わった。

 4 桑田真澄・・・彼もPL学園時代は歴代最高の戦績を残し、伝説となった。清原との運
          命のドラフトで、巨人から予想外の指名を受け、電撃入団。巨人のエース
          として活躍した。しかし、ダイビングキャッチを試みた際、利き腕の従事靭
          帯を損傷。手術とリハビリのため、長期に戦線を離脱した。
          結果、リリーフと中継ぎに転向し、名球会に入ることもなく引退した。
 
 5 津田恒美・・・「炎のストッパー」として広島の守護神となった。いつも全力で全身を大
          きく使ったダイナミックなフォームで、強打者に立ち向かっていった。逃げ
          が嫌いでいつも真っ向勝負で、ファンの心を掴んだ。しかし、悪性脳腫瘍
          により、若くして、志半ばでこの世を去った。

 この傾向は、芸人ならさらに顕著だ。いわゆる一発ギャグが当って流行語にでもなれば、その年(1年くらい)はメディアに引っ張りだこで安泰だが、一過性のブームが去れば、見向きもされなくなり、ドサ周りで明日をも知れぬ生活に陥ることもある。

 <芸人>

 1 江戸はるみ・・・親指を2本立てて「グー」ポーズが流行ったが、もう誰もやらない
 2 小島よしお・・・「そんなの関係ねぇ、ハイオパピー」というギャグも今や遠い過去だ
 3 波田陽区・・・ギター侍としてエンタの神様で大活躍「~て言うじゃな~い」 
 4 小梅太夫・・・「チッキショー」が決め台詞だった。何度もイメチェンを図っている。
 5 ヒロシ・・・半身に構え「ヒロシです」と自虐ネタを繰り広げていた。
 6 ダンディ坂野・・・黄色い衣装で「ゲッツ」が決めポーズだった。
 7 髭男爵・・・2人組で王朝貴族のいでたちで、グラス片手に優雅に振舞っていた。
 8 テツ&トモ・・・「何でだろう~」も流行語になったが、今は風前のともしび状態だ。

 さて、今日の記事は、人生観を物語るには格好のテーマだったかもしれない。私は「あいつ今何してる」とか「消えた天才」が大好きで、放送がある週は、毎回見ている。この番組は、今回の題材を代弁してくれているからだ。早熟で若くして才能を発揮する者もいれば、予期せぬケガや故障、病気に襲われ、やむなく引退を余儀なくされたケースや彗星の如く華々しくデビューしたアスリートが、様々な事情や理由で人知れず消えていった例が描写されている。まさに、天国と地獄を味わった実例だけに、説得力があるし、感動を誘う。
 
 冒頭で記述した「池江」選手には一日も早く復帰していただき、あの元気な姿と満面の笑みをプールサイドで見れることをひたすら願いたい。

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