2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のコメント

無料ブログはココログ

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年9月

2018年9月30日 (日)

芸能人の今昔物語

 今では信じられないかもしれないが、昔はバリバリのアクションをかましていたスターがいた。例えば、司会業が板についた「ウッチャン」こと「内村光良は、かつては運動神経抜群であり、往年の人気番組でバク転を披露したり、「ウリナリ」の芸能人社交ダンスでは、ド派手な衣裳でバリバリのラテン系ダンスを踊っていた。
 また、「噂の東京マガジン」のリポーターとして活躍している「風見しんご」は、かつては歌って踊れるアイドルで、ブレイクダンスのパイオニアとして華麗に舞い、踊っていた。

 論より証拠、その決定的場面を振り返りたい。

 内村光良のアクションシーン

 世界の果てまでイッテQのカレンダー企画で、50歳になった彼が特訓の末、バク転を復活させた。

 風見しんごのブレイクダンス

 https://www.youtube.com/watch?v=HaD8eYuldSc

 ダンス対決はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=FatefxLj32o

 1980年代、欽ちゃんファミリーの一員としてバラエティに出演し、人気を博した風見慎吾。彼の特技は軽い身のこなしで空中を華麗に舞うブレイクダンス。アイドルデビューし、ベストテン番組にも出演した。
 しかし、私生活では、最愛の娘を不慮の事故で、息子を病気で亡くす不幸に見舞われた。

 東山紀之

 今でこそ彼は、朝の情報バラエティ番組の司会や必殺の「中村主水」役で時代劇に出演しているが、彼は少年隊の一員で、バリバリのジャニーズだ。デビュー前から、バク転やバク宙を何度も取り入れたアクロバティックな振り付けで、「忍者」として全米をも魅了した。日本でのデビューは「仮面舞踏会」だが、そのしょうゆ顔で甘いマスクとキレキレの超絶ダンスで大人気を博した。

2018年9月29日 (土)

多様化するNPBユニフォーム

 長年、日本のプロ野球を愛し、見続けてきた私だが、最近わからないことが多くなった。以下のような毎年のように変わるルールもそのひとつだ。

 クライマックス制の導入、ハーフスイングの判定、ボークの判定、ストライクボールの表現(ワンボールツーストライク)、ホームベース上でのクロスプレー、そして審判の誤審を防ぐ名目で始まったリクエスト制度。
 昔の「勝利打点」は姿を消し、週間MVPなどもあまり聞かなくなった。私の少年時代とは様変わりしすぎだ。

 そして、最近激変したのは、プロ野球球団の戦闘服である「ユニホーム」だ。パッと見、どこのチームか判断できない。昔なら、チームカラーが決まっていて、歴史と伝統を感じさせるような重みがそれ自体に備わっていた。しかし、決して軽視しているわけではないだろうが、カラフルになりすぎて、奇を衒っているような印象しかない。中には交流戦仕様とか、メモリアル試合などの期間限定ユニホームまであるらしい。
 では実際に、往年のユニホームと最近のチームのものを比較したい。同一チームとは思えないほどの変わりようだ。

 1 巨人(読売ジャイアンツ)

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Giants Giants2
Giants3

 巨人のユニホームは伝統と格式を重んじている。昔ながらの、言葉は悪いが古臭い印象がある。ヤンキースのユニホームを基調としている印象すらある。胸のマークはホームが「GIANTS」でビジターは用は「TOKYO」だ。

 2 阪神タイガース

 ホーム用  ビジター用 最近着用

Tigers1Tigers2

Tigers3

阪神と言えば白の縦じまイメージ。かつて吉田監督が清原獲得を目指し、「縦じまを横じまに変えるくらいの覚悟で」と発言したが、ファンはそれを許さなかっただろう。
 ホーム用は「Tigers」、ビジター用は「HANSHIN」。近年はバラエティでイメージが壊れてしまう。真っ黒仕様もある。
 真弓、バース、掛布、岡田、平田、若菜を擁した1985年の日本一が印象にあると思うが、私個人では、藤田平、山本和行、江夏、古沢、田淵ら往年のタイガースが目に焼きついて離れない。

 
 3 広島東洋カープ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Carp1 Carp2
Carp3 Carp4

 広島といえば「赤ヘル」。ゆえにユニホームも赤のライン。私は古葉監督が山本浩や衣笠、水沼らを率いて旋風を巻き起こした昭和50年と昭和55年の江夏の21球が懐かしい世代なので、あのカラーイメージが濃く残っている。ホーム用は「CARP」、ビジターは「Hiroshima」。池谷、北別府、山根、福士など名投手が多くいた。
 個人的に「弱きは最大の敵」という名句を遺した炎のストッパー津田恒実を尊敬しているので、昔のユニホームが脳裏に焼きついている。
 
 4 中日ドラゴンズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Dragons Dragons1

 中日は青のラインのイメージが強い。アルファベットのCとDを重ね合わせたロゴの帽子も水色に近い青色だった。大の巨人ファンだった私だが、後楽園球場で巨人の帽子が売り切れで、親が買った中日の帽子をなぜか被らされていた。ホーム用は筆記体字で「Dragons」、ビジターが「CHUNICHI」。星野、三沢、鈴木孝政、矢沢、高木、大島、宇野、木俣、田尾、中尾などの名選手を思い出さずにはいられない。

 5 東京ヤクルトスワローズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Swallows1 Swallows2
Swallows3

 ヤクルトのイメージも縦じまだ。かつて松岡弘や安田猛の左右両エースに加え、若松や船田、杉浦、水谷、角らが活躍していた。その後、広沢、池山、飯田、古田などを率いた野村監督がID野球を駆使して黄金期を築いたのはまだ記憶に新しい。ホーム用は「Swallows」、ビジターが「Yakrut」。

 6 横浜DeNAベイスターズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Baysters1

 高木、進藤、鈴木尚、駒田、齋藤、佐々木などがいた最強打線のイメージが強い。ホーム用は筆記体で「Baystars」で、ホーム用が「YOKOHAMA」。

 1 福岡ソフトバンクホークス

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Softbank


Softbank2 Softbank3


 黒と黄色の軍団という印象。独特な色合いを基調としている。ホームは「SoftBank HAWKS」で、黒いビジター用は「SOFTBANK」だ。
 西武の黄金期を築いた名選手がごっそりダイエーに移籍した印象は否めない。工藤、秋山、石毛らは根本信者だった。

 2 埼玉西武ライオンズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Lions1Lions2

Lions3

 レオ軍団は黄緑と水色の独特なライン、そしてかつての西武はビジター用が全身、スカイブルーで、かなり違和感があった。胸のロゴはホームが筆記体で「Lions」、ビジター用が「SEIBU」だったが、今は「Saitama」とある。
 広岡監督が礎を築き、森監督が黄金期を築いた。太田卓、田淵、山崎、テリー、スティーブらを擁した盤石のオーダーだった。東尾、松沼兄弟など投手も盤石だった。
 また、森黄金期には、石毛、秋山、清原、デストラーデ、辻、伊東、平野、投手も工藤、渡辺久の両エース、郭、潮崎、森、渡辺智、石井丈などゆるぎない戦力を有していた。

 3 オリックスバファローズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Orix2 Orix3

Orix1

 ホーム用のロゴが紺色に黄色い縁取りで「Buffaloes」が浮きだっている。紺色のビジター用は黄色い縁取りの「ORIX」とシンプル。

 4 東北楽天ゴールデンイーグルス

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Rakuten1
Rakuten2_2
Rakuten3

 チームカラーが臙脂(レンガ色)は衝撃的だった。ホーム用は「RAKUTEN EAGLES」の二段文字。ビジターはRakuten」もあるし「TOHOKU」バージョンもある。

 5 北海道日本ハムファイターズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Fighters1 Fighters3
Fighters2

 このチームはちょくちょくデザイン変更を行う。白に片側だけが青で肩口に黒でワッペン。ビジター用は斬新で黄土色。そして両肩が黒の色使い。ホームは「FIGHTERS」、ビジターは「NIPPONHAM」のロゴ。12球団一派手だと思う。

 6 千葉ロッテマリーンズ

 ホーム用 ビジター用 最近着用

Lotte1Lotte3
Lotte2

 ここもしょっちゅうユニホームが変わる。メインのホーム用は縦じまでヤンキースを意識しているようなデザイン。左胸にMの文字。そしてビジター用は、ネイビー系に白抜きでフラッシュピンクの縁取りを施して「Marines」

  一見すると、とても日本のチームらしくないケバケバしい印象を与えるものもあるし、韓国や台湾プロ野球のそれと見間違えそうなカラーのものもある。
 最後に、私が少年時代に存在していた球団のユニホームを紹介したい。今でもこのユニホームがその球団のイメージとなっている。

 「かつて存在した球団のユニホームのイメージ」 

 南海ホークス(黄緑)

Nankai2 Nankai1
南海はソフトバンクの前身になるが、大阪のファンはそう思いたくない。水嶋新司さんの漫画「あぶさん」のイメージの通り、このチームの本拠地はあくまで大阪。野村捕手やスタンカ、門田のイメージがあまりにも強い。

 近鉄バファローズ(赤と青)

Kintetsu_3

「九条徒然日記」さんのブログより拝借いたしました。

 私が大好きだったチーム。このチームの優勝は毎回ドラマチックで逆転が多かったため、「ミラクル近鉄」と言われた。西本幸雄監督、赤鬼マニエル、平野泰、栗橋、羽田、石渡の梨田、有田の時代は「江夏の21球」に屈し、その後も大石、阿波野、野茂、吉井などの名選手を輩出したが、悲願の日本一を果たせないままオリックスと楽天に分譲された形。

 オリックスブルーウェイブ

Bluewave1Bluewave2

 仰木監督率いた黄金時代。平井やイチロー、田口、ニールなどがいて、最強チームだった。阪神淡路大震災の頃、被災者を勇気付けた。腕章で「がんばろう神戸」というロゴが印象的だった。

 阪急ブレーブス(赤)

Hankyu2

 西本監督と上田監督による鉄拳で強くなった。福本、蓑田、島谷、マルカーノ、ウィリアムズ、長池、加藤英司、山田、足立、山口などの名選手がわんさかいて、昭和50年代前半は無敵の強さを誇った。

 大洋ホエールズ(オレンジ・緑/青紫)

Whales1 Whales2
Whales3

 シピン、ボイヤー、松原、中塚、平松に始まり、田代、遠藤一彦、ヒゲの齋藤、福嶋などの名選手が大勢いた。青紫と緑のユニホームが印象的だ。

 福岡ダイエーホークス(黄色)

Daiei1_2Daiei2_2

 王監督時代は苦労した。なかなか結果が出ずにファンも暴徒化した。松中、小久保、秋山らスター選手が多く移籍した。

 太平洋クラブライオンズ

Taiheiyo

 基満男、竹之内、東尾、加藤初、土井正博、永射らがかつて所属していた。西鉄の後継、西武の前身。

 クラウンライターライオンズ

Crownlighter

 太平洋が身売りしてクラウンライターになった。阪神に移籍した真弓や若菜が所属していた。デービスや広瀬、立花、土井正、ハンセン、竹之内、山村、東尾などの名選手を揃えていた。後の西武だけに、選手がそのまま西武に移行した印象。

 しかし、毎年毎年、こんなにもユニホームの色やデザインが変わったのでは、それまで築き上げてきた伝統や格式といったものが除外されてしまう危惧を覚える。往年の姿は、その服装で示されるし、オールドファンにはそのユニホーム姿の選手たちが焼きついているに相違あるまい。一見してあのチームはどこだ?とNPBのチームを見て疑問に思えないようにしてもらいたいものだ。

 

2018年9月27日 (木)

私が訪れた遊園地

 今はもう無い遊園地で、私が子供の頃に連れて行ってもらった場所がある。今は亡き父親が私たち子供を楽しませようと、毎年、夏に東京を始め、多くの娯楽施設に行ってくれた。
 そんな懐かしい想い出に浸りたくて、今日はこの記事を執筆したい。

