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2019年7月18日 (木)

バブリー時代の爽やか系CM

 1980年代と言えば、世間はバブル景気に沸いて、経済も社会全体も好景気にあって勢いに満ちていた。その頃、私は高校、大学、そして社会人として生活のスタートを切っていたが、とにかく明るく元気で、活気に溢れていた時期だった。その頃に放映され、時代の鑑とも言うべき代表格がCMにも顕著に描写されていたと思う。
 今日は、1980年代の後期に放送されて人気を博していたCMを取り上げたい。

 1.ときめきのカリーナ

 この頃のCMモデルの代表が松本孝美さんだった。気持ちから弾み、笑顔と躍動感が自然に漂う絵づらが印象的。80年代は空前の車ブームで、新車が次々と市場に投入され、姉妹車(たとえばカローラとスプリンター、マークⅡとクレスタ、チェイサー、セドリックとグロリア、インスパイアとビガー、シルビアと180SX、トレノとレビンなど)がわんさか溢れていたし、またメーカーごとに競合するライバル車が多数あった。カローラVSサニー、クラウンVSセドリック、セリカVSシルビア、マークⅡVSローレルVSアコードなどだ。それは90年代に入ってもそうだった。どういう曲を使い、どういうCMを制作して購買意欲を煽るかが各社の戦略だった。

 山口智子が出演したいちゃいちゃカップル系のCMはコチラ

 1990年に放映されたのでギリギリ80年代だ。当時のカップルは、こうしたシチュエーションに憧れていたような気がする。

 2.コカ・コーラ

 何かちぐはぐではなく、ベクトルが一定方向を向いているような印象を受ける。コカ・コーラのCMはその時代を写す役割があった。いろいろな生活のイチシーンを巧みに切り取り、オシャレに仕上げている。外国人や長身でイケメンのハーフモデルを多数出演させ、洗練かつドラマのような情景を描いた秀作揃いだ。

 3.HONDA インテグラ

 今聴いても色褪せない山下達郎の名曲「風の回廊」に乗せて外タレモデルが闊歩する。車の新時代の幕開けを予感させたCM。今の若者は自動車離れであまりマイカーに対する執着はないが、80年代の若者は、カッコいい車を買うために毎日の仕事を頑張るという夢があった。当時は、セリカXXに始まり、スカイライン、シルビア、180SX、ソアラなどが人気車種で、そんなスポーツカーに可愛い彼女を乗せてドライブに行くというのがトレンディだったと記憶している。

 さて、今振り返れば、80年代後期は夢のような時代だった。私は東京で大学生活を送っていたが、不動産が高くて家賃支払いは大変だったが、バイト代も高く、それなりに生活は充実していた。その後のバブル崩壊で苦汁を舐めた世代を気の毒に思う。
 時代を映したCMが当時、多数あって彩を添えていたことを加えて本日の記事を締めたい。

 

2019年7月16日 (火)

クローン技術で甦らせたい人

 クローンは実験段階ではなく、中国などでは実用段階に来ているという。同じ細胞を持った人間を創り出すという発想は、常に倫理観との葛藤が渦巻く。だとしたら、もう一人同じ人間がこの世に作り出せるとしたら、その技術を応用して、ぜひとも甦らせたい人もいれば、絶対に甦らせてはいけない人もいるだろう。前者は、亡くなった身内だったり、名優やスポーツ選手などがいる。もしウサインボルトのクローンで何人ものボルトを再生できたら、陸上の歴史は大きく変わってしまうだろう。後者は、極悪非道の殺人犯や、戦犯などは決してこの世に呼び戻してはいけない面々だろう。今日はクローンの是非は別として、クローン技術で甦らせたい人物、全体に甦らせてはいけない面々についての記事をお送りしたい。

 <クローン技術で再生したい人々>(世間のおかたの意見)

 1 歴史上の人物・政治家

  織田信長 徳川家康 坂本龍馬  聖徳太子
  マザー・テレサ  ナイチン・ゲール  ベートー・ヴェン ショパン  ピカソ  ジョン・F・ケネディ  
  

 2 スポーツ選手

  力道山  ジャイアント馬場      千代の富士   平尾誠二  アンディ・フグ
 

 3 芸能人(映画スター・俳優女優など)

  美空ひばり  石原裕次郎  尾崎 豊
  マイケル・ジャクソン  マリリン・モンロー  テレサ・テン  ジョン・レノン
   

 4 文化人・その他

  本田宗一郎  松下幸之助
  スティーブ・ジョブズ

 ふつうに考えると、この世に甦らせたい人となると、偉人であったり、惜しまれながらこの世を去った人、謎に包まれて真実はどうであったのか、知りたい人などが挙げられる。坂本龍馬を暗殺した張本人は誰だったのか、とか織田信長の死の真相はどうだったのか、そして遺体はどこに紛れてしまったのか、ぜひ解明したいという視点でその名を挙げてしまう。

 

 <私自身がクローン技術で甦らせたい人々>

1 歴史上の人物・政治家 

  諸葛孔明  白虎隊士 二本松少年隊 神保修理  佐川官兵衛  土方歳三  沖田総司
  ベニグノ・アキノ・ジュニア
  吉田茂 田中角栄 市川房江 小渕恵三   
   

 2 スポーツ選手

  円谷幸吉  稲尾和久  村山 実  川上哲治  仰木 彬   藤田元司  輪島幹士  ザ・デストロイヤー  星野仙一
   
 3 芸能人(映画スター・俳優女優など) 

  ジョン・ウェイン  チャールズ・ブロンソン  ポール・ニューマン   ジョージ・ハリスン  フレディ・マーキュリー

  天知 茂  高倉 健  萬屋錦之助  竹脇無我  小林桂樹  桂 歌丸  緒形 拳  二谷英明  加藤 剛
  宇津井健  いかりや長介  沖 雅也  荻島真一  夏 夕介  三船敏郎  大原麗子  夏目雅子

     
  歌手・タレント

  坂井泉水  田中好子  岡田有希子  上原美優  


 4 文化人・その他

  モンキー・パンチ  三島由紀夫  藤本弘(ドラえもんの作者) 手塚治虫

 個人的に「甦らせたい」となると、憧れたいた尊敬する人物だったり、歴史に名を残す功労者だったり、生前会いたくても会えなかった人という目線で考えてしまう。坂井泉水、岡田有希子、上原美優、沖雅也などは、その死の真相は何だったのか、その理由とかを知りたくなってしまう。
  
 <クローン技術があっても再生してほしくない人物>

 1 歴史上の人物

  アドルフ・ヒトラー  マルコス元フィリピン大統領

 2 スポーツ選手

  北の湖(強すぎたから) 

 3 芸能人(映画スター・俳優女優など)

  

  <個人的にクローン技術で甦って欲しくない人物>

 1 歴史上の人物

  伊達政宗(何万人も殺しておいて英雄扱い)
  ムッスリーニ  チャウチェスク
   

 2 スポーツ選手

  ブラッシー(プロレスラー)

 3 芸能人(映画スター・俳優女優など)

  横山やすし  勝新太郎  渥美 清  田宮二郎
  

 4 文化人・殺人犯・その他

  大橋巨泉  

  宮崎 勤(連続幼女誘拐殺害犯)  松本智津夫(その他オウム犯)  勝田清孝(連続婦女殺害犯)
  大久保清(連続婦女暴行殺害犯)  宅間 守(池田小殺傷犯)    加藤智大(秋葉原殺傷犯)

 甦らせたくない人は、身勝手だったり、自己中心的で周囲の迷惑を省みない横暴な人、もちろん殺人犯は論外で、生まれ変わっても同じ
行為に及ぶと容易に想像できるからだ。 


  

2019年7月14日 (日)

東日本にある大仏・観音像

 日本三大仏をご存知でしょうか。有名なのは高徳院の鎌倉大仏、奈良の東大寺の大仏だが、実は三つめは富山県の高岡大仏もしくは岐阜大仏なのだそうだ。日本各地にはこの日本三大仏に負けるとも劣らぬ巨大大仏や観音像がある。今日は東日本限定だがそれを話題にしたい。

 1 北海道天徳大観音(88m)

 私が北海道に住んでいた頃、ツーリングで芦別市を通ると、テーマパークみたいな場所に聳え立っていたのを覚えている。別名「芦別大観音」

 2 青森昭和大仏(約21m)

 青銅製の座像としては日本一の大きさだと言う。1984年に建立され、奈良や鎌倉の大仏よりも大きい。しかし、屋外のため、あまり大きく感じられないそうだ。

 3 仙台大観音(100m)

 仙台の北に仙台市街地を見下ろすかのように聳え立つ仙台観音。40億円もかけて建立された。竣工は1988年なので比較的新しい。確かに、仙台の大学を受験に行った1982年当時は、こんな観音像は影も形もなかった。

 4 茨城牛久大仏(120m)

 日本一巨大な大仏として有名。青銅製立像としてギネスに認定されている。

 5 高崎白衣大観音(41.8m)

 高崎の山に聳え立つ。市街地を優しく見下ろしている。1936年に個人の実業家が建立した。戦没者の慰霊と高崎の発展を願って建てられた。

 6 鎌倉大仏(13.35m)

 歴史と由緒ある鎌倉大仏だが、大きく見えて実は高さ13m程度しかない。青銅製で屋外に鎮座しているため、かなり大きく見える。胴内潜りなど、内部に入れる珍しい大仏だ。

 7 千葉県鋸山 日本寺大仏(31m)

 日本で最大級の磨崖仏。正式名称は薬師瑠璃光如来」と呼ぶそうだ。奈良大仏が18mなのに対して、31m以上もある。房総半島の鋸山にロープウェイで登ると、山の中腹に鎮座位している。私も大学生の頃に、バイクでツーリングして目の当たりにして、驚いた。

 8 会津村慈母観音(57m)

 国道49号線を走っていると見えてくる『会津慈母大観音像』は、 四季折々に彩られる6万坪の巨大な日本庭園「やすらぎの郷・会津村」内にある高さ57m の巨大な仏像。

 9 東京湾観音(56m)

 東京湾を一望できる南房総国定公園(大坪山)に建つ高さ56mの救世観音。 本像は昭和36年に宇佐美政衛氏が世界平和の理念の元に建立された。 その姿は平和な世の中を祈願した珠を懐き、常に我々の幸せを願う安らかなお顔をしている。私も1987年夏に房総半島をツーリングし、いきなりこれが現れてビックリし、真下に建った。残念ながら、駐車料金や拝観料金をケチって内部には立ち入れなかった苦い想い出がある。

10 日本寺百尺観音(30.3m)

 凝灰岩からなる鋸山(標高329.1m)の大半が、その霊域となっている日本寺。一歩山に踏み入れば、各所に石仏が点在し、いかにも霊山の趣となっています。その山頂の一角、金谷下山口(北口管理所)にあるのが、百尺観音。昭和41年に6年の歳月の末に完成した。

11 大谷観音(27m)

 平和観音は大谷町にあり、太平洋戦争の戦死者の追悼を目的に、終戦間もない昭和23年から6年かけて大谷石採石場跡の凝灰岩層壁面に総手掘りで掘られた像高88尺8寸8分(約27m)胴回りが20mもある石造観音菩薩立像だ。

12 大船観音(25m)

 高さ約25メートルの白衣の観音半身像。1929年に着工、大戦により中断したが1960年に完成した。胴内に20分の1の原形像がある。 実物は上半身のみの観音様だ。幼少時代、亡き父に連れられ、横浜ドリームランドに行った際、この巨大観音像を見ておののいた想い出がある。

 その他

13 上野大仏・・・上野公園内にある知る人ぞ知る大仏 地震で頭が落ちてしまい、現在は顔だけが設置されている。

14 相馬百尺観音・・・相馬市の先祖が建てはじめ、未だに未完成の大仏。 

15 鎌ヶ谷大仏・・・千葉県にある、高さ1.80mしかない小さい大仏 飛鳥寺のそれと似ている。

 もちろん、西日本にはこれらを凌ぐ観音様や大仏がわんさかとある。日本最大級の福岡県久留米市にある62mの救世慈母大観音、石川県のユートピア加賀にある金ぴかの観音像はなんと73mもある。また、福井県勝山市にある「越前大仏」は屋内では最大級の17mもある。
 そして兵庫県には伝統日本三大仏と謳っている「兵庫大仏」があり、台座をふくめると18mだ。
 さらに、淡路島に聳え立つ「世界平和大観音」は瀬戸内海を見下ろすように建ち、高さ100mもある。

 今回は東日本編に絞ってお送りしたが、私は特定の宗教に凝っていたり、肩入りするつもりはない。信心深くもない。しかし、人間が信仰心の象徴としてこのような巨大な像を建造し、それを崇めているのも年齢と共に理解できるようになった。それまでは観光地にある物見遊山的な人寄せパンダ的な存在でしかなかった私の概念や観念を多少変えた存在になりつつある。

 

2019年7月 9日 (火)

感動を呼ぶニッセイのCM

 「日本生命」がまたやってくれた。「ニッセイのおばちゃん」の時代からそのCM作品を見続けた私だが、1990年代の「ニッセイレデイ友子さん」も良かったし、2000年代の「谷川俊太郎の詩」を読む駅の改札編も最高だった。そして清原果耶の「父に捧げる大学合格」も秀作だった。

 そして今回は、働くお母さんが見たら号泣しそうな作品をこの7月に放映開始となった。では早速30秒編と90秒編をお送りします。

 「笑顔が大好き」30秒編

 「笑顔が大好き」90秒編

 子育てしながら仕事に励むお母さんが見たら、共感して涙すること間違いないCMだ。愛する子供のためなら頑張れるお母さんの姿を描いている。しかし、もしもの病気になった時には保険だけが頼りという痛いところを突いているのも生命保険会社ならではだ。悪い言い方をすると戦略が見え隠れするが、この「もしも」や「まさか」の時に大事なのはやはりお金だと遠回しに訴えている。愛する人をどうやって守るか。

 主演は「パーフェクトワールド」で献身的な介護師を演じた女優の「中村ゆり」さん。水川あさみさんに似ていると思ったら、ふたりともAB型。知性を感じる印象だ。

 では、私が大好きな名作ぞろいの往年の作品をどうぞ!

 ニッセイレディ友子さん

 駅の改札編

 清原果耶の「父に捧げる大学合格」編

 30秒編はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=wHgCMJcgx_Y

 いずれも人生を感じる。いろんな出来事が降りかかるのが人の生きざま。良いこともあれば悪いこともある。長生きする方もいれば、不慮の事故や事件で命を落とす人もいる。残された家族に何が出来るだろう。それは保険であることを認識させてくれるCMだと思う。

2019年7月 7日 (日)

「北海道再訪記」3日目(7/3)

 3日目(7/3)の予定

 札幌ー北広島IC-トマムICー幾寅駅(鉄道員ロケ地)ーかなやま湖ー占冠IC新千歳空港ー福島空港ー郡山

 実際のエピソード

 4:00起床 昨夜はトータルで8時間睡眠。寝不足は解消 旅行の朝は早過ぎ 素泊まり正解。窓の外、濃霧で路面ウェット 霧雨?
     めざましテレビ、なんと朝4時55分から放送している。福島では30分遅れ。
 5:09ライフォート札幌発 5:13中の島にある息子のアパートへ。東京へ研修に行き留守。でも自社物件だけあり綺麗 写メ11枚
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 5:18アパート発 どこもエネオスGSやっていない ピンチ。昨日は国道5号線沿いはいっぱいあったのに。小雨の中走行。
     早朝は道路ガラ空き。右左折し、HTB(北海道テレビ)社屋前通過。屋上に黄色いマスコットキャラ。でかいパラボラアンテナ
 5:30札幌ドーム東側を通過 国道36号へ出てしまう。清田区に入り、交番の先で右側に電気がついているセルフ式エネオス発見 無人
     右折してやっとピットイン。清田区ナラサキGS   説明書き見ながらカードで給油。メーター6,953km 
     21.39Lで2,909円 1L=136円 カード決済 5:34発 これでガス欠の心配解消 
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 5:48北広島ICから道央自動車道へ。15℃ 予定よりも1時間早い行動。
 5:52輪厚PA おにぎりとサンドウィッチ購入460円 お茶とミネラルはホテルの冷蔵庫から持参 5:58PA発 晴れて来る。
     予報では帯広方面晴れだったのに、濃霧と霧雨状態で再び路面濡れ。80km/h~100km/hで巡行。20台に抜かれる。
     クラウン暴走150km/h以上?通行止め表示が・・・ハイウェイラジオ入らず。
 6:08千歳恵庭JCT 空いている 路面ドライに 対向車まず来ない
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 6:16千歳東IC 2日前に走ったルート。PC注意。
 6:22三川IC 朝食平げ薬服用 6:27由仁PA 6:30栗山トンネル 
 6:35夕張IC 雨が降ったり止んだり 対向車なし 16℃ 風速0m 4kmもの長いトンネル 幅員狭すぎ居眠りしたら激突必至
 6:44むかわ穂別IC 山の上は霧かぶる 石勝線の線路 バイクでも見た風景
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 6:48 下り勾配15%もの長い下り坂の長和トンネル
 6:57占冠IC 晴れて来る。 後ろに煽りの白のハイエース車間距離とらずムカつき、ブレーキで警告 北海道民、高速でも車間とらず 
 7:13トマムIC3,230円(メーター7,076km) 道道136号へ 線路沿いの一本道 時々雪除けシェルターあり
     STVラジオを聴きながら進行 道道1117号。線路と交差。
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 7:26 国道36号線へ 落合も交通量少なすぎ。高速で来たからか?キタキツネ轢かれて路面放置。合掌。16℃
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 7:38幾寅駅(幌舞駅)念願の「鉄道員(ぽっぽや)ロケ地」へ到着。メーター7,097km。予定より3時間早い。早過ぎて、展示
     コーナーの扉は施錠。なんと9時にならないと開かない。周辺散策&写メ撮りまくる。駅舎内は木の香り。窓から壁じゅう、「鉄道
     員」の写真やポスター、南富良野町のガイドマップや観光地紹介。訪問客の集計用紙。昨日だけで30組。福島県など近いほう。
     京都、広島、山口などの記載あり。俺も記帳。ホーム、オレンジ色の気動車キハ、映画に出た「だるま食堂」「井口商店」などすべ
     オープンセット状態。駅舎の隣りは情報プラザの近代的ビル。
     駅舎ホーム側の軒先にいた地元の中島さん(昭和36年生まれ)と話す。トラック運転手などしていて、今日はバス転換されたバス
     で帯広の病院に通院。俺が福島県から来たと知ると、久し振りに福島弁を聞いただって、中通り浜通り会津など知っていた。
     富良野の「唯我独尊」がまだあるのか尋ねたら、富良野駅前の「我夢舎楽」というカフェを勧められる。70代のおじいさんがやっ
     ていて、ブレンド飲んで欲しいと。時間が余りすぎているので、寄るとうすら返事。バスが来て彼と別れ、その後8時15分から3
     ~4組、立て続けに観光客が来る。あちこちで写メ。
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 8:45係のおじさんが来てキハの列車の扉を開錠。さらには展示コーナーとドアも開ける。本当はもっと早く開けてあげたいが、働き方改
     革を何度も挙げて弁解。佐藤乙松幌舞駅長が着ていた制服・制帽・コート、板東英二が来ていた新聞配達グッズ、キャスト・スタッ
     フ全員のサイン、模型、名シーンを集めた写真などが展示 しかも実際に映画に登場した駅長室も。しかし、仏壇などがあった部屋
     はない。ここに広末涼子も来たのか。待合室のブラウン管テレビで、撮影風景やロケの模様を収めたメイキング映像が流される。
     感動。はるばる来た甲斐があった。もともとこれがメインの旅行だった。何度もホームや電車内など周辺を彷徨う。電車内にもサイ
     ンが貼り巡らしてある。隣の情報プラザで記念切符(入場券)を3種類購入。570円。ヒグマのはく製が置かれている。爪鋭い。
     帰る段になって、3人の女の子がやって来る。駅舎前で記念撮影している。

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 9:13幾寅駅発。22℃ 1時間35分も一カ所に居座る。時間余るのが見え透いている。14時までに空港に行けばOK.よって予想も
     していなかった富良野へ向かう。左折して道道465へ。交通量がほとんどない一本道の「金山幾寅線」。やがて山道へ。
 9:22湖が見えだしたところで、停車して写メ。
 9:24かなやま湖にかけられた黄緑色のトラス橋で緊急停車。すると1台歩道に片倫乗り上げて駐車の車1台。橋下の砂浜からキャスティ
     ングしている釣り師。おそらくバス狙い。34年前の1985年、単独ツーリングでここを訪れ、橋の上をバイクで走る様を撮影し
     た経緯あり。崖を下りるロープ有り。
 9:28金山湖キャンプ場 ラベンダー畑。駐車場に置いて徒歩で散策。石碑でUターン。紫色の花が美しい。数人が手入れしていた。
 9:34発 17℃
 9:37展望台の駐車場へ 写メ くねくね道路なので、橋を架ける工事中。サイクリングでトレーニング20台とすれ違う。外人?
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   9:49踏切渡り、その先のT字路を右折。富良野方面を目指す。国道237号へ 一直線の道路60~70km/hペース。
 9:59 国道38号線へ 何度か走り、記憶にある道と周辺の風景  
10:02山部大橋(空知川)山部の街道沿い、スイカメロン直売所断続的に登場。しかもオレンジ色の天明表示。メロンの形のモニュメント 
10:10有料道路との分かれ道で右折。クランク状にまた左急カーブ。布部駅入口見落とし、素通り。小さな踏切で右折して渡る。200m
     ほど戻る。右折し、6年前に訪れた布部駅へ。
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10:15布部駅着。7,139km
     1984年、2013年に続き、3度目の訪問。マッチ箱のような小さな駅舎の前に、色褪せた倉本聰作の「北の国此処に始まる」
     の文字。すると男女がプラットホームにいて、男性がギターを弾いて女性が撮影。ポスター撮り?ジャケ写?ホームでも手短に写メ
     駅舎内でスタンプ押印 小さい。アクセス道路から駅舎まで意外に近い。
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10:19布部駅発 残り10km 60~70km/hペース。
10:27富良野駅手前の無料駐車場へ。7,145km。交番が手前に、駅の高架橋の渡り通路がロッジ風のこじゃれた造りに・・・。
     まず駅へ。スタンプ押印。「我夢舎楽」の場所を聞きに、駅に隣接する観光案内へ。いきなり太った外国人の男性スタッフがいる。
     女性に尋ね、場所を聞き出す。駅舎には顔出しパネル。へそ祭りの人形も。
     駅の南側の2階建てビルの2階。階段を上がり、マスターに会いに扉を開ける。そこは別世界。ログ調のオシャレで落ち着く雰囲気
     先客は20歳ぐらいの若者ひとり。髭のマスターに声を掛け、中島さんの紹介だと告げる。俺の名前を出すとマスタービックリする
     と言っていた通り。気さくで話しやすい方。早速ブレンドコーヒーを注文し、話し込む。田中邦衛や北の国からの出演者など全員の
     サインが壁に飾ってあり、また、旅の途中でここを訪れた人々の写真や年賀状がびっしり貼られている。今年分で満杯。毎年、貼り
     替えているそうだ。マスターに人柄が偲ばれる。入り口のポケバイはその持ち主が北海道でバイク事故で死亡し、マスターが引き
     取ったそうだ。ほかにも学習院大学のワンゲルパーティーが団体でここで食事するらしい。雑誌に紹介された記事を見せてくれた。
     初めて訪れたのに、妙に落ち着く。名物だと言う「カントリーサンド」を注文。それがまた3枚重ねででかい。口に入りきれない大
     きさで食べきれない、注文依頼があれば駅で売ったり、年中無休状態。マスターは佐々木幸一さんと言い、元は札幌の建材屋で働い
     ていた。しかし、縁があって喫茶店をやっることに。身の上話聞く。芦別在住で、毎日店に通っている。昔の出来事を嬉しそうに話
     してくれた。
     なんと御年77歳の喜寿。BGMは懐かしい70年代のABBA。エリック・クラプトンのCDジャケットも部屋の飾りに。店を開
     いて33年目。私が学生時代に訪れた際にはまだ無かった。駅前の区画整理で以前の店を解体して、また建て直したそうだ。
     コーヒー2杯目、100円引き。会計は1,300円。1時間半も居座る。北海道の最終日にこんな素敵な想い出が出来るとは。必
     ずまた来ることを誓い、またマスターとツーショット写真。年賀状を送って店内の壁に飾ってもらうことにする。
     中島さんがまた来店したら、ちゃんと俺が店に来たことを伝えて貰う。幾寅で中島さんに出会っていなかったら、富良野に来ること
     もないし、ましてマスターと懇意になることもなかった。旅は道連れを実感。飛行機のため、後ろ髪引かれつつ帰路へ。駅前で韓国
     人の6~7人の若者グループがレンタサイクルで街中へ。
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  なお、「我夢舎楽」のマスターの許可を得て店内を撮影し、ご自身の画像を当ブログに掲載することを承諾していただいております。

11:45富良野駅発 気温25℃に。来た道を引き返す。11:55布部大橋(空知川) 有料道路分岐を左折。ずっと後方を自衛隊のト
    ラックが走る。
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12:09右折して道道237へ。通称花街道237.ガラガラで一直線。ここは6年前も走った。
12:17かなやま湖分岐を直進。占冠方面へ。
12:20金山峠 :23トンネル ツーリングライダー7~8台 道路工事で片側塞がり、待たされる。
12:33トマム分岐点を左折。ICに行くのに遠回り。      
12:38占冠IC メーターは7,194km 高速へ。トンネル続く 後ろオフロードバイク トンネル煽られないように120km/hで逃げ
    る。車間距離稼ぐ。対面通行と追い越し区間、トンネルの繰り返し。対向車線にPC バイクが尾行状態
13:03夕張IC 今日夕張訪問が当初の計画だった。そうすればもっといろんな場所に行けてた・・・。晴れて日差し出る・遅い。28℃
13:13由仁PAで休憩(メーターは7,241km) 24℃でかいバイク2台熟年ライダー八王子ナンバー トイレへ ナビ再設定
     空港でレンタカー返却前にエネオスのGSに行くため。
13:19由仁PA発 :24追分分岐 
13:31千歳東IC出口(1,860円)
13:38空港方面へ行く筈が出口間違えて逆の千歳市方面へ行ってしまう。無駄走り。1km先の交差点でUターン。
     DASHに登場した南千歳駅を通過。国道36号線沿いにGSがあると思って南下するが、一向に現れない。滑走路の終点を越え、
     さらに南へ。おかしいと思い、美々という地名で左側に昭和シェルGS(モダ)で左折し、路肩に駐車し、エネオスSSカーゴ店へ
     TEL。するとGSは空港の敷地内にあるらしい。往復10km無駄走り。これが飛行機ギリギリだったら超焦る筈。まだ1時間半
     あるので少し余裕。戻る途中、13:58オービス通過。時速45km/h。
14:04やっとの想いでエネオス空港カーゴSSへ。メーターは7,284km 1L=143円 しかし17Lしか入らず2,432円
     燃費良すぎる。迷わないように男性店員のおじさんにレンタカー基地への行き方を尋ねる。南千歳方面に行き、マイナス方面に右折
     2回繰り返して国道36号へ 案内板があって、そこを左折。2日前通った道へ。
14:13ワールドネットレンタカー到着 無傷。ただし、雨に降られ外見汚いし、足元のフロアマット泥だらけ。距離7,287km
     最後の無駄走り2回が痛い。10km以上損。23℃ 名残惜しい。
14:35マイクロバスに7~8人乗り合わせて新千歳空港着 skipで機械でチェックイン やはり座席変更は不可。持っていませんをタッチ
     して搭乗券を出す。売店で白い恋人5つと渡邊さんへ差し上げるROYCEを購入。土産代に4,788円 速攻。
14:47ベンチで休憩。ペットボトルミネラル2本あり、たぶん1本しか持ち込めないので飲み干す。
     ついでに6年前機内で食べた「北の海鮮丼弁当」を売店で購入。1,290円 保安検査を通り、WCで用を足す。
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15:00 5番ゲートの前のシートで待つ。優先席の後ろで待機。飛行機の座席は満席に近い。やはり1日1往復では足りない。夏だけでも
     増便を乞う。滑走路変更で若干搭乗遅れる。登場順は往路と同じく3番目(窓側と中央席)
15:45やっと機内へ 飴2つ受け取る 最後方から2番目の20F(窓側)隣りはタビックスジャパンのおばあさんの5人のツアー客
     すぐに話しかける。意気投合。(小野町と猪苗代町の方)
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15:58新千歳空港発テイクオフ 濃い顔立ち(沖縄出身?)のキャビンアテンダントは鈴木さん。アイスコーヒー貰う 往路はアップル
     視界良好で、すべてが見通せる。苫小牧の港が真下に。太平洋に出てしばらくして青森県の下北の先端 尻尾岬
16:40八戸上空を飛行 雲をうまく避け、陸地の稜線が手に取るようにわかる。座席の雑誌のマップと照合し、現在地を常に伝える。
     ただ今盛岡上空など
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17:00仙台上空 メモ 下降開始 やがて福島空港が見えるのに、高度が高くて旋回 なんと北に飛ぶ。
     そして旋回したら眼下にラウンドワンやビッグアイ(17:18)が間近に見える。あそこに降りたい。日大の校舎の近くを飛行
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17:22福島空港の滑走路にタッチダウン 路面は乾いているがくもり空。手荷物ないのですぐに空港の外へ。車の駐車場所勘で当てる。
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17:36福島空港発 道路はドライ状態。往路と同じルートを帰る。
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17:44県道63号から右折して旧道へ。牡丹園前通過。17:53国道4号線へ右折 煽りに急ブレーキで車間空けるよう促す
18:04郡山入口バイパス分岐 
18:18帰宅

 3日目の出費

 食事代 3,050円(朝食460円・喫茶コーヒー&カントリーサンド1,300円・弁当1,290円)
 高速代 5,090円(3,230円+1,860円)
 ガソリン代 5,341円(2,909円+2,432円)
 土産代  4,788円(4,011円+777円)
 記念入場券570円
  
 合計 18,839円  3日間の合計 44,060円  総合計額 108,160円 

 3日目のレンタカー走行距離 346km         3日間のレンタカー走行距離722km
 
 福島空港往復距離は 53.4km
 

  総括コメント

 6年振りに訪れた今回の北海道の旅。仕事の都合で2泊3日という制約があって、しかも昨春から札幌勤務となった息子の様子を窺うという目的もあった。メインは高倉健さんの足跡を辿ることであった。悲願だった「鉄道員ぽっぽや」のロケ地も訪ねたし、積丹半島の突端の神威岬まで行け、諸般の目的は達成できたが、海岸沿いを散策できなかったのは悔いが残る。立入禁止では単独冒険は出来ない。

 次は羆被害のあった「苫前」や34年前に行ったきりの日高サラブレッドロードや襟裳岬、黄金道路なども再訪したい。本音はバイクでツーリングしたいが、血圧が心配な今、無理はできないし、反射神経に不安があるため、次にバイクにまたがる時は死ぬ時だと勝手に決めつけているため、実現は難しそうだ。

 今回の旅行はあまり天候に恵まれず、トータル的には可もなく不可もなくだが、退職後は2週間くらいのんびりと一周したい。それが今のささやかな夢だ。

 最後に、車内から撮影した画像は、すべてOn BOARD固定カメラで撮影した物です。走行中は危険ですのでカメラを構えたり、シャッターを切る行為はしないようご注意ください。

2019年7月 6日 (土)

「北海道再訪記」2日目(7/2)

 2日目(7/2)の予定

 札幌ー積丹半島(念仏トンネル・水無の立岩・神威岬)-小樽(運河・寿司)ー銭函駅(駅stationロケ地)-札幌(時計台・旧道庁・TV塔ほか)

 この日の天気予報が最悪で、積丹半島の突端にある神威岬まで往復登山を見込んでいるため、せっかくおろし立てのシューズが泥だらけになることを懸念していた。

 実際のエピソード 天候 晴れ/くもり

 5:05起床 札幌を脱出するのに時間がかかると考え、早めに出たい。予定よりも1時間早く出ることに。ゆうべの酒は残っていない。
     くもり/雨の予報が大外れ、外は青空で日差しあり。なんと5時25分からの「めざましテレビ」が5時前から放送している。
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 5:29ホテル発 連泊だが、一応、全部荷物を持って行く。冷蔵庫の無料ミネラルを持参。5時台の出発正解。
     ガラガラで信号もあまり引っかからず。ガソリンスタンド早朝営業。コンビニ&ファミレスあるが寄らず。5:37円山公園前
 5:50札幌西IC 料金所なし?ETC記録されてる?ラッシュだと1時間かかるのに、出発から21分で高速に入れる。17℃
 5:57銭函出口通過 22℃に 対面で片側一車線だが、ガラガラで90km/hペース 飛ばさず安全運転キープ
 6:03小樽JCT 余市方面へ 後志有料道路へ ますます交通量減る。トンネル多い。タンクローリーが前方を行く。順調。
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 6:19余市ICの料金所 1,310円 右折して積丹方面へ 踏切越えて国道5号線へ入る。
 6:22国道沿い右側のセブンイレブンへ(メーター6776km) 朝食を購入。おにぎりとパンで472円。贅沢知らず。
 6:30余市警察署の丁字路を右折。運転しながら朝食を平らげ、ミネラルで薬2種類を服用 国道229号線へ コンビニが多い
     余市神社前を左折。漁港。釣りやりたい・・・。カジカ、カレイ、ホッケなど釣れそう。青空が見える。 マジで35年振りに来た
     ワッカケトンネル内S字でくねくね。その先の海岸から右手にローソク岩が突如現れる。
 6:40ローソク岩で停車し、写メ。35年前友人とバイクで来て写真を撮った場所。意外にも海岸道路からローソク岩まで距離が近い。
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 6:45新豊浜トンネル長い。神妙に走行。出た先で右の公園へ。ここまでメーター6,790km 駐車場にキレイなトイレ
     慰霊碑で合掌し、岩盤崩れの犠牲者の冥福を祈る。犬が遠吠えしているように見える岩。平成8年2月の厳冬期にバスと乗用車が
     岩盤が崩れた下敷きになり、大勢亡くなる。連日テレビ中継されていた。冥福を祈って後世に残すために写メ。磯の香漂う。
     右側の小屋は施錠してあったが、遺品や千羽鶴など事故当時を偲ぶコーナーがあった。ここは元はセタカムイという場所。
     無線のアンテナを複数立てたライトバンがWCへ。
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 6:58豊浜トンネル祈念公園を出発。
 7:00古平川を渡る。クランク状に進む。古平漁港。交差点で中央バスが来る。海岸線の途中で停車して時々写メ。水中展望台ある?
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  7:11海岸線を離れ、山道へ。神威岬まで25kmの地点。白樺木立の並木が連なる一本道。対向車来ないし、先行車後続車なし。
     ガラガラだが、60km/hペースで70km/h以上は出さずに自重。右折積丹岬の標識あるが、そのまま直進。予定よりだいぶ早い
     山道に入り、曇って来る。草原地帯の道沿いにユースホステルあり。積丹原野。すると右側に「斎場」の文字が。その斜面の上に
     火葬場の煙突と建物が・・・。この辺の人は死ぬとここで焼く。
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 7:27丁字路を左折するが、しばらく行ってから、やはり35年前ツーリングで立ち寄った海がエメラルド色で美しい島武意海岸に向けて
     Uターン。3kmほど海岸線を走る。海岸沿いに大小の岩が点在。すると左手に半島の先端に立つ「神威岩」が現れる。思わず停車
     して写メ。
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 7:33「島武意海岸」を示す標識を見つけ、左折。つづら折りの山の斜面の一本道を上がる。友人と来たのに、覚えていない。
 7:34島武意海岸(しまむい)の駐車場着。メーターは6,820km 綺麗な食堂が建っている。
     坂を10mほど上がったところに狭くて高さ180cmほどの低い歩行者用トンネル。懐かしい。この光景覚えている。
     ゆるくカーブした頭上スレスレのタイムトンネルのようなトンネルを6~70mほど行くと視界が開け、正面に日本海が広がる。展
     望台だが、スペースは広くはない。駐車場到着時、成田ナンバーのライダーがひとりいたが、ここは無人。友人と訪れ、ふざけて柵
     に上がって写真撮った記憶が。右手には黄金色の山肌が。曇っているせいか、エメラルドブルーも映えては見えない。
     10分ほど眺め、トンネルをまた戻る。写メ撮ったが、お化け出そう。食事処「鱗晃」という店。
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 7:45発 海岸線を戻り、神威岬を目指す。野塚の右カーブ、うに丼を食べさせるこぎれいな店が並ぶ。海岸線に釣り師が歩いている。
     先行・後続なしの状況。35年前左カーブを曲がり切れずコースアウトして壁に激突しそうになった場所は積丹海岸沿いらしく、
     見当たらず。
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 7:57武蔵トンネル うに丼の店多い。余別トンネル。
 8:02うしお食堂P着。(メーター6,832km)海岸散策 雑草が伸びた小道は20m先で柵が張られ、立入禁止に 海岸の岩場を越
     えられるか試したが、単独では無理。寒いし霧も出ている。35年振りの念仏トンネル・水無の立岩を断念。せっかくLEDライト
     を購入して持参したのに・・・。
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 8:09うしお食堂発 500m先の神威岬入口を右折し坂道を上る。
 8:12神威岬P着 メーターは6,834km。寒いし、霧が出ている。半袖短パンは俺しかいない。広い駐車場、キャンピングカーや7
     ~8台駐車。いくつか散策路があるが、路線バスの旅で伊藤かずえらが歩いた一番左奥の緩い斜面の舗装坂路を進む。200mほど
     で「女人禁制の門」へ。そこから積丹半島の灯台と突端まで一望できる。しかし、岬に付き物の強風。35年前は夕方で時間なく、
     時間との戦いで急いで行き、くたくたになった記憶がある。崖の稜線に出来た遊歩道を進む。高低差激しい。ステンレスの橋も揺れ
     まくり。瀬棚にある「太田神社」の参道みたい。途中、3~4組の観光客。中国語を話す老夫婦も。水無の立て岩、進むと次第に角
     度によって高さや太さなど形を変える。予定で行くはずだった念仏トンネルの穴も見える。あそこから剣の形状をした「水無の立て
     岩」を見たかった・・・。悔しい・・・。
     崖転落の恐怖と闘いながら、息を切らしながら遊歩道を歩く。20歳の時よりも今の方が体力がある。
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 8:35灯台に到着。写真を撮影しながら休憩を取りながらでも8:36に24分で先端にたどり着いた。昔は転落防止の柵などなかった。
     突端から覗くと、300m先に「神威岩」がそそり立つ。伝説では、お姫様が義経を追ってここから身を投げ、その化身がこの岩に
     なったという言い伝えがある。旭川から出身のおじいさん、九州から北海道まで日本中を旅しながら戻って来たという。35年振り
     に来たと言うと、昨日も同じことを語っていた旅行客がいたとか。おじいさんが先に帰ったら、俺ひとり取り残された。
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 8:43神威岬突端を出発。来た道を引き返す。尾根沿いのアップダウンを見るとぞっとする。行きは良い良い、帰りは怖いを実感。寒い。
     写メを撮りながらゆっくり戻ると、おじいさんは遥か先を行く。かなり遠くに女人禁制の門が霞む。
     女人禁制の門に戻り、旅行中の方々と話す。途中まで行って引き返した老夫婦。今日は先端まで行くと息巻いていた。中国語を話す
     老夫婦も・・・。こんなところまで外国人観光客が来るとは。俺だけが半袖で、他はパーカーなど厚着している。
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 9:07神威岬レストハウス駐車場発。結局往復で1時間かからず。売店に立ち寄るのを忘れる。そこで「到達証明書」を買う筈だっ
     た・・・。実質片道20分あれば行ける。ライダー2台とすれ違う。バイクにまた乗りたい。
  
 9:11うしお食堂着。店員のおじさんに聞くと、数年前に落石・崖崩れが相次ぎ、行政が閉鎖し、入れなくした。よって念仏トンネルと水
     無の立て岩にはもう行けないと言われる。1,550円の「うしお丼」という名の海鮮丼とこの店に置いてあった到達証明書を
     150円で購入。買えて良かった。わさび丸ごと口に入れて涙出るほど辛い。奥に赤ちゃん連れの若夫婦。
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 9:32うしお食堂発。気温17℃だが、実際は寒く感じる。予定では13時まで積丹にいる筈が、海岸散策中止のため、3時間半も早い。
 9:35野塚でやっと35年前に泊まった「積丹ユースホステル」を右の坂の下に発見。立ち寄る。一応玄関から声を掛け、おばさんに事情
     を話し、あって者の外観撮影の許可を得る。すると不愛想にも建物の中は撮らないでくれだと。グッズいっぱいあったのに・・・。
     ミーティングでゲームをやったり、自分で配膳したり、神威岩伝説や念仏トンネルのいわれなどの話を聞いた記憶が蘇える。
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 9:47野塚右折 余市まで38km 国道229号線スイスイ。70km/hペースで走行。
10:03美園ー10:17ふたたび豊浜トンネル通過ー10:21ローソク岩 右折 
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10:30余市の市街地へ。ポカポカ。福原漁場ー10:32余市警察署前を左折。トラス橋を渡る。信号多く引っかかる。
10:39レーダーPC さらに塩谷でもパトカー出没。しかも対向車線側で捕まっている。直進すれば運河なのに、駅方面へ右折してしまう
11:00小樽駅前 白バイが待機して監視している 途中で切り返してUターン 旭展望台は行かず 港周辺駐車できる場所無し
11:06小樽運河倉庫街の東側道路にあるファミレスの駐車場へ。メーターは6,903km ガムとチオビタで332円
     早速徒歩で運河へ 修学旅行の男子グループや中国人観光客だらけ 可愛い女の子のカップル ホテルソニア壁塗り替え看板消える
     平日でも観光客ごった返し。小樽バインと間違えて手前の美術館へ。バスツアーで来た小樽バインが高級レストランに変わっている
     日銀小樽支店、旧三井銀行小樽支店で写メ グループ調べ学習の小学生たち 6年前に小樽は見学したので深入りせず
     北一硝子やオルゴール館は行かず 人力車走る 
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11:38小樽発 海岸沿い 巨大なイオンが連なる 石原裕次郎記念館も閉館 
11:46国道5号線へ ずっと片側2車線になっている 明日早朝出発でトマムなのでそろそろ給油気になる 137円のセルフあり
     黒のアクアが頻繁に車線変更して前に出ようとする 煽り運転 
11:59左折して銭函方面へ 踏切渡る 駐車場無し Uターン 駅の小さなロータリーに駐車
12:01銭函駅着 メーター6,920km ここは高倉健主演の映画「駅-Station-」の最初のシーンを撮影した聖地 スタンプのみ押す
     ここは有人駅で窓口有り 3分ほどで出発 ちょうど踏切で電車通過 国道5号線へ復帰
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     前の白のハイエース、いきなり軍手を路上に投げ捨てる暴挙北海道はマナー最悪 車間距離も開けない
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12:29国道5号バイパス分岐をそのまま直進 茶髪の郵便局員バイク
12:39右折 23℃ 車内暑い
12:43左折して中島公園方面へ 昼下がりにもう札幌へ 早過ぎる 朝イチ行動は時間を有効活用できる でも余った時間どうする?
     朝来た道を戻る円山公園左カーブ やはり赤信号だらけ
12:55ライフォート札幌到着 メーター6,941km 予定よりも6時間も早い帰還 せっかく北海道まで来て行く場所が無い悲劇
     ユニットバスで入浴して休憩
14:05ホテル発 中島公園駅から地下鉄南北線。200円 
14:30すすきの駅下車。

     ここから先はプライバシーの要素を含むため記載を割愛いたします。
 
15:55ラーメン横丁へ その前に別のラーメン地下街に迷い込み、siriに尋ねる 6年前と同じ「ひぐま」へ。店構え、大将変わらず
     先客無し 迷わず「みそラーメン」 俺がサクラの役割で、その後2組4人の客来る 44年目らしい。800円 美味かった。
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16:10発 小雨 すすきの駅の入口でイヤホンのキャップ片方ないのに気づく。バッグを探すがない。もしかしてラーメン屋に落とした?
     再びラーメン屋に戻る。案の定、俺が座っていた右奥の椅子の下に落ちていた。良かった・・。危ない、嫌な思いを残さず。 
16:27ラーメン横丁再出発 半袖半ズボンは俺くらい。地元民は長袖。内地から来たとバレバレ。旧道庁行かず。
16:31すすきの駅 200円 中島公園駅下車
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16:45ライフォート札幌着 往復2時間40分の早業 1Fフロント横の土産品を見る。キタキツネのキーホルダー可愛い350円
     ラーメンの具が歯に挟まって取れない。この後、札幌ドームの日ハム・西武戦のナイトゲームという手もあったが、交通の便が
     悪すぎて断念。
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18:06~18:22ホテルから南に300行ったところにある「セイコマート」へ。北海道が主流のコンビニ。弁当、パン、飲み物2本
     合計705円 朝、アラーム止める前に部屋を出て出発したことで鳴りっぱなしだったようだ。
    この日、8km以上も歩き、夕食を食べた後、疲れて19:30~23:00、23:30~翌日4時まで爆睡
    明日の早朝出発でガソリンスタンド見つかるか心配。札幌で給油しないと高速そのまま突入だとガス欠必至。 
 

 2日目の出費         

 高速代   1,310円
 食事代   3,859円
 到達証明書   150円
 その他   6,400円

 合 計  11,819円

 本日の走行距離219km
 

2019年7月 5日 (金)

「北海道再訪記」初日(7/1)

  前日まで梅雨前線の北上の影響で強い雨が降り続いていた。しかも出発前日に、到着便の遅れで、私が乗るのと同じ便が1時間以上も出発が遅れるというトラブルに見舞われた。当初は6月30日(日)出発の予定だったため、悪天候も考えれば、平日旅行に変更して正解だった。
 しかも偶然は重なるもので、この旅行を考えたのが一か月以上も前なのに、出発前日の偶然にもBSで「幸福の黄色いハンカチ」を放送した。何か縁がある。でも心配は、私自身が雨男だということで、私が35年前に北海道に住んでいた時は、私が外出しようとすると、それまで晴れていても、雲行きが急変し、必ず雨になるというジンクスがあった。梅雨のない北海道だが、どうも私が訪ねる3日間だけが曇り一時雨の天気で、帰宅後の4日からは晴れマークという憤りを感じる有り様だった。

 また、息子が昨春から札幌勤務であり、その様子を窺うのと共に、一緒に焼肉夕食をとりたい。そして予て購入しておいた腕時計「G-SHOCK」を渡そうと考えていた。かくして旅行がどんな中身だったか、振り返りたい。

 <前日までの事前出費>   
 
 楽天ANAパック 往復航空券+ホテル宿泊(2泊)+レンタカー代=64,100円

 初日(7月1日 月曜日)くもり

 <予定>

 郡山ー福島空港ー新千歳空港(レンタカー)-夕張(幸福の黄色いハンカチ想い出広場)-岩見沢ー野幌森林公園・百年記念塔ー札幌
 息子と焼肉夕食(ホルモン酒場風土すすきの店)ー息子のアパート確認

 <実際のエピソード>

 前日、飛行機が1時間以上遅れ、気が気ではない。ANAのサイトで何度も運行状況を確認。天気予報も札幌、雨の確率が高くなる。雨男の本領発揮。占いも12位で最悪。じゃんけんも2勝2敗50pt止まり

 8:00自宅発 鳴神~針生の高架橋大渋滞で停車。25℃ 8:24バイパス分岐 8:33須賀川デニーズ左折 牡丹園前通過
 8:48福島空港着(48分)27.2km WC ANA1113便座席5A(前日のキャンセルになった座席へ変更)skipでやるが搭乗
     券欲しさに画面の「持っていない」を選択 キャリアケースも機内持ち込みOKで、手荷物は預けず。到着後、すぐに移動可。満席
     に近い。

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 9:00保安検査通過 Group3 窓際は早めに乗れる。2Fカウンターのグランドホステス2人とも美人 英語のアナウンス発音GOOD!
     アンケート記入 9:42機内搭乗 飴1個 B737-500 
 9:54車止め外し、エプロンから移動 福島空港発 10:04テイクオフ隣りも後ろも客いない。でも搭乗率は90%以上。
     北向きに滑走したのに、空港周辺を一周旋回し、高度を上げる 須賀川市街地眼下に しかしすぐに雲の中へ 雲の間に出る 揺れ
     る。
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10:25アップルジュース 千歳の天気が雨とアナウンスされがっかり ずっと雲の中を航行 時々揺れる 10:45下降開始 
10:58雲の中へ突入 窓に水滴流れる 雨 ギリギリまで雲の中 急にゴルフ場が見えだし、すぐに滑走路へ
11:12タッチダウン 11:20新千歳空港着で機内から出る WC 1F受付で尋ねて「ワールドネットレンタカー」のカウンターへ。
     すぐに手続きするが、10分ほど待つ バスが迎えに来る 肌寒い 半袖は俺くらい
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11:37千歳空港発 結構距離ある 天気はくもり 分厚い雲
11:45営業所へ トヨタなど多くのレンター会社の基地 車だらけ 手続き 追加で3日間の安心保険に入り2,592円
     車種変更申し出る 日産NoteからトヨタVitzへ 本来は出来ないが特別 6,565kmからスタート ナビを設定。ブレーキ効きすぎ 
11:58ワールドネットレンタカー発。ランプから国道337へ 70km/hペース
12:10千歳東IC 高速へ。ガラガラ 80km/h規制 Vitzはワイパー1つしかない バスみたい 白線を跨ぐと警告音鳴る
     キトラPAから先、先行パトカー 80km/hで巡行 ゆっくり 数多の車に抜かれる 18℃  12:22由仁PA  
12:32夕張ICで高速降りる 950円 右折 夕張メロード 左折 12:37沼ノ沢 R452 強風 12:41夕張高校
12:42Aコープ南清水沢店へ いなり寿司 ジュース 茶 パンで640円 レジの人に天気を尋ねる 昨日までは雨なかった・・・
     右折し、かつての踏切を渡り、すぐに「幸福の黄色いハンカチ想い出広場」の標識見つけ左折 山道を300m上がる。 
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12:55夕張「幸福の黄色いハンカチ」想い出広場駐車場着 メーター6,620km先客の車4台 入場料 540円 小雨パラつき傘差し見学
     歩いて200m先に、映画のラストシーン炭住が軒を連ねる 勇作役の高倉健を待つ光枝役の倍賞千恵子が取り付けた目印のハンカ
     チが風ではためく 内部は黄色一色。     
     書置きメッセージカードで埋め尽くされている。全国各地から健さんファンが来ている。
     欽也役の武田鉄矢と朱美役の桃井かおりが乗っていた赤のマツダファミリアも展示。俺もメッセージを記入し、窓の健さんの遺影の
     脇に貼り付ける。平日の雨にもかかわらず、見物客は10人。映画に登場した浜松床屋が売店&喫茶 
     せっかくだからオリジナルコーヒーを注文 300円 青々とした木立が美しい窓辺でいただく。雨止む ミスチル流れる。
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13:34「幸福の黄色いハンカチ想い出広場」発。街道を北へ。13:41マウントレースイスキー場のホテル前。でかくて近代的。不釣り
     合い。34年前に訪れた旧夕張駅を探すが見つからず。
13:47石炭の村が見える坂道で写メ 廃れた印象 帰り際廃墟と化した「ファミリースクールふれあい」が右側に。
13:52やっと夕張駅を見つける。なんとマウントレースイスキー場のホテルの真ん前。しかも旧駅舎はカフェに。メーター6,631km
     小雨の中、ホームと線路の写メ 34年前はここで写真を撮った。懐かしい。しかしホームは立入禁止

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13:58夕張発 右折し、道道3へ 路面ドライに 80km/hペース ラジオを聴きながら行く FMゴルファー鈴木徹の娘(あいり)
14:12栗山右折 車線はみ出し警告音 信号なくスイスイ アップダウンの一本道両側にカラフルな畑と丘陵 写メ
14:16いきなり交差点の右側に北海道名物レーダーパト発見 急ブレーキで減速60km/h以下で通過 危ない。
     麦畑ロード サイロ形のバス停 牧場に牛放牧 かもしの里 自衛隊トラック 道端にタイヤを積み重ねた交通安全の置物
     丁字路右折(カラフルなお店) 白樺の木立連なる 右側に「いわみざわ公園」の大観覧車(14:33)雨あがる
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14:35右折 霊園入口通過 大学周辺をぐるぐる
14:44岩見沢着 大学跡地の東側の入口(6,669km)何もない 更地で紫の花が一面 周辺右往左往 
14:50美容室とエンゼルハイツがあった場所へ 建物何もない 隣りの公園のWCで用を足す
14:58やっと正門があった場所を見つける。ゲート右側が開いていて入れる、野球場のスコアボードとグラウンドは当時のまま
     それ以外は何もない。本館に向かうアクセス道路を東へ 食堂、体育館、校舎、学生館、すべて取り壊され、跡形もない更地に
     当時の面影感じられない。ゲートの野球場側の雑草の中に、やっと「行学一如」の記念碑を見つける。寒風だが20℃
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15:10大学跡地発 北海道教育大学から左斜め方向の駅への通りへ PCいる。春木屋も無くなっている。体育館、空知支庁写メ
15:17自由の女神発見 バスターミナルは公園に
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15:19駅前ツルハに駐車 アーケードも撤去 駅前閑散 寂れた印象 岩見沢駅当時とまったく違う近代的な駅舎に。しかも大きい。
15:252階の改札へ みどりの窓口でスタンプ 時刻表貰う 広報誌「いわみざわ」
15:33岩見沢駅前発 また小雨パラつく 目抜き通り 金市館やそうご電器あった方向を走るが、かつての賑わい感じられず
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15:37国道12号線へ ヤマダ電機、Depo、ブックオフ、ダイソーなどあり。ダイエーだった建物はあるが廃屋状態。
15:48本降り状態 国道12号線一直線道路 周囲飛ばし過ぎ 60km/hをキープ 空が分厚い雲で暗い
15:51幌向駅 強い雨 江別からは小雨に GSは1L=138円の表示
16:05江別警察署前 街道沿い店が多い。ずっと片側2車線状態。 酪農学園前通過。35年前とは雲泥。建物が多く建つ。
16:16大麻駅
16:19左折し、野幌森林公園の方面へ。 また雨足強くなる 公園通り 大学が密集?
16:21野幌森林公園の広い駐車場へ(6,707km)寒いし風もある。半袖は俺ぐらい 数日前、ここにヒグマが出没 林に黄色い非常線
     テープ立入禁止措置 誰もいない。懐かしいこげ茶色の塔。1985年以来、34年振りに塔の前へ。結構高さある。
     池の手前で黄色テープ。中に入れず。老朽化で間もなく解体予定。ヒグマの出没警戒。写メ15枚くらい撮影 見納め。寂しい。
     散策路を戻り、事務所でおじさんと話す。解体日は未定だが、間違いなく壊すことは決定。なんと7月でストーブを炊いている。
     パンフレット類を貰う。何度も塔を振り返り目に焼き付け、手当たり次第にシャッターを切る。      
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16:41野幌森林公園発。セーラー服の女子高生が段ボール運び。文化祭?札幌へ向かう。
16:54右カーブ 信号多すぎて何度も引っかかる。北海道の信号機は歩行者点滅し、赤になった途端に車両用の信号が黄色に変わる。
17:00白石区突入 17:10左折 市街地はナビ便利札幌東へ
17:15 国道36号線を横切る。 17:18旭町3を右折 豊平川を渡ってすぐ左折
17:20ライフォート札幌着 駐車場は奥にあり、ゲート式 2日連泊なので何度出し入れしても無料
     到着時のメーター6722km 気温20℃ 隣りの車との間隔が狭い ドアぶつけそう。外観はキレイ。高層ホテル
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17:26フロントでチェックイン。14階の1402号室 カードキー。エレベーター3基 部屋もエレベーターから2部屋目で近い
     最近、ずっとこんな位置関係 窓から眼下に中島公園を見下ろす絶好のロケーション。遠くに藻岩山を望む。
     すぐ右隣りに緑色の由緒ある「札幌パークホテル」。ここの10階で30年以上も前に大物国会議員の中川一郎氏が自殺。
17:50ユニットバスで入浴 ベッドはセミダブルなので結構広い。肩こり酷い。西日眩しくて窓越しに写真撮っても反射して綺麗じゃない
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18:58ホテル発 外出 車に戻り、明日の場所をナビ設定する。地下鉄南北線中島公園駅までパークホテルを横切る。
19:04中島公園駅発。200円。すすきの駅下車。6年前歩き回った勘を頼りに移動。ラウンドワンの交差点を右折し西へ。
     次の交差点に「もやもやビル」発見。そこを右に折れると今夜、札幌勤務の息子と飲む「ほるもん酒場風土すすきの店」がある。
     歩道に店先がはみ出すように建つ小屋のような建物。19時30分の予定が19:15の早い到着。息子から遅れるメール。
     場所を教える。19:45やっと合流。前もって買っておいた「G-SHOCK GS1400」を渡す。
     コース料理で2時間飲み放題の「赤身焼肉コース14品」の3,980円。ビール、檸檬サワーなど飲む。
21:30打ち上げ。7,980円 口直しに店がフーセンガムをくれる。その後、息子は会社の上司と飲みに誘われ、そこで別れる。
     本来なら中の島駅近くにある息子のアパートを確認する予定だったが、単独行動に。
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21:52大通公園を横切り夜の時計台へ。公園周辺は中国人だらけ。中国語が飛び交う。台湾人もいる。或る場所にTELするが応対悪い。
     明日の夕食の場所を探してすすきの界隈を徒歩で右往左往。明日、ドームで日ハムVS西武を見る可能性もある。
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22:16すすきの駅発 200円 違う出口から出てホテルまでの帰り道迷う。公園を横切る。
22:35ライフォート札幌着。
23:30~05:00睡眠。明日は35年振りの訪問となる懐かしの積丹半島(神威岬)。

 <本日の出費>

 高速代 950円
 入場料 540円
 食事代 8,920円(昼食 940円 夕食7,980円)
 地下鉄 400円
 追加保険料 2,592円

 合計 13,402円    本日の走行距離157km(北海道分)

 

 

2019年7月 4日 (木)

「北海道再訪記」掲載予告

 今から6年前の2013年に、私は学生時代を過ごした「第二の故郷」である北海道を訪れた。その時には、ごくごく近くを車で通ったのに、立ち寄るのを忘れてしまった或る場所に未練があり、7年振りの今年、年号が「令和」と改元されたことを機に、また訪ねたくなった。
 そのある場所とは、私の大好きな映画「鉄道員(ぽっぽや)」の舞台となった「幌舞駅」だ。実際は根室本線にある「幾寅駅」という。故・高倉健さんが演じた佐藤乙松駅長が守った幌舞線の終着駅で、そこを舞台に、愛娘と妻に先立たれた駅長が、昔を回顧しつつ、鉄道員としての仕事を全うした感動物語だった。私は何度もみた作品だったが、直近の6月17日にもそのDVDを見て、ここへの思いを強くした。

 それは私が昭和の頃に「昨日、悲別で」というテレビドラマに憧れて、北海道への思いを強くした感覚に似ていた。幸い、今春に転勤となり、やや時間が自由に使える身の上になったことも契機になったし、また息子が昨春から札幌勤務になったこともあり、息子の状況も確認したかった。
 当初の企画段階での予定は以下の通り。

 初日(7/1)

 郡山ー福島空港ー新千歳空港(レンタカー)-夕張(幸福の黄色いハンカチ想い出広場)-岩見沢ー野幌森林公園・百年記念塔ー札幌
 息子と焼肉夕食(ホルモン酒場風土すすきの店)

 高倉健さんの映画「幸福の黄色いハンカチ」のラストシーンで感動し、一度は訪ねてみたかった。夕張には1985年の春にバイクツーリングで訪れて以来の再訪。私が住んでいた時に、三菱夕張南炭鉱で事故があり、100人以上の死者が出た。不思議なことに、ここを訪れるのを決めたのが一か月前なのに、訪問の前日の6月30日にBSでこの映画が放送されるという偶然が重なった。
 また、「野幌森林公園」は同じ年に訪ねたが、今年、「100年開拓記念塔」が老朽化で解体されると聞き、その前にもう一度見ておきたかった。34年前には、塔の上の展望台まで登った。

  2日目(7/2)

 札幌ー積丹半島(念仏トンネル・水無の立岩・神威岬)-小樽(運河・寿司)ー銭函駅(駅stationロケ地)-札幌(時計台・旧道庁・TV塔ほか)

 1984年以来、実に35年振りに訪れる場所。北海道に住んで最初にツーリングで訪れた場所がここ積丹半島だった。立入禁止の標識を乗り越え、絶壁の真下の足場の悪い海岸端を落石とヒグマ出没の恐怖と闘いながら、歩き、辿り着いた先にある内部がクランク状に折れ曲がり、光が一切入らない恐ろしいトンネル。怖すぎて念仏を唱えながらでないと出口にたどり着けないほどの恐怖心に襲われる。しかもなぜかここは右側の壁沿いを歩いてはいけないというお触れすらある。かつて落石事故で亡くなった方の遺骨をここに埋めたという怪談話まである。中でフラッシュ撮影しようものなら、必ず霊が写るとさえ囁かれるいわくつきの場所だ。
 しかし、恐怖の末にたどり着いた先には絶景が待ち構えている。高さ20mはあろうかという、剣(つるぎ)の形をした巨大な岩が聳え立つ。遥か半島の先には神威岩が鎮座する北海道ならではの素晴らしい光景が広がっている。
 神威岬もまた、山登山並み。岬の突端の灯台まで往復1時間以上は優にかかる。当時20歳だった私が往復した際は、9月中旬だったが、それでも汗だくで息切れが酷かった思い出がある。

 3日目(7/3)

 札幌ー北広島IC-占冠ICー幾寅駅(鉄道員ロケ地)ー新千歳空港ー福島空港ー郡山

 やはり年齢を重ねると、なぜか高倉健さんを偲びたくなるようだ。まったくもって偶然なのだが、彼が北海道を題材にした映画作品の中に登場した場所ばかりとなった。①幸福の黄色いハンカチ(1977年)、②鉄道員(ぽっぽや)(1999年)、③駅-station-(1981年)。残念ながら「網走番外地」の網走や「遥かなる山の呼び声」の中標津は遠くて足を伸ばせなかった。網走刑務所は過去3回訪れているし、中標津も同じくらいバイクでツーリングで行っているので、今回は特に行かなくても良かった。増毛もまた同様。

 ちなみに映画「駅-station-」の冒頭で登場した「銭函駅」のシーンはコチラ

 そして、「幸福の黄色いハンカチ」のラストシーンがコチラ

 昔は「高倉健」さんの映画をあまり見たいと思わなかったが、50歳を過ぎた今、改めて見ると、渋い寡黙な男の生き様だったり、不器用な男の孤独な人生観だったりがよくわかる。私も半世紀の人生を振り返り、このような映像を見ると涙がとめどなく溢れる。一時の哀愁や郷愁などではなく、人生そのものを噛みしめられる。

 それでは編集が終了次第、近日中に3日間の旅行記を含めた道中記録をお送りしたいと思う。

 なお、今回の旅行を掲載するのは、決して自慢などではなく、自身の備忘録のためと、これから北海道旅行を考えている方の参考になればという思いからであることを付記しておきたい。

2019年6月30日 (日)

進撃のAB型

 日本人の約9%、つまり10人に1人いるかいないかのごく少数種であるAB型。なのに、芸能界ではこのところ躍進が過ぎるほど輝いている。かつては、大原麗子、名取裕子、杉本彩、手塚理美、森下愛子、川島なお美、浅野ゆう子、香坂みゆき、酒井美紀などがいたし、少し前まではこの型の代表的な方々は、広瀬すず、橋本環奈、佐々木希、小西真奈美、松下奈緒、水川あさみ、橋本マナミ、中村アン、戸田恵梨香、木村文乃、渡辺麻友、志田未来、百田夏菜子、生駒里奈などがいた。AB型は小悪魔的な魅力に溢れ、魔性のようで男を惑わせるというのが定番だった。他の血液型には無い独特な雰囲気と性質が謎めいて見えた。
 男性では、以前は柳沢慎吾や稲川淳二などの「変わり者」のような印象があったが、三浦友和、堤真一、稲葉浩志、反町隆史、武田真治、野村周平、三浦春馬、岡田将生、勝地涼、片寄涼太、鈴木伸之などイケメンでありながら、どこか紳士的で好青年的な面々が幅を利かせている。

 そして、女優でも近年、この少数派のAB型が芸能界を闊歩してきている。そう思う根拠を検証したい。

 1 中村ゆり

 同じAB型の水川あさみを彷彿させる雰囲気と顔立ちをしている。実は彼女、大阪府寝屋川市出身となっているが、在日韓国人だ。両親は父親が在日三世で母親が韓国人だ。幼少から日本で育ったため、日本語は流暢で、日本人と区別がつかない。ドラマ「パーフェクトワールド」では松坂桃李を介護するヘルパー・長沢葵役で脚光を浴びた。彼女はとても若く見えるが、実は37歳になってる。

 やや古風な印象も受けるが、私の世代の方々には抜群のウケだと思う。井上あさひさんにも似ている。「パーフェクトワールド」の献身的な介護師の役ははまり役だった。

 2 吉谷彩子

 「ビズリーチ」のCMで人気が出た。彼女は日大芸術学部映画学科演技コースを卒業した才媛で、演劇のプロ中のプロだ。まだ27歳だが、数多くのドラマや映画に出演しているし、NHK大河ドラマにも抜擢されるほど、演技には定評がある。

 3 高畑充希

 映画やドラマに引っ張りだこの彼女は、CMでも女王の座を脅かす存在になっている。ベビーフェイスだが、実際は24歳になっている。私は「JRA」競馬や「ケンタッキー」のCMの印象が強い。毎日のテレビで彼女の姿を見ない日は無いほどの超売れっ子だ。ほかにもダイハツムーブ、DoCoMo、クリアアサヒなど引っ張りだこだ。

 4 衛藤美彩

 元乃木坂46のビューティー担当。彼女はグループ卒業後、西武ライオンズの源田壮亮選手との交際を包み隠さず報告した。隠し立てせず、きちんとファンだった方々にも誠心誠意尽くして報告しているほどキップの良さはやはりAB型だ。

 AB型は変人とか天才肌と世間一般的には言われるが、少数稀少な存在なので、重宝されるし、社会にうまく溶け込むために、あまりいじめられたり、批判される対象にはならないようだ。AB型はクールで平和主義者なので、争いの中心にはならない。事務的で調整役が上手いので、仲介役にはもってこい。女性の場合は、その知的な印象を持たれやすいので、社長秘書が打ってつけ。抜けや漏れが少ない。AKBの総監督を行った「高橋みなみ」はメンバーから慕われ、リーダとしては申し分なかった。私が好きな女子アナでもこの型は知性を感じる方々ばかり。滝川クリステル、江藤愛、青木裕子、水卜麻美、中村仁美などだ。

 対角に位置するO型には異質ながら、その類まれな高い才能を評価されるし、批判好きでおちょくりが得意技のB型にも好かれるという特異な性質がある。
 これからはますますAB型の芸能人が持て囃されること間違いなしだ。単に希少価値だけでなく、洞察力や観察力に優れ、他には無い強烈な個性と才能で幅を利かせるに相違ない。

2019年6月19日 (水)

歴史浪漫を感じれる福島県内のスポット

 我が福島県は、北海道、岩手県に続き日本で3番目に面積が広い。はまなか会津と3つの地方に分かれている。それぞれに魅力が詰まっている。
そして、風光明媚なロケーションも自慢だが、あちらこちらに歴史を感じられるスポットやいにしえの浪漫を感じ取れる場所も点在している。
 今日は、私が独断で選んだ、歴史ロマンに満ち溢れたところを取り上げたい。

 1 ここは江戸時代?大内宿

 旧街道の宿場町だった大内宿。日光から会津へ向かう途中に設けられた。おそらく江戸時代の殿様が参勤交代で宿泊したであろうし、旅人や飛脚、籠などが歩いた街道であった。しかし、国道から10km以上も山奥に分け入った山里にあって、よくこんな場所に茅葺屋根が軒を連ねる旧宿場町をつくったものだと感心してしまう。ここの名物は先っちょが曲がった一本ネギを箸代わりにして食べる「高遠そば」。

 2 仁徳天皇陵などの古墳群が世界遺産へ 郡山にもある巨大古墳

     今年、大阪堺市にある仁徳天皇陵を含む大小さまざまな古墳群が「世界遺産」に登録される可能性が高まった。今年はちょっとした古墳ブームに沸きそうだ。古墳と言えば、あまり東北地方に縁が薄い印象だが、我が郡山市にも大規模な「前方後方墳」があるのをご存知だろうか?
 福島県郡山市田村町にある古墳時代前期後半頃の築造と推定される前方後方墳1基、円墳4基からなる古墳群。1号墳は東北地方最大の前方後方墳で、国の史跡に指定され、周辺は大安場史跡公園として整備されている。1991年(平成3年)に発見され、郡山市教育委員会が1996年(平成8年)度から1998年(平成10年)度にかけて発掘調査を行った。
 1号墳は、阿武隈川流域では最大級の古墳であり、また前方後方墳としては東北地方全体で最大規模の古墳である。同じ福島県内でも、会津地方では前方後円墳が卓越しているのに対して、中通り地方に所在する本古墳は前方後方墳であり、前方後方墳をさかんに築造した下野国那須地方との関係がうかがえる。

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 3 旧道筋に残る芭蕉の足跡

 芭蕉の奥の細道では、弟子曾良を伴い、我が福島県を縦断して旅をしている。特に須賀川市には長く滞在し、地元の方々と深く交流している。そして乙字ヶ滝を通り、守山の田村神社でも句を詠み、そしてかつて宿場町だった郡山で一泊し、そして旧国道の富久山から日和田を通って奥州街道を上って行った。安積山にも彼の句碑が残されている。あの雄大な安達太良山を眺めながら旅を続けたのだろう。そして二本松を通って福島に入り、文知摺観音堂や医王寺にも立ち寄っている。こうした松尾芭蕉の足跡を辿ってみるのも歴史浪漫に触れて一興かと思う。

 4 悲惨な歴史の証人 アウシュビッツ記念館

 まさか日本にもあのポーランドにあるアウシュビッツ関連の施設があるとは予想だにしえなかっただろう。しかもそれが、どんないわれがあるのかは不明だが、よもやの白河市にあろうとは・・・。私も半信半疑だったが、今から6年前のお盆に、実際に訪ねてみて驚いた。ユダヤ人大虐殺のホロコーストで犠牲になった方々の本物の遺品(メガネやバッグなどの所持品)などが展示され、毒ガス兵器や、運搬に使われた貨車などが収蔵されていたのだ。そしてヒトラーによる大量殺戮がどうやって行われたのかなど、超一級品の資料がその資料館に収められていた。

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 5 世良修蔵暗殺の地

 世良修蔵は幕末の長州藩士、官軍の奥羽鎮撫総督府下参謀として会津藩討伐を強硬に主張したことから、会津の救済嘆願を反故にされた仙台藩士らの怒りを買い、慶應四年戊辰歳(1868年)閏4月20日の未明、福島城下(福島市北町)の旅籠「金澤屋」に宿泊中のところを仙台藩士、福島藩士らにより襲撃され、阿武隈川の河原で斬首されました。行年34歳。(福島稲荷神社のHPより引用)
 しかし、この一件が会津藩による仕業と思った薩長連合の逆鱗に触れ、会津攻めを決定づけた。会津戊辰の役の引き金になった襲撃事件だった。この「金沢屋」だが、4号線と旧奥州街道の北町交差点付近にあったのだが、昭和20年7月、大戦中の建物疎開により、家屋はすべて取り壊された。

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 6 明治・大正時代の建造物

  ①安積歴史資料館・・・日露戦争を描いたNHKドラマ「坂の上の雲」や「坊っちゃん」のロケ地として使われた。
  ②旧伊達郡役所・・・福島県伊達郡桑折町に残る明治時代初期の洋風庁舎。1977年6月27日に、国の重要文化財に指定される

  ③南会津郡役所跡・・・噴火前の磐梯山周辺の地図や、今では新潟県や宮城県になっているが、広大な福島県の古地図がある。
  ④金透記念館・・・開成館と同じ「擬洋風建築」で建設された小学校。明治9年(1876年)の明治天皇東北御巡幸の際には、休憩所として 
         使用された。随行した木戸孝允が「金透学校」と命名し、 木戸の日記には、開成館や西洋農法が導入された開拓地ととも
         に、驚きをもってその 様子が記されている。現在の建物は、復元されたもの。

  ⑤郡山市旧公会堂・・・大正13年9月の郡山市の市制施行を記念して、オランダデン・ハーグの平和宮および大阪市の大阪市中央公会堂を  
            モデルに建設された。

 7 常磐炭鉱遺構

 今から13年前に封切られて話題になった映画「フラガール」。その前身は「常磐ハワイアンセンター」だった。ここで私は4歳の時に、迷子になり、もう少しでプールで溺れ死ぬ寸前だったという。そのことを私は一切覚えてないのだが・・・。その常磐ハワイアンセンターが発足するまでの経過を描写したのが「フラガール」だったが、昭和の頃にいわきを始めとする北茨城地区は石炭で栄えた街だった。常磐炭鉱だ。福島県内でも湯本や内郷地区に炭鉱があって、それは活気に満ち溢れていた。いわきの地場産業として栄え、多くの鉱夫やその家族が住み着いていて、温泉街を中心に繁華街を形成し、それは賑わいが凄かったと聞く。しかし、昭和31年3月に磐崎炭鉱でガスの自然爆発と落盤のため、作業員14人が窒息死する痛ましい事故が起きた。そんな常磐炭鉱が今や閉山し、その遺構を各地区に見ることが出来る。

 さて、我が福島県内において、歴史的建造物や伝統文化に触れられるスポットを紹介したが、本日掲載した場所はほんの一握りである。福島県は、日本で3番目に広い面積を持つ県だ。したがって、私も知らない未知の場所が数多く存在している。それは、飯野町のUFOの里など得体のしれない珍スポットも含まれており、国宝が僅か1カ所しかない福島県においては、大小さまざまな知られざるスポットが隠されている。まるで「ポツンと一軒家」のように。だからぜひ訪れてあちこち自分の足で歩いて見つけ出して欲しい。


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 6月は土日も休みがないほど仕事が超多忙期のため、明日から当分の間、新たな記事を掲載を停止いたします。また、再開後も、頻繁に記事をアップすることがかないませんので予めご容赦願います。

 

 

 

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