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2018年8月

2018年8月30日 (木)

福島県ゆかりの有名人99

  2011年の東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い、福島県へのイメージは悪くなる一方だ。もともと東北地方ののどかな土地柄なので、「田舎者」とか「訛りが酷い」という負のイメージからか、福島県出身というのを隠して芸能活動をしていた人が多かった。
 しかし、震災を契機に、福島出身を高らかに叫び、復興の支援をし出した有名人も少なくない。私は福島県民だと声を大にして言いたい性質で、そういう人が増えて欲しいと願っている。では本題の、福島県にゆかりのある有名人を99名挙げたい。

 1 野口英世・・・黄熱病研究 1000円札の肖像画
 2 西田敏行・・・俳優・歌手 「池中玄太80キロ」「もしもピアノが弾けたなら」
 3 佐藤栄佐久・・・元福島県知事 有罪判決を受けたが、個人的には嵌められたと思う
 4 古関裕而・・・作曲家 「あゝ栄冠は君に輝く」 国民栄誉賞を親族が辞退
 5 白虎隊・・・幕末期の会津戊辰戦争の悲劇の象徴

 6 加藤 茶・・・コメディアン 「ザ・ドリフターズ」 ドラムの名手
 7 市川昭介・・・作曲家 郡山工業高校出身 「さざんかの宿」 「アンコ椿は恋の花」
 8 円谷英二・・・映画監督 「ゴジラ」「ウルトラマン」シリーズ
 9 田部井淳子・・・登山家 女性初のエベレスト登頂
10 猪俣公章・・・作曲家 坂下町 「おふくろさん」「空港」「千曲川」「あばれ太鼓」

11 円谷幸吉・・・マラソンランナー 1964年東京オリンピック銅メダリスト
12 江川 卓・・・元プロ野球選手 初代「怪物」 いわき市で出生
13 斎藤 清・・・版画の第一人者
14 伊東正義・・・政治家 首相の椅子を蹴った男 大平正義首相死去時首相を代行
15 春日八郎・・・歌手 「別れの一本杉」
16 三瓶明雄・・・鉄腕DASH DASH村での農業指導  
17 佐藤 慶・・・俳優 会津若松市出身 「白い巨塔」「炎立つ」「白虎隊」
18 久米正雄・・・俳人 福島県立安積中学校に在学 「新思潮」 
19 新島八重(山本八重子)・・・会津戊辰戦争の女傑 「八重の桜」のモデル
20 宮本百合子・・・歌人 「伸子」「播州平野」「風知草」「道標」 宮本百合子賞がある

21 二本松少年隊・・・会津戊辰戦争時の悲劇の象徴
22 川島廣守・・・プロ野球元セ・リーグ会長 第10代コミッショナー
23 桃田賢斗・・・バドミントンで世界一 福島県立富岡高校卒
24 本名徹次・・・指揮者 1985年、東京国際音楽コンクールで優勝
25 渡部恒三・・・政治家 自民党竹下派、新進党、民主党などを渡り歩く

26 藤村美樹・・・歌手・元キャンディーズ 世田谷区生まれだが福島市で育った
27 梅沢富美男・・・女形俳優 
28 湯浅譲二・・・作曲家 郡山市出身 クラッシック、童謡、フォーク、テレビ主題歌など
29 柏原竜二・・・箱根駅伝5区山登りのエキスパート 2代目「山の神」
30 中畑 清・・・元プロ野球選手 「絶好調」「ヤッターマン」

31 松平容保・・・会津藩藩主 戊辰戦争時
32 ディーン・フジオカ・・・国際派俳優・ミュージシャン
33 箭内道彦・・・クリエイティブディレクター 震災以降、故郷の復興に寄与
34 草野心平・・・詩人 いわき市出身 「歴程」
35 中野竹子・・・会津戊辰戦争の女傑 槍の名手
36 佐藤B作・・・タレント・俳優 欽ちゃんバンドで有名に
37 玄葉光一郎・・・政治家 旧民主党
38 佐川官兵衛・・・会津戊辰戦争で活躍した武将 「鬼の官兵衛」

39 サンボマスター山口隆・・・ミュージシャン
40 まこみな・・・動画サイトのシンクロダンス
41 三瓶・・・タレント 本宮市出身
42 つのだ☆ひろ・・・歌手 「メリージェーン」
43 秋吉久美子・・・女優 磐城女子高校卒
44 山猿・・・ミュージシャン・歌手
45 丘灯至夫・・・作詞家 郡山商業高校卒 「高原列車は行く」「高校三年生」

46 白羽ゆり・・・元宝塚娘役・女優 
47 植木安里紗・・・ご当地タレント 郡山市出身
48 玄侑宗久・・・僧侶・芥川賞作家 慶應大学卒
49 唐橋ユミ・・・会津ほまれの令嬢 元TUFアナウンサー 現在はフリーアナウンサー
50 霧島昇・・・歌手 「愛染かつら」

51 横光利一・・・作家 「日輪」「機械」
52 大熊正二・・・元プロボクサー 元WBCフライ級チャンピオン
53 本田武史・・・元フィギュアスケーター ソルトレイク五輪4位
54 遠藤純男・・・元柔道家 得意技「かにばさみ」
55 遠藤一彦・・・元プロ野球選手「大洋ホエールズ」

56 西郷四郎・・・柔道家 「姿三四郎」のモデル
57 栃東知頼・・・元大相撲力士 関脇
58 高村智恵子・・・高村光太郎の妻 「智恵子抄」 「東京には空がない」
59 武田玲奈・・・いわき市出身のテレビタレント・モデル
60 丸山夏鈴・・・元アイドル歌手 

61 佐藤敦之・・・マラソンランナー 北京五輪マラソン日本代表 
62 伊東美咲・・・女優 「電車男」
63 今井正人・・・マラソンランナー 箱根駅伝の初代「山の神」
64 鈴木尚広・・・元プロ野球選手 代走
65 白鳥久美子・・・タレント・芸人「たんぽぽ」
66 あばれる君・・・タレント芸人
67 伏見俊昭・・・プロ競輪選手 白河市出身 アテネ・北京五輪代表
68 片平里菜・・・シンガーソングライター
69 小野紗由利・・・福島中央テレビアナウンサー
70 佐藤陽子・・・ヴァイオリニスト 、1966年チャイコフスキー国際コンクール第3位

71 芦名 星・・・女優 郡山市出身 「七瀬ふたたび」
72 池内泰明・・・元バスケットボール選手
73 箭内夢菜・・・タレント 「福島民友新聞社」CM 
74 斎藤 暁・・・俳優 「踊る大捜査線」
75 あかつ・・・タレント芸人 相撲芸

