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2018年10月18日 (木)

今は無き郡山の建造物特集

 「郡山」は私が生まれ、現在まで居を構えている場所だ。大学時代と初任地の計8年を除き、46年間も住んでいるため、その変遷(街の変化)はすべて心得ていると言って過言ではない。しかも市内の中心地にあたるH山小学校、郡山N中出身なので、駅前は遊び場だったし、幼少の頃は、軍用道路(現うねめ通り)は砂利道、朝日町の市役所周辺は田んぼだらけだった。
 そんな昭和の長閑な風景だった頃から知っている。そこで今日は、私と同年代、あるいは先輩諸氏にとって懐かしいであろう昔の写真の中から、今はもう無い建物を一挙紹介したい。ぜひ当時を懐かしみ、コメントなどを頂けたら幸いです。

 1 ここはどこ?

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 麓山にある、郡山市民なら絶対に知っている風景だ。左に、オランダの世界遺産「ゴルドバ」を模して建てた「公会堂」、その奥には今は無き「市民会館」、その奥にNHK、右側には現在中央図書館がある場所だが、天文台を備えた「児童文化会館」が見える。下の写真が懐かしすぎる「児童文化会館」だ。昔、デパートの屋上や温泉街で見かけた古めかしいゲーム機があったし、渡り通路で繋がれた西側の平屋には図工室のような空間のある教室があった。

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 2 ここはどこ?

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 この画像がどこかわかる人は、昭20年代生まれの方に違いない。真ん中の建物は、昭和末期まで存在した「昭和シェル石油」のガソリンスタンドだ。とすればどこか?
 答えは、私が行きつけの酒屋さんの真向かいにかつてあった「朴」(ボーキ)のGSだ。さくら通り沿いの虎丸町と長者の境で、現在はドコモショップやツルハドラッグが立つ場所である。
 「SHELL」と書かれた後方にあるのは、かつて木造だった頃の「郡山二中」だ。
  
 3 これはどこ?

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 これはわかりやすいと思う。右の白い建物は、「郡山警察署」で、その左奥が「郡山消防署」だ。現在の「郡山署」は高度経済成長に伴い、交通量が増え、事故が多発していた国道4号線と49号線の交差点に移転したが、当時は「善導寺」南隣りの現在の「郡山消防署」に同居していた。新産業都市にあって、この規模ではかなり手狭になった。まして、当時の郡山市は「東北のシカゴ」と称されるほど「やくざ」が多かった。治安維持には移転する必要があったのだ。
 それにしても躍進著しかった広域郡山市をこんなちっぽけな警察署で守っていたのは・・・。

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 懐かしい旧消防庁舎の火の見櫓。その裏手にある学校は「金透小学校」だ。左端には今ではもう撤去された歩道橋が懐かしい。実はこの歩道橋、市内熱海町の国道49号線沿いにある「らーめん工房味噌屋」の向い側の資材置き場に放置されている。

 4 ここはどこ?

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 どうみても学校だが、ここがどこだかわかりますか?なんとここは市内中心部・虎丸町のさくら通り沿いにあった「ザベリオ小学校」だ。今はここに「ホテルハマツ」が聳え立っている。
 「ホテルハマツ」の開業が平成3年5月だったから、建設期間を含めれば、昭和末期まであったと思われる。その後、「ザベリオ学園」は市内西部の自衛隊の北側に移転したが、それまではこんな一等地に小学校と中等部、そして南東側には幼稚園まで備えた幼小中の一貫教育の先駆けとなる私学だった。

 5 ここはどこ?

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 これはわかりやすいだろう。この道路は「さくら通り」で、やはり清水台から虎丸町方面を撮影した絵面。「大友パン」の斜め向かいには、昭和の頃まで巨大な2階建てのスーパー「ヨークベニマルさくら通り店」が立っていた。1階が食料品売り場で、西側にあったエスカレーターを上がった2階では衣料品を販売していた。3階は商品倉庫と事務所があった。何を隠そう、一時期、ここで私がアルバイトをしていたので隠しようのない事実だ。
 この真向かいには知る人ぞ知る「トキワスーパー」があって、その東隣りには、紳士服専門の「赤トリ井」があった。その後、旧トキワスーパーは私の行きつけだった「ブックオフ」となったが、老朽化が激しい建造物だったせいか2011年の震災で崩壊し、取り壊された。

 平成に入った頃に、「ベニマル」は今の郡山二中の南側の、現在のツルハ&ドコモショップがある場所に移転したのだが、旧日東紡第二工場があった場所に「THE MALL郡山」が建設されるのに伴い、約2年ほどで閉店した。売り場が手狭だったことも理由のひとつだ。
 「ベニマルさくら通り店」があった場所は、現在は芳山公園」となっている。それにしても郡山市には市街地にやたら多くの公園がある。荒池、酒蓋、麓山、鐘堂、開成山、21世紀記念公園(旧日東紡第一工場跡)などだ。

 21世紀記念公園がある旧日東紡第一工場跡地は、地上20階建ての国際会議も可能な一大イベントホールを建設する計画があったのだが、それが途中で頓挫し、広大な公園と化した。おそらく老朽化した「合同庁舎」をそこに移転するつもりだったのかもしれない。
 
 また、「さくら通り」とは名ばかりで、昭和までは通り沿いに植えてある街路樹は「柳の木」だった。秋頃まで長い葉が垂れ下がり、視界を妨げ、鬱蒼としていた。

 さて、本日は郡山の中心市街地をメインに、昔あった懐かしい建物を紹介した。なぜなら、私の実家がやはり虎丸町にあって、40年前、どこに何があったまで詳しく知っている。ぜひ懐かしく思い出された方は、コメントをお寄せください。特にH山小、郡山N中出身の方は大歓迎です。
 また、今日紹介した画像は、ほんの一部ですので、機会があればまた当ブログにて紹介できればと思います。

 

 なお、この記事をお読みになり、懐かしいと思った方は、ぜひ昔のエピソードを添えてコメントをお願いします。普段は、当ブログではコメントを受け付けませんが、「郡山の話題」だけはコメントを募集したいと思います。

 

 

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