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2019年1月

2019年1月31日 (木)

蔵出し!未完成記事一挙公開

 だいぶ前に執筆を開始しながら、作りかけで頓挫し、完成を見なかった記事が溜まってしまったので、これを機会にここで3編掲載したい。結論もなきままに途中で終わっているものもあるのであしからず。

 1 意外と知らない!?うっかり忘れがちな交通違反5選! 

  こう見えて私は「慶應義塾大学法学部法律学科」で法律を学んだ身だ。法律に関しては知識が多少あると思っていたが、実は学んだ法以外の分野は知識が疎いことに気づいた。そこで自己反省も含めて、知らず知らず法を犯している危険性があるため、備忘録も兼ねてここで意外と知られていないうっかりを見つめ直したいと思う。

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 2 私のテレビ番組企画

 ミニドラマ

 カラオケのBGF(背景映像)で使われているシーンを見て心に残るワンカットはありませんでしたか?例えばカップルが砂浜の波打ち際でじゃれあう絵面やバーカウンターでカクテルを傾けて語らうシーン。また、浴衣を着て肩に頭を持たれかけて寄り添い、花火を見上げている夏のひとコマ。

 よく音楽用のPVとかMVがあるが、歌の歌詞の通りのストーリーを展開する10分程度のミニドラマを制作放送してほしい。一話完結で、ラブストーリーだったり、メッセージ性のあるものもある。

 また、1時間番組で、1回の放送で3話。スタジオの芸能人が感想などや体験話を述べる。

 さらには、街角アンケートによる体験ややってみたいシチュエーションを募り、それを映像化する。恋人とやってみたい憧れのシーン&シチュエーションなど。

 <ゲレンデ・スケート場 編>

 スキー場のリフトで彼氏の肩に頭をもたげる彼女
 ゲレンデで転んだ際、イケメン男子に起こしてもらう

 <アタック 編>
 
 勇気を出して帰りの下足ロッカーで待ち伏せして手紙を渡す

 ☆その他☆

 <街角デート 編>

 <学園祭での出逢い 編>

 <カフェ・車内 編>

 <帰りたくない 編> 

 <好きな仕草 編>

 <通学電車(バス)内の恋>

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 <ザ・サプライズ>

 いろいろなサプライズを仕掛ける番組

 視聴者から彼氏彼女、親兄弟にしてあげたいハッピーサプライズを叶える

 芸能人も仕掛け人で登場

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 3 絶望からの大逆転

 世の中何が起きるかわからない。九分九厘諦めかけていても、絶体絶命の淵から奇跡が起こることもある。だから決して最後まで勝利を信じて戦うことの大切さをスポーツは教えてくれる。今日はそんな動画を取り上げたい。

 これぞ神GK・川口、絶体絶命からのスーパーセーブ連発

 https://www.youtube.com/watch?v=I5nPkIJK-Pc

 2004年サッカーアジアカップ準々決勝での出来事。会場が中国・重慶という完全アウェイの中、PK戦までもつれ込んだヨルダン戦。先に日本の中村俊、三都主が2本を外す苦しい展開。そして中澤までもが外し、1対3。そこから守護神川口がスーパーセーブを連発。重苦しい雰囲気をスーパーセーブで変え、試合をひっくり返した。

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 以上、未完成の記事、一挙蔵出しでした。

2019年1月30日 (水)

スポーツの高齢化進む?

 プロのスポーツ界も高齢化が進み、各界ともに「レジェンド」と呼ばれるアスリートが増えつつある。かつては40歳を過ぎれば体力の限界を知り、必然的に引退を余儀なくされたスポーツアスリート達。しかし、トレーニング方法の進化や体力の保持増進によって、選手寿命が延びたのは言うまでもない。
 現に「アラフォー」どころか「アラフィフ」であっても現役を続行している選手がいる。今日は、そうしたレジェンド達にスポットを当てたい。
 なお、今回の記事は「楽天ニュース」記事からの引用であることを申し添えます。

 三浦知良 51歳

 「カズ」の愛称で知られる日本サッカー界のレジェンド。弱冠15歳で単身ブラジルに渡り、18歳にしてサッカー南米の名門「サントスFC」とプロ契約を結ぶなど、日本人として初めて「サッカー王国」で活躍。1990年に日本に戻り、Jリーグの初代MVPに輝くなど、日本のサッカーブームを牽引した。ゆえに今でもポルトガル語を流暢に話せる。
 また、1994年には、イタリア・セリエAの「ジェノア」に移籍し、アジア人初の「セリエA」プレイヤーとなり、その後もクロアチア・「ザグレブ」やオーストラリアの「シドニーFC」に移籍するなど、現在では当たり前のようになっている海外移籍を果たす日本人プレイヤーの先駆け的存在としても知られている。
 彼はいわば、海外クラブ移籍のパイオニアであり、日本サッカー界の「スーパーレジェンド」と言える。

 葛西紀明 46歳

 1992年の「アルベールビル五輪」に19歳で初出場して以来、史上最多となる7大会連続の冬季五輪出場、日本人男子最多となるW杯通算17勝、W杯最年長優勝(42歳176日)などの記録を打ち立て、国内外から「レジェンド」と称えられるスキージャンパー。
 かつては、身体をスキー板より前に出るほど深く前傾させるダイナミックな飛行姿勢が本場ヨーロッパで人気を集め、「KAMIKAZE(カミカゼ)」の異名で呼ばれていた。
 葛西の登場までスキージャンパーの選手寿命は35歳くらいで、40歳を超えても第一線で結果を残す姿は異例。それだけに、ファンのみならず、選手やコーチ陣からも尊敬を集め、40歳を越えた頃から海外で「レジェンド」と呼ばれるようになったという。

 私が昭和60年頃に、札幌の「大倉山シャンツェ」でジャンプ競技を生で見た時は、当時第一人者だった「秋元正博」選手や「西方千春」選手らが日本ジャンプ界をリードしていた。
秋元選手がワールドカップで、日本人初優勝したまさにその大会を、私は会場で生で見ていたのだ。

 イチロー 44歳

 いわずもがなだが、老若男女を問わずリスペクトされる日本一のプロ野球選手。
 日本プロ野球ではMVP、首位打者、打点王、盗塁王、ベストナイン、ゴールデングラブ賞などを獲得し、2000年オフに日本人初の野手としてメジャーリーグベースボールに移籍。MLBでは、MVP、首位打者、盗塁王、シルバースラッガー賞、ゴールドグラブ賞などを獲得した。2004年にはMLBのシーズン最多安打記録を84年ぶりに更新し、コミッショナー特別表彰を受けた。2016年にはMLB通算で3000本安打、500盗塁、さらにNPB/MLB通算でのプロ野球における通算最多安打数(ギネス世界記録)を樹立するなど活躍している。

 彼の活躍で印象深いのは、「第2回ワールドベースボールクラッシック」決勝の韓国戦で、勝ち越しのセンター前ヒットを放ったシーン。あれはスカっとした。
 二度打診されて二度とも断った「国民栄誉賞」をもうそろそろ受賞してもいいかと思う。

 伊達公子 47歳

 小1でテニスを始め、インターハイでシングルス・ダブルス・団体の3冠を達成するなど活躍し、高校卒業と同時にプロテニスプレーヤーに転向。1994年に海外ツアー初優勝を果たし、日本人選手として初めて世界ランキングトップ10に入りました(9位)。
 95年にはランキング4位まで駆け上がり、96年には当時世界1位で現在でも“史上最強”と称されるシュテフィ・グラフを撃破。同年11月に25歳の若さで惜しまれつつ引退するも、2008年4月にプロテニスプレーヤーとして復帰し、復帰からわずか7カ月で全日本女子シングルス・ダブルスで優勝。
 その後、世界ツアーへ挑戦の場を移し、09年には13年ぶり8度目となるWTAツアーシングルス優勝を果たしています。38歳11カ月30日での優勝はビリー・ジーン・キング(アメリカ)の記録に次ぐ歴代2位の年長優勝記録です。
 2017年9月12日(火)ジャパンウィメンズオープンテニスが現役最後の試合となった伊達公子選手。伊達選手の引退試合となった一回戦の試合は、相手選手に2セット(6-0、6-0)連取され、勝利することができませんでした。試合後のセレモニーの中で、花束のプレゼンターでありTV解説をしていた浅越しのぶさんが、試合中の伊達選手についての秘話を披露。すると、浅越さんも伊達選手も号泣。

 またまた電撃復帰しそうな気がしてしまうのは私だけではないだろう。

 神山雄一郎 50歳

 通称「競輪界の神様」。
 日本競輪学校61期をトップで卒業し、1989年4月にS級に昇格してすぐにG3初優勝と順調な選手人生を歩み、G1レース16勝、生涯獲得賞金27億円超などの史上最高記録を持つ競輪選手。記念競輪(G3)優勝(2016年・47歳329日)、G2優勝(15年・47歳22日)といった最高齢記録も保持しています。

 競馬や競艇は馬・船が走るので長くジョッキーを出来そうだが、競輪は自前の体力勝負なので相当きついと思う。50歳過ぎての現役続行は驚異というほかない。

 また、女性アスリートも30代を越えてなおバリバリ現役を貫くアスリートが多い。

 新谷仁美(陸上)・・・30歳で現役復帰
 伊調馨(レスリング)・・・34歳 五輪4連覇中
 山本美憂(格闘家)・・・44歳

  このように、少し前ならとうに引退していた年齢でも、根気と体力の維持で、40歳を過ぎてなお現役を貫く選手が多くなった。よく「心技体」の充実と言われるが、鍛錬でいかようにも体力の衰えを克服できるようになった。気持ちが切れなければ、カズや伊達公子のように、長く現役を続行できるというのは、他のアスリート達のモチベーションアップにも貢献している。
 今後、「レジェンド」と賞賛されるアスリートがますます増えそうだ。
 

 

2019年1月29日 (火)

あの往年の名選手を今の年俸体系で考えると・・・

 昔から男の子のなりたい職業で、1~3位に入るものは「プロ野球選手」だ。華やかでテレビ中継され、ファンが多く、女性にチヤホヤされ、そして何よりサラリーマンとは段違いなほどの高給取りだ。いいことづくめだ。選手寿命が10~20年程度と考えても、名選手ともなれば、1年間の給料、つまり年俸は1億円以上だ。一般のサラリーマンの生涯収入が2億円程度と言われているので、菅野投手などは、たった1年間でサラリーマン3人分の給料を稼いでしまう計算になる。1シーズン30試合に登板したとして、1試合投げるだけで2千万円。つまり、たった一試合投げるだけで家が建ってしまう。
 こうなると恐ろしい職業で、やはり「夢を与える職業」ということが言えるし、子どもが憧れる仕事ということもわかるような気がする。
 
 ところで、いつからこんなにプロ野球選手の給料が跳ね上がったのだろうか?あの世界のホームラン王だった王貞治氏でも、年俸は1億円に満たなかった。16年連続ホームラン王、三冠王を2度獲得しても、1シーズンの年俸は7,500万円程度だった。
 それは野茂投手がMLBに行ったことで、日本人が現役メジャーリーガーの相場の高給を貰うようになってからだ。松坂の移籍の際、ポスティングシステムで100億円という天文学的な金銭が飛び交った。また、日本でもFA導入以降、年俸や契約金が跳ね上がったとされる。いわゆる実力選手を金持ち球団がマネーゲームを展開し、どんどん獲得金額がつり上がったと言われている。これはもはや人身売買の常套手段で、まるで市場のセリ状態だ。
 したがって、巨人、ソフトバンクなど資金力が豊富な球団に、ベテランで有望な選手が集まると言った傾向が続いたのだ。
 また、日本球界で初めて1億円を超えたのは落合博満選手だった。彼が王選手を凌ぐ3度の三冠王を獲得したのに、年俸が低く、球界初の調停に持ち込んだ。結果は変わらなかったが、彼の物言う姿勢が功を奏し、それが起爆剤となって初の1億円超えを勝ち取ってからは、他球団も追随し、夢の100万ドル(1億円)プレーヤーが次々現れた。

 前置きが長くなったが、では、私が少年時代、V9戦士を始め、名球会にその名を残した名選手たちが、今の給与体系にすると、一体いくら貰えていた計算になるのか、割り出してみたい。

 王 貞治 実績 22年 本塁打王15回 打点王13回 首位打者5回 三冠王2回

 年俸20億円5年の複数年契約で100億円は下らないだろう。理由は、打点王1回しかタイトルを獲得していない阿部慎之助選手でも、年俸6億円という球界最高額を貰っていたから。
 もし王選手がメジャーに行っていたら、年俸40億円、5年の複数年で200億円だったろうし、22年間やれば、生涯年収は1,000億円近くに上る。
 やはり世界一の868本という通算本塁打というプレミアが違う。

 長嶋茂雄 実績 17年 本塁打王2回 打点王5回 首位打者6回 MVP5回

 年俸10億円、5年の複数年契約で50億円は最低条件だ。理由は、長嶋は「ミスタープロ野球」と呼ばれ、ファンからは神様のように思われていた。したがって、客を呼べるスター選手であり、長いNPBの中でもNo.1の人気を誇る。その付加価値は大きく、王選手にも引けをとらない筈だ。彼の現役当時は、年俸6,000万円程度だった。

 張本 勲 実績 23年 首位打者7回 ベストナイン16回 通算3,085安打
        生涯打率.319

 今の選手が当時の張本選手のような安打量産の打撃を行うならば、年俸8億円、5年の
複数年契約なら40億円、20年間やれば、生涯獲得収入は160億円
にもなる計算だ。  
 日本人初の3,000本安打を記録した「安打製造機」。今は「喝」を連発し、好き勝手吠える老害爺さんになり果てたが、東映、日拓、巨人などを渡り歩いた。

 野村克也 実績 26年 本塁打王9回 首位打者1回 打点王7回 MVP5回
        ベストナイン19回 通算2,901安打 657本塁打 1,988打点
 

 優勝請負人監督「ノムさん」の印象が強いが、現役時代はNo.1捕手だった。キャッチャーで600本を越えるホームランを放ち、しかも三冠王も達成した強打者だった。
 彼の現役時代の功績を今の年俸体系で適用すると、打撃もさることながら、投手のリードワーク、相手打者の癖を見抜き、苦手コースを突いて凡打に誘う技術は天下一品。その付加価値を考慮しても、年俸は長嶋に匹敵する9億円、5年契約で45億円、実働20年と考えても生涯年収は180億円程度にはなる。

 稲尾和久 実績14年 276勝137敗 2,574奪三振 防御率1.98
        最多勝4回 最高勝率2回 最優秀防御率5回 最多奪三振3回
        1シーズンの最多勝利数42勝は今も破られていない。

 巨人との日本シリーズで3連敗から4連投4連勝の快挙は「神様仏さま稲尾さま」と呼ばれ、流行語となった。「鉄腕」の愛称をほしいままにした。
 現役生活14年で276勝なので1シーズン平均19勝以上している
 年俸は10億円の価値はある。現代野球では15勝すれば最多勝の有力候補だが、シーズン42勝は奇跡だ。エース3人分の勝利数に匹敵する。5年契約なら50億、生涯獲得収入は140億円は貰っていて不思議ではない。

 福本 豊 実績 20年 盗塁王13回 最多安打4回 ベストナイン10回
       生涯打率.291 通算安打数 2,543

 世界の盗塁王。一時期、黄金の足に1億円の保険をかけていた。盗塁の世界記録を樹立した時に「国民栄誉賞」を打診されたが、「そんなん貰ったら、立ちションもでけへん」と断ったエピソードは語り草だ。
 現在の選手が福本選手のような韋駄天ぶりを発揮していれば、年俸7億円、5年の複数年契約で35億円、20年間やれば140億円にも上る計算だ。

 金田正一 実績 20年 944試合登板 400勝 298敗 4,490奪三振
        生涯防御率2.44
 1シーズンで31勝もした神のような投手だった。

  国鉄、巨人で活躍した「黄金の左腕」。前人未到の400勝投手。もしスピードガンがあったら、現役当時は155km/h以上は出ていたとされる。
 今の年俸で考えれば10億円出しても喉から手が出るほど欲しい選手。5年の複数年契約で50億円、生涯獲得収入は200億円は下らない。

 江夏 豊 実績 206勝 158敗 193セーブ 2,987奪三振 生涯防御率2.49

 阪神時代は田淵幸一と黄金のバッテリーを組み、先発だった。オールスター戦9人全員を三振に斬って取った投球は圧巻。打者の手元でホップし、時速160km/h近く出ていたとされている。入団2年目に25勝12敗で最多勝を獲得し、一躍エースにのし上がった。
 南海に2年在籍し、広島移籍後にはチーム事情から古場監督に勧められてリリーフに転向。日本シリーズの近鉄戦での無死満塁のピンチを防いだ「江夏の21球」は伝説となった。津田にリリーフエースを譲るまでは信頼できる守護神だった。
 今の年俸で考えれば、7億円、5年の複数年契約で35億円の価値はある。そして生涯獲得年収は125億円程度にはなる。阪神・広島では看板役者のスター選手だった。

 名球会に名を残すような選手はB型とO型が圧倒的に多い。
 B型は8名中4人、O型は3人。日本人の約4割近くいるA型は僅か1名。プレッシャーに弱く型にはまりやすい、そして故障や怪我が多いのがその理由だ。

 以上、往年の名選手8名を取り上げたが、他にも多くの記憶にも記録にも残る選手が大勢いる。あと4人取り上げるが、スペースの関係で、氏名と主な実績、予想年俸額を列記したい。あくまで45年以上、プロ野球を見続けて来た私の主観だが・・・。

 川上哲治 2,351安打 181本塁打 1,319打点 打率.13 220盗塁 年俸7億円
 別所毅彦 310勝 勝率.635  1,934奪三振  防御率2.18      年俸8億円
 中西  太  1,262安打 244本塁打 785打点 打率.307 西鉄黄金期年俸4億円
 豊田泰光 1,699安打 263本塁打 888打点 打率.277 西鉄     年俸4億円

 こうやってみると、往年の名選手は今の選手は時代が違うが、貰い過ぎだと言いたいに違いない。実力以上の大金を手にしてしまい、もっと出来るのに、満足してしまう。つまりハングリー精神の欠如に繋がり、大金目当てにさらにFAするし、莫大な収入を得られるMLBへの移籍も模索するだろう。結局は金のためで、幼い頃に描いていたファンを喜ばせるプレーをしたいとか、チームの優勝を目指すと言った初期の夢や目標を見失ってしまうだろう。
 こうなると、実力がたいしたことないのに、高い評価ばかりを貰い、それに溺れて、自分は大層凄い選手だと錯覚してしまい、結局は松坂大輔のように潰れるのも早い。やはり金田投手の時代のように、裸一貫で全力で勝負し、実績を上げてからそれに見合う給料を得るというスタンスを貫いた方が、プロ野球選手としては大成するし、長続きするのではないだろうか。
           
 

 

 

 

2019年1月28日 (月)

今は無き教養系ドキュメンタリー番組

 テレビ番組には「映画」「ドラマ」「ニュース」「音楽」、そして「情報バラエティ」や「ドキュメンタリー」など種々多様なジャンルが存在する。30年前と現在の番組表を眺めると、ゴールデンが2時間枠になったものが多い。そして何より音楽番組がやたらと減った。19時から22時のいわゆるゴールデン帯に放送しているのはテレビ朝日の「Mステ」くらいのものだ。それ以外はバラエティばかりだ。

 今日は、今から20年以上前のテレビ番組で、勉強になった教養系や情報、ドキュメンタリーに特化し、私が好きだったものを10個取り上げたい。

 1 知ってるつもり?!

