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2019年2月

2019年2月28日 (木)

安物買いの銭失い?

 4月から人生初の「電車通勤」となるため、それに合わせて使い勝手の良い財布とバッグをネットショッピングで購入したので、リポートしたい。

 1 二つ折りサイフ

Purse3

 決め手となったのが、定期券を入れるパスケースが財布に収納でき、自動改札を通る際に、そこから抜いてタッチできるのが魅力だった。
 いつも色で迷うが、今使っている財布がダークブラウン(こげ茶色)のため、それに合わせた。カードが12枚も入り、厚みが薄い割に、少額だが小銭入れもついている。

 価格はなんと衝撃の1,500円!全額Tポイントで購入した。カードをたくさん入れても、財布自体の厚みがさほど膨らまない。

 唯一の短所は、中国製のためか、財布を開いた時に「中国語」のロゴが刻まれてある点

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 2 サンワダイレクト製「ビジネスバッグ」

Business_bag

 A4ファイルサイズの書類や13.3型のノートPCが入るなど、収納力があることからこれに決め、購入した。なんとその価格は2,980円。送料無料で税込み価格だったために、即決。

 2月に待望のi-phoneデビューし、革製のケースに入れて便利に持ち運びたいというのも購入を決めたきっかけだった。ペンケースのほか折り畳み傘やペットボトルのお茶なども収納できる。また、撥水加工のため、多少雨に濡れても大丈夫。色はブラックを選択した。

 しかし、電子マネー決済後、2日後には商品が到着したが、表面の斜めにひっかき傷らしきものが2か所あった。中国の工場で縫製後、輸入の輸送時についたものであると想像できるが、よくよく見ないと気づかないほど薄い傷だったので、価格が安かったたこともあって交換などは要求せず、そのまま買い取り&使用することにした。

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商品のレビューも「使い勝手が良い」とか高評価が多かった。

 今や当たり前かもしれないが、どちらの製品も「中国製」だった。中国製品は作りが雑ですぐほころびが出ると思い、ずっと敬遠していたが、低価格製品を求めるとどうしてもそうなってしまう。

 3 GREEN HOUSE製のMP3プレーヤー

Mp3player


 Amazonでのみバカ安価格で販売。その価格なんと1,313円!8GBのメモリ内蔵で2,000曲保存可能で、その上ワイドFMも聴け、さらにさらに45時間も録音可能なボイスレコーダーにもなる代物。色は定番のブラックもあったが、ホワイトをチョイス。ボタンはプラスチックで安っぽく見えるが、単4のアルカリ電池1本で動く。

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 2月26日にネットで注文したら、翌日には商品到着。これで電車の待ち時間を有効活用できそうだ。

 そして、次に狙っているのは、カード入れ代わりにもなるセカンドバッグサイズの長財布

Secondbag

 当初は「ブラック」を考えていたが、商品レビューを見ると、大多数の方が「ワイン色(ASH BROWN)」を選択しているため、昔、同色の「マリオヴァレンチノ」のバッグを愛用していたため、ワイン色が最有力

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 さて、今日は手前勝手な記事に終始したが、実際に使ってみての感想や改善を望む点などは、今後、この記事に追記したいと考えている。

2019年2月27日 (水)

昔のアイドルは可愛かった

 1970年代から80年代にかけては、芸能界をアイドルブームが席巻した。毎年100人程度のアイドルがデビューしては儚くも消えて行った。そんな中、ベストテン番組にランクインするようないわゆるA級アイドルとして活躍した方々もいれば、B級に甘んじて、なかなかヒット曲に恵まれずに、人知れずブラウン管から去って行った方々も大勢いる。
 今日は、そんな懐かしい時代に、特に可愛かった正真正銘のアイドルたちをセレクトしたい。今、見ても可愛いし、純粋無垢な印象を受けるのは私だけではないと思う。
 私の中での「神7」をどうぞ!

 1 石川ひとみ

 2 石野真子

 3 岡田奈々

 4 河合その子

https://www.youtube.com/watch?v=UnsXTM51ZiQ

 河合その子の映像は大部分が埋め込み禁止となっています。ご了承願います。

 5 林 寛子

 6 島田奈美

https://www.youtube.com/watch?v=jms41mxP8-M

 7 菊池桃子

https://www.youtube.com/watch?v=Siv34H4M2kM

https://www.youtube.com/watch?v=JY3bYw8Y4fU

 ほかにも小泉今日子や太田裕美、なども可愛くて、本物のアイドル感は凄かった。

 当時のA級アイドルは・・・

 1970年代

 山口百恵、桜田淳子、天地真理、石野真子、榊原郁恵、麻丘めぐみ、岡田奈々、

 フィンガー5、林寛子、キャンディーズ、ピンクレディー

 1980年代

 松田聖子、河合奈保子、柏原芳恵、中森明菜、小泉今日子、松本伊代、堀ちえみ

 石川秀美、早見優、島田奈美、西村知美、中山美穂、南野陽子、菊池桃子、WINK

 おニャン子クラブ、石川ひとみ、荻野目洋子、岡田有希子

 A級まではいかないが、私が好きだったアイドル

 小出広美、浜田朱里、セイント・フォー、原真佑美、伊藤つかさ

  さて、今日の記事は、同世代の方々にしてみれば、懐かしく青春時代を思い起こしてくれたことでしょう。1980年代に活躍されたアイドルも、40代後半から50代になられた。こんな若かりし頃があったと、今では懐かしさで一入の筈だ。例えば、「華の82年組」と呼ばれたアイドルたちも、今年で早37年が経過していることになる。当然、今の若い人たちは彼女たちの20代の頃の映像やその存在すらを知らない。
 今や彼女たちの楽曲が懐メロとしてカラオケで熱唱される時代になったが、私や同世代の方々は、彼女たちと同じ時間を共有できたことを大切な宝物になっているに違いない。

 

2019年2月26日 (火)

ユーミンの楽曲に乗せた美しき映像集

 私が社会人の頃にハマったシンガーがいる。それは松任谷由実(ユーミン)だ。1シーズン30回もゲレンデに通い詰めた私には、「私をスキーに連れてって」が恋愛バイブルでもあった。「サーフ天国、スキー天国」、「恋人がサンタクロース」、「ロッジで待つクリスマス」、そして「BLIZZARD」は劇中に挿入歌として使われ、スキーに向かう車内では必ずBGMにして、気分を盛り上げていたほどだ。今では20代の青春時代、そして恋愛時代の演出を担当してくれた宝物のような存在だ。

 最近、動画サイトにアップされ、このユーミンの名曲に乗せた美しい映像を数多く見かける機会があって、昔を思い出す意味で、今回、それらを取り上げたい。

 1 埠頭を渡る風

 首都高環状線をただひたすら車で走っているなんともない映像だが、おそらく深夜の高速だと思う。ビルの谷間を縫うように走る道路を、他車と抜きつ抜かれつの映像に、美しい夜景が絡む。様々な思いを乗せてドライブしている様子が見て取れる。私も夜中にドライブをするのが好きだった。大都会の夜のしじまを、お気に入りのBGMを流してステアリングを握る。コンパスは一筋のヘッドライト。窓を開ければ、磯の香りや、都会特有の匂いが車内にも立ち込める。左右を飛び交う照明とネオンサイン。そんな風情ある都会の夜の風景が私は大のお気に入りだ。

 2 心ほどいて

 「波の数だけ抱きしめて」という若者の恋愛事情を描いた映画の挿入歌として使用された。私も元カノと観に行った。最後は結ばれない恋だったが、舞台が1982年頃の湘南で、大学生がひと夏の想い出作りに「ミニFM局」を開設する夢に向かって頑張る姿を描いた。この「心ほどいて」はその冒頭で流れる。昔好きだったが、告白できない男が、外国へ行ってしまって離れ離れになった彼女の結婚式に出席する切ない場面でこの曲が流れ、その後、7年前の回想シーンへと繋がって行く。
 私自身もこの曲には元カノとの想い出が染みついており、苦い経験もあったが、20代の佳き想い出のひとコマとなっている。

 3 シンデレラ・エクスプレス

 1990年代、バブルが弾ける着前の時代。遠距離恋愛を強いられた恋人たち。金曜日の夜に大阪から東京に帰り、週末を二人きりでで過ごし、そして日曜日、東京駅発の最終の新幹線を待つプラットホームには、寄り添うカップルたちの影。別れを惜しみ涙ぐむ彼女をしっかりと抱き寄せる彼。やがて、発車のベル(現在はメロディー)が鳴り響き、冷酷にも二人を引き裂くようにドアが閉まる。走り去るテールランプを見送り、また翌日からの孤独に耐えながら生活をするふたり。映画やドラマを素で行くようなラブストーリーが実際に展開されていたのだ。
 その模様をユーミンは歌詞で表現したのがこの楽曲で、「シンデレラエクスプレス」と名付けられ、JR東海のCMにも取り上げられた。

 さて、歌は不思議なもので、人生の様々な経験の節目には、必ず想い出に残る楽曲が誰にも存在している。私は20代半ばから後半にかけての人生で一番楽しい記事に「ユーミン」と出逢い、彩を与えてくれた。そういう意味では重厚な季節を過ごせたと思う。
 

2019年2月25日 (月)

小中学生を主人公にした30分ドラマ

 1970年代の末期から80年代初期にかけての頃、小学生や中学生を主人公にした30分ドラマがあったのを覚えていますか?
 ひとつは「あばれはっちゃく」シリーズで、もうひとつは「生徒諸君!」だった。私がちょうど中学生の時に放送されていたので、同世代が主役のドラマに釘付けになっていた。当時の福島県では、民放2局(福島テレビと福島中央テレビ)体制だったため、本放送から1~2ヶ月遅れで平日の夕刻に放送されていた。
 この二つの番組は、どちらも大好きだったので、毎回見ていたし、同世代の方々には懐かしく思い出されるかもしれない。

 1 「俺はあばれはっちゃく」 

 当時、人気子役として活躍していた「吉田友紀」が扮する悪ガキで暴れん坊の「桜間長太郎」が小学校や家庭を舞台に、はちゃめちゃを繰り広げるドタバタ活劇で、毎回さまざまな事件を巻き起こしていた。しかし、友達思いで、どこか憎めない性格で、周囲の大人や同級生達が愛情を持って温かく見守るという内容だった。

 父親役の「遠野英心」さんはすでに鬼籍に入られた。母親の「久里千春」さんは、今もご健在だが、最近はとんとお見受けしなくなった。姉役の「島田歌穂」さんは、名作ドラマ「がんばれ!ロボコン」のロビンちゃん役だった。
 私が大好きだったのは「宮村ひとみ」役の「早瀬優香子」さんだった。小麦色の肌にあどけない顔立ちに瞳がくりっとした美少女で、劇中ではマドンナ役だった。彼女はその後、シンガーソングライターとしても活動されていた。
 また、教師役には多くのドラマで先生役として活躍された「山内賢」さんがしっかりと脇を固めていた。
 最終回のラストシーンで、ひとみちゃんが引越しのためにお別れする場面で、飛行機の窓から見下ろした先に、長太郎がメッセージを書いて手を振るシーンは涙なくしては見られないものだった。

 オープニング

 エンディング映像は残念ながら動画サイトにアップされていない。確か児童公園でロープから吊るされた滑車に犬を乗せて移動させる絵づらだった。

 この『俺はあばれはっちゃく』は1979年2月3日から1980年3月8日まで全56話が制作、放送された。

 2 「生徒諸君!」

 こちらは中学校を舞台にした学園ドラマ。「上田美恵」演じる「ナッキー」を始めとする「悪たれ団」の5人組が織り成す人間模様を描いた秀作。1980年に放送されていた。
 私はお下げ髪が可愛らしかった「小西初音」ちゃん役の「古川雅子」さん、「五月野舞子」(舞ちゃん)役の「金久保美幸」さんがお気に入りだった。
 そしてバスケが得意だが勉強はからっきしダメな「岩崎祝」こと「田島理司」、大人びた印象でアドバイザー的な兄貴分の「沖田成利」こと「松村雄基」らが共演していた。彼は後に、TBSの「スクールウォーズ」などの学園ドラマにツッパリ役として多数出演し、「伊藤かずえ」らと共に大映テレビ制作のドラマには欠かせない俳優となった。

 そして主人公のナッキーは、金持ちのお嬢様だが、家庭が複雑であまり恵まれてはいなかった。しかし、持ち前の明るさと根性で、様々な障害を仲間達と助け合い支え合いながら乗り越えていく友情物語だった。彼女は役どころではスポーツ万能だった。

