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2018年5月

2018年5月31日 (木)

人間のクズどもは追放!

 Youtube動画を見ていると、日本にもどうしようもない奴らがわんさかいることに愕然とする。紅葉マークを付けたお年寄りの乱暴運転や若者の後先考えない集団によるバカ行動など。一体日本はどうなってしまうんだと不安さえ覚えてしまう。これも「ゆとり教育」「個性重視教育」が生んだ弊害だ。公共心もなく、自己中で目立ちたがり屋ばかりを生み出したアホな教育制度のせいで、日本も欧米並みに成り下がった人種で溢れかえっている。

 最近のこうした現状を鑑みて、日本人としてどうなんだろうという馬鹿げた行動を平気でしでかす愚か者たちの動画をセレクトしてみた。

 1 基地外運転

 交通ルール完全無視。右側通行。しかも完全信号無視。ここは欧米か。しかもよくみると「身体障害者」マークを付けている。左折者や右折待ちの車がこの車線に入ってきたら衝突必至だ。こういう奴は免許を没収したほうが社会のためだ。

 2 高齢者の「老害」たるゆえんの危険運転

 孫を助手席に乗せた状態でこの危険運転はない。追い越し禁止の黄色線を平然とはみ出し、前が詰まっている一車線道路で追い越しをかけるキチガイ運転。孫を道連れに地獄に堕ちろ気か。  
 おばさんと爺さんは待つことができない人種なのか。我先にと気が焦り、譲るという概念を持ち合わせていない。性格的にゆとりや余裕もないことをこれらの映像は如実に物語っている。

 3 煽り運転で停車させた違反老人が逮捕も反省なし

https://www.youtube.com/watch?v=W3EF_oslXGc

 制限速度を守って走行していた車を後方から煽り、ハミ禁違反をして急停車させ、暴言を吐いた老人が逮捕された。自己中極まりない暴挙だが、逮捕後も反省の色は全くなく、PC護送中も不適にも笑みを浮かべた。公道を我が物顔で走り、模範ドライバーを罵倒するクソ老人。こういう輩がいるから「老害」と言われるのだ。
釈放しても懲りずに同じことを繰り返し、事故を誘発するだけだから、こういう輩は交通刑務所から出さないで貰いたい。

4 自分がよそ見して追突したクセにバックしたと因縁をつける老害

 じじぃは思い上がりが甚だしい。歳喰ってる分、偉ぶって自分が正しいと思い込んでいる。明らかに自分に非があるのに、他人を責め立てる。始末が悪い。高齢者の事故(自動車運転・歩行中の事故)が無くなれば、事故全体の6割以上が減ると言われている。自覚していない輩が事故を起こして若者を死に追いやるのだ。

 4 ノリで迷惑行為をしでかすバカ者集

 連日、報道される『バカッター』なるモラル無き人達の愚かな行為。周りの人様に多大なる迷惑と損害を与え、悪ふざけの域だと勘違い。注目され隊、目立ちたい一心でこうしたハメを外しまくった自撮り撮影。
 インスタ狙いなのか、常識はずれのおふざけ画像や動画を撮影するバカ者が後を絶たない。ウケればそれで満足とばかりに、後先考えず、悪ノリで迷惑行為を行う。世も末だと日本の行く末を危惧せざるを得ない。
 こういう輩は性懲りもなく、何度も同じ過ちを繰り返す。ろくな大人にならないし、自分の子供に躾などできやしない。子どもを金髪にし、ピアスをさせる、そんな親になるだけだ。それを個性と勘違いするのはバカ親の証拠だ。社会規範など無視する自己中の大人を育てるだけだ。

 5月29日にこの事件が急展開を見せた。それは、2004年に起きた岡山県津山市の小学生の女児が自宅で刺殺された事件で、服役中の男が犯行を自供し、再逮捕されたが、これも女子生徒を狙って、暴行をはたらいていた男の仕業だった。余罪が数多くあるのに、それを放置していた警察や周囲にも問題がある。しかもこの親は、息子の躾もできておらず、マスコミの取材に対し、「急にそんなことを言われてドキドキしてしまって」とうろたえるばかりで、息子がしでかした重大犯罪に対し、被害者への謝罪の言葉も無く、逆に自分のほうが被害者であるかのような発言に終始していた。「この子にしてこの親」だ。幼少期から子どもをきちんと躾ないと、このような駄目な大人に成長するという典型例だ。

2018年5月29日 (火)

郡山ゴーストタウン?!

 タイトルだけを見れば、我が街・郡山は過疎化が進み、ゴーストタウン化しているような印象を与えるかもしれないが、決してそうではない。ではなにゆえこのようなマイナスイメージのテーマで記事をしたためるのか?

 それは郡山の中心市街地のみならず、市内北西部に位置する「磐梯熱海温泉街」でさえ、もう使われなくなった店舗や廃業した旅館が廃墟化している。解体費用も膨大に嵩むことから、醜くもそのままの姿で放置されている現状を危惧してのことにほかならない。

 ではさっそくタイトルに掲げた内容を実証したい。

 1 太田記念病院(中町)

 歴史は古く、明治28年に郡山市の中町に医院を開設。昭和32年に、今廃墟として残されている病院の建物が竣工した。
 1989年9月、太田西ノ内病院へ移設。1989年10月熱海総合病院を太田熱海病院に改称。2009年3月閉院。(廃墟検索地図の記事より)

 ここは私が幼少期から中町にあった郡山一巨大な大病院。子どもの頃は、救急指定だったこともあり、「ここに運ばれれば死ぬ」という悪評まで立ったが、これがなければ郡山に巨大病院はなかった。太田一族は、先祖代々、親戚までもが医師の家系で、市内各地で大小多くの病院経営を行っている。現在は太田西ノ内と太田熱海病院を展開している。
 歴史が古いだけに、移転するまでの42年の間に一体何人の患者がここで亡くなったのだろうか?死者のさまよえる魂が浮遊しているかもしれない。ここを解体し、いったん更地にして再開発しても何かしらの非科学的な現象が起きるかもしれない。
 まして郡山にあった「室塚医院」(虎丸町)や「本多記念病院」(並木)のように、解体後、マンションにするのだけは勘弁して欲しい。怖くてそんなマンションには住めない。

Otakinen

 なお、念のためだ群馬県にある太田総合病院とは全く関係が無い。

 2 星綜合病院(大町)

 郡山市大町2丁目に病院があったが、建物の老朽化が進んでいたため、2011年1月に新築移転の認可が行われた。その後、同年3月11日の東北地方太平洋沖地震で建物が大きく被災している。現在も解体はされておらず、当時のまま残されているが、地震の影響で、渡り通路が空中でぶら下がったまま朽ちている。敷地内はバリケードで囲まれているため、落下物の犠牲になることはないが、巨大な渡り通路が落下するのも時間の問題だ。

 新病院はかつて福交ゴルフガーデンの打ちっぱなし場があった跡地に建てられた。土木工事で化学薬品が大量に検出され、一時工事がストップした。
 となりがアミューズメントパーク「ラウンド1」で、東部幹線道路を挟んだ東側は昔、火葬場だった場所。よくこの場所に巨大病院を建設したものだ。
 名前の通り、上空からこの大病院を見ると、「星形」をしている。大町の時には高層ビルが2棟あったが、5階建てだが、低く感じる。
 各フロアともに明るく、開かれた病院という印象が強い。
 ちなみに、ここの星北斗理事長は、何を隠そう、私の中学校の1つ上の先輩だ。何度も話したことがある。全校生を前にして、「電子レンジ」の仕組みを説明し、マイクロウェーブ波の特性について解説するほど頭が良かった記憶がある。
 また、私の2人の子どもはここの産婦人科で誕生したし、耳鼻科によく診察券を取りに行ったものだ。

Hoshisougou

 3 寿泉堂病院(大町)

 私はここで診療を受けたことがあるし、母親が25年前に「一過性脳虚血」で入院した際に、何度も見舞いに訪れた。駅前の市街地にど~んと構え、昔ながらの古い佇まいを見せていた。後から増築したかのような迷路のような作りだった。

 しかし、その後、第2うすいの南側に高層病院として生まれ変わった。ここが怖いには、1階~6階までが病院で、そこから上層階がマンションで居住可能な点。一見、同じビル内に総合病院があるのは、病気の際ありがたく感じるが、病院というところは、大勢の患者が命を落とす場所でもある。その同じ建物内に住めるのだろうか?そしてここは救急指定病院になっており、夜中だろうが何だろうが、救急車のサイレン音がけたたましく、安眠妨害も甚だしいはずだ。
 駅前に建ったロイネットホテルやアパホテルからこの廃墟が丸見えで、宿泊客は、どういう気持ちでこの病院を見ているのだろうか?マイナスイメージは否めない。

