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2018年11月

2018年11月19日 (月)

決死の撮影映像

 スマホの普及で、いつでもどこでもシャッターチャンスがあれば、動画撮影を行い、それを動画サイトにアップできるようになった。日本でも「1億総カメラマン時代」と揶揄されている。だれもが事件や事故に遭遇した時に、報道カメラマンになり得るということだ。パパラッチではないが、芸能人を目撃し、それを本人の許諾なく、勝手にアップしたり、週刊誌に売り込む輩まで存在する。
 最近のニュース映像を見ると「視聴者提供」という映像がなんと多いことか。中には逃走犯人の目撃映像として有力な情報もあるので、すべてが悪いとは言い切れないが、あまりにもネット依存が激しくて、撮影に熱中するあまり、自らが命の危険に陥っていることに気づかずに、命を落とした者もいる。十分用心してほしい。
 さて、今日はタイトルの通り、命がけで撮影した動画映像をご覧いただきたい。死の淵にありながら、何かを残そうと必死で撮影したに相違ない文字通り「決死の覚悟の映像」たちだ。中には衝撃映像もあるので、閲覧はあくまで自己責任でお願いします。

 1 搭乗中の旅客機が墜落するまでの映像   

 自分が搭乗している飛行機が墜落する映像を撮り収めたものだ。死ぬ可能性が高い状況の中、一体どんな気持ちで撮影したのか。

 2 宇宙からダイビングした飛行士

 成層圏からのダイビングなのか?大気圏外であれば、突入の際に燃え尽きて地球上に帰還など到底出来ない。途中で気を失えば死は免れない状況下で、決死のダイビングだ。パラシュートレバーを引くタイミングがズレても地球に激突する危険極まりない。

  3 火災の猛煙の中を突っ切る旅客機

 10 Tanker Air Carrier - DC-10 Air Tanker 911 dropping fire retardant on the Liberty Fire in Murrieta California December 7th, 2017.

 4 山火事の中を車で必死に脱出

 米カリフォルニア州アンダーソンスプリングスで、発生した山火事の中を、ある一家が車で駆け抜ける映像が撮影され、2015年9月15日までにインターネット上に投稿された。
 火災は13日午後に発生したもので、辺りは一面燃え盛る火の海。報道によれば、原因は記録的な干ばつで、約2万3千人が避難したという。

 5 車内に黒煙が・・・

 落雷が原因でこうなったとか・・・。各停横浜行き(この日に限り二俣川止まり)の電車に雷が直撃して、車内に煙が充満しました。
火は土砂降りの雨によって消えましたが、煙が充満して体調を崩された方が多数いました。

 6 車が天から降って来た!

 状況が読めない・・・。竜巻か?CGか?なぜ車が空から降って来て回転する?

 7 ムササビ型ウィングスーツで高層ビルをギリギリの所を飛行

 最後は「命知らず」といった方が正しい。こんな撮影、当局が許可するわけもなく、たぶん勝手に強行したものだろう。

 今日お送りしたのは、決して命知らずな危険映像の撮影を敢行した迷惑行為者ではなく、死ぬ間際(死ぬ寸前)まで撮影していたり、死を覚悟したであろう怖い映像を撮影したケースを挙げた。

2018年11月18日 (日)

気の毒なプロ野球の球団

 FA(フリーエージェント)制度は、選手会が勝ち取った権利だが、一方でその利害も大きい。
 選手会側からみれば、入団時、自らの意思で球団を選べないデメリットを解消できる。嫌いな球団でも一定期間過ごして国内FA権、海外FA権を取得すれば、己の成績次第で手を挙げてくれる球団があれば、移籍先を選べるという利点がある。 
 もちろん、選手は自分の実力を高く評価し、少しでも条件(年俸)の良い球団を選ぶのはプロである以上は当然の成り行きだ。

 一方、球団側から見れば、チームの看板選手を放出せざるを得ない状況に陥る。FAを行使しないよう、引き止めのためには多額の契約金を用意しなければならない。
 負の面はまだある。人気球団、例えば巨人、阪神、ソフトバンクなど資金力が豊富な球団に根こそぎ持って行かれ、戦力ダウンは否めない。マネーゲームに参加できない球団は、中心選手の移籍をただ指をくわえて見守ることしかできない。

 せっかく新人の頃から育成し、一流選手に育て上げたとしても、厚待遇を目の前にすれば、誰もが二心を抱き、少しでも条件の良い球団への移籍を望むはずだ。
 しかし、FAは根本的に年俸の釣り上げを招き、球団経営を圧迫するという弊害もある。財政難の球団ほどFA制度自体は目の上のこぶでしかない。事実、FAの導入によって、被害を被っている球団がある。それは選手の育成力が群を抜いている広島と西武だ。

  特に、広島の場合、海外にも「カープアカデミー」があり、ひとりひとりを大事に扱い、一流の選手に育て上げている点で定評がある。時間を掛けて育て上げた選手なのに他球団に高額年俸で引き抜かれる現状を何度も見てきた。ファン心理としては落胆の一途だろう。「カープ愛」でずっと応援してきた選手が、突然移籍し、翌年から違うユニフォームを着ている。そんな姿を見れば、ファンは失望し、裏切られた気分になることは必至。

https://www.youtube.com/watch?v=2YC_3Ra_mbk

 逆に言えば、ファンとの関係を考えると、このことが選手の権利行使を阻む一因になってしまう。そこは複雑な人間関係が絡み、球団に育ててもらったという恩義が選手のFA行使を遠慮するということだ。人間である以上、築き上げた信頼関係は壊したくないし、裏切り者として恨まれたくない。選手も辛い選択に苦悩、苦渋の決断をしなければならない。

 では、実際にどんな選手を他球団に持っていかれたか、気の毒なFA献上球団について過去の例を振り返りたい。

 「広島東洋カープ」

 投手・・・川口・大竹(いずれも巨人)、黒田・高橋建・前田(いずれもメジャー)

 野手・・・江藤(巨人)、金本・新井(いずれも阪神)

 いずれもクリーンアップを打つ主力と先発ローテーションを守ったエース級の投手ばかりが狙われた。そして今年は主砲として大活躍した「丸佳浩」選手に巨人が触手を伸ばしている。一説によると、丸選手が希望する複数年契約で、しかも5年で30億円超と破格の条件を提示し、獲得をもくろんでいるとか。年俸に換算すると1年6億超えでNPB史上最高額となる。

 広島は、ご存知のように、イチ地方の「市民球団」で、資金が豊富ではない。これまでFA権を行使した選手は引き止め工作はできなかった。一軍レギュラーやスタメン定着に育った選手は、移籍の際、涙ながらに会見し、改めて熱狂的なファンに詫びる形で泣く泣く移籍していった実例がある。新井にしても黒田にしてもそうだった。

 「西武ライオンズ」
 
 投手・・・工藤(ダイエー)、松坂・牧田(メジャー)、豊田・野上(巨人)、
       帆足(ソフトバンク)・涌井(ロッテ)、岸(楽天)

 野手・・・秋山・石毛(ダイエー)、和田(中日)、清原・片岡・脇谷(巨人)
      松井稼(メジャー・楽天・西武)、中島(メジャー・オリックス)

 そして今年はエースの菊地がポスティングシステム利用でメジャー挑戦を打ち出し、クリーンアップを張った浅村栄斗選手が国内FA権を行使した。

 西武は元から独自路線を貫き、無名選手をドラフトで指名し、それを一流選手に仕立て上げる育成能力がある。しかし、そうやって手塩にかけて育てた選手も、権利を取得すれば、手のひら返しのように大金目当てに他球団へ移籍してしまう。プロである以上、自分を高く買ってくれる球団を目指すのは当然かもしれないが、義理人情もなく、ファンへの恩義もなく、金に目がくらんで簡単に移籍するのはあまりにも世知辛い印象を受ける。

 ところで、今年、オリックスを自由契約になった中島裕之(宏之)選手も、巨人の原監督がべた惚れで入団は確実と見られている。WBC監督時代に中島を2番スタメンで使い、世界一になった功績が忘れられないようだ。
 そうなると、下手すれば金に物を言わせて中島だけでなく、「丸」、「炭谷」、「浅村」と一挙に大金をちらつかせて入団させる可能性も否定できない。

 皮肉なことに、他球団が一流選手に育てた選手を巨人が獲得してダメにするという構図が一般化している。

 当該の巨人はと言うと、せっかく大枚を叩いてFAや自由契約で獲得した選手が実力をあまり発揮できていない。これまでにFAやトレードなどで入団した大物選手は以下の通りだ。

 大竹(前広島)、小笠原・陽・吉川・石川(ともに前日本ハム)、野上(前西武)、
 杉内・立岡・森福(ともに前ソフトバンク)、山口俊(前DeNA)、ゲレーロ(前中日)、
 マギー(前楽天)、
 
 
 以上の選手たちは、移籍前のほうが華々しい活躍をしており、巨人に来た途端、成績が下がった典型例だ。

 こうしてみると広島と西武は、実に気の毒としか言えないが、両球団とも今年のペナントレースを制覇したという意味では、育成上手だし、首脳陣のコーチングや選手の起用法が抜群だと言えるだろう。

 さて、今年の「ストーブリーグ」に目を移すと、FA権利保有選手に超大物がズラリ揃っている。
 特に、4年連続でVを逸した巨人は焦りを隠せないに違いない。旧態依然で、FA権取得者に片っ端から声掛けし、手当たり次第にかき集める強引な手法をとるかもしれない。

 年内はその動向から目を離せない。

 ちなみに丸、中島、炭谷を巨人が補強したとして、打線を考えると脅威以外の何物でもない。

                  ポジション   
 1 陽/重信                         7   
 2 吉川尚/田中俊             4 
 3  坂本                       6
 4 岡本                    5 
 5 丸                              8      
 6 中島                    3 
 7 亀井/長野/ゲレーロ        9
 8 阿部/炭谷/小林             2
 9 菅野                    1

  あとは投手力次第だが、もし丸選手が抜けてしまい、広島が戦力ダウンすることを考えると、これほどの面子を揃えて優勝できなかったら、巨人はもうやり方を変えるしかない。
 こちらも気の毒なのは、せっかく芽が出てきた「大城」、「宇佐見」、「山本」、「増田」などの若手の逸材がその出場機会を奪われるということだ。私は「炭谷」を獲得する意図がわからない。これは炭谷自身もまた出場機会が減ることを意味する。大ベテランの阿部が捕手へのカムバックを表明し、強肩の小林、そして大城、宇佐見とスタメン捕手の候補を4人も揃える必要はどこにあるのか?甚だ遺憾だ。

 野球を知り尽くし実績十分の原辰徳監督の復帰で戦力は整ってきている。あとは若手を上手に育て、ベテランがへばる夏場にスタメンの入れ替えをすれば、5年ぶりの優勝が見えてくる。
 巨人ファンには朗報だが、他の5球団、ひいては11球団をまた敵に回すかもしれない。

 私は原監督が2度目の指揮を執る際に「ジャイアンツ愛」を全面に押し出してナイン一丸となって戦い、見事日本一になった経緯を知っている。なのに、今の巨人は常勝のプレッシャーからか、毎年他球団のFA大物選手を獲得し寄せ集め集団と化している。これではチーム愛も育たない。結果だけが重視され、優勝だけ求められる非情軍団に成り下がっている。実際に生え抜きの主力は「亀井」「長野」「坂本」「阿部」「岡本」「菅野」くらいで、他は陽、マギー、ペゲーロなど他球団からの移籍で賄っている。

 最後になるが、私の予想では広島の丸選手は、巨人ではなくロッテに入団する気がしている。それは単に出身県が千葉というだけでなく、同じセ・リーグで、広島と敵対関係になることは望まないのではないかという見方からだ。カープのファンは、カープ女子を始め、ファミリー的な存在で、こよなく選手を愛する球団だ。だから憎まれるようなことは避けるのではないかと考えている。逆に丸自身もロッテに行った方が、のびのびと野球に専念できる気がする。変なプレッシャーもなく、熾烈な外野ポジション争いもなく、安泰だ。

2018年11月17日 (土)

芸能人との仮想擬似体験PV

 最近VRを始め、バーチャルの世界もどんどん進化しているという。ゲーム分野だけでなく、それを好きな芸能人やアイドルと対話できるシステムを構築したり、擬似デート体験できるようなPVも人気がある。
 昔からこの手の商法は、「スター千一夜」のアイドル達の近況報告VTRや「ソノシート」という薄っぺらのレコードに、芸能人が会話形式で言葉を録音し、聞き手に囁いたり、会話を楽しめるような代物があるにはあった。それをさらに映像化し、デート気分を味わうように進化させたものがPVやCMに使われ、人気を博しているという。
 ではそうした作品を見てみよう。