76 菅家ゆかり・・・元日本テレビアナウンサー
77 酒井美紀・・・プロゴルファー
78 野村沙知代・・・元プロ野球監督・野村克也夫人
79 竹内愛紗・・・タレント
80 相楽晴子・・・元女優 「スケバン刑事」

81 ゴー☆ジャス・・・タレント芸人
82 木村守江・・・元福島県知事
83 関口富佐・・・郡山開成学園創始者 郡山女子大学元学長
84 太田緑子・・・元太田綜合病院理事長
85 山本学馬・・・砲術家 会津戊辰戦争で活躍

86 小針暦二・・・福島民報社・福島交通社社長を歴任
87 エンペラー吉田・・・常葉町在住 「天才たけしの元気がでるテレビ」で脚光
88 田母神俊雄・・・軍事評論家、元航空自衛官、政治活動家 第29代航空幕僚長
89 なすび・・・タレント・芸人
90 鈴木 心・・・写真家

91 萩原美樹子・・・元女子バスケットボール選手
92 松井愛莉・・・タレント
93 松鶴家千勢・・・芸人
94 千葉麗子・・・元タレント
95 鈴木浩美・・・プロゴルファー

96 齋藤邦吉・・・政治家・元厚生大臣
97 大堀 彩・・・バドミントン日本代表 福島県立富岡高等学校卒
98 舞木香純・・・AKBチーム8で活躍し、今年卒業
99 大野 均・・・ラグビー日本代表

 ほかにもマラソンの藤田敦史選手、フラガール、タレントとして活動した桜庭あつこなどがいる。

 不思議なことに福島県出身、あるいはゆかりの有名人(著名人)はこれほどいるのに、なぜか出身地を隠している、あるいは公にしていないイメージを受ける。これは前述した通り、東北=田舎という負のイメージがあるために、あからさまに声を大にして叫べない事情があるようだ。特に今を時めくアイドルや若手タレントなどは特にその傾向が強いように思えてならない。

 

2018年8月28日 (火)

なぜ超一流プロ野球選手の夫人は薄命なのか

 お気づきの方も多いと思うが、「名球会」にその名を残すほどの超一流選手たちや野球殿堂入りするような実績のある選手、一時期でも華々しい活躍をしたプロ野球選手たちは、不思議なことに、一様に夫人に先立たれている。
 プロ野球選手の奥さんは、芸能人や女子アナなど美人揃いで有名だが、事実、本人よりも年齢的にも若くい人が多い。なのに、どうして奥さんが早く亡くなってしまうのか?ではそう言う根拠は何か、実際に奥様が先に死去した選手を挙げたい。

 1 王恭子さん

 一本足打法を開発し、868本という世界一の本塁打数を残し、「世界のホームラン王」との異名をとった王貞治氏。彼もまた数奇な運命を辿った。まず、高校時代、1年生で早実高の優勝投手となり、華々しくその存在を示した。しかし、秋の国体で、台湾国籍ということで出場できず、プロ野球・巨人入団後は、努力の末に「一本足打法」を習得し、当時、世界記録だった755号を破り、868本もの大記録を残して引退した。
 奥様とは、1966年、小八重商事( 大興実業 )小八重正社長の長女、恭子氏( 当時21歳 )と婚約し、結婚。 王貞治氏との間に三女を、もうける。 スポーツキャスターの王理恵氏【 48 】は王貞治氏と王恭子氏の次女である。 しかし、おしどり夫婦として有名だった夫人が、2001年に胃がんのために急逝した。この後、恭子夫人の遺骨が何者かに持ちさらえるという事件が起き、今も見つかっていない。

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 王氏自身も監督としてもなかなか勝てず、罵声を浴びる日々が多くなった。自身も胃がんを患い、胃を全摘出する大手術を受け、奇跡的に回復した。
 そして今年、驚きのニュースが飛び込んだ。あれほど愛してやまなかった夫人を亡くした彼が、再婚したのだ。

 2 長嶋亜希子さん

 長嶋茂雄といえば、「ミスタープロ野球」といわれるほどカリスマ的存在で、野球ファンのみならず日本国民から愛されたスーパースターだ。彼はB型で、こういう国民的人気で崇め奉られる人はB型に多い。浅田真央さんや北島康介さん、羽生結弦さん、大谷翔平さんもそうだ。
 しかし、彼は2004年のアテネ五輪監督になったが、大会直前に脳梗塞を発病し、右半身に麻痺が残り、大会には参加できなかった。今リハビリ生活を余儀なくされている。

 2007年9月18日に巨人・長嶋茂雄終身名誉監督の妻、亜希子さん(享年64)が心不全で急死し、その密葬が2007年9月19日、東京・大田区の自宅で執り行われた。

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 こういうこはあってはならないと思っているが、国民栄誉賞を受賞されたミスタープロ野球の長嶋さんだが、今年いっぱい生存できないような不安に駆られる。もちろん、長生きして欲しいが、病気には勝てないような気がしてしまう。それは王さんも同じで、彼も大病を患い、監督業を退いた。ONともども3年後にはこの世にいないんじゃないかと悪い予想をしてしまう。

  3 星野扶沙子さん

 燃える男「星野仙一」さんもまた波乱万丈の人生を送った。中日ドラゴンズのエースとして「打倒・巨人」を生涯貫いた。気合を全面に押し出したプレースタイルと監督時代も鉄拳制裁も辞さず、中日・阪神・楽天を優勝に導いた。楽天では田中将大投手の24連勝もあって、悲願の日本一に輝いた。

 一方、奥さんの星野扶沙子さんは、1946年ウ案れで慶應義塾大学卒のお嬢様だった。大学時代に知り合い、なんと星野仙一氏が明治大学を卒業し、プロ入りしたタイミングで結婚した。
 長年連れ添った奥様は、1997年1月31日、ナゴヤドームが初めて選手らに公開された日の朝に悪性リンパ腫で亡くなった。享年51歳だった。

Hoshinofusako

 4 秋山千晶さん

 西武ライオンズやソフトバンクホークスの主砲だった秋山幸二選手。走攻守三拍子揃った名選手だったが、その後、ソフトバンクの監督としても日本一に輝く順風満帆の野球人生だった。超美人な奥さん・明美さんと結婚したが、その後離婚。そして再婚した美人と評判だった後妻の千晶さんも2014年に神経膠芽腫(グリオーマ)という難病で亡くなった。秋山自身は前妻との間に長男をもうけたが、その長男も幼少期に亡くなるという辛い目に遭った。