Jyusendou

 この3大病院廃墟については「Webログ郡山」に詳しく書かれています。

 http://weblogkoriyama.blog.fc2.com/blog-entry-7.html

 郡山には他にも「南東北病院」という巨大病院が存在している。福島正徳先生が来て脳腫瘍の鍵穴手術をするので有名だったが、最近は、院内感染で死者を出し、悪い評判が立った。ここには廃墟はない。富久山~八山田界隈に次々と病棟を増設し、さらに巨大化している。

 他にも病院だった場所は、並木の「本多記念病院」や郡山警察署斜め向かいの「福島中央病院」(図景)、「旧国立郡山病院」(希望ヶ丘)、「保科医院」(細沼)などがあるし、泌尿器科系の斗星堂病院(清水台)もあった。

Hondamemorial

 4 うすい百貨店女子寮(多田野町)

 今から30年以上も前まで使われていた老舗百貨店「うすい」の女子寮。なんと中心市街地から15kmも離れた多田野町の田舎に建てられた。まるでうら若き女性達を隔離しているかのようで、三森峠に向かう手前の辺鄙な場所にある。学校のような作りだが、投じはここで集団生活を送っていたのかと考えるとおぞましい限りだ。周辺には墓地があるし、街灯も店などもない。夜中に怖くて外出などできない。
 中に入ったことがないので、内部は不明だが、不心得な人が不法に入り込んで内部を撮影したようだ。外観もそうだが寮というよりもまるで学校といった佇まいだ。

Usui3
Usui2

 5 河鹿荘(熱海町)

 ここも30年以上も前に廃業した老舗ホテル。奥行きが無く、今で言う「アパホテル」のような造り。夏場は雑草がぼうぼうで、足を踏み入れるのを憚りたい朽ち果てた状態。客室の窓は割れ、浮浪者が入り込んで生活していそうな佇まい。一時期、肝試しや廃墟マニアが入り込んで、骨壷を発見したという噂があったが、それは真実だった。
 私は怖くて足を踏み入れたことは無い。というより、不法侵入で逮捕されるのが関の山。

 6 磐梯熱海駅前の閉店したスーパー

 今から20年くらい前、まだ営業していた時に、店で買い物した経験がある。昔ながらの地元密着の良心的な店だった。今は建物自体は残っているが、物寂しい有様だ。この近くの元湯温泉旧館も廃屋になっているが、そこで肝試しをしていた男2人が、遺体を発見して騒然となったのを新聞記事で読んだ。

 いつのまにか撤退や廃業して規模縮小や無くなった店

 ワークマン・・・今は大槻町、安積町荒井、富久山町、小原田の4店舗のみ

 コメリ・・・富久山町、守山、希望が丘の3店舗 かつては7~8店舗あった

 ビバホーム・・・今では針生と桑野のみ かつては安積、喜久田、横塚にもあった

 カンセキ・・・ホームセンターだが、かつては新さくら通りの堤と亀田にもあった。しかし、
        ビバ、カインズ、ケイヨーD2、ジョイフル山新、ダイユー8などホームセンター
        激戦区の郡山にあって、あえなく撤退した。

 リオンドール(旧ライオンドー)・・・会津が本拠の大型スーパーだが、今や郡山市内には
        西田町に一店舗あるのみ かつては備前舘や新さくら通りにもあった。

 スキーショップ・・・ビクトリア(朝日)・アルペン(桜木)

 味の民芸・・・かつては長者や安積町荒井にあった。福島県からは完全撤退

 サンショー・・・イゲタストアから名称を変えて事業拡大したスーパー。東部幹線沿いの今
         や「ペップキッズ郡山」がある

 半田屋・・・東部幹線の横塚にあった仙台が本社のセルフ型レストラン。私の行きつけだ
       ったが、1年ほど前に撤退した。

 何か栄枯盛衰を感じてしまう。流行り廃りが著しい現代において、市民に愛され残る店と、切り捨てられる運命だった店や建物。この差はあまりにも激しい。

 ひとつ気がかりは、そうした店舗で働いていた従業員はどうなったのだろうか?解雇されて、仕事を失ったのか。それとも配置転換で別の店へ異動になったのか・・・。

 

2018年5月27日 (日)

「奥の松酒造」の実力と苦悩

 実力があり、全国的に高評価を得ているのに会社更生法適用の憂き目に遭ったり、売り上げが伸び悩んでいる酒蔵がある。
 それは二本松にある酒造メーカーだ。二本松と言えば「大七」が日本全国の地酒ファンを虜にしている人気酒だが、ほかにも「千功成」が売れ行き好調な檜物屋酒造店がある。

 しかし、その両者をも凌ぐほどの高評価を挙げているにもかかわらず、売れ行きがイマイチの酒蔵があるのをご存知だろうか。それは「奥の松酒造」だ。今は、「東日本酒造協業組合」という名称に変わっているが、この「奥の松」は福島県民なら古くから知っている銘柄だ。しかし、なぜか地元では人気が無く、売れ行きも悪い。なぜだろう。

 「実力があるのに」と言ったのはお世辞でも何でもない。今年4月に開催された「2018年度モンドセレクション」において、純米大吟醸部門で最高金賞を受賞。さらに5月17日に発表された「全国新酒鑑評会」で、平成30年までなんと10年連続金賞を受賞し、かつまたその翌日に発表されたIWC(インターナショナルワインチャレンジ)でも1,639の銘柄が出品された中、純米酒部門、名倉山酒造の「月弓」とともに吟醸酒部門で最高賞を受賞した。

Okunomatu

 
 今年、金賞受賞数で6年連続日本一に輝いた福島県産酒の中でも、これほどの受賞歴に敵うものはない。なのに、なにゆえ売れ行きが悪いのか?

 私が思うに、多少の風評被害はあるかもしれないが、私はPR不足も災いしているように思う。新潟の「越乃寒梅」や「久保田」などは、たいして旨くもないのに、大々的な宣伝や口コミで大ブームを巻き起こした。両者より、我が福島県の「国権」やこの「奥の松」、「天明」、「会津中将」のほうが断然旨い。しかし、いかんせん、宣伝ベタでは「奥の松」という凄い実力を持つ酒があることを知らない地酒マニアもたくさんいるのだ。

 

 審査が厳しい「全国新酒鑑評会」で10年連続で金賞を受賞するのは並大抵ではない。しかも昨年は冷夏の影響で、米が不作と言われた年で、確かな酒造りの技術が無ければ、金賞など獲得できる筈がない。清冽な水と相まって、このような栄華を得るに至った。その功績は賛辞に値する。
 現代社会はコンピューターや携帯を使った情報戦略が必須。これをフルに活用し、販売戦略を確立し、国内外に広くPRして欲しい。腕は確かなのだから、「日本一」の酒を自信を持って販売してほしい。

 全国のみなさんも是非、この酒を飲んで欲しい。「あ~これが10年連続金賞受賞の実力か」と唸ることうあけあいだ。

 私は地元民として、そして地酒ファンの一人としてこの酒を自信を持って薦めたい。

 奥の松酒造のホームページはコチラ

 最後に、福島県民にはただただ懐かしいCMをどうぞ!

2018年5月26日 (土)

なんかいいCM

 心に残るCM作品がある。どこか懐かしい、甘酸っぱいような遠い記憶を掘り起こしてくれるような秀作だ。きょうはブレないようにふたつだけ紹介したい。

 docomo CM 初めてのキス篇(くるみ/Mr.Children)   

 この動画に寄せられたコメント

なんかCMも感動するし Docomoのロゴが懐かしくて泣ける

今ケータイアプリだらけのCMでつまらない。昔の方がユーモアで良かった。

あっま!!!!!青春やなぁー😭 甘すぎて胃もたれしそう...