 1989年10月8日から2002年3月24日まで日本テレビ系列局で毎週日曜日 21:00 - 21:54 (JST) に放送されていた人物系ドキュメンタリー教養番組で、司会の関口宏の冠番組である。
 半年交代で変わるエンディング曲がテーマの人物の人となりや功績をさらに引き立てた。この手法は後にNHKの「その時歴史が動いた」でも使われた。

 2 驚き桃の木20世紀

 1993年4月16日から1999年10月1日まで毎週金曜 21:00 - 21:54にテレビ朝日系列で放送していた。進行は三宅裕司が担当していた。
  20世紀に於ける1つの出来事・人物にスポットを当てて、司会とゲストコメンテーターがそれらについて語り合う教養ドキュメンタリー番組として放送された。番組初期の放送では司会者やゲストに「番組鑑賞会員番号○番」などの肩書きが付された。また、主なゲストには、漫画家の黒鉄ヒロシやジャーナリストの鳥越俊太郎、放送作家の高田文夫などが出演した。
 私は日テレ系の「知ってるつもり?!」と同様の内容で、パクったのではないかとずっと思っていた。しかし、歴史上の出来事や特定の事件や人物などを振り返り、深く掘り下げていたので勉強になった。


 

 3 徳光のTVコロンブス

 1990年4月7日から1995年3月25日までテレビ東京系列局で放送されていたテレビ東京製作の情報番組である。放送時間は毎週土曜 21:00 - 21:54
  関口宏が司会を務めていた前番組『テレビあッとランダム』のリニューアル版で、本番組では徳光和夫が司会を務めていた。司会者は変わったが、放送内容とスタジオセットは『テレビあッとランダム』のものを引き継いでいた。

 4 久米宏のTVスクランブル

 1982年10月10日から1985年3月31日まで日本テレビで放送された生放送の情報バラエティ番組で、久米宏の冠番組。日曜日の夜8時から放送していた情報とニュース解説を融合させた教育系バラエティ番組で、久米宏と横山やすしという異色なコンビでMCを展開していた。
 特にB型まんまの横山のマイマイペースでなりふり構わぬ危険発言や行動で番組が中断したり、A型の久米が振り回された印象が強い。
 この番組が終了し、「天才たけしの元気がでるテレビ」がスタートした。

 5 ブロードキャスター

 TBS系列で、1991年4月13日から2008年9月20日までの間、毎週土曜日の夜10:00に生放送していた情報・報道ワイドショー番組である。MCが福留功男と三雲孝江というゴールデンコンビだった。
 一週間分のニュースを振り返り、ゲストコメンテーター解説やコメントをつけていた。山瀬まみの「お父さんのためのワイドショー講座」は好評だった。
 現在は同じ時間帯でビートたけしと安住紳一郎がMCを務める『情報7days ニュースキャスター』を後継番組として放送している。


 

 6 その時歴史が動いた

 2000年3月29日 - 2006年3月8日の水曜日の21:15から21:58までNHKで放送されていた日本の歴史情報番組、ドキュメンタリー番組。
 歴史のターニングポイントとなったできごとの日付を「その時」と定義し、そこに至るまでの状況や人間模様を映像で解説。新事実などをゲストコメンテーターと共に解説して紐解いていく流れだった。司会は松平定知アナとゲストは黒鉄ヒロシが多く出演していた。
 毎回、番組の佳境の時に司会の松平定知アナが発する「そして皆さん、いよいよ今日のその時がやってまいります……」のフレーズが1つの特徴である。そして最後は「今夜もご覧頂きありがとうございました」の決めセリフで締め、エンディングとなる。エンディングでは「その時」のその後の影響、人間模様などをテーマ曲にのせて感動的に取り上げる。
  この番組の後継として、現在は井上あさひアナがMCを担当している「歴史秘話ヒストリア」が放送されている。

 7 プロジェクトX~挑戦者たち~

 NHK総合テレビにて2000年3月28日から2005年12月28日まで放映されたドキュメンタリー番組である。放送作品は191本。火曜日の21:15から21:58までの放送。
 番組内容は、主として第二次世界大戦の終戦直後から高度経済成長期までの、産業・文化等の様々な分野において、製品開発プロジェクトなどが直面した難問を、どのように克服し成功に至ったかを紹介するドキュメントである。身近な自動車、家電を初め、当時の日本経済を牽引した重厚長大産業、地図に残る公共事業(箱物行政、橋梁)などが多く見られる。無名の日本人リーダーと、それに従い支えた多くの人々による挑戦と努力、そしてその成果の紹介がテーマであるが、無名とは言えない本田宗一郎や毛利衛が登場する回もあった。
 技術開発(新幹線、YS-11、ロータリーエンジンなど)の話を中心に取り上げた他、地図(ゼンリン)、辞書(広辞苑)といった人文関係の話、人命救助や環境保護活動などの分野についても数多くの事例を取り上げている。

 私自身は巨大プロジェクト(東京タワー建設・黒四ダム建設・瀬戸大橋建設・青函トンネル建設など)の話が大好きだった。
 この番組を盛り上げたのは中島みゆきのオープニング「地上の星」とエンディング曲の「ヘッドライト・テールライト」で、サラリーマンを大いに勇気づけたし、人生の縮図を見ているような気がした。また、ナレーションの「田口トモヲ」の独特な語り口調が評判を呼んだ。

 久保純子が産休降板し、交代した膳場貴子キャスターがここで脚光を浴びた。

 8 特命リサーチ200X

 1996年10月27日から2002 年1月27日まで日本テレビ系列局で放送されていた日本テレビ製作の情報バラエティ番組である。
 毎回さまざまな超常現象や現代の奇病などについて調査し、それらの原因についてまとめた映像をドラマ仕立てのパートも交えながら見せていた番組。環境問題の日常生活との関わりを紹介する回、FBIが行っている科学捜査の最新事情を紹介する回、ダイエットについての調査結果を報告する回もあった。
 佐野史郎をリーダーとするプロジェクト調査チームが毎回、異なったテーマの調査を行い、その報告を行うというスタイルで番組は進行した。

 9 スーパーテレビ~情報最前線~

 1991年4月8 日から2005年9月12日まで日本テレビで放送されていた情報ドキュメンタリー番組。 略称は『スーパーテレビ』。 毎週月曜 21:00 - 21:54に放送されていた。
 進行役は逸見政孝で、ナレーターの羽佐間道夫や槇大輔の声がコラボして実に良かった。
  民放ゴールデンタイムの全国ネットにおける唯一のドキュメンタリー番組で、毎回硬軟問わず様々なテーマを取り上げてレポートし、その種類は、皇室関係、スポーツ、国際情勢、ヒューマンストーリー、流行、娯楽業界、観光情報など多岐にわたった。
 第1回の放送では当時のソ連、ゴルバチョフ大統領との単独インタビューを放送し、クレムリン内部の撮影も初めて許された。また、2003年に放送されたドキュメンタリー『マイケル・ジャクソンの真実』も大きな話題を呼んだ。

10 新説!?日本ミステリー

 2008年4月22日から2009年3月24日までテレビ東京系で放送されていたバラエティ番組である。 歴史上のミステリーの新説を採り上げる番組。通説を司る青龍と新説を貫く白虎が人間をゲストとして異界へ招き、その説が真実か否かの判定を行わせるという設定となっている。 これは「歴史ミステリー」に受け継がれた。

 ほかにも「TVチャンピオン」はためになる番組だった。

 このように、当時はとても勉強になる教養番組が多かった。しかし、近年はNHKまでもがおふざけに走っている印象が否めない。そしてゴールデンタイムはつまらない番組ばかりで勉強になるような知識習得や情報のものは希少になった。実に残念だ。これはTV制作側の教養不足や知識の欠如に起因していることは明白だ。稚拙な番組制作に終始し、だからゴールデンであっても低視聴率の番組が多く、テレビ離れが顕著になっている。

 これからがテレビ制作側としての真価が問われるのは言うまでもない。

2019年1月27日 (日)

1990年代に隆盛したデートカー5種

 1990年代はバブルが弾けた頃で、それでも自動車メーカーは年々、新しいコンセプトカーを市場に売り出し続けた。
 スキーブームで「ハイラックスサーフ」「テラノ」「パジェロ」「ビッグホーン」「mμミュー」などの4WD車がバカ売れした。そして「レクリェーショナルビークル」、通称「RV車」や「ツーリングワゴン」もまた人気が出た。「シャリオグランディス」、「RVR」、「デリカスペースワゴン」、「オデッセイ」、「イプサム」などがその類か。
 しかし、1990年代初頭に、特に女性たちの憧れのデートカーだった夢の車があった。その代表格を5車種取り上げて、当時を懐かしんでみたい。

 TOYOTAソアラ

 1981年(昭和56年)2月に「ソアラ」が発売され、グリフォンをイメージしたエンブレムが付けられる。生産はトヨタ自動車田原工場。キャッチコピーは、「未体験ゾーンへ。」「SUPER GRAN TURISMO」。 第2回'81-'82日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。

 操作にタッチパネルを用いたマイコン式オートエアコン、走行可能距離、目的地到着時刻をマイコンにて自動演算するドライブコンピューターなどが上級車種に採用された。当時は、セルシオ&シーマが世に出るまで国産車で最高峰だった。400万円以上のハイソサエティー車だった。若者なら誰もが憧れていたし、金持ちのステータスだった。



 何を隠そう、私が初めて購入したのが初代ソアラ2000VXだった。「シャコタンブギ」というマンガや「湘南爆走族」という映画でも使われ、そのせいか改造車が多かった。
 昭和56年式だったので、当時7年落ちの中古で107万円だったが、初代はオートクルーズなるコンピューター制御を搭載しており、それなりに人気があって、私はリアのエンブレムを2回も盗まれたほどだった。後輪ドライブ(FR)だったので、雪道運転はさすがに苦労した。若気の至りか、この車でよくぞ1シーズン30回もスキー場に通ったものだと感心してしまう。

 日産シルビア(5代目)

 1988年5月、発売。歴代シルビアの中で最も販売台数が多い。このモデルで当時大人気だったホンダ・プレリュードの牙城を崩し、若者を中心に約30万台を販売した。当時としては流線型型の未来的なデザインで、CMや雑誌広告のコピーでも「アートフォース・シルビア(ART FORCE SILVIA)」と表現しており、グッドデザイン大賞を受賞した。そのシルエットから女性人気を集めただけでなく、希少な存在となっていたFRのスポーティークーペであることから走行を重視する男性層の支持も得た。
 昔の彼女とデートでドライブに行った際、すれ違う車で、ソアラとシルビアのどちらが多いか数えたら、圧倒的にシルビアのほうが多かった記憶がある。

 日産スカイラインGT-R(3代目)

 1989年5月22日、8代目スカイライン発表。GT-Rを含む4WD車は8月発売とアナウンスされた。 1989年8月21日発売。

 「首都高速トライアル」という今では発禁ビデオで、GT-R対スープラ、Z、RX-7などのスピード対決があった。首都高&湾岸ルーレット族なる飛ばし屋が闊歩していた時代だ。
 鉄仮面型スカイラインの後継車として登場し、丸みを帯びた流線デザインで、ガンメタのGTRは人気も性能も最高峰に位置づけされた。大徳寺氏のクルマ選びの本では、常にトップに君臨し、車の専門家たちはこぞって高評価をつけた文句なしのスーパーマシンだった。

 HONDAプレリュードXX(2代目)

 ノッチバック(3 ボックス)クーペ型の乗用車である。
 1982年11月25日に販売された。キャッチコピーは“FFスーパーボルテージ”。 フロントサスペンションにダブルウィッシュボーンを採用し、リトラクタブル・ヘッドライトと相まって、先代よりボンネットフードが80~100mm低くされた。ほぼ車両中央部まで達する長いリバースAアームを備えたストラットをリアサスペンションに採用した。リトラクタブル・ヘッドライトは開発段階ではZ31型フェアレディZのような平行移動式を模索していたようであるが、生産型ではコンベンショナルな回転式とされた。

 当時としては斬新な、横幅が広く車高が低い日本車離れしたデザインが女性にも好評で、運転席側にも助手席リクライニングノブがついており「デートカー」という言葉を生み出した

 女性がデートで乗りたいオシャレカーNo.1だった。

 マツダ(後のユーノス)ロードスターNA系

 国産車初の本格的幌付きオープンカーとして大人気だった。カラーのバリエーションも多く、街角にはレッドやダークグリーンなどカラフルなロードスターが走り回っていた。

 他にもセリカXX(後のスープラ)、シルビアの姉妹車だった180SX、カローラレビンなども2ドアクーペとして人気があったし、映画の影響でセリカGT-FOURもそれなりに売れた。
 コンセプトは異なるが、インテグラやMR2、CR-X、NSX、GTO、ディアマンテ、インスパイアなども売れた。
 そしてツーリングワゴン系の「カリブ」、「レガシィ」、「カルディナ」なども市場を席捲した。

 さて、今の若者は深刻な車離れが進行している。私の世代は、「カッコイイ車に乗るために」仕事を頑張るという時代だった。「いつかはクラウン」ではないが、車がマイカーと呼ばれていた時代に、車を持つことが明日への活力だったし、彼女を乗せて海に行くというのが夢でもあった。
 残念ながら、今は、電車があるため、特段車に乗りたいという欲求が少ないご時世だ。ゆえに、廃盤となった車が数多く存在する。サニー、ブルーバード、パルサー、プリメーラ、セフィーロといった大衆車ですら姿を消した。トヨタでもレビン、ビスタ、クレスタ、チェイサー、スプリンター、ウィンダム、セリカ、セレス、サイノス、スターレットなども姿を消した。
 今は車種をそんなに選べない時代となった、環境に配慮したハイブリッドや電気自動車がますます主流となっていくだろう。

 私の予想では、あと20年もすれば、空陸両用の車が流通しているだろう。価格は高いが、新たな空飛ぶ自動車の免許制度が発足し、頭上を車が飛び交う時代が間違いなく訪れる。ニアミスや接触事故、空中衝突事故を未然に防ぐためにオートパイロット&自動危険回避装置を内蔵した無事故の時代が必ずやって来る。
 そうなると今回紹介したデートカーたちは過去の遺物となり、幻の車となるかもしれない。
そういう意味でも、今回、この記事を後世に残すことは意義深いものがある。

 

2019年1月26日 (土)

往年の名曲をあなたに(洋楽編⑨)

 このシリーズ記事も今回で9回目を迎えたが、1980年代の洋楽ブームはまだまだこんなもんじゃない。当時大ヒットしたナンバーを挙げただけでも100曲は下らない。毎回2曲ずつ紹介しても、50回になるし、そうなると3~4年がかりということになる。
 そこで、終わりが見えないのも厳しいので、ベスト30曲に絞ってお送りしたい。
 そしてあくまで私の個人的な好みでセレクトしているのでそれはあしからず。

  You Can't Hurry Love(恋はあせらず) by Phil Collins

I need love, love Oh, ease my mind
And I need to find time Someone to call mine
My mama said, "You can't hurry love No, you'll just have to wait"
She said, "Love don't come easy But it's a game of give and take"

You can't hurry love No, you'll just have to wait
Just trust in a good time No matter how long it takes
How many heartaches must I stand
Before I find the love to let me live again
Right now the only thing that keeps me hanging on
When I feel my strength, oh, it's almost gone