Akiyamatiaki

 5 中畑仁美さん

 名球会に入るほどの超一流ではなかったが。中畑清は巨人の4番、絶好調男としてファンに愛された。愛妻家として知られ、故郷・福島のために多くのCMに出演し、メッセージを発し続けた。
 その彼が引退後、アテネ五輪の長嶋茂雄監督の脳梗塞以降、監督代行を務め、銅メダル獲得に貢献。その後、DeNAの監督に招聘された。2012年12月5日午後6時5分、子宮頸(けい)がんのため東京都内の病院で死去した。59歳だった。

Nakahatahitomi

 6 野村沙知代さん

Nomurasachiyo

  野村沙知代さんは、薄命ではなかったが、やはりご主人の克也氏よりも早く旅立って行った。どうして夫婦はこうも外見も似るのだろうと思うほどそっくりだった。一時期は、芸能活動を繰り広げ、歯に衣を着せぬ言いようで物議を醸した。浅香光代との罵りあいは醜い争いだった。束縛を嫌い、マイペースで自由闊達なB型の彼女は、周囲を振り回してしまったのが仇となった晩年だった。我が福島県出身者というから驚きだ。

 さて、年俸1億円を超える高給取りで知られる一流プロ野球選手は、傍目には生活にも困らないだろうし、夫人や家族が特別な苦労をしているようには思えない。
 しかし、テレビで夫の活躍を見ていて、ハラハラドキドキだったのは間違いないようで、健康を考えた食事など、意外にも気苦労も多いようだ。そういった積み重ねが早死にの要因かどうかは不明だが、どうも結婚相手で人生の運命が切り替わるような気がしてならない。
 高校野球でもそうした傾向が見られる。甲子園出場を果たした選手が「天国の父母との約束」などという話題はよく目にする。有名選手は身内に不幸があって、それをバネにして頑張れているような印象さえ受ける。人間、決して良いことばかりではないが、悪いことばかりでもない。「神の悪戯」のような運命に翻弄されるイメージもあるが、プラマイゼロにつりあっている感じもある。人間「太く短く」生きるか「細く長く」生きるかのどちらかだと思う。
 今日、話題にした早くに亡くなった夫人たちは、「太く長く生きた」面々だと信じたい。

2018年8月26日 (日)

’18アジア大会出場者の特徴

 2018年のアジア大会がインドネシアのジャカルタを会場に開催されている。何でも実施種目だけでなく出場者数もオリンピックより多いのだそうだ。文字通り、アジア最大の「スポーツの祭典」ということになる。
 正式名称は「アジア競技大会」というのだそうだが、意外にも歴史は古く、第1回大会は1951年に遡り、場所はインドのニューデリーで行われた。オリンピックと隔年で4年に一度ずつ開催されるこの大会は、今年で18回目を迎える伝統のある大会だ。種目にもよるが、大半は中国、日本、韓国がメダル数でトップ争いを演じているようだ。これまでに実施した開催国を調べると、もっとも回数が多いのが、タイのバンコクで4回。次いで中国、韓国の3回。スポーツイベントの実績と信頼の高い日本は、それよりも少ない2回。東京と広島で実施されただけ。
 今年のジャカルタ大会は、41競技465種目も行われる。前回のリオ五輪が28競技306種目だったから、その規模の大きさが伺い知れる。

 前置きが長くなったが、今回の日本選手団だが、男子408名、女子354名の合計762名ものアスリートを送り込んだ。もちろん日本を代表するトップアスリートたちばかりだが、オリンピックとは異なり、若年者を優先的に出場させている。
 たとえば、体操の内村や白井は不出場。サッカーも21歳以下と若いチームだ。卓球でも国際大会に出場している伊藤、石川、平野、男子の水谷、張本、丹羽なども出ていない。野球などは韓国はプロ中心の編成なのに、日本はアマだけ。厳しい戦いが強いられそうだ。
 そこで、日本代表選手の特徴をいろいろ調べてみると、競技によって血液型で偏りがあることが判明した。今日はそれを主題にしたい。ただし、全部調べると時間とスペースがオーバーしてしまうので、お家芸と呼ばれる7競技のみ掲載したい。

 1 競泳(男子19名・女子19名) 判明している方のみ掲載

 A型・・・入江陵介・瀬戸大也・渡辺一平・江原騎士・小堀勇氣・塩浦慎理・池江璃花子・
     渡部香生子・持田早智・清水咲子
 O型・・・金子雅紀・青木智美・鈴木聡美
 B型・・・萩野公介・中村克・小関也朱篤
AB型・・・五十嵐千尋

Asia

 体型的にA型は筋肉質の人が多く、競泳には向いていると言われている。往年のA型メダリストには、岩崎恭子や金藤理絵、星奈津美らがいる。今大会もA型が圧倒している。
 B型は痩せ型の人が多く、骨ばっている印象。楽観的な性格で、プレッシャーに強いので大舞台に強い。北島康介はこの型だった。大橋悠依もB型。
 また、あるサイトによれば、リオオリンピックの競泳代表は、A型が16名ともっとも多く、次いで運動能力に優れたB型が8名、そしてO型が7名、AB型は2名という割合だった。
 意外にも球技や陸上短距離のトップアスリートはO型の占有率が高いのに、こと水泳に関してはメダリストは少ない。松田丈志、坂井聖人ぐらいだ。たぶん筋肉の付き方が違うのだろう。

 2 バドミントン(男子10名・女子10名)

 A型・・・桃田賢斗・園田啓悟・保木卓郎・高橋礼華・山口茜・大堀彩・廣田彩花
 O型・・・金子祐樹・常山幹太・嘉村健士・松友美佐紀・奥原希望・佐藤冴香
 B型・・・渡辺勇大・西本拳太・東野有紗・福島由紀・米元小春
AB型・・・井上拓斗・武下利一

Badominton

 私は反射神経が求められる球技はO型が有利と考えている。バドミントンはシャトルを打つという感覚は、卓球やテニスと似ており、動体視力が優れているO型にトップアスリートが多いと思う。

 3 柔道(男子10名・女子10名)

 A型・・・ベイカー茉秋・志々目徹・影浦 心・素根 輝・佐藤瑠香・角田夏実
 O型・・・王子谷剛志・大野将平・海老沼 匡・新添左季・田中志歩・舟久保遥香
 B型・・・佐々木健志・小林悠輔・小林悠輔・鍋倉那美・玉置 桃・近藤亜美・山本沙羅
AB型・・・飯田健太郎

 柔道はあまり血液型は関係ないようで、山下泰裕はA型、吉田秀彦はO型、古賀稔彦はA型、井上康生はO型、オリンピック三連覇の野村忠宏はB型
 O型は腕力がものを言い、B型はセオリーにとらわれない自由な発想で、奇襲とも思えるような技を繰り出し、相手を倒す印象。A型は忍耐力があるので持久戦が得意。
 しかし、女子は昔から小柄ながら技のキレでB型が圧倒していた。パイオニアに山口香や田村(谷)亮子はこの型。今回のアジア大会代表も女子10名中4人がB型だ。
 

