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2019年1月22日 (火)

著名人の出身大学①

 私は人間の価値は学歴で決まるとは思っていないが、芸能人や文化人で長い期間、活躍できる方というのは、やはり賢かったり、先見の明があったり、秀でた芸を持っているとかなんらかの才能があってのことだと思っている。
 俳優にせよ歌手にせよ、あるいは文化人と呼ばれる方々は、やはり一流の大学を卒業していたり、中退したりしている方が多いようだ。
 そこで今回は、一流大と呼ばれる大学に身を置いた著名な方々を取り上げたい。なお、私が思う一流大とは、旧帝大のような国公立大と早慶上、MARCHクラスと呼ばれる偏差値65以上の難関大である。
 長くなるが、俳優・女優、歌手、アナウンサー、芸人、そしてその他の文化人と5つに分類して記したい。

 <俳優>編

 ○東京大学・京都大学出身者

 東京大学・・・香川照之・矢崎滋・渡辺文雄・山村聡
 京都大学・・・辰巳琢郎

 ○その他の国公立大学出身者

 横浜国立大学・・・加藤雅也・西島秀俊
 東京外国語大学・・・鈴木亮平
 東京藝術大学・・・伊勢谷友介・野村萬齋
 神戸大学・・・佐々木蔵之介
 名古屋大学・・・大和田獏

 ○早稲田大学出身者(中退も含む)

 加藤剛・森繁久彌・石田純一・内野聖陽・北大路欣也・長塚京三・風間杜夫
 堺雅人・菅原文太・藤木直人

 ○慶應義塾大学出身者

 石原裕次郎・中村雅俊・石坂浩二・市川亀治郎・加山雄三・小出恵介・別所哲也
 水嶋ヒロ・芥川比呂志・夏八木勲・中川勝彦・市川猿之助・石原良純

 ○立教大学出身者

  上原謙・佐野周二・関口知宏・本郷功次郎・高橋悦史・山下規介

 ○明治大学出身者

  西田敏行・山下智久・小林旭・斉藤洋介・高倉健・向井理・大杉漣・遠野英治郎
 夏木陽介・八名信夫・原田大二郎・黒田アーサー・

 ○法政大学出身者

 伊藤淳史・美木良介・松村達雄・根上淳・岸田森・誠直也・村上弘明・美木良介
 成川哲夫

 ○青山学院大学出身者

 渡哲也・高橋克典・和泉元彌・椎名桔平・鈴木浩介・賀来賢人・勝野洋・竹脇無我
 渡辺大・松田洋治
 

 ○その他の私大

 学習院大学・・・児玉清・角野卓造・田宮二郎・細川俊之・六角精児・
 中央大学・・・・・阿部寛・上川隆也・岸谷五朗・丹波哲郎・渥美清・千秋実・仲谷昇
           古谷一行・黒部進・大野しげひさ・山下真司・小松方正・長谷川博己
 立正大学・・・竹内涼真
 成城大学・・・えなりかずき
           

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  「女優」編

 ○東京大学出身者

 菊川怜・高田万由子

 ○その他の国公立大学出身者

 横浜国立大学・・・福田萌・眞鍋かをり
  熊本大学・・・宮崎美子・齋藤慶子
 東京学芸大学・・・優木まおみ

  ○早稲田大学出身者(中退を含む)

 サエコ・広末涼子・吉永小百合・室井滋

 ○慶應義塾大学出身者

 トリンドル玲奈・菊池麻衣子・紺野美沙子・二谷友里恵・藤井美菜

 ○立教大学出身者

 掘田茜・南沢奈央・野際陽子

 ○明治大学出身者

 井上真央・北川景子・柴田理恵・泉里香・川島海荷・田中裕子・山本美月・松原智恵子
 深浦加奈子・南沢奈央・原田夏希・松原智恵子

 ○法政大学出身者

 肘井美佳・菊池桃子・前田亜季・中田あすみ・中江有里

 ○青山学院大学出身者

 名取裕子・星野真里・筒井真理子・寺島しのぶ・前田愛・横山めぐみ・田中裕子

 ○その他の私大

 学習院大学・・・麻木久仁子
 フェリス女学院・・・桐谷美玲
 日本女子体育大学・・・土屋太凰
  亜細亜大学・・・小池里奈・酒井美紀・坂下千里子・吉木りさ・瀧本美織・ベッキー 

http://cute.sh/toshi/seek/university.html

  俳優や女優も高学歴の方が多い。セリフ覚えも賢さが必要ということか。研ぎ澄まされた感覚も演技には必要だし、凡人には無い感性や芸術性も大切。そういう意味では、頭が良い人が、長く活動でき、生き残っているように思える。

 明日は第二弾として、高学歴の歌手(シンガー)を取り上げたい。

2019年1月21日 (月)

女子駅伝の注目株!

 昨年(2018年)の秋口から、急に駅伝が好きになった。しかも女子駅伝に熱を上げている。もとから「箱根駅伝」は我が福島県出身のランナーが多く、今井正人、柏原竜二などが大好きで応援していたが、高校駅伝や大学駅伝、実業団駅伝などの放送を毎回欠かさず観ているうちに、お気に入りのランナーや東京五輪に向けて素質のある期待できるランナーが数多くいることに気づかされ、是が非でも応援したくなった。

 特に、長年、日本陸上界のトップに君臨し、4年前に引退した「新谷仁美」選手のファンになった。彼女は26歳で引退し、その後、普通のOL生活をしていたが、昨年に電撃復帰した。4年間のブランクを感じさせない引き締まった身体と、福士加代子と同様にネアカで勝ち気な性格が奏功し、いきなり鮮烈な再デビューを飾り、光彩を放った。
 まず、福島市を会場に行われた東日本女子駅伝では、首位と1分30秒差がありながら、5人を次々とごぼう抜きし、終わってみれば東京を10年振りの優勝に導いた。なんと最初の5kmを15分フラットで入る快走ぶりで、その実力をまざまざと見せつけた。
 
 年明けには、走り慣れた京都を舞台に開催された「都道府県対抗女子駅伝」で、アンカー区間(9区10km)を走った。首位と3分30秒も差がある16位でタスキを受け取り、あれよあれよという間に前を行くランナーを気持ちが良いくらいに追い抜き、最後は7人抜きで首位とは1分30秒差まで縮め、9位でフィニッシュした。MGCへの出場権を獲得している実業団の選手たちのお株を奪い、なんと歴代3位となる区間賞までかっさらっていったのだった。

 彼女の無類の強さは、高校1年から発揮しており、その実力は折り紙付きであった。岡山の興穣館高校出身で、師走の都大路を走る「全国高校駅伝」で、高1から高3までの3年間、1区を走り、3年連続区間賞、しかも2年時には6kmで19分を初めて切る区間新記録を樹立した。さらに翌年の3年時には、自身の持つ区間記録をさらに更新するなど無敵の強さを見せつけた。独特な上下動のないピッチ走法で、スタートからグングン加速し、西京極陸上競技場を出た瞬間から2位以下を引き離し、独走状態を築くなど、段違いのスピードで他を圧倒した。

 しかし、東京五輪を目前に控えた時期にの彼女の復帰は、他のライバルランナーにとって脅威であった。彼女の存在に触発されて、ますます女子陸上のレベルがワンランク上がるように思われる。
 しかし、彼女自身はマラソンを目標にしているのではなく、トラックに照準を合わせている。とにかく1万メートルへのこだわりは人一倍強い。だから、女子マラソン代表を争うMGCなど眼中にない。

 次に、私が駅伝に夢中になったのは、新谷仁美選手の存在だけではない。大学駅伝で二冠を達成した「名城大学」の頑張りと活躍にある。そして他校のライバル選手たちにも優秀なランナーが多くいて、切磋琢磨して鎬を削っている姿に感銘を受けた。
 長野東高校出身者が多い名城大だが、米田監督の人徳も素晴らしく、全国の有望ランナーが彼を頼って集まって来るのもわかる気がする。

 加世田梨花・・・エースで2年生。千葉県成田高校出身
 和田有菜・・・・1年生で長野東高校時代から高校駅伝で活躍 区間賞多数
 高松智美ムセンビ・・・お父さんがケニア人のハーフ 大阪薫英高校出身
 玉城かんな・・・お父さんが長野東高校監督 身長が高く、飛び跳ねるような走法
           キュートで可愛らしくて私が好きなタイプだ。4年生
 松浦佳南・・・4年生 昨年はインフルで欠場を余儀なくされたが、今年は見事区間賞
 青木和(のどか)・・・4年生で駅伝部主将
             大学駅伝ではアンカーで1位のゴールテープを切り、富士山駅伝では
             1区2位の力走 

 https://www.youtube.com/watch?v=3j3Qn2qET1M

 杜の都仙台で行われた「大学女子駅伝」、暮れに行われた富士山駅伝で、見事優勝し、宿敵立命館大学を破り、見事大学二冠の栄誉に輝いた
 また、東日本女子駅伝や全国都道府県女子駅伝にも駆り出されるほどの実力者揃いだ。