I remember mama said, "You can't hurry love
No, you'll just have to wait" She said, "
Love don't come easy It's a game of give and take"

How long must I wait How much more must I take
Before loneliness Will cause my heart, heart to break
No, I can't bear to live my life alone
I grow impatient for a love to call my own
But when I feel that I, I can't go on
Well, these precious words keep me hanging on

I remember mama said, "You can't hurry love
No, you'll just have to wait"
She said, "Love don't come easy
Well, it's a game of give and take" You can't hurry love
No, you'll just have to wait Just trust in a good time
No matter how long it takes, now break

 1966年にスプリームスが発表したポピュラー音楽の楽曲。作詞・作曲はホーランド=ドジャー=ホーランド。同年ビルボードのポップシングルチャートで2週連続第1位を記録した。
 1982年にフィル・コリンズがカバーし、イギリスのシングルチャートで2週連続第1位、アメリカではトップ10入りを記録した。

 この曲は、1985年からウィークデーの17時から1時間に渡ってフジテレビで放送していた「夕やけニャンニャン」の挿入歌として使われていて好きになった曲だ。軽快なサウンドが心地よかった。この歌詞を覚えて一緒に歌うことで英語の発音向上に役立てていた記憶がある。

2019年1月25日 (金)

著名人の出身大学④

 私は人間の価値は学歴で決まるとは思っていないが、芸能人や文化人で長い期間、活躍できる方というのは、やはり賢かったり、先見の明があったり、秀でた芸を持っているとかなんらかの才能があってのことだと思っている。
 俳優にせよ歌手にせよ、あるいは文化人と呼ばれる方々は、やはり一流の大学を卒業していたり、中退したりしているようだ。
 そこで今回は、一流大と呼ばれる大学に身を置いた著名な方々を取り上げたい。なお、私が思う一流大とは、旧帝大のような国公立大と早慶上、MARCHクラスと呼ばれる偏差値65以上の難関大である。
 長くなるが、俳優・女優、歌手、アナウンサー、芸人、そしてその他の文化人と5つに分類して記したい。

 4回目の今日は、芸人および文化人を取り上げたい。やはり芸人もネタや台本を考えるのにセンスがないとウケないし、社会風刺や流行などにも敏感に目を光らせなければいけない。そういう意味では、調べて見れば賢い方ばかりであった。

 <芸人>編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・田畑藤本
 京都大学・・・宇治原史規

 ○その他の国公立大学出身者

 東京外国語大学・・・光浦靖子
 千葉大学・・・大久保佳代子
 大分大学・・・サンシャイン池崎
 島根大学・・・ブルゾンちえみ
 広島大学・・・アンガールズ田中

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

  小島よしお・上田晋也・タモリ・ラサール石井・箕輪はるか・アンゴラ村長・ひょっこりはん
 立川談笑 

 ○慶應義塾大学出身者

  中田敦彦・ふかわりょう・島田秀平・DaiGo・ミッツマングローブ

 ○立教大学出身者

 有田哲平・荒井注

 ○明治大学出身者

 ○ビートたけし・深沢邦之・藤森慎吾・渡辺正行・水道橋博士・エド・はるみ
  立川志の輔・三宅裕司・三遊亭小遊三

 ○法政大学出身者

 大森うたえもん

 ○青山学院大学出身者

  大竹まこと・三遊亭園楽・にしおかすみこ

 ○その他の私大

 学習院大学・・・仲本工事
 中央大学・・・・・高木ブー・きたろう・林家三平
  立命館大学・・・岡村隆史・高橋茂雄・ユリオカ超特Q
 同志社大学・・・レイザーラモンHG・カズレーザー・岡崎体育
 日本大学芸術学部・・・太田光・田中裕二
 日本大学・・・オードリー春日・天野ひろゆき・ゴリ・桜塚やっくん・関根勤・
 神奈川大学・・・渡部建
 関西大学・・・山里

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  「文化人」編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・倉本聡・渡辺恒雄・草野仁・畑正憲・林修・茂木健一郎・森永卓郎
         三浦奈保子・吉田たかよし・阿部佑二・舛添要一・林修
 京都大学・・・鳥越俊太郎

 ○その他の国公立大学出身者

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

  大橋巨泉・筑紫哲也・浅井慎平・いとうせいこう・金美齢・是枝裕和・田原総一朗
  山田太一

 ○慶應義塾大学出身者

  岸井成格

 ○立教大学出身者

 安倍昭恵・関口宏・みのもんた

 ○明治大学出身者

  井崎修五郎

 ○法政大学出身者

  糸井重里

 ○青山学院大学出身者

  北原照久

 ○その他の私大

  学習院大学・・・宮崎駿
  中央大学・・・・・秋元康

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 「スポーツ」編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・

 ○その他の国公立大学出身者

 筑波大学

 井原正巳・中山雅史・田嶋幸三・風間八宏・藤田俊哉・猶本光・熊谷紗希・谷本歩実
 田辺陽子・宮下純一・中垣内祐一・苅部俊二・山下訓史・池田信太郎・ジャンボ鶴田
 小川直也
 

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

 仁志敏久・青木宣親・岡田彰布・斎藤佑樹・鳥谷敬・藤井秀悟・谷沢健一・和田毅
 柿谷曜一朗・福原愛・瀬古利彦・渡辺康幸・大迫傑・瀬戸大也・平井伯昌・星奈津美
 荒川静香・村主章枝・荻原健司・次晴・八木沼純子・渡部暁斗・佐藤琢磨

 ○慶應義塾大学出身者

 高橋由伸・武藤嘉紀・河井陽介・江藤省三・藤田元司・別当薫・広瀬功・水原茂
 石黒修・立石諒・松平康隆・山縣亮太

 ○立教大学出身者

 長嶋茂雄・杉浦忠・土井正三・西本幸雄・大沢啓二

 ○明治大学出身者

 星野仙一・杉下茂・松尾雄治・ 長友佑都・笠谷幸生・吉田秀彦・広澤克実・三ヶ田礼一
 青地清二・川上憲伸・泉浩・大仁田厚・武田一浩・牧野茂・木村和司・野村祐輔・大下弘
 マサ斎藤

 ○法政大学出身者

  江川卓・鶴岡一人・近藤貞雄・関根潤三・根本睦夫・山本浩二・田淵幸一・小早川毅彦
 西田真二・江本孟紀・木戸克彦・秦真司・長池徳士・新井宏昌・大島公一・石井丈裕
 清水秀彦・水沼貴史・不破弘樹・為末大・米田一典・三宅義信・三宅宏実・日馬富士公平
 佐藤有香

 ○青山学院大学出身者

 井口資仁・石川雅規・小久保裕紀・三浦淳宏・神野大地・藤森安奈

 ○その他の私大

 中央大学

 阿部慎之助・澤村拓一・亀井義行・石渡茂・末次民夫・高木豊・武上四郎・笘篠賢治
 豪風旭・田中雅美・中村真衣・福井烈・室屋義秀
      

2019年1月24日 (木)

著名人の出身大学③

 私は人間の価値は学歴で決まるとは思っていないが、芸能人や文化人で長い期間、活躍できる方というのは、やはり賢かったり、先見の明があったり、秀でた芸を持っているとかなんらかの才能があってのことだと思っている。
 俳優にせよ歌手にせよ、あるいは文化人と呼ばれる方々は、やはり一流の大学を卒業していたり、中退したりしているようだ。
 そこで今回は、一流大と呼ばれる大学に身を置いた著名な方々を取り上げたい。なお、私が思う一流大とは、旧帝大のような国公立大と早慶上、MARCHクラスと呼ばれる偏差値65以上の難関大である。
 長くなるが、俳優・女優、歌手、アナウンサー、芸人、そしてその他の文化人と5つに分類して記したい。

 3回目の今日は、私の大好物、女子アナを含むアナウンサーの出身校を見てみたい。

 <男性アナウンサー・キャスター>編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・桝太一
 京都大学・・・

 ○その他の国公立大学出身者

 横浜国立大学・・・富川悠太・山本匠晃
 東京外国語大学・・・小林豊
 一橋大学・・・村尾信尚・森圭介
  筑波大学・・・武田真一・青山祐子・井田寛子・山王丸和恵・中村泰人・

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

 三宅正治・軽部真一・久米宏・羽鳥慎一・吉田照美・上重聡・青島達也・福澤朗
 寺川俊平・笠井信輔・酒主義久・野島卓・駒田健吾・高瀬耕造・徳光雅英・藺草英己
 大塚範一・堀尾正明・宮川俊二・山中秀樹・大橋巨泉・小川宏・筑紫哲也

 ○慶應義塾大学出身者

 榎並大二郎・中村光宏・辻岡義堂・藤井貴彦・ラルフ鈴木・伊藤利尋・立本信吾
 藤井弘輝・藤森祥平・一橋忠之・森本毅郎

 ○立教大学出身者

 古館伊知郎・福留功・徳光和夫・土居まさる

 ○明治大学出身者

 安住紳一郎・矢島学・宮田輝・渡辺宜嗣・宮田輝・飯村真一・坂井有生

 ○法政大学出身者

 生島ヒロシ・木村拓也・谷岡慎一・須賀宣之・深野健司・登坂淳一・池田速人

 ○青山学院大学出身者

  特に該当者なし

 ○その他の私大

 中央大学・・・・・生田竜聖・大和田新・高橋雄一

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  「女性アナウンサー」編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・小正裕佳子・膳場貴子・和久田麻由子・天明麻衣子・岡村仁美
          島津有理子・山本舞衣子・佐々木恭子・黒田あゆみ・黒崎めぐみ
          小野文恵・篠原梨菜 
         
 京都大学・・・青山愛・八木麻紗子・西堀裕美

 ○その他の国公立大学出身者

 横浜国立大学・・・
 東京外国語大学・・・久保田智子・桑子真帆・大桃美代子・佐藤良子・城ヶ崎祐子
              田丸美寿々・竹内香苗・富永美樹
 筑波大学・・・井田寛子
 千葉大学・・・繁田美貴
 お茶の水女子大学・・・加藤シルビア・中村仁美・井上あさひ
 山形大学・・・田中萌・伊藤綾子

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

 皆藤愛子・吉川美代子・宮澤智・宮司愛美・岡副麻希・阿部華也子・黒須清華
 秋元優里・森本さやか・下平さやか・市來玲奈・滝菜月・鈴木唯・竹内友佳・三上真奈
 近江友里恵・塩川菜摘・丸岡いずみ

 ○慶應義塾大学出身者

 松尾由美子・秋元玲奈・青木裕子・紺野あさ美・中野美奈子・平井理央・大木優紀
 萩野志保子・竹内由恵・弘中綾香・水卜麻美・岩本乃蒼・岩田絵里奈・鈴江奈々
 徳島えりか・中島芽生・松村未央・宇内梨沙・久保田祐佳
 

 ○立教大学出身者

 高見侑里・伊藤友里・宇賀なつみ・福田典子・伊藤弘美・曽田麻衣子

 ○明治大学出身者

 林美沙希 ・山本恵里伽・沖田愛加・鈴木沙喜代・田中萌・高畑百合子・水野真裕美
 

 ○法政大学出身者

 久野静香 ・鈴木奈穂子・小島奈津子・坂本洋子

 ○青山学院大学出身者

 新井恵理那・小林麻耶・田中みな実・江藤愛・三田友梨佳・堂真理子・小川彩佳
 井上清華・日比麻音子・皆川玲奈・山本里菜・名切万里菜・梅田澪理・ホラン千秋
 久慈暁子・滝川クリステル

 ○その他の私大

 学習院大学・・・木村郁美・守本奈実・海老原優香・広瀬麻知子・上篠麻里奈・島本真衣
           神田愛花・山本モナ・勝恵子・掛貝梨紗
 中央大学・・・・・矢島悠子
 同志社大学・・・宇垣美里
 上智大学・・・杉浦友紀・長野美郷・西山喜久恵・小林麻央・長野智子・三雲孝江
  神戸女学院大学・・・有働由美子
 フェリス女学院・・・大江麻理子・美馬怜子

2019年1月23日 (水)

著名人の出身大学②

 私は人間の価値は学歴で決まるとは思っていないが、芸能人や文化人で長い期間、活躍できる方というのは、やはり賢かったり、先見の明があったり、秀でた芸を持っているとかなんらかの才能があってのことだと思っている。
 俳優にせよ歌手にせよ、あるいは文化人と呼ばれる方々は、やはり一流の大学を卒業していたり、中退したりしているようだ。
 そこで今回は、一流大と呼ばれる大学に身を置いた著名な方々を取り上げたい。なお、私が思う一流大とは、旧帝大のような国公立大と早慶上、MARCHクラスと呼ばれる偏差値65以上の難関大である。
 長くなるが、俳優・女優、歌手、アナウンサー、芸人、そしてその他の文化人と5つに分類して記したい。

 <男性歌手・ミュージシャン>編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・小椋圭・小沢健二

 ○その他の国公立大学出身者

 横浜国立大学・・・稲葉浩志
 東京外国語大学・・・タケカワユキヒデ
 東京藝術大学・・・坂本龍一・葉加瀬太郎
 横浜市立大学・・・平井堅
 東北大学・・・小田和正

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

 小田和正(大学院)・小室哲哉・サンプラザ中野・デーモン小暮・中丸雄一・あんべ光俊
 大瀧詠一

 ○慶應義塾大学出身者

 岩田剛典・菊池風磨・櫻井翔

 ○立教大学出身者

 高石ともや・細野晴臣・ディック・ミネ・佐野元春

 ○明治大学出身者

 宇崎竜童・山下達郎・伊野尾慧・小山慶一郎・三橋美智也・寺内タケシ・山田パンダ
 KENCHI

 ○法政大学出身者

 小林直己・甲本ヒロト・KAN・田中星児・ジャッキー吉川・三条正人

 ○青山学院大学出身者

 加藤成亮・槇原敬之・桑田佳祐

 ○その他の私大

 中央大学・・・・・ナオミ・インテラミ・出門英
 明治学院大学・・・中島健人
  亜細亜大学・・・北山宏光・風間俊介

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  「女性歌手・ミュージシャン」編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・加藤登紀子

 ○その他の国公立大学出身者

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

 仲俣汐里・庄野真代

 ○慶應義塾大学出身者

 竹内まりや・一青窈・miwa・鈴木愛理

 ○立教大学出身者

 特に該当者なし

 ○明治大学出身者

 特に該当者なし

 ○法政大学出身者 

 外岡えりか

 ○青山学院大学出身者

 惣田紗莉渚・谷村奈南・原由子

 ○その他の私大

 亜細亜大学・・・夏川りみ

2019年1月22日 (火)

著名人の出身大学①

 私は人間の価値は学歴で決まるとは思っていないが、芸能人や文化人で長い期間、活躍できる方というのは、やはり賢かったり、先見の明があったり、秀でた芸を持っているとかなんらかの才能があってのことだと思っている。
 俳優にせよ歌手にせよ、あるいは文化人と呼ばれる方々は、やはり一流の大学を卒業していたり、中退したりしている方が多いようだ。
 そこで今回は、一流大と呼ばれる大学に身を置いた著名な方々を取り上げたい。なお、私が思う一流大とは、旧帝大のような国公立大と早慶上、MARCHクラスと呼ばれる偏差値65以上の難関大である。
 長くなるが、俳優・女優、歌手、アナウンサー、芸人、そしてその他の文化人と5つに分類して記したい。

 <俳優>編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・香川照之・矢崎滋・渡辺文雄・山村聡
 京都大学・・・辰巳琢郎

 ○その他の国公立大学出身者

 横浜国立大学・・・加藤雅也・西島秀俊
 東京外国語大学・・・鈴木亮平
 東京藝術大学・・・伊勢谷友介・野村萬齋
 神戸大学・・・佐々木蔵之介
 名古屋大学・・・大和田獏

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

 加藤剛・森繁久彌・石田純一・内野聖陽・北大路欣也・長塚京三・風間杜夫
 堺雅人・菅原文太・藤木直人

 ○慶應義塾大学出身者

 石原裕次郎・中村雅俊・石坂浩二・市川亀治郎・加山雄三・小出恵介・別所哲也
 水嶋ヒロ・芥川比呂志・夏八木勲・中川勝彦・市川猿之助・石原良純

 ○立教大学出身者

  上原謙・佐野周二・関口知宏・本郷功次郎・高橋悦史・山下規介

 ○明治大学出身者

  西田敏行・山下智久・小林旭・斉藤洋介・高倉健・向井理・大杉漣・遠野英治郎
 夏木陽介・八名信夫・原田大二郎・黒田アーサー・

 ○法政大学出身者

 伊藤淳史・美木良介・松村達雄・根上淳・岸田森・誠直也・村上弘明・美木良介
 成川哲夫

 ○青山学院大学出身者

 渡哲也・高橋克典・和泉元彌・椎名桔平・鈴木浩介・賀来賢人・勝野洋・竹脇無我
 渡辺大・松田洋治
 

 ○その他の私大

 学習院大学・・・児玉清・角野卓造・田宮二郎・細川俊之・六角精児・
 中央大学・・・・・阿部寛・上川隆也・岸谷五朗・丹波哲郎・渥美清・千秋実・仲谷昇
           古谷一行・黒部進・大野しげひさ・山下真司・小松方正・長谷川博己
 立正大学・・・竹内涼真
 成城大学・・・えなりかずき
           

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  「女優」編

 ○東京大学出身者

 菊川怜・高田万由子

 ○その他の国公立大学出身者

 横浜国立大学・・・福田萌・眞鍋かをり
  熊本大学・・・宮崎美子・齋藤慶子
 東京学芸大学・・・優木まおみ

  ○早稲田大学出身者(中退を含む)

 サエコ・広末涼子・吉永小百合・室井滋

 ○慶應義塾大学出身者

 トリンドル玲奈・菊池麻衣子・紺野美沙子・二谷友里恵・藤井美菜

 ○立教大学出身者

 掘田茜・南沢奈央・野際陽子

 ○明治大学出身者

 井上真央・北川景子・柴田理恵・泉里香・川島海荷・田中裕子・山本美月・松原智恵子
 深浦加奈子・南沢奈央・原田夏希・松原智恵子

 ○法政大学出身者

 肘井美佳・菊池桃子・前田亜季・中田あすみ・中江有里

 ○青山学院大学出身者

 名取裕子・星野真里・筒井真理子・寺島しのぶ・前田愛・横山めぐみ・田中裕子

 ○その他の私大

 学習院大学・・・麻木久仁子
 フェリス女学院・・・桐谷美玲
 日本女子体育大学・・・土屋太凰
  亜細亜大学・・・小池里奈・酒井美紀・坂下千里子・吉木りさ・瀧本美織・ベッキー 

http://cute.sh/toshi/seek/university.html

  俳優や女優も高学歴の方が多い。セリフ覚えも賢さが必要ということか。研ぎ澄まされた感覚も演技には必要だし、凡人には無い感性や芸術性も大切。そういう意味では、頭が良い人が、長く活動でき、生き残っているように思える。

 明日は第二弾として、高学歴の歌手(シンガー)を取り上げたい。

2019年1月21日 (月)

女子駅伝の注目株!

