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2018年11月 4日 (日)

福島県の名物男性アナウンサーたち

 私の女子アナ推しは筋金入りだが、男性アナの存在感も負けてはいない。我が福島県には長年、名物アナウンサーが大勢いたし、現在もいる。
 かつて「ラジオ福島」に在籍していた荒川守アナウンサーは足掛け29年間も在籍し、深夜の自社制作番組だった「夜をぶっとばせ!リクエストで45分」のDJで人気を博し、長く県民に愛された。
 また、「福島テレビ」で、局の顔として活躍したのが原國雄アナウンサーで、夕方の「FTVテレポート」のMCを長く務めた功績は計り知れない。
 ではそんな福島県を代表する名物男性局アナを紹介したい。

 「ラジオ福島」

 荒川 守アナ 

 1972年から2000年の長きに渡り、局アナを務め、局の顔だった。細身で眼鏡を掛けていて、多少インテリっぽい印象だったが、軽妙な語りと豊富な話題で、特に女性リスナーから人気があった。
 局アナを退職後は、なんと「荒川守アナウンス学院」を立ち上げ、代表取締役となっている。
 しかし、現在も同局で「言葉は力・朗読仲間大集合」という番組のパーソナリティーを務めている。

 大和田 新アナ

 在籍年数と言えば彼が最長。なんと1977年から2015年まで局アナとして君臨した。実に39年間、福島県民に愛されたお方だ。
 神奈川県横須賀市出身、中央大学法学部政治学科卒業。1977年ラジオ福島(RFC)入社。学生時代に朗読ボランティアに参加したのをきっかけに視力障害者と交流を持つようになり、一時は福祉関係の職業に就くことも考えたが、ある福祉関係者の「一生福祉と関            わっていきたいのなら、福祉を外から見る仕事を選びなさい」という一言がきっかけで、アナウンサーを志す。
 アナウンサーになってからも、担当番組や毎年行われる「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」等で、障害者との交流を持っている。
 ラジオ福島は小規模局のため、アナウンサーをしながら管理職も歴任しており、放送部長(他局のアナウンス部長に相当)、編成局長を経て、2012年4月からは役員待遇編成局専任局長を務めた。
 2015年3月末をもってラジオ福島を定年退職した。但し一部番組は、冠番組の担当を継続している。 人情味があって、涙もろい性格。

 ニューシニアマガジン 大和田新のラヂオ長屋(ラジオ福島) - 土曜7:00~13:00
 かっとびワイド 新と美智子の午後いちばん! - ラジオ福島退職前最後の担当番組

 鏡田 辰也アナ

 彼には申し訳ないが、喋り方が下品で、アナウンサーとは思えない汚い言葉遣いが多く、私は感心しない。しかし、勿来町の「スナック麗」のママだった「チーちゃん」には私も個人的にお世話になったので、彼と名コンビを組んだので、あまり責められない。

 広島県広島市出身、東洋大学経営学部卒業後、1988年ラジオ福島入社。「 かっとびワイド」月曜日の「ハッピーチエちゃん」(二宮チエ)とは、1995年8月以来、番組でコンビを組んでいる。 これが話題を呼び、福島県内各地の講演会やイベントにも呼ばれることが多い。
 また、鏡田アナの喋りが評価を受け、2001年度のギャラクシー賞DJパーソナリティ賞を地方局アナとして初めて受賞した。ちなみに、授賞式で同席したチエちゃんの一言は、ほとんど男性が占める業界関係者の前で「誰かこの人(鏡田アナ)のお嫁さんになってください」というものだった。2005年度にはアノンシスト賞ラジオ『フリートーク』部門で最優秀賞を受賞した。 現在も独身である。

 他にも緒方一英アナ、荒瀬英俊アナらがいた。昭和50年代に活躍されていた方々で、この頃は福島県は民放テレビが「福島テレビ」(TBSとフジをネット)と「福島中央テレビ」(日本テレビとテレ朝をネット)の二社体制だったし、民間放送のFM局もなかったため、自ずと「ラジオ福島」を聴く機会が多かった。

Arakawamamoru Ohwadaarata Kagamidatatsuya

 「福島テレビ」

 原 國雄アナ

 福島テレビで1978年10月から1989年3月まで、夕方ニュースワイド番組「FTVテレポート」のメインMCを担当。12年に渡って夕方のお茶の間の顔として活躍した。
 早稲田大学卒業のエリートだが、落ち着いた物腰と色白でいかにも清潔そうな甘いマスクとロマンスグレーの雰囲気で女性ファンに人気があった。
 彼の略歴は変わっていて、父親が東映のプロデューサーだったことで、1954年に子役として芸能界にデビューした。
 1968年、早稲田大学政治経済学部を卒業後、福島テレビに入社、放送界入りした。
 2004年、福島テレビ関連会社。2008年6月6日、福島テレビ関連会社を退職。
 現在は、元アナウンサーの有志で朗読会「原國雄とその仲間たち」として福島県内を中心に活動している。