 1 後楽園ゆうえんち

 高速回転で遠心力で体が浮く遊具や直覚に曲がるひとり乗りのミニコースター、円形の展望タワー、そして定番のジェットコースターなどに乗った。私は三半規管が弱く、すぐにめまいや耳鳴りを訴えていたので、そんなに多くの絶叫マシンには乗れなかった。

  2 横浜ドリームランド

 私が6歳の時と12歳の時に二度訪れた。大船からモノレールに乗った記憶がある。1回目は敷地内の豪華ホテルに宿泊した記憶がある。広いホテルで鬼ごっこをやった覚えがある。ここの名物は潜水艦だ。実際は潜水したり、浮上したりはしない。水底に引かれたレールを潜水艦が平行移動するだけだったが、潜水艦の窓が水中にあるため、いかにも海底を探検している雰囲気を味わえた。最後は滝の中から登場するという演出も粋で、人気があった。

 3 那須ロイヤルセンター

 ここは1980年代に「那須ハイランドパーク」がオープンする前までは、ここと「那須りんどう湖ファミリー牧場」が観光のメッカだった。多くの遊具が屋内に設置されていて、子供たちを大いに楽しませてくれた。どこか「磐光パラダイス」にも似ていたが、こちらの方がスケールが大きかった。ガリバーのような大きな人形の間を水路を移動する船に乗って園路を一周するアトラクション「ファンタラマ」がメインだった。今でいう「イッツアスモールワールド」のような感じだ。この建物は、未来感覚を醸す円形のコンストラクションだった。

 4 豊島園ゆうえんち

 ここも2回訪ねた。池袋から西武鉄道で豊島園駅で下車すると、駅の向こう側がもう遊園地だった。ここは電気で動くゴーカートがメジャーだった。今でも立派に現役だが、とにかく敷地が広大だった。お化け屋敷も人気アトラクションだった。私は小6と(父親と)中学生の時(兄弟で)も訪れている。

https://www.youtube.com/watch?v=OvULOWKlz9A

 さて、今日は私の想い出話にお付き合いいただき恐縮でしたが、少年の頃の出来事は、40年以上経過した今でも脳裏に焼き付いている。今は亡き父親との想い出探しや追憶という感じだが、こうした想い出をいつまでも大事にしたいと願う。

2018年9月25日 (火)

老害?危険運転・事故集

 今、高齢者の逆走や我が物運転による事故が社会問題になっている。人生の大先輩と言う自負があるのか、自分に100%原因があって事故っても謝罪どころか逆ギレする輩が多い。こういうのを「老害」というのだが、自分に非を認めず、他人のせいにする始末の悪い老人が蔓延っているのは事実だ。
 私は75歳を越えたら、もう自動車免許を返納すべきだと考えている。人間は歳をとれば赤ん坊に還ると言われている。瞬時の状況判断は乏しくなるし、運転操作は極端に落ちる。安全確認も老化によって政情は判断などできなくなる。こうなると車は走る凶器と化す。
 ギア操作ミスで建物に突っ込んだり、集団登校の小学生の列に突っ込み、幼い命を奪い、本人は平然としている。ありえない。
 75歳を越えて事故った場合には、厳罰に処すべきだ。自分の運転技術を過信した挙句、こうした死亡事故を起こす。
 今日は、事例ということで、いかに年寄りの運転が危険かを例証したい。

 1  事故 ドライブレコーダー正面衝突の瞬間 88歳老人の80m暴走

 赤い車88歳の老人は80m手前で対向車線にはみ出し、家族連れの1BOXに接触その後も止まらず、側溝に脱輪したまま暴走、溝のフタに乗り上げその衝撃にで再度センターラインオーバーし当方に正面衝突したものです。事故後、加害者は怪我なかったんですが、通報、救護、保険会社への連絡も放棄、電話番号はでたらめ・・・こんな老人が運転しているんですね。側溝側の歩道に子どもの歩行者の列がなかったことはさいわいでした。

 2 自分が悪いのに相手にどけと合図する迷惑じじい

 こっちは人生の先輩なんだから。お前が気を遣えよと言わんばかりの横柄な態度。自分のミスを棚上げして図々しいにもほどがある。こういう輩は自損事故で死んだ方が社会の為だ。

 3 逆走、信号無視からの高齢ドライバー事故   

 対向車に衝突しそうになりながら逆走し、赤信号で交差点に進入した後、バスの側面に衝突します。

その後、車を停めて軽トラの運転手に話しかけましたが、受け答えがはっきりしない高齢の男性でした。バスの運転手の方に、軽トラが赤信号で突っ込んだこと、ドライブレコーダーで録画していたこと、救急車と警察を呼ぶことを提案し、双方に大きな怪我がなさそうだったので、私の名刺をバスの運転手に渡してその場を去りました。
 バスにとっては、避けられない不幸な事故と言うしかありません。この運転者、バスの修理代は100万単位だってこと知ってるんだろうな?たぶん任意保険にすら加入していないだろう。そしてさんざん文句を垂れ、自分の言い分だけを勝手気ままに主張すはずだ。こういう運転は社会のゴミでしかない。

 4 高齢者の危険なわがまま運転!何がしたいの?

 フラフラと信号お構いなく国道に進入し、道路の真ん中で停車・・・
ウインカーを出すわけでもなく右折するかと思いきや、本線に割込み突っ走って行った!
何がしたい?

 5 自転車の老害たち

 善良なドライバーが迷惑だ。これでも弱者優先だというのか?相手は交通ルール無視の常識が通じない海千山千の悪徳運転者だ。こういう輩のために損害賠償など払いたくない。信号無視、斜め横断など何でもありのクソじじい連中だ。歳をとると、自分の行いが正しいと思い込み、自己中になるのか?

 6 焦ってバックギアに入れたままアクセルを踏み続け回転しまくる高齢女性

 逆走した上に、交差点の真ん中で停車。慌ててハンドルを切ったまま、バックギアに入れ、高速回転。ありえない所作だ。原付三輪のライダーが機転を利かせて衝突回避したものの、あのまま回り続けたら、大渋滞を引き起こし、他者を巻き込む大事故につながっていた。こういう高齢者は運転免許を剥奪しなければダメだ。幼い子や無実の方の命を奪う事故をいずれ起こすに違いない。
 このドライブレコーダーの映像を見ただけでも血圧が上がるのに、もし現場で遭遇したらと思うだけでぞっとする。

 7 右折レーンから何のためらいもなく、直進して向かってくる無法車

 https://www.youtube.com/watch?v=jCUJmefHev8

 まったく、こういう輩が公道に蔓延っては、いつ事故に巻き込まれるかわからない。自覚がないままに平然と迷惑運転を繰り返すんだろう。

2018年9月24日 (月)

堪え性がないからパワハラが蔓延する!

 東京オリンピックを2年後に控えた昨今、スポーツの世界で「パワハラ騒動」が立て続けに起きている。女子レスリング(栄監督)、アメフト(内田監督)、ボクシング(山根会長)、体操(速水コーチ、塚原コーチ夫妻)、ウェイトリフティング(三宅会長)、水球(塩田コーチ)、アイスホッケー(小野コーチ)とそれは留まるところを知らない。こうなった要因はどこにあるのか?

 1 個性重視やゆとり教育で忍耐力が欠如した結果

 昔なら体育の授業や部活動で、多少の体罰は当たり前だった。監督はチームを強くしたいと熱望し、選手も巧くなりたいと思えば、監督やコーチ、先輩の指示に素直に従い、自らの技術を磨いたものだ。多少のこづきは愛の鞭だと甘んじて受けていた。
 それが今、学校教育では体罰は一方的に悪いと声高に叫ぶ。選手は暴力を振るわれない安堵感から、逆に練習に手を抜いたり、自己中心的な練習法で満足し、伸び悩む。監督はコーチはその現状を目の当たりにしても手を出せない。言葉で説得し、おだてたり、褒め言葉で選手のやる気を引き立たせ、伸ばすことしかできない。精神的にはそれで良くても技術面での成長はそれでは身につかない。
 それに今の選手は礼儀がなっていない面もある。会長やコーチ、監督に挨拶できない。マイペースで取り組み、立てるところを立てていない。人間関係の所作を理解していない若いアスリートが多くなっているのも原因のひとつ。これは親子関係からしてそうだ。躾が出来ない親が増え、子どもと友達のような関係を築いてしまい、物事の良し悪しの分別をきちんと幼少期に教えてこない。先生に注意されたわが子かわいさあまりに、注意した先生を批判するモンスターペアレントがいかに多くなったことか。
 だから自分が悪くて注意されても、少し騒げば親がしゃしゃり出てわが子をかばう。だからちょっとしたことで、パワハラを受けたと騒げば、マスコミや周囲が自分の味方をしてくれると曲解してしまい、お世話になっている監督でも告発してしまうという構図が出来上がってしまうのだ。ゆとり教育や個性重視は一見聞こえはいいが、日本人をダメにしているのは間違いない。
 

 2 東京五輪での成果を求められるあまり、指導者が焦る

 多額の強化費をもらっている以上、結果が重視される。伸び悩む選手を叱咤激励し、なんとかメダルに手が届く状態に持って行きたいとの責任感が重く圧し掛かり、それがより強い指導法へと掻き立てる。指示通りに動けない選手にはより厳しく、きつく当ることになる。
 国民が金メダルの数を期待しているのは重々承知なのだから、何とか成果を期待してしまい、選手には風当たりが強くなる。
 かつて東京五輪で銅メダルを獲得した男子マラソンの円谷幸吉選手がそうだった。走りたくても怪我や故障で思うように走れない。責任感が人一倍強い選手なら、悩み苦しむ。マスコミも煽り立てる。逃げ場がなくなり、死を選択するしかなくなる。こうしてアスリートを見殺しにする風潮がある。 

 3 根性論だけでは通用しない

 かつての選手は、「スポ根ドラマ」が流行した際などは、「根性論至上主義」で、コーチと二人三脚で汗と涙で暮れながら、きつい練習に耐えて実践で結果を出していた。それが今、コーチや監督という立場に変わり、昔の練習方法を強要すると反発が生じる。
 現代の選手は、週休二日でゆるい教育を受けてきた世代。しかも仮想現実のゲーム世代だ。楽しようと思えばいくらでも楽が出来る。きつい練習に耐えなくても、ほかに生きる道は幾らでもある。堪え性など端から持ち合わせていない。ダメならオールクリアしてリスタートできるとの概念がある。
 「石にかじりついてでも」、とか「初志貫徹」とか、そういう根性は最初から欠如している。だから古臭い体質の指導法にはついていけないのだ。

 4 マスコミも大げさに取り上げて煽りすぎる。

 週刊誌やテレビなどのマスコミは売れてなんぼだし、視聴率を稼げないと意味がない。したがって、今話題の社会問題をこぞって取り上げる。国民が食いつきそうなネタを絶えずハイエナの如く狙っている。最近は、スマホ撮影などで、一般人が撮影した映像や画像が出回り、それが動かぬ証拠となる。ネタはそこらじゅうに転がっていて、それをマスコミが先導し、表面化する。選手もそれまでの師弟関係を度がえしして、被害を被った事象だけを大きく取り上げ、さも自分に非がないように責任追及する。自分の正当性だけを主張して被害者意識だけが増幅していく。
 これでは、まともな練習に戻れるわけがない。危険タックルしたアメフト選手も、レスリングの伊調選手も、体操の宮川選手も、この騒動の渦中にある以上は競技に復帰できていないのはそのためだ。
 たとえ競技に復帰できたとしても練習不足は否めないし、ブーイングや更なるスキャンダルによって、精神的に追い込まれてしまうに違いない。