 昨年(2018年)の秋口から、急に駅伝が好きになった。しかも女子駅伝に熱を上げている。もとから「箱根駅伝」は我が福島県出身のランナーが多く、今井正人、柏原竜二などが大好きで応援していたが、高校駅伝や大学駅伝、実業団駅伝などの放送を毎回欠かさず観ているうちに、お気に入りのランナーや東京五輪に向けて素質のある期待できるランナーが数多くいることに気づかされ、是が非でも応援したくなった。

 特に、長年、日本陸上界のトップに君臨し、4年前に引退した「新谷仁美」選手のファンになった。彼女は26歳で引退し、その後、普通のOL生活をしていたが、昨年に電撃復帰した。4年間のブランクを感じさせない引き締まった身体と、福士加代子と同様にネアカで勝ち気な性格が奏功し、いきなり鮮烈な再デビューを飾り、光彩を放った。
 まず、福島市を会場に行われた東日本女子駅伝では、首位と1分30秒差がありながら、5人を次々とごぼう抜きし、終わってみれば東京を10年振りの優勝に導いた。なんと最初の5kmを15分フラットで入る快走ぶりで、その実力をまざまざと見せつけた。
 
 年明けには、走り慣れた京都を舞台に開催された「都道府県対抗女子駅伝」で、アンカー区間(9区10km)を走った。首位と3分30秒も差がある16位でタスキを受け取り、あれよあれよという間に前を行くランナーを気持ちが良いくらいに追い抜き、最後は7人抜きで首位とは1分30秒差まで縮め、9位でフィニッシュした。MGCへの出場権を獲得している実業団の選手たちのお株を奪い、なんと歴代3位となる区間賞までかっさらっていったのだった。

 彼女の無類の強さは、高校1年から発揮しており、その実力は折り紙付きであった。岡山の興穣館高校出身で、師走の都大路を走る「全国高校駅伝」で、高1から高3までの3年間、1区を走り、3年連続区間賞、しかも2年時には6kmで19分を初めて切る区間新記録を樹立した。さらに翌年の3年時には、自身の持つ区間記録をさらに更新するなど無敵の強さを見せつけた。独特な上下動のないピッチ走法で、スタートからグングン加速し、西京極陸上競技場を出た瞬間から2位以下を引き離し、独走状態を築くなど、段違いのスピードで他を圧倒した。

 しかし、東京五輪を目前に控えた時期にの彼女の復帰は、他のライバルランナーにとって脅威であった。彼女の存在に触発されて、ますます女子陸上のレベルがワンランク上がるように思われる。
 しかし、彼女自身はマラソンを目標にしているのではなく、トラックに照準を合わせている。とにかく1万メートルへのこだわりは人一倍強い。だから、女子マラソン代表を争うMGCなど眼中にない。

 次に、私が駅伝に夢中になったのは、新谷仁美選手の存在だけではない。大学駅伝で二冠を達成した「名城大学」の頑張りと活躍にある。そして他校のライバル選手たちにも優秀なランナーが多くいて、切磋琢磨して鎬を削っている姿に感銘を受けた。
 長野東高校出身者が多い名城大だが、米田監督の人徳も素晴らしく、全国の有望ランナーが彼を頼って集まって来るのもわかる気がする。

 加世田梨花・・・エースで2年生。千葉県成田高校出身
 和田有菜・・・・1年生で長野東高校時代から高校駅伝で活躍 区間賞多数
 高松智美ムセンビ・・・お父さんがケニア人のハーフ 大阪薫英高校出身
 玉城かんな・・・お父さんが長野東高校監督 身長が高く、飛び跳ねるような走法
           キュートで可愛らしくて私が好きなタイプだ。4年生
 松浦佳南・・・4年生 昨年はインフルで欠場を余儀なくされたが、今年は見事区間賞
 青木和(のどか)・・・4年生で駅伝部主将
             大学駅伝ではアンカーで1位のゴールテープを切り、富士山駅伝では
             1区2位の力走 

 https://www.youtube.com/watch?v=3j3Qn2qET1M

 杜の都仙台で行われた「大学女子駅伝」、暮れに行われた富士山駅伝で、見事優勝し、宿敵立命館大学を破り、見事大学二冠の栄誉に輝いた
 また、東日本女子駅伝や全国都道府県女子駅伝にも駆り出されるほどの実力者揃いだ。

 大学生で期待できる逸材

 ① 鈴木優花(大東文化大1年)・・・秋田大曲高校出身 秋から鮮烈デビュー 区間賞
 ② 関谷夏希(大東文化大3年)・・・鼻のテープがトレードマーク 大東大のエース
 ③ 佐藤成葉(立命館大3年)・・・立命館のエース 可愛い
 ④ 五島莉乃(中央大学3年)・・・富士山駅伝1区で大学選抜で出場し区間賞
 ⑤ 樺沢和佳奈(慶應義塾大2年)・・・富士山駅伝2区で大学選抜で出場し区間賞
 ⑥ 棚池穂乃香(京都産業大3年)・・・富士山駅伝区間3位

 この中では秋田出身で大東文化大学1年生のスーパールーキー「鈴木優花」選手の今後の成長が楽しみだ。暮れの「富士山駅伝」で上り坂が続く最終区を走り、前年に立命館大の選手が作った区間記録をなんと1分30秒も縮める快挙を成し遂げた。しかも彼女は高校時代はインターハイに出場し、女子3000mで4位に入賞はしているものの、まったくの無名で、大学入学後にその才能が開花した。
 身長が高く、グイグイ機関車のように突き進むスタイルの走り方で、全国大学女子駅伝で、エース区間の2区を走り、なんと12人抜きをやってのけた。女子中距離のエースになれる逸材だ。顔も可愛い。

 高校生で期待できる逸材

 廣中璃梨佳(長崎商)・・・出場するレースはすべて区間賞という怪物

 全国高校駅伝 https://www.youtube.com/watch?v=uRnjLYi6b5A
 都道府県駅伝 https://www.youtube.com/watch?v=gKzWrCihOJ8
           

 今年の都道府県女子駅伝1区では、実業団の実力者で前年区間賞の「鍋島」とデッドヒートを繰り広げ、ラストスパートで見事に区間賞を獲得した。

 今年2019年の女子大学駅伝は「大東文化大学」が強いとみている。4年生になる関谷、山口に加えて鈴木もいる。名城大学の3人(高松・和田・加世田)と対等に戦える選手が揃っている。

 そして最後に、実業団駅伝の有望株としては、ぜひ東京オリンピック代表になって欲しい人材として「鈴木亜由子」選手を推したい。
 昨年の北海道マラソンで、初マラソンに挑戦して見事初優勝を成し遂げた。駅伝では愛知代表として過去、何度も出場し、その都度選手をごぼう抜きし、2年前と今年、アンカーで大逆転を演じ、優勝に導いた立役者でもあった。ピョンピョンとウサギのように飛び跳ねるような個性的な走法で、前を行くランナーに追いつき、あっという間に抜き去っているカッコ良さは凄すぎる。顔も可愛い。つい応援したくなる存在だ。

 さて、新谷仁美選手の復活劇に始まり、大学駅伝の注目株や実業団駅伝の有望株も取り上げたが、秋から冬にかけては駅伝三昧だった。彼女たちの頑張りから目を離せない。

 編集後記

 この記事を書き上げたのが1月20日(日)の朝9時台だったが、まさにこの日の午後に行われた全国都道府県対抗男子駅伝で、我が福島県チームが悲願の初優勝を成し遂げた。

 2010年大会で惜しくも2位だった時、アンカーの佐藤敦之選手が、兵庫の竹澤健介選手との残り200mのスパート合戦で逆転されて、優勝を逃したことが記憶に新しいが、僅か2週間前に「箱根駅伝」で4区を走って区間新記録を出した東洋大学の相澤晃選手が、最終7区で前を行く群馬のランナーを7.5キロ付近で交わしてスパート。そのまま1着でゴールテープを切った。

 未だ原発事故の風評被害で苦しむ福島県民への最大の激励となった。地元福島では、号外が飛び出すなど、最大級の賛辞を送った。

 我が福島県は、「長距離王国」と言われている。1964年の東京五輪の男子マラソンで銅メダルに輝いた須賀川市出身の円谷幸吉に始まり、元マラソンの日本記録保持者だった藤田敦史選手(清陵情報高→駒澤大→富士通)、北京五輪代表で早稲田大、実業団でも活躍した佐藤敦之選手、箱根駅伝で「元祖山の神」と呼ばれた「今井正人選手(順天堂大学)、さらにはご存知東洋大学を往路4連覇に導き、黄金時代を築く立役者となった二代目「山の神」の柏原竜二選手もいた。

 今回ようやく東北勢にも初の日本一をもたらす活躍を見て、私も感動した。全国高校サッカーの尚志高校の3位と言い、今回の駅伝優勝と言い、平成最後の年にあって、福島県選手の頑張りが光ることは、同じ県民として嬉しい限りだ。

 残すは、高校野球で、「ぜひとも白河の関越えを果たして欲しい」と心から願って、今日の記事を結びとしたい。

2019年1月20日 (日)

恐怖に晒される芸能人たち

 またしてもファンの行き過ぎた行動により、アイドルが傷つけられる事件が起きた。NGK48のメンバーの自宅マンションを突き止め、押し入った末に顔を掴んで暴行するなど本当のファンならばあり得ない行為だった。これは迷惑行為以外の何物でもなく、他のファンもショックだろうし、何より本人の心に深い傷が残る。絶対にこうした行為は、いくら好きでもファンを自称するならば慎むべきだ。ストーカー行為以外の何物でもない。
 こうしたファンによるアイドルや芸能人への暴行は昔からあった。それによって、力道山やジョン・レノンのように命を落とす事件に発展したケースもある。
 今回は、日本で起こってしまったそうしたファンによる襲撃や暴行事件について取り上げ、行き過ぎた行為への警鐘を促したい。

 美空ひばり 塩酸事件

 1957年1月13日、東京・浅草の国際劇場で、「花吹雪おしどり絵巻」に出演していた美空ひばり(当時19歳)が、山形県から上京した客席にいたファンの少女A子( 当時19歳)から塩酸をかけられるという事件が発生。
 その後、美空ひばりは劇場に近い「浅草寺病院」で治療を受けるが、顔や首、胸や背中などに全治三週間の火傷を負った。
 この少女は、彼女のブロマイドを購入して部屋に貼ったり、彼女が出演する映画を必ず観るなどの熱烈なファンだった。しかし、自宅に電話したり、時には押し掛けるなど度の過ぎた公道をとるようになっていったという。
 家出をしてこのような末路を辿ったが、「こんなに好きなのに、ひばりさんが憎い」と書置きした少女は「塩酸をかけて、みにくく 顔をみたい」と手帳に書いていた。(「オワリナキアクム」のHPより引用)

  鶴田浩二 襲撃事件

 任侠シリーズに数多く出演した昭和を代表する名優だった鶴田浩二。1953年(昭和28年)1月6日に日本の俳優・鶴田浩が暴力団・山口組三代目の組員に襲撃・暴行を受けた事件。
 山口組三代目の組員5人は、午後7時すぎ、鶴田浩二の宿泊先・大阪市天王寺区大道町の旅館・備前屋で待ち伏せし、軒先に群がるファンらに「鶴田のサインをもらってきてあげる」と言って上がりこんだ。4人が桔梗の間に入ると、鶴田浩二や水の江滝子・高峰三枝子ら10名以上が夕食をとっていた。山本は彼らの面前で鶴田をウィスキー瓶やレンガで殴りつけた。。それから備前屋を飛び出し、黒塗りの乗用車に乗って逃亡。鶴田は救急車で近くの早石病院に搬送され、頭と手に11針を縫う重傷だった。
 この後、芸能界では「山口組・田岡一雄の機嫌を損ねるととんでもないことになる」と恐怖を植え付けられることとなり、山口組が芸能界での勢力拡大と収益を上げていく大きな追い風を果たした。 (Wikipediaより)

 岡田奈々監禁事件

 とは1977年7月15日、当時、清純派トップアイドルであった岡田奈々がファンに5時間監禁された事件である。
 岡田奈々は深夜に仕事を終え、マネージャーに自宅マンションまで送ってもらい、マネージャーは部屋に入ったのを確認して帰った。 部屋に入ると少し暑かったが、エアコン嫌いの岡田はベランダの窓を開けた。その後すぐ入浴する気がせず出演するドラマの台本をベッドで読み窓を開けたまま、ベットで寝入っててしまった。
 そして隣の部屋が空室でベランダをつたってファンが岡田の部屋に侵入。犯人のナイフを、起きた岡田がを握ってしまい血だらけになり、犯人が手にシーツを巻きさらにネクタイで手を縛り、足も縛って身動き出来ない状態にした。犯人は、明け方には出て行くからと言って岡田の新曲を振り付けで歌いながら踊ったりしていた。犯人は岡田に「警察には言うなよ」と言葉を残し約束通り明け方出て行き、血のついたシーツなどを持ち帰った。

 岡田はすぐ手のシーツをほどき、事務所の社長に連絡し警察が来て保護された。その時の手の怪我は、30針も縫うほどの大怪我であった。犯人は、目だし帽で顔はわからず現在も捕まっていない。

 こんな身も毛もよだつ一夜があってトラウマになり思い出すのも嫌な筈なのに、その後、土曜ワイド劇場の「魅せられた美女」で、その場面を再現するかのようなシーンが撮影された。マンションの部屋で、プロダクションの社長の夫人に刃物で追い回され、逃げ惑うシーン。もみ合いとなって弾みで夫人が自分の胸に包丁を刺してしまい、恐怖で岡田は気絶。気づくと社長夫人が心臓を一突きにされ、出血死していたというもの。
 あの事件をトラウマにならないように、敢えて挑戦したかのようだった。

 私は小学生の頃に、彼女の大ファンで、雑誌の切り抜きを集めていたし、「青春の坂道」のレコードも購入したりしていた。実はこんな大事件があったなど知らなかった。彼女の心情を思うといたたまれない。その後も、「俺たちの旅」や「ゆうひが丘の総理大臣」などの学園ドラマに出演していたかと思うと、彼女のプロ根性に敬意を表したい。

 

 松田聖子 沖縄 ファンによる殴打事件

 1983年3月28日。沖縄市市営体育館では松田聖子のスプリングコンサートが開催されていた。スプリングコンサートは沖縄市を皮切りに北上して開催する予定となっていた。 始まって約1時間がたった午後7時40分頃、聖子が「渚のバルコニー」を歌い始めてサビの部分にさしかかったとき、舞台下手から体格の良い男が瞬間的に聖子に駆け寄った。男は持っていた30~40cmのスチール製工具で聖子に殴りかかった。聖子はとっさに頭をかばいながら逃げたが、スチール工具は3回頭に打ち付けられた。男は逃げ回る聖子を追いかけ回した。
 「キャーッ、やめてー」という聖子の叫び声が会場に響いた。警備スタッフが数人駆け寄り、男を羽交い締めにした。会場は騒然となった。聖子はほとんど失神状態で顔面蒼白だった。スタッフに抱えられて会場の外へ運び出され、救急車で病院へ向かった。男はそのまま警備の警察官に傷害の現行犯で引き渡された。(現行犯の場合、警察官でなくとも一般人が逮捕可能である)
 聖子は右側頭部と右手首に約1週間の裂傷と打撲傷を負った。レントゲンやCT検査の結果、骨折や脳内出血はなかったが、体が震え、涙が止まらず、精神的ショックは計り知れず大きかった。その日はそのまま入院した。(「艱難辛苦と臥薪嘗胆と満身創痍」のブログより)