 オープニングとエンディングの名物テーマ曲


 
 このドラマは1980年9月から翌年の3月までの半年間、テレビ朝日系列で放送され、全28話あった。しかし、今は松村を除いては、出演者のいずれも芸能界では活動されていない。「あの人は今」や「情報フライデー」などでその後の所在を追跡取材してほしいところだ。
 その後、このドラマはリメイクされ、「小泉今日子」が「ナッキー」役で撮りおろされた。

 今日の記事はアラフィフ世代には懐かしいが、この先駆けとなったのが、ご存知「ケンちゃん」シリーズだ。「宮脇康之(健)」が主演のホームドラマで、「ケーキ屋」とか「おすし屋」とか、主人公の親の職業(店)を変えながら、長年続いた人気番組だった。

 ところで、近年、このような家族愛や人間の本質を描くドラマが少なくなった。昔なら「ありがとう」とか「寺内貫太郎一家」、「時間ですよ」、「ムー一族」など家庭内の実情を描いた、まるで「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」の実写版のようなアットホームなドラマが多く製作された。たまに「渡る世間は鬼ばかり」が単発的に放送されたり、「家政婦のミタ」が制作されたが、最近はとんとご無沙汰だ。ぜひ、今話題の「いじめ問題」や「自殺」問題を取り上げた社会風刺や家族愛を鋭く追及するような話題作を作り上げて欲しい。

 
 

2019年2月24日 (日)

初恋感漂う女性名を冠した歌

 1970年代のニューミュージックブーム当時、なぜか女性の名前を冠した歌が多くリリースされた。そこには学生時代の甘酸っぱい初恋の情緒が漂う。
 「好きな人に好き」と言えなかった遠い昔に過ぎ去った青春時代。村下孝蔵の「初恋」やファンモンの「告白」もまたそうした感情を掻き立てる名曲だ。今日は、そんな懐かしい日々を回顧する意味で「女性の名前」が曲のタイトルになった歌を独断と偏見で5曲セレクトしたい。

 1位 ゆうこ by 村下孝蔵

 この曲は、特に著作権が厳しくて、ご本人が歌っている映像はない。したがって、カラオケの映像でご容赦ください。

 村下孝蔵は私が大好きなシンガーで、「少女」「初恋」「踊り子」「ロマンスカー」など、実体験をそのまま歌詞に表現しているようで共感できる。

 2位 Momoko  by 近藤真彦

 高校時代に封切りされた「ハイティーンブギ」の挿入歌。当時、自分の顔がマッチにそっくりだった私は、この映画を見て、この曲が好きになった。

 ミーハーかもしれないが、高校時代は大変なアイドルブームで、男子はジャニーズの「たのきんトリオ」が全盛で、男子高校生は髪型やファッションを真似していた。

 3位 Sachiko  by ばんばひろふみ

 4位 順子 by 長渕剛

 失恋の痛手の曲なので手拍子が会場から湧き上がると、歌の途中でもストップして、客席に注意する姿勢は今と変わらない。この頃はフォークギターと首から提げたハーモニカスタイルだった。そしてお決まりの長髪スタイル。今の筋肉質で硬派のイメージとは趣を異にしている。それは松山千春も同じ。
 私は中1の頃、石野真子のファンクラブ入っていたほど好きだったので、彼と電撃結婚した時にはがっかりした。だから当時は、あまり長渕は好きではなかった。私は真子ちゃんを毒牙にかけたとしか思えなかった。

 5位 いとしのエリー by サザンオールスターズ

 この曲は切ない恋愛ソングだが、エリーは桑田佳祐のお姉さんの名前だ。この曲は70年代当時、ベストテン番組で何週もトップに君臨した名曲で、今でも歌い継がれている。あのレイ・チャールズがカヴァーするほどの神曲となった。

 ほかには「甲斐バンド」の「安奈」もこの時代にリリースされている。私が思うに、今日紹介した楽曲は、50代以上の方のカラオケの持ち歌になっていることが大いに違いない。
 たぶん、彼らの初恋の人の名前をタイトルにつけ、若かりし日の恋心や回想を詩に託していることが多いように思う。情緒感あって、心に訴えて来るものがあるし、琴線に触れる。
 不思議なのは、女性の名前は曲のタイトルになっているものが多いが、男性の名を冠した曲はほとんどない。私が知っているのは「そんなヒロシに騙されて」くらいなものだ。女性の名を使ったほうが、同じ名前の女性に共感して貰えたり、賛同して貰えるからなのだろうか。それとも男性の方が初恋の想い出を美化したり、いつまでも記憶に閉じ込めてい置きたいという心情の表れなのか。意外と失恋を引きずるのも男性の方が多いからなのか。

 さて、今日は50代以上の方々には懐かしい記事になったと思う。1964年生まれの私は中高をこのような曲と出逢い、感受性が磨かれたと思う。

2019年2月23日 (土)

オレたちひょうきん族のエンディング曲集

 唐突ですが、38年前、土曜日の夜と言えば何をテレビで見ていましたか?もう少し前だと間違いなく「8時だよ!全員集合」だったと思う。カトちゃんの「ちょっとだけよ」のタブーに始まり、志村けんの「東村山音頭」、「カラスの勝手でしょ」の大合唱、そして「ヒゲダンス」なども流行った。
 しかし、私が高校生になると、状況が一変した。「全員集合」がワンパターン化してマンネリになり、視聴率が下がって来たが、それに相反するようにフジテレビで若者に人気の番組が誕生した。それが「オレたちひょうきん族」だった。当時人気のお笑い芸人を一堂に集め、コントや寸劇、ひょうきんベストテンなど盛りだくさんの内容で、中高生の話題をさらった。「タケちゃんマン」と「ブラックデビル」、「あみだババァ」や「パーでんねん」など特異なキャラクターが大人気となり、最後は「懺悔室」でのバケツ一杯の水をかぶせるコーナー。これを見ないと日曜日が来ないといった雰囲気だった。

 ビートたけし、明石家さんま、島田紳助、のりお、ヒップアップ島崎、山田邦子、片岡鶴太郎、こんと赤信号などが賑やかに闊歩した。
 そして、私が土曜日を強く感じたのが、月替わりで変わるエンディングテーマだった。特に山下達郎やEPO、ユーミンが多くの楽曲を担当した。どれも耳に残るメロディラインで、好きなものばかりだった。

 1 星に願いを (1981年5月~)
 2 DOWN TOWN  by EPO



3 土曜日はパラダイス by EPO


 
 4 グラマー・ボーイ by 麻生ヨーコ
 5 パレード by  山下達郎
 6 涙のクラウン by EPO
 7  DOWN TOWN  by EPO
 8 土曜日の恋人 by  山下達郎



 9 土曜日が大キライ by  松任谷由実
10  SATURDAY NIGHT ZONBIES  by  松任谷由実
11 恋はNo-return  by  松任谷由実


                                                                           
12 卒業写真 by  松任谷由実 (~1989年10月)

  「オレたちひょうきん族」のワンシーン

 さて、十分懐かしい気持ちになったことでしょう。今の若者は知らないが、かつて土曜日の夜にこんなエンターテイメントな番組を放送していたのだ。
 しかし時の経過は恐ろしく早いもので、この番組が放送を終了してから30年が経過している。今でもビートたけしや明石家さんまは第一線で活躍しているし、ここで培ったギャグや仲間意識(同族意識)やら人間関係を今に活かしているように思える。

 

2019年2月22日 (金)

アン・ルイス回想

 平成初頭、私が20台の頃に、好きだった女性シンガーに「アン・ルイス」がいる。故郷を離れ、勤務地がいわき市で、一人暮らしをしていた私は、CDレンタルで彼女のアルバムを借りまくって聴いていた。彼女の代表作の「六本木心中」や「あゝ無情」など、深夜のスナックでカラオケで盛り上がっていたことが懐かしい。きみまろではないが、あれから25年、彼女は2013年を最後に芸能界を引退したが、彼女が残した楽曲とパフォーマンスは今でも色褪せることはない。

 アン・ルイス

 父親がアメリカ人で母親が日本人のハーフ。兵庫県神戸市に生まれ、横浜市中区に在った米海軍の住宅街ベイサイドコートで育つ。 1970年、14歳のとき、横浜外国人墓地を散歩中、なかにし礼にスカウトされ、「なかにし礼商会」第一号タレントになる。
 1971年2月25日に、ビクターレコードよりシングル「白い週末」でデビュー。当初はグラビアアイドルやアイドル歌謡を中心に活動する中、1974年に「グッド・バイ・マイ・ラブ」がヒット。その後、ロック(歌謡ロックと言われる場合もある)に転向し1970年代後半から1980年代にかけて「ラ・セゾン」や「六本木心中」「あゝ無情」などのヒット曲を放った。
 2013年4月6日、元夫の桑名正博と息子の美勇士で親子3人共演CDを同年10月に発売すると同時に、これをもって完全にアン・ルイスが芸能界から引退することが発表された。

 では、私が大好きだった彼女の楽曲を5曲取り上げたい。

 1位 Woman

 1989年9月6日にリリースされた30枚目のシングル。

 2位 あゝ無情

 1986年4月21日リリース。カラオケで盛り上がる曲。

 3位 ラ・セゾン

 1982年6月5日に発売されたアン・ルイスの19枚目のシングル。 作詞を手掛けたのは、かつてアイドルとして活躍した山口百恵。作曲は、アンがかねてより大ファンであった沢田研二が手掛けた。

 4位 グッバイマイラブ

 1974年発売。アン・ルイスにとって初のヒット・シングルとなった。間奏部分に英語のセリフがある。当時のアンは、アイドル路線で売り出していた。

 5位 六本木心中

 1984年10月5日に発売されたアン・ルイスの23枚目のシングル。有線・カラオケで根強く支持され、ロングヒットとなった。オリコン発表の売上枚数は29.6万枚。

 倖田來未が「エロかっこいい」というステータスで呼ばれたが、私はアン・ルイスこそ、その元祖だと思う。デビューは昭和の時代で、シンガーとしての経歴は長い。あの山口百恵の大親友で、一緒に音楽番組で共演していた。
 彼女はソロのロックシンガーだが、彼女の存在感はピカイチで、その歌唱法は、後の「レベッカ」に受け継がれた気がしてならない。

 つい最近、ネットで検索して、今から6年前に芸能界から身を引いたことを知った。昨年62歳を迎えたそうだが、20歳の頃に、彼女の楽曲を聴いて、憂さを晴らしたり、元気を貰っていた自分。感謝してもしきれない。

2019年2月21日 (木)

浮き沈みの激しい人生・・・

 日本女子競泳界のエースで、来年開催予定の「東京五輪」でもメダルの期待が高かった池江璃花子選手が、自ら白血病を発症したことを告白し、日本中に衝撃が走った。私自身も水泳を嗜む手前、その一報に言葉を失った。
 彼女に限らず、芸能やスポーツ分野で著しく活躍した方々というのは、絶頂期とどん底の落差があまりにも極端だと感じている。つまり、山あり谷ありが激しくて、その生き様を身をもって証明しているように思えてならないのだ。輝かしい栄光の後にはとてつもない試練が与えられるのが当たり前のようにやって来る。
 私は、人生訓のひとつとして、人生は「太く短く生きる」か「細く長く生きるか」のどちらかだという持論を持っている。こうした方々は、前者に該当するのが明白だ。
 池江選手は「神様は乗り越えられる試練しか与えない」という概念の下、今後、闘病生活を強いられるが、あれだけの天性のスイマーを神様は決して見捨てる筈はないと信じている。必ず病気を克服し、不死鳥の如く甦り、再びスタート台と表彰台に立つ姿を待ちたいし、彼女を応援し続けたいと思う。

 今回のブログは、こうした「浮き沈みが激しかった」方々を特集するが、個人へのエールとして描写するものであり、決して冒涜や批判するものではないことを最初にお断りしておきたい。

 <芸能人>

 1 千 昌夫・・・・ 星影のワルツや北国の春のヒット曲で莫大な財を築いたが、事業の
            失敗や外国人妻と別れ、巨額の慰謝料請求でジリ貧に しまいにはト
            レードマークの大仏ほくろを取って、再出発
 
 2 島田紳助・・・ツッパリのお笑い芸人から始まり、バラエティの司会に引っ張りだこだっ
          たが、暴力団との黒い交際を自ら公表し、潔く芸能界を引退

 3 田代まさし・・・シャネルズやラッツ&スターで活躍後、バラエティのMC、俳優としても
           活動していた売れっ子だったが、麻薬や盗撮などを繰り返し、何度も刑
           務所に服役した。転落人生を絵に描いたような浮き沈みぶりだ。

 4 宮脇 健(康之)・・・70年代に「ケンちゃん」シリーズで一世を風靡した。天才子役の
              名をほしいままにし、テレビ界の申し子とさえ揶揄された。その後、
              役が減り、干され、姿を消した。一時は毎月20万円のおこずかい
              を貰い、羽振りが良かったが、保証人となり、3億円もの借金地獄
              に陥った。