 私はマスコミの犯罪と思っているが、少しでも大会で好結果を挙げた選手を大袈裟にクローズアップして取り上げ過ぎている。「東京五輪の新星現る!」とか「期待のホープ」とか散々煽って、選手を潰してしまう。そして負けるとぼろくそに叩き、以後、取材すらしなくなる。あまりにも無責任だ。アジア大会の体操に出場した谷川翔選手などは、それで潰された口だ。期待が大きいがために、実力以上の力を出そうとして失敗したのだ。

 5 東京オリンピックの功罪

 東京五輪をやるからには半世紀前(1964年)の時もそうだったが、好成績を求めるのは必定。そのためには選手強化は命題である。ジュニアから育成し、国際舞台でも活躍できる選手が必要になる。そのために練習量を増やし、難易度の高い技を習得させようとする。ケガや故障も多くなり、選手は使い捨て状態となる。
 選手はやはり国際大会の頂点にある「オリンピック」に出場する事を希う。だから多少無理を承知で監督やコーチのメニュー通りに練習しようとする。
 結果を求めるあまり、やはり体罰がどうしても多くなる。今の選手は体罰やスパルタ指揮の指導法ではついてこない。褒めて伸ばしてほしいと切望しているため、そこでコンセプトギャップが生じ、信頼関係が崩れ、憎悪関係が生まれる。こうなると指導法の間違いを訴え、過去に自分が被った体罰やセクハラ、パワハラを正々堂々と社会に訴え出る。

 やはりジェネレーションギャップも大きいし、過去に当たり前だった練習方法は現代っ子には通じないようだ。
 大坂なおみのコーチは、選手に自分の意見や練習法を強制するのではなく、常に「君は何がしたいんだ」と寄り添いながら、戦う選手自身の気持ちを尊重し、やる気を引き出すコーチングが奏功しての全米オープンでの偉業に結びついた。

 東京オリンピック誘致成功の弊害はあまりにも大きい。カジノ場を建設し、ギャンブルを公認したり、ボランティア問題、チケット問題、インフラ整備など問題は山積み。日本に来る観光客への対応や犯罪阻止などもある。
 いざ東京オリンピック開催を勝ち取ったはいいが、それに伴う弊害は計り知れない。

 あと2年足らずで開幕を迎える「東京五輪」だが、意識改革なくして旧態依然の繰り返しでは、今後もますますこうしたパワハラ騒動は止まず、大会にも暗い影を落としそうだと思う。

 

2018年9月23日 (日)

私がひとめ惚れしたCM

 当ブログではCMばかり特集しているが、昔はそれほど魅力的で印象深い作品が数多く存在したということだ。今も「ホワイト家族」や「三太郎」などシリーズ化しているものも少なくないが、昔は、同じ出演者が長らく同じ企業やメーカーのCMに出演していた。例えば吉沢京子さんの「フジ薬品」のCMや伊東四朗さんの「ヤクルトタフマン」などだ。最近は、1年でタレントが代替わりしていくようだが、不思議なのは、同じタレントが同業者、つまり商売敵のCMに登場することだ。明治製菓から森永製菓とか、アサヒビールからキリンビールに登場したりだ。
 でも、数多いCMの中で、私が今回取り上げたいのは、ひと目そのCMを見ただけで、好きになった人だ。

 1 ニッセイレディ友子さん

 今から30年近くなるが1989年~1994年まで、5年の長きに渡って放送されたシリーズCM。彼女は「三浦智子」さんというモデルさんだ。たぶん年上だったと思うが、当時25歳だった私でも、あの落ち着いた雰囲気が大好きで、大人の女性としての魅力と気品あふれる清楚なイメージがたまらなかった。

 三浦智子さんのプロフ

 兵庫県神戸市出身で今年で58歳になられる。身長162cm、B82 W59 H85 血液型はA

 17歳からモデルを始める。「CanCam」の初代専属モデルとして活躍。1983年には表紙を飾る。 日本生命のCMで『ニッセイレディ、友子さん』として長年にわたり出演して親しまれたほか、ハウス食品の『♪あらこんなところに牛肉が』(『オクラホマミキサー』の替え歌)というハッシュドビーフのCMでもお馴染み。モデル活動以外にも、『さすらい刑事旅情編』などドラマ・舞台への出演経験もある。 かつてはエリートフォリオに所属していた。現在は「あん・カンパニー」

 主なCM出演作品

 日本生命、ドクターシーラボ、ハウス食品(ハッシュドビーフ)、森永製菓、コカ・コーラ
 マクドナルド、ケンタッキー・フライド・チキン、トヨタカローラ、 日産自動車、三菱自動車、
 花王、オッペン化粧品、セブン・イレブン

 やはり清楚なイメージが奏功して、数多くのCMに起用されていた。

2018年9月22日 (土)

またバイクに乗りたくなるPV

 私は学生時代を北海道で過ごし、週末ごとに広大な大地を風の如く駆け巡った。今となっては35年も前の青春時代のひとコマになっている。あれから幾年月。もう25年はバイクにまたがっていない。おそらく次バイクに乗るとしたら、死ぬ時だと心に誓って今日まで生きて来た。若い時分は、制限速度を軽くオーバーするスピードで飛ばし、よく死ななかったと恐怖を感じる。
 今、熟年ライダーがバイクに回帰しているのだそうだ。若い頃に250ccのスポーツバイクを駆って颯爽と街中を走り抜けたシティライダーも、アメリカンタイプのバイクで日本中を駆け抜けたツーリングライダーたちも、子育てを終え、ようやく自分の時間が持てるようになり、また現役を退き、悠々自適な老後を過ごす、毎日サンデーライダーが、再び街を飛び出し、郊外へとスロットルを握りしめて旅立つ人が増えている。
 そこで、感化された訳ではないのだが、ふと「Youtube」の動画を見ていたら、興味深いPVに出会った。それを見ていると、無性にまたバイクに乗りたくなってしまう、そんな魅力溢れる作品だった。50代以上の世代に送る動画です。

 CARLY RAE JEPSEN & OWL CITY - Good Time (UNOFFICIAL VIDEO)(オートバイ(YAMAHA)篇)

 OASIS - Whatever (UNOFFICIAL VIDEO)(オートバイ(YAMAHA)篇)

 ザ・ハイロウズ - 日曜日よりの使者 (UNOFFICIAL VIDEO)(バイクが、好きだ。篇)   

 福島県民はこの曲はお馴染みだろう。土曜日放送の「サタふく」の藺草英樹の「自転車でGO!」のテーマソングとして使われた。

 古川貴之 - 自由の翼(HONDA『バイクが、好きだ。』オリジナルCFソング)   

 TRAVIS - Moving (UNOFFICIAL VIDEO)(オートバイ(YAMAHA SR400)篇)

 Rio - 路上(YAMAHAイメージソング) (UNOFFICIAL MUSIC VIDEO)

 BELINDA CARLISLE - Heaven Is A Place On Earth (UNOFFICIAL MUSIC VIDEO)(オートバイ篇)

 往年のライダーの皆さん、物置の奥底から埃まみれになった古いバイクを引っ張り出し、レストアして再び旅に出かけてみませんか?行動範囲が広がり、若い頃の感性や好奇心と再会できるかもしれませんよ。

2018年9月21日 (金)

ひと夏を彩る一曲

 人にはそれぞれ想い出の一曲があると思う。ひと夏の想い出は青春時代の甘酸っぱい記憶に回帰する。ヒットチャートを賑わすほどの大ヒットナンバーではなくても、ムーディーで心に残る珠玉のサマーソング。今日は手前味噌ながら、そんなひと夏の想い出に戻りたくなるような曲を集めてみた。

 夏のクラクション 稲垣潤一

 元カノとのドライブでよくカーステから流れていた曲。稲垣潤一の曲はすべて彼女の受け売りだった。軽快なメロディーはドライブソングにうってつけだった。

 君は天然色 大瀧詠一

 5年前に65歳でお亡くなりになった大瀧詠一さん。私は彼の「A LONG VACATION」のアルバムを持っていた。「さらばシベリア鉄道」「風立ちぬ」「冬のリヴィエラ」「恋するカレン」など多くのヒット曲をこの世に残してくれた。

 BIG WAVE 山下達郎

 もちろん彼のナンバーで夏ソングの定番である「Ride on time」はNo.1だと思うし、それはゆるぎない。しかし、あえてこの曲をセレクトしたのは、アルバム「BIG WAVE」のしょっぱなに登場し、夏の雰囲気を演出し、その気にさせるご機嫌ナンバーだからだ。そして彼の英語力が存分に発揮できる曲はこれしかないと思ったからだ。そしてサーフィンソングは「波乗りジョニー」とこれしかないと断言していい。

  鎌倉物語

 サザンとTUBEも夏には欠かせない存在だ。「さよならベイビー」、「真夏の果実」も定番スタンダードナンバーだが、個人的には原由子が歌うこの曲がイチ押し。

 私の中では佐野元春、浜田省吾、山下達郎は御三家で、今は亡き大瀧詠一、河島英五、村下孝蔵は永遠の御三家。

 

2018年9月20日 (木)

災害列島日本・南海トラフ大地震は必ず起きる

 昭和40年代に「日本沈没」というテレビドラマが放映された。田所博士役の小林桂樹と小野寺という青年役の村野武範が熱演した話題作だった。地割れや土砂崩れ、津波などの災害に襲われ、逃げ惑う人々の映像とともに、五木ひろしが歌う「明日の愛」が流れていた。「♪さよならと泣かないで~今は悲しみを~いつかまた~めぐり逢える~」という歌詞だった。「わだつみ号」という潜水艦が海底深く潜り、地質調査する映像が今でも脳裏から離れない。

主題歌→ https://www.youtube.com/watch?v=Qz8LSnb4rI4

 その「日本沈没」が現実に起こり得る危険性が刻一刻と近づいている。それは「太平洋ベルト地帯の壊滅」を意味するといって過言ではない。決してドラマや映画の世界ではない正真正銘の「南海トラフ大地震」、そして「日本沈没」へのカウントダウンだ。

 これまで日本は、太古の時代から大きな自然災害がひっきりなしに降りかかってきた。その都度、被害は甚大で、犠牲になられた方々が大勢いることは周知の事実だ。
 現に日本は台風の通り道に位置しているし、火山大国であることから、噴火や土砂崩れ、土石流被害、そして落雷事故、島国ゆえの苦悩もある。高潮や津波による浸水、地盤沈下などありとあらゆる自然災害に見舞われてきた。

  そして「天変地異」の最たる自然現象がこの平成時代に集中した。巨大地震の連鎖反応だ。「阪神淡路大震災」、「東日本大震災」、「熊本地震」、そして今年発生した「北海道胆振巨大地震」だ。いずれ日本列島が崩壊するのではないかと危惧さえ覚えてしまうのは当然のことだ。
 雲仙普賢岳の御嶽山の火砕流被害、阿蘇山や桜島の継続的な噴火、そして今、我が福島県でも「吾妻山」が不気味な火山性微動を繰り返している。秋の観光シーズンを前に、入山規制が出され、磐梯吾妻スカイラインは閉鎖となっている。
 「災害は忘れた頃にやって来る」という教訓がまた現実味を帯びてきているのは間違いない。

 そう考えると、日本列島を眺めて見れば、残るのは「南海トラフ」しかない。周囲を震源遅滞で外堀を埋められてしまっている現代日本で、最大の懸念材料である「南海トラフ」だけがまだ起きていない。今、そのエネルギーを蓄えているとしたら、「日本沈没」も絵空事では済まされない非常事態となる。
 ひとたび「南海トラフ大地震」が発生すれば、日本の大動脈である「東海道新幹線」や「東名高速道路」などの高速交通網は寸断され、物流は完全ストップ。首都・東京の生活は成立しなくなる。死者は数万人規模、避難民で溢れ、国家としての体を成さないだろう。太平洋に面する都市だけでも3千万人近くの被災者が生まれ、復旧復興には相当な時間と労力、そして膨大な経費を要することになる。文字通りの大惨事だ。