 4 ソフトボール

 A型・・・藤田 倭・石川恭子・洲鎌夏子・原田のどか・山崎早紀・山田恵里
 O型・・・上野由岐子・我妻悠香・山内早織・川畑 瞳・山本 優・長﨑望未
 B型・・・渥美万奈・市口侑果・内藤実穂・河野 美里
AB型・・・濱村ゆかり

Asia2


 球技はO型有利の持論の通りだ。日本人の4割近いA型と同数の6名を輩出。

 5 体操(男子5名・女子5名)

 A型・・・長谷川智将
 O型・・・野々村 笙吾
 B型・・・谷川  翔
AB型・・・千葉健太

 女子の選手5名はいずれも血液型は非公表

 顔が細い人が多くイケメンはB型が多いの例に漏れず、谷川はカリスマ的存在で日本のエースになれる素質あり。内村航平はA型、冨田洋之、白井健三はO型。

 6 バレーボール(男子14名・女子14名)

 A型・・・高松卓矢・深津英臣・傳田亮太・小野寺太志・小澤宙輝・井上琴絵・佐藤美弥・
     石井優希・長岡望悠
 O型・・・千々木 駿介・本間隆太・出耒田敬・荒木 絵里香・岩坂名奈・奥村麻依・野本梨
     佳・島村春世
 B型・・・小川  猛・冨永こよみ・新鍋理沙・小幡真子・鍋谷友理枝
AB型・・・都築  仁

 記載していない4選手は血液型不詳。男子で、究極のチームプレーであるバレーボールにB型が少ないのは定石。エース格はO型が多く、ディフェンスやセッターはA型が最強。歴代セッターは中田久美や竹下などA型が多かった。

 7 陸上競技(男子35名・女子23名)

 A型・・・山縣亮太・福島千里
 O型・・・桐生祥秀・ケンブリッジ飛鳥
 B型・・・
AB型・・・飯塚翔太

 陸上は男女合わせて58名も出場するため、有名どころだけを集めてみた。なお、多田修平、市川華菜、塩見綾乃、鍋島莉奈は血液型不詳

2018年8月25日 (土)

福島県民が痺れる懐かしいCM④

 16 佐藤石材店

 お盆やお彼岸に関わらず、一年中流しているCMがこれ。私が好きで、長年放送されているが、今でもやっている。たぶんもう10年以上使われている。

 17 ヨークベニマル

 「1・2・3、ヨークベニマル、イチニサンの市~」は県民で知らない人はまずいない名物フレーズ!

 18 榮川

 美人女優だった「入江繭子」さんを起用した「視線ひとり占め」のCMがコレ。たぶん世の男性諸氏は彼女に見とれたに違いない。今から30年も前のCMなのに、今見ても美しすぎる。

 19 湯本自動車学校

 たぶん、今でも放送していると思う。なぜか23時を過ぎてから放送されていた。

 20 福島民友新聞

 子役タレントだった西尾舞生ちゃんが出演していた「友達になろうよ!」の決め台詞で締め括ったCM。1980年代に流れていた。「福島民友」というと、地元出身の中畑清氏も出演していた。

 さて、4回連続でお送りして来ました「名物福島県のローカルCM」だったが、本当はこれに「郡山眼鏡院」の「良かったな。斎藤!」のバージョンがあれば最高だった。

2018年8月24日 (金)

福島県民が痺れる懐かしいCM③

 11 ホテル聚楽(飯坂温泉)

 全国にある「ホテル聚楽」グループだが、飯坂温泉のCMは独自路線だった。もちろんマリリンモンローのそっくりさんを起用。色っぽさで1970年代を席巻した。

 12 石の店やまき(30秒から)

 みちのく銘石も兼ねていた。石屋さんのCMは福島県には多い。「石のカンノ」が一番有名だが「石の丸正」も県民なら一度は見たことがあるCMに違いない。

「石の丸正」→ https://www.youtube.com/watch?v=PY8vmDTl4j0

 13 サンキョウ自動車(1分30秒から)

 郡山市安積町の4号線沿いにある中古自動車屋のCM。クイズ形式で販売店名を覚えさせる手法。

 14 ホクセイオート

 会津若松市にある中古自動車販売店。恐竜の巨大モニュメントがトレードマーク

 15 大七酒造

 いろいろなバージョンがあったが、「酒は大七、うまさは第一」のキャッチフレーズは、福島県民で知らない人はいない。個人的にはこの「二人の幸せな時間」が大好きだった。

2018年8月23日 (木)

福島県民が痺れる懐かしいCM②

 6 石のカンノ

 「ほほーっ!石が生きとる生きとる!」のメッセージが県民には馴染み深い。

 7 星総合印刷

 この節目がちの「プリンティング・メッセージ」のセリフバージョンはつい最近まで放送されていた。おそらく15年くらいのロングランだったと思う。もしかして今も放送しているかも。

 8 今野貴石

 郡山市並木に本社を構える宝石販売から教習所経営まで幅広く事業展開する企業。
 セスナ機を社長が操縦し、郡山市内上空を散歩するバージョンもあった。

 https://www.youtube.com/watch?v=91Sc6CNVqDk

 9 花春酒造

 これも和服美人を起用し、数多くのバージョンがあった。しかし私はこの若かりし頃の「根本りつ子」さんが大好きで、大の気に入りだった。「会津のよさは酒の良さ」がキャッチフレーズだった。1970年代から1990年代までは毎日10回以上は流されていた名物CMだった。後楽園球場にも看板を出すほど、会津の地酒と言えば「花春」だった。

10 会津ほまれ

 酒どころ「会津」や「喜多方」。福島県には造り酒屋が多いせいか、数多くの地酒のCMがあった。「花春」「ほまれ」以外にも「夢心」、「名倉山」「栄川」、「末廣」などだ。
 この「喜多方」に蔵を構える「ほまれ酒造」はフリーアナウンサーの唐橋ユミさんのご実家だ。

2018年8月22日 (水)

福島県民が痺れる懐かしいCM①

 福島県に住んで足掛け46年。その間、想い出に残る物のひとつにテレビCMがある。いわゆるご当地でしか見られない福島県限定のローカルCMだ。アラフィフ以上の方々が見たら、懐かしくて涙を流すであろう、そんなCMを振り返りたい。
 3回シリーズのため、今日は5作品を取り上げます。