 Mr.Children 「B-SIDE」CM   

やっぱり私は年代的に「ミスチル」になる。

 ミスチルのオリジナルアルバムには収録されなかったシングルのB面の曲のみを集めた裏ベストとでもいうべきアルバム。
CMではこのアルバムを発売するに至り制作された「ひびき」のミュージックビデオが使われています。ミスチルデビュー15年の歴史と青春時代が蘇ってきていいCMです。
収録曲もB面の曲とは思えないさすがのミスチルクオリティ。

 北海道拓殖銀行(たくぎん) CM 【吉岡秀隆】 1992   

 「北の国から」に出演していた頃の「純くん」こと吉岡秀隆が出演したCM。私は昔の面影を回顧したり、淡い想い出にどっぷり浸るようなシーンが大好物だ。

2018年5月25日 (金)

もう二度と見られない福島県内のCM

 今日もまた地元ネタ。我が愛する福島県で放送され、一時は大変な人気を博したイベントや誘致活動をPRするCMを取り上げたいと思う。今となっては懐かしい限りだが、間違いなく、そこには夢があったと思う。

 1 うつくしま未来博 

 うつくしま未来博は、2001年7月7日から9月30日まで、福島県須賀川市で開催された地方博覧会。日本で初めて森の中で開催された博覧会である。中央資本の有名メーカーがこぞってパビリオンを出展した。
 入場者アップに貢献するため、県内の小中高校では遠足で必ず訪れるよう通達があった。入場券も割り当てがあって、売りさばいて採算がとれるようにするなど無理があった。
 今はその跡地はニュータウン(住宅団地)として売り出されたが、市街地からはるか遠い山奥のため、あまり売れていない。

 2 首都機能移転

 うつくしまふくしま。「首都機能移転は、福島県へ。」

  「森に沈む都市」がキャッチフレーズだった。でも最後の「地震も少ないんだってよ」は・・・・。 福島空港開港、小名浜の国際貿易港整備、磐越自動車道・常磐自動車道・東北縦貫自動車道、そしてこの3つをつなぐトライアングルハイウェイ構想と、この頃は勢いがあって首都機能機転の最有力候補だった。それをすべてぶち壊したのが石原慎太郎の鶴の一声でした。PRのための広告宣伝費は莫大でした。

2018年5月24日 (木)

福島愛に満ち溢れた唄

 大学の4年以外、半世紀以上もの間、私は福島県に暮らしている。人一倍「福島愛」が強いと思っている。

 我が郷里・福島。震災の原発以降、出身地を大声で言うのも憚るようになった。「地元愛」が強い私には、それが悔しくて寂しくて仕方ない。

 しかし、震災以降、いろんな人が郷里・福島を思い返し、「大事なふるさと」として気持ちを改めてくれた。そして福島の復興を後押しし、応援してくれた。涙が出るほど嬉しかった。

 「鉄腕DASH」という番組がお気に入りだった私。TOKIOがこの地に舞い降りて、「DASH村」で開墾を始め、農業を通して福島県民とふれあい、そして地元の方たちと温かい交流をしてきた。アイドルでありながら、人間臭さに溢れた彼らの人間味あふれる人柄に惹かれた福島県民も少なくない筈だ。

 今、メンバーの山口達也さんの一件でグループが、危機的状況にある。私はこれまで彼らが福島県を応援し、支えてくれたことに感謝している一人として、山口さんが十分反省し、被害者への償いを終えたら、再び活動を続けてほしいと願っている。

 彼らは福島県内で放送している「福島のお米」のCMにノーギャラで出演し、食の安全性を身をもってPRしてくれた。その貢献度は筆舌に尽くしがたい。このたびの被害者の女子高生の心情を考えると、相殺は決してできないが、これで終わってしまうのは本意ではない筈だ。ぜひ誠心誠意、償いを終えたら、彼に復帰の機会を与えて欲しいと切に思う。

 私の愛する福島県、いろいろな問題で窮地に追い込まれているが、私は辛い時や悲しい時は、我が故郷を思い、そして自分のこれまでの人生の歩みを振り返ることにしている。

故郷があったからこそ、今の自分が地に足を付けていられるのだ。それは自分が生まれた場所であって、生活の基盤でもあり、そしてなにより私の人生の原点である。

 そんな福島県を一途に愛したくなる「福島愛に満ち溢れた唄」を紹介したい。

 福島県民なら誰でも、歌詞に登場する場所や名産品を知っているだろう。懐かしさや自分の故郷を誇れるものたちだ。自然豊かで人情が厚く、食や酒の宝庫。

 磐梯山、猪苗代湖、鶴ヶ城、飯盛山、五色沼、大内宿、吾妻小富士、三春滝桜、花見山、酪王カフェオレ、円盤餃子、喜多方ラーメン、いわきららみゅう、相馬野馬追、二本松菊人形、提灯祭り、こづゆ、白河だるま市、白河ラーメン、薄皮饅頭、いか人参、ままどおる、尾瀬、松明あかし・・・・

 私は、学生の頃、「こんな田舎から出て行って東京で一旗上げる」と意気盛んに飛び出した。大学生になって東京で暮らし、親のありがたみや故郷の大切さを身に染みて感じた。そして私は大学卒業と共に、故郷に戻って来た。

 福島とともに過ごした半生。あと何年生きられるかわからないが、最後まで福島を愛し続けたいと思う。  
 

2018年5月23日 (水)

懐かCM(街頭インタビュー編)

 1970~80年代の懐かしいCMの手法として「街頭インタビュー」がある。今でも「♪お皿洗いに~ジョイ」シリーズもその類だが、あの時代はそれが目新しかった。
 そこで、たぶん50代以上の方にはとても懐かしく思い出されるCMを集めてみました。

 エメロンクリームシャンプー&リンス

 全国各地でシャンプーの評判を聞くために街頭インタビューを決行する。不意を突かれた女性たちが恥じらいながら逃げ惑う。最後の「カメラにちょっとだけ振り向いてください」が決め台詞で、当時一世を風靡した人気CMとなった。

 別バージョンはコチラ

https://www.youtube.com/watch?v=4SpBxtNnVaA

https://www.youtube.com/watch?v=fDIBXwNiAT0

https://www.youtube.com/watch?v=TWYsXRI9g7I

 丸大わんぱくハムソーセージ

 1980年代に「4時ドラ」の最中によく流れていた。奥様方が照れながら受け応える場面が印象に残っていた。

 「ラーマソフト」奥様インタビュー

 かつてTBS系列の人気アナとして活躍した押坂忍さんが、ヘリコプターで各地に出向き、「ラーマソフト」の評判を探るという設定。1983年頃に制作されるパターンが多かった。個人的にはもっと昔だと思っていた。

 別バージョンはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=FewmHH5xZV4

 車で岸ユキさんが出掛けるバージョンはコチラ

https://www.youtube.com/watch?v=iE71UhTQoc4

 

2018年5月20日 (日)

日頃の疑念や不満をぶちまける記事

 本日の記事は過激な表現が含まれていることを承知された方のみお読みください。

 1 弁護士は自分の愛する妻や子どもを殺されても弁護できるのか?

 もちろん極端な例かもしれないが、弁護ができるかどうかという資格の問題ではなく、心情 的に弁護士だからと割り切って、わが子を殺した殺人者を弁護できるのか?
 被害者が他人の子、つまり対岸の火事だから、平気で残忍な手口で殺人を犯した者を弁護できるかもしれないが、いざ自分の愛する妻を殺した犯人を弁護などできやしない。たとえ、死刑廃止論を訴えている弁護士でも、犯人を殺してやりたいくらい憎むに相違ない。

 私は個人的な意見だが、犯罪者の片棒を担ぐ弁護人は、人間のクズだと思っている。司法試験に受かるくらいだから、どんなに頭がいいか知れないが、凶悪犯まで弁護士、罪を軽減する手助けをする弁護士は不要だ。「罪を憎み、人を憎まず」などという流暢なことを言うのは本音を隠した偽善者でしかない。
  

 2 日本を孤立させ、蔑ろにしようと画策する北朝鮮は滅びろ!

 いくら戦時の積年の恨みがあるにせよ、何の罪もない人を拉致し、自国に連れ去り、自由を奪った犯罪は許しがたい。しかも金日成の指図で国家ぐるみの大罪をはたいておきながら、それは解決済みで、それを蒸し返す日本を批判する愚直国家だ。
 国民を苦しめ、多くを強制収容所に送り、虫けら同様に扱い、何人粛清や処刑したかしれない悪の化身。金正恩は残忍な独裁者であって、それを神の如く人民に敬わせる国家体制は私に言わせればアホとしか言いようがない。
 制裁逃れのために、180°方向を転換し、韓国を巧に丸め込み、アメリカに媚を売り、中国をも抱き込み、そして強烈に日本バッシングを行う。

 彼の狙いは日本を孤立させ、攻撃の矛先を日本に向けようとする腹だ。朝鮮族はどこまでもずる汚く、知恵と策略をめぐらせる愚直な国家であり、悪の枢軸と考えなければならない。