 橋本環奈「ぷっちょ」

 橋本環奈さんがぷっちょを「あーん」してくれる!?
世界初の超リアル体験デバイス『ぷっちょあーん4Dゴーグル』はVR映像の橋本環奈さんが差し出す「あーん」にロボットアームがシンクロする夢の青春体験装置です。

 乃木坂46西野七瀬が彼女だったら

 竹内涼真 「ビューネくん」2018年版

 昨年から公開され、若い女性を中心に大好評を得たCMの新作。俳優の竹内涼真が11日より全国オンエアされる、日本メナード化粧品『薬用ビューネ/薬用ビューネ スパシャワー』新CM「DAY篇/NIGHT篇」に出演。オフィスでの「DAY篇」では、ビューネくんが「目を閉じて」と語りかけ、薬用ビューネスパシャワーで、女性の肌も心もリフレッシュさせてくれる様子が描かれている。また、「NIGHT篇」では、自宅に帰ってきて疲れている女性にビューネくんが「今日もがんばったね。おつかれさま」と包容力のある言葉で語りかけ、肌と気持ちを前向きにさせてくれる様子が描かれている。

 有村架純 「wicca」

女優の有村架純さんが出演する、シチズン時計「wicca(ウィッカ)」の新動画が11月13日、公開された。動画「#見つめてたい」は、有村さんとファッションショップや雑貨店、ディナーなど、一日デートを楽しむ……という内容。有村さんとハイタッチや手つなぎしたり、有村さんからケーキを「あ~ん」してもらえるほか、デート中の有村さんの可愛らしい表情などが収められている。

 有村さんは、撮影後のインタビューで、一番照れたシーンは「ほっぺをプニプ二されたときは、さすがに照れましたね。怒った顔を必死にキープしましたが、内心『ひゃー』って(笑い)。『顔赤くなってないかな?』って心配になるくらい、ドキドキしました」と振り返り、印象深かったシーンについては「本当に楽しくて、とくに帽子とメガネの試着シーンは盛り上がりました。自由にコーディネートして、ポーズもアドリブ(笑い)」とコメントしている。

 さらに有村さんは「理想の告白」には「晴れた日に、二人で歩いているときにさりげなく……とかいいですね。ドラマチックなのもすてきですが、やっぱり自然な流れが一番かも」と明かしている。今年のクリスマスの予定については「たぶん仕事をしていると思いますが、平成最後のクリスマスですし、おいしいケーキとシャンパンは味わいたいですね。あとは、家族にプレゼントを。何にしようかと毎年悩むけど、それが楽しいんです」と語っている。

  メイキング映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=XrcgkNJ-zyU

 https://www.youtube.com/watch?v=xLN--sP9Ryg

付き合い始めて、初めてのクリスマスデート。
はしゃいだり、ふざけたり、
ちょっと拗ねたり、見つめたり。
あなたの視線を感じて、
思わずあふれる大好きなキモチ。
私と同じくらい、
あなたもドキドキしてくれているといいな。

 https://www.youtube.com/watch?v=Vu31AiFwyJA

 https://www.youtube.com/watch?v=m6fTwZoItd4

 沖田総悟と夜の仮想デート~横浜編~【女性向け】   

 さて、今回例示したのはほんの一部で、この手の疑似体験PVやCMは山ほどある。好きな芸能人とデート気分を味わえるという「夢」を具現化したその発想力は凄いし、ファンも歓喜のひと言だろう。
 妄想世界にどっぷり浸り、日々のストレスを多少でも解消できれば、この手の作品は効果絶大だ。

  それに今、人気絶頂の竹内涼真を起用した「メナード薬用ビューネ」はCM放映前と比較して商品の売れ行きが爆発的に伸びているという。良質な商品であることはもちろんだが、どう売り込むか、その戦術が商品のヒットに繋がるというのだから、CM制作担当者や企業の広報係の腕の見せ所かもしれない。

2018年11月16日 (金)

NISSEYのCMに涙腺崩壊

 この時期になると受験生は追い込みとなる。それに便乗するかのようなCM作品が発表される。代表的なものは「ポカリスエット」の作品で、一年間の苦労を描き、いざ本番を迎えるというストーリー。
 今年は、今売り出し中の清原果那さんが出演する「日本生命」のCMが注目株だ。私のような父親世代が見たら涙腺崩壊間違いなしだ。
 それは父を亡くした娘が受験生生活を送り、試験当日、父親に合格を誓い、そして見事合格し、「大学生になれたよ」と墓前で手を合わせて報告するという内容。
 では早速ご覧ください。

 

 よりストーリーがわかる90秒編はコチラ

 人生も半ばをとうに過ぎ、自分も受験生だった時代、その苦労を誰よりもわかっているため、この手の作風には弱い。まして父親が天国から娘の合格を見守るという視点で見ればなおさら感涙してしまう。

2018年11月15日 (木)

往年の名曲をあなたに(洋楽編③)

 今回で3回目を迎えるシリーズ記事「往年の名曲をあなたに」。今回は、過去2回はしっとり系のバラードが多かったので、今回は趣向を変えて、アメリカならではの硬派系のダンディズム追求の楽曲を2曲取り上げたい。日本のキャロルやクールスも憧れたであろうご機嫌ロックでもある。

 5 「Born To Be Wild (Easy Rider)」 Steppenwolf   (1969)   

 アメリカの荒野の一本道をアメリカンバイクにまたがり、革ジャンスタイルでかっ飛ばす光景が目に浮かぶ。かつては洋もく系のタバコのCMにも使われた。
 しかし、本家本元は1969年に公開されたアメリカ映画「イージーライダー」の主題歌として発表され、大ヒットした。主演はピ-ター・フォンダとデニス・ホッパーの名優たちの共演だった。広大なアメリカ大陸をバイクで旅しながら、様々な事件に巻き込まれていく。「自由」を体現する彼らは行く先々で沿道の人々の思わぬ拒絶に遭い、ついには殺伐としたアメリカの現実に直面する。

 6 「Lovers Of The World」 Jerry Wallace   

 この曲は1970年代から80年代にかけて「マンダム」のCMソングとして長年愛された。男臭さがムンムン漂う俳優のチャールズ・ブロンソンが馬をひいて荒野を旅するスタイルがウリだった。マンダムは男性化粧品で、髭剃り後に塗ったくるリキッド系だった。

 彼のCMはコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=Nabxi5DGmvg

 Jerry Wallaceが歌うこの爽快な歌と、男臭さ全開のBronsonのイメージが最高にマッチした男性化粧品「MANDOM」CMのインパクトは凄まじく、後に広告主「丹頂化粧品」の社名を商品名の「マンダム」に変更する程の社会的周知の広がりを見せた、まさしく一世を風靡した大ヒットCMとなった。

 信じられないが、この映画やCMが一世を風靡していた時代からすでに40~50年もの月日が流れ去った事実。自分も歳をとる筈だ。しかし、40年以上が経過してもやはり曲調なども古さは感じない。洋楽の持つスピリットは躍動感に溢れ、どこかノリノリで気持ちを若くしてくれるような魔力を秘めている。

2018年11月14日 (水)

懐かしき「少年ドラマシリーズ」

 1970年代に月曜から木曜日の18時5分から20分間、NHK総合テレビで放送していた「少年ドラマシリーズ」を覚えているだろうか。
  「中学生日記」に似た感じのドラマで、SFチックなストーリーが多かった。当時、ベストセラー作家に名を連ねていた人気SF作家で、ジュブナイル作家としても名を馳せた「眉村卓」の原作をドラマ化したものが大半を占めていた。
 私が小学5年生の時に放送していたのが「なぞの転校生」、小学6年時が「未来からの挑戦」、中学1年時が「その町を消せ」だった。そして音楽を監修したのが、今では伝説のバンドとなった「トランザム」だった。
 ここまで書いただけでも「懐かしい~」というミドルエイジの方々の声が聞こえてきそうだ。それほど当時の小中高生には堪えられない、更には次回が待ち遠しい連続ドラマシリーズだった。今回は、一時代を築いたと言って決して大袈裟ではないような、社会現象にまでなったシリーズを、前述した3番組限定で放送日時、ストーリー、登場人物などを紹介したい。

 まずは「なぞの転校生」から。

 これは私自身、15年くらい前にレンタルビデオで借りて、久し振りに見た作品であり、実際アーカイブとして4年前にCSの「ミステリーチャンネル」で再放送されたし、今ではDVD化もされている。まず、これがオンタイムで放送されたのが、1975年(昭和50年)の11月~12月だった。全9話で、2週間程度で完結した。まずもってそのテーマソングの音楽が不可解なメロディーで、ミステリアスな中身を予兆させるものだった。

 次にそのストーリーだが、大阪の阿南中学校2年生の岩田広一は、団地の隣部屋に突然引っ越してきたギリシャ彫刻を思わせるような美少年と、エレベーターに乗りあわせた。一時の停電に過剰な行動を取り、見たことも無い道具を使う。彼は、広一のクラスへの転校生だった。名前は山沢典夫。勉強もスポーツも万能なのだが、突如授業中に雨の中に放射能が含まれると言い、文明への批判を口にする。他にも彼によく似た人々が居ることが分かり、やがて驚きの事実を知ることになる。やがてこの得体の知れない、不思議な力を持つ山沢を含めた一団が、マスコミに取り上げられて大騒ぎに。
 取材に来た記者を振り払うためにレーザーを使用したことで怪我を負わせ、やがて別の星へと移住することを決断する。せっかく友情を深めあった岩田は移住を思い留めさせるために説得を試みるが・・・。
 月からの使者が団地の屋上に降りて来る絵と、移住をしたくない山沢とようやく友達になれた岩田がテレパシーで会話する場面や夜空へ続く階段を上って行って別れるシーンは涙ものだった。それから数日後、移住した星でも戦争によって仲間達が攻撃され、深手を負って傷ついた状態でちりちじに地球に舞い戻る。やがて名前を変え、東京で過ごすことを決意した山沢とその家族。ようやく彼等にとって平穏な日々が訪れたのだった。

 このドラマのコンセプトは、少年少女向きの物語にもかかわらず、核戦争や科学の進歩の功罪など深いテーマを扱っていた。登場人物及びキャストは以下の通り。

 岩田広一(高野浩之)・・・この物語の主人公で大阪の阿南中学校に通う運動好きの2年生の少年。やがて転校生典夫の正体に疑問を抱くようになる。

 香川みどり(伊豆田依子)・・・広一のクラスメートの優等生で卓球の達人。やがて転校生典夫に好意を抱くようになる。

 山沢典夫(星野利晴)・・・広一やみどりのクラスに転校してきた謎めいた少年。美形の上に成績優秀でスポーツなど何事にもずば抜けているが科学の文明を嫌悪している。

 大谷先生(岡田可愛)・・・広一やみどりのクラスの担任で、生徒達のことを温かく見守っている。担当科目は理科。

 他の出演者・・・広一の父に前田昌明、広一の母に高田敏江、典夫の父に川辺久造。

Nazono1 Takano Nazono2

 主題歌はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=mvHzmHdB4wQ 

 niconico動画(要ログイン)→  http://nicogame.info/watch/sm23538948      
   

 続いて「未来からの挑戦」

 これはもっとも人気があったシリーズなのに、なぜかいつまでたっても再放送はこれまで一度もされず、ビデオ化やDVD化も実現されていない。何か番組の中で放送禁止になるようなクレームがあったとしか思えない。ファンのひとりとしては一日も早く復刻して欲しいのだが。この作品は、1977年の1月から約一か月間のロングランとなった作品で20話完結だった。原作は眉村卓の「ねらわれた学園」で、それをドラマ化したもの。タイムスリップによって戦時中の過去に遡って物語が展開するかなり現実離れしたSFチックな内容となっている。

 ストーリーは、主人公の関耕児が「月丘中学」に転校してきた。受験名門校といわれるだけありみな熱心に勉強していたが、そのストレスからいたずらをする者もいて、学内の風紀が乱れてもいた。ある日耕児は、それまで劣等生だったという高木が急に成績アップしたことを不審がられ、からまれていたのを助ける。
 その時高木は、成績が上がった理由は英光塾にあると口を滑らせる。英光塾が気になった耕児が調べようとすると、次々にそれを邪魔するような事が起こる…。そんな中、新たに生徒会長となった高見沢みちるは、ある行動を起こそうとしていた。そして彼女もまた、英光塾に通っていたのだ…。