 この国家存亡の事態に見舞われたとき、中国やロシア、南北統一を果たした南北朝鮮は手を叩いて喜び、ここぞとばかりに日本への侵略を開始するかもしれない。略奪や暴行が横行し、治安は乱れ、経済は大混乱。積年の恨みとばかりに近隣諸国からの攻撃を受けるかもしれない。近海の島々は不法に占領され、逃げ惑う人々に容赦ない追い討ちがかけられる。
 

 では私の懸念や危惧が決して取り越し苦労でないことを証明するために、「南海トラフ大地震」が近い将来発生したときの被害を想定した動画をご覧ください。

 「南海トラフ巨大地震」シミュレーション   

 今後30年以内に70%で起こる確率ということは、ほぼ間違いなく大地震が起こると言って過言ではない。その時の備えはあるのか?大津波が襲来した際に、全員が無傷で逃げ切れるだけの避難場所を行政は確保してあるのか?防災システムは完璧に作動するのか?
 賢明な読者なら、安全な場所を求めて地方や田舎に移住するだろうが、そんな余裕のない人は、災害に巻き込まれてしまうかもしれない。

 では過去に起こった南海トラフ地震の被害状況を比較してみたい。

 過去の南海トラフ巨大地震をすべて集めてみた(684年〜)   

 地震の記録がある684年以降、ほぼ同じ周期で「南海トラフ地震」は起きている。しかも発生時にはいずれもマグニチュード8を越える巨大地震である。

 684年→884→1096年(1099年)→1361年→1498年→1707年→1854年→1944年(1946年)→?年 
 
 約100年から200年の周期で大規模地震が太平洋沿岸で起きているが、その間隔が徐々に短縮されていることを想定すれば、莫大なエネルギーを備蓄し、次回一気に吐き出すのは80年後だと思われる。前回が第二次世界大戦中の1944年だったことを鑑みれば、次回は東京オリンピックの4年後、つまり2024年頃が「Xイヤー」と言って過言ではない。

 1361年から考えれば137年後→209年後→147年後→90年後→?年後 

 次に、南海トラフ地震が起きた場合に津波の被害が大きいと思われる場所を取り上げたい。

 南海トラフ地震 津波シュミレーション

 調査では、鎌倉から湘南にかけては砂浜海岸であり、サーフィンのメッカでも知られている通り、ここは駆け上がりが多く、普段から白波が立ちやすい。加えて防波堤が低いため、津波被害が甚大であると予想されている。東日本大震災ではやはり似たような地形の東松島海岸から仙台空港付近、名取やゆり上地区の海岸線は津波の襲来が巨大で、陸地奥まで津波が押し寄せたのは記憶に新しい。

 南海トラフ地震で危ない場所5選 4月以降日本で危険な場所は?

 内閣府が製作し、警鐘を鳴らすシミュレーション動画

 NHKスペシャル MEGAQUAKE「南海トラフ巨大地震 “Xデー”に備えろ」   

 今回の記事は、太平洋沿岸に暮らす方々を恐怖に陥れるのが目的ではなく、罹災証明を持つ、被災者の私が警鐘を鳴らす意味で、早めの備え、避難を呼びかけるためのものである。決して非現実世界のことではなく、近い将来突然に起こり得る大災害が「南海トラフ大地震」である。一説によれば、M9を記録した「東日本大震災」よりも巨大で、被害はその数十倍に及ぶという調査結果がある。つまり死者2万人弱の東日本大震災を上回る被害と考えれば、数十万人規模で死者が出るという想定だ。

 あなたの家は家族を守るだけの話を普段からしていますか。地震発生後の避難経路、備蓄食料の有無、災害発生時の連絡手段、貴重品の管理や備忘録の作成は?

 絶対にやってはいけないのは安否確認のために自宅に戻ることだ。また、自動車では逃げ切れない。大渋滞で身動きがとれずに、押し寄せた津波に車ごと流されて命を落とした者がどれほど多かったか。明日はわが身だ。決して他人事ではなく、いずれ自分にふりかかる災難であることを自覚し、備えを万全にすることが被害を最小限で食い止める知恵になると思う。

 

2018年9月19日 (水)

五十路以上が懐かしむ映像

 いつの間にか勝手に歳をとってしまった。学生の頃は50代と言うと中年おじさんで、余命いくばくもない年代と思っていたが、いざ自分がそうなると、気持ちだけが若いままで、体力は確実に落ちている。昔話をするのは歳をとった証拠だそうだが、若い時分に目にしたものや体験した事柄は、幾つになっても覚えているらしい。多少美化して脚色して記憶されている点は否めないが・・・。
 今日は、私が10代の頃によく見たテレビ番組で思い出深いものをセレクトしてお送りしたいと思う。同世代の方々は、共感していただけると思う。

 1 「俺たちの旅」のエンディングポエム

 「俺たちの旅」は1975年10月から1年間放送された、若者のバイブルともいうべき青春ホームドラマだった。カースケ(中村雅俊)、グズ六(秋野太作)、オメダ(田中健)、そしてワカメ(森川正太)が織りなす人間ドラマだ。オメダの妹役の岡田奈々が可愛くて、大ファンになった。
 そしてこのドラマの醍醐味は、悩みを抱え傷ついても仲間同士助け合う場面が盛りだくさんで、若さゆえの過ちや成長を包み隠さず真摯に向き合って解決していくところだ。
 エンディングの「ただお前がいい」も感動的だが、オーラスで流れる4行詩がぐっと来た。

 https://www.youtube.com/watch?v=kn9szZrPcg4

 主題歌はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=YHYt2Z56hGU

 2 青春ドラマのエンディング「海を抱きしめて」

 https://www.youtube.com/watch?v=5EMo56HXmd8 

 https://www.youtube.com/watch?v=ujd1QFs4YRE

 OP映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=FSNEcdnB5HI

 1978年~1979年放送 学園ドラマ、ゆうひが丘の総理大臣のエンディング曲(海を抱きしめて) 中村雅俊さんの教師役がハマリ役で、私が中学生の頃に放送された。
 中村雅俊は、当時、青春ドラマの主役を張り、「俺たちの旅」から人気が急上昇した。慶應ボーイなのに、下駄を履き、男臭さムンムンだった。「ゆうひが丘の総理大臣」の後、宮内淳主演の「あさひが丘の大統領」も続編制作された。このドラマでは生徒役に井上純一、藤谷美和子、斎藤とも子らがいたが、私はキュートな「北村優子」が大好きだった。そして「俺たちの旅」からの流れでエンディングでの「ポエム」が切なさと青春感をいやがおうにも醸し出した。

 3 びっくり日本新記録

 日本テレビの名物看板番組はたくさんあるが、そのうちの一つとして私が推したいのは、「木曜スペシャル」と「それは秘密です」と、この「びっくり日本新記録」だ。1975年10月から1985年10月まで422回放送された。大野しげひさの名ナレーションとMC。そして一見くだらない記録にチャレンジする。そして極めつけはエンディングでのナレーション。

 「記録それはいつもはかない」
 「ひとつの記録は一瞬のうちに破られる運命を自ら持っている」
 「それでも人々は記録に挑む」
 「限りない可能性とロマンをいつも追い続ける」
 「それが人間なのである」
 「次の記録を作るのはあなたかもしれない」

 今では歯の浮くような言い回しだが、当時はそれを流行として聴いていたし、見ていた。時代は移り、40年後になったが、あの頃のTV番組はなぜか今でも覚えているから不思議だ。きっと少年時代の多感な時代に吸収した出来事は、終生忘れえぬものとして脳裏に刻み込まれるようだ。

 

2018年9月18日 (火)

O型は波乱万丈の人生?

 O型はバイタリティに溢れ、豊臣秀吉のように叩き上げで成功を収める成金主義のように映る。この型は、どういうわけか波乱に満ちた人生を送る方が多いように思えてならない。
 長い人生、決して良いことばかりではないし、悪い出来事と相殺してプラマイゼロになっているかと思うが、O型ほど浮き沈みが激しい人は少ない。しかし、往来備わっている強い生命力と、巧みな人間関係、不屈の精神力をもって、それらを克服し、やがては大人物になる人がなんと多いことか。
 統計では、日本の企業で社長になる人が圧倒的に多いとか。
 では、今日のこの主題に入るが、何を根拠にそう断言するのか、具体的な人物を例に挙げて検証してみたい。

 ① 王 貞治

 言わずもがなだが、プロ野球の世界でトップの座に君臨し、「国民栄誉賞」を受賞した誰もが知るホームランアーティスト。しかし、彼の人生は常に波乱万丈だった。
 
 1 早実高校時代、1年生で甲子園優勝投手になる ↑
 2 台湾国籍だったため、国体に出場できず ↓
 3 鳴り物入りで巨人入りしたが、全く打てず ↓
 4 荒川コーチと出逢い、一本足打法をマスター。大変貌を遂げる ↑
 5 ONでプロ野球界を牽引。V9を達成し、3冠王を2度獲得 ↑
 6 ハンクアーロンを抜く756号本塁打を放ち、初の国民栄誉賞を受賞 ↑
 7 愛妻の恭子夫人に先立たれる ↓
 8 愛妻の遺骨が何者かによって盗まれ、現在も返らない ↓
 9 自身が胃がんを発症し、胃を切除する大手術を受ける ↓
10 再婚 ↑

 彼は「努力」の人だが、晩年は波乱に満ちた人生を送っている。時代を築いたONが共に大病を患い、第一線から遠ざかっているのも時間の流れや栄枯盛衰を感じてしまう。

 ② 美空ひばり

 幼少期から映画に出演し、国民的銀幕の大スターとなった。晩年は不幸の連続だった。

 1 子役として大人気を博し、銀幕のスターとして映画に多数出演。国民的人気を得る。
   ↑
 2 小林旭と結婚するが離婚 ↑↓
 3 「悲しい酒」「お祭りマンボ」「みだれ髪」「愛燦々」「川の流れのように」など大ヒット作
  品に恵まれる。 ↑
 4 最愛の母を病気で亡くす ↓
 5 弟2人を不慮の事故や病気で亡くす ↓
 6 晩年は怪我と病気との闘い ↓
 7 国民栄誉賞を受賞する ↑
 8 52歳という若さでこの世を去る ↓

 ③ 近藤真彦

 1980年代のトップアイドルスター。ジャニーズ事務所から「たのきんトリオ」として「3年B
組金八先生」に出演し、人気者に。その後、映画やドラマ、ベストテン番組の常連に。

 1 学園ドラマに出演し、人気者になり、「スニーカーぶる~す」でレコードデビュー ↑
 2 「ブルージーンズメモリー」「ハイティーンブギ」などのたのきん映画に主演 ↑
 3 自動車レースにも挑戦し、星野一義の教えを乞う ↑
 4 母親を自動車事故で亡くす ↓
 5 レコード大賞を受賞 ↑
 6 母親の遺骨が盗難に遭う ↓
 7 中森明菜が近藤真彦のマンションで自殺未遂のスキャンダル ↓
 8 ジャニーズの親分として君臨 でかい態度で周囲から反感を買う ↓

 ④ 安室奈美恵

 国民的スターとして活躍。女子のカリスマ的存在に。アムラーやファッションは若い女性のバイブルに。

 1 沖縄アクターズスクール出身で14歳で衝撃デビュー ↑
 2 厚底ブーツ、細眉、ミニスカートなど安室ファッションのアムラーが出現 流行語に ↑ 
 3 Trfのメンバーと結婚し、出産 ↑
 4 実の母親が叔父によって殺害される事件が発生 ↓
 5 離婚 ↓
 6 40歳の節目で引退 多くのファンが沖縄に集結し、お別れ →

 ⑤ 勝新太郎

 映画「座頭市や「やくざシリーズ」など古き佳き時代の日本の芸能を牽引した。麻薬で逮捕などスキャンダルの多い豪傑かつ破天荒な人生だった。

 1 大映映画でデビューし、その後看板スターに ↑
 2 女優の中村珠緒と結婚 ↑
 3 芸能事務所「勝プロダクション」を設立 ↑ 
 4 「座頭市」が大ヒット ↑
 5 テレビドラマ「警視K」が予算―バーで打ち切り 12億円の負債で勝プロ倒産 ↓
 6 大麻密売で逮捕 ↓
 7 「座頭市」の撮影中、長男が殺陣シーンで相手役を真剣で斬り、死亡させる ↓
 8 ハワイでマリファナとコカイン所持で現行犯逮捕 ↓
 9 咽頭がんを発症し、67歳で死去 ↓