 3 殺人犯をも更生させる現行法制度

 何の罪もない人を殺した極悪人を更生させる今の法律は狂っているとしか言いようがない。子どもを殺した者に罪を償わせるというが、どんな対価を支払ったとしても死んだ人間は報われない。死の恐怖にさらされ、精神的・肉体的に苦しんで死に至らしめた犯人がひょうひょうとこの世で生きながらえ、しかも我々国民の血税で食事を与えられるのは割に合わない。
 私は殺人者はどんな理由があるにせよ、同じ苦しみを味あわせてこそ平等と考える。そんな輩に弁護士をあてがうことさえちゃんちゃら可笑しいし、黙秘権などあり得ない。
 ひとり殺害くらいでは死刑にならないのが現行法。私は慶應義塾大学法学部で学んだ身として、法律を学ぶにつれ、今の刑法の不平等性を疑問に思ってきた。これで被害者は浮かばれないし、遺族も許せない筈だ。その後、将来どんな人生が待っていたかを鑑みると、殺人者は断じて許すわけにはいかない。

 4 宗教に逃げる奴は現実逃避者だ

 この世に神などいない。神がいるとしたら、どうして新潟の小学生があんな残忍な方法で殺害されなければならなかったのか・・・。将来やりたいこともたくさんあったろうし、明るい未来もあった筈だ。神様が本当にいるなら、鬼畜のような殺人者をこの世に産み落とす筈がない。何の罪もない少女が殺される理由などない。
 人一倍宗教心の強いアメリカ。毎週日曜日には教会へ礼拝に出向く信者が多い。しかし、毎週神に忠誠を誓った身でも、銃乱射で高校生らが命を落としている現状をなんと見る。神は犯罪者を創り出し、何の罪もない人を死に至らしめるのか。それも神の仕業だというのか。
 私は宗教に凝る奴は、何かしらにすがらないと生きていけない心が弱い奴だと思っている。現実から目を背け、ありもしないものに救いや助けを求めているだけだ。逆にそういう人の弱みに付け込んで宗教法人などは金を貪り取っている悪徳業者と同じだ。

 心が弱いから宗教に逃げ、現実逃避しているだけに過ぎない。神を語ったくだらないことわざや格言を挙げるとしよう。

 「触らぬ神に祟りなし」 「神をも恐れぬ行動」「恐れ入谷の鬼子母神」
 「苦しい時の神頼み」「神は自らを助くる者を助く」「捨てる神あれば拾う神あり」
 

 

2018年5月18日 (金)

もし私がW杯ロシア大会のメンバーを選ぶなら

 サッカーのワールドカップロシア大会を一か月後に控え、私なりにメンバー23人を選んでみた。

 GK(3人) 西川・川島・中村航

 DF(6人) 長友・・・左サイドの突破、オーバーラップしてクロスやセンタリングでゴールを
            演出できる。年齢的に次回は厳しい。今回がラストチャンスかも
 
        酒井宏・・・身長が高いのでセンターバックを任せたい 競り合いに強い

        昌子源・・・体格が良く、当たり負けしない ロングシュートでゴールをこじ開け
             る 屈強なので空中戦でマイボールにしたい

       酒井高・・・右サイドバックに最適 キープ力があり、相手FWと一対一に強い

       槙野・・・・セットプレー時に相手ゴール前でヘディングゴールを狙える

       吉田麻・・・センターバック。酒井と2人、長身で鉄壁の守り

 MF(8人) 井手口・・・W杯進出への立役者を選ばなかったら失礼すぎる

        武藤・・・ドリブル突破が巧く、シュート力もある 海外で実績を残している

        山口蛍・・・当たり負けしないボディーバランスの持ち主

        長谷部・・・押しも押せレもしない代表キャプテン 精神的な支柱でもある

        清武・・・冷静沈着でパスワークが上手い 司令塔に打ってつけ

        柴崎・・・清武と被るが、守備的でも攻撃的でも安定して実力を発揮する

        中島・・・彼のドリブルやパスワークは素晴らしい 小柄だが、DFの間を突破
             してゴール前になだれ込む技術は一級品

        本田・・・過去の実績は十分 緊張した場面でひと蹴りで雰囲気を変える

 FW(6人) 浅野・・・彼のスピードは脅威。後半、脚が止まった頃に投入すれば得点力が
            増す。

        宇佐美・・・海外クラブで着実に力をつけて来た。

        小林悠・・・昨年Jリーグ得点王、今年も絶好調 得点王を選ばないで誰を選 
             ぶ?

        原口・・・シュート力があり、セットプレーにも強い。

        大迫・・・彼は先発ではなく、後半に投入して流れを変える役目を願いたい。

        久保・・・相手を振り切ったり、ドリブルで突破できるテクニシャン

 岡崎と香川は怪我で体調が万全ではない。実績だけで選ぶと失敗するため、やめたほうがいい。前回大会も酷かった。もう2人ともピークは過ぎた。若手にチャンスを与えてほしい。

 はっきり言って、ロシアW杯は組み合わせに恵まれたが、一次リーグ予選の突破は難しいだろう。私は0勝2敗1分けで敗退すると見ている。ハリルが電撃解任され、西野監督が就任したが、いかんせん準備不足だ。戦術、体力、組織サッカーなど総合的に見ても、コロンビアには0-3で大敗、ポーランド戦も0-2、身体能力に優れたセネガルにも0-2で敗れ、1点も取れずに敗退すると予想する。まぁ今の現状を鑑みると、これが精一杯だろう。

2018年5月16日 (水)

懐かしい福島の地酒銘柄

 昨年、福島県の酒は5年連続日本一の栄誉に輝いた。これは全国新酒鑑評会でのことだが、これまで広島県と並ぶ最多連続金賞受賞なのだそうだ。

 確かに近年、日本酒の地酒ブームが起きている。我が福島もその例に漏れないほどの人気を誇っている。確かな米作り、清冽な蒸留水で仕込まれた福島の酒は、その厳しい寒さと相まって、酒造りには絶好の風土を有している。

 おそらく県外の人は、福島の地酒と聞くと、真っ先に思い浮かべるのは「飛露喜」ではないだろうか。確かに会津坂下町に蔵を構える「廣木酒造」は、素晴らしい酒造りを実践し、評価は高い。

 しかし、半世紀ほど福島県に居を構える私は、酒と言うと違うイメージを持つ。それは幼少期からテレビCMや自宅にあった酒を見ていたからで、今はその酒があまり出回っていないことに残念にさえ思えている。では、私が思う福島の地酒銘柄を挙げたい。

 1 花春

 昭和の時代は「会津」を代表する地酒と言えば、間違いなく「花春」だった。「会津のよさは酒の良さ」というキャッチコピーで数多くのCMが制作・放送されるほどメジャーな酒だった、日本酒がまだ特級・一級・二級という分類だった時代のことだ。居酒屋で日本酒と言えば、まずこの銘柄が出て来た。
 しかし、福島一の称号も、大量生産化を図った末に売り上げが落ち、莫大な広告費が足かせとなり会社更生法を適用するまでに至った。

 

 2 夢心

 喜多方にある夢心酒造。福島県民にとってはなじみ深いが、今はただただ懐かしい。CMもやらなくなった。

 3 栄川

 栄川酒造も会津の酒で、メジャーだった。磐梯町に醸造工場を建て、大量生産するに至った。今では主力は「栄四郎」に奪われている。入江繭子さんが出演したCMは爆発的ヒットとなった。「東北に酒あり」がキャッチフレーズだった。

https://www.youtube.com/watch?v=A28Ml3vbPKU

 4 ほまれ

 喜多方にある老舗酒蔵。「会津磐梯山の民謡に乗せた有名なCMは、福島県民にとっては懐かしい限りだ。ここの令嬢は「サンデーモーニング」のスポーツコーナーを担当している唐橋ユミアナウンサーで、ここは彼女の実家だ。

 5 末廣

 末廣酒造は若松市内にある老舗蔵元。野口英世のダブる。嘉永蔵は伝統ある。博士蔵もある。私が心に残るCMは今は亡き春日八郎さんが出演した作品だ。

 6 名倉山

 こちらも会津の酒造メーカー。今は「月弓(げっきゅう)」という銘柄に主力を譲ったが、老舗蔵元。

 7 大七

 「酒は大七、うまさは第一」というCMで泉大介さんが出演した。二本松にある老舗で、今でも世界大会でグランプリを獲得するなど高評価を得ている。「大七生もと」は全国で人気地酒トップ10にランキングされるほど。「箕輪門」は高級酒だ。

 8 奥の松

 二本松市にある地酒メーカー。ここも全国新酒鑑評会で県内産酒で最多の金賞受賞数を誇る。しかし、県内ではいつでも飲めるとあって、売り上げはさほど高くなく、一時期、経営難に陥り、倒産状態になったが、評価の高い銘柄を後世に残そうと努力を重ね、「東日本協同組合」という名称になった。