 高橋 雄一アナ

 神奈川県大和市出身。中央大学卒業後に一般企業勤務を経て、1973年1月に福島テレビへ入社。福島競馬の実況アナウンサーとして一部の競馬ファンにおなじみだったが、2006年7月1日付の人事異動において、営業業務局専任局長に就くことになったため、アナウンサー職を離れた。アナウンサーとして最後の仕事は、その1週間後に行われた福島競馬の七夕賞の実況だった。異動後も『エキサイティング競馬』の司会を担当したが、11月をもって卒業した。その後総務部付となり2008年に定年退職。
 現在は子会社の福島テレビエンタープライズに移り、FTVカルチャーセンターで朗読講座を受け持っており、2008年10月11日の『サタふく』中継に、その宣伝のために出演した。

 他には「サタデーふくしま」のメインMC、「弦哲也のFTVカラオケグランプリ」の司会も務めた。
 私は高橋アナには忘れられないエピソードがある。今から18年前、彼が夕方のテレポートの生中継で、いきなり我が家の呼び鈴を押した。家内、息子、娘がいきなりテレビ出演とあいなったのだ。そこでサイコロを振って出た目によって商品がもらえるゲームをやり、ボローニャのパンをゲットしたのだった。その時のスタジオのメインMCは金井淳郎アナと荒井律アナが担当していた。

 岩田 雅人アナ

 神奈川県横浜市出身。早稲田大学卒業後、1977年に福島テレビ入社。スポーツ中継の実況のほか、報道番組のキャスターや情報番組の司会も担当した。特に「東日本女子駅伝」では、第一回から実況などで立ち会った一人であった。また報道制作局次長を歴任。応援実況に行った北海道文化放送では、有森裕子の優勝した北海道マラソンを移動車から全国に実況した。
 2008年3月に別部署に異動し、アナウンサー職から離れた。
 2014年4月、福島テレビを退職し、パナソニック システムネットワークス女子陸上競技部ゼネラルマネジャーに転身した。

 黒縁の大きな眼鏡がトレードマークだった。私はニュース番組や退職時までメインMCを担当していた「サタデーふくしま」のイメージが強く残っている。

HarakunioTakahashiyuichiIwatamasato

  藺草 英己アナ

 彼に関しては「ありがとう藺草英己アナ」の記事をご覧ください。

 「福島中央テレビ」

 徳光 雅英アナ

 千葉県千葉市出身。早稲田大学卒業後、1990年に福島中央テレビ(FCT)に入社。現在は 福島中央テレビチーフアナウンサー(報道制作局専任部長)を務めている。

  •  主にサッカー中継をライフワークとしており、特に高校サッカーの実況を入社以来20年以上務めた。
     2011年3月11日の東日本大震災発生直後の14時52分、わずか6分で報道スタジオから第一報を伝え、福島県内各地の被災状況や給水・支援物資についての情報などを暫く伝えた。それから現在までニュースやローカル情報番組を通じて、福島の現況を唯一伝え続けてきたのアナウンサーでもある。
     2018年3月12日に日本テレビ制作の情報番組『PON!』に生出演し、特に自らも中継を実況し思い入れのあるJヴィレッジについて「(福島第一)原発事故で明らかに風景が変わった。そこで見た風景の変わり様にびっくりし、ショックだったし、悲しかった」と語った。
  •  現在は夕方のニュース情報番組の自社制作「ゴジてれChu !」でメインMCを担当している。安定感抜群で知性を感じるアナウンサーだ。
  •  血液型はO型で、自宅は郡山市の西部にある住宅街にあるらしい。

     「NHK福島放送局」

     吾妻 謙アナ

     埼玉県立所沢高等学校を経て明治大学文学部卒業後、1993年入局。

     二度東京アナウンス室に異動になって福島を離れたが、7年前に再び福島局に返り咲いた。「NHK福島」の顔としてなくてはならない存在となっている。私は「はまなかあいづToday」の大ファンで、今年3月に行われた「ふくしま五七GO」の集いにも参加した。岩間瞳アナ、平川沙英アナやアナ、後藤アナを間近で見れたし、岩間アナにはサインをもらって話まで出来た。

     詳しくはこちら→ http://musoujin.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/go-3ce1.html

    Tokumitsu Azuma

     さて、今日の記事には或る共通点がある。それは他県出身者がほとんどで、しかも皆、早稲田大学を卒業しているトップエリートだという点。特に、「早稲田以外はアナウンサーに非ず」というわけではないのだが、驚くほど早稲田出身者が多い。

     今日取り上げた方々以外にも、県民に馴染み深い多くの名物アナウンサーがいる。

     福島中央テレビ・・・奥秋和夫アナ、菅佐原隆幸アナ
     福島放送・・・池田速人アナ、今泉毅アナ
     テレビユー福島・・・杉浦敦アナ、水津邦治アナ
     福島テレビ・・・坂井有生アナ

      さて、いつもは女子アナの記事ばかりを書いているが、たまには指向を変えて男性アナの記事もいいだろう。
     縁あって福島県内のラジオ局やテレビ局に赴任し、そしてお茶の間の人気を得るには、それなりの個性や努力があってのこと。親しみやすさや原稿読みの巧さはもちろんだが、その人間性が福島県の気質や気候風土とマッチングしてからこそだろう。
     毎年多くのアナウンサーが入れ替わるが、せっかく福島県に来たのだから衣食住を始め、福島県の魅力を存分に味わい、そして県民にもその魅力を再発見できるように伝えてほしいと願う。

     

     

     

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