 この事件直後からテレビのワイドショーはこの事件と当時、トップアイドルだった松田聖子の精神状態を心配する記事や報道で大騒ぎとなったことを覚えている。

 倉沢淳美 手首切りつけ事件

 欽ちゃんの欽どこで鮮烈なデビューを果たした「わらべ」のメンバーで、一番可愛かったことで、歌手としてもソロデビューを果たし、ベストテン番組にも登場するほどの人気を集めていた。
 ところが、ソロ・デビューした1984年に、札幌で開いたサイン会で事件は起きた。終了後に会場玄関で、参加していた見知らぬ男に突然、刃物で切りつけられ、右手首を約6センチ切る大怪我を負ったのだ。犯人は26歳の会社員。警察の取り調べに「生意気だから切った」と、平然と不可解な供述をした。
 事件後、ファンによるアイドル襲撃事件ということで連日、マスコミ報道は過熱した。

 AKB48握手会傷害事件

 2014年(平成26年)5月25日、日本の女性アイドルグループ・AKB48が岩手県滝沢市の岩手産業文化センター(アピオ)で開催していた握手会のイベントにおいて、のこぎりを持った男がグループのメンバー2人とスタッフ1人を切りつけ、負傷させた事件である。
 グループのメンバーとファンが握手を行う区画(レーン)のひとつに男が入り、のこぎりを取り出してメンバーの川栄李奈と入山杏奈、および2人を守ろうとした男性スタッフを切りつけた。男は周囲にいたスタッフに取り押さえられ、警察に殺人未遂の容疑で現行犯逮捕された。切りつけられた3人は骨折や裂傷を負い、病院へ搬送されてただちに縫合手術を受けた。3人は事件翌日に退院した。
 犯人は青森県十和田市に住む、発達障害の診断を受けたことがある、事件当時24歳の男。
 2014年1月に仕事を失っており、犯行動機はテレビでAKB48を見て「収入が多い」「自分とは正反対」などと不満に思ったことであった。男は逮捕後、精神鑑定が行われた。その結果責任能力が問えると判断され、傷害罪および銃刀法違反罪で起訴された。

 迷惑行為

 近藤真彦の実母の遺骨盗難事件

 (参考)

 世間を震撼させた芸能人にまつわる歴史的犯罪事件簿③   

 

2019年1月19日 (土)

急逝した80年代アイドルたち

 私が高校時代を過ごした1980年代はアイドル全盛時代だった。山口百恵引退後、ピンクレディーも解散。時代は新たなヒロインの誕生を模索していた。その頃、歌が上手くルックスも抜群のアイドルが彗星の如く登場した。
 それは松田聖子だった。その時分、河合奈保子や柏原芳恵、そしてその後を追うように中森明菜や小泉今日子、松本伊代、堀ちえみ、早見優、そして石川秀美などのA級アイドルが続々登場した。また、様々な芸能事務所から、ヒット曲に恵まれなくても、次々とB級アイドルも振って沸いたようにデビューしては儚くも消えて行った。
 当時は、歌番組も多く、夜ヒットやミュージックフェア、ベストテン番組を除いても、ヤンヤン歌うスタジオやアイドルパンチ、スーパージョッキーなどアイドルが露出する番組が数多く生まれた。そこで彼女たちの笑顔に癒された先輩諸氏も多かったに違いない。
 しかし、その当時、アイドルとして一時代を築きながらも、その後、病気や自殺などで不可解にも若くしてこの世を去ったアイドルたちもいたことを私は忘れられない。
 今日は、私が印象に残っている夭折し、星になったた天使のアイドルたちを取り上げ、彼女たちが確かに存在したことをここに記したい。

 岡田有希子

 亡くなった時のワイドショー番組は衝撃が強く、またファンの心情を察し埋め込み処理は行わず、URLのみの掲載とさせていただきます、ご容赦ください。

https://www.youtube.com/watch?v=B7cPgL70fHo

 彼女は最優秀新人賞を受賞するなどトップアイドルへの階段を着実に上っていた矢先の出来事だけに、あの衝撃の死の報は信じられなかった。17歳というあまりにも若くして天国へと旅立った彼女。後追い自殺をしたファンもいたという。それほど影響が大きかった。

 堀江しのぶ

 彼女は豊満で健康的な魅力に溢れるグラビアモデルだった。亡くなる少し前には「男女七人秋物語」にも出演していた。病死とはいえ、何の前触れもないまま急に亡くなったという印象で、ファンは居た堪れなかったと心中お察ししたい。

 本田美奈子

 へそ出しルックを流行らせ、20世紀のマリリンではノリノリでダイナミックな振り付けでセンセーションを巻き起こした。とにかく顔が小さくてスタイル抜群。出す曲もO型らしく個性があった。晩年はミュージカル女優として「レミゼラブル」などで主役を張った。小柄ながら声量があって、オペラにも果敢にチャレンジして大成功を収めていた。
 しかし、骨髄性白血病で闘病もむなしく2005年11月6日にこの世を去った。親友の南野陽子は泣き崩れた。彼女は病室でも歌い続け、死の直前まで歌手であり続けた。

 甲斐智枝美

 1979年、日本テレビの人気オーディション番組「スター誕生!」で第29代グランドチャンピオンを獲得。これをきっかけに芸能界入り。1980年、ポスト山口百恵を狙ったホリプロ所属のアイドルとしてシングル曲「スタア」で歌手デビュー。キャッチフレーズは「KIRARI!瞳が語る」。
 2006年7月10日、2階の寝室で首を吊っていたところを中学校3年生(当時)の長男が発見した。救急隊員が駆けつけたが、午前6時45分ごろ、心肺停止を確認。自宅所轄の千葉県警習志野署が検死を行い、自殺と断定した。43歳没。

 松本友里

 1983年に父とともに『オールスター家族対抗歌合戦』の「父と娘大会」に出場したことがある。この番組出演がきっかけでスカウトされ、1984年にアイドル歌手としてデビューした。

 2004年10月に、『暴れん坊将軍』で共演していた松平だけが出演した舞台を松本が観劇したことで交際に発展した。2005年10月11日、松平と入籍。話題となるが、これを機に芸能活動停止状態に入った。
 2006年10月31日、男児を出産した。以後、マスコミなどへの露出も控え、家事・育児に専念した。
 2010年6月に母・和歌鈴子が死去した。その頃から母親の介護疲れや死別の影響などにより、うつ状態となる。
 2010年11月15日午前3時ごろ、自宅のドアノブにロープで首をつっているのを泊まり込みのベビーシッターが発見し警察に通報、死亡が確認された。42歳没。
 ワイドショーでは松平健の豪邸からの中継で、夫の松平健が妻の死という衝撃の出来事がありながら、淡々とまるで他人事のような感じで芸能リポーターのインタビューを受けていたのが気に障った。まったく悲しげもなく、こうなることを予想していたかのような振る舞いに違和感を覚えた。

 他にも夭折したアイドルには柳原や可愛かずみ、上原美優、それに「エビ中」の松野莉奈がいる。

 ここで気をつけたいのは、上で取り上げたアイドルで、自ら命を絶った方はA型が多いという点。甲斐智枝美さん、松本友里さん、そして可愛かずみさん、上原美優さんはいずれもA型。プライドが高く、真面目で責任感が強いこの型は、傷つくと、いつまでも引きずり、立ち直りが遅い。不安材料をかき集め、思い詰めて衝動的な行動に走ってしまう傾向がある。

2019年1月18日 (金)

私が似ていると思う人たち

 世の中には自分にそっくりな人が3人いるという。ドッペルゲンガーという怖い現象もあるが、他人の空似とは思えないほどそっくりな人がいる。それは得てして芸能界においても顕著に見られる。今日は個人的見解だが、テレビタレントや芸能人などで、私が似すぎだと感じている方々を取り上げ、比較してみたい。

  <ケース1> 山本博美(元アイドル)・藤井美菜(女優)・山本里菜アナ(TBS)

 山本博美は1980年代に「きゃんきゃん」という3人組のアイドルグループのメンバーで、その後、モデルに転身し、「ミントタイム」のMCとして活躍していた。現在は京本政樹の妻となっている。
 藤井美菜は、ヤクルトのCMでも有名だし、近年は得意の韓国語を駆使し、韓国のタレントや女優としても活躍している。
 山本里菜はTBSの局アナで、「サンデージャポン」のアシスタントを務める美人アナだ。最近、局内での陰湿ないじめを暴露して話題となった。
 この3人は、世代こそ違うが、まるで三姉妹のようにそっくり。目鼻立ちがくっきりしていて、顔の輪郭も同じ。それもその筈、この3人はいずれも血液型がA型。ツンデレ風でプライドが高そうな印象。

Yamamotohiromi Yamamotorina
Fujiimina Ikedaeraiza

藤井美菜は池田エライザにも似ている。ちなみに池田エライザはB型だ。
なぜか池田エライザ乃木坂の斎藤飛鳥にも似ている。

 <ケース2> 三上真奈アナ(フジ)・長江麻美アナ(福島中央テレビ)

 キーステーションとローカル局の違いはあるが、3年前に、初めてFCTに長江アナが登場した瞬間に、この人は同じO型の三上アナそっくりだと思った。色白で、雰囲気もしゃべり方もリアクションも同じ。最初、親戚かと思ったほどだ。やはり血液型が同じだと、雰囲気が似てしまうのだろうか。

Mikamimana Nagae

 <ケース3> 阿部華也子(めざましキャスター)と幡谷明里(福島テレビキャスター)

 「かやちゃ~ん」の掛け声でお馴染みの朝の顔「めざましテレビ」でお天気キャスターを務めている。柔和な印象と笑うと無くなる目でお茶の間の人気者だ。2018年には「好きなお天気キャスター」でNo.1に輝いた。ネアカな雰囲気と屈託のない表情は、予想した通りB型。
 「めざましテレビ」「めざまし土曜日」関係は、三宅アナ、軽部アナ、宮澤智アナ、岡副アナ、皆藤愛子もそうであったように早稲田卒が多いが、阿部華也子キャスターも早稲田大学在学中のエリート。

 幡谷明里(はたやあかり)は地元福島テレビのアナウンサー。夕方放送の「FTVテレポートプラス」内で、私の実家にほど近い虎丸町のホテルハマツの東隣りにあるFTV郡山支社の前から、郡山の最新情報や天気を伝えている。実家が羽鳥湖にほど近い天栄村で農家を営んでいた。そして地元の福島大学を卒業し、FTVに入局した。学生時代はミスキャンパスにも出場した経歴があるし、現に「天栄村のキャンペーンクルー」も務めたほどの容姿だ。
 好きな芸能人は三浦春馬と西野カナだそうだ。なんでも大食いらしく、わんこそば207杯という輝かしい?記録を残している。彼女の血液型は不明だが、阿部華也子キャスターと雰囲気が似ていると思っている。

Abekayako Hataya2_2

 <ケース4> 若い頃の竹下景子とチェジゥ

 竹下景子と言えば1970年代に「お嫁さんにしたい女優NO.1」に輝いた。東京女子大卒の才女でありながら容姿端麗、良妻賢母タイプで、当時の男性諸氏は誰もが心を奪われた。個人的にはラジオ番組「この指とまれ」と姿三四郎の乙美さん役が強烈に印象に残っている。中3から高1にかけて彼女の大ファンだった。レコードも雑誌も買い占めていた。
 一方、私自身は、今では何かにつけて日本を悪者扱いする韓国が大嫌いだが、2001年にNHKで放送された「冬ソナ」だけは大好きで、特にユジン役のチェジゥのおしとやかな感じや清楚で、ひとりの人を想い続ける一途な雰囲気が気に入っていた。それは、彼女が竹下景子の若かりし頃の面影とだぶって見えたからだ。

Takeshitakeiko Fuyusona

 <ケース5> 常盤貴子と竹俣紅

 常盤貴子は和服が似合う日本美人。そして竹俣紅は早稲田大の政経学部在学中の女流棋士。なんと14歳にしてプロとなった。両者共に着物が良く似合う。竹俣紅は瀧本美織にも似ている。一方の常盤貴子はフィギュアスケートの安藤美姫にも似ている。

Tokiwatakako Takematabeni

<ケース6> 小芝風花と伊原六花、古畑星夏、小池美由

Koshiba Ihara
Furuhata Koike

ちなみに小芝風花と伊原六花はA型、古畑星夏はB型、小池美由はAB型

  栁ゆり菜と久慈暁子

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  モデル兼タレントの柳ゆり菜もフジテレビアナウンサーの久慈暁子も色白丸顔の典型的なO型 

 最近の若いモデル、タレントは区別がつかないほど似ているように思う。


 今回の記事は、ローカル的でしかも個人の主観が過分に含まれている。画像だけ比較してもあまりピンとこないし似てないように見えるが、実物を見れば「なるほど」と合点が行くに違いない。福島県民意外にはあまり伝わらないが、そのへんはご了承願います。

 

2019年1月17日 (木)

福島県で起きた10大凄惨事件

 我が福島県で過去に発生した身の毛もよだつ恐ろしい事件について取り上げ、全体のあらましや概略を述べたい。
 震災時に東電の原発事故があって、それが最大にして最悪の事件(あえて事故とは言わない)だが、いわゆる刑事事件として凄惨なものをピックアップしたい。

 1 日産サニー宿直員めった刺し事件

 1967年10月27日深夜、日産サニー福島販売(現:日産サティオ福島)いわき営業所内で、宿直員(当時29歳)が何者かに刃物で刺されて殺害され、金庫にあった現金2100円位と男性用ズボン1本が奪われた。被害者は犯人と格闘したとみられ、全身に20か所以上の刺し傷を負っていた。
 捜査が難航し、迷宮入りも噂されていた翌1968年(昭和43年)5月7日、神社の床下にあった大工道具を持ち出そうとしたとして、窃盗の疑いで逮捕された電電公社(現:NTT)職員の男性(当時29歳)が、本事件の犯行を自供したとして再逮捕された。物的証拠はなく、この男の自白だけが逮捕の根拠だった。
 公判が開始されると被告は犯行の全面否認を行い、当日のアリバイや動機がないことなどを訴えた。1969年(昭和44年)4月2日、福島地方裁判所いわき支部は被告を有罪として無期懲役を言い渡した。アリバイは家族の証言のみだったため却下された。1970年(昭和45年)4月16日、仙台高等裁判所が控訴を棄却、1971年(昭和46年)4月19日、最高裁判所が上告を棄却し無期懲役が確定した。
 現場となったのは内郷御厩町2丁目の国道6号線沿いにある、現在の「日産サティオ福島」いわき店だ。

 2 高校生による交際相手殺害&母親の死体遺棄幇助事件

 平成8年8月27日、市内在住の県立高校2年生(17)の男子生徒が、 交際中の同市の私立高校2年の女子(16)と別れ話からケンカとなり、金槌で頭部を殴打し、さらに両手で首を締めて殺害した。 そして母親(35)と共謀の上、遺体を市内西田町の山林に遺棄し、母親も幇助罪で逮捕された。
 当時はこの衝撃的な殺人事件を取材するワイドショーのTVクル―で連日賑わった。

 3 ザザンボ事件

 1976年12月に福島県田村郡三春町で起きた中学生の自殺事件。農村で、知的障害を持つ中学生が自殺した。少年の死に疑問を持った担任教師は事件の裏側を調べる。そこには、学級の問題や家庭環境のみならず、ムラ社会の闇が潜んでいた。実はその少年は近親相姦で産まれた子であった。

 1992年に映画化されたが、第5回東京国際映画祭で上映される運びとなるが、松竹側は公開・配給を拒否した。理由は、死んだ少年の家に天皇家の写真が飾られているというシーンが、「天皇問題を扱わない」という事前の約束に反したためであり、松竹側は譲歩条件としてそのシーンを削除することを提案したが、それを旧態依然たるムラ社会の象徴として表現したかった渡辺はその条件をのまず、松竹からフィルムを買い取って全国で自主配給・興行を行い、様々な話題を呼んだ。後に題材となった少年の遺族から訴訟を起こされ、人権問題にも発展している。

 映画はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=N6eWqlp6puk
 

 4 会津若松市内で起きた男子高校生が母親を殺害した猟奇事件

 2007年5月15日午前7時ごろ、福島県会津若松市の会津若松警察署で、当時17歳の同市の県立高校3年の男子生徒が「母親を殺害しました」と言って自首する。少年は切断された女性の頭部を通学用の黒い布製ショルダーバッグに入れて持ってきていた。その際応対した女性警官は生首と目が合い卒倒して医務室に運び込まれたという。署員が少年の自宅アパートに駆けつけたところ、布団の上で母親が頭部を切断されて死んでおり、同署は少年を殺人容疑で緊急逮捕する。翌5月16日、殺人と死体損壊の疑いで少年を送検した。
 少年は5月15日午前1時30分ごろ寝ている母親を包丁で刺し、のこぎりで首を切断した。足を切ろうとしたが切れず、腕も切ろうとしたが切れなかったと本人が言っていたようだ。その後、インターネットカフェで夜を明かす。そこでアメリカ合衆国の人気アーティストビースティ・ボーイズのDVDを見ている。その後、6時20分ごろ携帯電話でタクシーを予約し、6時50分ごろタクシーに乗って警察署に乗りつけた。タクシーの後部座席にもバッグからもれたと思われる血が付着していた。
 自首した際には少年は、返り血と見られる血が付いた服を着ていた。遺体の首と頭には包丁で刺された傷が複数あり、手には抵抗した際に出来たと思われる無数の傷があった。アパートの遺体の側には、血まみれの包丁とのこぎりが残されていた。