 大学生で期待できる逸材

 ① 鈴木優花(大東文化大1年)・・・秋田大曲高校出身 秋から鮮烈デビュー 区間賞
 ② 関谷夏希(大東文化大3年)・・・鼻のテープがトレードマーク 大東大のエース
 ③ 佐藤成葉(立命館大3年)・・・立命館のエース 可愛い
 ④ 五島莉乃(中央大学3年)・・・富士山駅伝1区で大学選抜で出場し区間賞
 ⑤ 樺沢和佳奈(慶應義塾大2年)・・・富士山駅伝2区で大学選抜で出場し区間賞
 ⑥ 棚池穂乃香(京都産業大3年)・・・富士山駅伝区間3位

 この中では秋田出身で大東文化大学1年生のスーパールーキー「鈴木優花」選手の今後の成長が楽しみだ。暮れの「富士山駅伝」で上り坂が続く最終区を走り、前年に立命館大の選手が作った区間記録をなんと1分30秒も縮める快挙を成し遂げた。しかも彼女は高校時代はインターハイに出場し、女子3000mで4位に入賞はしているものの、まったくの無名で、大学入学後にその才能が開花した。
 身長が高く、グイグイ機関車のように突き進むスタイルの走り方で、全国大学女子駅伝で、エース区間の2区を走り、なんと12人抜きをやってのけた。女子中距離のエースになれる逸材だ。顔も可愛い。

 高校生で期待できる逸材

 廣中璃梨佳(長崎商)・・・出場するレースはすべて区間賞という怪物

 全国高校駅伝 https://www.youtube.com/watch?v=uRnjLYi6b5A
 都道府県駅伝 https://www.youtube.com/watch?v=gKzWrCihOJ8
           

 今年の都道府県女子駅伝1区では、実業団の実力者で前年区間賞の「鍋島」とデッドヒートを繰り広げ、ラストスパートで見事に区間賞を獲得した。

 今年2019年の女子大学駅伝は「大東文化大学」が強いとみている。4年生になる関谷、山口に加えて鈴木もいる。名城大学の3人(高松・和田・加世田)と対等に戦える選手が揃っている。

 そして最後に、実業団駅伝の有望株としては、ぜひ東京オリンピック代表になって欲しい人材として「鈴木亜由子」選手を推したい。
 昨年の北海道マラソンで、初マラソンに挑戦して見事初優勝を成し遂げた。駅伝では愛知代表として過去、何度も出場し、その都度選手をごぼう抜きし、2年前と今年、アンカーで大逆転を演じ、優勝に導いた立役者でもあった。ピョンピョンとウサギのように飛び跳ねるような個性的な走法で、前を行くランナーに追いつき、あっという間に抜き去っているカッコ良さは凄すぎる。顔も可愛い。つい応援したくなる存在だ。

 さて、新谷仁美選手の復活劇に始まり、大学駅伝の注目株や実業団駅伝の有望株も取り上げたが、秋から冬にかけては駅伝三昧だった。彼女たちの頑張りから目を離せない。

 編集後記

 この記事を書き上げたのが1月20日(日)の朝9時台だったが、まさにこの日の午後に行われた全国都道府県対抗男子駅伝で、我が福島県チームが悲願の初優勝を成し遂げた。

 2010年大会で惜しくも2位だった時、アンカーの佐藤敦之選手が、兵庫の竹澤健介選手との残り200mのスパート合戦で逆転されて、優勝を逃したことが記憶に新しいが、僅か2週間前に「箱根駅伝」で4区を走って区間新記録を出した東洋大学の相澤晃選手が、最終7区で前を行く群馬のランナーを7.5キロ付近で交わしてスパート。そのまま1着でゴールテープを切った。

 未だ原発事故の風評被害で苦しむ福島県民への最大の激励となった。地元福島では、号外が飛び出すなど、最大級の賛辞を送った。

 我が福島県は、「長距離王国」と言われている。1964年の東京五輪の男子マラソンで銅メダルに輝いた須賀川市出身の円谷幸吉に始まり、元マラソンの日本記録保持者だった藤田敦史選手(清陵情報高→駒澤大→富士通)、北京五輪代表で早稲田大、実業団でも活躍した佐藤敦之選手、箱根駅伝で「元祖山の神」と呼ばれた「今井正人選手(順天堂大学)、さらにはご存知東洋大学を往路4連覇に導き、黄金時代を築く立役者となった二代目「山の神」の柏原竜二選手もいた。

 今回ようやく東北勢にも初の日本一をもたらす活躍を見て、私も感動した。全国高校サッカーの尚志高校の3位と言い、今回の駅伝優勝と言い、平成最後の年にあって、福島県選手の頑張りが光ることは、同じ県民として嬉しい限りだ。

 残すは、高校野球で、「ぜひとも白河の関越えを果たして欲しい」と心から願って、今日の記事を結びとしたい。

2019年1月20日 (日)

恐怖に晒される芸能人たち

 またしてもファンの行き過ぎた行動により、アイドルが傷つけられる事件が起きた。NGK48のメンバーの自宅マンションを突き止め、押し入った末に顔を掴んで暴行するなど本当のファンならばあり得ない行為だった。これは迷惑行為以外の何物でもなく、他のファンもショックだろうし、何より本人の心に深い傷が残る。絶対にこうした行為は、いくら好きでもファンを自称するならば慎むべきだ。ストーカー行為以外の何物でもない。
 こうしたファンによるアイドルや芸能人への暴行は昔からあった。それによって、力道山やジョン・レノンのように命を落とす事件に発展したケースもある。
 今回は、日本で起こってしまったそうしたファンによる襲撃や暴行事件について取り上げ、行き過ぎた行為への警鐘を促したい。

 美空ひばり 塩酸事件

 1957年1月13日、東京・浅草の国際劇場で、「花吹雪おしどり絵巻」に出演していた美空ひばり(当時19歳)が、山形県から上京した客席にいたファンの少女A子( 当時19歳)から塩酸をかけられるという事件が発生。
 その後、美空ひばりは劇場に近い「浅草寺病院」で治療を受けるが、顔や首、胸や背中などに全治三週間の火傷を負った。
 この少女は、彼女のブロマイドを購入して部屋に貼ったり、彼女が出演する映画を必ず観るなどの熱烈なファンだった。しかし、自宅に電話したり、時には押し掛けるなど度の過ぎた公道をとるようになっていったという。
 家出をしてこのような末路を辿ったが、「こんなに好きなのに、ひばりさんが憎い」と書置きした少女は「塩酸をかけて、みにくく 顔をみたい」と手帳に書いていた。(「オワリナキアクム」のHPより引用)

  鶴田浩二 襲撃事件

 任侠シリーズに数多く出演した昭和を代表する名優だった鶴田浩二。1953年(昭和28年)1月6日に日本の俳優・鶴田浩が暴力団・山口組三代目の組員に襲撃・暴行を受けた事件。
 山口組三代目の組員5人は、午後7時すぎ、鶴田浩二の宿泊先・大阪市天王寺区大道町の旅館・備前屋で待ち伏せし、軒先に群がるファンらに「鶴田のサインをもらってきてあげる」と言って上がりこんだ。4人が桔梗の間に入ると、鶴田浩二や水の江滝子・高峰三枝子ら10名以上が夕食をとっていた。山本は彼らの面前で鶴田をウィスキー瓶やレンガで殴りつけた。。それから備前屋を飛び出し、黒塗りの乗用車に乗って逃亡。鶴田は救急車で近くの早石病院に搬送され、頭と手に11針を縫う重傷だった。
 この後、芸能界では「山口組・田岡一雄の機嫌を損ねるととんでもないことになる」と恐怖を植え付けられることとなり、山口組が芸能界での勢力拡大と収益を上げていく大きな追い風を果たした。 (Wikipediaより)

 岡田奈々監禁事件

 とは1977年7月15日、当時、清純派トップアイドルであった岡田奈々がファンに5時間監禁された事件である。
 岡田奈々は深夜に仕事を終え、マネージャーに自宅マンションまで送ってもらい、マネージャーは部屋に入ったのを確認して帰った。 部屋に入ると少し暑かったが、エアコン嫌いの岡田はベランダの窓を開けた。その後すぐ入浴する気がせず出演するドラマの台本をベッドで読み窓を開けたまま、ベットで寝入っててしまった。
 そして隣の部屋が空室でベランダをつたってファンが岡田の部屋に侵入。犯人のナイフを、起きた岡田がを握ってしまい血だらけになり、犯人が手にシーツを巻きさらにネクタイで手を縛り、足も縛って身動き出来ない状態にした。犯人は、明け方には出て行くからと言って岡田の新曲を振り付けで歌いながら踊ったりしていた。犯人は岡田に「警察には言うなよ」と言葉を残し約束通り明け方出て行き、血のついたシーツなどを持ち帰った。