 ここ数年、我が福島県内において、地酒のCMはめっきり少なくなった。ゴールデンタイムはほとんど流れていないと思う。残念でならない。

 さて、60歳以上の福島県民なら、今日の記事の趣旨に賛同してくれると思う。昔は栄華を極めた地酒メーカーや銘柄も、時代の流行り廃れに翻弄され、長き伝統も脆くも崩れ去ってしまう。
 日本酒は日本人にとって絶対に切り捨ててはならない伝統文化であり、日本人の魂のよりどころでもある。絶対にも守り抜かなければならない。特に、「全国一」の福島の地酒は日本の宝であり、後世に残すべき特産物だと思う。

 さて、明日は「全国新酒鑑評会」の発表日だ。初の6年連続日本一になれるか?宮城や山形が最大のライバルだが、結果を楽しみに待とう。

2018年5月14日 (月)

城島茂の男気に久し振りに泣いた・・・。

 5月13日放送の「鉄腕DASH!」の最後の場面で流れたリーダー城島が米作りでお世話になった福島の農家の人たちに謝罪に出向いた映像。私はこれを見て、久し振りに泣いた。

 リーダーは何も悪くないのに深々と頭を下げる。そのリーダーの気持ちを知ってか知らずか、一緒に苦労して米作りを行った浪江の農家さんたちは、責めるどころか、温かい言葉で励ましたのだった。
 震災後も、「福島DASH村」を終わらせてはいけないと場所を福島市に移して、避難した浪江町の農家たちと一緒に取り組んだ「男米」の米作り。その共に苦労した「仲間」だから、リーダーの苦悩を誰よりもわかっている農家さんたちだから、この度の山口メンバーの出来事に対しても温かく迎え入れたのだと思う。

 我が福島県民にとって、「鉄腕DASH」は宝物のような番組だった。浪江町の津島という何もない山の中で、村を開拓し、三瓶明雄さんの指導により、米や野菜作りを通して農業というものを全国に発信続けた。
 震災後も、無償で福島の安全な野菜を全国にPRしてくれた心優しき男たち。私はこの映像を生で見て号泣した。

 全国でも翌月曜日にはなんと視聴回数100万件を突破するほどの大反響を得た。それほど「鉄腕DASH!」は日本人に愛されている国民的番組だと言える。

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 では、寄せられたコメントを紹介したい。

 この終わり方はずるいよ泣けて仕方がなかった リーダー頭下げてどんな言葉を言ったんだろう 辛かっただろうな

 宮城県民です。リアルタイムで見てました。本当に感動しました。会議の中でスタッフの方が「多分、気を使って連絡して来ない」と言っていましたが、これは農家の方から連絡する事ではないですよね。多分、福島の方は待っていたのではないでしょうか?と私は思います。今日の鉄腕DASHを見てこれから4人で頑張って欲しいと本当に思いました。

 今回の件(山口の件)では本当にリーダー(城島君)の男気を見た!この人がリーダーで良かったよ!福島の方々も心が広いしあったかい。また4人で頑張って欲しいねTOKIO。

 福島県民です。 最後のリーダーの姿を見て涙しました。 風評被害をもろともせず懸命に福島県産をアピールしてくれたTOKIO。 今度は福島県がTOKIOを助けてやらねばと心の底から思いました。

 天国の明雄さんへ TOKIOのメンバーを 見守ってあげて下さい。 お願いします🙇⤵リーダーの涙と福島の人の優しさと涙、福島の人は、山口達也君を待ってくれてるね

 ほんとに泣けました 福島の方々には感謝の気持ちでいっぱいです あの時のTOKIOに戻ってほしい(泣)

 46の男が仲間に尻拭いをさせてそれで終わりじゃ駄目だろ 何年かかってもいいからスタッフや関係者に謝罪する、そこからが本当の再スタートだろ

 泣けました💧💧💦田植えやってほしい👍👍頑張って👍ほしい🤣

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 これを読んだだけでもまた泣けてくる・・・

2018年5月12日 (土)

郡山の危険地帯

 お断り

 本日の記事は過激な内容も含まれており、気分を害する可能性があります。それを承知される方はお読みください。それ以外の方はここで退席願います。

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 私は郡山市在住だが、この街はかつて「東北のシカゴ」と言われた。昭和の時代は「ヤクザ」が多く、駅前周辺は夜は物騒な場所だった。そして平成の初期は、さくら通りは週末の深夜を中心に暴走族の通行道路となり、安眠妨害が甚だしかったし、さくら通り沿いには駅前から歩いて帰る若い姉ちゃん達に狙いをつけたナンパ族の車がズラッと列を成した時期があった。
 今は「暴力追放都市宣言」を推進し、駅前周辺に巣をつくる「カラス族」を除けば、今は治安が回復し安心して街を歩けるようになった。

 そんな現代にあって、今でも郡山市街には、あまり行かない方が賢明な「危険地帯」というのがある。郡山に半世紀も住んでいる私が独断と偏見で選んだ危険個所を一挙提示したい。

 1 朝鮮民族の巣窟

 Youtubeの説明書きを原文のまま掲載します。

 郡山市の文化通り近くのはやま通りに朝鮮総連福島県本部と韓国民団福島県本部があるらしいです。文化通りの一つ先のはやま通りに総連と民団。
福島県で郡山市は一番、在日人口が多いみたいです。
 郡山市にパチンコ店が異常に多い理由が何と郡山市に朝鮮総連と韓国民団のアジトみたいな県本部があるから遊技業が盛んなのかいな?
 果てさて強制連行された在日が郡山市に住み着いたのか? 
 それとも勝手にパチンコとか焼肉屋のような民族産業が人口の多い郡山市ならば商売になるみたいに考えて福島県に住む在日が住民票を移して郡山市に勝手に住み着いたのか?
 撮影したい動画があったのでついでに郡山市に寄ったので在日の密度が高いらしい文化通りの鶴見坦の周囲を雨の中、ちょっと走りました。

 福島県に在日なんていないよ・・・よ思っていたらそうじゃなくて、実際、郡山には多いみたいですよ。

 実際、朝鮮民族はB型が多いが、この郡山市はB型がやたら多い。日本人の22%がB型だが、郡山市は28%もいる。

 郡山市は政治思想が強い土地柄で、左翼や中核派のアジトもあるようだ。

 2 堂前・陣屋

 堂前と言えば、昭和の時代はヤクザが蔓延る危険な町だった。4号線から一本西に入った場所は路地裏の飲み屋街だったが、そこにヤクザが暗躍していた。みかじめ料をとったり、闇博打が行われ、売春婦もストリートガールの如く、暗闇で手招きしていた。それが暴力団の資金源になっていたようだ。陣屋は平成の繁華街で、「エリートビル」が立ち並ぶ。ここは金・土に行けばわかるが、黒い服を着た強面の方たちが、夜な夜な集う店がある。今ではclubやスナックが多いが、かつてはキャバクラや性風俗の店があった。
 でも今最もヤバイ場所は、郡山情報ビジネスの校舎があるビル周辺だ。よくぞあんなところに専門学校を建てたものだ。

 https://www.youtube.com/watch?v=BSjx0qL81tM

 3 交通事故が多い場所ワースト4

 ① 並木交差点(コナカ・ビッグボーイ・福島銀行・シダックス)

 ② 美術館通り横塚交差点(ドンキ・パチンコ屋・浄化センター)

 ③ 国道4号線(現在は288号線)南東北病院周辺

 ④ 国道49号線喜久田周辺(郡山ICから喜久田消防署の間)

 死亡事故のニュース記事を見ると、結構この4箇所が該当していることが多い。交通量の差もあるが、なぜか郡山の大規模病院がある周辺での事故が多い。

 ①は太田西ノ内病院、②は星総合病院、③は南東北病院がある。
 ①と②は右折車と直進車の衝突事故が大多数。②はかつて薬師堂火葬場があった場所だけに、死者の怨霊でも災いしているのか・・・。
 ③は歩行者が国道を横断して撥ねられる事故が多く、④は速度オーバーでの車同士の事故が多い。
 同じ場所で何度も死亡事故が起きるのは、死霊が招いているのかもしれない。

 4 守山地区

 ここには朝鮮人学校(福島朝鮮初学校)がある。もちろん、そこに通う児童生徒は何も悪いことは無い。しかし、その親たちは、一体どこで働き、稼いだお金を祖国に送金しているのかと考えれば、まともな仕事をしているのかと疑念を抱いてしまう。堅気でまともな商売ならいいが、闇ビジネスや麻薬の売買に手を染めていないだろうか。
 そして東山霊園方面には終戦後に引き揚げて来た時の大陸人たちが多く暮らしている。酪農家で塩の付く名字の方は ほとんど北方より待避された人が多いが、もう70年経過しているので、その二世三世としての末裔が残っているだけとなっている。
 また、戦時中は郡山駅裏の化学工場で強制徴用された労働者がいたとのこと。戦時下で青壮年日本人男子がほとんど徴兵(=強制徴用・強制労働)され、労働力が足りなくなったから朝鮮人を連れてきただけということ。 朝鮮人は志願者を除いて戦場の前線には送られなかったし、全員とは言わないが金銭条件を提示して労働力を徴集した例が多かった。

