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2018年11月30日 (金)

災害は忘れた頃に・・・

 我々福島県民は、7年前に自然災害の怖さをまざまざと見せつけられた。マグニチュード9.0を超える巨大地震はもちろんだが、初めて耳にした「大津波警報」。そして史上最悪のレベル7の人災被害をもたらした「東京電力福島第一原子力発電所」の大事故。
 これからも「災害は忘れた頃にやって来る」の戒め通り、危険な自然災害が知らないうちに忍び寄っていることは衆知の事実であろう。
 我が福島県の面積は広大で、都道府県で北海道・岩手・長野に続き第4位。東西に長く、北東の新地町から南西の桧枝岐村までの距離は優に200kmに達する。それだけに、災害は対岸の火事のように考えており、それに対する意識が低い。よってその備えも万全ではない。
 例えば、「火災報知機(煙探知機)」、初期消火に威力を発揮する「消火器」、それに災害発生時に役立つ「非常時災害持ち出し袋」や備蓄食料を保有している個人の家庭はどれほどあるだろうか。また、災害発生時の指定避難場所がどこかを把握しているだろうか。停電や断水などライフラインが停止した際に、どういう行動をとればいいのか普段から気をつけているだろうか。安否確認など家族との連絡手段は?

Emergency_bag

 私自身、21世紀のこの現代において、起こり得る可能性が高く、もっとも懸念している自然災害は「噴火」である。離島を除く47都道府県でもっとも活火山が多いのは、この福島県であることを一体どれだけの方が知っているだろう。それらは「磐梯山」、「安達太良山」、そして「吾妻山」だ。いずれも今後50年以内に噴火するだろうとの予測がなされている。
 特に福島市西部20キロ圏内に聳える「吾妻山」は11月20日現在で、「噴火警戒レベル2」で周辺2km以内の立ち入りが制限されている。紅葉シーズンなのに磐梯吾妻スカイラインも通行止めとなった。小規模の火山性微動や噴煙が観測されている。

 11月16日 火山性地震 10回 火山性微動  1回
 11月17日 火山性地震  6回 火山性微動  0回
 11月18日 火山性地震 11回 火山性微動  0回
 11月19日 火山性地震  3回 火山性微動  0回

Azumayama

                  Azumayama2


 噴火と言えば、九州の阿蘇山や桜島、雲仙岳などが有名だが、近年は北海道の有珠山、長野県の御嶽山でも突然の噴火が相次ぎ、多くの犠牲者を出したのは記憶に新しい。

Ontake

 ご当地福島県もまた予断を許さぬ状況下に置かれている。民謡にも謳われ、「宝の山」として知られる「磐梯山」もまた同様だ。これまで一定周期で大規模噴火を繰り返した。その都度、近隣の村は火山灰や噴石の被害を受け、死者461名の多大な犠牲者が出た。磐梯山の北側にあった旧磐梯村は、溶岩によって堰きとめられた河川によって湖沼群が生まれたのがきっかけで、一部が湖に沈んでしまった。五色沼や桧原湖など、美しい景観を生み出した一方で、家屋や神社の鳥居までもが湖の底にある。

 その磐梯山であるが、これまでの噴火の記録を辿れば、前回噴火したのが1888年(明治21年)7月であり、マグマの噴出す水蒸気によって大爆発を起こした。それは凄まじい威力で、アメリカのセントヘレインズ山のように「山体崩壊」を招き、宝の山は大きく変貌してしまった。裏磐梯(北側)では、その火口を目の当たりにできるが、山肌は大きくえぐられ、周辺は赤茶色。樹木も育たない急斜面に加えて硫黄地獄。そして常時白い噴煙と水蒸気が湧き出ている様を見ることができる。人が近づくことを拒むかのような変わり果てた惨状だ。そして今も噴煙をはき続けている。磐梯山は表と裏ではその表情はまったく異なっている。かつての面影がまったく感じられないほどの大規模噴火が起きないことを祈るばかりだが、過去の噴火の記録を考えれば恐ろしい事実に突き当たる。

Sant_hereinz

 「磐梯山噴火の記録」

 1787年 水蒸気噴火
 1888年 水蒸気噴火。岩屑なだれ発生 (山体崩壊) (前回噴火から101年後)
 1938年 ラハール(火山泥流発生) 死者2名
 1954年 小規模岩屑なだれ
 1988年 火山性地震多発(前回噴火から100年後)

Urabandai


 もちろん1988年には地震が多発したものの水蒸気噴火には至っていない。よって。その30年後にあたる今年2018年が危険な域に入ってきた。私が危惧するのは2年後の2020年、「東京オリンピック」が夏に開催されるが、そのトップを切って行われるのが「福島市あづま球場」を会場に行われる「ソフトボール競技」と「野球競技」だ。磐梯山も吾妻山も、万が一火山の危険が高まれば、開催中止は必至。

 もし、東日本大震災の復興道半ばの2020年、磐梯山まで噴火し、避難生活を余儀なくされた場合にはなすすべはない。人間は自然災害に抗うことはできない。ならば、その備えを万全にするしか手段は無い。
 今回このような記事を書いたのは、あながち夢物語などではない現実を直視する必然性とその備えを行うことを喚起するものである。

 県民が「災害は忘れた頃にやって来る」の教訓の意味を再確認する時期がまさに迫っているといえよう。
 
 

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