 岡田はすぐ手のシーツをほどき、事務所の社長に連絡し警察が来て保護された。その時の手の怪我は、30針も縫うほどの大怪我であった。犯人は、目だし帽で顔はわからず現在も捕まっていない。

 こんな身も毛もよだつ一夜があってトラウマになり思い出すのも嫌な筈なのに、その後、土曜ワイド劇場の「魅せられた美女」で、その場面を再現するかのようなシーンが撮影された。マンションの部屋で、プロダクションの社長の夫人に刃物で追い回され、逃げ惑うシーン。もみ合いとなって弾みで夫人が自分の胸に包丁を刺してしまい、恐怖で岡田は気絶。気づくと社長夫人が心臓を一突きにされ、出血死していたというもの。
 あの事件をトラウマにならないように、敢えて挑戦したかのようだった。

 私は小学生の頃に、彼女の大ファンで、雑誌の切り抜きを集めていたし、「青春の坂道」のレコードも購入したりしていた。実はこんな大事件があったなど知らなかった。彼女の心情を思うといたたまれない。その後も、「俺たちの旅」や「ゆうひが丘の総理大臣」などの学園ドラマに出演していたかと思うと、彼女のプロ根性に敬意を表したい。

 

 松田聖子 沖縄 ファンによる殴打事件

 1983年3月28日。沖縄市市営体育館では松田聖子のスプリングコンサートが開催されていた。スプリングコンサートは沖縄市を皮切りに北上して開催する予定となっていた。 始まって約1時間がたった午後7時40分頃、聖子が「渚のバルコニー」を歌い始めてサビの部分にさしかかったとき、舞台下手から体格の良い男が瞬間的に聖子に駆け寄った。男は持っていた30~40cmのスチール製工具で聖子に殴りかかった。聖子はとっさに頭をかばいながら逃げたが、スチール工具は3回頭に打ち付けられた。男は逃げ回る聖子を追いかけ回した。
 「キャーッ、やめてー」という聖子の叫び声が会場に響いた。警備スタッフが数人駆け寄り、男を羽交い締めにした。会場は騒然となった。聖子はほとんど失神状態で顔面蒼白だった。スタッフに抱えられて会場の外へ運び出され、救急車で病院へ向かった。男はそのまま警備の警察官に傷害の現行犯で引き渡された。(現行犯の場合、警察官でなくとも一般人が逮捕可能である)
 聖子は右側頭部と右手首に約1週間の裂傷と打撲傷を負った。レントゲンやCT検査の結果、骨折や脳内出血はなかったが、体が震え、涙が止まらず、精神的ショックは計り知れず大きかった。その日はそのまま入院した。(「艱難辛苦と臥薪嘗胆と満身創痍」のブログより)

 この事件直後からテレビのワイドショーはこの事件と当時、トップアイドルだった松田聖子の精神状態を心配する記事や報道で大騒ぎとなったことを覚えている。

 倉沢淳美 手首切りつけ事件

 欽ちゃんの欽どこで鮮烈なデビューを果たした「わらべ」のメンバーで、一番可愛かったことで、歌手としてもソロデビューを果たし、ベストテン番組にも登場するほどの人気を集めていた。
 ところが、ソロ・デビューした1984年に、札幌で開いたサイン会で事件は起きた。終了後に会場玄関で、参加していた見知らぬ男に突然、刃物で切りつけられ、右手首を約6センチ切る大怪我を負ったのだ。犯人は26歳の会社員。警察の取り調べに「生意気だから切った」と、平然と不可解な供述をした。
 事件後、ファンによるアイドル襲撃事件ということで連日、マスコミ報道は過熱した。

 AKB48握手会傷害事件

 2014年(平成26年)5月25日、日本の女性アイドルグループ・AKB48が岩手県滝沢市の岩手産業文化センター(アピオ)で開催していた握手会のイベントにおいて、のこぎりを持った男がグループのメンバー2人とスタッフ1人を切りつけ、負傷させた事件である。
 グループのメンバーとファンが握手を行う区画(レーン)のひとつに男が入り、のこぎりを取り出してメンバーの川栄李奈と入山杏奈、および2人を守ろうとした男性スタッフを切りつけた。男は周囲にいたスタッフに取り押さえられ、警察に殺人未遂の容疑で現行犯逮捕された。切りつけられた3人は骨折や裂傷を負い、病院へ搬送されてただちに縫合手術を受けた。3人は事件翌日に退院した。
 犯人は青森県十和田市に住む、発達障害の診断を受けたことがある、事件当時24歳の男。
 2014年1月に仕事を失っており、犯行動機はテレビでAKB48を見て「収入が多い」「自分とは正反対」などと不満に思ったことであった。男は逮捕後、精神鑑定が行われた。その結果責任能力が問えると判断され、傷害罪および銃刀法違反罪で起訴された。

 迷惑行為

 近藤真彦の実母の遺骨盗難事件

 (参考)

 世間を震撼させた芸能人にまつわる歴史的犯罪事件簿③   

 

2019年1月19日 (土)

急逝した80年代アイドルたち

 私が高校時代を過ごした1980年代はアイドル全盛時代だった。山口百恵引退後、ピンクレディーも解散。時代は新たなヒロインの誕生を模索していた。その頃、歌が上手くルックスも抜群のアイドルが彗星の如く登場した。
 それは松田聖子だった。その時分、河合奈保子や柏原芳恵、そしてその後を追うように中森明菜や小泉今日子、松本伊代、堀ちえみ、早見優、そして石川秀美などのA級アイドルが続々登場した。また、様々な芸能事務所から、ヒット曲に恵まれなくても、次々とB級アイドルも振って沸いたようにデビューしては儚くも消えて行った。
 当時は、歌番組も多く、夜ヒットやミュージックフェア、ベストテン番組を除いても、ヤンヤン歌うスタジオやアイドルパンチ、スーパージョッキーなどアイドルが露出する番組が数多く生まれた。そこで彼女たちの笑顔に癒された先輩諸氏も多かったに違いない。
 しかし、その当時、アイドルとして一時代を築きながらも、その後、病気や自殺などで不可解にも若くしてこの世を去ったアイドルたちもいたことを私は忘れられない。
 今日は、私が印象に残っている夭折し、星になったた天使のアイドルたちを取り上げ、彼女たちが確かに存在したことをここに記したい。

 岡田有希子

 亡くなった時のワイドショー番組は衝撃が強く、またファンの心情を察し埋め込み処理は行わず、URLのみの掲載とさせていただきます、ご容赦ください。

https://www.youtube.com/watch?v=B7cPgL70fHo

 彼女は最優秀新人賞を受賞するなどトップアイドルへの階段を着実に上っていた矢先の出来事だけに、あの衝撃の死の報は信じられなかった。17歳というあまりにも若くして天国へと旅立った彼女。後追い自殺をしたファンもいたという。それほど影響が大きかった。

 堀江しのぶ

 彼女は豊満で健康的な魅力に溢れるグラビアモデルだった。亡くなる少し前には「男女七人秋物語」にも出演していた。病死とはいえ、何の前触れもないまま急に亡くなったという印象で、ファンは居た堪れなかったと心中お察ししたい。

 本田美奈子

 へそ出しルックを流行らせ、20世紀のマリリンではノリノリでダイナミックな振り付けでセンセーションを巻き起こした。とにかく顔が小さくてスタイル抜群。出す曲もO型らしく個性があった。晩年はミュージカル女優として「レミゼラブル」などで主役を張った。小柄ながら声量があって、オペラにも果敢にチャレンジして大成功を収めていた。
 しかし、骨髄性白血病で闘病もむなしく2005年11月6日にこの世を去った。親友の南野陽子は泣き崩れた。彼女は病室でも歌い続け、死の直前まで歌手であり続けた。

 甲斐智枝美

 1979年、日本テレビの人気オーディション番組「スター誕生!」で第29代グランドチャンピオンを獲得。これをきっかけに芸能界入り。1980年、ポスト山口百恵を狙ったホリプロ所属のアイドルとしてシングル曲「スタア」で歌手デビュー。キャッチフレーズは「KIRARI!瞳が語る」。
 2006年7月10日、2階の寝室で首を吊っていたところを中学校3年生(当時)の長男が発見した。救急隊員が駆けつけたが、午前6時45分ごろ、心肺停止を確認。自宅所轄の千葉県警習志野署が検死を行い、自殺と断定した。43歳没。

 松本友里

 1983年に父とともに『オールスター家族対抗歌合戦』の「父と娘大会」に出場したことがある。この番組出演がきっかけでスカウトされ、1984年にアイドル歌手としてデビューした。

