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2018年7月20日 (金)

衝撃的だった芸能人の訃報①

 今年は闘将星野仙一さんに始まり、歌手の西城秀樹さんの訃報に接し、大きな衝撃を受けた。有名人や芸能人の急死の知らせは、あまりにも衝撃的で、多方面に影響を与える。私が半世紀生きてきた中で、衝撃を受けた訃報について10例を取り上げたい。

 石原裕次郎

 昭和の大スター「裕ちゃん」こと石原裕次郎の死は昭和の終焉を告げているようだった。日活スターとして芸能界のトップに君臨し、裕次郎カットや太陽族なる流行を生み出し、多くの映画やドラマに出演した。太陽にほえろのボス役や石原プロモーションの代表として「大都会シリーズ」、「西部警察」シリーズなど、多くの名作を世に遺した。
 晩年は、スキーでの大怪我や大動脈瘤破裂など大病との闘いだった。
 私の大学の大先輩でもあり、今でも尊敬している。「ブランデーグラス」や「恋の町札幌」は私の十八番でもある。

 美空ひばり

 昭和の歌姫として長年にわたり日本の芸能界に君臨した女王だった。子役時代から銀幕のスターとして戦後の昭和歌謡界を支え続けた。晩年は度重なる病との闘いの日々だった。その都度、不死鳥の如く甦り、東京ドームの復活コンサートは伝説となった。

 松田優作(病死)

 ハードボイルドな外見とは裏腹に、内面は繊細な性格をしていた。
 1988年、時代映画『華の乱』の撮影をしている頃から、松田は尿が出なくなり腹がパンパンに張っていたという。その後アメリカ映画『ブラック・レイン』に出演し、念願のハリウッドデビューを飾る。同映画の撮影時点で自身が癌に侵されている事を知るが、延命治療を拒み、出演していた(妻の松田美由紀によると、癌の診断を信用せず次々に医師を変え、治療に進まなかったため知己の医師に「今は癌ではないが放置すると癌になる」と説得してくれるよう頼んでいたという)。
 なお、病気の事実を知る者は、撮影関係者では安岡力也のみであり、周囲にも堅く口止めがされていた。

 1989年11月6日午後6時45分、入院中の東京都武蔵野市にある西窪病院 (現在の武蔵野陽和会病院)で膀胱癌の腰部転移により死去した。40歳没。

 個人的に10代の頃、大好きだった俳優さんで、「太陽にほえろ!」のジーパン刑事、「探偵物語」、「蘇える金狼」のイメージが強くある。

 尾崎豊(不審死)

 謎の死の全貌 https://www.youtube.com/watch?v=P429o5JOnPg

 反逆のカリスマとして、若者たちのハートを鷲掴みにしていた彼だが、怪死というべき謎の死を遂げた。一節には、発見時に体中にあざや傷があったことから、リンチの末に亡くなったとか、覚醒剤使用の副作用も原因ではないかと囁かれた。
検視の結果、覚醒剤で錯乱状態に陥った彼が、自ら転倒したり暴れて転げ回っていたという証言を警官が確認しており、このような異常行動は覚醒剤中毒者にありがちな行為だということで事件性は無いと判断された。
 彼はB型だったが、彼の仲間内はB型ばかりだった。岡村靖幸、吉川晃司、川上麻衣子、白井貴子、南野陽子、坂本龍一、本田泰章などで、B型は同じB型しか認めないし、つるまないということの証明になる。

 テレサ・テン(不審死)

 台湾出身の歌手。1970年代から1990年代にかけて、中華文化圏全域ないし日本、タイ、マレーシアなども含めたアジアにおいて広く人気を博したその業績から、生前から没後も「アジアの歌姫」と呼ばれている。今でも人気は高く、「つぐない」「愛人」「別れの予感」などをカラオケのレパートリーにしている方々が多い。
 1995年5月8日、静養のためたびたび訪れていたタイ・チェンマイのメイピンホテルで気管支喘息による発作のため死去。42歳の若さだった。富と名声を得ながらも、晩年は孤独な独身生活を送っていた。

 本日はスペースの関係でここまでとしたい。続きは次回お送りしたいと思う。あと5名、私が衝撃を受けた芸能人の死去の報道。一体誰が登場するか、想像しながらお待ちください。

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