 5 行方不明&未解決事件

 17歳の少女殺人事件

 2000年1月18日夕方、郡山市大槻町に住むアルバイトの17歳の少女が家族に「知人に会う、ちょっと出かけてくる」などと言い残して、知人男性が運転する車で出かけた。その後帰宅しないため家族が25日に捜索願を出した。また友人には数日前には「10万円ほど必要だ」と話していた。行方不明になった翌日の1月19日、女性がアルバイトしているスナック近くの郡山市片柳町の路上に携帯電話が落ちているのを通行人が見つけた。道路に投げつけられたように一部が破損していた。携帯電話は1月に発見されたあと、家族のもとに戻された。しかし2月に入って家族が福島県の三春町内で紛失。遺体発見後(後述)に警察が紛失したと思われる付近を捜索して再び発見されている。2000年4月3日午後4時ごろ、郡山市逢瀬町の大久保川で、首と両手足をロープで縛られて死んでいる被害者の遺体が渓流釣りにきた男性によって発見された。川幅は約5メートルで水深は約40センチ。水量は少なく、遺体が上流から流れてきた可能性は低いと見られ、発見場所で遺棄されたものとみられた。発見現場では争ったような形跡は見られなかった。遺体は額に鈍器で殴られたような跡があり、体の数か所を殴られるなど暴行を受けた形跡があった。解剖の結果、死因は首を絞められたことによる窒息死であることが判明した。死後約2か月と推定された。当初は犯人逮捕は時間の問題と見られていたが、本人の交遊関係が予想以上に広かったことから難航。事件発生から11年以上が経過した今でも未解決のままである。(下田雄一郎・未解決事件FILEの記事を参考)

 行方不明 石井舞ちゃん(船引町)、増田ひとみさん(原町市)

 6 庭坂&松川事件 

 「庭坂事件」とは、1948年(昭和23年)4月27日午前0時4分、国鉄奥羽本線赤岩 - 庭坂間を走行していた、青森発上野行402列車が馬洞門トンネルを出て間もなく、機関車と郵便車が脱線、10メートル下の土堤下へ転落し岩石に激突、連結されていた荷物車と客車1台も脱線した。岩石の破片が直撃した機関士と機関助士の2名が即死、技師が重傷を負い後に死亡した。

 「松川事件」は、1949年(昭和24年)8月17日に福島県の日本国有鉄道(国鉄)東北本線で起きた列車往来妨害事件。 下山事件、三鷹事件と並び、第二次世界大戦後の「国鉄三大ミステリー事件」の一つといわれており、容疑者が逮捕された その後の裁判で全員が無罪となり、真犯人の特定・逮捕には至らず、未解決事件となった。

 7 警視庁広域重要指定118号事件

 1991年に発覚した誘拐と監禁および強盗殺人事件で2人が殺害された。別名を「千葉・福島・岩手誘拐殺人事件」ともいう。8人が逮捕され、3人が死刑判決を受けたが死刑が執行されないまま3人全員が病死した異例の結末となった。
 郡山で発生した第二の事件では、1989年7月20日、福島県郡山市の塗装会社社長(当時48歳)を取引を装って呼び出し、1700万円を強奪し、殺害して耶麻郡猪苗代町の山林に埋めた。

 事件の概要 https://www.youtube.com/watch?v=r1R_B_bSSos

 8 須賀川女祈祷師による信者殺人事件

 別名「福島悪魔祓い殺人事件」といい、1995年に福島県須賀川市で発覚した自称祈祷師の女「江藤幸子」と信者らが、除霊と称して信者7人に激しい暴行を加え、殺害と重傷を負わせた事件。 1994年の暮れから1995年の6月まで、祈祷師の女宅にて「キツネが憑いている」などとお告げを受けた信者7人を、Eの娘Fと信者の男Gと同じく信者の男Hが中心となって『悪魔払い』や『御用』と称して殴る蹴るなどの暴行を加え、4名を殺害、2名を傷害致死、1名に重傷を負わせた。
 同年7月5日、重傷を負った女性信者Iの入院をきっかけに、警察がE宅を家宅捜査したところ、信者6名の腐乱遺体を発見、4人を逮捕した。後に被害者であるIも、暴行に加わっていたことが発覚して逮捕された。

  •  2008年9月16日、最高裁がEの上告を棄却し、死刑が確定。戦後日本では10人目の女性死刑囚である。
  •  2012年9月27日、宮城刑務所において、女の死刑が執行された。女性死刑囚の執行は、1997年の夕張保険金殺人事件の死刑囚以来15年ぶりで、1950年以降では4人目である。
  •  ここは水郡線大東駅の東側にある民家が事件現場だが、今も居住者がいることに驚かされる。一度ここを取材に訪れた際、遠巻きにカメラのシャッターを切った瞬間、今まで一度もなかったのに、プロも使用している「SANDISK」のSDカードがぶっ壊れた。死霊の怨念なのか、それとも未だに死刑執行された祈祷師の女の執念だったのか・・・。

     祟りが怖いのでURLのみ掲載  https://www.youtube.com/watch?v=eiqHQcPolYg

     9 磐梯熱海温泉「磐光ホテル火災」で31人が死亡

     これは事件ではないが、金粉ショーのダンサーの失火により、併設されているホテルに類焼し、折からの強風で瞬く間に燃え広がり、宿泊客ら31人が死亡する日本のホテル火災最大の大惨事となった。
     この火災については、過去に複数回当ブログで取り上げ記事にしているので、ここでは多くは語らないようにしたい。

    10 小野町の一家6人焼死火災

     こちらは昨年の暮れに起きた悲惨な火災。小野町にある4世帯の大家族の家から夜中に出火。火は一気に燃え広がって、幼い子ら4人を含む7人が一度に死亡する痛ましい事故だった。

     さて、過去から今日まで福島県内で起きた凶悪にして凄惨な事件を10例、列挙した。とても危なくて住めないと感じただろうか。
     実は全国の1,946の市町村別の犯罪発生率(刑法犯認知数を人口で割った値)を見ると、ワースト200位以内に我が福島県は入っていない。多いのは、大阪府、愛知県、福岡県、京都府、兵庫県なのだ。なぜか西日本の都市に犯罪発生が偏っているという。

     論より証拠 統計はコチラをクリック

     意外だったのは福島県で犯罪発生率が高かったワーストは檜枝岐村だったことだ。

     ワースト1位 檜枝岐村 1.572%  全国276位   犯罪数      10件
          2位 鏡石町   1.233%   全国514位   犯罪数     158件
          3位 郡山市   1.226%  全国519位   犯罪数4,151件
          4位 会津若松市1.195%  全国544位  犯罪数 1,508件
          5位 いわき市 1.185%   全国555位  犯罪数 4,056件
          6位 相馬市  1.076%   全国654位  犯罪数   408件

     ちなみに以下を挙げると、福島市は659位、須賀川市が701位、泉崎村が716位、矢吹町が795位、白河市が797位、西郷村が823位だった。つまり、中通り、特に県南地方に犯罪が集中していることがわかる。

     会津地方では、檜枝岐を除けば、843位に猪苗代町、喜多方市が1,285位、坂下町が1,286位、で、さすが「ならぬものはならぬものです」という教えが現代にも継がれていることがわかる。
     なお、ワースト1位の檜枝岐村は交通事故発生率も全国でなんとワースト21位で、県内でも2位のいわき市が251位なので、ダントツのワースト1位だ。

    2019年1月13日 (日)

    巨人軍の不吉な番号?いやいや体質に問題あり!

      巨人軍の背番号の不吉は「7」? 

     H31年1月9日付の「ヤフーニュース」に掲載されていたが、巨人軍の背番号に纏わるエピソードで、「背番号7」は悪いことが立て続けに起きるアンラッキーナンバーという主旨の記事があった。実はこれは、私が5年前に、本ブログの前身に当る別名ブログの中で指摘した内容と瓜二つで驚いた。

     今年、原巨人の黄金時代を支えてきた2人のベテランがFA人的補償で他チームへ放出されるという憂き目に遭った。それは左のエース格だった内海哲也、巨人に入団したいがために指名までひたすら待ち続け、やっと入団を果たした2年目には首位打者と最多安打の二冠に輝いた長野久義だ。巨人はFAで獲得した炭谷(西武)と丸(広島)の身代わりとなる人的補償の28人のプロテクトから貢献度抜群の両ベテランを外すといった暴挙に出た。

     ファンに衝撃が走ったと同時に、「なぜ?」という疑念が渦巻いた。今季、最後の奉公とばかりに捕手に志願復帰した阿部に加え、強肩・小林、大城、そして宇佐見と充実した布陣が現有勢力としてあるにもかかわらず、層の厚い捕手をさらに獲得した。しかも30代半ばを過ぎた選手の獲得に、巨人ファンは大きな疑惑を抱いた。

    Utsumi Chono


     また、「中島宏之」や「岩隈久志」はFAではなく、他チームを戦力外になった選手なので、獲得は自由だが、これは第2回WBCで侍JAPANの貢献度が高かった2人を原監督の独断で獲得した感じ。チーム事情として若返りをうたいながら、何ゆえ30代後半の峠を越えたであろう選手ばかり寄せ集めたのか?個人的には岩隈には楽天に戻って欲しかったし、また40を越えた上原浩治とも再契約を果たした。どういう補強テーマだったなのか全く見えない。
     かつて打って守れて、リーダーの資質十分だった「仁志敏久」を放出したように、原監督が実権を掌握したからには、好き嫌いで勝手な人事を断行しているのかとさえ勘ぐったほどだ。

     私が思うに、おそらくは巨人を追われた2人は、かつての「小林繁」や「萩原康弘」、「西本聖」、「駒田徳弘」、「一岡竜司」のように、「恩返し」という名の復讐心から発奮し、巨人を目の敵にしてぶつかって来るだろうし、巨人時代では考えられないような、驚くべき好成績を収めるであろう。
     では、そのように判断する根拠を示したい。

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     小林 繁

     移籍理由) 空白の一日・ドラフトボイコットを経て江川との交換トレードで阪神へ

     移籍前(巨人) 13勝12敗 
     
     移籍後(阪神) 22勝9敗 

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     西本 聖

     移籍理由) 皆川投手コーチとの確執があり、中尾孝義捕手とのトレードで中日へ

     移籍前(巨人) 4勝3敗 

     移籍後(阪神) 20勝6敗  いずれも段違い

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     萩原康弘

     移籍理由) 小俣進との交換トレードで広島へ  

     移籍前(巨人)14安打  4打点 打率.233 

     移籍後(広島)44安打17打点 打率.341 代打として大活躍した

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     駒田徳広

     移籍理由) 好成績を収めてもレギュラーが約束されない方針に反発してFAで横浜へ

     移籍前(巨人) 109安打 7本塁打39打点 打率.249 満塁男として実績はあった 

     移籍後(横浜) 149安打13本塁打68打点 打率.284 一塁手としてレギュラー獲得  
              して優勝に貢献

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     一岡竜司

     移籍理由) 大竹のFAに伴う人的補償でプロテクトを外れ、広島へ

     移籍前(巨人) 0勝0敗   防御率 5.23 当番機会が得られず

     移籍後(広島) 2勝0敗2S 防御率0.58  16ホールド 貴重な中継ぎとして大活躍

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     このように、巨人を去った選手はいずれも、発奮して、巨人在籍時よりも格段に成績がアップしている事実。
     一方、FAやトレードで巨人に入団した選手は鳴かず飛ばずでさっぱりだ。よくよく巨人のフロントや首脳陣は人を見る目が無いといわざるを得ない。
     したがって、FAやトレードで巨人に来るのも良し悪しで、飼い殺しは「巨人名物」だし、出場機会に恵まれずに二軍生活を強いられたり、強力な監督の陰で、眼力の無いコーチ陣が選手起用の進言もできないようでは、旧態依然の状態は継続するだろう。

     では、ここでヤフーに掲載されていた記事を引用したい。

     長野の前に背番号「7」を着けていた二岡智宏(1999年~2008年)は、2008年に山本モナとの不倫が発覚し、同年オフに日本ハムへトレード移籍。その前に着けていた吉村禎章(1986年~1998年)は、1988年に今も「あれがなければ…」とファンに悔やまれる靱帯断裂の大けがに見舞われている。

     強打のスイッチヒッターとして巨人軍第49代4番打者も務めたレジー・スミス(1983年~1984年)は、1984年にファンと小競り合いを起こして書類送検。
     また、柴田勲(1970年~1981年)は現役引退後の1992年に賭博行為で検挙され、桑田武(1969年)はヤクルトアトムズ(現ヤクルト)移籍後の1970年に「黒い霧事件」の一端を担ったとして逮捕されている。

     前述の5名以前に背番号「7」を背負った選手は大橋勲(1963年~1968年)、高林恒夫(1961年~1962年)、与那嶺要(1951年~1960年)、山川喜作(1946年~1951年)、筒井修(1936年~1937年・1941年)の5名だが、この内大橋、高林、山川はトレードで他チームに放出されている。

     また、与那嶺は当時存在した年金の受給資格(10年間の選手登録)を満たす寸前で戦力外通告の憂き目に遭い、中日に移籍。背番号「7」の初代である筒井は、戦地で指を失ったことにより選手生命を絶たれてしまっている。

     私個人の見解では、前述した巨人を追われた選手が、その後、巨人時代よりも飛びぬけた成績を収めている事実を考えれば、決して長野や内海は「都落ち」ではないし、現に、リーグ3連覇を果たした広島や昨年パ・リーグを制した西武に実力を高評価されて移籍するということは、ある意味巨人にとって脅威である。
     「出して失敗した」と思わせるため、死に物狂いで掛かって来るであろう。逆に言えば、「燃える材料」を巨人から与えられたと解釈すれば、「見返してやる」という強いやる気で巨人戦には立ち向かってくるので、逆に脅威になるだろう。

     そういう意味では今季の「内海」と「長野」の動向や活躍から目が離せない。2人には水を得た魚となり、大躍進を期待したい。

     そして現在FAやトレードなどで巨人入りした選手も、2人の電撃移籍には戦々恐々としているだろう。功労者であっても簡単にクビを切られるとあっては、枕を高くして寝ていられない。競争原理に拍車をかけるだろう。
     「大竹寛」、「森福」、「吉川光」、「野上」、「陽」、「石川」、「立岡」が該当者だ。FAで来た以上、VIP待遇などと高を食っていると痛い目に遭うだろう。彼らも明日をも知れぬ身であることを悟り、大いなる奮起を期待したい。

     総じて、今回の記事を総括すれば、背番号が不吉なのではなく、選手獲得も起用法もドタバタ劇が多く、「4年連続V逸」というふがいない成績によって重圧が圧し掛かったことで、このようななりふり構わぬ戦力補強に走り、若手を育てるどころか芽を摘み取ってしまっているのがそもそもの要因ではないのか?

     巨人ファンをやめたくなるような、あるいは目を覆いたくなるような惨状が今の巨人にはありありだ。これ以上をファンを落胆させないで欲しいし、他球団がこぞって目の敵にするような無様な振る舞いは避けて欲しいものだ。

    2019年1月12日 (土)

    開運?郡山の絶景スポット5

     1月4日(金)放送の「めざましテレビスペシャル」で、日本全国の「開運スポットベスト30」を発表していた。我が福島県からは三島町にある只見線の河川橋のみが第6位に選ばれていた。ここは三島町の「道の駅」から山間の登山道を上った先にあり、「行くぜ東北!」を始め、多くのCMにも使われたし、旅行誌のグラビアやカレンダーにも使われるほどの絶景ポイントだ。
     そこで私は一案思いついた。このテーマを「郡山市の観光スポット」で当てはめたらどうなるのか?絶景スポットとまでは行かなくても、ため息が出るほどの珍スポットがあるのではないか?そんな発想でトップ5を私のなりに考えたので発表したい。

     1位 布引高原のひまわり畑と眼下に広がる磐梯山&猪苗代湖

     郡山市の南西の外れに布引高原がある。高原だけあって、小高い山の山頂に広がる台地だ。そこに8~9月に一斉に咲き誇る一面のひまわり畑。その頭上には風力発電の風車が並列して聳え立つ。そして眼下には猪苗代湖が広がり、その先には「宝の山」と詠われた「磐梯山」が佇む全景を拝むことが出来る。さらにはその湖面に、まるで鏡のようにその影を落とす様を眺められる。絶好のロケーションだ。
     私はぜひこの場所を「天空の楽園」と名付けたい。こんな絶景が我が街「郡山市」にあったことを心底嬉しく思う。

                Nunobiki

     2位 新緑の銚子ヶ滝

     日本の滝百選にも選ばれた。その形がお酒を注ぐお銚子に似ていることから付けられた。母成峠の手前、熱海町ふれあい牧場から右折し、山道を分け入ると、登山口にたどり着く。そこに車を駐車し、熊すずを鳴らしながら20分ほど林の木立の遊歩道を行くと、分岐点に出る。そこに据えられた急階段を15分ほど下りれば、深い新緑の中にその威容は姿を現す。周辺は滝と澤の音しか聞こえず、人影まばら。それほど秘境感が漂う山の中。
     紅葉時期も美しいが、ここはツキノワグマが頻繁に出現している森の中なので、十分な備えが必要だ。
     私は50歳を目前にしてここを初めて訪れたが、帰りの急斜面の崖のような場所に据えつけられた階段を上のに、心臓はバクバクできつかった想い出がある。そして滝下に15分ほど滞在したが、付近は誰一人おらず、もしこんな場所で熊に襲われたら誰も助けに来れないので、人知れず死んでいく恐怖に襲われたことを覚えている。
     