 夕方高木から英光塾について説明したいと電話があって公園で会った耕児の目の前で、高木が乗っていたブランコが大回転をし出し、やがて姿が忽然と消えてしまう。やがて英光塾に通うクラスメートたちが、次々と行方不明になる事件が発生。塾に捜索にやって来た耕児は、そこで美しい教師田中レイ子と飛鳥清明という美少年と会う。
 その後、クラスの代表選で英光塾に出入りする西沢杏子と耕似が争い、耕児が当選。その時、「私除名される」といって泣き出してしまう。やがて訪れた生徒会選挙で当選したのが、乱れた風紀を取り締まる目的で結成されたのが高見沢みちるを生徒会長とするパトロール委員。会長を批判した生徒が高見沢が繰り出す超能力によって胸を押さえ倒れ込んだ。

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上の写真は、38年前の放送中に私自身がテレビの画面を撮影したものです。

 翌日から耕児のいる2年3組に対するみちるのいやがらせが始まった。2年3組を教えようとする先生が、すべて病気になったり、けがをしたりするのだ!(みちるの超能力のせいだ!!)耕児はそう直感した。
 そんな或る日、英光塾に生徒会の役員が何人も入っていくのを見たというのだ。英光塾にとんでいった耕児は、飛鳥が必死に止めるのも聞かず、中に飛び込み、逆にレイ子とその場にいたみちるにも捕らわれてしまった!
耕児はレイ子に不思議な空間に閉じこめられてしまった。自分たちに協力すれば出してやるというレイ子のことばを、耕児は断固拒否した。

 その頃、関家には、レイ子が送った耕児そっくりのアンドロイドが帰宅していた。耕児が帰宅せず、怪しまれることのないように、というレイ子の陰謀だった。にせの耕児は学校にも通った。和美や吉田は、急に日和見主義者になった耕児を不思議に思ったが、まさかにせ者とは思いもしなかった。本物の耕児は、レイ子の所で恐ろしい拷問にあっていた。だが、間一髪のところで、耕児を助けた人間がいた。それは、レイ子の仲間の飛鳥だった。
 レイ子に追われる身となった二人は公園に逃げた。
飛鳥の案内でブランコに乗った二人は、ブランコの回転運動を利用して、タイム・リープし、過去に向かったのだ!

Miraikara2 Mirai

 気がついた所は、第2次大戦の最中の東京だった。レイ子や英光塾の謎を、耕児は必死にたずねたが、飛鳥は返事をしない
。「今はまだいえない。」そういうだけだった。しかし、この世界でも憲兵隊に追われる身となった二人は、ロープを利用してタイム・リープし、再び現代に戻ってきた。そこで耕児は、初めてニセ耕児の存在を知ったのだった。ニセ耕児の連絡で、二人が帰ってきたことを知ったレイ子に、二人はまたねらわれることになってしまった。親友吉田からもニセ耕児の陰謀で見放されてしまった耕児と飛鳥には、行くところがなかった。しかもレイ子の配下のパトロール隊が、ジリジリと二人を追いつめてくる。
 二人は再びタイム・リープした時点に戻るためだった。無事、以前タイム・リープした時点に戻った二人は、吉田に見放された理由を発見した。吉田に耕児が停学処分を要求したというのだ。原因がわかった二人は、再びさっきの時点に戻って、彼らと対決することにした。ニセ耕児をやっつけ、本物の耕児がニセ耕児。それが二人の計画だった。

 その日、飛鳥は耕児に真実を話した。「ぼくたちは未来からタイム・リープしてきたんだ。ぼくたちの時代を救うためにね。ぼくたちの時代は、過去の人間が自由や権利を主張しすぎたせいか、科学は発達しているが、秩序もない混乱の時代だ。それを救うためには、過去を変えねばならない。」「どうやって変えるんだい?」「田中レイ子が英光塾でやったように、この時代で有能な人間を選び、洗脳して、その他のバカな連中を指導させるようにするんだ。
 そのため、英光塾に入れる生徒も、みちるのような、われわれの役に立ちそうな人間ばかりを選んだのだ。だけど、関、ぼくはきみのおかげで、ぼくたちのやろうとしていることが、ファッショだとわかった。ファシズムの世界になったら、また戦争が起きて、ぼくらの未来も待たず、世界は破壊してしまうかもしれない。」

Mirai2
Miraikarano

 
夕方、みちるによって、英光塾関係者の秘密会議が行われた。もちろん、ニセ者とすりかわった耕児にも召集がきた。議題は、冬期合宿に名を借りた集団洗脳の話だった。公園で飛鳥と待ち合わせた耕児は、その話を彼に伝え、さらにそれについての書類が生徒会室のロッカーにしまわれたことを話した。
 「今のうちに英光塾の存在を世間に知らせるには、絶好の証拠だな。」二人は英光塾に忍び込み、タイム・コントロール装置を壊すことにした。が、計画は失敗し、二人は再びレイ子に捕らえられてしまった。残る手段は高木博士からもらったデータにある地震が起こるのを待つだけだった。

 地震が起きたのは、二人がレイ子によって処刑される1秒前だった。閉じこめられていた空間から抜け出すと、二人はレイ子のいる部屋に向かった。超能力を発揮できないレイ子は敵ではなかった。そして、耕児がコントロール装置を壊すと、レイ子は突然来るしみ始めた。煙を出して消滅してしまったのだ!!耕児たちは勝った。
 だが、飛鳥は、未来に戻って、裏切り者として裁きを受けなければならない。飛鳥は「ぼくは向こうに帰ったら過去を変えることの愚かさを話す。ひと月たったら英光塾に来てくれ。もし、ぼくが現れなかったら、話がわかってもらえなくて死んだと思ってくれ・・。」といい残して未来に去っていった。
 あれからひと月・・。耕児は英光塾で飛鳥の持ち物を発見した。それこそ彼が無事だという証拠であった。(ストーリーと画像はホームページ「少年ドラマ伝説」を参考にさせて頂きました。)

Mirai6 Miraikara1

 この原作である「ねらわれた学園」は、その後、薬師丸ひろ子主演で映画化されたが、私は「少年ドラマシリーズ」の印象の方が断然強い。実際この番組を毎日食い入るように見ていた。ビデオの無い時代、ブラウン管に向かって必死にカメラのシャッターを切った覚えがある。ドラマで主人公が言った台詞、「頭がまるで焼けてるみたいだ~」を真似して頭を抱える振りをするのが流行った。
 二役を演じた紺野美沙子が可愛かった。戦時中にタイムスリップして出逢った美少女が、彼等の訪問のために死んでしまう場面は涙ものだった。「歴史を変えて大丈夫か?」と真剣に思った。この手法はその後、角川映画の「戦国自衛隊」へと発展した気がする。

 登場人物及びキャストは以下の通り。

 関耕児(佐藤宏之)・・・本編の主人公、月丘中学2年3組。学校を支配しようとする生徒会およびパトロール隊に反発・抵抗する中心人物となる。

 楠本和美(小山セリノ)・・・耕児のクラスメイト。耕児に協力する。

 飛鳥清明(熊谷俊哉)・・・耕児のクラスメイト。英光塾という学習塾に通っている。当初、耕児たちの行動を邪魔するが…。

 高見沢みちる(阪本真澄)・・・生徒会長。校内の風紀を取り締まることを名目に、パトロール隊を組織する。英光塾に通っている。オウム真理教の爆弾娘にそっくりだった。

 西沢杏子(佐藤美沙子)・・・耕児のクラスメイト。クラス代表委員選挙で耕児に敗れる。やはり英光塾に通っている。(佐藤美沙子は後の紺野美沙子である)

 田中レイ子(テレサ野田)・・・英光塾講師。ある目的のため、みちる達塾生を率いて行動する。

 美少年・飛鳥清明役の熊谷俊哉は、シリーズ中、シリーズ後に、当時の小中高生の少女たち(現在の45~55歳くらいの方々)の大人気となったことを覚えている。

           Mirai5 Miri4

 

主題歌 niconico動画(要ログイン)→ http://nicogame.info/watch/sm23559171

 感動の最終回はこちら 

 その後のNHKの発表で、この超人気シリーズが、過去に一度も再放送されなかったのは、NHKの過去の番組テープを整理してある保管庫から、この番組が録画されたマスターテープがすべて紛失していたためと判明。内部の者の持ち出しか、誤ってVTRテープを消去したか、あるいは重ね録りしてしまったかはなど原因は不明のまま。

 したがって、NHKは当時、高級のためあまり出回っていなかった家庭用VTR装置を所有していた一般の視聴者に、この番組を録画したテープを提供してくれるよう呼びかけていた。いずれにせよ杜撰な管理体制が明らかになった。

 追記(H27.2.15)

 「NHKアーカイブス」の番組で「未来からの挑戦」が取り上げられ、懐かしいシーンが多数放送されました。そしてこれを青春時代にご覧になった方々から、5年近く前に掲載したにもかかわらず、この記事に多くのアクセス(この記事だけで800件超え)を頂きました。急遽、未公開だった画像を追加で掲載することにいたしました。
 また、主演の「飛鳥清明」こと熊谷俊哉さんが、今年1月2日に肝臓の病気により53歳という若さで亡くなられていたことが判明した。ファンだった方々と共に、深い哀悼の意を捧げ、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌

「熊谷俊哉」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E8%B0%B7%E4%BF%8A%E5%93%89

 

 最後は「その町を消せ」

 これは光瀬龍の人気SF「その花を見るな!」、「消えた町」の2作品を基に制作された。登場人物の名前は「その花を見るな!」を機軸としており、NHK少年ドラマの本流である異次元世界を舞台としている。
 1978年1月から2月末まで放送された16話完結のドラマだった。この作品にはひとかたならぬ思い入れがあった。主題歌を歌う伝説のバンド「トランザム」の「季節」が私は大好きだった。今でも歌詞と節をすらすら言える。「♪いつか見た~絵の坂道は~どこまで続いていたのだろう~」という例の奴だ。同年代の方で覚えている方もきっと多いだろう。

 ストーリーは、中学生の井上鉄は、レコード針を買うための外出途中に同年代の少女・白戸依(しらとより)に出会った。彼女は自分の家に幽霊が出ると怯えており、半信半疑のまま依の家を訪れた鉄だったが、家の中を歩き回るうち、二人は男の幽霊に出会う。前日から行方不明の依の父親を探すため、2人は父親の研究室のある倉庫に出掛け、今度はそこで女の幽霊に出会う。ショックで気を失ってしまった依を残し、幽霊を追いかけ鉄はパラレルワールドに迷い込んでしまう。
 パラレルワールドで秘密機関の黒崎に鉄は捕まりそうになった。鉄を助けたのは、同じ境遇の二郎であった。目を覚ました依は鉄や父親を倉庫内で捜索するうちにパラレルワールドへ迷い込み、鉄と二郎に合流した。

 鉄と依が迷い込んだパラレルワールドは独裁政治下にあり、市民は本部なる秘密機関に監視されていた。2人は、捕われていた依の父親に再会することが出来た。森田千鶴子の一家に匿われながら同じ境遇の二郎、春男とともに元の世界に戻る術を探るうち、彼らは依の父・白戸博士が隠していた次元跳躍装置を入手する。
 しかしそれは黒崎達が必死に探し出そうとしているものであった。鉄は白戸博士を助け出し、一緒に元の町へ帰ろうと主張する。黒崎ら本部による追跡の輪は徐々に狭まっていき、二郎に続き鉄と依もついに捕らえられてしまう。
 そしてついに本部の恐るべき企みが明らかになる。この街の住民を鉄たちの町にひそかに移住させて、町すべてを乗っ取ろうと目論んでいたのである。また、そのために白戸博士の次元跳躍装置を手に入れ、次元トンネルを完成させようとしていたのだ。囚われの身となった鉄たちは本部の陰謀を阻止し、そして、元の世界に戻ることが出来るのだろうか…。

 登場人物とキャストは以下の通り。
 井上鉄(小山梓)、白戸依(玉川砂記子)、赤川二郎(熊谷俊哉)、森田千鶴子(斉藤浩子)、森田良吉(柳生博)、森田明子(真屋順子)ほか。

Sonomati1 Sonomati2   

 主題歌はこちら→ 
http://www.youtube.com/watch?v=YG-Qe2TuLcs 

 niconico動画(要ログイン)→ http://nicogame.info/watch/sm23559555

 どうだっただろう。失いかけていた青春時代の想い出が甦ったでしょうか?もう少し早くビデオ機器が開発されて家庭に普及していれば、自宅で見ることも出来たと思うが、むしろそうなるといつでも見れるという安心感から、これほど印象に残らなかったかもしれない。細部ではなく、大枠で記憶の片隅に残されていた大事な場面だからこそ、余計に愛おしく感じさせてくれたのかもしれない。
 私にとってみれば、ライブで放送していたのは小学6年生から中学2年生の頃。もう30年以上も前の懐かしい想い出になった。