 2004年10月に、『暴れん坊将軍』で共演していた松平だけが出演した舞台を松本が観劇したことで交際に発展した。2005年10月11日、松平と入籍。話題となるが、これを機に芸能活動停止状態に入った。
 2006年10月31日、男児を出産した。以後、マスコミなどへの露出も控え、家事・育児に専念した。
 2010年6月に母・和歌鈴子が死去した。その頃から母親の介護疲れや死別の影響などにより、うつ状態となる。
 2010年11月15日午前3時ごろ、自宅のドアノブにロープで首をつっているのを泊まり込みのベビーシッターが発見し警察に通報、死亡が確認された。42歳没。
 ワイドショーでは松平健の豪邸からの中継で、夫の松平健が妻の死という衝撃の出来事がありながら、淡々とまるで他人事のような感じで芸能リポーターのインタビューを受けていたのが気に障った。まったく悲しげもなく、こうなることを予想していたかのような振る舞いに違和感を覚えた。

 他にも夭折したアイドルには柳原や可愛かずみ、上原美優、それに「エビ中」の松野莉奈がいる。

 ここで気をつけたいのは、上で取り上げたアイドルで、自ら命を絶った方はA型が多いという点。甲斐智枝美さん、松本友里さん、そして可愛かずみさん、上原美優さんはいずれもA型。プライドが高く、真面目で責任感が強いこの型は、傷つくと、いつまでも引きずり、立ち直りが遅い。不安材料をかき集め、思い詰めて衝動的な行動に走ってしまう傾向がある。

2019年1月18日 (金)

私が似ていると思う人たち

 世の中には自分にそっくりな人が3人いるという。ドッペルゲンガーという怖い現象もあるが、他人の空似とは思えないほどそっくりな人がいる。それは得てして芸能界においても顕著に見られる。今日は個人的見解だが、テレビタレントや芸能人などで、私が似すぎだと感じている方々を取り上げ、比較してみたい。

  <ケース1> 山本博美(元アイドル)・藤井美菜(女優)・山本里菜アナ(TBS)

 山本博美は1980年代に「きゃんきゃん」という3人組のアイドルグループのメンバーで、その後、モデルに転身し、「ミントタイム」のMCとして活躍していた。現在は京本政樹の妻となっている。
 藤井美菜は、ヤクルトのCMでも有名だし、近年は得意の韓国語を駆使し、韓国のタレントや女優としても活躍している。
 山本里菜はTBSの局アナで、「サンデージャポン」のアシスタントを務める美人アナだ。最近、局内での陰湿ないじめを暴露して話題となった。
 この3人は、世代こそ違うが、まるで三姉妹のようにそっくり。目鼻立ちがくっきりしていて、顔の輪郭も同じ。それもその筈、この3人はいずれも血液型がA型。ツンデレ風でプライドが高そうな印象。

Yamamotohiromi Yamamotorina
Fujiimina Ikedaeraiza

藤井美菜は池田エライザにも似ている。ちなみに池田エライザはB型だ。
なぜか池田エライザ乃木坂の斎藤飛鳥にも似ている。

 <ケース2> 三上真奈アナ(フジ)・長江麻美アナ(福島中央テレビ)

 キーステーションとローカル局の違いはあるが、3年前に、初めてFCTに長江アナが登場した瞬間に、この人は同じO型の三上アナそっくりだと思った。色白で、雰囲気もしゃべり方もリアクションも同じ。最初、親戚かと思ったほどだ。やはり血液型が同じだと、雰囲気が似てしまうのだろうか。

Mikamimana Nagae

 <ケース3> 阿部華也子(めざましキャスター)と幡谷明里(福島テレビキャスター)

 「かやちゃ~ん」の掛け声でお馴染みの朝の顔「めざましテレビ」でお天気キャスターを務めている。柔和な印象と笑うと無くなる目でお茶の間の人気者だ。2018年には「好きなお天気キャスター」でNo.1に輝いた。ネアカな雰囲気と屈託のない表情は、予想した通りB型。
 「めざましテレビ」「めざまし土曜日」関係は、三宅アナ、軽部アナ、宮澤智アナ、岡副アナ、皆藤愛子もそうであったように早稲田卒が多いが、阿部華也子キャスターも早稲田大学在学中のエリート。

 幡谷明里(はたやあかり)は地元福島テレビのアナウンサー。夕方放送の「FTVテレポートプラス」内で、私の実家にほど近い虎丸町のホテルハマツの東隣りにあるFTV郡山支社の前から、郡山の最新情報や天気を伝えている。実家が羽鳥湖にほど近い天栄村で農家を営んでいた。そして地元の福島大学を卒業し、FTVに入局した。学生時代はミスキャンパスにも出場した経歴があるし、現に「天栄村のキャンペーンクルー」も務めたほどの容姿だ。
 好きな芸能人は三浦春馬と西野カナだそうだ。なんでも大食いらしく、わんこそば207杯という輝かしい?記録を残している。彼女の血液型は不明だが、阿部華也子キャスターと雰囲気が似ていると思っている。

Abekayako Hataya2_2

 <ケース4> 若い頃の竹下景子とチェジゥ

 竹下景子と言えば1970年代に「お嫁さんにしたい女優NO.1」に輝いた。東京女子大卒の才女でありながら容姿端麗、良妻賢母タイプで、当時の男性諸氏は誰もが心を奪われた。個人的にはラジオ番組「この指とまれ」と姿三四郎の乙美さん役が強烈に印象に残っている。中3から高1にかけて彼女の大ファンだった。レコードも雑誌も買い占めていた。
 一方、私自身は、今では何かにつけて日本を悪者扱いする韓国が大嫌いだが、2001年にNHKで放送された「冬ソナ」だけは大好きで、特にユジン役のチェジゥのおしとやかな感じや清楚で、ひとりの人を想い続ける一途な雰囲気が気に入っていた。それは、彼女が竹下景子の若かりし頃の面影とだぶって見えたからだ。

Takeshitakeiko Fuyusona

 <ケース5> 常盤貴子と竹俣紅

 常盤貴子は和服が似合う日本美人。そして竹俣紅は早稲田大の政経学部在学中の女流棋士。なんと14歳にしてプロとなった。両者共に着物が良く似合う。竹俣紅は瀧本美織にも似ている。一方の常盤貴子はフィギュアスケートの安藤美姫にも似ている。

Tokiwatakako Takematabeni

<ケース6> 小芝風花と伊原六花、古畑星夏、小池美由

Koshiba Ihara
Furuhata Koike

ちなみに小芝風花と伊原六花はA型、古畑星夏はB型、小池美由はAB型

 最近の若いモデル、タレントは区別がつかないほど似ているように思う。


 今回の記事は、ローカル的でしかも個人の主観が過分に含まれている。画像だけ比較してもあまりピンとこないし似てないように見えるが、実物を見れば「なるほど」と合点が行くに違いない。福島県民意外にはあまり伝わらないが、そのへんはご了承願います。

 

2019年1月17日 (木)

福島県で起きた10大凄惨事件

 我が福島県で過去に発生した身の毛もよだつ恐ろしい事件について取り上げ、全体のあらましや概略を述べたい。
 震災時に東電の原発事故があって、それが最大にして最悪の事件(あえて事故とは言わない)だが、いわゆる刑事事件として凄惨なものをピックアップしたい。

 1 日産サニー宿直員めった刺し事件

 1967年10月27日深夜、日産サニー福島販売(現:日産サティオ福島)いわき営業所内で、宿直員(当時29歳)が何者かに刃物で刺されて殺害され、金庫にあった現金2100円位と男性用ズボン1本が奪われた。被害者は犯人と格闘したとみられ、全身に20か所以上の刺し傷を負っていた。
 捜査が難航し、迷宮入りも噂されていた翌1968年(昭和43年)5月7日、神社の床下にあった大工道具を持ち出そうとしたとして、窃盗の疑いで逮捕された電電公社(現:NTT)職員の男性(当時29歳)が、本事件の犯行を自供したとして再逮捕された。物的証拠はなく、この男の自白だけが逮捕の根拠だった。
 公判が開始されると被告は犯行の全面否認を行い、当日のアリバイや動機がないことなどを訴えた。1969年(昭和44年)4月2日、福島地方裁判所いわき支部は被告を有罪として無期懲役を言い渡した。アリバイは家族の証言のみだったため却下された。1970年(昭和45年)4月16日、仙台高等裁判所が控訴を棄却、1971年(昭和46年)4月19日、最高裁判所が上告を棄却し無期懲役が確定した。
 現場となったのは内郷御厩町2丁目の国道6号線沿いにある、現在の「日産サティオ福島」いわき店だ。