 5 杉田かおる・・・彼女もまた石立鉄男とコンビを組み、天才子役として人気を集めた。
            その後、出番が減ったが、「池中玄太80キロ」の長女役で再ブレイク
            し、「鳥の詩」でベストテン入りも果たした。その後、芸能界のご意見番
            的な地位を確立したが、最近またご無沙汰となった。

 6 田宮二郎・・・田宮二郎と言えば悲劇のヒーロー一家という印象がある。まず、「タイム
          ショック」の司会や、名ドラマ「白い巨塔」に主演し、実力派二枚目俳優とし
          て人気を博していたものの、突然猟銃自殺を図って世間を驚かせた。
          

 7 桜塚やっくん・・・「スケバン響子」で大ブレイクした芸人だが、高速道路で事故により
             急死した。

 8 本田美奈子・・・10代でアイドル歌手としてデビュー。そのルックスと激しい踊り、歌の
            上手さでベスト10入りするなどトップアイドルとして君臨した。
            その後、ミュージカルスターへと華麗なる転身を図ったものの、白血病
            を発症。闘病生活の甲斐なく、若くして夭折した。

 9 近藤真彦・・・ジャニーズ事務所の初期型アイドル「たのきんトリオ」の中でももっとも人
          気が高かった。歌手だけでなく、映画にも主演し、多くの作品を残した。
          芸能活動と並行してレース活動に没頭し、皮肉なことに実の母親をう盗難
          に遭い、脅迫される事件にも巻き込まれた。

10 美空ひばり・・・天才子役として昭和の戦後に銀幕のスタートして大人気を得た。その
           後、「お嬢」として、大御所歌手の地位を盤石にし、多くのヒット曲を世に
           送った。
           一方で私生活は厳しく、小林旭との離婚や実の弟ふたりが、病死や謎の
           死を遂げるなど不幸が続き、最愛の母親も亡くした。

11 安室奈美恵・・・沖縄出身でアクターズスクールから10代でデビューした。ダンスのみ
            ならず、抜群の歌唱力で、リリースする曲が立て続けに大ヒット。ファン
            は「アムラー」と呼ばれ、カリスマ的存在となった。厚底ブーツなどファッ
            ションリーダーとしてもそのステータスを築いた。
             しかし、私生活では、SAMとの離婚や最愛の母親が叔父に殺害され
            るというショッキングな憂き目に遭った。

 <アスリート>

 1 吉村禎章・・・将来の巨人の4番候補として嘱望されていたが、外野飛球を追って、
           他の選手と激突。靭帯を損傷し、長いリハビリ生活を強いられた。
           あの負傷がなければ、凄い選手になって、記録を残していた。

 2 平山相太・・・国見高校の大型エースストライカーとして、今も破られていない得点王と
          なった。将来は日本代表の9番を背負う筈だったが、プロの練習や戦術が
          合わず、W杯にも出場せず、引退した。現在は仙台大学の学生。

 3 江川 卓・・・高校時代は剛速球投手として「怪物」の名をほしいままにした。巨人命で
          わがままを押し通し、3回のドラフト指名拒否。挙句の果てには巨人の
          エースだった小林とのトレードで決着。しかし、一時は球界のエースに登り
          詰めたが、実働9年で135勝で終わった。

 4 桑田真澄・・・彼もPL学園時代は歴代最高の戦績を残し、伝説となった。清原との運
          命のドラフトで、巨人から予想外の指名を受け、電撃入団。巨人のエース
          として活躍した。しかし、ダイビングキャッチを試みた際、利き腕の従事靭
          帯を損傷。手術とリハビリのため、長期に戦線を離脱した。
          結果、リリーフと中継ぎに転向し、名球会に入ることもなく引退した。
 
 5 津田恒美・・・「炎のストッパー」として広島の守護神となった。いつも全力で全身を大
          きく使ったダイナミックなフォームで、強打者に立ち向かっていった。逃げ
          が嫌いでいつも真っ向勝負で、ファンの心を掴んだ。しかし、悪性脳腫瘍
          により、若くして、志半ばでこの世を去った。

 この傾向は、芸人ならさらに顕著だ。いわゆる一発ギャグが当って流行語にでもなれば、その年(1年くらい)はメディアに引っ張りだこで安泰だが、一過性のブームが去れば、見向きもされなくなり、ドサ周りで明日をも知れぬ生活に陥ることもある。

 <芸人>

 1 江戸はるみ・・・親指を2本立てて「グー」ポーズが流行ったが、もう誰もやらない
 2 小島よしお・・・「そんなの関係ねぇ、ハイオパピー」というギャグも今や遠い過去だ
 3 波田陽区・・・ギター侍としてエンタの神様で大活躍「~て言うじゃな~い」 
 4 小梅太夫・・・「チッキショー」が決め台詞だった。何度もイメチェンを図っている。
 5 ヒロシ・・・半身に構え「ヒロシです」と自虐ネタを繰り広げていた。
 6 ダンディ坂野・・・黄色い衣装で「ゲッツ」が決めポーズだった。
 7 髭男爵・・・2人組で王朝貴族のいでたちで、グラス片手に優雅に振舞っていた。
 8 テツ&トモ・・・「何でだろう~」も流行語になったが、今は風前のともしび状態だ。

 さて、今日の記事は、人生観を物語るには格好のテーマだったかもしれない。私は「あいつ今何してる」とか「消えた天才」が大好きで、放送がある週は、毎回見ている。この番組は、今回の題材を代弁してくれているからだ。早熟で若くして才能を発揮する者もいれば、予期せぬケガや故障、病気に襲われ、やむなく引退を余儀なくされたケースや彗星の如く華々しくデビューしたアスリートが、様々な事情や理由で人知れず消えていった例が描写されている。まさに、天国と地獄を味わった実例だけに、説得力があるし、感動を誘う。
 
 冒頭で記述した「池江」選手には一日も早く復帰していただき、あの元気な姿と満面の笑みをプールサイドで見れることをひたすら願いたい。

2019年2月20日 (水)

郡山の意外に怖いスポット

 私が愛する郡山にも、気をつけなければならない恐怖スポットというのがある。私自身は霊感が全くないので、怖い体験をしたことはほとんどないが、「君子危うきに近寄らず」で、できれば避けたい場所があるのもまた事実だ。逆にそういう場所を事前に察知していれば、誤って「魔界の入口」みたいな危険な箇所に足を踏み入れることはなくなるであろう。
 今日取り上げるのは、負の遺産になるため気が引けるが、人が亡くなった場所や怪奇現象が起こりそうなスポットを指摘したい。 

 1 ビッグアイ

 ここは建設工事中、巨大な強化ガラスを運搬している際に、作業員がその下敷きになり、即死した場所となっている。問題の場所は23階のエレベーター付近だ。
 この「ビッグアイ」は地上24階建ての複合型高層ビルだが、商業施設、市民プラザ(行政施設)、県立高校、そして事務所スペース、更に20階から24階までは「ふれあい科学館」の目玉、体験型宇宙劇場やスペースパーク、プラネタリュウム、展望ゾーンなどがある。23階の事故現場はまさに、その宇宙劇場がある場所だ。

 Bigi

Space_park

 しかし、この事故は事実なのに、あまりSNSなどでは公表されていない。評判を落としたり、知れ渡ると気持ち悪がられて、来訪者が減ることを懸念してなのか、真相は定かではない。

 2 駅前周辺のホテル

 実名を出すと営業妨害で訴えられそうで出せないが、これは紛れもない事実なので敢えて書くが、旧丸井があった駅前の一等地に建設され、一昨年オープンした近代的ホテル。実は丸井デパートを取り壊した際に、地中から身元不明の白骨死体が発見された。おそらく、郡山市は戦争末期に4回空襲を受けているが、米軍の爆撃で犠牲になった方の遺体であろうと推測される。また、旧丸井があった時代も、このビルの屋上から身を投げて命を落とした方もいる。そう考えると東向かいの旧西武デパートや丸光デパートでも同様の自殺があった。西武から店舗が変更になった巨大商業ビルも、そこの7階か8階のトイレでも自殺があったとされている。したがって、この辺りは、浮かばれない自縛霊やただならぬ怨念が漂う怪奇スポットだ。
 さらに、今から8年前、駅前のアティの西向かいにある都市型シティホテルから、若い男女が飛び降り自殺しているし、駅前大通りにある巨大ホテルの8階の或る部屋でも自殺があったと2ちゃんねるで囁かれている。「大島てる」の事故物件のサイトにも載らない、地元民しか知らない危険スポットが多々あるのだ。
 こういうことがあると、昔から宿場町として名を馳せた郡山のホテルに泊まるのも憚りたくなる。

Ekimae

 3 市民のオアシスでなぜか相次ぐ自殺や事故

 以前、当ブログの記事で同様の記事を書いたが、郡山は大小多くの公園が市街地に点在している。実はそのほとんどで首吊り自殺や池で溺死する事故が相次いで発生しているのをご存知でしょうか。市民のオアシスとして憩いの場所である筈の公園で多くの死者が出ていることを知ると、迂闊に近づけなくなる。

 1 開成山公園・・・昭和の時代から数えて少なくとも3人が自殺で亡くなっている。
 2 酒蓋公園・・・ここも少なくとも3人が自殺と溺死で亡くなっている。
 3 麓山公園…神社がある近くの木の枝で首吊りがあった。
 4 待池台公園・・・若者が夜中に釣りをして、酒を飲んで池に飛び込み、溺死
 5 荒池公園・・・昭和の時代に溺死事故複数あり
 6 富田町親水公園・・・生後間もない赤ん坊が捨てられ死亡した状態で発見
 7 逢瀬公園・・・暴力団による暴行事件で死亡

 また、公園ではないが、阿武隈川でも多くの方が亡くなっている。つい最近は、近くの小学生が足を滑らせて川に落ち、溺死した。
 こうした公園や川は一歩間違うと死と隣り合わせであることを肝に銘じておくべきだ。

 4 ヤバい場所

 ここで実名を挙げると命の危機に晒されるので差し控えるが、郡山はかつて「東北のシカゴ」と呼ばれるほどヤクザが多かった。中学生時分は学区内であった堂前の飲み屋の路地が危険だと言われたし、駅前の丸光デパートがあったアーケードで、実際に暴力団抗争で銃撃戦が展開された。もちろん、今もその周辺は危険スポットに変わりはない。

Kooriyamaacade

 しかし、今、もっともヤバイのは、NTTの南側にある「専門学校」がある周辺と大島小学校の北側だと言われている。後者は道路を拡張するのに、敷地が一部かかっていたが、なかなか立ち退きに応じなかった。

Kooriyamajyobi

 郡山市は昭和63年に「暴力追放都市宣言」を発令し、行政が先頭に立って、暴力団の排除に動き、クリーンなイメージを醸すため「音楽都市」の活動に力を注ぎ、今の地位を確立した。
 ところで、郡山市が決議した宣言が多数あるのをご存知でしょうか。

 1 暴力追放都市宣言
 2 セーフコミュニティ取り組み宣言
 3 ゆとり宣言
 4 音楽都市宣言
 5 新交通安全都市宣言
 6 核兵器廃絶都市宣言
 7 世界連邦平和都市宣言
 8 がん撲滅都市宣言

Kooriyama_ongaku

 私が知るだけでもこれだけある。宣言した割りに、具体的にどんな活動や試みをしているのかは不明だ。郡山市は他の市町村に比べ、住民税がやたらと高い。50歳を越え、子育てを終えて扶養親族のいなくなった私は、年間30万円以上払わされている。生活もきつきつだ。老後の心配は倍増なのに・・・。

 5 交通事故多発地帯

 昨年(平成30年)の12月に2件、今年(平成31年)1月にも1件、まったく同じ場所で立て続けに死亡事故が起きた。それはヨークベニマル横塚店の前の美術館通り。いずれも70歳前後の高齢者が横断歩道の交差点を横切って横断している最中に車にはねられて亡くなった。150m以内で連続して死亡事故が起きた不吉にして奇怪なスポットと化した。

Kooriyama_yokoduka


 以前、別の記事でも書いたが、ドンキ、ROUND1の東向かいは平成2年まで薬師堂火葬場があった場所。そこを道路(美術館通り)の拡幅工事が行われたが、一部がその敷地にかかっている。しかも、その一帯にはあろうことか、ラーメン屋があったり、放置自転車の集積場所となっていた。多くの郡山市民の終焉の場所に、そのような建物を建て、道路を通した罰が当たったとしか思えない。事故が多発するのは、死者の霊が呼び寄せるのではないだろうか。ここを通勤や通学で通る際は、手を合わせ、念仏を唱えるくらいの用心深さがあっていい。
 私の最愛の祖母も昭和62年に、そこにあった火葬場で火葬しているので、事実に誤りはない。
 

2019年2月19日 (火)

私の好きな競技別アスリートたち

 半世紀以上生きている私にとって、テレビとスポーツ、そして音楽は大好物だ。特に、スポーツは学生時代に野球を齧っていたため、やるのも観るのも好きだ。
 憧れの選手は数多くいるが、様々な競技に於いて、これまで好きだった選手をまとめてみたい。さらに嫌いな選手を記載するのは、好みなので些か気が引ける部分もあるが、私的な趣向であることをご容赦ください。

 好きなプロ野球選手         嫌いなプロ野球選手

 1位 王 貞治            1位 江川 卓
 2位 津田恒美           2位  野村克也
 3位 平野光泰           3位  ソン・ドンヨル      
 4位 進藤達哉           4位 張本 勲
 5位 田中将大           5位 清原和博

  好きな選手も嫌いな選手もO型が多いのはなぜ?

 好きな大相撲力士         嫌いな大相撲力士

 1位 輪島大士           1位 朝青龍
 2位 千代の富士          2位  北の湖 
 3位 栃東(2代目)         3位 貴ノ浪
 4位 舞の海             4位 双羽黒
 5位 増位山             5位   曙 

  ほかに富士桜や黒姫山、麒麟児、巨砲、魁傑、金剛も好きだった。

 好きなゴルファー          嫌いなプロゴルファー

 1位  香妻琴乃           1位 尾崎将司
 2位 藤田寛之           2位  青木 功 
 3位 中島常幸           3位 イ・ボミを除く韓国人ゴルファー 
 4位 有村智恵           4位 尾崎建夫
 5位 不動裕理           5位 石川 遼

 トッププロは韓国もそうだがB型ばかり 青木、尾崎兄弟、岡本綾子、宮里、丸山、片山、
松山、古閑などは全員B型
 他には左利きだった羽川豊選手が好きだった。

 好きなボクサー           嫌いなボクサー

 1位 大場政夫           1位  亀田興毅 
 2位 沢村 忠           2位 亀田大毅 
 3位 具志堅用高         3位 輪島功一
 4位 富山勝治             
 5位 赤井英和          

 沢村と富山はキックボクサー 嫌いなボクサー3人はいずれもB型

 体操

 1位 内村航平 オリンピック個人総合連覇           
 2位 米田 功  アテネ五輪の男子団体の金の立役者           
 3位 ナディア・コマネチ      モントリール五輪で満点連発 白い妖精と呼ばれた      
 4位 具志堅幸司 ロス五輪で男子個人総合金メダリスト
 5位 冨田洋之 アテネ五輪男子団体のファイナリスト 見事金メダルを獲得した

 嫌いな体操選手はいないので非掲載 

 サッカー

 1位 井原正巳 日本代表のDFにして最高のリベロ アジアの壁と言われた
 2位 松田直樹 横浜マリノスのDF 夭折したのが惜しまれる
 3位 川口能活 日本代表GKとして長年活躍した
 4位 中村俊輔 左利きのファンタジスタ
 5位 中澤佑二 ベルディやマリノスで活躍 日本代表としてもセンターバックを長く務めた

 ほかにも本西、宮本、小笠原、三浦知良、平山相太、小倉隆史は好きな選手だった。嫌いなサッカー選手はいない。

 フィギュアスケート

 1位 羽生結弦 五輪2連覇の日本のエース 怪我に耐えながら頑張った
 2位 本田武史 我が郡山市出身のスケーターでオリンピアでもある。
 3位 紀平梨花 16歳ながら昨年のGPファイナルで優勝
 4位 荒川静香 トリノ五輪金メダリスト
 5位 高橋大輔 引退後ブランクから、見事に復活を遂げた

 フィギュアスケートはB型とO型が多数を占める。羽生結弦、宇野昌磨、伊藤みどり、浅田真央、宮原知子、坂本花織はいずれもB型。紀平と荒川静香はO型

 柔道

 好きなスキージャンパー       嫌いなジャンパー

 1位 笠谷幸生            1位 ニッカネン 
 2位 秋元正博            2位 アホネン
 3位 西方千春            3位 バイスフロク
 4位 金子祐介            4位 原田雅彦 
 5位 岡部孝信            5位 八木弘和

 ほかにも渡瀬あゆみ選手は好きな選手だ。嫌いな選手は強すぎる外国勢が多い

 ラグビー

 1位 松尾雄治 新日鉄釜石の7連覇に貢献した 
 2位 平尾誠二 相手のタックルを華麗なステップで交わす姿に女性ファンが熱狂した
 3位 堀越正巳 熊谷工、早稲田、神戸製鋼で活躍し、日本代表にもなった小柄ラガー
 4位 井上大介
 5位 大八木淳史 

 新日鉄釜石と神戸製鋼は私の20代の頃の最強チームだった。

 柔道

 1位 山下泰裕 モスクワ五輪ボイコット後、ロスで悲願の金メダリストに
 2位 古賀稔彦 バルセロナ五輪時、吉田秀彦との稽古中に大怪我を負った
 3位 遠藤純夫 山下泰裕のライバル 必殺技は「かに挟み」 福島県出身
 4位 野村忠宏 前人未到の五輪三連覇 国民栄誉賞を貰えないのが不思議
 5位 井上康生 シドニー五輪で待望の金メダル

 嫌いと言うより苦手な柔道家は石井、鈴木桂樹、篠原

 バレーボール選手

 1位 森田淳悟  ドライブサーブのパイオニア
 2位 江上由美  三屋裕子や中田久美らとともに日立の黄金時代を築いた
 3位 白井貴子  日本代表として活躍したエース
 4位 横山樹里  ジュリ・スマイル』で日本中から愛されたヒロイン
 5位 猫田勝敏  ミュンヘン五輪優勝の主要メンバー 彼のトスは天下一品

 競泳

 1位 池江璃花子 出る種目で日本新を連発 日本の最強女子だが世界水泳で金を
 2位 中西悠子 女子個人メドレーでは敵なし
 3位 瀬戸大也 世界水泳「バタフライ」で金メダル 個メでは萩野とライバル
 4位 岩崎恭子 バルセロナ五輪女子200m平泳ぎで14歳にして金メダル
 5位 北島康介 アテネ・北京で平泳ぎでオリンピック二連覇の快挙

 陸上

 1位 新谷仁美 4年のブランクを経て昨年復帰 日本中距離界のエース
 2位 柏原竜二 箱根駅伝5区山登りで「新山の神」と呼ばれた
 3位 玉城かんな 名城大学陸上部 駅伝で大活躍 
 4位 鈴木優花 大東文化大学1年 駅伝で12人抜きの快走 秋田出身
 5位 鈴木亜由子 東京五輪マラソン代表候補 愛知県出身

 監督

   好きな監督         嫌いな監督

 1位 西本幸雄        1位 野村克也 
 2位 仰木 彬         2位 鈴木啓示
 3位 藤田元司         3位 高木守道 
 4位 星野仙一        4位 金本知徳
 5位 岡田武史        5位  馬淵史郎 

 他に好きな選手・好きだった選手を一挙お送りしたい。

 1 潮田玲子 バドミントン
 2 早田ひな 卓球
 3 浅尾美和 ビーチバレー
 4 錦織 圭  テニス
 5 野茂英雄 メジャーリーガー
 6 高橋みゆき バレーボール
 7 萩原美樹子 バスケットボール
 8 村口文子 ゴルファー
 9 西原加純 ヤマダ電機の中距離ランナー
10 

 
 

 

2019年2月18日 (月)

懐かしいCM⑧

 半世紀以上も前からロングランで放送されているCMがある。商品のロゴやキャッチコピーは変われど、パッケージや味は変わらない。JR東海シリーズと並んで、私が一番好きな企業CMは「コカ・コーラ」だ。「Yes Coke Yes」や「I Feel Coke」シリーズもBGMも含めて良かったが、2000年頃から始まった「No Reason」のシリーズがお気に入りだった。
 折りしも2002年に開催が決まっていた「サッカーワールドカップ日韓大会」に関する作品や「同窓会」、そして瑛太が熱演した「五月の午後」、そして「サラリーマンのサーフィン」のCMなど、バラエティに富んでいた。

 では、特に、私が好きなシリーズを3本お送りします。

 1位 「俺たちの同窓会」

 2位 「愛しのミーナ」

 もともと美人モデルだった香里奈が主演したCMで、これを契機にCMやドラマにも引っ張りだこの人気となった。いわば出世作と言える。W杯に向けて若者たちがひとつの目的に向かって盛り上げていた印象を与える内容だった。

 3位 「五月の午後」 

 

 キャッチコピーは「ココロが求めている」。当時、若手俳優だった「瑛太」が主演し、衝動的に女性にキスされるという、当時はなかなかない衝撃的な展開で、話題になった。小さい子を持つ母親は、このCMが始まると、急いでチャンネルを変えたとか。

 さて、懐かしいCM、とは言っても今から18年ほど前の出来事だから記憶に新しいかもしれない。しかし、その当時生まれた赤ん坊が高校を卒業することを考えたら、時間の経過は恐ろしい感じがする。

 ところで、この時代はバブル崩壊後の底冷えした不景気の頃で、IT産業のひとり勝ちのところがあった。携帯電話が普及し、ガングロ娘やプリクラなどがブームになっていて、若者文化やサブカルチャーが脚光を浴びた頃だった。
 そう考えればCMはその時代を映す鏡と言えるかもしれない。

2019年2月17日 (日)

懐かしいCM⑦

 今日は70年代を象徴するような青春時代の甘酸っぱい気配が漂うCMを取り上げたい。かなり懐かしいので、今の若い人は見たことは無いし、おそらくは50代以上の方しか共感できないストーリーの作風だ。

 村地弘美hiromi murachiCM「龍角散トローチ」~伝説のミチコさん

   

 長い髪、セーラー服。1970年代初頭を飾る栗田ひろみと並ぶ伝説のヒロミさんCM。有名なセリフ「・・・と日記には書いておこう」という、今では妄想のような発想だが、当時はこの文言が流行した。当時の若者の立場や風情を風刺していた。

 不二家ハートチョコレートCM(1975年)

 いじらしい仕上がりのCM。恥じらいもあったし、何より男子のずっこけポーズが時代を描写している。まるでクレイジーキャッツやドリフのずっこけネタをパロっているような作りだ。
 今から44年も前のCMだが、なんとBGMは山下達郎が歌っているから凄い!

 別バージョンはコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=fJ9X18xhwaY

 さて、今日は昔のCMを2作品取り上げましたが、覚えていた方はいるでしょうか。70年代は男女が肩を並べて歩いていただけで、周囲から冷やかされたり、からかわれる時代で、学生同士で交際をしているという噂が立つと何か悪いことをしているかのように見られた時代だ。東京などの首都圏はそうでもないかもしれないが、私のような田舎に住む者にとっては異質に見られているようで、人目を憚っていた時代だった。

 それはまるで村下孝蔵の「初恋」のように、好きな人に素直に告白できなかった時代で、もし「好きだ」と言ってしまったら、今の関係が壊れてしまうとか、フラれた後のことをくよくよ考えてしまうような時代だった。
 当時の若者は、そうした現状を打破してくれるようなこの手のCMを、ある意味羨ましく思っていたかもしれない。

2019年2月16日 (土)

懐かしいCM⑥

 今日は掟破りだが、昔流行ったCMを3つ取り上げたい。1970年代に流行したものに、化粧品がある。資生堂、カネボウは専属モデルがCMに登場し、キャンペーンなどを展開した。また、コーセーやマックスファクター、メナード、ノエビア、オッペンなど外国人モデルを起用したアメリカナイズドされたハイカラなCMも多かった。
 一方、私がお気に入りだったのは、ニューミュージック全盛の時代にあって、大御所3人(組)がそれぞれ歌い、時代を代表するヒット曲となった楽曲だ。たぶん、50代以上の方々には懐かしく感じるCM作品に違いない。

 1 「資生堂アクエア」 時間よ止まれ by 矢沢永吉

 1978年に資生堂CMで使用されて以降、爆発的にヒットした。ロックバンド「キャロル」のヴォーカル出身で、超硬派のカリスマ的バリバリのロッカーだった。あまりソロではテレビ出演はしなかった。私は、永ちゃん、宇崎竜童、クリキンの竜崎がダブって見えてしまう。

 2 「グリコ」 季節の中で by 松山千春

 1分7秒からです。私が中1の1月に「ザ・ベストテン」に「季節の中で」がランクインした時に。たった一度だけ出演し、自分の人生観やシンガーとしてのスタンスを切々と語りかけた場面が衝撃的で、翌日、学校でこの話題で持ち切りになった覚えがある。CM中の砂漠を走る「帆かけ車」の絵面が強烈に印象に残っている。

 3 「資生堂ナツコの夏」 燃えろいい女 by ツイスト

 ツイストは当時、出身者が多かったミュージシャンの登竜門「ポプコン」&世界歌謡祭でグランプリを獲得して、彗星の如くデビューした。当初は「世良公則&ツイスト」というバンド名だったが、のちに「ツイスト」と改名した。黒い革のブレスレッドにガニ股で熱唱する世良のスタイルが話題を呼んだ。歌詞も赤裸々で人間の裏側を歌い上げていた。熱狂的なファンが多かったと記憶している。

 ほかにも堀内孝雄の「君の瞳は10000ボルト」、夏目雅子が出演した久保田早紀の「異邦人」、ダウンタウンブギウギバンドの「サクセス」のCMも一世を風靡した。

2019年2月15日 (金)

懐かしいCM⑤

 1991年に制作された映画番宣用兼スポンサーのPR用CMだ。それはホイチョイプロダクション三部作映画のひとつ「波の数だけ抱きしめて」という映画のワンシーンでも使われた。
 私自身、昔付き合っていた彼女とこの映画を観に行った。若い頃の想い出のひとコマとして焼き付いている。
 
 この映画は大学生のひと夏の出来事として、湘南海岸にミニFM曲を開設しようという試み。映画の制作&封切は1991年だが、これは学生時代の想い出を回顧するという趣旨なので、実際は1980年頃の出来事を風刺している。
 したがって、劇中に登場する小物や音楽はすべてその時代に合わせてある。BCLで使われたSONYのクーガという短波ラジオTEACのオープンリールが登場したり、当時ヒットしていたオシャレな洋楽が節目節目に使用され、雰囲気を盛り上げていた。

 この頃に「専売公社」が民営化され、「JT」のその名を変え、新商品をPRする販売攻勢を仕掛けていた時代だ。オシャレな演出で購買意欲を掻き立てていた。「Some Time」というタバコを映画の番宣で戦略的利用したという感じだ。

 それにしてもこの映画は良かった。中山美穂を主演にし、当時、若手俳優として売り出した「織田裕二」や「松下由樹」をキャスティングし、若者のサブカルチャー的な世界観と恋愛事情を巧みに描写していた。まさしく1980年頃はこんな時代だった。
 若者のバイブルは「Hotdog Press」と「Popye」の雑誌で、ファッションや生き方の流行として参考にしていた。わたせせいぞうの「ハートカクテル」も世代や世界観は異なるが、この路線だったと思う。

2019年2月14日 (木)

懐かしいCM④

 誰もがもう二度と見たくないと思っているCMというものがある。それは忘れもしない8年前の東日本大震災が発生した際、日本中が悲しみに打ちひしがれていた時に約一カ月間流れていた臨時CMだ。
 今回は震災祈念日が近いということもあって、忘れたくても忘れられない、そして忘れてはいけない体験を、後世に残すために敢えて取り上げたい。
 当時を思い出すから見たくない方はスルーしていただければ幸いです。

 1 AC Japan

 ぽぽぽぽぽ~ん
 こだまでしょうか
 心は誰にも見えないけれど思いやりは誰にも見える

 2 AC 特集

 今はライブで見ることができないCMだが、震災当時、これらのCMに元気づけられたり、勇気を貰った人も多い筈。日本列島中、このCMばかりが流され、哀悼の意を示した。
 私は震災時も今現在も未だ復興途中の福島県内に居を構える身。やはり当時のことは忘れられない。ガソリンの供給がストップし、GSに長い列が出来たこと。浜通りの被災者が大挙して中通りや会津地方、そして県外に避難し、避難民でごった返したこと。建物が崩壊し、無残な姿を晒していた状況などが、今でも脳裏に浮かぶ。
 まもなく丸8年を迎えるが、少なくとも私たち被災者は当時のことを胸に刻み、追悼と共に震災で学んだ教訓を次の世代に引き継ぎ、自然災害への備えを進めていかなければならないと思う。

2019年2月13日 (水)

懐かしいCM③

 今から20年ほど前に放映していた「SAPPORO 黒ラベル」のCMをご存知ないでしょうか。山崎努と豊川悦司が壮絶なバトルを繰り広げたシリーズCMだ。
 その究極の対決とは 【温泉卓球篇/バーベキュー篇/カラオケ篇/合戦篇/金魚すくい篇】が主なものだ。
 いずれも笑いを誘うパロディで、本人たちはいたって真剣に対決しているのだが、必ず最後にオチがある。
 このCMのおかげで、サッポロビール黒ラベルの売り上げが伸びたと言われている。
 では、40代以上には懐かしいこのCMを5編紹介したい。

 感激なのは、2000年に放映されていた古いCMとは思えないくらい、この動画の画質が良い点だ。よくぞ残っていたと感心する。
 ご存知のように国産ビールは「キリン」「アサヒ」「サントリー」そしてこの「サッポロ」だが、長い間、キリンのひとり勝ちのところがあった。しかし、1990年代に「スーパードライ」が発売されて以降、大ヒットとなり、トップシェアの座を「アサヒ」が奪取した。
 その後、「モルツ」などの売り上げ攻勢があったりと、ビール業界も過当競争時代を迎えた。バブルの絶頂期は外国産ビールも売れていた。「バドワイザー」「ハイネケン」「クラフト」「レフブランド」「ギネス」などがそうだ。私はデンマーク産の「カールスバーグ」が好きだった。

 ちなみにバブル期に流されていた「バドワイザー」のCMで私が好きだったのは、地下鉄のホームにバドワイザー型の列車が入選し、乗り込むとボディコンの店員さんが、ビールを届けるバージョン。
 

 いずれにしても四半世紀前のCMで懐かしいのだが、不思議なことにあまり古臭さを感じない。それがビールCMの特徴のようだ。ビール自体が嗜好品なので、その宣伝媒体もオシャレでトレンドな内容のに特化しているからなのか・・・。
 最近は、ビールもタバコのCMもあまり見なくなった。ひと昔前ならゴールデンタイムにビールのCMをひっきりなしに流していた。若い人がお酒やたばこを呑まなくなったし、昔の若者が憧れていたカッコいい車に乗って彼女とドライブしたいという夢も少なくなった。バブル期の若者の恋愛ストーリーを体験した私たちの世代としては、少し物足りないし、可哀想な気がする。

2019年2月12日 (火)

懐かしいCM②

 今日は40代以上限定で、なおかつ福島県民にしかわからないローカルCMをお送りしたいと思う。今回取り上げるのは、今から25年くらい前の平成の初期に福島県内で放映されていた「福島民友」のCMだ。特に、夕方のニュース情報番組でよく流れていた。FCTの「ゴジてれシャトル」の最中に放送していたCMでしょっちゅう流れていた。
 子役モデル兼マジシャン兼タレントだった「西尾舞生」(にしおまう)ちゃんが登場し、愛嬌を振りまき、最後に「友達になろうよ!」と訴える内容だった。

 福島民友といえば、昔は地元出身の「中畑清」を起用したり、現在は若手タレントや地元出身のアイドル「箭内夢菜」などを重用している。福島県内の地元紙は「福島民報」が最も購読されているが、この民友は二番手ながら、宣伝広告費は結構使っている。現在の郡山支社は、神明町のふくしまFMの社屋内にある。

 このキャラクターに抜擢された「西尾舞生」ちゃんは、私は見たことが無いが、もともとは子役マジシャンらしい。

 生年月日, 1986年3月3日. 出身地, 東京都. 身長, 152cm. サイズ, B81cm W57cm H80cm S23cm. 特技. マジック料理ダンスタロットポーラセーツ. 血液型はA

 その後、成長して「スルースキルズ」という名のアイドルグループに所属し、総長と呼ばれるリーダーとして活動した。

 あの小学生くらいの女の子が、知らないうちにアイドルになっていて、しかも今は32歳になっていた。時間というのは、あんなに小さかった美少女を大人にしてしまうのかとある意味驚愕だ。

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 現在も芸能活動を継続しており、今後の活躍を祈りたい。

2019年2月11日 (月)

懐かしいCM①

 今から25年以上も前に流行ったCMを懐かしんでみたい。今も現役の女優さんとして頑張っている坂井真紀さん。1992年、今から早27年前に放映されて評判になった「TBC」に出演した作品だ。
 キャッチコピーの決め台詞が「絶対にキレイになってやる」というもので、当時、美少女ではあったが、彼をトリコにしたいという乙女心の心情が巧みに描写されていて好感を持った。

 竹内まりやさんの「家に帰ろう」の曲もこのCMとベストマッチだった。

 別バージョンはコチラ

 1992年といえば、バブル景気の終盤頃で、「エステ」という業界が隆盛を浴びる先駆けとなったのが「東京ビューティーセンター(TBC)」だった。同じ時期に美容系である「山野美容」とか「高須ビューティークリニック」なども業界を争うほど、女性たちの美意識が高くなった時期だ。

 坂井真紀

 1970年5月17日  (48歳) 血液型はB型
 東京都台東区出身。十文字高等学校、十文字学園女子大学短期大学部卒。
 御主人は私の地元の郡山市出身で写真家の鈴木心氏。

2019年2月10日 (日)

私が好きな楽曲ベスト100(邦楽)

 気づけばこの世に生を受けて半世紀以上が経過した。或る名司会者だった方が「歌は世につれ、世は歌につれ」と語った。長い人生の旅路において、傍らにあるのは歌で、それが人生の応援歌になることが多々ある。歌に励まされて自殺を思いとどまった人も現にいるのだ。
 そんな素晴らしき楽曲たちを前に、順位付けするのも申し訳ないが、自分の人生を振り返った時に、支えとなった邦楽曲を100曲取り上げたい。
 なお、今回の記事は備忘録という意味合いもあるが、あまりにも私的な内容なので、掲載期間を1週間としたいと思います。日には非公開とさせていただきますのであしからず。

 1位 I Love You  (尾崎 豊)
 2位 クリスマスイブ (山下達郎)
 3位 Hanabi (Mr. Children)
 4位 あとひとつ (Funky Monkey Babys)
 5位  永遠の心 (岩崎宏美)
 6位 初恋 (村下孝蔵)
 7位 乾杯 (長渕 剛)
 8位 サクラ (ケツメイシ)
 9位 糸 (中島みゆき)
10位 愛しき日々 (堀内孝雄)

11位 息吹 (エアリアル)
12位 遥か (GReeeeN)
13位 心ほどいて (松任谷由実)
14位 ラストシーン (Hounddog)
15位 LOVE LETTER (槇原敬之) 
16位  心ひらいて (ZARD)
17位  キセキ (GReeeeN)
18位  冬物語 (ケツメイシ)
19位 果てない空 (嵐)
20位 Secret Base (ZONE)

21位 空も飛べるはず (スピッツ)
22位 TSUNAMI (サザンオールスターズ)
23位 家路 (浜田省吾)
24位 揺れる想い (ZARD)
25位 赤い糸 (コブクロ)
26位   I feel Coke (佐藤竹善)
27位 君に贈る詩 (DUFF)
28位 3月9日(レミオロメン)
29位 On your side  (Superfly)
30位  永遠 (ZARD)

31位 ひこうき雲 (松任谷由実)
32位 奇跡を望むなら (JUJU)
33位  ひとりじゃない (DUFF)
34位 いきがい (松山千春) 
35位 もうひとつの土曜日 (浜田省吾)
36位 道標ない旅 (永井龍雲)
37位 主人公 (さだまさし)
38位 夢をあきらめないで (岡村孝子)
39位 MidNight Flight ひとりぼっちのクリスマス  (浜田省吾)
40位 勝利の笑みを君と (ウカスカジー)

41位 Noside  (松任谷由実) 
42位 蕾 (コブクロ) 
43位 タマシイレボリューション (Superfly)
44位  雪の音 (GReeeeN)
45位  素直 (槇原敬之)
46位  負けないで (ZARD)
47位 想い出がいっぱい (H2O)
48位  異邦人 (久保田早紀)
49位 True Love (藤井フミヤ)
50位  YHA-YHA-YHA  (チャゲ&飛鳥)

51位 22才の別れ (風)
52位 いい日旅立ち (山口百恵)
53位 ヘッドライトテールライト (中島みゆき)
54位 風のLonely way (杉山清貴)
55位 恋の町札幌 (石原裕次郎)
56位 for you (高橋真梨子)
57位 季節 (トランザム)
58位 地上の星 (中島みゆき)
59位 なごり雪
60位 エンドレスサマー (ガーデンズ)