 当時の若者のハートをガッチリ掴んで離さなかった「少年ドラマシリーズ」の魅力とは、当時同世代の俳優達が演じ、ありもしないSF世界を描いたことで、見果てぬ夢やロマンを与えてくれたからかもしれない。
 そしてSF特有の想像する楽しみを視聴者に与えてくれた。実際、毎回、放送後の反響は大きかったと記憶している。1970年代という古き佳き時代に、このような素晴らしい作品に出逢えたことに感謝したいと思う。 

 

2018年11月13日 (火)

福島県出身の美人演歌歌手

 演歌歌手というのは歌が上手くて当たり前だが、我が福島県出身者で歌だけでなく、容姿も完璧すぎる歌手がいるのをご存知でしょうか?
 その方は「津吹みゆ」さんと言い、西白河郡矢吹町のご出身だ。御年まだ22歳の新進気鋭の若手歌手だ。

Tsubuki1 Tsubuki2

Tsubuki3 Tsubuki

 プロフィールは以下の通り

 1996年2月28日生まれの22歳

 小学校3年生の時からカラオケ大会に出場するようになる。高校2年生であった2012年の夏に地元の福島県いわき市で行われた『NHKのど自慢』に出場。それがきっかけで日本クラウンからスカウトされる。スカウト者が作曲家の四方章人を紹介、学業に力を注ぐ一方で歌のレッスンを受け続ける。日大東北高校在学中は新幹線で福島から東京にレッスンに通っていた。両親が介護福祉士をしており、本人も福祉関係の大学に行く事も考えていたが、憧れていた歌の道に進める滅多にないチャンスだとして、四方の世話になることを決意。

 高校卒業後に上京し、四方の門下生として本格的な歌の修業に入る。2015年2月25日に「会津・山の神」でデビュー。

  •  身長154cm、体重42kg、血液型O型、星座うお座。 東日本大震災当日(2011年3月11日)は中学の卒業式であった。高校時代は吹奏楽部に所属。
  • 特技は フルート、趣味はアンティーク調の雑貨収集 ・ピアノ ・ 旅行、好きな事は旅行番組を見ること、好きな色は白・ピンク・ネイビー、好きな食べ物はおから・煮物・ ロールキャベツ ・ ハンバーグ、好きな花はカーネーションである。
  •  それでは動画サイトにアップされている彼女のデビュー曲「会津・山の神」をどうぞ!

     続いてテレビ出演した時の映像で「哀愁の木曽路」をどうぞ!

     色白で声がよく通るのはO型の気質そのもの。同じO型で、FTVの福盛田アナウンサーに顔立ちが似ている。目鼻立ちが整っていて、黒髪が古風な、それでいて清楚なイメージを掻き立てて、私好みだ。

      彼女の公式ブログ「つぶきのつぶやき」はコチラ https://ameblo.jp/ayd-miyu/

     福島県民ならずとも、彼女の澄んだ歌声を耳にすれば、きっとファンになることうけあいだ。彼女の曲には旅愁を誘うような各地の有名観光地がテーマになっている。岩手県の「望郷さんさ」や岐阜県の「哀愁の木曽路」、福島県の「磐越西線」など。ご当地応援ソングのような曲目に、ついついその地を旅しているような印象を醸す。
     とても22歳とは思えない落ち着いた印象と風格がある。ぜひ、これからも応援したい。

    2018年11月12日 (月)

    個人的に懐かしいBGM

     半世紀以上も生きていれば数多くの想い出がある。それは自身にとって歩んできた証でもあり、宝物でもある。私は物心がついた頃から、大のテレビっ子、ラジオっ子で、ジャンルを問わず、数多の番組を見て来た。
     今日は、私が特に思い入れのあった番組で使われたオープニングBGMを取り上げたい。

     マルタ島の砂 「夜をぶっとばせリクエストで45分」

     https://www.youtube.com/watch?v=x-c1dGJMLYg

     福島県民で50代以上の方はご存知だと思う。深夜0:15から45分間、ラジオ福島のアナウンサー陣のDJでお送りしたリクエスト&トーク番組だ。このオープニングとエンディングに使われたのがこの「マルタ島の砂」だ。闘牛を思い起こさせるファンファーレ風のトランペット演奏に加え、リズミカルで軽快なBGMが続く。
     当時は、月~金の平日放送で、荒川守アナや荒瀬英俊アナ、私が大好きだったかぐや姫こと竹野美智子アナがMCを担当していた。

     竹野美智子さんのラストMCはコチラ

     https://www.youtube.com/watch?v=lEF9k3FVPzk

     https://www.youtube.com/watch?v=oLoIQ37MAMw

     https://www.youtube.com/watch?v=irvkM6hcb0U

     Friday Night「金曜ロードショー」

     https://www.youtube.com/watch?v=wCDiRGUTfq0

     かつては「水曜ロードショー」で、故水野晴夫さんが映画解説を務めていた。それがいつしか金曜日に移動した。ニニルッソの音色豊かなトランペットが流れると、週末が来たと感じたものだ。
     
     Bitter Sweet Samba 「オールナイトニッポン」

     1967年10月にスタートし、今でも続く、ニッポン放送の看板番組。深夜放送の草分け的存在で、糸居五郎、タモリ、ビートたけし、松山千春、中島みゆき、ユーミン、ラジオっ娘、笑福亭鶴光などがDJを担当した。
     夜中1時過ぎになると、このオープニングが流れた。
     私は浪人時代に、夜型の受験勉強をしていたため、このラジオが毎晩の必須だった。

     ミスターロンリー 「ジェットストリーム」

     https://www.youtube.com/watch?v=S45sZVbKm-g

     城達也が長年DJを務めたFM東京の名物番組。パイロット役の彼が、低く甘いボイスで乗客を酔わせる。世界中の音楽をリスナーに届け、海外旅行が高嶺の花だった時代に、海外の情報をこの番組から入手した方が多かったに違いない。

     彼のラストフライトはコチラ

     https://www.youtube.com/watch?v=LkIwpbPwGvE 

     いすゞ歌うヘッドライト「夜明けの仲間たち」

     https://www.youtube.com/watch?v=InRiYPhbrWQ&t=85s

     https://www.youtube.com/watch?v=InRiYPhbrWQ

     ラジオ福島では、オールナイトニッポンが午前3時で終了し、その後、3時から5時までの2時間はTBSの「いすゞ歌うヘッドライト」が放送された。私は木曜日の、ビートたけしの後を引き継いだ「石渡のり子」さんの語りが大好きだった。
     それは受験勉強が追い込みできつかった時期であり、また励みと癒しになっていた。幸い、一浪の末、慶應義塾大学に合格し、晴れて大学生になれたのは、彼女の励ましがあったからこそと感謝している。夜明け間近に流れる、エンディング曲「夜明けの仲間たち」を聴くのが日課だったような気がする。

     ラジオ講座(通称「ラ講」)  

     https://www.youtube.com/watch?v=pBKOploe72E

     JBハリス先生の「英単語」、猪狩先生の「英文法」など分厚いテキストを買い込み、聞いていた。

     こちらは、「いすゞ歌うヘッドライト」終了後の朝5時台に放送していた。この効果も絶大だった。

     たむたむタイム

     https://www.youtube.com/watch?v=k4rdBJqfe-c

     https://www.youtube.com/watch?v=eqkhzy53D9I

     人にはそれぞれ想い出や思い入れがある曲や番組があると思う。私は、浪人時代に不安にかられていた頃に、このような番組が私を激励してくれたと思っている。今の自分があるのはこれらのお蔭にほかならない。

    2018年11月11日 (日)

    福島県の廃校訪問だより(予告編)

  •   みなさんは「ハーメルン」という映画をご覧になったことはありますか?福島県の奥会津にある廃校になった小学校を舞台にした物語だ。
     元校長が廃校になった小学校に住み、修繕を繰り返しながら、かつて自分が勤務した学校を後世に残そうとする努力と、かつてそこの学び舎で過ごした卒業生が、在学中におこなったいたずらを後悔し、タイムカプセルを探し出すという郷愁溢れるストーリーだ。
  • Kuimarusyo

             Kuimarusyo2

     我が福島県には、少子化の影響で、このような廃校に追い込まれた学校が数多く点在する。時代の流れとはいえ、かつて何千人もの児童がそこで生活し、いくつもの想い出を作ったに違いない。栄枯盛衰という言葉では決して片付けられない「人の思い」というものが幾重にも積み重ねてある。
     「ハーメルン」に登場した「旧喰丸小学校」は、南会津地方の昭和村というところにある。山間の深い奥地にあった小学校で、廃校から40年近く経った今でも、人々の思いに支えられて、解体されずに、古きよき時代の面影を残して佇んでいる。秋にはイチョウの木が黄色く鮮やかに彩り、冬には、白一面の雪景色に来るものを拒むかのような静寂に包まれる。
     私は死ぬまでに一度は訪れたいと希っている。
     
     しかしながら、わざわざ奥会津まで行かずとも、我が街・郡山にも同じような境遇に苛まれ、閉校や廃校に追い込まれた小学校はごまんとあった。以下の小学校だ。

  •  
  •  郡山市内で廃校になった小学校(1947年以降)
     
  •  1 郡山市立熱海小学校玉川分校(1966年)
  •  2 郡山市立月形小学校安積鉱山冬季分校(1968年)
  •  3 郡山市立多田野小学校山田原分校(1972年)
  •  4 郡山市立月形小学校舟津分校(1975年)
  •  5 郡山市立福良小学校中浜分校(1977年)
  •  6 郡山市立三和小学校下守屋分校(1978年)
  •  7 郡山市立熱海小学校中山分校(1978年)
  • Funatsu Fukurabunkou

     8 郡山市立御舘小学校駒板分校(2003年休校、2005年廃校)
  •  9 郡山市立赤津小学校(2005年統合により郡山市立湖南小学校へ)
  • 10 郡山市立福良小学校(同上)
  • 11 郡山市立三代小学校(同上)
  • 12 郡山市立中野小学校(同上)
  • 13 郡山市立月形小学校(同上)
  • 14 郡山市立河内小学校夏出分校(2006年休校、2011年廃校)
  • Akatsu Kouzunatsuide

    15 郡山市立高野小学校(2018年郡山市立西田学園へ移行)
    16 郡山市立鬼生田小学校(同上)
    17 郡山市立三町目小学校(同上)
    18 郡山市立大田小学校(同上)
    19 郡山市立根木屋小学校(同上)
    20 田村町立守山小学校細田分校(1962年)
    21 三穂田村立三和小学校高籏分校(1963年)

    Oniuda Negiya


     郡山市内で廃校になった中学校一覧

  •  1 郡山市立熱海中学校〈旧〉(1970年丸守中と統合し郡山市立熱海中学校〈新〉へ)
  •  2 郡山市立丸守中学校(1970年熱海中〈旧〉と統合し熱海中〈新〉へ)
  •  3 郡山市立谷田川中学校(1972年郡山市立守山中学校へ統合)
  •  4 郡山市立月形中学校(1975年統合により郡山市立湖南中学校へ)
  •  5 郡山市立中野中学校(同上)
  •  6 郡山市立三代中学校(同上)
  •  7 郡山市立福良中学校(1976年湖南中へ統合)
  •  8 郡山市立多田野中学校(1980年郡山市立逢瀬中学校へ統合)
  •  9 郡山市立河内中学校(同上)
  • 10 郡山市立西田中学校(2018年高野小・三町目小・大田小・鬼生田小・根木屋小と統合
      し郡山市立西田学園へ)
  • 11 守山町立守山中学校御代田分室(1949年8月15日)
  • 12 湖南村立赤津中学校(1956年福良中へ統合)
  • 13 安積町立第一中学校(1959年第二中と統合し郡山市立安積中学校〈当時:安積町立〉へ)
  • 14 安積町立第二中学校(1959年第一中と統合し安積中へ)
  • 15 三穂田村立穂積中学校(1961年三和中と統合し郡山市立三穂田中学校〈当時:三穂田村立〉へ)
  • 16 三穂田村立三和中学校(1961年穂積中と統合し三穂田中へ)
  • 17 西田村立逢隈中学校(1961年高野中と統合し西田中へ)
  • 18 西田村立高野中学校(1961年逢隈中と統合し西田中へ)
  •  受験一色に染まる中学時代とは異なり、幼少期を過ごす小学校の想い出はおのおの格別のものがあるに相違ない。
  •  来年から、私は福島県に点在する、このような廃校を訪ねてみたいと思う。郡山市内だけでも歴史を辿れば21もの廃校が存在する。その大半は山間部にあった少人数規模校であったり、分校で複式学級のようなところだ。
     しかし、不可思議なことに、郡山市内にあった小学校は、昔ながらのオンボロ木造校舎ではなく、近代的建築様式の鉄筋校舎が多い。それが廃校とはなんとも勿体無い話ではあるが、その後、公民館や宿泊施設、個人が買い取ってアトリエや作業場として再利用しているケースが多い。市民が集える場として残されるのは大歓迎で、解体費用をケチってそのまま放置され、幽霊校舎化している例や、震災で崩れ落ちたまま無残な醜態を晒している場所もありそうだ。
  •  残念ながら、今では震災が原因で危険箇所として解体された学校もあるだろうが、現存するのであれば、かつての栄華を辿り、当時のそこで少年時代を過ごした人々の面影に浸りたいと思う。
  •  当ブログでは、その模様を逐一報告できればと思っている。
  • 2018年11月10日 (土)