 2 高校生による交際相手殺害&母親の死体遺棄幇助事件

 平成8年8月27日、市内在住の県立高校2年生(17)の男子生徒が、 交際中の同市の私立高校2年の女子(16)と別れ話からケンカとなり、金槌で頭部を殴打し、さらに両手で首を締めて殺害した。 そして母親(35)と共謀の上、遺体を市内西田町の山林に遺棄し、母親も幇助罪で逮捕された。
 当時はこの衝撃的な殺人事件を取材するワイドショーのTVクル―で連日賑わった。

 3 ザザンボ事件

 1976年12月に福島県田村郡三春町で起きた中学生の自殺事件。農村で、知的障害を持つ中学生が自殺した。少年の死に疑問を持った担任教師は事件の裏側を調べる。そこには、学級の問題や家庭環境のみならず、ムラ社会の闇が潜んでいた。実はその少年は近親相姦で産まれた子であった。

 1992年に映画化されたが、第5回東京国際映画祭で上映される運びとなるが、松竹側は公開・配給を拒否した。理由は、死んだ少年の家に天皇家の写真が飾られているというシーンが、「天皇問題を扱わない」という事前の約束に反したためであり、松竹側は譲歩条件としてそのシーンを削除することを提案したが、それを旧態依然たるムラ社会の象徴として表現したかった渡辺はその条件をのまず、松竹からフィルムを買い取って全国で自主配給・興行を行い、様々な話題を呼んだ。後に題材となった少年の遺族から訴訟を起こされ、人権問題にも発展している。

 映画はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=N6eWqlp6puk
 

 4 会津若松市内で起きた男子高校生が母親を殺害した猟奇事件

 2007年5月15日午前7時ごろ、福島県会津若松市の会津若松警察署で、当時17歳の同市の県立高校3年の男子生徒が「母親を殺害しました」と言って自首する。少年は切断された女性の頭部を通学用の黒い布製ショルダーバッグに入れて持ってきていた。その際応対した女性警官は生首と目が合い卒倒して医務室に運び込まれたという。署員が少年の自宅アパートに駆けつけたところ、布団の上で母親が頭部を切断されて死んでおり、同署は少年を殺人容疑で緊急逮捕する。翌5月16日、殺人と死体損壊の疑いで少年を送検した。
 少年は5月15日午前1時30分ごろ寝ている母親を包丁で刺し、のこぎりで首を切断した。足を切ろうとしたが切れず、腕も切ろうとしたが切れなかったと本人が言っていたようだ。その後、インターネットカフェで夜を明かす。そこでアメリカ合衆国の人気アーティストビースティ・ボーイズのDVDを見ている。その後、6時20分ごろ携帯電話でタクシーを予約し、6時50分ごろタクシーに乗って警察署に乗りつけた。タクシーの後部座席にもバッグからもれたと思われる血が付着していた。
 自首した際には少年は、返り血と見られる血が付いた服を着ていた。遺体の首と頭には包丁で刺された傷が複数あり、手には抵抗した際に出来たと思われる無数の傷があった。アパートの遺体の側には、血まみれの包丁とのこぎりが残されていた。

 5 行方不明&未解決事件

 17歳の少女殺人事件

 2000年1月18日夕方、郡山市大槻町に住むアルバイトの17歳の少女が家族に「知人に会う、ちょっと出かけてくる」などと言い残して、知人男性が運転する車で出かけた。その後帰宅しないため家族が25日に捜索願を出した。また友人には数日前には「10万円ほど必要だ」と話していた。行方不明になった翌日の1月19日、女性がアルバイトしているスナック近くの郡山市片柳町の路上に携帯電話が落ちているのを通行人が見つけた。道路に投げつけられたように一部が破損していた。携帯電話は1月に発見されたあと、家族のもとに戻された。しかし2月に入って家族が福島県の三春町内で紛失。遺体発見後(後述)に警察が紛失したと思われる付近を捜索して再び発見されている。2000年4月3日午後4時ごろ、郡山市逢瀬町の大久保川で、首と両手足をロープで縛られて死んでいる被害者の遺体が渓流釣りにきた男性によって発見された。川幅は約5メートルで水深は約40センチ。水量は少なく、遺体が上流から流れてきた可能性は低いと見られ、発見場所で遺棄されたものとみられた。発見現場では争ったような形跡は見られなかった。遺体は額に鈍器で殴られたような跡があり、体の数か所を殴られるなど暴行を受けた形跡があった。解剖の結果、死因は首を絞められたことによる窒息死であることが判明した。死後約2か月と推定された。当初は犯人逮捕は時間の問題と見られていたが、本人の交遊関係が予想以上に広かったことから難航。事件発生から11年以上が経過した今でも未解決のままである。(下田雄一郎・未解決事件FILEの記事を参考)

 行方不明 石井舞ちゃん(船引町)、増田ひとみさん(原町市)

 6 庭坂&松川事件 

 「庭坂事件」とは、1948年(昭和23年)4月27日午前0時4分、国鉄奥羽本線赤岩 - 庭坂間を走行していた、青森発上野行402列車が馬洞門トンネルを出て間もなく、機関車と郵便車が脱線、10メートル下の土堤下へ転落し岩石に激突、連結されていた荷物車と客車1台も脱線した。岩石の破片が直撃した機関士と機関助士の2名が即死、技師が重傷を負い後に死亡した。

 「松川事件」は、1949年(昭和24年)8月17日に福島県の日本国有鉄道(国鉄)東北本線で起きた列車往来妨害事件。 下山事件、三鷹事件と並び、第二次世界大戦後の「国鉄三大ミステリー事件」の一つといわれており、容疑者が逮捕された その後の裁判で全員が無罪となり、真犯人の特定・逮捕には至らず、未解決事件となった。

 7 警視庁広域重要指定118号事件

 1991年に発覚した誘拐と監禁および強盗殺人事件で2人が殺害された。別名を「千葉・福島・岩手誘拐殺人事件」ともいう。8人が逮捕され、3人が死刑判決を受けたが死刑が執行されないまま3人全員が病死した異例の結末となった。
 郡山で発生した第二の事件では、1989年7月20日、福島県郡山市の塗装会社社長(当時48歳)を取引を装って呼び出し、1700万円を強奪し、殺害して耶麻郡猪苗代町の山林に埋めた。

 事件の概要 https://www.youtube.com/watch?v=r1R_B_bSSos

 8 須賀川女祈祷師による信者殺人事件

 別名「福島悪魔祓い殺人事件」といい、1995年に福島県須賀川市で発覚した自称祈祷師の女「江藤幸子」と信者らが、除霊と称して信者7人に激しい暴行を加え、殺害と重傷を負わせた事件。 1994年の暮れから1995年の6月まで、祈祷師の女宅にて「キツネが憑いている」などとお告げを受けた信者7人を、Eの娘Fと信者の男Gと同じく信者の男Hが中心となって『悪魔払い』や『御用』と称して殴る蹴るなどの暴行を加え、4名を殺害、2名を傷害致死、1名に重傷を負わせた。
 同年7月5日、重傷を負った女性信者Iの入院をきっかけに、警察がE宅を家宅捜査したところ、信者6名の腐乱遺体を発見、4人を逮捕した。後に被害者であるIも、暴行に加わっていたことが発覚して逮捕された。

  •  2008年9月16日、最高裁がEの上告を棄却し、死刑が確定。戦後日本では10人目の女性死刑囚である。
  •  2012年9月27日、宮城刑務所において、女の死刑が執行された。女性死刑囚の執行は、1997年の夕張保険金殺人事件の死刑囚以来15年ぶりで、1950年以降では4人目である。
  •  ここは水郡線大東駅の東側にある民家が事件現場だが、今も居住者がいることに驚かされる。一度ここを取材に訪れた際、遠巻きにカメラのシャッターを切った瞬間、今まで一度もなかったのに、プロも使用している「SANDISK」のSDカードがぶっ壊れた。死霊の怨念なのか、それとも未だに死刑執行された祈祷師の女の執念だったのか・・・。

     祟りが怖いのでURLのみ掲載  https://www.youtube.com/watch?v=eiqHQcPolYg

     9 磐梯熱海温泉「磐光ホテル火災」で31人が死亡

     これは事件ではないが、金粉ショーのダンサーの失火により、併設されているホテルに類焼し、折からの強風で瞬く間に燃え広がり、宿泊客ら31人が死亡する日本のホテル火災最大の大惨事となった。
     この火災については、過去に複数回当ブログで取り上げ記事にしているので、ここでは多くは語らないようにしたい。

    10 小野町の一家6人焼死火災

     こちらは昨年の暮れに起きた悲惨な火災。小野町にある4世帯の大家族の家から夜中に出火。火は一気に燃え広がって、幼い子ら4人を含む7人が一度に死亡する痛ましい事故だった。