 1 アサカ屋の磐梯そば

 磐梯そばといっても須賀川の会社が製造・販売している。何度も商品名を言わせ、嫌でも記憶に刷り込ませる手法。

 2 うすい百貨店

 アヒルが行列を作ってエスカレーターに乗るバージョンは昭和40年代から20年以上に渡って放送されていた。

 3 キャラバンモータース

 国道288号線(通称:三春街道)の舞木にあった中古自動車屋。社員の不祥事によってあえなく閉店に追い込まれた。

 4 赤トリ井

 「♪シャボン玉飛ばそう~!」で始まるアニメーションCM。郡山は虎丸町のさくら通り沿いにあった。今の東邦銀行郡山店の隣りは、今でこそ芳山公園に整備されたが、昔はヨークベニマルさくら通り店だった。その向かいに「トキワスーパー」があって、その東隣りにあったのが赤トリ井郡山店。しかし、県民なら須賀川の国道4号線沿いにあった大型スーパーのほうが記憶に新しいかもしれない。平成10年に入った頃まで存在していた。大型の観覧車がラウンドマークだったが、乗客が転落事故を起こし、死亡した痛ましい出来事があった。
 また、船引町の石井舞ちゃんが行方不明になって数年後に、テレビの行方不明捜査の番組で、外国の超能力捜査官に捜査を依頼し、ここの裏手にある池に放置されたという恐ろしい鑑定結果を発表したのを覚えている。

 5 福島りょうぜん漬け(4分30秒から)

 笛の音色で紅葉美しい霊山の崖から始まる県民にはお馴染みのCM。4時台の地元ローカル情報ニュース番組でよく流されていた。

2018年8月20日 (月)

THE販売中止~もう買えない懐かしいモノ~

 知らないうちに販売中止や絶版になっていた懐かしいモノたちに焦点を当てたい。昭和世代には堪らないだろう。

 1 【昭和】「販売中止」になっていたお菓子ランキングトップ10【懐かしい】   

 「ドンパッチ」、「5/5チップス」、「ぬ~ぼ~」、「ポポロン」、「サイコロキャラメル」など確かに最近見かけなくなったと思ったら、販売中止や終了していたとは・・・。しかし、「カール」もそうだが、大多数が明治製菓製造商品だとは・・・。
 また1980年頃に発売された口の中で弾けるお菓子「ドンパッチ」も今は製造販売していない。類似品の「パチパチパニック」は駄菓子屋で売っているようだが。

 2 いつの間にか消えた!?昭和の懐かしい飲み物や昭和生まれなら懐かしい飲み物!

 メローイエローやプラッシーはただただ懐かしい。1980年代によく飲んだ。でもなぜかプラシイーは米屋さんで販売していた。ミルメークはソフトメンと並んで小中学校の給食の人気粉末飲料だった。大昔の肝油的な存在だった。缶詰会社で出していた「こつぶ」ももう売っていないし、二度と飲むことが出来ないのは寂しい。

 3 タバコ

 タバコがまだ専売公社で売られていた時代、成人男子の喫煙率は50%を超えていた。しかし、ニコチン・タールが有害とされ、健康被害が叫ばれるようになり、またひと箱500円近くに値上げされ、タバコは一気に中毒薬物扱いに成り下がった。

 昔は「ハイライト」「ピース」「ホープ」が三大人気銘柄だった。セブンスターや洋もくの登場で、1980年代から一気にその勢力図が変わった。今では「チェリー」「キャメル」「マイルドセブンFK」、「キャスター」「ピース」などかつては一世を風靡したタバコですら震災以降、続々と姿を消した。

 洋もくは「ラッキーストライク」「パーラメント」「メリット」「ケント」「ラーク」などで、とにかく23時過ぎになるとTVで一世解禁となるオシャレなCMが嗜好家の興味をそそった。

 おまけ

 【懐かしい】昭和50年代後半にあったもの(S56~60年、1981~1985年)   

 昭和の常識、昔は当たり前だったことがヤバすぎる!?衝撃、アラフォー世代が懐かしいもの画像!知ってよかった雑学

 懐かしの昭和】今では絶対あり得ない、昭和の常識が面白すぎる件   

 それでは近いうちに再び懐かしいものを取り揃えてお送りします。

 

2018年8月18日 (土)

理不尽な事件に見る無能な日本人政治家

 世の中には解決困難な国際問題がわんさかあるようで、交渉下手な日本の政治家のせいで、国民が地団太を踏んだり、苦虫を噛み潰したような理不尽な事態に追い込まれるケースが少なくない。責任の所在が明らかなのに、それを追及できない愚かさ。もう少し、日本の政治家にはその自覚を持ち、職務を履行して貰いたく、この記事を掲載するものである。

 1 大韓航空機撃墜事件

 1983年9月1日に大韓航空のボーイング747が、ソ連の領空を侵犯(航路逸脱の原因については後述) したために、ソ連防空軍 の戦闘機により撃墜された事件のこと。乗員・乗客合わせて269人全員が死亡した。

 2 日航機350便、羽田沖逆噴射墜落事件

 1982年2月9日、当時の日本航空、福岡発東京行350便、ダグラス DC-8-61型機が羽田空港沖に墜落した事故である。一般的に日航羽田沖墜落事故、羽田沖事故、日航逆噴射事故と呼ばれる。この事故の直接の原因は機長の操縦によるものである。機長が機体の推力を急激に減少させながら機首下げを行ったため、機体は急に下降して滑走路の手前に墜落した。
  機長は、まだ副操縦士であったこの事故の6年前に初めて幻覚を見ており、それ以後、初期の精神分裂病、うつ状態、心身症などと診断され、診察、治療を受けたが]改善せず、事故直前には「ソ連が日本を破壊させるために日本を二派に分断し、血なまぐさい戦闘をさせているんだ」などの強い信念(被害妄想)を抱くまでに至っていた。この結果、妄想性精神障害だった片桐機長は24人を殺した張本人にもかかわらず、病気を理由に無罪放免となり、訴追されることはなかった。
 もっとも許されないのは、機長としての立場や責任感も何もなく、本来、事故の後、飛行機に最後まで留まるべき人間でありながら、真っ先に救助された点だ。

 この前日にはホテルニュージャパン火災で33人が死亡する大惨事が起きたばかりで、血塗られた週となった。

 3 北朝鮮による拉致

 1970年代から1980年代にかけて、北朝鮮の工作員や土台人、よど号グループなどにより、17人(北朝鮮側によれば13人)の日本人が、日本、欧州から北朝鮮に拉致された問題である。
 日本政府が認定した拉致事案は12件、拉致被害者は17人。北朝鮮政府側は、このうち13人(男性6人、女性7人)について、日本人拉致を公式に認めており、5人が日本に帰国しているが、残り12人については「8人死亡、4人は入境せず」と主張している。日本政府は「全員が生存しているとの前提で対処する」との立場をとっている。