 晩年は災難続きで自ら招いた事件まみれの壮絶な人生だった。

 例示した5人は全員O型で、あくまで極端なモデルケースかもしれないが、普通では考えられないような浮き沈みを経験した面々だ。

 ほかにもO型で波乱万丈の人生を送った方々は、戦後の日本の復興に貢献した吉田茂首相、江川卓投手、松坂大輔投手、津田恒美投手、歌手の千昌夫さん、タレントになった板東英二さん、相撲協会に一石を投じ、暴力問題の渦中にあった貴乃花親方、息子の犯罪に振り回される女優の三田佳子さん、今年、ひき逃げ事件を起こし、芸能界引退に追い込まれた吉澤ひとみさんなどがいる。良いときと悪いときの差、つまり浮き沈みがあまりにも極端すぎる。なぜこうなるのか科学では証明がつかない。まさに天国と地獄を味わった方たちだと思う。

 私自身は、人生は「太く短く生きる」か「細く長く生きるか」のどちらかだと思うが、波乱万丈の人生を送る人は前者にはてはまるように思う。A型のように堅実な人生ではなく、当たるも八卦、当たらぬも八卦と言ったギャンブル性の強い人生を送る人が、この型には多いように思える。

 何を隠そう、私自身もO型である・・・。

 

2018年9月17日 (月)

50代以上に見てほしい懐かしすぎるCM集

 私は昭和生まれだ。特に、1970年代には小学生~中学生だったので、当時テレビで流れていたCMを鮮明に覚えている。
 今はそれらを録画されていた方がいて、動画サイトで見ることができ、当時の自分の生活と重ね合わせながら見て、懐かしんでいるひとりだ。テレビ番組をアップロードすることの是非はこの際、度返しし、ただ単に懐かしむという趣旨で考えてほしい。40年以上経過していれば、著作権もそろそろ時効だろう。

 では1970年代にヒットした懐かしすぎるCM集をどうぞ!

 CM 1973年~1977年

 1 ソニー「トリニトロン」 タコの赤ちゃん
 2 龍角散トローチ 「・・と、日記には書いておこう」 
 3 サントリーホワイト サミー・デービス・Jr.
 4 サントリーホワイトウィスキー
 5 サントリーウィスキー(水割り)が全盛だった頃のCMだ。
 6 パナカラー「クィントリックス」 坊屋三郎 
 7 マスプロアンテナ 「見えすぎちゃって困るの~」
 8 ガードハロー
 9 サッポロ一番カップスター 麻丘めぐみ
10 バスボンシャンプー 松本ちえ子

11 ハウスバーモントカレー 「秀樹、感激!」 西城秀樹 
12 不二家 ハートチョコレート
13 明治生命「アイム・ア・チャンピオン」
14 フジカラー 「お正月を写そう」 山口百恵
15 ニッカウィスキーG&G オーソン・ウェールズ
16 サントリーウィスキーGOLD 野坂昭如
17 サントリーGOLD900 野坂昭如
18 資生堂ナチュラルゴロウ
19 資生堂 
20 資生堂 「マイピュアレディ」 小林麻美
21 資生堂アクエア 「ここまで来たら~サクセ~ス♪」 宇崎竜童

 CM1997~1979年

 1 グリコアーモンドチョコレート 三浦友和
 2 カルビーポテチチップス 藤谷美和子 
 3 キンチョール 「ハエが飛んでれら」 研ナオコ
 4 パナカラークイントリックス 千昌夫・シェパード
 5 NEC語学友 ゴダイゴ
 6 サントリー純生 加山雄三 麒麟児 旭国
 7 資生堂メロウカラー
 8 資生堂アクエア 時間よ止まれ 矢沢永吉
 9 資生堂ゴレイシィ 君の瞳は10000ボルト 堀内孝雄
10 資生堂サイモンピュア 夢一夜 小林麻美
11 マクセルカセットテープ
12 資生堂BRAVAS 草刈正雄
13 資生堂BRAVASヘアリキッド 渡辺貞夫
14 JALパック マイハートヨーロッパ
15 資生堂ナツコ 燃えろいい女 小野みゆき
16 資生堂グレイシィ スマイルオンミー
17 フジモト「ピップエレキバン」 会長・藤村俊二

 私が好きだったCM(不二家ソフトエクレア)

 1980年に夕方のテレビでしょっちゅう流れていた。ユーミンのBGM「まぶしい草野球」にピッタリで、清楚という言葉がお似合いの美少女にメロメロになった。当時、私は高1で、同い年くらいではなかったか?フジテレビアナの椿原慶子さんに似ている。

 これらのCMには私の青春が詰まっているように思えてならない。今は亡くなられた方が多いが、当時はこうしたCMを見て、いろいろと考えさせられた。最近のCMはあまり記憶にないが、当時の秀作はなぜか脳裏に刻まれていて、30年以上振りに見ても、ちゃんと覚えている。それくらい昔のCMは力作だったということだ。

2018年9月16日 (日)

私の会いたい人

 私は毎日、チェックしているものに「Youtube」がある。世界中の人々が、自分が撮影した画像や動画を編集してアップしている。中には著作権法違反にあたるテレビ番組やシンガーのCDを無断でアップロードしたものも多いが・・・。
 私が動画を見ていて、この歳でみっともないが、ひとめぼれした或る女性動画がある。いつもの女子アナではない。それは長崎県在住の現役女子高生の或る特技を見てのことだ。
 彼女は中国と日本人のハーフ(5代目華僑)で、長崎県内の女子校に通う高校3年生の「 藩彩華」(さいか)さんだ。その特技とは・・・・。

 中国の門外不出(国家機密)の妙技「変面ショー」

 かなり魅力的な女性だ。この難技「変面」をマスターするために、必死に練習し習得したことが窺い知れる。

 藩彩華さんのTwitterはコチラ https://twitter.com/caihua10ban

 藩彩華さんのインスタはコチラ https://www.instagram.com/s__foxy/?hl=ja

Saika2 Saika5
Saika6 Saika7

Saika4

 50過ぎの男が、現役の女子高校生に熱を上げているとしたら、単なる「ロリコンオヤジ」になってしまうが、私は門外不出の世界にあえて飛び込み、中国の伝統文化で難しいとされる「変面」をマスターしようという、その心意気に惚れ込んだのだ。顔を見ればまだ幼さが残る可愛らしい風貌。それで精一杯お客さんにアピールする懸命な姿は、応援しなければ何とするだ。ぜひとも一度は長崎を訪れ、生で彼女の妙技を見てみたいと願う。

2018年9月15日 (土)

THE 企画ソング(化粧品メーカー)

 1970年代後半から1980年代前半にかけて、世の中を席巻したCMソングがある。それは化粧品メーカーとタイアップしたCMだ。資生堂やカネボウのキャンペーンガールが出演し、真夏の海を舞台に活躍した例の奴だ。
 そしてそのCMに使われたBGMは決まって大ヒットした。化粧品CMだけとは限らないが、そうしたCMから大ヒットした「企画ソング」と呼ぶにふさわしい曲をここで紹介したい。

 1 不思議なピーチパイ(竹内まりや) モデル:マリアン 
 2 Mr.サマータイム(サーカス)  モデル:服部まこ
 3 セクシャルバイレットNo.1(桑名正博) モデル:エマ・ サムス
 4 君の瞳は10000ボルト(堀内孝雄) モデル:ルーシー島田
 5 春咲小紅(矢野顕子) モデル:林元子
 6 め組のひと(ラッツ&スター) モデル:トリー・メンドーサ
 7 時間よ止まれ(矢沢永吉) モデル:藤田恵弥子、土屋名美、林秀子、堀川まゆみ、ロリアン・ レオン
 8 唇よ、熱く君を語れ(渡辺真知子)モデル:松原千明
 9 色つきの女でいてくれよ (ザ・タイガース)モデル:広田恵子
10 燃えろいい女(ツイスト) モデル:小野みゆき

 その他

  君は薔薇より美しい(布施明)モデル:オリビア・ハッセー

 それまで「シクラメンのかほり」でレコード大賞を受賞した経歴がある歌唱力抜群のバラード歌手のイメージの布施明だったが、いきなりエレキを肩から下げ、ノリノリで歌うロック調の曲で登場した時には度肝を抜かれた。路線変更か?とさえ思えた。1979年1月発売で、CM企画のために無理やり歌わせた感が強い。カネボウ化粧品のタイアップ曲だったが、「君の瞳は10000ボルト」の路線のように思えて仕方なかった。

 布施明の映像 https://www.youtube.com/watch?v=9iQZ8zJ6QxE

  君に、胸キュン(Y・M・O)モデル:相田寿美緒

 1983年3月25日にリリース。やはり、カネボウ化粧品のCMソングに使用された。YMOと言えば、当時、斬新なシンセ音楽をこの世に知らしめ、一大センセーションを巻き起こした。

  いけないルージュマジック(忌野清志郎&坂本龍一)モデル:津島要

  https://www.youtube.com/watch?v=qYZ-4frTfFg

 異色コンビの大御所2人のミュージャンがコラボセッション。PV中、札束が舞う中で男同士のキスの演出は、当時は衝撃的で度肝を抜かれた。1982年にリリース。

  う、ふ、ふ、ふ(EPO) モデル:アンジェラ・ハリー

 資生堂化粧品フェアネスの1983年春のキャンペーンCMソングとして使用されたが、歌唱力抜群のEPOを世に知らしめた一曲だ。

 1983年2月5日発売のEPOの5枚目のシングル。

  マイ・ピュア・レディ(尾崎亜美) モデル:小林麻美

  https://www.youtube.com/watch?v=Qc9bjnxzOdk

 シンガーソングライターの草分け的な存在だった尾崎亜美。若くして才能を発揮し、松田聖子や河合奈保子、松本伊代、杏里などに秀逸な曲を提供した。
 そしてモデルだった小林麻美を一躍有名にしたCMがこの作品だった。ロリフェイスな彼女だが、意外にもハスキーボイス。顔立ちは見るからにO型の典型。

 さて、今日の記事はどうでもいいことだが、1970年代~80年代にヒットしたCMだ。音楽自体は今でも古さを感じない名曲ばかりだが、それに登場したモデルさんは、今の20代の若者はどう感じるかわからないが、多少の古さは感じるものの、今見ても綺麗な方々ばかりだと思う。

2018年9月14日 (金)

CMから人気が出た芸能人

 突然メディアに登場し、瞬く間に人気を浚う特異なタレントさんがいる。特別な雰囲気や魅力を醸し、視聴者を虜にする。もちろん色気も必要だろうが、国民的な人気を博すには何か秘密があって然るべきだ。今日は私が長年テレビを見続けて来た中で、CMから人気が出たタレントなり芸能人を紹介したい。

 1 宮崎美子

 当時、国立・熊本大学の学生だった彼女。ミノルタX-7のCMで人気が爆発した。ビーチでジーンズを脱いで水着になる彼女。ちょっとぽっちゃり系だが、あの愛くるしいはにかんだ表情に癒された男性諸氏は多いだろう。
 当時はオリンパスとキャノンの二大勢力だった一眼レフ市場だが、ミノルタが風穴を開けた。
 彼女自身も地方モデルっぽい存在だったが、一気に人気に火が付き、朝ドラ「元気です!」のヒロインに大抜擢された。彼女の後継者は、同じ大学の後輩の斉藤慶子だった。

 2 齋藤慶子

 宮崎美子の後継者だった。ちょっとエッチっぽいが健康的なCM。その後、宮崎と同様クイズダービーの解答者に抜擢された。このCMに似た感じのもの(エアロビクスや体操・ダンスなどの系統)が多くあった頃のものです。
足をキュッと上げるシーンに悩殺されました。
 