    「スーパールーキー」と呼ばれた猛者たち

     スポーツの世界は実力勝負。先輩後輩の垣根は無用で、力のある者だけが勝ち、そして生き残れる。筋書きの無いドラマだからこそ、応援にも熱が入る。
     毎年、様々なスポーツでニューヒーローやニューヒロインが誕生する。今年は金足農業の吉田輝星投手が、一大旋風を巻き起こしたことは言うに及ばないが、過去においても早熟のアスリートがその潜在能力をいかんなく発揮し、年齢不相応の大活躍を見せ、ファンを興奮させた。今日は、過去において「スーパールーキー」と呼ばれたアスリート達を取り上げたい。

     清原和博

     野球の名門「PL学園」で、1年生から4番を打ち、甲子園で通算13ホーマーを放った怪物。しかし、運命のドラフト会議で、相思相愛と見られていた巨人から指名が貰えず、一転して悲劇の主役となり、マスコミの集中砲火を浴びた。
     しかし、西武ライオンズの一員となり、高卒ながらルーキーイヤーからレギュラーに定着し、森監督の下、その類稀な才能を発揮し、秋山とともに主砲として別次元の活躍を見せた。
     高卒ルーキーとして30本を越える本塁打を放ち、見事新人王に輝いた。

     126試合 打率.304 123安打 31本塁打 78打点 66得点

     この数値は高卒ルーキーとして群を抜く成績だ。

     大迫 傑

     2011年箱根駅伝に早稲田大学1年生として1区に出場。そこで名を売り、序盤で集団から抜け出し、唯一付いてきた佐久長聖高校の2学年先輩である日本大学の堂本尚寛を中盤で振り切り、2位に54秒差を付けてぶっちぎりで区間賞を獲得し、「スーパールーキー」の名をほしいままにした。1万メートルで日本学生新記録をマークし、3,000m、5,000mでは日本記録を保有している。
     大学卒業後は「ナイキ」に就職。マラソンに転向し、今年行われたシカゴマラソンで、日本人1位、全体の3位でゴール。設楽悠太が1年前に打ち立てた日本記録をさらに更新する2時間5分50秒という大記録を樹立した。

     柏原竜二

     東洋大学では、箱根駅伝において鉄紺色の襷を運び、1年次から4年連続で山登り5区を走り、1年次に自らが打ち立てた区間記録を2回(2年次・4年次)新記録を更新し、「新山の神」と呼ばれた。苦しそうな表情で歯を食いしばって山道をグイグイ上り、誰も寄せ付けない走りを見せ、往路4連覇に多大な貢献をした。
     しかし、実業団の富士通に入社後は、度重なる怪我と闘い、3年前に引退。会社への恩返しの意味で、会社に残り、あろうことか「アメフト」チームのマネージャーとして選手の心と体のケアに務めるなど、献身的な役割を果たしている。

     神野大地

     「山の神」の異名は順天堂大学の今井正人(福島県出身)の元祖、そして二代目が柏原竜二(福島県出身)、そして新コースに変わってからは彼が箱根の山を闊歩し、三代目山の神の名をほしいままにし、青山学院大学の優勝に大きく貢献した。
     大学卒業後、実業団の強豪「コニカミノルタ」に入社した。長距離界のホープとして期待されたが、現在は実業団を退社し、プロランナーに転向した。フルマラソンに出場し、東京オリンピック代表入りを目指している。

     久保建英 

     若くしてその才能を開花し、輝かしいサッカー遍歴の持ち主。小学2年生で参加したFCバルセロナキャンプでMVPに選ばれる。2011年8月、FCバルセロナの下部組織ラ・マシア入団テストに合格し、10-11歳で構成されるアレビンCに入団した。2013‐14年は地中海カップU-12トーナメントで大会得点王とMVPになり、またリーグ、カタルーニャ杯などのトーナメント制覇に貢献した。2014-15年はインファンティルA(13-14歳で構成)に所属。しかしFCバルセロナの18歳未満の外国人選手獲得・登録違反により久保の公式戦出場停止処分が続き、2015年3月、日本に帰国してFC東京の下部組織に入団した。
     2016年、中学3年ながらFC東京U-18に飛び級で昇格。日本クラブユースサッカー選手権では飛び級で出場し、大会史上初となる中学生ながら得点王(5得点)に輝いた。9月、FC東京のトップチームに2種登録される。同年11月5日に行われたJ3リーグ第28節AC長野パルセイロ戦に後半開始から出場し、Jリーグ史上最年少記録を塗り替えた。
     2017年3月12日、J3開幕戦のカターレ富山戦では初の先発フル出場を果たした。4月15日、J3第5節のセレッソ大阪U-23戦では15歳10カ月11日でJリーグ最年少得点を決めた。5月3日、ルヴァンカップ第4節の北海道コンサドーレ札幌戦で後半21分から途中出場し、トップチームデビューを果たした。 早熟の天才で、今後、東京五輪に向けて大いに楽しみな逸材だ。

     スペイン語を流暢に話す久保選手→https://www.youtube.com/watch?v=RXV5ZzaqslM

     池江璃花子

     今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、出場する種目の大部分で日本新記録を連発している、日本の宝と言えるトップスイマー。なんと、今、彼女は高校3年の女子高生。先のアジア大会でも7種目に出場して6冠を達成。向かうところ敵なしの盤石なレースを展開した。2018年8月12日現在、個人種目12個とリレー種目9個、計21種目の日本記録を保持している。

     和田有菜

     長距離走。現在名城大学の19歳
     2016年 全国高校駅伝1区区間賞
     2017年 全国高校駅伝1区区間賞
     2018年 アジアクロスカントリー選手権金メダリスト。

     このように若くして才能を発揮するアスリートがいる。或る意味「早熟の天才」と言えるだろうが、実際は並々ならぬ努力を続けて、今の地位を築いた方々ばかりだ。見えない場所で相当な努力を積み重ねて、現在もトップアスリートとして輝き続けている。
     あと2年足らずで「東京オリンピック」を迎える。今日取り上げた方々は、2年後の期待のホープであるのは間違いないし、実際にそういう目で見てしまう。プレッシャーは相当大きいだろうが、自分の持てる力を存分に発揮し、表彰台に立って、日の丸を掲げて欲しいと願う。

    2018年11月 9日 (金)

    昭和の名優達の去就

     今年も夏木陽介さんに始まり、大杉漣さん、左とん平さん、加藤剛さん、津川雅彦さんと、昭和の名優がお亡くなりになった。昭和生まれの私にとっては、残念でならない。しかしながら、映画スターや俳優は、たとえ亡くなられたとしても、作品の中で生き続けていて、いつでもお目にかかれる存在でもある。生前は雲の上の存在で、実際に会うことも話をすることもできなかった遠い存在だった方々も、その死後は、逆に身近な存在になっているような気がしてしまう。

     私が考える昭和のスターで、亡くなった方々と今もご存命で活躍されている俳優を取り上げたい。今回は男性限定でお送りしたい。

     <亡くなられたスター>

     石原裕次郎・萬屋錦之助・勝新太郎・若山富三郎・三國連太郎・緒形拳
     高倉健・三船敏郎・菅原文太・鶴田浩二・森繁久彌・山城新伍・長門裕之
     竹脇無我・穂積隆信・山村聡・加藤剛・宇津井健・丹波哲郎・津川雅彦
     千秋実・芦田伸介・志村喬・名古屋章・石立鉄男・林隆三・大滝秀治
     二谷英明・天知茂・加藤武・小林昭二・牟田悌三・戸浦六宏・夏八木勲

     中谷一郎・松山英太郎・小沢栄太郎・神山繁・ 成田三樹夫・岡田英次
     岸田森・沖雅也・伊丹十三・佐藤慶・小林桂樹・川谷琢三・長谷川一夫
     大川橋蔵・中村梅之助・遠野英治郎・松方弘樹・松村達雄・村田和夫
     西村晃・倉田功・松田優作・根津甚八・杉浦直樹・地井武男・愛川欣也
     原田芳雄・平田昭彦・平幹二朗・川口浩・鈴木ヒロミツ・夏夕介・荻島真一

     橋本功・木村功・小坂和也・中条静夫・入川保則・根上淳・三橋達也
     高橋昌也・渥美清・上原謙・田村高廣・有島一郎・船越英二・川地民夫
     荒井注・阿藤快・高松英郎・中谷昇・加藤嘉・笠智衆・河原崎長一郎
     成川哲夫・三浦洋一・藤岡琢也・峰岸徹・沖田浩之・遠野英心・松山英太郎
     
     今は亡き私が好きだった名優は・・・

     1位 天知 茂     6位 二谷英明
     2位 鶴田浩二     7位 松田優作 
     3位 石原裕次郎   8位 萬屋錦之助
     4位 夏八木勲     9位 岡田英次 
     5位 高倉 健    10位 中谷一郎(風車の弥七)

     ご健在で現在も活躍中

     <大御所俳優>

     里見浩太朗・北大路欣也・宍戸 錠・小林 旭・西田敏行・横内 正・渡 哲也
     加山雄三・中村雅俊・千葉真一・古谷一行・舘ひろし・柴田恭兵・松平 健
     竜 雷太・近藤正臣・勝野 洋・武田鉄矢・田中邦衛・露口 茂・篠田三郎
     藤岡 弘・高橋英樹・梅宮辰夫・谷 隼人・伊吹吾郎・山本 學・西郷輝彦
     仲代達也・渡辺 謙・田村正和・高嶋忠夫・江守 徹・中尾 彬・中井貴一
     本郷功次郎・藤辰也・杉良太郎・大和田伸也・石坂浩二

     ご存命なのに最近見かけない俳優

     田中邦衛・竹本孝之・宮内淳・轟 二郎・筒井道隆・加勢大周・金城 武
     村野武範・滝田 栄・榎木孝明・三上博史・山下規介・金田賢一・国広富之
     布施 博・

     俳優以外で存命な方たち

     ジェームス三木・小林亜星・都倉俊一・

     重病説があったり、それを克服して復帰した俳優

     渡哲也・梅宮辰夫・渡辺謙・古谷一行・柴田恭兵

     今年あたりに訃報などなければいい・・・それをひたすら祈りたい。

     

    2018年11月 8日 (木)

    往年の名曲をあなたに(洋楽編②)

     前回の「The Eagles」と「Bee Gees」からの記事から一週間が経過し、このシリーズ記事の存在を忘れてしまっていたかもしれないので、本日、第二弾をお送りします。
     人は誰でもお気に入りの曲や、心の片隅において置きたいとっておきの歌がある。それには多くの想い出が染み付いていて、忘れようにも忘れられない宝箱のようなものだ。
     今日は、中高生時代に、私が本気で聴いた洋楽の中から、落ち着いた雰囲気のラブソングを2曲セレクトしてお送りしたい。

     3 「Just The Way You Are」 Billy Joel

      1977年9月にリリースされたこの曲は、ビルボード誌のシングル・チャートで、ビリーにとって初のトップ10入りを果たした曲で、最高位では3位まで達した曲でもある。また、同誌のアダルト・コンテンポラリー・チャートでは1位を獲得し、その後、グラミー賞最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞の2部門を受賞。

     ビリー・ジョエルは1970年代を代表する名シンガーだ。その類稀な美声で女性を中心とする観衆を酔わせる。リズミカルな曲も多く残しているが、彼の真骨頂はしっとりと聴かせる「ラブソング」系のポップスだと思っている。1970年代は、中学生だった私を夢中にさせたのが日本のニューミュージックと洋楽だったが、彼はその中心にいた。当時は斬新だった口笛で始まるイントロの「Stranger」や「Honesty」、今日取り上げた「素顔のままで」が大ヒットした。とにかく彼は詩を紡ぎ、じっくりと聴かせるシンガーだった。

     なお歌詞は動画サイトに流れるため、今回は掲載いたしません。

     この曲に寄せられた先輩諸氏のコメントがまた泣かせる。

     もう40年以上も前になりますが、初めて買った洋楽のシングルでした。歌詞の内容は雰囲気しか当時はわかりませんでしたがなんか少し大人の恋がわかった気になって盤がすり減るんじゃないかと思うくらいに聞いてました。特に最後のサックスの部分なんかはいかにも都会的で大好きです。いまだに古さを感じさせない、色あせない名曲ですね。

     ありの~ままで~♪ … つまり素顔のままでって、ステキ。 曲も歌詞も優しくて、無理して頑張ってる頑なな気持ちが、ふあ~っと解されて、素直になれて、泣けるよね。。 浄化されて、ホッと安心出来て、自分を取り戻せる。生きる力を回復出来る。

     10代や20代の時に、こんな気持ちで恋愛できてたらなぁー

     4 「We re all alone」  Boz Scaggs

     ボズ・スキャッグスも1970年代後半から1980年代にかけて大ヒットナンバーを数多く送り出したアメリカのシンガーで、アダルト・ コンテンポラリーを代表する。
     R&B色が濃い音楽を発表し続けていたボズであったが、1976年、ファンキーでクロスオーバー的な洗練されたサウンドの『シルク・ディグリーズ』を発表。これが全米2位を記録し、500万枚以上を売り上げた。アルバムからも「ロウ・ダウン」(全米第3位)、AORのスタンダード曲「ウィ・アー・オール・アローン」の大ヒットを放つ(このアルバムに参加したセッション・ミュージシャンたちは、後にTOTOを結成)。次作の『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』、『ミドル・マン』も続いてヒットした。

     1980年に、トヨタ・クレスタの初代モデルのCMソングに、「You Can Have Me Anytime」(邦題:「トワイライト ハイウェイ」)が採用された。

    その後、ヒットチャートからはしばらく遠ざかっていたが、1988年発表のアルバム『アザー・ロード』の収録曲「Heart of Mine」が、そのミュージック・ビデオの効果もあり、翌1989年に大ヒット、カムバックを果たした。『アザー・ロード』は日本ではオリコン洋楽チャートで1988年5月30日付から通算3週1位を獲得した。日本では未だに根強い人気を誇っている。

     この曲に寄せられた先輩諸氏のコメントがまた泣かせる。 

     父親の車でちっちゃい頃いっぱい聴いてたすきだった父親死んでからこれ聴いたら泣くだろうなとか思いながら泣く

     もう30年も前になるけど、友達がカセットにダビングしてくれた曲の中にこの曲がありました。聴いた瞬間、「なんて綺麗な素敵な曲なんだ」と思いました。言うまでもなくカセットが擦り切れるまで聴きました。もう40代になって人生のなんとやらを考えるようになると思いのほか身に染みる曲になりました。

     さて、今日の二人はどちらもピアノの弾き語りスタイルで一世を風靡したメロディーメーカーで美声で知られるミュージャンだ。このようにしっとりと聴かせるラブソングを今から40年も前に世に放っていたとは天賦の才能以外の何物でもない。本来はここに「エルトン・ジョン」を加えたいが、次回以降にとっておきたいと思う。

     「歌は世につれ人につれ」との名文句を残した名司会者がかつていたが、その言葉通り、心に残る一曲とは必ずあるもので、それらを創出するミュージシャンはさすがだと思う。 
     
     洋楽が持て囃される要因のひとつとして、メロディーに優れている点もあるが、私は曲の長さにもあると思う。日本のミュージャンの楽曲は、日本人の好みとして繰り返しでその余 韻を楽しみたいがために、やたらと「リフレイン」が多いため、こぞって曲が長くなるが、外国の曲は4分を越えるのは稀で、大体が3分台で収まっている。
     これはかつてのレコーディングの事情もある。録音テープが高価だったため、5分を越えるレコーディングはコストがかかりすぎた。よって「ビートルズ」や音楽の元祖「ボブデュラン」の初期の頃の楽曲は、下手すると3分以内で終わるショートソングが多かった。

     さて、次回はいつになるかは不透明だが、ぜひ聴かせたい曲があったら、第三弾を執筆したいと思います。それまでぜひ楽しみにお待ちください。

    2018年11月 7日 (水)

    私が好きだった往年の女優

     昭和の時代や20世紀末頃まではブラウン管(現在は液晶)を彩った女優さんが、今はサンざまな理由で引退したり、活動を休止したりしている。学園ドラマ、時代劇など多くの番組に出演し、人気を博した方々が大勢いる。

     例えば、桂木文、藤谷美和子、三浦リカ、山本みどり、竹田かほり、桜井幸子などの若手女優もそうだし、結城しのぶ、夏純子、白木万里、泉じゅん、中島ゆたかなどの妖艶な女優さんもいた。
     またCMでも人気を博した吉沢京子(富士薬品)、香山美子(オロナイン・ボンカレー)、根本りつ子(カルピス・ハウス食品)なども憧れの存在だった。

     では、今ではあまり登場しなくなった女優さんで、私が若い頃に大好きだった方々を取り上げたい。

      北村優子(現在58歳)

    1970年代後半の学園ドラマの生徒役には欠かせない存在だった。「ゆうひが丘の総理大臣」「あさひが丘の大統領」で人気を博した。
     チャーミングで学園のマドンナ兼マスコット的な印象を醸していた。 血液型はAB

    Kitamurayuko2 Kitamurayuko1

      佐藤万理(現在59歳)

     時代劇で町娘役がハマっていた彼女。佐野量子さんに似ていて、とても可愛らしかった。1979年、20歳の時、TBSポーラテレビ小説「おりん」のヒロイン役で衝撃デビュー。必殺シリーズや暴れん坊将軍に複数回出演されたが、現在は引退し、主婦業に専念されているようだ。現在劇では、和久井映見や桜井幸子に似ている印象。

    Satomari Satoumari


      竹井みどり(現在59歳)

     少し艶っぽい役どころが多かった。目鼻立ちがくっきり端正な顔立ちをされていて、男だったら一発で好きになりそうな雰囲気。キャリアウーマン的な役や、やや陰があって生い立ちが不遇だった離、悲劇に見舞われるヒロイン役が多かった。血液型はB

    Takeimidori2 Takeimidori

      宇津宮雅代(現在70歳)

     TBS「大岡越前」では奥方役で出演。私は彼女の着物姿が大好きだった。落ち着いた物腰で秘めた部分を併せ持つ不思議な魅力があった。私の印象では、「京都妖怪地図・嵯峨野に生きる900歳の新妻」というおどろおどろしい作品が不気味ながら興味があった。
     女郎や花魁など妖艶な役も打ってつけで、結構ドラマや映画の中で絡みのシーンが多かったと記憶している。血液型はA

    Utsunomiya1 Utsunomiya2

      叶和貴子(現在62歳)

     通称・和服美人。古風な顔立ちと柔和な印象で80年代後半から90年代にかけて世の男性を虜にした。売れる前は「サンバルカン」などにも出演したが、彼女の存在を世に知らしめたのは「天国と地獄の美女」だ。清楚でおしとやか、控えめな印象とは裏腹で、いきなり大胆ヌードを披露。そのギャップに世の男性は驚嘆した。血液型はB

    Kanouwakiko1 Kanouwakiko2

      三浦智子(現在58歳)

     名前だけ聞いても知らない人が多いが、1980年代から90年代にかけてテレビCM「ニッセレディ友子さん」で人気者となった。おしとやかで清楚、容姿端麗なOLのイメージを築き上げた。血液型はA

      岡田奈々(現在59歳)

     1970年代にアイドル歌手としても活躍し、「青春の坂道」のレコードは私も持っていたし、彼女の真骨頂は青春ドラマの妹役。「俺たちの旅」ではカースケの妹分として大人気を得た。未だに独身なのは、アイドル時代のファン侵入事件の傷跡からか?しかし、その後、「魅せられた美女」で、その事件の再現とも思うようなシーンを撮影し、放映された。血液型はO

     学生時代に大好きだった女優さんたちは、不思議なことに現在58~62歳という共通点がある。根本りつ子さんも59歳、竹田かほりさんは60歳、三浦リカさんも59歳。

     今では円熟という言葉が合いそうな彼女たちだが、当時は私は大好きで、テレビの前にかじりついて観ていた記憶がある。

     他にも木村理恵さん、齋藤とも子さん、林寛子さん、石井めぐみさん、石田えりさん、森下愛子さん、長谷直美さん、山本みどりさん、伊藤さやかさんは大好きな女優さんだった。

    Kimurarie Saitoutomoko

    Ishimegumi Yamamotomidori









    2018年11月 6日 (火)

    これぞ芸能人の裏才能

     芸能人は多彩な才能であふれている。例えば八代亜紀、工藤静香、五月みどりは油彩がプロ級の腕前。片岡鶴太郎も本業の芸人より芸術家としての地位を確立した。また、又吉直樹は誰もがもらえるわけではない芥川賞作家となった。決して話題作りで受賞したのではないっし、天賦の才能としか思えない。これら副業ながらそれで生業を立てることすら可能ではないのか。
     今日は芸能人のこうした「裏才能」を紹介したい。

     名ドラマ―

     1 加藤茶のsing sing sing

     加藤茶といえばコントグループ「ザ・ドリフターズ」の一員だが、それだけではない。かつてはバンドマンとしてあのビートルズの東京公演の際、前座を務めたほどの名ミュージシャンでもある。

      2 小藪千豊

     フル https://www.youtube.com/watch?v=7OznWqi9NwM

     芸人小藪が見事なドラム演奏を披露。周囲の度肝を抜いた。ゲス極。の川谷の前で難しいセッションを難なく乗り切った。

     3 井戸田潤

     番組内で披露した井戸田潤のサックス演奏。芸人仲間の度肝を抜いた。

     4 ぐっさん(山口智充)

     にじいろジーンのMCでもお馴染みのぐっさんは歌も上手いし楽器も上手い。そして書道や絵画にも長けているオールラウンダー。

     これはスゴイ!芸能人の意外な特技・資格   

     特に凄いのは女優の深田恭子。水泳、書道だけではなく、サーフィンもプロ級の腕前。おっとり系のイメージの彼女だが、運動神経も抜群らしい。天はニ物も三物も与えてしまった。
     また、今年70歳を迎えた小田和正は「一級建築士」の資格を取得している。彼は国立の東北大学を卒業後、早稲田大学の大学院を卒業している秀才中の秀才。メロディーメーカーなのは、建築家としてのセンスがあるからか。

    2018年11月 5日 (月)

    最近見かけなくなったもの(飲食物編)

     小さい頃はよく飲んで食べたものなのに、最近とんと見かけなくなったものがある。歳をとるとだんだん昔のことが懐かしくなるのか、慣れ親しんだものが見れなくなると淋しい気持ちになる。
     来年で森永の「チョコフレーク」が生産中止になるそうだ。理由はスマホ操作がしづらく手が汚れてしまうため、めっきり売れ行きが減ったことが原因らしい。文明の力がかつての習慣や思い出の品を失わせて行く現状を肌で感じる日常となった。
     そこで、今日の記事は、少年時代に人気があってよく飲んだり食べたりしたのに、最近はあまり見かけなくなったものを取り上げたい。

     1 シャーベット

     ハウス食品で販売していた夏の定番商品に「シャービック」というのがそれだった。今の子ども達は知らないかもしれない。作り方はこうだ。粉末を水で溶かしてよくかき混ぜる。それを製氷器に流し入れ、それを冷凍庫でよく冷やすだけ。2時間も待てばカチコチに固まったサイコロ型のアイスが完成する。食感はシャキシャキ。甘くて子ども受けする。

     2 カルピス

     缶入りの「カルピスウォーター」や「カルピスソーダ」は今でも売られているが、大元の「カルピス」自体あまりみかけなくなった。6月頃になると、毎日テレビCMで流れていたほど夏の定番だった。カルピスは茶色の瓶に入ったどろっとした白い液体で、少ししょっぱい味。原液ではなく、氷水で薄めて飲む。子ども達は大好きで、よくお中元などの贈答品としても喜ばれた。それが今や夏でもあまり見かけなくなったのは残念で仕方ない。

     3 テトラパック牛乳

     昔は牛乳と言えば今の四角柱のパックではなく、三角形のテトラポット型のものが主流で、スーパーでは必ず置いていた。それが今やあまり見かけなくなった。ストローが無いと飲みづらいからなのか、はたまた商品台に並べづらいからなのか理由は不明だが、棚から姿を消した。
     一時期、給食でも瓶ではなく、このテトラパック型の牛乳が提供されていた小中学校もあるようだ。

