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2018年9月24日 (月)

堪え性がないからパワハラが蔓延する!

 東京オリンピックを2年後に控えた昨今、スポーツの世界で「パワハラ騒動」が立て続けに起きている。女子レスリング(栄監督)、アメフト(内田監督)、ボクシング(山根会長)、体操(速水コーチ、塚原コーチ夫妻)、ウェイトリフティング(三宅会長)、水球(塩田コーチ)、アイスホッケー(小野コーチ)とそれは留まるところを知らない。こうなった要因はどこにあるのか?

 1 個性重視やゆとり教育で忍耐力が欠如した結果

 昔なら体育の授業や部活動で、多少の体罰は当たり前だった。監督はチームを強くしたいと熱望し、選手も巧くなりたいと思えば、監督やコーチ、先輩の指示に素直に従い、自らの技術を磨いたものだ。多少のこづきは愛の鞭だと甘んじて受けていた。
 それが今、学校教育では体罰は一方的に悪いと声高に叫ぶ。選手は暴力を振るわれない安堵感から、逆に練習に手を抜いたり、自己中心的な練習法で満足し、伸び悩む。監督はコーチはその現状を目の当たりにしても手を出せない。言葉で説得し、おだてたり、褒め言葉で選手のやる気を引き立たせ、伸ばすことしかできない。精神的にはそれで良くても技術面での成長はそれでは身につかない。
 それに今の選手は礼儀がなっていない面もある。会長やコーチ、監督に挨拶できない。マイペースで取り組み、立てるところを立てていない。人間関係の所作を理解していない若いアスリートが多くなっているのも原因のひとつ。これは親子関係からしてそうだ。躾が出来ない親が増え、子どもと友達のような関係を築いてしまい、物事の良し悪しの分別をきちんと幼少期に教えてこない。先生に注意されたわが子かわいさあまりに、注意した先生を批判するモンスターペアレントがいかに多くなったことか。
 だから自分が悪くて注意されても、少し騒げば親がしゃしゃり出てわが子をかばう。だからちょっとしたことで、パワハラを受けたと騒げば、マスコミや周囲が自分の味方をしてくれると曲解してしまい、お世話になっている監督でも告発してしまうという構図が出来上がってしまうのだ。ゆとり教育や個性重視は一見聞こえはいいが、日本人をダメにしているのは間違いない。
 

 2 東京五輪での成果を求められるあまり、指導者が焦る

 多額の強化費をもらっている以上、結果が重視される。伸び悩む選手を叱咤激励し、なんとかメダルに手が届く状態に持って行きたいとの責任感が重く圧し掛かり、それがより強い指導法へと掻き立てる。指示通りに動けない選手にはより厳しく、きつく当ることになる。
 国民が金メダルの数を期待しているのは重々承知なのだから、何とか成果を期待してしまい、選手には風当たりが強くなる。
 かつて東京五輪で銅メダルを獲得した男子マラソンの円谷幸吉選手がそうだった。走りたくても怪我や故障で思うように走れない。責任感が人一倍強い選手なら、悩み苦しむ。マスコミも煽り立てる。逃げ場がなくなり、死を選択するしかなくなる。こうしてアスリートを見殺しにする風潮がある。 

 3 根性論だけでは通用しない

 かつての選手は、「スポ根ドラマ」が流行した際などは、「根性論至上主義」で、コーチと二人三脚で汗と涙で暮れながら、きつい練習に耐えて実践で結果を出していた。それが今、コーチや監督という立場に変わり、昔の練習方法を強要すると反発が生じる。
 現代の選手は、週休二日でゆるい教育を受けてきた世代。しかも仮想現実のゲーム世代だ。楽しようと思えばいくらでも楽が出来る。きつい練習に耐えなくても、ほかに生きる道は幾らでもある。堪え性など端から持ち合わせていない。ダメならオールクリアしてリスタートできるとの概念がある。
 「石にかじりついてでも」、とか「初志貫徹」とか、そういう根性は最初から欠如している。だから古臭い体質の指導法にはついていけないのだ。

 4 マスコミも大げさに取り上げて煽りすぎる。

 週刊誌やテレビなどのマスコミは売れてなんぼだし、視聴率を稼げないと意味がない。したがって、今話題の社会問題をこぞって取り上げる。国民が食いつきそうなネタを絶えずハイエナの如く狙っている。最近は、スマホ撮影などで、一般人が撮影した映像や画像が出回り、それが動かぬ証拠となる。ネタはそこらじゅうに転がっていて、それをマスコミが先導し、表面化する。選手もそれまでの師弟関係を度がえしして、被害を被った事象だけを大きく取り上げ、さも自分に非がないように責任追及する。自分の正当性だけを主張して被害者意識だけが増幅していく。
 これでは、まともな練習に戻れるわけがない。危険タックルしたアメフト選手も、レスリングの伊調選手も、体操の宮川選手も、この騒動の渦中にある以上は競技に復帰できていないのはそのためだ。
 たとえ競技に復帰できたとしても練習不足は否めないし、ブーイングや更なるスキャンダルによって、精神的に追い込まれてしまうに違いない。

 私はマスコミの犯罪と思っているが、少しでも大会で好結果を挙げた選手を大袈裟にクローズアップして取り上げ過ぎている。「東京五輪の新星現る!」とか「期待のホープ」とか散々煽って、選手を潰してしまう。そして負けるとぼろくそに叩き、以後、取材すらしなくなる。あまりにも無責任だ。アジア大会の体操に出場した谷川翔選手などは、それで潰された口だ。期待が大きいがために、実力以上の力を出そうとして失敗したのだ。

 5 東京オリンピックの功罪

 東京五輪をやるからには半世紀前(1964年)の時もそうだったが、好成績を求めるのは必定。そのためには選手強化は命題である。ジュニアから育成し、国際舞台でも活躍できる選手が必要になる。そのために練習量を増やし、難易度の高い技を習得させようとする。ケガや故障も多くなり、選手は使い捨て状態となる。
 選手はやはり国際大会の頂点にある「オリンピック」に出場する事を希う。だから多少無理を承知で監督やコーチのメニュー通りに練習しようとする。
 結果を求めるあまり、やはり体罰がどうしても多くなる。今の選手は体罰やスパルタ指揮の指導法ではついてこない。褒めて伸ばしてほしいと切望しているため、そこでコンセプトギャップが生じ、信頼関係が崩れ、憎悪関係が生まれる。こうなると指導法の間違いを訴え、過去に自分が被った体罰やセクハラ、パワハラを正々堂々と社会に訴え出る。

 やはりジェネレーションギャップも大きいし、過去に当たり前だった練習方法は現代っ子には通じないようだ。
 大坂なおみのコーチは、選手に自分の意見や練習法を強制するのではなく、常に「君は何がしたいんだ」と寄り添いながら、戦う選手自身の気持ちを尊重し、やる気を引き出すコーチングが奏功しての全米オープンでの偉業に結びついた。

 東京オリンピック誘致成功の弊害はあまりにも大きい。カジノ場を建設し、ギャンブルを公認したり、ボランティア問題、チケット問題、インフラ整備など問題は山積み。日本に来る観光客への対応や犯罪阻止などもある。
 いざ東京オリンピック開催を勝ち取ったはいいが、それに伴う弊害は計り知れない。

 あと2年足らずで開幕を迎える「東京五輪」だが、意識改革なくして旧態依然の繰り返しでは、今後もますますこうしたパワハラ騒動は止まず、大会にも暗い影を落としそうだと思う。

 

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