61位 太陽がくれた季節 (青い三角定規)
62位 輝け (ファンキー加藤)
63位 桜 Color (GReeeeN)
64位 渡良瀬橋 (森高千里)
65位 栄光の架け橋 (ゆず)
66位 診療所 (さだまさし)
67位 卒業写真 (荒井由実)
68位 愛はかげろう (雅夢)
69位 愛は眠らない (椎名恵)
70位 Love is all  (椎名恵)

71位 青春貴族 (いずみたくシンガーズ)
72位 涙のキッス (サザンオールスターズ)
73位 恋人がサンタクロース (松任谷由実)
74位 希望の轍 (サザンオールスターズ)
75位 夢芝居 (梅沢富美男)
76位 会いたい (沢田知可子)
77位 卒業 (菊池桃子)
78位 YELL 16番目の夏 (井上昌己)
79位 悲しみなんて笑い飛ばせ (Funky Monkey Babys)
80位 366日 (HY)

81位 サクラ (コブクロ)
82位 川の流れのように (美空ひばり)
83位 ふるさと (嵐)
84位 君がいるだけで (米米クラブ)
85位 M (プリンセスプリンセス)
86位 100millions films (コブクロ)
87位  サーフ天国、スキー天国 (松任谷由実)
88位 最後のHoly Night  (杉山清貴)
89位 一番近い他人 (稲垣潤一)
90位 遠くで汽笛を聞きながら (アリス)

91位 打ち上げ花火 (DAOKO&米津玄師)
92位 恋をアンコール (おかわりシスターズ)
93位  告白 (Funky Monkey Babys)
94位 sign  (Mr. Children)
95位 ありがとう (Funky Monkey Babys)
96位 もう君がいない (Funky Monkey Babys)
97位 抱きしめたい (Mr. Children)
98位 大切 (Funky Monkey Babys)
99位 Alright (Superfly)
100位 桜 (Funky Monkey Babys)

 ほかにも数え切れないアーティストの名曲がある。とても100曲では収まりきれないが、敢えて挙げるとするとこんな感じだ。
 最後に「ファンモン」を多数ブチ込んだ感じがあるが、元気をもらえる曲が多い。
 考えてみれば、70年代はフォーク&ニューミュージック、80年代はアイドル歌謡&洋楽、90年代はバンドブーム、2000年代はアイドルグループが隆盛した。
 しかし、変わらないのは心に残る良い曲は、世代を越えて歌い継がれるという事実。カラオケの十八番だったり、共感できる歌詞、口ずさみやすいメロディラインなど数多ある楽曲の中で、自分の感性と合う楽曲は、実は一握りだろうが、こうした生きる支えになっている歌があることを心から有難いと思う。

2019年2月 9日 (土)

知らないでいると痛い目に遭う

 以前、「知らないと痛い目の合う法令」という記事で、交通規則について取り上げたことがあった。今回は、その第二弾の記事をお送りしたい。

 1 高速道路の最高速度が120km/hになったが・・・

 1月31日付けのニュースで、東北縦貫自動車道路と新東名高速道路の一部区間で、最高時速が100km/hから120km/hに引き上げられることが明らかになった。実施は3月からの予定。
 しかし、勘違いしないで欲しい。だからと言って、「必ず120km/hで走りなさい」という意味ではない。その区間を120km/hで走っても違反にはならないということであって、「高速道路の最低速度から最高速度の間で走行できる」というのが本来の意味だ。



 もちろん、強風や雨などの自然条件や事故などで、規制が出ている場合は、その速度で走行しなければ違反となる。例えば、高速道路の速度オーバーは40km/h以上が一発免停になるから、それ以内で走れば良いなどという勝手な解釈や判断はNGだ。
 営業車両に多いが青切符で済むと過信して、120km/hから39km/hオーバーの159km/hで走れば、視界は遮られて命の危機に晒されるし、もし前方で事故が発生し、道路を塞いでいれば、衝突は避けられない。また、落下物や小動物、あるいは突風などがあった場合には、ハンドルを取られ、外壁やセンター寄りのガードレールへの激突は必至。それが150km/h以上の高速でとなると、命の保証はない。
 上限速度が引き上げられたからといって、決して無理な速度で飛ばすのは、自らの寿命を縮めるようなものだ。

 2 18歳成人制はまだ施行されていない

 18歳で選挙権といういうのはすでに実施されているが、まだ成人として認められてはいない。だから現在、18歳の誕生日を迎えたからといって、大人と判断するのは早計だ。
 昨年の国会で法案が可決された民法改正案は、その施行が2022年4月からとなっている。この目的は、犯罪の低年齢化による抑止力強化と刑法などの法令適用もあると思うが、婚姻年齢を男女ともに18歳以上に揃えるというものだ。
 昔に比べ、体の発育は早くなっているが、精神年齢が追いついていないことから、女性も16歳から18歳に引き上げたと想像できる。


 
 18歳年齢による変化する事項は次の5項目

 1 選挙権
 2 契約当事者に(借金・クレジットカードの作成が可能)
 3 国民年金の納付
 4 婚姻年齢
 5 刑事罰

 これらが18歳で現行の20歳と同じ扱いとなる。ここでひとつ疑問に思うことが出てくる。

 「成人」を謳っていながら、「酒・たばこ・ギャンブル」についてはどうなるのか。結論から言えば、成人年齢が引き下げられても、10代は認められないままになっていいる。今まで「未成年」という言葉が付いていた禁止条文が、年齢指定の条文に変わるだけ。
 酒とタバコは健康を害する嗜好品であり、発達途中にある10代には有害以外の何物でもないというのが大原則。ギャンブルも自制が効かなくなり、それにのめりこみ、自己破産や破綻し、借金を抱える不測の事態に陥る危険性から、現行の20歳からとしてある。

 また、犯罪を犯した場合、20歳未満は少年法の適用だったが、2022年からは18・19歳であっても刑法の適用となり、厳罰が下され、実名報道も可能となる。

 以上、見てきたように大人としての責任を早期の段階で植えつけようというのがこの法案の狙いのようだ。
 知っておくべきは、2022年の3月までは18・19歳はまだ未成年として扱われる。よって3年後には成人式が満18~20歳まで、通常の3倍もの人で溢れかえることになる。高校生でも晴れ着を身にまとい成人式に出席することが現実のものとなるということだ。
 
 3 違法アップロード&違法ダウンロード

 俳優の「遠藤憲一」さんが、テレビでしきりに「それ、違法です」と訴えていることで知られる通り、テレビ番組や楽曲などが動画サイトに違法にアップロードされている。しかし、違法とは言いながら、警察の取り締まりはさほど厳しくなく、漫画を載せた中高生が摘発されたというニュースはあったものの、これほど映像などがむやみやたらと溢れかえった現状では、すべてを取り締まれないというのが実際のところのようだ。
 しかし、「刑事事件弁護士ナビ」というウェブページによると、知らないでそのような行為に及ぶと、取り返しがつかない事態を招くことを指摘している。(以下抜粋)

 「違法ダウンロード(いほうだうんろーど)とは、インターネット上に違法にアップロードされたコンテンツをダウンロードする行為のことです。違法ダウンロードの罰則は、2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金となっています。」

2012年10月1日に違法ダウンロードの刑罰化が施行されたものの、以下の3点の理由から逮捕者はほとんど出ていません。

  1. 権利者の告訴がなければ起訴できない(親告罪)
  2. 違法ダウンロードをしたと証明するのが難しい
  3. 違法ダウンロードした人物を取り締まるのが現実的でない
     

 ただ、今後取締が厳しくなる可能性は0ではないので、違法ダウンロードをしないに越したことはありません。

 これらの記載から、テレビ番組やDVD、CDのコンテンツを権利者の許諾がないまま、勝手にアップロードすると、告訴されても言い逃れはできず、法の裁きを受けることになる。「知らなかった」では済まされず、懲役は免れても罰金刑ともなれば、立派に前科がつくこととなる。もちろん、違法としりつつ、それらの映像や動画をダウンロードした者も、同じ適用を受ける。

 ここでまた疑問。私自身、動画を「Youtube」などの動画サイトにアップした経験はないが、「共有」のURLを使用して自分のブログ記事に「リンク」して貼り付けている動画がある。この行為は違法なのか。もし違法ならば、「Youtube」のサイト自体が、すべての「共有」機能のボタンを設置している段階で「違法」になるはず。そこでヤフー知恵袋などのQ&Aで調べてみた。

 公式の動画であれば問題ありませんが、違法にアップロードされたものであればNGの可能性があります。ご指摘の行為が

①著作権(公衆送信権)侵害にあたるか
②著作権侵害の幇助にあたるか      を見ていきます。

 ① 自分でアップロードしているわけではないので著作権法にあるどの権利にも抵触しません。(なお、児童ポルノのURLを貼り付ける行為が自分でアップロードする行為と同じ、とされた判例(最判24.7.9)がありますが、今回の場合とはまったく事案が違うので、これは根拠になりませし、仮に同じ論理を用いてもご質問のケースにまでは及びません。まとめサイトなどで間違った理解をされている方をよく見るので一応。)

 ② 幇助は正犯(実際に犯罪を行う人)の法律違反行為をしやすくした時に認められる(例えば殺人のために包丁を買ってあげた等)のですが、今回の場合、違法にアップロードされた動画の再生数を伸ばすことが、これにあたる可能性があります。ただ、この問題は(私の知る限り)学者の間でもあまり議論されておらず、当然裁判例もありません。

一応この手の問題に非常に詳しい小倉秀夫弁護士がご質問者様の質問に回答しているITメディアの記事があるので御覧ください。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0610/27/news029.html

 私自身、恥ずかしい話だが、慶應義塾大学の法学部法律学科で学んだ身ながら、こうした著作権に関する知識に疎く、今回、自戒の念を持ってこのような記事を書いてみた。
 「知らぬが仏」ではなく、これからは「「知らぬは地獄」を常に念頭に置きながら、軽率な行為を控えるようにしていきたい。

 

2019年2月 8日 (金)

今は亡き犬神家の一族の出演俳優

 かつて「江戸川乱歩の美女シリーズ」と「白虎隊」に出演した俳優・女優で、今ではお亡くなりになった方々を偲ぶ記事を書いたことがある。
 今日は、1976年に公開され、大ヒットした横溝正史作の映画「犬神家の一族」に出演したキャストで、今は天国に旅立った方々を振り返りたい。

 1 高峰三枝子・・・犬神松子役  すべての殺人事件の真犯人 タバコに仕込んだ毒で
                     自殺する

 2 三条美紀・・・犬神竹子役  松竹梅に関する怨念 息子を惨殺されて発狂する

 3 女中ハル・・・坂口良子  超個性的、人懐こくあまったるい印象のお手伝いさん

 4 犬神佐武・・・地井武男 犬神佐武は竹子の息子役で遺産を巡って松子に殺される

 5 犬神幸吉・・・小林昭二(あきじ) 佐智の父

 6 お園・・・原 泉  松子の母の役で、松子からお小遣いをせびって暮らしている  

 7 野々宮晴世・・・仁科鳩美 大弐の妻。珠世の祖母。

 8 大山神官・・・大滝秀治  犬神家の家族構成について証言した

 9 橘警察署長・・・加藤武 76年06年のいずれも派出所長役で出演した

10 犬神寅之助・・・金田龍之介 竹子の夫役 息子を惨殺された

11 柏屋の亭主・・・三木のり平 素っ頓狂な役柄がぴったりハマっていた。

12 宮川香琴・・・岸田今日子   盲目の琴の師匠 松子の琴の音色の変化を証言
 
13 古舘恭三・・・小沢栄太郎   金田一に調査を頼んだ依頼主

14 犬神佐兵衛・・・三國連太郎 莫大な財産を遺して死去 遺影が動く怪奇

 考えて見れば、この映画の封切りからすでに43年が経過した。主演の石坂浩二さんは、あまり変わっていない。

 この犬神家の一族は、映画化が3回(1954年・1976年・2006年)、テレビドラマでも探偵・金田一耕介役を変えながら、5回も制作された。なぜかジャニーズタレントが2回務めるという、不釣り合いな印象の作品もあった。
 しかし、私は石坂浩二と古谷一行の金田一役がハマリ役だと思っている。2006年の作品は、1976年の完全復元リニューアル版で、キャスティングも亡くなった方の分も極めて似ている俳優を使った。珠緒役の「松嶋菜々子」さんは美しかった。「百年の物語」と同じくらい美貌が光った。

2019年2月 7日 (木)

往年の名曲をあなたに(洋楽編⑩)