    Tetrapack


     4 ナタデココ

     今から20年ほど前に一大ブームを巻き起こした。寒天をサイコロ型に固めたような形状で、色は白。杏仁豆腐にも似ているが、歯ごたえが不思議。硬くも無く柔らかくも無く初めて味わう感覚だった。 

    Natadecoco

     5 スナック菓子類

     「やきもろこし」
     「不二家パステルチョコ」
     「箱入りチョコフレーク」
     「森永おっとっと」
     「5/8チップ」
     「ドンパッチ」
     「カバヤジューC」
     「明治カール」
     「ロッテビックリマンチョコ」
     「明治チョコベビー」
     「グリコセシルチョコレート」
     「フエガム」・・・駄菓子屋には必ずと言っていいほど置いてあった。
     「箱入り森永エンゼルパイ」
     「グリココメッコ」
     「フィンガーチョコレート」
     「カルミン」
     「グリコパナップ」
     「森永ハイクラウン」

     森永製菓のCM https://www.youtube.com/watch?v=v-FQ-pwkHZk

     グリコのCM https://www.youtube.com/watch?v=5OmVfRt8XLM

     明治製菓のCM https://www.youtube.com/watch?v=kpZGpm0EVw0

     人気不人気は食べる人の好みであり、食品メーカーは嗜好に合わせて万人受けするような食品を作ろうとする。売れなければすぐに廃盤となる。最近はスマホ操作で手が汚れる菓子類は敬遠されるようだ。
     上記のかつて一世を風靡した人気食品も翳り、一過性の人気で終わってしまったものも多い。ブームとは得てしてそういうものだが、爆発的大ヒットした食品は廃れるのも早い気がする。
     

    2018年11月 4日 (日)

    福島県の名物男性アナウンサーたち

     私の女子アナ推しは筋金入りだが、男性アナの存在感も負けてはいない。我が福島県には長年、名物アナウンサーが大勢いたし、現在もいる。
     かつて「ラジオ福島」に在籍していた荒川守アナウンサーは足掛け29年間も在籍し、深夜の自社制作番組だった「夜をぶっとばせ!リクエストで45分」のDJで人気を博し、長く県民に愛された。
     また、「福島テレビ」で、局の顔として活躍したのが原國雄アナウンサーで、夕方の「FTVテレポート」のMCを長く務めた功績は計り知れない。
     ではそんな福島県を代表する名物男性局アナを紹介したい。

     「ラジオ福島」

     荒川 守アナ 

     1972年から2000年の長きに渡り、局アナを務め、局の顔だった。細身で眼鏡を掛けていて、多少インテリっぽい印象だったが、軽妙な語りと豊富な話題で、特に女性リスナーから人気があった。
     局アナを退職後は、なんと「荒川守アナウンス学院」を立ち上げ、代表取締役となっている。
     しかし、現在も同局で「言葉は力・朗読仲間大集合」という番組のパーソナリティーを務めている。

     大和田 新アナ

     在籍年数と言えば彼が最長。なんと1977年から2015年まで局アナとして君臨した。実に39年間、福島県民に愛されたお方だ。
     神奈川県横須賀市出身、中央大学法学部政治学科卒業。1977年ラジオ福島(RFC)入社。学生時代に朗読ボランティアに参加したのをきっかけに視力障害者と交流を持つようになり、一時は福祉関係の職業に就くことも考えたが、ある福祉関係者の「一生福祉と関            わっていきたいのなら、福祉を外から見る仕事を選びなさい」という一言がきっかけで、アナウンサーを志す。
     アナウンサーになってからも、担当番組や毎年行われる「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」等で、障害者との交流を持っている。
     ラジオ福島は小規模局のため、アナウンサーをしながら管理職も歴任しており、放送部長(他局のアナウンス部長に相当)、編成局長を経て、2012年4月からは役員待遇編成局専任局長を務めた。
     2015年3月末をもってラジオ福島を定年退職した。但し一部番組は、冠番組の担当を継続している。 人情味があって、涙もろい性格。

     ニューシニアマガジン 大和田新のラヂオ長屋(ラジオ福島) - 土曜7:00~13:00
     かっとびワイド 新と美智子の午後いちばん! - ラジオ福島退職前最後の担当番組

     鏡田 辰也アナ

     彼には申し訳ないが、喋り方が下品で、アナウンサーとは思えない汚い言葉遣いが多く、私は感心しない。しかし、勿来町の「スナック麗」のママだった「チーちゃん」には私も個人的にお世話になったので、彼と名コンビを組んだので、あまり責められない。

     広島県広島市出身、東洋大学経営学部卒業後、1988年ラジオ福島入社。「 かっとびワイド」月曜日の「ハッピーチエちゃん」(二宮チエ)とは、1995年8月以来、番組でコンビを組んでいる。 これが話題を呼び、福島県内各地の講演会やイベントにも呼ばれることが多い。
     また、鏡田アナの喋りが評価を受け、2001年度のギャラクシー賞DJパーソナリティ賞を地方局アナとして初めて受賞した。ちなみに、授賞式で同席したチエちゃんの一言は、ほとんど男性が占める業界関係者の前で「誰かこの人(鏡田アナ)のお嫁さんになってください」というものだった。2005年度にはアノンシスト賞ラジオ『フリートーク』部門で最優秀賞を受賞した。 現在も独身である。

     他にも緒方一英アナ、荒瀬英俊アナらがいた。昭和50年代に活躍されていた方々で、この頃は福島県は民放テレビが「福島テレビ」(TBSとフジをネット)と「福島中央テレビ」(日本テレビとテレ朝をネット)の二社体制だったし、民間放送のFM局もなかったため、自ずと「ラジオ福島」を聴く機会が多かった。

    Arakawamamoru Ohwadaarata Kagamidatatsuya

     「福島テレビ」

     原 國雄アナ

     福島テレビで1978年10月から1989年3月まで、夕方ニュースワイド番組「FTVテレポート」のメインMCを担当。12年に渡って夕方のお茶の間の顔として活躍した。
     早稲田大学卒業のエリートだが、落ち着いた物腰と色白でいかにも清潔そうな甘いマスクとロマンスグレーの雰囲気で女性ファンに人気があった。
     彼の略歴は変わっていて、父親が東映のプロデューサーだったことで、1954年に子役として芸能界にデビューした。
     1968年、早稲田大学政治経済学部を卒業後、福島テレビに入社、放送界入りした。
     2004年、福島テレビ関連会社。2008年6月6日、福島テレビ関連会社を退職。
     現在は、元アナウンサーの有志で朗読会「原國雄とその仲間たち」として福島県内を中心に活動している。

     高橋 雄一アナ

     神奈川県大和市出身。中央大学卒業後に一般企業勤務を経て、1973年1月に福島テレビへ入社。福島競馬の実況アナウンサーとして一部の競馬ファンにおなじみだったが、2006年7月1日付の人事異動において、営業業務局専任局長に就くことになったため、アナウンサー職を離れた。アナウンサーとして最後の仕事は、その1週間後に行われた福島競馬の七夕賞の実況だった。異動後も『エキサイティング競馬』の司会を担当したが、11月をもって卒業した。その後総務部付となり2008年に定年退職。
     現在は子会社の福島テレビエンタープライズに移り、FTVカルチャーセンターで朗読講座を受け持っており、2008年10月11日の『サタふく』中継に、その宣伝のために出演した。

     他には「サタデーふくしま」のメインMC、「弦哲也のFTVカラオケグランプリ」の司会も務めた。
     私は高橋アナには忘れられないエピソードがある。今から18年前、彼が夕方のテレポートの生中継で、いきなり我が家の呼び鈴を押した。家内、息子、娘がいきなりテレビ出演とあいなったのだ。そこでサイコロを振って出た目によって商品がもらえるゲームをやり、ボローニャのパンをゲットしたのだった。その時のスタジオのメインMCは金井淳郎アナと荒井律アナが担当していた。

     岩田 雅人アナ

     神奈川県横浜市出身。早稲田大学卒業後、1977年に福島テレビ入社。スポーツ中継の実況のほか、報道番組のキャスターや情報番組の司会も担当した。特に「東日本女子駅伝」では、第一回から実況などで立ち会った一人であった。また報道制作局次長を歴任。応援実況に行った北海道文化放送では、有森裕子の優勝した北海道マラソンを移動車から全国に実況した。
     2008年3月に別部署に異動し、アナウンサー職から離れた。
     2014年4月、福島テレビを退職し、パナソニック システムネットワークス女子陸上競技部ゼネラルマネジャーに転身した。

     黒縁の大きな眼鏡がトレードマークだった。私はニュース番組や退職時までメインMCを担当していた「サタデーふくしま」のイメージが強く残っている。

    HarakunioTakahashiyuichiIwatamasato

      藺草 英己アナ

     彼に関しては「ありがとう藺草英己アナ」の記事をご覧ください。

     「福島中央テレビ」

     徳光 雅英アナ

     千葉県千葉市出身。早稲田大学卒業後、1990年に福島中央テレビ(FCT)に入社。現在は 福島中央テレビチーフアナウンサー(報道制作局専任部長)を務めている。

  •  主にサッカー中継をライフワークとしており、特に高校サッカーの実況を入社以来20年以上務めた。
     2011年3月11日の東日本大震災発生直後の14時52分、わずか6分で報道スタジオから第一報を伝え、福島県内各地の被災状況や給水・支援物資についての情報などを暫く伝えた。それから現在までニュースやローカル情報番組を通じて、福島の現況を唯一伝え続けてきたのアナウンサーでもある。
     2018年3月12日に日本テレビ制作の情報番組『PON!』に生出演し、特に自らも中継を実況し思い入れのあるJヴィレッジについて「(福島第一)原発事故で明らかに風景が変わった。そこで見た風景の変わり様にびっくりし、ショックだったし、悲しかった」と語った。
  •  現在は夕方のニュース情報番組の自社制作「ゴジてれChu !」でメインMCを担当している。安定感抜群で知性を感じるアナウンサーだ。
  •  血液型はO型で、自宅は郡山市の西部にある住宅街にあるらしい。

     「NHK福島放送局」

     吾妻 謙アナ

     埼玉県立所沢高等学校を経て明治大学文学部卒業後、1993年入局。

     二度東京アナウンス室に異動になって福島を離れたが、7年前に再び福島局に返り咲いた。「NHK福島」の顔としてなくてはならない存在となっている。私は「はまなかあいづToday」の大ファンで、今年3月に行われた「ふくしま五七GO」の集いにも参加した。岩間瞳アナ、平川沙英アナやアナ、後藤アナを間近で見れたし、岩間アナにはサインをもらって話まで出来た。

     詳しくはこちら→ http://musoujin.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/go-3ce1.html

    Tokumitsu Azuma

     さて、今日の記事には或る共通点がある。それは他県出身者がほとんどで、しかも皆、早稲田大学を卒業しているトップエリートだという点。特に、「早稲田以外はアナウンサーに非ず」というわけではないのだが、驚くほど早稲田出身者が多い。

     今日取り上げた方々以外にも、県民に馴染み深い多くの名物アナウンサーがいる。

     福島中央テレビ・・・奥秋和夫アナ、菅佐原隆幸アナ
     福島放送・・・池田速人アナ、今泉毅アナ
     テレビユー福島・・・杉浦敦アナ、水津邦治アナ
     福島テレビ・・・坂井有生アナ

      さて、いつもは女子アナの記事ばかりを書いているが、たまには指向を変えて男性アナの記事もいいだろう。
     縁あって福島県内のラジオ局やテレビ局に赴任し、そしてお茶の間の人気を得るには、それなりの個性や努力があってのこと。親しみやすさや原稿読みの巧さはもちろんだが、その人間性が福島県の気質や気候風土とマッチングしてからこそだろう。
     毎年多くのアナウンサーが入れ替わるが、せっかく福島県に来たのだから衣食住を始め、福島県の魅力を存分に味わい、そして県民にもその魅力を再発見できるように伝えてほしいと願う。

     

     

     

    2018年11月 3日 (土)

    ミッション 間違いを正せ!

     日本語は難しい。なぜなら平仮名、カタカナ、漢字があり、さらには外来語も器用にも使いこなしている。日本人はどれだけ賢い民族なのかと感心してしまう。
     でも知らず知らず誤用している文字や表現がある。今日は皆さんにテストしたい。正しく書けているか、思い違いをしていないかを各自確認してほしい。

     次に挙げる四字熟語やことわざ、格言、慣用句は少しパロディ気味ですが、すべて間違っています。正しく直せますか?