 3 アグネス・ラム

 1970年代は今でいう外タレがCMに多く出演していた。キャロライン洋子さんやエバさんがその走りだが、その中で、ハワイからやって来た小麦色の健康ピチピチモデルがアグネス・ラムちゃんだった。天使を彷彿させるような彼女は、当時の世の男性に笑顔をふりまき、元気を分け与えた貴重な存在だった。ハウスフルーチェだけでなく、いくつかのCMに起用された。

 4 間下このみ

 キッコーマンの「がんばれ玄さん」は当時、一世を風靡した。天才子役として脚光を浴びたが、今では結婚・出産・病気もあって芸能界とは一線を画している。
 こういった子役タレントの走りだった。「マルコメみそ」シリーズもそうだし、カケフくん、大橋のぞみちゃんもそうだ。しかし元祖は「杉田かおる」「宮脇康之」「宮川おさむ」「斎藤こずえ」「小林綾子」らがいた。

 5 小野真弓

 2000年代に人気が出た彼女。理由は消費者金融「アコム」のCM起用だった。屈託ない純真な笑顔で爽やかに電話応対するOL役がウケた。何かと暗い印象の「サラ金」のイメージを払拭した。「こんな女の子が窓口にいたらいいな」と思わせる印象だった。

 他にもモデルやアイドルでは「山本博美」や「吉岡美穂」、「山本梓」などがいた。

 吉岡美穂はZARDの坂井泉水さんに似て好きだった。

 https://www.youtube.com/watch?v=JS8U1CxvUUg

 https://www.youtube.com/watch?v=fWjxH-bqH7M

2018年9月13日 (木)

最低最悪な民族

 当ブログでは、私が大嫌いな国・韓国について再三再四に渡って記事を書いて来たが、スポーツの場でも韓国の素養の無さや誹謗中傷民族の基本精神は変わらず、何かにつけ日本を始め、相手を批判することで存在感を示すことしかできない敵対国家だと訴えて来た。
 サッカーの日韓戦では、ゴールを決めた韓国選手が、日本人を馬鹿にする「猿真似ポーズ」をしたり、「独島は韓国固有の領土」と書かれた旗をピッチ内で掲げて回り、韓国民から賞賛を浴びる良識のない振る舞い。政治をスポーツに持ち込み、アピールしていい気になっている低俗国家だ。
 また、震災直後には「日本の震災を祝います」という粗暴な振る舞いを凶行。判定負けすると審判に喰ってかかり、誤審を訴える始末。ラフプレーによる乱闘は日常茶飯事で、そこにはスポーツマンシップのかけらも微塵もない。
 論より証拠、今年行われた「アジア大会」、U18アジア野球選手権でもその無能で無法ぶりがあからさまに飛び出た。

 1 優勝して神聖なマウンドにペットボトルを撒き散らす

 「第12回U18アジア選手権大会」 韓国7―5台湾=延長10回タイブレーク=(10日・サンマリン宮崎)
 韓国が延長10回タイブレークの末に台湾を破り、2大会ぶりの優勝を決めた。最後の打者を空振り三振に仕留めると、韓国ナインは一塁ベンチから飛び出し、マウンドで歓喜を爆発させた。
 だが、整列の際には、空になったペットボトルがマウンドに散乱し、ポジションにはグラブが放置されるなど、異様な光景だった。
 大会関係者は「なっとらん! マナーが悪い」と激怒。選手に片づけるように通訳を通して忠告しようとしたが伝わらずに、大会スタッフがやむなく後かたづけをしていた。(Yahoo!ニュースより)

  公共マナーが欠如しているのは無論だが、選手たちは違反行為や悪いことをしたという認識すらない。優勝し、順位で日本を上回ったことで鼻をあかしたことの喜びを爆発させているだけ。恥も外聞もないし、やりたい放題だ。
 一方の日本人はワールドカップやオリンピックで、観戦後、自分たちが散らかしたわけでもないのに、スタジアムのゴミ拾いを行い綺麗に清掃するボランティアを自主的に行ったり、男子サッカー日本代表の選手が敗戦後、ロッカールームをチリ一つない綺麗な状態で去っていったことがホットニュースとして世界を感心させたのは既知の事実だ。
 日本と韓国。同じアジアの一国なのに、この民度の差は比較しようがないほどかけ離れている。

 2 国際大会で審判にクレームで座り込み

 柔道の混合団体で、会場騒然の一幕があった。日本は初戦の準々決勝で韓国と対戦。男女3人ずつの計6人で対戦する形式の団体戦は3勝3敗となったが、反則勝ちを含む一本勝ちが3対2で多い日本が準決勝進出となった。しかし、この結果を巡って、釈然としない韓国チームが猛抗議。一度は整列した選手が約10分間も畳に座り込むなどし、不穏な空気が流れた。(スポーツ報知より)

 負けを認めず、審判のジャッジミスのせいにする。責任転嫁が甚だしいし、自己中すぎ。人を蹴落とすことを美徳とする愚国家だ。駄々っ子と同じではないのか。まして韓国選手が出場する大会はトラブル続出。スポーツをやる資格などない。

 韓国体操選手、審判に挨拶せず、減点されて金メダルを逃す

 https://www.youtube.com/watch?v=7mFzZESIQ9I

 国際社会はこうした身勝手な輩しかいない韓国を断罪すべきで、スポーツの国際大会への出場を1年間停止するなどの措置が必要だ。頭を冷やし、猛省する機会を与えなければ、こうした批判は繰り返される。もともとが相手を罵倒したり、罵詈雑言を並べてまくしたて、上から目線で相手を見下したい民族なのだから。先進国家には「負け犬の遠吠え」にしか映らないのに。
 一番怒り心頭なのは、日本は昔から自然災害と対峙して来た国だ。台風、噴火、大地震、落雷などがそうだ。それらが日本に襲来し、災害が及ぶたびに、韓国人は手を叩いて大喜びするそうだ。「日本に天罰が下りた」と。大勢の人が亡くなっているのに、喜ぶとはあまりにも人の道を離れているのではないか。韓国人は日本人を野蛮と決めつけているが、現在の日本人の国際社会での振舞いや行動を見れば、だれがそう評すだろうか。おそらく、北朝鮮・韓国の朝鮮族、そして中国人くらいのものだろう。
 アジア大会でもインドネシアの国民は、中国や韓国よりも日本人選手を応援してくれていた。何十年も逆恨みをしているのは両国だけだ。

 一方、日本人のマナーはどうか。全米オープンテニスで、大坂なおみ選手がとった態度に世界中が賞賛を送ったのはご存じだろう。
 審判の判定を不服として対戦相手のせりーナ・ウイリアムズが何度も抗議し、観衆も大ブーイング。憧れの選手の醜態にも冷静に対処し、優勝後の表彰式では、この件には一切触れず、「みなさんがせりーナを応援していたのはわかっている。こんな結果で終わってしまってごめんなさい」と観衆に謝った。ここで観衆を言葉の力でシーンと静まり返らせ、さらに憧れの選手であるセリーナに「一緒にプレーしてくれてありがとう。」と礼を尽くす。これで観衆は涙で大拍手を彼女に送った。

 これぞ日本精神だ。観衆も優勝者よりもセリーナに味方しブーイングを送っていた自分の愚かさに気づいたに違いない。これが日本と韓国の大きな違いだ。
 このインタビューを見た日本人の多くが、深い感銘を受けたに違いない。タヒチ系アメリカ人と日本人のハーフである彼女が、日本人以上の日本精神を持ち、努めて冷静に振舞い、大きな賞賛を受けたことは日本の誇りだ。日本は韓国の横暴にまともに付き合う必要はない。日本人は日本人らしく、正々堂々と戦えばいい。それだけで世界は日本の素晴らしさを認め、賞賛してくれるのだから。

 これからも日本人は、外国の真似事ではなく、長年培ってきた日本人らしい振る舞いを続けていけばそれでいいのだ。

2018年9月12日 (水)

可愛さ抜群の80年代アイドル

 1980年代は私が10~20代を過ごした時期だ。今ではミーハーとかロリじゃないの?って疑われるが、当時は高大生だったわけで、好きなアイドルがいてもおかしくないし、今のAKBや乃木坂に熱を上げている若者と何ら変わりはない。
 逆に言えば、80年代は今とは比較にならないほどのアイドルブームだった。10代の美少女たちが次から次へと誕生しては儚く消えて行った、そんな時代だった。
 それでは80年代当時、高校生・大学生だった私が好きだったアイドルを5人取り上げたい。

 1 島田奈美 

 私は彼女のCDを持っていた。「内気なキューピッド」と「パステルブルーのため息」は大好きだった。ローラースケートも得意で、見かけによらずアクティブ少女だった。

 ローラースケート→ https://www.youtube.com/watch?v=uYLLcQkeSRk

 今でも彼女は「島田奈央子」名義で音楽活動を続けている。

 2 岡本舞子

 https://www.youtube.com/watch?v=d0YbvCyRKq4

 https://www.youtube.com/watch?v=1CzmkeyMwYo

 当時、彼女は15歳だった。この大人びた、しかし可愛らしい風貌は癒しさえ与える。見るからにO型アイドルだ。彼女はジュニアモデルとしてCMなどに度々出演していた。

 そのCMがコチラ https://www.youtube.com/watch?v=SIVHbYbsbgQ

 3 浜田朱里

 1980年のデビュー当時、芸能界引退を表明した山口百恵の持つ独特の雰囲気に彼女が似ていたため、周囲のスタッフは「ポスト百恵」を狙っていた。だが同期に松田聖子、河合奈保子、柏原芳恵、三原順子、岩崎良美、などの強豪がいたため、セールス的には伸び悩んだ。それでも、ややハスキーで独特の雰囲気の歌声と整ったルックスのアンマッチさは、当時の女性アイドルの中では目立つ存在だったため、現役時代も現在も根強いファンが存在している。そのため、トップアイドルではなかったにも関わらず、復刻版は比較的多くリリースされている。もっとも本人はあまり歌うことは好きではなかったらしく、「自分は歌が下手なので、将来は女優で勝負したい」とかつてインタビューで答えていた。
  血液型はO型

 4 原真佑美

 北海道札幌市出身。札幌の街でショッピング中に、地元の芸能事務所にスカウトされる。その後、モデルとして、各種ポスター、スチール、CM出演などで活躍する。
 1981年にホリプロスカウトキャラバンへ応募し、北海道代表として全国大会に進出し、本名の「種田真祐美」名義で『シンデレラ サマー』を歌った。この時の優勝者は堀ちえみである。「ミルクランド北海道」のCM出演中に、第一プロダクションにスカウトされて上京する。
 1983年3月21日に「妹みたいじゃだめですか?」のキャッチフレーズで、『決心』でアイドル歌手としてデビューする。
 3rdシングル『Bye,Bye,September』は、FNS歌謡祭で優秀新人賞、あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭で銀賞、ヤング歌謡大賞でアイドル賞、銀座音楽祭で銀賞、新宿音楽祭で銀賞、日本歌謡大賞放送音楽新人賞など多くを受賞した。血液型はO型

 5 水野きみこ 

 

https://www.youtube.com/watch?v=RvnU6TLxZsc

  1980年代前半の日本の元歌手(渡辺プロダクション所属)。愛知県名古屋市北区出身。 血液型:A型。 愛称:キミー、キミちゃん。島田奈美と似ているが血液型はA型。
 詳しいプロフはコチラ

 当時は不思議とA級アイドルはA型が多かった。山口百恵、松田聖子、中森明菜、柏原芳恵、石川秀美、早見優などだ。もちろん、河合奈保子や小泉今日子、中山美穂などのO型アイドルもいたし、松本伊代や堀ちえみ、南野陽子、菊池桃子などのB型もいた。しかし、比率から行ってもA型が主流で、B級アイドルにO型とB型が多くいた。