 1980年代から90年代にかけて世界を席巻した「洋楽」で欠かせないのが「スクリーンミュージック」かもしれない。「愛と青春の旅立ち」、「フットルース」、「トップガン」、「アルマゲドン」、「タイタニック」、「ニューヨークの幻」、「ネバーエンディングストーリー」、そして「フラッシュダンス」のテーマなどはいずれもビルボードで上位を占めた。
 そんな中、本日「名曲」ということでお送りしたいのは「Starship」というバンドの「 Nothing's Gonna Stop Us Now 」という曲だ。
 この楽曲は、アメリカ合衆国出身の6人組ロック・バンドが手がけた。 1987年初頭、和名「愛は止まらない)」が映画「マネキン」の主題歌となり、No.1ヒットとなる。
 

Starship - Nothing's Gonna Stop Us Now   

Lookin' in your eyes
I see a paradise
This world that I found
Is too good to be true

Standin' here beside you
Want so much to give you
This love in my heart
That I'm feelin' for you

And we can build this dream together
Standing strong forever
Nothing's gonna stop us now
And if this world runs out of lovers
We'll still have each other
Nothing's gonna stop us
Nothing's gonna stop us now
Oh, whoa

 スターシップは、同国のロック・バンド「ジェファーソン・スターシップ」(ジェファーソン・エアプレイン)から、分離改名する形で発足したグループ。一度解散したが、旧メンバー ミッキー・トーマスの興したバンドが名跡を継いでいる。

 映画「マネキン」は1987年のアメリカ合衆国のロマンティック・コメディ映画。アンドリュー・マッカーシーが主演した。

 芸術家志望の青年ジョナサンは、職場でも失敗ばかり繰り返し転職の日々を送っていた。恋人とも上手くいかない失意の彼は、偶然にもかつて自分が製作した最高のマネキンと再会してしまい、ひょんな事から展示されているプリンスデパートに就職してしまう。経営難で陰謀渦巻くプリンスデパート内で、オカマの従業員・ハリウッドと共に悪戦苦闘するジョナサン。

 ある夜のこと、作ったマネキンが人間の姿に変わって彼に話しかけてくる。彼女は「マネキンに転生」して時空を旅してきた古代エジプトの女性エミーというらしく、人間の姿になれるのはジョナサンの前だけだという。こうしてジョナサンは誰もいない深夜のデパートでエミーと斬新なショーウインドウの飾り付けをする事で、買収される寸前であったプリンスデパートを復活させてしまう。

 禁断の愛とライバルとのドタバタをハードなギャグと感動で仕上げた、ラブコメ大ヒット映画である。

2019年2月 6日 (水)

郡山の不思議

  今日は、私の住む街・郡山にスポットを当ててみたい。これまで何度も地元の話題について触れてきたが、50年近く暮らしていながら謎や不思議、神秘のベールに包まれた部分に光を当ててみたい。

 1 なぜ郡山は風が強い

 冬に冬型の気圧配置が強まると、等圧線が混む。すると北西の風が強く吹くが、磐梯山から吹き降ろす風が、いったん中山峠付近にぶつかり、そこに集まって、その峠を越えて一直線に郡山盆地に流れ込む。ホースの先を絞ると勢いが増して一直線になるのと同じ原理で、郡山市街地に突風が吹き下ろすという理屈だ。(H31.1.29の「FTVテレポート+」の斎藤気象予報士より)

 また、冬場は乾燥が酷い。髪の毛はすぐにぱさぱさになり、枝毛や静電気は日常茶飯事。

 参考映像 https://www.youtube.com/watch?v=bk2zg-Upo9M

 

 2 なぜ郡山の方言は語尾に「ばい」がつく

 これは諸説あって、定説はないのだが、私の見解では、「○○ばい」というのは、九州地方の方言だ。特に福岡県では「ばってん(しかし)」と並んで、語尾に「ばい」を付けることが多い。よく考えてほしい。郡山の五百渕の西側には久留米という地名がある。一説によれば、明治時代、郡山がまだ村だった頃、米不足解消のために、農業用水の整備として「安積疎水」が国家事業として行われた。その際、人手不足を解消するために、九州の旧久留米藩の人々が、働き手として郡山に入植し、その一大事業工事に従事した。
 その人足が日常会話として福岡便を話していたことから、地元の人に伝わり、方言化していったとみている。それが証拠に、会津地方やいわき地方は「~ばい」という人は一切いない。この県中地方に限られた「話し言葉」なのだ。

 参考映像 https://www.youtube.com/watch?v=PGsuB59M1FU

 

 3 日本の「カッパドキア」はどのようにして誕生したのか

 郡山の郊外、西部に位置する逢瀬町。少年自然の家が鎮座するその界隈に、世にも珍しい奇岩群が名勝になっているスポットがある。浄土松公園内にあるそれは、人呼んで「きのこ岩」。トルコの世界遺産「カッパドキア」のミニチュア版だ。にょきにょきと地面が隆起してできたようなその様相は、奇妙としか言いようがない。私は小学生時分に、お泊り学習でのフィールドワークでその山をグループ探検した想い出がある。そのゴール地点がこの「きのこ岩」だった。そこはかくれんぼが出来るほどの奇妙な形の岩の宝庫。
 自然の造形物なのだが、あまりにも神秘的で謎に満ち溢れた隠れ家的な場所だ。

 郡山市の「楽都」というウェブページによれば、松の緑が点在する風景が日本三景の松島に似ていることから「陸の松島」と呼ばれている。 浸食の度合いが異なる地層が、長い年月を経て風化したことにより、さまざまな形をした奇岩になりました。とある。

 しかし、残念ながら平成23年に発生した東日本大震災により、多数が崩壊し、かつての面影は見られなくなった。

 

 4 市民の守り神「開成山大神宮」とは

 大学時代と社会人になりたての頃、計8年間郡山市を離れたが、かれこれ46年も郡山市内に住んでいる私だが、何度も足を運んでいる筈の「開成山大神宮」のことをあまりにも知らな過ぎた。そこで、勉強のつもりで調べてみた。

 伊勢神宮の分霊が奉納されているため、『東北のお伊勢さま』とも呼ばれる。拝殿にある神号は有栖川宮熾仁親王による書。
 主祭神は天照大御神・豊受大神・神倭伊波禮彦命(神武天皇)

 歴史を紐解けば、安積開拓の開拓民の精神的なよりどころにするため、福島県の典事の中條政恒が伊勢神宮の分霊の奉遷を神宮司庁へ働きかけた結果、1876年(明治9年)に認可がおりて創建。1873年(明治6年)当初は「遥拝所」として計画され、翌1874年(明治7年)10月までに本殿と拝殿が竣工した。
 1875年(明治8年)12月3日、中條は地元から挙がってきた伊勢皇大神宮の御霊代を奉祭する神社建設の願書を教部大輔宛てに送付したが、教部省は神宮司庁へ認可を求めるように通達した。東京や横浜でさえ遥拝所であり、許可が容易に得られないと考えた中條は旧知の仲であった大教正・西涼寺雪辰に働きかけてもらい、神宮司庁から許可を得た。こうして1876年(明治9年)1月29日に太政大臣が認可し、8月4日に「開成山大神宮」の名称が決定した。地元では「岩代大神宮」を希望したが、「伊勢神宮」と同じように旧国名を冠することに政府が難色を示したため、「開成山大神宮」となった。

 猪苗代湖から導水した安積疏水の起業式は1879年(明治12年)12月27日に挙行、通水式は1882年(明治15年)10月1日に岩倉具視右大臣ほか要人を招いて開成山大神宮で執り行われた。
 1975年(昭和50年)には御分霊奉遷100年を奉祝して、伊勢神宮より遷宮の際の御用材の撤下を受けて現在の本殿が造営された。これに合わせて元の本殿は現在の場所へ移され、桑野宮となった。

 5 郡山はなぜ昔「東北のシカゴ」と呼ばれていたのか

 昔から駅前や堂前近辺にヤクザが多い土地で、暴力団の抗争が絶えず起きていた。私が小学生の頃、丸光があったアーケード内で、実際に拳銃の撃ちあい事件が起きたし、平成に入ってからも郡山五中前の雑居ビルに銃弾が撃ち込まれる事件が発生した。

 私は「やくざ」とは無縁なので、詳しくは知らないが、興味のある方は、「汚れた顔の紳士達」というサイトに記事があるので下のURLをクリックしてご覧ください。

 http://blog.livedoor.jp/cordial8317-kyudan110/archives/27634281.html

 私は郡山二中学区だったため、駅前は庭のように闊歩していたが、やはり小学生の頃も、エナメル靴にスーツを着たやくざ風の風貌の人や、人相が悪いチンピラ風の輩を何度も目にした。

 それを打破するために「東北のウィーン」を目指し、音楽都市宣言を行い、イメチェンを図った。

 余 談

 全国区に成長した郡山本社の企業

 1 ヨークベニマル(旧紅丸)
 2 ゼビオスポーツ(旧サンキョウ)
 3 幸楽苑ホールディングス(かつては「会津っぽ」「き伝」「チーファン」などを展開)

 ほかにも全国区とまでは言えないが「ままどおる」や「エキソンパイ」が人気の「三万石」や「檸檬」や「薄皮饅頭」が主力の「柏屋」、そして仕出し弁当や駅弁でお馴染みの「福豆屋」、更には福神漬けや漬物が美味しい「小田原屋」、味噌汁や甘酒で有名な「宝来屋」もまた郡山発祥の企業だ。

 6 競争激化で撤退した有名企業

 ①丸井                     ⑪ユアファクトリー                    
 ②西武                     ⑫庄司デンキ・電激倉庫
 ③丸光                     ⑬カフェレストラン「飛行船」
 ④ダイエー                     ⑭岩瀬書店(安積・桑野・備前舘) 
 ⑤第一家電(日和田・長者)             ⑮見聞録
 ⑥イセヤ電気(備前舘・大槻)                 ⑯ビデオフォーラム
 ⑦ビバホーム(安積町・横塚・喜久田)             ⑰ビデオボーイ
 ⑧カンセキ                    ⑱ハローマック 
 ⑨ケイヨーD2(亀田)              ⑲創夢館
 ⑩ジャンボエンチョー(旧ユニデン)             ⑳京樽

 

 その他 お好み焼き道頓堀(菜根店・八山田店)、元禄寿司・ブックオフ(新さくら通り店・
       虎丸店・日和田店)

 

 さて、いろいろと書き綴ったが、郡山は今でこそ人口33万人程度の中核都市になったが、足掛け半世紀近く暮らしている私でも、まだまだ未知の部分や謎めいたスポットが数多く存在している。今日はその中で、ほんの一端を紹介したが、これからも疑問点や隠れたスポットなどを折を見て紹介していきたいと考えている。

  追記

 菅野さんからきのこ岩がある「浄土松公園」は「三穂田町ではなく、逢瀬町だ」というご指摘をいただきましたので、訂正いたしました。

   
 

2019年2月 5日 (火)

覚えていますか、このアイドル

 唐突だが、「秋元理央」という歌手を覚えていますか?もちろん今の若い世代には知る由もない。彼女は80年代のB級アイドルだった。この名前は芸名で、当初は「橋本清美」という本名で活動していた。もしかするとこの名前のほうがピンと来たかもしれない。
 
 彼女の出演番組で代表的なものはNHKの「レッツゴーヤング」だ。1970年代から90年頃まで日曜日の18時から放送していたヤング中心の音楽番組だった。後のローカル路線バス乗り継ぎの旅の名リーダーとして頑張った太川陽介と石野真子、石川ひとみらがMCを担当していた。その人気番組に於いて、彼女は「サンデーズ」の一員として活躍していた。
 やや垂れ目の愛くるしいベビーフェイスの顔立ちと八重歯がチャームポイントのマスコット的存在だった。

 秋本理央のプロフ

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 埼玉県熊谷市出身。元ホリプロ所属。夫は元プロ野球選手で指導者、評論家の平野謙、息子は俳優の平野潤也。

  •  高校生の時にホリプロタレントスカウトキャラバンに出場、関東地区代表となる。受賞は逃したが、ホリプロにスカウトされ所属が決定。
  •  1982年 - 1984年、本名の「橋本清美」でNHK『レッツゴーヤング』にサンデーズの一員として出演。以後、女優としていくつかのテレビドラマに出演。
  •  1985年、『幻夢戦記レダ』の主題歌「風とブーケのセレナーデ」でアイドル歌手としてデビュー。この時に芸名を「秋本理央」に変更。
  •  1986年、日本テレビ系『剛Q超児イッキマン』の桃江星子役で声優としてもデビュー。
  •  東海テレビの中日ドラゴンズ応援番組『ヒロミツのスーパードラゴンズ』のアシスタント時代に平野謙(当時、中日ドラゴンズ所属)と出会い、結婚して引退した。
     血液型はA型
  •  
     私の記憶では同期のサンデーズには、「少年隊」の植草克秀と小出広美がいたと思う。では当時のレッツゴーヤングのオープニングテーマ「ムーンライトカーニバル」をどうぞ!
  •  どうです?50代以上の方には懐かしすぎる映像だ。これは1983年9月4日に放送された番組で、美しい映像の割にはもう35年以上が経過している。スクールメイツの踊りに始まり、サンデーズが登場。そして毎回のように絶叫のような声援に包まれてゲストが階段から降りてやって来る。
     では、ここで今回のアイドルとして名を挙げた「秋本理央」の歌唱場面を紹介したい。