     さて、過去から今日まで福島県内で起きた凶悪にして凄惨な事件を10例、列挙した。とても危なくて住めないと感じただろうか。
     実は全国の1,946の市町村別の犯罪発生率(刑法犯認知数を人口で割った値)を見ると、ワースト200位以内に我が福島県は入っていない。多いのは、大阪府、愛知県、福岡県、京都府、兵庫県なのだ。なぜか西日本の都市に犯罪発生が偏っているという。

     論より証拠 統計はコチラをクリック

     意外だったのは福島県で犯罪発生率が高かったワーストは檜枝岐村だったことだ。

     ワースト1位 檜枝岐村 1.572%  全国276位   犯罪数      10件
          2位 鏡石町   1.233%   全国514位   犯罪数     158件
          3位 郡山市   1.226%  全国519位   犯罪数4,151件
          4位 会津若松市1.195%  全国544位  犯罪数 1,508件
          5位 いわき市 1.185%   全国555位  犯罪数 4,056件
          6位 相馬市  1.076%   全国654位  犯罪数   408件

     ちなみに以下を挙げると、福島市は659位、須賀川市が701位、泉崎村が716位、矢吹町が795位、白河市が797位、西郷村が823位だった。つまり、中通り、特に県南地方に犯罪が集中していることがわかる。

     会津地方では、檜枝岐を除けば、843位に猪苗代町、喜多方市が1,285位、坂下町が1,286位、で、さすが「ならぬものはならぬものです」という教えが現代にも継がれていることがわかる。
     なお、ワースト1位の檜枝岐村は交通事故発生率も全国でなんとワースト21位で、県内でも2位のいわき市が251位なので、ダントツのワースト1位だ。

    2019年1月13日 (日)

    巨人軍の不吉な番号?いやいや体質に問題あり!

      巨人軍の背番号の不吉は「7」? 

     H31年1月9日付の「ヤフーニュース」に掲載されていたが、巨人軍の背番号に纏わるエピソードで、「背番号7」は悪いことが立て続けに起きるアンラッキーナンバーという主旨の記事があった。実はこれは、私が5年前に、本ブログの前身に当る別名ブログの中で指摘した内容と瓜二つで驚いた。

     今年、原巨人の黄金時代を支えてきた2人のベテランがFA人的補償で他チームへ放出されるという憂き目に遭った。それは左のエース格だった内海哲也、巨人に入団したいがために指名までひたすら待ち続け、やっと入団を果たした2年目には首位打者と最多安打の二冠に輝いた長野久義だ。巨人はFAで獲得した炭谷(西武)と丸(広島)の身代わりとなる人的補償の28人のプロテクトから貢献度抜群の両ベテランを外すといった暴挙に出た。

     ファンに衝撃が走ったと同時に、「なぜ?」という疑念が渦巻いた。今季、最後の奉公とばかりに捕手に志願復帰した阿部に加え、強肩・小林、大城、そして宇佐見と充実した布陣が現有勢力としてあるにもかかわらず、層の厚い捕手をさらに獲得した。しかも30代半ばを過ぎた選手の獲得に、巨人ファンは大きな疑惑を抱いた。

    Utsumi Chono


     また、「中島宏之」や「岩隈久志」はFAではなく、他チームを戦力外になった選手なので、獲得は自由だが、これは第2回WBCで侍JAPANの貢献度が高かった2人を原監督の独断で獲得した感じ。チーム事情として若返りをうたいながら、何ゆえ30代後半の峠を越えたであろう選手ばかり寄せ集めたのか?個人的には岩隈には楽天に戻って欲しかったし、また40を越えた上原浩治とも再契約を果たした。どういう補強テーマだったなのか全く見えない。
     かつて打って守れて、リーダーの資質十分だった「仁志敏久」を放出したように、原監督が実権を掌握したからには、好き嫌いで勝手な人事を断行しているのかとさえ勘ぐったほどだ。

     私が思うに、おそらくは巨人を追われた2人は、かつての「小林繁」や「萩原康弘」、「西本聖」、「駒田徳弘」、「一岡竜司」のように、「恩返し」という名の復讐心から発奮し、巨人を目の敵にしてぶつかって来るだろうし、巨人時代では考えられないような、驚くべき好成績を収めるであろう。
     では、そのように判断する根拠を示したい。

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     小林 繁

     移籍理由) 空白の一日・ドラフトボイコットを経て江川との交換トレードで阪神へ

     移籍前(巨人) 13勝12敗 
     
     移籍後(阪神) 22勝9敗 

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     西本 聖

     移籍理由) 皆川投手コーチとの確執があり、中尾孝義捕手とのトレードで中日へ

     移籍前(巨人) 4勝3敗 

     移籍後(阪神) 20勝6敗  いずれも段違い

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     萩原康弘

     移籍理由) 小俣進との交換トレードで広島へ  

     移籍前(巨人)14安打  4打点 打率.233 

     移籍後(広島)44安打17打点 打率.341 代打として大活躍した

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     駒田徳広

     移籍理由) 好成績を収めてもレギュラーが約束されない方針に反発してFAで横浜へ

     移籍前(巨人) 109安打 7本塁打39打点 打率.249 満塁男として実績はあった 

     移籍後(横浜) 149安打13本塁打68打点 打率.284 一塁手としてレギュラー獲得  
              して優勝に貢献

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     一岡竜司

     移籍理由) 大竹のFAに伴う人的補償でプロテクトを外れ、広島へ

     移籍前(巨人) 0勝0敗   防御率 5.23 当番機会が得られず

     移籍後(広島) 2勝0敗2S 防御率0.58  16ホールド 貴重な中継ぎとして大活躍

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     このように、巨人を去った選手はいずれも、発奮して、巨人在籍時よりも格段に成績がアップしている事実。
     一方、FAやトレードで巨人に入団した選手は鳴かず飛ばずでさっぱりだ。よくよく巨人のフロントや首脳陣は人を見る目が無いといわざるを得ない。
     したがって、FAやトレードで巨人に来るのも良し悪しで、飼い殺しは「巨人名物」だし、出場機会に恵まれずに二軍生活を強いられたり、強力な監督の陰で、眼力の無いコーチ陣が選手起用の進言もできないようでは、旧態依然の状態は継続するだろう。

     では、ここでヤフーに掲載されていた記事を引用したい。

     長野の前に背番号「7」を着けていた二岡智宏(1999年~2008年)は、2008年に山本モナとの不倫が発覚し、同年オフに日本ハムへトレード移籍。その前に着けていた吉村禎章(1986年~1998年)は、1988年に今も「あれがなければ…」とファンに悔やまれる靱帯断裂の大けがに見舞われている。

     強打のスイッチヒッターとして巨人軍第49代4番打者も務めたレジー・スミス(1983年~1984年)は、1984年にファンと小競り合いを起こして書類送検。
     また、柴田勲(1970年~1981年)は現役引退後の1992年に賭博行為で検挙され、桑田武(1969年)はヤクルトアトムズ(現ヤクルト)移籍後の1970年に「黒い霧事件」の一端を担ったとして逮捕されている。

     前述の5名以前に背番号「7」を背負った選手は大橋勲(1963年~1968年)、高林恒夫(1961年~1962年)、与那嶺要(1951年~1960年)、山川喜作(1946年~1951年)、筒井修(1936年~1937年・1941年)の5名だが、この内大橋、高林、山川はトレードで他チームに放出されている。

     また、与那嶺は当時存在した年金の受給資格(10年間の選手登録)を満たす寸前で戦力外通告の憂き目に遭い、中日に移籍。背番号「7」の初代である筒井は、戦地で指を失ったことにより選手生命を絶たれてしまっている。

     私個人の見解では、前述した巨人を追われた選手が、その後、巨人時代よりも飛びぬけた成績を収めている事実を考えれば、決して長野や内海は「都落ち」ではないし、現に、リーグ3連覇を果たした広島や昨年パ・リーグを制した西武に実力を高評価されて移籍するということは、ある意味巨人にとって脅威である。
     「出して失敗した」と思わせるため、死に物狂いで掛かって来るであろう。逆に言えば、「燃える材料」を巨人から与えられたと解釈すれば、「見返してやる」という強いやる気で巨人戦には立ち向かってくるので、逆に脅威になるだろう。

     そういう意味では今季の「内海」と「長野」の動向や活躍から目が離せない。2人には水を得た魚となり、大躍進を期待したい。

     そして現在FAやトレードなどで巨人入りした選手も、2人の電撃移籍には戦々恐々としているだろう。功労者であっても簡単にクビを切られるとあっては、枕を高くして寝ていられない。競争原理に拍車をかけるだろう。
     「大竹寛」、「森福」、「吉川光」、「野上」、「陽」、「石川」、「立岡」が該当者だ。FAで来た以上、VIP待遇などと高を食っていると痛い目に遭うだろう。彼らも明日をも知れぬ身であることを悟り、大いなる奮起を期待したい。

     総じて、今回の記事を総括すれば、背番号が不吉なのではなく、選手獲得も起用法もドタバタ劇が多く、「4年連続V逸」というふがいない成績によって重圧が圧し掛かったことで、このようななりふり構わぬ戦力補強に走り、若手を育てるどころか芽を摘み取ってしまっているのがそもそもの要因ではないのか?