 北朝鮮は、長年拉致事件への関与を否定してきたが、2002年(平成14年)、平壌で行われた日朝首脳会談で、金正日が日本人の拉致を認め謝罪し、再発の防止を約束した。しかし、このことに対する賠償などは、未だに行われていない。

 4 領土問題

 日本の政治家は無能な輩ばかりで、その担当相までいるのに、名ばかりで何一つ手立てを講じていない。ロシアとの「北方領土問題」、中国や台湾との「尖閣諸島問題」、韓国との「竹島問題」など。いずれも実効支配を許し、犬の遠吠えの如く、抗議しかできていない。まったく奪還など絵に描いた餅で、やる気ゼロだ。

 竹島について https://www.youtube.com/watch?v=14EDQ0-3Q7w

https://www.youtube.com/watch?v=CufJcVFmceU

https://www.youtube.com/watch?v=lzbYA9rhGn0

 「竹島は歴史的に見て日本固有の領土」と主張していながら、なぜ不法占拠である実効支配をみすみす見逃しているのだ。どうして武力を用いて奪還できないのか。それは憲法第9条があるがゆえだ。
 韓国大統領は、政権基盤が弱体化すると、抗日を旗印にして愛国心を訴え、国民に迎合するかのように人気取りのために、竹島や慰安婦、靖国問題を叫び、日本叩きに奔走する。政権末期の悪あがきだが、退任後、韓国大統領は全員、刑事訴追され、死刑判決を受けている点を考慮しても、国民感情が政権よりも上回っているということの証明だ。

 以上、見てきたように、問題解決能力ゼロの日本の政治家どもでは、一向に事態は進展しない。体裁を取り繕ううわべだけの交渉に終始している。鈴木宗男氏やアントニオ猪木のほうがよっぽど政治家らしい行動をとっている。

 まして偽善者が大勢いて、本人は国民を騙したとか裏切ったという認識はまるで皆無で、無能な政治家、いや政治屋しかいない。あえて名を出すと

 鳩山由紀夫(マニフェストで国民を騙し、無責任にも辞任 パフォーマンスだけ)
 杉村大蔵 (小泉チルドレン 完全にタレントに鞍替え 高級外車を乗り回すいいご身分)
 上西小百合(衆議院本会議を無断欠席し、不倫温泉旅行 維新の会を除名 タレントへの転身を図る)

 こうしたクソ議員は政治家を名乗る資格などない。国民を舐めきっている。政治家がダメなら芸能界で生き延びようとするその性根が腐っている。
 こういう輩に日本の将来を任せられる訳がない。さっさと辞めて表舞台から去って欲しい。

2018年8月16日 (木)

韓国から帰化した有名人の共通点

 私の韓国嫌いは相当だが、それは戦後、73年が経過した今でも日本バッシングが継続しているからだ。「日韓併合」という歴史がよほど許せないらしく、プライドを踏みにじられたという怨みしかない。もし、日本が朝鮮半島に侵攻しなければ、朝鮮人(北朝鮮・韓国)は未だに貧困が続いていた筈に違いない。日本人が我が国の発展に寄与してくれたという感謝の念など一切持ち合わせていない。旧日本軍は、韓国人に対して迫害などした事実もなく、慰安婦問題を逆手にとり、反日感情を激化しているだけだ。敵対し、韓国中に反日の気運を盛り上げることで、国民が一致団結する口実にしているだけにすぎない。
 日本が戦後、韓国に対し、どれだけの経済援助をしたかなど、一切触れず、未だに問題をくすぶらせている。やっと慰安婦問題にけりをつけたが、慰安婦像は撤去されないままだし、日本人の悪行を全世界に知らしめようと、全く関係のない外国に慰安婦像を立てる悪徳行為を繰り返している。また、竹島を実効支配するなどの領土問題、靖国問題を、今でも反日の旗印にし、強烈に批判をしている。
 日本人も相当なお人よしで、政治と文化を切り離し、40代以上のおばさん世代の女性たちは「韓国ドラマ」をこぞって見る。アホかと言いたい。韓国俳優にうつつを抜かし、韓国が日本人を心底嫌っていることを度返しし、K-POPアイドルすらチヤホヤする始末。実に情けない。

 韓国人はさぞかし世界一偉い民族と自負しており、常に上から目線で人を見下す。気に入らないことがあると、「火病ワールド炸裂」で、精神分裂症の如く他人を傷つけ、周囲に当たり散らす。スポーツに政治を持ち込み、様々な画策でアピールし、ラフファイトはお手の物。審判の裁定に喰い付き、負ければ誤審を叫ぶ愚直な発想。アホの集団としか思えない。

 また、有名人を見ればいかに帰化した韓国人が多いことか。いずれも精神的に問題があり、己を誇示しようとする輩ばかりであることに気づくだろう。ではどんな人が韓国から帰化したのか見てみたい。

 1 山根明元日本ボクシング連盟会長

 この人の一連の騒動の立ち居振る舞いを見ていて、どこか日本人ズレしていると感じていたが、やはり韓国からの気化人だった。あの横暴な振る舞いや自己顕示欲の塊と思えるような言動、虎の威を借るように暴力団との付き合いまで出して自らの力を誇示する発言。感情的な物言いなど、すべてが狂っている。周囲に気を遣わせ、それで本人は殿さま気分。こういう輩はいずれは反感を買って裏切られて失脚するのは目に見えていた。案の定そうなった。偉ぶって傲慢な振る舞いは、必ずやこういう終末を迎えるのだ。

 2 張本勲

 なんでも一番でなければ気に入らず、努力の過程を評価せず、1位だけを優遇する。負けず嫌いで、自分の記録がイチローに抜かれた際も、日本では私が一番と譲らない。他人の功績を認めず、我こそが一番と自画自賛が過ぎる。これこそが韓国人気質の典型だ。毎回問題発言のオンパレード、私は目障りなので「サンデーモーニング」のコメンテーターを外して貰いたいが、彼を外すと韓国からのバッシングが激化するため、TBSの経営陣は未だに英断できずにいる。

 3 和田アキ子

 自分の力を誇示し、大きく見せようという姿勢しかない。乱暴な言葉遣いで、親分肌の振る舞いで手下を作る。たいした実力も人望もないのに、お山の大将でおさまりたがる。この人を辞めさせられないのは、芸能界自体が韓国からの帰化人の集団だからだ。唯一国営放送のNHKだけは、こうした韓国人気質を見抜き、紅白を外したが、未だにTBSやフジなどは、韓国帰化人の巣窟であるがゆえにクビを切れないでいる。

 他にも在日韓国人や朝鮮からの帰化人を見れば、気性が荒かったり、短気だったり、すぐに怒ったりするような印象がある方々ばかりだ。

 木下優樹菜、錦野旦、松田優作、金田正一、金本知憲、力道山、岩城滉一、南果歩、
 小沢一郎、水原希子、玉山鉄二、松坂慶子、布袋寅泰、水沢エレナ、矢沢永吉、
 井川遥、豊川悦司

 確かに、韓国人の特徴である「目が細くてつり上がっている」印象を受ける方たちばかりだ。外見で人を判断するのは愚の骨頂だが、キレやすいとか精神的に病んでいるイメージがどうしても付きまとう。

2018年8月14日 (火)

えっ!あれからもう30年?