  •  この頃は、アイドル全盛の頃で、1年間に数十人のアイドルがデビューしていた時代。そのため、いくらでも可愛い顔のアイドルがわんさかいたため、私は好意を持っていたが、その他大勢のB級アイドルに埋もれてしまい、ヒット曲には恵まれなかった。

     その他の映像

     https://www.youtube.com/watch?v=t7fKH2RKRAQ

     歳をとると昔のことを美化してしまいがちだが、特に自分が10代後半から20代前半の出来事は、自分が学生時代で、しかもバブル景気の沸いていた古き良き時代だったので、単に懐かしいだけでなく、美しい想い出として色濃く残っている。

    2019年2月 4日 (月)

    組み立て付録付き雑誌トップ10

     「デアゴスティーニ」と「アシェット」と言えば、毎週のようにTVCMで見かける「組み立て付録」メインの週刊雑誌だ。
     2年近くかけてやっと昔で言うプラモデルのような作品を完成させる類の商品だ。しかし、好評と見るや、勝手にシリーズを延期し、引っ張るあくどい面もある。私自身は、ZARDの坂井泉水の大ファンだったことから、2年前に創刊した「ZARD CD&DVDコレクション」を定期購読したが、当初は52号で終了だったのだが、大好評に付き勝手に67号まで延長された。隔週発売で1回あたり1,990円。しかしこれまでに10万円近く出費した。
     また、「週刊20世紀」も買ったし、鉄道の「ラストラン」も購入したことがある。

     さて、マイナス面を述べたが、実際問題として趣味が合う者にとってはこれらはお宝になり得る。「アシュラック」のH31の1月からは、なんと「宇宙戦艦ヤマト」を完成させるシリーズが発売された。これには50代以上の購買意欲を掻き立てるものだ。しかもそのスケールは350分の1とバカでかい。

     そこで今回は、今まで二大出版社が発売した組み立て付録の中で、私の趣味と合うものを10位までランキングで紹介したい。

     1位 戦艦大和を作る
     2位 タイタニックを作る
     3位 パイレーツオブカリビアンを製作する
     4位 零戦を作る
     5位 スバルインプレッサを作る
     6位 宇宙戦艦ヤマトを作る
     7位 トヨタ200おGTを作る
     8位 デロリアン制作
     9位 スカイラインGT-Rを作る
    10位 スターウォーズR2D2製作

     上位7位までは「アシェット」が発売。8~10位は「ディアゴスティーニ」だ。目の付け所が違う。

     今後私が商品化してほしいもの

     1位 デススター制作
     2位 スタートレックのエンタープライズ号
     3位 ガンダム制作
     4位 鉄道ジオラマを作る
     5位 ホンダCBX-400Fを作る
     6位 国鉄時代の特急列車のDVDコレクション
     7位 ドローンを作る
     8位 ウルトラセブンウルトラホーク1~3号を作る
     9位 ナイトライダー「キット」を作る
    10位 0系新幹線を組み立てる

     アシェットの一覧はこちら http://www.hachette-collections.jp/collections.html

     ディアゴスティーニはこちら https://deagostini.jp/series.php?category=72

     この手の商法は、一度作りかけたら途中でやめられない点にある。終わりが見えず、たとえ、出版社の都合で延長されても読者は文句を言えない。完成させるまでお金をつぎ込み続ける嵌めに陥る。
     特に少年時代の趣味が切手集めとプラモデルだった50代以上の金持ち世代は、昔を懐かしむ世代であり、子育てを終え、ようやく自分のためにお金を使える年代でもある。そこに付け込んで上手く商売を成り立たせている。骨董に凝る人も同類だろう。
     また、組み立て付録ではなくても、コレクションの類の商品も多い。日本の「100名城」や「100名山」を特集した企画や、手芸やバッグやアクセサリー作り、水彩画とタイアップしたものも売られている。

     いずれにしてもファンには堪らない永久保存版となり得る組み立て付録の数々だ。しかし、毎月少額ながら、気づけば最終的には10万円単位で浪費させられている事実もある。義務的に購入するのではなく、本当に好きなものにだけ投資するようにしたほうが、身のためかもしれない。
     

    2019年2月 3日 (日)

    昭和の大御所俳優

     東京五輪生まれの私にとって、幼少から学生時代はまさに昭和の時代だった。昭和は「戦(いくさ)の時代」だったと言えるだろう。
     一方、平成は「災害」の時代だった。雲仙普賢岳火砕流、阪神淡路大震災に始まり、アメリカ同時多発テロ、そして東日本大震災(津波・原発)、広島土砂災害、熊本地震、そして北海道胆振地震などだ。
     そして今年5月、改元され、新しい時代が幕を開ける。昭和生まれの私は、どんどん歳をとり、忘れさられてしまう危惧すら覚えてしまう。そこで今回は、稀代のテレビっ子として若い頃を過ごした自分が、独断と偏見で選んだ「昭和」を代表する大御所だった名俳優を取り上げたい。

     往年の名優(故人) 順不同

     1 森繁久彌      21 芦田伸介      41 夏八木勲     61 長門裕之
     2 石原裕次郎     22 川口 浩       42 愛川欣也     62 渡瀬恒彦
     3 勝新太郎             23 藤田まこと           43 細川俊之     63 津川雅彦
     4 若山富三郎     24 竹脇無我       44 中条静夫     64 渡辺文雄
     5 三国連太郎     25 加藤 剛              45 石立鉄男     65 鈴木ヒロミツ
     6 緒形 拳       26 天知 茂       46 松方弘樹     66 名古屋章
     7 高倉 健       27 萬屋錦之助     47  沖 雅也      67 大友柳太郎 
     8 宇津井健      28 二谷英明             48 田村高廣     68 戸浦六宏
     9 菅原文太      29 松田優作      49 原田芳雄     69 根津甚八
    10 渥美 清       30 鶴田浩二      50 大滝秀治     70 荒木しげる
    11 杉浦直樹      31 林 隆三       51 岡田英次     71 松山英太郎
    12 小林亜星      32 地井武男      52 高橋昌也     72 下條正巳
    13 遠野英治郎     33 山城新伍      53 平田昭彦     73 宇野重吉
    14 丹波哲郎      34 船越英二      54 中村嘉葎雄    74  加藤 武 
    15 夏木陽介      35 小林昭二      55 西村 晃      75 
    16 小林桂樹      36 千秋 実       56 松村達雄
    17 山村 聡       37 三船敏郎      57 北村和夫
    18 伊丹十三      38 高橋悦史      58 岡田真澄
    19 志村 喬       39 木村 功       59 佐藤 慶  
    20 田宮二郎      40 小池朝雄      60 藤岡琢也


     

     断っておくが、私は以下の名優と呼ばれる俳優の世代ではない。

     上原 謙  大川橋蔵  赤木圭一郎  長谷川一夫  嵐  寛寿郎  片岡千恵蔵

     往年の昭和名優は、いずれもどっしり構え、存在感が光る。大物感というか、重鎮の匂いを漂わせる存在だ。


     

     ご健在の大御所俳優

     1 里見浩太朗    11 中村敦夫       21 古谷一行     31 露口 茂 
     2 加山雄三      12 藤岡 弘       22  伊吹吾郎   32 石坂浩二
     3 西田敏行      13 田中邦衛       23 中村雅俊    33  近藤正臣
     4 武田鉄矢      14 千葉真一       24 勝野 洋    34 小林 旭 
     5 北大路欣也         15 梅宮辰夫      25   遠藤憲一    35 伊東四朗
     6 渡 哲也      16 八名信夫      26  宍戸 錠     36 草刈正雄
     7 松平 健      17 竜 雷太              27  杉良太郎   37 清水彰吾
     8 高橋英樹      18 舘ひろし       28  山口 崇    38 倉石 功
     9 山崎 努      19 仲代達矢       29 瑳川哲朗    39 風間杜夫
    10 西郷輝彦      20 田村正和      30 山本 學    40 平田 満

    41 下條アトム
    42 柴田恭兵
    43 寺尾聰

     いずれも昭和を代表するような名俳優たちだと思う。しかし、最近、出演しなくなった方も多い。田中邦衛さんや田村正和さん、宍戸錠さん、露口茂さん、清水彰吾さん、倉石功さん、平田満さんは、ほぼ引退状態だ。

    2019年2月 2日 (土)

    私が思うお宝映像①

      昭和の時代はアイドル全盛ということもあってか、音楽番組が数多く存在した。その中でもTBSの「ザ・ベストテン」やNTVの「ザ・トップテン」はゴールデンタイム枠で放送され、中高生を中心に人気があって、視聴率も高かった。一時期、「ザ・ベストテン」をパクッたと見え見えの高嶋秀武と丘みつ子が司会する「ビッグベストテン」(フジ系列)という番組が制作・放送されたが、二番煎じとの視聴者の反感から僅か5ヶ月で姿を消した。
     そんな中、今では「ミュージックステーション(Mステ)」くらいしか思い浮かばないが、伝説と化した歌番組の中で、生放送ならではのお宝映像というのがある。今回はそれをいくつか紹介していきたい。

     久保田早紀 「異邦人」

     夜ヒットの映像から。当時彼女は21歳だった。なんとこの楽曲は、久保田早紀さんが、学生時代に創作した曲で、しかも中央線乗車中の八王子近辺で出来たらしい。当初は「白い朝」というタイトルだったが、1979年、カネボウのCMに使用される際に、「異邦人」というシルクロード的なタイトルに変更された。
     当時から超美人シンガーで通っていたが、この動画、なんと500万回再生を越えている。ということは、未だに彼女の絶世の美しさを懐かしむ方々が多く存在するということだ。40年経っても色褪せない美貌と、ノイズひとつない映像も必見だ。
     この動画に寄せられたコメントは以下の通り。

     ・画質めっちゃくちゃ綺麗だな それにしても久保田早紀 さんてすげー美人なのね
     ・とりあえず言える事。この人は本物の美人だ。十分に2018でも通用するwww
     ・久保田早紀さんを限界までアップにするカメラマンの気持ちが解る
     ・本当の美人って時代関係ないんだね 顔もだけど、声綺麗過ぎ

     彼女は現在、「久米小百合」の名前で音楽活動を行っている。昨年、還暦を迎えれられたそうだが、ついこの前のような印象を抱いてしまう。きみまろではないが、「あれから40年」経っても、私の記憶から彼女の美しさは色褪せることはない。
     今の若い世代は、もの曲をカラオケで歌うことがあっても、歌っている歌手の素性を知らないのが気の毒に思う。
     当時、珍しかった「ソバージュ」と、どこかなまめかしい容姿と謎めいた雰囲気で、颯爽とブラウン管に登場した彼女の美貌をライブで見れた私は幸せだったと思う。

     

    2019年2月 1日 (金)

    台湾のシンガーが奏でる日本の楽曲

     世界中のアーティストが人気の曲をカヴァーしている。古くは「ビレッジピープル」が歌った「YMCA」を西城秀樹が大ヒットさせた「ヤングマン」や、日本のサザンオールスターズが歌い、ヒットした「いとしのエリー」をあのレイ・チャールズがカヴァーしたりしている。
     私は台湾が大好きで、よく映画をDVDで借りて視聴しているが、その女優さんたちも大の日本びいきで、よく日本のポップスをカヴァーしている。
     今日は台湾を中心にしたバンドやシンガーが日本の曲をカヴァーしているものを紹介したい。

     1 初 恋

  •  
  •  村下孝蔵が歌ってヒットした名曲「初恋」を台湾の歌姫Samantha Lamがカヴァーしている。
  •  
  •  2 竹内まりやの名曲「駅」
                                                     
  •  

  •  PVに登場するのはいずれも私が大好きな台湾出身の女優「ジョイ・ウォン」だ。
  •  3 チャイニーズゴーストストーリーのシーン集

  •  
     私は彼女の存在を知って、大好きになって早くも四半世紀が過ぎた。彼女が私の母親が戦時中に生まれた台湾の出身というのも嬉しいし、仕草や表情のすべてが愛くるしくてたまらない魅力を秘めている。今は故郷を離れ、女優業も停止し、カナダでゆったりと暮らしているようだ。
     たぶん、彼女の存在を知らなかった若い世代の方々も、このPVを見て好きになることうけあいだ。今も昔も変わらなく魅力的だ。
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