 私の中ではA級アイドルは、「ザ・ベストテン」に出演するような大ヒット曲がある歌手で、B級は可愛らしさは抜群でも、国民的な人気とまではいかなかったり、ヒット曲に恵まれなかった歌手ということになる。

 

2018年9月11日 (火)

バブル期を象徴するCM

 「バブル景気」を知っている方は、もう40代以上ということになる。私はちょうど大学生時代がまさにその真っただ中で、裕福極まりない豊かな時代だった。今思えば、土地が高騰したり、金利が異様に高かったり、円高が進み、海外旅行ブームが湧き起こったり、すべてが賑やかだった気がする。
 ご当地、郡山でも駅前の飲み屋街は潤っていたし、週末ともなれば、予約なしで飲み屋に入れなかった、そういう時代だ。
 そんな心も満たされた時代に、流行していたCMを見ただけでも、その時代風潮を知ることが出来るし、その当時の勢いを感じることができるだろう。そんなわけで、今日は1984年~1990年頃にテレビでよく放送されていたCM作品を紹介したい。

 1 コカ・コーラ

 「Coke is It !」や「Yes Coke Yes」のキャッチフレーズが世相を闊歩した。その後、「I Feel
Coke」に引き継がれた。

 2 車

 セルシオ、シーマなどの国産高級車に加え、ローレル、レガシィ、マークⅡ、クレスタ、インスパイア、ウィンダムなどのミドルクラス、若者に人気の86レビン、ソアラ、シルビア、スカイライン、フェアレディZ、スープラ、セリカ、プレリュードなどが飛ぶように売れたし、180SX、MR2、CR-X、トレノ、ロードスター、インテグラなどもバカ売れした。

 3 その他もろもろ

 5時から男のグロンサン、禁煙パイポ、24時間戦えますか(リゲイン)、ヤクルトタフマン、銀座ジュエリーマキ、シンデレラエキスプレス(JR東海)、TDKカセットテープ、アルペン、ヴィクトリアなど懐かしさのオンパレードだ。

 1984年は洋楽が大ブームになった年。カルチャークラブ、ワム、ビリージョエル、ブルーススプリングティーン、スティービー・ワンダー、ケニーロギンス、シカゴ、Air Supply、TOTO、ホール&オーツ、A-ha、プリンス、ラオネルリッチー、Journey、マドンナ、シンディ・ローパー、ボンジョビ、マイケルジャクソンなど次々とシンガーが登場し、世にヒット曲を送った。

2018年9月10日 (月)

在日外国人目線の日本の凄さ

 これまで2日に一度の割合で記事を掲載して来ましたが、すでに20記事以上のストックが溜まってしまい、このペースだと11月公開の記事になってしまう恐れ生じたことから、今後二週間(9/25まで)に限り、記事を毎日公開致します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今、日本に来る外国人の方々は年間2千万人越えだそうだ。今年は8月15日時点ですでに2,000万人を突破し、増加の一途を辿っている。
 かつて裕福な欧米人が大多数だったが、現在は中国、韓国など日本が大嫌いな国民が大挙して押し寄せているから不思議だ。何より凄いのは、観光立国で見どころが多い日本に来る観光客はリピーターが多く、一度ならず二度、三度と訪れ、その魅力を存分に味わっているらしい。
 日本の観光地と言えば、京都が勇名だが、それにとどまらず、沖縄・九州(台湾人が多い)、大阪(食道楽で中国・アジア民族が多い)、奈良、富士山、鎌倉、日光、北海道など国宝や世界遺産に認定されているほど見どころは多種多様だ。とても一度では見切れない。

 その日本を訪れた外国人が日本の凄さ、素晴らしさを語る動画が数多く「Youtube」に公開されている。日本人なら当たり前でも外国人目線では好奇に映るようで、生活様式、食文化、伝統、慣習、土産品などあらゆることに感動するらしい。
 例えば、中国人が日本に来ると、空や空気のきれいさにまず驚き、人々が公共マナーが素晴らしく、素養が高いと賞賛する。信号をちゃんと守り、列車など並んでいる人への割り込みはまず皆無だ。そしてあらゆる街角にはゴミ箱が無いにもかかわらず、通りにゴミひとつ落ちていない。自動販売機の多さにも驚くし、いろいろな店の店員の接客態度も素晴らしいと感じる。ラッピング、駅のアナウンス、タクシーの自動ドアなど親切極まりない。

 論より証拠。外国人スティーブが日本に住んで、便利だと思うことや感心するシステムを紹介する動画をどうぞ!

 1 時刻表通りに来る電車

  日本全国どこへ行っても、電車は時刻表通りにやってきます。これは我々外国人にとっては驚く事です。アメリカは車社会と言われており、電車やバスなどはまだまだ日本と比べると一般的な交通手段になっていません。当然時間通りに電車やバスがやってくる事はありません。日本の交通機関は素晴らしいですね。日本人の方々からすると常識だったり、当たり前のような行動が、我々外国人から見ると素晴らしかったり、驚くような事がいくつかあります。

 2 ハイテクな自動販売機

https://www.youtube.com/watch?v=5bV7lDSEpM8

 日本の自動販売機はとてもハイテクで温かい飲み物から冷たい飲み物まで様々な種類の飲み物を買う事が出来ます。その他にもアイスクリームや、お酒、そして下着まで!? アメリカではこのような自動販売機はまず存在しないのと、自動販売機自体があまり見かける事はありません。

 3 多様な商品を扱うコンビニ

https://www.youtube.com/watch?v=Lrn_9KwxVcU

 アメリカのコンビニと違って扱っている商品の品数の多さにはいつも驚かされます。健康的な飲み物や豊富なジュースの種類、お酒、耳かき、雑誌の種類の多さ、カップヌードル、サンドイッチ、お惣菜、おにぎり、お弁当、そしてちょっとしたお土産まで揃っているのは日本のコンビニならではの素晴らしさです!まさにおもてなしの国「日本」の誇るコンビニですね。

 4 気遣いが素晴らしい日本の公衆トイレ

 日本では公共のトイレといえどもとても綺麗で、設備も最新のものが揃っています。これは我々外国人にとってとても驚くことの1つでもあり、ここにも日本のおもてなしを感じることが出来ると思います。皆が使用する場所だからこそ、気持よく綺麗に使いましょうという気配りが感じられますね。

  5 アメリカと日本の空港バスの運転手の違い

 ほかにも多くのことに感心している、私もアメリカに行った時、電車が30分遅れるのはザラ。それに対しての謝罪は一切ない。駅のホームで12号車の切符を持って列車を待っていたら、目の前に止まった車両は14号車だった。オーバーランも日常茶飯事で、乗客を動かせるのがアメリカ式。ショップの店員は偉そうで、上から目線で客を見下しているようなつっけんどんな応対ぶり。レジ係も不愛想だ。相手を思いやる気持ちが希薄。

 さて、こうした外国人たちが日本を賞賛する動画を多数サイトにアップしているのには日本人として誇らしい。彼だけでなく、中国人留学生が日本の文化や生活について驚愕を覚えていることを母国に伝えている。

 中国人の「惊奇日本」

 自販機 https://www.youtube.com/watch?v=N5iRppy42AI

      https://www.youtube.com/watch?v=RMDevTZaAvg&t=318s

 食品サンプル https://www.youtube.com/watch?v=555q3PnF6so

 カナダ人の回転ずし体験 https://www.youtube.com/watch?v=X5E9vvsoaxA

 外国ではあり得ないことでも日本では習慣的に行われている。

 最後に、企画動画として、アメリカの自動販売機を紹介している動画をどうぞ!

 https://www.youtube.com/watch?v=WinEboKJnNw

 30年前の日本で普及していた自販機をそのまま使用している印象。札が入らない投入口。商品紹介がシンプルすぎ。やはりアメリカや南米では自販機は現金が入っている箱。絶対に人目につかない郊外には無い。重機で箱ごと持ち去ってしまう。朝、何も無くなっているなどということはザラだ。アメリカのそれは鉄格子や金網越しに商品を見るくらい頑丈で防犯的だ。

 さて、日本では常識になっていることでも外国人には異様に思うことだらけだ。ジ・パングはそれほど魅力に溢れている。礼節を重んじ、おもてなしや謙虚さが日本人の美徳となっており、外国人には新鮮だし、心地よいらしい。高度に進んだ科学技術と古き佳き日本の伝統文化が同居し、それが外国人を驚愕させている一因だと思う。

2018年9月 9日 (日)

普段は見れないウラの世界

 人間はおかしなもので、日常からかけ離れた非現実的な世界を求める傾向がある。例えば、怖いとわかっていながら解放感を求めて「ジェットコースター」の乗ったり、高い金まで出してバンジージャンプにチャレンジしたり、また、夏の定番のお化け屋敷や肝試しもその類だ。
 私が苦手のものが2つあって、それは高い場所と自分では制御できないアトラクションで真っ暗闇を進むTDLのスペースマウンテンだ。スリルというより、あれは恐怖以外の何物でもない。昔、バイクで高速を150km/h出しても怖さを感じなかったが、暗闇のため先が読めず、どこに連れていかれるのかわからない怖さは計り知れない。あれだけはこれまで2回しか乗ったことが無い。
 そこで、今日は、普段は拝めない裏の世界をお届けしたい。

 1 スペースマウンテンを明るい状態で乗ると・・・

">

 もし、スペースマウンテンがこのように明るい状態で動いていたら、無機質の鉄路や周辺内部が丸見えで、SF気分はゼロ。宇宙は本来暗い世界なので、宇宙旅行はあのような暗闇でないと臨場感が出ないのはよくわかる。実際は一般道路の車の速度並みだが、真っ暗闇の中のため、周辺の景色が見えない分、体感速度は相当早く聞こえる。こうしたカラクリで乗客を恐怖に陥れている。

 2 モノの仕組み、作り方が分かる面白GIF   

">

 ネタばれして面白くないかもしれないが、普段何気なく使っている製品がどうやって作られているのか知ることで、その手間を考えれば、物の価値や大切さ、有難味がわかるのではないか。

 3 ついに明かされるマジックの種明かし10!

">

 https://www.youtube.com/watch?v=iQWRYrPeQqM

 マジシャンの真髄は、信じられない手品を披露しつつ、ハラハラした期待であなたを虜にすること。彼らの技は、宇宙の法則すら変えてしまっているんじゃないか、というくらい華麗ですよね。あなたもスプーンの曲げ方や、翼なしで飛ぶ方法くらいは、ご存知ですよねえ?