 昭和生まれの私にとって、今年平成が30年経過し、来年には新しい年号になるというのはある意味信じられない。平成の30年は私が20代から50代までを過ごした時期だが、私にとっては10代を過ごした昭和のほうがなぜか強烈に印象に残っているのはなぜだろうか?

 それは若い時分の体験の記憶は、たとえ失恋という苦しい想い出であっても、時間の経過と共に美化されてしまうものなのだろうか?

 今日は、バブルの絶頂だった31年前のCMを取り上げたい。記憶に残っていると思われるが、あれから30年以上が経過しているとは思えない状況だ。

 I feel coke 87 ~ ある一日編

 I feel coke 87 ~ ある一日編・夏

  佐藤竹善が歌う「爽やかすぎるこのCMソング」は私のカラオケの十八番だった。様々なバージョンが作られ、コカ・コーラがバカ売れした時期だった。
夏編の最後に登場する浴衣姿の女の子がお気に入りだったが、今ではアラフィフくらいになっているのかと思うと、痛切に時の流れの儚さを感じてしまう。

 

 さて、同年代の方には共感してもらえると思うが、みなさんはどう感じたでしょうか?私は一番人生で楽しい大学生時代や20代をバブル期に迎えられたことは幸せだったと思う。

2018年8月12日 (日)

懐かしい三行ラブレター

 もう8年も前になる。「深いい話」でやっていた「三行ラブレター」。恋愛バイブルのようなどこか歯がゆくなるような恋愛シチュエーションを書き綴って番組に投稿し、それを紹介するというもの。

 意外と傑作だったり、「わかる~」と思わず納得したり、共感できる内容のものが多く、体験に基づくものなので信憑性があった。

 では私が特に秀作だと思うものをセレクトした動画をお送りしたい。

 三行ラブレター冬の甲子園編

 最後の「鈴木さん、美穂さん、美穂、呼び方も随分変わったな、  ママ」というのがたまらない。これは私のツボだ。ハッピーエンドで終わるものがどこか清清しいが、恋愛ストーリーは決して良いことばかりではない。私などは恋愛に関してはほろ苦い経験しかしていない。

 三行ラブレター甲子園編

 男性目線と女性の視点ではこうも違うのかと感慨深いものがある。中には歯が浮くような木っ端恥ずかしいものもあるが、されど、互いを愛おしく思う気持ちは変わらない。

 三行ラブレター夏の甲子園編

 恋愛期には、楽しいことばかりではない。相手への思い入れが強ければ強いほど切ない場面も多くなる。そんな思いをたった三行で表現できるのは、それなりの人生経験や恋愛体験を積んでいるからだと思う。空想や妄想で描こうとしても、どこか無理があるし、ハマらない印象が否めないはずだ。

 こうした相手を思いやるような恋愛観を今の若い人もぜひ育んでほしいと願う。

 

2018年8月10日 (金)

伝説の2004年アジアカップ

 この大会はまさに神がかっていた。ジーコJAPANが「完全アウェー」となる中国・重慶で行われたアジアカップで奇跡に次ぐ奇跡を呼び、念願のアジア頂点に立った伝説の大会だ。

 何度も絶体絶命に追い込まれながら、まるで不死鳥の如く甦った。重慶は第二次大戦時に、旧日本軍が大規模空爆を行い、多数の死傷者を出したとされる因縁の場所だけに、日本人憎さの感情から、日本人選手が球を持つと大ブーイング、日本と対戦したヨルダンやバーレーンの選手がボールを持つと大歓声、そして得点を入れると拍手喝采という、まさに生き地獄のような雰囲気の中での死闘を演じることになった。ここまであからさまに反日感情をあらわにした中国人民の絶叫の中、日本人選手たちは必死にプレーした。

 では決勝トーナメント準々決勝のヨルダン戦から振り返りたい。

 1 2004年アジアカップ準々決勝「ヨルダン戦」ハイライト

 中東のずる賢いサッカーに戸惑い、あるいは個人技の前になすすべも無く、先制を奪われる苦しい戦い。見ているほうも手に汗にぎる苦しい展開。ピンチの連続にその度に飛び出すGK川口の絶妙のファインセーブ。一挙手一投足が見逃せない状況。延長前後半でも決着がつかず、勝負はPK戦に。日本選手が外すと大拍手。あまりにも露骨な中国人観衆。歴史・政治をスポーツに持ち込むのは韓国人と同じ。
 ここでも川口が奇跡のスーパーセーブを連発、絶望の淵から日本を救ったのだった。
 スポーツは下駄を履くまでわからない。最後の最後まで諦めてはいけないことを教えてくれた。

 川口のPK阻止はこちら→ https://www.youtube.com/watch?v=tXAjaWe2Vnw

 2 準決勝「バーレーン戦」ハイライト

  相手に先制される厳しい展開。何度もゴール前を脅かされながらも、守護神GKの川口の再三再四に渡るスーパーセーブに救われた。そして、後半、遠藤がファールで一発退場に遭うアクシデントの中、中田浩二と玉田の奇跡のゴールが生まれた。そして一進一退の攻防の中、勝ち越しゴールを奪われていた日本が土壇場で中澤の同点ヘッドで追いつき、  延長戦の末、玉田のゴールで逆転、終了間際、バーレーンの怒涛の反撃を体を張って守りきった日本が見事逆転勝ちした。そして開催国である中国との決勝戦に駒を進めた。

 3 決勝「中国戦」ハイライト

 憎悪の塊だった重慶から会場を首都・北京に移した決勝戦。地元の中国と争うこととなった。ここでも中国に追いつかれた日本は、ピンチを凌ぎ、必死の形相でボールを追いかけた。最後まで諦めず、中田浩二、玉田が奇跡のゴールを連発し、日本の窮地を救った。

 スポーツの世界では、憎しみの感情からは何も生み出されないことや、正々堂々と戦うことの重要性を実証して見せた日本代表。スカッとした瞬間だった。これほど苦しみぬきながら勝ちき利、アジア一の称号を得た日本は、この戦いぶりによってアジアの強豪の名を手に入れたのだった。

 それにして頭が悪いのは、中国人サポーター。負けを認めず、抗日を叫び、選手の乗ったバスを包囲し、抗議活動。こんな愚かな国に真の発展などない。憎しみを引きずり、70年前の出来事を未だに恨み、何の関係のない選手に仕返しを図る愚行。「恥を知れ」と言いたい。

 あれから14年が経過した今、曲がりなりにも裕福になった中国人だが、かつての歴史を引きずるようでは、旧態依然だ。結局、何年たっても同じ発想でどうどう巡りを繰り返すだけだ。

 

2018年8月 8日 (水)

超一流アスリートが負けた天才

 最近、オリンピックや世界選手権で活躍したトップアスリートでも、若い頃に歯が立たなかった天才がいることを紹介する動画サイトを見て愕然としたと同時に、感動を覚えた。
 今ではカリスマと呼ばれる選手でも、かつてそんな辛酸を舐めていたとは・・・。憧れの存在や目標とする選手がいて、いつかその人を倒したいと練習を積み重ねたり、ライバルと互いに切磋琢磨し、成長していくことを再認識させるVだった。

 その動画は「消えた天才」と呼ばれるテレビ番組だった。

 1 桐生祥秀が一度も勝てなかった天才

 2 アテネ団体金メダリストたちが勝てなかった天才

 3 井上康生に2度黒星をつけた天才柔道家

 4 高橋大輔が絶対に勝てないと思った天才フィギュアスケーター

 5 野獣 金 松本薫が衝撃を受けた金メダルに最も近かった天才

 世界を狙える逸材として期待され、アスリートとして絶頂だった時に、突如言い渡された悪魔のような宣告。「小児ガン」にかかり、内臓を切除する手術と、生きることに精一杯の毎日。しかし彼女は決して諦めることは無く、父親に元気になった姿を見てもらいたい一心で懸命に闘病とリハビリに挑み、難病を克服して再び畳の上に。彼女の生き様に感動した・・・。

 6 福原愛が人生で一度だけ負けた天才

 https://www.youtube.com/watch?v=lSU7GV3VPmk

 7 水谷準が唯一勝てないと思った天才

 https://www.youtube.com/watch?v=pCmBLBJxfUA

 共通しているのは、そんな将来を嘱望された若き天才なのに、日本代表にも選出されず、ましてオリンピックなどの世界の檜舞台に立たずしてひっそりと去って行ったという勿体ない事実だ。
 そして彼らは、違う職業を選び、異なる道を歩んでいるという点だ。早熟だった人もいれば、自分の才能や努力に限界を感じた人、決断したのはそれぞれだが、天性の才能を発揮できずに、第一線から退いたのは、それなりの理由があったのだ。

 たとえ一時期であっても花開いた最盛期があり、他者に影響を与えた天賦の才能があったからこそ、それまで負けていたトップ選手を奮い立たせたことは紛れもない事実であり、スポーツはまさに筋書きが無く、その先どうなるかは誰にもわからないという点で、人を魅了するのだと思う。

2018年8月 6日 (月)

心に残る夏のCM

 今年の夏は「平成最後の夏」でもある。そう考えると30回目の夏でも、何か特別な存在のような気がする。飛び切り想い出に残る体験をしたくなる。
 連日35℃を超えるヒートアイランドにおいて、夏と言えば変わらない存在がある。風物詩と呼べるかもしれないが、私は「蚊取り線香」「花火」「浴衣」「風鈴」「スイカ」「海水浴」「照りつける太陽」「夕立ち」「かぶと虫」などをイメージする。
 しかし。一番記憶にあるのは、夏をイメージしたCMたちだ。私が半世紀以上生きて来た中で、特に心に残っているCMを3つ取り上げたい。

 1 コカ・コーラ「僕たちの同窓会」2001年

 波乗りジョニーが流行ったのは2001年。もう17年も前の出来事。その頃に流れていた懐かしいCM。このCMを見ると、昔の友の懐かしい顔が思い浮かぶ。そしてお盆に帰省する家族や友人の姿を思い起こさせる。「No Reason」がキャッチフレーズだった。

 2 サントリー「氷結」2013年

 藤井美菜さんが大好きで、あの端正な美しい顔立ちは男心を魅了する。現京本政樹夫人の山本博美さんをほうふつさせる。私の大学の後輩でもあるので、なおさら応援したい。当時は、彼女の浴衣姿に見とれてしまった。このCMがもう5年前だったなんて俄かに信じがたい。

 ポカリスェット「揺れる想い」

 若さが躍動する、そんな夏のCMがポカリスェットだ。歴代の作品で美少女アイドルや若手女優を起用して来た。私は1993年、今からもう25年も前に放送された「一色紗英」のバージョンがお気に入りで、また歌っていたのが「坂井泉水」さんだったから、なおさら印象深い。

2018年8月 1日 (水)

知らなかった運転の雑学知識

 自動車免許を取得するには、教習所で学科講習と技能教習を受講しなければならない。しかし、教習所で受け取った交通教本を勉強して覚え、学科試験で9割取ったにもかかわらず、実際に運転してみると、意外に知らないことが多くある。それは経験や失敗して身につくものもあるが、一つ間違えて大事故につながりかねないケースも多々ある。
 今日は、普段、知らずに乗っている車の予備知識や雑学を取り上げたい。

 AT車の信号待ち「Dレンジ」のまま?「Nレンジ」にする?

 この動画を見ると絶対に「Dレンジ」にたくなる。

 横滑り防止装置(ESC)の意味

 新品タイヤのサイドにある赤と黄色のマーク

 高速やバイパスの合流、右ウィンカー?それとも左ウィンカー?

 結論は停止線がある場合は左、なければ右ということだ。皆さん、ご存知でしたか?

 右折レーン手前にあるゼブラゾーン走行は違反?

 ゼブラゾーンを正式に「導流帯」と呼ぶことも知らなかった。
 教習所ではゼブラゾーン走行は禁止と教えているところが多いが、道路交通法や施行規則には「導流帯」走行を取り締まる条文はない。
 しかし、これは危険で、ゼブラゾーン走行が違反と思っているドライバーとゼブラゾーン走行OKと認識している運転手が混在すれば、その入口で必ず接触事故が頻繁に起きる。どちらかに統一して欲しい。

 外気と内規循環の使い分け

 私自身は常時内気循環に固定していた。それは外気を入れると冬は寒気を車内に入れてしまうし、夏は生暖かい空気を車内に取り込んでしまう。また、田舎道を走っていると、臭い肥溜めの匂いが車内に充満することもある。
 ここで言う外気導入のメリットはフロントガラスが曇りにくい点や、車内の換気が出来る点らしいが、エアコンを効率よく効かせるためにも内規循環で行きたい。

 さて、今回はスペースの関係でここまで。また面白い雑学知識があれば取り上げたい。

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