 5 日和田地区

 ここは一見平和そうに見えるが、闇が深い。この地区はどういう訳か、国際結婚している人が多い土地柄だ。奥さんが韓国人や中国人だったり、南米や東南アジアから嫁いだ女性が多くいる。もともと農家が多く、嫁不足が深刻化している場所だが、日本人男性と結婚させる斡旋業者でも暗躍しているのか。

 調べて見たら、案の定、結婚相談所を営む業者があった。

 右がそのサイト→ http://kekkon-kuchikomi.net/entry218.html

 金目当てで日本に来る外国人とは絶対にトラブルが多いに違いない。文化・風習・慣習の相違は大きく、そんなに上手く行く筈がない。

 6 殺人事件・自殺者が際立つ朝日・桑野界隈

 「大島てるの事故物件」サイトを見ればわかるが、この両地区だけ際立って報われない死者が多く発生している。桑野は平成に入って4件の殺人事件が相次いで発生した。また、高層マンションからの飛び降り自殺などもやたらと多い土地柄だ。なんと朝日と桑野だけで12件もの事故報告があるから半端ない。

 本日私が指摘した地区に住んでいる方は憤慨するかもしれないが、「君子危うきに近寄らず」で、迂闊に踏み入れないほうが賢明。何かの予防線や指針にして欲しい。

2018年5月10日 (木)

ガソリンスタンド事情

 かつて「大協」とか「丸善」、「JOMO」、「共同石油」という名の石油元売り会社が経営するガソリンスタンド(GS)が日本全国に展開してあったのをご存知でしょうか?
 ガソリンスタンド経営は、中東の石油情勢で浮き沈みが激しく、紛争などで原油価格が高騰すると、一般ユーザーを直撃するし、また、国道沿いでは過当競争で値下げバトルによって薄利となり、採算がとれずに経営を圧迫し、あえなく店をたたむケースが相次いだ。

 私が暮らす福島県郡山市は、かつて中心市街地にも数多くのガソリンスタンドがあった。しかし、今や郡山一のメインストリートの「さくら通り」には一軒もガソリンスタンドは無くなった。

 「さくら通り」は、東は国道4号線との交差点から内環状線を経て西の国道49号線までの約4kmを指す。ではかつてどこにあったか見てみたい。

 1 虎丸町 「増子文房具」の西隣りにある「遊佐商店」のところに小さな給油スタンド
  が一個だけあった。たぶん、車のガソリンではなく、家庭用灯油販売だったと思う。

 2 虎丸町 ホテルハマツ(かつてはザベリオ学園)の向かい側に「丸善石油」の「北日本
  石油」があった。その後、「コスモ石油」に変わったが、平成に入ってすぐ撤退した。

 3 虎丸町 「丸三文房具」の東隣りに「大協石油」のミニスタンドがあった。昭和の頃に
  消えた。

 4 虎丸町 現在の「ツルハ」「Docomo」がある場所は佐藤燃料「朴」の「昭和シェル」のス
  タンドだった。平成になった頃まであったが、その後、「駐車場」、「ベニマル」と移り変
  わった。

 5 長者 安積黎明高校の西隣りには「カメイ」が経営する「日本石油」のGSがあった。

 6 長者 さくら通りと内環状線の交差点(南東側角地)にあった。メーカー名は忘れたが
  結構賑わっていたと思う。今はオシャレな店舗だが、昔GSだった名残が見られる。  

 7 朝日 市役所の西側にある「ニコニコこども館」はかつて、「郡山会館」→「ラフィーネ
   郡山」とその名称を変えたが、その西隣りに「出光興産」のGSがあった。

 8 開成 国道49号線から100mほど手前の南側に「モービル石油」のGSがあった。
   今はコンビニの駐車場となっている。

 このように、昭和の頃は「さくら通り沿い」だけでも8つものGSがあった。しかし、今は「ゼロ」というお寒い事情。だからさくら通り沿いに暮らす住民は、ガソリンや灯油を求めに行く場合、新さくら通り沿いや内環状線沿い、うねめ通り沿いまで出向かなければならくなった。不便極まりない。

 続いて、かつて一世を風靡していたCMで、今では見られなくなった懐かしいCMを紹介したい。

 ① モービル「バナナで釘が打てる-40℃の世界」

 ② キグナス石油

 1990年・キグナス石油(エクソンモービルグループ時代)のα‐100ガソリンCM。今も現役バリバリだが、ここ郡山では見かけなくなった。

 ③ 日石灯油

 ④ 共同石油

 共同石油は日本各地にあった有名ガスステーション。それが「JX日鉱日石エネルギー」に吸収された。つまり今の「ジャパンエナジー」。

 ⑤ JOMO

 JOMOは日石と合併し、「ENEOS」に統一された。

 ⑥ エッソ

 かつて一世を風靡した「エッソ」、「モービル」、「ゼネラル」はエネオスブランドに統一されている。

 ⑦ 昭和シェル石油

 https://www.youtube.com/watch?v=nweh4HMN-vs

 アイルトン・セナが出演したこのCMは一世を風靡した。

 郡山市内にはこのGSが10箇所生き残っている。

 ほかにも取り上げたい石油会社のCMはあるが、容量不足のため、今回はここまで。

 さて、これらの動画映像を懐かしんでくれた方は、本日の記事の趣旨を理解されたと思う。1980年代から90年代にかけて、こんなにあった石油元売り会社も生き残りを賭けて合併や統合を繰り返して来た。GSのCMも随分様変わりした。それくらい生存競争が激しかったということの証明になる。

 なお、ここ郡山では、エネオスが圧倒し、出光、エッソ、太陽石油、ゼネラル石油が生き残っている。

 

2018年5月 8日 (火)

頭おかしぃんちゃう?

 このブログは思いついたまま気ままに批判記事も書くことがある。そういう意味合いもあってこのタイトル名にした。

 1 日本のテーマパークや興行は入場料が高すぎ!

  USJ一日券 7,900円

  東京ディズニーリゾート 7,400円

  東京ドームの巨人・阪神戦ネット裏S指定席 6,200円

  有名歌手のライブチケット S席(特別席) 12,000円

  大相撲のたまり席 14,800円

  ディナーショーチケット 50,000円

 USJや東京ディズニーランドなどは、ひとつのアトラクションに乗るのに1~2時間待ちなどはザラ。せいぜい一日4つくらいしか乗れず、たいていは人を見に行っているだけなのに8,000円近くは無い。ほかにも駐車場代やお土産代、食事代で5,000円以上は使う。つまりトータルで、ひとり1.3万円以上を落としていく訳だから「オリエンタルランド」はボロ儲けだろう。
 大勢集まる人気スポットは、薄利多売で行くべきだ。採算は十分とれるのだから。

 2 宮根誠司がTOKIO山口メンバーを非難できるのか?

 4月に発覚したTOKIO山口メンバーの女子高校生にわいせつ行為を行い、不起訴処分にはなったものの、無期限謹慎や他のメンバーたちの号泣謝罪会見など、相応の社会的制裁を受け、被害者への謝罪も行っている。

 マスコミ、特にテレビのワイドショー報道「ミヤネ屋・情報サンデーなど」は過熱気味だ。ネットでは被害者への誹謗中傷まで起きる始末。日本もいよいよ韓国のバッシング並みに落ちぶれたと憂いさえ感じる。

 私は一連の報道を嫌と言うほど見せられ、特に情報のドンである宮根誠司は、他人のことをとやかく言える立場ではないし、その資格さえないだろうと考える。

 彼はかつて、夫人がいる身でありながら、他の女性に手を出し、しばらく愛人状態に置き、挙句の果てにその女性を孕ませ、隠し子まで作っていた。認知したことで、この事実が明るみに出た。
 自分のことは棚上げし、臭いものに蓋をし、他人のゴシップには踏み込んで徹底的に攻撃する異常性。私はこういうプレイボーイで、自己中にして無責任な輩は大嫌いで断じて許せない。彼の出る番組は絶対に見ないようにして来た。