     巨人ファンをやめたくなるような、あるいは目を覆いたくなるような惨状が今の巨人にはありありだ。これ以上をファンを落胆させないで欲しいし、他球団がこぞって目の敵にするような無様な振る舞いは避けて欲しいものだ。

    2019年1月12日 (土)

    開運?郡山の絶景スポット5

     1月4日(金)放送の「めざましテレビスペシャル」で、日本全国の「開運スポットベスト30」を発表していた。我が福島県からは三島町にある只見線の河川橋のみが第6位に選ばれていた。ここは三島町の「道の駅」から山間の登山道を上った先にあり、「行くぜ東北!」を始め、多くのCMにも使われたし、旅行誌のグラビアやカレンダーにも使われるほどの絶景ポイントだ。
     そこで私は一案思いついた。このテーマを「郡山市の観光スポット」で当てはめたらどうなるのか?絶景スポットとまでは行かなくても、ため息が出るほどの珍スポットがあるのではないか?そんな発想でトップ5を私のなりに考えたので発表したい。

     1位 布引高原のひまわり畑と眼下に広がる磐梯山&猪苗代湖

     郡山市の南西の外れに布引高原がある。高原だけあって、小高い山の山頂に広がる台地だ。そこに8~9月に一斉に咲き誇る一面のひまわり畑。その頭上には風力発電の風車が並列して聳え立つ。そして眼下には猪苗代湖が広がり、その先には「宝の山」と詠われた「磐梯山」が佇む全景を拝むことが出来る。さらにはその湖面に、まるで鏡のようにその影を落とす様を眺められる。絶好のロケーションだ。
     私はぜひこの場所を「天空の楽園」と名付けたい。こんな絶景が我が街「郡山市」にあったことを心底嬉しく思う。

                Nunobiki

     2位 新緑の銚子ヶ滝

     日本の滝百選にも選ばれた。その形がお酒を注ぐお銚子に似ていることから付けられた。母成峠の手前、熱海町ふれあい牧場から右折し、山道を分け入ると、登山口にたどり着く。そこに車を駐車し、熊すずを鳴らしながら20分ほど林の木立の遊歩道を行くと、分岐点に出る。そこに据えられた急階段を15分ほど下りれば、深い新緑の中にその威容は姿を現す。周辺は滝と澤の音しか聞こえず、人影まばら。それほど秘境感が漂う山の中。
     紅葉時期も美しいが、ここはツキノワグマが頻繁に出現している森の中なので、十分な備えが必要だ。
     私は50歳を目前にしてここを初めて訪れたが、帰りの急斜面の崖のような場所に据えつけられた階段を上のに、心臓はバクバクできつかった想い出がある。そして滝下に15分ほど滞在したが、付近は誰一人おらず、もしこんな場所で熊に襲われたら誰も助けに来れないので、人知れず死んでいく恐怖に襲われたことを覚えている。
     

     3位 浄土松公園の奇岩「きのこ岩」

     トルコの世界遺産「カッパドキア」を彷彿させる、この世のものとは思えないほどの自然の造形美。残念ながら2011年の東日本大震災で一部が崩壊し、昔の面影はないし、周辺は立入禁止になり、周辺から眺めるだけとなった。
     ここをフィールドワークコースにしている少年自然の家が近くにあって、小学生時分、宿泊学習の際に、ここを同級生達と探検したことが思い出深い。

     4位 高屋敷稲荷神社の千本鳥居

     恥ずかしながら、長く郡山市に暮らす私でも、京都の伏見稲荷神社にも似た千本鳥居が参道を埋め尽くす神社が地元にあることを知らなかった。
     5年前にローカルテレビ番組の「ドミソラ」で紹介されて気づき、実際に訪れてみた。郡山の東部に南北に貫くように通っている「農免道路」。人気パン屋の「杜のくまさん」からほど近い場所にそれは建っている。道路の下にあるために、注意して見ないと気づかないで通り過ぎることが多く、だから私も知らなかったのだ。
     でも実際に訪れてみると、丘の上に建つ神社の本殿まで斜面を利用して、朱塗りの鮮やかな鳥居が所狭しと並んでいる。この鳥居は南側の参道だけでなく、東側にも設けられている。

     5位 ビッグアイから眺める郡山の夕景・夜景&駅前イルミネーション 

     2001年に落成した郡山市のラウンドマークビル「ビッグアイ」。地上24階で133mある。このビルは複合型で、MOLTIという名の商業施設、市民プラザという行政の市民窓口、そして高等学校が併設し、22階には展望ゾーンや宇宙体験が出来るテーマパークの「スペースパーク」や、最上階には丸い球体のプラネタリウムまで備えている。
     私のお気に入りはNゲージのジオラマだ。明治・大正・昭和・平成というように、時代ごとに駅舎や駅前の風景の変遷が模型で描かれているのだ。

     こおりやま光のページェント(郡山駅西口広場)

     この作品は、福島県郡山市のJR郡山駅西口広場のイルミネーションをHi-Vision映像で紹介するものです。郡山市は、福島県の中央部に位置し、県庁所在地の福島市が行政の中心とするならば経済産業の中心として経済県都と呼ばれ、米作を中心とする一次産業、大手の工場が多く進出している工業団地を中心とする二次産業、地の利を生かした三次産業など産業構造のバランスとれた地域で、行政人口で33万弱を擁する本県を代表する都市です。また、郡山市は、JR東北新幹線の東北の玄関駅としての郡山駅をはじめ、在来線では東北本線と磐越東、西線及び水郡線の分岐点、JH東北道と磐越道の接続点となっているなど交通・物流の要衝となっています。このJR郡山駅の乗車人員数は1万7、8千人/日と言われ、本県内の駅ではダントツ1位となっています。当イルミネーションは、「ビッグツリー ページェント フェスタ IN KORIYAMA」として同実行委員会が実施しているもので、LED21万個が樹木、施設などに飾られ幻想的な空間を作っており、行き交う人々の目を楽しませているようです。(菅野隆夫氏撮影)

     さて、本日は、「郡山の絶景スポット」というテーマでお送りしましたが、我が街「郡山」にも、探せばこのような魅力あふれる展望スポットがあるというのが嬉しい。
     郡山市民ならもちろん、県外の方も、出張のついでに、あるいは観光旅行の締めくくりにぜひ、ビッグアイに昇ることをお勧めしたい。

    2019年1月11日 (金)

    芸能人の特技

     「芸能」という字が示す通り、芸に長けている方が多い。多芸に無芸と言うことわざもあることはあるが、やはり芸能人として長く活躍できる方というのは、何らかの秀でた才能の持ち主と言えるだろう。そこで、芸は身を助くではないが、そうした芸能人の特技や長所を列挙したい。

     字が上手い芸能人

     1 本木雅弘 A型
     2 山口智充 O型
     3 山岸舞彩(引退)O型
     4 TAKAHIRO O型
     5 Gackt A型

     個人的にO型の人は字やピアノが上手い人が多いと思っている。

     絵が巧い芸能人

     1 八代亜紀 B型
     2 五月みどり A型
     3 工藤静香 B型
     4 片岡鶴太郎  O型
     5 大野智・木梨憲武 A&O型

     ピアノが上手い芸能人(意外な方のみ)

     1 生田絵梨花 https://www.youtube.com/watch?v=yp_Jj8ZTkoI
     2 坂口健太郎 下の埋め込み動画へ
     3 岡田准一  https://www.youtube.com/watch?v=BzXO3nHkUZg
     4 真剣佑 https://www.youtube.com/watch?v=4e7Jgx7VP14
     5 みやぞん https://www.youtube.com/watch?v=nTwnpnH21Iw

              https://www.youtube.com/watch?v=a2HnohJA4EA

     高学歴の芸能人(卒業高校の偏差値77以上)

     1 蜷川幸雄
     2 野田秀樹
     3 八田亜矢子 A型
     4 檀ふみ A型
     5 津川雅彦 O型

     やはり「芸は身を助く」で、やはり賢くないと長い期間活躍したり、芸能界では生き残れないのがよくわかる。タモリは早稲田だし、ビートたけしは明治大、やはりそれなりの処世術を身に付けているようだ。下積みが長い分、比例して活躍期間も長くなるということが言えそうだ。だから一発屋はそれだけで、次のネタを考えないから一時のブームが去れば飽きられて見向きもされなくなる。

     

    2019年1月10日 (木)

    芸能界の七不思議

     私は33年前、東京で大学生活を送っていた際に、とある芸能プロに通い、俳優になるためのレッスンを受けていた。しかし、くだらない理由のために断念した経歴を持つ。
     ひとつは、演技などのレッスン料が月6万円もかかり、とても経済的に続けられる状況になかった点、2つ目は、もし自分が芸能人になったら、変装でもしない限り、堂々と街中を歩けなくなるという余計な心配だった。

     当時、私は水谷豊に憧れていて、あのような演技力のある個性派俳優になることを夢見て、プロダクションの面接に合格したのに、いざという時に尻込みしてしまったチキン野郎だった。ただ、同期にレッスンを共に受けていた方に、後の大女優になった「浅野温子」さんがいたことだけが今でも自慢だ。レッスンは過酷で、発声練習や体力づくりから始まり、早口言葉、パントマイムやジャズダンスから始まって粗方のダンスまでやらされた。

     しかし、私には方言がなかなか直せなかったし、セリフを話していても、せっかちな性格が災いして途中でどもってしまう弱点も引け目を感じていたせいだ。
     あのままレッスンを続けていたら、もしかしたら今頃はベテラン俳優としての地位を確立していたかもしれない?とさえ思えてしまう。

     そんな一時期、私が憧れた芸能界だが、物心がついた頃からかれこれ45年以上もテレビを見続けている私にとって、芸能界の不思議と言うのがある。今日はそれを紹介したい。

     1 事務所トラブルで干される方が多い

     加勢大周、鈴木あみ、ローラ、元SMAP(香取・稲垣・草彅)、能年玲奈、西内まりや

     事務所の移籍はご法度で、たとえ本名であってもそれを使ってタレント活動はできなくなるほど厳しい。契約違反=仕事がなくなる 
     つまり、芸能人にとって事務所あっての芸能活動にほかならないのだ。すべての仕事のスケジュールやマネジメントを行っているため、こうした契約の不履行はもっとも嫌われる。
     上に挙げた方々は一時期、そして今でも芸能活動を制限されている方々で、これを芸能界では「干される」と呼んでいる。一度干されたら、テレビやマスコミ等への出演依頼は劇的に少なくなる。かつてアイドルとして絶頂だった田原俊彦も「BIG発言」が忌み嫌われ、それをきっかけに干されて仕事が無くなり、休職状態、いや追放に追い込まれた。

    https://www.youtube.com/watch?v=I5joKzyKNFA

     今年、吉田羊と吉田栄作、どういうわけか二人とも吉田姓だが、このベテラン俳優が共に所属事務所を退社した。今後の動向に注目したい。

     2 麻薬に手を出しても復帰できてしまう

     芸能界は感性の勝負のところがある。したがって、曲作りを行うミュージシャンや俳優の中には危険ドラッグや麻薬に依存する傾向がある。しかも一度逮捕されても、繰り返し所持・使用し、再逮捕され、罪が重くなっていく傾向が強い。1~2度ならずも5回以上の同罪での逮捕歴・服役歴がある芸能人も決して少なくない。

     勝新太郎・研ナオコ・美川憲一・尾崎豊・槇原敬之・岡村靖幸・翔・清水健太郎・田中聖・
     清原和博・ASKA・内田裕也・押尾学・萩原健一・岩城滉一・酒井法子・いしだ壱成・
     長渕剛・錦野晃・井上陽水・江夏豊・田代まさし

     これほど逮捕歴があっても、懲りない面々が多い。逮捕されることで逆に「博」がつくとでも勘違いしているのか?
     一番悪いのは、このような犯罪に手を醒めても簡単に復帰を認めてしまう芸能界の「ぬるま湯体質」がある。世間も安易に復帰を許し、「神」などと称し、チヤホヤする傾向がある。これでは反省不足で、同じ犯罪を繰り返すのも当然だ。

     3 在日朝鮮民族は本当に多いのか

     Youtubeには、芸能人の多数が在日韓国人や朝鮮人という動画が多数アップされている。それらの動画を見ると、彼らの正式な韓国名(朝鮮名)まで掲載されている。張本勲や和田アキ子などの名がよく挙がっているが、こうした情報は真実なのか?

    https://www.youtube.com/watch?v=iuxGO9HwhVA

     4 離婚がやたら多い

     毎年多くの芸能人同士の婚姻が発表されている。しかし、その反面、離婚率も高い。おしどり夫婦と思われていたカップルが、突然に円満離婚を公表してみたり、あるいは再婚、再再婚と言うケースも数多い。なぜ芸能界は一般社会よりも離婚者が多いのか?イケメン・美人がごまんといる芸能界では目移りしてしまうのか?仕事が多忙ですれ違いが多いという理由だけで本当に離婚にまで至るのか?不貞や浮気もその要因とは思うが、スマホなどのSNS社会の中で、誰にも見つからずに、そうした交際や浮気がバレない筈がない。
     最近では、宅麻伸と賀来千香子、及川光博と檀れいの離婚はショックだった。実は長い間、仮面夫婦を演じていただけなのか?熟年離婚もまた多い。高知東生と高島礼子、船越英一郎と松居一代などは泥沼化している。

     5 或る宗教団体が牛耳っているのか?

      にじいろジーンのMCや女優として活動していた清水富美加が、突然出家発言をして「千眼美子」となり、芸能界を引退した衝撃が大きかったが、あえて名前は出さないが、日本最大の宗教法人に属するタレントや芸能人がなんと多いことか?芸能界仕事にありつけるか否かは、事務所の力だけでなく、巨大な組織力が物を言うのか?

     なお、日本では信教の自由が保障されている。したがって、新興宗教であっても違法行為ではないため、芸能人がどの宗教を信仰していようが犯罪にはならない。よって、批判の対象や材料にもならないので、映像の埋め込み処理はしません。

    https://www.youtube.com/watch?v=HbpmEZ-Vqao

    https://www.youtube.com/watch?v=q-Xh-CWBCKM

     6 バラエティなら「よしもと」、音楽なら「ジャニーズ」&「秋元」、女子アナなら「セント・
      フォース」が牛耳っている?

     かつては「ナベプロ」や「ホリプロ」「サンミュージック」が三大芸能プロダクションだった。あの山口百恵が言っていた。「売れるか売れないかは事務所の力」だと。その所属のタレントは「巨大事務所」の力によって、テレビラジオなどの出演になんら障壁が無く、出ずっぱりだった。90年代はレコード会社のAVEXが幅を利かせていた。
     今では「よしもと」「ジャニーズ」あたりが巨大勢力だ。これからは事務所のマネジメント力がある会社の所属タレントが、出演する頻度がいかに高いかという視点でテレビを見てほしいと思う。

     7 売れっ子の睡眠時間は?

     かつては関口宏、堺正章、伊東四朗、みのもんた、タモリを見ない日は無かった。今でも 所ジョージ、ビートたけし、明石家さんま、上田晋也、有吉、坂上忍は超売れっ子で、毎日、何かしらのレギュラー番組に出演している。超多忙の日常で、いったいいつ休んでいるのか?という心配が付きまとう。
     芸能界は流行り廃りが激しい世界で、売れている時に多くの仕事を入れる。レイザーラモンHG、江戸はるみ、小島よしお、ひょっこりはん、ブルゾンちえみやみやぞんなどもそうだが、一時期に爆発的なブームを作ってしまうと、忘れ去られるのも早い。
     私からすれば、売れっ子は一体いくら稼げば気が住むのか?と思う。タモリさんやかつてニュースステーションMCを務めた久米宏さんは、1回1時間の出演料(ギャラ)が300万円だったと言われる。事務所が半分取りしたとしても、一週間で750万円が懐に入っていた計算だ。ビートたけしや明石家さんまは年収100億円とも揶揄されているし、稼いだ金を使う暇すらない感じだ。
     それくらい儲かる職業が芸能人と言えるが、彼らに休暇や休息のいとまはないであろう。所ジョージやさんまは仕事が遊びになっている印象で、肩の力が抜けている印象さえ漂う。
     ところで、1970年代のスーパーアイドルだった「ピンクレディー」は、毎日スケジュールぎっしりで、睡眠時間が2~3時間程度だったという。20代の若い体力でも2人とも何度か過労で倒れている。松田聖子もきっとそうだったろう。
     有名な話では武井壮は一日45分、片岡鶴太郎は2時間、そしてお笑い怪獣の異名をとる明石家さんまは1時間しか寝ていないというのだ。

     さて、今日は芸能界に纏わる不思議を7つセレクトしてお送りした。
     誰もが一度は憧れると言われる芸能界というところは、マスメディアを最大限有効活用できる世界がゆえに影響力が大きい。そういう意味でも、こうした七不思議も存在するという点を見てこれからのドラマやバラエティーを見て貰いたいと思う。

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