     1 猿ものは追わず                51 天火の分かれ目
     2 捨てる紙あれば拾う紙あり         52 石橋を壊して渡れ
     3 尻に引かれる                 53 光屋の白袴
     4 噂も方便                    54 一時が万事
     5 合羽の川流れ                55 明日は明日の風邪が吹く
     6 琢に真珠                   56 一実千秋
     7 四面楚化                   57 犬も歩けば糞に当たる
     8 一語一会                   58 井の中の蛙大会を知らず
     9 鶏口となるも牛歩となるなかれ      59 言わぬが鼻
    10 雀尺まで踊り忘れず             60  噂をすれば陰が射す

    11 端にも棒にもかからない           61 月とスポーツ
    12 思慮粉別                    62  江戸の仇を長野で討つ 
    13 島崎藤村の「破壊」              63  鬼が出るか虻が出るか
    14 百鬼繚乱                    64 宮沢賢治の「銀河鉄道999」 
    15 一揆一憂                    65 鬼の居ぬ間の選択
    16 暖簾に椀押し                 66 溺れる者は藪をも掴む
    17 他力本顔                    67  三人寄れば文殊さま
    18 志賀直哉の「暗夜航路」           68 蛙の子はお玉杓子
    19 夏目漱石の「我輩は猫である」       69  飼い犬に足を噛まれる
    20 泣きっ面に蚊                 70 鐘は天下の回りもの

    21 勝って兜の尾を締めよ            71 亀の甲より鶴の功
    22 無言実行                    72  画竜天睛
    23 馬の耳に粘仏                 73  枯れ木も花の賑わい
    24 一寸の虫にも五厘の魂            74 可愛い子には楽をさせよ
    25 諸行無情                    75  聞いて極楽見て天国
    26 百性一揆                    76 臭いものに豚をする
    27 宮本武蔵の「七輪の書」           77  腐っても豆 
    28 五里夢中                    78  苦しいときの金頼み
    29 馬耳痛風                    79 国敗れて山河あり
    30 因果応酬                    80 蛍雪の光

    31 完全懲悪                    81 光印矢のごとし 
    32 性交雨読                    82 虎穴に入らずんば孤児を得ず  
    33 天体観側                    83 三個の霊
    34 商売繁栄                    84 酒に交われば赤くなる
    35 殖産工業                    85 機上の空論
    36 羊頭苦肉                    86 好きものこそ物の上手なれ
    37 彩色兼備                    87 袖振り合うも多少の縁
    38 虚心坦壊                    88 宝の待ち腐れ
    39 医者の不療生                 89 立つ鳥後を濁さず 
    40 文明開花                    90 畳食う虫も好き好き 

    41 二頭を追うものは一頭をも得ず      91 皿で皿を洗う
    42 大化の改心                  92 朝令墓改
    43 有体離脱                    93 鶴は千年亀は万年堂
    44 月火氷人                    94 適は本能寺にあり
    45 前人未踏                    95 出る杭は撃たれる 
    46 偶然絶後                    96 毒をもって妻を制す
    47 一連托生                    97 年寄りの冷や汗 (高齢者運転?)
    48 釈迦に説教                  98 逃した恋は大きい
    49 仏法筆の誤り                 99 濡れ手で泡
    50 価値感の多様化              100 早起きは三文の得 

     つい笑いがほしくて、しょうもないことを書いてしまった・・・。
     大変申し訳ないのですが、これらには正解は記載しませんので、どこがどう間違っているのか、自分で確かめて欲しい。一見当っているように見えるものもあるが、すべてどこか間違っています。

     最後にひと言・・・・ 日本語は正しく使いましょう。

    2018年11月 2日 (金)

    心にしみる楽曲

     江戸時代は平均寿命は50歳程度だった。天然痘や麻疹、コレラといった流行り病や脚気、結核によって命を落とすケースが多かったかららしい。そう考えると、自分の人生はとっくに終焉を迎えていたと言える。
     そう考えると「仁-JIN-」ではないが、医学の発展は日進月歩で、ペニシリンなどの発明によって飛躍的に平均寿命が延びたといえる。
     気づけば自分も五十路となった。中年もいいところで、日増しに増える白髪もトレードマークになってきた。気持ちは未だに20代のつもりでいるのだが、それに追いつかない体力が衰えを如実に物語るようになった。
     そして、 これまでの自分の人生が歩んだ道のりや経験を歌の詩に重ね合わせるようになった。すると、これまで気にも留めなかった曲を聴くようになったり、好きになるようになった。そこで今日は、最近、五十路にはドツボに入る名曲を取り上げたい。

      「Love Letter」  槇原敬之

     私は彼の歌は20代後半によく聴いていた。「遠く遠く」は名曲中の名曲だし、スキーソングの定番だった「冬がはじまるよ」は私の恋愛時代の代表作だった。そしてJR東日本の「新幹線青森延伸」CMソングで、旅情にぴったりな曲「素直」。今でもお気に入りだ。

     しかし、この曲は私の初恋を思い出させる。好きな人に「好きだ」となかなか口に出来なかった時代。言った途端、それまでの良い関係が壊れてしまいそうで、喉まででかかった言葉を飲み込んだ。甘酸っぱくもほろ苦い青春時代の想い出がこの曲には凝縮されている。

     同じような経験をしている人は、この歌詞を詠んで共感できる部分が多いに違いない。人生は出会いと別れの繰り返しで、特に、転校や卒業を契機に環境ががらりと変わってしまう。就職もまた然り。希望に胸を膨らませて地方から東京へ出てくる人。夢破れてふるさとへ帰る人。多くの感情がそこには交錯し、そしてまた去来する。
     歴史は繰り返されるといわれるが、人生模様も同様のことが言えそうだ。

     そんな人の生き様をこの曲が代弁してくれている。やはり槇原敬之は天才だと実感する。感性が豊かで、周囲のちょっとした変化に気づけ、物事の道理を理解し、そして描写する能力に長けている。決して理想だけでなく、現実も弁えて、それを詩に表現している。

     

    2018年11月 1日 (木)

    往年の名曲をあなたに(洋楽編①)

     タイトルは知らなくても、CMに使われていたり、何かのテレビ番組でBGMに使われている曲を聴いて、感動したり耳に残る名曲は誰にでもあると思う。
     私も聞き覚えはあったが、そんな名曲は五万とあった。特に、私は学生の頃から洋楽が大好きで、特に1980年代に洋楽ブームが沸き起こったときにジャンルは問わず本気で聴き漁ったものだ。1970年代は、ABBAやBeeGees、オリビアニュートンジョン、ビートルズ、サイモン&ガーファンクル、イーグルス、カーペンターズなどのスタンダードから始まり、1980年代は、エアサプライ、ビリージョエル、マイケルジャクソン、TOTO、カルチャークラブ、ポリス、ワム、エルトンジョン、シカゴ、スティービーワンダー、ケニーロギンス、女性シンガーはマドンナ、シンディローパー、ダイアナロス、ホイットニーヒューストンなどありとあらゆる曲を聴き、それで英語の勉強をした。

     そんな中、私が思い出に残る大好きだった曲というのがある。今日から不定期で、それらを2曲ずつ紹介したい。おそらく、口ずさんだことがあるであろう名曲を取り上げて生きたい。先輩諸氏は懐かしく、また若い世代の方は逆に新鮮に思うかもしれない。

     1 Eagles 「Desperado」

     これは傷ついて打ちひしがれている友を励ます曲だ。バラード調の曲調が耳にほどいい。「イーグルス」と言えば「ホテルカリフォルニア」が真っ先に浮かぶが、このようなしっとり系の曲も1973年にこの世に残していた。とても45年も前の古い曲だとは思えないほど、今聞いてもメッセージ性が強く、耳に心地よい。日本語のタイトルは「ならず者」とついているが、歌詞を聴くと全然イメージが異なる。

    Desperado, why don't you come to your senses?
    You been out ridin' fences for so long now
    Oh, you're a hard one
    I know that you got your reasons
    These things that are pleasin' you
    Can hurt you somehow

    Don't you draw the queen of diamonds, boy
    She'll beat you if she's able
    You know the queen of hearts is always your best bet

    Now it seems to me, some fine things
    Have been laid upon your table
    But you only want the ones that you can't get

    Desperado, oh, you ain't gettin' no younger
    Your pain and your hunger, they're drivin' you home
    And freedom, oh freedom well, that's just some people talkin'
    Your prison is walking through this world all alone

    Don't your feet get cold in the winter time?
    The sky won't snow and the sun won't shine
    It's hard to tell the night time from the day
    You're losin' all your highs and lows
    Ain't it funny how the feeling goes away?

    Desperado, why don't you come to your senses?
    Come down from your fences, open the gate
    It may be rainin', but there's a rainbow above you
    You better let somebody love you (let somebody love you)
    You better let somebody love you before it's too late

     私自身、中学時代にこれほどの名曲に出会ったときの衝撃は大きかったが、その後、めったに聞きなおす機会を逸してしまっていたが、つい最近、「消えた天才」の山縣亮太のエピソードVTRの中で偶然流れて、懐かしく思い出された。

     2.Bee Gees  「How Deep Is Your Love」 (1977)   

     「Bee Gees」(ビージーズ)は英国王室属領マン島生まれのイギリス人のギブ三兄弟を中心に構成された、男性ボーカルグループ。1963年にオーストラリアよりレコードデビューし、1973年からは米国を中心に活動。1960年代前半から息の長い活動を続け、「トゥ・ラブ・サムバディ」「Massachusetts」「メロディ・フェア」「若葉のころ」「イン・ザ・モーニング」「ホリディ」「アイ・スターティド・ア・ジョーク」「傷心の日々」「ラン・トゥ・ミー」「ブロードウェイの夜」「獄中の手紙」など、数多くの名曲を発表した。ポップなメロディ・メイカーとしては、レノン=マッカートニーやビヨルン&ベニー(ABBA)らと並ぶ、名ソング・ライター・チームとして知られている。

     和名「愛はきらめきの中に」How Deep Is Your Love)は1977年にリリースされたビー・ジーズのシングル曲。ジョン・バダム監督の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』に、「ステイン・アライブ (Stayin' Alive)」、「恋のナイト・フィーバー」(Night Fever)」(ともにビー・ジーズ)、「アイ・キャント・ハブ・ユー(If I Can't Have You)」(イヴォンヌ・エリマン」(Yvonne Elliman))とともに起用された。

     UKチャートでは3位が最高、アメリカのビルボードチャートでは同年のクリスマスイブに1位をマークし、トップ10にも17週間とどまった。ビルボード誌1978年年間ランキングは第6位。

    I know your eyes in the morning sun
    I feel you touch me in the pouring rain
    And the moment that you wander far from me
    I want to feel you in my arms again
    And you come to me on a summer breeze
    Keep me warm in your love, then you softly leave
    And it's me you need to show

    How deep is your love, how deep is your love
    How deep is your love?
    I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

    I believe in you
    You know the door to my very soul
    You're the light in my deepest, darkest hour
    You're my savior when I fall
    And you may not think I care for you
    When you know down inside that I really do
    And it's me you need to show

    How deep is your love, how deep is your love
    How deep is your love? I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

    And you come to me on a summer breeze
    Keep me warm in your love, then you softly leave
    And it's me you need to show

    How deep is your love, how deep is your love
    How deep is your love?
    I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

    How deep is your love, how deep is your love
    I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

    How deep is your love, how deep is your love
    I really mean to learn
    'Cause we're living in a world of fools
    Breaking us down when they all should let us be
    We belong to you and me

     ジョン・トラボルタが主演して大ヒットした映画「サタデーナイトフィーバー」の中の挿入歌。私が中学1年の時に日本でも封切りされた。当時、日本では土曜日は登校日で、午前中4校時の半ドン授業だった。だから欧米の制度が羨ましかった。アメリカの学生は土曜日の夜にはおめかしして「ダンスパーティー」やディスコで「フィーバー」しているものだと思っていた。

     1960年代が「ビートルズ」なら、「Bee Gees」はこの時代の最高峰だと個人的には思っている。他にも「Stayin' Alive」「Melody Fair」「Holiday」「Massachusetts」「Night Fever」「Too Much Heaven」などのビッグヒットをこの世に残した。

     さて、シリーズ記事の1回目が本日だったが、いかがでしたか?懐かしんでもらえたでしょうか?あるいは20代の若い世代には初めて聴いたという方もいるかもしれませんが、何年経っても色褪せないのが洋楽の醍醐味だと思う。それは歌詞が不明で雰囲気で聴いてしまっている点も否めないが、日本人ウケするようなメロディーだったり、詩の力であったり、こだわりあるコンセプトや強いメッセージ性が感じ取れるからにほかならない。
     ところで続編となる次回作だが、不定期でお送りするため、忘れた頃に第2回を執筆したいと思うのであしからず。

     

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