 酔った勢いで共演者にキスすることと、妻に内緒で愛人を作り、隠し子までいたという罪。いったいどっちが重いのか、語るまでもないだろう。

 それにこの人は司会者不適格者だ。ゲストがいるのに、コメントを最小限しか出させず、司会者が独自の意見を奔放に喋りまくっている。いわゆるワンマン進行で、ゲストの意見を引き出せない。こんなのが関西では人気があるというのは解せない。

  3 戦わずして銅メダル。政治をスポーツに持ち込む卑怯国

 5月に行われた世界卓球。そこで前代未聞の珍事が勃発した。それは先の「南北会談」で融和ムードに転じた朝鮮半島情勢。融和ムードは歓迎すべきだが、政治をスポーツの場に持ち込む愚劣な手を使った韓国。一度も戦っていないのに、北朝鮮とは対戦できないと大会本部に願い出て、南北合同チームを認めさせ、そして一度も戦わずして準決勝進出。つまり日本に負けて、一勝もしなくても銅メダル確定だ。こんなバカな話があるか。相変わらず朝鮮民族は汚い手を使う。正々堂々という概念は朝鮮族には無いらしい。

 政治をスポーツに持ち込む生来の悪癖は治りそうもない。手前のお家事情で勝手に合同チームを結成した上に、美味しいところだけをいただく。恥も外聞もない。

 普通の感覚なら棄権すべきだろう。それを世界卓球連盟は、政治的事情を認め、準決勝進出をさせのか意味不明。順当ならば、合同チームは辞退し、不戦敗となる筈。それをどの面下げて日本と戦ったというのだ。あり得ない、こういう我が儘を認めていたら、朝鮮族はどんどんつけ上がる。ルールは厳しく適用すべきだ。

2018年5月 6日 (日)

THE 医療ドラマ

 私が好きな漫画やドラマに医療がある。漫画は「スーパードクターK」、「Doctor K」、「JIN-仁-」、「最上の命医」などを全巻持っている。
 私は仕事柄、休めないので、多少でも調子が悪いと感じたら、速攻で病院へ行き、診察を受け、薬を処方してもらう。よって、軽いうちに治してしまう性質だ。

 これまで各テレビ局で、幾多も医師や看護師を取り上げたドラマを制作し、放映されて来た。近年、坂口憲二主演の「医龍」や「チームバチスタの栄光」、「Dr.コトー診療所」なども放送されたが、私は昔の人間なので、45年以上もテレビドラマを見続けて来た中で、私が印象に残る名ドラマも数多く存在する。今日は私が独断と偏見で選んだトップ7を紹介したい。

 なお、掲載は放送年と主な出演者、それと簡単なストーリーを紹介するだけに留めたい。

 1位 JIN-仁-

  放送日:第一期 2009年10月11日から12月20日(TBS日曜劇場)
       第二期(完結編) 2011年4月17日から6月26日
  出演:大沢たかお・綾瀬はるか・中谷美紀・内野聖陽 
  ストーリー:
 東都大学付属病院の脳外科医・南方仁は、ある夜急患で運ばれた男性の脳から奇形腫を摘出する。その後、仁は頭痛と空耳に悩まされる。集中治療室から脱走した患者を止めようとしたが、階段からバランスを崩し、そのまま気絶してしまう。意識を取り戻した仁が、ふと辺りを見渡すと、侍達が斬り合いをしていた。実は、仁は文久2年(1862年)、幕末の江戸時代にタイムスリップをしていたのだった。 そこで仁は、過去の人間の運命や歴史を変えていることを自覚しつつも、人々を救う為、現代から持ち込んだ知識と幕末の人々の協力により、近代医療を実現していく。

 2位 白い巨塔

 放送日:、1978年6月から1979年1月まで半年に渡りフジテレビで放送された(全26回)
 出演者:田宮二郎・山本學・小沢栄太郎・大地喜和子・島田陽子・金子信雄・生田悦子
 ストーリー:

 浪速大学に勤務する財前五郎と里見脩二という対照的な人物を通し、医局制度などの医学界の腐敗を鋭く追及した山崎豊子の社会派小説を原作としたドラマ。
 自らががんを発症し壮絶な死を遂げ、医師たちの列の中をストレッチャーで搬出されるクライマックス場面は号泣ものだった。

 3位  振り返れば奴がいる

 放送日:1993年1月13日から3月24日 水曜日フジテレビ系列
 出演者:織田裕二・石黒賢・鹿賀丈史・松下由樹・千堂あきほ・西村雅彦

 織田裕二の転機になった作品とも言われている伝説のドラマ。天才外科医・司馬と誠実を絵に描いたような石川医師の対決が話題になり、高視聴率をマークしました。生真面目で曲がったことが嫌いな医師・石川(石黒)と天才的な腕を持つが冷酷な医師・司馬(織田)という、タイプがまったく違う2人の医師の対立は必見だった。
 ストーリーが進むにつれ、お互い信頼関係を築いていくが、ラストには石川が末期がんとなり、その手術をライバルの司馬が行うことになる。思わぬ結末に当時驚いた視聴者もたくさんいた筈。主題歌も大ヒットした不朽の名作といえる。

 4位 コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命

 放送日:第一期 2008年7月3日から9月11日(フジテレビ木曜劇場)
      第二期 2010年1月11日から3月22日(月曜日)
      第三期 2017年7月17日から9月18日(月曜日)  
 出演者:山下智久・戸田恵梨香・新垣結衣・比嘉愛未・浅利陽介
 ストーリー:

 クールだが確かな腕を持つ藍沢耕作(山下智久)、勝気で情に厚い緋山美帆子(戸田恵梨香)、医者の娘で生真面目な白石恵(新垣結衣)、おっちょこちょいでお調子者の藤川一男(浅利陽介)といった個性豊かな若者たちが登場する。

 病院への搬送が困難な場合にいち早く患者の元へ駆けつけることのできるドクターヘリを中心にストーリーが進んでいきます。医療の現実と理想、さまざまな苦難に立ち向かっていく若き医師たちの姿は見ごたえあり。これを見て医者を志した若者も多いに違いない。

 5位 ブラックペアン

 放送日:2018年4月22日から毎週日曜日21時 - 21時54分にTBS系の「日曜劇場」
 出演者:二宮和也・小泉孝太郎・竹内涼真・葵わかな・内野聖陽・加藤綾子
 ストーリー:
 講談社から発売された海堂尊の長編小説である。 2018年4月期にTBS系日曜劇場にてテレビドラマ化されている。 東城大学医学部付属病院を舞台に、一人の研修医が二人の医師との関わりの中で成長していく姿を描いた群像劇。

 医師国家試験受験後、合否判定を待ちつつ東城大学医学部付属病院の研修医となった世良雅志。佐伯清剛教授を頂点とする総合外科学教室(通称・佐伯外科)に入局した世良は、入局から3日目、帝華大学からやってきた新任の講師・高階権太と遭遇する。高階は食道自動吻合器「スナイプAZ1988」を引っ提げ、手術の在り方、若手の育成に一石を投じて波紋を呼び、総合外科学教室の秩序を乱す言動と相まって周囲からの反感を買っていた。また「佐伯外科」には「オペ室の悪魔」と呼ばれる万年ヒラ医局員の渡海征司郎がおり、世良は高階や渡海との関わりの中で医師として成長していく。

 世良が入局してから半年後、佐伯が病院長選挙のパフォーマンスのために北海道での学会に出席中、手薄となった病院では渡海と佐伯の過去の因縁が明らかになる事件が起こる。

 6位 ドクターX~外科医・大門未知子~

 放送日:第一期 2012年10月18日-12月13日(木曜日21時-21時54分テレビ朝日)
      第二期 2013年10月17日-12月19日
      第三期 2014年10月9日-12月18日
      第四期 2016年10月13日-12月22日
      第五期 2017年10月12日-12月14日

 出演者:米倉涼子・田中圭・内田有紀・遠藤憲一・勝村政信・
 ストーリー:

 「私、失敗しないので」の名セリフを生んだ天才的メスさばきを見せる女医の物語。
フリー外科医として凄腕を持つ大門未知子(米倉涼子)が、腐った医療現場にはびこる無秩序にメスを入れていくという痛快さが魅力のドラマ。

 7位 救命病棟24時

 放送日:第一期 1999年1月5日から3月23日
      第二期 2001年7月3日から9月18日
      第三期 2005年1月11日から3月22日
      第四期 2009年8月11日から922月日
      第五期 2013年7月9日から9月10日

 出演者:江口洋介・松嶋菜々子・松雪泰子
 ストーリー:

 救命病棟で働く者たちの葛藤や苦しみを描いており、医療現場で起こる現実に焦点をあてています。

 大学病院をテーマにした医療ドラマは、巨大組織の中で蠢く覇権争いや学閥による差別、醜い人間模様を描くケースが多かった。
 また、命とどう向き合い、治療困難な病気と懸命に闘う医師や看護師の姿を映し出す正統派のストーリー展開を見せるドラマもある。

 ところで今、私は「ブラックペアン」というドラマにハマっている。他の医師では助かる見込みがない絶体絶命の状況で、救世主のごとく現れ、その天才的なメスさばきで、窮地を救う。まさに「スーパードクターK」を地で行く痛快活劇の様相を呈している。
 また、私が尊敬する人に「福島正徳」氏がいる。彼は脳腫瘍患者を彼が開発した「鍵穴手術」により、他の医者に見放された死を覚悟した患者を死の淵から救う。
 そんな奇跡の神業を見せつけるドラマがこの「ブラックペアン」なのだ。「日曜劇場」は過去にも「JIN-仁-」や「半沢直樹」、「下町ロケット」、「陸王」など苦難や壁を乗り越える根性ドラマや、精神面を描く秀作が多いが、今後の展開に期待したいところだ。

2018年5月 4日 (金)

バブルの遺物

 前回の記事に関連して、今日も1980年代後期から90年代前期にかけて日本中が狂喜乱舞したバブル景気に沸いた頃の記事をしたためたい。

 イケイケドンドンに踊らされ、バブル期に建設されたが、今では廃墟同然になっている施設やすでに撤去された有名建築物を取り上げたい。これをみるとまさに「兵どもが夢の跡」という気がする。

 1 スキードームSSAWS(ザウス)

 かつて千葉県船橋市浜町に存在していた屋内スキー場である。通称「ザウス」。バブルを象徴する巨大レジャー施設だった。

1993年7月15日から2002年9月30日まで営業を行っていた。巨大迷路の跡地にオープンし、当時は、世界最大かつ史上最大の屋内スキー場であった。その大きさは、高低差が設備としては100m、ゲレンデとしては約80m、長さが設備としては500m、ゲレンデとしては約480m、幅が約100mというものである。三井不動産が京葉線南船橋駅の近隣地に建設し、運営は船橋ヘルスセンターなどを経営していた株式会社ららぽーと(当時)が行っていた。施工は鹿島建設。
 コースは下半分が初級者用で、上部スロープに向かって左側が中級者用イエローコース、右側が上級者用レッドコースにそれぞれ分かれたものになっていた。
 屋内スキー場としては日本で初めてリフトを設置したスキー場であり、当時の法律ではリフト設置には風速計を設置することが義務化されていたため、風の吹かない屋内スキー場という条件にもかかわらず、運輸省(当時)が規則として風速計の設置を求めたという逸話が残っている。当初入場料+2時間滑走料金で5,900円であったが、後に5,400円に改定された。

 私は一度だけ滑ったことがあるが、ここの雪質は人口のためザラメ状で、しかもレンタルした板がエッジが錆びついていて、まったく滑りにならなかった。

 2 多くの若者で賑わっていたオシャレタウン清里

 避暑地として有名なのは長野県軽井沢だが、バブル期は、その二番煎じではないが、志賀高原や菅平も有名だった。そしてここにも賑わいを見せたスポットがあった。それは山梨県の蓼科や清里町だ。ヨーロッパを彷彿させるカラフルな色調の洋風で可愛らしい店舗がストリートに立ち並び、そこにはオシャレカフェやレストラン、そしてタレントショップまでもが軒を連ね、休日ともなれば、多くの観光客や若者が押し寄せ、思い思いの時間を過ごしていた。私も1987年、東京の三軒茶屋に住んでいた頃に、バイクでツーリングがてら訪れたことがあった。そこだけメルヘンチックでおとぎの国に迷い込んような錯覚に陥るような空間だった。

では30年後の今を見てみよう。

 かつての賑わいは影も形もなく、無残な廃墟を晒し、何か「捨てられた町」という雰囲気さえ漂う。日本人は、注目が集まる流行にはすぐ飛びつくが、ブームが去れば、もう見向きもしない風潮がある。バブルによって隆盛し、バブル崩壊によって切り捨てられた

 3 スポーツカー隆盛

 あの頃の若者は、カッコいい車に乗りたくて辛い仕事も耐えて頑張っていた。「セリカXX・プレリュード・シルビア・スカイライン・ソアラ・MR2・180SX・RX-7・フェアレディZ・スープラ」などがその象徴だ。


                                                 
 また、「いつかはクラウン」の上を行く高級車も続々登場した。「セルシオ」「インフィニティ」「シーマ」などがそうだ。
 ほかにも前回記事で書いたスキーブームに乗っかりRVブームも沸き起った。「パジェロ」「ハイラックスサーフ」「テラノ」「ビッグホーン」「サファリ」「ランクル」などのクロカン車だ。
 それでけではない。バイクも飛ぶように売れた。車検が不要で手軽な乗り物と言うことで空前の250CC(クォーター)ブームが起きた。「ホンダVT」や「CBR]、「ヤマハRZ」、「スズキγ」、「カワサキKR「や「GPZ」などが道路を占領した。

 何を隠そう、私は学生時代にVT250Fというミーハーバイクに乗っていた。満員電車が苦手な私は、移動手段は常にバイクだった。

 

 さて、今日の記事は、バブル時代の遺物について取り上げたが、今の若い人たちは「バブル」に沸いた時代を知らない。経済だけでなく人々の願いや希望も満たされ、心豊かな夢のような時代だった。それを象徴するのが、巨大アミューズメント系の建造物だった。東京ドーム、ザウス、幕張メッセ、そして湾岸沿いに立ち並ぶ超高層マンション(通称億ション)、レインボーブリッジなど。東京以外でも青函トンネルと本四連絡橋(瀬戸大橋・明石海峡大橋)などが1980年代後半に開通した。全国各地にスキーブームを反映して『リゾート開発が相次ぎ、ホテルやオシャレなペンションなどが次々と建設された。RV車や高級外車が飛ぶように売れ、街角では高級ブランドを身にまとった若い女性が闊歩した。預金金の利息がが6%を超え、投資やディスコブームが沸き起こった。ホテルやゴルフの会員権が高値で取引された。
 誰もがその恩恵にあやかり、その雰囲気に酔いしれた。このままずっとこの好景気が続くと思っていた。

 最後に、華やかだったあの頃の映像を掲載し、結びとしたい。


 
 https://www.youtube.com/watch?v=3KhB64MzLxc

2018年5月 2日 (水)

スキーが熱かった頃の映像

 「平野ノラ」の登場でバブル時代の頃を懐かしく思い出すことが多くなった。私の世代は「バブル=スキーブーム」という図式が成り立つ。それほど「猫もなんとか」も若者はこぞってゲレンデに繰り出した時代だった。

 その理由は簡単。映画「私をスキーに連れてって」の上映だ。若者たちがゲレンデで出逢い恋に堕ちるストーリーは当時の「トレンド」となり、恋愛バイブルのひとつになった。スキー場では誰もが主役になれる要素を過分に含んでいる。それがブームの火付け役となった。

 かつては週末の深夜に新宿を発つ「サミーツアー」の夜行バスで各地方のスキー場へ向かう若者で賑わっていたのが今では夢のようだ。ゲレンデは原田知世に憧れ、カラフルなウェアに身を包んだギャルたちが闊歩していた。

 では論より証拠、バブリー時代にスキー場のメッカだった2つのスキー場の混雑ぶりを映像でどうぞ!

 新潟・苗場スキー場

 八方尾根スキー場

 かくいう私も1シーズン30回通い詰めた経験を持つほどどっぷり浸かっていた。平日は仕事上がりに19時~22時までナイタースキー。もちろん翌日は仕事で出勤。土日は大混雑のゲレンデでリフト待ち30分以上という耐久を経験。それでもトレンディドラマや映画の「ゲレンデヒーロー」を夢見て、上達を目指していた。そんな夢のような20代の頃からもう30年も経ってしまった。

 今では気力&体力が萎え、3~4年に一回程度と激減した。私と同世代の方々は、子育てや多忙な仕事により、冬にレクリェーションでスキー場へということは少なくなったし、少子化の影響で若い世代であっても物理的にスキー人口が減ったのは言うまでもない。
 

 今の若い人は、車離れもそうだが、アクティブスポーツに勤しむというより、余暇は自宅でゲームをするなどして自分の時間を過ごすことが多くなり、それがスキー場がガラガラという状況を生み出している。

 バブル期を生きた世代としては、今のスキー場の状況は「お寒い」限りだが、スキーよりもスノボが一般化した今では、ただただあの頃が懐かしい気がしてならない。

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