     3位 浄土松公園の奇岩「きのこ岩」

     トルコの世界遺産「カッパドキア」を彷彿させる、この世のものとは思えないほどの自然の造形美。残念ながら2011年の東日本大震災で一部が崩壊し、昔の面影はないし、周辺は立入禁止になり、周辺から眺めるだけとなった。
     ここをフィールドワークコースにしている少年自然の家が近くにあって、小学生時分、宿泊学習の際に、ここを同級生達と探検したことが思い出深い。

     4位 高屋敷稲荷神社の千本鳥居

     恥ずかしながら、長く郡山市に暮らす私でも、京都の伏見稲荷神社にも似た千本鳥居が参道を埋め尽くす神社が地元にあることを知らなかった。
     5年前にローカルテレビ番組の「ドミソラ」で紹介されて気づき、実際に訪れてみた。郡山の東部に南北に貫くように通っている「農免道路」。人気パン屋の「杜のくまさん」からほど近い場所にそれは建っている。道路の下にあるために、注意して見ないと気づかないで通り過ぎることが多く、だから私も知らなかったのだ。
     でも実際に訪れてみると、丘の上に建つ神社の本殿まで斜面を利用して、朱塗りの鮮やかな鳥居が所狭しと並んでいる。この鳥居は南側の参道だけでなく、東側にも設けられている。

     5位 ビッグアイから眺める郡山の夕景・夜景&駅前イルミネーション 

     2001年に落成した郡山市のラウンドマークビル「ビッグアイ」。地上24階で133mある。このビルは複合型で、MOLTIという名の商業施設、市民プラザという行政の市民窓口、そして高等学校が併設し、22階には展望ゾーンや宇宙体験が出来るテーマパークの「スペースパーク」や、最上階には丸い球体のプラネタリウムまで備えている。
     私のお気に入りはNゲージのジオラマだ。明治・大正・昭和・平成というように、時代ごとに駅舎や駅前の風景の変遷が模型で描かれているのだ。

     こおりやま光のページェント(郡山駅西口広場)

     この作品は、福島県郡山市のJR郡山駅西口広場のイルミネーションをHi-Vision映像で紹介するものです。郡山市は、福島県の中央部に位置し、県庁所在地の福島市が行政の中心とするならば経済産業の中心として経済県都と呼ばれ、米作を中心とする一次産業、大手の工場が多く進出している工業団地を中心とする二次産業、地の利を生かした三次産業など産業構造のバランスとれた地域で、行政人口で33万弱を擁する本県を代表する都市です。また、郡山市は、JR東北新幹線の東北の玄関駅としての郡山駅をはじめ、在来線では東北本線と磐越東、西線及び水郡線の分岐点、JH東北道と磐越道の接続点となっているなど交通・物流の要衝となっています。このJR郡山駅の乗車人員数は1万7、8千人/日と言われ、本県内の駅ではダントツ1位となっています。当イルミネーションは、「ビッグツリー ページェント フェスタ IN KORIYAMA」として同実行委員会が実施しているもので、LED21万個が樹木、施設などに飾られ幻想的な空間を作っており、行き交う人々の目を楽しませているようです。(菅野隆夫氏撮影)

     さて、本日は、「郡山の絶景スポット」というテーマでお送りしましたが、我が街「郡山」にも、探せばこのような魅力あふれる展望スポットがあるというのが嬉しい。
     郡山市民ならもちろん、県外の方も、出張のついでに、あるいは観光旅行の締めくくりにぜひ、ビッグアイに昇ることをお勧めしたい。

    2019年1月11日 (金)

    芸能人の特技

     「芸能」という字が示す通り、芸に長けている方が多い。多芸に無芸と言うことわざもあることはあるが、やはり芸能人として長く活躍できる方というのは、何らかの秀でた才能の持ち主と言えるだろう。そこで、芸は身を助くではないが、そうした芸能人の特技や長所を列挙したい。

     字が上手い芸能人

     1 本木雅弘 A型
     2 山口智充 O型
     3 山岸舞彩(引退)O型
     4 TAKAHIRO O型
     5 Gackt A型

     個人的にO型の人は字やピアノが上手い人が多いと思っている。

     絵が巧い芸能人

     1 八代亜紀 B型
     2 五月みどり A型
     3 工藤静香 B型
     4 片岡鶴太郎  O型
     5 大野智・木梨憲武 A&O型

     ピアノが上手い芸能人(意外な方のみ)

     1 生田絵梨花 https://www.youtube.com/watch?v=yp_Jj8ZTkoI
     2 坂口健太郎 下の埋め込み動画へ
     3 岡田准一  https://www.youtube.com/watch?v=BzXO3nHkUZg
     4 真剣佑 https://www.youtube.com/watch?v=4e7Jgx7VP14
     5 みやぞん https://www.youtube.com/watch?v=nTwnpnH21Iw

              https://www.youtube.com/watch?v=a2HnohJA4EA

     高学歴の芸能人(卒業高校の偏差値77以上)

     1 蜷川幸雄
     2 野田秀樹
     3 八田亜矢子 A型
     4 檀ふみ A型
     5 津川雅彦 O型

     やはり「芸は身を助く」で、やはり賢くないと長い期間活躍したり、芸能界では生き残れないのがよくわかる。タモリは早稲田だし、ビートたけしは明治大、やはりそれなりの処世術を身に付けているようだ。下積みが長い分、比例して活躍期間も長くなるということが言えそうだ。だから一発屋はそれだけで、次のネタを考えないから一時のブームが去れば飽きられて見向きもされなくなる。

     

    2019年1月10日 (木)

    芸能界の七不思議

     私は33年前、東京で大学生活を送っていた際に、とある芸能プロに通い、俳優になるためのレッスンを受けていた。しかし、くだらない理由のために断念した経歴を持つ。
     ひとつは、演技などのレッスン料が月6万円もかかり、とても経済的に続けられる状況になかった点、2つ目は、もし自分が芸能人になったら、変装でもしない限り、堂々と街中を歩けなくなるという余計な心配だった。

     当時、私は水谷豊に憧れていて、あのような演技力のある個性派俳優になることを夢見て、プロダクションの面接に合格したのに、いざという時に尻込みしてしまったチキン野郎だった。ただ、同期にレッスンを共に受けていた方に、後の大女優になった「浅野温子」さんがいたことだけが今でも自慢だ。レッスンは過酷で、発声練習や体力づくりから始まり、早口言葉、パントマイムやジャズダンスから始まって粗方のダンスまでやらされた。

     しかし、私には方言がなかなか直せなかったし、セリフを話していても、せっかちな性格が災いして途中でどもってしまう弱点も引け目を感じていたせいだ。
     あのままレッスンを続けていたら、もしかしたら今頃はベテラン俳優としての地位を確立していたかもしれない?とさえ思えてしまう。

     そんな一時期、私が憧れた芸能界だが、物心がついた頃からかれこれ45年以上もテレビを見続けている私にとって、芸能界の不思議と言うのがある。今日はそれを紹介したい。

     1 事務所トラブルで干される方が多い

     加勢大周、鈴木あみ、ローラ、元SMAP(香取・稲垣・草彅)、能年玲奈、西内まりや

     事務所の移籍はご法度で、たとえ本名であってもそれを使ってタレント活動はできなくなるほど厳しい。契約違反=仕事がなくなる 
     つまり、芸能人にとって事務所あっての芸能活動にほかならないのだ。すべての仕事のスケジュールやマネジメントを行っているため、こうした契約の不履行はもっとも嫌われる。
     上に挙げた方々は一時期、そして今でも芸能活動を制限されている方々で、これを芸能界では「干される」と呼んでいる。一度干されたら、テレビやマスコミ等への出演依頼は劇的に少なくなる。かつてアイドルとして絶頂だった田原俊彦も「BIG発言」が忌み嫌われ、それをきっかけに干されて仕事が無くなり、休職状態、いや追放に追い込まれた。

    https://www.youtube.com/watch?v=I5joKzyKNFA

     今年、吉田羊と吉田栄作、どういうわけか二人とも吉田姓だが、このベテラン俳優が共に所属事務所を退社した。今後の動向に注目したい。

     2 麻薬に手を出しても復帰できてしまう

     芸能界は感性の勝負のところがある。したがって、曲作りを行うミュージシャンや俳優の中には危険ドラッグや麻薬に依存する傾向がある。しかも一度逮捕されても、繰り返し所持・使用し、再逮捕され、罪が重くなっていく傾向が強い。1~2度ならずも5回以上の同罪での逮捕歴・服役歴がある芸能人も決して少なくない。

     勝新太郎・研ナオコ・美川憲一・尾崎豊・槇原敬之・岡村靖幸・翔・清水健太郎・田中聖・
     清原和博・ASKA・内田裕也・押尾学・萩原健一・岩城滉一・酒井法子・いしだ壱成・
     長渕剛・錦野晃・井上陽水・江夏豊・田代まさし

     これほど逮捕歴があっても、懲りない面々が多い。逮捕されることで逆に「博」がつくとでも勘違いしているのか?
     一番悪いのは、このような犯罪に手を醒めても簡単に復帰を認めてしまう芸能界の「ぬるま湯体質」がある。世間も安易に復帰を許し、「神」などと称し、チヤホヤする傾向がある。これでは反省不足で、同じ犯罪を繰り返すのも当然だ。

     3 在日朝鮮民族は本当に多いのか

     Youtubeには、芸能人の多数が在日韓国人や朝鮮人という動画が多数アップされている。それらの動画を見ると、彼らの正式な韓国名(朝鮮名)まで掲載されている。張本勲や和田アキ子などの名がよく挙がっているが、こうした情報は真実なのか?

    https://www.youtube.com/watch?v=iuxGO9HwhVA

     4 離婚がやたら多い

     毎年多くの芸能人同士の婚姻が発表されている。しかし、その反面、離婚率も高い。おしどり夫婦と思われていたカップルが、突然に円満離婚を公表してみたり、あるいは再婚、再再婚と言うケースも数多い。なぜ芸能界は一般社会よりも離婚者が多いのか?イケメン・美人がごまんといる芸能界では目移りしてしまうのか?仕事が多忙ですれ違いが多いという理由だけで本当に離婚にまで至るのか?不貞や浮気もその要因とは思うが、スマホなどのSNS社会の中で、誰にも見つからずに、そうした交際や浮気がバレない筈がない。
     最近では、宅麻伸と賀来千香子、及川光博と檀れいの離婚はショックだった。実は長い間、仮面夫婦を演じていただけなのか?熟年離婚もまた多い。高知東生と高島礼子、船越英一郎と松居一代などは泥沼化している。

     5 或る宗教団体が牛耳っているのか?

      にじいろジーンのMCや女優として活動していた清水富美加が、突然出家発言をして「千眼美子」となり、芸能界を引退した衝撃が大きかったが、あえて名前は出さないが、日本最大の宗教法人に属するタレントや芸能人がなんと多いことか?芸能界仕事にありつけるか否かは、事務所の力だけでなく、巨大な組織力が物を言うのか?

     なお、日本では信教の自由が保障されている。したがって、新興宗教であっても違法行為ではないため、芸能人がどの宗教を信仰していようが犯罪にはならない。よって、批判の対象や材料にもならないので、映像の埋め込み処理はしません。

    https://www.youtube.com/watch?v=HbpmEZ-Vqao

    https://www.youtube.com/watch?v=q-Xh-CWBCKM

     6 バラエティなら「よしもと」、音楽なら「ジャニーズ」&「秋元」、女子アナなら「セント・
      フォース」が牛耳っている?

     かつては「ナベプロ」や「ホリプロ」「サンミュージック」が三大芸能プロダクションだった。あの山口百恵が言っていた。「売れるか売れないかは事務所の力」だと。その所属のタレントは「巨大事務所」の力によって、テレビラジオなどの出演になんら障壁が無く、出ずっぱりだった。90年代はレコード会社のAVEXが幅を利かせていた。
     今では「よしもと」「ジャニーズ」あたりが巨大勢力だ。これからは事務所のマネジメント力がある会社の所属タレントが、出演する頻度がいかに高いかという視点でテレビを見てほしいと思う。

     7 売れっ子の睡眠時間は?

     かつては関口宏、堺正章、伊東四朗、みのもんた、タモリを見ない日は無かった。今でも 所ジョージ、ビートたけし、明石家さんま、上田晋也、有吉、坂上忍は超売れっ子で、毎日、何かしらのレギュラー番組に出演している。超多忙の日常で、いったいいつ休んでいるのか?という心配が付きまとう。
     芸能界は流行り廃りが激しい世界で、売れている時に多くの仕事を入れる。レイザーラモンHG、江戸はるみ、小島よしお、ひょっこりはん、ブルゾンちえみやみやぞんなどもそうだが、一時期に爆発的なブームを作ってしまうと、忘れ去られるのも早い。
     私からすれば、売れっ子は一体いくら稼げば気が住むのか?と思う。タモリさんやかつてニュースステーションMCを務めた久米宏さんは、1回1時間の出演料(ギャラ)が300万円だったと言われる。事務所が半分取りしたとしても、一週間で750万円が懐に入っていた計算だ。ビートたけしや明石家さんまは年収100億円とも揶揄されているし、稼いだ金を使う暇すらない感じだ。
     それくらい儲かる職業が芸能人と言えるが、彼らに休暇や休息のいとまはないであろう。所ジョージやさんまは仕事が遊びになっている印象で、肩の力が抜けている印象さえ漂う。
     ところで、1970年代のスーパーアイドルだった「ピンクレディー」は、毎日スケジュールぎっしりで、睡眠時間が2~3時間程度だったという。20代の若い体力でも2人とも何度か過労で倒れている。松田聖子もきっとそうだったろう。
     有名な話では武井壮は一日45分、片岡鶴太郎は2時間、そしてお笑い怪獣の異名をとる明石家さんまは1時間しか寝ていないというのだ。

     さて、今日は芸能界に纏わる不思議を7つセレクトしてお送りした。
     誰もが一度は憧れると言われる芸能界というところは、マスメディアを最大限有効活用できる世界がゆえに影響力が大きい。そういう意味でも、こうした七不思議も存在するという点を見てこれからのドラマやバラエティーを見て貰いたいと思う。

    2019年1月 9日 (水)

    THE 兄弟スポーツアスリート

     古くはゴルフの尾崎将司と尾崎健夫、直道兄弟、プロ野球の金田正一と金田留広兄弟、大相撲の若貴兄弟、逆鉾、寺尾兄弟、陸上の宗兄弟などが代表的だったが、スポーツ界でも兄弟・兄妹、姉妹などのアスリートが数多く存在する。来年の「東京2020」を控え、是が非でもスポーツの話題が持ち切りとなる今年、早速スポーツの話題で始めたい。

     1 陸上界

     ①市田兄弟・・・兄・市田孝、弟・市田宏(大東文化大→旭化成)
     ②服部兄弟・・・勇馬(東洋大→トヨタ自動車)、弾馬(東洋大→トーエネック)
     ③設楽兄弟・・・兄・啓太(東洋大→日立物流)、弟・悠太(東洋大→Honda)
     ④村山兄弟・・・兄・謙太(駒大→旭化成)、弟・紘太(城西大→旭化成)

     いずれも箱根駅伝で名を馳せた選手たち。今は現役の社会人ランナーとして活躍している。

     ⑤室伏兄妹 兄・室伏広治(ハンマー投げ)、妹・由佳(円盤投げ・ハンマー投げ)

     2 フィギュア界

     ①浅田姉妹・・・姉・舞、妹・真央
     ②村主姉妹・・・姉・章枝、妹・千香
     ③本田三姉妹・・・長女・真凛、次女・望結、三女・紗来

     3 スピードスケート

     ①高木姉妹・・・姉・菜那、妹・美帆

     4 カーリング
     
     ①吉田姉妹・・・姉・知那美、妹・夕梨花

     3 バレーボール界

     ①石川兄妹・・・兄・祐希、妹・真佑

     4 柔道

     ①阿部兄妹・・・兄・一二三、妹・詩(うた)
     ②谷本姉妹・・・姉・歩実、妹・育実
     ③上野三姉妹・・・長女・雅恵、次女・順恵、三女・巴恵

     5 ボクシング

     ①亀田三兄弟・・・長男・亀田興毅、次男・亀田大毅、三男・亀田和毅
     ②井上兄弟・・・兄・尚哉、弟・拓真

     6 レスリング

     ①伊調姉妹・・・姉・伊調千春、妹・伊調馨

     7 ゴルフ

     ①宮里兄弟妹

     8 スキー

     ①萩原兄弟・・・兄・健司、弟・次晴
     ②小林4兄弟・・・長男・潤志郎、次男・陸侑、三男・龍尚、長女・愉果
     ③渡瀬兄妹・・・兄・雄太、妹・あゆみ
     ④渡部兄弟・・・兄・暁斗、弟・善斗

     9 体操

     ①池谷兄弟・・・兄・幸雄、弟・直樹
     ②田中三兄妹弟・・・長男・和仁、長女・理恵、次男・佑典

    10 卓球

     ①張本兄妹・・・兄・智和、妹・美和

    11 野球

     ①新井兄弟
     ②リー・レオン兄弟
     ③江藤慎一・江藤省三兄弟
     ④堂上兄弟
     ⑤二村兄弟
     ⑥松沼兄弟

    12 競馬

     ①武豊・武幸四郎

     さて、私にも兄弟がいるが、小さい頃はよく比べられることが多くて嫌な思いもしたが、今では兄弟がいて心強いし、有り難いと思う。
     まして世界を相手に戦うアスリートはメンタル面でのサポートはが大きい。家族(兄弟)であれば、他には見せられない弱音を吐くことも出来るし、嘘偽りなく相談できるであろう。そうした心の支えがアスリートたちをさらに強くすると思う。

    2019年1月 8日 (火)

    異文化交流で失われる日本人らしさ

     日本人の性質を端的に表現すると「真面目」「勤勉」「誠実」。外国人には出来ないような細かい作業を難なくこなし、おもてなしの心遣いや公共心に長けた民族である。これらはすべてA型気質によるところが大きい。欧米はO型が多く、個性やバイタリティーは旺盛だが、大雑把で無神経、他人より個人主義の傾向が強く、自己重視型で、犯罪や紛争も多い。
     しかし21世紀以降、この日本人の特徴が誤った個性重視の教育により、その長所までもが失われつつある。

     欧米化する食生活

     1980年代以降、日本中にファーストフード店が広まった。「マクドナルド」「ロッテリア」「ケンタッキーフライドチキン」「ミスタードーナツ」などが主流で、コンビニも24時間営業が常識となった。早く手軽に食べれる外食産業は、肉食がメインであり、調理に手間がかかかる魚類はあまり提供されなくなった。日本人の舌も肉食しか受け付けない偏食体質に変わりつつある。若者の野菜嫌いは深刻だし、寿司以外で魚を食べる機会はめっきり減った。カルシウム不足が懸念され、肥満体型が増え、発症する病気もまた欧米並みになった。大腸がんの発症が30年前に比べて倍増した。
     昔なら母親に無理やり食べさせられたにんじんやセロリ、穀類だが、現代の親は「嫌いなものは無理に食べなくてもいい」という躾に変貌している。
     体に良いものを敬遠し、消化に悪いものばかり食す生活習慣。これが続けば、日本人の平均寿命は激減するに違いない。

     欧米化するもの

     休暇(余暇の過ごし方)、英語教育、スローライフ、ロハス生活

     私の職場にも外国人労働者がいるが、日本人は周囲の配慮や気遣いからなかなかとりづらい有給休暇を、当然の権利として、年間30日あるとすれば、しっかりちゃっかりフルに消化している。しかもその休みを余暇に充て、時間の使い方も上手い。ジムで体力増進を図ったり、旅行に出向き、日本の景色や名所を存分に巡って楽しんでいる。
     日本人は仕事に穴を開けたくないとか、仕事を誰かに肩代わりにやってもらうという申し訳なさからなかなか取れない。日本人の特性として、人様に迷惑をかける行為を厳に慎むという風潮がある。よって、有給をすべて使い切るという発想には至らない。戻ってきたら、同僚の視線が痛いとか、やりかけの仕事が見えづらくなり、腰が引けてしまう。
     しかし、若者を中心に、自分のプライベートを優先する概念が広がりつつある。昔は上司との「飲みニケーション」は当たり前だったが、会社の飲み会にも来ない若者も増えているという。これも「ゆとり世代」や「欧米化」したライフスタイルの影響だろう。

     欧米化することで日本文化で切り捨てられそうなもの

     雅楽、古典文学(古文)、敬語

     テレ東の「ニッポン行きたい人応援団」という番組を見ていると、日本古来の伝統文化が廃れ、後継者不足で危機的状況にあるという。それらの価値を外国人が見出し、日本の古き佳き伝統文化を継承するのが外国人であるという皮肉が現実のものとなっている。 

     このままでは日本人らしさや日本の古き佳き伝統が切り捨てられて行ってしまう危惧を抱いてしまう。
     敬語も無くなってしまう気がする。典型例はジャニーズだ。先輩を「君付け」で呼ぶ後輩。私の時代は部活動の先輩は怖い存在だった。きちんと身分を弁え、礼を尽くして挨拶や応対をしていた。

     昨年暮れに自民党が議論が少ないまま押し切って「入国管理法」を改正させた。これにより、外国人の労働者の拡大されることとなった。
     私はいくら少子化で若者の働き手が不足するとはいえ、無条件に近いくらいに雇用を全世界に開放したら、日本人の雇用は頭打ちとなる。世界各国の優秀な技術や資格を持った人材が多数押し寄せ、一流企業を中心に採用されるだろう。日本人の若者は雇用機会を奪われ、就職困難に陥るかもしれない。
     また、絶対に賃金格差や不法労働が蔓延する。そして外国人労働者による犯罪が横行し、大都市圏を中心に一気に治安が悪化する。暴行、略奪、性犯罪は増加するのは間に見えるし、また、日本人と外国人の婚姻が増え、ハーフが当たり前となり、純血が失われる。100害あって1利なしの状況になるだろう。

     無能の政治家どもがこざかしい悪知恵で作り出した悪法によって、日本人のライフスタイルまでもが存続の危機に晒される。
     

     

    2019年1月 7日 (月)

    独身を貫く芸能人

     芸能界は浮いた話はごまんとあるのに、アラフォーを過ぎても独身貴族を満喫している方が大勢いる。とりわけ結婚したから幸福とは限らないが、イケメンだったり、人気女優であってもそうした縁に巡り合えない場合もある。それは仕事が忙しくて、恋するいとまもなかったり、ひとりでも十分生活できるだけの財力があるなど多種多様な理由がある。
     では、適齢期をとうに過ぎた40歳以上で、未だに独身を貫いている方々を取り上げたい。なお、バツイチの方は、結婚歴があるため除外したい。

    <女性芸能人>

    吉田 羊 ?歳 O型    高橋由美子 44歳 A型   島崎和歌子 45歳 O型

    中山 忍 45歳 B型    さとう珠緒 45歳 A型    大久保佳代子 47歳 O型

    石田ゆり子 48歳 A型  井森美幸 49歳 A型  鈴木早智子(元WINK) 49歳  A型

    森口博子 50歳 A型   松下由樹 50歳 O型     夏川結衣 50歳 A型

    鈴木京香 50歳 A型   天海祐希 50歳 O型     坂本冬美 51歳 O型

    有森也実 51歳 O型   柏原芳恵 52歳 A型     中森明菜 53歳 A型

    沢口靖子 53歳 A型   筒井真理子 55歳 AB型   岸本加世子 57歳 B型

    浅野ゆう子 58歳 AB型  片平なぎさ 59歳 O型    岡田奈々 59歳 O型

    久本雅美 60歳 A型   名取裕子 60歳 AB型     かたせ梨乃 61歳 B型

    阿川佐和子 64歳 O型  中島みゆき 66歳 O型    楠田枝里子 66歳 A型

    由美かおる 67歳 A型  木の実ナナ 72歳 A型    栗原小巻 73歳 ?

    黒柳徹子 84歳 A型

     血液型は関係ないかもしれないが、主な独身女性芸能人には、A型が16人と圧倒的に多い。次いでO型が11人。異常に少ないのがB型で3人。AB型は2人。
     もとから日本人はA型が38%、O型が33%とこの2つの型で7割を占めるため、多くなって当然だが、それにしてもA型が突出している。これは、A型はプライドが高く、決断力が弱い。背中を押してくれる人がいればいいのだが、自らが重要な決断をするのは苦手という特徴が表れている。

    <男性芸能人>

    ジャニーズ(40代以上)

    中居正広 45歳 A型  城嶋 茂 47歳  O型   坂本昌行 47歳 O型

    竹野内豊 47歳 O型   平井 堅 46歳 A型   岡村隆史 48歳 B型

    槇原敬之 49歳 B型   佐々木蔵之介 50歳 A型  今田耕司 52歳 A型

    武田真治 55歳 AB型  栗山英樹 57歳 A型   春風亭昇太 58歳 O型

    仮屋崎省吾 59歳 A型 高見沢俊彦 64歳 A型  坂崎幸之助 64歳 O型

    志村けん 68歳 A型   

     男性もA型の独身が8人と多い。次いでO型の5人、B型が2人、AB型は1人。
     男性のA型に独身が多い理由としては、女性とは異なる。A型男性は真面目で責任感が強い好青年タイプが多いが、逆にそれがストレスとなり、その解消のために浮気性の人が多い。酒を飲むと態度が大きくなったり、密閉された車内でひとりになると、つまりハンドルを握ると人格が変わったようにスピードを出したりする。よってA型は表の顔(外の顔)と裏の顔(内の顔)がある人が多い。芸能界では美人揃いのため、目移りしてしまい、結婚と言う重大な決断をするのに勇気が求められる。A型は責任感が強いため、嫁を貰ってその人を一生守り抜くという責任やプレッシャーに押しつぶされそうになり、そうした境遇に耐えられず、また趣味に逃げて結婚の決断ができないというケースが考えられる。


     

     さて、必ずしも「結婚=幸福」という世の中ではないが、美人やイケメンだらけの芸能界において、誘惑も多い時分にあって、よくぞ独身を貫いているものだ。ジャニーズアイドルは、生涯アイドルという宿命を背負わされていて、少し気の毒だが、見てみると、独身俳優などは凄い人気があったのに、結婚した途端に人気がガタ落ちしている気がする。例を挙げると

     西島秀俊(一般女性)    岡田准一 (宮崎あおい)
     小栗 旬 (山田優)     向井 理  (国仲涼子)
     福山雅治  (吹石一恵)     オダギリジョー(香椎由宇) 

     超人気俳優で独身(若手俳優)

     妻夫木聡      佐藤 健              福士蒼汰    山﨑賢人          岡田将生
     斎藤 工      三浦春馬      千葉雄大     新田真剣佑
     竹内涼真      松坂桃李      中川大志         生田斗真
     

     さて、この記事を読んでどう思うかは勝手だが、芸能界は不思議な世界で、結婚&離婚の割合が一般人よりも多いそうだ。言われてみれば確かにそういう節は見られる。しかし離婚の理由が、「性格の不一致」とか「仕事が忙しくてすれ違いが多くなった」という堪え性がないように思える。それを乗り越えるための努力をした結果なのだろうか・・・。

     しかし、芸能界(俳優・女優)は、それでもすぐに仕事に復帰できるし、すぐにまた再婚する機会に恵まれているようだ。私は子供を不幸にしなければいいと思うが、子供の心情を考えれば、大人の事情で振り回される子は気の毒でならない。
     一般的に離婚後、子供の親権は母親が持つケースが多いが、物心ついた時に、どうしてウチにはお父さんがいないの?と聞かれて、理由をちゃんと話せるだろうか?
     統計的に、親が離婚していて、家庭状況が複雑だと、その子供の離婚率が高くなるという。
     そういう意味では、様々な理由があるにせよ、子供の行く末を考えて決断をして貰いたい。乗り切る方策はなかったのか、話し合いは十分重ねたのか、子供の将来をどう考えたのか?そこまで想いをめぐらして結論を出して欲しい。

    2019年1月 5日 (土)

    2018-2019冬のCM集

     私は個人的にCMには一方ならぬ思い入れがある。普通、CMというとトイレタイムだったり、様々な用事をその2分程度の間に済ませる隙間タイムのように思われがちだが、私は企業のCMには秀作が多いと感じているし、価値があると思っている。
     今日は今冬に私が感銘を受けたCMを3編取り上げたい。

     [JT CM] 「想うた 愛する人を想う」篇(60秒)

     たいせつな人への“想い”を“うた”にのせて届ける「想うた」シリーズ。
    第二弾は「愛する人を想う」篇です。
    遠距離恋愛中の恋人同士が互いに想い合う姿を、彼女の視点から描きました。
    相手のことを想うばかりに、伝えられない素直な想い。
    好きだからゆえに、込み上げてくる不安。
    距離を越えて想い合う二人を描くことで、
    「ひとのときを、想う。」に込めたJTの想いをお伝えしています。

    出演:北村 匠海(きたむら・たくみ)
    石井 杏奈(いしい・あんな)

    親を想う(JT CMオリジナル楽曲)
    作曲:キヨサク(MONGOL800)
    歌詞:篠原誠
    歌:キヨサク(MONGOL800)

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     キリン 午後の紅茶 「あいたいって、あたためたいだ。18冬」

     ピュアな恋愛ストーリーがテーマの午後の紅茶TVCMシリーズ完結篇です。
    「キリン 午後の紅茶 あたたかい ミルクティー」を手に、
    上白石さんが、彼への切ない思いを胸に、あの名曲を歌います。

    出演タレント:上白石萌歌,井之脇海,白石聖
    曲名     :366日
    歌・演奏     :上白石萌歌,白石聖
    作詞     :IZUMI NAKASONE(HY)
    作曲     :IZUMI NAKASONE(HY)
    ナレーター     :上白石萌歌

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     カロリーメイトCM| 「心の声」篇

     頑張っている受験生ほど、まわりの誰かから「がんばれ!」とは言われたくないものです。
    それは日々、頑張っていることは、自分が一番よく知っているから。
    でももし、そんな彼らを唯一励ますことができる存在がいるとしたら、それは受験生である彼ら自身かもしれません。
    このCMでは、ザ・ブルーハーツの名曲「人にやさしく」を、受験生たちが、心の声を合唱するように歌い継ぐことで自分自身に「がんばれ!」とエールを送りながら受験に立ち向かう姿を描いています。
    すべての受験生へ。これはカロリーメイトからの応援歌です。

     さて、3編のCMをお送りしたが、カップルのほっこりするものや、受験生の追い込み時期を反映し、その努力が報われるまでを描いたものが多い。寒くて凍り付きそうな冬を乗り越えた先にはきっと明るい未来が待っている。そんな季節感を抒情溢れる演出の作品が共感を呼ぶようだ。

     最後に私が一番お気に入りのCMで受験生へのエールとしたい。

     日本生命CM 「見守るということ」

       

     90秒バージョンはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=r1gz-m5Ai_E

     天国から娘の受験を見守る父親の心情を綴ったストーリーで、涙腺崩壊間違いなしのCMだ。

     

    2019年1月 4日 (金)

    往年の名曲をあなたに(洋楽編⑧)

     80年代に大学生を迎えていた私は、英語を勉強していたこともあって洋楽を好んで聴いていた。TOKYO-FMのポップスベストテンはお気に入りの番組で、毎週土曜日には欠かさずに聴いていた。
     洋楽=オシャレというイメージがあって、当時は歌詞の意味や楽曲の持つメッセージなどには気にも留めずに、曲調など雰囲気を味わっていた。そんな時代観の中で、私は当時のヒット曲を中心にこぞって聴いていた。どちらかと言えば私はミーハー指向が強く、ベストヒットUSAで取り上げるようなハードロックやヘビメタとは無縁だった。
     本日取り上げる2曲も、その当時大ヒットし、テレビ番組の挿入歌やCMで使用されたり、日本人歌手がカヴァーした楽曲だ。

     「Manic Monday」  by Bangles

    Six o'clock already I was just in the middle of a dream
    I was kissin' Valentino By a crystal blue Italian stream
    But I can't be late 'Cause then I guess I just won't get paid
    These are the days When you wish your bed was already made
    It's just another manic Monday

    I wish it was Sunday 'Cause that's my fun day
    My "I don't have to run" day
    It's just another manic Monday

    Have to catch an early train Got to be to work by nine
    And if I had an airplane I still couldn't make it on time
    'Cause it takes me so long just to figure out
    What I'm gonna wear Blame it on the train
    But the boss is already there It's just another manic Monday
    Wish it was Sunday 'Cause that's my fun day
    My "I don't have to run" day It's just another manic Monday

     1980年代に数々のヒットを放ったアメリカの女性バンド。1981年にロサンゼルスでスザンナ・ホフス、ヴィッキー、デビーのピーターソン姉妹とベーシストのアネット・ズィリンスカスの4人により結成。最初のバンド名はスーパーソニック・バングス。後にバンド名をバングスと変えるが先にニュージャージー州に同名のバンドが存在していたため、バングルスという名前に落ち着いた。バングルとはアクセサリーの腕輪のこと。

     「I Like Chopin」 by Gazebo

    Remember that piano So delightful unusual
    That classic sensation Sentimental confusion

    Used to say I like Chopin Love me now and again
    Rainy days never say goodbye
    To desire when we are together
    Rainy days growing in your eyes
    Tell me where's my way

    Imagine your face In a sunshine reflection
    A vision of blue skies Forever distractions

    Used to say I like Chopin Love me now and again
    Rainy days never say goodbye
    To desire when we are together
    Rainy days growing in your eyes
    Tell me where's my way

     ガゼボはレバノン・ベイルート生まれのイタリアの歌手。この楽曲は発売後たちまち、イタリアを含むヨーロッパのいくつかの国でチャートの最上位に輝いた。またイタリアでは1983年の年間チャートで2位になっている。日本ではオリコン洋楽シングルチャートで1984年6月18日付から13週連続1位を獲得し、1984年の年間チャートで1位となった。

     この曲は日本女優の小林麻美が「雨音はショパンの調べ」というタイトルでカヴァーしてヒットした。

    2019年1月 1日 (火)

    新春のごあいさつ

     あけましておめでとうございます。今年も当ブログをご愛読のほどよろしくお願いします。
     
     さて、2019年、そして平成最後の年が明けました。昨年3月に開設したこのブログですが、今年は本格的に始動となります。旧ブログを引き継ぎ、毎日の更新は難しいですが、週4回の更新を目指して頑張りたいと思います。

     なお、この正月3が日は休養日に充てたいため、新出記事の更新を見送らせていただきたいと存じます。ご了承ください。1月4日から再開する予定です。

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