2018年9月 7日 (金)

プラトニック系ドラマ

 私が恋愛期を過ごした20代は、1990年前後頃だ。その頃、恋愛バイブルとして真っ先に挙げたいのが「テレビドラマ」だった。いわゆるトレンディドラマの走りだった。

今は積極的に告白する時代だが、当時は、相手の気持ちを思いやるほうが先に立ち、好きな人に好きと伝えるのを憚るそんな恋愛観があった。もし「好きだ」と言った途端に、今までの良好な関係が崩れてしまうのではないかと不安に駆られたり、もどかしい気持ちが募る。そんな時代だった。
 そんな「恋愛」を扱ったものは、その時代「プラトニック・ラブ」がその象徴だった。そんな時代に放映されたドラマを2本、紹介したい。

 1 白線流し

 酒井美紀さんはセーラー服が似合う、少し、ロリとアンニュイが入った若手女優さんだった。頑なに一人の人を一途に想い続け、決して自分から好きだと言えない、胸に秘めた恋愛感情を描写していた。そんな羨ましい男性は、現在もジャニタレとして活動する「TOKIO」のメンバーの長瀬智也だった。彼女の雰囲気やほんわかした印象が大好きで、それは国民の妹的な存在であり、決して汚してはいけない存在だった。

 VTR動画でもわかるように、純白で清楚なイメージしかない彼女。穢れを知らず、ただ素直に真っすぐに生きている。恋愛に戸惑い、付き合い方に悩み、愛しさと切なさが交錯した恋愛時代。独り占めしたいのに、上手く行かない。当時の若者の方が今よりピュアだった気がする。私などは億手で恋愛に臆病だったから、なおさら当時を愛おしく思う。

 

 2 あすなろ白書

 木村拓哉のドラマデビュー作と言っても過言ではないこの作品。今はあまり表舞台に出なくなったが、主役だった「筒井道隆」、その彼に想いを寄せる石田ひかり、その彼女を優しく見守る存在の「木村拓哉」。そして当時、人気抜群だった「鈴木杏樹」。今では人気絶頂だが、当時はまだ無名だった西島秀俊。
 大学が舞台で、若者にありがちな多くの悩みを共有し、様々な問題に直面しながらも成長していく様を描いた。

 この青春ドラマの主題歌が藤井フミヤの「True Lobe」もまた、切ない歌詞とソローバラード調のメロディーと相まって大ヒットした。

 1985年頃で一番好きだったドラマは。倉本聰原作で、天宮良と石田えりが出演した「昨日、悲別で」というドラマだった。北海道の小さな炭坑町から上京した2人の若い男女が、運命に翻弄される様を描いた秀作で、放送終了後、ロケ地を訪れる愛好家が続出した。今でもロケ地となった「上砂川町」には、ツーリングライダーがわんさか訪れている。私も上砂川駅やロマン座を5~6回訪れたほどの熱の入れようだった。

 昔は学園ドラマがわんさか制作された。いわゆる青春時代をテーマにした若者の葛藤を描いたり、「人間とは何か」とか「生きることとは何か」を問いかけるような泥臭い人間の根本を描いたドラマだ。
 切ない想い、相手の気持ちや立場を慮ったり、尊重し、遠くから温かく見守るような青春ストーリーが最近ではめっきり姿を消したようで残念でいたたまれない。若者の心の奥まで抉るような、衝撃を与えるようなドラマが・・・・。これも世相や時代思潮、風潮を反映してなのだろうが、訴えかけるメッセージ性が少ない。
 もしかすると、今の40~60代世代が「韓国ドラマ」にハマるのは、かつての自分の青春時代の恋愛表現や感情とダブって見えるのかもしれない。

 

 

2018年9月 5日 (水)

ニューミュージックは今やオールドミュージック?!

 私が中学生時代、つまり70年代後半の音楽界は、アコースティックギターやエレキを使ったバンドが世間を闊歩していた。自分で作詞・作曲し、そして歌まで歌う、いわゆる「シンガーソングライター」が登場した時期だ。それらは「ニューミュージック」と呼ばれ、大ブームを巻き起こした。中高生は彼らの楽曲をコピーし、ギターやエレキが飛ぶように売れたのだった。
 私も「アリス」「松山千春」「さだまさし」「オフコース」「ツイスト」が大好きで、楽譜を購入し、友達と一緒に歌っていた。同級生だった「箭内道彦」氏ともつるんでフォークを中心に歌ったものだ。

 さて、当時は先進的な楽曲を提供した彼ら。20~30代と若かった彼らだが、今も活躍している方がほとんどだが、気づいてみると40年前の出来事で、もちろん彼らも年齢を重ねた。そこで、今、現役を貫く彼らは、一体何歳になっているのか調べてみた。なお、アットランダムに列挙したい。年齢は平成30年8月17日(土)現在

 1 谷村新司  69歳 「冬の稲妻」「チャンピオン」「サライ」
 2 堀内孝雄  68歳 「君の瞳は10000ボルト」「愛しき日々」「遠くで汽笛を聞きながら」
 3 松山千春  62歳 「旅立ち」「大空と大地の中で」「季節の中で」「恋」 
 4 松任谷由実 64歳 「卒業写真」「恋人はサンタクロース」「春よ、来い」
 5 中島みゆき 66歳 「ひとり上手」「悪女」「地上の星」
 
 6 小田和正   70歳 「Yes No」「さよなら」「ラブストーリーは突然に」「会いにいく」
 7 甲斐よしひろ 65歳 「HERO」「安奈」
 8 浜田省吾   65歳 「愛の世代の前に」「J・Boy」「もうひとつの土曜日」
 9 さだまさし   66歳 「雨やどり」「主人公」「案山子」「関白宣言」
10 財津和夫   70歳 「心の旅」「虹とスニーカーの頃」「青春の影」

11 長渕剛     61歳 「乾杯」「ろくなもんじゃねぇ」「とんぼ」
12 チャゲ&飛鳥 60歳 「万里の河」「恋人はワイン色」「YAHYAHYAH」
13 タケカワユキヒデ 65歳 「ガンダーラ」「モンキーマジック」「銀河鉄道999」
14 世良公則   62歳 「あんたのバラード」「宿無し」「銃爪」「燃えろいい女」
15 竹内まりや 63歳 「Dream on you」「駅」「けんかをやめて」 
 
16 もんたよしのり 67歳 「ダンシングオールナイト」
17 山下達郎   65歳 「Ride on time」
18 大橋純子    68歳 「シルエットロマンス」「たそがれマイ・ラブ」
19 渡辺真知子  61歳 「迷い道」「かもめが翔んだ日」「唇よ、熱く君を語れ」
20 八神純子    60歳 「想い出は美しすぎて」「みずいろの雨」「パープルタウン」

21 高橋真梨子 69歳 「ジョニーへの伝言」「五番街のマリ―」「はがゆい唇」
22 南こうせつ   69歳 「神田川」「妹よ」「赤ちょうちん」「夢一夜」
23 ばんばひろふみ 68歳 「SACHIKO」
24 吉田拓郎   72歳 「旅の宿」「結婚しようよ」
25 久保田早紀 60歳 「異邦人」

26 桑田佳祐 62歳 「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」「波乗りジョニー」
27 井上陽水 69歳 「夢の中へ」「心もよう」「リバーサイドホテル」「いっそセレナーデ」
28 伊勢正三 66歳 「22才の別れ」「海岸通」 イルカに数多くの楽曲を提供
29 原田真二 59歳 「キャンディ」「シャドーボクサー」「タイム・トラベル」
30 岡村孝子 56歳 「待つわ」「はぐれそうな天使」「夢をあきらめないで」

 彼らが凄いのは60歳の還暦を過ぎた方々がほとんどなのに、未だに現役バリバリで、若者の「恋愛ソング」を作れることだ。若い感性を維持していないと、現代のカップルの恋愛事情など詩に表すことなど到底不可能だ。

 亡くなった方がもし存命ならば、今何才だったのかも調べてみた。

 河島英五 48歳 もし存命であれば今年66歳
 村下孝蔵 46歳 もし存命であれば今年65歳
 大瀧詠一 65歳 もし存命であれば今年69歳
 堀内護(ガロ) 65歳 もし存命であれば今年68歳
 大塚博堂 37歳 もし存命であれば今年74歳

 さて、今日挙げた方々は、私の中高生時代にミュージック界に燦然と光彩を放っていた。嬉しいのは、今でもヒット曲を飛ばし、我々だけでなく、若い世代にも影響を与えていることだ。人生の応援歌だったり、何かしらのメッセージを発し続けている。特に小田和正さんは、70歳になられた今でも若い感性を持ち、ライブで走り回っている。ご自身は、あの高音が維持できなくなり、半音下げることを余儀なくされた場合には、歌手を引退すると断言している。魂を揺さぶる歌声は、そうした「覚悟」から生み出されていると納得してしまう。

 今後も、欠けることなく、歌い続け、私たちの生活に潤いを与え続けて欲しいと願う。

2018年9月 3日 (月)

お気に入り福島県のCM

 最近、地元のCMネタが続いているが、今、我が福島県で放送されているCMで、私のお気に入りの作品を紹介したい。

 1 福島民友

 

 タレントの北崎杏佳さんが出演する「福島民友新聞」の「18歳選挙権」をテーマにしたCMです。神奈川県出身の17歳でO型だそうだ。

 現在は、県内出身の現役高校生の箭内夢菜さんが出演するバージョンに変わったが、去年まではこれが放送されていた。

 2 大東銀行CM「あなたとトライみらい。」篇 CM30秒

 今年夏から流れている爽やかCM 福島県いわき市出身の竹内愛紗さんが出演している。16歳でAB型だそうだ。

 メイキングはコチラ  https://www.youtube.com/watch?v=P19Im6yIZ0w

大東銀行 2018年度PRムービーhttps://www.youtube.com/watch?v=3c8co0DNypo&t=10s

 清楚と言う言葉がピッタリの新進気鋭の若手女優さんだ。

 3 あづま脳神経外科病院

 福島中央テレビFCTに放送中です。 放送予定日時 月曜 06 20頃     土曜 21:55頃

 天気予報バージョンはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=Q-M6r_b1mF8&t=17s

 福島県で放送しているCMです。モデル・歌手・女優として活躍中の新野美紀子さんが看護師役で出演しています。彼女自身が作詞作曲、編曲も担当し、歌っています。タイトルは「あなたの笑顔が見たいから」です。爽やかで郷土愛に溢れた作品に仕上がっています。これはロングバージョンで、土曜日の21:55からFCTで放送している県内の天気予報で流れています。

 4 郡山女子大学オープンキャンパス

 今年(2018年)のバージョンはこれとは違うが、2016年のこのバージョンが気に入っている。若若しさが漲っていてウキウキ感が堪らなく良い。

 2015年 https://www.youtube.com/watch?v=B51b70LGFjA
 2018年 https://www.youtube.com/watch?v=rr_1CNrvFTg

2018年9月 1日 (土)

福島県民にとって想い出の映像集

 私は福島県郡山市出身で、大学時代と最初の勤務地で離れることはあったが、足掛け46年間も住んでいる。だから福島県内について昔の話はこと欠かないし、話題も尽きることは無いと自負したいる。

 1 中山宿駅のスイッチバック

 2 高子沼グリーンランドがあった!

 1980年代のバブル期前に福島市郊外にオープンした本格的な遊園地。ジェットコースターや大観覧車が丘陵地に設置され、家族連れで賑わった。

 しかし、バブル崩壊で客足が遠のき、閉園後はしばらく放置され、いつしか廃屋探検のメッカや心霊スポットに成り下がった。

 「高子沼グリーンランド」のCMはコチラ↓(3:00から)

https://www.youtube.com/watch?v=gs2NMWgJdkU

 これ以外にも県内には猪苗代町に「姫沼ランド」や磐梯熱海に「金粉ショー」でお馴染みだった「磐光パラダイス」もあったし、須賀川には「ゴジラの卵」と「足跡」が存在した。今はすべて過去の想い出として記憶に残っているのみで、実に寂しい限りだ。

 会津若松市東山温泉(背あぶり山)にあったロープウェイとリフトに乗った記憶もある。もちろん、郡山市民であれば、丸光デパートの屋上遊園地や第2うすいのレストランのお子様ランチは懐かしいだろう。また須賀川との境に「郡山レジャーランド」という遊園地があったことを覚えているのは、おそらく50代以上の方だろうと思う。回転飛行機やミニ列車などの大型遊具、ミニ動物園などがあり、子供を十分楽しませてくれた施設だった。

 3 うつくしま未来博

 うつくしま未来博は、2001年7月7日から9月30日まで、福島県須賀川市で開催された地方博覧会。日本で初めて森の中で開催された博覧会である。

 チケットが大量に売れ残り、大幅な赤字になることを恐れ、県内の小中学校の遠足では必ず複数回行くことのお触れが出た。いわば内需拡大で黒字化した勘定。私も3回も行った。各メーカー・企業のパビリオンが出展し、3D映画やショーイベントが連日開催された。もう17年も前の出来事だが、つい3年前にこの場所に行ったが、「兵どもが夢の跡」とばかりに、ひっそりしていた。閉場後、ここは宅地として再開発されたが、市街地から15kmも離れていて、遠すぎて大多数の区画が売れ残った。今では陸の孤島化している。

 イベント中の様子はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=bUckFGcj7SI

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »