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2019年1月13日 (日)

巨人軍の不吉な番号?いやいや体質に問題あり!

  巨人軍の背番号の不吉は「7」? 

 H31年1月9日付の「ヤフーニュース」に掲載されていたが、巨人軍の背番号に纏わるエピソードで、「背番号7」は悪いことが立て続けに起きるアンラッキーナンバーという主旨の記事があった。実はこれは、私が5年前に、本ブログの前身に当る別名ブログの中で指摘した内容と瓜二つで驚いた。

 今年、原巨人の黄金時代を支えてきた2人のベテランがFA人的補償で他チームへ放出されるという憂き目に遭った。それは左のエース格だった内海哲也、巨人に入団したいがために指名までひたすら待ち続け、やっと入団を果たした2年目には首位打者と最多安打の二冠に輝いた長野久義だ。巨人はFAで獲得した炭谷(西武)と丸(広島)の身代わりとなる人的補償の28人のプロテクトから貢献度抜群の両ベテランを外すといった暴挙に出た。

 ファンに衝撃が走ったと同時に、「なぜ?」という疑念が渦巻いた。今季、最後の奉公とばかりに捕手に志願復帰した阿部に加え、強肩・小林、大城、そして宇佐見と充実した布陣が現有勢力としてあるにもかかわらず、層の厚い捕手をさらに獲得した。しかも30代半ばを過ぎた選手の獲得に、巨人ファンは大きな疑惑を抱いた。

Utsumi Chono


 また、「中島宏之」や「岩隈久志」はFAではなく、他チームを戦力外になった選手なので、獲得は自由だが、これは第2回WBCで侍JAPANの貢献度が高かった2人を原監督の独断で獲得した感じ。チーム事情として若返りをうたいながら、何ゆえ30代後半の峠を越えたであろう選手ばかり寄せ集めたのか?個人的には岩隈には楽天に戻って欲しかったし、また40を越えた上原浩治とも再契約を果たした。どういう補強テーマだったなのか全く見えない。
 かつて打って守れて、リーダーの資質十分だった「仁志敏久」を放出したように、原監督が実権を掌握したからには、好き嫌いで勝手な人事を断行しているのかとさえ勘ぐったほどだ。

 私が思うに、おそらくは巨人を追われた2人は、かつての「小林繁」や「萩原康弘」、「西本聖」、「駒田徳弘」、「一岡竜司」のように、「恩返し」という名の復讐心から発奮し、巨人を目の敵にしてぶつかって来るだろうし、巨人時代では考えられないような、驚くべき好成績を収めるであろう。
 では、そのように判断する根拠を示したい。

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 小林 繁

 移籍理由) 空白の一日・ドラフトボイコットを経て江川との交換トレードで阪神へ

 移籍前(巨人) 13勝12敗 
 
 移籍後(阪神) 22勝9敗 

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 西本 聖

 移籍理由) 皆川投手コーチとの確執があり、中尾孝義捕手とのトレードで中日へ

 移籍前(巨人) 4勝3敗 

 移籍後(阪神) 20勝6敗  いずれも段違い

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 萩原康弘

 移籍理由) 小俣進との交換トレードで広島へ  

 移籍前(巨人)14安打  4打点 打率.233 

 移籍後(広島)44安打17打点 打率.341 代打として大活躍した

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 駒田徳広

 移籍理由) 好成績を収めてもレギュラーが約束されない方針に反発してFAで横浜へ

 移籍前(巨人) 109安打 7本塁打39打点 打率.249 満塁男として実績はあった 

 移籍後(横浜) 149安打13本塁打68打点 打率.284 一塁手としてレギュラー獲得  
          して優勝に貢献

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 一岡竜司

 移籍理由) 大竹のFAに伴う人的補償でプロテクトを外れ、広島へ

 移籍前(巨人) 0勝0敗   防御率 5.23 当番機会が得られず

 移籍後(広島) 2勝0敗2S 防御率0.58  16ホールド 貴重な中継ぎとして大活躍

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 このように、巨人を去った選手はいずれも、発奮して、巨人在籍時よりも格段に成績がアップしている事実。
 一方、FAやトレードで巨人に入団した選手は鳴かず飛ばずでさっぱりだ。よくよく巨人のフロントや首脳陣は人を見る目が無いといわざるを得ない。
 したがって、FAやトレードで巨人に来るのも良し悪しで、飼い殺しは「巨人名物」だし、出場機会に恵まれずに二軍生活を強いられたり、強力な監督の陰で、眼力の無いコーチ陣が選手起用の進言もできないようでは、旧態依然の状態は継続するだろう。

 では、ここでヤフーに掲載されていた記事を引用したい。

 長野の前に背番号「7」を着けていた二岡智宏(1999年~2008年)は、2008年に山本モナとの不倫が発覚し、同年オフに日本ハムへトレード移籍。その前に着けていた吉村禎章(1986年~1998年)は、1988年に今も「あれがなければ…」とファンに悔やまれる靱帯断裂の大けがに見舞われている。

 強打のスイッチヒッターとして巨人軍第49代4番打者も務めたレジー・スミス(1983年~1984年)は、1984年にファンと小競り合いを起こして書類送検。
 また、柴田勲(1970年~1981年)は現役引退後の1992年に賭博行為で検挙され、桑田武(1969年)はヤクルトアトムズ(現ヤクルト)移籍後の1970年に「黒い霧事件」の一端を担ったとして逮捕されている。

 前述の5名以前に背番号「7」を背負った選手は大橋勲(1963年~1968年)、高林恒夫(1961年~1962年)、与那嶺要(1951年~1960年)、山川喜作(1946年~1951年)、筒井修(1936年~1937年・1941年)の5名だが、この内大橋、高林、山川はトレードで他チームに放出されている。

 また、与那嶺は当時存在した年金の受給資格(10年間の選手登録)を満たす寸前で戦力外通告の憂き目に遭い、中日に移籍。背番号「7」の初代である筒井は、戦地で指を失ったことにより選手生命を絶たれてしまっている。

 私個人の見解では、前述した巨人を追われた選手が、その後、巨人時代よりも飛びぬけた成績を収めている事実を考えれば、決して長野や内海は「都落ち」ではないし、現に、リーグ3連覇を果たした広島や昨年パ・リーグを制した西武に実力を高評価されて移籍するということは、ある意味巨人にとって脅威である。
 「出して失敗した」と思わせるため、死に物狂いで掛かって来るであろう。逆に言えば、「燃える材料」を巨人から与えられたと解釈すれば、「見返してやる」という強いやる気で巨人戦には立ち向かってくるので、逆に脅威になるだろう。

 そういう意味では今季の「内海」と「長野」の動向や活躍から目が離せない。2人には水を得た魚となり、大躍進を期待したい。

 そして現在FAやトレードなどで巨人入りした選手も、2人の電撃移籍には戦々恐々としているだろう。功労者であっても簡単にクビを切られるとあっては、枕を高くして寝ていられない。競争原理に拍車をかけるだろう。
 「大竹寛」、「森福」、「吉川光」、「野上」、「陽」、「石川」、「立岡」が該当者だ。FAで来た以上、VIP待遇などと高を食っていると痛い目に遭うだろう。彼らも明日をも知れぬ身であることを悟り、大いなる奮起を期待したい。

 総じて、今回の記事を総括すれば、背番号が不吉なのではなく、選手獲得も起用法もドタバタ劇が多く、「4年連続V逸」というふがいない成績によって重圧が圧し掛かったことで、このようななりふり構わぬ戦力補強に走り、若手を育てるどころか芽を摘み取ってしまっているのがそもそもの要因ではないのか?

 巨人ファンをやめたくなるような、あるいは目を覆いたくなるような惨状が今の巨人にはありありだ。これ以上をファンを落胆させないで欲しいし、他球団がこぞって目の敵にするような無様な振る舞いは避けて欲しいものだ。

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